教科教育とインクルーシブ教育(2) 図画工作、美術教育をめぐって①[対談:跡見学園女子大学教授 茂木一司先生]

 この欄では、新たにインクルーシブ教育と教科教育について探っていくことにいたしましたが、その第一弾として、「図画工作」、「美術」の教科を取り上げることとします。
 昨年末、筆者も関わっているのですが、跡見学園女子大学(前群馬大学)の茂木一司先生を中心に『視覚障害のためのインクルーシブアート学習 基礎理論と教材開発』(*1)という書籍が出版されました。この書物では視覚障害からスタートしていますが、小学校、中学校のアートにかかわる教育や学習につながる様々な提案がなされています。
 そこで、この書籍の紹介とともに図画工作及び美術教育とインクルーシブ教育について考究するために茂木一司先生をお招きして対談を行いました。
 その内容を、今回と次回の2回にわたって紹介させていただきます。

はじめに

【大内】 本日は茂木先生をお招きして、この書籍の紹介と共に「図画工作」および「美術」教育とインクルーシブ教育について考えていきたいと思います。それでは、茂木先生にお話しいただきたいと思いますが、自己紹介からよろしくお願いいたします。

跡見学園女子大学教授 茂木一司先生【茂木】 跡見学園女子大学の茂木です。群馬大学、その前は鹿児島大学に勤めていましたが、定年1年前に跡見学園女子大学に移りました。40年以上、美術科教員養成に携わってきています。
 視覚障害者との出会いの最初のきっかけは恩師の高山正喜久先生が紹介してくれた福来四郎さんの本でした。福来さんは、視覚障害美術教育分野のパイオニア的存在です。インパクトの強い(粘土の)作品の写真がたくさん載っていて、視覚がある人が作ったのではないような特色、目が見えないということを強調した作品がたくさん並んでいて、強い衝撃を受けました。その後、障害も含めたいろいろな表現に興味を持って、美術教育の研究を続けてきました。中でも、視覚障害は、ビジュアルアートである美術から見れば一番遠い遠いところにありますが、そこにずっと興味を持っていました。1990年にイギリスに1年間留学するチャンスがあって、レイチェル・メーソン先生がいらっしゃるレスターポリテクニック、今のデモントフォート大学で在外研究に携わりました。当時、隣のレスター大学には、美術教育をやっている目の見えない先生がいて、その人を訪ねて行ったことがあります。彫刻を触る鑑賞では音で聞く器具を使って何でもやっていて、それも(新しさに)びっくりしました。
 イギリスから帰ってきて、1991年には、群馬県立盲学校で大変優れた取り組みをしていた多胡宏さんの実践を紹介したいと思い、共同で美術科教育学会にて発表し、論文にしました。この時に僕が書いたのは年表の部分でしたが、視覚障害美術教育では、おそらく最初の論文と言えるものでした。それ以降もこの分野を専門とする研究者は皆無で、視覚障害美術教育に関する研究はほとんどなく今に至っています。
 こうしたアカデミックな研究が遅れているということや、盲学校には普通の人が訪ねることがないということもあって、この分野が見えにくくなっていました。非常に豊かな実践が全国でたくさん展開されていることがあまり世間に知られてこなかったと言えます。この本はそうした豊かな実践を紹介することをターゲットにしてまとめていったものです。
 しかし、この本の出版記念として、4回にわたるオンライントークイベントを開催したところ、160名を超える申込があり、毎回100名を超える参加者がありました。時代の変化というか、多様性の時代と言われる、その時代に対応した皆さんの敏感さ、興味関心の向上に驚きました。

本書の出版の趣旨

【大内】 ありがとうございます。視覚障害関係のイベントですと数十名集まれば盛況という感じですが、教科教育ではメインとは言えない図画工作、美術関係のイベントにこれだけの人が参加したということは意義深いことだと思います。それでは早速、この度出版された本書の趣旨について簡単にご紹介いただけますか。

【茂木】 本書の出版の動機はお話ししましたが、視覚に障害がある児童生徒が本当に使える図工美術教育教科書や指導書が出版されていない状態が長く続いています。これはやっぱり問題ではないかということからスタートしました。出版されているが使いづらいではなく、そもそも出版されていない状況は、強く言えば差別です。この差別的な状況を多少でも解消する必要があるだろうと思っていたのです。
 最初は現行の教科書の題材を使って、一つのプロトタイプを作ってみようと思ったのですが、全部を教材化することは大変な作業となり、必ずしも適切とは言えないので、とりあえず、基礎的なものをどうやって整備するかを考えて、題材のデータを収集して、次の世代の人たちに手渡していく必要があると考えました。僕の美術教育研究もそろそろ終わりになるので、次の人たちに手渡す資料を残していきたいと思いました。
 もう一つは、1990年代に視覚障害美術教育が盛んな時期がありました。そのころ活躍したリーダー的な人たちが定年退職を迎える時期にきていて、蓄積されてきた盲美術教育の専門性が急激に失われています。教育では個人的な実践が引き継がれるのが難しいということはよくありますが、そういうものを拾い集めておく必要があるということもありました。
 それから、盲学校は一般に公開されているわけではなく、閉ざされています。視覚障害の人がいつも身近にいるということもありません。そのため、障害者の方は、社会から隠されている存在なのです。そこで障害児教育、障害者に対する障害理解教育の必要性、この本に即していえば視覚障害の理解教育の必要性が生まれてきます。
 一般の人たちが知ることがもっと進めば、たぶん皆さんも興味を持ってくれて、この分野がもっと発展していくのではないかと思いました。
 それは、大内先生と3年前にイタリアに行った時に、イタリアのフルインクルージョンを見て強く感じたことです。イタリアが50年間経験しているこの蓄積は、日本とは比較できません。すでに、ワンクールが終わって、ツークール、スリークールくらいの時代にイタリアは進んでいます。イタリアは何か、イメージ的にはちゃらんぽらんな感じがしますけど、とんでもない。我々より一歩も二歩も進んでいると考えた方がよいのではないかと思っています。ここが大変重要だと思うのですが、見えるとか見えないとかにかかわらず、アート、つまり自由に表現してそれを誰かに伝えていくことは、人間であることそのものであって、これを義務教育で補償するのは当然だ、と考えているということです。これが、この本の理念になると思います。
 盲美術教育の過去/現在/未来をきちんと位置づける必要があるので、少し歴史的なことを補足しておきます。1984年に渋谷に視覚障害者のための美術館「ギャラリーTOM」ができて、ロダン展などの触れる美術展が全国巡回をして、「ギャラリーTOM」で全国の盲学校の生徒作品公募展を実施するなど、その後10年ぐらいの間は盲美術教育が盛んだった時期だと言えます。たとえば、千葉県立盲学校の西村陽平さん、沖縄県立盲学校の山城見信さん、群馬県立盲学校の多胡宏さん、香川県立盲学校の栗田晃宜さんなど、僕と同年代かそれ以上の教員が活躍していました。こうしたリーダー的な教師の実践や考え方を記録しておく必要を感じたことも動機の一つになります。

本書の概要紹介

【大内】 この本の理念がよく理解できました。イタリアでは柔軟に対応することでフルインクルージョンの課題を乗り越えてきていると思います。そう意味では外を知ることで内に活かすことも大事になってきます。そうしたところも今回の出版には活かされているかと思います。
 次に本書は、理論編、実践編、資料編で構成されていますが、それぞれの編を簡単にご紹介ください。

