リボーン・アートボールってなに? ~オリンピック「芸術競技」からSDGsとウェルビーイングまで~

リボーン・アートボールとは

 「リボーン・アートボール」は、私が「かつてオリンピックに芸術競技があり、1936年ベルリン大会では二人の日本人画家の銅メダリストがいた」という史実を知ったことから始まったアート活動です。「オリンピックはスポーツと文化・芸術が両輪となって開催されるもの」という理念を知り、これらを何らかの方法で、みなさんに知っていただきたいという思いから発案しました。
 名称の「リボーン」とは、不要になったボールに絵を描いてアート作品として蘇らせる意味で、それによってアート作品を創ることから「リボーン・アートボール(Reborn art-ball)」としました。

二人の画家の銅メダリスト

 1995(平成7)年12月30日付の朝日新聞に、「ベルリン五輪絵画部門で銅 幻の作品、アトランタへ」と題する記事が掲載されていました。内容は、1936年ベルリン大会の芸術競技で銅メダルを獲得した日本画家、藤田隆治(1907-1965)の弟子である日本画家、笠武(画号:青峰、1936-2014)氏が、戦災で焼失した藤田の受賞作品《アイスホッケー》を、写真を手掛かりに再現し、1996年に近代オリンピック100年を迎えるアトランタで個展を開くというものでした。
 オリンピックの「芸術競技」は、クーベルタン男爵(1863-1937)の提唱により、1912年ストックホルム大会から導入され、1948年ロンドン大会までの7大会で開催されました。日本は1932年ロサンゼルス大会から参加しており、ベルリン大会では、日本画家、鈴木朱雀(1891-1972)も作品《古典的競馬》で銅メダルを授与されました。
 「芸術競技」は、絵画、彫刻、建築、文学、音楽の5部門があり、優秀な作品にはスポーツ競技と同様、金・銀・銅のメダルが授与されましたが、審査の公平性、アマチュアとプロ、作品輸送などの問題があり廃止されました。そして1952年ヘルシンキ大会からはメダル授与のない「芸術展示」となり、1992年バルセロナ大会からは「文化プログラム」として開催され、現在に至っています。

リボーン・アートボールの誕生と2020オリンピック東京大会

 2013年9月、2020年オリンピック・パラリンピックの開催地が東京に決まりました。これを契機として、2020年東京大会の「文化プログラムに参加すること」をミッションとして、その実現化への機会を伺っていました。そうした中、2016年に私が代表者となって申請した、「芸術・体育領域の融合と共同による2020年オリンピック・パラリンピック東京大会に向けた『スポーツ芸術表現学』創生プログラムの実施」というプランが、筑波大学の「教育戦略推進プロジェクト支援事業」に採択されました。
 そこで、2017年、「スポーツとアートの融合」の実現を目指した実践例として、不要になったボールに絵を描いてアート作品として蘇らせる「リボーン・アートボール」を考案しました。そして私が試作したボール作品を筑波大学内で展示しました。その後は、つくば市内の「スタジオ’S」での展示とワークショップを皮切りに、日本スポーツ振興財団と連携して行った東京都・愛媛県・三重県・長野県での展示や、国内各地での自主企画展示、国体での文化プログラムへの参加等へと広がっていきました。
 2018年、リボーン・アートボールは「茨城県文化プログラム推進事業」に採択されました。それ以後、茨城県生活環境部が主導し、企画会社と筑波大学の3者がタッグを組んで事業を実施してきました。その結果、2020年東京大会の文化プログラムに認定され、「アートでオリンピックに参加する」という当初の目的を達成することができました。

 ワークショップと作品展示からなる「リボーン・アートボール事業」は、皆さんに知られるにつれて、参加申込みが数分でいっぱいとなるようになりました。ワークショップでは、どこの会場でも小学校の授業時間を超える長時間の集中力や、自由で奇抜な発想が見られ、私たちも驚きの連続で、思わず笑みがこぼれました。何よりも子どもたちの制作中の真剣な眼差しと完成後の達成感のある笑顔に、このプログラムを企画し実施してきて良かったという私たちの満足感がありました。そして、「世界に一つのボールを作ろう」「ボールには空気ではなく夢が詰まっている」「アーティストとアスリートのリスペクトのパス交換」といった私たちのコンセプトに共感していただいたことも嬉しい成果でした。特にコロナ禍でも何とか開催できた2021年は、参加した子どもたちや保護者のみなさんから感謝の言葉をたくさんいただきました。
 2028年に開催されるオリンピックロサンゼルス大会では、文化プログラムがどのように実施されるか注目したいところです。

(リボーン・アートボールの実施方法等をお知りになりたい場合は、ご遠慮なく下記メールアドレスまでお問い合わせください。問い合わせ先:ota.kei.ft▲un.tsukuba.ac.jp ※▲を@に置き換えてください)

スポーツ芸術ってなに?

