ICTの活用とインクルーシブ教育

 ICTの進展により、人工知能(AI)、ビッグデータ、Internet of Things(IoT)、ロボティクス等の高度化した先端技術が社会生活のあらゆる場面に取り入れられ、Society5.0時代が到来しようとしています。これまで紹介してきた「新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議」の報告においても、特別支援教育におけるICTの利活用が取り上げられています。そこで、今回は、そこでの記述をベースに、インクルーシブ教育の構築という観点からも、ICTの利活用が重要な役割を担っているということについて考えてみたいと思います。

「新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議」報告から

 「新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議」報告の「Ⅳ.ICT利活用等による特別支援教育の質の向上」にはICTの活用について、次のような記述が認められます(*1)

○ ICTは、障害の有無を問わず、子供が主体的に学ぶために有用なものであるとともに、特別な支援を必要とする子供に対しては、その障害の状態や特性及び心身の発達の段階等に応じて活用することにより、各教科等の学習の効果を高めたり、障害による学習上又は生活上の困難を改善・克服するための指導に効果を発揮したりすることができる重要なものである。また、合理的配慮を提供するに当たっても必要不可欠なものとなりつつある。

 特別支援教育においては、特別な支援を必要とする子ども一人一人の教育的ニーズに合わせて適切な教材等を活用することで、さまざまな困難を取り除いたり、減らしたりすることが可能となるわけですが、これまでも、各教科や自立活動に関連してICTの活用が積極的に行われてきています。
 この報告には、具体的なICTの活用例として、「視覚障害であれば、文字の拡大や音声読み上げ、聴覚障害では、音声を文字化するソフトや筆談アプリ等のコミュニケーションツール、知的障害では、動画やアニメーション機能を活用した学習内容を具体的にイメージする情報提示、肢体不自由では、視線入力装置による表現活動の広がりやコミュニケーションの代替、病弱では、病室と教室を結ぶ遠隔教育のシステム、発達障害では、書字や読字が難しい人にとってのコンピュータを用いた出入力や音声読み上げ」など様々な事例が示されています。

ICT活用の有用性

 筆者は、平成24年から25年にかけて実施された文部科学省における「学びのイノベーション事業」(*2)の特別支援教育ワーキンググループの一員として実証研究に参画しました。そこで取り組まれた実証研究の一つは、病気療養中の子どもが病院内からテレビ会議システムを用いて遠隔教育にチャレンジする実践でしたが、ICT活用の有用性を目の当たりにしました。病気療養中であっても、学校の友人関係を継続させることができ、学習を途切れさせることなく続けることを可能にしてくれたのです。また、こうした取組は、子ども自身に前向きに生きようとするモチベーションを与えることにつながることなど、大きな可能性があることを実感したものです。

インクルーシブなICTの活用を

 このように、ICTの活用は多くの障害がある子どもの指導の充実に大きく寄与しているわけですが、インクルーシブ教育という観点からは、こうした特別支援教育におけるICTの活用は、その範疇に留まるものではなく、小中学校の教育においても活用の可能性があるというところに着目する必要があるように感じています。例えば、上記の「病気療養中の子ども」の実践は、「不登校中の子ども」への活用の可能性があります。
 東京学芸大学附属小金井小学校では、すでにICTをインクルーシブ教育に結び付けた実践を展開していますが(*3)、ICT は学校において「個別最適な学び」と「協働的な学び」を充実し、すべての子どもたちの可能性を引き出す教育を実現するために不可欠のものであり(令和3年1月の中央教育審議会答申、*4)、「個別最適な学び」という観点から見ると、特別支援教育におけるICTの活用が、特別支援教育に留まることなく必要とするすべての子どもにも対応できるようにしていくことが望まれるといえます。

期待される特別支援教育におけるICTに関する情報の共有

 しかしながら、ICTに関する情報の共有という観点からすると、現実には、まだ通常の教育と特別支援教育の壁があるように思います。特別支援教育におけるICTの活用事例については、国立特別支援教育総合研究所(*5)が以前から情報発信をしています。是非とも、通常の小学校や中学校の先生方もこうしたサイトに気軽にアクセスして、情報を共有するようにしてほしいものです。

*1:新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議 報告【本文】
https://www.mext.go.jp/content/20210208-mxt_tokubetu02-000012615_2.pdf
*2:学びのイノベーション事業実証研究報告書
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shougai/030/toushin/1346504.htm
*3:東京学芸大学附属小金井小学校 ICT×インクルーシブ教育
http://www.u-gakugei.ac.jp/~ict-incl/
*4:「令和の日本型学校教育」の構築を目指して(答申)【本文】
https://www.mext.go.jp/content/20210126-mxt_syoto02-000012321_2-4.pdf
*5:国立特別支援教育総合研究所
国立特別支援教育総合研究所「特別支援教育教材ポータルサイト」
http://kyozai.nise.go.jp/
「ICT及びアシスティブテクノロジーに関して 」
http://www.nise.go.jp/cms/14,6055,69.html

「新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議」報告に示されている小・中学校への期待

 前回、文部科学省「新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議」の報告素案を紹介しましたが、パブリックコメントを経て、最終の報告がこの1月にまとめられました(*1)

