4月 前任者からの引き継ぎが十分じゃなかったら……~若手先生のための「声かけ&心がけ」事例集~

4月から小学校教諭としての第一歩を踏み出す人、違う学校に異動になった人、担当学年が変わった人……。新しい環境では慣れないことがたくさんあるのに、授業は待ったなし。どんな状況でも子どもの学びを止めないために、また自分自身の成長のために、どのような気持ちをもって臨めばよいかを考えるシリーズ。登場人物といっしょに1年を乗り越えていきましょう。

【登場人物】

フタバ先生
フタバ先生

教師になって3年目、初めての学級担任で6年生を受け持つことに。子どもが大好き。タイパ・コスパがつい気になっちゃう。図工には苦手意識あり。

ヤドリギ先生
ヤドリギ先生

教師歴ウン十年の大ベテラン。図工が専門。ホームセンターめぐりが趣味。

新学期、何から手をつけたらいいの……?

フタバ先生が6年生の担任になって初めての図工の授業。図工は専門外なのに加えて、引き継ぎに十分な時間が取れないまま、前任者が他校へ異動!

あせったフタバ先生。図工が専門でもあるヤドリギ先生に相談しに行きました。

フタバ先生

フタバ
先生

子どもたちがどのような経験を積んできたか分からない状況で学習が始まりそうです。何から手をつけたらいいのでしょうか。

ヤドリギ先生

ヤドリギ
先生

まずは教科書や図工室にあるものをチェックしてみたらどうかな。そこから最初の図工の授業でどんな活動ができそうかを考えられるよ。

わたしだったら最初は気軽に絵をかいてみる活動にするかな。どの学校にも画用紙はあると思うからね。あとは授業をしながら子どもたちに聞いていけばいい。

フタバ先生

フタバ
先生

子どもに聞く?

ヤドリギ先生

ヤドリギ
先生

そう。子どものそばに行っていっぱい聞くようにしているよ。

ヤドリギ先生の新学期最初の授業例

  • 題材:「わたしの図工室」(絵に表す活動)
  • 時数:1~2時間
  • 材料・用具

    教師:画用紙(ハガキ大や長細く切るなど形や大きさを数種類用意 ※基底材の形に表現が引っ張られすぎないように四角形を基本とする)、既習の描画材(クレヨン・パス、ペンなど必要に応じて用意する)
    児童:水彩絵の具セット、筆記用具

  • 活動内容

    図工室で目に入ったもの、好きなところ、気になるところを、これまで使ったことのある用具を使って表す。

【作品例】
左側:「わたしの図工室」でかいたもの
右側:<その後の展開例>かいたものを基にイメージを広げて絵に表した作品


「スケッチ」

「天国まであと」

「みんなのアトリエ」

ヤドリギ先生の視点

  • 題材設定の理由:「なんでも自由にかいていいよ」では困る子どももいるので、「図工室」というテーマを設定します。

    大きな紙ではなく小さな紙に気軽にかくことで身構えずにいろいろな表現が生まれます。
    子どもによって好きな場所や気になるところは違います。子ども同士で作品を見ながら交流し、互いを知っていくことも期待できます。
    図工室にある材料や用具を見たりかいたりしている子どもに「これ使ったことある?」など、これまでの経験を聞きやすいという点もあります。
    めあてや描画材を変えれば、どの学年でもできる題材です。

  • 場の設定:春先なので屋外での活動もよいのですが、新任の場合、まだ子ども一人ひとりを把握できていないときなので、目の届きやすい図工室に限定するのがいいでしょう。
  • 子どもの見方:どれだけ自分で考えて自分でやろうとするかを見ます。そのために、画用紙や描画材も子どもが選べるように準備しておきます。
  • 子どもへの声かけ例:この題材の肝となるのは「かきたいものを見つけ、表し方を自分で選んで決めること」です。それを促すための声かけも大切です。

    「きょうは図工室のものをかくんだけど、何をどうかくかは一人ひとりが自分で考えて決めてね」
    「図工室の『どこを・なにを』『どう切り取って』かくのかな」
    「『どの紙の大きさ』で『何を使ってかく』のがいいかな」

  • 技法や既習の用具についての確認:絵をかいているのを見ながら「○年生のときに、こんなことやったかな」「電動糸のこぎりの絵をかいているね。これ使ったことある?」などリサーチするようにしています。
ヤドリギ先生

ヤドリギ
先生

6年生でも釘を打ったりのこぎりで切ったりすることが十分に身についていない子どもたちもいるかもしれないからね。

聞いてみて「分からない」って言われたら、その可能性大。子どもに経験として残っているのか聞いてみたほうがいいよね。

フタバ先生

フタバ
先生

子どもたちの実態が分かったとしても、それに合わせてもう一回授業計画を考え直すっていうのってハードじゃないですか?

