学び!とシネマ

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モンテッソーリ 子どもの家
2021.02.17
学び!とシネマ <Vol.179>
モンテッソーリ 子どもの家
二井 康雄(ふたい・やすお)

© DANS LE SENS DE LA VIE 2017

 ドキュメンタリー映画「モンテッソーリ 子どもの家」(スターサンズ、イオンエンターテイメント配給)の資料に、国際モンテッソーリ協会の公認教師である深津高子さんのコラムが掲載されている。その中で、従来の教育とモンテッソーリ教育との違いが、端的に示されている。
 「子どもはバケツか球根か」という設問がある。もし、大人が子どもを空のバケツとして見た場合、大人はたくさんの情報を空のバケツに注ぐ。そして、バケツがどれくらい一杯になったかをテストして、子どもを評価する。これを私たちは教育と呼んでいるのかもしれない。ところが、モンテッソーリ教育では、子どもを球根として捉える。球根は、いつ、どんな色で咲くかといった成長計画を、すべて球根の中に持っている。モンテッソーリは言う。「子どもには内なる教師が住んでいる」と。つまり、大人の役割は、多くの知識を子どもに与えるのではなく、子どもに豊かな土壌の環境を準備し、子どもの内なる教師の仕事を邪魔せずに見守ること、という訳だ。
 映画の舞台は、北フランスにあるモンテッソーリ教育を実践している幼稚園。ここには、2歳半から6歳までの多くの幼児が学んでいる。学んでいるというより、みんな、自分の好きなことをしているように見える。クリスティアン・マレシャル先生は、幼児たちの動きをじっと観察している。先生の仕事は、子どもの教具を用意したりの環境作り。そして、助言は最小限で、子どもの能力が自然に伸びるよう、手助けする程度だ。
© DANS LE SENS DE LA VIE 2017 教室には、多くの教具が、キチンと整理されている。絵を描く。リンゴを切る。ミルクピッチャーの水を交互に移し替える。絵本に見入る。花の枝を切り活ける。小さなハンカチにアイロンをかける。大きさの異なるブロックを積み重ねる。数字のプレートと指で引き算の練習をする。マットを丸めようと試みる。何もせずに歩き回っている子どももいる。それぞれ、一人で取り組んでいるが、年長さんが教えていたりもする。
 ジェロという4歳の男の子が、印象的だ。当初は、教室のあちこちをうろうろしていたが、やがてジェロは、ハサミを使って、線を引いた紙を切っていく。慎重に、線に沿ってハサミを動かすジェロの集中力は、はんぱではない。
 子どもたちは、なにをしていても、真剣そのもの。この真剣さで教具に取り組み、集中力を高めることが、モンテッソーリ教育の原点らしい。
 モンテッソーリ教育は、1870年、イタリアで生まれたマリア・モンテッソーリの開発したメソッドだ。子どもの活動は、すべて「仕事」である。それは、自分自身を育てる仕事、とされる。映画は、子どもたちが、さまざまな仕事に打ち込むシーンが続く。もちろん、校庭で、体を動かすこともある。
 五感を高め、数や言葉の概念を自然に身に付ける。だから、主役はあくまでも子どもで、教師はその黒子役だ。
© DANS LE SENS DE LA VIE 2017 自身の幼稚園の頃をふと思い出す。映画のジェロのように、教室のあちこちをうろうろしていたようだ。なにかに集中することもなく、とにかく落ち着きのなかった子どもだったらしい。自身の空のバケツに、先生たちは、いろんな知識を詰めてくれたようだが、あまり役立ったような記憶がない。
 このモンテッソーリ教育は、アマゾンの創業者ジェフ・ベゾス、グーグルの創業者ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリン、ウィキペディアの創始者ジミー・ウェールズらが受けたという。みんながみんな、モンテッソーリ教育を受けたからの大成功とは思わないが、子どもの個性を尊重することから始まるメソッドは、日本を始め、いま多くの国で実践されているようだ。日本では、将棋の藤井聡太さんが、この教育を受けている。
 映画では、女優の本上まなみさんが、マリア・モンテッソーリの言葉のかずかずを紹介し、男優の向井理さんが、監督のアレクサンドル・ムロのナレーションを担当する。監督自身の小型カメラが、子どもたちの自然な振る舞いを捉えて、見事。なによりも、モンテッソーリ自身の残した言葉の数々が、傾聴に値する。構成はいたってシンプル、だからこその説得力に富む。
 知識を詰め込むことに格段の異存はないし、これも必要な教育かもしれない。だが、子どもの個性を尊重し、集中力を高めるメソッドのほうが優先されるようになれば、これにこしたことはない。
 教育関係者は、必見のドキュメンタリー映画だ。

2021年2月19日(金)より、新宿ピカデリーイオンシネマほか全国公開

『モンテッソーリ 子どもの家』公式Webサイト

監督・撮影・録音:アレクサンドル・ムロ
日本語吹替:本上まなみ、向井理
2017年/フランス映画/105分/カラー/ビスタ/5.1ch/原題:Le maître est l’enfant/英題:LET THE CHILD BE THE GUIDE/日本語字幕:星加久実/日本語字幕監修:田中昌子、大原青子
提供:スターサンズ、イオンエンターテイメント
配給:スターサンズ、イオンエンターテイメント