「ユネスコ教育勧告」のエッセンス(その2) 「ヒューマン・ライツ」

わたしたちはみな、生まれながらにして自由です。
ひとりひとりがかけがえのない人間であり、その値打ちも同じです。
だからたがいによく考え、助け合わねばなりません。

「世界人権宣言第1条」谷川俊太郎訳

 1年半ほどの長丁場になりますが、ユネスコ教育勧告(*1)の「14の主導原則」を、カード教材を用いて1つずつ紹介するシリーズが前号からスタートしました。毎回、各カードに添えられたイラストを描いて下さった池田系さんによる「イラストに込められた想い」も綴っていただきます。紹介文と併せて読んでいただければ幸いです。

図1図2

出典:聖心女子大学グローバル共生研究所(https://kyosei.u-sacred-heart.ac.jp/unesco2023/

長い歴史を経て醸成された人権意識

 新シリーズ「ユネスコ教育勧告のエッセンス」の第2弾のテーマは「人権(ヒューマン・ライツ)」です。人権ほど古くて新しい課題はないと言っても過言ではないほどに、それは人類史を通して意識化されてきた重要な共通課題の1つです。
 まず、カード表(おもて)面(図1参照)の「超訳」に注目したいと思います。これは裏面(図2参照)に書かれた原文を意識してつくられたものですが、同勧告を親しみやすくするために大胆な訳出がなされています。「人類は長い時間をかけて約束事をつくってきた」の中の「長い時間」については、国王の専制からの自由を主張した「マグナカルタ(大憲章)」(1215年)以来という見方もできれば、法のもとでの秩序を唱えたとされる「ハンムラビ法典」(紀元前18世紀)まで遡るべきという見方もできるでしょう。幾重の苦難を経て人類が獲得したこれらの「約束事」は受け継がれ、17世紀以後の啓蒙思想を経て「フランス人権宣言」(1789年)、さらには国家や文化を超えてすべての人に適用される「世界人権宣言」(1948年)へと結実していきます。
 ところが、こうした「約束事」を唱えても人権侵害は依然として続いているという見方をされても仕方ないほどに人類の体たらくは目に余るものがあります。そこで「教育によって人権に命がふきこまれる」という一文が重要になります。つまり、人権宣言などをお題目に終わらせず、私たちの暮らしの中で具現化するのに何よりも大事なのは教育なのです。
 ちなみに、半世紀ほど前に採択された元祖「国際教育勧告」(*2)(「学び!とESD」Vol. 50参照)でも「人権」は最も強調された概念のひとつでした。今回の改定版もその姿勢は不変であり、次のような表現が使われています。

教育では、戦争、侵略、あらゆる形態の暴力、人権侵害を防止し、それに対処することの重要性が強調されなくてはならない。(中略)教育はまた、人種差別主義、外国人嫌悪(ゼノフォビア)、あらゆる不寛容、ならびに差別、暴力を扇動するあらゆる行為やイデオロギーと闘う活動を推進すべきである。(参考文献6.)

 さして遠くない時期にこの勧告の実施状況が評価されることになっています。各国で自国(民)第一主義が闊歩する時代になりましたが、そうした国々に対しても言わずもがな、その国々で行われている人権に関する教育が上記の毅然とした文章と照らし合わされ、評価されることになっているのです。

日本の諸課題

 人類は悲痛な大戦を潜り抜けて人権という意識を醸成してきましたが、上で述べたとおり、それをいかに自分ごととして次世代が捉えられるようになるのかが学校の課題となっています。このカード(2024年版)は、まず教師をはじめとする大人たちが人権という意識を自身に引きつけて考えるためにつくられており、次の3つの問いを設けています。

身の回りで人が大切にされていないと感じるのは、どんな時ですか?
国連機関によって日本は人権に関して改善すべき点があると指摘されています。あなたはどう考えますか?
「子どもの権利条約」を活かす学びの場にするためには、どうしたらよいでしょうか?

 これまでに実施したカード型教材を用いたワークショップでは、①の問いに対して、車内で席がなく立ち続けているお年寄りや駅の改札機を通る時に苦労を強いられる左利きの人などの日常場面から、ネット上の誹謗中傷まで色々な意見が挙げられていました。
 3つの問いは徐々に日本、そして世界の問題へと意識を広げる構成になっています。日本の問題に関しては、一般にはそれほど知られていないようですが、国内の子どもや女性、さらには移民・難民に至るまで、国際機関から実にさまざまな改善の必要性が指摘されてきました。近年でも総括所見という、条約を守るために各国がすべきことを示した勧告が日本にも出されています。例えば、2019年に「国連子どもの権利委員会」が日本の子どもの相対的貧困率の高さを指摘しています(参考文献1.参照)。さらに、2022年には国連の障害者権利委員会が障害者権利条約の条文と日本の政策や法制との隔たりを指摘しています。加えて、2024年に国連女性差別撤廃委員会は、差別禁止に関する包括的な法律や人権機関が日本国内に存在しないという問題点をあげました。また、各国の男女格差を示すジェンダーギャップ報告書において、日本が146カ国中118位と、依然として低迷状態が続いていることも問題視されています(参考文献2.参照)。
 旧勧告も数年おきにレビューが行われていましたが、既存の法律制度の存在をもって「対応済み」と回答されるなど、問題点が残されているにもかかわらず現状が是認される傾向は否めませんでした。新たな勧告文に194カ国が合意した現在、これまでの半世紀を繰り返さないためにもカードの意訳にある「命がふきこまれる」努力を続けることが重要になります。
 たしかに勧告や総括所見そのものには法的拘束力がないという指摘もあります。しかし、一方で日本国憲法第98条には締結した条約や国際法を「誠実に遵守」すると記されています。ユネスコ教育勧告に関して、問われるのはまさにこの「誠実さ」だと言えましょう。

「ヒューマン・ライツ」イラスト解説

エッセンスの文中にある「命」という言葉を読んだ時、
直感的に植物の芽が浮かびました。
二本の指で挟まれた小さな芽からは細い根が伸びています。
この芽と根に「人権の命」、全ての生きとしいけるものの命、
そして宇宙全体の生命をイメージしています。
このイラストのタイトルを「sprout(芽)」としました。

©Kei Ikeda

【補記】

このカード教材の「先輩」として、アムネスティ・インターナショナルによる世界人権宣言を学ぶ教材や、ユニセフによる子どもの権利を学ぶ教材があります。いずれも人権の大切さを伝える優れた媒体であると言えましょう。上記の3つ目の問いにある「子どもの権利条約」については、参考文献3.をご覧ください。また冒頭に掲げた文章は、世界人権宣言を大胆に意訳した詩人、谷川俊太郎によるものです。詳細は参考文献4.をご覧ください。

