藤本智士インタビュー(前編)~「編集」という創造活動

 先日、秋田の全国大会で編集者の藤本智士(※1)さんのお話を拝聴しました(※2)。これからの造形・美術教育にいろいろな示唆を含む内容でした。より深くお話をお聞きしたいと思い、インタビューをお願いしました。

「編集」という概念

奥村「秋田大会で、『編集』についてお話されましたが、その概念が造形とか美術に近いなと思いました。例えば、様々な素材から必要なものを選び出してそれを論理的に組み立てない限り(※3)、ただ一つの美術作品も出来上がりません。そこで発揮されている能力は『編集』と言い換えられませんか?」
藤本「確かに、そうだと思います。例えば僕は、小説家になろうと思っていたのですが、活動を続けるうちにフリーペーパーを発行するようになりました。時期的には『イラストレーター』『フォトショップ』などのコンピュータのツールが登場しはじめた頃。コンピュータがあれば、一人でいろいろなことができるようになってきた時代です。なので必然的に、自ら執筆をするだけでなく、デザインもしたり、広告営業をしたり、一人であらゆる役割を担っていたんですね。そういった僕の個別の役割を内包する言葉としては、『編集』という言葉がまだしも一番適しているように思いました。」
奥村「狭義の編集者、つまり『つくらない人』ではなくて、藤本さんの場合、文やイメージを『つくる人』でもあります。デザイナーという感じでしょうか?」
藤本「デザインという言葉は広義に用いられるようになりましたが、僕にとっては『編集』の方がしっくりきます。例えば「街をデザインする」なんて言葉が使われたりしますが、僕にとってはそこで使われるデザインは限りなく『編集』に近いと感じています。街にあるさまざまなモノやコトやヒト。それらを適材適所にディレクションしたりしながら理想の街を描いていくのは、編集そのものだと思うので。」

生き方や社会をつくりだす「編集」

藤本「『編集』は、これから多くの人々に必要な能力だと思います。『編集』を本や雑誌をつくることだと狭義な意味に嵌めてしまうと、そのゴールが本にすることや記事にすることになってしまう。そうではなくて、理想のビジョンがまず最初にあって、そのビジョンの実現こそがゴールだと認識した上で、そのためにはどういう手を打つべきか? と考えるべきだと思うんですね。その答えが本づくりなこともあれば、商品づくりのときもあるし、ときには展覧会やイベントをやった方が効果的な場合もある。それらの一手一手が僕にとっては『編集』なんです。」
奥村「社会をつくりだす感じでしょうか?」
藤本「そんなだいそれたことは思っていませんが、『編集』というものをこのようにとても広義にとらえてもらえれば、主婦の方だって、お店をされている方だって、みんなが『編集者』なんだって思うんです。」
奥村「我々の世代と藤本さんの世代では、そもそも感覚や考え方のギャップがあるように思います。」
藤本「僕らの年代以降は、高度成長やバブルなどを、そもそも知らないんです。『大きな何かに頼る』『何か一つにすがる』という感覚はないですね。実際、大企業が次々と破綻していて、『大きな船』で安心する時代ではないでしょう? これからは『大きな船』より、『小さな船』を自分の中にたくさん持っていたほうがいいと思います。インターネットに象徴されるように、今、個人が発信力を持てるようになりました。副業も当たり前な時代になっているのはそういうことです。自分の好みを大事にしながら、たくさん『小さな船』を持って、自分の生き方や取り巻く社会を『編集』していけばいいと思います。」
奥村「『編集』はその人の生き方でもあるんですね。」
藤本「今の若い人には肩書とか居場所とか、あるいは生きる方法とかを『一つにしぼらなくていい』と言ってあげたいですね。」

「そういうもんやねん」「どういうもんやねん」

藤本「実際、20代の若者から学ぶことは多いです。例えば、彼らは次々と疑問をぶつけてくるんですが、僕自身は40代なので、若いひとたちにとっては古い感覚も持ち合わせています。だから若い人の『なんでなの?』って質問に対して、思わず『そういうもんやねん』と答えている自分がいました。でも、そう言われたって、きっと質問してる子にとっては、『いや、そういうもんって、どういうもん?』って思いますよね。そう考えた時に、もう『そういうもん』って答えはしないようにしようって思ったんです。」
奥村「『そういうもん』という言葉は、言い換えれば、その世代が共有する価値観とかしきたりですよね。それを持ち出して『そういうもんやねん』と言ってしまったとたん、自分の社会的な『共感』を相手に『強要』することになりますね。」
藤本「疑問は何かが生まれるための種なんです。でも『そんなもんやねん』という姿勢は、その貴重な疑問にふたをしてしまいます。『そんなもん』は教養でも、知恵でもない。それを教育に持ち込んだらいけませんよね。もし、美術と『編集』が共通するとしたら、ある意味、全員が正解になるところだと思います。『先生の言うとおりにやったらいい』『そんなもんやねん』になってしまったら、山本鼎の自由画運動以前の美術教育と同じになってしまう。」
奥村「『大人の思う児童画』『印象派的な表現』などを押し付ける『そんなもん』が造形や美術の世界にもあります。自分もかつてやったことがあるので、耳が痛いお話です。」
藤本「今の若い人には、スマートフォンやインターネットなど、進化したツールがあります。漢字とか歴史とか、細かな知識は知らなくても、自分たちの中で答えに到達していく力は、ぼくらよりよっぽどあると思います。」
奥村「私も強くそのことを感じます。今、目の前に見えているものは、どうやら『今まで自分が見てきたことと同じ』ではなさそうです。若い人に対してリスペクトを持ちたいですね。」

 こちらの質問を受け取りつつも、そこに含まれる概念を一つ一つ広げてくれる藤本さんの丁寧な話し方が印象的でした。内容が豊富だったので、今回はここまで! 次回は、ローカルというアドバンテージ、秋田出身の版画家 池田修三の発掘などについて語ってくれます。

 

※1:有限会社りす代表取締役/編集者 藤本智士。1974年生。兵庫県出身。雑誌Re:S[りす]編集長を経て、秋田県発行フリーマガジン「のんびり」、webマガジン「なんも大学」の編集長。著書「魔法をかける編集」インプレス、「風と土の秋田」「ほんとうの日本に出会う旅」リトルモアほか、手掛けた書籍多数。
※2:秋田大会の記念講演「藤本智士×井野秀隆×青谷明日香」
※3:幼児の造形行為も含めて、筆者は造形活動を子どもの論理的な活動の帰結だと考えている。

全国大会と教師の学び

 日本の先生は、よく学びます。各学校が自主的に行う校内研修にはじまり、教員研修センター等で行われる公的な研修、さらに教育団体の都道府県大会、地方ブロック大会、全国大会等…そこで得た「何か」を自分の明日の授業に結び付けています。本稿では全国大会を取り上げてどのようなことが学ばれているのかを検討します。

不思議な「主事ペン」

 赤と黒の2本のボールペンをテープでくっつけています。ずいぶん使い込まれ、テープは黄ばんでいます。二色ペンや三色ペンが販売されている時代に、どうしてこのようなペンをつくったのでしょう。
 「主事ペン」と呼ばれるこのペンは、2000年代前半ごろまで長野県で普通に見られました。用いていたのは指導主事や校長先生など、授業研究会で授業参観の後に指導講評や指導・助言をする人々です。彼らは、授業参観中に子どもの様子や教師の様子などを書き分けるために「主事ペン」を用いていました(※1)
 二色ペンや三色ペンは、色を変えるために一度持ち替えて指先でノックすることが必要です。このペンなら、クルッと回すだけで色を変えて書き分けることができます(※2)。彼らは、ペンを持ち替えるわずかな時間も惜しかったのです。
 主事ペンに出会ったのは長野県で行われた全国大会でした。長野県といえば信濃教育会に代表される教育県。このペンから、長野県の教師たちが子どもの事実を根拠に、指導の改善を導き出していたことが分かります。全国大会に参加して得られる財産は授業や研究発表からだけではありません。ちょっとした小物からその地域独自の教育メソッドが見つかります。

作品から見えるこれからの図画工作・美術

 図画工作・美術では、全国大会で作品展を同時開催することが慣例となっています。他教科と異なるのは、この作品展から今後目指したい学びの姿を見つけることができる点です(※3)
 先日行われた秋田大会の提案は「わたしを問い、発信する造形活動」でした。「問い」は、あまり図画工作・美術では聞かれない言葉ですが、これからの学びを考える上で重要です(※4)。秋田県造形教育研究会では、友達や材料などとの対話を繰り返しながら、子ども一人ひとりが主体的に「問い」を生み出し、これを発展させる深い学びを目指しました(※5)
 その姿が作品展でも確かめることができます。取り上げるのは6年生の『3階から見下ろした階段』です。これを見た人は思わず「自分もこうした」という体験を思い出すことでしょう。この子は、その奥行きや形の面白さなどを表すために、手すりを広がるように角度を変えて並べ、階段を次第に狭まるように重ね、さらに手を広げて声を出す友達を小さく置いています。
 おそらく題材の「問い」は「造形的な視点で見直したときに発見できる新しい日常」でしょう。新学習指導要領のポイント、『造形的な見方・考え方を働かせる』が説明できる作品だと思います。