 報告は「Ⅰ.特別支援教育をめぐる状況と基本的な考え方」「Ⅱ.障害のある子供の学びの場の整備・連携強化」「Ⅲ.特別支援教育を担う教師の専門性の向上」「Ⅳ.ICT利活用等による特別支援教育の質の向上」「Ⅴ.関係機関の連携強化による切れ目ない支援の充実」の5部で構成されています。
 前回は報告素案全体を俯瞰して、小・中学校の先生方に是非とも知っておいていただきたい内容として「これからの特別支援教育の方向性」と「全ての教師に求められる特別支援教育に関する専門性」について紹介しました。
 今回は最終的にまとめられた報告において、障害のある児童生徒とない児童生徒が可能な限り共に教育を受けられる条件整備としてどのようなことが示されているかを確認していきたいと思います。小・中学校におけるインクルーシブ教育システムの構築については、「Ⅱ」の「2.」に「小中学校における障害のある子供の学びの充実」として示されています。報告の概要(*2)にその骨子が整理されていますので、それに即してまとめていきたいと思います。

特別支援学級と通常の学級の子どもが共に学ぶ活動の充実

 ここでは、通常の学級の対応として、「交流及び共同学習」の一層の充実を求めています。さらに、特別支援学級の児童生徒が、在籍する学校の通常の学級の一員としても活動するような取組が重要であるとして、「ホームルーム等の学級活動や給食等について、可能な限り共に活動する」ことや、「教科学習についても、児童生徒の障害の状態等を踏まえ、通常の学級と特別支援学級が共同で実施することが可能なものは、年間を通じて計画的に実施すること」が必要だとしています。そのためには、両学級の教育内容の関連を図っていくこと、ユニバーサルデザインや合理的配慮の提供を前提とした通常学級の学級経営・授業づくりを進める必要があり、管理職のリーダーシップの発揮が望まれるということになります。

自校で専門性の高い通級による指導を受けるための環境整備

 障害のある児童生徒が在籍する小学校等で専門性の高い通級による指導を受けられるようにすることが大事で、その方策としては、他校の担当教師が巡回して指導を行う仕組みや担当者がICT・遠隔技術を活用して専門的な指導を受けられるような仕組みを整える事が大事だとしています。これらは行政面の課題であり、先生方の努力だけでは実現しないことですが、こうした方向性が示されていることをしっかり認識しておきたいものです。

通級による指導等の多様で柔軟な学びの場の在り方の更なる検討

 この項では、知的障害単一の児童生徒(*3)への対応について取り上げています。知的障害単一の児童生徒は、現状では通級による指導の対象となっていません。障害のある子どもと障害のない子どもが可能な限り共に教育を受けられるようにするという「障害者の権利条約」の精神からは、「知的障害があったとしてもその程度が軽度で、通常の学級での学習活動に概ね参加している者は通級による指導の対象に加えることも考えられる」わけですが、会議ではそうした意見に対して「知的障害のあるものは特別支援学級での指導が効果的」という反論もあったようで、報告では両立併記にとどまっています。
 また、この報告では、小学校等において、障害のある児童生徒と障害のない児童生徒が共に学ぶ取組を更に進めるための方策の一つとして「特別支援教室構想」にも言及しています。この構想は「全ての児童生徒が通常の学級に在籍し、教師が一人一人の障害の状態等に応じた合理的配慮の提供やティームティーチング等による多様な学習形態での指導を行ったり、必要に応じて特別の場で障害に応じた指導を行ったりする」というもので、平成17年の中央教育審議会「特別支援教育を推進するための制度の在り方について(答申)」などにも盛り込まれていたのですが、強い反対があり日の目を見ることがなかったものです。すでにいくつかの自治体では、特別支援教室を導入したり(*4)、障害の有無に関わらず全ての児童生徒ができる限り通常の学級に在籍して必要な時間に特別な指導を受ける取組を行ったりしています(*5)。今後の展開を注視したいと思います。

 今次の報告では検討課題にとどまっているものも多いのですが、具体化に向けた取組が進んでいくことを期待したいと思います。詳細は「報告」本文でご確認ください。

*1:新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議 報告【本文】
https://www.mext.go.jp/content/20210208-mxt_tokubetu02-000012615_2.pdf
*2:新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議 報告【概要】
https://www.mext.go.jp/content/20210208-mxt_tokubetu02-000012615_1.pdf
*3:「知的障害単一の児童生徒」とは、知的障害があるが、それ以外の障害を合わせ有していない児童生徒のことを表しています。
*4:東京都の取組
https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/school/primary_and_junior_high/special_class/
*5:神奈川県の取組(時事ドットコムニュース【連載】インクルーシブ教育最前線)
https://www.jiji.com/jc/v7?id=2019inkk

