巡礼の約束

©GARUDA FILM

 3年ほど前、チベットで牧畜を営む家族の暮らしぶりを描いた、ソンタルジャ監督の「草原の河」を本欄でレビューした。このほど、ソンタルジャ監督の新作「巡礼の約束」(ムヴィオラ配給)が公開となる。
 チベット高原の東端にギャロン地区がある。四川省の成都からバスで7時間ほどで、正確に言うと、四川省チャン族自治州になる。標高1800メートルほどの山あいの村に、ロルジェ(ヨンジョンジャ)とその父、ロルジェの妻のウォマ(ニマソンソン)が暮らしている。
 明け方、泣きながら、ある夢を見たウォマが目覚める。ロルジェは、心配しながら火を起し、ウォマは供養するが、ロルジェには、ウォマの行動の意味がよく理解できない。
 ウォマは病院で、医師からあることを宣告されるが、ロルジェには、なにごともなかったように振る舞う。そして、突然、ウォマは宣言する。「五体投地でラサヘ巡礼の旅に出る」と。
 五体投地とは、チベットの聖地ラサへの巡礼の方法で、両手、両膝、額の体の5ヶ所を地面に投げ出して祈る。当然、時間がかかる。ざっと、1日に5kmほどしか進めない。ロルジェは反対するが、ウォマの決意は固い。
©GARUDA FILM 巡礼の前に、ウォマは実家に父母を訪ねる。実家には、病気で亡くなった前夫との息子ノルウ(ルィチョクジャ)が暮らしている。母親と暮らしたいノルウは、小学校でも喧嘩ばかりで、部屋に籠もったままで、母親と会おうとしない。
 巡礼の準備が進む。手にはめる木型を松の木で作ってやるロルジェだが、内心は気が気でない。出発が近づく。村の娘ふたりがウォマに同行することになる。
 出発して2週間、ロルジェがバイクでウォマに追いつく。病院での結果を知ったロルジェが、巡礼をやめさせ、大きな病院で治療させようとするが、ウォマはかたくなに拒否する。怒ったロルジェは、「勝手にしろ」と、バイクで走り去る。付き添いの村の娘は、ふたりとも、すでにいなくなっている。
 ウォマの弟が、母親に会いたがっているノルウを連れて、ウォマに追いつく。ウォマは、久しぶりに会ったノルウを抱きしめる。
 怒って別れたロルジェが戻ってくる。ノルウを届けたウォマの弟は、ノルウを連れて戻ろうとするが、ノルウは言う。「一緒にラサに行きたい」と。
 実の母と息子、息子ノルウと母のいまの夫ロルジェは、他人である。母と一緒に暮らせないノルウは、ロルジェをこころよくは思っていない。ウォマは、病魔と闘いながらも、五体投地を続けている。ウォマの亡くなった夫への思慕を理解しても、ロルジェには、秘めた嫉妬もあるはずだ。やがて、ウォマは、巡礼に出た真の理由を、ロルジェに話し始める。
©GARUDA FILM 少ないセリフで、練りに練った脚本だ。ドラマの進行に合わせて、人物の関係像が少しずつ、露わになっていく。ロルジェは、妻の決意をどのように理解するのか。前夫との間の息子と、どう立ち向かうのか。
 静謐なドラマの進行にあわせて、緊張感が漲る。風景は、絶景である。世界でいちばん美しい村に選ばれた場所から、遙か西のラサへの巡礼である。五体投地でラサに向かう。1日5km。ラサまでは、1年かかる行程だ。チベットの人たちの信仰の深さは、半端ではない。
 ロルジェたちは、旅の途中、とても親切な家族に出会う。心優しい人ばかりではないとは思うが、信仰の旅人を暖かくもてなすのも、チベット文化のいいところだろうか。
 人生には、いろんなことがある。楽しいことより、辛いことのほうが多いかもしれない。チベットの人たちは、自分のことばかり考えず、他者を理解し、他者のために祈る。あらまほしいことだ。
 ロルジャを演じたヨンジョンジャは、歌手としても有名で、チベット文化の普及、継承に尽力している。本作のプロデューサーでもある。映画初主演と思えないほど、繊細な表情で演じきる。また、まだ小学生だが、ノルウを演じたツィチョクジャが、少年の屈折した心情を、巧みに演じて、驚く。
 ソンタルジャ監督の「草原の河」はもちろん、チャン・ヤン監督の五体投地の詳細を描いた「ラサへの歩き方 祈りの2400km」をご覧になると、さらに本作へのご理解が深まることと思う。

2020年2月8日(土)より、岩波ホールほか全国順次ロードショー

『巡礼の約束』公式Webサイト

監督:ソンタルジャ
プロデューサー:ヨンジョンジャ
脚本:タシダワ、ソンタルジャ
出演:ヨンジョンジャ、ニマソンソン、スィチョクジャ
2018年/中国語題:阿拉姜色/英語題:Ala Changso/中国映画/109分/シネマスコープ/5.1chサラウンド/字幕:松尾みゆき/字幕監修:三宅伸一郎
配給:ムヴィオラ

イーディ、83歳 はじめての山登り

© 2017 Cape Wrath Films Ltd.

 「人生、なにをするにも、遅すぎることはない」。また、「人間、死ぬまで勉強」。そんなことが、じっくりと伝わってくる映画が「イーディ、83歳 はじめての山登り」(アット エンタテインメント配給)だ。
 タイトル通り、長年、ロンドンに住むイーディ(シーラ・ハンコック)は83歳の老女。もう30年間、夫の介護を続けている。その夫が亡くなる。ふと、イーディは、父親の書いた古い絵はがきを見つける。そこには「この変な山に登ろう」とある。変な山とは、スコットランドにあるスイルベンという山だ。
 長年の介護を続けたイーディの苦労は、娘のナンシー(ウェンディ・モーガン)には、なかなか理解できない。3年後、ナンシーは、イーディを施設に入れようとする。豪華な設備の施設だが、そこに住む人たちを見て、イーディは愕然とする。まるで、ただ死を待つだけなのか……。
 イーディが家のなかを整理していても、つい口論ばかりで、母と娘の関係はギクシャクしたままだ。
© 2017 Cape Wrath Films Ltd. そんなある日、イーディはなじみのフィッシュ&チップスの店で、いつもの食事をする。ふと、イーディは、「追加注文をしてもいいか」と尋ねる。「なにも遅すぎることはないさ」と店員。突然、イーディははっと気付く。すでに諦めていたけれど、父との約束だったスイルベン山に登ろう、と。
 「しばらく留守にする」と、ナンシーに留守電を入れたイーディは、ひとり、夜行列車のカレドニアン・スリーパーに乗り、インバネス駅に到着する。
 ユーモアのセンスはあるものの、イーディは気弱なのに頑固で、やや偏屈な女性だ。駅で偶然知り合った青年のジョニー(ケヴィン・ガスリー)は、たまたま登山用品店を営んでいる。イーディは、ジョニーに、いろいろと助けてもらいながらも、その都度、口論になる。それでも、ジョニーは友人のマクローリン(ポール・ブラニガン)とともに、イーディのいろんな事情を知るうちに、キャンプの基礎知識や、登山道具の使い方、登山ルートの確認などを、イーディに指導していくことになる。やがて、イーディは、他人に頼ることの重要さに気付いていく。
© 2017 Cape Wrath Films Ltd. スイルベン山は、731mの低い山だが、頂上に登るには、2kmもの急勾配の尾根がある。元気とはいえ、イーディは、83歳の老女である。果たして……。
 スコットランドの絶景が続く。老女と青年の、ほんわかとなる心のふれあいがある。なにより、何歳になっても謙虚に学ぼうとするイーディの心意気に感心する。
 イーディを演じた女優シーラ・ハンコックは、1933年生まれで、映画の撮影当時は、イーディとほぼ同じ年齢だ。長年の構想を実現させた監督は、CM業界のキャリア豊富なサイモン・ハンター。イーディに寄り添うジョニー役は、「サンシャイン/歌声が響く街」や「ダンケルク」に出ていたケヴィン・ガスリーで、大ベテラン女優を相手に、互角に渡り合う。
 ニュージーランドの有名な登山家、エドモンド・ヒラリーは言っている。「私たちが征服するのは、山ではなく私たち自身だ」と。ラストの30分ほどは、ほとんど、セリフのない映画である。イーディの行動と、胸の内に去来する「想い」は、きっと見る者に勇気を与えてくれるはずだ。「Never Too Late」(遅すぎることは決してない)なのだから。