ヤドリギ先生

ヤドリギ
先生

例えば6年生で「一枚の板から」をやろうと思っているのに、電動糸のこぎりを使ったことがないってなったら、お試しの時間をつくるとかね。計画を全部変える必要はなくて、「前にやったことがあるかもしれないけど、基本の使い方を一回やってみない?」って提案して予定の活動に1時間だけ追加して調整するっていうこともできるよね。

計画はあくまで計画だから、子どもの様子を見ながら柔軟に授業を進めていけばいいんだよ。

フタバ先生

フタバ
先生

完璧な計画を立ててその通りに進めないといけないって思い込んでいたので、ちょっと安心しました!

ヤドリギ先生

ヤドリギ
先生

最初から完璧を目指すと苦しくなるよね。変わっていくことを前提で授業するっていうのでいいと思うよ。変わっていくのは授業であり、子どもたちであり、そして先生自身もね。

今月の心がけ

「まずは子どものそばに行って、子どもの声に耳を傾けよう。」
「最初から完璧を求めなくていい。変わっていけばいいんだから。」

次回は「図工の評価が分からん……」です(6月公開予定)。

「教員養成課程ではこんなこと習ってない…」が溢れる図画工作の教員現場。

独創性も捨てがたいけれど、ピンチは「共創」で乗り越えられます!

今の時代だからこそ、自分の体を通した体験が実感につながります。

自分から動き出して変わることができる今がチャンスです!

田中明美(たなか・あけみ)(写真右)
静岡県富士宮市出身。東京造形大学美術学科Ⅱ類(彫刻科)卒業。埼玉県と東京都の産休代替教職員(小学校、中学校、養護学校、ろう学校)を経て、東京都の図画工作科教員・指導教諭となった。現在、品川区立立会小学校に勤務して20年目、主任教諭。東京都図画工作研究会(都図研)の副会長や第57回都図研城南大会(関東甲信越静地区造形教育連合東京大会)研究局長、品川区の研究部長などを務め、現在は都図研の研究局のアドバイザーとなる。家にはオオバタン(オウム)がおり、オートバイ好き。

手塚千尋(てつか・ちひろ)(写真左)
明治学院大学准教授。美術領域固有の探究のプロセスとSTEM領域の学びの接続点をさぐる研究に従事する。共著に『ABRから始まる探究(2)初等教育編 子どもの表現とアートベース・リサーチの出会い』(学術研究出版社)、『アート学習ハンドブック(学術研究出版社)』がある。

地理的な見方・考え方を働かせた「B(1)世界各地の人々の生活と環境」の授業① ~「場所」や「人間と自然環境との相互依存関係」に着目した追究

B(1)「世界各地の人々の生活と環境」のねらい

中学校学習指導要領 社会科地理的分野

B(1)世界各地の人々の生活と環境
 場所や人間と自然環境との相互依存関係などに着目して,課題を追究したり解決したりする活動を通して,次の事項を身に付けることができるよう指導する。

ア 次のような知識を身に付けること。

(ア)人々の生活は,その生活が営まれる場所の自然及び社会的条件から影響を受けたり,その場所の自然及び社会的条件に影響を与えたりすることを理解すること。

(イ)世界各地における人々の生活やその変容を基に,世界の人々の生活や環境の多様性を理解すること。その際,世界の主な宗教の分布についても理解すること。

イ 次のような思考力,判断力,表現力等を身に付けること。

(ア)世界各地における人々の生活の特色やその変容の理由を,その生活が営まれる場所の自然及び社会的条件などに着目して多面的・多角的に考察し,表現すること。

(下線部は筆者)

 学習指導要領では、B(1)「世界各地の人々の生活と環境」の学習で着目する視点として、「場所」と「人間と自然環境との相互依存関係」が例示されています。この二つの視点に着目してこの中項目で地理的な見方・考え方を働かせるためには、世界の人々の特徴的な生活をもとに、「その背景にはどのような自然及び社会的条件があるだろうか」などの問いを追究する学習活動が考えられます。こうした学習を通して、世界の人々の生活の多様性や、その背景にある気候や宗教といった地理的環境に関する基礎的な知識を習得するとともに、人々の生活と地理的環境とが相互依存関係にあることを具体的な事例をもとに理解することが求められていると言えます。これらは、後続するB(2)「世界の諸地域」の学習の基盤となるものであり、中学校社会科の他分野やその後の学習において地理的条件に着目して考察する際にもいきるものです。

 思考力等に関しては、「生活が営まれる場所の自然及び社会的条件に着目して多面的・多角的に考察、表現する」ことが求められています。中・高等学校での地理学習に共通して示されている「位置や分布、場所、人間と自然環境との相互依存関係、空間的相互依存作用、地域などに着目して、多面的・多角的に考察」する力を養うという目標に照らせば、この中項目の学習は、社会的事象の見られる「場所」の地理的「環境」に着目して考察する力を育成する第一歩とも言えそうです。

