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小学校 道徳

2026.05.26 <No.060>

「自分だったら」で終わらせない。~導入での体験的な活動の効果を高めるための工夫~ 「いのりの手」(第4学年)

兵庫教育大学附属小学校 主幹教諭 泉谷量平

「自分だったら」で終わらせない。~導入での体験的な活動の効果を高めるための工夫~ 「いのりの手」(第4学年)

1.はじめに

 道徳科の授業において役割演技などの体験的な活動を取り入れた際に、「自分の経験だけで演じてしまい、登場人物の思いから離れていった」と感じたことはないだろうか。本稿では、そうした課題を解消するための工夫について紹介する。「『特別の教科 道徳』の指導方法・評価等について(報告)」では体験的な学習の特長を「役割演技などの体験的な表現活動を通して、実際の問題場面を実感を伴って理解することを通して、様々な問題や課題を主体的に解決するために必要な資質・能力を養う」(*1)としている。代表的な活動として、「役割演技」「動作化」が用いられることが多い。また「『体験的な学習』というと、体験活動をイメージしがちである」(*2)という指摘もあるが、今回は「授業の中で行うことのできる体験的な活動」(*3)を指す。なお、体験的な学習の効果の一つとして「心情と行為とをすり合わせることにより、無意識の行為を意識化することができ、様々な課題や問題を主体的に解決するために必要な資質・能力を養う指導方法として有効。」(*4)と述べられている。
 しかし、先行実践からも役割演技などの体験的な活動を用いて学びを進める中で、「子どもたちが恥ずかしがって、演じることを拒否したり、前へでてきても演じられなかった。」(*5)とあるように体験的な活動に抵抗感を感じることが指摘されている。加えて、私自身も実践を重ねる中で、子どもが自分自身の価値観や経験に基づいてのみ演じてしまう姿が散見されていた。
 そこで、体験的な活動への抵抗感を低減し、登場人物の欲求・思考・感情・知覚などを推論したうえで、物事を深く吟味することを促す手立てとして、導入部分での体験的な活動に着目した。そして、体験的な活動の効果は活動そのものだけでなく、導入部分の設計に大きく依存するという立場に立ち、「登場人物に寄り添う心理的基盤を整える言葉がけと発問」と「視点の切り替えを促す活動」という二つの手立てから、体験的な活動の効果を高める工夫を提案する。
 道徳科の学習において体験的な活動を効果的に機能させるためには、子どもが「その場面の登場人物の立場に立つ」ことに対して心理的な準備が整っていることが不可欠である。そこで、導入部分での体験的な活動の効果を高めるための工夫として以下の2点を位置づける。

①登場人物に寄り添うための心理的基盤を整える言葉がけ

 体験的な活動に先立ち、子どもが登場人物の置かれた状況や文脈を把握しておく。登場人物の欲求・思考・感情・知覚などを十分に推論することができないまま体験的な活動に入ると、「自分自身のまま」演じてしまう傾向があるため、導入部分では以下の3点を意識した言葉がけと発問を行う。

登場人物が置かれた事実関係の整理
その状況で一般的に生じ得る感情の予測
子どもの既有経験との接続

 これらを本時の教材や子どもの思考の流れと照らして、具体的な言葉がけと発問に落とし込んだ(資料1・2)。

資料1 上記3点を踏まえて実際に用いた言葉がけと発問の例

T デューラーはプレッシャーや不安を感じながら、なぜこんなにも頑張り続けることができたのかな。
C ……。
T こんなときはやってみよう。
T 頑張り続けるデューラーの思いに寄り添えそうな…。
T どんなことを考えながら頑張り続けているか分かる?
C きっと、ハンスの分も頑張らないと、っていう気持ちだよ。
C ハンスの頑張りを無駄にできない、って思っているはず。
T みんなはこんなにも友だちに大切にしてもらったことはある?
C あるかも。休み時間に遊びに行きたいはずなのに、算数の問題の解き方を一緒に考えてくれる。しかも、いつも。
T なるほど。じゃあ、デューラーをあなたにお願いします。