 スポーツをテーマとした芸術作品のことを「スポーツ芸術」と呼びますが、1995年に「芸術競技」を知った時から、「スポーツ芸術をもっと身近に感じられるものはないか」と考え続けていました。そして2016年に、スポーツに使われるボール、しかも捨てられるボールに絵を描くことを思いつきました。
 筑波大学には優れた成績を残しているスポーツクラブが多数あります。その学生アスリートたちが廃棄するまで使ったボールに「リスペクト(尊敬)の気持ち」を持ち、アートの力でリボーン(再生)させようという思いから、廃棄するボールの提供を各クラブにお願いしました。その結果、サッカー、ラグビー、バスケットボール、バレーボール、ハンドボール、テニスボール、アメリカンフットボール、水球等のボールやバドミントンのシャトルコックなどが集まりました。また、この活動を広げようと、サッカーJリーグ、プロ野球、Vリーグ、Bリーグ、その他、民間のクラブチーム、中学や高校にもお願いしたところ多数のボールが集まりました。

 ワークショップは、茨城県からの支援を受けながら、筑波大学で芸術を学ぶ学生とともに県内外各地を巡回して実施してきました。生涯学習センターや美術館の他、カシマスタジアムやケーズデンキスタジアム水戸でのJリーグの試合会場でも開催し、試合を見に来たファンやサポーターがアートボール作りに挑戦しました。参加者は年々多様化し、未就学児をはじめ、特別支援学校の児童生徒、高齢者施設やデイケアに通うお年寄り(最高齢93歳)など、誰でも参加できるプロジェクトとして展開中です。
 展覧会は、茨城県つくば美術館、茨城県陶芸美術館等の他、文部科学省情報ひろば、茨城県庁ロビー、筑波大学東京キャンパス等で展示をしてきました。2019年の茨城国体では、文化プログラムとして全国スポーツ写真展(日本スポーツ芸術協会主催)と同時に展示しました。

世界に一つのアートボールを作ろう

 リボーン・アートボールのワークショップでは、どこの会場でも多くの子どもたちが参加してくれます。合言葉は「世界に一つのアートボールを作ろう!」です。
 制作では、基本的に白色の下地用絵具(ジェッソ)を塗ってから、主にアクリル絵具を使用します。アクリル絵具は、水彩絵具と同じ水性の絵具ですが、乾くと耐水性になるので、展示はもちろん、遊ぶこともできます。会場の都合で絵具が使えない時は、ペンタイブの塗料やシール、ビーズ、モールなどを使ってワークショップを実施しました。
 ある時、子どもの隣で過剰なほどに手や口を出したり、反対に手持ち無沙汰でいる同伴者がいましたので、「よろしかったら作ってみませんか?」と声を掛けたところ、最初は遠慮されていた方も、次第に夢中になって、まるで童心に返ったように作りはじめました。それを見ていた子どもたちは嬉しそうで、それまで以上に熱中して作っていました。
 このように、「一人で作りたい子どもには一人で。共同で作りたい子どもは共同で」と、アートボール制作ではいろいろなスタイルがあります。
 完成したボールは個性豊かな、文字通り「世界に一つのアートボール」となりました。そしてワークショップの最後には、「皆さんが作ったボールの中には空気ではなく『夢』が詰まっているんですよ」と話をしています。
 私たちは「アートボール作り」というパスを参加者に送っていますが、どの会場でも、子どもたちからは「とびきりの笑顔」という「ナイス・パス」が返ってきます。完成後には、その場で投げたり蹴ったりして本当に嬉しそうでした。そしてひとしきり楽しんだ後はアートボールを大事に抱えて帰宅していきました。

