【新連載スタート】道徳について考える

1 初めに

 はじめまして。このたび、大原龍一先生『道徳教育で素敵な人生を創ろうよ』に続き、「学び!と道徳」を担当させていただくことになりました。
 グローバル化が進む中、2020年には東京でオリンピックが開催され世界中から多くの人々が日本にやってきます。多様な見方や考え方を尊重し、温かく迎え入れる思いやりや広い心が必要となります。私たち教師は道徳教育を通して、将来を担う生徒たちを世界の人々から尊敬される道徳性豊かな国際人へと育てましょう。
 私は教職大学院で、院生たちが道徳教育について学ぶために自主的に立ち上げた「道徳教育研究会MOS」の世話人をしています。このシリーズには、3人のMOSのメンバーに参加してもらおうと思います。
 まずは、3人(道子、真理、響)の紹介をします。道子はMOSの代表で、大学院では道徳教育をテーマに研究しています。社会の先生を目指しています。真理は、数学が専門で、何事も理論的に考える理系女子です。響は、音楽の先生を目指す感性豊かな男子学生です。この3人と私で道徳教育について対話をしながら考えていきますので、よろしくお願いします。

2 モラルとマナー

時事通信社

「みんなこの写真を見たことがあるかな?」
「見たことないな……。」
真理「多くの人が品物を買うために並んでいるコンビニエンスストアの写真かな。」
「さすがに真理は理論的だな! この写真は、イギリスのBBCが作成した東日本大震災レポート「Pray for Japan」の中の1枚です。このレポートは世界中に報道され、人々に驚愕と賞賛を引き起こしました。そこで本日のアクティビティーです。世界の人々はこのような写真を見て、日本人のどういった面を賞賛したのだろうか?」
「割り込みをしないで順番を守っている。」
真理「震災などが起きると、食料などを求めて略奪が起きることが多いのに、お金を出して買っている。」
道子「みんなが協力して、災難を乗り越えようとしている日本人の道徳性。」
「そうかな? みんなと同じことをしないと非難されたり、仲間はずれにされたりするからだと思う。」
「そのことを同調性、同調圧力といいます。」
道子「人間って、自分だけよければというような弱さや醜さがある反面、溺れている人を我も顧みず助けるような道徳心もある。」
真理「道徳ってどのようなものですか?」
「広辞苑には、『人のふみ行うべき道』と出ている。」
「道徳の『道』は、『判断や行為をするときの筋道のある考え』という意味です。また、『徳』の旧字は『悳』で、『真』と『心』という二つの字が結合して出来ていて、『真っすぐな心』という意味です。道と徳の二つをつなぐと『判断や行為をするときに規範となる真っすぐな心』というような意味になります。
 欧米では道徳をモラル(moral)といいますが、これはラテン語のモース(mos)が原語となっています。モースの意味は、習慣、風習、行儀などですが、きまりや道の意味もあります。つまり、『古くから多くの人々に行われているもの』という意味だと思います。
 モラルとともにマナー(manner)という言葉が使われますが、マナーという言葉は、ラテン語のマヌス(manus)『手』という言葉から発生したと言われています。手動を意味するマニュアルや爪につけるマニュキアもマヌスから発生した言葉です。つまり、体の中の一部である手を語源としているマナーは、『一部の場所や時代で行われているものである』という意味があります。これに対して、モラルは『時代を越えて世界中の多くの人々が行うことが当然であるものと思っているもの』だと考えてよいでしょう。」
「なるほど、レディーファーストは欧米のマナーだから、日本ではやらなくてもいいということだ。」
真理「何を言っているの、時代が変わったのよ!」
道子「グローバル化の時代、多様な価値観を尊重することが求められているけれど、マナーは多様な価値観であり、モラルが普遍的な価値ということかな……。」

3 人格とは

「本日二つ目のアクティビティーは、『人格』についてです。教育基本法の第1条には『教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならない』と、人格の完成が教育の目的とされています。皆さんは、人格とはどのようなものと考えていますか?」
「そんなこと今まで考えたこともない。たぶん、人間性と同じだと思う。」
道子「人格が素晴らしい人を人格者というから、道徳性と同じでは?」
真理「言動が素晴らしいからといって、道徳性が優れていると判断していいのかな。心の中では何を考えているかわからない。」
「東日本大震災の時、『心は見えないが心遣いは見える。思いは見えないが思いやりは見える。』というコマーシャルがテレビで盛んに流れていたことを覚えていますか。私たちが研究している道徳教育は心の教育といわれるように、道徳的な行為を実践することができる心の力を育てることに取り組んでいます。

