ESDと気候変動教育(その12) ESDと若者の声

傾聴されるべき若者の声

 ESD論ではよく、持続可能な未来の創造にとって若者はこの上なく重要であるという主張が展開されてきました。しかし、ESDの発展の歴史の中でどれだけ未来世代とも呼ばれる若者の声に私たちは傾聴してきたのでしょう。
 近年、スウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥーンベリさんの影響もあり、多くの若者たちが気候ストライキやデモに参加し、声を枯らさんばかりに「私たちから未来を奪うな」と地球規模の危機的状況を訴えていますが、彼(女)らの声を真正面から受けとめ、新たな社会形成に生かしていこうとする大人はどれだけいるのでしょう。
 ユネスコ本部のESD推進の国際委員を筆者が務めていた10年余りをふり返れば、大人がよしとする社会像のもとに議論をし、大人が決めた枠の中で若者の活躍が期待されるという図式が国連ですら当然視されていました。政策に影響を与えようとする議論に若者の声は不在であったのです。
 持続不可能であると言われるこの時代でまずもって求められるのは若者への傾聴ではないでしょうか。自分たちの未来を自分たちでより良くしていこうとする若者に傾聴することなくして、持続可能な未来の構築など覚束ないと言えましょう。このように考えていたとき、漸次にではありますが、若者の声が積極的に国連のレポートに取り入れられるようになったことに注目したいと思うのです。

若者は授業をどう捉えているか

 ここで世界の若者の声の一端を届けたいと思います。紹介する声は、前号(「学び!とESD」No.36)で扱ったユネスコの報告書『質の高い気候教育を求める若者たち』(*1)の中に盛り込まれた未来世代の声です。(〈 〉内はユネスコ報告書の編者による補記)。
 この報告書では、各国で行われている気候変動に関する教育がいかに時代遅れであるかを示すデータが掲載されていますが、持続可能な未来への備えが不十分な学校教育に対する若者の認識には実に手厳しいものがあります。モロッコ並びにチュニジアで学ぶ23歳の若者は次のように述べています。

「問題は教え方なんです。自然に共感したり、自然に対して尊敬をしたりするように、〈先生たちは〉人々や生徒を自然と結びつけてくれないんです。」

 各国の授業、特に都会の学校での授業では、自然に関する事実は学べても、自然とのつながりを実感できるような授業は少ないのでしょう。旧態依然たる一方的なティーチングに対して不満をもつ若者は少なくありません。ベトナムの17歳の若者は次のように述べています。

〈みずからを表現する余白が与えられていたかというと〉そうは思えないんです。なぜって、学校では先生はただ環境問題や期待されているプログラムについての話を伝えているだけだからです。問題について実際に考える余白がないんです。私たちは、ただ聴くようにとされてるんです(…)。

 習得すべき多くの内容に辟易としているのは日本の子どもたちだけではないようです。知識を教えてテストで確認するという伝統的な授業光景はいまだによく見られます。そこで問われているのは、教師の教え方なのです。若者たちが求めているのは量をこなすことではなく、質の問題、つまり深まりのある学びであって、それを促すような教え方、つまりファシリテーションが重要となります。アフリカのベニンの23歳の若者は次のように語っています。

みんなが討論に貢献できたり、行動を起こしたりできるようになるべきなんです。子ども相手の時は持続可能な開発や気候変動について話をする時でも、もっとアート、つまり絵を描くことやダンス、歌、ストーリーテリングを活用すべきです。そうすれば、子どもたちがトピックに関心を抱き、メッセージをよりよく理解できる手助けとなるでしょう。

 おそらく若者のこうしたニーズにどう応じて良いのか分からず困っている教師も少なくないでしょう。この点、教師に対する若者の見方はきわめて同情的でもあります。22歳のブラジルの若者は気候変動について教えている教師を次のように表しています。

先生は一所懸命にやってます。でも彼らには知識がなく、十分な備えがないんです。それで生徒は自分を表現する余白が持てなくなるんです。

 こうした教師の苦境に対して、25歳のナイジェリアの若者は次のような提言をしています。

そこで重要なのは、丹精を込めて作られた、生徒の学びの手助けとなる教材や、関連した素材やマニュアル、資料の手引きといったものを先生たちが得ることなんです。理解できていないときには生徒を支えることなどできないわけですから。

 以上のように未来世代の学校教育、特に「教え方」に対する捉え方には厳しいものがあります。ただ、ここで紹介した声は、これまでは本気で傾聴をされてこなかった世代の切実な訴えでもあると言えましょう。繰り返しとなりますが、こうした未来の担い手に傾聴しないかぎり、持続可能な社会の構築などは覚束ないのです。次回も今回、紹介しきれなかった若者の声を中心にお届けしたいと思います。

*1:報告書『質の高い気候教育を求める若者たち』(英文)
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000383615

ESDと気候変動教育(その11) COP27とESD

30年越しの目標達成

 毎年11月か12月に恒例の開催となるCOP(国連気候変動枠組み条約締約国会議)ですが、第27回となる今年は11月6日から延長期間も含めて20日までの期間に開催されました。昨年のイギリスにつづくホスト国はエジプトであり、会場は「賢人の入江」を意味するシャルム・エル・シェイクという観光地が選ばれました。「計画を実行するCOP」を標榜した議長国のエジプトは、発展途上国が気候変動から受ける影響への適応策やこれまでの「損失と被害」への救済に関する議題を優先課題とし、温暖化による「損失と被害」を支援する基金の創設まで漕ぎ着けました。これは30年前から途上国が求め続けていた念願の目標でした。
 こうした成果は見られるものの、気候変動をめぐる現状はあまりに厳しいと言わざるを得ません。開会式のスピーチでグテーレス国連事務総長は「気候カオス」という表現を幾度か使用し、「私たちはクライメート・ヒルと呼ばれる丘を高速で登り詰めている。しかもアクセルを踏まずしてだ」と警鐘を鳴らしました(*1)
 基金創設という成果に多くの報道関係者の関心は向けられていたようですが、COPの歴史の中でも連綿と紡がれてきた教育についてはどのような成果が見られたのでしょう。昨年もこの時期にお伝えしたとおり(「学びとESD!」Vol.24及びVol.26)、前回のグラスゴーではメインの大臣レベルの会合に教育がテーマとして位置づけられるまでになりました。今年はどうかというと、前回に続いて若者に焦点が当てられ、以下に紹介するような当事者の声とともに報告書のデータが大臣会合に届けられたことが意義ある進展であったと思われます。

大臣会合のプログラム
出典)https://en.unesco.org/sites/default/files/cop27-ed-event-youth-demand-quality-climate-education-ministerial-session-cn-en.pdf