【茂木】 視覚障害に関する美術教育の出版は、たぶんこの本が世界で初めてだろうと思います。最初で最後になるかもしれないということから、視覚障害美術教育の基礎、基盤づくりとは何かを明示したいと考えました。そのため、現時点でのあらゆる知見や可能性を盛り込もうと欲張った編集にしたこともあり、当初の計画より分厚い本になってしまいました。「インクルーシブアート教育」は、僕が作った造語ですが、この理念は後述します。
 理論編について
 理論編の基盤は、障害とは何か、視覚障害とは何かということがメインになります。私たちは障害を区別して「障害者」「健常者」と分けますが、それが一番のキーになると思います。その理解の仕方が大事だと思って、インクルーシブという言葉にしました。普通なら「視覚障害の美術教育」でよいのですが、「インクルーシブアート教育」あるいは「インクルーシブアート学習」としたのはわざとです。あえてそうすべきだと。今後、日本の障害児教育はインクルーシブ化すべきだというのがこの本の大きな主張なのです。
 そこで、必要な基本的な知識の整理、歴史、数理データに基づく現状分析、カリキュラムや自立活動、社会へ出てからのアート活動、外国の現状(欧米の美術館、中国や台湾)などを盛り込みました。それから、視覚障害当事者にもなるべくたくさん関わってもらおうと考えて、国立民族学博物館の広瀬浩二郎さんに、2020年の「京都グラフィー」の触図を作った経験をユニバーサルミュージアムの考え方にマッチングさせながら執筆していただきました。
 それから、読むのに飽きないように、視覚障害当事者による映画づくりについてのコラムを入れたり、福岡で障害児の美術教育に関わっているのえみさんのマンガを入れたり、座談会を入れたりなど、バラエティーに富んだ構成にしました。
 実践編について
 実践編は、非常に分量が多いので全部は紹介しきれないのですが、「分けない」がキーワードになっています。学習指導要領では、領域を「表現」と「鑑賞」に分けています。かつてはあまり分けない時代もありました。今は結構明確になっていて、「鑑賞」をすごく強調しているので、ある意味余計に分かれている感じがすると思います。しかし、実際には「見ること」と「つくること」を分けて美術をやっている人を見たことがないです。「鑑賞」だけで終わってしまう鑑賞の時間はとても寂しいと思っています。だから、この二つを融合して、トータルとして美術教育を考えていくことを再提案したいというのが主旨になります。
 全体として分けないというのは、先ほどお話しした障害の有無で基本的に分けない、視覚障害で言うと見える見えない見えにくいというのを分けない、もちろん見える見えない見えにくいというのはありますが、それぞれの特性をきちんと認識しながらお互いに助け合っていくとか、意識し合っていくとかを考えていく中での学習や教育をイメージしています。
 また、教育の現場では「こんなことやるとこんな面白いものができますよ」という発想が非常に強く出ている取り組みが見受けられます。(理念のない)表面的でバラバラな美術教育は形だけをまねする危険なものです。そこで、面白教材の紹介に終わらないように、学びのプロセスがきちんと明らかになるように配慮しています。それは今の学習論、すなわち学習科学と呼ばれる考え方に則っていると言い直してもよいかもしれません。
 僕はワークショップの研究をしてきたので、学びのワークショップ化やそれに続くプロジェクト化を考えています。そこでは、一つの題材が次々に開放的に展開されて大きな流れを作り、後で見ると大きな塊になっているようなものです。ワークショップでは、作って、語って、振り返る。それは活動と評価を一体化すると言い換えられるかもしれません。あるいは、評価は先生が児童生徒に対して一方的にすると考えがちですが、最近の専門的な評価論研究では、当事者が参加する参加型評価と言われるものが出てきています。その意味は、いわゆる障害児の主体的な学びを積極的に図ろうという意図になります。
 しかし、最初から子どもが一人でやっていくのは無理ですよね。国語を学習するのに「あいうえお」を覚えたり、算数を学習するのに加減乗除から始めたりするのは当たり前で、そういった基本的なことを押さえるということも踏まえています。大内先生に書いていただいた部分は非常に象徴的ですが、「撫でる」「指先をこまめに動かす」といった手の使い方のプロセスが科学的に見て触認知にどのような効果を生んでいるのかをきちんと書いていただいています。
 芸術、美術教育というのはどうしても、感覚や感情だけだと思われがちですが、実際はそうでないです。レオナルド・ダ・ヴィンチを例に出すまでもなく、科学と芸術はもともと融合したもので、そういう考え方もこの本には入れています。つまり、現代の科学一辺倒でもなく、感覚的な教育一辺倒でもなく、その両方、科学と芸術の両端をきちんと踏まえていくということです。今の考え方はどうしても二元論的になる傾向がありますが、そういうものを乗り越えていこうと、視覚障害教育で言えば、触る/触らない、イメージ/言葉などが対立的に捉えられがちな状況を何とかしようと考えています。
 実践編の内容は多いのですが、基本的な視覚障害美術教育の粘土の学習から描画で言うとレーズライター(*2)などの利用から始まって、少し挑戦的に色彩学習では特に混色を取り上げました。絵の具では触ってもわからないので、それが光の混色なのだと、つまり目をつむれば色がなくなるわけだから、光がないと見えないということをどうやって見えない人たちに伝えるのかという実験をして、それを加法混色の題材化につなげました。あるいは触れる12色相環や触れる色立体模型をつくって色彩理論を学ぶ方法の開発などを示しました。実際どれだけ効果があるかは、今から検証が必要なのですが。
 さらに、現代美術の題材化です。いわゆる新しい美術とは何かを考える視点を端的に示すのは、「もの」と「こと」いう考え方です。美術は、作品としての「もの」を作ると考えがちですが、今、美術は「こと」づくりに変わってきています。あるいは(ニコラス・ブリオーの)「関係性の美学」という言葉(考え方)がありますけれど、美術教育は今「関係性=コミュニケーションの学習」に大きく変化してきました。マルセル・デュシャンの「泉」(1917)の題材化でそのことをこの本に意識的に反映しました。
 それから粘土から始まった視覚障害(盲)美術教育なので、どうしても美術の側面が強調されがちですが、現代社会ではデザインの考え方も重要で、その概念(理解)をどう押さえていくのかも意識しました。これはまだ、なかなか難しく、課題として残っています。
 それから新しいメディア、ICTを使ったメディアアートみたいなものについては、アニメーションをやっている東京藝術大学の布山タルトさんに視覚障害教育の題材を考えてもらいました。大内先生の絵画を2.5次元に翻案した彫刻の鑑賞や、最近美術館で流行っている見える人と見えない人の対話型鑑賞などの紹介も取り上げました。
 最後に盲学校の現場の先生方が独自に開発し現在授業で用いている題材について、延べ17人合計31の題材を収録しています。
 これらからはリアルな美術教育の現状、いろいろな工夫があるのだということがわかる内容です。実際に使えるものがたくさん載っていると思います。
 資料編について
 資料編も重要です。基本整備のためにはどうしても文献の整理と年表が必要だと思っています。それに追加して、今、美術館がアクセシビリティと言われる取り組みに力を入れ始めていますので、触る美術館の情報も紹介しています。