 世界や日本の枠組みを捉える大項目Aの学習を踏まえ、「場所」や「人間と自然環境との相互依存関係」などに着目して考察を進めるこの中項目の学習は、本格的な地理学習のスタートと考えてよいかもしれません。中学校第1学年という発達段階をふまえれば、直接体験することが難しい世界の諸地域やその環境に対する関心を高めるための配慮が必要です。生徒にとって身近な話題を取り上げてそれまでの生活経験を生かしたり、景観写真や動画など魅力的な資料を効果的に活用したりするなどして、学習意欲を喚起しながら、適切な課題を設定して追究する学習過程の工夫が大切です。まずは気候に関する学習のポイントについて考えたいと思います。

気候への着目

 次の表は、ある都市の気温と降水量に関するものです。この表を見て生徒はどんな特徴に気づくでしょうか。年平均気温は東京と大きな差はないものの冬は日本ほど寒くならず、夏も日本ほど暑くはないこと、年間の降水量は300㎜程度で東京と比較してかなり少ないこと、日本とは異なり気温の高い時期に降水量が少ない気候であることなどを発見するでしょうか。白地図に候補地を示し、気候分布図を活用しながらどの都市のものか考える活動を取り入れてもよいかもしれません。

1

2

3

4

5

6

7

8

9

10

11

12

気温(℃)

14.4

14.4

15.1

16.2

17.5

19.1

20.9

21.4

21.1

19.5

16.8

14.2

年平均気温

17.6

降水量(mm)

73

77.3

44.1

16.1

7.3

2.3

1.3

0.2

2.9

12.3

20.8

56.9

平均年間降水量

314.5

 この都市は日頃ニュースで取り上げられることも多い、アメリカのロサンゼルスです。四季が明瞭な日本と比較して、生活にどのような特徴や工夫が見られるかを調べさせてみてもよいかもしれません。
 なお、下の図は前掲の表を雨温図にしたものですが、表形式と比較することで、気候の特徴を視覚的に捉えやすいという雨温図やハイサーグラフの意義を実感することができるかもしれません。

 残念なことに、雨温図やハイサーグラフは、地理学習以外では使用される機会がほとんどなく、読み取りに苦手意識をもつ生徒も少なくないようです。持続可能な社会づくりにとって「人間と自然環境との相互依存関係」という視点は必要不可欠なものです。地域の気候に着目してその特徴を調べる機会を確保し、雨温図などから気温と降水量の特徴という基本的な地理情報を収集する技能を身につけることが重要です。

気候の多様性を実感する学習

 自然環境の多様性を捉える上では日本との比較によって具体的に捉えられるような工夫が大切です。例えば、気候区分の熱帯の条件として最寒月の平均気温が18℃以上であることがありますが、これは東京の月平均気温では5月の18.8℃、10月の18.0℃(いずれも気象庁)に相当します。最も寒い月でも東京の5月や10月と同じかそれ以上であるということから、生徒はどのような生活の特徴をイメージするでしょうか。例えば衣服などに着目して具体的に考えてみるとよいと思います。気候区分の基準値を覚える必要はありませんが、日本とは気候の異なる熱帯地域の生活をイメージする上では、こうした対比が有効なのではないかと思います。
 また、教科書には各気候帯の代表的な都市の雨温図を東京の雨温図と並べて掲載している例が多いようです。これらを使って東京と対比させて特徴をつかむとともに、繰り返し行うことで読み取りのポイントを理解することが大切です。
 なお、気象庁のホームページなどからデータを収集して、身近な地域の雨温図を作って比較してみてもよいでしょう。身近な地域と比較することで違いを一層実感することができるかもしれません。いずれにしても、例えば東京の年平均気温(およそ16℃)や年降水量(およそ1600㎜)など、比較対照できる気候の基礎的なデータを容易に参照できるようにすることが大切です。

自然条件への関心の高まり

 先日あるテレビドラマで「イギリスでは誰も傘をささないよ」という台詞を聞き、「英国紳士は傘をささない」という言葉を思い出しました。気象庁のホームページ(https://www.data.jma.go.jp/cpd/monitor/nrmlist/NrmMonth.php?stn=03772)でデータを確認すると、ロンドンでは毎月40~70㎜の降水があることがわかります。ロンドンで1㎜以上の雨が降る日数は東京よりも少し多いようですが、年間の降水量は633㎜と東京の半分以下です。同じ温帯の湿潤な気候に分類されますが、雨の降り方には違いがあるようです。この事例が、生徒の関心を引くかどうかはわかりませんが、身近な事例について実際に調べることが、場所の自然条件への関心につながるのではないかと思います。
 この中項目の学習を通じて「そこで見られる人々の生活の特色の背景には、どのような自然条件があるのだろうか」という問いをもてるようになることが、この中項目の一つのゴールイメージといってよいのではないかと思います。そうした状況が実現できれば、気候の分布などの知識がいきてはたらくものになるようにも思われます。場所の自然条件に着目した考察には、自然条件に着目して考えることの意義や自然条件の調べ方の理解が必要です。以降の地理的分野の学習でも繰り返し行うことで、そうした学習の成果として、地理学習以外の場面でも生徒が自ら気候などの場所の自然条件に関する情報を収集する姿が見られることを期待したいと思います。