質の高い気候教育を求める若者たち

 COP27の開会5日目にユネスコは教育をテーマにした大臣級会合を開き、「質の高い気候教育を求める若者たち(Youth demand quality climate education)」というタイトルで議論の場を設けました(*2)。教育をテーマにしたイベントがかつてはサイドイベントとして位置付けられていたことを考えると、大臣級の会合が2年連続で開催されたことになり、気候変動における教育の重要性への国際的な認識が定着しつつあることがうかがわれます。このことはESD関係者の努力が少なからず作用しています(「学びとESD!」Vol.27を参照)。
 「学びとESD!」Vol.18でお伝えした「ベルリン宣言」では加盟国の「カリキュラムのコアに気候アクション」を位置づけることが謳われており、この本格的な実装化が各国に求められています。しかし、今回のタイトルにも現れているとおり、問われているのは気候変動教育そのものの「質」であり、気候変動教育が広まれば良いというわけではなく、それは効果的なアクションにつながるような質の伴った内容や手法でなくてはなりません。
 では、一般的な気候変動教育の何が問題か?あえて一言で言えば、地球規模の危機的な状況にあるのに、学校等では旧態依然たる伝統的な教科教育中心の気候変動に関する学習が展開されているという問題です。こうした時代の趨勢に適応していない気候変動関連の教育に対する不満が若者の間で募っており、英国などでは、時代に適合した気候変動教育を政府が具現化するように、若者から要請されている有り様です(「学びとESD!」Vol.24を参照)。
 上記の問題をより具体的に明らかにするために、ここではユネスコがCOP27の開催に合わせて提示し、上記の大臣級会合でも検討された報告書について紹介したいと思います。報告書のタイトルは上記のセッション名とほぼ同じ「質の高い気候教育を求める若者たち(Youth demands for quality climate education)」です(*3)。この報告書は世界中の若者を対象にユネスコが行った調査結果を示しています。調査では、世界中166カ国から17,471人の若者がオンライン調査に回答し、うち88%は11歳から19歳のティーンエイジャーです。国別の回答者数に偏りはあるものの、世界規模の気候変動に対する若者の意識調査として傾聴に値する結果であると言えましょう。
 回答した若者の中で「気候変動について聞いたことがあるけれど説明できない」者は27%で、「大まかな原理については説明できる」の回答者は41%、「まったく分からない」は2%でした。これは世界の若者が喫緊の危機に対して十分に備えられていないという現況を示しており、この未来世代への責任は現世代にあることは言うまでもありません。報告書では「英語の授業で気候変動について話し合ったけれど、どうやって温暖化の緩和をすれば良いのかについては話をしたことがありません。本当に一般的なことについて話をしただけで、具体的なことは話し合いませんでした。」というチリの19歳の若者の言葉が紹介されています。
図1 学校生活のどこに気候変動への工夫や努力が組み込まれているのか この調査では、学校生活のどこに気候変動への工夫や努力が組み込まれているのかについて尋ねています。6割が「学習内容と教授法」と回答しており、「地域との連携」は26%、「学校運営」は23%、「学校空間」は16%、「いずれでもない」は7%でした(図1参照)。何もなされていない学校は1割以下にとどまりますが、最も重視されてしかるべき学習面においては6割にとどまっています。
 教えている教科については、理科(自然科学)で教えてられていると回答した若者は50%で、複数の科目で習っているのは25%にとどまり、40%が単独の科目でしか習っていません。地域別に見ると、東・東南アジアが単独の科目で扱っている割合が最も高くなっています(38%)。

伝統的な枠内で教えられる気候変動

 報告書では、若者たちは気候変動に関する知識のみならず次のようなトピックを学びたがっていることも示されています。

  • 気候正義
  • エコ不安症の解消につながる社会情動的な学習(SEL)
  • 気候にやさしい(クライメート・フレンドリー)暮らし方やそのための実践的なスキルの習得
  • 気候変動に対応するための起業の仕方
  • 気候変動関連の政策への影響の及ぼし方

 これらはプロジェクト学習やPBL、体験学習などで習得されることが多いトピックですが、この調査では、プロジェクトを通して気候変動を学んだ若者は33%にとどまり、地域の組織や専門家との協働を体験した学生は12%、フィールド学習は9%にとどまっていることが明らかになりました。
 また、学校での気候変動アクションを誰がリードしているかについては53%が校長や教員などの大人たちであると回答しており、生徒や生徒会によるイニシアティブは20%、PTAや保護者と教師と生徒から成る委員会は18%にとどまっています(図2参照)。

図2 学校での気候変動アクションを誰がリードしているのか

 この結果は決して若者主導とは言えない学校教育の現状を示しています。近年、気候ストライキなどを通して自らの未来を持続可能なものにしようと必死に訴え続けている若者たちが必ずしも学校での活動の意思決定に関われていないという問題が浮き彫りにされたと言えます。
 以上、どちらかと言うと厳しい現実を突きつけている報告書の内容を紹介してきましたが、興味深いのは、今回は一部のみ紹介した若者たちの気持ちを代弁するような声がこの報告書には散りばめられていることです。次号では、大人世代が傾聴すべき、若者たちの言葉を紹介したいと思います。

*1:COP27におけるグテーレス事務総長のスピーチ
https://www.youtube.com/watch?v=YAVgd5XsvbE
*2:大臣級会合の様子は次から見ることができます
https://unfccc-events.azureedge.net/COP27_89387/agenda
*3:報告書「質の高い気候教育を求める若者たち」(英文)
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000383615

“Transforming Education Summit”(教育変革サミット)

 9月16・17・19日の3日間、ニューヨークの国連本部で “Transforming Education Summit” (教育変革サミット)が開催され、世界130カ国、2,000人以上の参加者が集いました。本サミットは2021年9月に国連事務総長のアントニオ・グテーレス事務総長によって開始された Our Common Agenda(我らの共通アジェンダ)の重要なイニシアティブです。教育を世界的な政治課題の最上位に引き上げ、行動・希望・連帯・解決策を動員してパンデミックによる学習の損失を回復し、急速に変化する世界で教育を変革するための種をまくことを目的として開催されました。現在でもオンライン上で各セッションの録画が視聴できます(*1)。このような国連による「教育」を柱にした首脳級会議が開催されることは画期的なことだと言えます。今回は本サミットおよび本サミットをきっかけに生まれた新たなプログラムについて紹介します。これまでESDで取り組んできた、生涯学習のアプローチ、知識のみならず社会情動的な認識や行動、価値観、ライフスタイル、ホリスティックアプローチなどが大いに反映されています。

出典:国連の “Transforming Education Summit” のホームページ

“Transforming Education Summit”(教育変革サミット)―なぜ教育に変革が求められているのか?

 本サミットが開催されるに際し、事前調査(110カ国のナショナル・ステートメント)が実施され、世界の教育課題が浮き彫りになりました。報告された10項目は、新型コロナウイルスの感染拡大による教育の混乱、教育的排除の取組み、教職の変革、カリキュラムのリニューアル、教育のグリーン化、デジタル学習、資金調達など多岐にわたります。これらの課題に対して、教育は人権であるとし、どこにいても、女の子、男の子、若者、若者以外の人も含め、誰もが教育を受ける権利が奪われないよう教育の変革を求めています。
 本サミットの成果には、教育への過去最大となる投資を含む重要なイニシアティブの確立やユース宣言、事務総長による教育ビジョンの共有が挙げられます。さらに、本サミットの特徴は気候危機に対する教育の役割を問うプログラム “Greening Education Partnership: Getting every learner climate-ready” が策定され始動したことは注目に値するでしょう。

新たなプログラム “Greening Education Partnership: Getting every learner climate-ready”(*2) とは

 国連によって開催された本サミットでは、国連が推進してきたSDGsからの文脈で教育に焦点を当てたプログラム “Greening Education Partnership: Getting every learner climate-ready” が国際機関であるユネスコに委ねられ、今後展開していくことになりました。
 新たにこのようなプログラムが展開するに至った背景には、差し迫った地球規模課題と教育課題として次の4点が挙げられます。

  1. 地球の平均気温が1℃上昇
  2. 100カ国のうち約半数の国のカリキュラムで気候変動が言及されていない
  3. 初等および中等教育の教員の95%は気候変動を教えることが重要であると感じたが、それを教える準備ができている教員は30%未満である
  4. 若者の75%は自分たちの将来について不安を感じている

