新タイプのユニバーサルデザイン絵本『まんじゅうこわい』誕生

1.はじめに

 ユニバーサルデザイン絵本という点字と凸図のついた書籍をご存じでしょうか。「点字付き絵本」と称されている場合もあります。この4月に新しいタイプのユニバーサルデザイン絵本が出版されました。この本の企画・制作には筆者も関わりましたので、今回は、その話題を取り上げてみたいと思います。
 このユニバーサルデザイン絵本は、落語家春風亭昇吉師匠の「多くの人に落語を楽しんでもらいたい」という深い思いが込められています。東京大学の落語研究会に所属し、進路として落語家の道を歩んでいくか迷っていた時期に、その背中を押してくれたのが盲学校の子どもたちだったということもあり、昇吉師匠はいつか「落語の点字絵本を作りたい」と思い続けていたそうです。
 昇吉師匠がこの思いを共用品推進機構の星川専務理事に伝えたところ、具体的な動きとなって展開されることになりました。そして、昇吉師匠を中心に立ち上げた一般社団法人落語ユニバーサルデザイン化推進協会によって制作が進められ、多屋光孫さんのイラストによる『てんじつき さわるえほん たのしいらくご① まんじゅうこわい』というタイトルの絵本が、この4月に出版されたのです(*1)
 この絵本には、従来のユニバーサルデザイン絵本に留まらない工夫がされています。UV絵本の概要も含めて、『まんじゅうこわい』誕生のいきさつと本書の特色について、以下に紹介していきたいと思います。

2.ユニバーサルデザイン絵本とは

 ユニバーサルデザイン絵本の特徴としては、点字が併記されていることと、それだけでなく触ってわかる凸線や凸点で図や絵などが掲載されているところにあります。近年は、紫外線硬化樹脂インク(UVインク)などの盛り上がるインクを用いた技法によって、凸状の印刷が施されています。こうした形態の本をここではUV絵本ということにします。
 こうしたUV絵本出版の先駆けとなったのは、1999年に岩崎書店から刊行された『バリアえほんシリーズ』ではないかと思います(*2)。私はこのシリーズの監修者として制作に協力しました。2002年には、NPO法人ユニバーサルデザイン絵本センターが発足しました(*3)。ユニバーサルデザイン絵本センターでは、これまでに21冊のUV絵本を発行しています。筆者は、このNPO法人にも設立時から理事として参画してきました。製作した絵本の中には、小学校の教科書で紹介されたものもあります。また、法人発足から2023年まで、毎年UV絵本の形式でカレンダーを製作し、全国の盲学校に寄贈するという活動も展開してきました。

 いくつかの出版社からも点字付き絵本は発行されていましたが、同じく2002年には、出版社、印刷会社、書店などで構成される「点字つき絵本の出版と普及を考える会」も発足しました。以後、会員である出版社からもUVインクを用いた技法による絵本が「てんじつきさわるえほん」として出版されるようになってきました(*4)
 こうしたUV絵本は、視覚活用に制約のある子どもも楽しめる本として開発が始まったのですが、ユニバーサルデザインの視点が盛り込まれていることから、視覚障害がある子どもだけでなく幼児やさまざまな障害がある子どもたちにも喜ばれるようになってきました。言葉どおり誰もが楽しめる絵本として認められるようになってきているといえます。ただし、特殊な印刷技法を用いていたり、製本に工夫が必要だったりするために、製作にコストがかかり、それが本体の価格に影響して普及の妨げになっているところは大きな課題だといえます。

