豊かな情操を養うことをめざして!

「造形遊び」って何?―最も根源的な表現

 右の2枚の写真は、材料を基にした造形遊びの活動です。上は低学年で、机の上を中心に簡単にできる表現を工夫しています。下は高学年で、水の中での様々な面白さ、美しさを見付ける活動です。子どもたちは発達の段階に応じ、自由に発想し、楽しく活動を進めています。
 特に、低学年における造形遊びは、今後の造形活動の基礎になります。学習指導要領では、A表現(1)に造形遊びという言葉が明記され、具体的な活動として「並べたり、つないだり、積んだりするなど体全体を働かせてつくること」と示されています。造形遊びが求めていることは、子どもが自分の感性に従い、材料に出合い、自分に合った方法を見付けて思いを表現していくことにあります。特に、表現の結果としての作品ができることを求めている訳ではありません。例え技術的な面が不十分でも、自分の思いを表現できる最も根源的な方法なので、造形的な創造活動の基礎づくりに大きな意義があると思います。

「造形遊び」の課題と新しいアイデア

 これまで私は、いろいろな学校で実践された様々な造形遊びを見てきました。多くの活動では、子どもの発想・構想、表現などの面で題材の目標を達成して大きな成果を挙げていると思いますが、同時に、下記のような課題も挙がっています。
(1)多くの先生方は、造形遊びの意義を理論として理解していても、展覧会など発表の場を考えて、必ずしも結果としての作品を求めていない造形遊びの活動より、きちんと作品として残るA表現(2)の題材を重視している傾向があるようです。
(2)様々な要素を盛り込み、体育館や校庭で大掛かりな活動を行った場合、実際に取り組んだ先生方は、下記のような現実的で具体的な問題点を挙げています。

①子どもの安全指導などの管理面を考えた時、他の先生に支援をどのように依頼したらよいだろうか。
②グループ活動の中で個人の評価はどうしたらよいだろうか。
③片付けを考えると、活動時間を十分に確保できるだろうか。
④大量に使う材料や用具の確保、及び活動後はどのように再利用もしくは処分したらよいだろうか。

 これらの課題の解決を目指して、東京都江戸川区立平井西小学校 大道博敏主幹教諭は、学習指導要領のねらいを踏まえて、独自の『机上で簡単にできる造形遊び』を実践しています。発想の転換であり、興味深い取り組みであると考え、紹介いたします。

→「まなびとプラス vol.1」全編は、当サイトの機関誌・教育情報「まなびとプラス」にて公開中です!

NOT YET OVER-あどけない瞳に映るもの-

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 2013年8月現在、郡山の子供たちは平常に戻ったかのように生活しています。ただ、避難された児童達はまだ、戻ってきていません。本当にこれでいいのかと迷いながら日々生活しています。
 しかし、私たちは前向きに考え必死に生きていこうと思います。

 私は、昨年出会った、ある高校の演劇部の「この青空は、ほんとの空ってことでいいですか?」を漫画化させていただきました。この漫画を通して震災時のつらい高校生の心の葛藤を描きました。
 そして、今回、原発事故直後の1学期の小学校を舞台にした漫画を描きました。その当時のひどい生活を思い出し、また、聞いた話などを取り入れて描いてみました。
plus_vol1_01 残念ながら、私も普通の生活をしております。防災の意識が低くなってしまいました。私の思いは、震災後の福島の状況を風化させないことだけにあります。防災という意味でも忘れてはいけないことだと思っています。これは、私たち被災した者の使命だと考えています。今回の作品は私への戒めの意味も含まれています。ぜひ、県内の方たちにも、また、県外に住んでいる方たちにもいろいろ知ってほしいし、考えてほしいと思っています。