【参考文献】

  1. 公益財団法人 日本ユニセフ協会「国連子どもの権利委員会「最終見解」(2019年2月)」
    https://www.unicef.or.jp/osirase/back2019/1902_12.html
  2. 内閣府男女共同参画局「ジェンダーギャップ指数(GGI)2025」
    https://www.gender.go.jp/international/int_syogaikoku/int_shihyo/index.html
  3. 公益財団法人 日本ユニセフ協会「カードで学ぼう!子どもの権利条約第1〜40条」
    https://www.unicef.or.jp/crc/card/
  4. アムネスティ・インターナショナル日本「わかりやすい世界人権宣言(谷川俊太郎訳)」
    https://www.amnesty.or.jp/lp/udhr/#
  5. 「わたしたちがつくる平和・人権・持続可能な開発:日本のエデュケーターのための14のエッセンスと42の問いかけ(ユネスコ教育勧告カード型教材)」聖心女子大学グローバル共生研究所
    https://kyosei.u-sacred-heart.ac.jp/unesco2023/
  6. 「平和と人権、国際理解、協力、基本的自由、グローバル・シティズンシップおよび持続可能な開発のための教育に関する勧告」(日本国際理解教育学会有志による暫定訳(修正版))
    https://kokusairikai.com/wp-content/uploads/2025/03/提出版再再修正.2023年ユネスコ勧告「暫定訳修正版」.pdf

*1:正式名称「平和と人権、国際理解、協力、基本的自由、グローバル・シチズンシップ、持続可能な開発のための教育に関する勧告」
*2:正式名称「国際理解、国際協力及び国際平和のための教育並びに人権及び基本的自由についての教育に関する勧告」

思いはあるのに技能が追いつかない…。不器用な子どもにどう指導する?~畑本先生と考えよう!図工の時間「気になる」子ども【第4回】~

やりたいことが思い浮かばず固まっている、手先が不器用でうまくできない、やる気がなく机につっぷしている…。図工の時間、そんな「気になる子ども」はいませんか?次へ進めるような声かけをしたいけれど、ぴったりな言葉が浮かんでこない…。そんな悩みを抱えている先生もいらっしゃるかもしれません。

「気になる」子どもは、なぜそのような言動をしているのでしょうか?現象として見えている子どもの姿の裏側には、「本当は頑張りたい、でもうまくできない」という心が隠れているかもしれません。

本連載では、現場の先生から寄せられた「気になる」子どもに関するお悩みについて、畑本先生といっしょに子ども目線で考えたいと思います。


表したい思いはあるのに、手先や指先が不器用で、技能面で追いつかずいら立っている様子の子どもがいます。どのように支援すればよいでしょうか。


用具の使い方を言葉や映像だけで伝えようとしていませんか?先生が用具に手を添えていっしょにやるなどして、感覚を体で覚えられるように伝えましょう。

「ちょうどいいぐらい」が分からない

大人も同じだと思うのですが、用具を使うときの体の動かし方や感覚は、実際にやってみて「なるほど、こういう感じか」と分かるものです。「ちょうどいい力加減」を言葉だけで説明するのは難しいです。

子どもたちも同じで、特に初めて出会う用具であれば「どのくらいがちょうどいいのか」が分からないことがよくあります。微調整の具合が難しいのです。

例えば彫刻刀であれば、持ち手と反対の手を添えて刃を押し進める感覚や、彫りやすい「深さ」というのがありますが、自分でやってみないとその感覚はなかなか分かりません。

彫る角度が深すぎて刃が前に進まないと、無理に彫ろうとして力を入れすぎてしまうことがあります。反対に、刃が怖くて力を入れられずうまくいかない、という場合もあります。

そうなると表したいことが思うように表せず、「彫刻刀は嫌い!」「怖い」となってしまいます。

そんなときは、先生が手を彫刻刀に添えて一緒に刃を動かし、「このぐらいの角度で」ということを身体感覚とともに伝えるようにしましょう。

「ほら、できたね!」
「いい音で彫れたね」
「さっきと比べてどう?」
「きれいな彫り跡になったね」

…と声かけしながら、「ちょうどいい角度で彫れば、力を入れなくてもちゃんと前に進むんだ」ということが分かるように伝えましょう。

そうすれば子どもたちは、「そうか、この感じでいいんだ」と分かり、今度は自分でやってみよう、と安心して活動へ進むことができます。

左右の手の使い方と力加減

図工で使う用具は、右手と左手が違う動きをするものが多くあります。

例えばはさみやカッターを使うとき、どうしても子どもは「切る」ほうの手に意識が向きがちです。

例えばはさみで紙を切るとき、はさみを切りたい方向に動かして切ろうとしている子どもがいます。でも実は、紙を動かしながら切ったほうがスムーズに切ることができます。

また、カッターで紙を切るときは、カッターを持っていないほうの手で紙をしっかりと押さえることが大切です。

このように、意識が向きづらいほうの手にコツがある場合も少なくありません。

また、「力を入れれば切れる」と思っている子もいます。
「カッターはやさしく軽く持つといいよ」「しっかり材料を押さえるといいよ」など、左右の手の使い方や力加減、意識が向きづらいほうの手に注目させる声かけも大切です。

6年間を通して繰り返し使う

用具は繰り返し使うことで、感覚を体で覚えていくことができます。

一つの題材で終わりではなく、6年間を通して繰り返し使うことで身に付けられように計画しましょう。

例えば6年生の題材「1まいの板から」(5・6下p.32)では、3~5年生で学んできた金づち・のこぎり・電動糸のこぎりの技能を総動員して取り組みます。

描画材も同様で、繰り返し使うことで技能が身に付き、自分の表したい感じに表せるようになっていきます。すでに使ったことがある描画材は、子どもが使いたいときにすぐに手に取れるように準備しておくとよいでしょう。

例えば高学年の絵の題材で、

  • 物語から想像を広げて絵に表す題材(5・6下p.34「言葉から想像を広げて」)
  • 生活の中で心に残っていることを絵に表す題材(5・6上p.24「あの時あの場所わたしの思い」)

…のように、絵の具をメインとする題材でも、低中学年で学習しているそのほかの描画材も用意しておくとよいでしょう。クレヨン、コンテ、パステル、色鉛筆、金網、歯ブラシなどです。

手に取れる場所にあることで、「そうだ、あれが合いそうだな」と自分のイメージに合う表し方を思い付くことにもつながります。

とくに高学年では、自分の表したいことに合った用具や表し方を自分で考え、選ぶことが大切です。そうした経験を6年間を通して自然に積んでいけるような環境を整えましょう。

用具と出会うワクワクに寄り添う

私がのこぎりを使った授業をしたとき、子どもたちは「ひし形に切りたい」「ハート形に切れるかな」など、まっすぐ切る以外の切り方にもチャレンジしたいという声がたくさん出てきました。

大人の感覚からすると「それはちょっと難しいんじゃ…」と心配になることもあるかもしれません。けれど、子どもたちは初めて出会う用具にワクワクしていますから、いきなり否定するのではなく、「それはすごいアイデアだね。チャレンジしてみる?」と気持ちを応援してあげたいですね。

