ヨーロッパの学校における多様性とインクルージョンの促進(2) ―2023年Eurydiceのレポートから―

1.はじめに

 前回、EUの機関の一つである「Eurydice」の報告書(以下、本報告書)から「ヨーロッパの学校における多様性と包摂性の促進」の状況について記しました(*1)。今回はその続編として、本報告書の第4章にまとめられている「学校へのアクセスと参加の促進」について、その内容を詳しく紹介することにします。EU圏でのインクルーシブ教育は、通常の学校での対応が第一義になっていますので、この章からは、直近の通常の学校でのインクルーシブ教育への対応状況が把握できると思われます。

2.第4章「学校へのアクセスと参加の促進」について

 通常の学校教育へのアクセスと参加は、EU各国の国内法および国際法で保障された普遍的な権利(および義務)になっています。しかしながら、この権利の恩恵を受ける上で課題に直面している児童生徒も存在します。
 本報告書の第4章は、こうしたバリアに直面する可能性の高い児童生徒の通常の学校教育へのアクセスと参加の促進を目的とした、EU各国の教育システムの主要な政策と措置について分析するとともに、圏内の国々の特色ある取り組みを紹介しています。
 これらの取り組みは、①特別な教育ニーズのある児童生徒の主流教育へのアクセスの容易化と物理的なアクセスの改善、②経済的および社会的支援、③ブレンド型学習の機会、④行政上の障壁への対処と除去、⑤保護者や家族との協力という5つの政策の枠組みで整理されています。図1には、EU圏におけるこれらの取り組みの状況が示されています

図1 児童生徒の就学と参加を促進する主要な政策・施策(2022/2023年)
出典:Promoting diversity and inclusion in schools in Europe

3.第4章「学校へのアクセスと参加の促進」の概要

(1)特別な教育ニーズのある児童生徒の主流教育へのアクセスの容易化と物理的なアクセスの改善

①特別な教育ニーズのある児童生徒の主流教育へのアクセスの容易化
 通常教育へのアクセスと参加を促進するための最も広く報告されている政策は、特別な教育的ニーズまたは障害のある児童生徒のアクセス向上に関連しているものでした。これには、物理的なアクセシビリティ対応、インフラの整備、支援技術の改善も含まれます。
 国連の障害者権利条約第24条(*2)に明記されている「すべての子どもの教育を受ける権利」には、障害のある子どもも含まれています。本報告書にも、EU圏の多くの国の教育制度において、特別な教育的ニーズがある児童生徒にとっても通常の教育が第一の選択肢であるべきという規則が設けられていることが示されています。この方針に基づいて通常の学校でのインクルーシブ性を高め、特別支援学校の児童生徒数を減少していくという教育施策が進められているのですが、障害者権利条約の条文がこうした施策の明確な推進力になっているといえます。
 しかし、European Agency for Special Needs and Inclusive Education(EASNIE:インクルーシブ教育と特別支援欧州機構)のデータによると、その対応は国によって大きく異なっています。2019/2020学年度のデータによると、特別な教育ニーズがあると正式に決定された児童生徒の一般教育への就学率は、初等教育レベルで43.07%から99.05%の範囲、前期中等教育レベルで22.55%から100.00%の範囲、後期中等教育レベルで0.74%から100.00%の範囲となっていました(*3)
 このデータから、「差別的な慣行は依然として根強く残っている可能性があることがわかる」として、本報告書では、特別な教育的ニーズのある児童生徒が通常の学校教育に参加でき、通常の学校が適切な支援を行うために必要な手段と資源を確保できるよう、より断固たる措置をとっていく必要があると記されています。十分な資金が確保されず、また、特別支援学校が存在し続けるのであれば、ほとんどの国ではインクルーシブ教育という大きな志の実現に困難を強いられることになるという危機感が当事者組織などから示されたということも記されていました。

②物理的なアクセスの改善
 学校施設のアクセシビリティ向上を通じて、特別な教育的ニーズのある児童生徒や障害のある児童生徒のインクルージョンを促進することは、EU加盟国が設定した共通の優先事項および目標の一つになっています(*4)。それを踏まえて物理的なアクセシビリティと適応のためのインフラ整備に関する政策も、多くの欧州各国の課題となっていることがわかりました。一般的に、多くの国で学校(およびその他の公共の建物)へのアクセシブルな建築の提供が法律で規定されてようになってきていますが、新しく建物を建築する場合、あるいは要件を満たしていない既存の校舎の改修が必要な場合に、どのようにアクセシビリティ向上を図り、どのように資金を調達するかということが大きな問題になっているようです。
 学校のアクセシビリティ向上に必要な資金は一義的には国の予算で賄われるのですが、欧州地域開発基金などのEUの資金によって補完されることもあるようです。また、インフラの整備には期限を設けて対応している国もありました。必要とする児童生徒のニーズに応えるためには合理的な期間内に対応することは極めて大切なことだからです。
 「ユニバーサルデザイン」は、障害の有無にかかわらず、可能な限り多くの人々が施設の一般的な機能を利用できるように設計または物理的条件を調整することを意味していますが、「合理的配慮」という観点から事業体に過度の負担を課す設計または調整には適用されないということを規定してユニバーサルデザインの普及を図ろうとしている国の例(ノルウェー)、差別禁止法を強化し、すべての学校を対象にアクセシビリティの欠如は差別であると見なして対応している国の例(スウェーデン)なども紹介されていました。こうした取り組みからは、合理的配慮に留意しながら通常の学校でのインクルーシブ教育を推進していこうとする本気度が感じられます。

(2)経済的および社会的支援の提供

①経済的支援の提供
 EU圏では、公立学校における義務教育は一般的に無償で提供されています。学校関連費用は多岐にわたっています。すべての児童生徒のアクセスと参加を促進するための政策の一環として、EU各国の半数以上では、特定の学校関連費用への財政支援が実施されています。これには、教科書や教材への財政支援、交通費の無償化または補助、食事の無償または補助による提供などがあります。本報告書には、各国の対応が例示されていました。
 特別な教育ニーズのある児童生徒への的を絞った経済的支援に関しては、EASNIEが「資金を診断や分類された障害に結び付けると、学校が追加資金を得るために障害や特別な教育ニーズを過剰に特定してしまうリスクがある」ということを指摘しているという記述もありました。日本では、経済的支援の観点から、就学援助制度(*5)や特別支援教育就学奨励制度(*6)が用意されています。EASNIEの指摘は「インクルーシブ教育システムの構築」を目指している日本の取り組みでも気を付けて行かなければならないことだといえます。

②社会支援の提供
 本報告書によると、社会支援の提供は、学校におけるすべての児童生徒の平等なアクセスと参加を促進するためのもう一つの手段ということになります。この支援には、金銭的なもの、支援スタッフ配置の追加といったものがあります。主に社会経済的な制約が背景にある児童生徒、教育上の不利な立場にある児童生徒、少数民族の児童生徒、移民の児童生徒が対象となっていて、EUの3分の1以上の国々でこの取り組みが進められているということです。
 通常の学校が、児童生徒に対して専任スタッフを通じて医療、心理、社会の面での支援を提供したり、学校内または学校と連携したサービスを通じて相談(ガイダンス)やカウンセリングを提供したりすることが一般的だということです。もちろん、社会支援は学校への介入にとどまらず、他の多くの社会サービスとの協力も必要となります。

(3)ブレンド型学習の機会

 本報告書によると、2021年にEU教育大臣が、質の高いインクルーシブな初等中等教育のためのブレンド型学習のアプローチに関する理事会の勧告を採択したということです。ブレンド型学習についてわが国ではまだ定まった定義がないようですが、本報告書の中では、学校外で学習できる環境を整え、学校(対面)での学習、訪問(オンサイト)での学習、インターネットを活用したオンラインによる学習などを組み合わせた学習活動と説明されていました。義務教育段階でブレンド型学習が導入されると、これまで学校に通学することが叶わなかった児童生徒に対して個別に学習の機会を提供することが可能となります。EUの多くの国では、自宅、病院、社会福祉施設などに留まらざるを得ない児童生徒が遠隔学習を継続できるよう、デジタルツールを活用したブレンド型学習の活用に関する政策に力を入れてきているということです。

(4)行政上の障壁への対処と除去

 欧州全域で、一般的な学校入学方針として平等かつ普遍的なアクセスと差別(特に隔離)の禁止を規定しています。しかし、実際には、その設計や特定のメカニズムが依然として不平等につながっていることが否定できません。「Eurydice報告書(欧州委員会/EACEA/Eurydice、2020年)」(*7)には、学校選択および入学方針における学校タイプの差別化が、公平性のレベル低下に寄与しているという記述があるということです。例えば、一部の学校に社会経済的にハンディのある児童生徒が集中しているのが、居住地の隔離の結果である場合などです。ハンガリーとフィンランドでは、児童生徒の実態を考慮して、学区を変更したり学校の構成を変えたりすることによって、より社会的に多様な学校にすることを目指しているということでした。こうした取り組みは、かつて東京都の学校群制度などでも見られましたが、インクルーシブ教育の推進という観点からこのように取り組んでいる国があることを確認しておきたいと思います。

(5)保護者との協力

 本報告書では、さまざまな形で制約があったり差別を受けるリスクがあったりする児童生徒の教育参加を支援するために、学校と保護者とのより緊密な協力を促進する具体的な政策や措置についてもデータ収集がなされています。
 EUの半数弱の国において、保護者との協力に関する具体的な政策や措置が規定されていました。特に特別な教育的ニーズのある児童生徒に関するものが多く、具体的には、保護者が子どもの個別教育計画の策定と遵守に関与することに関してでした。社会的弱者層の親や移民出身の親を支援するための具体的な措置も報告されていて、最近ではウクライナ出身の家族も対象となっています。また、いじめなどの望ましくない行動の防止に親が積極的に関与するよう求めるケースもあるようです。
 この取り組みで、とくに目を引いたのはドイツの取り組みでした。移民出身の児童生徒など、成績の低い児童生徒への個別支援を成功させるには、教育パートナーとしての保護者との緊密な協力が中心的な役割を果たしているということで、「地区の母親」プロジェクト、保護者向けガイド、保護者向けコース(例えば、小学校での母親にドイツ語を学ぶ機会を提供)などを通じて成果をあげているということでした。

4.まとめ

 本報告書第4章には、バリアに直面する可能性が高い児童生徒の通常の学校へのアクセスと参加を促進するための政策や施策について、直近のEU各国での取り組み状況が報告されていました。これらは主に特別な教育ニーズや障害のある児童生徒を対象としていますが、社会経済的に恵まれてない児童生徒や、移民、難民、少数民族の児童生徒も対象とされていました。
 また、本報告書には、特別な教育ニーズがあると認定された児童生徒の通常の学校への就学率は欧州各国で異なり、場合によっては低い傾向もあることがありのままに記されていました。このことについて「教育システムや教育構造が児童生徒のさまざまなニーズを満たす能力、柔軟性、さらにはリソースに限界があることに起因している可能性があり、構造改革を進めていく必要がある」と分析されていました。EUとして、特別な教育ニーズや障害のある児童生徒の一般教育へのアクセスを向上させることが大きな目標になっていることがうかがわれます。また、この目標達成に向けて、児童生徒の評価と指導の方法、そして学校が人的資源、物理的環境および学習環境の整備に関する十分な資源の提供(支援技術の提供を含む)を通じて可能になるということも強調しています。わが国では、通常の学校での教育と特別支援学校や特別支援学級での教育を連続的にとらえた「インクルーシブ教育システムの構築」が目指されているわけですが、インクルーシブ教育を推進するという観点から、本報告書の第4章に記されているEUの政策の枠組みと各国の特色ある取り組みは大いに参考になるのではないかと思います。併せて、インクルーシブ教育推進は通常の学校の改革や整備に大いに影響されるということも教えてくれています。