資料2 実際の言葉がけや発問と子どもの反応

 こうした言葉がけや発問を通して子どもたちと対話し、登場人物に寄り添うための心理的基盤を整える。そのうえで「誰の立場に立って考えるのか」を意識的に変える活動を取り入れ、子どもが「自分のままで考える」ことから離れて考えられる状態をつくる。

②「視点の切り替え」を促す活動

 体験的な活動の導入部分で「視点の切り替え」(ここでいう視点の切り替えとは、誰の立場に立って考えるのかを意識的に変えることである。)を促すことで、子どものものの見方の柔軟性を高め、他者視点で考えやすい状態にする。これにより、子どもは「自分のままで考える」状態から離れ、複数の立場を往還しながら状況を捉え、考えやすくなるのではないだろうか。本実践においてはデューラーだけでなく、ハンスの立場にも立って思いを想像し、ペアやグループ、全体で共有した。

T なるほど。じゃあ、デューラーをあなたにお願いします。
T 鉄工所で頑張り続けるハンスは先生がやりましょう。
T ちなみに、ハンスはこの3年以上もの間、どんなことを考えていたと思う?
C デューラーのために頑張らないと、って思っているんじゃないかな。
C デューラーは元気かな?一生懸命に頑張っているかな?って考えていたのかも。心配していたかもね。
T ハンスになりきって、近くの人に何を考えていたのか言ってみて。
C (ペアトークあるいはグループトーク)

資料3 「いのりの手」における「視点の切り替え」を促す活動

 以上の2点を体験的な活動における導入部分に組み込むことで、子どもたちは「自分ではない誰かの立場」に立つことができた。

2.主題「導入での体験的な活動の効果を高めるための工夫」設定の理由

(1)ねらいや指導内容について

 本主題を通して友達と互いに信頼し合うことの意味や意義について考え、互いに信頼し、互いの気持ちを大切にする道徳的心情を養う。友達と互いに信頼し、互いの気持ちを大切にするには相手の立場や思いを理解し、その理解に基づいて、思いやりをもって接することが重要である。そして、互いにこのような経験を積み重ねることで友達との信頼関係が深まる。このような関係を築いていこうとする心情を養うためには、まず自分本位の一方的な思いでは友達との信頼関係を築くことにつながらないという気づきを促す必要がある。また、友達との信頼関係とは一方向のものではなく双方向のものであり、互いの気持ちを大切にし合うからこそ信頼関係が深まっていくという気づきを促す必要がある。加えて、互いに信頼を寄せ、互いの気持ちを大切にし合うことのよさを理解することができるように、自分自身の経験や友達の経験と関連させながら考えることも大切である。さらに、体験的な活動を通して、相手の立場や思いを理解したうえで、相手の立場に立ち、自分の行動を調整することの大切さについて実感をもって理解することが大切である。そのことが互いに信頼し、互いの気持ちを大切にし合おうとする道徳的心情を育むことにつながっていくだろう。

(2)子どもの学習状況や実態について

 本学級の子どもたちは、友達を信頼し、相手のことを思いやりながら過ごしている。例えば、係活動において進んで活動することができていない友達に対して、注意したり、先回りして指示を出したりするのではなく、「何か理由があるのかな。忙しいのかな。」と相手の事情を思いやり、必要なときだけ手助けをする姿が見られる。また、授業中に言葉に詰まった友達に対しても、勝手に代弁するのではなく、「もう少し考える時間が必要みたいだよ。」と、友達を信じて見守ろうとする姿勢がうかがえる。しかし、友達が信頼してくれているからこそ、その信頼に甘え、自分の行動を見直すことができない姿も見られる。例えば、係活動でペアの友達に毎回、任せっきりになって、友達が「明日は忘れずにできたらいいね。」と声をかけ続けてくれているのに、自分から動き出そうとしないことがある。また、友達のことを信頼しきれずに「声をかけたら、どう思われるかな。」と考えてしまい、困っていることを打ち明けられず、一人で抱え込む姿も見られる。こういったことをふまえ、本主題について考えることは子どもたちの実態に即していると考えた。

