小学校社会科×小学校図画工作科コラボ企画 ~横浜を歩く~

コラボ企画に参加

 群馬大学の市川寛也先生率いる小図の「そぞろみ部」の活動。「そぞろみ」とは、まちのなかで出会った風景や建物、オブジェなどについて、「これは何だろう。」「〇〇に見える(似ている)。」「デザインや色づかいが面白い。」など、それぞれ思ったことや考えたことを対話しながら歩くこと。想像力を働かせながら、対話しながら対象を見ていくことで、互いの感性が研ぎ澄まされていくこの活動は、小学校図工で大切にしている「造形的な見方や考え方」につながる魅力あふれる活動だ。
 そのような「そぞろみ部」の活動に同行させていただくことになった今回の企画。テーマは、図工と社会科の「見方や考え方」にどのような共通点や相違点があるのか、小学校社会科の視点でまちを「そぞろみる」のならば、どのような事象に着目するのか……という具合である。
 先にも述べたように、「そぞろみ部」の活動に魅力を感じた私は、当日をとても楽しみにしていた。テーマ検証が興味深かったことも理由の一つだが、「みなとまち横浜」が今回の「そぞろみ」の舞台だったことももう一つの理由だ。以前、5年間ほど、横浜に勤めていたこともあり、勝手ながらもこの企画にご縁を感じていた。

図工と社会科の共通点や相違点とは…実際に歩いてみると

 とはいえ、「そぞろみ部」の活動は初めて。改めて考えてみると、社会科として「そぞろみて歩く」という活動は、3年生の地域学習「まちたんけん」に近いものを感じる。子どもたちがフィールドワークに出かけ、そのなかで不思議に思った事象(モノ・コト・ヒト)をあれこれ発見していく。子どもの疑問一つひとつが追究テーマにダイレクトに発展できる魅力ある学習である。私がファーストインプレッションで「そぞろみ部」に興味を持った所以は、この「フィールドワーク」という共通点だったのかもしれない。
 そんなことを考えながら、舞台の横浜へ。みなとみらい線「馬車道駅」で下車。そこから、市川先生と合流し、一同、「海」をめざしてゆっくり歩きはじめる。
 私の目に真っ先に入ってきたのは、県庁などをはじめとしたレンガ造りの建物。横浜開港当時の歴史を感じることができるこれらの建物は、港まち横浜の象徴と言えるものだろう。また、街灯には当時のガス灯を彷彿させるデザインが施され、街全体の景観が統一されている感じがした。ところが、そのころ、市川先生は、「これは何でしょうね。」と言いながら、建物の壁から突き出た「小さな輪」に着目。それから、交差点にあるボラード(車止め)の形やデザインについて「どうしてこんな形なのか。」と考え始める。さらには、ビルの壁面に規則的に並ぶエアコンの室外機にも目を向ける……。歩き始めてまだ5分。早くも「そぞろみ」に対する図工と社会科の向き合い方の違いを目の当たりにし、衝撃を受けることに。
 しかし、考えてみれば至極当然。社会的事象の見方・考え方と造形的な見方・考え方はそれぞれ違うからだ。社会科は、目の前にある事実をもとに歴史や事象の相互関係について、比較や関連づけをおこなうことを主とする。それに対し、造形的な見方・考え方は、色や形について感性や想像力を働かせることが念頭にあるからだ。図工の面白さの中心ともいえる部分なのではないか。市川先生の発見から、教科特有の違いに気づかせていただいたと同時に、先生のような柔軟な見方をしてみたいと痛切に感じた時間だった。

【社会科】社会的事象の見方・考え方
社会的事象を、位置や空間的な広がり、時期や時間の経過、事象や人々の相互関係などに着目して捉え、比較・分類したり総合したり、地域の人々や国民の生活と関連付けたりすること

(引用「小学校学習指導要領(平成29年告示)
解説 社会編」より)

【図画工作】造形的な見方・考え方
感性や想像力を働かせ、対象や事象を、形や色などの造形的な視点で捉え、自分のイメージをもちながら意味や価値をつくりだすこと

(引用「小学校学習指導要領(平成29年告示)
解説 図画工作編」より)

「そぞろみ」でまちが見えてくる

 しばらく歩いていくと、海ぞいから離れた街頭に船を留める「係船柱」を発見。市川先生は、その形や素材の違いに興味を感じたようだった。先生とお話をしているうちに、「どうして、まちのなかに船を留めておくものがあるのだろうか。」という疑問が浮かぶ。しかも、海に近づくにつれ、その「係船柱」の素材や形は近代的で新しいもの変化していく……。ここで、ようやく気がつく。古い「係船柱」があったところが、昔(おそらく明治時代)の横浜の港があった場所(沿岸)であり、そこから次第に沿岸部を拡張しているということである。何気なく目に留めたものが横浜の沿岸部の歴史を知る手がかりになるとは……。貴重な史跡との出会いとなった。

 さらに、目的地の海へどんどん足を進めていくと、出発した馬車道の街並みとは異なった新しい建物が増えてきた。この様子からも、港湾拡張をしてきた横浜の歴史とまちの特徴を知ることができた。

気になった「ヒト・モノ・コト」

大都市横浜ならではの歩道橋「サークルウォーク」
 交差点の眼下に円を描くようにして歩くことができる歩道橋。歩行者は歩道橋を歩くことで、危険な道路横断を避けることができ、また、自動車の渋滞解消にもつながる。市民・観光客と交通量のお互いの利便性を考えた横浜のまちづくりの特徴が見えてくる。6年生の政治学習で活用できるか……。

JICA横浜の1階にある世界の時刻
 国際都市横浜を代表する施設。この写真では確認しづらいが、「イギリス」「日本」「サンフランシスコ」「ブラジル」の時刻が表示されている。これを見ると、日本とブラジルの時差がちょうど12時間だということがわかる。5年生の学習に活用できそうだ……。

 すがすがしい海風を感じ、折り返しとなる赤レンガ倉庫前で見つけたのは、旧税関の跡地を利用したガーデンだった。旧税関は、関東大震災の火災で焼失したものだったが、その跡地を活用しているのがとても珍しく感じた。先の「係船柱」にも共通して言えることだが、古いものを排除するのではなく、それらを活用しながら新しいものと融合していく、互いに共存を図ろうとする横浜のまちづくりのイズムを垣間見ることができた気がした。

「横浜市風力発電所『ハマウィング』」
 ベイエリアから海を眺めると、真っ先に目に飛び込んでくる風力発電のプロペラ。この風力発電所は、2007(平成19)年に稼働。建設工事費の約5億円の半分以上は、一般の企業や市民による市場公募債で賄われ、事業運営費は、売電収益と「ハマウィングサポーター」と呼ばれる、風力発電事業に賛同する企業や市民の協賛金で運営されている。
 行政と企業、市民が協働して再生可能エネルギーの普及啓発を進めるこの取り組みは、横浜市政の新しいシンボル的な役割を担っているといえるだろう。

(横浜市環境創造局HPより一部引用)

新たな試み「連接バス『BAYSIDE BLUE』」
 横浜駅東口から山下埠頭までを結ぶ連接バス。横浜市交通局は、横浜ベイエリアの新たな交通の軸として2020(令和2)年から運航を開始。既存のみなとみらい地区の観光スポット周遊バス「あかいくつ号」と併せて、観光客の乗換利便性高めていくことをねらいとしている。横浜の空と海をイメージした青い車体は、“みなとまち横浜”らしい新たな風物詩となるだろうか……。
 常に進化する“みなとまち横浜”を感じた瞬間であった。

(横浜観光情報HPより一部引用)