 右の図は、人間を、『周りからは見えない心(理性や感性)』と『見える行動や判断できる言葉』の関係から表したものです。私たちの言動には、親や先生からこのような時はこのようにするのだと教えられた通りに行う他律的なものと、自分でどうすればよいか道徳的な価値に基づいて考え判断して行う自律的なものがあります。何も知らない子供には他律的な指導性が必要ですが、自らの力で生きていかなければならない大人には自律性が求められます。
 ここで本題である人格について話を戻しましょう。人格は、英語ではperson、personalityといいますが、personの原語はラテン語のペルソナ(persona)で、顔の前にあるもの、仮面という意味です。真理さんが考えるように仮面の下にどんな心が隠れているかとても心配ですね。哲学や倫理学では、心の中で道徳的な価値に基づいて考えたり思ったりしたことが言葉や行動となって現れると考え、人格に道徳的な価値を含めて考えます。
 しかし、心理学では、刺激に対する反応を心(性格)と考えるので、道徳的な価値を含めません。また、私たちが取り組んでいる教育学や道徳教育では、教育基本法にあるように、人格は人間の成長の過程の中で形成されていくものと考えられています。」
真理「人間は人格という仮面をかぶっているということですか。相手に自分の顔を見せないからSNSやネット上で平気で悪口を書くことができるわけだ……。」
道子「だから私たちは、仮面の下にある心を育てるために道徳教育を研究しているのです。」
「わかりました。道徳教育研究会MOS代表!」

4 次回に向けて

 第1回はご満足いただけましたでしょうか?
 次回からはしばらく、道徳教育そのものについて考察してみたいと思います。道子、真理、響たちにも引き続き参加してもらおうと思います。
 これから10回にわたっての連載になります。頑張りますので、ご期待ください。

【情報の流儀】東京都立神代高等学校 山本博之教諭 ほか

Web限定コンテンツ

山本先生の準備室+

東京都立神代高等学校

東京都立神代高等学校は,昭和15年に東京府立第15高等女学校として創立された伝統校。本校が位置する仙川は,白百合女子大学や桐朋学園大学なども集う学生街でもある。「学び,鍛え,輝け」を教育目標に掲げ,日々の学習・進路活動はもちろん,部活動や神高祭(体育祭,文化祭,音楽祭)などの学校行事にも全力で取り組む。

リフレクション

他の先生にお勧めしたいこととして,「振り返り(リフレクション)を書かせること」を山本先生は挙げる。生徒自身の振り返りになるのはもちろんのこと,教員側にとっても,「この説明はうまく伝わった」,「この課題は少し難易度が高かったかも」といった振り返りにつながる。山本先生の場合は,キーボードに慣れてもらう意味も含めて,生徒にパソコンで振り返りを入力してもらい,それを1枚のワークシートにまとめて,次回の授業時に配布する(左)。マイクは,振り返りのなかで後ろの席の生徒から「講義が聞こえにくいときがある」という声があり,使いはじめた(右)。

年間カリキュラム

ワークシート

プログラミング演習(表示,計算)
(500KB)

プログラミング演習(変数,計算)
(648KB)

プログラミング演習(配列とループ)
(676KB)

プログラミング演習(分岐とループ)
(848KB)

データの入れ替えと最大値検索
(780KB)

ソート
(672KB)

天皇政府がめざした世界

承前

 徳川将軍家は、各種の執拗なテロのために、統治者たる権威を失っていきます。薩摩と長州らは、テロを武器に、将軍家の政治的権威を失墜させたのです。ここに新たな統治の権威とすべく京都の朝廷が浮上してくる。かくて長州・薩摩は、朝廷が日本の統治者であることをことさらに強調し、江戸将軍家の支配に対峙できる政治的場を確立していきました。かくて京都―天皇という磁場は、将軍家が鳥羽伏見で敗退したことで、一気に強力な権力の主体となっていったのです。