*1:European Commission/EACEA/Eurydice, 2023. Promoting diversity and inclusion in schools in Europe. Eurydice report. Luxembourg: Publications Office of the European Union
https://op.europa.eu/en/publication-detail/-/publication/d886cc50-6719-11ee-9220-01aa75ed71a1/language-en
*2:障害者の権利に関する条約
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinken/index_shogaisha.html
*3:European Agency Statistics on Inclusive Education: 2019/2020 School Year Dataset Cross-Country Report
https://www.european-agency.org/resources/publications/EASIE-2019-2020-cross-country-report
*4:European Commission, 2022. A study on smart, effective, and inclusive investment in education infrastructure: Final report. Luxembourg: Publications Office of the European Union
https://op.europa.eu/en/publication-detail/-/publication/01ea6b48-d266-11ec-a95f-01aa75ed71a1/language-en
*5:文部科学省「就学援助制度について(就学援助ポータルサイト)」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/career/05010502/017.htm
*6:特別支援教育就学奨励費

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/hattatu_00001.htm
*7:European Commission/EACEA/Eurydice, 2020. Equity in school education in Europe: Structures, policies and student performance.
Eurydice report. Luxembourg: Publications Office of the European Union

https://op.europa.eu/en/publication-detail/-/publication/517ee2ef-4404-11eb-b59f-01aa75ed71a1/language-en

ヨーロッパの学校における多様性とインクルージョンの促進(1) ―2023年Eurydiceのレポートから―

1.はじめに

 EU関連サイトの一つであるEurydice(*1)は、ヨーロッパ諸国の教育制度や特定のテーマに関する比較研究、教育分野の指標や統計に関する情報等を提供しています。
 そのEurydiceで、2023年に「ヨーロッパの学校における多様性とインクルージョンの促進(Promoting diversity and inclusion in schools in Europe)」と題する報告書(*2)が公開されました。
 これまでも本連載ではEU圏におけるインクルーシブ教育への取り組みの状況を紹介してきましたが、この報告書からは直近のEU諸国におけるインクルーシブ教育への取り組みの達成状況や課題等に関する知見を得ることができます。
 インクルーシブ教育については、現在の取り組みの状況を短期的に把握し評価することも大切ですが、目指そうとしているゴールを明確にしてそれに向かってどのように歩みが進んでいるかという大局的な視点から変容のプロセスをとらえていくことも大事なことです。そこで、今回はこうした観点からこの報告書を紐解き、直近のEU圏でのインクルーシブ教育への取り組みの状況を探ってみたいと思います。

Promoting diversity and inclusion in schools in Europe

2.報告書の概要

 この報告書は7つの章から構成されていて、EU圏の国々の学校の多様性とインクルージョンへの取り組みの状況がまとめられています。各章の概要を紹介します。

(1)第1章:学校教育の文脈における多様性とインクルージョン

 障害者権利条約(*3)では、「障害に基づくあらゆる差別」を禁止しており、それに対応するためには、より公平でインクルーシブな教育に焦点を当て、一人一人の児童生徒の具体的で多面的なニーズに考慮することが必要になってきます。既にEU圏ではその考え方が主要な政策に広く反映されているのですが、この章ではEU各国の特徴ある取り組みが紹介されています。その上でこの報告書では、不平等と差別に対処する際の「包括的でかつ交差的なアプローチ」の重要性を指摘しています。
 個人は複数のアイデンティティ(人種、性別、階級、性的指向、性自認など)を有しているので、不平等と差別に対しても単一のアイデンティティのみに対処するだけで不十分で、複数のアイデンティティが交差していることを理解して対応していく必要があるということです。報告書では「難民」の例を挙げてこのことを説明しています。つまり、「難民」の児童生徒が「難民」という視点からしか見られていないと、学校では言語学習のみの支援に重点が置かれ、広く教科全般にわたる配慮がなされなくなってしまうということです。日本でも、日本語を習得していない外国籍の児童生徒を特別支援学級に在籍させるという形で対応している事例がたびたび報道されています(*4)。インクルーシブな政策とその対応においては、児童生徒一人一人の具体的かつ多面的なニーズが考慮されなければならないということが理解できます。

(2)第2章:学校における差別と多様性のモニタリング

 本報告書によると、EU圏のほとんどの国には、差別をモニターするための国レベルでの機関が設置されています。この機関は、差別に対応するためにさまざまな組織と協力して活動しているということです。したがって、そうした国では個々の児童生徒の特性、特別な教育的ニーズや障害、国籍、出生国、社会経済的背景などに関するデータにアクセスすることが可能です。そしてこれらのデータから、最も一般的な差別は特別な教育的ニーズや障害、および民族的背景が根拠になっていることも確認できているということです。こうしたエビデンスに基づく情報は政策の策定や評価にも有用で、教育当局が特定の学習者グループに対する特定の措置の影響を理解し、学習者を支援したり学校が最も必要とされるリソースを活用して適切な介入プログラムを計画したりするのに役立たせているということがこの報告書に記されています。
 他方、こうした体制が整備されているにもかかわらず、半数以上の国では児童生徒の難民(亡命希望者)や移民の経歴、家庭での言語に関するデータについては把握できていない状況にあることも明らかにされています。
 特別な教育的ニーズや障害、および民族的背景が差別の大きな根拠となっていることから本章では関係機関等と連携した包括的なデータ(comprehensive data)の収集とモニタリングの重要性が訴えられています。

(3)第3章:学校における多様性やインクルージョンを促進する国レベルでの法律、戦略、行動計画

 この章では、国レベルの法律、戦略、行動計画について報告されています。国レベルの法律、戦略、行動計画は、学校に内在する既存の障壁を取り除き、学校における平等と包摂性を体系的に促進することに貢献するということ、そして、EU各国の教育システムにはこのような包括的な政策の枠組みが整えられていることが記されています。
 それらの多くは近年導入されたもので、関連するEU政策イニシアチブ(例えば、「EU反人種差別行動計画」、「EU LGBTIQ平等戦略」)に基づいている場合もあるということです。
 ほとんどの教育制度は、制度の改善(とりわけインクルーシブ教育、平等なアクセス、児童生徒への適切な支援)をグローバルな目標としており、教育における差別の防止と機会均等の促進、児童生徒の学習成果の向上、学校教育からの早期離脱防止に重点を置いた政策の枠組みとなっているものが多かったということです。
 こうした戦略的な政策の枠組みは、ロマ(インドに起源を持つ移動型の少数民族)の児童生徒、特別な教育的ニーズや障害のある児童生徒、移民や難民の児童生徒のインクルージョンを促進しようとするものが中心で、ジェンダーの平等の促進、反ユダヤ主義との闘い、LGBTIQ+(lesbian, gay, bisexual, transgender, intersex, queer and other sexual identities)については、それほど焦点が当てられていないということも記されていました。
 本章からは、学校における平等と包摂性を体系的に促進するためには国レベルの法律、戦略、行動計画の整備が大事であることが伝わってきます。また、適切な資源配分と結果のモニタリングと評価が不可欠であることも学びました。

(4)第4章:学校へのアクセスと参加の促進

 この章は、EU諸国における学校へのアクセスと参加に関する政策についてまとめられています。学校へのアクセスと参加という観点からは、主として特別な教育的ニーズや障害のある児童生徒、移民、難民、少数民族を背景とする児童生徒に対するインクルーシブ教育及び社会経済的に恵まれない児童生徒への経済的支援に焦点が当てられているということがわかりました。
 また、通常の学校へのアクセスと参加を促進するために最も広く報告されている政策は、特別な教育的ニーズや障害のある児童生徒のアクセスを向上させるための取り組みでした。これには物理的なアクセシビリティの改善、学校生活や学習活動の基盤となる施設や設備の改善、支援技術の改善などが含まれています。
 国連障害者権利条約第24条に明記されているように、教育を受ける権利がある子どもには障害のある子どもも含まれています(*2)。このことからEU諸国では、政策レベルにおいて通常の学校教育のインクルーシブ性を高め、特別支援学校の児童生徒数を減らすという明確な推進力が働いていたようで、この報告書に掲載されている多くの国々の教育制度において、特別な教育ニーズのある生徒にとって通常の学校が第一の選択肢であるべきという規則が設けられていることからもそのことがわかります。
 しかし、この報告書では、特別な教育ニーズがあると認定された児童生徒への対応について、通常の学校への就学率が国によって異なっており、場合によっては低い傾向にあるということが報告されています。「European Agency for Special Needs and Inclusive Education (EASNIE)」の2019/2020学年度のデータによると、特別な教育ニーズがあると正式に認定された児童生徒の通常の学校への就学率は、初等教育(小学校)レベルで43.07%から99.05%の範囲、前期中等教育(中学校)レベルで22.55%から100.00%、後期中等教育(高等学校)レベルで0.74%から100.00%となっていたということです(*5)
 このことから、この報告書では、差別的な慣行が依然として根強く残っている可能性があることを指摘し、特別な教育ニーズのある児童生徒が通常の学校に在籍できるように、また、適切な支援を行うために必要な手段や資源を通常の学校が確保できるようにしていくためには、より強い信念を持った対応が必要になってくるだろうと指摘しています。
 また、「Inclusion Europe」などの組織が、特別支援学校が存在し続け、十分な資金の確保もされないのであれば、ほとんどの国ではインクルーシブ教育の目標達成に向けて困難を強いられることになるだろうという見通しを示しているということも紹介されています(*6)。同様に、2021年版中央・東ヨーロッパ世界教育モニタリング報告書でも、分離教育防止の法律があるにもかかわらず、依然として障壁が残っていることが指摘されているということです(*7)
 こうした分離教育の慣行が残っている一方、すべての児童生徒が通常の学校に在籍することをポリシーとしている国も存在します。そうした国の例として、報告書ではイタリアとリトアニアの制度が紹介されていました。その他にも、特別な教育的ニーズや障害のある生徒に対して、質の高い教育と学習を提供できるよう通常の学校への支援を強化している国々の取り組みもこの章では紹介されていました。
 特別な教育ニーズがあると認定された児童生徒の通常の学校への就学については、国連の委員会から改善が求められたこともあって(*8)、日本でも大きな課題となっています。そこで、この第4章の内容については、改めて詳しく紹介したいと思っています。

(5)第5章:学校のカリキュラムと評価における多様性とインクルージョンの強化

 この章では、カリキュラムの改訂を通じて多様性とインクルージョンを推進し、評価についてもより包括的なものにしようとする取り組みが進められていることを紹介しています。インクルーシブ教育を推進するためには、通常の学校の改革が不可欠です。EU諸国のすべてで、こうしたカリキュラムの改訂作業が進められているということで、インクルーシブ教育に正面から向き合っている真摯さが感じられました。
 カリキュラムにおける多様性と包摂性への対応について、半数の国の教育システムでは、特定の学習者グループを具体的にターゲットとしていませんでした。特定のグループに言及している場合は、特別な教育的ニーズや障害のある児童生徒、少数民族の児童生徒が最も多く、次いで移民、難民の児童生徒、恵まれない社会経済的背景を持つ児童生徒と宗教的少数派の児童生徒となっていて、LGBTIQ+については、最も言及が少なかったということです。

(6)第6章:ねらいを定めた学習と社会情緒的支援の促進

 この章では、学校が個々の児童生徒の学習や社会情緒的なニーズに的確に把握し、適切に対応していくことを支援するために、EU諸国の教育システムにおいて推進されている政策や施策が紹介されています。
 学校が生徒の学習ニーズと社会情緒的支援ニーズを特定するために、多くの国では、生徒の学習上の困難、行動、社会情緒、家族の問題などを評価するためのガイダンスやカウンセリングサービスを利用する取り組みが進められていて、生徒の学習ニーズと社会情緒的ニーズを評価するための具体的なガイドラインやツール、学習ニーズを評価するための全国的な診断テスト、言語能力を評価するためのガイドラインやツール等は、あまり用いられていませんでした。
 また、学校における学習支援の提供を促進するために、特に特別な教育的ニーズや障害がある児童生徒、移民、難民、少数民族の児童生徒、恵まれない社会経済的背景を持つ児童生徒など、特定のリスクのある児童生徒を対象とした支援介入を促進する政策や施策を実施している国が多かったことも報告されています。