「そぞろみ」を終えて

 以上のように、私が「そぞろみ歩き」をすると、出会ったものの背景を探ろうとする傾向があることが分かった。出会った「ヒト・モノ・コト」について、
「いつ(できたのか?/やってきたのか?/始まったのか)」
「だれが(つくったのか?/始めたのか?/考えたのか?)」
「どうして(何のために?/意図や効果は?/背景にどんな問題があるのか?)」
などについて、具体的な事実を突き止めたくなる。これは、図工の「造形的な見方・考え方」と違う面ではないだろうか。
 対話しながら、さまざまなまちの様子を知ることができる「そぞろみ歩き」。図工と社会科の見方や考え方の違いはあったが、学習をデザインする視点で考えると、子どもたちが「疑問」や「興味・関心」をもつことができる題材を見つけるという点においては、共通する部分がたくさんあった。「自分のまちをそぞろみると、どうなるかな。」と、新たな発見をしていきたいと強く思えた一日となった。

◆今回の「学び!と社会」は、初の試みとして「学び!と美術 」とコラボレーション企画をしています。社会科の見方と図工科の見方を比べて楽しんでください。
「学び!と美術 <Vol.136>」へはこちらから。


笠谷直人(かさや・なおと)

神奈川県秦野市立本町小学校 総括教諭 第6学年社会科担当

趣味:アウトドア、キャンプ、旅行など、浅く広く……

授業にお役立ち!⑨ ESDとしてのエネルギー授業(3)

(1)エネルギーの観点からESDとしての社会科授業を考える

著者 白神山地(湧き水の前で)2022年10月 前回は、2017年の小学校社会科の学習指導要領において、エネルギーとの関わりが明確に示されている第4学年の電気の安定供給を考える授業と、エネルギーとの関わりが明確に示されていないが作業過程でエネルギーの必要性が明白な第5学年の自動車製造のあり方について考える授業を紹介した。直接エネルギーとは関わらない他の内容においても、エネルギーの観点を導入することで、取り上げる社会的事象の理解が深まったり、持続可能性の概念から問題の解決に向けて考察・構想したりすることが可能である。
 例えば、人々の生活の様子が変化したことを道具の変化から考察するようになっている第3学年の内容(4)「市の様子の移り変わり」では、電化製品の登場に着目することで、エネルギーの活用により人々の生活が便利で豊かになったことを捉えることができる。また、第5学年の内容(5)「我が国の自然環境と国民生活との関連」では、自然災害時に電源確保が必要になること、第6学年の内容(1)「我が国の政治の働き」では、国や地方公共団体の未来を見据えたエネルギー政策のあり方を考察・構想できる。第6学年の内容(2)「我が国の歴史上の主な事象」では、各時代の生活や産業で使用されたエネルギーの変化に着目することで、各時代において持続可能な社会づくりがなされてきたことを考察し、時代による変化を踏まえて未来の生活のあり方を構想できる。
 今回は、小学校社会科の各内容で取り上げる社会問題について、その解決策としてエネルギーを活用していくようなエネルギーの観点を導入したESDとしての社会科授業を紹介したい(*1)

(2)エネルギーから食料生産の持続可能性を考える授業(第5学年)

 食料生産では、地理的条件を生かした農家の人々の生産を高める工夫や努力とともに、生産に必要なエネルギーの活用の工夫や努力を取り上げることができる。第5学年の単元「米作りを支えるエネルギー」(全13時間)は、米作りにおいて、生産から輸送、販売、消費に至るまで、電気エネルギーや原油などのエネルギー資源が必要となることに着目して、三重・社会科エネルギー教育研究会のメンバーである萩原浩司先生が、2017年に四日市市立泊山小学校で実施した。
 食料生産の社会問題として米の消費量の減少を取り上げ、1人当たりの米の年間消費量(約50㎏)分を生産するためには、約17.5Lの原油が必要となる事実を基に、食料生産を持続可能にしていく方策を考察・構想する。その際に、【存在】【有用】【供給】【安定】【持続】というエネルギーの5つの視点に付け加えて、【有限】と【希少】の概念に着目している。前者は、エネルギー資源は限られており、エネルギーの効率的な活用は食料生産を持続可能にすること、後者は、エネルギーは様々な産業で活用されており、食料生産においては一定の制限が加わることを意味している。

米の旅(2017年に授業で使用)

 第1~6時では、一般的な米作りの学習と同様に、米作りのさかんな地域などについて調べた。次に、エネルギーの観点から、生産から消費の過程におけるエネルギーの活用を“米の旅”(*2)としてイメージさせた(資料参照)。第7~8時では、近年の「米の消費量の減少」とともに、「米作りが重労働」であるという社会問題を解決するための様々な工夫について調べ、米作りには今後さらにエネルギーが必要になることを捉えた。第9~10時では、美味しい米作りや米の生産量を増やすために【有限】で【希少】なエネルギーを余分に使用する農家の工夫や努力の有効性を判断した。第11~13時では、持続可能になる米作りや、【有限】で【希少】なエネルギーの農業への効率的な活用について判断した。
 本実践は、実際に米作りに従事している農家を取り上げ、米作りの問題を解決するために、持続可能性からエネルギーの効率的な活用を判断するESDとしての社会科授業となっている。

(3)エネルギーから地域経済の活性化を考える授業(第6学年)

 2017年の学習指導要領では、政治学習は、小学校第6学年の最初の大項目に位置づけられた。「国や地方公共団体の政治」では、地域の開発ばかりでなく地域の活性化の側面も強調されるようになった。第6学年の単元「エネルギーの地産地消で目指す地域の活性化」(全8時間)は、地域社会を持続可能にするために、人口減少時代において地域にある資源を最大限に活用して地域経済を活性化させることを意図して、萩原浩司先生が、2019年に四日市市立泊山小学校で実施した。
 本実践では、地域経済を活性化させ、地域社会を持続可能にするための考え方として、電気エネルギーの地産地消に着目する。電気エネルギーの地産地消の考え方に、どの地域にも存在する自然エネルギーを可能な範囲で地域のために最大限活用するというエイミー(EIMY: Energy In My Yard)という概念をあてはめて、現存の電気供給システムを否定せずに、地域の自然エネルギーを可能な限り地域経済の活性化のために活用することについて考察・構想していく。第1~2時では、地域の少子高齢化に関わる人手不足や不景気などの問題を解決するために、電気エネルギーの活用が一役買うことに気づく。第3~4時では、地域経済の活性化のためにEIMY概念を踏まえて地域で安い電気を安定して産み出す方法である電気エネルギーの地産地消の必要性に気づく。第5~6時では、小水力発電による自分たちが住む地域における電気エネルギーの地産地消の有効性を判断する。第7~8時で他地域においても小水力発電による電気エネルギーの地産地消によって、地域経済が活性化して持続可能な社会が実現するのかを判断する。
 本実践は、少子高齢化という地域の状況から問題意識をもち、地域の活性化の側面からエネルギーの地産地消に関わる問いを生み出し、それを主体的に解決していく展開となっている。ESDの究極目標である学習者の行動の変革を促すことが期待でき、将来の政治参画にもつながっていく。また、SDGsの目標11「住み続けられるまちづくりを」に関わり、自分の地域を具体的に創造するような政治学習といえる。人口減少社会において、地域社会を持続可能にしていくために、国や地方公共団体における地域経済の活性化策として、エネルギーの地産地消の有効性を判断するESDとしての社会科授業となっている。
 直接エネルギーとは関わらない社会科の内容において、エネルギーの観点を導入することによりESDとしての社会科授業となる実践を紹介した。読者の積極的な授業開発に期待したい。

連載してきました「授業にお役立ち!」は、今回で終了となります。次回の連載もお楽しみに!