統治の器である天皇

 薩長を主体とした京都の権力は、1868年(慶応4年)正月3日に鳥羽伏見の戦いに勝利したのを受け、260余年にわたる幕府の統治を武力で解体すべく、7日に徳川慶喜征討の大号令を出しました。「王政復古」といわれる権力の交替は、10日に「開国の詔」「王政復古に付外国使臣に賜う国書」で諸外国に告知されました。
 「開国の詔」は、先帝孝明天皇が「多年宸憂」、開国の可否判断に苦しんできたが、幕府の「失錯」で今日に至ったものの、「今や世態一変して」鎖国攘夷をとるわけにいかないので、「宇内の公法に基き各国の交際を開く」から「上下一致して此旨を遵奉せよ」というものです。この宣言には、幕府の開国策が孝明天皇の夷人嫌いにはばまれ、噴出した攘夷感情が横溢させた「尊皇攘夷」を「大義」とする薩長が教唆したテロが幕府の開国路線を妨害したことなど一考だにしていません。まさに京都の政権は、勝者として、凡てを幕府の失政にすることで開国、「宇内の公法」たる万国公法―欧米文明の秩序観を規定した国際法の世界に参入したのです。
 かつ「王政復古に付外国使臣に賜う国書」は外交においても天皇の親政が始まったことを告げております。

日本国天皇、諸外国帝王及其臣人に告ぐ。嚮者(さきに)将軍徳川慶喜、政権を帰さんと請いたるや、之を制允して、内外政事親しく之ヲ裁せり。すなわち曰、従前条約、大君の名称を用いたりと雖も、今より後は、まさに換うるに天皇の称を以てすべし、しこうして諸国との交際之儀は、専ら有司等に命ぜん。各国公使斯旨を諒知せよ。

天皇という存在

 まさに「換うるに天皇の称を以てすべし、しこうして諸国との交際之儀は、専ら有司等に命ぜん。各国公使斯旨を諒知せよ」との宣言は、天皇が政治の主体になったことを天下に告知したものです。この宣言は、天皇が新しい日本を統治する政治の主体者たる存在としての認知を欧米文明国に求めたものにほかなりません。ここに大久保利通は、正月23日に旧来の天皇の在り方を問い質し、新たに天皇が政治の主体者たる王者に相応しい存在になるべきだと建白します。今までの天皇という存在は、「主上の存す所を雲上といひ、公卿方を雲上人と唱へ龍顔は拝し難きものと思ひ」、天皇の貌「龍顔」は見てはならないもので、天皇の身体を「玉体」と称し、「寸地を踏玉はさるものゝ様に思食させられ、終に上下隔絶して其形今日の弊習」なのだと論難し、かく問い語ります。

主上と申し奉るものは、玉簾の内に存し、人間に替らせ玉ふ様に、纔に限りたる公卿方の外、拝し奉ることの出来ぬ様なる御さまにては民の父母たる天賦の御職掌には乖戻したる訳なれは、此御本道理適当の御職掌定まりて始て内国事務之法起る可し

 天皇が新国家を統治する政治の主体者になるには、このような「雲上」の世界に秘匿された場から出て、ひろく見られる存在になることが求められたのです。ここに天皇は、宮中から外に出かけ、貌のある目に見える統治者になろうとします。新政府は、行幸等をとおし、天皇という存在を確かなものにしていきます。