2020年1月24日(金)、シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー

『イーディ、83歳 はじめての山登り』公式Webサイト

監督・脚本:サイモン・ハンター
出演:シーラ・ハンコック、ケヴィン・ガスリー、ポール・ブラニガン、エイミー・マンソン、ウェンディ・モーガン
2017年/イギリス/英語/102分/シネスコサイズ/原題:Edie
後援:(公社)日本山岳・スポーツクライミング協会、ブリティッシュ・カウンシル
配給:アット エンタテインメント

ブレッドウィナー

© 2017 Breadwinner Canada Inc./Cartoon Saloon (Breadwinner) Limited/ Melusine Productions S.A.

 カナダ、アイルランド、ルクセンブルグの合作になるアニメーション映画「ブレッドウィナー」(チャイルド・フィルム、ミラクルヴォイス配給)は、混乱のアフガニスタンを生きぬく、11歳の少女パヴァーナの物語だ。
 2001年、アメリカに同時多発テロ事件が起きる。アメリカはタリバンの犯行と決めつけ、タリバンの支配するアフガニスタンに軍事介入する。
 パヴァーナは、教師だった父ヌルラ、作家の母ファティマ、姉のソラヤ、幼い弟ザキと、首都カブールの小さなアパートで暮らしている。パヴァーナには兄のスレイマンがいたが、地雷で亡くなっている。
 「父さんが若かった頃は、平和がどんなものか知っていた」と話す父から、いろんな物語を聞きながら育ったパヴァーナは、みんなにお話を聞かせるのも得意だ。市場で、手紙の読み書きを教えて生計をたてている父を手伝うのもパヴァーナの仕事だ。
 ある日、父をイスラムの敵だと決めつけるタリバンが、父を連行する。稼ぎ手(ブレッドウィナー)を失った一家は、途方にくれる。タリバンは、男性が同伴しない外出を禁じているため、外で働くこともできないし、買い物にも行けなくなる。パヴァーナは、髪の毛を切り、少年に変身し、一家のブレッドウィナー、稼ぎ手となり、逮捕された父を救いだそうと奔走することになる。
© 2017 Breadwinner Canada Inc./Cartoon Saloon (Breadwinner) Limited/ Melusine Productions S.A. 原作は、カナダの作家デボラ・エリスの書いた「生きのびるために」(さえら書房・もりうち すみこ 訳)だ。平和活動家でもあるデボラ・エリスは、パキスタンの難民キャンプで暮らしている多くのアフガニスタンの女性や少女に取材する。この取材を基に書かれたのが「生きのこるために」などの連作集である。
 原作、アニメーションともに、11歳の少女の視点から、当時のカブールの様子が活写される。現実の世界には、多くの困難がある。治安を目指していても、アメリカやイギリスの軍事介入では、なにも解決しない。解決しないどころか、一般市民にも多くの犠牲者が出ているはずである。
 このほど、ワシントン・ポスト紙が報道した「アフガニスタン・ペーパーズ:その戦争の隠された歴史」によれば、アメリカの政府高官や軍の幹部たちは、復興支援や軍事作戦の失敗を認めながらも、その事実を国民に隠蔽していた。ブッシュ、オバマ政権で続いていた軍事介入の真実が改竄され、政権維持のために利用されていたのだ。
 アメリカがアフガニスタンに投入した費用は1兆ドル近く。2001年以降、アフガニスタンで死亡したアメリカ兵は2300人、負傷者数は2万人以上という。もちろん、一般市民を含めたアフガニスタン人の死傷数は、もっと多いはずである。
© 2017 Breadwinner Canada Inc./Cartoon Saloon (Breadwinner) Limited/ Melusine Productions S.A. 12月4日、アフガニスタンで医療を続け、砂漠に用水路を作り続けている中村哲さんが銃撃されて、亡くなった。2002年の春、一時帰国した中村さんにインタビューしたことがある。すでに当時から、中村さんたちが井戸を掘っているすぐ近くで、戦闘があった。2001年の同時多発テロ事件後、アメリカ、イギリスなどによる軍事介入の直後で、2002年のボン合意に基づき、カルザイが大統領に就任する前の話である。中村さんは言う。「砂漠に爆弾を落としても、平和は来ない」。
 2012年、当時の大統領だったオバマは演説する。「ビンラディン容疑者を殺害し、アルカイダ打倒の目的達成寸前まできた」と。
 今の世界は、多くの問題を抱えている。軍事力で解決できるはずがない。映画「ブレッドウィナー」は、多くの若い人たちが、いろんな世界に住む子どもたちについて考え始めることを呼びかけている。
 監督はノラ・トゥーミーというアイルランド生まれの女性。以前、共同監督で、「ブレンダンとケルズの秘密」という傑作アニメーションを撮っている。
 映画のキャッチコピーがいい。「怒りではなく、言葉を伝えて。花は雷ではなく、雨で育つから――」。その通りだろう。

2019年12月20日(金)より、YEBISU GARDEN CINEMA他全国順次公開

『ブレッドウィナー』公式Webサイト

監督:ノラ・トゥーミー
脚本:アニータ・ドロン
原作:デボラ・エリス 「生きのびるために」(さ・え・ら書房)
エグゼクティブ・プロデューサー:アンジェリーナ・ジョリー
声の出演:サーラ・チャウディリー、ソーマ・チハヤー、ラーラ・シディーク、シャイスタ・ラティーフ、カワ・アダ、アリ・バットショー、ヌリーン・グラムガウス
音楽:マイケル&ジェフ・ダナ
編集:ダラ・バーン
アート・ディレクター:リザ・ライヒー、キアラン・ダフィ
アニメーション監督:ファビアン・アウリングハウサー
原題:THE BREADWINNER/カナダ・アイルランド・ルクセンブルク/2017年/93分/カラー/ドルビー・デジタル/スコープサイズ/字幕翻訳:天野優未
配給:チャイルド・フィルム/ミラクルヴォイス
後援:アイルランド大使館/カナダ大使館