「全国大会準備」という名の教育力育成

 全国大会はたいてい3年の準備期間があります。それは地域の先生を育て、お互いの授業力を高める貴重な機会になっています。
 来年の全国大会は愛知、その中核となる名古屋市教育会(※6)の名古屋市造形研究会では、毎年夏休み中に「夏の造形研修会」を開いています。研修会は模擬授業及び協議と教育講演会で構成されています。
 興味深いのは、小学校低・中・高、中学校、それぞれのチームで作成された指導案をもとに行われる模擬授業です。
 先生役は「ここがまだ検討中ですが……」「この指示の意図は……」などの解説も加えながら授業を進めます。参加者は子ども側から学習内容を体験し、その後の協議で意見や改善点を述べます。
 指導案は机上の空論になりがちです。授業を実際行うことで題材の妥当性や発達への適切性などは検討できます。でも、子どもを実験台にはできません。そこで模擬的に授業を行うことで、適切な授業に昇華させようとします。また、模擬授業では、先生の声の大きさ、指示の明瞭さなど、教師のスキルも検討されるので、教員養成の研修としても役立ちます。
 全国大会では、どのように大会準備を行ったか、研究会をどう運営したかなども報告・発表されます。大会を通した教育力向上の試みは、全国大会で得られる貴重な情報の一つです。

 全国大会からは、地域独自の教育メソッド、作品に実現された学習、大会で育つ教育力などについて学ぶことができます。それぞれの地域に帰った参加者は、一人ひとりが起点になって、地域の教育力を高める存在となります。この一連のプロセスこそ日本が誇れる財産だと思うのです。

 

※1:「主事ペン」とは呼ばれていませんが、20~30年前秋田県でも同様なペンを作製し多くの先生が用いていたようです(秋田県関係者談)。
※2:2、3色ペンよりインクが長持ちし、なくなると中身だけ交換しやすいという利点もあるようです(同上)。
※3:時折、大会発表と作品展の内容に不整合もありますが、秋田大会では研究発表と実際の作品が見事に一致していました。
※4:参照:学び!と美術 <Vol.68> 「問い」から考える「主体的・対話的で深い学び」
※5:新学習指導要領では、子ども自身が自分の発揮した資質や能力を自覚することが重要です。秋田大会では、その機会がポートフォリオや振り返りなどで確保されていたことが高い評価を受けていました。
※6:名古屋市教育会の前身は1881年創立の名古屋区教育会です。1900年に名古屋市教育会となり、戦時中の教育諸団体の統合を経て、1948年に名古屋市教育会として活動を再開します。『名古屋市教育史Ⅰ 近代教育の成立と展開(明治期~大正中期)』『名古屋市教育史Ⅱ 教育の拡充と変容(大正後期~戦時期)』『名古屋市教育史Ⅲ 名古屋の発展と新しい教育(戦後~平成期)』名古屋教育史編集委員会

【インタビュー】デジタル教科書は教師の味方?

 筆者も高齢、美術科や図画工作科におけるデジタル教科書の活用について「よく分からない」というのが正直なところです。そこで、デジタル教科書を活用した授業実践の豊富なお茶の水女子大学附属中学校美術科の桐山瞭子先生にインタビューしてみました。

上を向いて学ぼう

奥村「デジタル教科書って何がいいんですか。ただ印刷物がデジタル化されているだけのように感じるのですが……」
桐山「画像だけを見れば、そうかもしれませんが、授業の過程で考えると異なります。まず、上を向いて授業ができます。本の場合『教科書の○ページの作品を見て』と指示すると全員、下を向きますよね。電子黒板に教科書が投影されていれば、生徒は顔を上げるのです。教科書と電子黒板を見比べながら授業が進みます。」
奥村「なるほど、デジタル教科書が子どもの姿勢を変えるというのは目から鱗でした。実にさりげないことですが子どもの『姿勢』は、授業において決定的に重要です。子どもが何を感じ考えているかをとらえながら授業を進めるのが教師の技です。デジタル教科書によって生徒の顔が見えるようになるというのは大事ですよね。」
桐山「そうですね、教科書に掲載されている作品を『下を向いて見る』のと、同じ作品を『顔を上げて見る』ということは、全く異なります。解像度が高くクローズアップもできます。教科書だけではできなかった学習がいろいろできるようになりますね。」
奥村「作品をもとにディスカッションする対話型鑑賞活動には特に有効ですね。『今の意見は、この部分かな?』と具体的な根拠をもって鑑賞の授業ができます。教科書に掲載されている美術作品は、ずっと心に残っているものです。それがデジタル教科書によって、いっそう大切にできるというのはいいですね。」

当たり前のことが分かる

画面は「中学美術1 指導者用デジタル教科書」(日本文教出版)

桐山「当たり前の内容が、確実に理解できることも重要です。教科書に載っていることがよりちゃんと分かるのです。」
奥村「具体的にはどういうことですか?」
桐山「何度習っても難しい概念があります。例えば『光の三原色』と『色の三原色』の違いです。デジタル教科書には『光の三原色』がよく分かる動画が掲載されています。また、色相、彩度、明度の『色の三要素』は混乱しがちです。」
奥村「特に彩度は難しいですよね。」
 この問いに応えるために、桐山先生は電子黒板の前で授業を始めました。電子黒板に映っている色相環の赤、青、黄を囲み、マーカーで線を入れながら、、、
桐山「赤、青、黄、この三つの色があれば、その間の色はつくれますね。これが三原色です。」
桐山「この色が段々と少なくなっていくと……」
 そう言いながら、赤の彩度変化にそって、マーカーを左に動かしていきます。
桐山「最後には、色はなくなってしまいます。明るさや暗さ、つまり明度だけになってしまうのです。」
 桐山先生の手は、明度の段階にそって、上下に動きます。
奥村「桐山先生の手の動きと、画面の色や形が連動して、色相、彩度、明度がすっきり分かりました。先生自身の『動き』が、子どもの概念形成を助けている感じがします。」
桐山「デジタル教科書を用いるようになって、概念の共有が滑らかに行えるようになったのは事実です。それに伴って、子どもの作品も変わってきました。例えば、色の性質や効果を活用してポスターをつくるようになってきましたね。」

指導の効果を高める様々なコンテンツ

画面は「中学美術1 指導者用デジタル教科書」(日本文教出版)

桐山「これまでの教科書になかったコンテンツに助けられることもあります。例えば補色残像(※1)や明度対比(※2)は理解が困難な内容です。パワーポイントで分かりやすく教材を自作しているのですが、中々生徒が信じてくれない(笑)」
奥村「明度対比の図を見せて、『実は同じだよ』といっても、そもそも『そう感じていない』ので難しいですよね。」
桐山「でも、この動画で、すぐ理解できますよ。」
 桐山先生がデジタル教科書をタップすると、左から車が表れて、右に移動する動画が現れます。ゆっくりと動くことによって、私たちが背景の影響で明るさを感じていることが実感できます。
奥村「おそらくこのようなコンテンツは、工夫することが好きな誰かが、どこかで考え出したことでしょうね。紙ベースでは個の実践で閉じたままですが、デジタル教科書によってアイデアが広く公開されることになります。デジタル教科書がノウハウの共有を促進し、教育の質を高める効果があるのかもしれません。」
桐山「今までうまくいかなかったのは、実は紙ベースだけで授業を進めていたことが原因だったのでしょうね。デジタル教科書は、さまざまな資源をつなぐことができる可能性があります。私の実践もまだまだですが、これまで事実的な知識で終わっていたことを、子どもたち自身が使えるような概念とし、思考や判断をより深めることができればと思っています。」

お茶の水女子大学附属中学校 小泉薫先生のタブレットPCを用いた実践

 取材を通して、デジタル教科書はデジタル教科書単体で考えるのではなく、教師の技、授業計画、タブレットPCやデジタルノートなど他のメディア等、様々な資源とのつながりで考える必要があることが分かりました。組み合わせによっては学習効果の最大化が図れるのかもしれません。

 

※1:ある色を凝視した後に、白い壁などへ目を移すと,そこに補色が見えてくる現象。
※2:周りの明度の影響で、色が明るく見えたり、暗く見えたりすること。

視覚文化と子どもたち

 教育の基盤である「子ども」について語る上で、文化という視点は重要です。本稿では、写真や絵と錯覚の問題を取り上げて私たちが優れて文化的な生き物であることについて考えてみましょう(※1)

写真はありのまま?

 写真はありのままを写しません。例えば、風光明媚な観光地に行ったときがそうです。目の前の山が屏風のように立ちはだかっていたのに、撮った写真を後から見ると「あれ?こんな感じだったかな」と思います。私は富士山が好きなので、よく撮影するのですが、あのするどい「高さ」はどうにも写真に現れません。
 精神科医で現象学者のヴァン・デン・ベルクも、写真は、地面に平行なはずの直線、つまり私たちが水平だと思っている線が全て曲がっていたり、斜めだったりしており、「日常生活から一番遠い」と述べています(※2)
 私たちは地面が、道路が、机が平らだと感じています。立体の中にいて、空間を感じながら生きています。写真は、それを無理やり平面に置き換えます。廊下の直線は「斜め」になり、四角い机は「矩形」になります。でも、私たちは、廊下を斜めにとらえて歩いてはいませんし、机は四角く、水平なままです。写真の「表象」は、私たちが身体的に感じる世界と根本的に異なっています。「写真がありのままを写す」という考え方があるとしたら、それは「写真が私たちの感覚と同じだ」ととらえる思い込みでしょう。

写真は読むもの

 昔の人が写真を「読めなかった」ことを示す記述は複数あります。
 例えば、中川作一は、視覚文化が十分入り切っていない地域で、人々が戸外の風景写真の奥行きが読めなかった事例を紹介しています。そして「おそらく、子どものころ、彼らの知覚が視覚文化の影響を受けない環境で育てられたためだろう」(※3)と述べています。
 写真家の東松照明も似た事例を報告しています。東松は1972年に沖縄の宮古島に移住、周辺の島々も含め様々な人々の写真を撮影します。彼は律儀な人で、撮影した写真は現像して本人宛に郵送したり、直接本人に持参したりしていました。その際「ときに面食らうこと」があったようです。以下の記述はあるオバアに持参したときの話です。