3.ユニバーサルデザイン絵本『まんじゅうこわい』について

 昇吉師匠によるUV絵本の着想については、赤塚不二夫さんの存在も大きかったということです。赤塚不二夫さんは、視覚活用に制約がある人にも楽しんでもらうと『赤塚不二夫のさわる絵本 よ~いどん!』と『赤塚不二夫のさわる絵本 ニャロメをさがせ!』という2冊のUV絵本を出版されています(*5)
 昇吉師匠と星川さんからお話を伺い、私もこの企画に関わらせていただくことになったのですが、その時に私の脳裏によみがえったのは、赤塚不二夫さんのUV絵本を読んだ読者が「赤塚先生すみません。赤塚先生の熱意はとてもうれしいのですが、絵本の凸図が読み取れないのが悲しいです。」という思いを吐露されていたことでした。
 凸図があることはとても意義深いという大前提を踏まえてのことですが、視覚で認知できる画像をそのまま2次元の凸図に表しても、それを触認知するのは大変難しい場合があります。もともと3次元で表されている内容を、2次元的な凸図で読み取ってもらおうとするところに無理があるからです。したがって、視覚活用に制約がある人にとっては、点字付き絵本の凸図の理解は「わかったつもり」の段階にとどまらざるを得ないものが少なくないということになります。昇吉師匠のお話を伺って、絵本を視覚に制約のある人により楽しんでもらうためには、これまでのUV絵本を超える工夫が必要だと強く思いました。
 そこで、絵本に「3D造形物」を加味することを提案させていただきました。点字と触図だけでなく、立体造形物に触ることも加味されると、より直感的によりイメージ豊かに絵本を楽しむことが可能となると思ったのです。岩手県に「手でみる博物館」を開設された桜井政太郎先生は、「視覚に障害がある人にとっては、世の中に形で存在するものは、形として確認することがもっともわかりやすい」と主張されていました(*6)。私もそのとおりだと理解しているのですが、実際にそれを実現する術がなく、大きな壁が立ちはだかっていました。

 しかし、近年3Dプリンターが急速に普及してきています。私は、これまで視覚障害分野での3Dプリンティングの活用について取り組んできましたが、近年の3Dプリンターの低価格化と品質の向上には目覚ましいものがあります。この技術が新しい道を切り開いてくれるのではと、その可能性に希望を持っていました。そこで、今回のUV絵本に3Dデータを加えて提供することを提案したのです。絵本自体に付録として3D造形物をつけることが望ましいのですが、コスト面からもかさ高さからも現実的ではありません。3Dプリンターが普及してきている昨今、データがあれば、身近なところで出力することが可能です。この提案を前向きに受け止めていただくことができ、今回の絵本に反映されることになりました。立体にする事物を昇吉師匠にピックアップしてもらい、私とともに、海城中学高等学校の模型部の皆さんにも協力いただいて3Dデータを準備しました。この絵本には、点字や凸凹を付けたイラスト「触図」とともに、この絵本に描かれているムカデ、アリ、ヘビ等の生き物や長屋の模型等の3Dデータが収蔵されているサイトにアクセスできるQRコードがついています。ダウンロードできる模型は全部で26種類。それらを3Dプリンターで印刷すれば、触図の内容を3D模型で確かめながら、絵本を読み進めることができます。
 本書の発行に関する詳しい経緯については、NTTクラルティ株式会社の広報誌「CRARTE」11号に紹介されています(*7)。この記事は、NTTクラルティの社員でもあり、ブラインドサッカーの日本代表選手としても活躍している田中章仁さんと昇吉師匠の対談をまとめたものです。

4.UV絵本『まんじゅうこわい』に触れる-NHKニュースから-

 NHKのニュースで、この絵本が紹介されました(*8)
 ニュースでは、川崎市に住む小学6年生の片山優茉さんと家族がこの絵本を楽しんでいる様子が紹介されていました。優茉さんは、幼いときから目がほとんど見えず、今では全く見えないそうです。優茉さんの趣味は、点字の本を読むことだそうですが、凸凹が付いたイラストを指で触れて読み取る「触図」の本については、指で触って絵を想像することは難しく、「本に絵はいらない」と考えているということです。優茉さんの率直な主張には、我が意を得たりと思いました。そして、番組では、出力した3D造形物とともに、優茉さんとご家族が、この絵本を夢中で楽しんでいる様子が紹介されていました。この映像を通して、改めて「形あるものは形で示すこと」の意義を確信することができました。
 ニュースには、触図で団子にアリが群がっていることを確かめ、3D模型でアリの姿を確かめている様子も流れていました。模型があることで、「わかったつもり」で片付けてしまうことなく、概念を形成しながら内容に深入りすることが可能になると実感しました。優茉さんは、「模型があることで、絵を理解することの大切さに気がつくことができました。そして、この本を一緒に囲めばみんな楽しいし、私の障害のことをもっと知ってもらえると思いました。こういう本がもっとたくさんできればいいと思います」と語っていました。一ケースではありますが、このように思ってもらえたことを感慨深く受け止めました。このことばに安堵するとともに、当事者が本音を吐露しにくい状況がまだまだ残っていることを自戒してユニバーサルデザインを考えていく必要があることを実感しました。まさに、それが「共に生きる」ということにつながっているのだと思います。
 この番組は、NHKのアーカイブスから視聴していただくことができます。

