「おえかき」から学力を伸ばす ~フィリピン貧困地域カシグラハン調査報告:第2回~

1.はじめに

 本稿は、以前紹介したフィリピン貧困地域カシグラハン調査報告の第2回です(※1)。今回の訪問の目的は、ランダム化比較試験(※2)の対象クラスにおける「おえかきプログラム」の実施状況視察と、担当するNPOソルト・パヤタス(※3)のコーディネーター研修会です。その概要を報告します。

2.「おえかきプログラム」とは

 「おえかきプログラム」は、簡単に言えば日本の図画工作の教科書に載っているような絵の題材群です(※4)。日本の図画工作の題材は「対象を見てただ絵をかく」「特定のテーマを与えてその通りにつくる」というものではありません。絵をかく場合も、必ず子どもが何か考えたり、工夫したりする必要があります。それは、絵の出来映えよりも、その子の学力を伸ばすことを目的とし、学習者中心の活動が題材として組み立てられているからです。今回のカシグラハンのプロジェクトも、学習プログラムによって学力を伸ばせるかどうかを調査の目的としています。そこで学力伸長を明確にした日本の図画工作を取り入れることになったというわけです。
 同時に、それは先生や友だち同士の相互作用を含むことも意味しています。図画工作のプログラムでは、授業の導入やまとめをシンプルにして、できるだけ主体者である子どもの活動時間を確保するように構成されています(※5)。子どもは活動中に、自ら情報を収集し、それを自分の表現に活用します。このとき頼りになるのはまわりの友だちの活動で、重要な情報源となっています。また、先生の指導や支援も、直接関わる子だけでなく、他の子どもの活動に影響を与えています。「おえかきプログラム」は、一人一人の学力伸長を目指すと同時に、友だちや先生などの活動が相互に関わり合うことによって子どもの学力を伸ばそうとするプログラムと言えるかもしれません。

3.研修会の概要

 しかし、このプログラムの特徴が、そのまま実施上の課題となりました。
 まず、カシグラハンのフィリピン人コーディネーターにとって、題材そのものが「難しい」のです。確かに日本の図画工作に慣れていない人にとって、子ども自身が思考し、判断する表現活動は難解に感じるでしょう(※6)。また、コーディネーターは教育に携わった経験のない人がほとんどです。表現活動を通して子どもが学力を発揮する〈理解〉はあるのですが、具体的な〈指導〉となると不安です。一応「コーディネーター心得(※7)」として指導上の配慮事項を示しましたが、その冒頭にある「子どもを簡単にほめないこと」に戸惑っていたようです。また、コーディネーター自身が子どもの学習活動の資源であることも分かっていませんでした。
 そこで、今回の研修会を実施することになったのです。目的は「おえかきプログラム」の特徴を理解するとともに、コーディネーターの不安を取り除くことです。まずコーディネーターに、いくつかの「おえかきプログラム」をやってもらい、子どもが力を発揮している感覚を味わってもらいました。その上で指導のポイントや「コーディネーター心得」をおさえました。さらに、視察した授業から子どもの事例を取り上げ、コーデネーターの理解促進を図りました。本稿では、その1つP君の事例を紹介しましょう。

4.P君の事例

(1)題材「魔法のタネ」

 「魔法のタネから、飛行機やお城などいろんなものが生まれてくるよ!」。タネというきっかけから、形や色を工夫しながら、想像力を働かせてかく題材です。

(2)場面1

写真1


写真2

 写真1を見てください。P君(写真左下)の隣(写真左上)にいる女の子が、タネから出てきた植物の花、葉、茎、雲などを「複数の色のクレヨン」を使って表しています。「想像力を働かせる」という目的は達成していませんが「色を工夫する」ことはできています。そこで、これを「コーディネーター心得1:まず、子どもの事実を認める」事例としてとらえ、一緒に視察したNPOの日本人コーディネーターに「いろいろな色を使ってるんだね」と伝えてもらいました(※8)。
 着目したいのは、この時P君が、この様子をじっと見つめていることです。タネから花や木などの植物が出てくる絵をかいている子どもは多く、P君もその1人でした(写真2)。この時点では比較的単純に植物をかいているだけです。P君は、色の工夫を取り入れるのでしょうか?

(3)場面2

写真3

 写真3を見てください。P君は、色ではなく、花の形を変えました。ただ、その形は特徴的です。花をかく子どもの多くは、それまでP君が描いているような類型的な花の形(写真2)でした。雪の結晶のような形はP君だけです。そこで、これを「新しい花の形をつくりだしている姿」としてとらえ、P君を賞賛することにしました。使うのは「コーディネーター心得4:ほめるときは自分の感情を素直に伝える」です。「この形、好きだなぁ」と伝えてもらいました。

(4)場面3

写真4

 その後、活動は終了し、私たちは集めたスケッチブックを点検しました。学習目標のうち「想像力を働かせる」ことには課題が残りました。しかし複数の色を組み合わせたり、面として塗ったりする子どもたちが多くいました。これまで、クレヨンは、単色で用いられることがほとんどでしたから「形や色を工夫する」ことについては概ね達成したと言えるでしょう(※9)。

写真5

 さて、P君はどうだったでしょうか。写真4が最終的な姿です。最上部の花(写真5)を見てください。P君は、茎をさらに伸ばし、写真3でつくりだした花の形を、1つ1つの花びらの色を変えて表しています。「色を組み合わせて1つのものをかく」という表現は、これまでの彼のスケッチブックにはありませんでした(※10)。また、花弁がハラハラと落ちている表現も加わっています。彼にとって「新しい表現」がつくりだされたと考えてよいでしょう。
 また、P君は、最上部に雲と鳥をかき加えています。まわりに雲や鳥をかいた子どもはいたので、それを取り入れたのかもしれませんが、絵の全体を一つの空間としてまとめたかのようにも見えます。また、雲は笑顔です。それはかき終わったときのPくんの表情にも似て、自らの活動を喜び、その思いを温めているように感じられました。
 結果的に、この絵はP君の発揮した学力の変化が、絵の下部、中部、上部、最上部と一目で分かります(※11)。また、大人目線ではありますが、作品としても十分に完成しています。あるコーディネーターはこの作品を見て「一枚の絵に子どもの成長が見える」と発言しました。それは、コーディネーターとして、子どもの作品から子どもの成長を理解した素直な実感だと思います。
 P君の変化の背景には様々な要因があるでしょう。おそらくコーディネーターの指示や、子どもへの声かけ、子ども同士の情報交換、何より彼自身の学力などが絡み合った現象であったと思われます。

5.おわりに

 子どもの学力について、本稿の事例はあくまでも個別的、一時的です。たった一回の実践をもとに「おえかきプログラム」に学力伸長の効果があるとか、継続的で汎用性があるとかとは決して言えません。それは、今回の調査が終了し、統計的なデータがそろって初めて言えることです。もしかすると「おえかきプログラム」には効果がないかもしれないのです(※12)。
 ただ、今回の研修会を通して「一つの題材の中で子どもの発揮する学力が変化すること」「友だちや先生が資源となって連鎖し合うこと」などついてはコーディネーターと確認できたように思います。もし、コーディネーターが、子どもの姿や作品などから「子どもが伸びること」を実感し、その仕事に魅力や自信を感じてもらえたら当初の目的は達成できたと言えるでしょう。カシグラハンNPOの今後に注目したいと思います。

 

※1:学び!と美術<Vol.43>「フィリピンの貧困地域における鑑賞教育の可能性」
この原稿を執筆した時点では鑑賞教育を想定していましたが、その後「おえかき」にしぼったプログラムに変更しました。
※2:ランダム化比較試験は、東京大学大学院経済学研究科の澤田康幸先生、慶應義塾大学総合政策学部の中室牧子先生、一橋大学経済学研究科の真野裕吉先生が中心になって進めています。最初に各学年からまんべんなく調査対象児童を選び、その中からランダムにプログラムを実施するグループと実施しないグループに分けます。ランダムに分けたので、2つのグループの平均的な性質(例えば、本人の学力や父親の教育年数、世帯の資産、兄弟姉妹の数など)は似通っています。違うのはプログラム実施の有無なので、プログラム実施後にグループ間で学力などに統計的に有為な差が発生すれば、それはプログラム実施によるものだと考えられます。今回は「親と子に教育プログラムを実施するグループ」「子どもに学習プログラムを実施するグループ」「何も実施しないグループ」の三つのプログラムを実施しています。本稿で取り上げるのは1年生の「おえかきプログラム」です。
※3:特定非営利活動法人ソルト・パヤタス(以下、ソルト)は、フィリピン・ケソン市パヤタス地区とその周辺の貧困地区で、人々が、望む未来を自らで描き、自らの力で実現していけるよう、子どもと女性を中心に教育と収入向上の支援を行う団体です。http://www.saltpayatas.com/
※4:なぜ「おえかき」だけなのかは、カシグラハンの学校のシステムや学習環境によるものです。残念ですが粘土遊びや工作が存分に出来る状況にはありません。ある意味、日本の図画工作が工作や粘土など幅広い題材で実施できるのは、それができる環境や文化が担保されているという一種の贅沢さにあると言えるでしょう。
※5:子どもたち一人一人が自分の力を発揮できるように道具や材料を提供したり、一人一人の状況をとらえて支援したりする指導のポイントについては、学び!と美術<Vol.47>「図画工作の授業(2)~指導案の書き方」を参照してください。
※6:もう1つの側面として、絵や工作は本来的に難しいことがあげられます。子どもたちは見るからに楽しく絵や工作をやっていますが、それは、自分の能力を十全に発揮することが楽しいのであって、活動そのものがたやすく、単純に楽しいのではありません。詳しくは、学び!と美術<Vol.28>「ホントは厳しい図画工作・美術」
※7:資料「コーディネーター心得」(PDF:769KB)
※8:このような言葉かけを「誘導」ととらえるか「承認」ととらえるかという問題は重要です。「誘導」にならないように配慮することは言うまでもありませんが、「誘導」か「承認」かの分かれ目は「子どもの主体性が成立しているかどうか」によるでしょう。子どもの主体性が確保されていれば、先生の言葉かけを無視することもありますし、逆に取り入れることもあります。この問題は「子どもの主体性が保障されている指導計画なのかどうか」から判断する必要があると思います。
※9:色を多用する活動は、活動時間の3分の2程度で起きていました。授業の後半に、色に関しての「活動の爆発」が起きたと思われます。「活動の爆発」については、前掲註5参照。
※10:女の子の情報を取り入れたのかもしれませんが、それは証明できません。
※11:絵が上に伸びていくように描かれるという題材の特性のせいでもあります。子どもの変化がわかりやすい題材だと思います。
※12:子どもの保護者から我が子が「ずいぶん色を選ぶようになった」という報告はあるようです。しかし、これに飛びつくことはできません。それが「おえかきプログラム」に寄与するかどうかは証明できませんし、単に発達によるものかもしれないのです。乏しいエビデンスや少人数のアンケート調査結果から「多くを」語ることについては、慎重でありたいと思います。