インクルーシブ教育システムの構築と基礎的環境整備

 今回も、文部科学省における「新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議報告」(素案)について触れさせていただきます。前回、素案には「共生社会の形成に向けて、障害者の権利に関する条約に基づくインクルーシブ教育システムの理念を構築することを旨とすることが重要である」と示されていることを確認しました。(*1)
 その上で、インクルーシブ教育システムの理念を構築し、特別支援教育を進展させていくために、引き続き、①障害のある子どもと障害のない子どもが可能な限り共に教育を受けられる条件整備を進めることと、②障害のある子どもの自立と社会参加を見据え、一人一人の教育的ニーズに最も的確に応える指導を提供できるよう、通常の学級、通級による指導、特別支援学級、特別支援学校といった、連続性のある多様な学びの場の一層の充実・整備を着実に進めていくという、これからの特別支援教育の方向性が提示されたこともお伝えし、その方向性の一つとして全ての教師に特別支援教育に関する専門性が求められていることに言及しました。
 今回の素案には、財政的、人的な側面など義務教育標準法の改正につながる踏み込んだ記述は認められなかったのですが、昨年12⽉21⽇の閣議で、政府は令和3(2021)年度の当初予算案を決定しました。
 その中に、令和7(2025)年度までに公⽴⼩学校の1学級の定員を、現在の40⼈以下から35⼈以下に引き下げることが盛り込まれていました。今回の予算案は小学校のみで、中学校は含まれていないのが残念ですが、16年ぶりの教職員定数の改善ということになります。(*2)
 このことは、今後のインクルーシブ教育システムの構築にも少なからず波及するところが出てくるように思われます。特別支援教育に直接かかわる部分だけでなく、基礎的環境整備につながるからです。
 本来、インクルーシブ教育システムの構築のためには、本体である小学校や中学校の基礎的環境整備も不可欠です。インクルーシブ教育にシフトしている国々では、指導者がきめ細やかな配慮ができるように学級規模を小さくするなどのさまざまな工夫がなされていました。OECDが示したデータはそのことを物語っています。(*3)

図1 小学校の平均学級規模(2018,OECD)

 例えば、筆者が調査を行ってきたイタリアの場合、もともと小学校の学級定員は25名と少ないのですが、障害のある子どもが在籍する場合は、20人となっていました。さらに低学年では、2学級に1名の教員が増員されていました。障害のある子どもには支援教師が配置されていますので、インクルーシブ教育による担任への負担が偏ることもありません。
 よりきめ細やかな対応が可能になれば、素案で示されている「障害の有無に関わらず誰もがその能力を発揮し、共生社会の一員として共に認め合い、支え合い、誇りを持って生きられる社会の構築を目指す」という「これからの特別支援教育の方向性」が一層明確になり、その取り組みの内容の充実が期待できます。素案にはさらに、次のような記述も認められます。

○それぞれの学びの場における各教科等の学習の充実を進めるとともに、

  • 障害のある子供と障害のない子供が、年間を通じて計画的・継続的に共に学ぶ活動の更なる拡充
  • 障害のある子供の教育的ニーズの変化に応じ、学びの場を変えられるよう、多様な学びの場の間で教育課程が円滑に接続することによる学びの連続性の実現

を図る。

○この方向性を実現するため、

  • 就学支援、指導方法や指導体制、施設環境など障害のある子供の学びの場の整備
  • 特別支援教育に携わる教師の専門性の向上
  • GIGAスクール構想による1人1台端末等の最新のICT技術の活用
  • 関係機関の連携強化による切れ目ない支援体制の整備

を進める。

 現在開催されている通常国会には上限⼈数を定める義務教育標準法の改正案の提出がめざされていますが、成⽴すれば令和3年度に小学2年生から毎年度1学年ずつ引き下げ、令和7年度には全学年で上限⼈数が35⼈となることになります。基礎的環境整備については様々な要因が絡み合い、多方面からの対応が必要となりますが、インクルーシブ教育システムの構築からも国会での審議を見守っていきたいと思います。

*1:新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議報告(素案)
https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000210233
*2:令和3年度予算編成 大臣折衝
https://www.mext.go.jp/b_menu/activity/detail/2020/20201217.html
*3:OECD.stat:Average class size by type of institutions(グラフは、データを基に筆者が作図。)
https://stats.oecd.org/index.aspx?queryid=79502

「新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議」報告(案)について

 本連載では、これまでの10回にわたって、インクルーシブ教育システムの構築に関するわが国の基本的な考え方や実際の取り組みを視座に情報を提供してきました。「障害者の権利に関する条約」の批准を契機に、インクルーシブ教育システムの構築が通常の小・中・高等学校等に浸透し様々な取組が進んでいること、他方、当事者の視点に立つとまだまだ課題も残されていること等を理解していただけたのではないかと思います。それでは、これからのインクルーシブ教育システムの構築はどのように進んでいくのでしょうか。
 文部科学省は、昨年9月に「新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議」(*1)を設置しました。この11月にこれまでの会議の議論が素案として取りまとめられ(*2)、パブリックコメントにかけられました。パブリックコメントの意見等を踏まえて最終報告がまとめられていくことになりますが、その内容はこれからの施策立案に反映されていくものと思われます。そこで、素案の段階ですが、通常の学校の取組に関する今後の方向性がどのように考えられているか整理しておきたいと思います。

これからの特別支援教育の方向性

 素案からは、今後もインクルーシブ教育システムの理念を構築し、特別支援教育を進展していく方向性が確認できます。このことを踏まえて、小中学校における障害のある子どもの学びの充実についても、現状や現行制度を整理したうえで、管理職のリーダーシップ等、特別支援学級と通常の学級の子どもが共に学ぶ活動の充実、児童生徒の特性に応じた支援、自校における通級による指導を充実するための環境整備、通級による指導等の在り方の検討、学校施設のバリアフリー化等について提言がなされています。 これらはこれまでの取組の改善や一層の工夫を求めるものだといえます。