「幼弱」天皇の決意と不安

 「幼弱」の身で即位した天皇は、慶応4年3月14日に国家の基本綱領を、「五箇条の誓文」と「億兆安撫 国威宣揚の宸翰」で天下に告げ知らせました。この政治綱領は、新政府の方針を、新国家を統治する政治の主体者である天皇の想いとして説いたものです。
 とくに「国威宣揚の宸翰」は、冒頭で「朕幼弱を以て猝に大統を紹き爾来何を以て万国に対立し、列祖に事へ奉らんと朝夕恐懼に堪へさるなり」と語り、武家政権の下で「朝政衰てより」「表は朝廷を推尊して実は軽して是れを遠け億兆の父母として絶て赤子の情を知ること能はさる様計りなし、遂に億兆の君たるも唯名のみに成り果」た状況から説き起こし、最後に世界における日本の姿を提示しました。日本は、世界が大きく開け、各国が雄飛している「世界の形勢にうとく旧習を固守し一新の効」をはからず、「九重に安居し一日の安きを偸み百年の憂を忘るるときは遂に各国の凌侮を受け」ている。この現状こそは、上は「列祖」を辱しめ、下は「億兆を苦し」めることとなったのだと。そこで天皇は、親らが「四方を経営し汝億兆を安撫し遂には万里の波涛を拓開し国威を四方に宣布し天下を富岳の安きに置んことを」と、天皇の国日本の明日を言挙げしております。
 この決意は、「今日ノ事、朕自身骨ヲ労シ、心志ヲ苦メ、艱難ノ先ニ立」つことで、「治蹟を勤メテコソ始テ天職ヲ奉ジテ億兆ノ君タル所ニ背カザルベシ」と負うべき天皇の強き政治的主体性による宣言です。しかし天皇は、「今日朝廷の尊重は古へに倍せしが如くにて朝威は倍衰へ上下相離るゝこと霄壤の如し かゝる形勢にて何を以て天下に君臨せんや」と、高らかに「億兆安撫 国威宣揚」を問いかけたものの、おのれの統治に不安をいだいてもいた。まさに天皇の政治的主体性は、不安にさらされていただけに、文明国家としての法的枠組みを整備し、確乎たるものに造形されていかねばならなかったのです。

地の塩 山室軍平

©山室軍平の映画を作る会

 マタイによる福音書の5章の一節に、「あなたがたは地の塩である。……あなたがたは世の光である」とある。映画「地の塩 山室軍平」(アルゴ・ピクチャーズ配給)の冠のタイトルは、ここからのものと思われる。
 山室軍平とはどういう人物か。40代、50代の10人ほどに聞いてみた。ほとんど、知らない、と答える。ひとりだけ、「救世軍で、貧しい人を救った人」と答える。
 映画は、山室軍平の一生を、忠実にダイジェストしながら、辿っていく。
 山室軍平(森岡龍)は、明治5年、岡山の貧しい農家に生まれる。優しい母親の登毛(渡辺梓)は、いつも、病弱の軍平に語る。「無事に育ち、人の迷惑にならず、人の役にたつような人間になれ」と。貧しいながらも、鶏を飼っている。母は、軍平に語ったことが叶うよう、卵を食べないと、神に誓う。
 貧しさは変わらない。軍平が9歳のとき、質屋の養子となり、勉強に励む。15歳になった軍平は、さらに勉強しようと、上京を決意する。やがて、軍平は、キリスト教と出会う。これが軍平の一生を、大きく変えるることになる。

©山室軍平の映画を作る会

 軍平は、新島襄(辰巳琢郎)を知り、京都の同志社で、新島襄の教えを受ける。
 明治22年、軍平は、吉田清太郎(水澤紳吾)と出会い、ふたりは、キリスト教の伝道で、軍平の故郷近くの高梁に向かう。途中、軍平は故郷に立ち寄る。登毛とひさしぶりに会うが、登毛は、いまなお卵を口にしない。さらに深い母の愛を感じた軍平は、恵まれない人たちに救いの手をさしのべることが、自らの救いとばかり、救世軍に身を投じる。
 軍平は、妻の機恵子(我妻三輪子)の支えもあり、貧乏ながら、世のため、人のための活動に邁進することになる。
 山室軍平の残した功績は大きい。娼妓の自由廃業を推進する。無料の労働紹介所や結核療養所を開設する。児童虐待防止運動を始める。救世軍の歳末慈善鍋で募金活動を始めるなどなど。
 軍平は、不器用だが、一途。その信じた道を歩み続ける。仲間たちから慕われ、母と妻、子どもたちへの愛を抱きながら。
 いまの日本で、山室軍平の生涯を描いた映画を撮る人たちがいることに、敬意を表したい。よくぞ、撮った、と思う。いま、日本映画の多くが、いわゆる娯楽映画。原作が、コミックや、評判になった小説、テレビドラマという映画が目立つ。そんななか、これは、清潔で誠実な映画と思う。