【大内】 丁寧にご紹介いただきありがとうございました。本書が視覚障害教育のための内容をメインとしながらも、インクルーシブ教育システムの構築に関わって、通常の小学校や中学校における図画工作や美術教育の実践にも役立つ知見や考え方が示されていることがよくわかりました。
 次号では、「共生社会構築の基礎としてのアート/教育」、「当事者が主体的に自分でつくる学び」、「分けない」というキーワード」を軸に、インクルーシブ教育と図画工作・美術教育について伺いたいと思います。

(前編ここまで)

*1:茂木一司(編集代表)、大内 進、多胡 宏、広瀬 浩二郎(編)『視覚障害のためのインクルーシブアート学習 基礎理論と教材開発』、ジアーズ教育新社、2022.
*2:レーズライター 視覚障害者用が文字や図形を書くための筆記用具。ゴムなどの弾力性のある下敷きとその上で文字や線を書くとその筆跡が凸状に浮き上がってくる特殊な用紙がセットになったもので、視覚に障害があっても触覚を使って、筆記した内容を確認することができるものである。

教科教育とインクルーシブ教育(1)

 これまで、何回かにわたって、海外のインクルーシブ教育の状況について紹介してきました。インクルーシブ教育への取り組みについては、多様な学びの場を用意して、地域ですべての子どもを包含する「インクルーシブ教育システム」の体制をとっているタイプと、一つの学校ですべての子どもを包含する(フル)インクルーシブ教育体制をとっている二つのタイプがあることがご理解いただけたのではないかと思います。
 どちらのタイプをとるにせよ、学校教育の中核的な活動となっている教科教育への配慮は欠かせません。そこで今回からは、インクルーシブ教育の推進と教科教育の実践に関して取り上げていきたいと思います。

教科教育とダンピング

 日本のインクルーシブ教育は、できるだけ現行のシステムに変更を加えず緩やかに共生社会の実現を目指すという方針で「インクルーシブ教育システムの構築」が打ち立てられていますので、前者のタイプということになります。
 他方、障害者の権利に関する条約では「生活する地域社会において、インクルーシブで質の高い無償の初等教育及び中等教育にアクセスすることができること」とその第24条に記されています。このことから、当事者団体などは、インクルーシブ教育体制への移行に関する議論の中で、原則「地域の学校で教育を受けること」を強く主張してきました。
 そうした背景もあって、障害のある子供の就学先の決定の手続きについては、平成25年の学校教育法施行令の一部改正において、「教育委員会が相談・指導する」という手続きから「合意形成」を尊重する手続きに方向に転換されました(*1)
 しかし、教育委員会と当事者・保護者の間に合って、一律に「合意形成」を図ることは極めて困難なことです。そうしたことから、「インクルーシブ教育システム」を建前としながらも、地域の状況や自治体の判断によっては、当事者や保護者の意向を尊重して、学校内ですべての子どもを包含するインクルーシブ教育に対応しているというケースも少なくありません。こうした場合に、くれぐれも気を付けなければいけないのは、教科教育のダンピング(配慮なく通常の学級で学んでいること)を生じさせないことです。こうした事態を防ぐためにもこうした教科教育での配慮事項を把握しておくことは重要だと思われます。

学習指導要領等における配慮事項の記載

総則における記載

 現行の小学校・中学校学習指導要領の【総則】には、特別な配慮を必要とする児童(生徒)への指導として、「障害のある児童(生徒)などについては,特別支援学校等の助言又は援助を活用しつつ,個々の児童(生徒)の障害の状態等に応じた指導内容や指導方法の工夫を組織的かつ計画的に行うものとする。」および「全ての教師が障害に関する知識や配慮等についての正しい理解と認識を深め,障害のある児童(生徒)などに対する組織的な対応ができるようにしていくことが重要である。」という記述が認められます。

学習指導要領解説に示されている配慮事項

 学習指導要領第6章の第3の1の(5)には次のような記載があります(*2)

(5)障害のある児童などについては,学習活動を行う場合に生じる困難さに応じた指導内容や指導方法の工夫を計画的,組織的に行うこと。

 これを受けて、各教科等の学習指導要領解説には、それぞれの教科等で配慮すべき事項が例示されています。各学習指導要領解説に配慮事項が記載されている場所は異なっているのですが、以下に該当ページを示します。

  1. 国語における配慮事項   
    【国語】p.160
  2. 社会における配慮事項   
    【社会編】p.139-140
  3. 算数における配慮事項   
    【算数編】p.327-328
  4. 理科における配慮事項   
    【理科】p.96-97
  5. 生活における配慮事項   
    【生活】p.65-66
  6. 音楽における配慮事項   
    【音楽】p.121-122
  7. 図画工作における配慮事項 
    【図画工作】p.110-111
  8. 家庭における配慮事項   
    【家庭編】p.75-76
  9. 体育における配慮事項   
    【体育編】p.165-166
  10. 外国語活動・外国語における配慮事項
    【外国語活動・外国語編】英語p.47-48、外国語p.127-128
  11. 道徳科における配慮事項  
    【特別の教科 道徳編】p.113-114
  12. 総合的な学習の時間における配慮事項
    【総合的な学習の時間編】p.43-44
  13. 特別活動における配慮事項 
    【特別活動編】p.148-149

 インクルーシブ教育を進めるために大切なことは、ユニバーサルデザインとして一斉指導を丁寧に行いつつ、一人一人の児童・生徒の実態に応じた学びが成立するようにすることところにあります。そのために配慮事項が示されているわけですが、通常の学校に勤務されている先生方には、是非とも確認しておいていただきたいと思います。

 今回は総論的な内容になってしまいましたが、以後は教科ごとに見ていくことにします。昨年末、筆者も関わっているのですが、跡見学園女子大学(前群馬大学)の茂木一司先生を中心に『視覚障害のためのインクルーシブアート学習』(*3)という書籍が出版されました。この書物では視覚障害からスタートしていますが、小学校、中学校の「アート学習」につながる様々な提案がなされています。そこで次回はこの書籍の紹介と共に「図画工作」および「美術」教育とインクルーシブ教育について考えていきたいと思います。

*1:障害のある子供の就学先決定について
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/shugaku/detail/1422234.htm
*2:小学校学習指導要領
https://www.mext.go.jp/content/1413522_001.pdf
*3:茂木一司(代表)、大内進、多胡宏、広瀬浩二郎(編)『視覚障害のためのインクルーシブアート学習-基礎理論と教材開発-』 ジアーズ教育新社、2021

北欧諸国に学ぶインクルーシブ教育の本質

 今回は、北欧のフィンランド、スウェーデン、ノルウェー、デンマークの4か国のインクルーシブ教育への取り組みを取り上げます。障害のある子どもとない子どもが共に学ぶことが即インクルーシブ教育ではありません。小学校、中学校の先生方にはこのことを知っていただきたいのですが、北欧諸国の取り組みは「インクルーシブ教育の本質」を教えてくれます。(*1)