 フィクションではありますが、私の経験をもとにした作品です。いろいろな方に見ていただきたいと願っています。

学び!トピックス Vol.32「福島の先生が3.11後を漫画に。」

美術の先生が被災地でとりくんだこと

アートのある日常を目指して ~アーティストと被災地をつなぐ~

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 私は震災後、仮設住宅などでワークショップをしたり、被災地を訪れるアーティストのコーディネートをしてきました。震災直後は、あまりの被害の大きさに何もできないと無力感を感じていましたが、炊き出しなどのボランティア活動を続ける中で「美術の先生なんだから、美術でできることをして下さい。」とボランティアセンターのスタッフから言われたことをきっかけに活動を始めました。
 最初に行ったのは仮設住宅へ贈る表札作りです。当時の勤務先の高校生とがれきを拾ってきて、カラフルな表札を作りました。殺風景な仮設住宅が少しでも明るくなればという思いでした。その時石巻でボランティア活動をしていたアーティストからの提案で、表札を贈る前に商店街の空き店舗をお借りして表札の展示をしました。そこで「アート」の力に気づかされます。

空き店舗を利用した展示

 展示期間中の表札作りには、近所の子どもから大人まで沢山の人が参加してくれました。「絵筆を握るのは何十年ぶり」という人もいました。はじめは「見ているだけでいい」と言っていた人が毎日通って10枚以上作ってくれました。お昼にはみんなで持ち寄ったおにぎりを食べたり、お茶っこを飲みながらおしゃべりしたり、自然と人の集まる場所になっていきました。一緒に作りながらだと、不思議と家族にも言えなかった自分の思いを話すことができました。

表札の展示風景

 アートやアーティスト自身が人を引き付ける磁力をもっているということ、また人が集まる磁場を作ることができるのだと実感した出来事でした。アートがある場が居心地良く、自分のためにもみんなのためにも、何年先か分からない復興の過程でアートが必要だと強く思いました。しかし自分一人でできることはわずかです。外から来るアーティストと地元のアーティスト、そして地域の人々をつなぐ存在が必要です。私がそうなりたいと思いました。徐々に被災地を訪れる人は減っていますが、アーティストが被災地を訪れやすくなる仕組みづくりをし、地元のアーティストに刺激を与え育て、地域の人々にアートの楽しみを伝えたいと考えました。

表札3

 1年程前から継続して、アーティスト武谷大介さんと「遠足プロジェクト」をしています。支援物資の中古ランドセルにアーティストが作品を作り、展示、作品を背負って街歩きするツアーなどをしています。作品に使用している中古ランドセルは、善意で送られたものの貰い手がなく捨てられず困っていました。支援する側、される側のコミュニケーション不足や、震災の記憶の風化防止を訴えたいという武谷さんの発案でランドセルを譲り受けました。これまで国内10か所を巡回展示し、被災地の現状を伝えることができました。このプロジェクトを通してできたネットワークを活かして、被災地へ新しい人の流れができればいいと思っています。

遠足プロジェクト

遠足プロジェクト

 震災後にアーティストと出会えたことが私の生き方や考え方を大きく変えました。アーティストの皆さんの柔軟なアイディアやそれを実現しようとするエネルギーにはいつも驚かされ、刺激を受けています。今の夢は女川町にアートセンターを作ることです。それに向けて地元と外のアーティストの生涯学習講座を行ったり、アーティストインレジデンスを企画しています。みんなが日常生活を楽しめる町を目指して、アーティストと町をつなげていきたいです。


■遠足プロジェクトHPico_link 
遠足プロジェクトでは、継続的な被災地支援の動きを広めるのと同時に、遠足の巡回という形で一緒に展覧会やワークショップを開催できる『ひととまち』を募集しています。


がれきに花を咲かせようプロジェクト

被災地の高校生にできることを、無理なく楽しく

gamba_tohoku_mark_w3001 人間が芸術=表現活動を行う意味やきっかけを震災後、よく考えるようになりました。一般に「芸術」と呼ばれる営みは、捉えがたいものを何らかの感覚や方法で生みかえるものです。私の認識では、芸術は決して特別なものではなく、生きる中で自然発生する行動のわかりやすい言い換えです。「あれ?いいな」と感じることに気付いた時点でそこに芸術が生まれる。それでいいと思うのです。
 芸術について偉そうに語れる立場ではありませんが、表現の仕方を「自分のもの」と意識した時、それがリンクした先が、私の場合は美術であったのだと思います。描く・つくる、という行為は、私の人生の中で大きな意味と多くの時間を占めてきました。「芸術」はいつの間にか生まれてくるもの。嬉しいから絵を描き、楽しいから粘土をこね、悲しくて絵具を画面にぶちまけ…生きながら呼吸をするように、自然と美術に関わってきたように感じます。

