「傷ましき腕」 岡本太郎作

油彩/キャンヴァス/111.5×162cm/1936(1949再制作)

油彩/キャンヴァス/111.5×162cm/1936(1949再制作)

 1929年、岡本太郎はパリに留学します。当初、画家としての方向性に悩んでいた岡本は、1932年にパリの画廊でパブロ・ピカソの抽象的静物画「水差しと果物鉢」に出会い感動し、抽象芸術に自身の進む道を見つけます。
 岡本は1933年アプストラクシオン・クレアシオン(抽象・創造協会)に参加(1937年脱会)し、1934年から暗い空間に布と金属の棒が浮遊する抽象的な「空間」シリーズを描き始めました。彼は「空間」シリーズを制作しながらも、抽象的な表現に限界を感じていたようです。何故、岡本は抽象的な表現に行きづまってしまったのでしょうか。岡本は“パリで生きる自分の感覚をより生々しく表現したい”と思ったのかもしれません。そして彼は当時よく“パルパブル:palpable(手につかめる、極めて明瞭という意)”という言葉を使いながら、より現実に迫る自らの表現を模索していきます。
 1935年「リボン」「リボンの祭り」を制作。布のモチーフがリボンに変化します。これらの作品に描かれたリボンには、様々な意味の象徴性を感じることができます。このリボンのモチーフはさらに発展して、1936年「傷ましき腕」のリボンとして登場するのです。この「傷ましき腕」は、大きく描かれた赤いリボンと、ピンクの縞模様のように皮膚を等間隔で切り開かれた腕、そして握りしめられた拳という題材で描かれました。リボンを付けた人物の顔が見えないのに、黒い髪に覆われた頭部と赤いリボンが不思議な存在感を出しています。「グラッシ」という古典技法で何層にも重ねられた濃紺の背景と、リアリズムの手法で描かれたリボンや腕のモチーフは、戦争に向かいつつあった不穏な時代の空気と,当時の日本と西洋(近代)に引き裂かれた岡本自身の内面を伝えているのではないでしょうか。
 身体の一部であるこの傷つけられたたくましい腕は、シュルレアリスム(超現実主義)の身体性とも通底しながら、見る者に痛みをともなった共振感覚で迫ってくるようです。

(川崎市岡本太郎美術館 学芸員 仲野泰生)

■川崎市岡本太郎美術館ico_link

  • 所在地 神奈川県川崎市多摩区枡形7?1?5
  • TEL 044-900-9898
  • 休館日 月曜日(月曜が祝日の場合は除く)、祝日の翌日(祝日の翌日が土日にあたる場合を除く)、年末年始、他に臨時休館日あり

<展覧会情報>

  • 企画展「小野佐世男-モガ・オン・パレード」
  • 2012年10月20日(土)~2013年1月14日(月・祝)

展覧会概要

  • 小野佐世男はモダンボーイ、モダンガール、通称「モボ・モガ」が銀座を闊歩した1930年代から、戦後にかけて活躍した画家・漫画家でした。小野は独特の女性像を描きました。本展では、小野佐世男の作品と活躍を、原画・書籍・雑誌・映像など約500点で紹介します。

<次回展覧会予定>

  • 企画展 第16回 岡本太郎現代芸術賞展
  • 2013年2月9日(土)~4月7日(日)