*1:永田成文編(2022)『エネルギーの観点を導入したESDとしての社会科教育の授業づくり』三重大学出版会、pp.59-70・91-10を参照されたい。
*2:永田成文・山根栄次編(2017)『持続可能な社会を考えるエネルギーの授業づくり』三重大学出版会、p.30の前回紹介した“電気の旅”をヒントに生産から消費の過程を“米の旅”としてイメージさせている。

授業にお役立ち!⑧ ESDとしてのエネルギー授業(2)

(1)社会科におけるESDとしてのエネルギー授業の内容と方法

著者 与論島百合ヶ浜(大潮の干潮時)2022年5月 2014年にユネスコが示した「国連ESDの10年」の国際実施計画フレームワークでは、文化、環境、経済の三領域と各領域に属する15の重点分野が示された。エネルギーは、人間と自然環境との関係を考える環境領域の重点分野である自然資源の中で示されている。ESDの究極目標である学習者の行動の変革を促すことについて、具体的に17の目標として示したものがSDGs(持続可能な開発目標)である。目標7「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」では、すべての人々の、安価かつ信頼できる持続可能な近代的エネルギーへのアクセスを確保することが目指されている。社会科におけるESDとしてのエネルギー授業では、エネルギーと社会とのつながりを考察し、エネルギーの視点から持続可能な社会づくりを構想していくことになる。
 2017年の小学校学習指導要領の社会科において、エネルギーの安定供給にかかわる内容は第4学年の内容(2)「人々の健康や生活環境を支える事業」の飲料水、電気、ガスを供給する事業において、電気かガスを選択した場合である。また、第5学年の内容(3)「我が国の工業生産」の優れた製品を生産するための様々な工夫や努力としてエネルギーに着目することもできる。
 エネルギーの安定供給をテーマとする場合、〔存在〕〔有用〕〔供給〕〔安定〕〔持続〕の視点から、エネルギーと社会とのつながりやエネルギー問題を捉える【記述】、エネルギー問題の背景を考察する【説明】、エネルギー問題の解決に向けた対応を構想する【判断】の過程を踏むことになる(*1)。以下、三重・社会科エネルギー教育研究会で提案した2つの実践を紹介したい(*2)

(2)エネルギーの安定供給の仕組みを考える授業(小4 社会)

 第4学年の単元「電気を送る人たちの仕事」(11h)は、2013年に研究会のメンバーである石田智洋先生が四日市市立泊山小学校で発電に着目した単元「わたしたちの生活と地域の電気にかかわる仕事」(11h)の授業を第3学年で受けた児童に対して、2014年に萩原浩司先生が同校で実施した。本実践では、児童は電気の安定供給の重要性については既に意識できているため、電気の安定供給の仕組みを考えることに重点をおき、送電に着目している。送電は変電所などの施設を見学しても電気が実際に見えるわけではなく、児童が実感をもって捉えることが難しい。学習指導要領では、飲料水、電気、ガスを供給する事業から1つ選択するようになっているが、飲料水となる水源地から蛇口までの水道の送水の仕組みは、電気の発電からコンセントに届くまでの送電の仕組みと大枠で一致するため、送水の仕組みを“水の旅”に見立ててアナロジー(類推)として用いることで、送電の仕組みを“電気の旅”としてイメージさせた(資料参照)。
電気の旅(2014年に授業で使用) 第1~2時では、児童は電気エネルギーの〔存在〕〔供給〕の視点から電圧の変化や電気の経路に気づき、第3~4時では、送電に関連する施設の〔存在〕〔供給〕の視点から変電所による電圧の変化による電気の安定供給の仕組みを捉える【記述】。第5~10時では、関連施設で働く人が強く意識している〔安定〕の視点から電気の高速性と消耗性に応じた安定供給の仕組みを考察する【説明】。第11時では、地域の社会生活の〔持続〕の視点から自己の今後の電気使用について構想する【判断】。
 本実践は、児童が電気の安定供給の仕組みを主体的に追究し、エネルギーと社会との関係を実感的に理解した上で、関連施設で働く人々の地域へ電気を安定供給する工夫を踏まえて、今後の電気とのかかわりを意識するようになっている。

(3)エネルギーの安定供給と工業生産の関係を考える授業(小5 社会)

 第5学年の単元「T自動車の挑戦-自動車工業を支える人・モノ・エネルギー-」(18h)は、学習指導要領で取り上げるように示されている「工業製品が国民生活を支えていること」、「工業生産や工業地域の分布」、「工業生産に従事している人々の工夫や努力」の内容に、「エネルギーの安定供給と工業生産」の視点を加え、2014年に石田智洋先生が四日市市立泊山小学校で実施した。本実践では、自動車工業として地域のT自動車を事例として、組立工場と関連工場との関係を考察していく際に、多くの自動車を機械化やロボット化により短い時間で効率よく製造するために必要となる電気エネルギーに着目している。
工場の電気はどこから(2014年に授業で使用) 第1~3時では、児童は昭和初期と現在の生活の変化を自動車の普及から意識し、第4~5時では、昭和初期と現在の自動車製造の比較から電気エネルギーの〔存在〕〔有用性〕に気づく【記述】。第6~7時では、自動車製造に必要となる電気がどこでどのようにしてつくられてきたのかを確認し(資料参照)、自動車製造には鉄などの原料資源とともにLNG(液化天然ガス)などのエネルギー資源の〔供給〕が必要であることを考察する【説明】。第8~11時でT自動車の組立工場と関連工場との関係や効率よく製造する様々な工夫が行われていることを捉えた上で、第12~13時にT自動車の国内外における自動車製造の事実から、エネルギー資源の〔存在〕や〔供給〕を意識してどこで自動車製造を行えばよいのかを構想する【判断】。第14~15時に、火力発電の仕組みと二次エネルギーである電気を生み出すエネルギー資源の供給の〔持続〕を意識した上で、第16~18時に、T自動車を実際に見学してエネルギーの安定供給と工業生産との関係を改めて捉える。
 本実践は、エネルギーの〔安定〕した供給を前提として、自動車が国内外で製造され、電気をつくるために必要となるエネルギー資源の安定供給と工業生産との関係を実感的に理解した上で、T自動車を通して、今後の自動車製造のあり方を意識するようになっている。
 今回紹介した2つの実践を組み合わせれば、より行動の変革を促すことになる。次回は、地域の持続可能な社会づくりに向けて、エネルギーの利活用を考察・構想する授業を紹介したい。

*1:永田成文編(2022)『エネルギーの観点を導入したESDとしての社会科教育の授業づくり』三重大学出版会、pp.13-16・21-23を参照されたい。
*2:永田成文・山根栄次編(2017)『持続可能な社会を考えるエネルギーの授業づくり』三重大学出版会、pp.27-50において「エネルギーの安定供給を考える授業づくり」として紹介している。

授業にお役立ち!⑦ ESDとしてのエネルギー授業(1)

(1)自分とのつながり 他地域とのつながり

著者 小笠原諸島父島(太平洋を望む)2021年12月 2023年に入り、電気代が高騰している。読者の皆さんにとっても切実な問題となってはいないだろうか。ここから、「なぜ」という追究を始めてみる。日本はエネルギーの自給率が低く、輸入に頼っている。ロシアのウクライナ侵攻を発端として、世界のエネルギーの流通が滞り、石炭や石油や天然ガスなどの化石燃料を中心としたエネルギー価格が上昇していることや、円安による影響が大きい。日本のエネルギーの安定確保について改めて考える時期にきている。
 大分大学の河野晋也先生に3回にわたってご紹介頂いたESDは、「持続可能な開発」という価値を前提として、「自分とのつながり」、「他地域とのつながり」から社会(文化)・環境・経済に関わる課題を取り上げ、その現状や要因や影響などを考察し、その解決策を構想することで学習者の行動の変革を促すことが目指されている。永田(2016)は、公民的資質について、「持続可能な社会の構築を視野に入れ、現代世界に表出する諸課題の解決に向けて思考・判断したことを表現し、自己の行動を変革しようとする態度」と定義した。ESDの目標は、社会科の究極目標である公民的資質(公民としての資質・能力の育成)と大枠の趣旨は同じである。
 電気代の高騰から、「自分とのつながり」として普段からどのように電気を使用しているか、「他地域とのつながり」として貿易の状況や為替の変動を意識できる。