©山室軍平の映画を作る会

 撮影監督は、ベテランの高間賢治。風景の美しさはもちろん、行灯の明かりを忠実に映像にする。その計算されつくした映像は、見事だ。「月山」、「12人の優しい日本人」、「ラヂオの時間」、「ナビイの恋」など、高間賢治が撮影監督を務めた傑作は多い。
 音楽は、舞台音楽を多く手がける内藤正彦。明治のころの流行り歌にまじって、シンセサイザーを使ったと思われる現代音楽が、要所要所に使われる。静謐ななかの金属音が、敬虔な祈りにも似て、心なごむ。
 監督は、共同で脚本を担当し、企画段階から深く関わった東條政利。「9/10 ジュウブンノキュウ」、「カフェ代官山~それぞれの明日~」など、誠実な映画作りを貫いている。
 軍平と母、登毛との、卵について語るシーンは、3回ある。監督は、軍平たちに寄せる母の愛の深さが伝わる重要なシーンという。じっくりと見てほしいとのこと。
 いまの日本映画で、このような地味な題材の映画を撮ること自体、奇跡かもしれない。よく製作を決意され、配給が決まり、一般公開されるなあと、驚くほどだ。
 映画は、正攻法で、清潔、誠実な作りに徹し、撮りたいように撮る。その数少ない見本のような作品。
 一部の人たちは、うるおっているかも知れない、いまの日本。経済格差はますます広がり、女性や老人、子どもといった弱者にとって、厳しい時代である。私利私欲、党利党略しか考えない政治家たちは、少しは、山室軍平の残した仕事を見習うべきだろう。恵まれない人たちや、弱者に手をさしのべる。それがほんとうの政治、政治家だと思うのだが。

2017年10月21日(土)より、新宿武蔵野館ico_link岡山シネマクレールico_link他、全国順次ロードショー

『地の塩 山室軍平』公式Webサイトico_link

出演:森岡龍、我妻三輪子、辰巳琢郎、伊嵜充則、水澤紳吾、小柳心、芹澤興人、兒玉宣勝、髙澤父母道、おかやまはじめ、KONTA、堀内正美、渡辺梓
監督:東條政利
ゼネラルプロデューサー:上野有 協力プロデューサー:河本隆
脚本:我妻正義、東條政利 撮影監督:髙間賢治(JSC) 照明:上保正道
録音:中村雅光 美術:小出薫 装飾:極並浩史 衣裳:手塚勇、村島恵子
メイク:宇都圭史 結髪:新井みどり 音楽:内藤正彦
編集・CG:伊藤拓也 タイトルロゴ:MalpuDesign 佐野佳子
制作:現代ぷろだくしょん 製作:山室軍平の映画をる会
企画協力:Breath 配給:アルゴ・ピクチャーズ
2016/日本/カラー/DCP/1時間47分 ©山室軍平の映画を作る会

道徳の教科化って、何が変わるんだろう?

今までなかった「どうとくマンガ」!
「道徳教育」についてよく抱かれる疑問を取り上げ、マンガでわかりやすく解説します!
第7回から、シーズン2として連載を再開します。

第7回のテーマは、第1~6回の総集編を兼ねた「教科化のポイント」です。

【登場人物】

徳田一道(とくだかずみち)

徳田一道
(とくだかずみち)

主人公。若手の中学校教師。異動先の学校で道徳教育推進教師に任命された。

愛智 恵(あいちめぐみ)

愛智 恵
(あいちめぐみ)

一道の同僚の教師。同じく道徳教育推進教師に任命された。

モモ

モモ

なぜか一道に「道徳」について教えてくれる妖精(?)。

ルル

ルル

モモと一緒に「道徳」について教えてくれる妖精(?)。一道にしか見えないはずが……?