自分でやってみて、「この用具を使うとこんなことができる。でもこれは難しい」と用具の特性を実感を通して学んでいくことも大切です。

安全面に十分気を付けながら、子どもたちの挑戦を見守りましょう。

■message コロナ禍を経て変化した子どもたちを取り巻く環境

手をかざすだけで水が出たり、ワンタッチで絵の具のフタが開けられたり…。日常生活のさまざまな場面で、両手を使う動作が減ってきています。コロナ禍を経て、その傾向はますます加速したように思います。

また、熱中症対策で外遊びを制限される日が増え、全身を使って遊んだり運動したりする機会も減っています。成長期の子どもたちにはとても重要なことです。

子どもたちの体は、学年が上がるにつれて発達していきます。体の軸が安定していくとともに、肩・ひじ・手首・指先までがスムーズに連動し、左右で異なる動きに対応したり力の入れ具合を調節したりできるようになっていきます。

図工では、低学年ははさみやカッター、中学年は金づちやのこぎり…というように、各学年の体の発達に合わせて、その時期に適した用具を学んでいけるように設定されています。

危ないから、不器用だからやらせない…ではなく、安全面に気を付けながら、子どもが「表したい形」や「いいなと思う形」にどんどんチャレンジできるようにしましょう。

実際にやってみることで、子どもたちは「今まで使ったことのない体の使い方」を掴んでいくはずです。


畑本 真澄(はたもと・ますみ)
富山県富山市生まれ。図工専科教諭として、神戸市の図工教育に長年に渡り貢献。これまでに、神戸市立小磯記念美術館教育普及担当指導主事、神戸市小学校研修図工グループ研究部長、第71回兵庫県造形教育研究大会神戸大会研究局などを務める。初任校は肢体不自由の養護学校であった。特別支援教育コーディネーターも勤め、通常学級における特別支援教育の実践に取り組んでいる。一人一人の育ちの中で幼稚園・小学校・中学校の造形教育のつながりを大切にしている。好きなことは、季節の料理と電車。

「ユネスコ教育勧告」のエッセンス(その1) 「共通善(コモン・グッド)」

世界の多くの場において国家や非政府の多様な関係者が協力して
公教育の公共性を保障していることを忘れてはなりません。

(UNESCO 2021, p.109.)

 今号から新たなシリーズをはじめます。2023年のユネスコ総会で半世紀ぶりに改定された「ユネスコ教育勧告」(正式名称「平和と人権、国際理解、協力、基本的自由、グローバル・シチズンシップ、持続可能な開発のための教育に関する勧告」)には、勧告のエッセンスとも言える「主導原則(guiding principles)」が14あります。今号から、カード型教材(日本国際理解教育学会と聖心女子大学の有志による共同開発)を用いて一つひとつの原則に解説を添えていきます。また、すべてのカード教材には素敵なイラストが描かれており、その一つひとつの作品についてもイラストレーターの池田系さんに解説をしていただきます。
 このカード型教材は、表(おもて)面(図1参照)に、主導原則のキーワードと同勧告の該当箇所の意訳、3つの問いを載せ、裏面(図2参照)に各主導原則の原文(英語)と邦訳を載せています。カードによっては、参考になる情報の二次元コードが載せられているものや表面の作品をもとに描かれたイラストが添えられているものもあります。

図1図2

出典:聖心女子大学グローバル共生研究所(https://kyosei.u-sacred-heart.ac.jp/unesco2023/

 今号は第一弾の「コモン・グッド」です。このカード(2024年版)には次の3つの問いが記載されています。

誰もが受けられるはずの教育を受けられない人々がいます。どんな人々でしょうか?学校のほかで教育を実現する場にはどのような所がありますか?(裏に資料)(*1)
近年、民間の情報産業や企業が公教育に大きな影響力をもち、サービス産業化されているという見方がなされるようになりました。あなたはこのことについてどう考えますか?
近ごろ、教育は私的なものという考え方が広まっているように見受けられます。教育を社会の共通の財産(common good)としていくためには、どうしたらよいのでしょうか?

 さて、皆さんはこれらの問いにどのように答えるでしょうか。ここでは、この教材を用いて実施した、一般市民対象のワークショップで実際にどのような答えが共有されたのかをお伝えします。
 ①の問いに対しては「インドで労働を強いられている少女」「戦禍のガザで暮らす少年」「日本語習得が不十分なまま日本の公立学校に通う外国籍の子ども達や不登校の子ども達」が具体例として挙げられていました。世界には飢餓状態や戦争などで教育が受けられない子どもたちがいる一方で、日本では教育を受ける権利が保障されているにもかかわらず自ら学校教育を受けない子ども、つまり不登校の子どもたちが34万人以上もいるのはなぜだろう、という更なる問いへと誘われたグループもあったようです。また学校以外の教育の場としてはフリースクールの他、お寺なども挙げられていました。確かに江戸時代など、寺子屋としてお寺は各地で重要な役割を担ってきました。
 ②と③の問いになると、回答者は社会全体のトレンドに視野を広げることが求められます。特に巨大なIT企業が学習用のアプリやAI教材を提供し、自治体もそれを公的に採用する例が増加している状況は、グローバルな課題を生んでいます。1人1台のタブレット端末が普及したことは利点もある一方で、公教育がEdTech産業の顧客囲い込みの場になっているのではないかという批判もあります。
 以上から、「共通善」や「公共財」と訳され(同勧告では「公共かつ共通の善(public and common good)」も使用されています)、カード上では「社会の共通の財産(タカラモノ)」と解釈されている「コモン・グッド」は複数の文脈で語られていることが分かります。つまり、人間らしい(decent)生活を送るための基盤となる教育が保障されているかどうかという、しばしば途上国や貧困地域の教育課題として語られる文脈と、市場が及ぼす教育への影響によって公正性が担保されなくなるのではないかと懸念される文脈です。これらの「共通善」をめぐる情勢はかつての先進国と途上国という境界線が曖昧になった現在、テクノロジーの進展も相まって、やや複雑な様相を呈しています。