人生、ただいま修行中

©Archipel 35, France 3 Cinéma, Longride -2018

 もう30数年前になるが、看護婦(当時は看護師という呼称ではなかった)の仕事を取材したことがあった。印象深い発言があった。「人の人生の最期に立ち会うことができる。こんな職業は、ほかにはあまり、ない」と。
 40数年前に、長く入院していたことがある。看護婦の仕事を間近で眺めていた。週に夜勤が2回、多いときは3回。朝、寮に戻って、また夕方から勤務と聞き、たいへんな職業と思った。ベテランの看護婦さんもいたが、新人もいて、注射など、あきらかに技術の違いがあった。入院中のまま、亡くなった患者が何人もいた。
 フランスの映画監督ニコラ・フィリベールの「人生、ただいま修行中」(ロングライド配給)というドキュメンタリー映画を見て、昔のことが、あれこれとよみがえってくる。
 およそ人は、なんのために働くのだろうか。生きるため。家族のため。自己実現のため。さまざまな答えがあると思う。「誰かのために働くこと」の職業のひとつが、看護師だろう。
 「パリ・ルーヴル美術館の秘密」や「音のない世界で」、「ぼくの好きな先生」などを撮ったフィリベールは、2016年、塞栓症で倒れ、救急救命室に運ばれる。なんとか一命をとりとめたフィリベールは、医療関係者、ことに看護師といっしょに映画を撮ろうと決心する。選んだテーマは、看護師を目指す人たちが、看護学校でどのような教育、指導を受けて看護師となるのか、だ。
©Archipel 35, France 3 Cinéma, Longride -2018 パリ郊外にあるサンシモン看護学校に、看護師を目指す40人ほどの生徒がいる。年齢、国籍、出身地、宗教はさまざま。
 全体は3部構成で、冒頭に詩の一節が提示される。第1章は「逃げるからこそ捕らえる」。
 看護学校での、さまざまな訓練ぶりが、細かく紹介される。手の消毒。血圧の測定。ベッドから患者を抱え上げる。技術的なことばかりではない。教官が、看護師の心得を読み上げる。「看護師は全ての人々に対して 耳を傾け助言し 教育および看護をする 出自や慣習 社会的地位や 家庭環境 信仰 宗教 障がい 健康状態 年齢 性別 保険の有無にかかわらず 平等に看護を提供する」。看護師に限らず、どのような職業にも共通する心得だろう。
 授業は続く。長く入浴していない患者への対応。不当な謝礼は受けない。多くの患者に対応することで看護の質を落とさないなどなど。
 さらに、注射器の扱いや注射の方法。人工呼吸。新薬など薬の授業。採血の実技や血液型や輸血の知識。乳児の吐かせ方。酸素吸入。点滴の準備などなど、実技や勉強が続く。
 第2章は、「暗くなるからこそ見る」。
 実技が続いている。病室のベッドメーキングや、手術前の準備や心得を学ぶ。「患者とどう対応するかを、あらかじめ整理しておくこと」と指導官。
 抜糸する患者や、ギプスのとれる患者がいる。すべて実習の一環だ。採血実習もある。教官は「あせらないで、リラックスして」と言うが、うまくいかない。
 患者さんと話すのも実習のひとつ。庭を散歩しながら、話し相手になる。愉快な患者さんは、救急車の音を聞くたびに、「フランソワーズ・アルディの歌を思い出す」と言って、唄い出す。
©Archipel 35, France 3 Cinéma, Longride -2018 圧巻は第3章だ。「死ぬからこそ求める語り 引き裂かれるからこそ」。
 実習の報告書を出し、資格テストを前にして、指導官との面談が始まる。合計13名が登場し、悩み、希望、現実を語る。その一言一言が、重い。
 末期がんの患者を見送った男性は、「最期の瞬間に立ち会い、いろんな話が出来たし、お別れも言えた」と感慨を語る。実習の5週間で、5、6人が亡くなったという女性は、「逃避していたかも」と反省する。辛い経験に泣く人。成績のいい人。技術に自信のない人。アラビア語の通訳で医師に協力した人。看護師の適正がなく、別の進路を考えたらと助言される人……。現場に精通する指導官の対応が、ことごとく見事。実習生のもろもろに、深い理解を示し、助言し、導く。
 いったいに、人は、他人が喜び、他人を救うために働くことを学ぶ、という気持ちがあるはず。看護の労働環境は、どの国でもそう恵まれているわけではないと思うが、それでも、他人のために、他人が喜ぶために、人は学び、学ばなければならない。
 エンドロールに、ボブ・ディランの「ドント・シンク・トゥワイス・イッツ・オール・ライト」のカバー曲が流れる。「考えてもしょうがない ベイビー くよくよするな これでいい」。
 監督ニコラ・フィリベールの、学び、指導するさまざまな人間を見つめる暖かなまなざしに、心がほんわか。すてきなドキュメンタリーだ。

2019年11月1日(金)より、新宿武蔵野館他全国順次公開

『人生、ただいま修行中』公式Webサイト

監督・撮影・編集:ニコラ・フィリベール
2018年/フランス/フランス語/105分/アメリカンビスタ/5.1ch/カラー/英題:Each and Every Moment/日本語字幕:丸山垂穂/字幕監修:西川瑞希
配給:ロングライド
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
文部科学省特別選定(青年、成人向き)
文部科学省選定(少年向き)

ゴッホとヘレーネの森 クレラー=ミュラー美術館の至宝

©2018- 3D Produzioni and Nexo Digital – All rights reserved

 画家ファン・ゴッホを題材にした映画作品は多い。1853年、オランダに生まれたゴッホは、亡くなるまでの10年ほどの短い期間で、多くの作品を残す。生前に売れた絵はわずか1枚という。画家としての高い評価は、ごく一部の人のみ。ゴッホは、自ら耳を切り落とす。1890年、わずか37歳で、ピストル自殺する。
 ゴッホの画家としての圧倒的な名声は、死後ずいぶん経ってからである。映画の題材になるのは、それだけ、ゴッホの人生がドラマチックだからだろう。
 このほど公開されるのは「ゴッホとへレーネの森」(アルバトロス・フィルム配給)というドキュメンタリー映画で、「クレラー=ミュラー美術館の至宝」という副題がついている。
 タイトルになっているヘレーネ・クレラー=ミュラーは、オランダの資産家で、無名のまま亡くなったゴッホの作品と出会い、約300点を収集した女性だ。
 初めてゴッホの絵のことを知ったのは、ヴィンセント・ミネリ監督の「炎の人 ゴッホ」という映画だった。カーク・ダグラスがゴッホに扮し、ゴーギャン役で、アンソニー・クインが出ていた。この映画を見て、ゴッホとゴーギャンに親交があったことを知った。
 また、全8話からなる黒澤明監督の「夢」の第5話「鴉」には、映画監督のマーティン・スコセッシが、ゴッホに扮していた。
 さらに、直接、ゴッホとは関係ないけれど、「世界で一番ゴッホを描いた男」という中国映画があった。広東省ダーフェンの「油画村」で、ゴッホの複製画を20年にわたって描いている男が、本物のゴッホの絵を見たくて、オランダに行こうとするドキュメンタリーだ。
©2018- 3D Produzioni and Nexo Digital – All rights reserved これは未見だが、もとはBBCのテレビ映像で、ロバート・アルトマンが監督した「ゴッホ」もある。ティム・ロスが案内役を務めている。
 つい最近だが、全編アニメーションで、ゴッホの人生を描いた映画があった。「ゴッホ~最期の手紙~」で、ゴッホの絵を模写する世界じゅうの画家125人が結集し、その原画約6万枚から構成された力作だった。
 また、この11月8日から公開になるが、ウィレム・デフォーがゴッホに扮した映画「永遠の門 ゴッホの見た未来」を見た。これまた、恵まれなかったゴッホの画業と、晩年の暮らしぶりを精緻に描いた力作だった。
 「ゴッホとへレーネの森」は、へレーネ・クレラー=ミュラーが、どのようにゴッホの作品と出会い、惚れ込み、コレクションし、ついに、1938年、オランダの森のなかに「クレラー=ミュラー美術館」を創設するまでを描いている。ゴッホ作品はもちろん、生前、ゴッホと会うことのなかったへレーネの人生への賛辞に満ちている。
 へレーネは、「妻か修道女のように、ファン・ゴッホに生涯を捧げた」。また、へレーネの伝記作家は言う。「へレーネはゴッホと同様に手紙を書き続けた。3000通以上よ」。「ゴッホは皆が喜ぶ作品を描こうとしたのではない。人間の魂の深淵に触れようとしていた」。「へレーネの収集品は、死後に評価された。ファン・ゴッホと同じだ」。現在のクレラー=ミュラー美術館館長の女性は言う。「へレーネは人生をかけて収集し、一大コレクションを遺した」。作った美術館に、「生前に会うことのなかった2人は、今そこで共にいる」。「今は世界中から作品展示の依頼が来る」。
©2018- 3D Produzioni and Nexo Digital – All rights reserved へレーネは、資産家には希有な、ゴッホ同様の質素な暮らしぶりだったらしい。とにかく、ゴッホの作品に魅せられ、その人生をゴッホ作品のコレクションに捧げた。
 ゴッホは生前、スポンサーだった弟のテオをはじめ、多くの手紙を書いている。へレーネもまた、多くの手紙を遺している。全編のナレーションを担当するのは、映画「人間の値打ち」や、「歓びのトスカーナ」などに出ていたイタリアの女優ヴァレリア・ブルーニ・テデスキで、ハスキーだが、しっとりとしたナレーションで、ゴッホとへレーネの手紙を朗読する。
 本来、絵は見る人の感性によって、評価は異なる。それぞれ、好き嫌いがある。作品を見て、心を打ち、いいなあと思うのは、作品そのものではなく、鑑賞する側の人間の内面、感性だろう。ゴッホの作品が、これだけ多くの人を魅了するのは、恵まれなかった境遇でも、絵として表現する情熱を決して忘れなかったからだろう。
 たまたま、10月11日から、上野の森美術館で「ゴッホ展」が開催されている。来年の1月25日からは兵庫県立美術館でも開催されるので、ぜひ見てみたいと思っている。
 「糸杉」、「ひまわり」、「星月夜」、「自画像」、「タンギー爺さん」、「夜のカフェテラス」など、いずれも燃えるようなゴッホの表現が大好きだ。これからも、さまざまな形で、ゴッホは語り継がれ。その画業は、表現され続けると思う。