図画工作・美術の「見方・考え方」

 新しい学習指導要領で提示される「見方・考え方」について検討します。結論から言えば、図画工作・美術では前回改訂の経緯や趣旨を理解していれば大丈夫だと思います。

1.「見方・考え方」とは何か(※1)

 グローバル化、情報化、技術革新などの急速な変化が、私たちの社会や身近な生活を質的に変えています(※2)。それらは子どもたちの成長にも影響を与えています(※3)。子どもたちが社会で活躍する30年後はいったいどうなっていることでしょう。“30年後に求められ、必要となる力を身に付けさせたい”、そこから中央教育審議会は、「社会に開かれた教育課程」を主軸に「各教科等をなぜ学ぶのか」「それを通じてどういった力が身に付くのか」という「学びの本質的な意義」をとらえ直す議論を展開してきたようです。各教科等の「見方・考え方」はこの文脈から生まれてきたと思われます(※4)。
 「見方・考え方」は、「どのような視点で物事を捉え、どのように思考していくのか」という教科等の「視点や考え方」とされています。例えば、算数・数学で示されている「見方・考え方」は「事象を数量や図形及びそれらの関係などに着目して捉え、論理的、統合的・発展的に考えること」です。子どもたちに置き換えれば、“数や量、図形とその関係に着目し”、そこから“論理的、統合的・発展的に考えている”姿でしょう。「審議のまとめ」では「見方・考え方」を支えているのは「各教科等の学習において習得した概念(知識)や考え方」だとも述べられています。子ども一人一人が自ら習得した知識や理解したことなどを活用し、具体的な課題について考え探究する姿が「見方・考え方」ということもできるだろうと思います。ただ、「見方・考え方」という言葉自体は一部の教科で用いられているだけで、学習指導要領全体として語られることはありませんでした。そこで、今回、各教科等の「学びの本質的な意義」を「見方・考え方」として明確化し、それを軸とした授業改善の取組を活性化しようということなのでしょう(※5)。

2.図画工作・美術の「見方・考え方」と〔共通事項〕

 図画工作・美術の「見方・考え方」については、現在のところ、以下のように整理されています。

図画工作
感性や想像力を働かせ、対象や事象を、形や色などの造形的な視点で捉え、自分のイメージを持ちながら意味や価値をつくりだすこと。
美術
感性や想像力を働かせ、対象や事象を、造形的な視点で捉え、自分としての意味や価値をつくりだすこと。

 まだ審議中であり、「審議のまとめ」から「答申」までは変更があると思われます。あくまでも8月時点での資料であり、これをもとにした筆者の個人的な意見であることを踏まえながら、検討してみましょう。

(1)「見方・考え方」のポイント
 まず、冒頭にくるのは、「感性や想像力を働かせ」です。「働かせ」の主語は子どもですから、ここには「(子どもが)感性や想像力を働かせ」という隠れ主語が入っていると考えてよいでしょう。前回、図画工作の改訂では、教科目標に「(子どもが自らの)感性を働かせながら」という文言を加えました。児童の感覚や感じ方などを一層重視するためですが、併せて中学校美術科の目標にある「感性」との共通化も図っています。今回、音楽や書道など芸術系全教科の「見方・考え方」に「感性を働かせ」という言葉が入っています。「感性を働かせる」ことは芸術系教科の基本的な立場に昇華したと言えるのかもしれません(※6)。
 次に、「対象や事象を、(形や色などの)造形的な視点で捉え」、そこから自分の「(イメージを持ちながら)意味や価値をつくりだす」と続きます。「見方」と「考え方」は厳密に分けられる性格ではないと思われますが、便宜的にとらえれば、前者が「見方」で、後者が「考え方」でしょう。子どもたちに置き換えれば、“形や色などの造形的な視点に着目して目の前の世界を捉え”、そこから“自分の意味や価値をつくりだす” 姿でしょう。
 最終的にどうなるかは不明ですが、図画工作・美術では、まず、子どもが自らの感性や想像力を働かせることを基盤に(※7)、対象や事象を造形的な視点で捉え、自分のイメージを展開したり、自分の意味や価値をつくりだしたりすることが「見方・考え方」であり、教科の学びの「本質的な意義」だと考えられます。

(2)「見方・考え方」と〔共通事項〕
 「見方・考え方」について、〔共通事項〕の視点から考えてみましょう。
 子どもは、何かの材料に触れたとき、その形の感じや質感を自分なりにとらえています。また、材料を見つめながら色の変化に気付くなど、対象の特徴をとらえています。自覚的であれ、直観的であれ、子ども一人一人は、何らかの知識や理解を持っています。同時に、材料などの形や色に対して、あるいは粘土を練るとか並べるなどの自分の行為に対して、ぼんやりと、時には明確に、自分のイメージも持っています。中学生であれば、色に関する文化的なイメージを把握したり、作家に対して特定のイメージを抱いたりしていることもあるはずです。
 つまり、何か「こと(表現や鑑賞の活動)」を起こす前に、子ども一人一人は、すでに形や色などの特徴をとらえ,イメージを持っているわけです。その上で、これらを基に発想・構想したり,鑑賞したりするなどの具体的な学習活動を展開しているのです。前回の改訂では、この「形や色などの特徴をとらえ,イメージを持つ」という基盤的な部分を、造形活動や鑑賞活動の“共通項”として取り出し、「表現と鑑賞の全てにおいて働く」としました。それが〔共通事項〕です。それによって、児童・生徒の活動を具体的にとらえ、指導や評価を改善するとともに、子どもの資質や能力をより高めようとしたのです。

 それは、表現や鑑賞を超えて、図画工作・美術という教科の学びを本質的に見直す作業でした。つまり、今回「見方・考え方」で提示された教科の学びの「本質的な意義を捉え直す」ことが行われていたというわけです。前回の改訂で、感性を明確化し、〔共通事項〕を導入したことと、「見方・考え方」は同じ文脈にあります(図参照)。言い換えれば、「見方・考え方」は、感性を基盤に、〔共通事項〕が一人一人の児童・生徒において十分に活用された姿として見ることができるのです。

3.これからの授業づくり

 「見方・考え方」を踏まえたとき、各学校は、どのような授業づくりに取り組めばよいでしょうか。
 「審議のまとめ」では、「見方・考え方」は、「表現及び鑑賞に共通して働く資質・能力である〔共通事項〕とも深い関わりがある」とされ、「今後、その関連について検討していく」と述べられています。この文脈から、〔共通事項〕の趣旨を生かした学習活動の充実が考えられます。例えば、学習活動で取り扱う「形や色など」について、単なる事実的な知識にとどまらず、その効果や性質、生活や社会との関わりまで具体的にとらえ、発達の段階を踏まえながら、児童・生徒一人一人が主体的に活用できる学習過程を工夫することが可能です(※8)。その際、知識や技能の一方的な伝達に陥るのではなく児童一人一人の感性や想像力が働くようにすることが肝要でしょう。そのことが〔共通事項〕を十分に活用した学習活動につながると思われます。
 また、アクティブ・ラーニングの「深い学び」、「対話的な学び」、「主体的な学び」の視点から学習指導の改善・充実も求められるでしょう。この時、図画工作・美術の“アクティブさ”に目を奪われないようにしたいものです。本連載でも、図画工作・美術で子どもたちが楽しく活動しているのは、自分の資質や能力が発揮されていることが実感できるから楽しいのであって、題材や学習自体は厳しく難しいことを指摘しています(※9)。「審議のまとめ」で指摘されている「自分の見方や感じ方」「批評」「討論」などを視点に、「主体的な学び」の楽しさ、「深い学び」の面白さなどを明確にする必要があるでしょう。今回の改訂が「社会に開かれた教育課程」を主軸に置いていることを考慮すれば、図画工作・美術の授業を、学級単位で考えるのではなく、学校全体のカリキュラム・マネジメントの中で位置付けることも求められるかもしれません。
 ちまたでは「年が明ければ答申が出る」「年度内には学習指導要領が告示される」と言われています。前回の改訂をさらに発展させた図画工作・美術の学習指導要領を心待ちにしながらも、今から研究や実践を具体化する手立てを講じたいものです。

 

※1:中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会「次期学習指導要領等に向けたこれまでの審議のまとめ」平成28年8月26日
※2:例えば、技術革新で、つい10年前まであった仕事が消えています。PASMOやスイカは駅の改札を消し、スマートフォンは公衆電話やテレフォンカードを激減させました。いったい子どもたちの活躍する30年後、世の中はどうなっているのでしょう。その時に行われている仕事な何なのでしょう。このことについては、様々な識者が指摘しています。「テクノロジーが雇用の75%を奪う」マーティン・フォード(著)秋山 勝 (翻訳)朝日新聞出版(2015)
※3:例えば、現代の子どもは映像文化やメディアなどで高速で視覚的に操作することに長けています。それは知能指数にも影響を与えているようです。「なぜ人類のIQは上がり続けているのか? –人種、性別、老化と知能指数」ジェームズ・R・フリン(著)水田賢政(翻訳)太田出版(2015)、「知能と人間の進歩 遺伝子に秘められた人類の可能性」ジェームズ・フリン(著)無藤 隆ほか(翻訳)新曜社(2016)
※4:「審議のまとめ」8p。「これから子供たちが活躍する未来で一人一人に求められるのは、解き方があらかじめ定まった問題を効率的に解いたり、定められた手続を効率的にこなしたりすることにとどまらず、直面する様々な変化を柔軟に受け止め、感性を豊かに働かせながら、どのような未来を創っていくのか、どのように社会や人生をよりよいものにしていくのかを考え、主体的に学び続けて自ら能力を引き出し、自分なりに試行錯誤したり、多様な他者と協働したりして、新たな価値を生み出していくことであると考えられる。そのために必要な力を、子供たち一人一人が学ぶことで身に付け、予測できない変化に受け身で対処するのではなく、主体的に向き合って関わり合い、その過程を通して、自らの可能性を発揮し、よりよい社会と幸福な人生の創り手となっていけるようにすることが重要である。」
※5:また、「見方・考え方」の提示と「三つの柱」の整理で、学んだことを教科等の枠を越えて活用したり、教科等を横断して学びを構築したりしやすくなります。そのようなカリキュラム・マネジメントで「社会に開かれた教育課程」を実現するとすれば、「見方・考え方」は、単に教科の学びを豊かにするだけでなく、教科相互、教育課程全体で子どもたちの資質や能力が十全に働くために設計された仕組みでしょう。
※6:学び!と美術<Vol.45>「図画工作科・美術科の改訂、どんな感じ?」参照
※7:高学年や中学生以上であれば、他者の感性や文化的な感性も含まれるでしょう。
※8:学び!と美術<Vol.49>「図画工作・美術における知識の行方」
※9:学び!と美術<Vol.28>「ホントは厳しい図画工作・美術」参照