全ての教師に求められる特別支援教育に関する専門性

 さらに、今回の素案では、全ての教師に特別支援教育に関する専門性を求めています。このことは、インクルーシブ教育の構築の推進の上で大変重要な提言であるといえます。すでに、小学校教員等の養成を目的とする教職課程においては、令和元年度入学生からは、全ての学生が発達障害や軽度の知的障害をはじめとする特別支援教育の基礎的内容を1単位以上修得することが義務付けられていますが、この素案には、全ての教師に求められる資質・専門性として、次のような記述が認められます。

 ○ 全ての教師には、障害の特性等に関する理解や、個別の教育支援計画・個別の指導計画などの特別支援教育に関する基礎的な知識が必要である。加えて、障害のある人や子供との触れ合いを通して、障害者が日常生活又社会生活において受ける制限は、障害により起因するものだけではなく、社会における様々な障壁と相対することによって生ずるものという考え方、いわゆる「社会モデル」の考え方を踏まえ、障害による学習上又は生活上の困難について本人の立場に立って捉え、それに対する必要な支援の内容を一緒に考え、本人自ら合理的配慮を意思表明できるように促していくような経験や態度が求められる。また、こうした経験や態度を、多様な教育的ニーズのある子供がいることを前提とした学級経営・授業づくりに生かしていくことが必要である。
 ○ 日々の教育実践において、目の前の子供の障害の状態等により、学習上又は生活上の困難さが異なることを理解し、個に応じた分かりやすい指導内容や指導方法の工夫を検討し、子供が意欲的に課題に取り組めるようにすることが重要である。その際、困難さに対する配慮等が明確にならない場合などは、校内の特別支援コーディネーターや特別支援学級、通級による指導の担当教師に相談したり、必要に応じて特別支援学校等に対し専門的な助言又は援助を要請したりするなどして、主体的に問題を解決していくことができる資質や能力が求められる。

 こうした資質や専門性は、連続性のある多様な学びの場の充実・整備に欠かせないものです。また、こうした資質や専門性を高めていくためには具体的な方策が不可欠ですが、素案では、養成、研修・人事交流の在り方などについても提言しています。また、一方的に負担を求めるだけでなく、インセンティブも大事になりますが、この素案ではその拡大にも言及しており、踏み込んだ提言になっていると言えます。
 本素案に関するパブリックコメントはすでに締め切られていますが、多数の意見が寄せられており、関心の高さがうかがえます。最終報告の公開が待たれるところですが、素案も一読されるとよいのではないかと思います。

*1:新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/154/index.htm
*2:新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議 報告(案)
https://www.mext.go.jp/kaigisiryo/content/20201222-mxt_tokubetu01-000011855_2.pdf

インクルーシブ教育システムの構築と就学先決定の仕組み

 新型コロナウイルス感染拡大の第3波が心配されるこの頃ですが、来年度の新入学に向けた就学の手続は粛々と進められていることと推察します。今回は障害がある児童生徒の就学先決定の仕組みについて確認しておきたいと思います。
 障害のある児童生徒の就学先決定の仕組みについては、学校教育法施行令に規定されているのですが、「インクルーシブ教育システムの構築」への潮流の中で大きく変容してきました。その流れは大きく3つに区分することができます。

「特殊教育」の時代の就学先の決定

 平成14年の学校教育法施行令改正以前までは、障害があると認定された者については、就学の手続の段階から例外なく特別支援学校に就学することとされていました。就学先の決定を巡る当事者や保護者から起こされるトラブルや訴訟等も少なくありませんでした。障害がある児童生徒が小・中学校に入学した事例もありますが、それらは地域の教育委員会の判断によるものでした。

「特殊教育」から脱皮の時期における「認定就学制度」の導入

 平成13年に、文部科学省内に設置された調査研究協力者会議が「21世紀の特殊教育の在り方について~一人一人のニーズに応じた特別な支援の在り方について~ (最終報告)」(*1)を答申しました。これを受けて、平成14年に学校教育法施行令が改正されたのですが、ここで「認定就学者」という仕組みが導入されました(*2)。これは、小・中学校の施設設備も整っている等の特別の事情がある場合には、例外的に特別支援学校ではなく「認定就学者」として小中学校へ就学することを可能にしようとするものでした。この改正によって、就学基準に該当する障害がある児童生徒であっても、法的根拠に裏付けられて小・中学校に就学できる道が開けたということになります。

「認定特別支援学校就学者」の導入

 「障害者の権利に関する条約」の批准に向けた国内法の整備の見直しの一環として、平成23年7月に改正された障害者基本法の第16条第1項には、いわゆる「インクルーシブ教育」の推進が謳われています(*3)。さらには、中央教育審議会初等中等教育分科会報告「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告)」においても「障害のある子どもの就学先決定の仕組みを改めること」が提言されました(*4)
 こうしたことを受けて平成25年8月26日付けで学校教育法施行令の一部が改正され、これまでの「一定の障害のある児童生徒は原則として特別支援学校に就学する」とする就学先を決定する仕組み(第5条及び第11条関係)が改正されました(*5)
 この改正では、従前の「認定就学制度」が廃止され、新たに「認定特別支援学校就学者」という用語が導入されています。これは、積極的に流布されていないのですが、すべての児童生徒が通常の学校に入学するという前提で就学の手続が始まるということを意味しています。その上で、施行令22条の3に示す障害の程度に該当し、当該市町村の教育委員会が特別支援学校に就学させることが適当であると認める者については、「認定特別支援学校就学者」として対応するということになったのです。