放課後スクールの充実~エスポー美術学校の調査報告から

 フィンランド(※1)の国立教育庁、美術館、学校、放課後スクールと縦櫛で貫いたような調査に行ってきました(※2)。わずかな滞在で分かったように話すことは慎むべきですが、それでも教育の特徴や厚みを感じることができました。一例として、本稿では放課後スクールについて紹介します。
 フィンランドでは、児童・生徒が放課後学ぶような施設・団体が、美術に限らず音楽、サーカス等いろいろ用意されており、そこに多くの子どもたちが通っています(※3)。日本でいえばNPO法人の児童館という感じなのでしょうが、スケールはかなり違っています。私たちが訪ねたのはエスポー美術学校です。

① 設備・施設

 エスポー美術学校(※4)はフィンランド第2の街、エスポー市(※5)にあります。美術館やおもちゃ博物館、歴史博物館などがある広大なアート・センターの中に設置されています。美術学校の中にはワークショップ室、教材準備室、コンピュータ室など複数の部屋が用意されています。ワークショップ室は日本の図工室や美術室に似た広さと設備ですが、その部屋を少人数で使用するので一人あたりのスペースは豊かです。

② 児童・生徒

 参加しているのは、エスポー市在住の5歳~20歳までの1400人(国内最大)です(※6)。クラスは、10人~12人程で構成されています。1年コースまたは半期コースで、週当たり、5~6歳クラスは週2時間、7~12歳クラスは週2~3時間,13~20歳クラスは週3~4時間の授業が行われています。2016年春学期のクラス数は5~6歳14クラス、7~12歳70クラス、13~20歳28クラスで合計112クラスです(※7)。1400人の児童・生徒、112クラスの放課後スクールなんですね……。
 参加はホームページで申し込むそうですが、先着順で、すぐにいっぱいになり、希望者の8割程度が「入学」できるそうです。入学試験などはありません。私たちが訪れたのは午後でしたが、学校が終わる時間(概ね2時半~、4時半~)になると、保護者が子どもたちを次々と連れてきました。校長先生いわく「両親とも共働きが常識なので、このような施設が必要です」ということでした。日本もそうなんだけどなあ……。

③ 予算と支出

 驚いたのはその予算です。まず、エスポー美術学校の年間予算は1億9500万円、その40%が授業料で残りの24%をエスポー市、25%を国が負担します(※8)。う~ん、放課後スクールに約2億円、その予算の5割を自治体が出しているとは……。
 支出の内訳は74%が人件費です(※9)。17時間程度授業を教える先生が7名、3~15時間を担当する先生が35名、さらに単純な時間講師が120名ほどいるそうです。やっぱり教育は人、人ですよ(苦笑)。

④ 授業内容

 授業の内容は、テキスタイル、シルクスクリーン、お絵かき、粘土、コンピュータグラフィクスなどです。学習テーマにそって地域ショッピングセンターのサインをつくったり、美術館に鑑賞にいったりするなど実践も行われます。日本の美術館や学校が実践している内容と大きな違いはないように思いました。
 特徴的なのは、一定の年限を学習した16歳以上の生徒を対象に個人がテーマを設定し、1年間の卒業制作を行うプログラムです(※10)。卒業制作は審査もあり、就職等に活用できる課程修了証明書も出ます(※11)。卒業制作の作品は充実しており、他に展示されている児童作品を見ても、きちんと子どもの資質や能力を伸ばす題材が行われているなあという印象です。

⑤ カリキュラム

 フィンランドはナショナル・カリキュラムが改訂されたばかりなので、そこを踏まえているかどうか質問してみました。
 「国の学習指導要領をもとに学習しているとホームページには書いてあるのですが。」
 「ああ、フィンランドはナショナル・カリキュラムとは別に、このような学校のためのカリキュラムがあるのです。」
 え?放課後スクールの学習内容に国も関与しているんですか……知らなかった。
 「それほど古い歴史はありません。2000年に始まり今回2017年版が二度目のカリキュラム改訂です。美術だけでなく音楽、手工、サーカスなどつくられますが、私は美術部門の委員で、国の調査官と一緒にカリキュラムをつくっています(※12)。」
 学校だけで子どもを育てようとはしていないということですね……。