「礼をいって写真を渡すと、老婆は、生娘のごとくからだをくねらせて恥ずかしがる。老婆は食い入るようにして写真を眺める。何分も、ずーっと姿勢を崩さずに見つづける。変だな、と思ってのぞき込むと、老婆は、写真を上下逆さにしてみているのだ。
 信じられない話だが、息子さんに質すと、前にも同じようなことがあったという、横の写真を縦にして見ていた、と。(※4)

 オバアの年齢は書いてありませんが、おそらく1880年前後の生まれだと思われます。テレビや写真が豊富に入り込んできたのも、オバアが70歳近くになってからでしょう。視覚文化の影響を受けなかったオバアにとって、白黒写真を読むことは難しかったようです。

文化的な錯視としての透視図法

 透視図法は一種の錯視です。錯覚は物理的、生理的だけでなく、文化的な原因によっても起こります。
 中川が紹介するのは、明治初期の人が透視図法で描かれた絵を正しく認識できなかった事例です。洋画家の牧野義男の父親は、国定教科書に描かれた正確な透視図法による四角い箱の絵を見て次のように言ったそうです。
 「何だ?この箱は確かに四角じゃない。わしにはひどくいびつに見えるぞ(※5)
 牧野義男は1870年生ですので、父親の言葉が発せられたのは、おそらく1880年(明治13年)前後のことでしょう。江戸生まれの父親は、透視図法で描かれた図を「正しい」絵だと知覚できなかったのです。
 しかし、9年後に彼は真逆のことを言います。同じ図画の本を見ながら、彼を呼んで「妙なものだ。この四角い箱は、いびつだと思ったものだが、今は真四角に見える」といったのです。江戸時代に生まれた人が、当初は透視図法を受け入れられなかったこと、それが明治時代になってから変化したことが分かる記述です。
 線遠近法との効果で錯視を起こす有名なミュラー=リヤーの図(右図)も、世界的に見れば錯視を起こす率が異なり、特に西洋文化が到達していない地域では錯視を起こさなかったとする報告もあります(※6)
 ミュラー=リヤーの錯視の原因は「内向き、外向きの矢が、透視図的な見方を促進する」「矢によって電気生理学的な作用が起きる」など言われていますが、そもそも長さを測るということ自体が、かなり文化的な実践です。
 例えば、北村、川村らは、日本人は周囲との関係で長さを目測する傾向があるのに対して、西洋文化圏の人々が、長さそのものをとらえようとする傾向があること、さらに、西洋文化圏から日本に来た留学生が、日本的な測り方をするようになることを心理学的な実験から指摘しています(※7)

さて、子どもはどうだ?

 哲学者のメルロ・ポンティは「知覚において私の所有しているのは物それ自体であって表象ではない(※8)」と語っています。写真、透視図などは文化的に生み出されたまぎれもない「表象」です。私たちが感じている世界は「それ自体」です。写真、透視図などは「表象」であり、それを見ることは、すぐれて文化的な実践だろうと思います。
 子どもたちはどうなのでしょう。年齢によって異なりますが、少なくとも、私たちの文化や見方には染まり切っていません。おそらく、多くの子どもたちは、私たちの文化や見方とせめぎ合っている状態だと思います。一方で、現代の子どもたちが、昔の子どもたちと同じだと考えることも危険でしょう。牧野の父親やオバアと異なり、子どもたちは、0歳児の頃から視覚文化の影響に浸っているのです。
 絵を描く、写真を撮るなど、図画工作や美術の教育では、当たり前のように行われている実践です。その当たり前を、文化的なまなざしから問い直すことは大事なことかもしれません(※9)

 

※1:本稿は、奥村高明著「マナビズム 「知識」は変化し、「学力」は進化する」東洋館出版 2018(印刷中)第2章を加筆したものです。
※2:ヴァンデン・ベルク著 立教大学早坂研究室訳「現象学の発見 歴史的現象学からの展望」勁草書房 1988、6-9p
※3:中川作一著「目と絵の社会心理学」法政大学出版局 1984、74p
※4:東松照明著「新編 太陽の鉛筆」赤々舎 2015、50p
※5:前掲書2、62p
※6:広い平原に暮らす環境要因、紙のような平面画像に慣れないため、矢の部分と軸の部分を切り離して見る能力が優れていたためなど様々な理由が指摘されている。
※7:Shinobu Kitayama, Sean Duffy, Tadashi Kawamura, Jeff T. Larsen “Perceiving an Object and Its Context in Different Cultures A Cultural Look at New Look” Psychological Science 2003 pp.201-206
※8:M.メルロ=ポンティ著 滝浦静雄・木田元共訳「見えるものと見えないもの」みすず書房 1989、16p
※9:40年近く前の話になりますが、私が受け持った中学生に、どうしても透視図法が描けない子どもがいました。他のすべては優秀な子どもだったので、当時「なぜ描けないのか」と、ずいぶん叱った思い出があります。もう少しやさしい言葉がかけてあげればよかったと、今は思います。

アール・ブリュットにどう向かう?~「全部はみえない展」

 前回、膳所高等学校のアール・ブリュット(※1)に関する授業の内容を「問い」という視点から紹介しました。一方で、あの実践は、「じゃあ、私たちはどうすればいいのか」という疑問も残します。私自身、2年前に「アール・ブリュットの鑑賞実践報告(※2) 」をしたにも関わらず、腑に落ちないままでした。
 その答えを考える場を、若者たちが与えてくれました。少しばかりのヒントも得たので、そのことを報告します。

「ワークショップお願いします!」

 教育現場や福祉の現場に立ちながら作家活動をする若者たち(※3) から、ある日突然、「展覧会で鑑賞のワークショップをしてほしい」と依頼が来たのは、3カ月ほど前になります。
 展覧会の名称は「全部はみえない展(※4) 」、小学1年生から大人までの、障害のある人たち、子どもたち、現役の現代美術作家など約25名の作品をキャプション、作品名、作家名なしで展示するそうです。来場者の鑑賞活動が展覧会の重要なテーマで、パンフレットにはこうあります。

彼等彼女等の作り出す表現を鑑賞する中で美術教育や障がいのあるなし、年齢やキャリアを超えて「魅力的な作品とはなんなのか」という普遍的な問いを鑑賞者自身が再考する場になることを願います(※5)

 展覧会の主眼が、中身(つまり何を見せるか、何を研究したか)ではなく、鑑賞者にあるのです。自分で感じ考える経験を通して、鑑賞者自身の変化をねらっているのでしょう(※6)
 そういうデザインは「好き(^^)」です。デザインというのは、本来その受け取り手の行為に働きかけ、現実を変えるものだと思っているからです(※7)
 彼らが言うには、美術には「教育的な側面」「作業療法的な側面」さらには「美術的な側面」があるけれども、ともかく鑑賞で何か変わるんじゃないかと、そんな場をつくってみたい、それで調べるうちに私にたどり着いたということでした。
 「う~ん、、、私を選んだのは間違いかもしれないぞ、、、」と思いつつ、「日頃の仕事や実践を通して感じている疑問を解決したい」という姿勢に共感して引き受けてしまいました(ああ、無謀、、、)。

「そうはいっても、鑑賞するのは大人だ、、、」

 さて、当日。大した準備もせず、ワークショップ会場に向かいました。作品に対する先入観がない方がいいと思いましたし、一人の観客として来場者と一緒に驚いたり、感じたり、考えたりしたかったので、、、いえ、本当は行き当たりばったりです。「始めれば何とかなるか~」という九州人のノリです。主催者さん、ごめんなさい(^^;)。
 会場に行くと、6畳ほどの空間に、B5からA3程度の小品が壁一面にびっしりと展示されていました。第一印象は「無理な大きさで大人の好みで作られた大作がない」「これでもかこれでもかという作品がない」というものでした。つまり、いい意味で圧倒されないのです。アール・ブリュット展などに伺うと、それはそれで素敵なのですが、とても圧倒されるのです。圧倒しないといけないというか、、、。そんな「美術のドグマ(美術固有の信念)」みたいなものを感じて苦しくなることがあるのです。
 キャプションも、作品名も、作家名もありません。作品以外、まったく情報はありません。そのような方法はこれまでもいくつかの美術展で行われていますが、大作や名作などの文脈で構成されています。「全部はみえない展」は、小品ということだけでなく、画材や支持体も画用紙や水性ペンなど普通に手に入るもので制作されているので、プロなのか小学生なのかが本当に分からない状態になっていました。
 ただ、「境界を問い直したい」って言っても、見るのは大人です。「美術館に行って、美術にとらわれないように鑑賞しましょう」というのはある意味で矛盾を抱えています。様々な概念を学習して世界を意味づけている大人に、「あなたの頭の中には『境界』があるのですよ、概念にしばられていますよ」というのも難しいでしょう。世界が分節化されていない子ども、つまりそもそも境界がない子どもだったら可能かもしれませんが、もう子どもではない大人にいまさら子どもに戻れと言っても無理な話です(※8)

「ワークショップ、スタート!」

 まあ、いろいろ考えてもしょうがないので、ともかく鑑賞活動から入ることにしました(※9)

(1)「大事なもの交換」をして自己紹介します。身に着けている大事なものを隣の人と交換して、お互いに「大事な理由を探り合う」という鑑賞活動のウォーミングアップです。