壊れた校舎

壊れた校舎

花がれき

花がれき

 校舎が壊れ不便な学校生活、放射能の不安があるこの土地で暮らすこと、将来のこと…とにかく二重にも三重にも困難を抱えた生徒たちに「がれきに花を咲かせようプロジェクト」を提案したのは2011年の4月。受け入れてくれた生徒と共に、今まで様々な美術的活動を繰り返してきました。今思えば、初めは自分自身も必死で、思いついたことを半ば勢いでやった、というのが正直なところです。重苦しい現実と対面した生徒が、それを飲み込んで自己表現できるような状況はあの時、全く存在しなかったと思います。私自身は震災翌日に、澱んだ心境を絵にして心が落ち着いた、という経験をしたわけですが、生徒たちに花を描く行為を勧めたのは、自己表現ではなく、美術の側面の一つ、「表現は活力を生む」というものに賭けたかったからと言えます。

東電へ応援の絵手紙を贈る

東電へ応援の絵手紙を贈る

花がれき壁掛け

花がれき壁掛け

仮設訪問ワークショップ

仮設訪問ワークショップ

 プロジェクト活動を通して少しずつ、笑顔の花が咲きました。今では多くの方々に応援していただけるような大きな花畑となり嬉しいです。このプロジェクトをここまでに発展させた美術部員たちに昨年、活動を振り返る機会を与えたときの回答を一部、ご紹介します。美術によって生きる力を得た生徒たちの、成長した姿がそこにあります。 

仮設訪問ワークショップ

仮設訪問ワークショップ

壁画プロジェクト

壁画プロジェクト

大林宣彦監督とAKB48「So long!」試写会

大林宣彦監督とAKB48「So long!」試写会

「活動に参加し、どんな心境の変化があった?どんなことを考えた?」

  • 自分が被災者だからといって支援してもらうだけじゃなく、助け合っていくことが大事だと思いました。そして、今できることは精一杯やりたいと感じるようになりました。
  • どう表現すれば、傷を負った方々の傷をえぐらずに元気づけられるのかというのをすごく考えさせられました。相手の気持ちを考えることの大切さを知りました。
  • すべてがすべて、すんなりいったわけじゃないけど、避難してきた人々を自分たちの作品で元気づけたり、笑顔に変えられるとわかった時、「役に立てた!」とすごく嬉しく思いました。これからもこの活動がある限り、「役に立ちたい」という気持ちを忘れずに頑張りたいと思います!
  • 人とのコミュニケーション能力がつきました。自分自身の性格(人見知り)などが緩和された気がしました。
  • 感謝されることへの喜びや、自分の特技を活かして他人の力になれたことがとても嬉しいです。
  • 人に喜んでもらえるのが嬉しかった。誰かのためになにかをしたいと思った。
  • 今までボランティアなどに参加したことがなかったのですが、これまでの活動を通して自分も何かしら役に立つことができるんだなと思いました。
  • 人のために何かをする、ということがあまりなかったので、すごくやりがいがあります。

「今後の抱負は?」

  • 今、自分にできることを精一杯やる。
  • 放射能汚染されていない瓦礫を受け入れて処理してくれている県の人たちも、風評で困っていると思うので、自信を持ってもらえるように、この活動を知ってもらう。
  • これからも仮設住宅に出かけ、人のために活動したい。
  • 少しでも多くの人に元気になってもらえるよう笑顔で頑張る。
  • 今後も活動を継続し、今まで以上に積極的に関わりたい。
  • この活動を新入生にも伝えていきたい。

番匠あつみ(ばんしょう・あつみ)
1973年福島県南相馬市生まれ。福島県立保原高等学校で美術教諭を務める。主に絵を描いて発表活動も行っている。


MERRY PROJECT

子どもたちの笑顔が開くとき、その空間にはメリーな色が加わる。
デザインで世の中の空気を変えること。笑顔でコミュニケーションをデザインすること。MERRY PROJECTを世界中で展開するアート・ディレクター水谷孝次の「思い」は「カタチ」になっていく。その笑顔には持続性がある。