「ユネスコ教育勧告」のエッセンス(その4) 「コンヴィヴィアル」

Convivial(コンヴィヴィアル)という英語は、「宴会」や「ごちそう」、そして「共生」を意味するラテン語conviviumから派生した形容詞です。食べたり飲んだりすることと、共に生きることは、つながっています。それだけでなく、雰囲気が陽気だったり、友好的なこと、心地よかったりすること、という意味もあります。「ムーミン」の世界には、季節を通して、いろんな食べものが登場しますが、それを取り巻く環境やフィーリングは、「コンヴィヴィアル」であふれています。(中略)多様な価値観が隣あってせめぎあう現代の社会にあって、各々の「個」をしっかりと保っているのになんとなく共生しているムーミン谷の仲間たちの生き方と「コンヴィヴィアル」という概念に、これからの時代を生きていくための示唆を見いだせるかもしれません。

埼玉県飯能市ムーミンバレーパーク
展示施設内コケムス企画展
ムーミンの食卓とコンヴィヴィアル展
(2021年7月10日‐2022年10月23日)より
©Moomin Characters™

祝宴の時間

 今号で取り扱うキーワードは「コンヴィヴィアル」です。多くの読者にとってはなじみのない言葉なのではないでしょうか。もとは、ラテン語のcon-vivere、つまり「共に」を表すconと「生きる」を意味するvivereが合わさった言葉です(*1)。しばしば「共生」と訳されますが、後述のとおり、コンヴィヴィアルはとても含蓄のある言葉です。
 たまたま信州の旅行先で「ムーミンの食卓とコンヴィヴィアル展」を観たことがあります。リンゴやパンケーキ、コーヒー……、ムーミンの家族や個性ある仲間たちが美味しさにあふれる食卓を囲んで相互につながり、和気藹々とした時間を過ごす様子が伝わってくる原画や食事に関する会話を集めた展示で、上記のタイトルに添えられた副題は「食べること、共に生きること」でした(*2)。展示の解説には、コンヴィヴィアルは「共生」のほか、「ごちそう」や「パーティなどの楽しく心地よい雰囲気」を意味する言葉である、と記されていました。ドンチャン騒ぎの宴会のような時間ではなく、安心できる場所で一緒に食べる喜びを分かち合い、相互につながり、信頼感を育む祝宴のような時間であると言えましょう。

図1図2

出典:聖心女子大学グローバル共生研究所(https://kyosei.u-sacred-heart.ac.jp/unesco2023/

他者への想像力

 コンヴィヴィアルにはもうひとつの意味が内包されています。そこでのキーワードは「他者」です。コンヴィヴィアルとその名詞形であるコンヴィヴィアリティという概念を広めた立役者であるイヴァン・イリッチは、制度や道具に搾取されて暮らす現代人を批判的に捉え、人間が本来もつ創造性を生かしながら「自立共生」することの重要性を唱えました(*3)
 ここで大切なのは、訳語としてしばしば使われる「自立共生」は個人の自立だけでなく他者との共生も同時に含まれ、自立した者同士が、たとえ立場や考えや文化的な背景が違っていたとしても共に暮らしていくという意味合いです。この共生にとってさらに重要になるのは、たとえ生活を共にしていなくても、他者への想像力、特に苦しみと共にある遠い他者に対しても思いをはせることであると言えましょう。
 カード型教材の「コンヴィヴィアル」は上記の2点、つまり和気藹々とした時間をもつことの大切さと、しんどい状況に置かれた他者への共感共苦を念頭につくられましたが、カードの上部に書かれた意訳の言葉「人の痛みを 自分の痛みとする/共に生き生きと互いに活かしあう」は昨今の世の趨勢を踏まえて後者が前面に出されています。

カード上の3つの問い

 さて、今回のカードにも3つの問いが掲載されています。

あなたが誰かと一緒に生き生きとしたり、ワクワクしたりする時はどんな時ですか?
人の心の痛みが自分の痛みとなる共感共苦(コンパッション)を経験したり、聞いたりしたことはありますか?そのとき、どのようなことを感じましたか?
競わされるような関係性ではなく,和気藹々と互いに活かしあう(コンヴィヴィアルな)関係性を学びの場でつくるためには、どうしたらよいと思いますか?