⑥ 目標

 エスポー美術学校は何を目指しているのかという質問に、校長先生はこう答えました。
 「子どもの得意なことを引き出し、伸ばし、美術に親しむ態度や意欲を育てたいですね。現代の世界を考えれば、物事をビジュアルにとらえて議論し、問題解決する力や、持続性、忍耐力などを高めることが必要です。そのために、テーマに基づいた学際的な教科横断型の学習を実施しています。押しつけ的に学ぶのではなく、子どもや先生との相互性を大切にしながら、主体性や協働性、創造性を育みたいのです。特にテクノロジーやデザインは強化したいと思っています(※13)。」
 校長先生の話は、まるで日本の新学習指導要領の話を聞いているようでした。施設や予算などが整備されたエスポー美術学校の背景に、しっかりした目標があるのは当たり前のことですが、グローバル化している現代において各国のねらいはほぼ似通っているといえるでしょう。

 

 フィンランドの手工科や美術科、そのための施設・設備、時数などについては文献や報告等で知っていましたが、放課後スクールまで充実しているとは驚きでした。おそらく美術以外の分野でも同じようなことが行われているのだろうと思います。エスポー美術学校が教えてくれたのは、学校だけで教育を考えるのではなく、様々な組織や人々が教育に関わる基盤の重厚さでした。

 

※1:人口550万、面積は日本よりやや小さい34万km2。収入、雇用、住居、ワークライフバランス、教育、社会的結びつき、環境、安全などの点でOECD加盟国平均を上回っている。
※2:平成28-30年度科学研究費助成事業(基盤研究(B))「美術館の所蔵作品を活用した探求的な鑑賞教育プログラムの開発」代表:一條彰子
※3:国全体で放課後の活動を充実する方向にありますが、エスポー市は特に充実させているそうです。アイスホッケーやサッカーをはじめとしたスポーツクラブなどは放課後スクールとは別のシステムです。
※4:私たちの訪れた本校の他、エスポー市内に11か所の活動拠点(分校)を持っています。授業の他には「学校とタイアップした4、5年生対象のワークショップ」「学校教諭向け講習会」「大人向け有料のショートコース(約6000人)」「企業研修(有料)」「夏季休暇中のイベント」等も行っています。アールト大学(ビジネス、美術・デザイン・建築などの学部がある)の1年次教育実習受け入れ校でもあります。
※5:エスポー市は、ヘルシンキとヴァンター市に隣接し、人口約27万。ノキア、フォータムなどの世界的な大企業の本社があります。
※6:男子25%、女子75%程度で、年齢が上がるに連れて女子の比率が高くなります。
※7:秋学期もほぼ同数でした。
※8:授業料は週の時間数や材料費にもよりますが、半期で3~4万円程度です。収入に応じた免除もあります。
※9:その他は教材費8%、分校のテナント料7%、雑費となります。
※10:昨年は26名がそれぞれテキスタイル、環境・建築、陶器、ストリートアート、グラフィック、写真、ビデオ、絵画・素描などの卒業制作を行ったそうです。
※11:大学入学に有利になる資格ではありません。
※12:ちょうど一昨日国立教育庁を訪問したので、「昨日あったミツコ調査官ですよね」といったら「ええ、ミツコですね。ミツコ、私よりもちょっとだけ若い(笑)」と校長はニヤリ……。発表会に国会議員を呼び、ロビー活動にも力をいれるなど、校長先生、なかなか「やり手」です。
※13:エスポー市内の高校やアールト大学(ビジネス、美術・デザイン・建築などの学部がある)ともタイアップし、高校生を対象としたデザイン・テクノロジー教育を強化しています。幼児教育からエレクトロニクス、ロボット等を扱うプログラムを開発する先端的な委員会も現在立ち上げられているそうです。

主題について自分事として考える道徳の授業(第5学年)

はじめに

 本主題を自分事としてとらえさせるには、人間理解が大切であると考える。いじめ問題は、児童の身近に潜む、差別や偏見に関わる大きな問題の一つである。いじめ問題を生む、「差別や偏見の芽」となる心、例えば「あの人なら許せるけど、この人だとなんだか許せない。」のような心は、多くの人の心に潜むものである。そのような人間の弱さを知った上で、差別や偏見を絶対に許さないという道徳的態度を養うことが大切だと考える。
 人種差別は、日本の児童にとってあまり身近な問題ではないと考える。だからこそ、人種差別について考える時、児童は憤りや悲しみを感じ許さないという心を強くもつであろう。その心を児童の身近な生活にもつなげて考えさせたいと思い、授業作りを行った。

