ESDと気候変動教育(その15) ナショナル・カリキュラムと若者の力 ―英国・気候変動教育キャンペーン‘Teach the Future’

若者の力

 読者の皆さんは「若者の力(The Power of Youth)」という言葉を聞いて、誰を連想しますか。近年で言えば、2019年にタイム誌「パーソン・オブ・ザ・イヤー(今年の話題の人)」に選出されたグレタ・トゥーンベリさん、または史上最年少で2014年のノーベル平和賞を受賞した女性教育活動家のマララ・ユスフザイさんが強いインパクトを残したかもしれません。さらには今から30年も前の1992年、リオデジャネイロで開催された環境サミットに子どもの環境団体の代表として参加し、「伝説のスピーチ」をおこなったセヴァン・カリス=スズキさんは、「若者の力」の先駆け的存在であったと言えるでしょう。
 彼(女)らのような強い意志と社会に対する危機感をもって立ち上がった若者たちの組織の一つに、以前、「学び!とESD<Vol.24>」で紹介した‘Teach the Future’(未来を教える)があります。持続可能な未来のために私たちが直面している気候変動・気候危機問題を解決すべく立ち上がった、10代の若者が主導する英国のボランティア組織です。
 彼らの主たる目的は、持続可能性と気候変動についてのカリキュラムの抜本的な改革を自分たち若者が主導でおこなうことでした。2022年9月に完成したレポート、Curriculum for a Changing Climate:a track changes review of the national curriculum for England(気候変動のためのカリキュラム:英国カリキュラムの軌道修正レビュー)は、英国のナショナル・カリキュラムの見直しを求めて、初等教育から主要な中等教育の「すべての教科」に対し、持続可能性を求めた気候変動と生態系の危機に対応する教育的要素を導入することを提言しています。

10の原則

 このレポートでは、その柱となる考え方が「10の原則」として示されています。それらの諸原則は「リンキング・シンキング(思考をリンクさせる)」、「建設的な未来へ向けて」、「変容的学習」の3つのテーマに分類されています。

リンキング・シンキング(思考をリンクさせる)
原則1:社会的な不正義と生態学的危機の相互関連性、そしてそれらが気候変動とどのように関連しているかについての認識を深める機会が必要である。環境正義の問題は社会正義の問題でもあり、可能な限りこれを強調するような改正がなされるべきである。
原則2:システム思考は、子どもたちがバイオームの生物的要素と非生物的要素の相互関係を理解するために不可欠であり、人間世界そのものを含めて、時間と空間における複雑で非線形な相互作用も考慮する必要がある。
原則3:持続可能性は価値観を伴う道徳的な問題であるため、政治的かつ多元的となる。改正においては、持続可能性には必ずしも統一的な定義やその適用があるわけではないことを認め、様々な重要事項を明らかにして批判的に評価する機会を提供すべきである。
原則4:持続可能性とは学際的かつ横断的な問題であり、子どもたちは教科ごとに異なる解釈でこの言葉に接することになる。他の学問領域、特に文系・理系間の関連性を見極め、持続可能性の問題をより深く理解するために、多角的な視点がどのように役立つかを子どもたちが学べるよう教師は努めなければならない。

建設的な未来に向けて
原則5:エコ不安に対する認識は非常に重要である。それを理解し、学習やウェルビーイングに悪影響を及ぼす可能性があることを認識し、(アートなどを通じて)不安を明確にしてその声を聞くための機会や手段を提供するべきである。
原則6:私たちのカリキュラムは、自然と人間の独創性の両方に畏怖と驚嘆の念を抱かせるものでなければならない。子どもたちは、科学者、技術者、社会科学者を巻き込んで、人間が自然とともに、また自然を通して複雑な問題を解決し、適応していく方法について学ぶ機会を持つべきである。それにより、不安に直面したときのレジリエンスを養うことができる。
原則7:学習の目的は、子どもたちが行動するための能力と気質を養うことである。これは教科によって異なるが、他者との協働による学習を含むべきである。また多くの場合、社会における地域的・世界的な問題に対して、子どもたちが主導で行動を起こしたり、より広いシステムレベルの変革に取り組んだりすることが必要となる。そのためには、彼らが単純な問題解決と、気候変動のような複雑な問題への取り組みとの違いを理解しなければならない。

変容的学習
原則8:体系的、創造的、批判的思考を育むとともに、不確実な未来や解決できない可能性のある問題を理解し、それに対処する心構えを可能な限り重視すべきである(原則5を念頭におく必要がある)。
原則9:持続可能性の「中で」、「ために」、あるいはそれを「通して」学ぶことは、変容をもたらす可能性はあるが、多くの場合はささやかで漸進的なものである。そのような観点から、できる限りさまざまな種類や目的の野外学習の機会を設けるべきである。そうすることで、レジリエンスを養い、行動力の基礎を築くことができる。
原則10:学校外の地域社会や子どもたち自身の疑問から生まれる予期せぬ学びを推奨し、受け入れる機会を設けるべきである。地域社会との関わりや子どもたち主導の討論の場が奨励される必要がある。

 「教育制度は、気候危機を全ての教科の中心に据える必要がある」というのが、Teach the Futureの理念です。そうすることで未来に向けて子どもたちが気候変動の影響へ高い意識を持ち、冷静に対処する準備をすることができるとしています。環境教育を徹底的に強化したり、SDGsのように目標を立てようとしたりする動きとは異なり、「気候危機をあらゆる教科の中心に置く」、つまり包括的にホリスティックにすることに意味があると主張しているのです。

3・5パーセントルール

 ハーバード大学ケネディ行政大学院教授のエリカ・チェノウェスが『市民的抵抗』という著書で主張する、「3・5%ルール」というものがあります。「ある国の人口の3・5%が非暴力で立ち上がれば、社会は変わる」というものです。グレタさん、マララさんのようにアイコン的存在となるパワーはもちろん重要ですが、このTeach the Futureの組織的パワーも負けてはいません。彼らの国家に対する影響力は決して小さくなく、全教科における国家レベルのカリキュラム(つまり英国国民が共通で学習する内容・目標・教授法・評価法)の改革へ向けた請願活動は、今まさに前進中です。改革が実現し、新しいカリキュラムを通じた教育を受ける子どもたちが、近い将来「3・5%(それ以上の割合)」として社会を変える巨大なパワーとなることを期待せずにはいられません。