 また本プログラムは、これまでユネスコが推進してきたESDの知識と実践に基づいて構築されており、すべての学習者が気候危機に取り組むための知識、スキル、価値観、態度を身につけ、行動できるようにすることを目的としています。さらに、ESDで培ってきた知識、スキル、価値観、態度により、学習者が気候危機の複雑さや課題の相互関連性など、日常生活における問題解決に貢献し得る洞察を習得していくことを本プログラムにおける教育的役割として位置づけています。

 具体的には次の4領域において数値目標を掲げて取り組めるビジョンを示しています。

出典:“Greening Education Partnership: Getting every learner climate-ready” のホームページより筆者作成

 本サミットでは文部科学副大臣である簗和生氏による日本の優良事例を紹介するスピーチもあり、本プログラムをESDの原理に基づいてユネスコと協力しながら積極的に推進していく方針を表明しています(*3)。同セッションでは、イギリスの気候危機と教育とを連携させた政策戦略(Sustainability and climate change strategy)が昨年のCOP26と同時期に策定されている報告もあり、個人の変革のみならずシステムの変革の重要性も指摘されています。現在COP27がエジプトにて開催されていますが、経済のみならず日本の教育においても気候変動の課題に対してどのような形で関わることができるのか、新たな指針が求められています。

*1:次のURLよりご覧ください。
https://media.un.org/en/search/categories/meetings-events/conferences/transforming-education-summit
*2:パートナーシップを築くための調査に関心のある方は次のURLより詳細を確認ください。
https://secure.unesco.org/survey/index.php?sid=21736&lang=en
*3:次のURLよりご覧ください。
https://media.un.org/en/asset/k14/k145zfkzvi

幼児期のESD 〜ドイツ・ハンブルクの取り組み〜

ハンブルクの教育計画

 5月の学び!とESD<Vol.29>では、持続可能な社会の実現に向けたドイツ・ハンブルク(*1)の取り組みについて紹介しました。今回は、このハンブルク州の教育計画やESDの手引きについて紹介します。なかでも、学びのスタートである幼児期に焦点を当てて見ていきたいと思います。

図1.ハンブルク州の教育計画表紙(出典:Behörde für Arbeit, Soziales, Familie und Integration(2012))

 ハンブルク州の教育計画では、2012年に改訂版が出されていますが、「持続可能性」に関して詳しく記述されています。なお、この教育計画は0歳から6歳の幼児が対象となっていて、ハンブルク州のすべての保育施設に対して法的な拘束力を持った文書です(*2)
 この教育計画の中では、「持続可能な社会とは何か」についての説明、ESDの制度的な背景や目的、幼児期のESDの理念と実践について、詳しく説明されています。以下に、その一部を紹介します。

 特に園では、ESDの理念における価値教育を通して、子どもが現在と未来の生活の中心的な問題について、持続可能な発展の価値を学び、その意味を考える機会を与えられる。アセスメント・コンピテンシー(Bewertungskompetenz)とは、さまざまな文脈の中での知識、共感、違いを認識する能力であり、それは具体的な試みを通して育成される。
 子どもは、自分の意見を真剣に受け止められ、園生活を形成するプロセスに参加することを通して、アセスメント・コンピテンシーを伸ばす。日常生活の中で持続可能な価値観を志向するとき、他者から伝えられるのではなく、価値とはそもそも何を意味し得るのか、そして何を意味しているのかを体験することを通して、子どもがこうした価値観に意識的に取り組む機会を持つべきである。子どもは、この世界で生きることや人と共存することの価値、意味、働きについて熟考できなくてはならない。その意味で、園の設備や園生活を持続可能な発展の原則に従って設計することが基本となる。食料、エネルギー、水の責任ある使用、他の人々との交流、自分を尊重する体験は、良い生活モデルとなり得る。

 このように教育計画の中では、持続可能な発展の価値について体験を通じて学んでいくことや、ESDに取り組む中で育まれるコンピテンシーについても言及されています。さらに、持続可能性の理念だけでなく、日常生活の中で体験を通して実践していくことが目指されています。そこで重要になるのが「ホールスクール・アプローチ(ホール・インスティテューション・アプローチ)」です。園全体で持続可能な生活を営んでいくことが求められているという意味が、このアプローチには込められています。他にも、この教育計画には、具体的な保育内容と関連させた記述が多く見られます。

ESDの手引き

 それでは、実際にどのような実践が行われているのでしょうか。次に、ハンブルク政府が中心となって作成した保育施設向けのESDの手引きからその一部をご紹介します(*3)。そこでは、ハンブルクの園で実際に行われた保育事例が紹介され、実際の子どもや保護者の声も取り上げられています。

図2.ESDの手引き表紙(出典:Save Our Future–Umweltstiftung; Behörde für Arbeit, Soziales, Familie und Integration (2019))

 まず事例としては、以下の、3つの園での取り組みが紹介されています。

実践例1:「Tシャツの旅」(ドイツ・中国幼稚園)
実践例2:「知識と意志を行動に移す」(ヴィーベン・ペーター通りこども園)
実践例3:「少ないことは、多いこと」(シャッツキンダーこども園)(*4)

 ここでは、その中から「実践例3」を紹介してみたいと思います。
 シャッツキンダーこども園では、長年にわたって持続可能性というテーマに取り組んでおり、園全体としてESDの理念を実践しています。「少ないことは、多いこと」というモットーのもと、資源を大切にした経営や調達など数々の取り組みが行われています。園の中で何が必要となり、どのように取り揃えるのかについては、可能な限り子どもたちの意見も取り入れられてきました。そうすることで、ESDの理念に向けた長期的な変化を数多く実現することができるようになります。
 例えば、動物性食品と植物性食品を「持続可能性のメガネ(Nachhaltigkeitsbrille)」で見ることによって、卵、牛乳、既製品がどこで作られたものなのかが見えてきます。その結果、ベジタリアンやビーガンの食事の提供が多くなり、卵はほとんど避けられ、牛乳の代わりに植物性の代替品も提供されるようになりました。この施設では、全粒粉製品を中心に、有機栽培の地域食材や旬の食材を購入しています。また提供される飲料は、水道水とガラス瓶に入った水です。園の畑では、子どもたちがハーブを育て、鳥の巣箱やミツバチや蝶の家もあります。畑で過ごす子どもの声も次のように紹介されています。
 「私たちの畑で、ちょうちょうやミツバチがどのように働いているのかを観察しました」(4歳エリーザ)
 ほかにも、ゴミ問題に取り組むことで、包装されていないものを購入することが増えているようです。園では、子どもたちとノンパッケージ・ショップに出かけたり、自分たちでパンを焼いたり、夏にはジャムを作ったりします。夏には手作りジャム、秋には手作りリンゴソースなど、季節に合わせていろいろなものを作りますが、これは包装の節約にもなります。また、包装物が出た場合には、子どもの製作物に使われます。パーティーがあるときは、保護者が食器を持参します。園内のプラスチック製のおもちゃは、少しずつ木のおもちゃに置き換わっています。他にも、ペーパータオルの代わりにタオルを使用し、ハンドソープと洗浄液がマイクロプラスチックフリーの製品になりました。紙とトイレットペーパーは再生紙のみを使用しています。園のリフォームの際も環境に配慮した塗料のみを使用しています。エネルギーとサステナビリティを重視し、すべての電化製品にスイッチ式の電源タップが装備され、全館で省エネタイプの電球のみを使用しています。
 このように、シャッツキンダーこども園は、園生活に関わるさまざまな点で環境に配慮した取り組みを実践しています。
 さらに、保育者と子どもだけで取り組むのではなく、保護者を巻き込んだ活動が行われているという点も重要でしょう。ESDの手引きには、保護者との関係性について次のように書かれています。

