〈主婦〉の学校

© Mús & Kött 2020

 アイスランドの首都レイキャビクに、1942年に創立された「主婦の学校」がある。主に、若い女性が、1年間、いわゆる花嫁修業をするための学校として開校した。
 映画「〈主婦〉の学校」(kinologue配給)は、この学校の今を描いた、なんともほのぼのとするドキュメンタリーだ。「主婦の学校」は、もともと、良き主婦になるために、料理や裁縫、家事一般を学ぶために開設されたが、映画を見ているうちに、いまや、必ずしもそうではないことが分かってくる。
 現在、在校している若い女性たちが語る。「主婦になるために行くのではない」、「編み物に興味があって、自宅から車で通っている」、「ハンバーガーを売る店に勤めているが、料理が好きで、ハンバーガー以外も作れるといいなあ」。
 学校には寮があり、その施設が紹介される。広くて立派なキッチンがあり、多くの食材が保管されている。
 寮の部屋で若い女性たちが話している。刺繍をやりたい、服の穴を繕いたい、ズボンのリフォームを究めたい、などなど。
 校長は女性のマルグレート・ドローセア・シグフスドッテイル先生。ほかに、刺繍や洋裁、調理、織物や編み物の担当の先生たちがいる。
 秋に学期が始まる。丸一日をかけてブルーベリーやクロベリー摘みに出かける。もちろん、ジャムなどに加工する。
 校長が語る。「ここは共学で、性別に関係なく、大事なことが学べる。掃除や料理はもちろん、環境への意識を育てる。服は修繕して着る。ズボンに穴が開いても捨てない」。
© Mús & Kött 2020 先生たちは、とにかく初歩の初歩から、さまざまなことを教える。
 学校では、今でも1年間、学ぶ。1967年に在学した美容師は言う。「祖母や母が何でもしてくれたので、じゃがいもの茹で方さえ知らなかった問題児だった。マナーの知識も役立ったし、食卓の整え方、身の振舞い方を学んだ」と振り返る。
 映画は、現在の調理や編み物などの教室の様子と、過去の教室の映像が交互に出てくる。食卓のセッティング、アイロンかけ、刺繍や編み物、消火器を使っての消火訓練など、丁寧な描写が続く。
 1997年からは、男性も入学してくる。後に環境・天然資源大臣になった男性は、「自分の面倒は自分でしたかったから」と入学の動機を語る。さらに、「料理や裁縫などを自分でしたかったから」と付け加える。「技術が身に付き、うれしい。買ったものを大事にし、長持ちさせられる。穴の開いた服など、捨てるのはもったいないよ」とも。
 父兄を招いてのパーティがある。すべて、先生の指導で、在校生が行う。服や寝具など、生徒たちが作ったものの展示もある。
 校長が振り返る。「経済危機だった2008年から2010年頃は、多くの入学志願があった。定員24名のところ、60人もの応募があった。景気が上向くと、志望者が減った」。
 校長は、礼儀作法を重視する。卒業生は「玄関での客の迎え方を始め、ふさわしい振る舞いを学んだ」と言う。
 学校は、近所の人たちに開放する日がある。コーヒー・ビュッフェが設けられ、みんなで作ったパンを売る。完売になる。
© Mús & Kött 2020 いま、寮には15名、入居できる。食べるもので余ったものは、一切、捨てない。金曜日の食事は、余ったもので作る。
 かつて、あちこちで、このような学校が多くあったらしいが、いまは、ほとんどが閉鎖しているそうだ。いまなお、このレイキャビクにある「主婦の学校」は健在である。そもそも学校は、学位を取得するだけではない。この「主婦の学校」の目標は3点。「日常生活に役立つ教育、進学のためのよい準備を提供する」、「学生が社会の様々な分野の仕事に就くための準備を提供する」、「学生は勤勉さ、自信と自発性を高めることを学ぶ」。
 昔、テレビでおもしろおかしく、若いアイドルのような女性に、野菜の皮むきや野菜を刻ませて、その手際のまずさを喜ぶような番組があった。あちこちでゴミにされる古着が目立つ。洗濯してアイロンをかければいいのに、みんなクリーニングに出す。おそらく、今も、現実は変わらないと思う。義務教育で、裁縫を学んだりしたが、ほんのわずかの時間だった。こんな学校、日本にこそ、あった方がいい。
 ちなみに、この「主婦の学校」の今の授業料は、日本円で約40万円。寮費は約6万3千円ほど。決して安くはないと思うが、長い人生を考えると、安いのではないか。
 見ていて、ほのぼのとして、深く考えさせるドキュメンタリーだった。監督は、ステファニア・トルスという女性の映像作家。これがドキュメンタリー映画のデビュー作で、日々の暮らしを大切にすることが、いかに重要かが、ひしひしと伝わってくる。
 蛇足かも知れないが、アイスランドは、選挙による、女性初の大統領を生んだ国である。性差別など、ほとんどないに等しい、いわゆるジェンダー平等の先進国である。
 学校の先生たちに、また、教育や環境問題関係の官僚、政治家たちに、この映画の感想を伺いたいものだ。

2021年10月16日(土)より、シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー

『〈主婦〉の学校』公式Webサイト

監督・脚本・編集:ステファニア・トルス
出演:アゥスロイグ・クリスティヤンドッティル(卒業生・1947年在学)、ラグナ・フォスベルグ(卒業生・1967年在学)、ラグナル・キャルタンソン(卒業生・1997年在学)、グズムンドゥル・インギ・グズブランドソン(卒業生・1997年在学)
2020年/アイスランド/アイスランド語/ドキュメンタリー/78分/カラー/ビスタサイズ/ステレオ/DCP
原題:Húsmæðraskólinn/英題:The School of Housewives
後援:アイスランド大使館
提供・配給:kinologue

THE MOLE(ザ・モール)