 次号では、まさに今、この「若者の力」がどのように政治に影響を与えようとしているのかを詳しくお届けしたいと思います。

【参考文献】

ESDと気候変動教育(その14) 地球規模課題への教育的アプローチ

 これまでESDと気候変動教育に関連するトピックを紹介してきました(*1)。今回は、2022年にニューヨークの国連本部で開催された「教育変革サミット(Transforming Education Summit)」で誕生した新たなプログラムUNESCO「Greening Education Partnership(以下、GEPと略記)」(「学び!とESD」Vol.35 を参照)の最新情報も交えながら、国際機関における議論の進め方について考えます。

出典:UNESCOのホームページ

GEPの誕生

 2021年5月17-19日にドイツのベルリンで開催された「持続可能な開発のための教育(ESD)に関するユネスコ世界会議」の成果文書としてベルリン宣言が採択されました。本宣言には「教育システムのあらゆる段階において、ESDが環境及び気候行動をカリキュラムの中核要素として備えたその基本要素であることを保証する」(*2)と明記されており、この概念は2021年9月のイタリアのミラノで開催された若者のイベント(Pre-COP youth event)や同年11月にイギリスのグラスゴーで開催されたCOP26の閣僚会議でさらに強調され、政治に積極的に働きかけることについても言及されました。
 このような背景から2022年9月に開催された「教育変革サミット」にて、GEPが立ち上げられるに至ります。

出典:GEPの誕生までの変遷(GEPの各ワーキング・グループ主催のウェビナーより筆者作成)

ESDに根差した気候変動教育とは

 日本の政府とNGOが提案し、UNESCOが主導機関となり牽引してきた国際教育運動である「持続可能な開発のための教育(ESD)」は、現在日本社会で浸透しているSDGs(持続可能な開発目標)の10年以上前から教育の在り方を問い続けてきました。また、ESDは世界的にもその喫緊性が共有されている気候変動に対し、“ESD for 2030”(持続可能な開発のための教育:SDGs実現に向けて)と呼ばれる新たな世界的枠組みを通じて、あらゆる年代の学習者が気候変動に対応できるようになることを目指しています。
 GEPで特徴的なのは、ESDの知見を活かした気候変動教育の実践および研究です。「学び!とESD:ESDと気候変動教育(その1)」(Vol.14)でも紹介した「ホールスクール・アプローチ」という手法は、4領域(教授と学習、学校ガバナンス、地域連携、施設と運営)から成る組織全体としてのアプローチです。持続可能な開発の社会的、経済的、文化的、環境的側面に関する知識と技能を促進することを目的としています。
 この「ホールスクール・アプローチ」は“ESD for 2030”のロードマップの中心に位置づいており、学習組織の変革を導く手法としても注目されています。GEPにおいても、この手法を用い、学習組織の文化の変容を促すような努力が進められています。

開かれた議論

 GEPは、相乗的かつ戦略的なプロセスで議論を重ねています。具体的には、次の2点が挙げられます。1点目はGEPで重点的に取り組んでいる4つの柱(①学校のグリーン化、②カリキュラムのグリーン化、③教員養成および教育システムの能力のグリーン化、④地域社会のグリーン化)(*3)それぞれに国連組織等の垣根を越え、異なる組織や団体が協働でコーディネーターを行っていることです。2点目は全世界の教員、研究者、政策立案者等でGEPに関心のある人は誰でも参加できるような体制が整っているところです。
 1点目は、下表のように各ワーキング・グループに2,3団体がコーディネーターとして配置されています。このように、複数の組織・団体が協働で進めていく議論のプロセスは意義深いといえるでしょう。

出典:ワーキング・グループとコーディネーター組織の配置表(GEPの各ワーキング・グループ主催のウェビナーより筆者作成、一部筆者仮訳)

 2点目の参加体制ですが、GEPに参加を希望する方は次のURL(https://secure.unesco.org/survey/index.php?sid=21736&lang=en )にアクセスし、アンケートに回答するとオンラインのミーティングの招待が届きます。関心のある方はどなたでも議論に参加することができます。
 私たち一人ひとりの意思や行動がどのように国際的な教育運動に反映されていくのか、これからの国際機関の役割についても検討できる機会になっています。ご関心のある方はぜひ参加してみませんか。

【参考・引用文献】

*1:次の13回をご参照ください。
Vol.14,
Vol.19,
Vol.20,
Vol.21,
Vol.22,
Vol.23,
Vol.24,
Vol.25,
Vol.26,
Vol.27,
Vol.36,
Vol.37,
Vol.38
*2:ベルリン宣言原文(英語)
https://en.unesco.org/sites/default/files/esdfor2030-berlin-declaration-en.pdf
および ベルリン宣言(仮訳)
https://www.mext.go.jp/unesco/004/mext_01485.html
をご参照ください。
*3:各領域の内容については「“Transforming Education Summit”(教育変革サミット)」(「学び!とESD」Vol.35)をご参照ください。②および③に関しては、Vol.35で紹介されていた名称から変更されています。

SELを通した価値変容の兆し(2) ―「ウクライナ&ロシア 子ども絵画展」による試み―

絵画の力と「いとおしさ」

 前号に続いて「ウクライナ&ロシア 子ども絵画展」(以下、「絵画展」)を通したSELの試みについてお伝えし、ESDで重視されている変容的学習の成果の一端を紹介します。絵画展に関する、大学生を対象とした調査の中で、ロシアによるウクライナへの侵攻について「恐怖」や「悲しみ」「困惑」「無力感」といった否定的な感情を抱いている学生の様子が見られましたが、絵画を鑑賞した後の調査から、学生の温かな気持ちを膨らませる結果が確認できました。

「絵画展を観て抱いた感情(n=133)」筆者作成

 鑑賞後のアンケートの中で、絵画を観て抱いた感情と感想について質問したところ、感情として最も回答が多かった項目が「いとおしさを感じた」(58名)でした。次に、「悲しくなった」(25名)、「驚きを感じた」(15名)、「無力感を感じた」(14名)が続いています。4割以上の学生が、絵画を通して「いとおしい」という感情を抱いたという結果が見受けられましたが、その感情の対象は何を指しているのでしょうか。
 下記の絵画展を観た感想の記述からうかがえます(カッコ内は調査者加筆。それ以外は原文のまま記載しました)。