 こども園は、子どもたちやそこで働くスタッフにとってだけでなく、家庭や全ての人にとって学びの場となりますので、 誰もがここに参加できることが理想です。定期的で信頼に満ちた交流を通じて、保護者が園生活に参加することによって、保護者自身が真剣に、ロールモデル、専門家、学習者として自分を認識するようになります。
 保護者会やお手紙、掲示板やプロジェクトのドキュメンテーション、家庭訪問、また、遠足や活動、お祝い会への保護者の参加など、どの園でも保護者の関わりが重要な役割を担っているので、保護者による協力の基本的な柱はすでに確立されていることが多いのです。保護者同士が交流し、保護者自身が興味や能力を発揮することができれば、保護者も含めた形で、全体的かつ持続可能な発展という視点から教育が実現されるようになります。
 例えば、ある父親は次のように言っています。
 「KITA21(*5)をきっかけに、私生活でも持続可能性について積極的に取り組むようになりました。園の遠足に同行でき、子どもたちを自分の職場に招待しました。みんなにとって大変勉強になり、保護者同士の連絡も密になりました。(3歳児レニーの父オーレ)」

写真3.持続可能性の学びの場であるこども園(出典:Save Our Future–Umweltstiftung; Behörde für Arbeit, Soziales, Familie und Integration (2019))

 ハンブルクの事例からは、家庭や地域とつながりながら、子どもの活動が社会とリンクしていく姿を見て取ることができます。実際の子どもたちの園や家庭での生活が、持続可能性の視点から具体的に見直され、さらに園や家庭といった子どもにとっての社会が変容している点は重要なポイントでしょう。
 教育計画や手引きの中には、単に持続可能性について抽象的にその理念が記載されているのではなく、幼児期の子どもたちと実際の園生活の中でどのように持続可能なライフスタイルを実践していくか、既存の保育内容と持続可能性がどのように関連づくのかについて、詳しく説明が加えられています。また、ハンブルクに限らずドイツでは、保育者向けの学びの機会をさまざまな形で保障する仕組みが構築されています。
 今回紹介したハンブルクの園の取り組みのいくつかについては、すでに日本の園でも実践されているものもあるでしょう。また、日本にもさまざまな地域で、ESDの取り組みが広がっています。しかし、まだ現場を支える仕組みづくりが追いついていないようにも思われます。このままでは、持続不可能な社会に追従するような教育を続けていくことにもなりかねません。持続可能な社会を子どもたちとともにみんなで作っていく、そのような教育を幼児期から始めていくことができるはずです。教育が社会を変えていく、教育から持続可能な社会を創造していく、そのような仕組みの構築が幼児期から目指され、きめ細やかなガイドラインや実践の手引きが存在するドイツの取り組みから学ぶ点は少なからずあるのではないでしょうか。

*1:ハンブルクは、ドイツ北部の港湾都市で「自由ハンザ都市ハンブルク」と呼ばれています。行政区画上単独で州(都市州)となっています。ドイツは16の州から構成される連邦制国家であり、各州に大きな権限が委ねられています。そのため、州ごとに、文部科学省や厚生労働省に相当する省があり、それぞれの州が独自の教育計画や手引きを出しています。
*2:Behörde für Arbeit, Soziales, Familie und Integration(2012). Hamburger Bildungsempfehlungen für die Bildung und Erziehung von Kindern in Tageseinrichtungen.
 このハンブルク州の教育計画については、下記拙稿にその詳細が記されています。
木戸啓絵(2023)「持続可能な社会への変容と行動を促す保育―ドイツ・ハンブルク州の教育計画分析―」日本保育学会『保育学研究』第61巻(2022年10月9日受理、2023年発行予定)
*3:日本の文部科学省、厚生労働省にそれぞれ相当する省庁の手引きが刊行されていますが、ここでは後者の手引きの方を取り上げ見ていきたいと思います。

  • 文部科学省に相当する省庁の刊行した手引き:
    Behörde für Schule und Berufsbildung (2020) KLEINE KINDER –Bildungsprogramm für Vorschulklassen in Hamburg. Lehmann Offsetdruck und Verlag GmbH.
  • 厚生労働省に相当する省庁の刊行した手引き:
    Save Our Future–Umweltstiftung; Behörde für Arbeit, Soziales, Familie und Integration (2019). Kitas auf dem Weg in die Zukunft–Bildung für eine nachhaltige Entwicklung in Kindertageseinrichtungen gestalten.PerCom Druck- und Vertriebsgesellschaft mbH.

*4:シャッツキンダー(Schatzkinder)とは宝物の子どもたちという意味。
*5:KITA21とは、北ドイツを中心に広がる持続可能性をテーマにしたプロジェクト。

世界を変えるのは私たち! 各国で注目されるテラ・カルタの絵本

世界が注目するテラ・カルタ絵本

 第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)のサイド・イベントで素敵な絵本に出会いました。
 「学び!とESD」Vol.24及びVol.25でお伝えしたとおり、COP26は教育が主要なテーマとして位置づけられた画期的な会議でした。メイン会場で行われる議論と平行して、学習や教育をテーマにしたサイド・イベントも積極的に開催され、その中にCOP26に合わせて刊行された絵本の紹介企画がありました。それが今回、ご紹介する『イッツ・アップ・トゥー・アス~自然と人々と地球のための子どものテラ・カルタ~』(原題 It’s Up to Us: A Children’s TERRA CARTA for Nature, People & Planet、邦題は仮訳)です。
 主題を直訳すると「私たちしだい」。つまり、世界を持続可能にできるのは私たち自身なのだ、という希望のメッセージを子どもたちに届け、実際にアクションを起こしていこうという思いのもとで創られた絵本です。すでにイギリス、オーストラリア、米国、トルコで翻訳・刊行されており、イタリア、オランダ、ギリシャ、クロアチア、スペイン、台湾、ドイツ、デンマーク、フランス、ベトナム、ベルギー、日本などでも発刊予定です。
 副題を見てわかるとおり、前号でお伝えしたテラ・カルタの重要性について描かれた絵本でもあります。著者はクリストファー・ロイドさん。子ども向けのノンフィクション作家であり、日本でも『137億年の物語』などの著者として知られています。世界各地から33人のアーティストが選ばれてイラストを描き、物語を読み進めると、ページごとに異なる表現の世界が広がる構成です。
 本文の目次は次の通りです。カッコ内は各部で扱われている主なトピックです。

第1部:自然
(動植物、微生物、空気・土・海、生命の星)
第2部:人々
(豊かさの両面、地球を汚す人間たち、絶滅する動植物)
第3部:地球
(地球の誕生と二酸化炭素、森林火災や洪水など地球温暖化がもたらす問題)
第4部:テラ・カルタ
(地球のための行動計画、再生エネルギー、生き生きとした動植物、賢い消費、先住民の叡智、自然を中心に考えるということ、「変えるのは私たち!」)

 以上の本文に続いてテラ・カルタの前文が再掲され、イラストを描いた世界中のアーティストの紹介ページもあります。
 第1部の直前にはチャールズ皇太子みずからが序文を寄せており、自然に対してユニークな好奇心を抱いている子ども時代のことや、私たち自身が自然の一部であるということ、そして「世界に必要とされていることは、各地の子どもたちがどんな未来を創りたいのかを想像してもらうこと」などが綴られています(関連のウェブサイトのビデオも参照)。