© 2020 Piraya Film I AS & Wingman Media ApS

 「THE MOLE(ザ・モール)」(ツイン配給)は、北朝鮮の国際的な闇ビジネスに迫ったドキュメンタリー映画だ。
 デンマークのコペンハーゲンに住む元料理人のウルリク・ラーセンは、北朝鮮の実情に多大の興味を抱いている。ウルリクは、かつて、「ザ・レッド・チャペル」や「誰がハマーショルドを殺したか」を撮った、デンマーク出身の映画監督マッツ・ブリュガーに、ドキュメンタリー映画を撮ってもらえないかと持ち掛ける。ジャーナリストでもあり、潜入取材を得意とするブリュガーは、ウルリクの依頼を引き受ける。
 並みのスパイ映画を凌駕するほどのサスペンスで、全編、「これ、ほんと?」と思いながら、映画に引き寄せられてしまう。事実は小説より、はるかに奇なのだ。映画は、2011年からほぼ10年ほどの顛末を、元MI5局員のアニー・マションという女性のインタビューと、監督自身のナレーションをはさみながら描いていく。
 2011年。ウルリクは、コペンハーゲンにある北朝鮮友好協会に加入する。翌年、ウルリクは協会のメンバーとともに、北朝鮮のピョンヤンを訪問する。ここでウルリクは、スペイン人で、KFA(朝鮮親善協会)の会長、アレハンドロと出会う。アレハンドロは、北朝鮮の政府高官とも親しく、かなりの大物である。
 2013年。スペインのバルセロナで、ウルリクは、アレハンドロと再会し、KFAのデンマーク支部の代表になる。
© 2020 Piraya Film I AS & Wingman Media ApS 2015年。スペインのタラゴナで、KFAの総会が開催される。アレハンドロは、ウルリクに持ち掛ける。「北朝鮮とのビジネスに関心のある投資家を探してほしい」と。
 ブリュガーは、かつてフランスの外人部隊にいたジムという男を、ウルリクに紹介し、ジムをジェームズという名の投資家役に仕立てる。
 2016年。ノルウェーのオスロ。ウルリクはアレハンドロを招き、石油王としてジェームズを紹介する。アレハンドロは、なんと北朝鮮の武器や覚せい剤の取引を持ち掛けてくる。
 スペインのマドリード。ジェームズは、「イスラエルにも武器を売りたい」とアレハンドロを喜ばす。
 2017年。アレハンドロの計らいで、ウルリクとジェームズはピョンヤンに向かう。ふたりはVIP待遇を受け、3日目、ピョンヤン郊外の貧しい人たちの住む一角に連れて行かれる。古ぼけたビルの地下は、豪華な部屋だ。北朝鮮の武器工場の責任者たちと顔を合わせる。ふたりは、武器や覚せい剤を作る工場を、国外で建設する提案を受ける。
 アフリカのウガンダ。ビクトリア湖に浮かぶ小さな島が、工場建設の候補にあがる。ウガンダ政府の要人の計らいで、計画はとんとん拍子に進む。さらに、北朝鮮の武器商人のダニーが、ジェームズに仕事を依頼する。「北朝鮮の武器をシリアに運んでほしい」と。
 2018年。ヨルダンのアンマン。ジェームズは、アレハンドロの提案で、石油の密輸にも協力することになる。そして、この闇ビジネスは、とてつもなく大きなものになっていく。
© 2020 Piraya Film I AS & Wingman Media ApS 国際的にさまざまな制裁を受けている北朝鮮である。その闇ビジネスの底は深い。
 ウルリクとジェームズは、北朝鮮の闇ビジネスの実態を暴こうとする、いわばスパイである。いろんな人物と出会うが、どこでどんなふうに盗聴、盗撮されているか分からない。また、ウルリクたちも、場合によっては盗聴し、盗撮する。「武器」とか「覚せい剤」とは言わず、別の言葉に言い換える。そういった、スパイ行為につきもののテクニックが、詳細に描かれる。
 また、武器や石油を運ぶ複雑な手口も登場する。物流には、ロシアの影も見え隠れする。
 北朝鮮製の武器の説明書が登場する。核兵器以外、なんでも売ろうとしている。日本まで射程圏に入る大型ミサイルは1400万ドル。驚くしかない。
 ちなみに、タイトルの「ザ・モール」とは、もぐらを意味する。転じて、スパイのこと。
 フィクション、ドキュメンタリーを問わず、北朝鮮の内情を描いた多くの映画があるが、これは傑出した面白さ。わが日本は、北朝鮮とは、ほとんど、外交交渉も出来ず、拉致問題は、何の進展もない。新しい政権は、北朝鮮と交渉しようと言うが、どうなることやら。日本政府は、北朝鮮を描いた映画たちから、学ぶこと多々。
 心配なのは、監督やプロデューサー、主人公のウルリクたちに及ぶかもしれない、北朝鮮からの圧力だ。平気で外国人を拉致するような国である。関係者の今後の無事を祈るしかない。

2021年10月15日(金)より、シネマート新宿シネマート心斎橋ほか全国順次公開

『THE MOLE(ザ・モール)』公式Webサイト

監督:マッツ・ブリュガー『誰がハマーショルドを殺したか』
2020年/ノルウェー、デンマーク、イギリス、スウェーデン/英語ほか/120分
原題:「THE MOLE – UNDERCOVER IN NORTH KOREA」
協力:NHKエンタープライズ
配給:ツイン

沈黙のレジスタンス ~ユダヤ孤児を救った芸術家~

©2019 Resistance Pictures Limited.