その他、詳細は川崎市岡本太郎美術館Webサイトico_linkでご覧ください。


会津・漆の芸術祭2012~地の記憶 未来へ~

東北画は可能か?チーム妖怪「妖怪絵図 陰・陽」

東北画は可能か?チーム妖怪「妖怪絵図 陰・陽」

会津塗伝統工芸士会+原忠信「くいぞめ椀プロジェクト」

会津塗伝統工芸士会+原忠信「くいぞめ椀プロジェクト」

 会津の文化資源である漆をテーマに、会津の歴史の深さ、文化の豊かさそして町の魅力を伝えることを目的にスタートした会津・漆の芸術祭は、今年で3回目を迎えました。
 今年のサブテーマは「地の記憶 未来へ」。
 ここに私たちは、漆の芸術祭が会津・福島、そして東北・日本が培った生きる力と可能性を掘り下げる機会になり、未来への可能性を示すことができれば、との願いを込めました。
 展示会場のひとつ、喜多方蔵の里の歴史ある旧外島家住宅内では、東北画は可能か?チーム妖怪による「妖怪」をテーマとした共同制作「妖怪絵図 陰・陽」を展示しています。会場にて、福島県にまつわる伝統的な昔語り、朗読とライブによる表現をミックスさせたイベント「もののけ語り」&「東北画 meets 遠藤ミチロウ」も開催予定です(※1)。その他、82組の参加作家が会津若松市や喜多方市内の空き蔵や店舗を中心に作品を展示しているほか、さまざまなイベントを開催しています。
(※1 11月18日13:30~16:00)

(福島県立博物館 主任学芸員 小林めぐみ)

<会津・漆の芸術祭情報>

<シンポジウム情報>

  • 「会津・漆・アートⅢ 地の記憶 未来へ」
  • 2012年11月23日(金・祝) 13:30~16:00
  • 福島県立博物館 講堂
  • シンポジウム内容
    パネリスト:北川フラム(越後妻有大地の芸術祭総合ディレクター)、樋田豊次郎(秋田公立美術工芸短期大学学長)、山下裕二(明治学院大学教授)
    コーディネーター:赤坂憲雄(会津・漆の芸術祭ディレクター/福島県立博物館長)
    会津・漆の芸術祭の公募作品選考委員をパネリストに招いたシンポジウム。漆・会津・アートをつないだ芸術祭を振り返り、会津・漆の芸術祭2012の成果と今後の可能性を探ります。

■会津・漆の芸術祭事務局ico_link

  • 所在地 会津若松市城東町1-25 福島県立博物館内
  • TEL 0242-28-6067

その他、詳細は会津・漆の芸術祭2012~地の記憶 未来へ~Webサイトico_linkでご覧ください。


「東京国立博物館 東洋館 2013年1月2日(水) リニューアルオープン」

東洋館外観

東洋館外観

李柚「紅白芙蓉図(紅芙蓉図)」 絹本着色/25.2×25.5cm/1197

李柚(りてき)「紅白芙蓉図(紅芙蓉図)」 絹本着色/25.2×25.5cm/1197

 東京国立博物館の東洋館は中国、朝鮮、インドなどの美術工芸品を中心に、約20000件の充実したコレクションを誇る日本でも有数の博物館です。この東洋館は2009年6月から耐震補強工事のため休館していましたが、工事を終え2013年1月2日、リニューアルオープンすることが決定しました。
 東洋館の開館は1968年です。設計は東京国立近代美術館の本館、出光美術館などを手掛けた建築家の谷口吉郎氏。今回の工事では従来のデザインを損なわずに補強することを重視し、なるべく来館者の目に触れない場所に手を入れることで、建物本来の魅力を保ったまま、現在の耐震建築基準をクリアーすることに成功しました。
 1月のリニューアルオープン時には、約1000件の作品を展示する予定です。展示コンセプトは「東洋美術をめぐる旅」となっております。各フロアーにおける分類や陳列の順番などの展示デザインも一新されており、展示ケースの覆いには新たに低反射ガラスが採用されました。蛍光灯に代わって導入したLED照明とともに、作品がより美しく、見やすくなるよう配慮しています。また、展示室を増やし、これまで限定公開しかされてこなかったクメールの彫刻、インドの細密画、清時代の工芸品を常設する専用展示コーナーを設けているのも注目です。さらに、日本の文化にも多大な影響を与えてきた宋や元の書画をはじめ、朝鮮の陶磁器、アジアの民族工芸品、西域美術品、インド・ガンダーラの彫刻などからも新たに選び直された多数の作品が展示される予定です。質、量ともに東洋美術の世界をたっぷりと堪能できるラインナップにご期待ください。
 アジア文化を網羅する充実したコレクションには、必ずや新たな発見や出会いがあるはずです。開館の折にはぜひ足を運んでみてください。