2019年10月25日(金)より、新宿武蔵野館ほか全国順次公開

『ゴッホとヘレーネの森 クレラー=ミュラー美術館の至宝』公式Webサイト

案内人:ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ
監督:ジョヴァンニ・ピスカーリア
脚本:マッテオ・モネタ
美術史コンサルタント:マルコ・ゴルディン
音楽:レモ・アンツォヴィーノ
英題:VAN GOGH – OF WHEAT FIELDS AND CLOUDED SKIES
2018年/イタリア映画/伊語・仏語・英語/ビスタ/5.1ch/90分
協力:オランダ政府観光局
提供:ニューセレクト
配給:アルバトロス・フィルム

ディリリとパリの時間旅行

© 2018 NORD-OUEST FILMS – STUDIO O – ARTE FRANCE CINEMA – MARS FILMS – WILD BUNCH – MAC GUFF LIGNE – ARTEMIS PRODUCTIONS – SENATOR FILM PRODUKTION

 ベル・エポック。「良き時代」、と呼ばれている。19世紀末から、第一次世界大戦が始まる1914年までのパリに、華やかな文化が花開く。
 1900年、フランス人との混血で、ニューカレドニアで育った少女ディリリが、パリにやってくる。アニメーション映画「ディリリとパリの時間旅行」(チャイルド・フィルム配給)は、ディリリがパリでの博覧会に出演しているところから始まる。ディリリは、三輪車で配達人をしているオレルと知り合う。パリでは、少女の誘拐事件の話題で持ちきりで、ふたりは、実在した著名人の協力を得て、事件を解明しようとする。
 当時のパリに住む、さまざまなジャンルの著名人が、若干の時空を超えて、驚くほど続々と登場する。誰が、どのような場所で、誰と、どういうふうに登場するかが、けだし、見ものである。たぶん、劇場で販売されるパンフレットに、登場人物の一覧が掲載されると思うが、それぞれが、どのような人物かを調べると、たいへんな勉強になるはず。
 いきなり、歴史家のエルネスト・レナンが登場する。フランス語が堪能で、礼儀正しいディリリが、ニュー・カレドニアで教えを受けたのは、女性の無政府主義者で、ニュー・カレドニアに追放されたルイーズ・ミッシェルだ。配達人のオレルは、キュリー夫人の娘エーヴを学校に迎えに行く仕事もしている。
 パリでは、少女の誘拐事件が続発している。犯人は、男性支配団と名乗るグループらしい。ディリリは、パリに詳しく、顔の広いオレルの案内で、パリの有名人に出会い、男性支配団について質問を重ねていく。
 モンマルトルにある集合アトリエのバトー・ラヴォワール(洗濯船)には、パブロ・ピカソ、アンリ・ルソー、コンスタンティン・ブランクーシ、フリーダ・カーロらがいる。ピカソから、男性支配団のアジトのあるらしい場所を聞いたディリリとオレルは、モンマルトルの丘の上に向かう。
 ある屋敷に近づいたところ、オレルは狂犬病の犬に、足を噛まれてしまう。ディリリは、オレルを三輪車に乗せ、モンマルトルの坂の上から急降下し、パスツール研究所に向かう。オレルは、細菌学者のルイ・パスツールの治療を受け、なんとか事なきを得る。
© 2018 NORD-OUEST FILMS – STUDIO O – ARTE FRANCE CINEMA – MARS FILMS – WILD BUNCH – MAC GUFF LIGNE – ARTEMIS PRODUCTIONS – SENATOR FILM PRODUKTION ディリリとオレルは、オペラ座で、「カルメン」で有名なオペラ歌手のエマ・カルヴェに会う。父がスペイン人、母がフランス人のカルヴェは、クロード・ドビュッシーの新作オペラ「ペレアスとメリサンド」のリハーサル中だ。ふたりは、ドビュッシーとすれ違う。カルヴェの運転手ルブフは、横柄な態度で無愛想、たいへん失礼な男だ。
 その後、ふたりは、ジュール・ヴェルヌに出会い、クロード・モネとピエール=オーギュスト・ルノワールが絵を描いている現場に出くわす。ふたりは、「ムーラン・ルージュ」に行くよう、勧められる。
 ムーラン・ルージュでは、「天国と地獄」序曲に合わせて、カンカン踊りの真っ最中。「ジジ」で有名な女流作家のシドニー=ガブリエル・コレットがいる。アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックが、カンカンの踊り子たちの絵を描いている。ロートレックは、先輩の大画家エドガー・ドガから、絶賛の言葉を聞く。
 ディリリは、男性支配団が、宝石泥棒を決行する話を耳にする。事件を防ぐために、オレルは、ディリリとロートレックを三輪車に乗せ、アイリッシュ・アメリカン・バーに出向く。
 バーでは、作曲家のエリック・サティが、「ジムノペディ第1番」をピアノで弾いている。ディリリは、男性支配団と思われる人物から、「サラ・ベルナール、秘密兵器、地獄の門」というキーワードを盗み聞きする。大女優のサラ・ベルナールについては、作家のマルセル・プルーストが詳しい。プルーストを訪ねてみると、どうやら男性支配団は、サラ・ベルナールを狙っているらしいことが判明する。
 さらに、ディリリたちは、「地獄の門」を作った彫刻家のオーギュスト・ロダンを訪ねる。ちょうど、エミール・ゾラの依頼で、バルザックの肖像を彫っていたところである。
 ディリリたちは、なんとか、宝石強盗決行の日と場所を突き止めるのだが……。
 ざっとのあらすじをたどるだけでも、わくわくしてくる。事実、当時のパリには、世界じゅうから、多くの著名人が集まっていたのだ。また、さまざまなジャンルで、女性の活躍が始まった時代でもある。
 なにより、アニメーションが素晴らしい。脚本、監督のミッシェル・オスロが、4年間、撮りためたパリのあちこちの写真を、うまくアニメーションの背景に使っている。だからリアル。変貌したとはいえ、まだ古い建造物、町並みの残るパリである。これが、1900年当時のパリだと提示されても、まったく違和感がない。40数年前に、パリのあちこちの建造物などの写真を撮ったことがある。凱旋門、オペラ座、ヴァンドーム広場、コンコルド広場、エッフェル塔、ルーヴル美術館、サクレ・クール寺院、ポン・ヌフ、ノートルダム寺院などなど。
 パリを訪れた人には懐かしく、まだ出かけたことのない人には、行ってみたくなる、そんなアニメーションでもある。
© 2018 NORD-OUEST FILMS – STUDIO O – ARTE FRANCE CINEMA – MARS FILMS – WILD BUNCH – MAC GUFF LIGNE – ARTEMIS PRODUCTIONS – SENATOR FILM PRODUKTION オリジナルや、選曲の音楽もまた、素晴らしい。音楽は、「イングリッシュ・ペイシェント」、「ベティ・ブルー/愛と情熱の日々」、最近では、「たかが世界の終わり」を書いたガブリエル・ヤレドだ。劇中で、何度か出てくる「太陽と雨」や、オペラ歌手エマ・カルヴェの声を担当した当代きってのソプラノ歌手ナタリー・デセイが、ラスト近くで唄うカンタータなどなど、聴きどころが多い。
 ベル・エポックがどのような時代であったのかを、洒脱なアニメーションで見せる。女性の権利が認められつつある時代を背景に、ここには、120年ほど前の世界の縮図があるようだ。100年以上も前から、他者を尊重し、自由であること、多様性を認め合うことの大切さは、さまざまに表現されている。
 劇中、宝石店の前で、ディリリは、のちのイギリス国王のエドワード7世と出会う。エドワード7世は言う。「望むのは、多様な人々が互いを理解し、助け合うこと」。
 だからこそ、今だからこそ、「ディリリとパリの時間旅行」は、輝きを放つアニメーションだと言える。
 参考のために、映画を見て判明した範囲で、セリフのある著名人を列挙する。ロートレック(画家)、キュリー夫人(化学者)、ピカソ(画家)、サラ・ベルナール(女優)、アルベルト・サントス・デュモン(発明家)、パスツール(細菌学者)、ルイーズ・ミシェル(教育者)、マルセル・プルースト(作家)、シドニー=ガブリエル・コレット(作家)、ドビュッシー(作曲家)、ギュスターヴ・エッフェル(技師、構造家)、ルノワール(画家)、ドガ(画家)、マティス(画家)、セルゲイ・ディアギレフ(ロシアバレエ団創設者)、ロダン(彫刻家)、モジリアニ(画家)、モネ(画家)、アンドレ・ジッド(作家)、ブランクーシ(彫刻家)、リュミエール兄弟(映画の発明者)、ラヴェル(作曲家)、カミーユ・クローデル(彫刻家)、ガートルード・スタイン(詩人)、ジョルジュ・クレマンソー(政治家)、レイナルド・アーン(作曲家)、ポール・ポアレ(ファッション・デザイナー)、シュザンヌ・ヴァラドン(画家、ユトリロの母)、エルネスト・ルナン(歴史家)、フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティ(詩人、作家)、グレフュール伯爵夫人(パリ社交界のパトロン)、ショコラことラファエル・パディーヤ(サーカス芸人)、サティ(作曲家)、フェリックス・ヴァロットン(画家)、ボードレール(詩人)、アンナ・ド・ノアイユ(詩人)、マドラン・ルメール(画家)、ベルト・モリゾ(画家)など。
 他にも、「ああ、この人か」と思われる著名な人物が、さらに登場する。何度も見直して、当時の才能ある人たちのことを、ぜひ、お調べください。

2019年8月24日(土)より、YEBISU GARDEN CINEMAヒューマントラストシネマ有楽町他にて全国順次公開

『ディリリとパリの時間旅行』公式Webサイト

監督:ミッシェル・オスロ(『キリクと魔女』『アズールとアスマール』)
音楽:ガブリエル・ヤレド(『イングリッシュ・ペイシェント』)
声の出演:プリュネル・シャルル=アンブロン、エンゾ・ラツィト、ナタリー・デセイ
2018年/フランス・ベルギー・ドイツ/フランス語/94分/ヴィスタサイズ/カラー/5.1ch/日本語字幕:手束紀子
配給:チャイルド・フィルム
後援:フランス大使館/アンスティチュ・フランセ

風をつかまえた少年

© 2018 BOY WHO LTD / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THE BRITISH FILM INSTITUTE / PARTICIPANT MEDIA, LLC