「(…)子どもの絵にはどこの国でも変わらない純粋さがあるなと感じました。
豊かな自然や人々の笑顔が多く描かれていて、
子どもたちの命を守りたい、無事でいてほしい、
子どもたちの周りの自然や笑顔を戦争によって無くしてほしくない(…)」

「平和であった頃に書いた子どもたちの絵と今の状況を重ねると涙が出る。
いつの時代も、無実な子どもたちの笑顔を奪ってはならないと思った。」

 否定的な感情を抱いていた学生が、子どもという無垢な存在、いとおしいと思える存在に想いを馳せることで、より自分ごととして捉える様子が見えてきました。

平和への一歩は身近な人を思いやる気持ち

 鑑賞後のアンケートでの「あなたは平和のために何ができると思いますか?」という質問に対して、多くの学生が、自分自身の周りにいる人を大切すること、というような回答(*1)をしています。

「大きな事はまだ出来ないと思います。
したくても、何をすればいいのか分からないという気持ちです。(…)
まずは私の周りにいる人に対して優しい気持ち、
互いが生きている喜びを胸に生活して行くことが、出来ると思います。
また、そのように生活しているということを1人でも多くの人に伝え、
その考えを持つ人が増えていけば私も平和へのためになにか出来るのではないか(…)」

「(…)自分の身の回りから小さな平和を作り、その輪を広げていくこと(…)」

 平和への一歩として、周りの身近な人が次の身近な人を大切にすることで、少しずつ想いが広がり、その輪が徐々に浸透し、コミュニティ単位での平和な営みも実現できるのではないかというような考え方を学生が持っていることがわかりました。

ESDの一つの手法としてのSELの効用

 冒頭でもお伝えしましたとおり、絵画展はSELの試みでもあり、ESDの一つの目的である価値変容の兆しが見受けられましたが、今回、浮きぼりになった課題もあります。学生自身が中心となって、家族や友人への働きかけを試みることは非常に重要なことでありますが、ソーシャル・アクション、つまり、ESD for 2030(*2)でも強調されている持続可能な社会の実現へ向けた行動に関する回答が少ないことから、社会の一員として活動することへの意識づけの困難さも見える結果となりました。

*1:他にも、現実について知ること、また、お祈りや募金、反対運動、選挙での投票などの行動を起こすことというような回答が見られました。
*2:「学び!とESD」Vol.07, Vol.08, Vol.09, Vol.18

SELを通した価値変容の兆し(1) ―「ウクライナ&ロシア 子ども絵画展」による試み―

「ウクライナ&ロシア 子ども絵画展」(*1)による試み

 2022年2月24日、ロシアによるウクライナへの侵攻が始まり、まもなく1年と半年が過ぎようとしています。侵攻に関する報道に接し続ける中で、いつの間にか私たちは侵攻という事実に慣れてしまってはいないでしょうか。
 「ウクライナ&ロシア 子ども絵画展」(以下、「絵画展」)は、少しでも平和への希望を紡いでいく一助となれれば、という主催者の思いのもと、侵攻の約2ヶ月後に開催されました。また、想像力の危機の時代とも言われる現代において両国の子どもたちが何気ない日常を描いた絵画を鑑賞することで平和への想いを共に重ねることができれば、と願う気持ちも乗せている展示企画です(*2)
 ここでは、大学生が絵画展を通して何を学び、どのように意識を変えたのかに関する、アンケート調査から明らかになった結果をいくつか紹介します。「国連ESDの10年」の当初から、ESDは「平和で持続可能な未来」に向けた営みとして開始されましたが(*3)、持続可能な未来の方は強調されてきたのに対して、平和の課題はやや疎かにされてきたのではないでしょうか。「国連ESDの10年」の開始から20年近く経つ現在、世界情勢を見るにつれ、平和の課題も再考する必要性は高まっていると言えましょう。なお、絵画展で試みられたアプローチは、近年、ESDで重視されている学習手法「SEL(社会情動的学習)」(*4)(「学び!とESD」Vol.04, Vol.42, Vol.43)に位置付けられます。絵画の鑑賞という具体的なプログラムを用いた試みを読者の皆さんと共有することで、ESDの実践を豊かにする一歩になると思います。

「絵画展」の概要

 この絵画展は、2022年5月5日〜7月7日にかけて約2ヶ月の間、聖心女子大学で開催されました。そこでは、ウクライナとロシアの子どもたちが侵攻以前に描いた日常の絵を展示し、展示最終日が七夕でもあったため、来場者が自由に自分の想いや願いを記すことができるよう笹と短冊を置く工夫が凝らされました。

「ウクライナ&ロシア 子ども絵画展 
―平和の再想像へ―」のポスター
出典:聖心女子大学グローバル共生研究所(2022)
※クリック or タップでPDFが開きます。

調査の概要

 筆者らは、該当の授業履修者である大学生155名(うち有効回答数は133名)を対象に、絵画を鑑賞する前と後の計2回のアンケート調査を実施し、鑑賞を通した学生の変化を検討しました(*5)。アンケートの質問項目については、下記のとおりです。

① 鑑賞前について

  • 軍事侵攻(以下、「戦争」)以前の国旗の色に関する知識
  • 今回の戦争に関する気持ち
  • 「絵画展」鑑賞前の両国に対する印象

② 鑑賞後について

  • 「絵画展」を観ての感想
  • 「絵画展」を観て抱いた感情
  • 「戦争」が始まってからの行動
  • 自分自身が平和のためにできること
  • 「絵画展」鑑賞後の両国に対する印象

ロシアへの印象の変化から見えた二極化的思考と向き合う学生の姿

 共通の質問として示したように、両国の印象について鑑賞前と鑑賞後にそれぞれアンケートを行ったところ、ロシアの印象の変化が興味深い結果になりました。鑑賞前は否定的な印象を受けている学生が全体の約半数(48%)を占めていましたが、鑑賞後では、否定的な印象の学生が全体の約5分の1(17%)に減少しました。また、肯定的な印象を受けている学生は、鑑賞前の時点では全体の1割強(14%)に留まっていましたが、鑑賞後では3割(34%)を占める結果となりました。絵画鑑賞を通して、ロシアに対する印象が大きく変化したことが伺えます。

「ロシアへの印象(n=133)」 筆者作成

 実際に、鑑賞前後での印象の変化があったと回答した学生に、記述を求めたところ、自身の持っていた偏見や二極論に対する言及が複数、見受けられました。ここでは、回答の一部を紹介します(カッコ内は調査者加筆)。