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2008年夏、北京オリンピックの開会式で2008本の笑顔の傘が開く。そのメリー傘には水谷が「メリーってなに?」と問いかけながら撮影した子どもたちの笑顔がプリントされていた。北京で開いた笑顔はMERRY PROJECTの傘になり、今も地球をメリーにし続けている。

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そのメリー傘の中で笑顔を満開にしているのは負の遺産を負わされた子どもたちだ。
阪神大震災、四川大地震、スマトラ沖津波、そして2011年、東北の子どもたち。

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3.11後、水谷は何度も東北を訪れて被災地を支援するメリー・スマイル・アクションを続けている。ミスターメリーがカメラを向けると子どもたちの表情が上を向く。

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いわき、東松島、陸前高田、気仙沼。被災地で撮影され、被災地に届けられた子どもたちの笑顔は復興を後押ししている。

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そして、東北の子どもたちの笑顔は被災地内外の大人たちの笑顔も引き出して行った。
さらに国連持続可能な開発会議(リオ+20)では、「希望と権力の間に子どもたちの笑顔が挟まれている」という痛切なメッセージの号外が発行されている。

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幸せだから笑うのではない、笑うから幸せなのだ。
水谷の言葉は深い。まずは笑顔を開いて、その場に漂う重苦しい空気を一掃していくこと。
子どもたちの笑顔にはその力がある。それは未来そのものなのだから。

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「あなたにとってMERRY(楽しいこと、幸せなこと、将来の夢)とは、何ですか?」
地球がMERRYゴーラウンドになるその日まで、水谷孝次とMERRY PROJECTは問い続けていくことだろう。

水谷にとってのMERRYは「和顔愛語」だという。
何もあげる物がないなら、あなたが笑顔と優しい言葉をあげなさい。そうしたら、あなたに笑顔と優しい言葉が返ってきますよ。
MERRY PROJECTの原点は2500年前にブッダが伝えた言葉なのだ。

※画像はMERRY PROJECT公式サイトで使用されているものです。

■MERRY PROJECT公式サイトico_link
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■宮城県造形教育研究大会(気仙沼)でのメリー・スマイル・アクションの様子(2012.11.12)ico_link


福島の先生が3.11後を漫画に。

この青空は、ほんとの空ってことでいいですか?

topics_vol32_1 私は、現在、福島県郡山市で小学校の教師をしております。震災後の生活は、まだまだ大変な状況にあります。私の勤務する小学校においても、大勢の子どもたちが避難を余儀なくされ、児童数が減少してしまいました。除染も進んでおらず、保護者の力をお借りして、いまだに続けており、校庭の一部はまだ立ち入り禁止の状態です。運動会をやるにも水泳の授業をやるにも、本当に大変な毎日を過ごしております。
 街中を見ますと、長そで長ズボンで、マスクをしている子供たちも少なくなり、公園で遊ぶ姿も徐々に増え続けてはいるのですが、まだまだ不安材料はたくさんあるのです。残念ながら、私も含めて放射能に関して麻痺してしまっているのです。
 そんなことを考えている日々を過ごしていた昨年度(H23)、郡山市にある「あさか開成高校」の演劇部の指導をしている教師から私に漫画化の依頼がありました。私はこの演劇を見たときに、しばし呆然としました。高校生の思いも私たちと一緒で、日々つらい生活を強いられているのだと強く感じたからです。被災者の立場から言うと、あの日のことを一日でも早く忘れてしまいたいのですが、やはり、この悲惨な状況を忘れてはいけないこととして考えていかなければいけないのです。そして、いろいろな方にこの現状を知っていただきたいと思っています。演劇というメディアとは違った形でも、全国のみなさんに知っていただけるのではないかという思いから、頑張って描きました。