3.教材について

 本教材は、ハンスが一人ずつ、交代で絵の勉強をすることを提案するところから話が展開する。まずはデューラーが絵の勉強をすることをハンスが提案し、デューラーはその提案を受け入れる。その後、デューラーは何年もハンスからの仕送りを受けて、絵の勉強に励むことで評判の絵かきになることができた。しかし、ハンスは長い間の力仕事で、絵筆を持てなくなってしまったというお話である。ハンスの両手をにぎって涙を流すデューラーの姿は子どもたちにとって共感しやすいものであろう。ハンスの手を丁寧に描きあげるデューラーの思いだけでなく、ハンスの思いを想像したり、話し合ったりすることで友達と互いに信頼し、互いの気持ちを大切にし合うことの意味や意義について多面的・多角的に考えることができる教材である。

4.実践事例

(1)教材名

「いのりの手」(出典:日本文教出版 令和6年度版『小学道徳 生きる力 4』)

(2)主題名(内容項目)

なぜ信じられるのか B[友情、信頼]

(3)本時のねらい

 夢を追いかけるデューラーとハンスの姿を通して、友達を信じることの意味や意義について考え、互いに信頼し、互いの気持ちを大切にし合おうとする道徳的心情を育てる。

(4)展開例

学習活動

主な発問と予想される子どもの反応

教師の働きかけ

1 絵画「いのる手」を鑑賞し、教材への関心を高める。

○先生のお気に入りの作品を紹介します。
・お願いしているのかな。
・何で手だけなんだろう。

・絵画「いのる手」を提示し、感想を交流することで疑問が自然に芽生え、教材への関心が高まる。

2 教材文「いのりの手」を読んで、話し合う。

○どのように感じましたか。
・ハンスは偉すぎるよ。なぜ、そんなにも信じられるのだろう。
・ハンスだけが我慢している。こんなの不公平だよ。
・友だちと言っていいのかな。

・初発の感想を交流する。子どもたちの中に問題意識が自然に芽生え、「考えたい」という情意を高めるとともに、教材内の問題を自分ごととして捉える土台となる。

【学習テーマ】デューラーとハンスは本当に友だちなのか。

・ハンスも頑張っているけど、デューラーも頑張っているよ。
・デューラーも不安やプレッシャーの中で頑張り続けていたと思うよ。

・デューラーとハンスの思いを比較して捉えられるように板書で整理する。双方の立場を行き来しながら考える素地とする。

3 体験的活動を通して、ハンスの手を描くデューラーの気持ちについて考え、話し合う。

○なぜこんなにも頑張り続けることができるのかな。
・絵かきになることが夢だからだよ。評判の絵かきになりたかったんだ。
・でも、それはハンスの支えがあってこそでしょ。デューラーはそれでよかったと思っているのかな。
◎なぜ、デューラーはハンスの手を描いたのだろう。
・ハンスの思いに感動したんだよ。
・お互いの思いが重なり合ったんだね。
○なぜ、こんなにも友達を信じることができるんだろう。
・ふだんから大切に思い合うことが大切じゃないかな。
・一日二日ではここまでの関係にはなれないね。

・体験的な活動をすることでハンスの手を描くデューラーの思いを想像しやすくすると共に、実感をともなった理解を促す。
・「デューラーはどんなことを考えながら頑張り続けていたのかな」などと問う。登場人物のおかれた状況や文脈を整理したうえで体験的な活動に取り組めるようにする。
【①心理的基盤を整える言葉がけ】
・ハンスの立場に立って思いを想像し、ペアや全体で共有する。複数の視点を往還することで、子どもたちのものの見方の柔軟性を高める。
【②「視点の切り替え」を促す活動】
・ハンスのデューラーへの思いが想像しにくい場合は、教材の詳細版を動画化し、視聴する。映像を通じてハンスに寄り添って考えることを促すことができる。(資料4)

