学び!とシネマ

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風をつかまえた少年
2019.08.01
学び!とシネマ <Vol.161>
風をつかまえた少年
二井 康雄(ふたい・やすお)

© 2018 BOY WHO LTD / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THE BRITISH FILM INSTITUTE / PARTICIPANT MEDIA, LLC

 この7月、参議院の半数改選の選挙があった。50%を切る低水準の投票率だ。自民党は、全有権者のわずか18%ほどの得票率、しかも3年前の比例得票数に比べて、240万も下回る。これで国民の支持を得たと、とんでもないことを平気でいう政治家がいる。漢字が読めないだけでなく、算数も出来ないようだ。
 ツイッターで、いろんな書き込みを読んだ。若い夫婦だろう、夫が選挙に興味がなく、投票の入場券を破り捨てて、大喧嘩になった。政治や選挙のことなど、学校では教わらなかった、とあったりして、本当かなと思った。興味がない、選挙に行っても何にも変わらない、といった声も多い。
 背景にあるのは、教育現場の劣化に、事前にきちんと報道しないメディア、マスコミの衰退だろうか。選挙が終わってから、新聞の社説などで、えらそうに上から目線で論評しても、意味がない。テレビもしかり。選挙が終わってから、あれこれ報道しても、意味がない。投票の前に、まっとうな報道を、ちゃんとやるべきだろう。
 そんないたたまれない気持ちのなか、さわやかそのものの映画を見た。「風をつかまえた少年」(ロングライド配給)だ。
 舞台は、アフリカでもっとも貧困率が高いといわれているマラウイ。電気が使える人口はたった2%だそうだ。そのマラウイで、中等学校を退学になった14歳の少年が、ほとんど独学で、風車による発電装置を作ろうとする。発電装置は、干魃により作物が収穫できない畑に水を通すことができる。
 実話である。少年の名はウィリアム・カムクワンバという。後日、ジャーナリストのブライアン・ミーラーの協力を得て、ほぼ自伝の体裁で、「風をつかまえた少年」(文藝春秋社・田口俊樹 訳)を出版する。これが、映画の原作となる。
© 2018 BOY WHO LTD / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THE BRITISH FILM INSTITUTE / PARTICIPANT MEDIA, LLC 2001年、マラウイ。14歳のウィリアム(マックスウェル・シンバ)は、父のトライウェル(キウェテル・イジョフォー)が用意してくれた制服で、中等学校の入学式に向かう。ウィリアムの家は、貧しいために、学費が用意できない。入学早々、担任のカチグンダ先生(レモハン・ツィパ)から、「学費が払えないと、退学になる」と言われる。
 ウィリアムの姉アニー(リリー・バンダ)もまた、大学に進学できないでいる。貧しいなか、赤ん坊の世話で忙しい母親のアグネス(アイサ・マイガ)は、いつも夫を励ましている。
 雨期のあとの乾期で、畑は干上がってしまう。理科の大好きなウィリアムは、自転車のダイナモからヒントを得て、考える。「なんとか発電装置を作り、ポンプを動かし、畑に水を送り込むことができないものか」と。
 学費の払えないウィリアムは、もはや退学寸前。カチグンダ先生は、姉のアニーとひそかにつきあっている。これを内密にすることを条件に、ウィリアムは、図書館に出入りできるよう、先生に掛け合う。
 ウィリアムの猛勉強が始まる。「エネルギーの利用」という本を読みふける。発電装置が出来れば、風車で充電し、ポンプを動かすことが出来る。乾期でも、穀物の収穫が可能だ。
 村で、村長たちを巻き込んだ、たいへんな騒動が起こる。結果、村人たちは、ウィリアムの家から、せっかく収穫したメイズを奪い去ってしまう。「食い扶持が減るから」と、姉のアニーは、カチグンダ先生と駆け落ちしてしまう。
 ウィリアムはめげない。父に理解されないまま、カチグンダ先生の残していったダイナモを手に、さらに猛勉強が続く。
 とまれ、ウィリアムのように、独学でも勉強は出来る。日本などは、マラウイと逆で、ほぼ、どこでも電気が使え、どこででも勉強が出来る。こういった恵まれた環境にありながら、ツイッターなどで、「政治や選挙のことなど、教わっていないし、興味もない」と書く。
© 2018 BOY WHO LTD / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THE BRITISH FILM INSTITUTE / PARTICIPANT MEDIA, LLC 政治に興味を持て、と言い張るつもりはない。政治は、貧しい人や弱者を救済し、誰もが、安心して生きていけるためにあると思っている。教育の目的や役割は多々あるが、とりわけ、個性の異なる若い人たちが、安心して勉強できる手助けをし、考えの異なる他者を尊重し、社会を見る目を養うためにあると思っている。
 中学の国語の先生は、教科書を離れて、「人間喜劇」で代表されるバルザックの小説のおもしろさを説いた。高校の世界史の先生は、教科書を離れて、グスタフ・マーラーの音楽や、フランス革命時に暗躍したジョセフ・フーシェについて書いたシュテファン・ツヴァイクの著作のおもしろさを説いた。いまなお、記憶に残る先生たちだ。そういった教師は、いまでも、必ず、いるはずだ。
 ウィリアムは、勉強の場を与えてくれた教師にめぐりあい、「エネルギーの利用」という本に魅せられ、そこから、世界を広げていった。自転車のダイナモから電気が付くことに驚き、そこから、世界を広げていった。
 なんと、さわやかな原作、映画ではないか。子どもが、持てる才能を発揮できる。これこそが、教育の大切な目的のひとつではないか。
 このような、さわやかな映画の脚本を書き、監督したのは、映画「それでも夜は明ける」で、奴隷制度廃止の運動家に扮した俳優のキウェテル・イジョフォーだ。ここでは、ウィリアムの、やや物分かりの悪い父親役で出演している。
 ウィリアム少年の作った風車を動かしたマラウイの風は、世界じゅうに広まっていくことと思う。この風は、映画のテーマを象徴するかのように、風車を動かし、電気を作る。この風は、マラウイだけでなく、世界じゅうに吹き続けれけばいいのだが。

2019年8月2日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町新宿武蔵野館他全国順次公開

『風をつかまえた少年』公式Webサイト

監督・脚本・出演:キウェテル・イジョフォー
出演:マックスウェル・シンバ、アイサ・マイガ
原作:「風をつかまえた少年」ウィリアム・カムクワンバ、ブライアン・ミーラー著(文藝春秋刊)
2018年/イギリス・マラウイ/英語・チェワ語/113分/シネマスコープ/カラー/5.1ch
原題:The Boy Who Harnessed the Wind/日本語字幕:松崎広幸
提供:アスミック・エース、ロングライド
配給:ロングライド