(7)第7章:多様性と包摂性を促進するための教員と教員研修

 この章では、教育を所管する官庁が多様性とインクルージョンに関する教員教育や研修の機会を多く提供し、教育支援スタッフ活用を推進しているということが報告されています。
 併せて、インクルーシブな学級を運営するための教員の準備不足や支援スタッフを雇用するための資金の不足が、依然として課題となっていることも示されています。
 教員の多様性の欠如は、エビデンスベースで明白であるにもかかわらず、多様な経歴を持つ教員の採用を促進する政策や施策を打ち出している国は8か国に過ぎないこと、そうした施策が存在する場合でも、主に障害を持つ教員や移民出身の教員の採用が奨励されていること、研修プログラムへの教師の参加率が低い場合があることなども指摘されています。
 また、制度としては、学校にさまざまな専門家(例:心理学者、言語聴覚士、特別な教育ニーズの専門家、ソーシャルワーカー)やティーチングアシスタントを配置することを義務付けまたは推奨し、学校が支援スタッフを雇用するための財源も用意しているものの、用意された財源が十分でないために学校が必要な教育支援スタッフを雇用できない実態があることも記されています。
 日本も似たような状態にあるといえ、多様性と包摂性を促進するためには教員や支援スタッフの確保と質の向上が国や地域を超えて共通の大きな課題になっているといえます。

3.まとめ

 本報告書の序文には、次のように記されています。

 「私たちは欧州市民として、日常生活に通底する共通の基本的価値観を共有しています。インクルージョンはその一つです。
 多様な視点や経験に触れることで、文化的知性と共感力が育まれます。背景、出自、信条、人生の歩みに関わらず、誰もが平等に扱われるべきであり、誰一人取り残されるべきではないという共通の理解が生まれます。
 そして、インクルージョンは、疑いなく学校から始まらなければなりません。」

 このEurydiceのレポートには、こうした考え方を背景として、EU各国の教育当局が差別に対処し、学校における多様性とインクルーシブを促進するためにどのようなプロセスをたどって取り組みを行っているかが報告されていました。
 報告の内容を俯瞰すると、日本における「インクルーシブ教育システムの構築」の取り組みと重なり合う部分もたくさんあることがわかります。
 他方、インクルーシブな教育環境を創造するために通常の学校の改革に正面から取り組んでいるところには温度差が感じられました。
 本報告書から、EUとして、通常の学校の教育内容や指導方法、そして日々の学校生活を通して多様性とインクルージョンを主流化していくことを柱に据えて取り組んできていることが理解できます。そして、国によって対応は異なっているものの、その目標が共有されていて、真摯に対応している姿勢には、学ぶところも多々あるのではないかと思います。

*1:Eurydice
https://eurydice.eacea.ec.europa.eu/
*2:European Commission/EACEA/Eurydice, 2023. Promoting diversity and inclusion in schools in Europe. Eurydice report. Luxembourg: Publications Office of the European Union
https://op.europa.eu/en/publication-detail/-/publication/d886cc50-6719-11ee-9220-01aa75ed71a1/language-en
*3:障害者の権利に関する条約
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinken/index_shogaisha.html
*4:例えば、2019年8月31日付の毎日新聞記事「外国籍は通常の2倍 特別支援学級在籍率 日本語できず知的障害と判断か」
https://mainichi.jp/articles/20190831/k00/00m/040/156000c
*5:European Agency for Special Needs and Inclusive Education(EASNIE)
https://www.european-agency.org/resources/publications/EASIE-2019-2020-cross-country-report
*6:Inclusion Europe “Exploratory study on the inclusion of pupils with complex support needs in mainstream schools”

https://www.inclusion-europe.eu/wp-content/uploads/2018/08/IE_CSN_Education_Report_Final.pdf.
*7:UNESCO, “Global Education Monitoring Report 2021 – Central and eastern Europe, the Caucasus and Central Asia – Inclusion and education: All means all: key messages and recommendations”

https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000375517
*8:国連・障害者の権利に関する委員会「日本の第1回政府報告に関する総括所見」

https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100448721.pdf

障害者の生涯学習と共生社会

はじめに

(1)「生涯学習」とは?

 生涯学習とは、端的にいうと「生涯を通じた多様な学習活動」のことで、一般には、人々が生涯に行うあらゆる学習、すなわち、学校教育、家庭教育、社会教育、文化活動、スポーツ活動、レクリエーション活動、ボランティア活動、企業内教育、趣味など様々な場や機会において行う学習のことをいいます(*1)
 我が国では、ユネスコの成人教育推進国際委員会で提唱された生涯教育の構想を契機として、昭和40年代から取り組まれてきています(*2)

(2)障害者の生涯学習について

 上記の文部科学省の資料(*1)によると、国として「障害者の生涯学習」に取り組むことになったのは2つのきっかけがあったといいます。
 一つは、2006年(平成18年)に国連総会で「障害者権利条約」が採択され、条約の批准に向けて、障害者基本法の改正(平成23年)、障害者差別解消法の制定(平成25年)など国内法を整備が進められ、2014年(平成26年)に「障害者権利条約」の批准に至ったことが挙げられます。
 国連の障害者権利条約第24条には、教育に関して記述されています(*3)。この条文は、インクルーシブ教育の実施を明示した条文として知られていますが、それだけなく、生涯学習の確保についても確かに記されています。

第二十四条 教育
1 締約国は、教育についての障害者の権利を認める。締約国は、この権利を差別なしに、かつ、機会の均等を基礎として実現するため、障害者を包容するあらゆる段階の教育制度及び生涯学習を確保する。(略)

 もう一つのきっかけは、2016年(平成28年)10月に、当時の文部科学大臣が特別支援学校を視察した際に保護者から『子供たちは、特別支援学校を卒業した後に、学びや交流の場がなくなってしまう』という不安の声を聞いたことが挙げられています。
 これらのきっかけがあったことで、2017年(平成29年)度から文部科学省の生涯学習政策局文部科学省総合教育政策局男女共同参画共生社会学習・安全課に「障害者学習支援推進室」新設されることになったということです。以後、障害者学習支援推進室では、障害者の生涯を通じた多様な学習活動の充実に向けてさまざまな取り組みを進めてきています(*1)
 一人の個人の人生は、学校教育を受けている時間よりも、それ以外で生活している時間の方が圧倒的に多いのですから、学校教育段階でのインクルージョンはもとより、ソーシャルインクルージョンの実現を目指すことも大切だということになります。したがって、障害者の生涯学習も、当事者や関係者だけの問題ではなく、障害の有無に関係なくすべての人に関わりのあることだととらえて、多面的に考えていかなければならない課題だといえます。
 そこで、令和6年度末にあたり、このことに関してどのように組織的な取り組みが進められてきているのかを振り返り、今後の方向性について確認しておきたいと思います。

障害者の生涯学習推進の背景

(1)特別支援教育対象者について

 まず、公表されている最新のデータから、特別支援教育対象者数と卒業者の進路を示します(*4)

 特別支援学校卒業者の推移、年々増え続けています。その推移を図1に示しました。令和5年(2023年)度は151,362人となっていました。

図1 特別支援学校在籍者数の推移(令和5年度特別支援教育資料に基づいて筆者作成)

 また、令和5年度の特別支援教育対象者数を見ると、幼・小・中・高段階の総数は14,092,022人に対して、特別支援学級在籍者数が151,362人(1.07%)、特別支援学級在籍者数が372,795人(2.65%)、計524,157人で全体の3.72%となっています(表1)。通級による指導を受けている児童生徒数は198,343人(1.39%)(表2)。さらに、通常学級に在籍していて、学習面や行動面で著しい困難を示す発達障害の可能性がある小中学生が8.8%、高校生は2.2%(文部科学省が2022年12月13日に発表した調査結果)という数値も示されています。
 生涯学習を考えるにあたっては、このように特別なニーズを有する児童生徒が幼児児童生徒全体の1割を超える状況になっていることを認識しておく必要があります。


表1 特別支援学校、特別支援学級在籍者数(令和5年度特別支援教育資料)
出典:文部科学省ホームページ
https://www.mext.go.jp/content/20250128-mxt_tokubetu02-000039998-2.pdf


表2 通級による指導を受けている児童生徒数(令和5年度特別支援教育資料)
出典:文部科学省ホームページ
https://www.mext.go.jp/content/20250128-mxt_tokubetu02-000039998-2.pdf

(2)特別支援学校の卒業者の進路について

 進路はどのようになっているのでしょうか。令和6年度のデータは現時点で公表されていませんので、令和5年度の特別支援教育資料(*4)から特別支援学校高等部卒業者の学校卒業後の状況(学校基本調査)を示します(表3)。
 これを見ると、特別支援学校卒業者の約92%の障害者が就職又は社会福祉施設等入所・通所などの障害福祉サービスなどに進んでいることがわかります。
 障害福祉サービスなどに進む約6割の人は、学校教育の期間を障害者の集団で過ごし、学校卒業後もインクルーシブな環境とは言い難い場で生活を続けることになります。
 特別支援学校卒業生の高等教育機関への進学率は約2%。特に、9割近くを占める知的障害卒業生は約0.5%に留まっています。
 このように見ると、学校を卒業してしまうと障害者の多くは、学びの機会に恵まれていないことがわかります。本人に学びの意欲があっても、それが叶わないということになります。


表3 特別支援学校高等部卒業者の状況(*5)
出典:文部科学省ホームページ
https://www.mext.go.jp/content/20250128-mxt_tokubetu02-000039998-2.pdf

(3)障害者本人の意識

 学校を卒業してからも学び続けることについて、障害がある人自身はどのようにとらえているのでしょうか。古いデータになりますが、文部科学省では、平成30年度に障害者本人への調査を実施しています(*6)
 障害種別やライフステージ別に精査すると、異なった傾向が認められるのですが、全体的な概要としては次のように整理されていました。

1 経験の機会や今後のニーズ

  • 生涯学習の経験
    「余暇・レクリエーション(31.1%)」
    「健康維持・増進,スポーツ(30.3%)」
    「学校段階で学んだ内容の維持・再学習(27.4%)」
  • 生涯学習のニーズ
    「健康の維持・増進,スポーツ活動(25.5%)」
    「社会生活に必要な知識・スキル(23.3%)」
    「余暇・レクリエーション活動(22.6%)」
  • 経験よりも今後のニーズが高いもの
    「一緒に刺激し合う仲間づくり等(3.1ポイント)」
    「社会生活に必要な知識・スキル(0.5ポイント)」

2 「学べる機会・情報が⾝近にあると感じているか」

  • 身近に感じている情報
    「知りたいこと(46.3%)」
    「文化や芸術(40.1%)」
    「身体を動かすこと(39.1%)」
  • 身近に感じていない情報
    「身に付けたい技術(26.8%)」
    「仲間と学びあう場やプログラム(28.3%)」

3 障害者本人の学校卒業後における生涯学習に関する課題

  • 学習参加への物理的障壁 「ない」「あまりない」 あわせて 55.4%
  • 外出することに困難を感じて「いない」「あまりない」 あわせて 53.9%
  • ⼀緒に学習する友⼈、仲間 「いない」「あまりいない」 あわせて 71.7%
  • 習費⽤を⽀払う余裕が「ない」「あまりない」 あわせて 71.5%
  • 学ぼうとする障害者に対する社会の理解が「ない」「あまりない」 あわせて 66.3%

 これらの結果から、障害者自身が学習機会の充実は重要だと思っているものの知りたいことを学ぶための場や学習プログラムが身近にあるとは言い難い状況にあり、一緒に学習する友人や仲間がいなかったり学ぼうとする障害者に対する社会の理解がなかったりするという課題が示されたといえます。
 また、「障害者権利条約」における「⽣涯学習の確保に関する規定」記載の認知状況について、記載されていることを認知している者は23.9%しかいなかったという調査結果も示されていました。ここには、障害当事者への啓発の課題も認められます。