5.まとめ

 「共生社会」の実現という観点から、ユニバーサルデザインの理念が広く普及するようになってきています。しかし、共に生きるということは、単に「善意」を施すことではありません。ユニバーサルデザインを施したとしても、当事者が納得できる形になっていなければ、善意の押し売りに終わってしまいかねません。これまでUV絵本の取り組みに努力されてきた皆さんの尽力に敬意を表しつつも、今回の昇吉師匠の思いがこもったUV絵本「まんじゅうこわい」では、これまで見逃していたところに少し手が届いたのではないかと受け止めています。また、NHKのニュースの一コマに家族中でこのUV絵本を楽しんでいる様子が認められました。こうした工夫は、視覚障害がない人にとっても有効だということを示しているといえるでしょう。
 昇吉師匠は、NHKニュースの中で「社会を変えたいとか、大それたことは考えていません。でも、この本は『目が見えないからあんたはこっち』、『見えるからあんたはこっち』って分けるんじゃなくて、みんなでこの本を囲んでほしい。お互いを認め合うきっかけになってほしいんです」と語っていました。
 3D造形については、まだまだ不備が多く改善の余地があるのですが、障害のあるなしにかかわらず楽しんでもらおうと企画された絵本『まんじゅうこわい』は、UV絵本=点字と触図つき絵本という思い込みにとらわれない新しい方向を示したように思います。これをきっかけにこれまでのUV絵本の課題に向き合った本づくりがどのように展開していくか、今後の動向に注目していきたいと思います。

*1:『てんじつき さわるえほん たのしいらくご① まんじゅうこわい』
一般社団法人落語ユニバーサルデザイン化推進協会・著、多屋光孫・絵、合同出版・刊
https://www.godo-shuppan.co.jp/book/b638370.html
*2:バリアフリーえほん(全3)
中塚 裕美子 作・絵 岩崎書店刊
https://www.iwasakishoten.co.jp/book/b193700.html
*3:ユニバーサルデザイン絵本センター
https://www.ud-ehon.com/
*4:点字つき絵本の出版と普及を考える会
https://tenji.shogakukan.co.jp/index.html
*5:赤塚不二夫保存会/フジオNo.1『赤塚不二夫のさわる絵本』シリーズ
https://blog.goo.ne.jp/220-number1/e/96b4477b3436cd561ee8347fbf2668d7
*6:桜井記念視覚障がい者のための手でみる博物館
https://tedemil-hakubutukan.asablo.jp/blog/
*7:CLARTE vol.11『誰もが平等にアクセスできる社会づくりのためにできること』

https://www.ntt-claruty.co.jp/assets/pdf/clarte_vol11.pdf
*8:NHK NEWS WEB
『新たな仕掛けでみんなに笑顔を “まんじゅうこわい”が絵本に(2024年5月17日 19時43分 )』
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240517/k10014452821000.html

機関誌・教育情報:その他の教育資料 No.87、中学校 美術「みんなの美術室」 更新

機関誌・教育情報:「その他の教育資料」No.87 “中学校美術 B301相談室 vol.6” を追加しました。中学校 美術:学習支援コンテンツ「みんなの美術室」の「教師向け資料」にも掲載しています。

特別展 雪舟伝説―「画聖(カリスマ)」の誕生―

特別展「雪舟伝説」メインビジュアル 京都国立博物館では2024年4月13日から5月26日まで、特別展『雪舟伝説―「画聖(カリスマ)」の誕生―』を開催しています。展覧会では教科書でも掲載している《秋冬山水図・冬景図》をはじめ、様々な作品を見ることができます。
 今回は保存修理指導室長の福士雄也さんに、展覧会の見どころやオススメの作品についてお話をうかがいました。

――教科書では雪舟の《秋冬山水図・冬景図》を掲載し、力強い線の引き方によって、厳しい冬の寒さを表現していることに注目しています。今回の展覧会『雪舟伝説―「画聖(カリスマ)」の誕生―』では本作をどのように紹介していますか。その魅力と共に教えてください。