(2)一枚の絵で「対話型鑑賞」をします。定番の方法ですが、いろいろ意見を述べることを通して、目の前の絵の「見え」が変化していくので、それを体験してもらいます。

(3)次は「感覚の詩」です。数名のグループをつくって、取り上げた絵(※10)から「聞こえるもの」「匂うもの」「味」「手触り」そして「見えるもの」の5つを出し合い、一つの詩にまとめます。その詩を読み上げながら、絵を見ます。例えば、以下です。「ゴツゴツ ザラザラ 土の匂い 石たちの相談 鉄棒の味」「ゴロゴロ ビリビリ 土属性 味気ない土の味 3つのシーンの息苦しさ」。「絵を見ること」とは、当人が気付かずとも「自分の体全体の感覚を働かせていること」ですから、それを自覚してもらうねらいです 。

(4)最後に「抽象―具象」です。概念を問うアクティビティです。一本の線の両端の片方に「抽象」、もう片方に「具象」と書きます。次に取り上げた(※11)絵を見た第一印象で、その直線状のどこに作品が位置付くかを記入します。最初の位置は人それぞれです。例えば、「6つの顔が並ぶところに抽象性を感じた」ので抽象よりの人もいれば、「無表情に見えたけれども、よく見ると表情が豊かだ」と具象寄りの人もいます。次に、位置づけた理由を発表し合って、さらに作品の若干の背景情報を得た後に、作品の位置を再考します。位置が変わらない人もいれば、大きく位置が変わる人もいます。このような活動によって絵が概念で鑑賞されていること、それが可変的であることを体験します。

 このように書くといかにも計画的な感じですが、広さや参加者の数、私のノウハウなど、その場所で可能なことは、この程度だったというインプロビゼーション(Improvisation=即興)です。
 4つの鑑賞活動が終わった後に、30分程度の簡単な講義を行いました。まず、滋賀県立膳所高等学校のアール・ブリュットに関する学習を紹介しました。ポイントは二つです。

  • 「新聞記事や論文等の資料」「講師の先生や生徒同士の対話」「実際の制作活動」という三つの資源をもとに自分の「問い」を発展させる学習だったこと。
  • 生徒たちの「問い」が「アール・ブリュットとは何を意味しているか」という素朴な問いから「アール・ブリュットという枠組みは私たちにとって必要か」という本質的で永続的な問いに発展したこと。

 この膳所高校の学習から導き出せる教訓は、「私たちは大人である以上『問い続ける』ことでしか境界を問い直すことはできない」という点です。ただ、「問い続ける」というのも酷な話です。
 次に、子どもが大人とは違う感じ方や考え方をしている具体例、子どもの鑑賞の三大特徴「体全体で見る」「体験で見る」「論理的に見る」の解説を行い、子どもの鑑賞の具体について紹介しました。

子どもは、まるで作品と同化するかのように、全身の感覚を働かせて作品を見る傾向がある。子どもは文化に染まりきっておらず、彼らの周りの世界は不思議に満ちている。常に限られた自分の知識や経験を総動員しながら世界を見つめ、意味を見つけ、その都度価値づけながら生きている。自分のこれまでの経験を再構成し、自分の生き方を作り直し、これからを見つめている(※12)

 先ほどの鑑賞活動と結びついているので、「気づいていないかもしれないけれど、実は大人も子どもと同じように鑑賞している」という話になります。

とりあえずの現在地

 ワークショップを通して、作品と対話したり、アクティビティしたりするうちに、キャプションのない違和感は取れていました。また、参加者が、どれが作家の作品か、障害者の作品かなどに興味を持っているようにも見えませんでした。目の前の作品と相互行為する鑑賞活動に没頭し、いつの間にか境界が失われていたということかもしれません。それは、参加者の声に表れていましたが、司会をする私も同様でした(※13)
 それは感覚的というより事実で、ワークショップが終わってから、私は間違いなく小学生の絵だと判断して用いた作品が、実はプロの作家だったということがありました。長年児童画にかかわり、「子どもの絵の見方(※14)」という本を出しているのに、、、。案外、自分が能力だと思っていることも、画材や大きさ、場などのデザインを変えられてしまえば、役に立たないのかもしれません。

 「『境界』のない『場』をつくりたい、そこから何か生みだしたい」という、主催者のねらいは成功していたと思います。今のところ「私たちはどのようにアール・ブリュットや美術に向かうべきなのか」という問いに対する答えは、以下のようなものです。

(1)大人である以上「問い続ける」
(2)鑑賞を通して「子どもに戻る」

 「境界を超えるために、常に「問い続ける」ことも大事だけれど、作品を鑑賞することそのものが「子どもだ、プロだ、障害者だ」という枠組みを忘れさせてくれるということです。単純かもしれませんが、「鑑賞」という行為は本来そういうことなのでしょう。

 写真は、会場前の舗装道路の路面です。大人にとっては、ただの路面です。子どもはときおり、道端に座り込んで見つめています。親に「なぜ?」と聞くこともあるかもしれません。その子どもに戻るためには、「鑑賞」すればいいのでしょう。「なんでこの路面はこのような形をしているのだろう」「なんで交互にずれているのだろう」「なぜ色の違うブロックがあるのだろう」。何かのきっかけで路面と対話すれば、境界が溶けて、世界を楽しむことができそうに思うのです(※15)

 

※1:アール・ブリュットの定義については前号学び!と美術<Vol.68>「「問い」から考える「主体的・対話的で深い学び」」を参照。
※2:学び!と美術<Vol.44>「アール・ブリュットの鑑賞実践報告」を参照。
※3:全部は見えない展実行委員会 村松祐樹、工藤春香、岡野珠里、内田百合香
※4:詳細はhttps://twitter.com/new_exhibition
※5:全部は見えない展実行委員会「全部はみえない展 BOOK(会場用パンフレット)」より。
※6:海外の美術館の学芸員もよくそう言います。「来館者に変化を及ぼさなければ私たちは何もしたことにならない」など。
※7:展覧会は一種のデザイン。「デザインには、物理的な変化が、アフォーダンスの変化が、ふるまいの変化が、こころの変化が、現実の変化が伴う。」(有元典文 岡部大介著「デザインド・リアリティ―半径300メートルの文化心理学」北樹出版2008)。
※8:2005年から講演で自己紹介代わりに使っていますが、大人は私がよく使う喩えのように「『ピ力ソ』と『学力』の共通点は?」という問いに引っかかってしまいます。答えは「カ」で、カタカナ列や漢字列が分かる大人ほどひっかかります。(初出は奥村高明「子供の絵の見方~子どもの世界を鑑賞するまなざし~」東洋館2010)。あるいは、美術館では、通気口やコンセントなど、思いがけないものを鑑賞したり、のぞき込んだりします。そのような姿は、美術館の文脈が分かる大人から生まれません。
※9:アクティビティについては、学び!と美術 <Vol.34>「探求的な鑑賞~探究活動を基盤とする美術鑑賞「Inquiry Based Appreciation」」2015.06.10を参照。グッゲンハイム美術館エデュケイターのシャロンの実践を参考にしています。その他に学び!と美術 <Vol.30>「これからの美術鑑賞」2015.02.10学び!と美術 <Vol.33>「これからの美術鑑賞~「文脈」と鑑賞教育」」2015.05.11。
※10:村松佑樹の作品 たまたま取り上げただけなのですが、後で主催者の作品!と分かりました。
※11:中山恵美子の作品

※12:筆者の講演スライドから。
※13:エビデンスは参加者の感想しかありませんが、例えば「美術鑑賞について感覚的な思い違いをしてた自分に気がついた。グループワークがすごくわかりやすくて楽しかった。鑑賞のことをなんにもわかってない自分。壁には最高な絵がいっぱい。子どもも大人も平等に、いい緊張感。素敵でした。」「文脈で作品を見るという鑑賞とは別に、問い続けることによって前者で起こりがちな凝りを打破していく鑑賞方法があることをWS中に実感できてよかった。自問自答以外のすべを知らなかった為、他者とのコミュニケーションの取り方を工夫すれば『問い』のバリエーションもより豊かになることを知った。」など。
※14:前掲注8
※15:そういえば、私は以前から「美術館には一枚だけ子どもの絵を紛れ込ませればいい、そうすれば大人の文脈で見たまま、キャプションに近づいたときに子どもの作品であったことに気づかされ、自分の『美術館に美術を見にきている』という概念をいっぺんに問い直せるのに」と言ってきました。賛同したのは国立新美術館館長だけでした。美術館は研究発表の場でもありますから、そんないたずらをする場所ではないことは分かりますが、誰かやってくれないかなあ、、、。

「問い」から考える「主体的・対話的で深い学び」

 「主体的・対話的で深い学び」については「分かったような、分からないような……」が正直なところでしょう。「手を挙げた回数」「対話が取り入れられた学習」「難しいことを学んだ授業」でないことは分かります。一方で「主体的とは何か」「深いとは何ぞや」と考えても、答えが出るわけではありません。
 学習指導要領の読解のコツは「文言から考えない、実現状態から考える」です。本項では「問い」の実現状況から検討してみましょう。