(4)社会教育施設等の状況

 平成30年度の調査(*6)では、社会教育施設等の状況についても調べられていました。それによると

  • 公民館等が障害者の学習活動の支援に関わった経験の有無 14.5%
  • 障害者への学習支援事業を行っている社会教育施設 10.3%
  • 障害者の学習活動支援に関わる担当者がいる 5.6%
  • 障害者の学習活動支援に関わる組織がある 3.3%

という結果が示されています。
 この調査結果からは、学習活動を支援する施設についても、障害がある人は身近にある施設との関わりが少なく、そのことも障害者をめぐる学びの機会が不足している原因になっているということが認められます。

学校卒業後における障害者の学びの支援推進事業

(1)文部科学省報告書「障害者の生涯学習の推進方策について」

 文部科学省では、平成30年度の調査を受けて、有識者会議を設置しました。障害のある人や支援団体などの意見を踏まえ、「障害者の生涯学習の推進方策についてー誰もが、障害の有無にかかわらず共に学び、生きる共生社会を目指してー」という報告書が平成31年(2019年)3月にまとめられています(*7)
 そこでは、目指す社会像として「誰もが、障害の有無にかかわらず共に学び、生きる共生社会の実現」を掲げ、以下のような側面の重視が示されていました。

(1)誰もが,障害の有無にかかわらず学び続けることのできる社会であること
(2)障害者が,健康で生きがいのある生活を追求することができ,自らの個性や得意分野を生かして参加できる社会であること

 また、障害者の生涯学習推進において特に重視すべき視点として、以下のような項目が掲げられています。

(1)本人の主体的な学びの重視
(2)学校教育から卒業後における学びへの接続の円滑化
(3)福祉,労働,医療等の分野の取組と学びの連携の強化
(4)障害に関する社会全体の理解の向上

 こうした方向性の下に、障害者の生涯学習を推進するための方策が、(1)学校卒業後における障害者の学びの場づくり、(2)障害の有無にかかわらず共に学ぶ場づくり、(3)障害に関する理解促進、(4)障害者の学びを推進するための基盤の整備という4つの観点から示されています。
 それらを受けて、障害者の生涯学習推進に向けて早急に実施すべき取り組みが国、地方公共団体、特別支援学校、大学、民間団体ごとに明示され、それぞれが役割分担し、多様な学びの場づくりを推進していくということが示されています。詳細は、資料でご確認ください。

(2)生涯学習の実態 平成6年度の取り組み

 それでは、具体的に障害のある人の生涯学習について、どのようなことが取り組まれているのでしょうか。図2は令和6年度の「学校卒業後における障害者の学びの支援推進事業」概要です(*8)
 令和6年度学校卒業後における障害者の学びの支援推進事業では、調査研究、実践研究、普及啓発活動の強化に予算が配分されていることがわかります。


図2 令和6年度「学校卒業後における障害者の学びの支援推進事業」概要
出典:文部科学省ホームページ
https://www.mext.go.jp/content/20240618-mxt_kyousei01-000036612_43.pdf

(3)共に学び、生きる共生社会コンファレンス

 平成26年の障害者権利条約の批准や平成28年の障害者差別解消法の施行等も踏まえ、学校卒業後の障害者が生涯を通じて学び続けられる社会、共に学び生きる共生社会の実現に向けて、障害者の生涯学習の機会を全国的に整備・充実するために令和元年(2019年)度より障害者の生涯学習活動の関係者が集う「共に学び、生きる共生社会コンファレンス」が全国各地で開催されています。
 そこでは、障害者本人による学びの成果発表等や、学びの場づくりに関する好事例の共有、障害者の生涯学習活動に関する研究協議等を行い、障害の社会モデルに基づく障害理解の促進や、支援者同士の学び合いによる学びの場の担い手の育成、障害者の学びの場の充実が目指されています。
 令和6年度「学校卒業後における障害者の学びの支援推進事業」には37団体が関わっています。その概要は、「障害者の生涯学習推進ポータルサイト」から確認できます。各地の実践からグッドプラクティスを選び出し、優れた取り組みや質の高い実践モデルを示すことで底上げを図ろうとしていることが理解できます(*9)

今後の方向性

 令和4年(2022年)度に実施された「障害者の生涯学習活動に関する実態調査~地方公共団体及び障害者本人を対象とした実態調査~」の報告書では、調査結果を踏まえて以下の4つの柱を示しています(*10)

庁内外の連携体制の構築
ニーズの把握とプログラムの充実
生涯学習に関する普及啓発、情報提供
市区町村と都道府県の連携

 こうした方向性のもと、令和6年度の取り組みでは、経験の浅い自治体・団体のスタートアップを積極的に支援するための方策やコンファレンス・フォーラムの開催により障害理解の促進や支援者同士の学び合いによる学びの場の担い手の育成、障害者の学びの場の充実が目指されています。
 省庁間や市区町村と都道府県間の壁などを超えて、こうした支援推進事業が着実に展開されていくことが期待されます。

まとめ

 生涯学習は障害の有無に関係なくすべての人にとって大切だという視点に立って、障害者の生涯学習について、国としてどのように組織的取り組みが進められてきているのかを振り返り、今後の方向性について確認してきました。
 平成30年度「生涯学習を通じた共生社会の実現に関する調査研究」-学校卒業後の障害者が学習活動に参加する際の阻害要因・促進要因等に関する調査研究報告書-(*11)では、その阻害要因として、まだまだ当事者中心主義になっていないことが挙げられていました。また、生涯学習の担い手に対する予算の配分や支援主体が未整理といった課題も示されていました。
 諸外国の例を見ると、例えばEU諸国では、1990年代から様々な取り組みが進められてきていますが、「特別なニーズを持つ人々が学習機会に参加し、最終的には開かれた労働市場に参加できるようにする」ことが目指されているようです(*12)
 EU圏では、知的障害がある人がより主体的に生涯学習に臨んでいけるような配慮に関する検討も進んでいます(*13)
 またデンマークなど北欧諸国のように、知の欲求を満たすために自分の好きなことが学べる場として、「フォルケホイスコーレン」という国籍、年齢、学歴、宗教等を問わず、誰でもが入れる全寮制の学校を設けている国々もあります。学校教育終了後も学びなおしができる場が用意されているということになります(*14)。目先の利益を優先するよりも長期的視点に立って社会を支える人間形成に軸足を置いているように思えます。
 2010年代後半から、わが国でも本腰を入れて、障害がある人の生涯学習が推進されるようになっており、投入される財源も増えてきています。この取り組みが年々充実してきていることを感じていますが、障害者の生涯学習は社会全体の課題であることを認識して、広い視野に立って今後の歩みが着実に進んでいくことを期待したいと思います。

*1:文部科学省総合教育政策局男女共同参画共生社会学習・安全課障害者学習支援推進室 障害者の生涯を通じた多様な学習活動の充実について(令和6年度「ともに学び、生きる共生社会コンファレンス」in 藤沢 文部科学省資料)
https://metapacafe.com/conference/
*2:文部科学省 生涯学習概念の系譜
https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/others/detail/1318300.htm
*3:障害者権利条約
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinken/index_shogaisha.html
*4:令和5年度特別支援教育資料
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/material/1406456_00012.htm
*5:令和5年度特別支援教育資料第1部データ編
特別支援学校高等部(本科)卒業者の状況(国・公・私立計)
https://www.mext.go.jp/content/20250128-mxt_tokubetu02-000039998-2.pdf
*6:文部科学省委託調査 平成30年度 「生涯学習を通じた共生社会の実現に関する調査研究」-学校卒業後の障害者が学習活動に参加する際の阻害要因・促進要因等に関する調査研究報告書-

https://www.mext.go.jp/a_menu/ikusei/gakusyushien/__icsFiles/afieldfile/2019/07/24/1419299_1.pdf
*7:障害者の生涯学習の推進方策について―誰もが,障害の有無にかかわらず共に学び,生きる共生社会を目指して―(報告)

https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shougai/041/toushin/1414985.htm
*8:文部科学省「学校卒業後における障害者の学びの支援推進事業」概要

https://www.mext.go.jp/content/20240618-mxt_kyousei01-000036612_43.pdf
*9:「共生社会の学び」障害者の生涯学習推進ポータルサイト

https://kyouseisyakainomanabi.mext.go.jp/conference/conference_r6/
*10:障害者の生涯学習活動に関する実態調査
~地方公共団体及び障害者本人を対象とした実態調査~

https://www.mext.go.jp/content/20240222-mxt_kyousei02-000034175_01.pdf
*11:平成30年度「生涯学習を通じた共生社会の実現に関する調査研究」-学校卒業後の障害者が学習活動に参加する際の阻害要因・促進要因等に関する調査研究報告書-

https://www.mext.go.jp/a_menu/ikusei/gakusyushien/__icsFiles/afieldfile/2019/07/24/1419299_1.pdf
*12:Eurydice Report Adult and Training Education in Europe Widening Access to Learning Opportunities 2015

https://eurydice.indire.it/wp-content/uploads/2016/06/Adult_Education_Training_EN-2.pdf
*13:Creating Pathways to Lifelong Learning for Adults with Intellectual Disabilities

https://www.inclusion-europe.eu/creating-pathways-to-lifelong-learning-for-adults-with-intellectual-disabilities/
*14:デンマークのエグモントホイスコーレンとは?障害者と健常者が共に学ぶ学校の全貌に迫る!

https://welserch.com/otagaisama/egmont_hojskolen

イタリアのオメロ美術館と映画『手でふれてみる世界』

はじめに

 イタリアのマルケ州の港湾都市アンコーナに「オメロ(Omero)」という名前がついた美術館があります。国立オメロ触覚美術館(Museo Tattile Statale Omero,以下オメロ美術館)です。オメロとは、イタリア語で「ホメロス(Homeros)」のことです。ホメロスは、言うまでもなく、古代ギリシアの吟遊詩人であったとされる伝説的な人物を指しています。西洋文学最初期の2つの作品、『イーリアス』と『オデュッセイア』の作者と考えられています。

オメロ美術館が入っているモーレ・ヴァンヴィテリアーナの建物
©2022 Le mani toccano il mondo

 盲目だったとされる「ホメロス」の名前をつけた美術館は、視覚に障害のある夫婦の熱い思いから誕生しました。展示作品に自由に思う存分触れることが許されている世界的に数少ない美術館です。この美術館の取り組みに感銘を受け、一人の女性がカメラを手にしてドキュメンタリー映画を完成させました。それが岡野晃子さん制作の『手でふれてみる世界』です。
 博物館の国際組織である国際博物館会議(ICOM)が新定義を示しました。このことはすでに本連載(Vol.44)でも紹介しましたが、その定義の中に「博物館は一般に公開され、誰もが利用でき、包摂的であって、多様性と持続可能性を育む。」という一文が刻まれています。ICOMの新定義の採決や障害者権利条約の批准などを契機に、日本の美術館や博物館はこれまでより質的に高まりのあるアクセシビリー対応に乗り出しているように思われます。
 オメロ美術館の取り組みは、イタリアの美術館・博物館のアクセシビリー対応にも大きな影響を及ぼしています。世界的にも著名な美術館の学芸員がオメロ美術館で研修を受けているほどです。
 そこで、今回は共生教育におけるミュージアムの役割という観点から、共生社会の担い手としても重要な役割を果たしているオメロ美術館の概要とドキュメンタリー映画「手でふれてみる世界」についてご紹介したいと思います。