『KIDS ARE ALL RIGHT! ~映画祭のキンダーガーデン~』

topics_vol31-03 今年で第18回目を迎える、日本とヨーロッパとを結ぶ映像文化の祭典、「大阪ヨーロッパ映画祭」が11月3日(木・祝)~12月9日(金)の日程でエルセラーンホール、梅田ブルク7、兵庫県立美術館、梅田芸術劇場、イーマほかで開催されます。

 お子様をお持ちの映画祭ファンの方々のために、今年は親子で楽しめるプログラムをご用意しました。

 毎年、「子どもがいるから映画祭に行けない!」という意見から、小学1年生以上の子供たちを対象に映画祭会場に安心して子どもたちを預けられるキンダーガーデンがオープン! さらに、遊びながら映像の仕組みを体感できるプログラムを用意しています。「子どもたちも楽しめるヨーロッパ映画の上映を!」との思いで、未来の文化力を高める事業として、子供の映像教育の推進を図ることを目的に、毎年開催しているキンダーフィルム特集。トリノ市の子供たちが自ら制作した短編アニメーション作品を上映。鑑賞後に日本の子供たちは感想を絵にし、現地の子供たちへ届けます。さらに、イタリアから招聘したメディア・エデュケーター指導のもと、アニメーションの作成と映画製作の初期に使用していた映写機や3D眼鏡の作成にチャレンジ! 子どもたちが遊んでいる間、お父さん、お母さんは安心して映画をご鑑賞いただけ、子どもたちならではの柔軟な発想と個性的な映像に、思わず大人もその世界に引き込まれます。

○キンダーフィルム上映会

 5歳~10歳程度のトリノ市の子供たちが自ら制作したアニメーション作品を上映。鑑賞後日本の子供たちは感想を絵にし、現地の子どもたちへ届けます。(キッズプラザ大阪/エルセラーンホール)

○今年初めての試み『映画祭の学校』

 イタリアから招聘した保育士資格を持ったメディア・エデュケーターの指導の下、キンダーフィルム鑑賞後に映画初期に使用していた映写機、3D眼鏡を遊びながら作成にチャレンジ! 映画祭と同じ会場だから安心してあずけられます。(エルセラーンホール)

作成風景

作成風景

昔の映写機

昔の映写機

●キンダーフィルム特集●
~キンダーフィルム&ワークショップ 親子で楽しめる映画祭~

■11月19日(土)、20日(日)、23日(水・祝)/スカイアトリウム(ホテルエルセラーン大阪15F)

 5歳~10歳のイタリア・トリノ市の子どもたちが制作したアニメーション作品を上映し、鑑賞後、感想を絵にしてもらいます。この絵は、イベント後にトリノの子どもたちへ届けます。

 また、キンダーフィルム鑑賞後、イタリアから招聘したメディア・エデュケーター指導のもと、映画制作の初期に使用していた映写機や3D眼鏡の作成にチャレンジ! 子どもたちに、「映像」の仕組みを体感してもらいます。

 また、監修者でもあるメディア・エデュケーターによる映像教育の必要性とメディアリテラシーについての講演会を、保護者や教育者向けに実施します。(過去実績:06年フィンランド、07年ベルギー、08年エストニア、09年リトアニア)

【内容】3つのセクションに分けて、約2時間の構成です。

  1. アニメーションの鑑賞+感想を絵画
  2. 3Dめがね、映写機の作成
  3. アニメーションの作成

 ※各セクションの最大人数は10名。総勢30名までを予定。

■11月12日(土)、13日(日)/キッズプラザ大阪

 5歳~10歳のイタリア・トリノ市の子どもたちが制作したアニメーション作品を上映し、鑑賞後、感想を絵にしてもらいます。この絵は、イベント後にトリノの子どもたちへ届けます。

■このイベントの目的

  1. 子供がワークショップをしている間、親御さんは映画鑑賞
    過去の映画祭では、映画祭会場でキッズイベントを行っていなかった為、子供がいるから映画祭へ行けないという意見が多かった。今年はキッズイベントも映画祭と同じ会場にすることで問題を解消。親子で楽しめる映画祭に!
  2. ワークショップを通じて、遊びながら映像の仕組みを理解する
    遊びながら、昔の映写機・3Dめがね・アニメーションの作成を通じて、映像の仕組みを理解する。また、創造性・協調性・積極性が身に付く。