 1945年、ドイツのニュルンベルク。元ナチ党大会の会場だった場所で、連合軍の戦車部隊を率いたパットン将軍(エド・ハリス)が、「驚くべき話だ」と、居並ぶ兵士たちに、ある人物の話を始める。
 それは、「パントマイムの神様」と、世界じゅうで愛された芸術家、マルセル・マルソー(ジェシー・アイゼンバーグ)の若い頃の話である。映画「沈黙のレジスタンス ~ユダヤ孤児を救った芸術家~」(キノフィルムズ配給)が始まる。
 1938年、フランスのストラスブール。道化師に憧れているマルセルは、小さなキャバレーで、チャップリンを真似たパントマイムを演じている。昼間は、ユダヤ人の父シャルル(カール・マルコヴィクス)の営む精肉店を手伝っているマルセルは、将来、チャップリンのようになりたいと願っていた。
 マルセルの兄アラン(フェリックス・モアティ)と従兄弟のジョルジュ(ケーザ・ルーリグ)は、レジスタンス運動に身を投じている。精肉屋の常連客の娘、エマ(クレマンス・ポエジー)と、その妹のミラ(ヴィカ・ケレケシュ)もまた、アランたちのレジスタンスの仲間である。
 彼らは、ナチによってユダヤ人の両親が殺された子どもたちの保護活動に従事していて、マルセルにも協力を要請する。当初は、チャップリンのようになりたいと考えていたマルセルは、ドイツからやってきた大勢の子どもたちと接するうちに、アランたちの運動に協力するようになっていく。
©2019 Resistance Pictures Limited. マルセルは、得意のパントマイムで子どもたちを笑わせる。ナチから逃げ延びる訓練として、木の上に身を隠して、子どもたちをびっくりさせたりする。なかでも、目の前で両親を殺された14歳の少女エルスべート(ベラ・ラムジー)は、マルセルやエマを慕っている。
 ナチのユダヤ人迫害がエスカレートしていく。とりあえずは、大勢の子どもたちを、ユダヤ人やキリスト教徒の家庭や、教会や学校に分散して収容することになる。やがて、ドイツ軍がフランスのあちこちを占領するようになる。
 1941年、1月。ドイツに協力しているヴィシー傀儡政権下のリモージュ。手先の器用なマルセルは、本名の「マンゲル」名前のパスポートを、フランス人名前の「マルソー」に変造する。同じく、エルスべートの名前も、フランス名前のエリーズとなる。
 1941年、3月。マルセルの父は、かつての夢だったオペラ歌手よろしく、カフェでオペラ「椿姫」の中の「乾杯の歌」を唄っている。それを見ているマルセル。束の間だが、父シャルルと息子マルセルの交流がある。
 1942年、11月。リヨン。アランがナチに捕まってしまう。マルセルは、大道芸を真似て、口から火を吐き、ドイツ兵を火だるまにして、なんとかアランを救出する。同じ頃、大きなホテルに、ナチ親衛隊のクラウス・バルビー中尉(マティアス・シュヴァイクホファー)が率いるゲシュタポの本部が出来ている。
  バルビーは、フランス人に向かって、「レジスタンスの情報を提供すれば報酬を与える」と通告する。結果、不幸にも、エマとミラは連行され、バルビーの拷問が始まる。マルセルたちの運命やいかに。また、大勢の子どもたちは、果たして、ナチの追手から逃れることができるのだろうか。
©2019 Resistance Pictures Limited. ナチによるユダヤ人迫害については、映画だけでも、いまなお、多く、作られている。この夏だけでも、「復讐者たち」、「アウシュヴィッツ・レポート」、「ホロコーストの罪人」と公開されている。映画とはいえ、さまざまな角度から、歴史を検証する姿勢はあり続けてほしいものだ。戦後76年。広島、長崎での政治家の挨拶のなんと薄っぺらいことか。このところ、毎年毎年、歴史をきちんと検証せず、まったく、被災者や関係者の胸に響かない挨拶の連続だ。少しは、こういったテーマの映画のひとつでも見たらどうかと言いたい。
 本作は、若かりしころのマルセル・マルソーのレジスタンス活動が、巧みにを描かれている。ナチの追手から逃れる、様々なシーンは、緊張感たっぷり。マルセルが木に登って体を隠すシーンは、後半への重要な伏線になっている。
 沈黙のパントマイムで、雄弁なメッセージを伝えるマルセルを力演したのは、「ソーシャル・ネットワーク」に出ていたジェシー・アイゼンバーグ。自身もユダヤ人で、母親はプロの道化師。適役ではないか。
 史実に基づいた脚本が、優れている。残虐非道なバルビーでさえ、生まれたての女の子の父親である。マルセルに尋問するシーンでは、子どもの将来にまで思いを馳せる様子など、細部にも目配りを利かせる。
 監督、脚本は、ベネズエラのカラカス生まれのポーランド系ユダヤ人、ジョナタン・ヤクボウィッツで、優れた小説家でもある。ナチの大量虐殺を生き抜いた人たちの子孫らしく、史実を広く深く考証した脚本で、説得力たっぷり。ナチの手から、ユダヤ人だけでなく、いろんな障害のある子どもたちの命を救うことで、自らの才能を鍛えていった稀代の芸術家、マルセル・マルソーの若き日のドラマでもある。

2021年8月27日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

『沈黙のレジスタンス ~ユダヤ孤児を救った芸術家~』公式Webサイト

監督・脚本・製作:ジョナタン・ヤクボウィッツ
出演:ジェシー・アイゼンバーグ、クレマンス・ポエジー、マティアス・シュヴァイクホファー、フェリックス・モアティ、ゲーザ・ルーリグ、カール・マルコヴィクス、ヴィカ・ケレケシュ、ベラ・ラムジー、エド・ハリス、エドガー・ラミレス
2020年/アメリカ・イギリス・ドイツ/英語・ドイツ語/120分/カラー/スコープ/5.1ch
原題:RESISTANCE
提供:⽊下グループ
配給:キノフィルムズ
レーティング:G

犬部!