 この7月、参議院の半数改選の選挙があった。50%を切る低水準の投票率だ。自民党は、全有権者のわずか18%ほどの得票率、しかも3年前の比例得票数に比べて、240万も下回る。これで国民の支持を得たと、とんでもないことを平気でいう政治家がいる。漢字が読めないだけでなく、算数も出来ないようだ。
 ツイッターで、いろんな書き込みを読んだ。若い夫婦だろう、夫が選挙に興味がなく、投票の入場券を破り捨てて、大喧嘩になった。政治や選挙のことなど、学校では教わらなかった、とあったりして、本当かなと思った。興味がない、選挙に行っても何にも変わらない、といった声も多い。
 背景にあるのは、教育現場の劣化に、事前にきちんと報道しないメディア、マスコミの衰退だろうか。選挙が終わってから、新聞の社説などで、えらそうに上から目線で論評しても、意味がない。テレビもしかり。選挙が終わってから、あれこれ報道しても、意味がない。投票の前に、まっとうな報道を、ちゃんとやるべきだろう。
 そんないたたまれない気持ちのなか、さわやかそのものの映画を見た。「風をつかまえた少年」(ロングライド配給)だ。
 舞台は、アフリカでもっとも貧困率が高いといわれているマラウイ。電気が使える人口はたった2%だそうだ。そのマラウイで、中等学校を退学になった14歳の少年が、ほとんど独学で、風車による発電装置を作ろうとする。発電装置は、干魃により作物が収穫できない畑に水を通すことができる。
 実話である。少年の名はウィリアム・カムクワンバという。後日、ジャーナリストのブライアン・ミーラーの協力を得て、ほぼ自伝の体裁で、「風をつかまえた少年」(文藝春秋社・田口俊樹 訳)を出版する。これが、映画の原作となる。
© 2018 BOY WHO LTD / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THE BRITISH FILM INSTITUTE / PARTICIPANT MEDIA, LLC 2001年、マラウイ。14歳のウィリアム(マックスウェル・シンバ)は、父のトライウェル(キウェテル・イジョフォー)が用意してくれた制服で、中等学校の入学式に向かう。ウィリアムの家は、貧しいために、学費が用意できない。入学早々、担任のカチグンダ先生(レモハン・ツィパ)から、「学費が払えないと、退学になる」と言われる。
 ウィリアムの姉アニー(リリー・バンダ)もまた、大学に進学できないでいる。貧しいなか、赤ん坊の世話で忙しい母親のアグネス(アイサ・マイガ)は、いつも夫を励ましている。
 雨期のあとの乾期で、畑は干上がってしまう。理科の大好きなウィリアムは、自転車のダイナモからヒントを得て、考える。「なんとか発電装置を作り、ポンプを動かし、畑に水を送り込むことができないものか」と。
 学費の払えないウィリアムは、もはや退学寸前。カチグンダ先生は、姉のアニーとひそかにつきあっている。これを内密にすることを条件に、ウィリアムは、図書館に出入りできるよう、先生に掛け合う。
 ウィリアムの猛勉強が始まる。「エネルギーの利用」という本を読みふける。発電装置が出来れば、風車で充電し、ポンプを動かすことが出来る。乾期でも、穀物の収穫が可能だ。
 村で、村長たちを巻き込んだ、たいへんな騒動が起こる。結果、村人たちは、ウィリアムの家から、せっかく収穫したメイズを奪い去ってしまう。「食い扶持が減るから」と、姉のアニーは、カチグンダ先生と駆け落ちしてしまう。
 ウィリアムはめげない。父に理解されないまま、カチグンダ先生の残していったダイナモを手に、さらに猛勉強が続く。
 とまれ、ウィリアムのように、独学でも勉強は出来る。日本などは、マラウイと逆で、ほぼ、どこでも電気が使え、どこででも勉強が出来る。こういった恵まれた環境にありながら、ツイッターなどで、「政治や選挙のことなど、教わっていないし、興味もない」と書く。
© 2018 BOY WHO LTD / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THE BRITISH FILM INSTITUTE / PARTICIPANT MEDIA, LLC 政治に興味を持て、と言い張るつもりはない。政治は、貧しい人や弱者を救済し、誰もが、安心して生きていけるためにあると思っている。教育の目的や役割は多々あるが、とりわけ、個性の異なる若い人たちが、安心して勉強できる手助けをし、考えの異なる他者を尊重し、社会を見る目を養うためにあると思っている。
 中学の国語の先生は、教科書を離れて、「人間喜劇」で代表されるバルザックの小説のおもしろさを説いた。高校の世界史の先生は、教科書を離れて、グスタフ・マーラーの音楽や、フランス革命時に暗躍したジョセフ・フーシェについて書いたシュテファン・ツヴァイクの著作のおもしろさを説いた。いまなお、記憶に残る先生たちだ。そういった教師は、いまでも、必ず、いるはずだ。
 ウィリアムは、勉強の場を与えてくれた教師にめぐりあい、「エネルギーの利用」という本に魅せられ、そこから、世界を広げていった。自転車のダイナモから電気が付くことに驚き、そこから、世界を広げていった。
 なんと、さわやかな原作、映画ではないか。子どもが、持てる才能を発揮できる。これこそが、教育の大切な目的のひとつではないか。
 このような、さわやかな映画の脚本を書き、監督したのは、映画「それでも夜は明ける」で、奴隷制度廃止の運動家に扮した俳優のキウェテル・イジョフォーだ。ここでは、ウィリアムの、やや物分かりの悪い父親役で出演している。
 ウィリアム少年の作った風車を動かしたマラウイの風は、世界じゅうに広まっていくことと思う。この風は、映画のテーマを象徴するかのように、風車を動かし、電気を作る。この風は、マラウイだけでなく、世界じゅうに吹き続けれけばいいのだが。