(2)電気代の内訳に着目してみよう

電気ご使用量のお知らせ(2013年6月) 電気代が高騰している理由を、紙やハガキやメール等で毎月1回各家庭に通知されている「電気ご使用量のお知らせ」から、使用量の内訳と電気代に着目して考えていきたい。右図は約10年前に筆者に通知された「電気ご使用量のお知らせ」の一部である。当時、筆者は一人暮らしで、自宅にいる時間が少なかった。このため電気使用量が極端に少ない。また、地球温暖化を意識して節電に心がけていたことも強調したい。
 電気代の内訳をみると、契約した基本料金に、電気の使用量に応じて「燃料費調整額」や「再エネ発電促進賦課金等」が加わっている。2013年6月の「燃料費調整額」は、kWhの単価は2円29銭であることが読み取れる。4月は1円41銭、5月は1円90銭だったので、「他地域とのつながり」から「燃料費調整額」の単価が刻々と変化していることがわかる。しかし、電気使用量自体が極端に少なかったため、筆者はあまり「燃料費調整額」を意識することがなかった。
 現在、筆者は広島市に住んでいる。2023年1月の「電気ご使用量のお知らせ」をみて衝撃が走った。前月と比べて電気代が増えることは、暖房等が必要になるために予想していたが、それをはるかに上回って激増したためである。そこで、1年前の電気代と比べてみたら、使用量はさほど変わらないのに電気代が約3割増しになっていた。さらに、筆者が契約している電力会社に尋ね、「燃料費調整額」が主な原因であることがわかったのである。1月の「燃料費調整額」の単価が約15円であった。4人暮らしで1ヶ月に1,000kWh使用したと仮定すると、「燃料費調整額」のみで15,000円となる。1年前の単価は10年前とほぼ同じの1円台だった。
 2023年2月の電気料金は、使用量が増えているにもかかわらず電気代は安くなった。なぜか。国からの補助金により「燃料費調整額」の単価が抑えられているからである。それでも2月の単価は9円弱である。この補助金制度は2月から10月までと期間限定である。しかも支援額も徐々に削られる。筆者は、節電につながるようにさらに生活を見直し、省エネタイプのエアコンの購入を考えている。このように筆者は主体的に追究し、行動の変革が促されている。

(3)社会科におけるESDとしてのエネルギー授業

 人類は生活をより豊かで快適にするためにエネルギーを使用してきた。2004年のユネスコ国際実施計画フレームワークでは、エネルギーは環境領域の自然資源として位置づけられている。山下(2005)は、エネルギー環境教育は「エネルギー+環境」といった環境教育の拡大解釈ではなく、「エネルギー」を軸教材とする環境教育であるとしている。新・エネルギー環境教育情報センター(2013)は、学校教育におけるエネルギー環境教育の目標を、「持続可能な社会の構築をめざし、エネルギー・環境にかかわる諸活動を通してエネルギー・環境問題に関する理解を深めるとともに技能を身につけ、課題意識を醸成し、その解決に向けて成長や発達に応じ、主体的かつ適切に判断し行動できる資質や能力を養うこと」としている。ESDそのものである。
 エネルギーを取り上げることで、ESDの「自分とのつながり」や「他地域とのつながり」から、どのような状況でなぜそのようになっているのかという社会認識の過程と、これからどのようになるべきかなどの社会参加の過程を踏むことにより、学習者の行動の変革を促しやすい。また、化石燃料などの世界全体のエネルギーの安定供給や世界の様々な国・地域のエネルギーの安定確保は、その「持続可能性」が脅かされており、エネルギーは、「Think Globally, Act Locally」の理念を実践することが可能となる、社会科におけるESDの最適な教材といえる。
 児童・生徒にイメージしやすいエネルギーは、社会機能に関わる「家庭生活」、「産業」、「運輸・交通」をあげることができる。「家庭生活」は、炊事、照明、暖房においてイメージしやすい。明かりに着目すれば、小学校の生活科や中学年の社会科においても意欲的な学習が期待できる。「産業」は、主要な産業での利用を確認し、石炭から石油、再生可能エネルギーの導入などエネルギー構成の変化を考察できる。「運輸・交通」は、家庭生活や産業を成り立たせるのに必要な移動に関わる部門であり、移動の手段の変化はエネルギー構成の変化と密接に関係する。
 エネルギーのなかでも、とりわけ児童・生徒に身近な存在であり、平常時や災害時などに必要なものの一つが電気である。「電気は命をつないでいる」というフレーズがそれを示している。社会科の教科書や授業実践でエネルギーを扱う際に、二次エネルギーである電気が取り上げられることが多い。それは、電気を取り上げれば、エネルギーを意識しやすく、ESDとしての社会科の授業になりやすいためである。筆者は2017年4月から三重・社会科エネルギー教育研究会の代表を務めている。次回からは、この研究会で提案されたエネルギー授業を紹介していきたい。

【参考文献】

  • 新・エネルギー環境教育情報センター(2013)『エネルギー環境教育ガイドライン』
  • 永田成文(2016)「社会科における社会参加を踏まえた公民的資質の育成―持続可能な社会の構築を視野に入れて―」唐木清志編『「公民的資質」とは何か―社会科の過去・現在・未来を探る―』東洋館出版社、pp.116-125
  • 山下宏文(2005)「エネルギー環境教育のカリキュラム開発の視点と展開」佐島群巳・高山博之・山下宏文編『エネルギー環境教育の理論と実践』国土社、pp.76-81

授業にお役立ち!⑥ まとめ活動が好きになる!表現物を工夫した授業〜総合表現物編〜

(1)さまざまな要素表現物でテーマに迫る総合表現物

筆者 本連載では社会科で多用されるまとめ活動の表現物を要素表現物(レポートや新聞といった総合表現物を構成する要素にもなる表現物)と総合表現物(文章といくつかの要素表現物で構成される総合的な表現物)の2つに大別していました。そして前回は要素表現物を下のような4タイプに分けて、さまざまなタイプの要素表現物を組み合わせる必要性について考察しました。

  • Aタイプ:意味固定的で個別言及的な要素表現物
    例「○○年の姫路市のれんこん出荷量は○○トン」のような確定的な(意味固定的)、個々の事実(個別言及的)について述べる表現物
  • Bタイプ:意味流動的で個別言及的な要素表現物
    例「姫路市のれんこん農家・高田さんのれんこん作り物語」のように児童によって情報の取捨選択などが異なる(意味流動的)、高田さんという個人に注目した(個別言及的)表現物
  • Cタイプ:意味固定的で全体包括的な要素表現物
    例「姫路市でれんこん作りが盛んな理由」のような概念的な観点から(全体包括的)、分析的、論理的(意味固定的)に説明する表現物
  • Dタイプ:意味流動的で全体包括的な要素表現物
    例「姫路市のれんこんをPRするためのキャッチコピーやシンボル」のような姫路市のれんこん作りのようすや特徴から(全体包括的)、児童それぞれの印象など(意味流動的)を象徴する表現物