(編集部)

<リニューアル情報>

  • 「東洋館 リニューアルオープン」
  • 2013年1月2日(水)~

■東京国立博物館 東洋館ico_link

  • 所在地 東京都台東区上野公園13-9
  • TEL 03-5777-8600(ハローダイヤル)
  • 休館日 月曜日(祝日または休日の場合は開館、翌火曜日に休館)および年末年始〔2012年12月25日(火)~2013年1月1日(火)〕

その他、詳細は東京国立博物館Webサイトico_linkでご覧ください。


「世界ポスタートリエンナーレトヤマ2012」

永井一正「第10回世界ポスタートリエンナーレトヤマ2012」開催ポスター

永井一正「第10回世界ポスタートリエンナーレトヤマ2012」開催ポスター

福島治「オイディプス王」(第10回展グランプリ)

福島治「オイディプス王」(第10回展グランプリ)

 富山県立近代美術館が主催する「世界ポスタートリエンナーレトヤマ」(以下、IPT)は、世界のポスターデザインの現況と成果を概観するため、最新のポスターデザインを公募し、審査・選抜展示するポスターデザインの領域では日本で唯一の国際公募展です。1985年から3年に1度開催しているIPTは、今回の公募で第10回を迎えました。
 IPTの作品募集は、実際に印刷発表されたポスターを対象としたA部門、未発表のオリジナル自主制作ポスターを対象としたB部門の2部門で行われます。第10回展には世界53の国と地域からA、B部門あわせて4,622点の応募があり、その中から入選作品を決定する第一次審査には、永井一正、勝井三雄、松永真、佐藤晃一、浅葉克己、中島英樹という錚々(そうそう)たるグラフィックデザイナー各氏と当館副館長があたりました。
 第一次審査によって選出された入選398点から、グランプリを筆頭に金賞、銀賞、銅賞を決定する第二次審査には、アラン・ル・ケルネ(フランス)、カリ・ピッポ(フィンランド)、永井一正、松永真の4氏があたりました。上位作品が僅差(きんさ)で肉迫するなか、グランプリに選ばれたのは、福島治(日本)による演劇公演のポスター「オイディプス王」です。独自のタイポグラフィや骸骨のオブジェといった要素が、劇場空間を感じさせる構成のなかに凝縮され、このギリシャ悲劇を端的に表現しています。
 ポスターは時代を映す鏡と言われます。今回のIPTでは、優れたコマーシャルポスター、展覧会や演劇の告知のために制作された作品はもとより、環境問題、人権、食糧危機、金融危機、そして東日本大震災に関連したテーマなど、世界が今直面している様々な問題が映し出された作品が数多く見られました。9月3日まで富山県立近代美術館で開催中の展覧会では、全入選作品・受賞作品と審査員作品を合わせた422点を展示しています。

(富山県立近代美術館 学芸課 稲塚展子)

<展覧会情報>

  • 「第10回世界ポスタートリエンナーレトヤマ2012」
  • 2012年6月9日(土)~9月3日(月)

■富山県立近代美術館ico_link

  • 所在地 富山市西中野町1-16-12
  • TEL 076-421-7111
  • 休館日 月曜日(祝日と8月13日、9月3日は開館)、祝日の翌日

<次回展覧会予定>

  • デザインとしての椅子 アートとしての椅子
  • 2012年9月8日(土)~11月4日(日)

その他、詳細は富山県立近代美術館Webサイトico_linkでご覧ください。


「奈良美智:君や 僕に ちょっと似ている」展

「ちょっと意地悪」 白銅/153×125×135cm/2012 (C)NARA Yoshitomo 撮影:森本美絵

「ちょっと意地悪」 白銅/153×125×135cm/2012 撮影:森本美絵

■高校美術3 教科書表紙
(本展覧会には出品されておりません)