リボーン・アートボールとSDGs

 ここで、昨今よく耳にする「SDGs」に着目してみます。これは2015年に国連が採択した、2030年までに達成を目指す「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:略称SDGs)」のことで、世界的な貧困・環境破壊・地球温暖化・人種差別・児童労働などの解決すべき問題を含んでいます。このSDGsに設定された17の目標の中から、「リボーン・アートボール」と関連が見出せる項目を見てみます。
 最も関連があると思われるのは【目標12:つくる責任 つかう責任】で、不要になったボールの再利用によるリサイクルや、資源の循環活用が環境問題への意識の向上につながります。この目標は美術史でも確認でき、たとえば「コラージュ」や「パピエ・コレ」の立体版である「アッサンブラージュ」、空き缶や空き瓶などの廃品を集めて作品にする「ジャンク・アート」があります。また身の回りで不要になったものや、海岸や河辺でゴミや漂流物を集めてアート作品にすることも行われてきました。
 次に関連が見出せるのは【目標17:パートナーシップで目標を達成しよう】です。リボーン・アートボール事業が、筑波大学や茨城県、民間企業、小中学校、高校、大学、プロスポーツ団体など、実に多くの方々と「協働」し、共に「成長」してきたことが目標達成のヒントとなるでしょう。
 以下に、そのほかの目標との関連を考えてみます。
 【目標3:すべての人に健康と福祉を】では、アートは人種・性別・障がいの有無に関わらず、誰でも参加でき、心と身体の「健康」や生きる力を与えてくれるものです。仮に作品を作らなくても、アート作品を鑑賞するだけでも心の健康管理にも良いと言われています。
 【目標4:質の高い教育をみんなに】で注目するのは、昨今盛んに言われている「STEAM教育」でしょう。その中にある「A」を示すのは「Art」だったり、「リベラルアーツ(Arts)」の「A」だったりします。仮に「Art」であれば、「STEM科目」と連動させた教育を構築すれば、文理の壁を乗り越えたシナジー効果を生み出す力になるのではないかと考えられます。
 【目標5:ジェンダー平等を実現しよう】では、アートに「性別は無関係」であり、「平等は当たり前」な世界ですので、アート関係者にとって「ジェンダー平等」の主張は、むしろ別世界の言葉に思えるのではないでしょうか。とはいえ、アートに限らず、名称に「女流」を用いる、「女流画家」「女流小説家」「女流棋士」などの名称は使われている現実があります。これらは、淘汰されることはなくても、使用頻度は減少していくかもしれません。
 【目標10:人や国の不平等をなくそう】では、【目標3】の「すべての人」や、【目標5】の「ジェンダー平等」とも重複することですが、古来言われている「スポーツや芸術に国境はない」という認識を再確認していくこともヒントになるでしょう。
 【目標16:平和と公正をすべての人に】に対しても、アートとスポーツを、「する」「みる」「ささえる」といった立場で考えると、それらの「力」を複合的に活用するリボーン・アートボール事業は、国境を作ることなく、また国境を意識せずに関われる平和的な創造活動です。
 以上のようにSDGsとの関係をみると、直接関与することもあれば、間接的ではあっても、問題解決への糸口やヒント、さらには目標達成への貢献が期待されます。リボーン・アートボール事業を契機として、SDGsを考えるきっかけや、SDGsを考えるためのスタートにすることができるでしょう。

リボーン・アートボールとウェルビーイング

 さて、杞憂に終われば良いことですが、すでに進んでいる少子化によって考えられる、国レベルの研究力低下に対応する中で、特に初等教育における図画工作や音楽、中学校の美術や音楽などの授業時間数に影響が出るのではないかと心配しています。その結果、アートに関わる人材が著しく減少することも予想されます。その場合は、課外活動や校外での教育で補うことになるのかもしれませんが、これらの芸術関連の教科や体育・スポーツなど、「生身の人間」の表現活動を軽視しないでいただきたいと思っています。
 さらに、多様な人々と社会全体の幸福を目指す「ウェルビーイング」では、まず一人ひとりが心身ともに良い状態を保つことが必要といわれていますが、それに好影響を与えるアートの果たす役割は大きいと考えられます。

 以上のとおり、かつて行なわれていたオリンピック芸術競技の新聞記事に端を発した、スポーツとアートとエコが融合した「リボーン・アートボール」。この事業を教育界の多くの方々に知っていただくとともに、子どもたちには実際の制作に参加していただき、日本国内はもとより世界中に広がっていくことを夢見ています。