オメロ美術館について

(1)美術館の歴史

 視覚に障害があるアルド・グラッシーニさんと妻のダニエラ・ボッテゴニさんは、アートを愛し、旅行が大好きで、世界80カ国以上を旅して、各国、各地域の文化や自然、生きものに直接手で触れて味わってきました。しかし、どの国でも美術館や博物館の展示物に触れることはご法度でした。「視覚に障害がある人にとって触ることは、目の見える人にとって見ることと同じである。」しかしながら、触ることが許されない現実。それならば、見える/見えないにかかわらず、アート作品に手で触れて鑑賞できる美術館を自分たちでつくろうと、夫妻は、地元で行動を起こしました。1980年代のことです。
 それが形となって実現したのが、「オメロ美術館」です。イタリア盲人協会の支援を受けて、1993年にアンコーナ市議会の議決を経て設立されました。1999年11月25日には、国立の美術館に位置づけられています(1999年法律第452号)(*1)
 この法律の条文には美術館の目的として、「視覚に障害がある人々の社会的統合と文化的成長を推進すること」、「リアリティの知識を広げること」が示されています。この趣旨に沿って本美術館は展示だけでなく施設面でもバリアフリー環境に十分な配慮がなされ、発展してきました。
 国立機関としての運営は、2002年からロベルト・ファローニ館長(1953-2011)の監督下で始まりました。ファローニさんは、15歳のときに発生した水泳事故のために車椅子での生活を余儀なくされています。ファローニさんは、後にアートギャラリーの経営者となり、生まれ故郷のアンコーナの文化生活に関わり続けました。政治の分野にも貢献し、1997年から2001年までアンコーナ市の市議会議員も務めています。ファローニさんは、持ち前の熱意で多くの人々を引き込み、オメロ美術館の設立に尽力されました。彼の人身掌握力と組織管理力によって、美術館の新しい経営は軌道に乗り、短期間で大きな発展を遂げることができました。わずか9年間(2002年から2011年)の間に、国民の関心を引くような大規模な展覧会の開催、海外とのネットワーク網の構築、集中的な研修活動の開始、障害の枠にとらわれることなく幅広く一般市民を対象としたイベントの開催などを通して、来館者数も急増させました。惜しいことに2011年に逝去されました。
 ファローニさんの貢献にスペースを取りましたが、それは視覚障害者のための美術館の発展に障害種を超えた協力があったということを記しておきたかったからです。イタリアではこうした交流が自然に行われていますが、それはすでに半世紀に及ぶインクルーシブ教育のなせる業ではないかと思っています。
 本美術館の沿革については表1に示しました。

1985

エスペランティストでもある2人の視覚障害者、アルド・グラッシーニとその妻ダニエラ・ボッテゴーニは、世界中を旅し、アートに触れることを楽しみとしていた。しかし、世界中のあらゆる美術館で待ち受けている「触れることの禁止」にうんざりし、あらゆるものに触れることができる美術館をつくるというアイデアを着想する。

1986

社会福祉局のマルケ地域マネージャーだったローザ・ブルノリ・シリアコの共鳴を得て、議会への要望が開始される。

1993

5月29日、アンコーナ市議会の議決を経て、オメロ博物館が設立された。マルケ州の寄付とイタリア視覚障害者連合の支援を受けた。最初の設置は「カルロ アントニーニ」小学校内だった。3つの教室に、古典彫刻の石膏複製19点と建築模型が展示された。この博物館の責任者を務めたのは、市職員のマリアグラツィア・コンティ(2002年まで)。

1997

コレクションが増え、ティツィアーノ通りのドナテッロ中学校の棟に移転。

1999

イタリア国会が全会一致で、「1999年11月25日法律第452号」を承認。国立美術館として位置づけられる。
法律の第2条には、この美術館の目的が「視覚障害者の成長と文化的統合を促進し、視覚障害者の間で現実の知識を広めること」と記されている。

2001

美術館は、アンコーナ市と文化省間で締結された協定に従って運営されることになった。この協定は2022年12月19日に更新されている。

2002

国立機関となったオメロ美術館の館長にロベルト・ファローニが就任。組織を取りまとめるとともに資金の確保に努めオメロ美術館の経営基盤を整えた。モーレ・ヴァンヴィテリアーナへの移転に向けて尽力した。

2011

館長を務めていたロベルト・ファローニが逝去。アルド・グラッシーニが館長に就任

2012

夏、モーレ・ヴァンヴィテリアーナに移転。4階建て約3,000平方メートルのスペース。展示やイベントのためのスペースの他に、教育研究室、オフィス、ホールカンファレンス、ドキュメンテーションセンターなどが設けられる。

2014

2014年12月23日以降、文化省のマルケ州博物館局の管轄下での運営となる。

2018

2018年8月20日以降、教育省(MIUR)学校職員総局の大臣指令170/2016に従って、教師研修の認定機関となる。

2024

2024年1月19日、外務省と国際協力省が支援する国際的に卓越した学術、文化、芸術の新しいセンターである「ヘリテージ・国際研究所」と協定を締結した。

表1 オメロ美術館の歴史

(2)オメロ美術館の現状

1)基本情報

名称 オメロ美術館(Museo Tattile Statale Omero)
所在地 イタリア マルケ州
住所  Via Tiziano 50, 60125 Ancona, Italia
email  info@museoomero.it

2)オメロ美術館の展示

 本美術館は三度移転していて、現在は、アンコーナ湾内にあるモーレ・ヴァンヴィテリアーナという五角形の建物内にあります。4階建て約3,000平方メートルのスペースを有し、展示やイベントのためのスペースの他に、教育研究室、オフィス、ホールカンファレンス、ドキュメンテーションセンターなどが設けられています。
 本美術館に収蔵されている作品は、触って鑑賞できるという観点から「建築モデル」と「彫刻」、「考古学出土品」の3ジャンルに大別されます。
 建築物については実物の縮尺モデルで、ギリシャのパルテノン神殿、ローマ時代のパンテオン、バチカンのバスティカ宮殿、フィレンツェのサンタマリア聖堂など、ギリシャやイタリアの代表的な歴史的建造物の精巧な模型が展示されています。それぞれの作品は、柱の彫刻や室内の内装まで精密に再現された縮尺モデルです。
 また、作品によっては、両手を広げても抱えられないほどの大きさになっているものもあり、それらについては両手で建物全体が確認できる程の大きさの簡略なモデルが別に用意されています。まずその簡略モデルを触って建物の全体像を把握してから、大型の模型で詳細に観察できるように配慮されているのです。
 彫刻については精巧なレプリカ及び実物が展示されています。「ミロのビーナス」、ミケランジェロの「ダビデ」像、「モーゼ」像、「ピエタ」像、ドナテッロの「ダビデ」像など、ルーブル美術館やフィレンツェの美術館などに収蔵されている著名な作品のレプリカが展示されており、タッチツアーが体験できます。
 彫刻については、さらに「人間の顔面の表現」、「エジプト彫刻」、「ギリシャ彫刻」、「エトルリア彫刻」、「ローマ彫刻」、「ロマネスク、ゴチック彫刻」、「ルネッサンス彫刻」、「ミケランジェロの作品」、「マネリスト」、「バロック彫刻」、「ネオクラッシック彫刻」、「20世紀の彫刻」、「現代彫刻」などに分類されて展示されています。
 考古学出土品はマルケ州で発掘されたものが中心で、実物が展示されています。
 それぞれの展示物には、作品の説明がイタリア語とイタリア語の点字で表示されています。説明盤は点字使用者に配慮して、点字が読みやすい位置の壁に45°~60°程度の傾斜をつけて設置されています。作品は視覚障害の有無を問わず誰でも自由に触ることができます。筆者はこれまでに4回ほどこの美術館を訪問したことがあり、触れやすい部分には汚れが付いていたり、彫刻の人物の指先をよく観察していると折れた指を修復した形跡が残っていたりしており、それらの痕跡が繰り返し触られていることを物語っていました。

(3)オメロ美術館の教育活動

 オメロ美術館では、当然のこととして視覚障害者向けのツアーやコンサルテーションを実施していますが、視覚障害者だけでなく、学校や一般の人々、家族を対象にした、多感覚に訴えるさまざまな教育活動を実施しています。具体的な活動内容については、美術館のWebサイトを参照してください(*2)

ドキュメンタリー映画『手でふれてみる世界』について

 「オメロ美術館」の日々の活動を捉えたドキュメンタリー映画「手でふれてみる世界」は、岡野晃子監督によって制作されました(*3)

(1)制作者岡野晃子さんについて

 岡野さんは、静岡県長泉町にあるヴァンジ彫刻庭園美術館(現静岡県新文化施設)やベルナール・ビュフェ美術館の運営に携わっておられました。
 ヴァンジ彫刻庭園美術館では、イタリア人の彫刻家ジュリアーノ・ヴァンジ(Giuliano Vangi, 1931-2024)の作品を展示していましたが、ヴァンジさんの願いもあって、設立当初から、来館者は屋外の展示作品に触れるようになっていました。岡野さんはヴァンジさんを通じてオメロ美術館の存在を知ります。視覚に障害がある人のために始まった美術館が、子どもから大人まで、視覚に障害がある人もない人も訪れる、すべての人に開かれた美術館となり、「そこで働く人、訪れる人、関わる人々が、「美術館とは何か」を静かに語りかけてくる」ことに感銘を受けたということです(*4)
 その美術館の活動の様子をヴァンジ彫刻庭園美術館のスタッフの皆さんと共有しようと、岡野さんはカメラを回すことを始めたそうですが(*4)、撮影開始から間もなく新型コロナウイルスの感染が拡大してしまいました。イタリアでも移動制限や触ることが制限されることになるのですが、コロナ禍にオメロ美術館を訪問した岡野さんは、全盲の高校生ララ・カロフィリオさんに出会います。ララさんがマスク姿で手袋をはめてドナテッロ作「ダビデ像」の複製作品を「手でみる」様子がこの映画に紹介されています。
 このララさんのアートを追い求める強い意思と「オメロ」という美術館の存在を世界に広めてほしいという願いが岡野さんを突き動かしました。本格的に作品を制作する引き金になったと筆者は岡野さんから伺っています。

(2)作品について

 コロナ禍を経て、2022年にドキュメンタリー映画「手でふれてみる世界」が誕生しました。この映画に描かれているオメロ美術館の活動、アルド・グラッシーニ、ダニエッラ・ボッテゴニ夫妻やジュリアーノ・ヴァンジさんの言動や交流の様子から、アート作品は見えている人にとっても「見る」だけのものではないこと、触れる世界が奥深く豊かであること、触ることで見える/見えないという壁を越えて人々の認識が変わっていくことなどを教えられます。この映画を見た人の実感や感動が口伝えで広がっていき、もちろん岡野さんの努力もあってのことですが、これまで全国各地で上映会が催され、好評を博しています。

映画の一コマ(ヴァンジの作品と同じポーズを取るアルド・グラッシーニ、ダニエラ・ボッテゴニ夫妻)
©2022 Le mani toccano il mondo

 美術館や博物館のソフト面でのアクセシビリティを細々と追究してきた筆者としては、ハード面での対応に比べて、ソフト面、とくに常設展示へのアクセシビリティ対応が緩慢なことに常々歯がゆさを感じていたのですが、この映画は、「見ることの優位性」という思い込みの鎧をはがしてくれました。この映画には、アート作品への向き合い方について人々の認識を変えていく力があることを感じています。
 また、この映画は、見える人も見えない人も一緒に鑑賞できる音声ガイド付き映画であるというところにも特徴があります。設備の整った施設では、画面を見ることができなくてもイヤホンで副音声の説明を聞きながら鑑賞することができるのです。この映画を上映してきた「シネマ・チュプキ・タバタ」(*5)にはこうした設備が整っています。
 さらに特別な設備を必要としないユニバーサル版も制作されていますが、こちらでは、観客は主音声と副音声を一緒に聞きながら映画を鑑賞することになります。