 今回は4タイプ全ての要素表現物を含めて作成することも可能な総合表現物の典型例として学習新聞を取り上げて作成ポイントを考えたいと思います。

(2)総合表現物の作成ポイント

 学習新聞は、読者を想定して模造紙やA3といった用紙の大きさを決め、限られた紙幅のなかで学習成果を一覧にする総合表現物です。前回紹介したA~Dタイプの要素表現物を記事にした時の見出しを作成し、学習新聞の形式にしたものが右の図になります。小学校高学年ぐらいまでの社会科学習で繰り返し作成してきた要素表現物を応用し、各タイプの記事が作成できると思います。
 学習新聞に限らず、総合表現物を作成する際のポイントを2点挙げたいと思います。

①キーワードが入った見出し
 記事の本文を先に書き、そこからキーワードを抽出して見出しとする場合もありますが、記事の本文を書き出せない児童には見出しから作成させたり、見出しとなるキーワードを挙げさせたりしてから、記事本文を書かせてみるのもよいと思います。
 また新聞記事では一番伝えたいことや結論が見出しとなることが多く、作成例でも「土地と歴史にヒミツ」という袖見出しをつけました。しかし学習新聞の場合は、主見出し「なぜ姫路でれんこん作りさかん?」のように問いだけを見出しとしても不自然ではなく、児童が記事を書く方向性を明確にすることもできます。

②何行もの文章に匹敵する図や写真・イラスト
 文章にすると何行にもなる内容を1枚の写真や図が明確に伝えてくれることがあります。社会科教科書に掲載されているものを参考に、右のような図や表を作成したり、人の表情や動きのある写真を撮影したりして、読者がパッとみて惹きつけられる総合表現物をめざすとよいでしょう。

(3)これからの社会科の総合表現物

 総合表現物の典型例として学習新聞を取り上げましたが、近年では社会科と総合的な学習の時間の学習を連動させ、プレゼンテーションソフトやWebページを用いた総合表現物の作成に取り組む事例も多く見かけるようになりました。これからも学校の教育活動での表現形態は多様になっていくと思われます。しかし社会科学習の前提となる社会の事実を踏まえる重要性は忘れず、要素表現物に多様なタイプがあったことも念頭におきながら新しい総合表現物に挑戦してもらえればと思います。児童たちと先生が一緒に試行錯誤や吟味して表現物を練り上げる社会科授業に多く出会えるのを楽しみにしています。

授業にお役立ち!⑤ まとめ活動が好きになる!表現物を工夫した授業~要素表現物編~

(1)基本の要素表現物から総合表現物へステップアップ

筆者 前回は社会科で多用されるまとめ活動の表現物を下の2つに大別しました。

  • 要素表現物:単独でも単元内容などを網羅するような表現物となるが、レポートや新聞といった総合表現物を構成する要素にもなる表現物。
    例)地図、年表、図表など
  • 総合表現物:文章といくつかの要素表現物で構成される総合的な表現物。
    例)レポート、新聞、Webページなど

 要素表現物は総合表現物の一角を効果的に彩る基本的な表現物にもなるため、児童がさまざまな要素表現物の作成に慣れてから、総合表現物へステップアップできるとよさそうだと前回お伝えしました。そこで今回は表現物の基本となる社会科の要素表現物を取り上げたいと思います。要素表現物を4つのタイプに分類し、それぞれを児童に作成させる際の留意点などについて考えていきましょう。

(2)社会科の要素表現物のタイプ

 2003年の論考となりますが、社会科教育学研究者・𠮷川幸男先生は知識を引き出すための単なる「媒体」とみなされがちな活字メディアの「教育」的作用に着目し、読者による主体的な社会の探究について考察されています。そのなかで活字メディアの4つの言語表現型を示されており、今回はそれを参考に画像(図や写真など)や動画など活字メディア以外の表現メディアを含めて要素表現物のタイプとして整理してみたいと思います。
 下の図は𠮷川先生が示された「意味の固定度」の横軸と「指示範囲」の縦軸を用い、A~Dの4つのタイプを作り、代表的な要素表現物を例示したものです。事例にしたのは「畑ではたらく人びとの仕事」(『小学社会3年』日本文教出版、2020年)の単元です。

Aタイプ:意味固定的で個別言及的な要素表現物
 「○○年の姫路市のれんこん出荷量は○○トン」のような、確定的な(意味固定的)、個々の事実(個別言及的)は、社会科学習の基本となる表現です。このような事実だけを羅列するような表現物を作成するまとめ活動は想定しにくいですが、Bタイプの例「姫路市のれんこん農家・高田さんのれんこん作り物語」やCタイプの例「姫路市でれんこん作りが盛んな理由」を書く場合などでも前提となってくる表現であり、下の他のタイプの表現型の説明でも登場してくる表現タイプになります。

Bタイプ:意味流動的で個別言及的な要素表現物
 「姫路市のれんこん農家・高田さんのれんこん作り物語」のような表現物は、高田さんから一緒に聞き取りをした児童でも情報の取捨選択などが異なり(意味流動的)、高田さんという個人に注目した(個別言及的)表現物になります。日常や生活科でも親しんでいる物語のような表現は児童が取り組みやすい表現タイプと言えるでしょう。
 児童の創意工夫によってクラスで多様な表現物が共有できる良さがありますが、単元のまとめ活動として押さえておいてほしい事実がある場合には「物語に含めるキーワード」(例えば「土づくり」や「かんたく地」などAタイプに該当する表現)としてあらかじめ設定するなど、先生もさまざまな工夫ができそうです。

Cタイプ:意味固定的で全体包括的な要素表現物
 「姫路市でれんこん作りが盛んな理由」は、土地条件や歴史的経緯といった概念的な観点から(全体包括的)、分析的、論理的(意味固定的)に説明する表現物になります。文章による表現だけでなく、「れんこん畑の多い大津区」と「水田の多い○○(地名)」を縦の列、「土地のようす」や「昔のようす」などの分析観点を横の行にした表を作成して「ちがい」などを分析する表現物もCタイプに分類できます。社会科のまとめ活動で多用される表現タイプとなりますが、大きくとらえると表現の多様性は出にくく、児童は正解のある表現活動だと受け止めがちです。また表現する際に必要となる概念的な分析的観点は、学習指導要領の「社会的事象の見方・考え方」とも重なるので、授業やまとめ活動のなかで強調し、最終的には児童が自在に使っていけるよう訓練できると良いと思います。

Dタイプ:意味流動的で全体包括的な要素表現物
 「姫路市のれんこんをPRするためのキャッチコピーやシンボル」では、姫路市のれんこん作りのようすや特徴から(全体包括的)、児童それぞれが象徴的な印象など(意味流動的)を表現します。「サクサク!やわらか!姫路れんこん」とキーワードで表現したり、絵にしたりとクラスで多様な表現を楽しむことができますが、その表現の根拠となる事実(やわらかなれんこんにするための土づくりなど、Aタイプに該当する表現)と共に児童が発表できると良いでしょう。

(3)要素表現物それぞれの弱みを補完する総合表現物へ

 上で見たように、A~Dタイプの要素表現物のそれぞれに良さと弱みがありますが、組み合わせて表現することで弱みを補完するまとめ活動になります。特に社会科ではCタイプの表現物でまとめさせることが多くなってしまうので、他のタイプの表現物と組み合わせ、それぞれの児童の思いや考えを自由に、多様に表現する場を保障しておくことも社会科嫌いのリスクを減らすのに有効かもしれません。また児童それぞれがまとめたい内容や自分の強みを考慮して表現タイプを選択していく機会も大切になってきます。
 いよいよ次回最終回はさまざまなタイプの要素表現物を組み合わせた総合表現物について考えていきましょう。

【参考文献】

  • 𠮷川幸男(2003)「活字メディアにおける社会認識教育」社会認識教育学会編『社会科教育のニュー・パースペクティブ』明治図書出版, pp.286-295.