太田圭(おおた・けい)
筑波大学特命教授、学長特別補佐、ヒューマンエンパワーメント推進局長、筑波大学名誉教授。専門分野は日本画。創画展・個展等で日本画を発表。創画会会友、日本美術家連盟会員。東京藝術大学大学院博士後期課程満期退学。博士(芸術学)。日本スポーツ芸術協会理事、筑波大学蹴球部副部長。主な著書に『絵画の教科書』(日本文教出版)、『ニッポンの奇天烈な絵画』(綜合図書)(いずれも共著)がある。

魔法少女ナナコ(第1巻)

 震災後から描き始めている11作目の漫画が完成しました。

 福島第一原子力発電所の廃炉作業は続いておりますが、処理水の海洋排出が決まってしまい、とても残念に思っているところであります。

 さて、今回の作品は、(恥ずかしながら)格好よく言えば、「冒険もの」「SFファンタジー」と申せばよろしいでしょうか…。とにかく、明るい作品にしようと考えた作品で、読んでいただくとお分かりかと思いますが、いろいろな有名作品と似ているところが多々あります。マニアックな話でもありますが、ご了承ください。(「ウルトラセブン」を知らない方は、検索しておくことをお勧めいたします)
 また、話を進めていくうちにページ数が膨らみ、残念ながら1巻で収めることができなくなりました。続きは来年となりますので、気長にお待ちください。

 私の漫画は「福島の真実!」ということではなく、風化させないための表現方法の一つであります。そして私は、希望のある作品(フィクション)にしようと常に思っています。

 この漫画はいろいろな方のご協力によって製本されています。この場をお借りして感謝申し上げます。

 今回も手に取っていただいてありがとうございます。

 また、最後まで読んでいただきありがとうございます。

 そして、また来年お目にかかれたらうれしく思います。

読み物プラスVol.32「悔恨 ― NOT YET OVER ―」
読み物プラスVol.31「ダバイザー(第3巻)」
読み物プラスVol.30「ダバイザー(第2巻)」
読み物プラスVol.29「イエローケーキにキャンドルはいかが?」
読み物プラスVol.27「ダバイザー(第1巻)」
読み物プラスVol.25「RST」
読み物プラスVol.17「3年8ヶ月」
読み物プラスVol.14「奥羽行進曲」
読み物プラスVol.01「NOT YET OVER-あどけない瞳に映るもの-」
学び!トピックス Vol.32「福島の先生が3.11後を漫画に。」

悔恨 ― NOT YET OVER ―

 震災後から描き始めている10作目の漫画が完成しました。

 私は、震災後の福島の状況を風化させないことだけにあり、福島県人として、この活動を続けていく義務があると思っています。

 今回の作品は、震災後10年目ということもあり、あの時の怖さをもう一度思い出そう(私も含め)と、また、読んでいただける方に思い出してほしいという願いを込めて描かせていただきました。
 あの日はちょうど、中学校の卒業式でした。私の漫画では唯一描いてない中学校を舞台にして、いつの時代にも存在する「いじめ」と当時のニュースや原発事故をからませてみました。
 そして、この作品は、東京の「タワーホール船堀」で展示され、いろいろな方に読んでいただきたいと思っています。(「もやい展」 2021/4/1~4/8)

 副題として、「NOT YET OVER」とつけさせていただきました。あの日から10年、まだまだ復興の途中です。

 2月13日、大震災の余震という震度6強の地震が福島県をおそいました。揺れの恐怖よりも原発の恐怖が上まわり、あの時の嫌な記憶が蘇ってきました。

 私の漫画は「福島の真実!」ということではなく、風化させないための表現方法の一つであります。そして私は、希望のある作品(フィクション)にしようと常に思っています。

 この漫画はいろいろな方のご協力によって製本されています。この場をお借りして感謝申し上げます。

 今回も手に取っていただいてありがとうございます。

 また、最後まで読んでいただきありがとうございます。

 そして、また来年お目にかかれたらうれしく思います。

読み物プラスVol.31「ダバイザー(第3巻)」
読み物プラスVol.30「ダバイザー(第2巻)」
読み物プラスVol.29「イエローケーキにキャンドルはいかが?」
読み物プラスVol.27「ダバイザー(第1巻)」
読み物プラスVol.25「RST」
読み物プラスVol.17「3年8ヶ月」
読み物プラスVol.14「奥羽行進曲」
読み物プラスVol.01「NOT YET OVER-あどけない瞳に映るもの-」
学び!トピックス Vol.32「福島の先生が3.11後を漫画に。」