就学先決定の仕組みの見直しとインクルーシブ教育システムの構築

 このように、就学の手続の考え方が、「インクルーシブ教育システムの構築」に沿う形で大きく変容して、現在に至っていることがご理解いただけると思います。
 しかし、現象面だけを見ると手続きが大きく変わっているようにはとらえにくく、また、特別支援学校就学者の比率が年々高くなっているという現実も一方にあります。こうした仕組みが、広く教育現場に受け入れられるためには、当該の児童生徒だけでなく、全児童生徒にもメリットがあることが認められなければなりませんが、それには一層のきめ細やかな指導体制の充実や環境の改善が求められます。ドイツでは、「障害者の権利に関する条約」批准以降、通常の学校の体制も変革しながら、分離教育からインクルーシブ教育への取り組みがトップダウンで精力的に進められていますが、その道のりは平坦でないことを教えてくれています。

*1:「21世紀の特殊教育の在り方について~一人一人のニーズに応じた特別な支援の在り方について~(最終報告)」
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/006/toushin/010102.htm
*2:これまでの制度改革
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/attach/1299891.htm
*3:障害者基本法
https://www.mhlw.go.jp/tenji/dl/file05-02.pdf
障害者基本法の第16条第1項の条文
「国及び地方公共団体は,障害者が,その年齢及び能力に応じ,かつ,その特性を踏まえた十分な教育が受けられるようにするため,可能な限り障害者である児童及び生徒が障害者でない児童及び生徒と共に教育を受けられるよう配慮しつつ,教育の内容及び方法の改善及び充実を図る等必要な施策を講じなければならない。」
*4:中央教育審議会初等中等教育分科会報告「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告)」
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/houkoku/1321667.htm
*5:学校教育法施行令の一部改正について(通知)
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/material/1339311.htm
就学先を決定する仕組みの改正(第5条及び第11条関係)
「市町村の教育委員会は、就学予定者のうち、認定特別支援学校就学者(視覚障害者等のうち、当該市町村の教育委員会が、その者の障害の状態、その者の教育上必要な支援の内容、地域における教育の体制の整備の状況その他の事情を勘案して、その住所の存する都道府県の設置する特別支援学校に就学させることが適当であると認める者をいう。以下同じ。)以外の者について、その保護者に対し、翌学年の初めから2月前までに、小学校又は中学校の入学期日を通知しなければならないとすること。」

インクルーシブ教育とキャリア教育

キャリア教育

 20世紀後半におきた地球規模の情報技術革新に起因する社会経済・産業的環境の国際化、グローバリゼーションは、子どもたちの成育環境をも変化させ、子どもたちの将来にも多大な影響を与え始めています。近年、このような背景からキャリア教育の重要性が叫ばれるようになってきました。
 キャリア教育は、当初、従来の進路指導や職業教育の枠組みで捉えられたり、職場体験学習等の実施と同義に捉えられたりするような誤解が生じました。そうしたことから、キャリア教育は、「一人一人の社会的・職業的自立に向け,必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して,キャリア発達を促す教育」(*1)と定義づけられ、自立に必要な資質・能力を育むという側面が明示されるようになりました。こうした文脈から、「キャリア発達」という用語は、「自己の知的,身体的,情緒的,社会的な特徴を一人一人の生き方として統合していく過程」として定義づけられることになります。
 このようにキャリア教育が目指す目標や内容は、小学校・中学校・高等学校・特別支援学校とすべての学習指導要領に反映されていますので、各学校等においても様々な取組が展開されていることと思います。

特別支援教育とキャリア教育

 特別支援教育の理念は、「障害のある幼児児童生徒の自立や社会参加に向けた主体的な取組を支援するという視点に立ち、幼児児童生徒一人一人の教育的ニーズを把握し、その持てる力を高め、生活や学習上の困難を改善又は克服するため、適切な指導及び必要な支援を行おうとする」ものです(*2)
 この理念は、キャリア発達を支援しようとするキャリア教育の視点に相通じるものであり、特別支援教育においてもキャリア教育が重要であることを如実に示しています。こうした観点から、特別支援学校においては、従前から障害がある児童生徒の能力や可能性を最大限に伸ばし、自立し社会参加するために必要な力を養うため様々な取り組みがなされています。また、平成23年の中教審答申においては、高等部段階の発達障害を含め障害のある生徒について、「自己の抱える学習や社会生活上の困難について総合的に適切な理解を深め、困難さを乗り越えるための能力や対処方法を身に付けるとともに、職業適性を幅広く切り開くことができるよう、個々の特性・ニーズにきめ細かく対応し、職場体験活動の機会の拡大や体系的なソーシャルスキルトレーニングの導入等、適切な指導や支援を行うことが必要である。」(*1)という提言もなされ、それを踏まえた取り組みも進められています。

インクルーシブ教育とキャリア教育

 インクルーシブ教育システムの構築がめざす共生社会とは、「誰もが相互に人格と個性を尊重し支え合い、人々の多様な在り方を相互に認め合える全員参加型の社会」(*3)とされています。
 「障害のある幼児児童生徒の自立や社会参加」については、特別支援教育において、様々な取組がなされていますが、その枠組みだけで実現できるものではありません。
 「障害がない」とされる側の姿勢も大きく影響してきます。小学校・中学校等においては、「交流及び共同学習」によって障害理解教育が展開されていますが、キャリア教育も、自己理解を深めつつ、社会との関わりにおいて自分の役割を見出し、将来の生き方を考えていくという点で、インクルーシブ教育システムの構築と深く関わっているといえます。
 共生社会の実現に求められる「相互に人格と個性を尊重し支え合う」態度や「人々の多様な在り方を相互に認め合える」態度もキャリア発達に必要な基盤であると捉えて、小学校・中学校等におけるキャリア教育の実践がなされていくことで、より多様性を包容した質の高いインクルーシブ教育システムの構築が展開されていくのではないかと期待されます。