 人類が進歩すれば、誰もが教育を受けられるようになり、平和な社会も築かれる。そう信じて、ユネスコをはじめとした国際機関は学校教育の普及に努めてきました。ところが、近年、学校は普及したにもかかわらず、教育が保障されていない子ども・若者が地域によっては増えています。
 日本も例外ではありません。全国の隅々まで学校は普及しましたが、皮肉なことに、通学・就学を拒む子ども・若者は増加の一途を辿っています。特にコロナ禍を機に不登校の子どもは急増し続けており、義務教育段階で35万人近くの子どもが、高校段階も含めると41万人以上の子ども・若者が学校に通っていません。
 世界的に、質の高い教育を受けられる層とそうでない層との格差が広がる傾向が指摘されています。教育機会が等しく人々に保障されていないという問題は、コロナ禍以前から国際的に指摘されていました。ユネスコ教育勧告が採択される2年前にユネスコが刊行した画期的な報告書『私たちの未来を再想像する』(「学び!とESD」Vol. 31)では、中国、インド、北米、ロシア等、各国内における不平等の拡大に関する問題に焦点が当てられており、大半の国々で資本が公的な所有から私的な所有にシフトしてきた結果、貧しい人々が社会的に排除されてきた問題が強調されています(UNESCO 2021, p. 24)。こうした格差や不平等は、特にコロナ禍の時期に顕在化し、だれも取り残されないことを標榜するSDGsなど、予断を許さない情勢にあるといえましょう。
 このような状況下で前述の報告書では、共通善としての教育の原則はグローバルな責務と密接に関わっていることが強調されています(p.136)。COVID-19へのワクチン開発においては科学者らの協力を通して従来にないほどの迅速さをもって対応できたにもかかわらず、その分配においては全く公平性を欠く事態がそこかしこに見られました。報告書では、同様に、教育支援についても格差が生じてしまったことに対して厳しく問いています。
 ユネスコ教育勧告の審議がスタートしたのはコロナ禍の只中、つまり教育へのアクセスの不平等や教育格差の拡大が世界的に問題視されている時でした。14の主導原則(このシリーズでは「エッセンス」と称します)のうち、条文の中で最初に掲げられているのが共通善であることは、こうした時代背景を踏まえると首肯できます。
 以上は、国家による教育への平等なアクセスと質保証の問題ですが、他方で市場からの教育への影響力も近年、急速に増大しており、各地で育まれてきた「タカラモノ」が崩されてしまうのではないかという懸念も広がっています。特にITやAIを通した教育のサービス産業化の結果、利便性の促進、思考過程の効率化、関心事の個別最適化などが進み、本質的に手間暇のかかる人間形成や民主主義の構築、共生などの教育の本質的とも言える課題意識が後退する可能性が指摘されています。
 このカードのイラストに描かれた書物をめくる手の行為や時間をかけて知識を内在化していく学びのあり方、そしてその過程で育まれてきた民主主義や協力・協働などの価値観はますます希少性を帯びていく時代になるのかもしれません。

「コモン・グッド」イラスト解説

最初のエッセンスに綴られた「タカラモノ」という言葉を
「本(書物)」として読み解き、このイラストを描かせていただきました。
人類は古代よりあらゆる「知」を書物に記し伝承してきました。
「紙を指で捲る」という尊い行為を次の世代に、
そして未来に繋いでいけたらという思いを込めて
このイラストのタイトルを「BOOK」としました。

©Kei Ikeda

【参考文献】

*1:「日本国憲法」条文抜粋
https://www.mext.go.jp/b_menu/kihon/about/a002.htm

発想が苦手な子どもになんて声をかけたらいい?~畑本先生と考えよう!図工の時間「気になる」子ども【第3回】~

やりたいことが思い浮かばず固まっている、手先が不器用でうまくできない、やる気がなく机につっぷしている…。図工の時間、そんな「気になる子ども」はいませんか?次へ進めるような声かけをしたいけれど、ぴったりな言葉が浮かんでこない…。そんな悩みを抱えている先生もいらっしゃるかもしれません。

「気になる」子どもは、なぜそのような言動をしているのでしょうか?現象として見えている子どもの姿の裏側には、「本当は頑張りたい、でもうまくできない」という心が隠れているかもしれません。

本連載では、現場の先生から寄せられた「気になる」子どもに関するお悩みについて、畑本先生といっしょに子ども目線で考えたいと思います。


発想することが苦手な様子で、ずっとかたまっている子どもがいます。どんな声かけをすれば、動き出せるでしょうか。


一見「かたまっている」ように見える子どもも、もしかすると「考え中」なのかもしれません。かたまっている理由もそれぞれ異なります。これまでの図工や学級での様子も思い出しながら、「なぜかたまっているのかな?」と理由を考えてみましょう。

かたまっている理由を考えよう

★子どもの様子をよく見て考えよう

  • 導入の「楽しかったこと何かあったかな」「そのときどんな気持ちだったかな」という問いかけが漠然としていて、イメージが沸きにくいのかも。
  • 表したい思いはあるけど、それを言葉にしたり絵にかいたり、表に出すことが不安なのかも。
  • イメージはあるけど、どんなふうに表したらよいのか困っているのかも。
  • この子はスロースタートなことが多いから、今はじっくり考えている段階なのかも。
  • 材料を触りながら思い付く題材はすぐに動き出していたな。手を動かしながら考えるほうが、表したいことを見付けやすいのかも。
  • よく見るとキョロキョロと友だちの様子を見ているな。手がかりを探しているのかも。
  • もしかして…忘れ物をしたことを言い出せなくて困っているのかな?

かたまっている理由が違えば、必要な支援も変わってきます。
「この原因ならこの手立て!」と一つに決まるわけではもちろんありません。

ここでは、私が実践している支援の例をいくつか紹介したいと思います。

①言葉+具体物で伝える

特に低学年では、言葉だけで何かを理解したり、自分の思いや考えを言葉で表現することが難しい場合が多くあります。また、抽象的な「楽しい」「うれしい」「思い」「気持ち」といった概念をイメージすることが苦手な子どももいます。

材料を実際に操作して見せながら説明する、作品例を見ながらいいなと思うところや気になるところをいっしょに話す、など言葉+○○で伝えることをまずは意識してみましょう。

②具体的な選択肢を示す

長時間かたまっている様子だったら、なにか一つ行動できそうなことを提案してみましょう。例えば、クレヨンや色画用紙などの色を選んでみるように促す、などです。

★例えば:クレヨンの色を選んでみるよう提案する

T「どの色を使ってみたい?」
T「好きな色、教えて?」
T「いくつか選んでみてもいいね」
T「ほかの色も確かめてみる?どの色が合いそうかな」

このとき気を付けたいのは、「これを使ってみたら」と先生が決めてしまわないことです。それだと本人の意思とは関係がなくなってしまいます。

小さなことでもいいから、子どもが自分で選ぶ・決めることを大切にしましょう。小さな「選べた」「できた」の積み重ねが、次の活動のエネルギーになります。

③丁寧に、共感的に聞いてみる

例えば、生活の中で楽しかった、心に残った出来事を絵に表す題材で、「かきたいことがない」と言っている子どもがいたとしましょう。

「楽しかったこと、ある?」という漠然とした問いかけでは思い浮かばなかったのかもしれません。そんなときも、ちょっとずつ共感的に聞いていくと、その子の中にある自分の気持ちに気付くことがあります。

★子どもとお話ししながら、共感的に少しずつ聞いてみる

T「楽しかったこと、最近何かあった?」
C「うーん、別にない…」
T「そうなんだ。休み時間、友だちと何してるの?
C「教室でなんか、じっとしてる」
T「へぇ。じっとして、何してるの?
C「友だちのこと見てる」
T「へ~、そうなんだ!面白そうだね。みんなどんなことしてたの?