ダバイザー(第3巻)

 震災後から描き始めている9作目の漫画が完成しました。

 私は、震災後の福島の状況を風化させないことだけにあり、福島県人として、この活動を続けていく義務があると思っています。

 今回の作品は、昨年に引き続き、郡山市のご当地ヒーロー「ダバイザー」の3巻目ですが、「東日本大震災編」の完結編となります。

 いよいよ来年で震災後10年を迎えようとしています。まだ故郷に帰ることができない方々は、いろいろな問題に立ち向かいながら前に進んでおられます。その方々の思いは、私には想像もつかない苦しさに満ち溢れているんだと心に言い聞かせています。

 私の漫画は「福島の真実!」ということではなく、風化させないための表現方法の一つであります。そして私は、希望のある作品(フィクション)にしようと常に思っています。

 この漫画はいろいろな方のご協力によって製本されています。この場をお借りして感謝申し上げます。

 今回も手に取っていただいてありがとうございます。

 また、最後まで読んでいただきありがとうございます。

 そして、また来年お目にかかれたらうれしく思います。

読み物プラスVol.30「ダバイザー(第2巻)」
読み物プラスVol.29「イエローケーキにキャンドルはいかが?」
読み物プラスVol.27「ダバイザー(第1巻)」
読み物プラスVol.25「RST」
読み物プラスVol.17「3年8ヶ月」
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学び!トピックス Vol.32「福島の先生が3.11後を漫画に。」

ダバイザー(第2巻)

 震災後から描き始めている8作目の漫画が完成しました。

 私は、震災後の福島の状況を風化させないことだけにあり、福島県人として、この活動を続けていく義務があると思っています。

 今回の作品は、以前1巻を出させていただいた「ダバイザー(郡山のご当地ヒーロー)」の2巻目となります。最近、避難されている方とお話しする機会がありました。その時、まだまだ傷が癒えてないことを改めて感じさせられました。そこからヒントを得て今回の話ができました。
 実は、2年前にこのヒーローのスーツを作成しまして、地域のイベントなどでオリジナル体操をして活動しています。

 私の漫画は「福島の真実!」ということではなく、風化させないための表現方法の一つであります。そして私は、希望のある作品(フィクション)にしようと常に思っています。

 この漫画はいろいろな方のご協力によって製本されています。この場をお借りして感謝申し上げます。

 今回も手に取っていただいてありがとうございます。

 また、最後まで読んでいただきありがとうございます。

 そして、また来年お目にかかれたらうれしく思います。

読み物プラスVol.29「イエローケーキにキャンドルはいかが?」
読み物プラスVol.27「ダバイザー(第1巻)」
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イエローケーキにキャンドルはいかが?

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 震災後から描き始めている7作目の漫画が完成しました。

 私は、震災後の福島の状況を風化させないことだけにあり、福島県人として、この活動を続けていく義務があると思っています。

 今回の作品は、劇団ユニットラビッツ主宰の佐藤茂紀君の戯曲で、忘れられている当時のエピソードなどがちりばめられ、はらはらどきどきの展開が待ち受けています。この作品はいろいろなバージョンがあり、その中の高校生編を漫画化しました。震災1年半後の文化祭準備をしているところから物語はスタートします。

 私の漫画は「福島の真実!」ということではなく、風化させないための表現方法の一つであります。そして私は、希望のある作品(フィクション)にしようと常に思っています。

 この漫画はいろいろな方のご協力によって製本されています。この場をお借りして感謝申し上げます。

 今回も手に取っていただいてありがとうございます。

 また、最後まで読んでいただきありがとうございます。

 そして、また来年お目にかかれたらうれしく思います。

読み物プラスVol.27「ダバイザー(第1巻)」
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読み物プラスVol.01「NOT YET OVER-あどけない瞳に映るもの-」
学び!トピックス Vol.32「福島の先生が3.11後を漫画に。」

ダバイザー(第1巻)