4 本時の振り返りをする。

○皆さんの周りにも、大切にしたい友達はいますか。
・いるよ。もっと大切にしたいという気持ちになったよ。
・相手にとって自分がそういう存在でありたいな。

・ロイロノートの共有機能を用いて友達を信じることの意味や意義について考えを再構築する。他者の見方を自然に参照できるため、より多面的・多角的に学びを振り返ることができる。(資料5)

参考として、本時で扱う予定だった、補助資料を資料4・5に示す。

資料4 ハンスに寄り添って考えることを促すための動画資料(本時では未使用)(*6) 資料5 ロイロノートの共有機能を用いたふりかえりの例(自作教材「生成AIに決めてもらっていいの」より)

※別実践での類似活用例を示す。

5.板書例

6.まとめ

 本実践では、導入部分での体験的な活動を工夫することで、子どもたちが「自分自身のまま」演じてしまう状態を抜け出し、登場人物の立場で物事を深く吟味し、考える学びを目指した。
 成果として、①心理的基盤を整える言葉がけについては、「デューラーはどんなことを考えながら頑張り続けていたのかな。」という発問に対して、「きっと、ハンスの分も頑張らないとっていう気持ちだよ。」「ハンスの頑張りを無駄にできないって思っているはず。」といった発言があった。さらに、「みんなはこんなにも友だちに大切にしてもらったことはある?」という発問に対して、「休み時間に遊びに行きたいはずなのに算数の問題の解き方を一緒に考えてくれる。しかも、いつも。」という自分の経験と関連づけて考え、デューラーの思いに深く共感する姿が見られた。これらのやり取りから、言葉がけや発問を通して、子どもたちがデューラーの立場に立って考える心理的基盤が整えられたと考える。②視点の切り替えを促す活動については、ペアトークの中で「デューラー、僕は自分のことのようにうれしいよ」という発言があった。これは、ハンスの立場で、デューラーの成功を心から喜んでいたことを推論したものであり、ハンスへの役割取得が促されたことを示している。これら①②の工夫をすることで、子どもたちは登場人物に寄り添うための心理的基盤を整え、「自分のまま」から離れやすい状態をつくることができたと言える。その結果、体験的な活動において登場人物の思いを深く吟味することが促され、「普段から大切に思い合うこと」「一日二日では築けない関係」といった、友達を信じることの意味を具体化しようとする発言へとつながっていった。
 一方で、このような実践は、一度の授業で完結するものではない。子どもたちが「自分のまま」から離れ、自然に他者の立場を往還しながら考えられるようにするためには、こうした導入の工夫を伴う体験的な活動を継続的に積み重ねていくことが大切である。また、①②それぞれの工夫が子どもの思考にどのように作用したかをより丁寧に見取るために、子どもの発言や反応を組織的に記録・分析する手立てを整えることが必要ではないだろうか。

【引用・参考文献】

*1:道徳教育に係る評価等の在り方に関する専門家会議(2016)『「特別の教科 道徳」の指導方法・評価等について(報告)』、p6
*2:林泰成(2017)『「考え、議論する道徳」の可能性と課題-「アクティブラーニング」の視点から—』道徳と教育335巻、p98
*3:前掲資料(2017)、p20
*4:前掲資料(2016)、p6
*5:早川裕隆(2017)『体験的な学習「役割演技」でつくる道徳授業』明治図書出版、p18
*6:林敦司(兵庫大学教授)「人物教材はオモロイがいっぱい!」道徳教育研究会「わかばの会」主催 道徳フェスティバル2025「明日の授業に生きる!道徳科の指導法~人物教材~」(2025年8月23日、ラッセホール5階)における講演内容に着想を得た。