子どもに未来を描いてもらうということ

 ロイドさんも数々のインタビューで語っているように、特に若者をエンパワーするため、つまり地球温暖化など相当に厳しい状況にある世界情勢の中でも自分たち自身が世界を変えられるんだという思いをもってほしい、という願いのもとに、この絵本は作られました。
 ロイドさんもテレビ局のインタビューで語っているように、世界の持続可能性を実現するのに大事なのは、植樹や節水などのアクションにとどまりません。この世界はどのように成り立っていて、いかなる問題があり、またどう解決できるのかを子どもたちに伝えること、そして望ましい未来を共に想い描くことができるようにすることが重要であると言えましょう。
 確かに、絵本の第2部で描かれているような食料やゴミの問題、つまり世界の持続不可能な現実を園児や小学生に見せてしまうと、希望が持てなくなり、成長してから環境に関心さえ持たなくなるという主張もあります。しかし、この絵本の妙味は、世界の現実について説いても、不思議と希望へと導かれるところにあると言えましょう。おそらくその背景には、ロイドさんの文章や世界中のアーティストの優しい眼差しを通して彼(女)らの地球への愛が伝わってくることがあるのかもしれません。
 チャールズ皇太子は、絵本紹介のビデオで、ご自身も絵を描くのが好きであることに触れた上で、ひとつの提案をしています。「1枚の紙で、あなた自身が目にしたい未来の絵を描いてみてください」と。皆さんもいかがでしょう?!

*ここで紹介した絵本は本年度内に山川出版社より刊行される予定です。

【関連の英文ウェブサイト(ビデオ)】

持続可能な未来へのテラ・カルタ

マグナ・カルタからテラ・カルタへ

 1215年、マグナ・カルタ(大憲章)がイングランド王国で承認されました。専制君主に苦しむ人々が自らの権利を国王に認めさせた、人権史における画期的な憲章です。普遍的な人権の基礎を築いたと言われるこの憲章の誕生から800年以上の時を経た現在、諸々の権利は人間だけでなく自然にも付与されるべきである、と英国のチャールズ皇太子は力説していることに注目したいと思います。
 チャールズ皇太子がこうした構想をテラ・カルタ(Terra「地球」 Carta「憲章」)と名づけて公表したのは2021年1月のワン・プラネット・サミットでした。その前年1月のダボス会議で皇太子は「持続可能な市場イニシアティブ(Sustainable Markets Initiative: SMI)」を立ち上げ、持続可能な未来に向けて世界のCEOや民間企業が力を結集するように呼びかけています。SMIを更なる推進へと導く提言として生み出されたテラ・カルタは、皇太子によれば、人間によって壊されつつある「地球のリカバリープラン」なのです。
 テラ・カルタ誕生の背景には、国家に負けず劣らず地球温暖化の責任を担うべきグローバル企業をはじめ、民間セクターの本格的な協力なしには救いの道はない、という英国王室の判断があるようです。テラ・カルタは、SDGsの実現を政府や国連まかせにするのではなく、急成長するグローバル企業をはじめとした民間を巻き込みながら、持続可能な未来への展開を一気に加速させるための王室戦略であると言えましょう。

自然を経済活動の中心に

 テラ・カルタはマグナ・カルタと同様に複数の条項から成っています。全体の構成は3部(第1~10条)の構成から成りますが、各々の標題と概要は次のとおりです。

  • 第1部「未来を再想像する」(第1~3条)
    第1条「サスティナブルな産業の創造」
     グローバルな価値創造の中心に置かれるべき「自然と人々と地球」
    第2条「デフォルトとしてのサスティナブル」
     ビジネスモデルや意思決定、行動の前提条件としての持続可能性
    第3条「消費者のパワー」
     持続可能な市場に対して人々がもつボトムアップの力
  • 第2部「ネット・ゼロ及び自然重視への移行に向けた再設計」(第4~5条)
    第4条「産業界のロードマップの促進・調整」
     2050年までに脱炭素の目標を達成する流れの加速
    第5条「ゲームを変革する主体とそのバリア」
     新たな産業構造を変える技術やソリューションの促進と阻害
  • 第3部「持続可能な投資に向けて再びバランスを取り戻す」(第6~10条)
    第6条「持続可能な投資」
     持続可能性のための新たな資産や資金の調達
    第7条「経済の真のエンジンとしての自然」
     サーキュラー・バイオエコノミーやエコツーリズムのように自然の有限性を前提とした経済活動の在り方
    第8条「市場のインセンティブの創造」
     持続可能な市場を想定した税や政策や規制
    第9条「共通のメトリックスや標準の活用」
     SDGs関連の投資を強調したESGなどの世界標準化
    第10条「科学・技術・イノベーションの変化の促進」
     持続可能な未来へのブレークスルーを促進するための研究と開発などの更なる促進

 以上から、社会のあり方を従来の地球資源の無限性を前提とした成長型から、その有限性を前提とした持続可能な開発型へと本格的にシフトさせていくような変革であることが分かります。チャールズ皇太子の言葉を借用すれば、テラ・カルタは「持続可能な未来へのロードマップ」なのです。

試される本気度と教育の可能性

 テラ・カルタの背景には、チャールズ皇太子の自然界に見られる「ハーモニー原則」という思想があります(「学び!とESD」Vol.01Vol.12Vol.13 参照)。現在、私たちが直面する地球規模課題の解決のために、自然界に見出されるハーモニーの諸原則、すなわち「循環」や「多様性」「相互依存」等々の智慧から学び、科学や技術、デザインや生産活動に活かすべきであるという思想です。テラ・カルタはこうした思想に裏打ちされた憲章なのです。
 テラ・カルタを支持する「サポーター」は現在、400社以上に上り、地球の持続可能性にコミットすることが期待されています。具体的には、地球規模の気候、生物多様性、健康を脅かす問題に対して行動すること、人々の健康をはじめ地域や経済、地球資源(土や空気や水)の健康を回復すること、脱炭素社会を2050年までに、できればさらに早期に実現すること、などが目指されるべき努力の方向性です。
 グローバル化の時代においては、地球温暖化に大きく加担しているグローバル企業をはじめとする民間の活動の影響力を無視できないことは明らかです。おそらくその勢力は今後も増していくことでしょう。テラ・カルタはこうした趨勢に対して再考を迫り、経済活動の中心に「自然・人々・地球」を据えることを提唱するチャレンジであると言えます。
 しかし、こうした「覚悟」を経済活動の基軸に据えた企業はどれほどあるのでしょう。わずかな例外として、パタゴニアのように「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」ことを公然と標榜する企業はありますが、そこまでの倫理的なスタンスもしくは生きざまをどれほどの企業が打ち出せるかは未知数であり、サポーターを表明したグローバル企業はその本気度が問われていると言えるでしょう。
 気候危機の脅威が迫る中、そんな気長なことは言っていられない、とお叱りを受けるのを承知で言うならば、上記のような倫理は中長期的に育まれてこそ、持続可能な形で社会にしっかりと根付くと言えましょう。ESDのチャレンジもこの点に見出されます。持続可能な社会の基盤をつくるにはまずは幼児期からの育みが重要であり、次号では、このテラ・カルタのスピリットを受け継いだ絵本を紹介します。