 初めの問いは個人に向けた問いです。これまでのカードを用いたワークショップでは、ムーミン一家のように楽しい食卓の時間を挙げる参加者もいれば、家族で温泉旅行に行く時や仲間とダンスで汗を流す時を挙げる参加者もいるなど、十人十色の回答がありました。
 打って変わって、次の問いは、他者の痛みを直接・間接に感じる経験について問いています。作成過程では、沖縄の伝統的な言葉「ちむぐくる」(他者への思いやりや深い共感)を問いに盛り込むという案も検討されました。おそらく世界各地でこうした言葉は継承されてきたのでしょう。また、原文に出てくるコンパッションの訳出も議論に議論を重ね、「同情」や「愛」や「慈愛」などが検討されたものの、他者への思いを重視して「共感共苦」という訳語を採用しています。実際のカードを用いたワークショップでは、いじめで自死に追い込まれてしまった子どもの話や戦争で家を失ったガザやウクライナの人々のニュースを聞いていたたまれなくなったという話などが共有されていました。
 さらに社会的な制度/システムの課題を想定したのが3番目の問いです。学校や社会は受験など、とかく競わされる制度に支配されています。たしかに全ての競争が悪いというわけではありませんが、競争が過度になると弊害が出てきます。学びの場では競争の原理以外の原理をどう生かしていくのか、まさにこのカード型教材の諸々の原則をいかに具現化するのかが問われているのです。

キーワードとしての「共感」

 コンヴィヴィアルという概念を世に広めたイヴァン・イリッチは、人間の自立・自律性を剥奪するような制度への従属を問題視していました。彼は、人間が道具を使うのではなく、道具に支配されるような状態をコンヴィヴィアルの対極に描いていたのです。
 こうした思想を現代社会と重ね合わせるとどうでしょう。イリッチの思想が広まったのが1970年代ですが、その後の半世紀ほど、私たちは道具を主体的に使ってきたのか、それとも支配されてきたのか、どちらでしょう。この問いは、AIが席巻するようになった昨今、急速にその重要性を帯びています。再びコンヴィヴィアルに注目することは、ディストピア小説『1984』でジョージ・オーウェルの描いた「思想(思考)警察」に支配される世界に突き進んでしまうかもしれない人類を救う一助となるのでしょうか。
 ここまでコンヴィヴィアル及びコンヴィヴィアリティという含蓄のある言葉の多義性に注目しながら、本稿では大別されるふたつの意味を扱ってきました。多様な人々が集う「食卓」で安らぐ心持ちと苦しい状況下に置かれた他者を思う気持ち…。前者を「宴会」と訳し、後者を「同情」という言葉で括ってしまうと、この言葉の深みは一気に失せてしまうように思われます。これからの時代は、両者を別個のものとして捉えるのではなく、相互に深く関わり合っているという視点こそ重要であると言えるでしょう。筆者は両者を架橋するキーワードは「共感」であると捉えています。共感は同情とは異なり、他者の苦しみだけでなく喜びにも思いをはせ、分かち合うことを意味しているからです(*4)
 なお、今回のカードの裏面は「隣人意識」や「帰属感」「互恵性」「コンパッション」「ケアと連帯の倫理」など、重要なキーワードのオンパレードです。これらの概念についても具体例を共有するなど、ぜひ話し合ってみてください。

「コンヴィヴィアル」イラスト解説

このイラストは空から落ちてくる涙とそれを受け止める人の手を描いています。

誰もが「痛み」を抱えて生きています。
それでも、その「痛み」を誰かと分かち合うことができたとき、
人はまたそこから生きていける。
その「希望」のようなものを表現したいと思って描いた1枚です。

©Kei Ikeda

【参考文献】

  1. イヴァン・イリッチ(1977)(東洋・小澤周三訳)『脱学校の社会』東京創元社
  2. イヴァン・イリッチ(2015)(渡辺京二・渡辺梨佐訳)『コンヴィヴィアリティのための道具』ちくま学芸文庫
  3. ジョージ・オーウェル(2021)(田内志文訳)『1984』角川文庫
  4. 日本総合研究所|井上岳一・石田直美(2025)『コンヴィヴィアル・シティ:生き生きした自律協生の地域をつくる』学芸出版社
  5. ローマン・クルツナリック(2019)(田中一明・荻野高拡訳)『共感する人:ホモ・エンパシクスへ、あなたを変える六つのステップ』ぷねうま舎
  6. 「わたしたちがつくる平和・人権・持続可能な開発:日本のエデュケーターのための14のエッセンスと42の問いかけ(ユネスコ教育勧告カード型教材)」聖心女子大学グローバル共生研究所 / 日本国際理解教育学会
    https://kyosei.u-sacred-heart.ac.jp/unesco2023/

*1:冒頭のボックス内に記載のconviviumは「饗宴(きょう・えん)」という意味の名詞であるのに対して、本文で書いたconvivereは動詞であり、両者ともに語源は一緒です。
*2:「ムーミンの食卓とコンヴィヴィアル展―食べること、共に生きること―」小海町高原美術館(2024年6月15日〜10月6日)
*3:コンヴィヴィアルには「自律協生」(日本総合研究所|井上岳一・石田直美 2025)など、他にも様々な訳語が用いられています。
*4:ローマン・クルツナリック(2019), p. 51.