2019年8月2日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町新宿武蔵野館他全国順次公開

『風をつかまえた少年』公式Webサイト

監督・脚本・出演:キウェテル・イジョフォー
出演:マックスウェル・シンバ、アイサ・マイガ
原作:「風をつかまえた少年」ウィリアム・カムクワンバ、ブライアン・ミーラー著(文藝春秋刊)
2018年/イギリス・マラウイ/英語・チェワ語/113分/シネマスコープ/カラー/5.1ch
原題:The Boy Who Harnessed the Wind/日本語字幕:松崎広幸
提供:アスミック・エース、ロングライド
配給:ロングライド

存在のない子供たち

©2018MoozFilms/©Fares Sokhon

 レバノンという国には、シリアからの多くの難民がやってきて、戸籍などなく、暮らしている。レバノンの人口は、ざっと600万人。そこに、約100万人もの難民が押し寄せているらしい。ことに首都ベイルートには、20数万人もの難民が、ほぼ着の身着のまま、逃れてきている。難民の人たちの現状は、アイ・ウェイウェイ監督が世界じゅうの難民を取材したドキュメンタリー映画「ヒューマン・フロー 大地漂流」を見ても分かるように、なんとも悲惨だろう。
 映画「存在のない子供たち」(キノフィルムズ配給)は、フィクションではあるが、レバノンの実情をじっくりと調査し、ほぼ忠実に構成したものだ。だからリアル、観客はまるで、その場にいるようだ。場所は中東のどこかで、特定されてはいないが、明らかに、シリアからレバノンに逃れた家族のドラマという設定だ。
 冒頭、裁判所で、まだ幼い少年が話し始める。「こんな世の中に、僕を産んだ罪で、両親を訴えたい」と。少年の名はゼイン(ゼイン・アル=ラフィーア)。両親が出生届を出していないので、年齢は分からないが、ほぼ12歳くらい。
 ゼインは、ある男を刺した罪で、少年刑務所に収監されている。映画は、裁判のシーンを挟みつつ、なぜゼインが、いま裁判所にいるのかを明かしていく。
 中東のある町に、貧しい人たちが暮らしている一角がある。ゼインは、学校に行けず、毎日、あやしげなジュースを売ったり、おんぼろアパートの大家が営む雑貨店を手伝ったりしている。ゼインのせめてもの支えは、まだ11歳くらいの妹サハル(シドラ・イザーム)といっしょに過ごすことくらい。
©2018MoozFilms/©Fares Sokhon 現実は厳しい。父親は、家賃代わりに、サハルを大家に嫁がせようと、バイクで連れ去ってしまう。必死に抵抗したゼインは、いまやひとりぼっちで、ついに家を出てしまう。
 「なにか仕事を」と頼むゼインだが、子どもの出来る仕事などはなく、だれも相手にしてくれない。お金がなく、食べるものを買えないゼインを見たラヒル(ヨルダノス・シフェラウ)という女性が、ゼインに救いの手をさしのべる。
 レストランに勤めているラヒルは、エチオピアからの移民で、偽の滞在許可証で働いている。住んでいるのはひどい部屋で、そこには1歳になるヨナス(ボルワティフ・トレジャー・バンコレ)がいる。ヨナスの面倒をみることを条件に、ゼインはラヒルの家に住むようになる。
 12歳のゼインが、1歳のヨナスを育てる。ラヒルの偽の滞在許可証の期限が切れる。偽の滞在許可証を売りつける悪徳業者がいて、べらぼうなお金を請求してくる。そんな頃、突然、ラヒルが姿を消す。残されたゼインは、ヨナスとともに、町をさすらうことになる。ゼインは、スケートボードの上に大きな鍋を結びつけ、鍋の中にヨナスを乗せる。そして、やはりあやしげなジュースを売り歩き、必死に生き延びる。
 なんとも悲惨、過酷だ。まだ幼い少年ゼインの瞳は、世界の悲しみをすべて見つめたような表情を見せる。逆に、1歳のヨナスは、音楽にあわせて体をゆすり、とてもあどけない笑顔だ。やがて、ゼインは、ある男を刺すことになる。
 共同で脚本を書き、監督したのは、レバノンの女優であるナディーン・ラバキー。見事な構成で、中東レバノンの現実を切り取る手腕に、脱帽だ。監督自身、映画の終盤で、女性弁護士役で出演している。
©2018MoozFilms/©Fares Sokhon それにしても、なぜ、世界は、このような現実を見ようとしないのか。原因は、政治、おとなにある。「存在のない子供たち」が現実なんて、ありえないことだ。子どもは、いつの時代でも、存在しなくてはならないし、おとなたちが、子どもを守り、育てなければならない。
 映画は、第71回カンヌ国際映画祭で審査員賞とエキュメニカル審査員賞を受けている。エキュメニカル審査員賞は、カトリックとプロテスタントの組織「SIGNIS and INTERFILM」の審査員6名が選考し、「人間の内面を豊かに描いた作品」に贈られる賞だ。
 映画の原題は、「カペナウム」。新約聖書に出てくるガリラヤ湖の北西にあった町の名で、キリストのガリラヤ宣教の中心になった町である。
 マタイによる福音書の11章23節にこうある。「また、カファルナウム(カペナウム)、お前は、天にまで上げられるとでも思っているのか。陰府にまで落とされるのだ。お前のところでなされた奇跡が、ソドムで行われていれば、あの町は今日まで無事だったにちがいない。しかし、言っておく。裁きの日にはソドムの地の方が、お前よりまだ軽い罪で済むのである」。
 奢りたかぶる人間たちに、必ず裁きが下される。カペナウムという地名は、転じて、混沌、修羅場という意味合いを持つらしい。
 ゼインの悲しみに満ちた瞳と、無垢であどけないヨナスの一挙一動に、注目されたい。いつの時代、場所を問わず、おとなたちが、子どもを慈しみ、育てるのは当然のことである。裁きの日が訪れないように。