授業にお役立ち!④ まとめ活動が好きになる!表現物を工夫した授業~総論編~

(1)学習の結晶化・まとめ活動

筆者 45分の授業終了時や単元終了時などに行われるまとめ活動では、たくさん学んだことのなかでも要点となる情報が集まり適切に配列されていく「学習の結晶化」が行われているのではないでしょうか。学校教育では当たり前に行われているまとめ活動ですが、学校教育後の長い人生においても、生活や仕事などでの膨大な情報を俯瞰したり、今後の進むべき方向性を見出したりする力を秘めたすごい活動だと思います。
 今月から3回にわたって、社会科におけるまとめ活動やその表現物の可能性に焦点を当てて論じていきます。今回は総論編として、まとめ活動の構想と表現物の大別について考えてみます。

(2)先生もわくわく!まとめ活動の構想

 なによりも先生にもまとめ活動を楽しみにしてほしいと思います。楽しいまとめ活動から授業全体を逆算し、単元内の各時間やまとめ活動との関係性や意味を考え、授業全体がより楽しいものになることもあるからです。「構想したまとめ活動から考えて、まとめ活動に至るまでの授業全体の設計も変えてみようかな…」と思ったら授業改善のチャンスなのです。まとめ活動をわくわく構想する時に、ぜひ検討してほしいのが下の①~⑤です。

①まとめる目的②まとめの読み手
 目的の第一は、まとめた児童本人を含む教室内の児童たちが学習内容を整理したり理解したりすることであり、教師が児童たちの理解を把握したり確認したりすることでしょう。そして読み手も、まずは教室内の児童たちや先生となることでしょう。

③まとめの状況設定
 上のように①目的や②読み手の第一に教室内の児童たちや先生をおきながらも、教室を越えた③まとめの状況設定をすることもできます。例えば「○○市の案内のために」や「□□市の児童が読む」といった①目的や②読み手を追加するのです。まとめ活動にリアリティや読み手意識が加わって、まとめる意欲が向上する可能性や、教室外の読み手からフィードバッグを得る学びに広がる可能性も生まれてきます。

④まとめ方
 まとめる内容に適切な表現物を先生が指定する場合が多いと思いますが、東京都中野区立美鳩小学校校長・佐藤民男先生が紹介されているように、訓練を積んでいけば、児童がまとめ方を選択し、試行錯誤してまとめていく経験も重要でしょう(https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/shakai/shakai007/)。
 そして先生や児童の選択肢となる表現物については下の(3)で取り上げますが、詳しくは次回以降で見ていきたいと思っています。

⑤まとめ活動の提示のタイミングや頻度
 (ア)単元導入などで単元末のまとめ活動を提示し、まとめにつながる内容は毎授業で確認しながら、単元のゴールであるまとめ活動に導いていく冒頭提示型もあれば、(イ)単元終末にまとめ活動を提示することで、各自で振り返りながら学習内容を整理・総合してまとめていく終末提示型もあります。
 また(ウ)単元内で類似したまとめ活動を繰り返す反復型もあるでしょう。例えば先生主導でまとめた「火事からくらしを守るしくみ」図を参考に、「事故や事件からまちを守るしくみ」図は児童がまとめていく場合などが該当するでしょう。

(3)よりどりみどり!まとめ活動の表現物

 社会科で多用されるまとめ活動の表現物は多くありますが、今回はそれらを2つに大別して考えていきたいと思います。

  • 要素表現物:地図、年表、図表など
  • 総合表現物:レポート、新聞、Webページなど

 要素表現物は、それぞれ単独でも単元内容を網羅するような表現物になりますが、レポートや新聞といった総合表現物に含まれる場合にはレポートや新聞という全体のなかの要素になるという意味で名付けました。児童がさまざまな要素表現物の作成に慣れた頃に、要素表現物を効果的に使った総合表現物にチャレンジできるとよいように思います。
 要素表現物にはさまざまなタイプがあり、まとめるのに適した内容や児童に必要なまとめる技能も大きく異なります。次回詳しく見ていきましょう。

【参考文献】

  • 岩田睦巳(2019)「表現活動 年表・図表・文章・新聞などにまとめる指導スキル まとめる指導スキルが高まれば、授業づくりと評価のスキルも高まる!」『社会科教育』56 (8), 明治図書出版, pp.34-37.
  • 西岡加名恵・石井英真(2019)『教科の「深い学び」を実現するパフォーマンス評価』日本標準
  • 橋本和幸(2019)「学び合い はじめの一歩でつまずかない指導スキル みんなでつくる社会の授業『学び合い』がうまくいく7つのポイント」『社会科教育』56 (8), 明治図書出版, pp. 46-49.

授業にお役立ち!③ 社会科とESD(3)

(1)立ち止まって、考えてみる

筆者 前回までに、「何ができるだろうか」という問いについて、見つめ直してみました。価値観と行動の変容を目指すESDではありますが、子どもたちの認識や問題の捉え方が深まらないうちに、安易に「できることを探す」取り組みにならないよう注意する必要があります。できることは何か、と探す前に学習のなかでしっかりと準備をしていくことが必要です。
 同じく前回の記事のなかで、思いがけず優等生的な答えを求めてしまっていないかという問題提起をしてみました。SDGsの認知度が上がったことで、子どもたちも何が問題なのか理解した状態で教室にいることが多くなりました。しかも地球規模で取り組むべきとされているわけですから、なかなか反論することが難しくなっています。しかし、重要な問題だからこそ、授業では子どもたちと一緒に立ち止まる時間、そして自分たちの生活を批判的に吟味する時間が大切になると思います。

(2)「何ができるだろうか」の前の準備

 授業では十分理解しているような発言や記述があるのに、日常生活に戻ると学習が生かされていない、ということがしばしばあります。私は何度もそういった経験をしました。そのたびに「意見が言いにくいのかな」「正解を言わせるような授業になっているのかな」と悩むことも多くありました。同じような経験をされた先生もいらっしゃるでしょうか。しかし、(私の場合はさておき)必ずしも子どもたちは、先生のご機嫌を伺うためにその場限りのウソをついているわけではないようです。
 私たちは日常生活のなかで、その人なりの特有な経験則(見方や考え方と言ってもいいと思います)を学んでいます。この日常生活のなかで育まれる見方や考え方は、正しいかどうかよりも「どれだけ有効か」「役に立つか」という基準でその人に採用された、非常に実用的なものです。これらの見方・考え方は、誤りを含んでいることもあります。しかし、経験的に信頼に値するものとして培われていますから、実感を伴わない授業では、なかなか科学的に正しい考え方に転換することは難しいものです。その人にとって見れば、これまでその考え方でうまくやってこれたわけで、「こっちのほうが正しい」と言われてもなかなか改める必要性を感じることはできません。しかもやっかいなことに、自分にとっては至極当然な見方や考え方ですから、わざわざ「これで良いのかな」などというように吟味する機会はほとんどありません。本人にとっては正しいかどうかということはあまり気になる問題ではなく、なんとなくそう思っているにすぎません(“なんとなく”すら思っていないかもしれません)。
 そのため、授業で習うことと日常生活で培ったことが、子どもたちのなかに並存するということが起こります。授業中に尋ねられたから、プラスチック製品は環境負荷が高い、と答えたけれども、普段の生活でプラスチック製品に囲まれた生活を改善しようとする取り組みをそこまで積極的に実践するわけではない、という状態です。