「Daydreamer」 パステル、アクリル、色鉛筆/紙/154.9×134.6cm/2003 Photo:Joshua White Courtesy:Blum & Poe,LA/Tomio Koyama Gallery,Tokyo

「Daydreamer」 パステル、アクリル、色鉛筆/紙/154.9×134.6cm/2003 Photo:Joshua White Courtesy:Blum & Poe,LA/Tomio Koyama Gallery,Tokyo

 白銅の彫刻「ちょっと意地悪」は誰に似ているでしょう。自分の幼いころ? 友達の子ども? それとも昔どこかで会った誰か? ちょっと遠くを見つめる眼差で、何を考えているのでしょう。でも、この作品にモデルはいません。
 人のかたちをするものは、しばしば誰かに似ることがあります。「君や 僕に ちょっと似ている」と題した展覧会に出品されるのは、人の顔を描いた絵画や彫刻です。奈良美智は「子ども」を代表的なモチーフに描いてきました。ただし作品制作の過程で特定のモデルは介在しません。それどころか作家は、作品は全て自画像なのだと語っています(ちなみに奈良美智は大人の男性です)。奈良の絵画は、すべて下描き無しに絵具を塗り重ねてゆくことでかたちを得ていきます。そしてこの彫刻も、1tに及ぶ土粘土の巨大な塊と格闘する中で、作家の手から自然と生まれ出たものです。それにも関わらず、君や僕、あるいは誰かにどこか似ている「顔」とはどういう意味なのでしょう。
 美術の歴史について語るとき、さまざまな局面で作品は特定の個人と結びつけられます。作り手は誰? 描かれているのは誰? 誰のためのもの? 表現の独自性はどこにある? オリジナリティが求められる世界で、「似ている」という言葉は、ときに負の意味を持つことすらあります。
 一方で何かに感動するとき、私たちはそこに何を見ているのでしょう。悲しみ、喜び、秘密。他人と何かを共有できたとき、私たちは一体感とともにうれしさを覚えます。感動とは、自分と「似ている」何かを見つけることではないでしょうか。これら二つの「似ている」には、美術作品を批評的に分析することと、体験・鑑賞することとの違いが対照的に表れてきます。
 「君や 僕に ちょっと似ている」。この言葉には、感動の本質が隠されているのです。

(横浜美術館主任学芸員 木村絵理子)

<展覧会情報>

  • 「奈良美智:君や 僕に ちょっと似ている」展
  • 横浜美術館 2012年7月14日(土)~9月23日(日)
    巡回:青森県立美術館 2012年10月6日(土)~2013年1月14日(月・祝)
    熊本市現代美術館 2013年1月26日(土)~2013年4月14日(日)
  • 休館日:木曜日(木曜日が祝・休日の場合はその翌日)
  • 展覧会概要
    現代美術家、奈良美智。奈良の作り出す作品たちは、ときに挑戦的であり、またあるときは瞑想しているかのような憂いを帯びた多彩な表情を見せてくれます。本展は作家にとって初の挑戦となる大型金属彫刻をはじめ、絵画やドローイングなどの新作が発表されます。

■横浜美術館ico_link

  • 所在地 神奈川県横浜市西区みなとみらい3-4-1
  • TEL 045-221-0300

<次期開催の展覧会>

  • 「はじまりは国芳 -江戸スピリットのゆくえ」展
    2012年11月3日(土・祝)~2013年1月14日(月・祝)
  • 横浜美術館コレクション展Ⅲ
    2012年11月3日(土・祝)~2013年3月24日(日)