「冷たい国というイメージが強く、
子どもたちの絵にも冷たさが見られるのではないかといった偏見を自分の中に持ってしまっていたが(…)絵を(見て)その考えはなくなった。」

「ロシアはとても大きくて軍事的にも強く、冷たいイメージがありました(…)
様々な場所でいろいろな経験をし、たくさんの感情を生み出しながら学んでいく姿を想像して、温かく学びの多い国なのではないかというイメージに変わりました。」

「ロシア、という国とロシア人は、異なって考えなければならない(…)
国自体には、印象は変わりませんが、ロシアの人々は、文化を愛していると思いました。」

 鑑賞以前は、「冷たい」や「軍事的な」印象を持っていたのに対し、子どもたちの描く日常の風景を鑑賞することで、「温かい」といった肯定的な印象に変化した学生が多く見受けられました。また、鑑賞前は国を構成する人や政治、文化をロシアとして、ひとくくりに捉えていた様子がありましたが、鑑賞後では、何気ない印象やステレオタイプにとらわれない様子が伺えました。
 ロシアに対して約半数の学生が否定的な印象を持っていたにも関わらず、鑑賞後では5分の1に留まった理由として、国をひとくくりとして捉えることで受け止めるのではなく、国を構成する多様な実相を認識することで、二極的なものの見方に絡め取られない姿勢の習得が垣間見える結果となりました。

 次号でも引き続き、大学生の意識の変化を紹介しつつ、絵画を通したSELの取り組みについて考えていきます。

【参考文献】

*1:聖心女子大学グローバル共生研究所主催の「ウクライナ&ロシア 子ども絵画展」に関しては、次のリンクよりご覧いただけます。
https://kyosei.u-sacred-heart.ac.jp/event/20220505/
*2:聖心女子大学グローバル共生研究所(2022)「ウクライナ&ロシア 子ども絵画展 ―平和の再想像へ―」(ポスター)
*3:UNESCO(2005)“United Nations Decade of Education for Sustainable Development (2005-2014): international implementation scheme”
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000148654
*4:SELについては「学び!とESD」に加え、次の文献をご参照ください。
神田和可子「社会情動的学習(SEL)」(日本国際理解教育学会編『現代国際理解教育事典 改訂新版』明石書店、2022年刊、所収)
*5:調査に関しましては次の資料をもとに紹介しています。
安藤穂乃佳, 永田佳之(2023)「アートは〈平和の文化〉に貢献できるのか―ウクライナ及びロシアの子ども絵画を鑑賞した大学生アンケートの分析と課題―」(日本国際理解教育学会第32回研究大会自由研究発表第18分科会配布資料)

地球規模課題とSEL(2) 気候変動詩の試み~その2~

1.若者に広まる「エコ不安症」

 米国イエール大学の研究者による調査によれば、米国人の40%以上が気候変動に対して「嫌悪感」や「無力感」を感じており、こうした症候群は「エコ不安症」と呼ばれているそうです(*1)。自分でもコントロールできない気候変動という現象への対処の仕方が分からないため、また明確なガイドラインもないため、多くのセラピストが「エコ不安症」に関する相談者の不安を病気であると診断してしまうなどの報告がなされています。また、セラピスト自身が気候変動などの環境破壊に対して自身の感情に十分な対処ができず、ましてや相談者の感情に対処などできないという指摘もなされています。こうした不安や無力感への対処法としては市民運動に参加したり、自然の中で過ごしたり、マインドフルネスの時間をもって心を落ち着かせたりすることなどが勧められているようです。
 アメリカのみならず、若者と日常的に接する教師にとって気候変動は従来に見られなかった新たな問題を提起しているという見方ができるでしょう。これまでの号でも指摘してきたように(「学び!とESD」Vol.36, Vol.37)、こうした事態に応答する教員養成やカリキュラム作りは世界的な喫緊の課題です。
 気候変動という新たな事態に対して、近年、ユネスコやOECDがその重要性を強調しているSEL(社会情動的学習)は、今後も「エコ不安症」への対応が必要な若者にとって有効な学びのあり方であると言えましょう。前号に続いて以下に、問題解決のヒントとなり得る気候変動詩の試みを紹介します。

2.希望をもって危機を乗り越える

 気候変動に関する知識を授けた後に創作してもらった学生の詩を紹介します。次に掲げるのは、SDGsやESDで重視されている「変容」に関する詩です。ちなみに、この詩は、左からも右からも読めるように工夫して作られています。

 おそらく授業で扱った、地球の限界を図示したプラネタリー・バウンダリーを念頭に、また世界各地での干ばつや豪雨を想い浮かべ、この作者は世の中で価値が置かれている学歴やお金、経済成長との対比において「いのち」の大切さを、そして「人々の変容」の重要性を訴えています。
 詩作をした学生の中には丁寧な解説を付したり、絵を付けたりするものも珍しくありません。この詩に付された「解説」には「地球の未来はこの詩と同様に人しだい」であると記されていました。私たち大人にとって手厳しい言葉もあるものの、希望の表明でもある詩だと言えましょう。
 興味深いことに、地球規模の問題という苦境を希望をもって乗り越えようという姿勢を読み取れる学生の詩は珍しくありません。次の詩は力強く、リズミカルな響きを醸し出しています。

 この作者も解説を加えているので、次に紹介します。

(前略)永久凍土や氷河は凄まじい勢いで溶け始めており、溶けた氷は島を覆っていく。溶けた氷で狩場を失い、やせ細ったシロクマは、えさであるアザラシを探して歩き続ける。また、干ばつでひび割れた大地からは、生気は感じられない。豊かさを求めて、気候危機から逃れるように、人間も移動を強いられる。 みんなの歩みは止まらない。開発は続き、その被害も進む一方。私もその社会の一 員。だが、私はこうした人間を中心とした社会に疑問を抱き、立ち止まる。自分ができることは何か、どう行動していくか、自分の頭と心で考えて、そこに向かってまた歩を進める。人間の開発の歩みによって、踏み荒らされる地球。住む場所を奪われ、必死に歩まなければならない動物や人間。疑問を感じて立ち止まるが、また希望を信じて歩み始める自分。どんな困難があっても生きていかなければならない命の宿命。これらをすべて「歩く」という言葉に詰め込んだ。