©2021『犬部!』製作委員会

 篠原哲雄監督の新作「犬部!」(KADOKAWA配給)が公開される。一見、不思議なタイトルだが、映画を見進めるうちに、納得がいく。
 犬や猫だけではなく、生きとし生けるものの命の尊さを、声高ではなく、獣医学を学んだ若者たちの視点から描いた力作だ。実話に基づいているが、フィクションである。映画の基になったのは、2010年に出版された「北里大学獣医学部 犬部!」(片野ゆか・ポプラ社)で、評判をよんで、複数のコミックにもなった。
 篠原監督の作品は、「月とキャベツ」以降、そのほとんどを見ている。幅広い題材を映画化しているが、どの作品にも共通して思うのは、清潔、誠実なこと。
 昨年の暮れ、「シネマDEりんりん」という映画サークルの主催で、篠原監督と1時間ほど話す機会があった。監督がなぜ映画の世界に入ったのかから、助監督を経て監督になったいきさつ、師匠筋になる森田芳光監督の思い出、最新作の状況などを話してくれた。愚問にも、誠実かつ丁寧にご対応をいただき、監督のお人柄がしのばれた。
 新作「犬部!」の舞台は、青森県の十和田市だ。2003年初夏。花井颯太(林遺都)は、十和田獣医科大学で学んでいる。授業が終わるやいなや、颯太はアパートに戻ろうとする。颯太は生来の犬好きで、生まれたての子犬の面倒をみるためだ。
©2021『犬部!』製作委員会 アパートに戻る途中、颯太は傷だらけの犬を保護する。颯太の後輩で、猫好きの佐備川よしみ(大原櫻子)が、子犬を見るために颯太のアパートにやってくる。さらに、颯太の同級生の柴崎涼介(中川大志)もやってきて、颯太の連れ帰った犬の体をきれいにして、ニコと名付ける。持ち主が判明する。ニコは、大学の外科実習用の犬で、やがては解剖される運命だと分かる。
 居場所をつきとめた安室教授(岩松了)と、教授の手伝いをしている秋田智彦(浅香航太)は、逃げ出した犬を連れ戻しに、颯太のアパートにやってくる。いったん、連れ戻されたニコは、再び颯太のアパートに逃げてくる。教授は、帰ろうとしないニコを見て、「我々は、動物の命を救うために獣医学を学んでいる。君は獣医学の世界を変えるかもしれない」と、ニコを颯太に譲渡する。
 「俺は一匹も殺したくない」という颯太は、「犬部」の設立を柴崎たちに打ち明ける。「犬たちを保護して新しい飼い主を見つけること」と颯太。「犬部」は、颯太、よしみ、柴崎、秋田の4人で発足する。
 16年後の2019年晩春。颯太は東京で花井動物病院を開業している。他の犬に噛まれた犬、野良猫の去勢依頼など、どんな動物でも助けることで、颯太の病院は繁盛している。
©2021『犬部!』製作委員会 ある日、颯太を訪ねて、川瀬(田辺桃子)という女性がやってくる。なんでも、十和田市のペットショップで、ペットが増えすぎて、飼育が不可能になっている、という。颯太は、十和田市に向かう。
 秋田は、父親の経営する秋田アニマルクリニックの獣医師になっている。野良猫や野良犬を受け入れられない現実に、心苦しく思っている。また、よしみは、過去のトラウマを抱えながら、伝染病の研究者になっている。
 颯太は、十和田市のペットショップで、ある事件を起こし、逮捕されてしまう。ニュースで知った秋田とよしみは、十和田に駆け付けるが、柴崎の姿はない。
 映画は、「犬部」4名の現在と過去を行きつしつつ、その生き方を描いていく。
 優れた映画監督は、手を変え品を変え、人の生き方を描く。篠原監督も、さまざまな人物の生き方を描いてきたと思う。「犬部!」もまた、ペットの命の尊さを訴えるだけではなく、4人の若者の生き方に寄り添う。
 若い俳優たちが、力のこもった演技を披露する。安室教授役の岩松了は、劇作家、演出家でもあり、達者。出番は少ないが、田中麗奈が顔を見せる。
 さらに安定、円熟した篠原演出をお楽しみください。

2021年7月22日(木・祝)全国ロードショー

『犬部!』公式Webサイト

監督:篠原哲雄
脚本:山田あかね
出演:林遣都、中川大志、大原櫻子、浅香航大、田辺桃子、安藤玉恵、しゅはまはるみ、坂東龍汰、田中麗奈、酒向芳、螢雪次朗、岩松了
原案:片野ゆか「北里大学獣医学部 犬部!」(ポプラ社刊)
主題歌:「ライフスコール」Novelbright(UNIVERSAL SIGMA / ZEST)
配給:KADOKAWA

わたしはダフネ

© 2019, Vivo film – tutti i diritti riservati

 この世には、悪い人など存在しないかのような、ほんわか、心あたたまる映画が「わたしはダフネ」(ザジフィルムズ配給)だ。
 主人公のダフネ(カロリーナ・ラスパンティ)は、ダウン症の女性だ。少女のように見えるが、すでにスーパーマーケットで働いていて、30代くらいの設定だ。ダウン症とはいえ、ダフネは普通の女性と何ら変わらない。陽気で、誰にでも、はっきりとものを言う。
 イタリアのあるキャンプ場。ダフネは両親と3人で過ごしている。ダフネは、ダンスが好きで、この夜も、ダフネはみんなと楽しそうに踊っている。
 キャンプから戻る日、ダフネの母マリア(ステファニア・カッシーニ)が、突然、倒れてしまう。すぐ病院に運んだものの、マリアは亡くなる。ダフネと父ルイジ(アントニオ・ピオヴァネッリ)は、呆然とする。ルイジは、泣きじゃくるダフネを心配するが、ダフネは、「タバコの息が匂う」と、ルイジに辛くあたってしまう。
© 2019, Vivo film – tutti i diritti riservati マリアの葬儀が、生まれ故郷トスカーナのコルニオーロで営まれ、なんとか終わる。近所のスーパーで働いているダフネは、店長を始め、いい仲間に恵まれていて、みんなは、なにかとダフネのことを心配してくれている。
 ダフネとふたりきりになったルイジに、妻を亡くした悲しみが次第に募ってくる。つい、ささいなことから、父と娘が衝突する。
 ルイジは、「もう働けない」と弱音をはくが、ダフネは、「母さんの故郷まで、歩いて行かない?」と提案する。そして、ダフネは、「お世辞ではなくて、父さんは世界一」とルイジに抱きつく。
 父と娘は、途中まで列車を乗り継ぎ、マリアの故郷を目指す。
 じつにシンプルなドラマだが、この映画の世界は、まるで、人の善意に満ちているようだ。旅の途中、父娘は、「猟師の宿」に泊まる。宿の夫婦の応対が、アメニティに満ちて、とてもいい。また、山道では、森林警備隊の青年二人が、車で送ってくれる。
© 2019, Vivo film – tutti i diritti riservati 映画の宣伝文句にこうある。「あなたとなら、信じられる。世界はやさしさに満ちている、と」。その通りの映画だ。
 そして、ラストシーンの父と娘の会話が、縮まった父娘の距離感が消滅するほどで、心ふるえる。あざやかで、見事な幕切れ。
 映画の成功は、主役ダフネを演じたカロリーナ・ラスパンティを見出したことだろう。カロリーナ自身は、ダウン症を抱えながら、実際に生協のスーパーに勤めている。そして、自伝ともいえる小説を上梓するほどの作家でもある。
 脚本、監督は、フィレンツェ生まれのフェデリコ・ボンディ。長編の劇映画は2作目で、これが日本初公開となる。人物のきめ細やかな心理を、表情の微妙な変化で表現、さらに、ほどよいユーモアが配されて、達者な演出ぶりだ。
 今年の上半期に公開された映画のなかでも、強く勧めたい一作だ。

2021年7月3日(土)より、岩波ホールほか全国順次ロードショー

『わたしはダフネ』公式Webサイト

監督・脚本:フェデリコ・ボンディ
原案:フェデリコ・ボンディ、シモーナ・バルダンジ
エグゼクティブ・プロデューサー:アレッシオ・ラザレスキー
プロデューサー:マルタ・ドンゼリ、グレゴリオ・パオネッサ
撮影:ピエロ・バッソ 編集:ステファノ・クラヴェロ
音楽:サヴェリオ・ランツァ 衣装:マッシモ・カンティーニ・パリーニ
出演:カロリーナ・ラスパンティ、アントニオ・ピオヴァネッリ、ステファニア・カッシーニ、アンジェラ・マグニ、ガブリエレ・スピネッリ、フランチェスカ・ラビ
2019年/イタリア/イタリア語/94分/カラー/シネマスコープ
原題:DAFNE 字幕翻訳:関口英子
配給:ザジフィルムズ 後援:公益財団法人日本ダウン症協会
厚生労働省社会保障審議会 推薦【中学生以上、保護者・指導者等、一般(啓蒙) 】