おわりに

 アルド・グラッシーニさんは、エスペランティスト(人工言語であるエスペラントを使用する人)でもあります。オメロ美術館の存在は、エスペランティストとしてアルド・グラッシーニさんと交流のあった菊島和子さんをはじめとする方々の情報によって、草創期から日本でも知られていました。しかし、イタリアという遠隔の地にあることもあってその活動を具体的に知る機会はなかなか得られませんでした。その後、ギャラリーTOM(*6)の岩崎清氏らの尽力により、アルド・グラッシーニ、ダニエッラ夫妻が日本に招聘され、その活動について直接お話を伺う機会も得ることができました。筆者自身は2004年にアンコーナの施設を初訪問して以来、これまでに4回オメロ美術館を訪問しています。中学校の校舎を間借りしていた時代からその活動を追ってきたことになります。
 筆者は、これまでにミラノ、ローマ、フィレンツェなどの美術館や博物館のアクセシビリティ対応について調てきましたが、ソーシャルインクルージョンが根付いているイタリアでは、障害の有無や見える/見えないにかかわらず、「美術館はすべての人に開かれている」というとらえ方が自然に受け入れられているように思います。ローマのバチカン美術館、ボルゲーゼ美術館、ミラノのブレラ絵画館、フィレンツェのウフィッツィ美術館などの学芸員にインタビューも重ねてきましたが、接した多くの学芸委の方がオメロ美術館で研修を受けたり、情報提供を受けたりしていました。オメロ美術館は、障害がある人を含めてすべての人に開かれている美術館本体としての機能だけでなく、イタリア国内の美術館のアクセシビリティの向上を支える研修やコンサルテーションの要の機関としても重要な役割を果たしているといえます。
 残念ながら、イタリアでもオメロ美術館の存在は広く一般には知れ渡っていないようですが、岡野さんは、日本にオメロ美術館の存在を広く知らしめてくださいました。この映画は、美術館や博物館で働く方々も関心を持ってくださっていますので、美術館博物館のソフト面でのアクセシビリティ対応がますます進んでいくことが期待されます。また、インクルーシブ教育における美術館や博物館との連携という観点からは、学校の先生方にもぜひご鑑賞いただきたい映画です。大いに刺激を与えてくれるのではないかと思います。

*1:オメロ美術館を国立に位置付けた1999年法律第452号
https://www.museoomero.it/en/museum/about-us/our-memories-of-the-museums-first-25-years/
*2:「オメロ美術館」Webサイト
https://www.museoomero.it/en/learning/schools/
*3:「手でふれてみる世界」Webサイト
https://le-mani.com/
*4:「手でふれてみる世界」監督、岡野晃子さんに聞いてみた
https://www.td-media.net/interview/ux-tateyokonaname-vol8-koko-okano/
*5:「シネマ・チュプキ・タバタ」Webサイト
https://chupki.jpn.org/
*6:「ギャラリーTOM」Webサイト

https://www.gallerytom.co.jp/

特別支援学校在籍者の増大とソーシャルインクルージョン

1.はじめに

 ちょうど1年前の「学び!と共生社会<Vol.48>(2024.01.25)」(*1)及び「学び!と共生社会<Vol.49>(2024.02.29)」(*2)で、障害がある人の雇用や就労を話題にしました。そこでは、障害者雇用の枠組みとして、共生社会の実現の理念の下、障害のある方が安定して働き続けることをめざして「障害者の雇用の促進等に関する法律」が制定され、そのうえで、雇用を促進するための方策の一つとして「法定雇用率」が定められていることを確認しました。その「法定雇用率」が引き上げられるということから、障害がある人の雇用について、企業の責任がより問われるようになってきていることを紹介しました。
 本号では、学校全体の就学者数が減少しているにもかかわらず、特別支援学校在籍者数が増え続けているという昨今の傾向を鑑みて、特別支援学校卒業者に焦点を当てて、就労や雇用の実態についてソーシャルインクルージョンと関連づけて考察することにしました。

2.近年の特別支援学校卒業生の動向

 近年の特別支援教育の動向において何よりも特徴的なのは、特別支援教育を選択する保護者や当事者が増大してきていることです。特別支援教育元年と言われる2007年度の幼小中高の在籍者数は、16,021,625人で、特別支援学校に在籍する児童生徒数は104,592人でした。それに対して2024年度では、義務教育対象児童生徒数は13,940,660人と2,080,965人減少しているのに対して、特別支援学校在籍者は151,362人と、逆に46,770人も増加しています。いわゆる通常の学校の在籍者数が減少の傾向にある中で、特別支援学校在籍者が増え続けていることがわかると思います(*3)

令和6年度(2024)

平成19年度(2007)

 

学校数

総数

 

学校数

幼稚園

8,837

841,824

幼稚園

13,835

1,726,520

幼保連携型認定
こども園

6,982

843,280

 

 

 

小学校

18,980

6,049,685

小学校

22,878

7,187,417

中学校

9,944

3,177,508

中学校

10,992

3,601,527

義務教育学校

207

76,045

 

 

 

高等学校

4,791

2,918,501

高等学校

5,385

3,494,513

中等教育学校

57

33,817

中等教育学校

27

11,648

小計

49,798

13,940,660

小計

53,117

16,021,625

 

 

 

 

 

 

特別支援学校

1,178

151,362

特殊教育諸学校

1,006

104,592

 

 

 

(盲学校)

(71)

(3,688)

 

 

 

(聾学校)

(104)

(6,544)

 

 

 

(養護学校)

(831)

(94,360)

文部科学統計要覧(令和6年版)および文部統計要覧(平成19年版)

3.特別支援学校卒業者の就労の現状

 特別支援学校在籍者の増加は、より多くの福祉的サービスを必要とする人が社会へ送り出されていくことに他なりません。ソーシャルインクルージョンという観点から見ると、特別支援学校での生涯を見据えた指導や就労支援対策がますます重要になってきますし、受け入れる社会の側においてもさまざまな配慮や意識改革が求められてくることになります。
 それでは、現状の就労支援はどのようになっているのでしょうか。厚生労働省がまとめた2023年度の報告書をもとに整理してみたいと思います(*4)

出典:厚生労働省ホームページ(https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/001281177.pdf

 図には、報告書に掲載されている就労支援施策の対象者と進路の流れが示されています。まず、障害者数ですが、厚生労働省の推計(*4)によると、2022年の総数が約1,160万人となっています。在宅障害者数は約610万人で、そのうち18歳から64歳の在宅者数は約480万人とされています。全体に対するその割合は41.3%になります。
 特別支援学校卒業生の進路先を見ると、こちらは2023(令和5)年3月の文部科学省学校基本調査のデータに基づいていると思われますが(*5)、卒業者は21,023人でした。その内訳は、一般企業等への就職が6,165人、大学・専修学校への進学が712人、障害福祉サービスが12,968人(そのうち就労移行支援、就労継続支援A型、就労継続支援B型等の就労系障害福祉サービスが7,199人)となっていました。これを整理すると以下の図のようになります。

 このデータからは、特別支援学校を卒業後、障害福祉サービスを受けている人が約62%を占め、圧倒的に多いことがわかります。また、一般企業にも約29%就職していますが、この中には特例子会社が含まれています。データは示されていませんが、特例子会社への就職は少なくないと思われます。
 障害福祉サービスや特例子会社については、障害者の教育や福祉、労働に関わっている人にはよく理解されていますが、一般には聞き慣れない言葉だと思います。そこで、以下に障害者雇用の形態と特例子会社について簡単に紹介しておきます。

(1)「一般雇用」と「障害者雇用」

 障がいのある人の雇用形態は、「一般雇用枠」と「障害雇用枠」の2つがあります。
 一般雇用は、障害のない人と同じ条件で雇用されるケースです。合理的配慮などを受けながら働くことになりますが、日本の企業では、他の人と同じ働き方や成果が期待されるため、その場合は、心理的、肉体的負担が大きくなることになる可能性があります。また、現状ではどこまで合理的配慮が受けられるかという不安もあります。
 障害者雇用は、障害があることを前提に雇用されるケースです。「障害者雇用枠」で就労するには、障害者手帳の保持が前提となります。就労にあたって配慮を要することを想定しており、一般雇用の場合よりも合理的配慮を受けやすく、負担が軽くなると言えます。反面、待遇やキャリアの形成などに影響する場合もあります。しかし、一般雇用も障害者雇用も、実際には企業によって対応が異なっていて、一様ではないというのが現状です。
 障害者雇用について詳しく知るためには、関連するガイドブックが各地の自治体や関連企業などから発行されています。詳細はそうした資料でご確認ください。それらの多くは専門的で親しみやすいとは言えないのですが、豊島区が発行している「障害のある方が働くためのガイドブック」(*6)は、誰にでもわかりやすいように平易な文章でまとめられています。

(2)就労障害福祉サービスについて

 障害福祉サービスは、個々の障害のある人々の障害程度や勘案すべき事項(社会活動や介護者、居住等の状況)を踏まえ、個別に支給決定が行われるものです。この中に就労系障害福祉サービスが含まれます。
 
 障害者総合支援法における就労系障害福祉サービスとして、就労移行支援、就労継続支援A型、就労継続支援B型、就労定着支援の4種類のサービスがあります(*7)

就労移行支援
 就労を希望する障害者であって、一般企業に雇用されることが可能と見込まれる者に対して、一定期間就労に必要な知識及び能力の向上のために必要な訓練を行います。
就労継続支援A型
 一般企業に雇用されることが困難であって、雇用契約に基づく就労が可能である者に対して、雇用契約の締結等による就労の機会の提供及び生産活動の機会の提供を行います。
就労継続支援B型
 一般企業に雇用されることが困難であって、雇用契約に基づく就労が困難である者に対して、就労の機会の提供及び生産活動の機会の提供を行います。
就労定着支援
 これは、就労移行支援等を利用して、一般企業に新たに雇用された障害者を対象とするもので、対象が上記3つの支援とは異なっています。雇用に伴う生じる日常生活又は社会生活を営む上でのさまざまな問題に関する相談、指導及び助言等の必要な支援を行います。
 なお、就労継続支援A型、就労継続支援B型では、工賃(賃金)が支払われます。2022(令和4)年度の平均工賃は表に示したとおりです(*8)。工賃が低いことに驚かされますが、一般就労における賃金とは性格を異にするものであること理解しておく必要があります。

出典:厚生労働省ホームページ(https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/001281180.pdf

(3)特例子会社

 特例子会社とは、「障害者の雇用の促進及び安定を図るため、事業主が障害者の雇用に特別の配慮をした子会社」で、厚生労働大臣から認定を受けた会社を指します、厚生労働省の資料では次のように説明されています(*9)

 障害者雇用率制度においては、障害者の雇用機会の確保(法定雇用率=2.5%)は個々の事業主(企業)ごとに義務づけられている。
 一方、障害者の雇用の促進及び安定を図るため、事業主が障害者の雇用に特別の配慮をした子会社を設立し、一定の要件を満たす場合には、特例としてその子会社に雇用されている労働者を親会社に雇用されているものとみなして、実雇用率を算定できることとしている。
 また、特例子会社を持つ親会社については、関係する子会社も含め、企業グループによる実雇用率算定を可能としている。

 特例子会社は、企業が障害者の雇用の促進及び安定を図り、法定雇用率を達成するためには大変有用な仕組みだと言えます。また、働く側からとらえても、障害者枠雇用と比べて、職場環境の整備やサポート体制などの面で、より障害に応じた配慮が受けられ、出退勤時刻、休暇・休憩等についても体調や通院に合わせた配慮が求めやすいなどの利点があると言えます。他方、待遇面で一般雇用とは異なっていること、業務内容が障害特性等を考慮して負担が軽減される反面、職種が限定されるなどの制約もあります。法定雇用率を達成することを主眼に特例子会社を設けていて、障害者を囲い込んで、一般の従業員と接する機会を奪っている場合などは、ソーシャルインクルージョンの観点から問題がないわけではありません。

4.特別支援学校卒業者の就労とソーシャルインクルージョン

 これまで示してきたことから、特別支援学校卒業者の進路として、障害福祉サービスの利用が圧倒的に多く、また、一般企業では特定子会社への就職の割合が大きいことが理解できると思います。
 特別支援学校卒業者の主な進路先である障害福祉サービス(就労継続支援A型事業所及び就労継続支援B型事業所)や特例子会社は、障害者の雇用の場の提供ということでは、現実的に有用な役割を果たしていると言えます。厚生労働省の資料でも、「①特別支援学校から一般企業への就職が約29.3%、就労系障害福祉サービスの利用が約34.2%、②就労系障害福祉サービスから一般企業への就職は年々増加し、令和4年は約2.4万人が一般就労への移行を実現」とその実績を誇っています。
 しかし、障害者の社会生活のあるべき姿として障害者の権利に関する条約の第19条には、次のような記述があります(*10)