【参考文献及びURL】

ユネスコの最新報告書 2050年に向けた「教育のための新たな社会契約」

これまでのユネスコの報告書

 2021年11月に国際教育科学文化機構(以下、ユネスコと表記)によって報告書“Reimagining Our Futures Together: A New Social Contract for Education”(『私たちの未来を共に再想像する:教育のための新たな社会契約』)が刊行されました。これまで、ユネスコによる報告書は約四半世紀に一度の期間で刊行されており、1972年の報告書“Learning to be”(『未来の学習』)と1996年の報告書“Learning: the treasure within”(『学習:秘められた宝』)に続く、重要な報告書として公表されました。
 “ESD for 2030”(*1)のように10年前後を想定した教育論が通例であるのに対し、より長期的な未来を見据えた内容であることや委員長としてアフリカ出身の女性が選ばれたこと、欧州中心主義から脱した脱植民地主義の価値観が反映されていることなどが報告書の興味深い特徴として挙げられます。

最新報告書『私たちの未来を共に再想像する:教育のための新たな社会契約』

 私たちの世界は、気候変動や感染症などの世界規模の諸課題によってさらに不確実性が増しています。そのような現実に直面している中で、どのように持続可能な未来を実現していく必要があるかを問い直す提案がされています。SDGs(*2)のその先の未来を視野に入れた2050年の教育について論じられており、すべての人たちが持続可能な未来を再想像するための対話の契機として位置付けられた報告書です。

図1 『私たちの未来を共に再想像する:教育のための新たな社会契約』表紙
出典:UNESCO Digital Library
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000379381

教育のための新たな社会契約

 では、報告書の副題である「教育のための新たな社会契約」とは何でしょうか。これは、「人との関わり」「地球との関わり」「テクノロジーとの関わり」という3つの関係性を再構築することを目的としています。この社会契約を支える原理原則として、「生涯を通じて質の高い教育の権利が保障されること」及び「公共の取り組みや共通善として教育を強化すること」の2つが示されています。

報告書の構成

 報告書は、次のような9つの章と3つのパートに分かれて構成されています。

第1部 過去の約束と不確実な未来のつながり

第1章 より公正な教育の未来に向けて
第2章 ディスラプションと立ち現れる変容

第2部 教育の刷新

第3章 協力と連帯の教育学
第4章 カリキュラムと進化するナレッジ・コモンズ
第5章 教師の変容
第6章 学校を守り、学校を変容させる
第7章 異なる時空を超えた教育

第3部 教育のための新しい社会契約への触媒

第8章 研究とイノベーション
第9章 グローバルな連帯と国際協力への要請

 第1部では私たちが置かれている世界の不確実性について、第2部では第1部で示された時代背景に求められる教育の諸課題や刷新などについて、第3部ではさらなる研究や変革、国際協力への提言などが述べられています。また、第2部以降の各章末では、その章の「教育のための新たな社会契約」における原理原則についてまとめられています。
 例えば、第5章では、教師が知識の生産者及び教育と社会の変革の重要な担い手として認められるために、さらなる教育の変革が提案されています。その原理原則として次の4点が挙げられています。

教師という仕事をコラボレーションとチームワークによって特徴づけること
教師が知識、反省、研究を生み出すこと
教師の自立と自由に向けた支援をすること
教育の将来についての公開討論や対話に教師が参加すること

3つの「根本的な問い」

 「教育のための新たな社会契約」をみんなで練り上げるということは、未来を再想像するための重要な一歩であると報告書では強調されています。そのため、「教育のための新たな社会契約」において提言されている2050年に向けて問われるべき3つの根源的な問いを最後に共有します。

What should we continue doing?
私たちは何を継続するべきなのでしょうか。
What should we abandon?
私たちは何をやめるべきなのでしょうか。
What needs to be creatively reimagined?
何を創造的に再想像する必要があるのでしょうか。

 この3つは答えを提示するためではなく、対話を促すための問いです。まずは、何を残し、何をやめ、どのようなことを新たに創造していくのかについての対話をしてみるのはいかがでしょうか。

*1:“Education for Sustainable Development: Towards Achieving the SDGs”(「持続可能な開発のための教育:SDGs達成に向けて」)の略称。2019年12月の第47回国連総会で採択された2030年までの枠組みであり、SDGsを実現するための教育としての位置づけをこれまで以上に強調されている。
*2:Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)の略称で、2030年までに達成すべき17目標と169の指標からなり、持続可能な社会の実現を目指した世界共通の目標として位置づけられている。

【参考文献】

  • UNESCO (2021) “Reimagining our futures together: a new social contract for education”,
    https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000379381 (2022年6月29日閲覧)
  • 永田佳之, 国際理解教育学会編著 (2022) 「私たちの未来を共に再想像する:教育のための新たな社会契約」『現代国際理解教育事典 改訂新版』, 明石書店, 312-315頁.

「フリースペースえん」の実践 ~「いのち」に寄り添う「居場所」づくり~

「生きている」ただそれだけで祝福される場

 「誰もが『生きている』ただそれだけで祝福される、そんな場をみんなでつくっていきたい。」このような思いをもちながら、30年もの間、学校や家庭、地域に居場所を見出せない子どもたちに寄り添ってきた場所があります。「フリースペースえん(以下、「えん」)」と呼ばれる公設民営のフリースペースです。神奈川県の「川崎市子ども夢パーク」の一角にあり、認定NPO法人フリースペースたまりばが運営しています。冒頭の言葉がまさに体現される「えん」の姿は、SDGsの掲げる「No one will be left behind.(誰一人取り残さない)」と大きく重なります。実際に「えん」での活動は、SDGsゴールの4(質の高い教育をみんなに)の観点から、神奈川県の紹介する「SDGsアクション in かながわ」で取り上げられています。優良なESDの事例として、「ESDグッドプラクティス10事例」の一つに選ばれたこともあります。今回は、この「えん」の実践をご紹介します。
 「えん」の子どもたちは、来る時間も帰る時間も、どのようにして過ごすかも、すべて自分で決めることができます。一見すると、様々な子どもたちが様々なところで様々なことをしている、「混沌」とした場です。なぜ「えん」での実践が、持続可能な社会の実現につながると言えるのでしょうか。

「いのち」を中心に据えた場

 第一に、「えん」では「いのち」が何よりも尊重され、すべての子どもたちが否定されたり排除されたりせずに、ありのまま「存在」しています。土台にあるのは、既存の制度に子どもを押し込めようとするのではなく、「子どもの『いのち』のほうに制度や仕組みを引き寄せる」という考え方です。学校的な評価のまなざしはもちろん、世間の当たり前による比較も区別も存在しません。障害の有無や国籍の違いを超えて、多様な個性があたかかく受け入れられています。「いのち」や多様性の尊重は、ESDの中でも大切にされる価値観です。このような場は子どもたちの安心・安全を保障し、「やりたいこと」への一歩を後押しする力ももっています。
 子どもたちの最善の利益を守るために、「えん」が拠り所としているのは、「川崎市子どもの権利に関する条例」です。この条例は子どもの権利条約を土台として、市民や子どもを巻き込んだ話し合いのもとにつくられました。

写真1 「川崎市子ども夢パーク」や「えん」の至る所に「川崎市子どもの権利条例」についての掲示がある(筆者撮影)

① 安心して生きる権利
② ありのままの自分でいられる権利
③ 自分を守り、守られる権利
④ 自分を豊かに、力づけられる権利
⑤ 自分の決める権利
⑥ 参加する権利
⑦ 個別の必要に応じて支援を受ける権利