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 震災後から描き始めている6作目の漫画が完成しました。

 私の思いは、震災後の福島の状況を風化させないことだけにあり、私は福島県人として、この活動を続けていく義務があると思っています。

 今回の作品は、完全なる子ども用マンガです。

 実は、現在(2017.3.11)6年生の担任をしています。現在の6年生は震災の年の入学生です。体育館での入学式ができず、例年より遅れての図書室での入学式となりました。狭い空間でしたが、保護者の皆様と先生方の熱い想いのこもった入学式でした。また、外での活動は3時間のみという奇妙な制限がかかり、外で思い切り遊ぶこともできませんでした。プールにも入れず、暑いのに窓を閉め切っての授業…大変だったと思います…。運動会も午前中で、室内やほかの場所を借りて行いました。2016年4月に初めて午後まで実施しましたが、ある子供が「先生、午後までって…でも、給食はないんですよね…。」運動会は、家族と一緒にお昼を食べることを知らない子供たちだったんです。涙があふれました。そんな子供たちに喜んでもらおうと、一生懸命頑張って描きました。

 私の漫画は、「福島の真実!」ということではなく、風化させずに、そして希望のある作品(フィクション)にしようと私は常に思っています。

 この漫画は、いろいろな方の協力によって製本されております。この場をお借りして感謝申し上げます。

 今回も手に取っていただきありがとうございます。

 また、最後まで読んでいただきありがとうございます。

 そして、また来年お目にかかれたらうれしく思います。

読み物プラスVol.25「RST」
読み物プラスVol.17「3年8ヶ月」
読み物プラスVol.14「奥羽行進曲」
読み物プラスVol.01「NOT YET OVER-あどけない瞳に映るもの-」
学び!トピックス Vol.32「福島の先生が3.11後を漫画に。」

人生を乗り越えていく力

柔軟な指導者でありたい

 リオデジャネイロオリンピックでは、選手たちの努力が実り、全階級でメダルを獲得することができた。しかし、反省点は多々ある。メダルの色をもっとよい色にできたのでは……という心残りは、2020年の東京オリンピックで晴らさなくてはならない。リオの余韻に浸る間もなく、新たな大舞台へ向けての挑戦が、すでに始まっている。
 柔道は嘉納治五郎先生によって創始された武道であり、特にオリンピックでは日本の選手の金メダル獲得を期待できる競技として、長年大きな注目を集めてきた。しかし、近年では海外の選手の活躍も目覚ましく、従来の練習法や指導法だけではメダルを獲ることがどんどん難しくなってしまった。
 現役生活を引退後、柔道の指導者となる道を選んだ私は、日本オリンピック委員会の計らいで海外留学を経験し、世界でどんな柔道が行われているのかを研究することができた。
 日本の相撲のように、外国には外国の、その国に古くから伝わる国技とも言える格闘技がある。海外の指導者は、選手たちになじみのあるこのような格闘技の特長を柔道へうまく取り入れていた。そのため、日本の柔道しか知らないと、海外の選手に対応できなくなってしまうのだ。
 柔道は今や世界中で行われているのだから、その国ならではの戦法が生まれるのは、考えてみれば当たり前のことだ。それを研究して克服する方法を考えていかなければ、いくら日本で生まれた競技だといっても、勝ち続けていくことは難しい。
 私は留学中、疑問に思うことがあれば、海外のコーチに対して積極的に質問をした。世界と対等に渡り歩いていくためには、まずは相手を知る必要があると考えたためである。
 外国との比較だけではない。昔と今とでは柔道のルールも大きく変化している。また、社会の情勢も違う。今の時代だからこそ活用できるものは生かし、よいと思ったものは認めて柔軟に取り入れていくこと。この柔軟性が、監督としてとても重要なことだと思っている。