【インタビュー】学校と美術館の連携の現場から

美術館と学校の望ましい関係

著者「美術館で学校を受け入れる立場として、喜びってありますか?」
藤吉「先生自身が美術館の活動を通して変化することがあって、それはうれしいですね。」
著者「具体的にはどのようなことですか?」
藤吉「美術館での鑑賞に熱心に取り組んでいる先生がいらっしゃいます。打ち合わせのため、ご自身の準備のために何度も美術館に来て、時間をかけて作品を鑑賞されます。すると、なかには、学校に戻ってから、子どもたちの制作のプロセスに以前より細かく、興味深く目を向けられるようになったって言ってくださる方もいらっしゃいます。子どもの作品を評価する時にも、出来上がった作品を単純に評価するのではなく、子どもの気持ち、意図、工夫も合わせて評価できるようにもなったんだそうです。」
著者「なるほど、表現活動に対する先生自身の見方が深まってるんですね。」
藤吉「子どもたちにとっては、美術館が実は学校での学習成果を発揮する場所にもなっているようです。」
著者「どういうことですか?」
藤吉「例えば、先生は『この子たちは美術館も鑑賞も初めてだから』と不安げなので、子どもたちの様子を観察していると、子どもたちは先生の心配をよそに時間をかけてゆっくりと見ているんです。そして、作品について意見を述べる時も、自分なりの意見を言っているんです。先生に学校の授業内容や子どもたちの様子を伺うと『図画工作に限らず、日頃から、言葉、形や色などの根拠を押さえた意見交換をしている』ということらしいです。」
著者「なるほど、学校の学習をしっかりやっていると、その力が美術館での鑑賞でも有効に働くんですね。たぶん、子どもにとって美術館は学力を統合的に発揮する場なんでしょうね。」
藤吉「ええ、いまだに多くの方が思われているように、美術館は単に美しいものを見る/見られるだけの場所ではないですね。」
著者「目の前の材料や色、形、すべて正解の中から、自分に必要なものを取り出して論理的に組み立てないと鑑賞も表現も成り立ちません。先週もある地方大会で、全国学力調査のB問題が上がったということを聞きました。研究大会が終了して、校長室でくつろいでいたときの話なんですが、私が『図画工作の研究校では全国学力調査のB問題の点数が上がることが起きるんですよね』って言ったんです。そうしたら校長先生が『そうか!』と膝を打って『B問題だけ上がっていたんです!でもその理由がわからなかったんですよ。そうか図工だったんですね』って話してくれました(※1)。図画工作や美術は学力を統合的に使う時間なんです。たとえ週2時間だけでも、しっかりやれば学力は上がると思います。エビデンスが明確というわけではないので、それは今後の課題ですけど(※2)。」
藤吉「学校は、子どもたちの学力伸張という点においても、美術館を多いに活用できますね。」

美術館と学校の関係をつくる

著者「困っていることはありませんか?」
藤吉「打ち合わせ時に先生に来館目的(学習目標)をお訊きしても、子どもたちを美術館に連れて行こうと考えられた時に、では、そもそもの目的は?と考えておられる先生がとても少なく、あっさり『美術館に連れてくることが目的』『体験そのものが目的』と答えられ、学習目標やねらいを考えておられる先生がまだまだ少ないことですね。」
著者「あ~……もう少し主体的に教育課程に位置付けてほしいなあ。海外ではナショナルカリキュラムとの関連を大切にしている美術館が多くて、ロンドンのテート美術館は訪問申請書に目的や内容、カリキュラムとの関連を記入させていますよね。」
藤吉「ええ、そのために打ち合わせはするんです。まず来館目的や美術館での鑑賞の学習目標等をお訊ねするんですが、その時に返ってくるのが『鑑賞で何をやったらいいかわからないから、美術館に連れてきたいです』『美術のことは一切わからないから教えてください』という言葉なんですね……。最初から手放しで美術館にゆだねてくる状態で先生方から何とか聴き取ろうとしても、沈黙ということが多いです。」
著者「子どもは、その時間に学力を伸ばしているんだからもったいないなあ……。」
藤吉「そうなんです。美術館に連れてくるという相当なエネルギーを割かれているので、あともう一歩なんですけどね。もうちょっと欲張ってほしいです。でも、今の話の流れと矛盾するかもしれませんが、まずはそれでもいいかなとも思っています。」
著者「というと?」
藤吉「『美術館そのものが目的』とまず考えてくださることもとても大切なことだと思います。家庭で来館する機会がない限り、子どもたちが、幼少期に一人で美術館に来ることはまずないです。でも、先生が総合的な学習の時間、校外学習など、まずはいろいろな時間の枠を利用して美術館に子どもたちを連れ出そうとしてくださっていることは、子どもたちにとっては非常に貴重な機会となり得ます。」
著者「確かにそうです。」
藤吉「まずはそこからで、先生方からの信頼を得つつ、関係を醸成していく必要があります。例えば、毎年あるいは隔年くらいに来てくれる学校では、来館を繰り返しているうちに、美術館と相談して対象とする子どもたちの発達段階に応じた学習目標を掲げた鑑賞プログラムを立てようとしてくれる先生が増えてきました。」
著者「その変化はうれしいですね。」
藤吉「訪問そのものが、きっかけになって訪問計画が変化した例もあるんです。初回は『恒例行事で科学館に来るから、ついでにすぐ隣の美術館に立ち寄りたい』というだけだったんです。滞在時間は30分ほどでした。でも、先生たちが思っている以上に子どもたちは作品鑑賞を楽しんでいたんですね。その様子を見た先生方が二回目は滞在時間を増やしたいと希望されました。そして、今では科学館での滞在時間より美術館での滞在時間のほうが圧倒的に長くなっているという、そんな学校も少しずつですが現れてきました。」
著者「なるほど、先生が美術館の学習効果に気付いたんですね。」
藤吉「ある先生は美術や作品鑑賞に一切興味がなくて、子どもたちの来館にも非常に懐疑的だったんです。でも学年の取り組みだからしょうがない。毎年来ないといけない、そういう様子だったんです。でも、美術館鑑賞での子どもたちの様子に触れて『これは、他の活動では絶対に得られない体験をしている』と強く実感されたようです。今ではすっかり、美術館のファンです。先生ご自身が美術館での鑑賞のとりこになって、先生方向けの研修の際にも、子どもたちにもたらす美術館での鑑賞のパワーを他の先生方に積極的に話してくださっています。」
著者「子どもの姿で先生自身が変化するんだ。やっぱり現場の姿が一番説得力あるのかな。そこを見失っちゃいけないですよね(※3)。」

これからの美術館と学校

藤吉「学校教育から考えれば、美術館での鑑賞はちょっとしたオマケのようなもので、美術館での時間は独立したものと考えられているかもしれません。しかし、来館目的にもよりますが、少しでも学習効果を求めるとすれば、事前学習と事後学習は必要だと思います(※4)。実施されている学校と実施されていない学校では、子どもたちの美術館での時間の過ごし方にはじまり作品と対峙する姿勢にいたるまで、明らかに異なります。事後のフォローも重要です。美術館は『学校での学習の成果を実感として受け止められる場所』あるいは『さらに学習を発展させたりする場所』にもなりえると思います。もちろん、美術館が学校化して美術館らしさを失ってはいけませんが、学校として来館するのであれば、目的の大小はともあれ、学校と美術館を切り離して考えるのではなく、一連の関わりの中で考えてほしいです。」
著者「確かに、子どもは学校、美術館、地域社会と連続する世界で育っていると思います。そうであれば『社会に開かれた教育課程』として美術館を学校教育の資源に位置付け、学校と一体になって美術館を活用するようなカリキュラム・マネジメントが求められているのかもしれませんね。本日は、貴重なお話、ありがとうございます。」
藤吉「ありがとうございます。」

 

※1:学び!と美術<Vol.04>「図画工作・美術で学力が伸びる?」に書いたこととまったく同じことが起きたということです。
※2:フィリピンの貧困地域で調査を始めています。学び!と美術<Vol.43>「フィリピンの貧困地域における鑑賞教育の可能性」
※3:学び!と美術<Vol.50>「『現場の感覚』~オランダ美術館員の一言~」
※4:電話の掛け方から、事前事後学習(美術館新聞など)の在り方まで提案されています。ロンドン・テートギャラリー編 奥村高明・長田謙一監訳「美術館活用術 鑑賞教育の手引き」美術出版社2012

「現場の感覚」~オランダ美術館員の一言~

 「現場」という言葉があります。「今、物事が行われているところ」「実際に事が起こった場所」「管理部門に対する実務部門」「組織や制度に頼らない個々人の仕事」などの意味です(※1)。もちろん管理部門も立派な「現場」ですし、「現場」が成立するためには組織や制度も必要です。「現場」だけが単独に成立するわけではありません。でも「現場」という言葉には独特の、やはり「現場」的としか言いようがないニュアンスがあります。
 例えば、ある問題に対して、人は自分の経験と目の前の状況から、その都度解決方法を考え、道具を探し、答えを導き出しています。先生であれば、直前の子どもの発言や行動などを手掛かりに、直感的に「何を話すか」「どう動くか」判断しながら事に当たっています。常に事は「現場」で起きていて、それを解決しているのは「現場」にいる人間です。それは当事者にとっては正直な感覚でしょう。刑事ドラマの名セリフ「事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるんだ!」はこれを鋭く指摘した言葉だと思います(笑)。
 さて、先月のオランダ調査で強く感じたのも、この「現場」の感覚でした。