その他、詳細は横浜美術館Webサイトico_linkでご覧ください。


マウリッツハイス美術館展 オランダ・フランドル絵画の至宝

no_photo1

「笑う少年」 油彩/板/直径(最大)30.4cm/1625頃

no_photo1

「真珠の耳飾りの少女(青いターバンの少女)」 油彩/キャンヴァス/44.5×39cm/1665頃

 17世紀オランダは、「黄金時代」と呼ばれるほど多くの優れた画家を生み出しました。フランス・ハルスとフェルメールは、まさにこの時代に活躍した画家です。
 ハルスの「笑う少年」は、屈託のない笑顔が描かれた魅力的な作品です。素早い筆遣いで描かれたくしゃくしゃの髪や、勢いよく描かれた白い襟など、表情に合わせた生き生きとした描写が全体にあふれています。ハルスは肖像画を得意とし、同時代の人々からも高い評価を受けました。
 フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」は、振り返ってこちらを向く少女の一瞬の表情が捉えられています。高価なウルトラマリンで描かれた青いターバンは、当時の少女が普段から身につけていたものではないことから、本作品が肖像画のように特定の人物に似せて描かれたものではないことがわかります。少女の耳には、鈍く輝く非常に大きな真珠が飾られています。この作品が描かれた頃、真珠が大流行していました。本物なのか、ガラスにニスを塗った模造品なのか、画家が創造力を駆使して描いたのかは定かではありません。また、作品の左上にフェルメールの署名が見えますでしょうか。あまりにも有名な作品ですが、デジタルの画面や印刷した紙面では見えにくい部分もあります。色彩や筆跡なども本物でぜひ確認してみてください。
 オランダのデルフトで活躍したフェルメールの作品は、現在では世界中で30数点しかありません。穏やかな光の入る室内の女性を描いた静かな作品がよく知られ、特に日本では絶大な人気を誇る画家です。「真珠の耳飾りの少女」はフェルメールの作品の中でも、世界で最も有名な1点と言えるでしょう。

(東京都美術館事業係学芸員 大橋菜都子)

<展覧会情報>

  • マウリッツハイス美術館展 オランダ・フランドル絵画の至宝
  • 2012年6月30日(土)~9月17日(月・祝)
    巡回:神戸市立博物館 2012年9月29日(土)~2013年1月6日(日)
  • 休室日:月曜日(ただし7月2・16日、9月17日は開室。7月17日は休室)

展覧会概要

  • 本展では、17世紀のオランダやフランドル絵画の世界的コレクションで知られるオランダ・ハーグのマウリッツハイス美術館から、フェルメールやレンブラントなど、西洋絵画の巨匠たちの名品約50点を紹介します。

■東京都美術館ico_link

  • 所在地 東京都台東区上野公園8-36
  • TEL 03-5777-8600(ハローダイヤル)

<同時期開催の展覧会>

  • 「Arts&Life:生きるための家」展
  • 「東京都美術館ものがたり」展
  • 2012年7月15日(日)~9月30日(日)

その他、詳細は東京都美術館Webサイトico_linkでご覧ください。


「白貂を抱く貴婦人の肖像」 レオナルド・ダ・ヴィンチ作

油彩/板/54.8×40.3cm/1485-90頃

油彩/板/54.8×40.3cm/1485-90頃

 レオナルド・ダ・ヴィンチは、パリのルーヴル美術館に所蔵されている「モナ・リザ」の作者として、歴史上もっともよく名前の知られている画家の一人ですが、残されている彼のタブロー作品(テンペラ画や油彩画)の数は大変に少なく、わずかに12~3点にしかすぎません。そのなかにあって、この「白貂を抱く貴婦人の肖像」は、レオナルドが実際に接見して描き上げた女性の肖像画として、モデルとされた人物、制作を依頼した人物、これを所蔵した人物、それらが誰であったということが、かなり正確にわかっている大変めずらしく貴重な例です。モデルとなっている貴婦人の名前はチェチリア・ガレラーニ(1473-1536)。ミラノ公国の宮廷にあって最も美しく知的に洗練されていた貴婦人として知られていた彼女は、その公国の君主の地位に就くこととなるルドヴィコ・スフォルツァと相愛の仲でしたが、高位の貴族の結婚は政略的に行われた時代であったことから、二人の愛は結婚にまで至りませんでした。しかしルドヴィコは愛の記念として、レオナルドにチェチリアの肖像画を描かせ、彼女にそれを与えたのです。チェチリアが抱いている白貂は「貞潔」や「美徳」の象徴とされていますが、この動物の仲間はギリシャ語では「ガレー(galée)」と呼ばれるため、チェチリア・ガレラーニを暗示することとなり、そこから、この肖像画と実在のモデルとが結びつく証拠の一つが生じます。画家レオナルドは美しいチェチリアのことを「私の愛する女神」と呼んだとも伝えられていますが、彼女の着衣が聖母マリアの定式の着衣と同じ赤(愛)と青(神聖)からなっているところは、チェチリアに対するレオナルドの敬愛を示しているのかもしれません。丁寧に描き出されているその顔は、「モナ・リザ」とも共通する、理想の顔立ちの均衡を持っていて、当時の貴婦人に求められた「優雅」と「貞節」の美しさの典型を示しています。