 若者たちの詩を読んでいて、物質的な豊かさを享受して気候危機に加担してきた私たち大人世代がいまだに成長神話に囚われているのとは対照的に、彼(女)らはある種の覚悟を決めているのかもしれないと思うことがあります。現実を直視した上で、それでも希望をもって生きようとする決意の姿勢は力強いと言えましょう。これまでも解説をしてきた「ESD for 2030」(「学び!とESD」Vol.7, Vol.8, Vol.9, Vol.18)では、これからの時代を生きる私たちには「勇気と根気強さと決意」が求められると明記されています(*2)。この国際社会からの要請においても若者たちは大人世代の先を行っているのではないでしょうか。

【参考文献】

*1:朝日新聞「気候変動への無力感、どう向き合う 心に影響、米国で広がる『エコ不安症』」(2021年5月21日)
*2:ESD for 2030 全文(英文)
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000370215

地球規模課題とSEL(1) 気候変動詩の試み~その1~

1. SELの重要性

 世界的に著名な歴史学者であるユヴァル・ノア・ハラリが語るように、数年前まで気候変動を否定し、心配するに値しないと語っていた人々が「もう手遅れだ」「この世の終わりだ」と言い始めています。ハラリは従来に見られた否定の態度と同様に絶望の態度もまた危険だと主張します(*1)。予測困難な現代社会に生きる私たちに求められているのは、極論に引っ張られないグレーゾーンにとどまる力なのでしょう。
 こうした気候危機の時代に求められる学習方法としてユネスコはESDを推進する上でSEL(社会情動的学習)の重要性を説いてきました。SELとは、冷静に自己を捉え、他者との関わりを通して社会的なコンピテンスと感情的なコンピテンスを育む教育プログラムを指します(*2)「学び!とESD」Vol.37に示したような気候危機の時代を生きていく若者たちにとっては、知識習得の学習のみでは人生の舵取りには不十分であり、SELの重要性は増していると言えるでしょう。
 しかし、いざ実践となると、とかく情緒的なやり取りに終始してしまったり、気候変動教育の知的側面を軽視してしまったり、かえって悲観的になってしまったり、さまざまな課題に直面してしまう教師も少なくないようです。
 こうした課題に留意しつつ、筆者は気候変動という次世代を不安に駆り立てる典型的な地球規模課題をテーマに、SELの実践において小中学校や大学で試行錯誤をかさねてきました。この拙論を皮切りに、その経験からSELの有効性や課題について考えるシリーズを始めたいと思います。

2. 気候変動詩の試み

 大学の授業で、毎年11月から年末にかけて開催される国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)の時期に合わせて「気候変動詩」を作る試みを始めて4年目になります。きっかけは次のとおりです。プラネタリー・バウンダリーなどの地球規模課題のデータを学生に示すと、生物多様性の消失や気候変動などの現実を示す厳しいデータはある種の「手遅れ感」を与えてしまうことがあります。それでは、教育とは言えないので、たとえ絶望の淵に置かれていたとしても、クラスの仲間と感情を共有し、現実を受けとめつつも、前向きに歩んでいけるように授業の展開を工夫する必要に迫られたという経験です。ただし、こうした状況下で求められるのは「現実は厳しいけれど元気を出せ!」とか、「どうせ希望がもてないのなら楽しもう!」という根拠のない楽観主義とは異なります。それは、自己や他者との対話を通した学習であり、深い次元でのエンパワメントの過程でもあります。そのアプローチとして筆者はSELは有効であると捉えています。
 この数年、SELを実践している授業の1つに、現代社会の諸問題を扱う社会学概論があります。この授業は毎年、70〜90名ほどの学生が履修する比較的大きなクラスです。授業の前半で集中的に気候変動に関するデータを学びます。前述のとおり、この段階では地球規模の温暖化のデータの深刻さを目の当たりにして焦燥感や諦念さえ抱く学生もいます。また、これまでの世代の体たらくのツケをなぜ自分たち以後の世代が払わなくてはならないかという怒りに近い感情をもつものもいて、気候危機に対する反応はさまざまです。
 授業後のリアクション・ペーパーを活用して感情の共有をグループワークなどで行なった後に、COP等で活躍するグレタ・トゥーンベリさんら、環境活動家をはじめとする未来世代の行動と国境を越えた連帯に象徴される希望へのアクションについても学びます。そして徐々に情動を駆使して詩を作るプロセスに入り、いくつかの作品例をもとに、年末年始に詩作に挑み、期末レポートとして提出します。さらに一連の授業の終盤において、他者の詩を鑑賞したり、自身の詩を他者に聞いてもらったりするなどして、クラス全体で感情の共有をします。
 中には激情を吐露したような表現もたまに見受けられますが、概して学生たちの詩には、大学時代に深く学んだ証となるような力作が少なくありません。大半の詩は、深い思索を通して自らの内に生じた情動を知性にも裏打ちされながら表出した言葉であり、気候変動という不条理を冷静に自分ごととして捉えている世代の切実さも伝わってきます。はじめは情動に凌駕されていたとしても、徐々に理知的な思考プロセスとも織り交わり、知性なしには成立し得ない学びの営みとなっていきます。また、気候変動という窮状を乗り越えるためにユーモアを駆使したような作品も珍しくありません。
 次に、このシリーズの初回として、短い詩から始めたいと思います。ここで紹介していく詩は作者の許可を得て掲載された報告書からの再掲となります(*3)

3. 自己変容の詩

 授業では、ESDの理論も学びます。例えば、「自己変容と社会変容のための学び」です。社会を持続可能にするには、まずは自分から行動していく自己変容が求められ、その結果、コミュニティが、ひいては社会が変わるという理論です。こうした考え方に触発されたのか、大学2年生の学生(N.C.さん)は次の詩を創作しました。

 とかく日本の学校では全員で「一斉にスタート」が少なくありません。平和問題に取り組んでも、環境問題に取り組んでも、「一斉」の文化の中で学びが展開される場面はよく見受けられます。ESDはこうした「伝統」に対して示唆に富む教育であると言えます。“ESD for 2030”で「行動するESDとは基本的に行動する市民なのである」と主張されるとき、それは自己変容を起点とする行動でなくてはならないのです。ちなみに、授業では上記の詩作の前に、強力なリーダーによる1人の100歩と100人の1歩はどちらが重要かというデモクラシーやガバナンスに関する課題についても考える機会を提供しています。この学生の詩はその真髄を軽やかに捉えた表現であると言えます(“ESD for 2030”については「学び!とESD」Vol.07, Vol.08, Vol.09, Vol.18を参照)。
 このシリーズの次号以後でも気候危機の時代を生きる若者の詩を紹介しつつ、教育が希望の営みとなり得るのかについてさらに考えてみたいと思います。