 「この条約の締約国は、全ての障害者が他の者と平等の選択の機会をもって地域社会で生活する平等の権利を有することを認めるものとし、障害者がこの権利を完全に享受し、並びに地域社会に完全に包容され、及び参加することを容易にするための効果的かつ適当な措置をとる。」

 この条文の理念に則ると、現状には課題が多いことも見えてきます。
 国連委員会による障害者権利条約第27条(労働及び雇用)に対する日本政府への総括所見では、「就労移行、就労継続A・B型といった障害福祉サービスとして提供されている現状は、隔離、低賃金といった問題があり、一般就労への移行が制限されている」という懸念を示し、「障害福祉サービスとして提供されている就労の場から一般就労への移行を加速させる努力を強化する」ことを勧告しています。
 障害福祉サービス(就労継続支援A型事業所及び就労継続支援B型事業所)が、「一般就労」という最終ゴールにつながるプロセスの一過程として、本当に位置付けられているかということが問われているように思われます。このことは、特例子会社での対応にもつながっているところがあります。
 指導者が利用者を指導する建付けになっている就労継続支援サービスや親会社との関係が希薄で「一般就労」への道筋がないがしろにされているようにもとらえられかねない特例子会社のままであっては、「ソーシャルインクルージョン」への道のりは厳しいと言わざるを得ません。
 「全ての障害者が他の者と平等の選択の機会をもって地域社会で生活する平等の権利を有することを認めるものとし、障害者が、この権利を完全に享受し、並びに地域社会に完全に包容され、及び参加することを容易にするための効果的かつ適当な措置」につなげていくことを念頭に置いて、より「社会モデル」に依拠した地道な変革が求められているように思います。

5.新たな動き(1) 「ソーシャルファーム(社会的企業)」の創設

 特別支援学校卒業者の就労という観点から現状をとらえてきましたが、障害者権利条約の理念には程遠い課題点も見えてきました。こうした中でこれまでにない道を開発しようとする動きも出てきています。
 一つは、ソーシャルファーム(社会的企業)という新たな仕組みの創設です。
 これは、「福祉的就労と一般就労の間には大きなハードルがあり、一般就労を希望する障害者は多いものの、社会福祉施設から一般企業への就職は難しい」ことから「一般就労でも福祉的就労でもない、第三の雇用の場」として「企業的経営手法を用い、税金の負担も少なく、障害者を含む就業困難者を多数(3割以上)雇用することが特徴とされている」新たな仕組みということになります(*11)
 東京都では、すでにこの取り組みがスタートしています。その取り組みの基本的な考え方が、『新ノーマライゼーション』2023年2月号に掲載されています。そこには取り組みの主旨が以下のように記されています(*12)

 東京都では、就労を希望する誰もが個性や能力を発揮し活躍する場として、ソーシャルファームの取り組みを進めています。ソーシャルファームとは、「一般的な企業と同様に自律的な経済活動を行いながら、就労に困難を抱える方が、必要なサポートを受け、他の従業員と共に働いている社会的企業」です。東京都が全国に先駆けて条例を制定し、取り組みを進めています。

 ソーシャルファームは、1970年代にイタリアで誕生しました。イタリア国内の精神病院の廃止に伴い、患者の方々が通院治療しながら就労する場として設立されたことが始まりです。精神障害者雇用から始まったソーシャルファームは、各国の社会事情を背景に、雇用対象者も拡大しながら、国を超えて広がっています。現在ではヨーロッパ全体で約1万社、韓国に3千社が存在しています。
(中略)
 東京都は、ソーシャルファームの創設及び活動を支援するため、支援対象となる事業所を認証しています。その要件は三つあります。
 一つ目は、事業からの収入を主たる財源として運営することです。事業収入により主な収益を上げて、自律的かつ持続的な運営をしていくことです。
 二つ目は、就労困難者と認められる者を相当数雇用することです。「就労困難者と認められる者」とは、就労を希望しながら、心身の障害をはじめ社会的、経済的その他の事由により就労することが困難である者であり、東京都の認証審査会で、支援が必要であると認められた方をいいます。これまで、認証審査会で就労困難者として認められた方は、発達障害がある方、刑務所出所者の方、元引きこもりの方、障害のあるお子さんを育児中の方などです。また、「相当数雇用すること」とは、認証基準で「就労困難者と認められる者を従業員総数の20%以上かつ最低3人以上雇用していること」となっています。
 三つ目は、就労困難者と認められる者が他の従業員と共に働いていることです。福祉作業所のように、指導者と指導を受ける人という関係ではなく、同僚として一緒に働くことです。

 「個別の教育的ニーズのある幼児児童生徒に対して、自立と社会参加を見据えて、その時点で教育的ニーズに最も的確に応える指導」を重視した特別支援学校という場から、障害がある人が多数を占め、指導されるという学校教育と変わらない環境に移行しただけでは、確かに「ともに働く」、「社会の中で生きる」という意識は芽生えにくく、自立できていても自律性は発揮しにくいのではないかと思われます。可能な限り、一般の社会に近い環境を提供しようとする「ソーシャルファーム」の今後の進展に期待したいと思います。

6.新たな動き(2) IBMの企業理念を知る

 新たな動きということではなく、これまで寡聞にして知らなかっただけのことなのですが、IBMでは、障害のある⽅を「PwDA」(「People with Diverse Abilities」の略)と呼んでいて、PwD(People with Disabilities)とは呼ばないということです。障害(Disabilities)ではなく、多様な能⼒(Diverse Abilities)にフォーカスしているからです。
 私は、鳥居由起子氏の報告からこのことを知りました(*13)。以下は、その報告の要約になります。
 PwDA社員は、「PwDA Community」に支えられていて、そこには、Communityの⽬指すものを応援する社員(アライ)が入っています。PwDA社員とアライが、お互いに良い影響を与え合えるコミュニティになっているということです。
 このIBMの取り組みや背景の詳細については原典に当たっていただきたいのですが、このCorporate Policy Letter117は、70年以上にわたるIBMのダイバーシティ&インクルージョンの礎となっていて、特例⼦会社はつくらず、社内のさまざまな組織でPwDAが活躍しているということです。
 特例子会社をつくって、障害がある人を分離するのではなく、「誰もが⾃分らしく働き、輝ける職場環境がIBMにはあるべきで、社内のさまざまな組織にPwDAを配置している」そうです。
 加えて、PwDAに関して以下の3つの大きな活動が展開されています。
 一つ目は、「PwDA Community」、このコミュニティは定期的にお話会を開催して、PwDAのことを知ったり、PwDA社員と一緒に働くことについて考えたりしている。
 二つ目は、「ACE(Accessibility Consortium of Enterprises)」。日本語では、一般社団法人企業アクセシビリティ・コンソーシアム。2013年9月、「障がい者雇用の新しいモデル確立」を目指し、業種・業態を超えて志を一つにする大手企業20数社が集まり設立した団体。人事担当者や障がいのある社員向けセミナー、ワークショップ開催、教育冊子発行などを通じ、当事者への啓発活動、ロールモデル輩出、経営者や社会への提言を実施している。
 三つ目は、2014年から始めた「Access Blue Program」。これは障害のある⽅を対象にした6カ月間の「有給インターンシップ・プログラム」。お金をもらって働きながら、ビジネス・ITスキルの基礎を⾝につけてもらうことができる。
 また、PwDA社員への合理的配慮は行うが、特別扱いはしないということで、合理的配慮として、情報保障ツールの貸与、手話通訳、要約筆記、自家用車・事業所駐車場の利用許可、事業所バリアフリー整備など、身体の障害で不利が生じないように環境を整えているということです。障害のある社員が安全に勤務できるよう事業所内をツアー(チェック)し、問題があれば改善する取り組み「BUILDING ACCOMMODATION ASSESSMENT TOUR(BAAT)」や入社・異動・新規障害登録のタイミングで「障がいのある社員のための緊急避難安全チェックリスト」を詳細に作成し、緊急時の避難に備えたりもしているということです。
 鳥居さんは、「私たちはPwDAへの合理的配慮は行いますが、特別扱いはしません。それがIBMらしいチャレンジであると考えています。」とこの報告の最後で述べています。
 このセミナーを企画した古野庸一(組織行動研究所 所長)氏は、「最も伝えたい話としては、誰もがそれぞれの事情があり、誰もが違う能力や価値観をもっており、それらに配慮していくことで、組織としての能力を高めていくことになるということです。日本IBMでは、そのことを創業時から意識しており、それぞれの人が持っている能力や価値観を認め、それを生かした経営を行っているということです。そのことを今でも徹底し、インターンシップを開催し、障害者にもその可能性を拓く支援をしていることにあらためて感銘を受けました。」と記しています。
 それぞれの人が持っている能力や価値観を受け止めて、それを経営に活かしていくという理念は、障害の有無など本質的でない価値観に拘泥している人間や組織の愚かさをさらしだしてくれています。こうした姿勢が真の豊かさを導いてくれるように思います。

7.まとめ

 本稿では、特別支援学校卒業者の就労や雇用の実態についてソーシャルインクルージョンと関連付けて検討しました。
 特に、学齢段階の児童生徒数が減少している中で、特別支援学校在籍者が依然と増え続けています、その背景については、本稿の課題ではないので言及しませんでしたが、特別支援学校を経て社会に出ていく児童生徒数は確実に増えていきます。そして多くの生徒は、障害福祉サービスや一般企業の特例子会社に就職していくと想定されますが、そうした事業所数も増え続けています。2023度5のデータを見ると、就労継続支援(A型)事業所は4,678で、前年比247増。就労継続支援(B型)事業所は16,713で前年比1,125増となっています(*14)。特例子会社についても、令和5年6月1日現在で認定を受けている企業は598社(前年より19社増)で、雇用されている障害者の数は、46,848.0人(前年は43,857.0人)となっています(*15)

 このように、就労継続支援事業所や特例子会社は、特別支援学校を卒業した人の受け皿としてなくてはならない存在になっています。
 こうした事業所や企業の多くが、さまざまな努力や工夫をして障害がある人のキャリア形成や就労支援に努めていることも承知しています。しかしながら、「障害者と健常者が共に学び、働き、生活することを目指し、すべての人が尊重しあい共生できる社会」の創生という観点からすると、十分とは言えない環境にあることは否めません。また、特例子会社についても「民間企業による一般就労の形態をとりつつも,障害者が一般の職場から隔離されている 『シェルター』の性質が内包され」ており、それが主目的と思われても仕方のないようなケースもないわけではありません(*16)
 そうした中で、よりインクルーシブな取り組みをしている事例も取り上げました。東京都が取り組んでいる「ソーシャルファーム」は、障害者だけを囲い込むことなく、障害者の就労を支えようとしており、今後の発展と広がりが期待されます。また、IBMの「障害がある人を分離するのではなく、「誰もが⾃分らしく働き、輝ける職場環境」を追求している企業理念は、どの企業でも容易に導入できるものではありませんが、その気になればできるということ、そしてそれが企業のメリットにもつながっているということを示してくれています。
 特別支援学校卒業者は、しばらく増え続けていきます。一人の市民として、開かれた社会の中で、より生き生きと働き、生活できるよう、現在の環境を見つめなおしていきたいものです。