 色々な国で美術館の教育普及活動を調査してきましたが、話題は概ね共通しています。それは「来館者に何らかの変化を及ぼしていなければ、美術館の存在意義はない」ということです。「展覧会がどれだけ市民に役立ったのか」、「教育活動で人々の生きるスキルにどう貢献したのか」などが問われるのです。活動の対象が子どもであれば「ナショナルカリキュラム(学習指導要領)をどう踏まえているのか」「子どもの何を育てたのか」などが求められます。近年は明確なエビデンスを求めて調査や統計分析も行われています。
 オランダの調査でも、この観点から「教育活動の目的をどのように考えているか」と学芸員やエデュケーターに質問しました。美術館の特徴に応じた相違はあったものの、ほぼ上記の文脈にそった答えが戻ってきました。例えば「ゴッホから作品の見方を学んでほしい」「オランダの歴史を伝えたい」「創造的な態度で世界に立ち向えるようにしたい」などです。
 しかし、ユトレヒト中央博物館のベロニカの答えは少し違っていました。それは、最も印象的で「現場」的な答えでした。

 「美術館の教育普及活動の目的は?」
 「私の企画した教育活動でおじいちゃんと子どもが笑っていることです」
 あまりにも素朴な答えだったので、私は次のように続けました。
 「人々が『あらかじめ祖父である、孫である』ということではなく、教育普及活動を通して『祖父である、孫であるということが達成される』という意味ですか?」
 それに対してベロニカはこう返しました。
 「いや、おじいちゃんの笑顔がうれしいのです」
 私は、役目とはいえ、少々恥ずかしい気持ちになりました。教育活動を進める上では明確な目標が必要です。美術館と学校が連携するためには、お互いの考え方を共有し、「何が向上したのか」というエビデンスを示さなければいけません。でも、結局のところ「現場」の人間が大切にしているのは、その都度生み出される参加者の「笑顔」なのです。それが教育活動の成果であり、当事者にとって一番の喜びなのです。
 ベロニカの答えは「目的や理屈で物事を見過ぎてはいけない」「『現場の感覚』を忘れてはいけない」という警句に聞こえました。何か事に当たっていると、つい忘れがちになる「そこにいる人々の喜び」。これを大切にしたいと思った次第です。

 

※1:「現場」という言い方を嫌う教育委員会もあるので注意する必要がありますが、私は好きな言葉です(^^)

図画工作・美術における知識の行方

「石の張り子」椎俊一先生(宮崎市)
サイズ W8×D8×H3(cm)

 8月26日「次期学習指導要領等に向けたこれまでの審議のまとめ」が中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会から示されました(※1)。図画工作・美術についても今後の方向が提示されています。本稿では「知識」に着目して内容を検討してみましょう。

1.「知識」が違う!

 先日、ある美術の研修会で参加者に「鎌倉幕府が成立したのはいつですか?」という問いを出しました。50代以上の男性は「イイクニ鎌倉、だから1192年!」と即答し、「これが正答だ」という表情でした。しかし、20代前半の女性は一瞬の間があり、「えっと、、、1185年から1192年ぐらいの間に、、、う~ん、、頼朝が鎌倉に武家政権を、、、、、」と自信なさげに答えました。この「答え方の違い」について考えてみましょう。
 まず鎌倉幕府の成立については諸説あり、どちらが正しいという話ではありません(※2)。ただ「鎌倉幕府の成立はいつ」という問いに、50代は、「鎌倉幕府=1192年」という「事実」を答え、それで安心しています。一方、20代は明らかに困った様子を見せました。それは「鎌倉幕府の成立は朝廷や武家、支配権など複数の要因が絡んだ事象で、いくつかの段階があるので『いつ』という問いには即答できない」という意味でしょう(※3)。同時にそこで複数の知識がネットワーク化された「概念的な知識」が用いられたことを示しています(※4)。
 同じ問いなのに、一方は「事実的な知識」で対応し、一方は「概念的な知識」を発動する、、、これは世代の違いなのか、知識の違いなのか、興味深い出来事でした(※5)。

2.「知識」が変わる?

 さて本題です。「審議のまとめ」では、これからの教育がめざす知識は以下のようなものだとされています。

  • 「何を理解しているか、何ができるか(生きて働く「知識・技能」の習得)」(※6)
     各教科等において習得する知識や技能であるが、個別の事実的な知識のみを指すものではなく、それらが相互に関連付けられ、さらに社会の中で生きて働く知識となるものを含むものである。
     例えば、“何年にこうした出来事が起きた”という歴史上の事実的な知識は、“その出来事はなぜおこったのか”や“その出来事がどのような影響を及ぼしたのか”を追究する学習の過程を通じて、当時の社会や現代に持つ意味などを含め、知識相互がつながり関連付けられながら習得されていく。それは、各教科等の本質を深く理解するために不可欠となる主要な概念の習得につながるものである。そして、そうした概念が、現代の社会生活にどう関わってくるかを考えさせていくことも重要である。基礎的・基本的な知識を着実に習得しながら、既存の知識と関連付けたり組み合わせたりしていくことにより、学習内容(特に主要な概念に関するもの)の深い理解と、個別の知識の定着を図るとともに、社会における様々な場面で活用できる概念としていくことが重要となる。

 「審議のまとめ」でめざしているのは、単なる「事実的な知識」だけではないようです。その習得は大事だけれども、もう一歩進んで社会における様々な場面で活用できる「生きて働く知識」、言い換えれば「概念的な知識」を各教科等において習得する必要があるということでしょう。では、図画工作・美術ではどうでしょうか(※7)。

  • 芸術系教科・科目における「知識」については、一人一人が感性などを働かせて様々なことを感じ取りながら考え、自分なりに理解し、表現したり鑑賞したりする喜びにつながっていくものであることが重要である。知識が、体を動かす活動なども含むような学習過程を通じて、個別の感じ方や考え方等に応じ、生きて働く概念として習得されることや、新たな学習過程を経験することを通じて更新されていくことが重要である。

 図画工作・美術においても、「事実的な知識」ではなく、社会生活で活用されてはじめて「知識」と呼べるような「概念的な知識」の獲得が目指されているようです。その獲得のプロセスでは、一人一人の感性に立脚しつつ、試行錯誤しながら知識を更新していくことが求められています。それは、教科の本質的な「理解」につながるものだと思われます。

3.「知識」の行方

 一方、様々な図画工作・美術の研修会ではどうでしょうか。おそらく、知識の段になると決まって以下のような発言が聞かれることでしょう。
 「図画工作・美術に知識を持ち込むと、すぐに三原色やテストになる」
 「知識を教え込んでから絵を描きましょうとなるのはよくない」
 一方的な教え込みは避けたいという真意は分かるのですが、いずれも「事実的な知識」だけを取り上げたもので、そこに「概念的な知識」や、教科の本質にかかわる「見方・考え方」への発展は含まれていません(※8)。
 確かに、これまで図画工作や美術で「知識」の問題が、十分に議論されてきたとはいえないでしょう。「色の組み合わせや濃淡の効果を理解する」「奥行が生まれるように形を配置した構成と、その影響を考える」あるいは「美術作品に関する文脈的な知識を活用して鑑賞する」などについて研修会等で取り上げられることは少なかったと思います。たとえ、子ども自身がそのような活動をしていたとしても、避けられてきたのではないでしょうか。しかし、「審議のまとめ」では、以下のように述べられています。

  • このことを踏まえて、「知識」に関しては以下のことが重要であり、発達の段階に応じて整理していく必要がある。
  • 〔共通事項〕を学習の支えとして、形や色などの働きについて実感を伴いながら理解し、表現や鑑賞などに生かすことができるようにすること
  • 芸術に関する歴史や文化的意義を、表現や鑑賞の活動を通して、自己との関わりの中で理解すること

 私たちは、形や色、その働き、歴史や文化的意義などの図画工作・美術で用いられる「知識」について、もう一度検討しないといけないのかもしれません。そこでは「事実的な知識」だけでなく「概念的な知識」や「見方・考え方」などを視野に入れる必要があるでしょう。平成24年度の国立教育政策研究所の学習指導要領実施状況調査では「作品から得た自分の印象や情景、全体的な感じなどを、形や色、動きや奥行きなどの複数の造形的な特徴を根拠に説明することに課題がある」と指摘されています(※9)。子どもが豊かに造形活動を行う道具として「知識」を再定義し、「社会に開かれた教育課程」を実現することが求められているのだろうと思います。

 

※1:「次期学習指導要領等に向けたこれまでの審議のまとめ」
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/004/gaiyou/1377051.htm
※2:そもそも幕府=政権という概念自体がこの時代にはなかったようです。
※3:この世代は「イイクニ鎌倉」という教育を受けていないそうです。
※4:「概念的な知識」は、断片的な「事実的な知識」と異なり、意味理解を伴った転移性の高いネットワーク化した構造的な知識だとされています。
※5:筆者は50代後半、「受験戦争」で断片的な知識量で競争しました。いわば「イイクニ鎌倉」世代、20代の彼女が用いた「概念的な知識」は苦手かもしれません(笑)。
※6:前掲1「次期学習指導要領等に向けたこれまでの審議のまとめ」26p
※7:「次期学習指導要領等に向けたこれまでの審議のまとめ」205p
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/
2016/09/09/1377021_1_5.pdf

※8:テストや事実的な知識を敵視する傾向も感じられます。
※9:自分の把握した知識を明確に位置づけながら、これを複数組み合わせて、論理的に述べること(あるいはつくること)は課題だと思います。小学校学習指導要領実施状況調査 教科別分析と改善点(図画工作)
https://www.nier.go.jp/kaihatsu/shido_h24/06.pdf