【参考文献】

*1:ユヴァル・ノア・ハラリ「地球を守るコスト」(朝日新聞2022年1月29日朝刊)
*2:神田和可子「社会情動的学習(SEL)」(日本国際理解教育学会編『現代国際理解教育事典 改訂新版』明石書店、2022年刊、所収)
*3:『地球規模課題に応答する学習に関する研究 ―気候変動教育に焦点を当てて―』(2019-2021年度科学研究費助成事業 基盤研究(C) 研究課題番号 19K02792、研究代表者:永田佳之)

ミャンマーの持続可能な開発と起業家精神

 前回執筆したVol.06では、ミャンマーのESDとローカル製品について少し触れました。今回は、改めてミャンマーの現状と変化について述べたいと思います。
 環境の持続可能性と開発は、21世紀の最も差し迫った世界的な関心事の1つです。世界中の国々が、経済成長と環境の持続可能性のバランスをとろうと努力しています。ミャンマーも例外ではありません。発展途上国であるミャンマーは、環境の持続可能性と開発を両立するために対処しなければならない多くの課題に直面しているのです。

 ミャンマーは世界でも有数の多様な生物が生息する国の1つですが、国の発展を重視するあまり、環境問題は優先事項ではありませんでした。一方、今回取り上げる持続可能な開発における起業家精神は、経済成長を促進させ、ミャンマーの生活水準を向上させる上で重要な役割を果たします。

最近の環境問題に対する起業

 ミャンマーが直面している大きな課題の1つは、電力へのアクセスの欠如です。全人口の約35%しか電気を利用できず(*1)、調理や暖房用のエネルギーの大半は木材や木炭などの資源に依存しています。持続可能な起業家精神が大きな影響を与えることができるもう1つの分野は、農業分野です。ミャンマーは多様な生態系をもつ豊かな生物多様性と肥沃な土地で知られていますが、伝統的な農業の慣行が土壌の劣化と生産性の低下につながる場合もあります。
 ミャンマーは、他の国と同様に、新型コロナウィルスの影響を受けています。また、クーデターによる国内での動乱など最悪の事態に見舞われたことは、読者の皆様もご存じかと思います。これらのことが、国の経済や健康、教育に深刻な影響を及ぼし、環境保護活動にも支障をきたしました。しかし、こうした苦境のなかでも小さな民間企業がビジネスを展開していることは注目に値します。

 2018年に設立されたBokashi Myanmar(以下、「ボカシ・ミャンマー」という)という会社を紹介したいと思います。ボカシ・ミャンマーでは、食品廃棄物や台所廃棄物を適切に管理し、肥料として再利用しています。食品廃棄物は保存されているだけでなく、廃棄物の発生率も抑えています。これに加えて、肥料は簡単にすぐに使用できるため、肥料を使ってマイクログリーンを栽培する環境づくりが奨励されています(マイクログリーンは新芽野菜で、通常は発芽から7~14日以内に収穫され、栄養価が高く、料理に風味、食感、色を加えるために使用されます)。さらに、ボカシ・ミャンマーは、他の起業家と協力して、無料で自然廃棄物の管理と堆肥化に関するトレーニングも提供しています。 現時点では、こうしたビジネスを拡大させることで、環境を保護するだけでなく、トレーニングの提供を通じて人々に環境保護に対する意識を広めているのです。
 ミャンマーの起業家は、持続可能な開発への関心が高まることによって、国全体の持続可能な開発に貢献すると強調しています。
 ESDに関しては先進国からの情報発信の方が多いように思われますが、ここで紹介したように、発展途上国における持続可能性のための起業の動向に、教育や訓練も視野に入れながら今後も注目していきたいと思います。

ボカシ・ミャンマー商品堆肥化に必要な、窒素(緑色)、炭素が豊富な物質(茶色)、土壌(黒色)の存在を表しています。

【参考文献】

*1:Energy Assessment, Strategy, and Road Map (ADB. 2016. Myanmar: Energy Assessment, Strategy, and Road Map. Manila.)
https://www.adb.org/documents/myanmar-energy-assessment-strategy-road-map
Power Network Development Project: Sector Assessment (Summary) – Energy
https://www.adb.org/sites/default/files/linked-documents/50020-002-ssa.pdf

絵本をきっかけにはじめてみよう(2) ~ハーモニーの教育~

 前号(Vol.39)では、ハーモニーの教育(Vol.01, Vol.12, Vol.13)に関する絵本を取り上げました。今回は、前号に引き続きハーモニーの原則の中でも特に「多様性」に着目した絵本をもう一冊ご紹介したいと思います。また、ESD実践のアプローチの一つとして、絵本がどのような可能性を持っているのかということについても考えていきます。
 今回ご紹介する絵本は『ミリーのすてきなぼうし』(作:きたむらさとし)です。こちらは、日本の絵本作家のもので、小学校の国語の教科書にも掲載されていますが、世界各国でも翻訳され愛読されています。物語は、ミリーという女の子が「とくべつなぼうし」を購入するところから始まります。「とくべつなぼうし」は色も形も大きさも、ミリーの想像しだいで自由自在に変化します。例えば、ミリーがケーキ屋さんの前を通ると、ケーキがたくさん重なった美味しそうな帽子になります。お花屋さんの前を通ると、花束の帽子に変わります。公園では、噴水の帽子に…そんなミリーですが、街を行く人々を見ていると、突然、全ての人がそれぞれの素敵な帽子を頭に乗せていることに気づきます。
 この絵本からは、大人も子どもも誰もが素敵な自分だけの帽子を持っていて、その帽子は一人ひとりの想像しだいでどんな帽子にもなりうるのだというメッセージが伝わってきます。ここで描かれている帽子は、もしかしたら「その人らしさ」や「その人の夢」を象徴しているのかもしれません。想像力を広げながらワクワクした気持ちで楽しんでもらいたい絵本です。

絵本『ミリーのすてきなぼうし』の表紙
(出典:BL出版ウェブページ)