表1 「川崎市子どもの権利に関する条例」が保障する子どもの権利

「えん」での学びを支える「つながり」

 第二に、「えん」にはたくさんの「つながり」があります。「つながり」はESDでも重視される観点です。「えん」の「混沌」の中に居心地の良さがあるのは、異質な個性が緩やかにつながり合っているからでしょう。子どもたちと過ごしていると、「どんなこともできる自由な存在」、「どこかに弱さを抱えた存在」として、お互いを認識し合っている感じがします。それは大人に対しても、動植物のような人間以外の存在に対しても、例外ではないようです。「えん」では日々の暮らしを丁寧に積み重ね、夢中になって遊ぶことを通して、五感を存分に使い学んでいます。その中には、「えん」に出入りする大人たちも参加します。多様な立場や世代の人と共に参加体験型で学ぶことは、ESDでも推奨されている学びの方法です。日常の暮らしや多様性、五感など、従来の学校教育からこぼれてしまったものとの「つながり」が、「えん」での学びを支えています。

食に見る「えん」での「ケア」

 第三に、「えん」には「ケア」が行き渡っています。持続可能な開発に「ケア」は不可欠な概念です。「えん」で特に大切にされる「食」は、最も「ケア」に溢れていると感じられる一場面です。「えん」での昼食は、誰でも250円で食べられます。食材には、買い出しに行ったり畑で採れた野菜を使ったり。寄贈された物を使うこともあります。その日の食材を眺めながら「どうやって食べようか。」と対話が始まり、栄養バランスも考えながら献立が決まります。完成すると子どもたちが集まってきて、机を囲いながらみんなでいただきます。食べ終えた後の生ごみは、コンポストへ入れられます。一連の様子から、自分や他者、そして環境にも配慮しながら、日々の暮らしの中心である「食」が営まれていることが分かります。
 「えん」では子どもと大人で話し合って、毎月11日を「震災めしの日」と決めています。その日は買い出しをせずにあるものだけでつくり、昼食代を被災地への支援に充てます。どこまでも「いのち」に寄り添う姿勢が伝わります。

写真2 畑の横に置かれたコンポスト(筆者撮影)

 ESDの課題として、環境面でのケアに比べて社会・経済面でのケアが弱いという指摘もありますが、「えん」では子どもの「いのち」を出発点に、奥深いバランスのとれたESDが展開されています。全国に20万人近くいると言われる不登校の子どもたちを含め、「誰一人取り残さない」教育へ向けて、「えん」の実践には多くのヒントがありそうです。

  • 「えん」をはじめとする認定NPOフリースペースたまりばの活動については、次のリンクをご覧ください。
    https://www.tamariba.org/
  • 7月に『ゆめパのじかん』という映画が公開されます。「川崎市子どもの権利に関する条例」に守られ、「川崎市子ども夢パーク」で自分らしく過ごす子どもたちの姿から、さらに多くを学ぶことができるでしょう。公式ホームページは次のリンクから見ることができます。
    http://yumepa-no-jikan.com/

ホールシティ・アプローチの展開 ~ドイツ・ハンブルク市の取り組み~

ESD先進都市~ハンブルク~

 ドイツ北部に位置する自由ハンザ都市ハンブルク(*1)(以下、ハンブルクと表記)は、ドイツ最大の港街であり、国際会議や見本市も開催されるなど、工業とサービス業の重要な中心地です。ハンブルクでは、持続可能な社会の実現に向けた様々な取り組みが続けられています。こうした活動が評価され、ハンブルクは、2019年にユネスコ学習都市に関するグローバルネットワーク(UNESCO GNLC:Global Network of Learning Cities)のメンバーとなりました(*2)。さらに、同年にESDグローバル・アクション・プログラム(GAP)のキーパートナーにも指定されています。今回は、持続可能な社会を目指してESDを街全体で推進しているドイツ・ハンブルクの取り組みを紹介します(図1参照)。ハンブルクの取り組みは、持続可能性について街や市全体で実現していく「ホールシティ・アプローチ」の活動そのものです。

図1.ハンブルクにおけるESD(*3)(出典:ハンブルク市作成資料より筆者訳出)
https://www.hamburg.de/contentblob/13946516/a47014acbe1d83f1364fd0b64f052fcc/data/vortrag-1-hamburger-masterplanbne-ralf-behrens-bue.pdf ](2022年5月3日閲覧、以下同じ)

街全体で持続可能性を学び実現していく~HLNの存在~

 ハンブルクには、ESDの活動や団体(アクター)が集まる大きなネットワークが存在しており、その中心的な役割を担っているのが「HLN」(Hamburg lernt Nachhaltigkeit)「ハンブルクは持続可能性を学ぶ」という自治体と市民との共同イニシアティブです。HLNは、2005年にハンブルク政府により設立され、ESDに取り組む行政当局、様々な施設、団体、ネットワーク、個人等を構成員とする団体です。多岐にわたる関係者が連携し、市全体で持続可能性に取り組む実践が評価され、HLNは2019年のユネスコ/日本ESD賞(*4)を受賞しています。HLNに見られる行政と市民のこのようなネットワークは、ドイツ国内だけでなく世界中の自治体のモデルとなっています。

ハンブルク・マスタープランESD 2030

 2021年9月ハンブルク市は、2030年に向けて「ハンブルク・マスタープランESD 2030(Hamburger Masterplan BNE 2030)」を策定しました(以下、マスタープランと表記)。この計画は、2017年から2019年にかけて作成され、139名もの人々が計画策定に関わりました。そのうち、省庁・学校・大学といった公的な機関からは49名、教会・財団・連盟・NPO・保育施設といった様々な領域の市民が関わる団体からは90名が集結しました。このマスタープランでは、教育によってハンブルクを持続可能な社会にしていくことが目指されています。この計画文書は全体で44ページにわたり、幼児期から生涯にわたるあらゆる場面で、ESDを学び実践するためにどのような対策を講じていくかについて具体的に提示されています。教育分野を「幼児教育」「学校教育」「職業教育」「高等教育」「学校教育以外の学び(außerschulische Bildung)」「地域での学び」という6つに分けて、それぞれの分野におけるESD推進に関する目標と目標達成に向けた具体的な対策がまとめられています。

図2. ハンブルク・マスタープラン ESD 2030表紙(出典:ハンブルク市ホームページより)
https://www.hamburg.de/contentblob/15185278/1330dfec0260370d6eb591789abc5dd0/data/masterplan-bne.pdf

 マスタープランでは、各教育分野において、複数の行動フィールドが設定され、それぞれのフィールドにおける目標と目標達成に向けた具体的な対策が示されています。例えば、1つ目の教育分野である「幼児教育」では、行動フィールドが5つ示され、フィールドごとに目標と対策に関する説明が続きます。ハンブルクでは、2012年に改訂された「ハンブルク州教育計画」(Hamburger Bildungsempfehlungen für die Bildung und Erziehung von Kindern in Tageseinrichtungen)の中に、すでにESDに関する記載が盛り込まれています。しかし、教育計画に文言として記載するだけでなく、より実践レベルで子どもたちの生活と関連づいた形でESDを展開していくために、マスタープランでは、教育計画、教員研修、園運営における持続可能性などについてさらなる目標と具体的な対策が掲げられています。なお、「ハンブルク州教育計画」は、日本の幼稚園教育要領等にあたるもので、州内の幼児教育施設を対象とした法的な拘束力を持った文書です。