各国のインクルーシブ教育への取り組みの特徴

フィンランド

 フィンランドは、日本でいう特別支援学校は残しつつも、できるだけ多くの子どもが地域の学校で学ぶことができる仕組みを整えてきました。つまり、特別支援学校はあるもののニーズがあるからといって安易にそこへの就学を進めるのではなく、基礎学校(小・中学校)での支援を強化することに力を注いでいるのです。そのために三段階支援という仕組みやCo-teaching(協働による指導)という方法が用意されています。三段階支援は段階的にインクルーシブ教育を促進しようとするものです。まずは、「一般支援」として通常の学級の担任がすべての在籍児の困難に早期対応し(第一段階)、それが十分ではないと評価された場合は「強化支援」を行う(第二段階)、それでも十分でない場合は個別に「特別支援」を行う(第三段階)という仕組みです。Co-teachingというのは、複数の教員が協力し合って授業を行うという形態です。フィンランドは、PISA調査において優秀な成績を残していますが、こうした支援の積極的活用も功を奏してしているようです。

スウェーデン

 スウェーデンも特別支援学校はありますが、原則として場にかかわらず児童生徒一人一人のニーズに応じた教育内容を保障することを重視しています。特徴的なのは特別支援学校が知的障害のみを対象としていることです(*2)。それ以外の障害のある子ども(聴覚障害を除く)は、教員や補助教員の指導の工夫の下で原則として通常の学校で学び、コメディカルスタッフ(編集部注:医師・看護師以外の医療従事者)がそろった専門機関が支援するという形態をとっています。
 また、特別支援学校の多くが、通常の学校と敷地を共有している点も大いに示唆を与えてくれます。様々な形態で共に学習が生活をすることが可能となり、インクルーシブな教育環境となるように配慮されているといえます。

ノルウェー

 ノルウェーでは、イタリアと同様に特別支援学校が原則廃止されています。学習指導要領を一元化し、特別なニーズがある子どもは自治体の教育心理研究所の支援を受けて通常の学校で学んでいます。そのために常に教育環境を分析して、望ましい学習環境を開発していこうとする取り組み(LPモデル)に力が注がれています。一人一人の子どもを取り巻く環境(家庭・学校・教員・医療機関等)を組織的に整えることで、子どもの可能性を伸ばそうとしているのです。環境の中では教師の指導力が最も重要だということは言うまでもありません。
 また、「積極的行動とメンタルヘルス(PALS)」という、学校全体で取り組む研修・指導モデルもあります。積極的行動支援のために肯定的な言動や適切な行動の教示によってより良い学習環境を構築することをねらいとしたものです。

デンマーク

 デンマークには特別支援学校や特別支援学級もありますが、多様な形態で地域性を反映したニーズに柔軟に対応した教育が行われています。全ての子どもへ個別の配慮からスタートし、特別支援教育で対応するかどうかの判断は、教育心理研究所(PPR)の心理士、言語療法士、社会福祉士等の専門スタッフが行っています。子どものニーズを判定し、教員や保護者に学校や家庭での様子についても聞き取り、指導計画作成も行います。また、デンマークには、ペダゴーという指導員の制度があり、校内で特別な支援が必要な子どもの支援にあたっています。ペダゴーは教員同様に大学の専門課程で養成されていて、学校では、一人一人の子どもの生活支援や近年では学習の支援も行うようになっています。行動・情緒面の支援を専門に行う教員(AKT)も養成され、学校での重要な役割を担っています。ノルウェーのLPモデルやPALSも活用されています。

北欧のインクルーシブ教育から学ぶこと

 北欧諸国のインクルーシブ教育への取り組みの一端を紹介してきましたが、形態は異なっていても、特別支援からスタートするのではなく、すべての子どもへの支援という視点からスタートするところが各国で共通しています。インクルーシブ教育は多様な子どもが存在することを前提としているのであって、通常の学級が従来の形態のまま特別な支援を必要とする子どもを受け入れるということではないのです。
 また、学校がすべてのことを担うのではなく、学校内外の多職種の人材がチームで関わっているところも各国で共通しています。日本でも専門家との関わりの機会は増えてきています。専門的なところは専門家に任せ、小・中学校の教員であってもそれをしっかり活用できる力をつけることが大事だということを教えてくれています。
 最後に、参考にした書物からインクルーシブ教育の本質を突いている北欧の研究者の感想を紹介しておきたいと思います。

「日本の学校を訪問する機会があった。(中略)来客者にはスリッパが用意されていた。綺麗にされていて素晴らしいと思う反面、ワンサイズのスリッパしか用意されておらず、筆者もそして他の男性研究者も足が入らなくて困ってしまった。インクルーシブ教育を研究している者の視点では、『ある学校の中に一つのサイズのスリッパしかないのはインクルーシブ教育ではなく、いろいろな場面や設定に対して柔軟でなければならない。』」(*1)

 「思いやり」や「おもてなし」という心地よい響きとは裏腹に、日本のインクルーシブ教育が見逃しがちな一面(画一的、同調主義)を指摘しているようにも思えます。

【引用文献】
*1:今回の紹介に際しては、石田祥代・是永かな子・眞城知己編著『インクルーシブな学校をつくる 北欧の研究と実践に学びながら』を主に参考にしました。この本は、長年の現地調査の基づいた研究蓄積に加えて、北欧各国の研究者らも参加したシンポジウム報告などを基に刊行されたもので、信頼度が高いと判断したからです。
*2https://www.jiji.com/jc/v4?id=202008stsg0005
サリネンれい子「学びと発達の権利」とは? 福祉の国、スウェーデンの特別支援学校事情」

イギリスにおける小中学校のインクルーシブ教育

 イギリスのインクルーシブ教育については、日本が手本としてきたこともあり、数多くの論文や文献によって紹介されています。しかしながら、それらは特別支援教育の担い手に向けたものが多く、日本の通常の小学校、中学校の先生方に、「我がこと」として読んでもらえるような内容のものは限られているようです。そこで、本稿では、小学校、中学校等の先生方に知っておいていただきたいイギリスのprimary school(日本の幼稚園・小学校)やsecondary school(日本の中学校・高等学校)でのインクルーシブ教育の要点をイギリス教育省の資料(*1)を基にお伝えしたいと思います。

障害からニーズへ

 イギリスがインクルーシブ教育に舵を切ったのは、「障害」で分類して対応するよりも一人一人の子どもの「特別な教育的ニーズ」に着目することが大事だとする内閣府の委員会の報告がきっかけでした。ウォーノック報告といわれています。これを受けた1981年の教育法において特別なニーズのある子どもの通常の学級(mainstream class)での教育の原則が宣言され、いわゆるインクルーシブ教育システムが導入されることになりました。実際には、障害やニーズのある子どもはprimary schoolやsecondary schoolの通常の学級だけでなく、special school(特別支援学校)など多様な場で学んでいます。また、primary schoolやsecondary schoolに特別学級は設置されていませんが、ニーズのある子どもが安心して過ごせる場所、落ち着いて学習に臨める場所として、「SENユニット」(Special Educational Needs Unit)を設けている学校もあります。

通常の学級におけるインクルーシブ教育を支える仕組み

 イギリスの初等学校の学級規模は、2018年のOECDのデータでは26人となっています。EU圏では最も大きい数値(EU平均:21.1人)です(*2)。日本の27.2人に近い値になっていますが、人数の多い通常の学級で多様なニーズのある子どもの教育に対応するために、以下に示すような様々な仕組みが整えられています。

ティ-チングアシスタント(TA)