5月の花嫁学校

© 2020 – LES FILMS DU KIOSQUE – FRANCE 3 CINÉMA – ORANGE STUDIO – UMEDIA

 1968年、フランスでいわゆる五月革命が勃発する。映画「5月の花嫁学校」(アルバトロス・フィルム配給)は、五月革命のほんの少し前のフランスの田舎、アルザス地方にある家政学校が舞台である。
 ヴァン・デル・ベック家政学校は、将来、良妻賢母になるよう、若い女性たちに家政学を教える、いわば、花嫁学校だ。学校では、常に男性に付き従い、不平不満を言わず、家事を完璧にこなさなければならないといったことを教える。
 さらに、常に倹約し、家計や家族の健康を管理する。また、女性としてのそれなりの身繕いが要求される。酒は呑めず、夜は妻としての勤めも重要である。
 どれも、もっともと言えばもっともだが、女性はことごとく男性を立てるための存在に過ぎない。
© 2020 – LES FILMS DU KIOSQUE – FRANCE 3 CINÉMA – ORANGE STUDIO – UMEDIA 家政学校の経営者はロベール(フランソワ・ベルレアン)だが、校長はロベールの妻ポーレット(ジュリエット・ピノシュ)だ。料理を教える先生は、ポーレットの義理の妹ジルベルト(ヨランド・モロー)。また、生徒たちの生活全般を指導するのは、修道女のマリー=テレーズ(ノエミ・リヴォウスキー)だ。
 2年間の寄宿舎生活に集まった生徒たちは、18名。なんと前の年の半分である。経営状態が悪化するなか、ロベールが急死する。ポーレットは、莫大な借金に驚き、あわてて取引銀行に駆け込む。ポーレットは驚く。担当者のアンドレ(エドゥアール・ベール)は、第二次世界大戦さなかに生き別れた、ポーレットのかつての恋人だった。
 ポーレットは気付く。今まで、ロベールが自分たち女性を、都合よく、縛り付けていたことを。
 時代は変わりつつある。パリでは、変革を目指したデモが続いている。そんな中、ひとりの生徒が、ある事件を起こす。さあ、家政学校は、いったい、どうなるのか。
 女性としての生き方を選ぶのは、男性ではない。女性自身である。若い女性たちを教え導くには、教える女性たちが、旧態依然とした枠に閉じこもっていても進歩はない。先生たちは、とにもかくにも、若い生徒たちを率いて、一歩を踏み出す。
© 2020 – LES FILMS DU KIOSQUE – FRANCE 3 CINÉMA – ORANGE STUDIO – UMEDIA フランスには、多くの女優さんがいるが、大好きな女優さんが二人、出ている。校長先生のポーレットに扮したジュリエット・ピノシュは、「夏時間の庭」、「アクトレス~女たちの舞台~」、「真実」など、多くの映画に主演して、お馴染みだろう。
 もう一人は、料理担当のジルベルト役のヨランド・モローだ。ベルギー生まれの舞台女優だが、「セラフィーヌの庭」や「危険なプロット」など、存在感たっぷりの演技で場をさらう。
 共同で脚本を書き、監督したのはマルタン・プロヴォ。「セラフィーヌの庭」、「ヴィオレット ある作家の肖像」、「ルージュの手紙」など、女性の内面に切り込んだ多くの傑作を演出している。
 映画のラスト近く、多くの女性の名前が連呼される。シモーヌ・ド・ボーヴォワール、サラ・ベルナール、マリー・キュリー、ルイーズ・ミシェル、フリーダ・カーロ、ジュリエット・グレコ、ヴァージニア・ウルフ、アナイス・ニン、マルグリット・ユルスナ―ル、ジョセフィン・ベーカー、マリリン・モンロー、ジョルジュ・サンド、ニーナ・シモン、エティ・ヒレスム……。
 どのような女性かを、ぜひ、お調べ、ご検索ください。

2021年5月28日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町新宿武蔵野館ほか全国公開!

『5月の花嫁学校』公式Webサイト

監督:マルタン・プロヴォ
脚本:マルタン・プロヴォ、セヴリーヌ・ヴェルバ
出演:ジュリエット・ビノシュ、ヨランド・モロー、ノエミ・リヴォウスキー 他
2020年/フランス/フランス語/109分/シネスコ/5.1ch
原題:La bonne épouse
英題:How to be a good wife
日本語字幕:井上千瑞水
提供:ニューセレクト
配給:アルバトロス・フィルム
PG12