 私は現在、保育者養成校に勤務していますが、この絵本を大学のゼミの授業で取り上げることもたびたびあります。あるときは、初回のゼミでこの絵本を読み、自分がどんな帽子をかぶっているのか、一人ひとりに発表してもらいました。絵本は、子どもだけでなく大人の心にも深く響きます。多様性の大切さを言葉で説明することも必要ですが、それだけでは伝わらないものが、絵本を通して私たちの心の中に届くような気がしています。
 ハーモニープロジェクトのホームページには、ハーモニーの原則をやさしく読み解いた魅力あふれる絵本がいくつも取り上げられています(参考文献の「ハーモニーの原則と関係する絵本のリスト」を参照)。日本語に翻訳されていない絵本も多く含まれていますが、英語を学び始めたばかりの子どもでもわかりやすい英語で書かれていますので、イラストを頼りにしながら、お話を読み進めていくと、これまで触れたことのない新たな物語の世界に引き込まれるでしょう。
 2021年5月にESDに関するユネスコ世界大会で採択された「ベルリン宣言」では、ESDを教育現場で実践する際、認知的な学びのアプローチだけでなく、社会情動的な学びのアプローチも重視していくことが述べられています。また、「想像すること」の重要性については、2021年11月に発表されたユネスコの最新報告書『私たちの未来を共に再想像する:教育のための新たな社会契約』の中でもメインテーマとなっています(Vol.31)。ユネスコは、小学校就学前の段階からESDを始める必要性を説いてきましたが、幼い子どもたちと「持続可能性」について学ぶとき、特に大切にしたい点は社会情動的な観点です。つまり、知識として持続可能性について学ぶのではなく、むしろ、体験や感情を伴った形で学んでいくことが肝要です。物語や絵の持つ力に触れながら、絵本の世界に子どもと共に入り込むことで、持続可能性が表現された世界を擬似体験することができるのではないでしょうか。絵本を一つのきっかけとして、新たなESDの実践が生まれていくことを望みます。
 今回ご紹介した絵本のリストの冒頭では、絵本の魅力について、次のように語られています。「子どもたちの想像力を刺激したり、質問を引き出したり、話し合いを始めたり、物事の概念やキャラクター、文脈といったことに命を吹き込んだりできるのは、絵本の素晴らしい力です。」絵本の世界の力を借りながら、あらためて「多様性」について子どもたちと共に考え対話する機会を持ってみてはいかがでしょうか。

【参考文献】

絵本をきっかけにはじめてみよう(1) ~ハーモニーの教育~

 今月は、これまでの連載でも何度かご紹介したハーモニーの教育(Vol.1, Vol.12, Vol.13)に関係する、素敵な絵本をいくつかご紹介したいと思います。
 ハーモニーの教育は、イギリスのチャールズ国王が皇太子時代から提唱してきた「ハーモニーの原則」にのっとった教育的なアプローチです。自然界に見られる様々な特徴を「多様性」「相互依存」「健康」「適応」「幾何学」「循環」「ひとつらなり」というキーワードで整理して、これらをハーモニーの原則として挙げています。この7つの原則は独立して存在しているのではなく、それぞれが関連性をもって成り立っているという点も重要です。現在、ハーモニーの原則に沿って、イギリス国内ではさまざまな実践が取り組まれています。本連載でも、ハーモニーの教育を実践するイギリスの公立小学校(アシュレイ小学校)の実践が取り上げられています(Vol.12, Vol.13)。
 このハーモニーの教育実践の広がりを支えているプラットフォームの一つが、「ハーモニープロジェクト」です。そのホームページには、「持続可能性と自然を学びの中心に据える」というモットーが示されており、ハーモニーの教育を実践するさまざまな現場を支え、それらをつなげる役割を担っています。例えば、多様な年齢層の子どもたちを対象とした教材や、具体的な教育計画についても紹介されています。
 そこで、今回はこのハーモニープロジェクトのホームページで取り上げられている教材の中から、ハーモニーの原則に触れ、探求を深められるような絵本をいくつかご紹介したいと思います。このホームページでは、それぞれの原則に関連した絵本が数冊ずつピックアップされています。その中でも日本の絵本も取り上げられている「多様性」の原則に着目して、今月号と来月号で二冊の絵本をご紹介します。
 まず一冊目は、『All Are Welcome』(作:アレクサンドラ・ペンフォールド、絵:スーザン・カウフマン)です。こちらは、『ニューヨークタイムズ』の絵本部門でベストセラーに選ばれています。絵本の中では、授業、休み時間、ランチタイムなど学校のさまざまな場面で、生徒たちみんなが、あたたかく受け入れられていることが描写されています。ページをめくるごとに、「みんな歓迎されている(All Are Welcome)」というお馴染みのフレーズが繰り返されます。例えば、イスラム教のヒジャブを着けた女の子が朝お祈りをしたり、みんなと遊んだり、世界地図の前にみんなと立っているイラストには、次のような言葉が書き添えられています。「どんなふうに1日をはじめても、遊ぶときにどのようなものを身につけていても、遠くから来ていても、みんなここでは歓迎されています」

多様性について(出典:ダン(2020, p73))

 多様性ということを子どもたちと探求するとき、みなさんはどのようなことを意識するでしょうか。私たちの暮らす地球には人間だけでなく、さまざまな生命が存在し、お互いに関係し合いながら複雑な生態系を形作っています。人間にも同じことが言えますが、自然界に存在するものはそれぞれ異なっていて、多様性があると同時に、そのすべてが大切でかけがえのない存在であることを子どもたちに感じてもらいたいと思います。
 みなさんが関わる子どもたち一人ひとりに「あなたは歓迎されているよ」「あなたはここにいていいんだよ」と伝えるために、あなただったらどのようなことをするでしょうか。園や学校など子どもたちが集まるさまざまな場で、子どもたち一人ひとりが、自分はこの場に受け入れられているのだと感じてもらいたいものです。今回ご紹介した『All Are Welcome』は、このようなことをみんなで感じ合ったり、話し合ったり、考え合ったりするきっかけになるような絵本でしょう。
 次号では、ハーモニーの原則の1つでもある「多様性」に関する絵本をもう一冊ご紹介します。絵本の持つ魅力やESDを実践する上でのポイントについても考えたいと思います。

【参考文献】

ESDと気候変動教育(その13) 若者によるホリスティックな眼差し

 前号では、持続可能な未来の創り手である若者の学校の授業に対する声を紹介しました。今回も、引き続き、彼らの意見や見識に傾聴してみたいと思います。主にここで紹介するのは、前々号および前号で扱ったのと同じ報告書『質の高い気候教育を求める若者たち』(*1)に掲載されている世界の若者の声です。