*1:中央教育審議会(答申)『今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について』平成23年
https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11402417/www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1301877.htm
*2:中央教育審議会(答申)『特別支援教育を推進するための制度の在り方について』平成17年
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/05120801.htm
*3:特別支援教育の在り方に関する特別委員会(報告)『共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進』平成24年
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/index.htm#pagelink1

インクルーシブ教育の構築と校長のリーダーシップ

 近年、複雑化・多様化した課題に対応するために校長のリーダーシップの発揮と組織的対応が求められています。そのことは、インクルーシブ教育システムの構築との関連においても同様です。
 インクルーシブ教育システムの構築の取り組みにおける校長のリーダーシップの発揮に関しては、すでに、2015年に答申された中教審初等中等教育分科会特別支援教育の在り方に関する特別委員会の報告の中で強調されています(*1)。「多様な学びの場の整備と学校間連携等の推進」の観点から専門家の活用の必要性を説明する文脈で「校長のリーダーシップの下、校内支援体制を確立し、学校全体で対応する必要があることは言うまでもない」と記されています。
 この一文は、この取り組みを学校経営方針にしっかりと位置付け、組織として共有していくことの重要性を指摘していますが、これは、校長が明確な方向性と組織的対応があってこそ成り立つものです。また、学校経営方針への明示は学校評価にも反映されることとなり、この取り組みが学校内外に可視化されてくることにもなります。
 ここで留意しなければいけないのは、インクルーシブ教育システムの構築が従前の特殊教育の単なる延長ではないという点です。これまでにも紹介してきたように、インクルーシブ教育システムの構築は、国連の障害者権利条約を批准したわが国としては、国として実現しなければならない重要課題です。現在の学校には、貧困状態にある子ども、不登校状態にある子ども、日本語指導の必要な子どもたちへの教育の保障なども大きな課題となっています。インクルーシブ教育システムの構築においては、障害がある子どもの教育のみならず、これまで義務教育で十分な処遇を受けてきているとはいえない子どもたちへの教育の保障も含めて「一人一人の子どもを大切にしていく」という視点が大切です。また、インクルーシブ教育をこのように広くとらえることによって、実際に指導に当たっている先生方のインセンティブも高まっていくのではないでしょうか。
 こうした状況下で、専門家の活用など新しいしくみも導入されてきているわけですが、導入の歴史が浅いだけに、専門家の視点と教育的な視点がかみ合わないといった課題が生じても不思議ではありません。こうした場面でも校長のリーダーシップの下での校内支援体制の確立が期待されることになります。2015年の答申には、「特別支援教育を充実させるための教職員の専門性向上等」の観点からも、「インクルーシブ教育システム構築のため、すべての教員は、特別支援教育に関する一定の知識・技能を有していることが求められる。特に発達障害に関する一定の知識・技能は、発達障害の可能性のある児童生徒の多くが通常の学級に在籍していることから必須」であって「学校全体としての専門性を確保していく上で、校長等の管理職のリーダーシップは欠かせない」と記されています。
 また、文部科学省では、今後の組織として学校の在り方として「チームとしての学校」という学校像を示し、それを実現していくための改善方策を検討しています(*2)。チームが機能するためにはベースとなる部分がしっかり共有されていなければなりません。「すべての教員は、特別支援教育に関する一定の知識・技能を有していることが求められる。」とはこのことに繋がります。的確な教育的ニーズの把握や具体的な授業改善を進めていく上でも、学校全体で一定水準の専門性を確保していくことは大変意義あることです。
 インクルーシブ教育システムの構築では、「障害の有無」に関心が行きがちですが、「一人一人の児童生徒を大切にする」ことが本質的なことです。教職員定数の算出が学級数や学校数に基づくというしくみが変わっていない現状において、校長のリーダーシップの基に組織的な対応をしていくことはいっそう大切なことだといえます。

*1:「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告)」
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/houkoku/1321667.htm
*2:チームとしての学校の在り方と今後の改善方策について(答申)(中教審第185号)
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1365657.htm

小・中学校等のインクルーシブ教育と特別支援学校のセンター的機能の活用

 文部科学省の統計によると、近年、学校教育法施行令22条の3に該当する、いわゆる「障害」があると判断された児童生徒数は増加の傾向にあり、小学校就学についてみると、その4分の1以上が通常の小学校を指定するようになっています。(表1)

表1 学校教育法施行令第22条の3に該当すると判断された者の指定された就学先

 

公立特別支援学校への就学を指定

公立小学校への就学を指定

平成25年度 6,190 (73.2%) 2,230 (26.4%)
平成26年度 6,341 (73.3%) 2,274 (26.3%)
平成27年度 6,646 (65.8%) 3,420 (33.8%)
平成28年度 6,704 (68.2%) 3,079 (31.3%)
平成29年度 7,192 (70.0%) 3,055 (29.7%)
平成30年度 7,429 (72.1%) 2,817 (27.3%)
令和元年度 8,003 (73.5%) 2,835 (26.0%)