図画工作の授業(3)~評価方法のいろいろ

 前回からの続きです。評価は、評価規準の設定、測定、分析などいろいろな側面がありますが、今回は授業で活用できる方法を簡単に紹介したいと思います。

1.作品

 作品は図画工作で最も信頼性が高く、全員分の評価データが揃う公平な評価資料です。提示されたパフォーマンス課題(題材)に対する解答(作品)ということもできます。一人一人が自分なりの資質や能力を発揮した成果ですから、作品から子どもの声を聞くような気持ちで丁寧に分析しましょう(※1)。「いいこと考えたよ」「ここを工夫したんだ」などのいろいろな声が聞こえるはずです。時には「先生、ぼくもっとこうしたかったよ」「あんまり考えられなかったよ」など題材や指導を見直す視点も与えてくれます。

2.座席表

図1

 作品になったときに「過程で見せた特徴的な姿」「表現が変化した理由」などは消えてしまいがちです。これを補完するのが座席表などを用いた記録です。子ども同士の関係を矢印で記入したり、簡単にメモを書き留めたりします(図1)(※2)。ポイントは記入しながら生まれる空欄です。それは見落としている子どもである場合が多く、その発見が次の指導につながります(※3)。ただ、授業中に先生が座席表をもって常に記録して回るというのは不自然です。題材や年間指導計画との関わりで「この題材の、この場面で」で実施するとよいでしょう。

3.デジタルカメラ

 プロセスを撮影しておくことも有効です。例えば下絵を撮影しておくと、完成したときに「こんな工夫を加えた」ことがわかります(※4)。またカメラで撮るという行為は「あなたの作品を認めている」というメッセージにもなるので、称賛的な活動としても有効です。撮影した写真を授業のまとめに活用することもできるでしょう。ただ、カメラをもって撮影ばかりしているのはお勧めしません。評価者である前に、まず指導者であることが大切です。

4.ワークシート

 感想などを書かせたワークシートも貴重な評価資料です。子どもたちが形や色、イメージなど共通事項を手掛かりに振り返れるように設問等を工夫するとよいでしょう(※5)。マインドマップや概念地図のような形式で記述への負担を少なくする方法もあります(※6)。小グループでお互いの作品のよさや工夫したことを話し合い、その結果をまとめさせると、教師の気付かぬ点が出てくるのでお勧めです。前号では作品の題名や物語などを考える方法を紹介しましたが、これも有効な評価資料です(※7)。

5.スケッチブック

 スケッチブックはポートフォリオとして考えることができます。アイデアスケッチ、感想文、関連する作文、作品の写真、相互評価で使った付箋など、学習で用いた様々な資料を貼っていくと、1学期もすれば立派な評価資料になります。全員分が確実に蓄積しますので、評価の公平性という観点からも妥当な方法です。「学習帳」を「図画工作ノート」として4年間通して活用している例もあります(※8)。継続的に見ることで学年を超えた発達や成長がよく分かります。

6.ルーブリック

図2

 ルーブリックは、作品や発表など特定の課題に対するもの、単元や題材で育てたい力を見るもの、あるいは教科や学校レベルで考えるものなど、いろいろな種類があります。子どもが自己評価に使ったり、教師が作品評価に使ったりするなど方法も様々です(※9)。パフォーマンスを評価する仕組みとして近年広がっていますが(※10)、パソコンを使って簡単に相関や平均などの統計的な分析ができるようになったことも理由の一つでしょう。
 図2は、授業分析を目的にした鑑賞活動の自己評価ルーブリックです(※11)。現在、中央教育審議会で議論中の「三つの柱」をもとに、知識・技能として「①形や色など作品の特徴のこと」「②作品について話し合うこと」、思考・判断・表現として「③自分の考えを組み立てること」、学びに向かう力・人間性として「④学びに向かう力」の4項目を設定しています(※12)。
 鳥取県北条町立北条小学校で半年間調査した結果から現在分かったのは以下です。

  • 自分たちの作品を鑑賞するときは「①形や色など作品の特徴のこと」と他の項目との相関が強くなることです。おそらく、子どもたちは作るときに大事にしたことをそのまま鑑賞の視点にして友達の作品を見ているのでしょう(※13)。
  • 美術作品を鑑賞するときは「③自分の考えを組み立てること」と「④学びに向かう」の間に相関が強くなります。子どもたちにとって、大人の作品は未知の表現世界なので、考えることを頑張っているのかもしれません。
  • 「②作品について話し合うこと」だけが他の項目とあまり相関しません。小学生だからか、授業の内容によるものか、そもそもルーブリックに問題があるのか、まだ理由は分かりませんが、「盛んに話し合っている」「よく発言する」など表面的な様子だけを評価することは気を付けた方がいいでしょう。

 図画工作や美術は、これまで子どもの一人一人の資質能力をとらえようと、一方的な「冷たい評価」ではなく、子どもの成長を目指す「温かい評価」が目指されてきました。ただ、子どもの様子の記述やエビデンスの低いアンケート等などに偏っており、エビデンスとしては弱かったと思います。今後は、他教科と連動した様々な方法の開発が進むでしょう。

 

※1:評価規準をもとにすることが原則です。
※2:http://www.nier.go.jp/kaihatsu/hyouka/shou/07_sho_zugakousaku.pdf?time=1470709916241
※3:評価には教師の指導力を高める側面もあります。
※4:「学び!と美術 <Vol.05> 造形活動が育てる学力」の「どんぐりと山猫」の下絵段階(図1:デジタルカメラで撮影)と完成段階(図2)を比較して下さい。
※5:「感想を書きましょう」は曖昧です、具体的な視点が必要でしょう。
※6:http://www.nier.go.jp/kaihatsu/hyouka/shou/07_sho_zugakousaku.pdf?time=1470709916241

※7:なお、活動した直後に「振り返って書く」よりも、一日、二日たった後の日記や作文の方が具体的で評価に役立つ場合が多いようです。作品が仕上がった直後に感想文を書くのは大人でも結構つらいものです。落ち着いてから書く方がよく振り返れるのです。なお、子どもは作品を前にすれば数年たっても詳細に何を工夫したか思い出せます。
※8:当時東京都の図画工作専科だった内野務先生の実践です。

※9:「特定の課題に関する調査(図画工作・美術)」で用いられた解答類型は、作品評価のためのルーブリックといってよいでしょう。http://www.nier.go.jp/kaihatsu/tokutei_zukou/(19p~33p、84p~96p)
※10:例えば、第51回佐竹賞佳作賞 千葉県袖ケ浦特別支援学校森田亮先生の実践「教育美術8月号」2016
※11:筆者作成。このルーブリックを用いて、北条小学校以外に札幌市、川崎市、名古屋市などで鑑賞の授業について調査を行っています。
※12:授業分析やルーブリック開発を目的としたもので、個人内評価を行うためではありません。
※13:北条小学校と共同で作成した「表現活動のルーブリック」を用いた調査の分析からも、子どもたちが「形や色」を重視している傾向がうかがえます。

図画工作の授業(2)~指導案の書き方

 前回の続きで、今回は指導案の書き方について解説します(※1)。都道府県や研修会等によってスタイルはかなり異なるので(※2)、あくまでも筆者の経験をもとにした一例です。

図画工作科学習指導案

平成○年○月○日 ○曜
第○学年 ○級 ○校時
指導者 ○○○○○○○

1.題材名(及び領域 「表現(1)」等)

 「題材」は、子どもの学習活動、材料や用具、目標や計画などの集合体です。目標や内容が子どもにおいて具現化する一連の「学習活動のまとまり」(※3)であって、教材や作品だけを示すものではありません(※4)。
 よく「なぜ図画工作は単元(※5)でなく題材なんですか」と聞かれます。図画工作科や音楽などでは「比較的小単元中心となるものが多く、単元と言わず題材という場合が多い」と言われています(※6)。筆者は「図画工作では子ども一人一人がかけがえのない『私』=『作品』をつくります。そのためのまとまりが『題材』であって、そこが『単元』との違いです。」と答えています。
 「題材名」は「望ましい創造活動への案内や提案の意味」を持ちます(※7)。以前は「カレンダーに表す」というそっけない表記でしたが、現在は「ならべて、ならべて」のように中心的な活動を示すものや、「もし雲にのったら」のように発想のきっかけを示すようなものがほとんどです。
 先生と子どもがイメージを共有できる題材名がいいと思います(※8)。筆者はよく子どもとつくっていました。わざと題材名を提示せず、授業をした後に「ねえ、週案にのせなきゃいけないんだ、なんて書いたらいいかな?」と言うと、子どもたちが「版の国から」「風をつかまえて」など素敵な題材名を考えてくれたものです。

2.題材の目標

 題材全体の目標です。多くの場合「~を通して~するとともに、~を工夫して表す」のように、主な活動と資質・能力をまとめた形で示しています。「資質能力の育成のために題材がある」という考え方からは「3.指導観」の前に書きますが、「3.指導観」の後に書く場合もあります。
 現場で迷うのは「一文で書くか、観点別にするか」です(※9)。筆者も、以前は観点別に書いていましたが、「4.題材の評価規準」の繰り返しになるので、今は一番大事にしたいことを中心に一文でまとめています。

3.題材観(「題材設定の理由」「題材について」など)

 題材観、児童観、指導観の三つ、あるいは題材観、児童観の二つを示します。三つの場合は、まず「こんな題材で、こんな能力を高めます」と題材の意義や内容を紹介し、次に「発達の特徴やこのクラスの実態はこう」と必要性や配慮事項を述べて、最後に「だからこのように指導します」と指導の要点を示します。それぞれの項目がお互いに関連し、論理的に一貫していることが重要です(※10)。

①題材観:主な内容、学習指導要領上の位置づけ、年間指導計画との関係、学年や題材間の系統、育成される資質能力、地域性や伝統との関連、形や色などの造形的な要素、材料や用具の意味など「題材を実施する意義や価値」を説明します。

②児童観:一般的な学年の発達、クラスの実態、教科に対する傾向や調査結果、当該活動に関する実態、これまでの造形活動の経験、関連題材での様子など、題材観との関係で留意すべき児童の様子を説明します。

③指導観:「だから外で実施する」「ここは時間をかける」「まず粘土に触れることを楽しませる」「グループを導入する」等、①題材観と②児童観を踏まえた上で、どのような手立てを打つか、学習活動の流れや展開上で特に気をつける点は何かなど、指導の重点について説明します。