(美術評論家 木島俊介)

木島俊介
1939年鳥取県生まれ。慶応義塾大学卒。フィレンツェ大学、ニューヨーク大学大学院、同美術史研究所に学ぶ。共立女子大学名誉教授、群馬県立近代美術館館長、群馬県立館林美術館館長、東急文化村プロデューサー。1970年創立の万国博美術館(現・国立国際美術館)をプロデュースして以来、数多くの美術館設立と美術展の企画・開催、カタログの制作・執筆に携わる。2011年より静岡市美術館、福岡市美術館、Bunkamuraザ・ミュージアム(2012/6/10まで開催)を巡回した「レオナルド・ダ・ヴィンチ 美の理想」展の日本側監修者を務める。著書に『名画が愛した女たち 画家とモデルの物語』『美しき時祷書の世界』『女たちが変えたピカソ』など。新版「高校美術1」教科書(日本文教出版)監修。


マウリッツハイス美術館展 オランダ・フランドル絵画の至宝

no_photo

「真珠の耳飾りの少女」 油彩/キャンヴァス/44.5×39cm/1665頃

no_photo

「笑う少年」 油彩/板/直径(最大)30.4cm/1625頃

 平成25年度から使用される、新版高校美術Ⅰ教科書(「高校美術1」「Art and You」)のご案内が始まりました。新しい教科書への期待も高まる頃です。
 そんな中、長年使用されてきた「高校美術1」教科書の表紙を飾る「真珠の耳飾りの少女」と、オリエンテーションで紹介する「笑う少年」が、日本にやって来ます。オランダのマウリッツハイス美術館に所蔵され、国内ではなかなか見ることができない作品たち。教科書で見る作品の「本物」に出会える貴重な展覧会を、どうぞお見逃しなくご覧ください。
※「真珠の耳飾りの少女」は、新版「Art and You」P.13にも掲載されます。

<展覧会情報>

  • マウリッツハイス美術館展 オランダ・フランドル絵画の至宝
  • 2012年6月30日(土)~9月17日(月・祝)
    巡回:神戸市立博物館 2012年9月29日(土)~2013年1月6日(日)
  • 休室日:月曜日(ただし7月2・16日、9月17日は開室。7月17日は休室)

展覧会概要
本展では、17世紀のオランダやフランドル絵画の世界的コレクションで知られるオランダ・ハーグのマウリッツハイス美術館から、フェルメールやレンブラントなど、西洋絵画の巨匠たちの名品約50点を紹介します。

■東京都美術館ico_link

  • 所在地 東京都台東区上野公園8-36
  • TEL 03-5777-8600(ハローダイヤル)

<同時期開催の展覧会>

  • 「Arts&Life:生きるための家」
  • 2012年7月15日(日)~9月30日(日)

その他、詳細は東京都美術館Webサイトico_linkでご覧ください。

<次号予告>

マウリッツハイス美術館展を担当する東京都美術館学芸員 大橋菜都子氏が出品作品について読み解きます。