…これはあくまで一例ですが、こんなふうに、子どもと話しながらいっしょに見付けていくことから始めてみましょう。

④お試し紙を用意する

「材料を触って手を動かしながら考えた方が思い付きやすい」
「計画的に見通しをもって進めたい」
「友だちの活動を見て考えたい」

子どもによって、自分に合った学び方はいろいろです。
自分の学び方で進められることで、安心して活動に入っていける場合があります。
子どもが自分に合った学び方を選択できるように準備しておくことも大切です。

支援の例として、私はどの授業でも、お試し用の小さめの紙を用意しておいて、使いたい子はすぐ手に取れるようにしています。

子どもによって使い方はさまざまで、

  • 大きな画用紙にかく前に、構図などのイメージを確かめたい
  • 工作の題材で、つくりたい形や設計図をかいて考えたい
  • コンテ、パステルなどの描画材でかいたときの感じを確かめたい
  • 切ったり貼ったりしながら考えたい

…など、発想の手がかりを見付けるためのアイテムとして使うことができます。
写真はいろんな色の紙を用意していますが、題材によっては白い紙だけにするなど、大きさや色を考えるとよいでしょう。

自分に合ったやり方が違うのは、大人も同じですよね。
日頃から子どもたち一人ひとりの様子をよく見取って特性や個性を理解することで、その子に合った声かけや支援が徐々に思い浮かぶようになっていきます。

■message 「待つ」ことも大事

私は、「かたまっているな」というより、「何か考えているんだな」と思って子どもたちを見ています。

子どもに「今、何か考えているところ?」と尋ねてみることもあって、「うん」と答えてくれることが多いです。今まさにすてきなことを考えている最中なんだなと分かるので、安心してしばらく見守ります。

何もしていないように見えると心配で、「みんなと同じように動き出せるように支援しなきゃ!」と焦ってしまいがちです。先生自身が時間と心に余裕をもち、「待つ」「見守る」姿勢でいることも大切です。

「待つ」=「放置」ではありません。視界の端で、その子の様子をよく見ておきましょう。隣の子の活動を見ている、友だちの様子や材料置き場を見に行くなど、何かしらのアクションが見られるかもしれません。

そのタイミングで声をかけてみたり、また離れたり、「つかず離れず」の距離で見守ったり、思いに寄り添ったりしましょう。

それでも何の動きも見られないときは、困っていることを丁寧に聞くことから始めてみましょう。


畑本 真澄(はたもと・ますみ)
富山県富山市生まれ。図工専科教諭として、神戸市の図工教育に長年に渡り貢献。これまでに、神戸市立小磯記念美術館教育普及担当指導主事、神戸市小学校研修図工グループ研究部長、第71回兵庫県造形教育研究大会神戸大会研究局などを務める。初任校は肢体不自由の養護学校であった。特別支援教育コーディネーターも勤め、通常学級における特別支援教育の実践に取り組んでいる。一人一人の育ちの中で幼稚園・小学校・中学校の造形教育のつながりを大切にしている。好きなことは、季節の料理と電車。

リボーン・アートボールってなに? ~オリンピック「芸術競技」からSDGsとウェルビーイングまで~

リボーン・アートボールとは

 「リボーン・アートボール」は、私が「かつてオリンピックに芸術競技があり、1936年ベルリン大会では二人の日本人画家の銅メダリストがいた」という史実を知ったことから始まったアート活動です。「オリンピックはスポーツと文化・芸術が両輪となって開催されるもの」という理念を知り、これらを何らかの方法で、みなさんに知っていただきたいという思いから発案しました。
 名称の「リボーン」とは、不要になったボールに絵を描いてアート作品として蘇らせる意味で、それによってアート作品を創ることから「リボーン・アートボール(Reborn art-ball)」としました。

二人の画家の銅メダリスト

 1995(平成7)年12月30日付の朝日新聞に、「ベルリン五輪絵画部門で銅 幻の作品、アトランタへ」と題する記事が掲載されていました。内容は、1936年ベルリン大会の芸術競技で銅メダルを獲得した日本画家、藤田隆治(1907-1965)の弟子である日本画家、笠武(画号:青峰、1936-2014)氏が、戦災で焼失した藤田の受賞作品《アイスホッケー》を、写真を手掛かりに再現し、1996年に近代オリンピック100年を迎えるアトランタで個展を開くというものでした。
 オリンピックの「芸術競技」は、クーベルタン男爵(1863-1937)の提唱により、1912年ストックホルム大会から導入され、1948年ロンドン大会までの7大会で開催されました。日本は1932年ロサンゼルス大会から参加しており、ベルリン大会では、日本画家、鈴木朱雀(1891-1972)も作品《古典的競馬》で銅メダルを授与されました。
 「芸術競技」は、絵画、彫刻、建築、文学、音楽の5部門があり、優秀な作品にはスポーツ競技と同様、金・銀・銅のメダルが授与されましたが、審査の公平性、アマチュアとプロ、作品輸送などの問題があり廃止されました。そして1952年ヘルシンキ大会からはメダル授与のない「芸術展示」となり、1992年バルセロナ大会からは「文化プログラム」として開催され、現在に至っています。

リボーン・アートボールの誕生と2020オリンピック東京大会

 2013年9月、2020年オリンピック・パラリンピックの開催地が東京に決まりました。これを契機として、2020年東京大会の「文化プログラムに参加すること」をミッションとして、その実現化への機会を伺っていました。そうした中、2016年に私が代表者となって申請した、「芸術・体育領域の融合と共同による2020年オリンピック・パラリンピック東京大会に向けた『スポーツ芸術表現学』創生プログラムの実施」というプランが、筑波大学の「教育戦略推進プロジェクト支援事業」に採択されました。
 そこで、2017年、「スポーツとアートの融合」の実現を目指した実践例として、不要になったボールに絵を描いてアート作品として蘇らせる「リボーン・アートボール」を考案しました。そして私が試作したボール作品を筑波大学内で展示しました。その後は、つくば市内の「スタジオ’S」での展示とワークショップを皮切りに、日本スポーツ振興財団と連携して行った東京都・愛媛県・三重県・長野県での展示や、国内各地での自主企画展示、国体での文化プログラムへの参加等へと広がっていきました。
 2018年、リボーン・アートボールは「茨城県文化プログラム推進事業」に採択されました。それ以後、茨城県生活環境部が主導し、企画会社と筑波大学の3者がタッグを組んで事業を実施してきました。その結果、2020年東京大会の文化プログラムに認定され、「アートでオリンピックに参加する」という当初の目的を達成することができました。

 ワークショップと作品展示からなる「リボーン・アートボール事業」は、皆さんに知られるにつれて、参加申込みが数分でいっぱいとなるようになりました。ワークショップでは、どこの会場でも小学校の授業時間を超える長時間の集中力や、自由で奇抜な発想が見られ、私たちも驚きの連続で、思わず笑みがこぼれました。何よりも子どもたちの制作中の真剣な眼差しと完成後の達成感のある笑顔に、このプログラムを企画し実施してきて良かったという私たちの満足感がありました。そして、「世界に一つのボールを作ろう」「ボールには空気ではなく夢が詰まっている」「アーティストとアスリートのリスペクトのパス交換」といった私たちのコンセプトに共感していただいたことも嬉しい成果でした。特にコロナ禍でも何とか開催できた2021年は、参加した子どもたちや保護者のみなさんから感謝の言葉をたくさんいただきました。
 2028年に開催されるオリンピックロサンゼルス大会では、文化プログラムがどのように実施されるか注目したいところです。

(リボーン・アートボールの実施方法等をお知りになりたい場合は、ご遠慮なく下記メールアドレスまでお問い合わせください。問い合わせ先:k.ota▲tsukuba-keikaku.com ※▲を@に置き換えてください)

スポーツ芸術ってなに?