福士:《秋冬山水図》は、数ある雪舟作品の中でも、墨色のコントラストや筆勢の強さが際立っている点に特色があります。特に冬景は、中景にそそり立つ崖(岩)や遠景の山々の表現に、常識的な遠近感や空間構成を逸脱したようなところがあり、それが力強い線描とともに独自の存在感を生み出しています。一方、秋景はかつて夏景とされていた時期もあるように、あまり季節は明瞭ではありません。岩などのモチーフを、近景から遠景へと重ねていくように配置して画面の奥行き感を表すのは、雪舟が得意とした手法です。
 この作品が教科書に掲載されているのは、雪舟が室町時代を代表する画家の一人であり、その雪舟の代表作であるからでしょう。展覧会でも、多くの人が雪舟の絵としてまず思い浮かべるであろう作品として、冒頭でご紹介しています。かつては京都の曼殊院に伝来した作品で、江戸時代の画家たちにもそれなりに知られていたものだったようです。実際、この作品に見られるような墨の使い方や力強い線描、画面の構図法など、いかにも雪舟らしい表現を取り入れて、新しい作品を生み出した画家は少なくありません。後世に影響を与えた作品としてもとても重要なのです。

国宝 秋冬山水図 雪舟筆
東京国立博物館蔵 室町時代(15世紀) 通期展示

――『雪舟伝説―「画聖(カリスマ)」の誕生―』では雪舟をはじめとして、さまざまな作品を見ることができます。なぜ雪舟だけではなく、後世の作家にも焦点を当てた展示にしたのでしょうか。本展覧会の注目したいポイントと合わせて教えてください。

福士:雪舟は、日本美術史上もっとも著名かつ重要な画家の一人として位置付けられています。そのことは、国宝に指定されている作品が六件もあることからも明らかで、これは一人の画家としては最多の指定件数です(二番目は狩野永徳の四件)。
 では、雪舟はなぜこれほどまで高く評価されているのでしょうか。もちろん、作品が優れているというのも理由の一つです。しかし、画家(作家)に対する評価は決してそれだけで形成されるものではなく、雪舟とその作品に対して歴史的に積み重ねられてきた評価の上に、今日の高い評価があるのです。別の言い方をすれば、そうした評価の歴史を抜きに雪舟の作品だけを見ても、なぜこれほどの高い評価が与えられているのかを十分に理解することは困難なのです。
 本展は、主に近世(桃山~江戸時代)における雪舟受容、つまり後世の画家たちが雪舟作品をどのように評価し取り入れてきたのかをたどることで、今日の雪舟評価がどのように形成されてきたのかを検証することを目的としています。「雪舟だからすごい」のではなく、「なぜ雪舟はすごい(とされている)のか」を考える、そういう展覧会です。
 後世の画家たちは、さまざまなやり方で雪舟の作品を学び、自作に取り入れています。多様な画家たちが多様な仕方で繰り広げる雪舟受容が、本展の注目ポイントです。

重要文化財 四季花鳥図屏風 雪舟筆
京都国立博物館蔵 室町時代(15世紀) 通期展示

竹梅双鶴図 伊藤若冲筆
東京・出光美術館蔵 江戸時代(18世紀) 4/30~5/26展示

――本展覧会では国宝7点を含む、80点以上の作品を見ることができます。その中でも高校生に紹介したいオススメの作品について、教えてください。

福士:①国宝 破墨山水図 雪舟筆 東京国立博物館蔵
 もやもやとした墨の広がりによって山水を描いた作品で、雪舟の水墨技法が遺憾なく発揮されています。しかしそれ以上に、この絵の上の部分には雪舟自筆の長い文章が書かれており、いわば雪舟の肉声を伝えているところが重要です。雪舟が中国(明)に渡ったこと、彼の地で二人の画家に絵を学んだこと、日本での雪舟の師である如拙・周文の偉大さを改めて思い知ったことなど、これほど多くの情報を室町時代の画家自身が書き残した事例はありません。遠い過去の時代を生きた画家が、少し身近に感じられるのではないでしょうか。

国宝 破墨山水図 雪舟等楊筆 雪舟自序・月翁周鏡ら六僧賛
東京国立博物館蔵 室町時代・明応4年(1495)
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp )

福士:②富士三保図屏風 曾我蕭白筆 MIHO MUSEUM蔵
 江戸時代中期、18世紀に活躍した曾我蕭白の作品です。蕭白というと奇抜で個性的な画風で知られ、この作品も富士山の奇妙な形や三保松原に虹がかかる様子など、幻想的な風景表現となっています。しかし、この作品の構図は伝雪舟筆《富士三保清見寺図》(永青文庫蔵)という作品を踏襲したもの。個性的であるということは闇雲に奇をてらうことではなく、真摯に古典と向き合いそこから学ぶ中で生まれるものだということを教えてくれます。歴史や古典を学ぶことは、新しいものを生み出すためにも必要なのです。