本質的な問い

 教育評価などの研究者である西岡は、学習成果からさかのぼり、求められている結果やその証拠などから授業設計する「逆向き設計」を提唱し、論争的で探求を触発するような「本質的な問い」の設定の重要性を強調します(※1)
 「本質的ではない問い」は、一問一答で答えられるものです。「この作品の作者は誰ですか?」「透視図はどのように描けばよいですか?」など、いわゆる「事実的な知識(※2)」が問われる「問い」です。一方、「本質的な問い」は「国宝とはどのような概念か?」「この美術作品が後世に与えた影響は何か?」など、単元全体にかかる「概念的な知識(※3)」に相当する「問い」です。
 さらに単元を超えた包括的な「本質的な問い」もあります。様々な文脈で活用できて、その後の生き方に役立つ「問い」です。「より良い社会を形成するために、あなただったら美術を通して何を実践しますか?」「豊かな生き方のために私たちは芸術作品にどのように向き合えばよいですか?」など、教科の「見方・考え方」を働かせた教科の本質に関わる「問い」です。
 西岡は、社会科を例に以下のように述べています。

例えば、「社会はどのような要因で変わっていくのか?」という問いに対して、素朴な理解であれば「英雄が活躍することによって社会は変わる」という内容かもしれない。しかし、より洗練された理解であれば、「社会は様々な政治的・経済的・文化的要因が複雑に影響し合って変化する」ことを踏まえた内容になるだろう。

 「本質的な問い」によって、子どもたちが「素朴な理解」から、教科の本質に関わる「洗練された理解」に到達したとすれば、それは「深い学び」の実現だといえるでしょう。

アールブリュットを問う~滋賀県立膳所高等学校の実践

 具体例として、滋賀県立膳所高等学校教諭の山崎仁嗣先生が実践したアール・ブリュットの学習を検討します。
 アール・ブリュットとは、伝統的な美術教育を受けていない人が既成の芸術や文化潮流にとらわれずに表現した絵画や造形、つまり生(brut)の芸術(art)のことです(※4)。言葉自体には「障害」というニュアンスは含まれていませんが、日本では障害者施設等で生まれた表現がアール・ブリュットとして取り上げられることが多く、アウトサイダー・アート、エイブル・アートなど、微妙に異なる概念が混在しています。
 山崎先生は「アール・ブリュットやそこに関わる人の姿などから、美術や福祉、文化芸術への見方が深まり、それを通して社会や人としての在り方を考え、さらには今までの自分の認識や思考の仕方を省みることを試みたい」と考え、生徒が自ら調べ、様々な作品や文献、人々に出会う学習を組織しました。
 まず、生徒たちは、新聞記事や論文等の資料から、アールブリュットという聞きなれない言葉を調べ、自分なりの「問い」を設定することから授業が始まります。その後、講師の先生と話をしたり、実際の作品や制作活動を鑑賞したりします。さらに、生徒同士で討論したり、自分が受けてきた美術教育と比較したりしながら、自分の「問い」を発展させていきます。
 当初の「問い」は「アール・ブリュットとは何だろう?」という「事実的な問い」でした。その後「アール・ブリュットは、果たして障害のある人の作品なのか?」という「概念的な問い」へと変化します。さらに自分の考えを振り返ったり、これからの社会の在り方について考えたりしながら、最終的には「アール・ブリュットという枠組みが果たして必要なのか?」という「問い」になりました。

生徒たちの「問い」の発展

事実的な知識の問い   「アール・ブリュットとは何を意味しているか?」
概念的な理解の問い   「アール・ブリュットは障害のある人の作品か?」
教科の本質に関わる問い 「アール・ブリュットという枠組みは私たちにとって必要か?」

 膳所高校の生徒たちは、アール・ブリュットという概念は、多様性が求められるこれからの社会に必要なのか、新たな差別をつくりだすのではないのかなど、その正当性や妥当性そのものを問い直す「問い」に辿り着いたのです。アール・ブリュットという概念や枠組みが、現時点では必要であったとしても、今後自分たちが生きていく上で、果たして必要かという社会に対する問いかけでしょう。
 生徒たちは、「学習前と後では、自分の考え方が変わったことに気が付いた」「いろいろ情報を鵜呑みにせず、自分がどう考えるかが重要だと思う」など感想を述べています。山崎先生は、「生徒は、美術や福祉、文化芸術への見方を深め、社会や人としての在り方を考え、さらには今までの自分の認識や思考の仕方を省みている」と答えています。
 本学習は、生徒たちが主体的に「問い」を形成し、友達や関係者など様々な人々との対話を通して、将来、彼ら自身が文化や社会をつくりだす可能性を期待させる学びとして成立していると思います。そうであれば、実現状況として「主体的・対話的で深い学び」を達成していると言えるのではないでしょうか(※5)

 

※1:西岡加名恵「教科と総合学習のカリキュラム設計―パフォーマンス評価をどう活かすか」2016 図書文化社
※2:「身に付けるべき知識に関しても、個別の事実的な知識と、社会の中で汎用的に使うことのできる概念的な知識等とに構造化されるという視点が重要である。個々の事実的な知識を網羅することが学習の最終的な目的ではなく、様々な場面で活用される概念的な知識を身に付けていく過程の中で、事実的な知識を獲得していくことが必要であるという点を明確にする必要がある。教育課程企画特別部会「論点整理のイメージ(たたき台)(案)」平成27年。学び!と美術<Vol.49>「図画工作・美術における知識の行方」も参照してください。
※3:中央教育審議会の最終的な答申では、「概念的な知識」は「生きて働く知識」としてまとめられています。

 各教科等において習得する知識や技能であるが、個別の事実的な知識のみを指すものではなく、それらが相互に関連付けられ、さらに社会の中で生きて働く知識となるものを含むものである。
 例えば、“何年にこうした出来事が起きた”という歴史上の事実的な知識は、“その出来事はなぜ起こったのか”や“その出来事がどのような影響を及ぼしたのか”を追究する学習の過程を通じて、当時の社会や現代に持つ意味などを含め、知識相互がつながり関連付けられながら習得されていく。それは、各教科等の本質を深く理解するために不可欠となる主要な概念の習得につながるものである。そして、そうした概念が、現代の社会生活にどう関わってくるかを考えていけるようにするための指導も重要である。基礎的・基本的な知識を着実に習得しながら、既存の知識と関連付けたり組み合わせたりしていくことにより、学習内容(特に主要な概念に関するもの)の深い理解と、個別の知識の定着を図るとともに、社会における様々な場面で活用できる概念としていくことが重要となる。

※4:英語ではアウトサイダー・アートと称されている。加工されていない生(き)の芸術、伝統や流行、教育などに左右されず自身の内側から湧きあがる衝動のままに表現した芸術である。フランスの画家ジャン・デュビュッフェ(Jean Dubuffet 1901-1985)によって考案された。
※5:小学校における問いについては、学び!と美術<Vol.65>「美術を核にした教育プログラム」の姫島小学校の実践を参照。

教育の効果~最大要因は「教師」

 「学校教育でかけがえのない存在は?」と聞くと、多くの人々は、たいてい「子ども」と答えます。しかし、「かけがえのない子ども」には「かけがえのない教師」が必要です。本稿では統計学を用いた研究成果からこのことを検討してみましょう。

1 効果量という指標

 宿題、就学前プログラム、学級規模の縮小、能力別学級など様々な教育方法や施策があります。それらの中で、最も学力に影響のある要因が教師です。ハッティ(2018)は、何百万もの子どもたち、5万件の研究成果をもとにした800のメタ分析を統合した結果、学習に違いをもたらすのが教師だという結論に達します(※1)
 ハッティは学力に与える影響の違いを効果量dによって表しました。効果量とは効果の大きさを表す指標で、実験群と統制群の平均値の差を標準化した数値です。効果量dを用いることで、研究ごとに異なる測定単位や量などを概ね同じ条件で比べることができます。

図2.2 全メタ分析の効果量の分布

 800のメタ分析を効果量dで比較して分かったことは、学校や教室で行われていることは、ほぼ全てに「正の効果」があるということです。簡単にいえば、何をやっても子どもの学力は伸びるというわけです。
 ただし効果の程度には違いがあります。効果量の平均はd=0.4です。つまり、効果量が0.4以上であれば、平均以上の効果が見られるのですが、0.4以下であれば、それなりに効果はあるけれども、時間や費用、実施方法などを検討する必要があるということになります(※2)
 この効果量で全体を見渡したとき、平均以上の効果を示すものの多くは教師要因で、学級規模や異年齢学級などの学校要因や、宿題や視聴覚教材などの指導法要因によるものは人々が思ったほど効果がないことが分かりました(※3)

2 少人数学級の効果

 国会等でよく議論になる「学級規模の縮小」はd=0.21です。1学級当たりの児童生徒数を減らせば、一人一人を丁寧に見る時間、子どもと向き合う時間が増えます。指導や仕事の面でそれなりの効果が見られます。国立教育政策研究所の山森は、小学2年生の国語で、過去の学力が同程度であれば、少人数学級の方が、その後の学力が高くなることを報告しています(※4)
 しかし、学級規模を縮小すれば、当然学級と先生の数は増え、継続的に人件費がかさむことになります。教育経済学者の中室(2015)は「少人数学級は学力を上昇させる因果効果はあるものの、他の政策と比較すると費用対効果は低い政策である(※5)」と述べています。学力を伸ばす効果はあるものの、教師を採用する膨大なコストに見合っているかどうかは微妙な数値です。
 少人数クラスほどコストがかからない「能力別学級」を算数や英語などで導入している自治体も多いようですが、効果量はd=0.12、効果としては極めて小さいものです。高収入で学習習慣が身についた高学力クラスに対して、低学力クラスには困難を抱える子どもが集められ、秩序が形成されず、学習に集中して取り組めない状態が続くので、公平性という点で課題があるようです。