柔道を通して学んだこと

 とはいえ、礼儀を重んじる古くからの柔道のスタイルを否定するつもりはない。
 私は柔道を通して生きる力を学んできたと思っている。何事も続けていると、どうしても壁にぶつかるときがくる。それに負けずに立ち向かっていくことで、自己を成長させていく術を身につけてきた。これは、何もスポーツ選手に限ったことではない。誰でも人生において、辛いことや苦しいことがあるはずだ。そういうことにどう立ち向かって乗り越えていくか。これが生きる力だと私は考えている。
 選手が不調なときには、課題を明確にするように伝えている。何がよくないのか漠然としたままで繰り返していても、状況は変わらない。まずは原点に戻り、角度を変えて取り組んでみる。これは、なかなか勇気のいることだ。変化をつけると、最初はうまくいかず、どうしても失敗してしまう。しかし、これをおそれてはいけない。この失敗の中から不調を乗り切る鍵を発見できるのだ。
 私は指導者として、新たなことにチャレンジして失敗している選手については、大いに励まし、その努力を認めるように心がけている。
 現役時代、私も不調に悩まされたことがある。勝たなくてはいけない、強くなくてはいけないという、見えない何かに追い詰められているような感覚にとらわれていたとき、今は亡き母からの手紙にあった「初心」という言葉が私を救ってくれた。
 ―そうだ。柔道が好きだから、今まで続けてきたんじゃないか!
 柔道が好き。これが、私の「初心」だった。母が残してくれたこの「初心」という言葉は、今も私の座右の銘である。

親子のコミュニケーションと感謝の気持ち

 私は5歳の頃から、父が指導者である道場に通っていた。今にして思えば、父はわが子を柔道家として育てたいというよりも、柔道を通して親子のコミュニケーションを築く時間を取りたかったのかもしれない。
 こうした中で、自然と礼儀の大切さを学び、その経験が友達の家へ行ったときの挨拶へつながるなど、人間力の礎となる部分を鍛えられていったように思う。
 選手たちにも、柔道だけ強くなればよいのではなく、人間力を高める必要があることを述べている。誰しも、自分ひとりの力はたかが知れている。
 周囲の人々のサポートがあってこそ、競技に打ち込むことができるのだ。それを念頭に置き、周囲への感謝の心を忘れないようにしたいと、私自身も常々心がけている。
 現在、7歳の長女と6歳の長男が遊び感覚で柔道を始めている。楽しみながら体を鍛えてくれればくらいに思っているつもりだが、近くで見ているとついつい熱が入り、声が大きくなってしまうのが困りものだ。

 

→この記事が掲載されている「教育情報 No.10」全編は、当サイトの機関誌・教育情報「教育情報」にて公開中です!

 

井上 康生(いのうえ こうせい)
全日本柔道男子監督 東海大学体育学部武道学科准教授
1978年宮崎県生まれ。東海大学体育学部武道学科卒業後、同大大学院体育学科研究科修士課程修了。柔道は5歳のときから始める。内股、大内刈、背負い投げを得意とする攻撃柔道で数々の結果を残した。2000年シドニーオリンピック100㎏級金メダル。1999、2001、2003世界選手権100㎏級優勝。2001~2003年全日本選手権優勝。2008年引退。2012年から柔道全日本男子監督。2016年、2020年東京オリンピックまでの続投決定。

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 震災後から描き始めている5作目の漫画が完成しました。

 私の思いは、震災後の福島の状況を風化させないことだけにあり、私は福島県人として、この活動を続けていく義務があると思っています。

 今回の作品は、以前短編としてホームページ用に描いたものを少し膨らませたものです。あの日がなかったら、あの日がなければ…と思っても仕方がないこととわかりながら、この作品を仕上げました。「たられば漫画」ですね。
 ちょうど、描いている途中にあの日から5年が経ちました。実は、この漫画を3月11日に出そうと考えていました。なぜか、あの当時私は、5年後をとても待ち望んでいたような気がします。その当時、『早くこの現状を回避したい!』という強い想いが達成されるのは5年後だと、なんとなく思っていたのです。私はクリスチャンではないのですが、初めて「神様…」と天を仰ぎました。私の考えは甘かった…5年では足りなかったですね。また、5年後を期待して前進していきます。

 私の漫画は「福島の真実!」ということではなく、風化させないための表現方法のひとつであります。そして私は、希望のある作品(フィクション)にしようと常に思っています。

 この漫画は、いろいろな方の協力によって製本されております。この場をお借りして感謝申し上げます。

 今回も手に取っていただきありがとうございます。

 また、最後まで読んでいただきありがとうございます。

 そして、また来年お目にかかれたらうれしく思います。

読み物プラスVol.17「3年8ヶ月」
読み物プラスVol.14「奥羽行進曲」
読み物プラスVol.01「NOT YET OVER-あどけない瞳に映るもの-」
学び!トピックス Vol.32「福島の先生が3.11後を漫画に。」