出典:https://www.mext.go.jp/kaigisiryo/2019/09/__icsFiles/afieldfile/2019/09/24/1421554_3_1.pdf

 この割合の推移は、「インクルーシブ教育システムの構築」のバロメーターの一つになるかと思われますが、いずれにしても、インクルーシブ教育は、ただ障害のない児童生徒と一緒にして教育を行えばよいというものではありません。障害のある児童生徒の自立と社会参加を促すとともに障害のない児童生徒にとっても意義のあるものにしていくものでなくてはなりません。とはいっても、障害のある児童生徒にも障害のない児童生徒にも適切な対応をしていくために、現状では、校内の資源を精一杯活用して、様々な努力によって何とか乗り切っている小中学校が多いのが現状ではないかと思われます。
 平成24年の中教審の特別支援教育部会では、「域内の教育資源の組合せ(スクールクラスター)により、域内のすべての子ども一人一人の教育的ニーズに応え、各地域におけるインクルーシブ教育システムを構築すること」の必要性に言及しています。校内だけでなく、地域の関係機関等との連携が必要だということです。そこでクローズアップされるのが特別支援学校のセンター的機能です。
 特別支援学校のセンター的機能は、平成17年12月8日発出の中教審「特別支援教育を推進するための制度の在り方について(答申)」において、「小・中学校に在籍する障害のある児童生徒について、その教育的ニーズに応じた適切な教育を提供していくためには、特別支援学校が、(中略)教育上の高い専門性を生かしながら地域の小・中学校を積極的に支援していくことが求められる」と記されたことに端を発し、学校教育法(第74条)に規定されました。特別支援学校の学習指導要領にも地域における特別支援教育のセンターとしての役割が明記され、その取組が進められてきました。文部科学省の統計によると、すでに全国ほとんどの特別支援学校で、地域の小中学校等への助言や支援を行う体制が整えられるに至っています。(図1)

図1 センター的機能を主として担当する分掌・組織を設けている特別支援学校(平成29年度)

出典:https://www.mext.go.jp/content/20200128-mxt_tokubetu01-000004454-003.pdf

 各学校は熱心に取り組んでいるのですが、それを担う人材の配置や財政的な補償といった面では地域間で温度差があるのが現状です。筆者はこのような状況から、特別支援学校のセンター的機能は、その質の向上が求められるフェーズに入ったととらえています。また、今般の学習指導要領の改訂において、幼稚園・小学校・中学校においてもセンター的機能への対応が明記されるに至りました。例えば小学校学習指導要領には、次のように記されています。
 「障害のある児童などについては,特別支援学校等の助言又は援助を活用しつつ,個々の児童の障害の状態等に応じた指導内容や指導方法の工夫を組織的かつ計画的に行うものとする。」(第1章第4の2の(1)のア)
 今後、小・中学校等と特別支援学校の連携が一層期待されるわけですが、この文面からも明らかなように、特別支援学校が担うセンター的機能は、あくまでも助言や援助であって、障害のある児童生徒の指導の主体は当該の幼稚園、小学校、中学校等にあります。インクルーシブ教育の質を向上させるためには、特別支援学校からの専門的な支援に依存するのではなく、小中学校等が主体的にその支援を活用していく姿勢を堅持したいものです。また、特別支援学校には、支援先の学校に信頼され、それぞれのニーズに寄り添った支援に努めることにより域内のインクルーシブ教育システム体制の構築に寄与していくことが期待されます。

自立と社会参加に向けた教育の充実とインクルーシブ教育

 特別支援教育とは、「障害のある幼児児童生徒の自立や社会参加に向けた主体的な取組を支援するという視点に立ち、幼児児童生徒一人一人の教育的ニーズを把握し、その持てる力を高め、生活や学習上の困難を改善又は克服するため、適切な指導及び必要な支援を行う」ものと文部科学省のホームページに記されています(*1)
 この特別支援教育は、平成19年4月から学校教育法に位置づけられ、さらに障害者の権利に関する条約(障害者権利条約)の批准も契機となって、障害のある幼児児童生徒の支援をさらに充実していくためにすべての学校において取り組まれることとなり、現在に至っていることについては、これまでにも触れてきたところです。
 この特別支援教育の考え方の後段部分「子ども一人一人の教育的ニーズを把握し、その持てる力を高め、生活や学習上の困難を改善または克服するために、適切な指導及び支援を行う」というフレーズに着目すると、「自立」や「社会参加」は、障害がある幼児児童生徒固有の課題であって、個別的に対応していけばよいとも捉えられるかもしれません。
 しかし、「自立」や「社会参加」を障害がある子ども側の問題に留めてしまうと、かつての「児童生徒が持つ障害の特性や程度に応じて、特別な教育の場で特別の指導者によるきめ細やかな支援が目指されていた」特殊教育の時代の発想と変わらないことになります。そもそも「自立と社会参加」における、「自立」、「社会参加」とは何か、その言葉の明確な定義は示されていないのですが、障害者権利条約には、一般原則として、障害者の尊厳,自律及び自立の尊重,無差別,社会への完全かつ効果的な参加及び包容等が記されていて、その第19条に「自立した生活及び地域社会への包容」として次のような記述があります(*2)

 この条約の締約国は、全ての障害者が他の者と平等の選択の機会をもって地域社会で生活する平等の権利を有することを認めるものとし、障害者が、この権利を完全に享受し、並びに地域社会に完全に包容され、及び参加することを容易にするための効果的かつ適当な措置をとる。