人物や風景の絵の指導、どうすれば?~畑本先生と考えよう!図工の時間「気になる」子ども【第5回】~

発想が浮かばず固まっている、手先が不器用でうまくできない、やる気がなく机につっぷしている…。図工の時間、そんな「気になる子ども」はいませんか?次へ進めるような声かけをしたいけれど、ぴったりな言葉が浮かんでこない…。そんな悩みを抱えている先生もいらっしゃるかもしれません。

「気になる」子どもは、なぜそのような言動をしているのでしょうか?現象として見えている子どもの姿の裏側には、「本当は頑張りたい、でもうまくできない」という心が隠れているかもしれません。

本連載では、現場の先生から寄せられた「気になる」子どもに関するお悩みについて、畑本先生といっしょに子ども目線で考えたいと思います。


絵のかき方の指導が難しいです。人物のかき方や風景の遠近感など、どのように子どもに教えればよいのか分かりません。絵をかくことに苦手意識がある子どもも、上手なかき方を知ることで自信につながると思うのですが…。


まず、先生が「上手な絵をかかせたい」「かかせなければ」と心のどこかで思っていませんか。また、子どもが心から「目に見えるとおりに表したい」と望んでいるというより、「そういう表し方がいい」と思い込んでいるのかもしれません。

子どもは周りの大人の反応にすごく敏感です。幼少期から「写実的な絵=いい絵、うまい絵」という価値観に多く触れてきたとすれば、自然と刷り込まれてしまったということも考えられます。

そして、その価値観にとらわれたまま大人になり、また同じように子どもの絵を評価してしまう…ということが、繰り返されているのではないでしょうか。

年齢によって描画も変わる

まず大前提として、年齢が上がるにつれて描画も発達していく、ということを知っておきましょう。

1年生の担任の先生から、こんな相談を受けたことがあります。

「人をかくとき、腕を細い線でかいてしまうんです。棒人間みたいな。線を二本をかいて、その間を塗るってことができないみたいで…」

大人は、腕や体の厚み、立体感、空間の奥行きなどを認識できます。でも、それは子どもの頃からそうだったわけではありません。ましてや絵で分かるようにかくとなるとさらに難しいはずです。

1・2年生は、形の「輪郭」を認識し、それが描画にも表れ始める過渡期に当たります。

(教科書1・2上p.20-21「みてみて あのね」/令和2年度版)

こちらは1年生の絵の題材のページです。クレヨンの色でそのまま形を表している子もいれば、左下の玉入れの作品のように輪郭をとってから中に色をつけている子もいます。

例えば輪郭について「まだ意識にない」「まだそういう描画をする発達の段階ではない」という子もいることを知っておき、その子の表し方を認めていきましょう。

対象や空間の認識能力や描画の発達にはもちろん個人差があります。「この年齢になったら、このかき方ができていないとダメ」ということではありません。

子どもは、いくつもの題材の中で友だちと交流したり、新しい表し方を試したりして、自分の思いに合った表し方をだんだん見付けられるようになっていきます。いろいろな表し方があることを知った上で、どんな表し方をしたいかを自分で選んでいけるように支援することが大切です。

★【注】描画の発達段階について
子どもの描画の発達についてはさまざまな研究があり、もちろん個人差があります。時代とともに子どもたちを取り巻く環境も変化するので、一概に「この年齢だったらこのくらいかける」ということはいえません。しかし、実際の子どもたちの絵を研究した資料や書籍がありますので、それを知ることで「なんでかけないんだろう」「どう指導すればかけるようになるんだろう」というお困りや不安が少し楽になるかもしれません。
本ページの最後に参考書籍を紹介しています。Web上で見られるものもありますので、ぜひ参考にしてみてください。

【支援の例】学校の風景をかく絵の指導

「じゃあ、絵の授業で必要な指導ってなんだろう?」と思われた先生もいらっしゃるかもしれません。

6年生のこちらの作品を見てみましょう。みなさんはこの絵を見て、どんなふうに感じましたか?

(教科書5・6下p.26-27「わたしの大切な風景」/令和6年度版)

作者の児童は、この場所をかいた理由を次のように語っています。

毎朝、友だちが登校してくるのを、3階のあの場所からのぞいて待っている時の景色が心に残っていたのでかきました。なるべく遠近感がでるように、近くの右側の手すりの色をこくして、遠くの色をうすくしました(以下略)。

作者の児童にとって、思い入れのあるこの場所を表すために、階段の奥に下っていく感じや友だちとの距離を表すことがどうしても必要なことだったのだと分かります。まず何よりも最初に「その子の思い」があることが大切です。

では、この絵の作者のように、「階段が下っていく感じ、遠近感をかきたい」という子どもがいたとしましょう。複雑な階段の形や、遠い感じ・近い感じを表すのは、高学年でもとても難しいことです。どのような支援が考えられるでしょうか?