ブータン 山の教室

©2019 ALL RIGHTS RESERVED

 ブータン王国は、物理的な幸福よりも精神的な幸福を重視することで知られている。かつての国王は、「国民総生産より国民総幸福の方が重要である」と言った。また、2008年制定の憲法には、「国家は国民総幸福の追求を可能とする諸条件を促進させることに努めなければならない」とあるそうだ。このブータンで作られた映画「ブータン 山の教室」(ドマ配給)が公開される。
 ブータンの首都ティンプーに住む新米教師のウゲン(シェラップ・ドルジ)の夢は、オーストラリアに行って、有名な歌手になることだ。今日もクラブで、ギターを弾きながら「オーストラリアに行くんだ…」などと唄っている。
 そんなウゲンに命令が下る。僻地のルナナ村の学校への赴任である。ルナナは標高4800m。ふもとの町ガサからでも、険しい山道を一週間もかけて登らなければならない。
 ガサに着いたウゲンを迎えにきたミチェン(ウゲン・ノルブ・ヘンドゥップ)は言う。「ルナナは電気は通じていないし、トイレットペーパーもない。始めの6日間は川沿いを歩く」と。
 ガイドが一人にロバが3頭、ウゲンとミチェンは出発する。川沿いの道などはない。ずっと、登りである。これは、ウゲンを安心させるためのミチェンの嘘である。一泊目は小屋だが、あとはテント泊になる。焚火を囲み、小屋番の男から酒を注いでもらうウゲンとミチェン。
©2019 ALL RIGHTS RESERVED 標高5240mのカルチュン峠を越える。旅の安全を祈り、またこの場所に戻ってこれるように、捧げものの石を積む。「まわりの山に、年々、雪が少なくなっている。温暖化だろう」とミチェン。
 いよいよルナナ村の入り口だ。村の人口は56人。村長アジャ(クンザン・ワンディ)はじめ、ほぼ村人全員がウゲンを出迎えてくれる。
 教室に案内されたウゲンは驚く。黒板がない。机は埃だらけ。住む部屋も粗末で、トイレは外だ。たちまち、ウゲンは、「ぼくには無理、ここは世界一の僻地だ、町に帰りたい」と訴える。
 朝、ペム・ザム(ペム・ザム)という、クラス委員の少女がウゲンの部屋にやってくる。もう9時である。「学校は8時半から」という。ともかく、ウゲンの授業が始まる。自己紹介で、「国のために働きたい」という少女ぺマ(チミ・デム)。ペム・ザムは「歌手になりたい」と言う。学校の先生志望のサンゲ(サンゲ・チョデン)は言う。「先生は未来に触れることが出来るから」と。
 セデュ(ケルドン・ハモ・グルン)という娘が「ヤクに捧げる歌」を唄っている。その声と歌詞に魅せられていくウゲン。
 ミチェンが、村人からの差し入れだと、米、バター、チーズなどを持ってくる。火を起こすのに、ヤクの糞を使うことを知るウゲン。
 小高い丘で、セデュが「ヤクに捧げる歌」を唄っている。なぜ唄うのかとウゲンが聞く。「歌に万物を捧げている。そして、人、動物、神々、この谷の精霊たちにね」とセデュ。
 寒さに強いはずのヤクだが、ウゲンたちは、教室の後ろでヤクを飼育し始める。映画の原題「ヤクのいる教室」は、このエピソードからと思われる。
©2019 ALL RIGHTS RESERVED 村長は、当初、ウゲンの言ったことを覚えていて、ウゲンに、町に戻る準備が整ったことを告げる。少しずつ、村の人たちに魅せられていくウゲンは、自身の心の変化も感じとっているようだ。ウゲンの選んだ道とは?
 映画の舞台は絶景そのもの。都会暮しには、なにかと不便なことも多いが、高地には高地なりに順応して、ちゃんと暮らしている人たちがいる。
 ブータンといえども、いまや都市化、文明化が進み、ウゲンのように、外国で成功を夢見る若者も多いらしい。映画は、こういったブータンの実情を伝えて、示唆に富む。
 高地の平原に、セデュの唄う「ヤクに捧げる歌」が響きわたる。こんなすてきな映画を撮ったのは、パオ・チョニン・ドルジで、作家、写真家でもある。これが監督としての長編デビューになる。風景や人物を見る眼差しが、とても柔和で優しさいっぱいだ。
 ウゲンに扮したシェラップ・ドルジは、実際にもミュージシャンで、オーストラリア移住も考えていたという。現地に住む子どもたちをキャスティングしたらしいが、なかでも、ぺム・ザムのあどけない表情に魅せられる。
 物質的には恵まれていないけれど、ひたすら学びたいという子どもたちの思いが、ずしりと伝わってくる。また、都会から来た若い先生に接する村の人たちの優しさは、いったいどこから来るものなのか。いろんな意味で恵まれている人たちにこそ、見てほしい映画だろう。

2021年4月3日(土)より、岩波ホール他にて全国順次公開!

『ブータン 山の教室』公式Webサイト

監督・脚本:パオ・チョニン・ドルジ
出演:シェラップ・ドルジ、ウゲン・ノルブ・へンドゥップ、ケルドン・ハモ・グルン、ペム・ザム 他
2019年/ブータン/ゾンカ語、英語/110分/シネスコ
英題:Lunana A Yak in the Classroom
日本語字幕:横井和子 字幕監修:西田文信
後援:在東京ブータン王国名誉総領事館 協力:日本ブータン友好協会
配給:ドマ

ミナリ

©2020 A24 DISTRIBUTION, LLC  All Rights Reserved.