 教育は、当人の「力」を育てることが第一義ですので、本人の「自立」や「社会参加」に向けた力の育成それ自体は大事なことです。しかし、「自立」や「社会参加」は本人の努力だけで為し得るものではないというところに留意する必要があるように思います。
 「自立」や「社会参加」は、その前提として、社会の側に「排除しない」、「共に生きる」という姿勢があってこそ実現されるものです。学校をミニ社会とすると、当然、このことは学校全体として共有されなければならないことだと言えるのではないでしょうか。
 また、「自立」や「社会参加」は、障害があると認定されている幼児児童生徒だけの課題ではありません。文部科学省の統計によると、近年、不登校や学業不振がうなぎのぼりに増えています。平成30年度の調査では、小学校144人に1人、中学校27人に1人が不登校という結果が示されています(*3)。これらも個別の対応だけでは解決しない、現在の社会の状況を反映した学校教育全体の問題だと言えます。こうした点から、特別支援教育における「自立」や「社会参加」の課題は、障害がある幼児児童生徒の課題であると同時に、学校全体とも深くかかわっている課題だと捉える視点が大事になってくるように思われます。小学校や中学校において、いわゆるインクルーシブ教育システムの構築を考えるときには、「障害」という狭い枠組みだけではなく、現代の学校が抱えている課題も視野に入れることで、その理解が深まっていくものと思われます。

*1:文部科学省「特別支援教育を推進するための制度の在り方について(答申) 第2章 特別支援教育の理念と基本的な考え方」
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/attach/1396565.htm
*2:外務省「障害者の権利に関する条約 条文」 
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000018093.pdf
*3:平成30年度 文部科学省「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」調査結果より
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2019/10/25/1412082-30.pdf

「個に応じた指導の充実」とインクルーシブ教育

 今回は、「個に応じた指導の充実」ということについて考えてみたいと思います。
 「特別支援教育」では、障害のある幼児児童生徒の自立や社会参加に向けた主体的な取組を支援するという視点から、一人一人の教育的ニーズの把握が重視されています。個に応じた指導の充実は大前提ということになります。
 他方、かつては、画一的という言葉が聞かれた義務教育においても、平成15年以降、学習指導要領において「個に応じた指導の充実」が謳われるようになってきています。
 義務教育に関連しての「個に応じた指導」への言及は、平成8年の中教審答申にその必要性が示されたのが発端でした。この背景には、当時、学年が上がるにつれて、授業の理解度や満足度が低下する傾向が認められたことにあります。その後、弾力的な学習集団の編成など実施内容や学習形態などが検討され、平成15年に小改訂された学習指導要領において、小学校での習熟の程度に応じた指導が明記され、その充実が図られることになりました。そして、平成20年の学習指導要領では「教育課程の実施上の配慮事項」としてその充実を図ることが本文中に明記されるに至ったという経緯があります。
 文部科学省の「公立小・中学校における教育課程の編成・実施状況調査」(*1)によると、平成30年度では小学校の90.5%、中学校の92.5%が「個に応じた指導」を計画しており、その実施が定着してきていることがわかります。またその形態をみると「少人数指導」(小学校56.8% 、中学校61.1%)や「複数の教員が協力して行う指導(TT)」(小学校78.3%、中学校78.1%)などが中心になっているようです。
 このように、これまでは「特別支援教育」、「小学校及び中学校の教育」それぞれにおいて、「個に応じた指導の充実」への取り組みがなされてきたわけですが、新しい小学校学習指導要領及び中学校学指導要領では、総則(第1章 第4 1(4))に以下のような記述がなされています。

「児童(生徒)が,基礎的・基本的な知識及び技能の習得も含め,学習内容を確実に身に付けることができるよう,児童(生徒)や学校の実態に応じ,個別学習やグループ別学習,繰り返し学習,学習内容の習熟の程度に応じた学習,児童(生徒)の興味・関心等に応じた課題学習,補充的な学習や発展的な学習などの学習活動を取り入れることや,教師間の協力による指導体制を確保することなど,指導方法や指導体制の工夫改善により,個に応じた指導の充実を図ること。その際,第3の1の(3)に示す情報手段や教材・教具の活用を図ること。」

 さらに画期的なのは、総則での記述に加えて、一歩踏み込んで全ての教科等においても、それぞれに学びの過程で考えられる「困難さ」ごとに「指導上の工夫の意図」と「手立て」の例が示されるようになったことです。各教科の特性に応じて、一人一人の「困難さの状態」に焦点を当てているといえます。こうした対応は、特別支援学校学習指導要領等における自立活動の考え方に通じるところがあるといえますし、「特別支援教育」と「小学校及び中学校の教育」をつなぐインクルーシブ教育システムの構築という観点からもその歩みが進んだといえます。
 なお、各教科等の学習指導要領には、個々の児童の困難さに応じた指導内容や指導方法を工夫する際に、「それぞれの教科等の目標や内容の趣旨、学習活動のねらいを踏まえ、学習内容の変更や学習活動の代替を安易に行うことがないよう留意するとともに、児童の学習負担や心理面にも配慮する必要がある」ということも記されています。このことは、今般の学習指導要領で示された「学びの連続性」という観点からも留意しなければいけない点だといえます。
 新たな学習指導要領の下での各学校の取組の成果に期待したいと思います。