学習者情報端末は教具なのか文具なのか

 2005年に発表されたOLPC(One Laptop per Child)は、学習者1人1台の情報端末整備によって途上国に教育機会を提供しようとする画期的プロジェクトとして注目されたが、その後動きは先進国にも広まり、OECD諸国では1:1(one to one)イニシャティブとして主要な教育政策となった。
 我が国でも、ここ数年は学習者に1人1台タブレット等の情報端末を割り当て、持続的に運用する事例が報じられるようになったが、授業に限らず自宅でも使う学習者情報端末をどう管理・監督すべきかについて、日本の学校はまだはっきりとした答えを持っていない。
 大雑把に課題を切り出すとすれば、教員都合の延長として「教具」と考えるのか、それとも、学習者に寄り添った「文具」として捉えるべきか。

 日本の学校は一斉授業が基本だ。我が国では明治40年頃にそのスタイルが確立した(児美川,1992 ※1) 。当時メディアや資源の乏しい状況でも、多人数に効率良く知識伝達を行える「一斉教授」と、場面に秩序をもたらす「一斉行動」を特徴とする。教員は知識を導くゲートキーパーとして、巧みに問答を繰り返しながら教育目標に達することが期待されてきた。
 我が国では過去20数年にわたって、おもに一斉授業のICT活用を追求してきたが、一斉授業で学習者側端末を「教具」として扱わせる事には矛盾が生じる。教員が授業場面を制するのだから、学習者端末も教員の意図通り操作させたいが、学習者端末はどんな情報でも入手可能なので、野放しにすれば授業の秩序を壊しかねない。
 この矛盾の解消のために、学習者端末は授業の大半をロックダウンされ、学習者が使える時間はわずか数分、全員が同時に情報を与えられ、単純な操作のみ許される、という奇妙な活用スタイルが定着した。それでも、授業を制御する教員側の負荷は高く、想定外のトラブルリスクには弱い。端末利用時間が限られるため十分な効果も得られず、学習者側の操作スキルも身に付かない。つまり、教員主導の「教具」という発想は、本来自在に使えるはずの学習者端末をわざわざ不便で虚ろな道具に仕立ててしまう。

 一方、ICTを上手に活用する海外の学校事例をみると、通常の講義形式の授業もあるが、講義・指示の時間を短くして、学習者端末を用いたレポート課題に比較的長い時間が割り振られる事が多い。それぞれがネットや書籍資料を参考にした課題や討議に取り組む。教員はファシリテート、個別アドバイスやフォロアップを行う役割として活動を支援する。いわゆる学習者主体の学習(Learner-Centered Learning)である。
 学習者は自己調整学習をルールとして身に付け、課題に対する見通しや段取りを持ち、知的な生産活動に臨みやすい態勢が出来ている。日常的にICTを利用するので、教室で割り当てられた機種が異なっていても誰も気にしない。
 学校を俯瞰すれば授業の外側も含めた情報化がなされている。デジタルサイネージは、今日の行事予定や学校ブログの最新トピックを伝え、連絡や通知は、メールやクラウドサービスを介して行われる。私物端末の学校持ち込みも規制されない。校内共有端末でも私物端末でも家庭用PCでも、場所を問わず学習者が活動継続できるので、授業内容を持ち帰る事も、授業にアイデアを持ち込む事も自在である。つまり、学習者中心の「文具」発想とは、学習者の知的作業環境を拡張するものである。

 このように、見かけは同じような学習者端末でも、教具か文具かの見立てによって使い方には大きな違いとなって現れる。その仕様決定にあたっては、学校側の教育観そのものがシビアに問われる事になるだろう。情報端末1人1台時代の到来にあたっては、この課題を正面から見据え、賢明な選択に期待したいところだ。

ペアワークによる調べ学習とレポートまとめ
スウェーデン・ストックホルム郊外ソレントゥナの小学校にて

倫理社会のテーマについてプレゼンテーションをグループ共有作成する
フィンランド・ヘルシンキ郊外カウニアイネンの中学校にて

 

豊福 晋平(とよふく しんぺい)
国際大学GLOCOM主幹研究員。1995年より国際大学GLOCOMに勤務、専門は学校教育心理学・教育工学・学校経営。教育と情報化に関するテーマに取り組む。

※1:児美川佳代子(1992),近代イギリス大衆学校における一斉教授の成立について,東京大学教育学部紀要 第32巻pp.43-52