2019年7月20日(土)より、シネスイッチ銀座ヒューマントラストシネマ渋谷新宿武蔵野館ほか全国公開

『存在のない子供たち』公式Webサイト

監督:ナディーン・ラバキー 『キャラメル』
出演:ナディーン・ラバキー、ゼイン・アル=ラフィーア、ヨルダノス・シフェラウ、ボルワティフ・トレジャー・バンコレ 他
2018/レバノン、フランス/カラー/アラビア語/125分/シネマスコープ/5.1ch/PG12
配給:キノフィルムズ

田園の守り人たち

©2017 – Les films du Worso – Rita Productions – KNM – Pathé Production – Orange Studio – France 3 Cinéma – Versus production – RTS Radio Télévision Suisse

 一昨年、2017年の第30回東京国際映画祭のワールド・フォーカス部門で上映された「ガーディアンズ」が、このほど、「田園の守り人たち」(アルバトロス・フィルム配給)とのタイトルで公開される。風格ある傑作で、公開を待ち望んでいた一本だ。
 舞台はざっと100年ほど前、第一次世界大戦さなかのフランスの農村だ。いつの時代もそうだが、およそ戦争でひどい目にあうのは、銃後の女性たちや老人、子どもである。映画は、ほとんどの馬が供出され、残された女性たちが、必死に農作業を続け、なんとか生き延びていく過程を、美しい田園風景を背景に、丁寧に掬い取っていく。
 もう老女である未亡人のオルタンス(ナタリー・バイ)は、二人の息子を戦争にとられ、娘のソランジュ(ローラ・スメット)と農場を守っている。ソランジュの夫もまた、戦争に従軍している。冬が来る前に、刈り入れがあり、種まき仕事がある。オルタンスは、孤児の若い女性フランシーヌ(イリス・ブリー)を雇い入れる。オルタンスは、まじめで仕事熱心なフランシーヌを、家族同様に扱う。
 戦闘シーンはほとんどないが、農村に戦争の悲惨さがのしかかる。ソランジュの夫はドイツ軍に捕らえられ、長男は戦死する。一時帰郷で戻っていた次男ジョルジュ(シリス・デクール)は、誠実なフランシーヌに想いを寄せるが、戦争は続いている。ジョルジュは、再び戦場に戻っていく。
©2017 – Les films du Worso – Rita Productions – KNM – Pathé Production – Orange Studio – France 3 Cinéma – Versus production – RTS Radio Télévision Suisse 夫の帰りを待ちわびるソランジュは、駐留しているアメリカの兵士とのことで、問題を起こす。戦時下といえども、生きてあるかぎり、人は人を愛する。さまざまな状況に直面しても、オルタンスは、必死に農場と家族を守ろうとする。
 オルタンス、ソランジュ、フランシーヌと、世代の異なる女性の思想、価値観の相違が、不条理な戦争を背景に、浮かび上がる。戦争は続いていても、やがて時代は、そして農村は、少しずつだが、変化を見せ始める。
 女優たちの、少ないけれど、練られたセリフが、時代の変化を雄弁に物語る。また、女優たちの表情に込めた、生き抜いていこうとする思いが、ひしひしと伝わってくる。
 三世代にわたる女優たちが熱演する。オルタンスを演じたナタリー・バイが、貫禄じゅうぶん。フランソワ・トリュフォー監督の「映画に愛をこめて アメリカの夜」以来の大ファンである。なんと、スティーブン・スピルバーグ監督の「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」では、レオナルド・ディカプリオの母親役で出ていた。最近では、グザヴィエ・ドラン監督の「わたしはロランス」や、「たかが世界の終わり」でも健在ぶりを示している。
 娘のソランジュ役のローラ・スメットは、ナタリー・バイと大歌手ジョニー・アリディとの間に生まれた娘である。実際の母娘が、劇中でも母娘に扮する。お互いに幸せなことだろう。
 フランシーヌを演じたイリス・ブリーは、オーディションで選ばれ、大女優の母娘を相手に、気後れなく、堂々と渡り合う。
 原作がある。学校の教師で、戦場経験もあるエルネスト・ペロションの書いた同名小説を基に、監督のグザヴィエ・ボーヴォワが脚本に参加する。ボーヴォワ監督は、「神々と男たち」や、「チャップリンからの贈り物」を撮ったが、俳優としても有名で、「ポネット」や「永遠のジャンゴ」などに出ている。監督作、出演作のいずれもが、フランス映画らしい、小粋で端正なたたずまいの映画ばかりだ。
©2017 – Les films du Worso – Rita Productions – KNM – Pathé Production – Orange Studio – France 3 Cinéma – Versus production – RTS Radio Télévision Suisse 背景に戦争があり、働き手のない農村が舞台の、過酷で悲惨なドラマだが、生き抜こうとする女性たちは、力強く、端正だ。また、声高に反戦を訴えるわけではない。ひとえに、監督の美意識だろう。
 とてつもなく美しい田園風景を捉えたカメラ、効果的に入る音楽にも注目してほしい。撮影は、女性のキャロリーヌ・シャンプティエ。音楽は、今年の1月26日に亡くなったミシェル・ルグランだ。それぞれ、今まで、どのような映画に関わったかは、少し調べると分ること。ぜひ、調べてほしい。
 歴史をひもとくまでもなく、世界では、思想信条や宗教、人種の相違、エネルギーや食料をめぐっての争いが絶えない。映画は、こういった争いを起こさせないほどの説得力のあるメディアと信じている。
 日本でも、戦争をまったく知らない世代の政治家が、圧倒的多数だ。要人たちは、裕福で何の苦労もなく、お育ちである。銃後を守る女性、老人、子どもたちに思いを馳せることは皆無だろう。どんなことがあっても、二度と、戦争はしない。口先ばかりの「寄り添い」ではなく、社会的弱者に思いを馳せる。それが、最低限の政治家の役目だろう。
 まもなく8月15日がやってくる。国会議員全員、「田園の守り人たち」をじっくり、ご鑑賞されたい。

