Webマガジンまなびと:「学び!とICT」Vol.09

Webマガジン:「学び!とICT」Vol.09 “主体的・対話的に深く学ぶために 第5回 ~スキルを発揮して学ぶ単元・授業づくり~”を追加しました。

主体的・対話的に深く学ぶために 第5回 ~スキルを発揮して学ぶ単元・授業づくり~

 これまで、子どもたちが主体的・対話的で深く学ぶ上で、情報活用・思考・自己調整といったスキルを育成することの重要性について述べてきました。今回からの後半4回の連載では、子どもたちがそれらのスキルを習得した後、スキルを発揮して学ぶためにどのような授業を行う必要があるのかについて、書き進めて行きます。

図1 学習スキルの育成と発揮

学習スキルの育成と発揮のプロセス

 図1は学習スキルの育成・発揮過程について整理した図です。学習スキルを育成するとは、子どもたちが習得しようとしているスキルを意識して学習に取り組んでいる状況であると考えます。また、子どもたちが主体的にスキルを発揮して学ぶ状況は、学習活動の中で無意識にスキルを発揮し、学びを進めている状況であると考えます。
 このような定義のもとに子どもたちのスキルを育成するには、まず、「(子どもたちが)スキルを身につける必要性を感じる」必要性があると考えます。例えば、タブレットPCを活用する上でタイピングスキルを高めることは非常に重要なことです。しかし、学習者である子どもたち自身が、「タイピングが早くなることが学習する上でとても大切なことである」という必要性を感じなければ、スキルは向上しにくいということです。次に、「身につけるべきスキルが何かを理解する」ことです。先程のタイピングを例に挙げるとすると、タイピングにおいて身につけるべきスキルとは、キーボードのどこに何のキーがあるのかの知識と、文字入力を行う上でのローマ字についての知識、そして、入力した文章を頭の中でローマ字に変換し、適切な文字のキーを素早く押していくという技能であると考えます。このように高めたいスキルがどのような要素になっているのかを考えることで、身につけたいスキルについて理解することができると考えます。そして、最後に「身につけたいスキルを意識して実行する」さらに「スキルを意識して何度も繰り返し練習する」ことです。何事も「これでよいのか」「この方法でうまくなるのか」ということを意識(メタ認知)しながら取り組まなければ、卓越したスキルは形成されません。このように意識をしながら様々な教科・領域で身につけたい・高めたいスキルを繰り返し経験することがスキルを育成する上で非常に重要なことなのです。
 教師は、子どもたちのスキルを育成するために、指導・支援を行います。それと同時に、子どもたちがスキルを発揮して学ぶために、そのように学ぶことができるような単元・授業を構想することが重要になってきます。スキルを発揮して学ぶことができる単元・授業とは、子どもたちが自ら自己調整的・探究的に学ぶことであると考えます。表1は、子どもたちが学習スキルを発揮しながら主体的に学びを進めるプロセスを整理した表です。この表では、子どもたちがスキルを発揮しながら主体的に学ぶプロセスを「自己調整」のプロセスと「探究」のプロセスとして整理しました。教師がこのようなプロセスをもとに単元・授業を構想することにより、子どもたちはそれぞれのプロセスで、習得したスキルを発揮して主体的に学びを進めていくことができるのだと考えます。

表1 スキルを発揮して学ぶ学習プロセス

 表上段の自己調整は、自己調整学習の理論を基に、「見通す(予見)」「実行する(遂行)」「振り返る(内省)」のプロセス を示しています。このプロセスは単元のプロセスであるとともに、1時間の授業のプロセスでもあります。自己調整学習とは、自分自身や自らの学習をメタ認知しながら、スキルを発揮して学ぶ学習です。そのため、表に示している通り、単元のような長期の学習も、1時間の授業のような短期の学習も、子どもたちがこのようなプロセスでスキルを発揮し、学習を調整していくことができると考えます。
 表下段の探究は、学習指導要領に示されている探究プロセス「課題の設定」「整理・分析」「まとめ・表現」 です。総合的な学習の時間においては、探究プロセスを基に学習を進めることが最適であると考えます。ただ、教科学習において子どもたちが探究的に学ぶためには、探究プロセスを細分化し、教科の見方・考え方を働かせながら学ぶ、場面を設定する必要があります。そのような視点から考え出したプロセスが「単元縦断型プロセス」 です。子どもたちは、「探究・単元縦断型プロセス」で構想された単元で学ぶことで、情報活用スキルや思考スキルを発揮して主体的・対話的で深く学ぶ授業が実現するのです。
 これらのプロセスを複合して単元・授業を構想することにより、図1にあるように、まず同じ教科、他教科でスキルを発揮して学ぶことができるようになり、次に、委員会やクラブ活動などその他の学校での学びでスキルを発揮することができるようになる。そして、学校や家庭での日常生活においてスキルを発揮して、生活することができるようになるのです。