4.題材の評価規準

 評価は目標と一体です。目標を具体化したのが評価規準と考えてもいいでしょう。評価規準は平成3年に導入された概念(※11)で、子どもがおおむね学習を達成した状況(いわゆるB規準(※12))を観点別に示したものです。以前は指導案に書かれていることは少なかったのですが、最近は必ず示されるようになっています(※13)。
 これをゼロから書くのはけっこう難しいものです。国立教育政策研究所が「造形遊び」「絵や立体、工作」「鑑賞」などの内容のまとまりごと、かつ学年ごとに例示していますので、それをうまく題材に合致させればいいと思います(※14)。
 実際の評価では「そうそう」「こんな感じ」と想定内ならB、「え~すごい」と驚く想定外ならA、「あらあら、ちょっと待って」と指導に入るのだったらCと説明しています。それをもっともらしく難しい言葉でまとめたのが上記の資料でしょう(^o^)。
 なお、評価で大切なのは公平性です。公平性の観点からは、全員の評価資料が必要です。でも、作品以外の評価データを2時間程度の題材で全員集めるのは現実的ではありません。年間を見通して「この題材は特に発想!」のように重点化を図って、時間内にできる妥当な評価方法を考えましょう(※15)。

5.題材計画(「指導計画」「展開」など)

 下の表のように題材の流れを大まかに書きます。以前は第一次、第二次と授業回数にそって箇条書きする程度でしたが、最近は以下のような表で、指導上の留意点や評価まで詳しく示しているものが多いようです。横軸は地域や研究会、学校などによってかなり異なりますが、大事なのは縦軸です。子どもの意識の流れ、活動の姿、発揮される能力、指導方法などが骨格として示されていることが重要です。この骨格に形や色などの造形的な要素、評価、地域性や伝統などが絡んでいくイメージです。

6.本時計画(「本時の授業計画」「本時の展開」など)

 本時計画は、題材計画の中から1時間分を詳細に示したものです。以下のような項目が示されます。
 ・本時の目標
 ・本時の評価規準
 ・材料用具の準備(教師と児童に分けるとよい)
 ・本時の指導計画

①導入
 導入は本時の目標を明確に共有する時間です。「望ましい創造活動への案内」や「豊かな発想のてがかりとなる提案」を行うなどして、子どもが「めあて」を意識できて、意欲が高まるようにします(※16)。
 よく先生が一方的に内容を説明した後に、事前に作成しておいた「めあて」を貼るという場面に出会いますが、少々困惑します。「めあて」は授業の進度や内容で変化しますし、子どもが大切だと感じていることを子どもの言葉で表すのが「めあて」です。例えば「どんなめあてにする?」と問いかけ、先生の方針を踏まえながら子どもの意見をまとめるという方法があります。子どもが学習内容を理解していれば1分で終わるでしょう(※17)。
 なお、導入に時間を費やすのはよくありません。図画工作では子ども自身が活動する時間こそが大事です。子どもの思いと視点、安全性などがおさえられれば、速やかに次の段階に進みましょう(※18)。無駄な部分はできるだけ削減し、長くても10分以内に収めたいものです(※19)。

②展開
 展開は、図画工作の中心です。子どもが試行錯誤や行戻り、思考や判断、主体性や協働性などを発揮する大切な時間です。先生は、これを励ましたり、見守ったり、あるいは、指示したり、いろいろな指導を行います。指導案作成では、実際の授業場面を思い浮かべながら、子どもの姿とそれに対応した手立てを書いていくことになります。
 「どこまで指導すればいいのですか?」「教師の言う通りになりそうで、、、」という質問をよく聞きますが、そう心配しなくていいと思います。筆者はよく子どもとおしゃべりする先生でした。児童の作品を手にして「ふ~ん」「なるほどね」などと認めたり(※20)、「それはこういうことだよ」「こんな方法もあるよ」など知識や技能を提示したり、「こうしてみる?」と指示したり、遠慮なく話しかけていました。子どもが自分の思いで主体的に活動していれば、先生はあくまで子どもの活動の「資源」の一つにすぎません。「最終的に判断してとりいれるのは子ども」なのです(※21)。
 よく製作途中に相互鑑賞を行う場面にも出会います。「は~い、やめて、やめて、、、ちょっと友達の作品を見て回りましょう」。子どもは付き合ってくれますが、活動の意欲や思考は途切れます。指導案通りに行うのではなく、「子どもの活動が停滞している」「もう一つジャンプできる」など状況を的確に判断して、「ここでこそ効果があるとき」に実施したいものです。
 なお、実際の授業は指導案の通りにはいきません。指導案というのはたいてい研究授業や県大会等のときに作成されます。子どもたちにとって特別な材料や場が用意されたり、周りを取り囲む参加者が大勢いたりします。どうしても普段と勝手が違い、先生の思うようには進まないのです(※22)。でも、子どもは先生ほど緊張せず、特別な雰囲気なども活用して普段以上の力を発揮してくれます。それを信頼すればよいと思います。
 ただ、授業が一気に活性化する「活動の爆発」は起きにくいと思います。「活動の爆発」というのは筆者独特の言い方で、子どもの発想や技能などがお互いに連鎖し、クラス全体が爆発したような感覚を味わう時間帯のことです。経験的に、題材の3分の2程度の時間に起きます。45分題材だったら30分あたり、90分題材だったら60分あたりです。これがうまく研究授業にあてはまるのはまれでしょう(※23)。

③まとめ
 以前に比べれば、まとめの時間に「半ば一方的にそのよさなどについて評し、ある意味では、他の多くの児童の活動のよさや努力を切り捨てる(※24)」ことは少なくなりました。でも、「児童一人一人が自分の表現製作を温め、その余韻を味わう(※25)」ことはどうでしょうか。自分の作品の題名を考えたり、簡単な作文を加えたり、飾る場所を考えて撮影したりするなど、いろいろな方法で子どもの思いを温めたいものです。それを先生も一緒に味わってほしいと思います。

7.その他

 案外、大事なのが板書や環境設定です。板書は子どもの発想の手掛かりになっている場合があります(※26)。また、「場の構成」「材料や用具の場所」「机の配置」などは子どもの表現活動を左右する決定的な要因です。用具の置き場所一つで、想定した活動と全く異なる活動になってしまったことを数多く見てきました。指導案に教室全体の見取り図や板書計画を挿入し子どもの動きを想定することは大切でしょう。

 図画工作では、子どもの思いがけない発想や、驚くような工夫によく出会えます。それは先生にとってもうれしいことで、ついニコニコしてしまいます。子どもと一緒に喜びを味わえるのが図画工作の時間です。読者の方もたくさん指導案を書いてたくさん授業をして、たくさん喜びを味わってください。

 

※1:若い方はずいぶん指導案を書くのが早いと聞きました。国研や文科省のデータ、様々な教育機関の事例集などがネット等を通して容易に参考できますし、何よりコンピュータやWordなどの普及の効果でしょう。
※2:以下のように立体的な指導案や写真を使った指導案もあります。
板良敷敏編「小学校図画工作基礎基本と学習指導の実際」中田稔の学習指導案 東洋館2002icon_pdf_small
第53回造形表現・図画工作・美術教育研究全国大会
 第41回宮崎県造形教育研究大会紀要「造形の発見」2002icon_pdf_small

※3:文部科学省 小学校図画工作指導資料「指導計画の作成と学習指導」1991 日本文教出版82p
※4:「風景画」「筆立て」「版画カレンダー」などは「題材名」とはいえません。
※5:単元の考え方はこちらが参考になります。文部科学省「今、求められる力を高める総合的な学習の時間の展開(小学校編)」第3章p86
※6:文部省「図画工作指導資料」開隆堂 1980
※7:前掲書3 p83
※8:「すっかり、ぴかドン」「ミラー、ミラー」など何を行うのかよく分からないのもあります。それはその先生の歴史と児童の実態の一回性で通じるものだと思います。むやみにまねようとせず、その教室らしい題材名がよいと思います。
※9:来年の改訂からは3観点になるでしょう。
※10:二つの場合は、題材観に指導観を含んで書きます。まれに児童観を書いた後に題材観がくる場合もあります。
※11:「各教科の目標に照らしてその実現の状況を評価する観点別学習状況を各教科の学習の評価の基本にすることとしました」文部省「小学校教育課程一般指導資料」1993
※12:評価規準については「そうそう」「こんな感じ」と想定内ならB、「え~すごい」と驚いた想定外ならA、「あらあら、ちょっと待って」と指導に入るのだったらCと話しています。それを難しい言葉にしたのが註13の資料だと考えてください(笑)。
※13:評価を指導案に明記する歴史は案外古く、たとえば昭和51年の文部省指導資料等(複式学級図画工作指導資料「共同製作の指導」日本文教出版)で指導案の項目として例示されています。
※14:コツは「~を~しながら~工夫している」などの部分をそのままにして「~」を入れ替えることです。国立教育政策研究所教育課程センター編「評価規準の作成、評価方法等の工夫改善のための参考資料(小学校・中学校・高等学校)」教育出版 2012icon_pdf_small
※15:前掲書14に詳細な例が示されています。
※16:前掲書3 p82
※17:数時間かかる題材では、全体を示し、各段階で「めあて」を決めて取り組む方法もあります。
※18:よく「これまでの学習」をおさらいする場面に出会うのですが、ほとんど参観者や先生に見せるために行われています。自分の作品を前にして「今まで何をやってきたか」を一番知っているのは子どもなのに、、、と思います。
※19:見ている方は5分が限界です。
※20:児童の作品を手にするというのは一番のほめ言葉です。
※21:先生の助言を頼りに活動を進めるようでは、そもそも主体的な活動になっていないということでしょう。
※22:研究授業でうまくいった経験は一、二度しかありません。普段でも年に一、二回でしょうか。
※23:指導案自体が「参加者の大人に向けた資料」で、「私はこの授業をこういう風にデザインしました」「研究会で何度も吟味し、研究会のテーマをこう反映させました」という宣言書のようなものです。
※24:前掲書3 p86
※25:前掲書3 p86
※26:行き詰ったときなどにチラッと板書を見る子どもの姿はよく見かけます。言語活動の充実につながりますし、授業のまとめにも有効です。