あくまで支援の一例ですが、私だったら一緒に階段のところに行き、その時の話を聞きながら実際に手すりに触ってみるよう促してみます。曲がっている感じ、だんだん下がっていく感じなどの形の特徴を、触ってみることで捉えられるように支援します。

★支援の例:一緒に触りながら形を確かめる

「(一緒に手すりを触りながら)ここまでまっすぐで、ここでガタンって落ちてるね」
「今はここの線をかいてるんだよね?この続きはどうなっているかな?」
「平らなところと、ちょっと出っ張ってるところがあるんだね」
「(子どもがかいた形を見ながら)あ、なんか下っている感じになってきたね」
「手すりの太さをだんだん細く表したんだね」

このように、子どもがかきたい対象とじっくり向き合い、自分の実感とともに形を見付けていけるように支援しましょう。子ども自身が「こんな感じがいいかも」と気付ければ、あとは自分で線や形を見付けてかいていけると思います。

■message 「あなたにしかできない表し方」ができるのが絵

私はいつも子どもたちに、「絵ってあなたにしかできない表し方ができるよ。とってもすてきだね」と伝えています。見たままそっくりなら、写真でもできますよね。

図工で育てたい「技能」は「大人にとって上手な絵、目で見たとおりの絵がかける力」のことではありません。“創造的な”「技能」なのです。その子が感じたことや見付けたことを、その子なりの線や形や色を選んで工夫して表していく力です。

子どもの絵を見るときは、子どもが感じ取ったことや表したかったことなどの「思い」に共感し、心を重ねるようにして見てみましょう。そうすれば、先生も子どもも楽しくてもっとやってみたくなる図工の時間になっていくのではないでしょうか。

★【参考】子どもの描画の発達に関する書籍
◎「子どもの絵の発達と道筋 子どもの絵の作品と説明」(東山明、清田哲男/著)
https://www.nichibun-g.co.jp/data/education/e-other/e-other013/
幼児期から小学生くらいの時期の描画の発達について解説しています。HP上で全ページ読むことができます。

◎「子どもの絵の世界 絵から読み取る発達の道筋とその指導」(東山明、清田哲男/編著)
https://www.nichibun-g.co.jp/data/books/search/?free_key=子どもの絵の世界
幼児期から18歳ごろまでの描画の発達について解説しています。


畑本 真澄(はたもと・ますみ)
富山県富山市生まれ。図工専科教諭として、神戸市の図工教育に長年に渡り貢献。これまでに、神戸市立小磯記念美術館教育普及担当指導主事、神戸市小学校研修図工グループ研究部長、第71回兵庫県造形教育研究大会神戸大会研究局などを務める。初任校は肢体不自由の養護学校であった。特別支援教育コーディネーターも勤め、通常学級における特別支援教育の実践に取り組んでいる。一人一人の育ちの中で幼稚園・小学校・中学校の造形教育のつながりを大切にしている。好きなことは、季節の料理と電車。

「ユネスコ教育勧告」のエッセンス(その3) 「ライツホルダー」

私が声を張り上げるのは、叫ぶことができるからではなく
声なき人々の声が聴かれるようにするためです。

マララ・ユスフザイ
2013年 国連ユース総会(UN Youth Assembly)でのスピーチ

 本シリーズも今回で3回目となりました。紹介しているカード型教材のテーマがすべてカタカナで表記されていることに気づいた読者も少なくないかもしれません。教材を構想する段階で、カタカナ表記の英語を全面に出したデザインは親しみがもちづらいという意見もありました。しかし、2021年の第42回ユネスコ総会で話し合いを重ねて選ばれたオリジナルの表現が伝わることを重視し、あえてカタカナ表記で統一することにしたという経緯があります。
 さて、今回のテーマは「ライツホルダー」です。前回の「ヒューマン・ライツ」と比べると馴染みの薄い言葉かもしれませんが、それは文字どおり、「権利(ライツ)」を「もっている人(ホルダー)」を指します。権利については前回も人類史をふり返りつつ述べましたが、この抽象的な概念にどこかしっくりこない感覚をもつ人も少なくないでしょう。多くの人々は自分が権利を行使できるのだということを普段の生活ではさほど意識していないかもしれませんが、いざという時に権利を行使する備えは必要です。「ライツホルダー」は、「権利は行使できるものとしてあなたと共にある」ということを、特に社会的弱者と呼ばれる人々や次世代に伝えるための原則として掲げられています。
 実際に日本では、特に若者層において、世の中をよりよくしていくための意識が決して高いとは言えません。国際比較調査では、自分の行動で国や社会を変えられると思っている若者が他国と比べて極端に低いことが示されています。アメリカやインド、中国では、8割前後の若者が国や社会を変えられると思っているのに対して、日本は3割にも満たないというありようです (*1)。社会は自分たちで創るものであり、理不尽なことがあれば、権利を行使して行動すれば変えられるのだという実感を若者がもてるようになることは、持続可能な日本社会を形成する上で喫緊の課題だと言えましょう。