 「ミナリ」(ギャガ配給)は、今年のアカデミー賞で、作品賞、監督賞、主演男優賞、助演女優賞、脚本賞、作曲賞の6部門でノミネートされた話題の作品だ。
 1980年代、韓国からカリフォルニアに移住した韓国人一家が、農業での成功を目指して、アーカンソーの農地にやってくる。大きな農園を作って、韓国料理店に提供する農作物を栽培しようと奮闘するが、現実は甘くない。一家に、いったい、どのような試練が待ち構えているのか。
 韓国から移民のジェイコブ(スティーヴン・ユァン)は、妻のモニカ(ハン・イェリ)と、まだ幼い長女のアン(ネイル・ケイト・チョー)、7歳の長男デビッド(アラン・キム)といっしょに、アーカンソー州のオーザック高原にやってくる。
 モニカは、おんぼろのトレーラーを改装したような粗末な家を見て、「勝手に決めるなんて」と機嫌が悪い。ジェイコブは、「ここの土地はいいはず。大きな農園を作ろう」と考えている。
 ジェイコブとモニカの夫婦は、とりあえず、ヒヨコの雄雌選別の作業に従事する。ジェイコブ夫婦にとっては、カリフォルニアでずっと関わっていた仕事である。農作業での成功を考えているジェイコブと、現実を重視するモニカは、ことあるごとに対立してしまう。心臓に欠陥を抱えるデビッドを気遣うモニカは、近くに病院がないのも不満である。
 このままでは、子どもの面倒も満足にみることが出来ない。韓国から、モニカの母スンジャ(ユン・ヨジョン)を呼び寄せることで、なんとか夫婦の危機を乗り越えようとする。
©2020 A24 DISTRIBUTION, LLC  All Rights Reserved. スンジャがやってくる。アンは小さい頃に祖母に会っているが、デビッドにとっては、初対面になる。字の読めないスンジャは、にぎやかで、思ったことをズバズバ、口にする。「食らえ、この野郎」などと、下品な発言も多い。スンジャは、テレビのプロレスが大好きで、特技は花札だ。いつのまにか、孫たちに花札を教えたりして、少しずつ、アメリカの暮らしになじんでいく。当初、「おばあちゃんらしくない」と、敬遠していたデビッドは、すっかりスンジャになつくようになっていく。
 近くに住むポール(ウィル・パットン)が、なにかと農作業を手伝ってくれる。ポールは、朝鮮戦争に従軍していたらしく、ジェイコブ一家に、親切である。ポールは、熱心なクリスチャンだが、ちょいと変わり者で、日曜日には、自らをキリストになぞらえてか、木で出来た大きな十字架をかかえて歩く。
 なんとか、ナス、パプリカ、トウガラシなどが育つ。しかし、自然は厳しい。ある日、急に地下水が枯れてしまう。水道水は出るが、無料ではない。やがて、資金繰りもままならない一家は、大きな危機を迎えることになる。
 スンジャは、デビッドを近くの川に連れていき、ミナリ(セリ)を植える。デビッドは、両親から心臓病のことを立ち聞きし、「死にたくない」とスンジャに訴える。「死なせない」と励ますスンジャ。
 一家5人の暮らしぶりが、淡々と描かれていく。いろんな出来事があるが、大きく一家の運命を揺るがすほどのことは起こらない。だが、ある日、スンジャのある行為が、とんでもない事件を起こす。
©2020 A24 DISTRIBUTION, LLC  All Rights Reserved. アメリカは、もともと、移民の人たちの多い国である。いろんな国からやってきて、たいへんな苦労を重ねたことと思う。もちろん、大成功を収めた人もいるが、「ミナリ」で描かれた韓国人家族のように、苦労を重ねる人たちが多いはずだ。
 脚本、監督は、リー・アイザック・チョン。アメリカ生まれだが、名前から分かるように、韓国からの移民2世である。幼い頃、アーカンソーの農場で育ったこともあって、いわば、監督の自伝的な要素を持ち合わせた映画でもある。シリアスなドラマなのに、ユーモラスなセリフや、やりとりが随所に出てきて、そう悲壮感は感じない。
 いたってシンプルドラマなのに、観客をぐいぐいと引き付けるのは、俳優たちの演技、監督の演出力もあるだろう。ジェイコブに扮したスティーヴン・ユァンは、「バーニング 劇場版」などに出た実力派。開拓者精神が旺盛ながら、妻との葛藤に苦しむ役どころを力演する。
 個性豊かな祖母役のユン・ヨジョンは、最近では「チャンシルさんには福が多いね」に出演。ヒロインが下宿する部屋の大家さん役を巧みに演じた、韓国を代表する大女優だ。デビッドとのラスト近くの演技は、圧巻である。デビッド役のアラン・キムは、その仕草のひとつひとつが、とても可愛い。心臓病のせいで、走ることが出来ない設定が、見事に活きるシーンがある。もちろん、タイトルの「ミナリ」にちなんだシーンもあり、厳しい現実を生き抜く勇気が湧くような、心ふるえるセリフが用意されている。
 4月に発表になるアカデミー賞では、いくつか受賞するかと思うが、賞とは関係なく、見るに値する、余韻たっぷりの傑作だろう。

2021年3月19日(金)より、TOHOシネマズシャンテほか全国公開中

『ミナリ』公式Webサイト

監督&脚本:リー・アイザック・チョン
出演:スティーヴン・ユァン、ハン・イェリ、ユン・ヨジョン、ウィル・パットン、スコット・ヘイズ ほか
原題:MINARI/アメリカ/カラー/シネスコ/5.1chデジタル/116分/字幕翻訳:根本理恵
配給:ギャガ

モンテッソーリ 子どもの家

© DANS LE SENS DE LA VIE 2017

 ドキュメンタリー映画「モンテッソーリ 子どもの家」(スターサンズ、イオンエンターテイメント配給)の資料に、国際モンテッソーリ協会の公認教師である深津高子さんのコラムが掲載されている。その中で、従来の教育とモンテッソーリ教育との違いが、端的に示されている。
 「子どもはバケツか球根か」という設問がある。もし、大人が子どもを空のバケツとして見た場合、大人はたくさんの情報を空のバケツに注ぐ。そして、バケツがどれくらい一杯になったかをテストして、子どもを評価する。これを私たちは教育と呼んでいるのかもしれない。ところが、モンテッソーリ教育では、子どもを球根として捉える。球根は、いつ、どんな色で咲くかといった成長計画を、すべて球根の中に持っている。モンテッソーリは言う。「子どもには内なる教師が住んでいる」と。つまり、大人の役割は、多くの知識を子どもに与えるのではなく、子どもに豊かな土壌の環境を準備し、子どもの内なる教師の仕事を邪魔せずに見守ること、という訳だ。
 映画の舞台は、北フランスにあるモンテッソーリ教育を実践している幼稚園。ここには、2歳半から6歳までの多くの幼児が学んでいる。学んでいるというより、みんな、自分の好きなことをしているように見える。クリスティアン・マレシャル先生は、幼児たちの動きをじっと観察している。先生の仕事は、子どもの教具を用意したりの環境作り。そして、助言は最小限で、子どもの能力が自然に伸びるよう、手助けする程度だ。
© DANS LE SENS DE LA VIE 2017 教室には、多くの教具が、キチンと整理されている。絵を描く。リンゴを切る。ミルクピッチャーの水を交互に移し替える。絵本に見入る。花の枝を切り活ける。小さなハンカチにアイロンをかける。大きさの異なるブロックを積み重ねる。数字のプレートと指で引き算の練習をする。マットを丸めようと試みる。何もせずに歩き回っている子どももいる。それぞれ、一人で取り組んでいるが、年長さんが教えていたりもする。
 ジェロという4歳の男の子が、印象的だ。当初は、教室のあちこちをうろうろしていたが、やがてジェロは、ハサミを使って、線を引いた紙を切っていく。慎重に、線に沿ってハサミを動かすジェロの集中力は、はんぱではない。
 子どもたちは、なにをしていても、真剣そのもの。この真剣さで教具に取り組み、集中力を高めることが、モンテッソーリ教育の原点らしい。
 モンテッソーリ教育は、1870年、イタリアで生まれたマリア・モンテッソーリの開発したメソッドだ。子どもの活動は、すべて「仕事」である。それは、自分自身を育てる仕事、とされる。映画は、子どもたちが、さまざまな仕事に打ち込むシーンが続く。もちろん、校庭で、体を動かすこともある。
 五感を高め、数や言葉の概念を自然に身に付ける。だから、主役はあくまでも子どもで、教師はその黒子役だ。
© DANS LE SENS DE LA VIE 2017 自身の幼稚園の頃をふと思い出す。映画のジェロのように、教室のあちこちをうろうろしていたようだ。なにかに集中することもなく、とにかく落ち着きのなかった子どもだったらしい。自身の空のバケツに、先生たちは、いろんな知識を詰めてくれたようだが、あまり役立ったような記憶がない。
 このモンテッソーリ教育は、アマゾンの創業者ジェフ・ベゾス、グーグルの創業者ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリン、ウィキペディアの創始者ジミー・ウェールズらが受けたという。みんながみんな、モンテッソーリ教育を受けたからの大成功とは思わないが、子どもの個性を尊重することから始まるメソッドは、日本を始め、いま多くの国で実践されているようだ。日本では、将棋の藤井聡太さんが、この教育を受けている。
 映画では、女優の本上まなみさんが、マリア・モンテッソーリの言葉のかずかずを紹介し、男優の向井理さんが、監督のアレクサンドル・ムロのナレーションを担当する。監督自身の小型カメラが、子どもたちの自然な振る舞いを捉えて、見事。なによりも、モンテッソーリ自身の残した言葉の数々が、傾聴に値する。構成はいたってシンプル、だからこその説得力に富む。
 知識を詰め込むことに格段の異存はないし、これも必要な教育かもしれない。だが、子どもの個性を尊重し、集中力を高めるメソッドのほうが優先されるようになれば、これにこしたことはない。
 教育関係者は、必見のドキュメンタリー映画だ。