アクションを起こしたい、でもどうしてよいか分からない…

 「ESDと気候変動教育(その10)」でお伝えした報告書『すべての学校を気候変動に備える:各国はいかに気候変動の課題を教育に統合しているか』によれば、気候変動や持続可能なライフスタイルに関する教員養成や教員研修を受けたという回答は半数強(55%)になりますが、教師の約4割は気候変動について知識を中心とした教授には自信があっても、どのように行動を取ったらよいのかについて十分に説明できる教師は5分の1ほどしかいません。このことを反映してか、冒頭の報告書を読むと、行動を起こしたいけれど、どのように起こせばよいのかが学校では教えられないので困っている各国の若者が少なくないことがうかがえます。
 『質の高い気候教育を求める若者たち』でチリの19歳の若者は学校で教えられることの「100パーセントを行動に、概念についてはもっと少なく!」とまで強く主張しています。おそらく若者の多くは気候危機が迫っているのに、なすべき(すべ)が分からないという焦燥感に駆られているのでしょう。
 カナダの15歳の若者も地元での気候アクションの大切さを次のように伝えています。

デモのような民主的なプロセスに参加することは行動を起こすためのいい方法です。生徒は地元でアクションを起こすことによってエンパワーされるんです。地域に貢献できる機会が与えられるべきですし、同時に、大人は生徒とチャンスを分かち合って、彼(女)らを「若い大人」として扱うことが大切で、そうすることによって問題の深刻さを理解する手助けとなります。教室の外での学びの機会を提供することは本当に重要で地元で生徒をエンパワーすることにつながるんです。

 もちろん、デモやストライキに参加することを学校で教えるべきか否かについては賛否両論あるでしょう。たしかに学校ではそうした行動に駆り立てるのではなく、むしろ行動のベースとなる知識を教えるべきであるという見解には一理あります。しかし、デモに参加することを通して若者は深い学びを経ることがあるのも事実です。グレタ・トゥーンベリさんに影響を受けて世界中の若者が気候危機への対応を各国の政府に迫った2019年11月の一斉デモ(日本では「気候マーチ」)に参加した日本の大学生は次のようにデモでの学びを振り返っています。

ものすごく怖かった。(中略)しかし、気候変動で人や動植物が苦しんでいるのに何も行動しないことへの違和感に気づいた時、いつの間にか無我夢中になって、のどが枯れるくらいに声を上げていた。自分の中の正しさに従うほど勇気のいることはないと思う。しかし、一人一人が自信を持って行動に移すことが、世界を変える大きな一歩になるということを学んだ。(*2)

 国内外を問わず、大半のデモ行進は非暴力的に行われており、ESDで期待されている深い次元での変容が多くの若者にもたらされる貴重な機会でもあると言えるでしょう。また「学び!とESD」Vol.25で紹介した日本の生徒と先生たちによる実践のように、多様なアプローチをもってデモでの体験を学びの表現として昇華させていくことも気候変動教育の重要課題となるでしょう。

ホリスティックな眼差し

 この報告書には、気候変動の本質を見抜いたような見解も表明されています。次に紹介するのは、オーストリアの23歳の若者の声です。

大切なのは、気候変動を何か別個のものとしてではなく、相互につながっているものとして見ることなんです。つまり、エコロジカルに見るだけでなく、社会とも経済ともつなげるんです。自分は家庭科の先生になりますが、最初の実習では気候変動と色々なトピックがいかに相互に関連しているのかを示すことで、このことを試してみます。そもそも社会は相互に関連したシステムですし、気候変動もそうなのですから、このことはとても重要なんです。

 とかく断片的に物事を捉えて社会を形づくってきた大人世代よりも若者たちの方が全体を包括的に捉える感性や視野をもっているのかもしれません。ナイジェリアの25歳の若者も次のように述べています。

ホリスティックなアプローチを用いることはとても重要です。例えば、次のような問いが挙げられます。気候変動はいかに政策に適応させられるか? 気候変動は科学にどのような影響をもたらすのか? 環境倫理を含めた倫理一般には影響を及ぼすのか? 農業のような地理的な場によってそれはどのように経済に影響を与えているか?

 若者にとって分野横断的な捉え方はむしろ自然な思考法であるのかもしれません。これは、「ESDの10年」の当初からESDの代表的な特徴として重視されてきたホリスティック(包括的)な捉え方であり、ESD for 2030ではシステム・ワイドなアプローチとしても強調されています。(*3)
 「学び!とESD」で繰り返し扱ってきた社会変容という課題にも若者の意識は向けられています。ブルネイの17歳の若者は次のように主張しています。

(前略)私が大切だと思うのは、新たな解決策や私たちが支持できる大きな構造的課題を強調することなんです。そうすれば、人々は気候変動とは何かという知識を得るだけでなく、気候変動と共にどのようにして私たちの未来へと前進していくのかを知るようになるでしょう。

 UNESCOはベルリン宣言を公示した時に、「大いなる変容(big transformation)」の重要性を強調しましたが、まさに若者の感性は自己変容を超えて社会全般の構造を変えていくこと、すなわち社会変容の重要性を捉えているようです。
 最後に地中海の小国の若者の卓見を紹介して、今号の結びとします。コロナ禍の現在、私たち1人ひとりに自然との関係性の問い直しが求められていることは確かでしょう。キプロスの17歳の若者は次の表現でこのことを伝えています。

私はあたかも自分たちが自然界のゲストであるかのように感じています。自然を尊重しなければならず、そうして初めて、自然の方もわたしたちを尊重してくれるのですから。

 ここで紹介した声は、もちろん国際調査のデータからユネスコが取捨選択した優れた若者の声なのかもしれません。しかし、今、私たち大人に求められているのは、こうした声が氷山の一角であり、水面下にある多くの声ならざる声に傾聴する姿勢と想像力であると言えましょう。

*1:報告書「質の高い気候教育を求める若者たち」(英文)
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000383615
*2:朝日新聞に掲載された「声」より。「勇気学んだ気候危機一斉デモ」(朝日新聞「声」欄 2019年12月2日朝刊)
*3:ESD for 2030についての詳細は次の論文を参照されたい。「‘ESD for 2030’ を読み解く:「持続可能な開発のための教育」の真髄とは」(日本ESD学会『ESD研究』Vol.3,5-17頁.
http://jsesd.xsrv.jp/wp-content/uploads/2020/08/esdkenkyu3.pdf