小学校 道徳
2026.04.30 <No.059>
子どもの言葉をつながく授業展開を目指して 『命の種を植えたい ―緒方洪庵―』(第5学年)
※本実践は兵庫県伊丹市立鴻池小学校に在籍されていた際の実践です。
1.はじめに
本実践は、日本文教出版主催の道徳セミナーに関連して行ったものである。教材の選定にあたり、これまでのセミナー参加者から「Dの視点が難しいので、取り上げてほしい」「偉人を扱う教材は苦手」といった声が寄せられていることを知った。私自身も、Dの視点や偉人を扱う教材に対して得意意識があるわけではなかったが、せっかくの機会なので、「生命の尊さ」というDの視点、そして偉人を扱う教材に挑戦することにした。
Dの視点の難しさは、価値が抽象的であることに加え、子どもたちがすでに「命はかけがえのないもの」「自然は共に生きる存在」などとして理解しているため、改めて問いを立てたり、深く考えさせたりすることが難しい点にある。また、偉人教材は「すごい人の話」として受け止められがちで、児童が自分とのつながりを見いだしにくいという課題もある。
そこで本授業では、子どもたちが洪庵の生き方に触れる中で、自分自身の命や他者の命、社会や未来とのつながりに気づき、命の価値を自分の言葉で捉え直すことができるような授業を目指した。導入では、抽象的な問いを避け、「命の価値って重い?」という語り口を用いることで、子どもたちが自分の感覚や経験をもとに語りやすくなるよう配慮した。また、言葉によるやり取りにとどまらず、視覚的にも命の重みを感じ取れるような工夫を行った。
なお、私自身の授業スタイルとして、子どもたちの言葉や姿から授業を展開していくことを大切にしているため、担当学年の3学級分を撮影していただくようお願いした。道徳セミナーでは1学級の授業動画を紹介したが、他の学級では異なる展開も生まれ、非常に興味深い授業となった。これについても本稿で触れていきたい
2.主題設定の理由
(1)ねらいや指導内容について
生命が大切であるということは、子どもたちにとってすでに理解されている価値である。しかし、「なぜ命は大切なのか」と問われたとき、それを自分の言葉で語ることには戸惑いを見せることが多い。命の尊さが “当たり前” として受け止められているからこそ、深く考える機会が少ないのが現状である。
そこで本授業では、「命の重み」という主題のもと、本教材を活用し、命の尊さについて多面的に考える機会を設けた。洪庵の行動や思いを通して、命が個人のものにとどまらず、他者との関わり、社会への貢献、未来への責任など、さまざまな視点から命の価値を捉えさせたい。子どもたちが教材内容やこれまでの経験をもとに、自分自身の言葉で命の重みを表現し、生命の大切さについて幅広い視点から考えることをねらいとする。
(2)子どもたちの学習状況や実態について
対象学年の子どもたちは、日常生活やこれまでの道徳科の学習を通して、「命は大切なもの」という価値を自然に受け止めている。これまでの「家族愛」や「自然愛護」を扱った授業でも、命に関する話題が自然と挙がり、命が過去から現在、そして未来へと受け継がれていくという “縦の連続性” に着目した話し合いが行われてきた。その中で、祖父母から受け継いだ命や、自然の中で循環する命のつながりに関心を示し、命が時間を超えてつながっていることに気づきはじめている。
一方で、「命は多くの人たちによって支えられている」という “横の連続性” については、子どもたちの中に漠然とした理解はあるものの、具体的なイメージをもつまでには至っていない。医師や看護師、家族、地域の人々など、命を支える存在がどのように関わっているのかを実感する機会が少なく、命が社会の中で守られているという視点はまだ十分ではないと考えられる。
なお、この時期の子どもたちは、集団の中での自分の役割や他者との関係性を意識しはじめる時期にあり、抽象的な価値についても多面的に捉える力が育ちつつある。こうした発達の段階とこれまでの学びの蓄積を踏まえ、「命の重み」という主題に取り組むことで、子どもたち一人ひとりが命の尊さを個人・他者・社会・未来といった多様な視点から捉え、自分自身の命や他者の命に向き合いながら、命を大切にしようとする実践意欲と態度を育んでいくことが期待される。
3.教材について