 通常の学級に担任や担当の指導の下に、特別な教育的ニーズや障害のある子ども(SEND)の教科指導や休み時間、昼食時間、授業時間外の生活をサポートするスタッフが、数多く校内に配置されています。TAは教師の代行はできず、「1対1または小グループで児童生徒に合わせた教育活動を提供する」、「教師の指導の下で、特定のクラス活動を主導する」ことなど、その業務が明確に示されています。
 イギリス政府は2002年に学校の労働力改革の基準を発表し、TAを含めてサポートスタッフの労働力の活用を図っています。こうしたサポートスタッフの全スタッフに占める割合は3分の1から2分の1ほどになっており、通常の学級での教育活動に欠かせない存在になっています。

ナショナルカリキュラム

 イギリスにも日本の学習指導要領にあたるナショナルカリキュラムがあります。インクルーシブ教育が成立するためには教科の連続性が欠かせません。ナショナルカリキュラムの適用が困難な知的障害がある子どもなどのためには、Performanceスケール(Pスケール)が開発されています。これにより通常の学校における教科と知的障害児等の学習の連続性が担保され、一貫性のあるインクルーシブ教育への対応が可能となっています。なお、読み書きが困難な最重度の子どものためには、別途カリキュラムが準備されています。

SENサポートとSENCO

 通常の学級で学ぶSENDに対しては、「SENサポート」というプログラムが提供されます。「SENサポート」では、担任がSENCO(Special Educational Needs Coordinator)や外部専門家の助言を受けて保護者とともに個別教育計画を作成し、それに基づいて必要な教材や教具個々に応じた指導が行われることになります。2014年からはEducation, Health and Care (EHC) planという教育・医療・福祉機関が連携したサポートも行われるようになっています。
 SENCOは、日本でも「特別支援教育コーディネーター」として形式的に導入されていますが、イギリスではSENCOに対しても予算が投入され、人的配置と専門性の質の強化が図られています。

予算付加

 通常の学級で学ぶ特別な教育的ニーズのある子どもには、日本の教育委員会に当たる機関(LA)から付加的な予算(resourced provision)が配分されています。

広がるインクルーシブ教育

 紙面も限られており、凝縮したイギリスの状況の紹介になってしまいましたが、イギリスを参考にその仕組みが整えられた日本のインクルーシブ教育システムの構築は、まだまだ道半ばにあるといえそうです。また、インクルーシブ教育の捉え方は一様ではなく、イギリスでは「ニーズ」の概念がとらえにくいなど、その在り方を巡って論争が途切れることなく続いています。そうした中で、昨年、イングランドではLGBTインクルーシブ教育が全ての学校で義務化されたという情報も入ってきています(*3)。通常の学級で多様なニーズに対応するという基本方針は揺らいでいないようです。

*1:Special educational needs in England: January 2021
https://www.gov.uk/government/statistics/special-educational-needs-in-england-january-2021
*2:Education at a Glance 2020: OECD Indicators, Chapter D, Figure D2.3.
https://doi.org/10.1787/888934165434
*3:イギリスにおける障害のある子どもの教育について
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/attach/1306642.htm

海外におけるインクルーシブ教育の動向―EU諸国―

 前回、SDGsの動きとインクルーシブ教育の関係について記しました。この二つに共通するのは、どちらも唯一の正しい方法があるわけではなく、明確なゴールを目指したそのプロセスこそが重要な意味を持っているということです。
 これまで本連載では、共生社会の実現を目指したインクルーシブ教育の取組について国内の話題を中心に取り上げてきました。共生社会の実現を目指したインクルーシブ教育のプロセスを追究するためには、国外の取り組み状況を知ることも大いに参考になるのではないでしょうか。そこで海外の状況についても紹介していくことにしました。
 今回はEU圏の状況を探ってみます。EU諸国のインクルーシブ教育への取り組みについては、European Agencyという組織がデータを収集・分析してその結果を公表しています。直近では2020年にこれまでの調査をまとめた報告が示されています。

European Agencyとインクルーシブ教育に関する欧州機関統計(EASIE)

 European Agencyは、EU加盟国の教育省が連携協力するためのプラットフォームとして機能している独立組織です。この機関の使命は、加盟国がインクルーシブ教育の政策とその取り組みを改善していくことを手助けするところにあります。その業務は、教育における公平性、機会均等、権利をすべての児童生徒に実現するという国連の障害者権利条約第24条やEUの政策イニシアチブに沿っています。
 European Agencyでは、インクルーシブ教育に関する統計(EASIE;European Agency Statistics on Inclusive Education)をとりまとめています。EASIEは、加盟国におけるインクルーシブ教育へのアクセスに関連するデータを収集、集計し、それらを比較検討したもので、各国の取組状況が把握できます。現在31の機関加盟国がEASIEに参加しています。

これまでのEASIEの統計調査から得られた知見

 2020年の報告(*1)によると、これまでの統計調査から次のような状況が明らかにされています。

  • データは、インクルーシブ教育がすべての加盟国の政策ビジョンになっていて、SEN(特別な教育的ニーズ)を公的に認定しインクルーシブ教育の機会を提供していることを示している。
  • SENの認定基準や児童生徒の割合は加盟国によって異なっている。障害者権利条約で定義されている障害のある児童生徒だけでなく、他の教育ニーズを持つ児童生徒を含めている国もある。
  • すべての対象児童生徒が、100%通常の学級に在籍する完全なインクルーシブシステムを取っている国はない。すべての国で、学校、学級、ユニットなどのさまざまな形態が取り入れられている。
  • 通常の学級外(日本の特別支援学校、特別支援学級、通級による指導など)に在籍する児童生徒の割合は、国ごとに異なっている。
  • すべての国で、SENが認定されている男子の数は女子の約2倍になっている。
  • 初等教育と中等教育での割合は国によって異なっている。各国がさまざまな方法で対応していることを示している。
  • さまざまな理由や状況で学校を休んでいる(正式に在籍しているが登校していない、またはどこにも在籍していない)児童生徒の実態は、すべての国で明らかになっていない。
  • データは、SENに認定された児童生徒の割合が全体的に変化していないことを示している。ただし、一部の国では、その割合が明確に増加している。
  • データは、完全な分離教育環境(特別支援学校、特別支援学級)で学ぶ児童生徒の割合がわずかであるが減少していることを示している。

2018クロスカントリーレポートの主な結果

 グラフは、2018年の調査結果(*2)を基に筆者が作成したものです。各国における初等教育と中等教育の義務教育段階でSENが公的に認定された児童生徒の割合について、インクルーシブ教育を受けている児童生徒とインクルーシブ教育を受けていない児童生徒について分けて示しています。SENが公的に認定された児童生徒の割合は、平均4.75%(31か国)でした。そのうち、インクルーシブ教育を受けていない者の割合は、23か国の平均で1.55%でした。
 このグラフから、EU圏では、国によって支援を必要とする児童生徒の割合が大きく異なっており、それぞれの国情に応じて対応していることがわかります。また、いくつかの国を除いて多くの国では特別支援学校など特別な場に分離されて学んでいる児童生徒数の割合が低くなっており、インクルーシブ教育の理念が浸透していることに気づかされるのではないでしょうか。