がんばっています!東北 子どもたちは未来に生きる

こんなこと、あるはずがない。

gamba_tohoku_mark_w3001 3月11日金曜日、短縮日程で子どもたちを下校させ、職員室で一段落していたときだった。
「グラグラ…」
最近この程度の揺れはしょっちゅうきていた。
「ああ、また地震か。」
そのうちいつものように止むだろうと構わずテストの採点作業を続けた。しかしなかなか止まらない。それどころかだんだん揺れが強く、大きくなってきた。
「これはまずい。」
立ち上がって、職員室のガスコンロの元栓を閉じ、乗っていたやかんを下ろし、食器棚を押さえようとしたときだった。揺れはいきなり大きくなった。ものがガタガタと音を立てて動き始めた。30数年前に記憶された宮城県沖地震の恐怖がよみがえった。
「外に出よう。」
先生方と声を掛け合い、急いで外へ飛び出した。掲揚塔のポールがぶるぶる震え、プールの水が右に左にあふれている。校舎も地面も壊れそうな程動いていた。しかも弱まるどころか、私たちの不安と恐怖をあざ笑うかのようにさらに強く、止むことなく揺れ続けた。
「ああ、終わりだ。このまま校舎は崩れていく…。」
諦めかけた頃、揺れはやっと弱まってきた。周りを見ると、屋根瓦が落ち、石塀が倒れ、丘がずり落ちていた。道路にもプールにも亀裂がはしっていた。
「これは、夢だろうか。」
 幸い、停電にはならなかった。テレビをつけ、ニュースに目をやった。夢ではなかった。あちこちの同じような状況が映し出された。しばらくして津波警報が出された。警報の津波の高さがどんどん高くなっていく。やがてテレビの画面に上陸した津波の映像が映し出された。ヘリコプターで撮影していたのだろうか。墨汁のようなどろっとした液体が、田畑や家屋、道路を次々に飲み込んでいく。走っていた車もその液体に飲まれ、消えていった。シミュレーションとしてCGでつくった映像なのかと思った。現実だとしたら、あの家にも走っていた車にも生きている人間がいる。命がこんなに簡単に奪われるはずがない。
「これはつくり話だ。こんなこと、あるはずがない。」
 翌日、東京電力福島第一原子力発電所1号機の建家が水素爆発で吹き飛んだ。そして3号機も…。
「原発は絶対に壊れない。だから安全・安心なんだ。」
ずっと聞かされ続けてきた。しかしその原発が次々と壊れた。壊れるはずのないもの、決して壊れてはならないものが壊れた。今も壊れ続けている。いつまで壊れ続けるのか。この先どうなるのか。未来はあるのか。子どもたちに何を伝えればいいのか…。
「こんなこと、あっていいはずがない。許されるものではない。夢であってほしい。嘘であってほしい。」

あれから三カ月、子どもたちは未来に生きる。

 福島県郡山市の小中学校は4月11日に始業式・入学式を迎えた。地震の被害で校舎や体育館が壊れた。また原発の事故で避難する子どもたちの動向も定まらなかった。通常より5日程遅らせ、その対応にあたった。そのかいあって、笑顔で一カ月ぶりの再会を果たすことができた。でも、どこに向かって、何をがんばればいいのか。先は見えなかった。
 震災前に図工の授業で取り組んでいた作りかけの作品が残っていた。ビー玉のコースターだ。一カ月も間を空けて、子どもたちは意欲を持って取り組めるだろうか。不安はあったが、続きをつくることにした。
「明日もやりますか。」
「もっとやりたい。」
「友だちとつなげていいですか。」
始めてみると、手を使ってものを作ることが、友だちと関わり合いながらものを作ることが、ビー玉を転がして遊びながらものを作ることが楽しくてしかたがないようだった。
 5月になって、ある企業から絵画作品募集の案内がきた。いつもなら見向きもしなかったが、「夢をえがく」というその趣旨に心が動いた。出品者全員に参加賞があるのも嬉しかった。賞品も図書カードや旅行招待などで、子どもたちも心躍らされた。いろんな夢が出てきた。空を飛ぶ夢、宇宙旅行、大きなケーキやパフェをお腹いっぱい食べること、世界中、宇宙中のみんなと仲良くなることなど。そんな中、震災で困っている人たちに家や食べ物や水を届けたいという願いを描いた子がいた。自分たちも大変だというのに…。
 子どもたちはやさしかった。子どもたちは未来を信じていた。先のことはどうなるか分からない。今できることは子どもたちとともに歩んでいくことだ。それが私自身の勇気と希望になることを子どもたちから教えられた。東北は、福島はがんばっている。でもそれは、目には映らないかもしれない。だから見守ってほしい。求めることなく…。