 スポーツをテーマとした芸術作品のことを「スポーツ芸術」と呼びますが、1995年に「芸術競技」を知った時から、「スポーツ芸術をもっと身近に感じられるものはないか」と考え続けていました。そして2016年に、スポーツに使われるボール、しかも捨てられるボールに絵を描くことを思いつきました。
 筑波大学には優れた成績を残しているスポーツクラブが多数あります。その学生アスリートたちが廃棄するまで使ったボールに「リスペクト(尊敬)の気持ち」を持ち、アートの力でリボーン(再生)させようという思いから、廃棄するボールの提供を各クラブにお願いしました。その結果、サッカー、ラグビー、バスケットボール、バレーボール、ハンドボール、テニスボール、アメリカンフットボール、水球等のボールやバドミントンのシャトルコックなどが集まりました。また、この活動を広げようと、サッカーJリーグ、プロ野球、Vリーグ、Bリーグ、その他、民間のクラブチーム、中学や高校にもお願いしたところ多数のボールが集まりました。

 ワークショップは、茨城県からの支援を受けながら、筑波大学で芸術を学ぶ学生とともに県内外各地を巡回して実施してきました。生涯学習センターや美術館の他、カシマスタジアムやケーズデンキスタジアム水戸でのJリーグの試合会場でも開催し、試合を見に来たファンやサポーターがアートボール作りに挑戦しました。参加者は年々多様化し、未就学児をはじめ、特別支援学校の児童生徒、高齢者施設やデイケアに通うお年寄り(最高齢93歳)など、誰でも参加できるプロジェクトとして展開中です。
 展覧会は、茨城県つくば美術館、茨城県陶芸美術館等の他、文部科学省情報ひろば、茨城県庁ロビー、筑波大学東京キャンパス等で展示をしてきました。2019年の茨城国体では、文化プログラムとして全国スポーツ写真展(日本スポーツ芸術協会主催)と同時に展示しました。

世界に一つのアートボールを作ろう

 リボーン・アートボールのワークショップでは、どこの会場でも多くの子どもたちが参加してくれます。合言葉は「世界に一つのアートボールを作ろう!」です。
 制作では、基本的に白色の下地用絵具(ジェッソ)を塗ってから、主にアクリル絵具を使用します。アクリル絵具は、水彩絵具と同じ水性の絵具ですが、乾くと耐水性になるので、展示はもちろん、遊ぶこともできます。会場の都合で絵具が使えない時は、ペンタイブの塗料やシール、ビーズ、モールなどを使ってワークショップを実施しました。
 ある時、子どもの隣で過剰なほどに手や口を出したり、反対に手持ち無沙汰でいる同伴者がいましたので、「よろしかったら作ってみませんか?」と声を掛けたところ、最初は遠慮されていた方も、次第に夢中になって、まるで童心に返ったように作りはじめました。それを見ていた子どもたちは嬉しそうで、それまで以上に熱中して作っていました。
 このように、「一人で作りたい子どもには一人で。共同で作りたい子どもは共同で」と、アートボール制作ではいろいろなスタイルがあります。
 完成したボールは個性豊かな、文字通り「世界に一つのアートボール」となりました。そしてワークショップの最後には、「皆さんが作ったボールの中には空気ではなく『夢』が詰まっているんですよ」と話をしています。
 私たちは「アートボール作り」というパスを参加者に送っていますが、どの会場でも、子どもたちからは「とびきりの笑顔」という「ナイス・パス」が返ってきます。完成後には、その場で投げたり蹴ったりして本当に嬉しそうでした。そしてひとしきり楽しんだ後はアートボールを大事に抱えて帰宅していきました。

リボーン・アートボールとSDGs

 ここで、昨今よく耳にする「SDGs」に着目してみます。これは2015年に国連が採択した、2030年までに達成を目指す「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:略称SDGs)」のことで、世界的な貧困・環境破壊・地球温暖化・人種差別・児童労働などの解決すべき問題を含んでいます。このSDGsに設定された17の目標の中から、「リボーン・アートボール」と関連が見出せる項目を見てみます。
 最も関連があると思われるのは【目標12:つくる責任 つかう責任】で、不要になったボールの再利用によるリサイクルや、資源の循環活用が環境問題への意識の向上につながります。この目標は美術史でも確認でき、たとえば「コラージュ」や「パピエ・コレ」の立体版である「アッサンブラージュ」、空き缶や空き瓶などの廃品を集めて作品にする「ジャンク・アート」があります。また身の回りで不要になったものや、海岸や河辺でゴミや漂流物を集めてアート作品にすることも行われてきました。
 次に関連が見出せるのは【目標17:パートナーシップで目標を達成しよう】です。リボーン・アートボール事業が、筑波大学や茨城県、民間企業、小中学校、高校、大学、プロスポーツ団体など、実に多くの方々と「協働」し、共に「成長」してきたことが目標達成のヒントとなるでしょう。
 以下に、そのほかの目標との関連を考えてみます。
 【目標3:すべての人に健康と福祉を】では、アートは人種・性別・障がいの有無に関わらず、誰でも参加でき、心と身体の「健康」や生きる力を与えてくれるものです。仮に作品を作らなくても、アート作品を鑑賞するだけでも心の健康管理にも良いと言われています。
 【目標4:質の高い教育をみんなに】で注目するのは、昨今盛んに言われている「STEAM教育」でしょう。その中にある「A」を示すのは「Art」だったり、「リベラルアーツ(Arts)」の「A」だったりします。仮に「Art」であれば、「STEM科目」と連動させた教育を構築すれば、文理の壁を乗り越えたシナジー効果を生み出す力になるのではないかと考えられます。
 【目標5:ジェンダー平等を実現しよう】では、アートに「性別は無関係」であり、「平等は当たり前」な世界ですので、アート関係者にとって「ジェンダー平等」の主張は、むしろ別世界の言葉に思えるのではないでしょうか。とはいえ、アートに限らず、名称に「女流」を用いる、「女流画家」「女流小説家」「女流棋士」などの名称は使われている現実があります。これらは、淘汰されることはなくても、使用頻度は減少していくかもしれません。
 【目標10:人や国の不平等をなくそう】では、【目標3】の「すべての人」や、【目標5】の「ジェンダー平等」とも重複することですが、古来言われている「スポーツや芸術に国境はない」という認識を再確認していくこともヒントになるでしょう。
 【目標16:平和と公正をすべての人に】に対しても、アートとスポーツを、「する」「みる」「ささえる」といった立場で考えると、それらの「力」を複合的に活用するリボーン・アートボール事業は、国境を作ることなく、また国境を意識せずに関われる平和的な創造活動です。
 以上のようにSDGsとの関係をみると、直接関与することもあれば、間接的ではあっても、問題解決への糸口やヒント、さらには目標達成への貢献が期待されます。リボーン・アートボール事業を契機として、SDGsを考えるきっかけや、SDGsを考えるためのスタートにすることができるでしょう。