木村 明憲(きむら あきのり)
桃山学院教育大学 講師 博士(情報学)
専門分野は教育工学、情報教育
主な著書に『主体性を育む学びの型: 自己調整、探究のスキルを高めるプロセス』、『単元縦断✕教科横断―主体的な学びを引き出す9つのステップ』(さくら社)

【参考文献】

  • 木村明憲『主体性を育む学びの型: 自己調整、探求のスキルを高めるプロセス』さくら社、2022

LGBTQとSOGIESC(その2)……制度的問題とカミングアウト

①法律的な結婚などをめぐる問題

 LGBTQにかかわって検討すべき課題がさまざまにあります。法律的な結婚が認められていないという問題も重要です。法律的に結婚が認められていないことにより発生する不利益 は数多くあります。不利益の具体的な事例 も報じられています。自治体によっては同性パートナーシップ を認めている例がありますが、結婚は国としての法律が整備されていないため、自治体では対応できていません。同性婚などLGBTQの権利について、世界各国では取り組みが進み、法律 などもつくられています。

 2021(令和3)年3月17日、札幌地方裁判所は同性婚について重要な判決 を出しました。「同性同士の結婚を認めないのは憲法違反である」という判決です。結婚制度の根本は子どもを産み育てることにあるとした国側の主張に対して、結婚制度の本質はカップルが継続して共同生活を営むことにあると述べました。憲法第24条の解釈など課題はありますが、同性婚を認めることについて大きな一歩を踏み出したといえます。

札幌地裁での判決後、記者会見する原告(2021年 札幌市)

 世の中には、同性同士の結婚を認めることに抵抗を感じる人もいます。世界には同性婚を認めている国も少なからずあり、特にG7諸国ではすべて認めている なかで、日本で同性婚への結婚に抵抗を感じることがあるとすれば、それは明治時代以後の「家(イエ)制度」に縛られているからではないかと考えられます。「日本の古来の伝統」などと呼ばれるものの多くができたのはこの時期です。この連載の第8回の最後の箇所でも触れておきましたが、明治以後の差別助長政策につないで考えることが求められます。各種のアンケート調査によると市民の間では過半数の人たちが賛成している にもかかわらず、一部の人びとの間で抵抗が強いのも、つまるところ「家(イエ)制度」を崩すことにつながるという点に不安や恐怖があるのかもしれません。
 LGBTQをめぐって法律的・制度的な問題は、ほかにもさまざまにあります。この点は読者に委ねることとし、ここでは、LGBTQに関わって重要になる問題の一つ、カミングアウトとアウティングについて考えたいと思います。

②カミングアウトとアウティング

 カミングアウトとは「coming out of closet=押し入れから出てくる」という意味合いから使われるようになったことばです。一方、アウティングとは、誰かのSOGI(性的指向・性的自認)など差別につながりやすいその人に関する情報を本人の了解や許可なく他の人が伝えることを指します。アウティングによる被害は大きく、ときには被害者が自死するなどにつながります。そのため、アウティングは「してはならない行為」とされるようになりました。2022年から全面施行された「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律 」(以下、パワハラ防止法)の第9章「職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して事業主の講ずべき措置等」と関連して厚生労働省の出した文書「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)【令和2年6月1日適用】 」のなかで、「労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること」、つまりアウティングをパワハラの事例としてあげています。
 カミングアウトは、1970年代にアメリカで同性愛者が「自分は同性愛者である」と他の人に告げることを指していました。アメリカでは、肌の色による差別など見ればわかる(わかったつもりになりやすい)特性に基づいた差別が中心だったため、それ以前には自分から自分の被差別性を打ち明けることがあまり大きな問題になりませんでした。多くの場合、自分から言うまでもなく周りにわかることだったからです。実際には、肌の色が「白」い「黒人」 もいますが、そのことについて正面から大きく取り上げられることは少なかったと思われます。そのような歴史的経過とも関連して、アメリカでは同性愛者に関わって初めて広くカミングアウトやアウティングの問題が大きく取り上げられることになったといえます。