3 教師の効果

 教師に関する要因は、例えば「教師の明瞭さ」効果量d=0.75、「教師と子どもの関係」効果量d=0.72など、宿題や少人数学級以上の効果量を示しています。
 「教師の明瞭さ」効果量d=0.75は難しい話ではありません。教師の話の聞き取りやすさや内容の分かりやすさなどが学力に影響を与える度合いが大きいということです。
 授業の概要について説明する場面、例示をする場面、子どもの意見や実践を評価する場面など「教師の明瞭さ」は学習のあらゆる場面で求められます。子どもから考えれば、先生が何を話しているのかが分かればスムーズに勉強できますし、それが学力に対する効果につながるのは妥当なことでしょう。
 「教師と子どもの関係」の効果量はd=0.72です。文字通り先生と子どもの関係性が良好であれば、子どもの学力は伸びるということです。
 例えば、子どもに共感的に接し、よく子どもの話を聞く先生がいるとします。子どもたちは自分に関心を寄せられ、周りからも気遣いを受けていると感じるでしょう。自分が期待されていると思う子どもたちは友達も尊重するようになります。学級に安心感や雰囲気が醸成され、子どもは学習に集中して取り組み、友達を尊重し、自主的、自律的に学習することになるようです。

4 教師という存在のかけがえのなさ

 ハッティは子どもの学力を向上させるためには「教師の質」と「教師と学習者との関係」が特に重要だと主張しています。
 「教師の質」とは教師の人格や熟練度のことではなく、教師が様々な指導法を身に着けたり、学習指導の失敗や成功などから学んだりしながら子どもを効果的な方法で教えてくれるかどうかという意味です。
 「教師と学習者との関係」とは、文字通り教師と子どもの人間関係であり、子どもに高い期待を抱くことを始まりとして、教師と子ども、子どもと子どもなどが、お互いに認め合う温かい学級風土が形成されることです。
 ハッティはそのような「児童生徒の学力を確実に高める教師」が大勢いるので「将来に希望がもてる」と述べています。
 そうだとすれば、教師が前述した「学級規模の縮小」や「能力別学級」の効果量が低いことも、それ自体の責任というよりも、教師の存在が原因ではないでしょうか。
 教える人数が変わったからといって自分の指導方法を大きく変える教師はまずいません。教師は自分に合った話し方や指導法を身に着け、日々これを実践しています。
 教師は、子どもの数にお構いなしに授業をするという言い方もできますが、目の前にどのような数の子どもたちがいても、自分の特徴を生かしながら全力で指導するのが教師の性分だとも言えると思います。
 40人学級でも、能力別学級の低学力クラス担当であっても、教師は日々指導の改善に努め、かけがえのない子どもたちのために最善を尽くしているのです。

 教師たちは、自分たちが「かけがえのない存在」であることにもっともっと自信をもっていいと思います。

 

※1:ジョン・ハッティ著/山森光陽訳「教育の効果 メタ分析による学力に影響を与える要因の効果の可視化」図書文化 2018
※2:前掲書48p
※3:例えば「宿題」の効果はd=0.29です。効果量としては平均以下です。宿題を出す、出さないの違いは、身長に置き換えれば180cmと182cmの差しかありません。
※4:山森光陽「学級規模の大小による児童の過去の学力と後続の学力との関係の違い~小学校第2学年国語を対象として~」教育心理学研究 2016
※5:中室牧子「学力の経済学」ディスカバー・トゥティワン
2015

「朝鑑賞」で学校改革

 今回も、美術を生かした教育プログラムを紹介します。読売教育賞2017「カリキュラム・学校づくり」部門の優秀賞(※1)を受賞した埼玉県所沢市立三ヶ島中学校(※2)の「朝鑑賞」です。

「朝鑑賞」とは

 日本では「朝読書」「朝ドリル」など、朝に短時間の学習活動を行う習慣があります。「朝鑑賞」はそこで「美術鑑賞」をするというアイデアです。きっかけは、2015年度に美大生の作品を学生自ら小中学校でギャラリートークする「旅するムサビプロジェクト(※3)」を実施したことがきっかけでした。
 2016年度から、週に1回、金曜日の朝10分間、全教科の先生が、全クラスでいっせいに美術鑑賞を始める「朝鑑賞」が始まります。ファシリテーターは学級担任と学年担当の先生、解説型ではなく対話型で進める美術鑑賞に、当初はずいぶんとまどったようですが、生徒の変化が実感できた頃から活性化してきたようです。筆者が校内研修に参加し、対話型鑑賞のスキル指導、ルーブリック作成、統計的な分析に関わり始めたのもこの頃です。
 2017年度、朝鑑賞はさらに発展します(※4)。他の学年の先生や複数の先生で実施する、少人数で作品を囲む、生徒がファシリテーターをするなど学習スタイルが多様になりました(※5)。鑑賞方法もオープンエンドな対話もあれば、問いやテーマを設けたディスカッションもあります。美術作品の幅も広がり、武蔵野美術大学の協力を得て、学生の作品を空き教室に収蔵し、そこから学級に貸し出す仕組みができていました(※6)。これらが、11月に読売教育賞の受賞、2018年2月2日研究発表会へとつながります。

「朝鑑賞」による先生の変化

 研究発表会等で報告された先生サイドの変化は以下のようなものです。

  • 先生が、生徒の話を聞けるようになった。
  • 一方向講義型の授業が減って、双方向的な授業が増加した。
  • 先生の役割や意識が「学びの場のコーディネーター」に変化した。
  • ダンスや数学の授業などでもディスカッションを取り入れるようになり、学習効果も見られる。
  • 先生同士の意見交換が盛んになり、お互いのスキルを共有するようになった。
  • 教師の経験年数や専門の教科を超えて学習方法を話し合うようになり、校内研修が活性化した。

 週1回とはいえ、朝鑑賞の実施は先生にとっては「今でも、大変」だそうです。でも、そう話す先生の顔は笑顔でした。自分の教師としての変化をうれしそうに語る先生もいます。研究発表会のある参加者は「この学校の先生たちには個性がある」と意見を述べていました。確かに、発表会では、先生たちが自分の個性を生かしながら朝鑑賞を進めていました。また個別に聞いた話では「答えのない美術鑑賞で、子どもと一緒に考えるのが楽しい」「ワイワイ、ガヤガヤする姿を、生徒が考えている姿だと受け取るようになった」「以前は一方的に価値判断していたが、生徒の意見をまず面白いととらえる」などの発言もありました。先生たちの質的な変化は確実に起こったようです(※7)

「朝鑑賞」による生徒の変化

 生徒の発言や様子から分かる変化は以下のようなものです。

  • 「考え方の違いを知るのが面白いです」「わいてきた感情を口に出せるようになりました」
  • 友だちの意見は「どうでもいい」ものではなく「すごいものだ」と尊重するようになった。
  • 相手の意見を取り入れて、さらに新しい考え方を提案するようになった。
  • 生徒が思ったことをすぐに口にできるようになった。
  • コミュニケーション能力や共感力が高くなり生徒同士の人間関係が改善した。
  • 違っていいという姿勢が、全教科の授業や学校生活、部活動で見られている。

 学力調査、ルーブリック、アンケートの調査などからは以下が分かりました。

  • 国語の書く力が約5~23ポイント伸びている(※8)
  • 朝鑑賞を肯定的に評価している生徒の割合が高い。(87%~94%)
  • ルーブリックを用いて「知識・理解」「話し合い」「自分の考え」「学びに向かう力」の4項目を自己評価させ、統計的な分析を行った結果、「学びに向かう力」を構成する要素として「自分の考え」が重要であることが分かってきた(※9)。一方、「話し合い」に関しては、学年クラスなどで結果が一定せず、重要な要素となっていない。

 研究発表で、ある参加者は次のように語っていました。「中学3年生がくっつきあって座っていました」。実際、多くの生徒たちは友だちの話を聞きながら、静かに、でも柔らかないい顔で考えていました。学習活動では、表面的な意見の内容やその活発さに注目しがちですが、達成されているのはむしろ別のことであることが多いものです。肩を寄せ合って友だちの話を聞いたり、仲よく隣の友だちと語り合う大勢の子どもたちの「雰囲気」が「朝鑑賞」のつくりだした成果かもしれません。

「美術の自由さ」がつくりだす子どもと先生と学校

 「1週間たった1回、10分の学習で学校が変わった」
 その声は事実だと思います。ただ、学校全体で一つのことに取り組んで学校が変わることは、研究活動や教育実践などで「よくある」ことです。「総合学習にがんばったら学力が上がった」「合唱でも挨拶運動でも変化は生まれる」などの意見もあります(※10)。授業研究など学校全体の取り組みから教育や成長の変化を紡ぎ出すのは、日本の学校教育のよさでしょう。
 同時に、それぞれのプログラムの特徴も明らかにする必要もあります。研究発表会で再三指摘されていたのは美術作品の解釈の自由さでした。研究発表会の当日パネルには「何を発言しても受け止める。それは『正解はない』からだ」と書いてありました。美術鑑賞で知識、歴史認識、文脈の理解などが重要であることは言うまでもありませんが、基本的な性質として、美術作品は完成すれば作家の元を離れ、解釈の自由を手に入れます(※11)。その性質は、そのまま鑑賞者への「問い」となって働きます。それが、三ヶ島中学校の生徒と先生を変えたのかもしれません。そうだとすれば、朝読書やドリルの成果とは異なる質の学習だといえるでしょう。
 「生徒」と「先生」という存在は、固定されているわけではなく、常に状況的です(※12)。「美術を用いた対話の学び」が相互行為や学習活動を活性化させ、新たな生徒と先生をつくりだした(※13)。そこに価値や意味が固定されない美術作品の自由さ、思考の軽やかさなどが効果を及ぼしているとすれば、他の教科とは異なる成果として評価できるのではないかと思います。「生徒も、先生も、学校も、美術鑑賞を通して新しい自分に出会っている」そのような教育のデザインが三ヶ島中学校の「朝鑑賞」なのかもしれません(※14)