富士三保図屏風 曾我蕭白筆
滋賀・MIHO MUSEUM蔵 江戸時代(18世紀) 通期展示

展覧会情報

■『雪舟伝説―「画聖(カリスマ)」の誕生―』
会期:2024年4月13日(土)~5月26日(日)
[主な展示替]
前期展示:2024年4月13日(土)~5月6日(月・休)
後期展示:2024年5月8日(水)~5月26日(日)
※会期中、一部の作品は上記以外にも展示替を行います。
会場:京都国立博物館 平成知新館
公式サイト:https://sesshu2024.exhn.jp/
休館日:月曜日
※2024年4月29日(月・祝)から5月6日(月・休)までは続けて開館し、5月7日(火)を休館とします。
開館時間:9:00~17:30(入館は17:00まで)
観覧料:一般:1,800円(1,600円) 大学生:1,200円(1,000円) 高校生:700円(500円)
※( )内は前売料金・20名以上の団体料金です。

【関連作品 教科書掲載情報】

  • 令和4年度版「高校生の美術1」p40.
    秋冬山水図 ・冬景図(国宝・二幅のうち一幅)[紙本墨画/47.7×30.2cm]
    15世紀末~16世紀初 東京国立博物館蔵
    雪舟等楊[1420~1506]

Webマガジンまなびと:「学び!とPBL」Vol.74

Webマガジン:「学び!とPBL」Vol.74 “PBLを進めるための教師の資質①”を追加しました。

PBLを進めるための教師の資質①

 これまで、17回にわたり、高校、小学校、中学校におけるPBLの実態について,実践を紹介しながら述べてきました。学習指導要領の改訂以来、それぞれの校種でPBLが定着してきていることを実感することができました。
 今回は、PBLを実践している教師の側に焦点を当てて展開していきたいと思います。教師の意図の深いところまで探りたいと考え、対談形式で進めます。応じてくれたのは、私のゼミ出身で、奇しくも私の出発点であるS中学校に勤務している中島史弥先生です。

1.大人も「本気で困っていた」プロジェクト

図1 生徒国際イノベーションスクール(左から2番目が中島先生)
図2 生徒国際イノベーションスクール(中央が中島先生)
三浦:中島先生は、現在福島県の僻地の中学校でPBLの実践を進めており、マスコミにも取り上げられました。まず、学生時代にどのような経験をして、今に繋がっているのかお話ししてもらえますか。
中島:私が学生時代に三浦先生と活動をするようになったタイミングは、OECD東北スクール(本連載Vol.05〜10参照)の直後で、地方創生イノベーションスクール(本連載Vol.15〜30参照)のスタッフの募集があって、仲間たちと応募したことがきっかけです。代々木のオリンピックセンターで開催された生徒国際イノベーションフォーラム(本連載Vol.28〜30参照)のサポートで、生徒ももちろん、「解のない問い」を前にして、先生ら大人も「本気で困っていたこと」がとても印象に残っています。教師になって上手に教えられるようになることしか考えていなかったので、これまで見たことのない学びの世界があることにとても衝撃を受けました。その後、福島市の高校生フェスティバル(本連載Vol.38〜44参照)で高校生のサポートチームをつくって、取り組みました。本番直前は大学の教育実習と重なっていたのですが、プロジェクト学習は教師になっても学校で必要なことだと思い、使命感を持って取り組みました。
図3 高校生プロジェクトの支援(中央が中島先生)
三浦:中島先生は社会科の教師を目指していました。学生時代から学習支援サークルをつくってチームで支援を行っていましたが、自分だけ教員資質を身につけるという発想はなかったのですか?
中島:もともと仲間の輪を広げたかったので、「自分だけ」という発想はありませんでした。地方創生イノベーションスクールでも、大人や高校生、同世代の間で輪が広がりました。

