学び!と美術

学び!と美術

【インタビュー】学校と美術館の連携の現場から
2016.11.10
学び!と美術 <Vol.51>
【インタビュー】学校と美術館の連携の現場から
国立国際美術館主任研究員 藤吉祐子氏
奥村 高明(おくむら・たかあき)

美術館と学校の望ましい関係

著者「美術館で学校を受け入れる立場として、喜びってありますか?」
藤吉「先生自身が美術館の活動を通して変化することがあって、それはうれしいですね。」
著者「具体的にはどのようなことですか?」
藤吉「美術館での鑑賞に熱心に取り組んでいる先生がいらっしゃいます。打ち合わせのため、ご自身の準備のために何度も美術館に来て、時間をかけて作品を鑑賞されます。すると、なかには、学校に戻ってから、子どもたちの制作のプロセスに以前より細かく、興味深く目を向けられるようになったって言ってくださる方もいらっしゃいます。子どもの作品を評価する時にも、出来上がった作品を単純に評価するのではなく、子どもの気持ち、意図、工夫も合わせて評価できるようにもなったんだそうです。」
著者「なるほど、表現活動に対する先生自身の見方が深まってるんですね。」
藤吉「子どもたちにとっては、美術館が実は学校での学習成果を発揮する場所にもなっているようです。」
著者「どういうことですか?」
藤吉「例えば、先生は『この子たちは美術館も鑑賞も初めてだから』と不安げなので、子どもたちの様子を観察していると、子どもたちは先生の心配をよそに時間をかけてゆっくりと見ているんです。そして、作品について意見を述べる時も、自分なりの意見を言っているんです。先生に学校の授業内容や子どもたちの様子を伺うと『図画工作に限らず、日頃から、言葉、形や色などの根拠を押さえた意見交換をしている』ということらしいです。」
著者「なるほど、学校の学習をしっかりやっていると、その力が美術館での鑑賞でも有効に働くんですね。たぶん、子どもにとって美術館は学力を統合的に発揮する場なんでしょうね。」
藤吉「ええ、いまだに多くの方が思われているように、美術館は単に美しいものを見る/見られるだけの場所ではないですね。」
著者「目の前の材料や色、形、すべて正解の中から、自分に必要なものを取り出して論理的に組み立てないと鑑賞も表現も成り立ちません。先週もある地方大会で、全国学力調査のB問題が上がったということを聞きました。研究大会が終了して、校長室でくつろいでいたときの話なんですが、私が『図画工作の研究校では全国学力調査のB問題の点数が上がることが起きるんですよね』って言ったんです。そうしたら校長先生が『そうか!』と膝を打って『B問題だけ上がっていたんです!でもその理由がわからなかったんですよ。そうか図工だったんですね』って話してくれました(※1)。図画工作や美術は学力を統合的に使う時間なんです。たとえ週2時間だけでも、しっかりやれば学力は上がると思います。エビデンスが明確というわけではないので、それは今後の課題ですけど(※2)。」
藤吉「学校は、子どもたちの学力伸張という点においても、美術館を多いに活用できますね。」