図1 EU各国における義務教育段階でSENが認定されている児童生徒でインクルーシブ教育を受けている者と受けていない者の割合

SDGsの動きとインクルーシブ教育

 最近、「SDGs」という言葉が大きな話題となっています。SDGs(エス・ディー・ジーズ)とは「Sustainable Development Goals」の略称で、日本語では「持続可能な開発目標」と表されています(*1)
 SDGsは、「誰一人取り残さない」社会の実現を目指し、経済・社会・環境をめぐる広範な課題に統合的に取り組むため、2015年9月に国連で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」(*2)に掲げられたものです。持続可能な社会を達成することを目指して、2030年に向け、世界全体が共に取り組むべき普遍的な17の目標と169のターゲットが示されています。
 SDGsというと、科学技術イノベーション(STI for SDGs)の推進が話題になりがちですが、17の目標の中には教育も掲げられています。そして、この教育の取り組みにインクルーシブ教育が深く関わっているのです。
 そこで、今回はそのことを確認するとともに、SDGsとの関連でインクルーシブ教育の推進に取り組んでいるユネスコの取り組みを紹介しておきたいと思います。

「持続可能な開発のための2030アジェンダ」と教育

 SDGsの17の目標の4番目(SDG 4)に、教育分野の目標が明記されています。「すべての人に包摂的かつ公正な質の高い教育を確保し、生涯学習の機会を促進する」という主目標のもとに具体的な課題として10のターゲットが示されています。それらの多くは、途上国を念頭に置いた対応に関するものですが、いじめ、不登校、外国籍、障害、貧困(社会構造の変化により新たに生まれたタイプも含む)なども含めて、誰一人取り残さないという観点からは、全ての国々におけるインクルーシブ教育の実現とも大きく関わっている次のようなターゲットもあります。

 4.5 2030年までに、教育におけるジェンダー格差を無くし、障害者、先住民及び脆弱な立場にある子供など、脆弱層があらゆるレベルの教育や職業訓練に平等にアクセスできるようにする。
 4.a 子供、障害及びジェンダーに配慮した教育施設を構築・改良し、全ての人々に安全で非暴力的、インクルーシブで効果的な学習環境を提供できるようにする。

 また、SDGsの10番目の目標「人や国の不平等をなくそう」の中にも、インクルーシブ教育に深く関わる以下のようなターゲットが掲げられています。

 10.2 2030年までに、年齢、性別、障害、人種、民族、出自、宗教、あるいは経済的地位その他の状況に関わりなく、全ての人々の能力強化及び社会的、経済的及び政治的な包含を促進する。
 10.3 差別的な法律、政策及び慣行の撤廃、並びに適切な関連法規、政策、行動の促進などを通じて、機会均等を確保し、成果の不平等を是正する。

 これらのことから、インクルーシブ教育の推進は、SDGsとも深く関わっていることが理解できると思います。SDGsに関連して文部科学省でもさまざまな取り組みを行っていますが、そうした取り組みを個別の課題として捉えるのではなく、インクルーシブ教育システムの構築も絡めた総合的な課題として捉えていきたいものです。

「教育2030アジェンダ」を主導するユネスコの活動とこれからのインクルーシブ教育

 国連の教育専門機関であるユネスコは、SDGs目標4の達成をめざして「教育2030アジェンダ」を主導する機関としてさまざまな取り組みを行っています。昨年には、「教育のインクルージョンに向けて:状況、傾向、課題(Towards inclusion in education:Status, trends and challenges)」という報告書を公開しています(*3)
 この冊子には、1994年のサラマンカ宣言以降、過去25年間に行われたインクルーシブ教育、つまり、すべての学習者に質の高い教育へのアクセスを提供するために取り組まれた世界各国での実践や研究、政策の紹介及び分析がなされています。そしてそれらを受けて、将来を見据え、インクルーシブ教育の継続的な発展と改善を確実にするための6つの推奨される行動を提言しています。それらは次のとおりです。

 アクション1:教育へのインクルージョンと公平性が何を意味するのかを明確に定義する
 アクション2:エビデンスを基に、学習者の参加と進歩を阻害している障壁を特定する
 アクション3:インクルージョンと公平性を促進する上で教師が支援されていることを確認する
 アクション4:すべての学習者を念頭に置いてカリキュラムや評価方法を設計する
 アクション5:すべての学習者を引き付ける方法で教育システムを構築および管理する
 アクション6:教育へのインクルージョンと公平性を促進する政策の策定と実施に地域社会を参加させる

 こうしたことが実現するまでには長い道のりが必要とされます。この報告書では、これらのアクションは、大人の態度、信念、行動の変化なくして達成困難であることを認識し、SDGsの目的の達成に向けての協調的かつ持続的な努力を求めています。この報告書の日本語版が公開され、わが国でも議論が深まっていくことを期待したいと思います

*1:持続可能な開発目標(SDGs)について
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2019/07/01/1418526_001.pdf
*2:持続可能な開発のための2030アジェンダ(仮訳)
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2019/07/01/1418526_002.pdf
*3:Towards inclusion in education: status, trends and challenges: the UNESCO Salamanca Statement 25 years on
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000374246

医療的ケア児とインクルーシブ教育

 前号では、8月23日に公布された「学校教育法施行規則の一部を改正する省令」において、教育上特別の支援を必要とする児童の学習又は生活上必要な支援に従事する職員についての規定が明確にされたことを紹介しました(*1)。その中には、「医療的ケア看護職員」も含まれています。また、この9月18日から、「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律(令和3年法律第81号)」(*2)も施行されています。

 そこで、これまでの号でも触れてきたところではありますが、今回は、上記二つの法令に関連付けて「医療的ケア児」に焦点を充てて、詳しくご紹介させていただくことにしました。

背景

 少子化が進み、生まれてくる子どもの数が減っているにもかかわらず、医療の進歩により新生児集中治療室等での治療を必要とする子どもの数が増えてきています。それに伴って、急性期の治療後においても命と健康を保持するために「日常的な医療的ケアと医療機器が必要で、気管切開部の管理、人工呼吸器の管理、吸引、在宅酸素療法、胃ろう・腸ろう・胃管からの経管栄養、中心静脈栄養等を受けている」(*3)医療的ケア児と呼ばれる子どもたちも急速に増えてきているのです。

医療的ケア児の実態

 医療的ケア児の様態は多様です。いわゆる重症心身障害児については、これまでも特別支援教育の対象として、様々な支援がなされてきました。しかし、歩けたり会話できたりする医療的ケア児は最近まで想定されていませんでした。そうした子どもたちがいよいよ学齢期を迎え、適切な就学先が見つからない、あるいは、本人や保護者の意向に即した学校選択ができないなどの課題が各地で出てきました。残念なことに就学先に関しては訴訟も散発しています。また就学できても、人工呼吸器をつけている場合はたんの吸引を欠かすことができない、胃ろうの場合は食事に手助けが必要となるなどの専門的な支援が必要となり、そのために保護者が付き添いを求められなど家庭に大きな負担がかかるという課題も各地で顕在化してきました。医療的ケア児の実数は、2018年の調査では、0~4歳で7,023人、5歳~9歳で4,761人、10~14歳で4,090人、15~19歳で3,838人、計19,712人となっており、その値は年々増加しています(*3)。医療的ケアを必要とする児童へ対応としては、支援する職員の配置、医療器具等の環境の整備が大きな課題となってきました。

法令の整備

 そうした実態を背景に「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律(令和3年法律第81号)」(*2)が成立したのです。この新法では、医療的ケア児が在籍する学校や保育所などに看護師らを配置することが定められました。これを受けて、学校教育法施行規則の一部を改正する省令(*1)においても、「医療的ケア看護職員」の規定が明示されたということになります。
 学校における医療的ケア看護職員については、その省令に次のように記されています。