本教材「命の種を植えたい ―緒方洪庵―」は、江戸時代に実在した医師・緒方洪庵の生き方を通して、命の尊さや社会的使命感、未来への責任といった価値を児童に考えさせることができる優れた教材である。洪庵は、感染症の脅威に立ち向かいながら、人々の命を守るために尽力した人物であり、その姿は現代にも通じる普遍的な価値を含んでいる。
子どもたちは、洪庵の行動に触れ、その思いや願いを交流していく中で、命とは単なる個人の営みではなく、他者や社会、未来とつながるかけがえのない存在であることに気付き、生命の大切さを多様な視点から考えることができる。特に、子どもたちが「命は多くの人たちによって支えられている」という価値を漠然と理解している現状を踏まえると、洪庵の姿はその理解を具体化する契機となり、命が社会の中で守られていることを実感するにあたって、子どもたちの考えを深める手がかりとなる教材だといえる。
4.実践事例
(1)教材名
「命の種を植えたい ―緒方洪庵―」(出典:日本文教出版 令和6年度版『小学道徳 生きる力 5』)
(2)主題名
命の重み D[生命の尊さ]
(3)本時のねらい
緒方洪庵や弟子たちが、みんなの命を守るために種痘を広めようと困難に立ち向かった行動を通して、命とは一人ひとりだけのものではなく、人とのつながりや支え、社会や過去・未来へと受け継がれていくかけがえのない存在であることに気づき、その気づきをもとに家族や友人、苦しんでいる人など身近な人の命を思いやり、大切にしようとする実践意欲及び態度を育てる。
(4)展開例
6.まとめ
本授業では、児童が緒方洪庵の生き方に触れる中で、「命とは何か。」「命の重みとはどこからくるのか。」といった問いに対して、自分なりの考えをもち、主体的に思考を深める姿が見られた。洪庵の行動に対して、「過去からつながってきた命を守りたかった。」や「今を生きる人達の苦しみを見たくない。」、「未来の人のことまで考えていた。」など、価値を自分の言葉で捉え直そうとする発言が多く聞かれた。
1時間目に実施した5年1組では、教師の問いかけに対する反応が活発で、つぶやきも多く聞こえる学級であった。思ったことをすぐに言葉にする傾向があるため、発言内容は抽象的なものが多かった。教師はそれらの言葉を丁寧に受け止め、追発問を通して主題を深める時間を意識的に確保した。本授業では、一人の子どもがつぶやいた「幸せ」という言葉がきっかけとなり、患者を治すことでその家族や友人、医師や助手までもが幸せになること、さらにその連鎖が未来へとつながっていくという気づきへと展開していった。
3時間目に実施した5年3組は、教師の問いに対して熟考する学級であり、発言数は1組に比べて少ないものの、その内容は本質に迫るものが多かった。教師は子どもたちの発言を意味づけたり、価値づけたりすることで、道徳的価値についてさらに深く考える機会をつくることを意識した。本実践では、指導案に記載していた「洪庵があきらめずに訴え続けたのはどのような思いからだろう。」という問いは用いず、一人の子どもが発した「苦労」というキーワードをもとに、「苦労してまで続けたのはどうしてだろう。」と問い直す展開となった。そこから、命を救う人と救われる人との比較、そして平和な世の中へのつながりといった広がりが生まれた。
5時間目に実施した5年2組は、発表する子どもが限られる学級であったため、一人ひとりが自分の考えを言葉にする機会を意識的につくり、そこから全体で共有できるように工夫した。この学級では、命という視点に対して、人間だけでなく種痘にも注目した子どもがいた。種痘を発見した人、運んできた人、育てた人、さらにはウィルスや細菌の命にも着目する子どもも現れ、命の価値を技術や自然の営みまで含めて広く捉えようとする姿が見られた。授業終盤の気づきの交流では、「自分の知らない誰かのおかげで今の自分がある。」と発言する児童もおり、命のつながりを社会的・歴史的な文脈で捉える深まりが生まれていた。
複数学級での実践を通して、子どもたちの発言内容や反応する姿には学級ごとの違いがあり、その背景にある人間関係や学級の雰囲気が、授業の展開に大きく影響することを改めて実感した。Dの視点である「生命の尊さ」は抽象的で扱いにくいとされがちである。しかし、子どもたち一人ひとりの言葉や感じ方を大切に受け止め、それらを丁寧につないでいくことで、価値を自分ごととして捉えようとする深まりが本実践を通して感じられた。今後も、子どもたちの言葉や姿を起点とした授業づくりのよさを大切にしながら、子どもたち一人ひとりが自分の生き方と結びつけて考えることのできる、豊かな道徳科の授業の在り方について考えていきたい。