図画工作の授業(1)~教科書の使い方

 「図画工作の教科書は、作品が掲載されているだけで、よく分かりません」
 いえいえ、最近は、どの会社の教科書も、近年の教育課程改訂の流れを反映し、目標や学習方法などが見開き2ページの中に分かりやすく配置されているのです。資質や能力を発揮する子どもの写真も掲載されており、先生にとって「子どもをどのように見ればよいか」という点で参考にもなります。今回は、図画工作の教科書を読むコツを解説しましょう。

1.「どれどれ、来週は何だったっけ……」

 まず、教科書を開きましょう。目次やページ左上などで「造形遊び」「絵」「立体」「工作」「鑑賞」のどれに当たるかが確認できます。

2.「どんな題材なのかな……」

 左上に書いてあることを読みましょう。①題材名、②題材名の上の文章、③題材名の下の文章の三つを読めば授業の概要は分かります(※1)。例の場合、お話しをもとに、子ども一人一人の「すきなところ」から学習が始まることが分かります。

3.「この学習でどんな力が伸びるの?」

 ページの中で「意欲や態度」「発想や構想」「創造的な技能」「鑑賞」の4観点がおさえてあります。例の場合、まず子ども自身が「好きな場面を選ぶこと(発想)」、そこを「工夫して描く(構想や技能)」がポイントであることが分かります。「先生が選んだ場面を描かせる」「先生が何をどのように描くか決める」のではないようですね(※2)。

4.「さて、どうやって始めよう」

 題材にもよりますが、多くの場合、左上にスタートの場面が掲載されています。例の場合、まず、真っ白い画用紙を真っ黒に塗りつぶすことから始まるようです。そこから右下を見ていけば、おおむねのプロセスが分かります。工作のつくり方や仕組みを説明しているケース、用意すべき材料や用具が解説されているページなどもあります。

5.「作品例はどうやって取り扱うのかな」

 掲載されている作品例と同じ構図、同じ場面を描くのが学習ではありません。作品例は「こう描けばいい」というお手本ではなく、「その子が何を感じたか、何を考えたか」という結果です。例であれば、この子が「大根を抜く場面を選んだこと」「選んだ場面を表すために『何を』『どの位置に』『どのように』描くか工夫したこと」が分かります。おそらく、他の子は違う場面を選び、異なる工夫をしたと思います(※3)。

6.「活動中は何が大事なのかな」

 「活動中にどんな姿が現れるのが望ましいのか」「どんな様子に注目すればいいのか」などは案外先生方が迷うところです。これについては、教科書の子どもの写真やコメントがとても参考になります(※4)。
 例の場合、真っ黒にした画用紙を消しゴムで消した後に、お花のような色を加えています。でも、その上からまた消しゴムで消しています。自分の表したい形をはっきり浮き出させようとしているのでしょう。真っ黒になった手、集中する視線などから、発想したことを実現しようとして、自分なりに技能を発揮している様子が伝わってきます。

7.「終わったら、どうまとめればいいのかな」

 学習を終えた時に、どのような姿になればよいのか考えることは大事です。例の場合、形という視点で面白さや楽しさを感じられるようになる、言い換えれば「自分の身の回りの世界を新しい視点で見ることができるようになる」ということがゴールのようです。

 子ども用の教科書であっても教師の読み方によっては深いところまで読み解くことができます(※5)。国語や算数でも「教材研究は、まず教科書から」です(※6)。図画工作科でもしっかりと教科書を研究したいものですね(※7)。

 

※1:それぞれの意味は教師用指導書に説明してあります。
※2:「場面」といっても、カメラで切り取ったような一瞬ではありません。低学年では、異なる時間や空間が一枚にまとめられることがあります。
※3:ある児童画展の審査で、何枚めくっても大根の向き、人や家の位置など同じ構図の絵が出てきたことがあります。「教科書の作品のように描きなさい」と言ってしまったのでしょうか……。
※4:図画工作科の教科書で「子どもを見る目」を鍛えることができます。
※5:教科書に解説が記入してあるいわゆる「赤本」や、指導案例が載っている教科書の参考資料などを活用すれば、他のアプローチの例、時間配分の例などを確かめることもできます。
※6:国語では教師が詩や物語文を全文試写することもあります。図画工作でいえば、教科書のような作品を教師がつくってみることに該当します。
※7:「ごんぎつね」を読まないまま、国語の授業に入ることがあり得ないように、図画工作でも教科書を研究して授業に入ることが大事です。

図画工作科・美術科の改訂、どんな感じ?

1.はじめに

 「論点整理」を踏まえ、中央教育審議会教育課程部会芸術ワ-キンググループで美術、音楽、書道など芸術教科における改訂作業が進行中です。4月現在、7回の会議が行われています。本稿ではその議論や資料等から現段階における図画工作・美術の改訂のポイントを検討してみましょう(※1)。

2.全教科等を貫く「三つの柱」

図1

 今回、学校教育において重視すべき三要素(※2)などをもとに、育成すべき資質・能力が「三つの柱」として整理されています(※3)。各教科等の資質・能力は「三つの柱」から構造的に見直され、その実現のためのアクティブ・ラーニングやカリキュラム・マネジメントなども提案されています(※4)<図1(※5)>。芸術ワーキンググループにおいても同様です。例えば小学校図画工作科では以下のように提示されています(※6)。

①形や色、材料や用具などについて理解することや、創造的な技能を身に付けることができるようにする(個別の知識・技能)。
②豊かに発想や構想することや、作品などからよさや美しさなどを感じ取ることなど、創造的に思考・判断できるようにする(思考力・判断力・表現力等)。
③主体的に表現や鑑賞の活動に取り組み、つくりだす喜びを味わうことや、生活の中の様々な造形に親しむことができるようにする(学びに向かう力、人間性等)。

 まだ最終形ではないようですが、教科目標や学年目標、〔共通事項〕、評価の4観点などを踏まえて、すっきりと整理されていると思います。小学校の先生にとっては、図画工作科で育てる資質や能力が分かりやすくなることでしょう。学校で教科横断的な実践を行う場合も、立案や計画などが容易になると思われます。また、これから教員になろうとする学生は共通の枠組みで各教科等の資質や能力をとらえることができて助かるでしょう。

3.実は同じ! 4観点と3観点

図2

 ただ、これまで4つだったものが3つになることに対する戸惑いはあるでしょう。学校や地域によっては「せっかく現場で定着したのに」という思いがあるかもしれません(※7)。しかし、継続性を無視しているわけではないのです。
 なぜなら、前回の改訂において、すでに鑑賞の能力は「知識」と「思考・判断」の二つの要素でとらえるように変更されています。表現の能力については従来通り「技能」と「思考・判断」です。つまり図画工作科や美術科の学力を全体として見れば、すでに「知識・技能」「思考・判断」「主体的に学ぶ態度」で構成されているわけです<図2(※8)>。この図を前述の小学校図画工作科の「三つの柱」と比較してみれば、大きく異なるものではないことが分かると思います。厳密には相違点もありますが(※9)、4観点と3観点は基本的に示し方の違いということができるでしょう(※10)。

4.各教科等の特質に応じ育まれる「見方や考え方」

 ただ、共通化で危惧されるのが各教科等の固有性です。これについては、アクティブ・ラーニングの三つの視点「深い学び」「対話的な学び」「主体的な学び」の中で、特に「深い学び」を実現するために提案されている「見方や考え方」がポイントになります。「見方や考え方」は「様々な事象等をとらえる各教科等ならではの視点や、各教科等ならではの思考の枠組み」とされています(※11)。筆者が注目したのは、芸術系教科(※12)の「見方や考え方」に「感性を働かせて」という文言が入っていることです(※13)。
 感性を働かせるという言葉は、前回の改訂で小学校図画工作科の教科目標に導入された用語です。これは「学習過程の最初から最後まで、子どもは自らの感性を働かせながら活動していること」と「その過程を通して技能の獲得や新たな発想などをしていること」などを意味しています。図画工作科では単に「予定の内容を順序通りに消化したから目標が達成される」とはなりません。子ども一人一人が自らの感性を働かせる学びの過程を通してこそ、知識・技能の獲得や表現力の伸長などが実現するのです(※14)。もちろん、子どもの感性といっても、それぞれの時点で子どもたちは文化的な感性を身に付けています。発達や内容によっては感性そのものについて学習することもあります。そのようにして育まれた感性は、芸術の意義や文化の多様性などを理解する上で欠かせない資質や能力となるでしょう(※15)。
 まだ各教科等で検討している段階なので、どのようにまとめられるのか分かりませんが、「感性を働かせて」が、このまま芸術系教科の共通の「見方や考え方」になるとしたら、学習のプロセスでこそ成長する芸術教科の固有性が明確になるのではないかと期待できるというわけです。

5.おわりに

 これまでの改訂では、まず学習指導要領で「目標と内容」、次に指導要録で「評価」、そして様々な報告書等で「学習方法」など数年かけて示されていました。今回これらが一度に議論されています。そのため「この力を育てるために、この学習方法がある。それをこの観点で評価する」ということが鮮明になっています。以前から図画工作・美術では、目標や資質・能力を不問にしたまま、〇〇式、〇〇型などの学習方法だけを論じるという問題がありました。今後は、育てたい能力、学習方法、評価を一体的に考えた上で、その妥当性を議論する方向に進むでしょう。
 いずれにせよ、小学校、中学校、高等学校それぞれの現状と、法的な継続性や安定性などを考慮しながら作成するのが学習指導要領です(※16)。どのように表されるとしても、子どもたち自身が活躍する20年~30年後の未来を見据えた上で、現時点における最も妥当な提案が行われると思います。

 

※1:本稿は会議資料、議論の傍聴等に基づく筆者の考えです。資料は会議の議論を反映し、毎回、変更や修正が行われます。
※2:学校教育法30条2項で定めるいわゆる学力の三要素「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」「主体的に学習に取り組む態度」
※3:平成27年8月26日教育課程企画特別部会「教育課程企画特別部会における論点整理について(報告)」
※4:「三つの柱」はバランスよく相互に関連させながら教育課程全体で構造的に考えることがポイントです。
※5:論点整理の補足資料(1)27p
※6:中学校美術科は以下。
①形や色彩などの特徴について、創造活動を通した造形的な視点として理解したり、美術作品や文化遺産などについて造形的な特徴などから理解を深めたりすることや、発想や構想したことを基に、意図に応じて創意工夫して表す創造的な技能を身に付けることができるようにする。
②豊かに発想や構想することや、造形的なよさや美しさを感じ取り味わったり、美術文化を伝統的かつ創造的な側面からとらえたりするなど、創造的に思考・判断できるようにする。
③主体的に表現及び鑑賞の活動に取り組み、美術の創造活動の喜びを味わい、生活や社会の中の美術の働きや美術文化と豊かに関わり、美術を愛好する心情をもてるようにする。