ESDをチャンスに!~教育現場や地域社会の課題解決へ~

 ドイツ・ユネスコ国内委員会によって2014年に出された資料には、教育の現場や自治体レベルにおけるESDの捉え方として次のような考え方が示されています。

  • ESDは重要なチャンスを提供する。
  • 教育は「現場で」だけでなく「現場のために」行われることで、地域の社会構造に直接影響を及ぼす。
  • 「自治体はESDのために何ができるか」ではなく、「自治体のためにESDは何ができるか」が第一に問われている。
  • 自治体の政治戦略や開発戦略にESDを結びつけることは、自治体が持つ喫緊の課題の解決に向けた重要な視点やチャンスとなる。

 つまり、教育現場においても、地域社会においても、課題解決に向けてESDが提示するアイディアを活用するという考え方がはっきりとあらわれているといえるでしょう。ESDのために、教育現場や地域が存在するのではなく、私たちの教育現場や地域をよりよいものにしていくために、ESDを活用していくという発想の転換が、行政や教育などあらゆる場面で市民生活全体に広がっていくことで、ESDは新たな価値を生み出す可能性を持っているのではないでしょうか。
 今回紹介したハンブルクの取り組みからは、教育によって、自分たちの地域を環境的にも社会的にも経済的にもよりよいものにしていくという気概が感じられます。コロナ禍も完全に収束する見通しがまだ立っていないところに、ウクライナ危機が勃発したことにより、地球の将来になかなか希望を持てない社会情勢が続いています。ウクライナ危機を受けて2022年4月に、ハンブルク市はウクライナの首都キーウ市と「連帯と未来のための協定」を締結し、人道的支援を行っています。持続可能な社会には、平和と公正が全ての人に保障されていることが重要な要となります。これまでのハンブルクのホールシティ・アプローチの実践からも、教育は決して無力な営みではないことが示唆されています。このような社会情勢にあるときだからこそ、教育によってできることを足元から探していきませんか。

*1:ハンブルク市は、行政区画上単独で州(都市州)となっています。なお、ドイツは連邦制国家であり、各州に大きな権限が委ねられています。
*2:この国際的なネットワークは、持続可能な社会の構築を生涯学習を通じて実現していくことを目指し、ユネスコ生涯学習研究所が中心となり、学習都市の国際的なプラットフォームとして構築されました。
*3:訳注:BNE(Bildung für nachhaltige Entwicklung)は、ESDのドイツ語表記。
*4:ユネスコ/日本ESD賞は、2015年より日本政府の財政支援のもとユネスコにより創設されました。2019年は、国際審査の結果115件の候補案件から、HLNとボツワナ、ブラジルの3団体に同賞が授与されました。

【参考文献】

橋を架ける教育 第11回世界環境教育会議(WEEC)の報告

 第11回世界環境教育会議(World Environmental Education Congress: WEEC)が2022年3月14日~18日の期間でチェコのプラハにてオンサイトとオンラインのハイブリッド形式で開催されました。WEECはユネスコや国連環境計画の政策決定のキーパーソンが登壇するパネル討議を仕掛けるなど、「ESDの10年」やその後のグローバル・アクション・プログラム(以下、GAPと略記)や‘ESD for 2030’(「学び!とESD」vol.18)の方向性を後押しし、教育運動の質を高めることに少なからぬ影響を与えてきたと言えます。本年は新型コロナウィルス感染症や世界情勢が危ぶまれる中での開催となりましたが、400以上のオンサイトでの参加者と170以上のオンラインからの参加者が集いました。特に、WEEC開催前から本会議のプラットフォームであるホームページ上ではウクライナ侵攻に関する声明を表明しており、会議の冒頭においても平和を求める声とともに環境教育やESDが担う役割の可能性についても言及されました。
 今号では第11回WEECの発表の中から具体的な実践研究について紹介します。

出典:WEECのホームページ

WEECとは?

 WEECは2003年に環境教育の領域に関わる世界各国の関係者をつなぐ会議として第1回目が開催され、本年で11回目となります(表1参照)。本会議には主に環境と持続可能性に関する教育に関心を持ち取り組んでいる世界各国の大学教授・政府関係者・国際機関・ジャーナリスト・政治家・企業・NGO等の研究者や実践者らが参加しています。2003年当初は年に一度開催されていましたが、2007年の第4回目以降は2年に一度開催されています。

表1:WEECのこれまでの開催日程およびテーマ

学校を超えたソーシャル・ラーニングとしての
ホールスクールアプローチ

 本会議では「気候危機の時代に橋を架ける」をメインテーマとし、環境教育やESDなど持続可能性に関する教育に通底する理論や実践が発表され、各分科会の発表後には発表者およびその発表を聴講している参加者との議論の時間が設けられました。
 特に「ESDの10年」後のGAPにおいて展開されてきたホール・インスティテューション・アプローチ(ホールスクールアプローチ:WSA)が本会議の13を超える分科会(*1)の一つのトピックとして設定され、実践および研究の双方で議論されていた点は注目に値します。国際的に標準化されつつあるWSAからは日本の実践でも参考になる知見が得られるでしょう。具体的には、ESDにおけるソーシャル・ラーニングの論客であるA. ウォルスによる基調講演にて紹介された以下の6つの要素は批判的にESD実践を考察する上で有効な視点となるでしょう(図1)。5つの要素(教育学と学習、カリキュラム、制度上における実践、地域とのつながり、キャパシティ・ビルディング)が花びらのように中心にあるビジョン、エートス、リーダーシップ、協調によって支えられています。

図1:持続可能性に向けたホールスクールアプローチの6つの要素
出典:A. ウォルスの基調講演およびホームページより抜粋

 6つの要素に関する詳細は下記の通りです(表2)。これらの考案された図表は、表2にある5つの問いを参考に、教師および生徒との対話を重ねながらビジョンやエートスなど学校の中核に据えられる在りたい姿を描き、5つの要素の視点を用いて自身の学校を振り返り、持続可能な学校および学校を超えた地域づくりに取り組むツールとしても活用できるでしょう。

表2:ホールスクールアプローチの具体的内容
出典:基調講演をもとに筆者作成

 今回は多くの講演と発表の中から一つの実践研究を紹介しました。その他にも5日間の会議では、気候危機の時代における複雑性を伴った課題を前に、限定的で閉ざされた学びや教育に対し、開かれた学びや教育へと働きかける研究や実践の重要性が指摘され、学ぶことと生きることが重なり合い、ともに社会を創造する橋渡し役となる教育について議論されました。また、環境教育の論客であるデイビッド W. オーが「環境教育は民主主義の復活と改善のための教育であり、持続可能性と社会正義の原則が組み込まれている」と言及されたように、これまで環境教育で蓄積されてきた知見から学び、新たな実践と理論を創造することが求められていると言えます。ホールスクールアプローチを通して、自己と他者(社会)との関係性に橋が架かる教育的営みを実践してみませんか。

【参照URL】

*1:本会議の初日はこれまで環境教育やESDなど持続可能性に関する教育分野の研究を牽引してきた研究者の基調講演から始まり、2日目以降は気候変動教育、場に根差した教育(Place-based Education)、就学前教育、環境シティズンシップのための教育、人新世時代における環境教育、アート・倫理・環境教育、持続可能性のための行動コンピテンシーおよびキー・コンピテンシー、環境および持続可能性に向けたホールスクールアプローチ、野外環境教育、持続可能な大学、ビジネスセクターと環境教育、地域における変容的超越的学習、ノンフォーマルにおける環境教育など13を超える分科会が実施されました。