(3)認知的葛藤をつくり出す

 こうした状況を打開する方法として、葛藤状態をつくり出すということは、やはり重要だと思います。これまで授業研究のなかでは、「概念くだき」とか「ゆさぶり」といった言葉で重視されてきました。つまり無意識のうちに並存する見方・考え方を意識的に実感させ、その二つが相容れない場面を設けるということです。
 先ほどのプラスチックごみの例でいえば、私たちがプラスチック製品をすすんで購入しているということに気づかせることも一つでしょう。プラスチック製品のすばらしさに着目して探究していくことは、葛藤状態をつくり出すには効果的かもしれません。なにしろプラスチックは軽い、安い、安全という非常に優れた物質です。私たちがプラスチック製品を購入することはごく自然な選択なのかもしれません。逆に、分別回収してもらえるようプラスチックのトレイなどを、同じく貴重な資源である水で洗うことも葛藤を生むかもしれませんし、分別されたプラスチックごみがその後どうなっていくのかということを探究することも、思考を促す手立てになりそうです。
 日常生活のなかで育まれた強い見方や考え方を転換するためには、まず自分たちが無意識のうちにしたがっている見方や考え方がどのようなものなのか、しっかり見つめ直すことが必要です。現代社会に生きる私たちの生活は、まだまだ経済中心の捉え方が多くあります。正しいことはわかっているのに、その通りの行動はできていない、そんな場面を切り取って見せてあげることができれば、葛藤状態を引き起こすヒントになるのではないでしょうか。

(4)価値観変容のきっかけづくり

 価値観はそう簡単に変わるものではありませんし、容易に変えられるものだと思うべきではないとも思います。その上で、なぜ変わらないのかと追究し、そのきっかけづくりをしていくことはESDの実践では重要ではないかと思います。葛藤状態を設定したとしても、変容が見られないことも十分あり得ます。想定していたこととは違う変容が見られるかもしれませんし、もともともっていた考え方がより強固になる可能性もあります。しかし、価値判断の主役はあくまで子どもたちですから、日常生活のなかで身に付けてきた考え方と新たな考え方とを比較吟味して、彼らなりの答えを見いだしてもらいたいと思っています。そのような活動を繰り返し行って、何度も自身の見方や考え方を思考の俎上にあげていくことで、より良い判断に近づいていくのではないかと思います。まずは、子どもたち自身が自分なりに納得のいく、一貫性のある答えを見いだす力を育むことが重要だと考えています。
 これは私たち自身にも言えることだと思います。持続可能な社会への道のりはまだまだ遠く、残されている猶予もわずかです。抜本的な解決策が見いだせない現在では、私たちも子どもたちと一緒に探究していくことが求められていると思います。

授業にお役立ち!② 社会科とESD(2)

(1)「私たちに何ができるだろうか」という問い

筆者 ESDの授業や指導案を拝見すると「○○のために、私たちに何ができるだろうか」という問いによく出合います。学んだことを活かして発信したり行動にうつしたりするということは、ESDに限らずこれまでも多く実践されてきました。
 子どもたちの行動の変容を目指すESDの授業においては、何かを理解したり考えたりするだけで終わるのではなく、学んだことを実社会・実生活のなかでどのように生かすかまでを構想に含んでおきたいものです。その点で、上記の問いは、子どもたちが持続可能な社会の担い手として、価値観や行動が変容する契機となり得る問いだと思います。
 ただ、ESD=「何ができるだろうか」を考える学習、という見方がされているように感じることもあります。価値観と行動の変容を目的とするESDですから、決して間違いだとは思いませんが、この問いに至るまでのプロセスや問いの質について、十分考えておかなければ、その後の行動化は、その場しのぎの形だけの取り組みに留まってしまうのではないかと危惧しています。

(2)問いの質を考える

 日々子どもたちと向き合われている先生方は、どのような問いが学びを促し、または停滞させるかということはよくご存じだと思います。問いの質について書かれている本も少なくありません。たとえば、『問いのデザイン』(安斎勇樹・塩瀬隆之、2020)という書籍のなかでは、うまくいかない課題設定の共通項が紹介されています。上記の「何ができるだろうか」という問いの質を考えるうえで参考になるのではないかと思いますので、いくつか知見をお借りして、考えてみたいと思います。
 ESDの授業実践であっても、最初から「なんとかしなきゃ」と思っている子どもばかりではありません。そのため、社会的事象について自分ごととして考えられるよう、授業者は様々な工夫をします。その際、切実感をもたせたいと思うがあまり、ネガティブな課題や、大きな課題ばかり取り上げてしまうことには注意が必要です。深刻な状況ばかりを見聞きすると、前回も述べた通り子どもたちは疲れてしまいます。過度な不安感をもたせないような配慮が求められます。大きすぎる課題についても同様で、あまりにも問題のサイズが大きくなったり、子どもとの距離(物理的な距離とは限りません)が離れすぎたりすると、太刀打ちできなくなります。そう考えると必ずしもSDGsに結びつけようとしなくてもよいのかもしれません。むしろ、身近な地域を見つめ直すこと、それこそ社会科で取り扱う身近な自然や産業、安全・安心な生活を支えるしくみなど身の回りのひと・もの・ことのなかから、「ふしぎ」や「すてき」を見つけて掘り下げていくことは、小学校社会科らしいESDの取り組みを生むのではないかと思います。
 また、問いかける際に優等生的な答えを求めすぎていないか、ということも重要な点だと思います。授業中「何ができるか」を問われたとき、「そんなこと考える必要はない」と答えられる子どもが、学級にはどれくらいいるでしょうか。そういう発言は問題をじっくり見つめ直すチャンス、問題の本質に迫るチャンスを与えてくれます。近年、持続可能性の重要さが多くの人に認知されていることは、とても素晴らしいことです。その一方で「なぜ取り組むのか」ということを考える機会が少なくなったということでもあります。
 さらに、問いに対して正しさを追い求めすぎると、特定の立場の視点に偏った見方をしてしまうことがあります。ある立場の人から見ればより良い社会の在り方であったとしても、別の立場の人から見れば決して望ましい社会とは言えない場合が多くあります。公害問題も、プラスチックごみの問題も、そしていまだになくならない戦争の問題も、様々な立場の人がいるからこそ解決しがたい複雑な問題となっています。他者の立場や考えを考慮せずに行動化をすることは、多様な考えを排除することになりかねません。なかには、あなたにとって受け入れがたい考えもあるかもしれませんが、その他者にとっては、その人なりに正当な理由があるのかもしれません。その視点に立って初めて、問題の本質が見えてくるし、解決の見通しがもてるのではないでしょうか。場合によっては、自分自身のなかにも「望ましい行動を選択できない他者」がいることに気づくこともあるでしょう。

(3)「何ができるだろうか」に向かうために

 質の高い問いとは何か、問いを立てるときにどのようなことを注意すべきか、と10人の先生に尋ねたら、10通りの答えが見つかりそうです。きっともっと多くの留意されていることがらがあると思いますし、ここまでに書いた例が問答無用で良くない問いというわけではないでしょう。たとえば、小学生が、地域や国を越えた壮大なプロジェクトに関わることだって、あってよいはずです。問いは、子どもたちとそれを取り巻く状況によって善し悪しが変わるものとも言えます。
 ただ「何ができるだろうか」という問いに子どもたちが向かっていくためには、十分な準備が必要であることは確かだろうと思います。特に私が懸念するのは、子どもたちの認識や問題の捉え方が深まらないうちに、安易に「できることを探す」取り組みに向かってしまうことです。もちろんまず実践してみて、経験をもとに考えを深めていくという方法もありますので、順番が問題というわけではないと思います。要は、子どもたちがひと・もの・ことをどのように捉えていたか、そしてどう捉え直したか、という認識の変容がカギになると考えています。ESDの目的のなかにある価値観の変容と関わる部分であり、行動化に先立って不可欠な学習ではないでしょうか。次回は、この点について考えてみたいと思います。

【参考文献】
・安斎勇樹・塩瀬隆之(2020)『問いのデザイン:創造的対話のファシリテーション』学芸出版社

授業にお役立ち!① 社会科とESD(1)