③部落差別など日本におけるカミングアウト

 いっぽう日本では、部落差別に関連して自分が部落出身であることを告げることや、誰かによって暴かれることが重要な問題としてくりかえし論じられてきました。近年でいえば、被差別部落の地名や出身者の名前などをネット上にアップすることに関わる裁判があり、被差別部落の地名や住居を含む風景などを載せた映像が、YouTubeを経営するGoogleによって削除される という動きがありました。最近新しく制作された『破戒 』という映画がテーマとしている一つもその点です。瀬川丑松は、親から「部落出身であることを明かしてはいけない」と教育されてきました。この戒めを破るということがこの映画のテーマです。映画では、彼が部落出身であるということを隠しながら、小学校の教員として働き、生きていくことについて悩み考える姿が描かれます。原作となった島崎藤村の同名小説の最後は丑松が子どもたちに自分が部落出身であることをカミングアウトするのですが、子どもたちに「隠していた」ことをわび、アメリカのテキサスへと移民するという終わり方でした。この終わり方に対する批判がずっとあり、新作の映画では違った形が追求されています。
 在日韓国・朝鮮人の場合も、特に2世以後については、日本風の通名を使っている限り、外見やことばからは在日であることがあまりわからず、自分が在日であることを知られることなく暮らせる可能性がありました。ここでも、部落出身者と同様にカミングアウトが重要なテーマとなってきました。
 教育実践のなかでは、部落出身者や在日韓国・朝鮮人のカミングアウトがくりかえし取り組まれてきました。このようなことから、日本ではカミングアウトに関する蓄積がかなりあったということができます。
 わたしの知る限りでは、そういう経過のなかで、日本ではカミングアウトについてある程度整理もされてきました。もっとも、そこでは「カミングアウト」ということばではなく、「出身者宣言」とか「本名宣言」、あるいは「立場宣言」といったことばで語られることが多かったといえます。また、被差別の立場にある人だけではなく、さまざまな生活を抱えている人たちが自分のことを綴ったり語ったりすることも位置づけられてきました。
 以前から論じられてきたそうした概念について、1960年代頃から次第にその意義が整理されていきました。いま、その頃から整理されてきたことを述べると、どのようになるか。この点については、次回以後で述べたいと思います。論じるにあたって問題の枠をやや広げ、「生活を綴り語ることの意義」として述べていく予定です。

【参考・引用文献】

  • NPO法人EMA日本ウェブサイト「結婚による法律上の効果と根拠法の一覧」「不利益の実例」
  • 内閣府男女共同参画局資料「地方公共団体におけるパートナーシップに関する制度の状況」(令和4.2.7)
  • プライドハウス東京ウェブサイト
  • 安田 聡子氏(インターナショナル&ライフエディター)「『同性婚を認めないのは、憲法に違反する』判決はどう導かれたのか?」(HUFFPOSTウェブサイト 2021.3.22)
  • ウェブサイト「公益社団法人Marriage For All Japan – 結婚の自由をすべての人に」
  • Magazine for LGBTQ+Ally PRIDE JAPANウェブサイト「多くのメディアが同性婚やLGBTQの権利に関する世論調査を一斉に実施し、賛成が最高で72%、20代では9割超にも上りました」(2023.2.20)
  • e-Govポータル(https://www.e-gov.go.jp
  • 厚生労働省ウェブサイト
  • 「PASSING白い黒人」(映画.com 2021.11.10)
  • 「ユーチューブの被差別部落の地名や風景の動画を削除 グーグル」(NHKウェブサイト 2022.12.2)
  • 映画「破戒」特別サイト(東映)

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