 

※1:1952年に始まった読売教育賞は、小・中・高、幼稚園、保育所、教育委員会、PTAなどを対象に、意欲的な研究や創意あふれる指導を行い、すぐれた業績をあげている教育者や教育団体を顕彰しています。「国語教育部門」「算数・数学教育部門」「外国語・異文化理解部門」「地域社会教育活動部門」などがあります。
※2:校長沼田芳行先生
※3:「旅するムサビプロジェクト」は、学生の作品を学生自身が全国各地の小中学校でギャラリートークする「旅するムサビプロジェクト」、黒板に絵を描く「黒板ジャック」、空き教室を利用した「公開制作」や「ワークショップ」などを三澤一実教授の指導のもとに実施しています。
 「美術の楽しさや多様性を子どもたちに伝えると共に、学生自身のコミュニケーション能力やファシリテーション能力の向上、そして現場教員の研修や授業改善に大きな成果を出し、関係者全員が共に学び合うという、これからの美術教育の可能性を提案する取り組みです。(受賞概要より)」
※4:平成29年度所沢市教育委員会委託「学び創造プラン学校クリエイト研究」の指定も受けています。
※5:「ペア型」「ギャラリー型」「グループ型」などに類型化しています。
※6:「むさしの美術館」と呼ばれています。
※7:少なくとも、朝鑑賞の場面では先生―生徒のヒエラルキーを見ることはできませんでした。
※8:所沢市が毎年実施するステップアップテストの結果をもとにした所沢市中学校平均値との比較。
※9:1学期と2学期末の年間2回、2年間にわたって生徒全員に自己評価をさせた結果を分析しています。
※10:実践している先生たちの実感や成果が教育現場で一番大切です。
※11:参加していた武蔵野美術大学の学生は、自分の作品に対する生徒の思わぬ解釈に驚き、自分の作品の新しい意味を見つけていました。
※12:例えば部活動は「熱中する先生」や「顧問の言うことは聞く生徒」などをつくり出し、「生徒指導機能の部活動依存」や「働きすぎの先生」という問題をつくり出します。
※13:簡単な喩でいえば、職場では有能な会社員ですが、家では優しいパパなわけです。本当の自分がいるわけではなく、その場の状況に応じて人は在る。
※14:ここでいうデザインは色や形を構成することではなく、対象の向こうにある人の感情や行為をデザインするという本来の意味で用います。武蔵野美術大学の美術普及・振興プログラム[旅するムサビプロジェクト]は、2017年度グッドデザイン賞を受賞しています。
www.g-mark.org/award/describe/46019

美術を核にした教育プログラム

 先月号で、これから社会に対して美術の成果を訴えるプログラムが求められると述べました。本稿では、その一例として読売教育賞2017美術教育部門最優秀賞(※1)を受賞した「地域の色・自分の色」実行委員会の教科融合型学習プログラムを紹介します(※2)

色をテーマに「問い」が発展する教科融合型の学習プログラム

 「地域の色・自分の色」のいう教科融合型とは、理科+美術、国語+社会のような既存教科の接合ではありません。科学、社会学、言語学、芸術学などが溶け合って、一つの探求的な学習が行われるイメージです(※3)。中心的なテーマは色です。色をもとに子ども一人一人が問いを生み出す学習が展開します。
 実地調査に訪れたのは姫島村、大分県の国東半島の北東部、面積約7km2の姫島にある一島一村の行政区域です。人口は約1900人、代表的な特産物は黒曜石(※4)や車エビ(※5)、7つの火山によって形成された島は多様な地層や岩石が見られることで有名です(※6)。2013年には日本ジオパークとして認定されました(※7)。この姫島の小中学校で「地域の色・自分の色」学習の一つが行われています。
 姫島の海岸では、黒曜石をはじめとして黄、赤、薄緑といろいろな色の石を拾うことができます。姫島小の児童はこれを砕いて粉(顔料)にして絵具をつくり、絵を描きます。クルマエビの殻を蒸し焼きにし、炭をつくって文字を書いたり、植物で染料をつくって布を染めたりもします。その過程で色の仕組みを考えたり、関連する美術作品を鑑賞したりするなど多様な学習が展開されます(※8)
 学習を貫くのは子どもたち一人一人の問いです。参観した授業は、植物で布を染めた後に、問いを整理する場面でした。「どうすればきれいな色が出るのか」「なぜ出し方が違うと色の濃さが変わるのか」などの技術的な問い、「どうして水温が違うと色が変わるのか」「どうして枯葉は色が出ないのか」などの科学的な問い、さらに「なぜ花には色があるのか」「なぜ(世界に)色はあるのか」などの概念的な問いも生まれていました。「地域の色・自分の色」学習は、次々と問いが生まれるようにデザインされており、これを追求することで、無理なく科学や言語、社会などが絡み合って学習が進むようになっています。

美術を中心とした学習プログラム

 もう一つの特徴は、プログラムの中心に美術が位置づいていることです。すべての学習で美的な感性、創造的な思考、子どもの感じる美しさなどが大切にされています。
 国東市の安岐中学校では、「おいしい色って、どんな色?」という実践が行われました。生徒は国東地域の野菜や果物などを集めて並べ、撮影し、それをもとに布をつくって装います。野菜に加え、鯛や車エビ、タコなど地域の食材を用いて「ジアスピザ(※9)」をつくり、それを食します。子どもたちは美的な感性を常に働かせながら学習活動を展開し、地域の自然や社会について考えるというわけです。
 背景には2015年に開館した大分県立美術館の哲学があります。美術館の管理運営をつかさどる公益財団法人(※10)の佐藤禎一理事長は「鑑賞を含めた芸術活動は、教育全般をその根底で支え、成熟した社会を形成する」と述べています。芸術は社会形成の根底にあり、欠かせない要素だという考え方です。そこから「学校や地域の公民館等で、地域の歴史や文化を色や形という美術的な視点から見直す」のです。すでに評価の決まった美を教え込み、味わわせるのではなく、美術が本来持っている豊かさや感性などの視点から地域を問い直すのが、大分県ならではの美術館教育なのでしょう。

社会的な広がりと地域的な支援で深化する学習プログラム

 プログラムを実行する「地域の色・自分の色」実行委員会は美術館だけでなく、県、教育委員会、大学など複数の組織で構成されています(※11)。市町村や教育委員会などの行政組織は、人的支援、予算的配慮などを行います。大学の研究者は、科学的な調査やデータに基づいてエビデンスを蓄積します(※12)。公的な組織による実践の支援と、研究機関による成果の明確化などによって、子どもたちの学習を広げ、深めることが可能になっています。
 地域ごとに個性がはっきりしている大分県の強みも生かされています。大分県は、江戸時代に中津藩、杵築藩、臼杵藩などの八藩が分立し、それぞれ独自の文化が育まれていた場所です。1980年代には、一村一品運動(※13)を通して地域活性化や人材育成が図られました。今も、地域に応じて特徴のある文化や社会、経済などが形成されています。その上に学習プログラムが立脚しているのです。
 姫島村の実践も、2013年の日本ジオパーク認定がきっかけです。2014年から始まった「地域の色、自分の色」は、姫島の地層、人々の生活、地域の願いまで取り込みながら学習が進みました。そのときの小学生は今、中学3年生、学習成果をいろいろな形で示しています。例えば、「ハガキ新聞(※14)」はフェリーポートに持ち帰り自由で展示され、より多様な人々と交流し合えるようになっています。学力も大きく伸び、姫島村長は「近年子どもたちの成績が上がって、中学校は九州でトップクラス」と嬉しそうに語っていました。村とともに発展する教育だということが、本学習の重要なポイントなのでしょう。

 

 学習指導要領の改訂にともない、「社会に開かれた教育課程」「カリキュラムマネジメント」などの言葉が飛び交っています。既存の観光資源を取り入れただけの地域連携、美術科と他教科の表層的な合体などが行われれば、図画工作科や美術科は直ちに道具と化すでしょう。図画工作科や美術科で大切にしていることを中心において(※15)、子どもと社会の育ちを見つめるプログラムの開発が急務です。大分県の実践はそのための示唆を与えてくれるように思います。

 

※1:1952年に始まった読売教育賞は、小・中・高、幼稚園、保育所、教育委員会、PTAなどを対象に、意欲的な研究や創意あふれる指導を行い、すぐれた業績をあげている教育者や教育団体を顕彰しています(美術部門は隔年おき)。「もし全教科で一つ選ぶのであれば、この実践だ」という声もあったそうです。
※2:「地域の色・自分の色」実行委員会 実行委員長:照山龍治(公益財団法人大分県芸術文化スポーツ振興財団専務理事)、副委員長:簑田祐二(大分県教育センター副所長)、副委員長:木村典之(大分県教育庁義務教育課)、事務局長:塩月孝子(公益財団法人大分県芸術文化スポーツ振興財団)、参与:藤井康子(大分大学教育学部准教授)
※3:網代島で行われた学習のイメージ図

※4:マグマの水中噴出などで形成されるガラス質の火成岩。姫島産の黒曜石は乳白色から黒灰色の独特の色をしており、国の天然記念物に指定されています。写真は灰褐色の特徴的な黒曜石が露出している観音崎。