リボーン・アートボールとウェルビーイング

 さて、杞憂に終われば良いことですが、すでに進んでいる少子化によって考えられる、国レベルの研究力低下に対応する中で、特に初等教育における図画工作や音楽、中学校の美術や音楽などの授業時間数に影響が出るのではないかと心配しています。その結果、アートに関わる人材が著しく減少することも予想されます。その場合は、課外活動や校外での教育で補うことになるのかもしれませんが、これらの芸術関連の教科や体育・スポーツなど、「生身の人間」の表現活動を軽視しないでいただきたいと思っています。
 さらに、多様な人々と社会全体の幸福を目指す「ウェルビーイング」では、まず一人ひとりが心身ともに良い状態を保つことが必要といわれていますが、それに好影響を与えるアートの果たす役割は大きいと考えられます。

 以上のとおり、かつて行なわれていたオリンピック芸術競技の新聞記事に端を発した、スポーツとアートとエコが融合した「リボーン・アートボール」。この事業を教育界の多くの方々に知っていただくとともに、子どもたちには実際の制作に参加していただき、日本国内はもとより世界中に広がっていくことを夢見ています。


太田圭(おおた・けい)
筑波大学特命教授、学長特別補佐、ヒューマンエンパワーメント推進局長、筑波大学名誉教授。専門分野は日本画。創画展・個展等で日本画を発表。創画会会友、日本美術家連盟会員。東京藝術大学大学院博士後期課程満期退学。博士(芸術学)。日本スポーツ芸術協会理事、筑波大学蹴球部副部長。主な著書に『絵画の教科書』(日本文教出版)、『ニッポンの奇天烈な絵画』(綜合図書)(いずれも共著)がある。

お手本を見せるとまねしてしまう…。~畑本先生と考えよう!図工の時間「気になる」子ども【第2回】~

やりたいことが思い浮かばず固まっている、手先が不器用でうまくできない、やる気がなく机につっぷしている…。図工の時間、そんな「気になる子ども」はいませんか?次へ進めるような声かけをしたいけれど、ぴったりな言葉が浮かんでこない…。そんな悩みを抱えている先生もいらっしゃるかもしれません。

「気になる」子どもは、なぜそのような言動をしているのでしょうか?現象として見えている子どもの姿の裏側には、「本当は頑張りたい、でもうまくできない」という心が隠れているかもしれません。

本連載では、現場の先生から寄せられた「気になる」子どもに関するお悩みについて、畑本先生といっしょに子ども目線で考えたいと思います。


作品例やお手本を見せると引っ張られてしまい、「まね」で終わってしまう子どもがいるのではないかと心配です。見せないほうがよいのでしょうか。見せるとしたら、どんなところに着目させるとよいでしょうか。


作品例を見せるときに、「こういう作品をつくろう」と子どもたちに伝わってしまっていませんか?見せる場合は、題材のねらいに合った問いかけをすることが必要です。

見せることで、何に気付いてほしいのか

活動の見通しをもたせたいときや、発想のヒントにできるように、作品例を見せることが有効な場合はもちろんあると思います。ただ、「今日はこれをつくるよ」と伝わってしまうと、当然子どもたちは「そうか、こういうのをつくるんだな」と思ってしまいます。

「見せる/見せない」が重要なのではなく、「なんのために見せるのか」をしっかり考えましょう。見せることで、子どもたちにどんなことに気付いてほしいのかが大切です。

私も、授業のはじめに教科書の作品を子どもたちと一緒に見ることがよくあります。
そのときは、「どんなことを考えながらかいたのかな」「どんな工夫をしているのかな」など、その題材で発揮してほしい資質・能力につながるような質問をします。
そうすることで、子どもたちが「こんなことを頑張りたいな」と思えるようにしています。

教科書を例に:「こんなことあったよ」

たとえば、教科書の「こんなことあったよ」(1・2下p.26-27)を例に考えてみましょう。2つくらい作品を取り上げて、子どもたちといっしょに見ながらお話しするといいかもしれません。

★子どもたちとお話ししながら絵を見よう

◎「すいすいペンギン」を見ながら

T「お友だちのかいた絵を見てみよう。どんな楽しいことがあったのかな
C「ペンギンだ!私も見たことあるよ」
C「すべり台をすべって水中に飛び込んでる」
T「ほんとだね。なんでペンギンさんをかこうと思ったのかな
C「ペンギンのいろんな動きが面白かったからじゃないかな」
T「そうかもしれないね。ほかにも見つけたことはあるかな
C「みんなで見ているよ。きっと友だちといっしょに見たんだ」

◎「かぞくでりょかんでおひるねをしたよ」を見ながら

T「じゃあこっちの絵はどうかな?どんなことがあったのかな
C「旅館に泊まって、寝たときが楽しかったから、かいたんじゃないかな」
Tなんで楽しそうって分かったの?
C「顔がなんだかうれしそうだから」
T「ほんとだね。周りはどうかな?
C「リュックやかばんだ。旅行に必要ないろんな荷物が入ってるんだ」
T「きっとそうだね。この黒いのは何かな?
C「テレビだ!電話もある」
C「知ってる!旅館に泊まったとき、テレビがあったよ」
C「布団にもなにかかいてある。かわいい布団だね」

…こんなふうに、子どもたちは見つけたことをお話しするのが大好きです。

この題材で大切にしたいのは、「楽しかった」「おもしろかった」「頑張った」といった子どもたちの「気持ち」そのものです。

作品例を見せるときは、作者の「気持ち」が絵のどんなところから感じられるか、子どもたちといっしょに見付けることを楽しんでみましょう。「どんなことが楽しかったと思う?」と問いかけたり、「周りにもなにかかいてあるね」とメインではないところにも気付けるよう促すとよいと思います。先生が気付いていなかったことを子どもたちが見付けてくれることもたくさんあります。

絵を見ながらお話しする中で、子どもたちは自分が実際に体験したあんなことやこんなことを思い出し、「私はあれをかきたい!」とうずうずしてきます。そうなれば、ほとんどの子どもは「作品例のとおりにかこう」とはならないのです。

「まね」から始まってもいい

「友だちのまねばかりしている」と不安に思う先生もいらっしゃるかもしれません。まず、「まねする」こと自体は決して悪いことではありません。友だちの発想やアイデアをよく観察できている証拠ですね。

また、なんとなく「まねしている」ように見えても、お花の色だけ変えているとか、ちょうちょをかき足しているとか、よく見ると「その子らしさ」が絵に出てきていることがあります。それをめざとく見付けて、「ちょうちょがいるんだね」「そんなことも考えてたんだね」など、認める声かけをどんどんしていくと、もっと自分の思い付いたことをかきたいという気持ちになっていくはずです。