どうなる? 日本のデジタル教科書

topics_vol29-01 デジタル教科書導入の流れはどうなっていくのだろうか。臨場感があり、情報量も豊富なデジタル教科書には魅力を感じる。これまで国語の授業で様々な教材を扱ってきたが、紙媒体では不十分なこともあり、ストレスを感じていたからである。しかし、新しいメディアが現れる時には、すんなりといき難いかもしれない。
 さて、韓国ではすでに、小・中学校に電子黒板・電子教卓・IPTVなどが配備されている。また、この新学期から、全ての小中学校の国語・英語・数学の3科目についてデジタル教科書導入を義務化した。さらに2013年には、生徒1人1台のタブレット端末の導入を目指している。
 そこで2010年に2回韓国に訪問し、小学校の調査と教師へのインタビューを行った。2回目には、日本の文部科学省にあたる教育科学技術部で、朴(パク)参事官に直接話を伺う機会を得た。その印象を述べたい。
 一つは、児童が主体的に情報を検索している姿がとても印象的であった。1冊の本から答えを見つけるのとは、探す楽しさが違う。色々なWebサイトに積極的にアクセスして、学習に必要な情報を見つけ、重要な点はペンで書き込む。また、検索内容を共有することが可能であるため、学びの幅が広がっていた。
 二つは、子どもたちの学習活動が意欲的だった。魅力的な教材を手にして、それに興味を持たない子どもはいない。どんどん英語の音声が飛び出し、それに早口の英語で応える。そのようなテンポの良い教材を使うことで、授業が楽しそうだった。
topics_vol29-03  三つは、デジタル教科書の導入のために、十分な準備と検証が行われた点である。その中には、視力や電磁波の影響についての課題も盛り込まれていた。
 朴参事官から手渡されたKERIS[注1]の資料には、「研究モデル校の使用端末機は高性能の端末機であり、今後もPC、ノートパソコン、ネットブック、iPad、スマートフォンなどの活用環境を研究する」と書かれていた。
 また、韓国のデジタル教科書には規定が書かれていた。「デジタル教科書とは、学校と家庭で時間と空間の制約なしに、既存の教科書や参考書/問題集/用語辞典などを含み、それを動画/アニメーション/Virtual Realityなどのマルチメディアと統合/提供して多様なInter-active機能と学習者側のレベルに合わせて学習が出来るように設計された学生用の主な教材」と定義されている。デジタル教科書は、電子著作物に含まれている。
 すでに、幅広い学習資料の提供や既存の(紙の)教科書とほぼ変わらない筆記・ノート・メモ機能の提供、学習者側に合わせた進度管理と評価など、学生個々のレベルに合う学習が可能な教科書を目指していたのだ。
topics_vol29-02  さて、デジタル教科書の導入は、韓国だけではなく、すでに多くの国々で実施されている。日本の政府も2020年を目標にし、昨年度からはフューチャースクールの実証実験も開始された。これからは、高いリテラシーを持った上で、情報にアクセスすることができる子どもたちを育成していくことが必要になるだろう。
 デジタル教科書では、授業中に感想や意見の共有が瞬時にできることも、学びを深める意味からも有難いことである。しかし、その使い方や教育方法の確立は不十分である。また、子どもたちがインターネットの検索に依存してしまう点が危惧されている。しかし、例えば、大地震などの災害においては、情報取得の有無が生死を分けてしまうことさえある。信頼性が高く、正しい情報にアクセスできるメディア・リテラシーが必要となるだろう。
 デジタル教科書の導入にあたっては、従来のカリキュラムの枠組みにとらわれないメディア・リテラシー教育が必要になるだろう。