平成28年4月26日教育課程部会芸術ワーキンググループ資料3-2(案)「図画工作科、美術科、芸術科(美術、工芸)における教育のイメージ」
※7:前回の改訂では平成21年から22年3月にかけて児童生徒の学習評価の在り方について初等中等教育分科会教育課程部会「児童生徒の学習評価の在り方に関するワーキンググループ」で話し合われました。ぎりぎりまで3観点に変更するか、4観点を継続するかまとまりませんでした。主に研究者側は妥当性や信頼性などから3観点を主張しました。教育委員会や校長会会長等の学校関係者は「ようやく学習評価が定着してきたのだから」と4観点の継続を主張しました。結果的には4観点となりましたが、それは、まとめ役をしていた委員の言葉を借りれば「研究者的には3観点だが、現場があれだけ言ってるんだから今回は4観点でいこう」という現実的な決着でした。
※8:筆者作成
※9:今回の改訂の議論では「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」「主体的に学ぶ態度等」のとらえ方が深まっています。例えば「知識・技能」は「静的な知識・技能」というよりも「アクティブな知識・技能」です。「事実的な知識のみならず、学習過程において試行錯誤をすることなどを通じて、新しい知識が既得の知識と関係づけられて構造化されたり、知識と経験が結びつくことで身体化されたりして、様々な場面で活用できるものとして獲得される、いわゆる概念的な知識を含むものである」「一定の手順に沿った技能のみならず、変化する状況に応じて主体的に活用できる技能の習熟・熟達に向かうことが重要である」平成28年4月26日教育課程部会芸術ワーキンググループ資料5(案)
※10:平成20年の改訂で図画工作科・美術科は、資質能力ベースで目標と内容を構築しています。
※11:平成28年3月14日総則・評価特別部会資料1-1「アクティブ・ラーニングの視点と資質・能力の育成との関係について~特に「深い学び」を実現する観点から~」
※12:小学校音楽科、中学校音楽科、小学校図画工作科、中学校美術科、高等学校芸術(音楽、美術、工芸、書道)
※13:例えば、中学校音楽科「音楽に対する感性を働かせて、音楽を形づくっている要素とその働きの視点で音楽をとらえ、音楽的な特徴と、音楽によって喚起されるイメージや感情、生活や社会、文化などとの関わりについて考えること。」中学校美術科「感性や想像力を働かせて、形や色彩などの造形的な視点で、対象やイメージをとらえるなどして、自己や他者との関わりや、生活、社会、文化などとの多様な関係の中で、心豊かに生きることと美術の関わりについて創造的に考えること。」平成28年4月26日教育課程部会芸術ワーキンググループ資料2(案)「芸術系教科・科目における見方・考え方(案)」
※14:そこには「一方的に大人の感性を押し付けることに慎重でありたい」という願いも込められています。
※15:「小学校ではもっと子どもたちの「感性」を働かせてほしい、それを踏まえて中学校では文化に関わりながら「感性」を自らの力としてほしいという願いがありました。」 学び!と美術<Vol.22>「感性の理由」
※16:安定性と妥当性については、『学び!と美術<Vol.03>「子どもの学力が伸びる」という「言説」』を参照。

アール・ブリュットの鑑賞実践報告

 今回はアール・ブリュット(※1)の鑑賞についての実践報告です。

1.はじめに

 まず、アール・ブリュットで気を付けたいのは「まなざし」です。個人的な反省を一つ紹介しましょう。2008年、あるポスターを見た時のことでした。目に入ってきた画像に驚きました。いくつもの棘によって構成された顔で、感情が迫ってくるような圧力に惹かれました。「いったい何という作家なんだ?」と思い、ポスターの文字を読むと「アール・ブリュット-交差する魂-(※2)」とあります。滋賀県の知的障害者施設で作陶する澤田真一(※3)さんの作品でした。それが分かった瞬間、作品の見え方がスッと変化したのです。まるで目が曇ったようでした。おそらく「芸術家の作品」から「障害者の作品」という文脈で見たのでしょう。以前からエイブル・アートなどに着目し、「まなざし」を問い直そうと話している本人が「まなざし」にとらわれているのです。「まなざし」の強固さを改めて自覚させられた出来事でした。

2.アール・ブリュット鑑賞会の依頼

 アール・ブリュットを鑑賞する際に配慮すべきは、特定の「まなざし」から固定的に見ることでしょう。だからといって、「まなざし」を否定するのも変ですし、筆者自身も悩みつつ実践しているのが現状です(※4)。今回紹介するのも、その一例としてお聞きください。
 「障害のある方々の創作活動を支援する人々に、作品や作家を見る新たな視点をつくりだす機会として対話による鑑賞体験のナビゲーターをしてもらえませんか。」
 東京中野で活動する「社会福祉法人愛成会」からのお誘いでした(※5)。二つ返事で快諾しましたが、なかなか難しい話です。
 「障害を支援する人々に新たな視点、、、」
 「対話だけで視点の転換に成功するかな、、、」
 いろいろ考えて、今回は「探求的活動を基盤とする美術鑑賞」を用いることにしました。テーマをもとに「ギャラリートーク」と「アクティビティ(簡単なゲーム、鑑賞ツールを使った活動など)」を組み合わせて行う方法です(※6)。テーマは「大切なもの」にしました。「作者が何を大切としているのか探ること」は「自分との関わりをもちやすい」と考えたからです。アクティビティには、大切なものを交換して説明し合う「物々交換」(※7)、好きな作品を選ぶ「持って帰るとしたらどの作品?」(※8)などにしました。また、作品にまつわる知識や作家の人生などについては流れの中で適宜紹介することにしました。

3.参加者の声

 恐る恐る始めたものの、始めてみると参加者は積極的に発言しました。その多くは「好きを追求する活動」や「行為や感覚」などに対する共感的な意見でした。例えば「粘土にいくつも小さな穴を開けている作品(写真1)(※9) 」には「私も、粘土に指を突き刺すのが好きで、、、」、「セロハンテープと紙で作られた戦士や怪人の群れ(写真2)(※10)」には「私もヒーローにはまったんですよね、、」などです。
 確かに、アール・ブリュット作品の多くは日常世界を対象とし、身近にある材料や用具、方法などでつくられています。分かりにくい対象を選んだり、美大でこそ身につく特別な技法や用具を用いたりはしません。どの作品にも、ある種の親しみがあり、それでいて「すごいなあ」という驚きをもっています。それが、共感を生んだのでしょう。
 また、探求活動自体が面白かったという感想もありました。
 「作品の背景にある物語を、沢山の人と一緒に作品に入り込みながら探していく感じが、とても心地よかったです。」
 これは一般的な鑑賞活動でもよく聞かれる言葉です。ということは、今回の鑑賞活動が特殊ではなかったということかもしれません。

写真1

写真2

4.おわりに

 当初は「障害や病気」などから「作品を見る」という特殊性を際立たせるような鑑賞になるのではないかと心配していました。でも参加者は自分自身にある欲求や感覚、行為性などを語り合っていました。また「障害とは何か」「芸術とは何か」など難しい話にもならず、むしろ作家に対してリスペクトに近い感情が生まれていたように思います。「大切」というテーマが功を奏していたのかもしれません。今後も継続しながら検証していきたいと思います。

 

○社会福祉法人愛成会とは
 東京都中野区にて、昭和33(1958)年に設立された社会福祉法人です。施設入所支援をはじめ、生活介護事業や就労継続支援B型、相談支援、共同生活援助、アトリエなどを展開し、障害のある方々の創作活動の支援と発信も行っています。

 

※1:生(brut)の芸術(art)。1945年に画家のジャン・デュビュッフェが考案しました。伝統的な美術教育を受けていない人が既成の芸術の流派や傾向にとらわれずに表現した絵画や造形のことで、アウトサイダー・アートはその英訳です。障害というニュアンスは本来ないのですが、施設等で表現された行為が取り上げられることが多いようです。他に障害者芸術をとらえ直す運動としてエイブル・アートという概念もあります。
※2:http://www.no-ma.jp/artbrut/
筆者が見たのは「パナソニック汐留ミュージアム」で2008年に行われた展覧会のポスターです。企画を担った「ボーダレス・アートミュージアムNO-MA」(滋賀県近江八幡市)とは、その後、ご縁が生まれました。例えば2013年の「対話の庭 Dialogue of Garden―まなざしがこだまする」では、『アール・ブリュットから鑑賞教育を考える』というギャラリートークを実施しました。
http://www.no-ma.jp/?p=4803
※3:海外の美術館に収蔵されたり、展覧会に出品されたりするなど、今や日本を代表する作家として活躍されています。
※4:人は文化的、社会的な生物で、そもそも「まなざし」から自由ではありません。むしろ「まなざし」から見るのが自然な在り様なので、難しいところです。
※5:厚生労働省の補助で平成26(2014)年度に始まった『障害者の芸術活動支援モデル事業』の研修プログラムの一環として行われました。会場は同じく愛成会が福祉医療機構からの助成を受けて実施する「なかのZEROホール」での日本のアール・ブリュット作家の展覧会にて実施されました。本展は「アール・ブリュット 人の無限の創造力を探求する2016」(2016.1.12~3.27」の一つで、他に中野サンモール商店街などでの「街角アール・ブリュット展」中野サンプラザでの「アール・ブリュットフォーラム」、「パフォーマンスアーツイベント」など中野駅周辺がアール・ブリュット一色となる企画です。
※6:詳しくは「学び!と美術」<Vol.34>
※7:詳しくは「学び!と美術」<Vol.34>。以前は自分の時計で行っていましたが、今はグッゲンハイム美術館のシャロン学芸員に教えてもらったこの方法が気に入っています。
※8:アートカードを用いたアートゲームでもよく行われます。
※9:吉川秀昭さんの作品
※10:古賀翔一さんの作品