美術館と学校の関係をつくる

著者「困っていることはありませんか?」
藤吉「打ち合わせ時に先生に来館目的(学習目標)をお訊きしても、子どもたちを美術館に連れて行こうと考えられた時に、では、そもそもの目的は?と考えておられる先生がとても少なく、あっさり『美術館に連れてくることが目的』『体験そのものが目的』と答えられ、学習目標やねらいを考えておられる先生がまだまだ少ないことですね。」
著者「あ~……もう少し主体的に教育課程に位置付けてほしいなあ。海外ではナショナルカリキュラムとの関連を大切にしている美術館が多くて、ロンドンのテート美術館は訪問申請書に目的や内容、カリキュラムとの関連を記入させていますよね。」
藤吉「ええ、そのために打ち合わせはするんです。まず来館目的や美術館での鑑賞の学習目標等をお訊ねするんですが、その時に返ってくるのが『鑑賞で何をやったらいいかわからないから、美術館に連れてきたいです』『美術のことは一切わからないから教えてください』という言葉なんですね……。最初から手放しで美術館にゆだねてくる状態で先生方から何とか聴き取ろうとしても、沈黙ということが多いです。」
著者「子どもは、その時間に学力を伸ばしているんだからもったいないなあ……。」
藤吉「そうなんです。美術館に連れてくるという相当なエネルギーを割かれているので、あともう一歩なんですけどね。もうちょっと欲張ってほしいです。でも、今の話の流れと矛盾するかもしれませんが、まずはそれでもいいかなとも思っています。」
著者「というと?」
藤吉「『美術館そのものが目的』とまず考えてくださることもとても大切なことだと思います。家庭で来館する機会がない限り、子どもたちが、幼少期に一人で美術館に来ることはまずないです。でも、先生が総合的な学習の時間、校外学習など、まずはいろいろな時間の枠を利用して美術館に子どもたちを連れ出そうとしてくださっていることは、子どもたちにとっては非常に貴重な機会となり得ます。」
著者「確かにそうです。」
藤吉「まずはそこからで、先生方からの信頼を得つつ、関係を醸成していく必要があります。例えば、毎年あるいは隔年くらいに来てくれる学校では、来館を繰り返しているうちに、美術館と相談して対象とする子どもたちの発達段階に応じた学習目標を掲げた鑑賞プログラムを立てようとしてくれる先生が増えてきました。」
著者「その変化はうれしいですね。」
藤吉「訪問そのものが、きっかけになって訪問計画が変化した例もあるんです。初回は『恒例行事で科学館に来るから、ついでにすぐ隣の美術館に立ち寄りたい』というだけだったんです。滞在時間は30分ほどでした。でも、先生たちが思っている以上に子どもたちは作品鑑賞を楽しんでいたんですね。その様子を見た先生方が二回目は滞在時間を増やしたいと希望されました。そして、今では科学館での滞在時間より美術館での滞在時間のほうが圧倒的に長くなっているという、そんな学校も少しずつですが現れてきました。」
著者「なるほど、先生が美術館の学習効果に気付いたんですね。」
藤吉「ある先生は美術や作品鑑賞に一切興味がなくて、子どもたちの来館にも非常に懐疑的だったんです。でも学年の取り組みだからしょうがない。毎年来ないといけない、そういう様子だったんです。でも、美術館鑑賞での子どもたちの様子に触れて『これは、他の活動では絶対に得られない体験をしている』と強く実感されたようです。今ではすっかり、美術館のファンです。先生ご自身が美術館での鑑賞のとりこになって、先生方向けの研修の際にも、子どもたちにもたらす美術館での鑑賞のパワーを他の先生方に積極的に話してくださっています。」
著者「子どもの姿で先生自身が変化するんだ。やっぱり現場の姿が一番説得力あるのかな。そこを見失っちゃいけないですよね(※3)。」

これからの美術館と学校

藤吉「学校教育から考えれば、美術館での鑑賞はちょっとしたオマケのようなもので、美術館での時間は独立したものと考えられているかもしれません。しかし、来館目的にもよりますが、少しでも学習効果を求めるとすれば、事前学習と事後学習は必要だと思います(※4)。実施されている学校と実施されていない学校では、子どもたちの美術館での時間の過ごし方にはじまり作品と対峙する姿勢にいたるまで、明らかに異なります。事後のフォローも重要です。美術館は『学校での学習の成果を実感として受け止められる場所』あるいは『さらに学習を発展させたりする場所』にもなりえると思います。もちろん、美術館が学校化して美術館らしさを失ってはいけませんが、学校として来館するのであれば、目的の大小はともあれ、学校と美術館を切り離して考えるのではなく、一連の関わりの中で考えてほしいです。」
著者「確かに、子どもは学校、美術館、地域社会と連続する世界で育っていると思います。そうであれば『社会に開かれた教育課程』として美術館を学校教育の資源に位置付け、学校と一体になって美術館を活用するようなカリキュラム・マネジメントが求められているのかもしれませんね。本日は、貴重なお話、ありがとうございます。」
藤吉「ありがとうございます。」

 

※1:学び!と美術<Vol.04>「図画工作・美術で学力が伸びる?」に書いたこととまったく同じことが起きたということです。
※2:フィリピンの貧困地域で調査を始めています。学び!と美術<Vol.43>「フィリピンの貧困地域における鑑賞教育の可能性」
※3:学び!と美術<Vol.50>「『現場の感覚』~オランダ美術館員の一言~」
※4:電話の掛け方から、事前事後学習(美術館新聞など)の在り方まで提案されています。ロンドン・テートギャラリー編 奥村高明・長田謙一監訳「美術館活用術 鑑賞教育の手引き」美術出版社2012