2019年7月6日(土)より、岩波ホールほか全国順次公開

『田園の守り人たち』公式Webサイト

監督:グザヴィエ・ボーヴォワ
原作:エルネスト・ペロション
撮影:キャロリーヌ・シャンプティエ
音楽:ミシェル・ルグラン
出演:ナタリー・バイ、ローラ・スメット、イリス・ブリー
2017年/フランス・スイス/フランス語/シネスコ
原題:Les Gardiennes/135分/日本語字幕:岩辺いずみ
配給:アルバトロス・フィルム

ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス

© 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved

 大学まで、学校では図書館ではなく、図書室だった。授業とは関係のない本ばかり読んでいた。小学校のころは、鉄道関係の絵本。中学では、青少年向きに翻訳された海外の文学やミステリー。高校では、映画ばかり見ていたので、少ししか置いていなかった映画関係の本だった。大学では、音楽や演劇関係の本を多く読んでいたと思う。そんなことをふと思い出させてくれたのが、とてつもない数の本や資料の蔵書があるという図書館のドキュメンタリー映画で、フレデリック・ワイズマン監督の「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」(ミモザフィルムズ、ムヴィオラ配給)だ。
 この図書館は、観光名所になっているほど有名な図書館である。本館をはじめ、ニューヨークにある公共図書館の総称で、多くの図書館の集合体だ。ニューヨーク、ブルックリン、クイーンズの3つの公共図書館のほか、4つの研究図書館(黒人文化研究、舞台芸術、科学産業ビジネス、人文社会科学)がある。さらに、88もの地域分館がある。
 映画は、驚きの連続である。日本のあちこちにある図書館とは、雲泥の差。その活動範囲が膨大なのだ。
 もとより図書館は、単に、図書の閲覧をするだけの場ではない。ニューヨーク公共図書館では、インターネット社会に対応する取り組み、市民向けの公開レクチャーや、コンサートも開催する。さらに、学術研究や、ビジネス、地域コミュニティなどへの支援まで行う。
 映画に出てくるシーンを、ざっとたどってみよう。誰でもが参加できる「午後の本」という、ゲストを招いてのトークがある。この日のゲストは、「利己的な遺伝子」を書いたイギリスの生物学者、リチャード・ドーキンスだ。アメリカのキリスト教原理主義を、痛烈に批判する。
 年間3万件もの電話の問い合わせに、司書たちが、丁寧に対応している。マークスという館長が、公と民の共同作業について力説する。舞台芸術図書館では、ピアノのコンサートを開催している。ブロンクス分館では、消防署や建設現場で働く女性など、さまざまな職業の人たちが、就職支援プログラムの説明会でレクチャーする。
© 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved 予算をめぐって、幹部たちが会議を開いている。高校生たちが、課外授業として、図書館のピクチャー・コレクションの利用について学んでいる。ミュージシャンのエルヴィス・コステロのトークがあり、コステロは、イギリスのサッチャーを批判する。幹部たちは、IT設備をめぐっての議論を続けている。
 「午後の本」トークに、詩人のユーセフ・コマンヤーカが登壇し、言葉の持つ政治性について語る。点字・録音図書館では、点字の読み方、打ち方を教えている。障がい者のために、住宅手配のためのサービスがあり、担当者もまた視覚障がい者だ。ミッドマンハッタン分館の運営委員の女性が、「図書館は本の置き場ではない。図書館は人」、「未来に図書館は不要と言った人は、図書館の進化に気づいていない」などと語る。
 黒人文化研究図書館では、黒人たちの手になるアート作品の展示がある。幹部たちは、外部スタッフたちと、行政との関係について、議論している。住民参加の読書会では、ガルシア・マルケスの「コレラ時代の愛」を読む。
 図書館の舞台裏では、資料のデジタル化が進んでいる。ハーレム地区の分館では、ネット環境のない住民に、ネット接続の出来る機器の貸し出しを検討している。シニアのためのダンス教室もある。黒人文化研究図書館の設立90周年の祝賀パーティが開かれ、ムハンマド館長が、黒人女性芸術家の言葉を引用して、挨拶する。作家トニ・モリスンの「図書館は民主主義の柱」と、詩人・女優の「図書館は雲の中の虹」と。
 そのほか、幹部会議では、ホームレス問題を議論し、蔵書規定の見直しも検討する。パティ・スミスがライブに登場し、ジャン・ジュネへの敬愛ぶりを語る。
 とにかく、ニューヨーク公共図書館の活動の幅の広さ、未来を見据えた視点が、ストレートに伝わってくる。ふと、近くの公立の図書館を覗いてみた。平日のせいか、すいている。かなりご年輩の人が多い。雑誌や新聞を読んでいる。DVDで、映画を視聴できる一角があるが、誰も利用していない。なんとも、ニューヨークと都下の市、ひいては、日本とアメリカとの違いが著しい。
© 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved 図書館は、単に無料貸本屋ではない。10年ほど前、岩波新書の「未来をつくる図書館―ニューヨークからの報告―」(菅谷明子 著)という本を読んだ。ニューヨーク公共図書館の実態が、よく分かる。図書館で、自らの夢を実現した人たちを紹介し、図書館のビジネス支援や芸術への理解、市民との関わり、図書館の舞台裏などが、明快に書かれている。そして、インターネット時代だからこその図書館の果たす役割について触れている。217ページにこうある。「…今後、情報化がますます加速し、デジタル時代が進展しても、図書館が持つ基本的な機能は変わらないどころか、むしろ形を変えてますます重要になるだろう。」
 ニューヨーク公共図書館の財源は、市予算からと民間の寄付である。日本にも、国公立の図書館は多くあるが、はたして、民間の寄付は? いくつかの図書館では、民間や地元企業からの寄付や協力があり、企業が手がけた図書館もあるが、事例は少ないようだ。
 映画を見て思う。ほんとうの民主主義は、誰もが、文化的に暮らしていく上での多くのサービスを受けられることだ、と。図書館だけの話ではない。日本国憲法第三章「国民の権利および義務」の第二十五条はこうだ。「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」。
 「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」を撮ったフレデリック・ワイズマン監督は、多くの優れたドキュメンタリー映画を撮っている。つい最近では、「ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ」がある。ジャクソンハイツに住む、さまざまな人種の地域コミュニティの実態を、3時間9分にわたって、詳しくドキュメントしている。今回もまた、3時間25分と長い映画である。ところが、ちっとも長さを感じさせない。
 ナレーションは、ない。効果音楽もない。詳しい説明はない。ただ、淡々と、撮影現場にカメラを据えているだけである。だから、観客は、いつも、カメラとともに、現場にいるような感覚になる。監督は、1930年生まれ。いまなお、優れたドキュメンタリーを撮り続けている。
 図書館のありようから、民主主義の根幹を考えさせてくれる、優れたドキュメンタリー映画。必見だろう。

2019年5月18日(土)より、岩波ホールほか全国順次ロードショー!

『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』公式Webサイト

監督・録音・編集・製作:フレデリック・ワイズマン
原題:Ex Libris – The New York Public Library/2017/アメリカ/3時間25分/DCP/カラー
配給:ミモザフィルムズ/ムヴィオラ