※5:かつて塩田が盛んで、その跡地で昭和35年から養殖されています。村長のアイデアによる「車エビのしゃぶしゃぶ」は特に有名です。
※6:金火山のふもとでは、粘性の強い溶岩が流れた縞模様の跡がよく分かる地層が見られます。

※7:「地球・大地(ジオ:Geo)」と「公園(パーク:Park)」とを組み合わせた造語で、ユネスコの定める基準に基づいて認定された世界ジオパークと、日本ジオパーク委員会が認定した「日本ジオパーク」があります。
※8:佐伯市立宇目緑豊小学校では「宇目色クレヨン」をつくって絵を描いています。

※9:ジアスとはGIAHS(世界農業遺産)のこと。杵築市を含む国東半島宇佐地域では、古くから多くのため池とシイタケ原木のクヌギ林が繋がれ、限られた水を有効に活用する農林水産循環システムが作り上げられています。平成25年には、国際連合食糧農業機関(FAO)から世界農業遺産(GIAHS)に認定されました。
※10:公益財団法人大分県芸術文化スポーツ振興財団。大分県の芸術文化の2大拠点施設「大分県立美術館」と「大分県立総合文化センター」を管理運営しています。
※11:関係機関連携推進協議会の構成員は大分県、大分県教育委員会、関係市町村・関係市町村教育委員会、大分大学、大分県芸術文化スポーツ振興財団、研究者等、有識者に元文部科学省事務次官、元国立美術館理事、弁護士など。
※12:津久見市の第一中学校の実践では、色彩感覚、創造性、語彙力などの変容を分析しています。
※13:当時の大分県知事である平松守彦が提唱し、大分県の各市町村がそれぞれ異なる1つの特産品を育てることを通して人材育成や地域活性化を図った地域振興運動。シイタケ、カボス、関アジ、関サバなどが有名です。
※14:『はがき新聞(公益財団法人理想教育財団)』は葉書サイズの新聞。生徒一人一人が地域で学習した成果を一枚にまとめ、フェリーポートの待合室に展示しています。
※15:感性や創造力、発見する力、やり遂げる力などいろいろあげられるでしょう。ただそれが具体的に何なのか、エビデンスはあるのか、と言われると現時点では誰も証明していません。ただ、証明されていないからあきらめるのではなく、これから明らかにする志が大事だと思います。

研究大会と授業研究、「これまで」と「これから」

 秋は県大会、全国大会など様々な研究大会が行われるシーズンです。授業や分科会、講演など様々なプログラムが実施されます。メインは授業研究、そこから参加者は多くの気付きや学びを得ています。本稿では研究大会と授業研究の「これまで」と「これから」について検討してみましょう。

1.研究大会と授業研究の「これまで」

 研究大会は、市町村大会、都道府県大会、地方大会(関東ブロック大会、東北大会等)、全国大会(全国造形教育連盟、日本教育美術連盟等)など様々なレベルで行われています。組織の形態は様々で、小学校と中学校で組織が異なる場合、幼・保、小・中、高と合同で行う地域、行政的な「○○市教育研究会・美術科部会(市教研)」と民間教育団体の「○○県造形教育研究会(造形研)」が一体化している場合などです。戦後、教育方法や教育内容などを研究するために全国各地で様々な教育研究団体が設立されましたが、その地域ごとの歴史を背負って発展したようです。
 研究大会ではたいてい授業研究が行われます。授業研究とは、先生たちが一つの授業を参観し、その題材計画や指導方法などについてみんなで協議するものです。レッスン・スタディと呼ばれ、日本では明治時代から続いています(※1)。他者の授業の参観や協議を通して授業改善や指導力向上を図る教育実践は、世界的に見れば珍しく、国内外で高く評価されています(※2)。その一端が今回の中央教育審議会の答申にも明記されているほどです(※3)
 授業研究の多くは「校内研」(校内研修あるいは校内研究の略)として行われます。「校内研」とは、学校の先生たちが共同で行う研修活動で、言語活動や地域連携などの横断的なテーマや特定の教科を設定するなどして指導法や教育の改善を行うものです。学校として取り組むことで、目の前の子どもの育ちに直接寄与できることがポイントです。図画工作科や美術科の研究大会における授業研究も、全体テーマをもとにしながら、それぞれの学校の取り組みとして位置づけられていることが多く、中には大会を目指して何年も授業改善に取り組む学校もあります。
 明治時代から行われていた授業研究は、戦後の教育運動や行政的な施策などを反映しながら発展し、今も各学校、市町村、都道府県、全国などで多様に展開されています。先生たちは様々な研究大会へ参加し、広い視野を獲得したり、専門性を深めたりしています。みんなで教育の質を高め、子どもを育もうとする貴重な実践、それが授業研究や研究大会だと思います。

2.研究大会と授業研究の「これから」

 一方、各教科等の実践が中心となる研究大会や、授業を通して教育を検証する授業研究は、どうしても教科そのものに閉じていく傾向が生じます。図画工作科や美術科においても、「美術は素晴らしい」が強調されて戸惑ったり、教科的な閉そく性を感じたりすることがあります。現在、学習指導要領は改訂され、美術をめぐる社会的な状況は大きく変化しています。これから「授業研究」と「研究大会」に何が求められるのか考えてみたいと思います。

  1. ある研究会で「『図画工作・美術は他の教科と違う』ではなく、他の教科と同じ土俵で競っていけるように研究に励んでいきたい」という発言がありました。そうだと思います。これまで作品や造形活動だけがゴールだったり、「こんな学習をしたので、こんな姿になった」という我田引水的な発表が行われたりしていたことは否めません。「三つの柱」で全教科等が貫かれた今は、他の教科と対等な結果を出していくことが求められるでしょう。図画工作科や美術科の学習を通してどんな学力を育成したのか、その成果は何か、単なる感想やアンケート集計に終わるのでなく、統計的な調査やルーブリックなどを活用したエビデンスの提示、研究機関との連携などが必要だと思います。
  2. 授業研究では、具体的に「三つの柱」の実現を目指す必要があります。例えば、「知識・技能」では、適切に形や色を取り出す、細部までよく観察するなど、「思考力・判断力・表現力等」では、必要な材料を取捨選択する、動きや方向を調整しながら画面を構成する、複数の資料を論理的に組み立てるなど、「学びに向かう力、人間性等」では、友達の発想を取り入れて自分の活動を高める、オリジナルな視点や意見を出そうとする、他者を尊重し協働的に活動するなどが考えられます。指導方法と評価の関係を明らかにしながら具現的に想定することが大切でしょう。特に小学校中学年以上では、獲得した力や発揮した力などを子ども自身が自覚することも重要なポイントです。
  3. 「カリキュラム・マネジメント」の観点からは、単純な教科間連携だけで参加者を納得させることが難しくなります。「社会に開かれた教育課程」=「美術館との連携」も安易でしょう。人々は、図画工作科や美術科が、子どもたちの育成だけでなく、どのように社会に寄与しているかを知りたいのです。すでに自治体レベルで、「芸術を核にした教育」と呼べるような実践に取り組んでいる例もあります(※4)。教育の中心に芸術諸教科が位置づくプログラムを提案するのも方法の一つだと思います。
  4. 美術館で仕事や会議をする空間「はたらける美術館」

  5. 図画工作科や美術科の大切さや効果などについては、いまだに明確に証明されていません。美術教育で育つのは創造性なのか、独創的な問題解決力なのか、気付く力なのか、グリットなのか、感性の豊かさなのか、何も分かっていないのです。一方で、社会は美術教育に高い可能性を感じています(※5)。それが時代の要請だとすれば、学校教育だけに拘泥するのではなく、美術に対する社会の期待に応えることも研究大会の一つの在り方だと言えるでしょう。

 今回の改訂は、単なる学力観の変化ではなく、時代や社会に応じた「学力そのものの変化」がポイントです。20年後、30年後の社会を視野に入れて、新しい学力を図画工作科や美術科から提案する「志」が授業研究と研究大会に求められているのかもしれません。

 

※1:「各学校で授業研究を実施するのは当然という文化が形成されており、教師の研修は教育センターにおける研修受講と授業研究を核とした構内研修により実施されることが、何の疑いもなくほとんどの教師に当然のことと受け取られている」 千々布 敏弥「日本の教師再生戦略―全国の教師一○○万人を勇気づける」教育出版
2005
※2:前掲書「授業研究が米国内に知られることとなったのは『ティーチング・ギャップ』出版の後であるが、授業研究がブームとなってきたのは、平成15(2003)年からととらえてよい。」
※3:「我が国では、教員がお互いの授業を検討しながら学び合い、改善していく「授業研究」が日常的に行われ、国際的にも高い評価を受けており、子供が興味や関心を抱くような身近な題材を取り上げて、学習への主体性を引き出したり、相互に対話しながら多様な考え方に気付かせたりするための工夫や改善が続けられてきている。こうした「授業研究」の成果は、日本の学校教育の質を支える貴重な財産である」中央教育審議会「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)」2016 48p
※4:例えば、読売教育賞2016 美術教育部門最優秀賞「地域の色・自分の色」実行委員会(大分市)

「地域の色・自分の色」石や貝殻を金槌で砕く

※5:すでにこの連載で指摘しているように、海外ではアートスクールが企業研修を担当し、美術館のギャラリートークにビジネスマンが参加しています。学び!と美術<Vol.61>「美術への期待と学力のエビデンス」。日本でも「アートセミナーが部長クラスのビジネスマンの予約で埋まってしまう」(アマナ・アートセミナー)、「地域の経済界のリーダーが美術鑑賞とビジネスの研修会に参加する」(内外情報調整会)などの状況が生まれています。