図1図2

出典:聖心女子大学グローバル共生研究所(https://kyosei.u-sacred-heart.ac.jp/unesco2023/

偏見の芽を摘むことの大切さ

 カードの表(おもて)面(図1参照)を見ると、次のように書かれています。「どんな違いがあろうとも だれもが差別されない権利をもっている 学びによって すべての人を 『権利をもつもの』として 力づける」。この中の「違い」は裏面(図2参照)に記載の「人種」から「障がい」に至るまで、人類が差別を正当化してきた「理由」上の違いを指しています。
 ユダヤ人の大量虐殺が行われたアウシュビッツはその典型例ですが、人類はいわれのない理由づけをして特定の人々を差別し、排除し、理不尽な死に追いやってきました。人類史を通して繰り返されてきた惨事を再び起こさないためにもこの勧告は重要であり、それはライツホルダーとしての意識をもつことから始まるのです。学習者がいざという時にカードの裏面の二次元コードにあるような条約や基本法に立ち戻れるように、教師をはじめとした教育者がその意義について次世代に伝えておくことは、持続可能な未来と平和を実現するESDの本質的な使命であると言えましょう。
 さて、今回のカードにも3つの問いが掲載されています。

何気なく偏見をもったり差別したりしていた自分に気づいたことはありますか?
なぜ偏見や差別は生まれるのでしょうか?
学習者の誰もが、自分が「権利をもつもの」なんだと自覚できるようになるためには、どうすればよいのでしょうか?

 皆さんはこれらの問いにどのように答えるでしょうか。ここでは、この教材を用いて実施した、一般市民対象のワークショップで実際にどのような答えが共有されたのかをお伝えします。
 ①から③は、自分または身の回りに起こった実際の体験から考え始めてもらい、次に根源的な問いへといざない、最後に行動に結びつく問いかけをするという構成になっています。①では、思い込みによって相手を傷つけてしまった経験、すなわち、マイクロアグレッション(小さな攻撃性)と呼ばれる言動について無自覚であったことなどが共有されてきました。例えば、「女なのにおしとやかではない」や「男のくせに泣き虫だ」や「日本人なのに礼儀正しくない」などです。これらは悪意がなかったとしても、放っておくとユネスコ教育勧告でも毅然と対応することが求められているヘイトスピーチにもつながっていく可能性を秘めており、教育の場では重要な課題です。
 ②は、人類史から消えたことがない偏見・差別は人間であれば誰もがもってしまう生得的な特性であるという意見や、生まれた時にはタブララサ(白紙状態)であるのに偏見は文化的に習得されるという経験論が共有されていました。
 ③は、家庭や学校で日頃から偏見という人類の「落とし穴」を伝えていくことの必要性や子どもの権利条例などを街全体でもつことの大切さ、さらには父権的な家庭や企業内の文化を問い直すワークショップを開くことなどが挙げられていました。

大切なスキル習得やトレーニング

 学習者の誰もが、ライツホルダーとしての意識をもつためにESDにおいて「批判的思考(クリティカル・シンキング)」は重要です。これは「国連ESDの10年」の当初から一貫して重視されてきた「思考スキル」の1つです。なにも他者などを否定したり、攻撃したりするのではなく、客観的・多角的にものごとを見て、冷静な判断へと導く力です。もちろん発達段階を踏まえた学習は重要ですので、特に小学校中・高学年くらいから重視していくとよいでしょう(参考文献1)。
 また自分には権利があるということを主張できるようになるためのトレーニングも必要でしょう。権利があると知りながらも、それを伝える術がないとなると、事態の改善は望めません。とくに日本では謙虚さや慎ましやかさが美徳とされる見方が強いためか、場合によっては、権利を侵害されながらも我慢し続けるという場面も珍しくありません。その意味で自他尊重のコミュニケーションは重要であり、自己と同時に他者も尊重するアサーション(自己表現)の方法を身につけることも大事な課題であると言えましょう(参考文献2)。

「ライツホルダー」イラスト解説

「ライツホルダー」「権利をもつもの」、

エッセンスにあるこの言葉を読ませていただいたときに

「権利(right)=光(light)」のイメージが浮かび、
人が「光」を持っている絵にしたいと思いました。
またその「光」は普遍的な「星」のイメージでもありました。
高く掲げたこの星が誰かを「力づける」ものであれたら、

そんな想いを込めてこのイラストのタイトルを
「star(スター)」としました。

©Kei Ikeda

【参考文献】

  1. E. B. ゼックミスタ、J. E. ジョンソン著(宮元博章ほか訳)(1996)『クリティカルシンキング 入門篇: あなたの思考をガイドする40の原則』北往路書房
  2. 平木典子著(2012)『アサーション入門―自分も相手も大切にする自己表現法』講談社

*1:日本財団(2024)「18歳意識調査『第62回 –国や社会に対する意識(6カ国調査)–』報告書」
https://www.nippon-foundation.or.jp/wp-content/uploads/2024/03/new_pr_20240403_03.pdf