2021年2月19日(金)より、新宿ピカデリーイオンシネマほか全国公開

『モンテッソーリ 子どもの家』公式Webサイト

監督・撮影・録音:アレクサンドル・ムロ
日本語吹替:本上まなみ、向井理
2017年/フランス映画/105分/カラー/ビスタ/5.1ch/原題:Le maître est l’enfant/英題:LET THE CHILD BE THE GUIDE/日本語字幕:星加久実/日本語字幕監修:田中昌子、大原青子
提供:スターサンズ、イオンエンターテイメント
配給:スターサンズ、イオンエンターテイメント

わたしの叔父さん

© 2019 88miles

 一昨年の第32回東京国際映画祭で、グランプリを受けたデンマーク映画「わたしの叔父さん」(マジックアワー配給)が、このほど公開される。寡黙で静謐な運びだが、人生の選択、決断を問いかける、力強い作品だ。
 デンマークの田舎。27歳の女性クリス(イェデ・スナゴー)は、酪農を営む叔父さん(ペーダ・ハンセン・テューセン)と、まるで親子のように暮らしている。叔父さんは脚が悪く、クリスが身の回りの世話をしている。ほとんど、ふたりの会話はない。食事をし、牛の世話などをする日常が、淡々と描かれていく。ふたりは、時折、スーパーで買い物をし、夜はゲームのスクラブルを楽しむ。まるで、決まりきったパターンの暮らしぶりだ。
 食堂のテレビが、世界の動きを伝える。イタリアの国境近くに難民が押し寄せたとか、北朝鮮がミサイルを発射したとか、トランプとプーチンが会談するとかのニュースだ。叔父さんもクリスも、ニュースにはまったく無頓着だ。
 ある日、クリスは、難産の母牛を、無事に出産させる。もともとクリスは獣医に憧れていて、いまなお、その夢を持ち続けている。農場に出入りしている獣医のヨハネス(オーレ・キャスパセン)は、無事に出産させたクリスの手際よさを褒める。クリスは、高校を卒業する寸前、叔父さんが倒れ、その面倒をみるために、合格した獣医養成の大学への進学をあきらめたのだった。
© 2019 88miles やがて、ヨハネスは、なんとかクリスの夢が叶うようにと、獣医学の本を貸したり、助手として、あちこちの牛の診察に連れていくようになる。
 そんなある日、教会に出向いたクリスは、聖歌隊に参加しているマイク(トゥーエ・フリスク・ピーダセン)という青年と出会う。マイクの家も、代々、農場を経営しているが、本人は跡を継ぐ気はなく、環境工学の勉強を重ねている。
 マイクは、聖歌隊の練習を聴きに来るようクリスを誘い、さらにデートに誘う。戸惑いながらも、クリスは誘いを受け、近くのホテルのレストランに向かう。
 大きな事件などは、まったく起こらない。極端に少ないセリフが、背景になる事情を徐々に明かしていく。クリスの亡くなった両親のことなども。
 クリスには、かつての夢を実現させることと、叔父さんの面倒を見続けることの葛藤がある。クリスの将来を気遣う叔父さんは、さりげなくクリスの背中を押そうとするが、クリスにとっては、叔父さんの存在は、かけがえがない。ぶっきらぼうな命令口調で、叔父さんに「手を洗え」とか言うクリスだが、心の底での気遣いは深い。
© 2019 88miles 搾乳や採り入れに機械化が進んでいるとはいえ、細々とした酪農経営で、将来はどうなるかは未知数である。クリスと叔父さんは、やがて人生の選択を迫られることになる。かといって、映画に深刻さはない。ひたすら静かに、ゆっくり、さりげないユーモアを交えて、ドラマは進行する。
 無口で、あまり表情に変化のないクリス役のイェデ・スナゴ―が、27歳女性の微妙な心理のひだを、わずかな表情の変化で、きめ細かく表現する。女優になる前には、実際の獣医だったそうだ。東京国際映画祭の会場で、彼女とすれ違ったが、スラリとした、とても美しい人だった。叔父さんを演じたペーダ・ハンセン・テューセンは、プロの俳優ではなく、イェデ・スナゴ―の実際の叔父さんで、酪農家である。しかも撮影は、叔父さんの農場で行ったという。映画と現実がことごとく一致してのリアリティに、ただただ驚く。
 監督、脚本、撮影、編集をひとりで担当したフラレ・ピータゼンは、小津安二郎を師と仰ぎ、「主人公が人生の選択に葛藤する姿を現実的に描きたいと思った」と言う。結果、大成功だろう。
 誰しもが迎える人生の岐路。他者を思いやり、いかに生きるか。映画の問いかけは、深く、重い。

2021年1月29日(金)より、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー

『わたしの叔父さん』公式Webサイト

監督:フラレ・ピーダセン
出演:イェデ・スナゴー、ペーダ・ハンセン・テューセン、オーレ・キャスパセン、トゥーエ・フリスク・ピーダセン
2019年/デンマーク/デンマーク語/カラー/DCP/シネスコ(1:2.35)/110分/字幕翻訳:吉川美奈子/デンマーク語監修:リセ・スコウ
原題:Onkel/後援:デンマーク王国大使館/配給・宣伝:マジックアワー