[注1]KERISは韓国教育学術情報院といい、教育・研究情報の開発、管理、提供を行う政府直轄機関。

上松恵理子(うえまつ・えりこ)
新潟大学博士研究員
新潟大学教育学部・新潟中央短期大学・新潟県立新潟工業高等学校非常勤講師
1959年生まれ。新潟大学大学院現代社会文化研究科博士後期課程修了。博士(教育学)。国語科での実践と研究・国内外の学会発表・講演・執筆を行い現在。日本教育メディア学会・日本教育工学会・全国大学国語教育学会・情報通信学会など。


CG(コンピュータグラフィックス)やアニメーションによる創造性教育

 娘が私の目を盗んで勝手にコンピュータの前に座って、びっくりするほど面白いお絵描きを見せてくれたのは、彼女が3歳頃のことでした。それによってCGによる子どもの創造力開発の可能性を感じた私は、早速自宅のアトリエを使って1999年より「こどもCG教室」を開始しました。開設当初から、せっかくCGなんだから、お絵描きだけでなくアニメーションも子どもに作らせたいと思い(ちょうどその頃、私自身がアニメーション作品を作っていた頃なので)、子どもでも使えるアニメーション制作ソフトウェアは無いか?と探しました。すると幸運にも「EVA(エバ)」という優れた画材に出会うことが出来ました。「EVA」に出会えなかったら、私の「こどもCG教室」は成立しなかったかもしれません。
 その後の10年間は、自宅でのCG教室以外に、こどもCGコンテストやこどもCG展覧会の開催、企業や地域の行政、イベントなどと協力してのこどもCG体験ワークショップの開催などで、あっという間でした。これまで、延べで6000人以上の子どもにCG体験を提供したことになります。なかでも「EVA」を使ったアニメーション教室は人気で、面白い作品がたくさん生まれます。
 その一例を紹介しましょう。私が8年続けて講師をさせてもらってるSKIPシティ(埼玉県彩の国ビジュアルプラザ)の「川口市小学生CG体験教室」での受講生の作品です。

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(小学校低学年作品)

 これらは、良い意味での子どもらしい絵が、そのまま動いてアニメーションになった例です。 アニメーションと言うよりも「動く絵」と言う方が正しいかな。低学年の作品はこのパターンが多いです。ストーリーや映像としての構成を考えずに、絵を描いた時のイメージの延長で絵を動かしてみた、と言ったところでしょうか。絵を描く場合、当然動かない絵を描く訳ですが、描いている人の頭のなかでイメージとして、絵は動いています。その動きの一部分、断片を絵にする訳です。その動きをそのまま表現したのが、子どものアニメーションだ、と言うのが私の見解です。

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(小学校高学年作品)

 高学年になると、絵が動く事とストーリー展開をリンクさせよう、という映像的な考え方が出来る様になり、その分だけ大人っぽい表現に近づくので、子ども作品特有の魅力が失われがちになります。
 しかしこれらは、作者が自身の価値観やセンスを色濃く発揮したため、絵も内容もかなり魅力的な作品に仕上がりました。

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(中学生作品)

 最後に中学生の作品です。彼は、小学生時代から非凡な表現と描写力を発揮していました。この作品では「EVA」の表現力の限界に迫る様な描き方を見せてくれました。緻密なストーリーと台詞回しが得意な彼のような子どもにとって、自分の絵とシナリオでイメージ通りの映像化が簡単に出来る「EVA」の様なアニメーション制作ソフトウェアの存在は、非常に意義があります。
 CG制作教育、特に「EVA」を使ったアニメーション制作教育には、様々な可能性と魅力があります。その実践的指導方法や、これまで出会った天才少年CGクリエーターたちの驚くべき創造力についてもご紹介してみたいのですが、またの機会とします。

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