2.始めはフェードアウトしてしまった探究活動

三浦:現在、S中学校で探究活動を行い、マスコミにも取り上げられていますが、始めからスムーズにいったのですか?
中島:学生時代や前任校のこともあり、PBLについては「やるぞ!」というエネルギーはあったし、自分の使命だと思って取り組みました。けれども始めはうまくいかず、最初の年は3、4ヶ月でプロジェクトはフェードアウトしてしまいました。問題の多い学年だったということもあります。
三浦:どうしても教科指導と探究活動が対立的に捉えられてしまう傾向がありますが、そのあたりはどうなのですか?
図4 高校生プロジェクトの発表(右が中島先生)
中島:そこは大きな問題です。「学力」重視の高校入試の枠組みがありますから、どうしても学力をつけてやらなくてはなりません。生徒たちも、活動的なことや問題解決学習ばかりではついてきてくれません。問題の「解答」ばかり求めてくる傾向があります。親御さんたちも市内の進学校に進めたいと思っているので、ここの学区でも生徒の学力をとても気にしており、それがプレッシャーになっていると言えます。
三浦:地域との関係はどうなのですか?私の昔の教え子の息子が中島先生の担任クラスにいるようですが。
中島:プロジェクト自体が地域に関わるものなので、ここに赴任して今年で4年目になりますが、年々関係も太くなり、協力してもらえるようになっています。生徒の活動で保護者が来るまで送迎したり、地域の区長さんや物産館なども協力してくれたりしています。
三浦:山間部の地域で最初に溶け込むのは少しハードルが高いですが、一度受け入れられると「おらほの(自分たちの)先生」と言われ、実践を進める上でなくてはならないパートナーになります。私の時代は校内暴力でたいへんな時代でしたが、毎日学級通信を書いて、保護者たちとの関係をつくろうとしました。半年もすると、学級通信を読んだ親が「先生、困っているんなら一緒に飲んで話そう」と、誘われるようになりました。ここから親たちが学級行事を支えてくれるようになり、それが学年へ、学校全体へと広がっていったのです。

3.生徒が自分の学校を自分たちでつくれるよう

三浦:PBLを進める上で、学校内での協力関係はどうですか?
中島:同学年の先生3人でやっていました。一緒に進めていくうちに、PBLの面白さ、教育上の意義を感じてくれるようになりました。PBLを進めるためには生徒たちをどういう方向に育てないのかビジョンを共有する必要があり、それを議論しているうちに同僚性も高まりました。4年目となるので、学校としても質が充実してきたと思いますし、実践を進めるのはたいへんなのですが、それをあまり苦にする先生はいません。全体としてはうまくいっていると思います。ただ、一人ひとりの先生がそれぞれに動くかと言えばそうでもなく、「やろう」という先生がいないと、あまり動かない現状はあります。
三浦:生徒たちはどうですか?
中島:今年2年生担任していますが、学級目標は「革命」です。自分たちで学級旗をつくったり、1年間の動きを年表にまとめたりしようとしています。課題の多い学年なので、なんとかまとめ上げたいと思っています。
三浦:なんだか私が昔やった実践のように錯覚してしまいます。最近学級づくりでがんばる先生が少なくなっているように感じられますが、中島先生はそうではないのですね。
中島:私は、生徒たちに、自分たちの力で学級を楽しくできるように集団を育てたいと思っています。誰が担任になっても、自分たちで盛り上げ方を知っている、そのような学級づくりをしたいと思っています。この前の陸上競技大会にしろ、取り組みではひと味違ったことをやりたいと思います。
三浦:具体的にどんなことをやっているのですか?
中島:全校的に1日1ページの自主学習ノートの提出をやっているのですが、それをコンテストの形でやっています。他のクラスは4割とか5割、多くでも8割程度なのですが、うちのクラスは100%を目指そうと取り組み、生徒たちが本気になった結果達成できました。達成できたからどうということはないのですが、そういう「ノリ」が大切だと思います。他にも、文化祭の合唱や有志の発表、球技大会、生徒総会など、いろいろなところで少しずつ変えています。
三浦:生徒たちにとって実践というのは、一度始めると終わりのないものなのでしんどいんですよね。「始まりがあって終わりがあるもの」にすることで、生徒が意識化しやすくなるということがあります。実践を通して力をつけるというよりも、「やろうと思えばできる」自信をつけさせることが大切だと思います。
図5 高校生プロジェクトの支援(左が中島先生)
中島:生徒たちが自分たちの学校を自分たちでつくることが大切だと思いますし、本来、それが当たり前なんだと思います。私が教えている社会科の公民的分野では決まりや合意のつくり方、それらの改善の方法などが教科書に書いてあり、この辺りはとても大切なのですが、軽く飛ばされてしまうことが多いのが現状です。
三浦:後半は、それらを踏まえて探究活動の話を深掘りしていきたいと思います。

「令和7年度版 中学校教科書のご案内」特設サイト:美術

「令和7年度版 中学校教科書のご案内」特設サイト:「美術」の内容解説動画に「著者が語る「日文の3分冊はここがいい!」」を追加、資料ダウンロードに「内容解説資料(別冊)/CHUBI Vol.03 日本文教出版の美術は、3分冊で3学年に応じた学習指導ができます!」を追加しました。