1.主題名

差別のない世の中に  C[公正、公平、社会正義]

2.ねらいと教材

○ねらい
 誰に対しても差別をすることや偏見をもつことなく、公正、公平な態度で接し、正義の実現に努めようとする道徳的態度を養う。

○教材名
 マーチン少年の夢―キング牧師(文溪堂)

3.主題設定の理由

(1)ねらいとする道徳的諸価値について
 本主題は民主主義の基本である社会正義の実現に努め、公正、公平に振る舞うことに関するものである。小学校高学年においては、差別や偏見がいじめなどの問題につながることを理解できるようになる。傍観的な立場に立ち、問題から目を背けようとすることは、自分自身の問題であるという意識が足りないことから生ずるものである。その上で、社会正義の実現は容易ではないが、身近な差別や偏見に向き合い、公正、公平な態度で行動できるようになることが求められている。
 人種差別など多くの差別について、児童は身近には感じていないかもしれない。本時では、そういった世の中にある差別を客観的に捉えるのではなく、「仲の良いあの子なら許せるけど、この子については許せない。」などの自分の心の中にも潜むかもしれない差別や偏見の芽に目を向け、公正、公平に振る舞おうとする態度を養いたい。

(2)児童の実態
 本学級では、日頃から、違いを受け入れて、仲良くすることを指導している。互いにその人らしさを理解し、仲良く過ごすことができている。人それぞれの良さを理解するだけでなく、人それぞれの苦手さ、生まれながらの個性における違いも受け入れて、誰に対しても公正、公平に振る舞おうとする態度を養いたい。

4.本時の展開

学習活動 ○主な発問 ・予想される児童の反応

・指導上の留意点 ☆評価


1 マーチン=ルーサー=キングについて知る。
○みなさん、この方を知っていますか。

・教材への導入として、マーチン=ルーサー=キングや人種差別について説明する。


2 「マーチン少年の夢」を読み、話し合う。
①友達のお母さんに「うちの子とは、もう遊んではいけないよ。」と言われた時、どんな気持ちだったでしょう。
・どうしていけないの。
・遊びたいよ。もう会えないの。
・ひどい。

・マーチンの気持ちになって聞くよう伝える。
・突然友達と遊ぶことを拒否された時の悲しみや怒りの気持ちについて考えさせる。

②お父さんに連れられて店を出た時、マーチンはどんなことを考えたでしょう。
・お父さん、かっこいいな。
・決してぼくたちが悪いわけではないんだ。
・差別を許さないと、きっぱりと言おう。
・みんな平等に仲良くするべきだ。

・父親の姿に感銘を受けたマーチンに共感することを通して、差別や偏見に対して、どう向き合えば良いかを考えさせる。

③マーチンはどんな思いで、人種差別をなくす働きを続けたのでしょう。
・子供のころの悔しさが忘れられない。
・差別は絶対にあってはいけない。
・黒人も白人も平等であるべきだ。
・あきらめてはいけない。
・よりよい世の中を作るのだ。

・マーチンに共感することを通して、差別や偏見のない世の中を実現するために大切な思いについて多面的・多角的に考えさせる。
[多面的]
・差別は許されないもの。
・偏見は人を傷つける。
・人は皆平等である。
[多角的]
・あきらめずに続ける。
・より良い世の中を作りたい。
・悔しさをばねに頑張る。

☆差別や偏見のない世の中を実現するために大切な思いについて考えているか。(発言・挙手)

3 差別や偏見のない世の中を作るために大切なことを考える。
○差別や偏見のない世の中を作るために、必要な「心構え」とは何だろう。
・差別は許さないという強い心。
・誰とでも仲良くする心。
・相手を知ること。知ろうとする心。
・法律を作ればいいと思う。

・差別や偏見の例を挙げ、人種差別に限らず、身近な問題としてとらえさせる。
・友達と話し合うことを通して、差別や偏見のない世の中を作るために必要なことについてより身近に考えさせる。

○みなさんはそういう心をもって、生活することができていますか。

・ワークシートに書かせる。
☆自分との関わりで差別や偏見のない世の中を作るためにできることを考えている。(ワークシート)

5.板書