1.医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律(令和3年法律第81号)において、学校に在籍する医療的ケア児が保護者の付添いがなくても適切な支援を受けられるようにするため、学校の設置者に対して、看護師等の配置等の措置を講ずることが求められているなど、学校現場への配置の必要性が高まっている医療的ケア看護職員について、医療的ケア児の療養上の世話又は診療の補助に従事する職員として、施行規則第65条の2に規定するものであり、その具体的な職務内容は、主に次のものが考えられること。
 ・医療的ケア児のアセスメント
 ・医師の指示の下、必要に応じた医療的ケアの実施
 ・医療的ケア児の健康管理
 ・認定特定行為業務従事者である教職員への指導・助言
2.医療的ケア看護職員は、保健師、助産師、看護師、准看護師(以下「看護師等」という。)をもって充てること。

今後の展望

 今後、国や自治体によって人材の配置や育成が進められていくことになりますが、先進的な取り組みをしている地域において人材が集まらないという悩みが示されています。勤務が不安定で待遇条件もよくないことなどが起因しているようで大きな課題だといえます。
 また、医療的ケアを必要とする児童にとって、長時間かけての通学は大きな負担です。学校選択も課題です。人口が多い地域で特別支援学校が近隣にあれば負担も少なくてすみますが、特別支援学校が遠方にしかない場合は大きな負担となってきます。米国小児科学会雑誌では、こうした子どもたちの支援の要素の一つとして「インクルーシブ教育:教育の機会」をあげています(*3)。立派な施設設備がなくても、本人や保護者にとって制約の少ない条件で学校生活が送れるように配慮していくことも対応策の一つだと思われます。すでに我が国でも、地域の小学校、中学校に通うケースも出てきています。教育委員会や小学校・中学校がどのように対応していったらよいか、こうしたケースに学びながらシミュレーションしておくことも大事なことではないか思われます。
 なお、医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律では、都道府県に医療的ケア児支援センターの設置を求めており、その対応も進められています。

*1:学校教育法施行規則の一部を改正する省令の施行について(通知)
https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/mext_00034.html
*2:医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律(令和3年法律第81号)
https://www.mhlw.go.jp/content/000801675.pdf
*3:中村知夫 医療的ケア児に対する小児在宅医療の現状と将来像 Organ Biology, 27(1), 21-30, 2020
https://www.jstage.jst.go.jp/article/organbio/27/1/27_21/_pdf/-char/ja

特別支援教育支援員について

 幼稚園、小・中学校、高等学校において障害のある児童生徒に対し、食事、排泄、教室の移動補助等学校における日常生活動作の介助を行ったり、発達障害の児童生徒に対し学習活動上のサポートを行ったりするため、「特別支援教育支援員」の配置が進められてきています。今回はこの「特別支援教育支援員」を取り上げることにします。
 「特別支援教育支援員」の名称は、教育委員会によってさまざまで、「学習支援員」、「教育補助員」などの名称が用いられている場合もあります。その配置については、地方財政措置によって、都道府県・市町村に対して必要な経費が措置されています。平成19年度に小・中学校について地方財政措置が開始され、平成21年度に幼稚園、平成23年度に高等学校と順次拡大されてきました。平成23年度の地方財政措置は、幼稚園4,460人、小・中学校36,512人、高等学校367人でしたが、その後増え続け、令和2年度では、幼稚園7,900人、小・中学校57,000人、高等学校900人、計65,800人となっています。ニーズが高まってきているといえます。

 「特別支援教育支援員」の名称や職務内容については、基本的には文科省の「『特別支援教育支援員』を活用するために」(平成19年6月)(*1)に示されていましたが、法令上明示されていない状態が続いていました。それが、急転直下、この8月23日に公布された学校教育法施行規則の一部を改正する省令(令和3年文部科学省令第37号)によって、医療的ケア看護職員、情報通信技術支援員、教員業務支援員とともに教育上特別の支援を必要とする児童の学習又は生活上必要な支援に従事する職員として規定されました(施行規則第65条の6関係)(*2)
 「特別支援教育支援員」の職務内容についても、これまでに示されてきたものと変わらないのですが、この施行規則に明記されました。主に次のものが考えられると記されています。

  • 基本的生活習慣確立のための日常生活上の介助
  • 学習支援
  • 学習活動、教室間移動等における介助
  • 健康・安全確保
  • 周囲の児童生徒の障害理解促進

 「特別支援教育支援員」の適切な配置や確保、活用等については、中央教育審議会答申「「令和の日本型教育」の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~」(令和3年1月26日)(*3)や「新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議報告」(令和3年1月)(*4)においても提言されており、規定が整備されたことは、インクルーシブ教育の推進という観点からも望ましいことだといえます。多様な支援を必要とする児童生徒が学ぶ学校において、「特別支援教育支援員」は、インクルーシブ教育システムの構築を目指す上で、「チーム学校」の一員として幼稚園から高校においてますますその役割が期待されていくことになると思います。
 他方、長期的な展望に立つと課題も多くあります。その資格については、特に定められているわけではありません。経験者や幼稚園教諭・保育士、教員の免許有資格、看護師資格を歓迎するとしている自治体が多いようです。また、多くの場合、採用は会計年度単位の臨時職員や非常勤職員となっています。チームとして機能するためには資質の向上が問われてくることになります。こうした課題を念頭に置いて「特別支援教育支援員」を活かしていきたいものです。
 なお、学校教育法施行規則の一部を改正する省令には、医療的ケア看護職員、情報通信技術支援員、教員業務支援員についても、その名称と職務内容が新たに規定されています。これらについては本稿では触れませんでしたが、医療的ケア看護職員については、インクルーシブ教育システムの構築とも深く関わっていますので、改めて取り上げたいと思っています。情報通信技術支援員、教員業務支援員も学校における働き方改革の推進やGIGAスクール構想の着実な実施等の課題に対応するために必要な支援スタッフです。こちらについては、改正された省令をご参照ください。

*1:「特別支援教育支援員」を活用するために(平成19年6月)
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/material/002.pdf
*2:学校教育法施行規則の一部を改正する省令の施行について(通知)
https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/mext_00034.html
*3:中央教育審議会答申「「令和の日本型教育」の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~」(令和3年1月26日)
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/079/sonota/1412985_00002.htm
*4:「新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議報告」(令和3年1月)
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/154/mext_00644.html

文部科学省が公表した「障害のある子供の教育支援の手引」について

 この6月に、文部科学省から「障害のある子供の教育支援の手引~子供たち一人一人の教育的ニーズを踏まえた学びの充実に向けて~」(*1)が公表されました。今回公表された手引は、2013年から就学手続きに関わる資料として、教育委員会や学校関係者に向けに作成されていた「教育支援資料」を改訂したものです。障害のある子どもの就学相談や就学先の検討等の支援に関する情報は、就学担当者だけでなく関係する全ての人にとって必要です。そこで、今回はこの手引を取り上げてみたいと思います。