今回から、先生方が社会科をご指導される際に実践してもらいたいことや実践時に即効性のある学習方法などをテーマとした、「授業にお役立ち!」を連載いたします。

(1)はじめに

 最近では、SDGsは広く認知されるようになりました。街中、テレビやインターネット、広告など様々なところで17色のカラフルなロゴを見かけます。「持続可能な…」という言葉も毎日のように耳にするようになりました。
 持続可能な社会の担い手を育てることは学習指導要領の前文にも記載され、学校教育全体で取り組んでいくことになりました。ESD(持続可能な開発のための教育)を教育の中核に据えることはUNESCOにおいても勧められています。それだけ地球の危機は深刻化しているということであり、同時にその解決のために教育に期待されているものが大きいということでしょう。実際に、様々な教科や校種でSDGsを取り扱うことが増えました。では、特に社会科という教科において、私たちはどのような授業実践をしていくことが求められているのでしょうか。今更のようにも思えますが、今一度立ち止まって考えてみたいと思います。
 今回から3回に分けて、今日的課題を授業で取り上げることを中心に、お話していきたいと思います。第1回となる今回は社会科の授業で、ESDを実践する際に私が大切にしたいと思っていることをお話しさせていただき、第2回以降はそのなかでも特に、問題や教材についてのお話を予定しています。

(2)ESDが目指しているもの

 ESDの歴史は、SDGsよりもずいぶん古く、1992年の地球サミット(国連環境開発会議)において、持続可能な開発を進めるためには教育が重要であることが示され、2002年のヨハネスブルグサミットで、日本政府とNGOが「持続可能な開発のための教育」を提唱しました。では、SDGsを扱うことと、ESDを実践することの違いは何でしょうか。
 ESDの目的は、「問題の解決につながる新たな価値観や行動等の変容をもたらし、もって持続可能な社会を実現していくこと」です。つまり、既有の価値観を持続可能な社会を形成する価値観へと転換すること、そしてSD(Sustainable Development)を支える行動規範を身につけさせることです。同様のことを、UNESCOは「変革のためには『いつもの』考え方、行動、生活様式の外に踏み出すことが必要」という表現で表現しています。持続可能な開発とは何か、SDGsとは何か、どのような問題があるのか、を学ぶことは重要ですが、そこに留まるのではなく、子どもたちが自分のライフスタイルを見直し、これまでの価値判断や意思決定を見つめ直すことがESDの本質だと思います。
 大きな危機を前にして、個人の生活習慣を改めるということがどれほどの意味をもつのか、疑わしく感じる方もおられるかもしれません。もちろん、エコ技術や発電効率の向上など、多くの分野で人々が努力し、科学技術による地球環境の保全に取り組んでいます。先日、ある研究所を訪れる機会がありました。その研究所では空気中のCO₂を収集する技術を研究していました。夢のような技術です。しかし、この技術が温暖化を食い止めるようになるには、あと100年はかかるそうです。ある研究員は、結局は私たちがライフスタイルを変えられるかどうかだ、とも言いました。
 地球環境を守るために科学技術の進歩は不可欠で、非常に重要な取り組みです。しかし、テクノロジーがすべての問題を解決してくれるというわけではありません。技術の進歩だけではもう間に合わない状況になりつつあり、私たちがどれだけ生活習慣を変えていけるか、その日々の意思決定は重要な意味をもつと思っています。社会科では、問題解決的な学習過程のなかで、または意思決定をしていくなかで、様々な価値を考えることができます。持続可能な社会の担い手を育成するうえで、社会科に求められているものは大きいと思います。

(3)ESDを実践する際に大切にしたいこと

 では、社会科では、どのようにESDを実践していくのでしょうか。どのように意思決定や価値判断をさせていくことができるでしょうか。様々な考え方があると思います。その一つとして、どんな人に出会わせるか、どのような人の生き方に気づかせるか、は重要なポイントではないかと思います。
 少し話がそれますが、SDGsのゴールを見るだけでは、なかなか切実な問題だと考えることは難しいように思います。一つひとつのゴールやターゲットはどれも重要な事柄ばかりですが、それらは子どもたちにとっても十分理解できる「正しさ」です。例えば、「良くないな」「困ったな」というひっかかりをつくるなどして、思考が促すしかけが必要ではないかと考えます。では、大量の食品ロスの写真や、プラスチックごみであふれる海岸を見せれば、子どもたちは考えてくれるでしょうか。たしかに「このままではいけない」「なんとかしなきゃ」と考えてくれる子どもはたくさん出てきそうです。そして「食べ物やごみを捨てない/捨てさせない」「ロスを減らしごみを再利用する」などの結論にいたるでしょうか。一つの在り方だと思います。しかし、持続可能な社会を追求することの難しさは、正解がわかっているのに実現しがたいところにあるように思います。食品ロスを減らせばいい、ごみを捨てさせなければいい、という結論は、多くの子どもたちは(少なくとも頭のなかでは)それほど抵抗なく受け入れてくれるでしょう。でも、本当の問題は、そうすべきなのに(きっと大人もそうすべきだと知っているはずなのに)なぜこれまで実現できないのか、ではないでしょうか。これはなかなかシビアな問いですが、このような問いが生まれて初めて、探究がスタートするのではないか、授業のなかで考える価値があるのではないかと思います。
 複雑で、解決が難しいけれど、探究のしがいがある問題は、具体的な状況や文脈のなかで、たくさん出会うことができます。実社会で働く人々は、このような複雑な問題に向き合い、課題解決を繰り返している人々です。社会科では、地域のスーパーマーケットの店員さん、工場で働く人、安全を守る人、農家の人、歴史上の人物まで、様々な人と出会うことができます。そうした人々の取り組みのなかには、(意図してかどうかは別として)持続可能な社会づくりに関連しているものも多くあります。「電力を多く消費するが、ハウス栽培をしなければ買ってもらえない」、「安全な製品をつくるためには、検査を厳しくしなきゃならない。そのぶん、多くの廃棄物が出てしまう」、このような問題に向き合い、決断を迫られているときには、その人の価値観が判断に表れていることでしょう。なかには、「本当はお店の利益にならないのにしている」、「手間がかかるはずなのにわざわざしている」というような、持続可能な社会の担い手としての価値判断をされていることがあるかもしれません。その背景にある考え方や生き方、こだわりにふれることは、子どもたちが「持続可能な社会の担い手」としての生き方を考えるうえで、一つのモデルになるものであり、ぜひ子どもたちに出会わせたい姿だと思います。

(4)“We are in a battle for our lives. But…”

 現在の地球は、非常に厳しい状況にあります。人が住める星であり続けられるかどうかの瀬戸際と言っても過言ではないと思います。そのような現代では、気候不安症と言われるように、過度の不安や無力感、絶望感を感じてしまう子もいるかもしれません。しかし、実社会で懸命に取り組んでいる大人の姿は、まさにモデルとなって、何をすべきかを子どもたちに示してくれます。諦めることなく、より良い生き方を模索する姿が、子どもたちの無力感をやわらげ、勇気づけてくれるのではないかと思います。ESDの国際的な枠組みである“ESD for 2030”のなかには、“We are in a battle for our lives. But it is a battle we can win.”という言葉があります。子どもたちを不安にさせるESDではなく、前を向いてより良い社会を構想していくような、ESDであってほしいと思います。
 ほかにも、ESDにおいて、人に出会うことの良さはたくさんあることでしょう。なかなか人と関わりをもつことが難しい時期が続いていますが、より良い社会、より良い地域を創っていくために、懸命に活動している人の生き方を感じることができるような出会いを授業のなかに取り入れていただきたいと思います。私自身も、先生方のESD実践に多く学ばせていただきたいと思っています。

【参考文献】
・奈良教育大学ESD書籍編集委員会(2021)『学校教育におけるSDGs・ESDの理論と実践』
・UNESCO(2020)、Education for sustainable development: a roadmap