最初はまねから始まってもだんだん変わっていくので、それを見付けてほめる声かけをどんどんするとよいでしょう。

■message
「まね」は、自分を表に出すことへの不安が根底にある場合が多いと感じています。

たとえば、「同じキャラクターばかりかく子どもがいて気になる」というお悩みを抱えている先生もいらっしゃるかもしれません。もしかすると、「そのキャラクターならかける」という安心感があるのかもしれません。きっと、そのキャラクターをかくことで周りからほめられた経験があるのだと思います。

図工の時間は、「それいいね」「すてきだね」「そんなこと考えたの?すごい!」とお互いを認め合う言葉がたくさん聞こえてくるといいですね。そういう雰囲気づくりが、すべての活動のベースになります。

先生や友だちから認めてもらう声かけをたくさんもらうことで、子どもは「自分の思ったことをかいていいんだ」と自信をもてるようになっていきます。


畑本 真澄(はたもと・ますみ)
富山県富山市生まれ。図工専科教諭として、神戸市の図工教育に長年に渡り貢献。これまでに、神戸市立小磯記念美術館教育普及担当指導主事、神戸市小学校研修図工グループ研究部長、第71回兵庫県造形教育研究大会神戸大会研究局などを務める。初任校は肢体不自由の養護学校であった。特別支援教育コーディネーターも勤め、通常学級における特別支援教育の実践に取り組んでいる。一人一人の育ちの中で幼稚園・小学校・中学校の造形教育のつながりを大切にしている。好きなことは、季節の料理と電車。

「先生、これでいいですか?」~【新連載】畑本先生と考えよう!図工の時間「気になる」子ども~

やりたいことが思い浮かばず固まっている、手先が不器用でうまくできない、やる気がなく机につっぷしている…。図工の時間、そんな「気になる子ども」はいませんか?次へ進めるような声かけをしたいけれど、ぴったりな言葉が浮かんでこない…。そんな悩みを抱えている先生もいらっしゃるかもしれません。

「気になる」子どもは、なぜそのような言動をしているのでしょうか?現象として見えている子どもの姿の裏側には、「本当は頑張りたい、でもうまくできない」という心が隠れているかもしれません。

本連載では、現場の先生から寄せられた「気になる」子どもに関するお悩みについて、畑本先生といっしょに子ども目線で考えたいと思います。


子どもが「先生、これでいいですか」と作品を持ってくるときがあります。なんと答えたらいいか分からず、悩んでしまいます。自分なりの表現をもっと追求したくなるような言葉をかけられたらいいなと思うのですが…。


子どもはなぜ先生に聞いてきたのでしょうか。「これでいい」を決めるのは「先生」だと思っているからかもしれません。授業中の言葉が「指示」ばかりになっていませんか?振り返って考えてみましょう。

作業手順だけを伝えていませんか?

授業中、子どもたちにどんな言葉で活動内容を伝えているか振り返ってみましょう。たとえば「はじめに輪郭線をかいて、次に絵の具で色を塗って、最後に背景を塗りましょう」なんて作業手順を伝える言葉や板書ばかりになってしまっていませんか?

もしそうなら、子どもたちは先生に言われたとおりに「作業」をこなすだけなので、当然「これでいいか」を決めるのは先生、ということになってしまいます。

図工は、大人がいいと思う作品をつくらせるための時間ではありません。

子どもたちが自分の中にある思いに気付き、表したいことを見付けられるように促す声かけを一緒に考えていきましょう。

子どもに問い返し、お話ししよう

もし子どもたちが「これでいいですか」と聞いてきたら、いっしょに作品について話をしてみましょう。

★子どもとお話ししながら、思いを引き出そう
「いちばん好きなところはどこかな?理由も教えてくれる?」
「そのとき、どんなことがあったのかな?」
「こだわったところを教えて?」
「なるほど!○○のイメージを表したかったんだね。それならどんな色や形がいいかな?」

本人も、自分の心の中にある表したいことやイメージをうまく掘り起こせていないときがあります。子どもとお話ししながら「自分はどうしたいのか」という思いを聞き出し、「そうなんだね」と思いを受け止めてあげましょう。そうすることで、子どもは自分の気持ちに自信をもち、次の「やりたいこと」が少しずつ出てくるはずです。

「手順」をやめたら、子どもたちの「言葉」が変わった!

知り合いの若い先生から、「『うごいて楽しいわりピンワールド』(教科書3・4上p.12-13)をやるんですが、どのように授業を進めたらいいか悩んでいて…」と相談を受けたことがありました。

その先生は、「作品例を見せて、割りピンの使い方を説明して、つくり方を説明して…」と手順を示していく授業をイメージしている様子でした。

そこで、「いろいろな大きさや形の紙を用意しておいたらどうかな?」「割りピンを使ってできる動きを試す時間をとったらどうかな?」とアドバイスしたんです。

授業後、その先生が「これまで聞いたことのないような言葉が、子どもたちからたくさん出てきたんです!どんどん自分たちで工夫していくんです!」とうれしそうに報告してくれました。聞くと、次のような言葉だったそうです。

★「手順」をやめて、変化した子どもたちの言葉
「先生、○○を使いたいんだけど、ありますか?」
「先生、ここをこうしたいんだけど…」
「先生、こんなこと思い付いたよ!見て見て!」

実際に動かしたり試したりする中で、それぞれの思いやアイデアが生まれてきたのですね。子どもたちの心からの主体的な言葉が自然と出てきたのだと思います。

その先生は、これまでは「最初に見せた作品例と同じような作品ばかりができあがってしまう…」と悩んでいたそうなのですが、今回は「子どもたちの動きも言葉も全然違って、すごく楽しかったです!」と話してくれて、私もうれしく思いました。

「手順」で進める授業はたしかに「安心」なのですが、子どもも先生も実はぜんぜん楽しくないんです。授業をする先生自身が楽しんでいるということも子どもに伝わりますから、とても大切なポイントです。

■message
実は、先生に言われたとおりに作業するだけのほうが子どもたちはとってもカンタンなんです。だって、あんまり考えなくてもできちゃいますよね。

「じょうずな作品をつくらせなきゃ、かかせなきゃ」と焦ってしまっていませんか?図工で大切なことは、子どもがめいっぱい心を動かして「やってみたい、表してみたい」と思いながら活動することです。

どの子も頑張りたい気持ちでいっぱいです。最初はうまくできないのが当たり前。試したり、友だちと交流したりする中で、「いいこと見付けた!」「こんなことを表してみたい」「もっとこうしたい」という気持ちが生まれていきます。

子どもが見付けたことをしっかりと受け止め、応援し、支えていきたいですね。


畑本 真澄(はたもと・ますみ)
富山県富山市生まれ。図工専科教諭として、神戸市の図工教育に長年に渡り貢献。これまでに、神戸市立小磯記念美術館教育普及担当指導主事、神戸市小学校研修図工グループ研究部長、第71回兵庫県造形教育研究大会神戸大会研究局などを務める。初任校は肢体不自由の養護学校であった。特別支援教育コーディネーターも勤め、通常学級における特別支援教育の実践に取り組んでいる。一人一人の育ちの中で幼稚園・小学校・中学校の造形教育のつながりを大切にしている。好きなことは、季節の料理と電車。