 本欄でもすでに紹介したところですが、今年1月には「新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議」の報告が取りまとめられました。それには、制度改革に切り込むような大胆な提言はなかったのですが、障害の有無にかかわらずさまざまな子どもが共に学ぶインクルーシブ教育の考え方を引き続き推進すること、一人一人の教育的ニーズに的確に応えていくために、連続性のある多様な学びの場をいっそう充実させることの必要性などが提言されていました。今回公表された手引は、こうした背景を踏まえ、障害のある子どもの就学先となる学校(小・中学校等、特別支援学校)や学びの場(通常の学級・通級による指導・特別支援学級)の適切な選択に資するよう改訂を行ったものです。それに加え、就学に係るプロセスとそれを構成している取組の趣旨を就学に関わる全ての関係者に理解してほしいということから、名称も「障害のある子供の教育支援の手引」に改定したということです。

 この新たな手引では、子どもの教育的ニーズや就学に関連するプロセスに関する記載内容の充実が図られています。具体的には、第1編において、教育的ニーズや合理的配慮等の障害のある子どもの教育支援に係る基本的な考え方を解説しています。第2編において、実際の就学に係る一連のプロセスに沿って、教育相談・就学先決定のモデルプロセスを詳しく説明しています。そして、第3編において、「教育的ニーズ」の内容を障害種ごとに具体的に示し、就学先となる学校や学びの場を判断に資する事項を記載しています。これまでも障害のある子どもの就学手続きについては、「教育支援資料」により教育委員会や学校関係者に向けて伝達周知されていたはずでしたが、現実には、隅々にまで周知されていたとは言い難いところもあったようです。筆者のところにもそうした相談が舞い込んだことがあります。保護者の意向が汲み取られないままに相談が進んでいるという訴えでした。新しい手引では、その対象が広がり、内容もより具体的に示されており、就学の手続がいっそう周知されることが期待されます。

 他方、丁寧な記述がされているだけに分量も多くなっています。この3編だけで325ページにも及び、気軽に読めるようなボリュームではありません。そのためでしょうか、参考資料として「関係する皆様に優先的に読んでいただきたい項目一覧」が用意されています。「学校管理職」、「学級担任・担当」向けにそれぞれに優先的に読んでほしい項目が一覧に整理されています。小学校・中学校の先生方は、この資料を参考にぜひこの手引きに目を通してほしいと思います。

 また、「別冊」においては、医療的ケア児への対応に関する基本的な考え方等が示されています。この6月に「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」(*2)が成立しています。そこには、「学校の設置者の責務」(第7条関係)として次のような内容が示されています。

「学校(幼稚園、小学校、中学校、義務教育学校、高等学校、中等教育学校及び特別支援学校をいう。)の設置者は、基本理念にのっとり、その設置する学校に在籍する医療的ケア児に対し、適切な支援を行う責務を有するものとしたこと。」

 このことが、この手引きにも反映されていると言えます。「医療的ケア」というと、重度の障害を思い浮かべがちですが、近年、気管切開、人工呼吸器装着、経管栄養にもかかわらず、歩けて話せる子どもが増えているという実態があります(*3)。医学の進歩により医療的ケア児も多様化しているのです。これからは、医療的ケア児の教育の場として、小学校や中学校も選択肢として広がってくるものと思われます。したがって、この別冊も就学担当者だけでなく、関係する全ての人たち、とくに「学校管理職」に読んでおいてほしいところです。

*1:文部科学省「障害のある子供の教育支援の手引~子供たち一人一人の教育的ニーズを踏まえた学びの充実に向けて~」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/material/1340250_00001.htm
*2:文部科学省「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」
https://www.mext.go.jp/content/20210621-mxt_tokubetu01-000007449_01.pdf
*3:前田 浩利「小児在宅医療の現状と問題点の共有」
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000114482.pdf

オンライン教育とインクルーシブ教育

 新型コロナウイルスの感染拡大は、学校教育にも混乱と新しい様式をもたらしました。2020年2月27日に発出された内閣総理大臣による学校の休業要請から始まって、学校に登校しての教育機会が制限される状況がしばらく続きました。他方、こうした状況下で、多くの学校でオンライン教育が行われるようになり、文部科学省も「感染症拡大時や災害時などの「非常時」に児童生徒が学校に行けない場合、自宅でのオンライン学習を特例の授業として認める」通知を発出しています。(*1)
 これまでの数回にわたって、インクルーシブ教育におけるICT活用の意義について記してきましたが、その延長として、今回は新型コロナウイルス感染拡大から普及することになったオンライン教育について考えてみたいと思います。
 休業が続く中で、全国各地の学校でオンライン授業や動画コンテンツを使った学習の取り組みが実施されてきました。集中力を維持しにくい、健康を害する心配があるなどの課題が指摘されながらも、特別支援教育の分野でも積極的に取り組まれるようになりました。さまざまな課題があることを踏まえたうえで、オンライン教育には、十分活用の意義があることが認められてきたからだと思われます。独立行政法人日本特別支援教育総合研究所のインクルDB(インクルーシブ教育システム構築データベース)(*2)には、その実践のグッドプラクティス事例が集約されていて、実際にどのような取り組みがなされてきているのかを知ることができます。
 ただし、ここに紹介されているのは特別支援学校の実践例のみです。「本ページでは、全国の特別支援学校の取組の一部を掲載します。特別支援学校をはじめ、特別支援学級、通級による指導等、様々な学習や生活の場で参考になるような情報を紹介しています。」とあるように、通常の小学校や中学校でも役立つ情報はあるのですが、一方通行の感は免れません。
 インクルーシブ教育システム構築においては、小中学校の通常学級に在籍するさまざまなニーズのある児童生徒一人ひとりの学びへのアクセスの保障、あるいは、デメリットとされている課題を乗り越えるという観点からもオンライン教育の実践について情報交換や交流することがより必要になってきます。通常の学級に在籍しているものの集団活動での同調行動が苦手な児童生徒、生活リズムが不安定な児童生徒、外国籍で日本語を十分習得するに至っていない等の児童生徒にとっては、個別に対応して一人一人の学びを保障することで学習しやすくなり、指導する側も対応しやすくなるなどのメリットがあります。こうしたことがオンラインによる授業では、よりやりやすくなります。
 小川・野口(2021)(*3)は、オンライン教育をコロナ禍の状況下における緊急措置という側面で終わらせるのではなく、オンライン教育を必要とする児童生徒に対して「当たり前」に提供される選択肢の一つになって欲しいということから、米国におけるカリキュラム修正範囲の分類に基づき、オンライン教育の可能性についてインクルーシブ教育の観点から解説しています。「インクルーシブ教育システムにおいて、可能な限り同じ場で学ぶことを目指しつつ、一人ひとりの学びへのアクセスを保障していくためにオンライン教育は十分に活用できる」ものであり、そのためにも、オンライン教育を充実させるためのシステム開発と実践事例の蓄積・整理の両輪からの研究が必要であることを強調しています。小中学校における実践が蓄積され、情報共有や情報交換が進められていくことを期待したいと思います。

*1:感染症や災害等の非常時にやむを得ず学校に登校できない児童生徒に対する学習指導について(通知)
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/mext_00015.html
*2:インクルDB:学校における遠隔授業や動画配信、新型コロナウイルス感染症予防の取組
http://inclusive.nise.go.jp/?page_id=117
*3:小川 修史、 野口晃菜(2021).インクルーシブ教育の観点に基づくオンライン教育の可能性.教育システム情報学会誌, 38(1), 16-23.
https://www.jsise.org/journal/journal_jp/pdf/vol_038/380101.pdf