*1:「学び!と共生社会<Vol.48>(2024.01.25)」
障害者の雇用の促進と共生社会
https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/inclusive/inclusive048/
*2:「学び!と共生社会<Vol.49>(2024.02.29)」
障害がある生徒の就労と「自立」
https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/inclusive/inclusive049/
*3:文部科学統計要覧(令和6年版)および文部統計要覧(平成19年版)
令和6年版
https://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/002/002b/1417059_00009.htm
平成19年版
https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11293659/www.mext.go.jp/b_menu/toukei/002/002b/mokuji19.htm
*4:障害者の就労支援対策の状況
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/shougaishahukushi/service/shurou.html
*5:文部科学省 学校基本調査 / 令和5年度 初等中等教育機関・専修学校・各種学校 卒業後の状況調査 卒業後の状況調査票(特別支援学校 高等部)
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00400001&tstat=000001011528&cycle=0&tclass1=000001212520&tclass2=000001212521&tclass3=000001212535&tclass4=000001212701&stat_infid=000040128497&tclass5val=0
*6:障害のある方が働くためのガイドブック
https://www.city.toshima.lg.jp/172/kenko/shogai/documents/guidebook.pdf
*7:障害福祉サービスについて
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/shougaishahukushi/service/naiyou.html
*8:令和4年度工賃(賃金)の実績について
https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/001220331.pdf
*9:「特例子会社」制度の概要
https://www.mhlw.go.jp/content/001027591.pdf
*10:外務省 障害者の権利に関する条約(障害者権利条約)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinken/index_shogaisha.html
*11:新しい障害者の就業のあり方としての ソーシャルファームについての研究調査
https://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/cyousajigyou/dl/seikabutsu17-3.pdf
*12:多様性は可能性~東京都におけるソーシャルファームの推進
『新ノーマライゼーション』2023年2月号
https://www.dinf.ne.jp/d/6/239.html
*13:鳥居 由起子「IBMのDiversity & Inclusion~PwDA雇用について」
組織行動研究所セミナー開催報告「障害者雇用・就労から考えるインクルージョン 障害のある人と共に働くことから見えてくるもの」所収
https://www.recruit-ms.co.jp/issue/column/0000001254/
*14:厚生労働省 令和5年社会福祉施設等調査の概況
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/fukushi/23/dl/gaikyo.pdf
*15:厚生労働省 令和5年 障害者雇用状況の集計結果
https://www.mhlw.go.jp/content/001186355.pdf
*16:伊藤修毅「障害者雇用における特例子会社制度の現代的課題─全国実態調査から─」
『立命館産業社会論集』第47巻第4号 2012年3月
https://www.ritsumei.ac.jp/ss/sansharonshu/assets/file/2011/47-4_02-08.pdf

公立高校の「定員内不合格」とインクルーシブ教育

1.はじめに

 最近、ニュースや新聞報道などで「定員内不合格」という言葉をたびたび耳にします(*1)。この言葉はご存じのことと思いますが、公立高校の入学選抜試験において志願者が募集定員に満たない場合であっても、「不合格」者を出していることを指しています。
 この「定員内不合格」の発生は、今に始まったことではありません。高校は義務教育ではないこともあり、入学選抜試験もいわゆる「適格者主義」に基づいた対応が一般的だったといえます。その結果、「学力が満たなかったり卒業が見込まれないと判断されたりした場合に不合格となるのは当然」と社会で受け止められてきたのではないでしょうか。しかし、進学率の高まりやインクルーシブ教育の進展によって、その課題点が指摘されるようになってきました。
 そこで、今回は、インクルーシブ教育の観点からこの「定員内不合格」を取り上げることにします。

2.入学選抜試験といわゆる「適格者主義」について

 文部科学省の入学選抜試験におけるいわゆる「適格者主義」への対応は、時代背景にともなって変化してきています。まずは、これまでの対応を振り返っておきたいと思います。
 平成24年7月12日の中央教育審議会初等中等教育分科会高等学校教育部会に提出された資料「課題の整理と検討の視点(案)」には、高等学校におけるいわゆる「適格者主義」に関して、次のような記述が認められます(*2)

いわゆる「適格者主義」について
○ 高等学校進学率が約67%であった昭和38年の「公立高等学校入学者選抜要項」(初等中等教育局長通知)において、「高等学校の教育課程を履修できる見込みのない者をも入学させることは適当ではない」とした上で、「高等学校の入学者の選抜は、中学校長から送付された調査書その他必要な書類、選抜のための学力検査の成績等を資料として、高等学校教育を受けるに足る資質と能力を判定して行なうものとする。」とする考え方を採っていた。
○ その後、進学率が94%に達した昭和59年の「公立高等学校の入学者選抜について」(初等中等教育局長通知)においては、「高等学校の入学者選抜は、各高等学校、学科等の特色に配慮しつつ、その教育を受けるに足る能力・適性等を判定して行う」として、高等学校の入学者選抜は、飽くまで設置者及び学校の責任と判断で行うものであることを明確にし、一律に高等学校教育を受けるに足る能力・適性を有することを前提とする考え方を採らないことを明らかにした。
○ 平成11年の中央教育審議会答申「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」においては、「今後、このような趣旨が更に徹底され、後期中等教育機関への進学希望者を盲・聾・養護学校高等部も含めた後期中等教育機関全体で受け入れられるよう適切な受験機会の提供や、高等学校の整備、盲・聾・養護学校の高等部の整備などの条件整備に努める必要がある。」と指摘されている。

 この資料からは、昭和38年の「通知」でいわゆる「適格者主義」が明示され、以後それに基づいた対応がなされてきましたが、昭和59年の「通知」では一律に能力・適性を有することを前提とする考え方をとらず、「設置者及び学校の責任と判断で行うもの」に変化してきていることがわかります。
 そして、「平成11年の中央教育審議会答申」では、その趣旨を徹底し、条件整備に努めることが謳われています。

 それでは、現在はどのようになっているのでしょうか。令和6年6月25日付で、高等学校入学者選抜等における配慮事項について文部科学省初等中等教育局長及び文部科学省総合教育政策局長の連名による「高等学校入学者選抜等における配慮等について(通知)」という通知が発出されています(*3)

4.公立高等学校の入学者選抜における志願者数が定員に満たない場合の対応等について
 高等学校入学者選抜の実施方法等は、実施者が決定し、高等学校の入学は入学者選抜に基づいて各校長が、その学校に期待される社会的役割や学科等の特色を踏まえ、その学校及び学科等で学ぶための能力や適性等を適切に判定し、許可するものです。定員内不合格自体が直ちに否定されるものではありませんが、定員内でありながら不合格を出す場合には、各教育委員会等及び各校長の責任において、当該受検生に対し、その理由が丁寧に説明されることが適切です
 一方で、学ぶ意欲を有する生徒に対して、学びの場が確保されることは重要であり、そうした観点から、各教育委員会等においては、「令和5年度高等学校入学者選抜の改善等に関する状況調査(公立高等学校)」(令和5年12月文部科学省初等中等教育局参事官(高等学校担当))等を通じて、定員内不合格を出さないよう取り扱っている例を含め、他の教育委員会における入学者選抜の実施方法等を参照するなどしていただくとともに、合理的な説明となっているかについて改めて御検討いただくようお願いします
 また、域内の学ぶ意欲を有する中学生の進学先が確保されているかについても、教育委員会の高等学校担当部署と中学校担当部署が連携するなどして、改めて確認、分析するとともに、今後の域内の高等学校政策の検討につなげていただきますようお願いします

 この文書では、公立高等学校の入学者選抜については、学校長が能力や適性等を判定し入学を許可するものであって、定員内不合格自体が直ちに否定されるものではないという従来の考え方を再確認した上で、定員内でありながら不合格を出す場合には、その理由が説明されることが適切であるということを示しています。
 文部科学省では、「障害者の権利に関する条約」を受けてインクルーシブ教育システムの構築を推進しており、「そのシステムにおいては、同じ場で共に学ぶことを追求するとともに、個別の教育的ニーズのある幼児児童生徒に対して、自立と社会参加を見据えて、その時点で教育的ニーズに最も的確に応える指導を提供できる、多様で柔軟な仕組みを整備することが重要であるということから、連続性のある多様な学びの場を用意しておくことが必要である」としています。
 こうしたことから、高等学校段階でも近年、「通級による指導」への取り組みが開始されているわけですが、インクルーシブ教育システムの構築という観点からすると、ニーズに対応するために更なる対応が必要になってきます。「定員内不合格」の問題にはそうした課題も含まれているといえます。そうした観点からとらえると、「定員内でありながら不合格を出す場合には、その理由が説明されることが適切」という表現がよく理解できます。

3.「定員内不合格」の現状

 公立高校の「定員内不合格」の問題については、以前からその課題点が指摘されてはいたのですが、2019年から国会で舩後靖彦参院議員が質問を重ねたことがきっかけとなって改めて光が当てられることになりました(*4)。舩後議員の質問を契機として文部科学省による全国実態調査も実施されています。
 文部科学省による調査は、2022年、2023年に実施されています。2023年の結果は、文科省ホームページに「令和5年度 高等学校入学者選抜の改善等に関する状況調査 (公立高等学校)」として掲載されています(*5)
 この調査から「志願者が定数に満たない場合の対応等に対する全国の自治体の回答」(図1-1)と「令和5年度高定員内でありながら不合格を出す場合には、その理由が説明されることが適切である等学校入学者選抜における定員内不合格となった者の数(延べ数)」(図1-2)を以下に示します。

図1-1 「志願者が定員に満たない場合の対応等」
(1)志願者数が定員に満たない場合の合否の決定に関する方針(アとイについては複数回答可)

出典:文部科学省ホームページ「令和5年度高等学校入学者選抜の改善等に関する状況調査(公立高等学校)」
https://www.mext.go.jp/content/20231219-mxt_koukou01-000026790_1.pdf

図1-2 「志願者が定員に満たない場合の対応等」
(2)令和5年度高等学校入学者選抜における定員内不合格となった者の数(延べ数)

出典:文部科学省ホームページ「令和5年度高等学校入学者選抜の改善等に関する状況調査(公立高等学校)」
https://www.mext.go.jp/content/20231219-mxt_koukou01-000026790_1.pdf

 この表に示されているように定員内不合格に関連して「志願者数が定員に満たない場合の対応について」は、「ア 文書、口頭、申し合わせ等により、原則として定員内不合格を出さないようにしている」が23県、「イ 定員内不合格を出す場合、教育委員会との協議を要することとしている」が16県、「ウ 各校長の判断に委ねられている」が20県でした。
 また、令和5年度高等学校入学者選抜における定員内不合格となった者の数(延べ数)については、定員内不合格を出していないのは、埼玉、東京、神奈川、愛知、滋賀、大阪、北海道、兵庫、和歌山の9都道府県でした。
 他方で、100人以上の定員内不合格を出している県が6県ありました。全国で定員内不合格となった人数は2004人で2022度(1631人)から73人増えていました。また、最終の受験での不合格も631人(昨年度は505人)となっていました。2022年度と比較すると、宮城県、三重県、高知県、山口県などで、定員内不合格者が減少していることがわかります。
 これらの調査結果からは、原則として「定員内不合格」を出さない方向で取り組んでいる傾向が認められるものの、対応に地域差が大きいこと、文部科学省から通知が発出されているものの、個々の学校長の判断は大勢としてその方向を向いているとは必ずしも言い難いことなどの実態が浮かび上がってきます。

4.フルインクルージョン体制にあるイタリアでは

 フルインクルージョン体制をとっている国では、高等学校の進学はどのようになっているのでしょうか。イタリアでの対応について紹介したいと思います。
 イタリアでは、基本的に中学校を卒業していれば、障害等の有無にかかわりなく高等学校に入学することができます。そのため、「定員内不合格」という事態は発生することはあり得ません。そればかりか、障害がある生徒が高等学校に在籍するのは日常の光景となっています。
 これまでにも紹介してきていますが(*6)、フルインクルーシブ教育体制をとっているイタリアでは義務教育段階だけでなく、高等学校も含めてすべての学校教育段階で障害がある学生生徒を受け入れるための体制が整えられています。
 高等学校においても、障害があると認定されている場合は以下のような配慮がなされます。一般のカリキュラムにとらわれない個別の指導計画が作成され、それに基づいて教科等の指導がなされること、障害の種類や程度に応じて支援教師や支援員が配置されサポートが受けられること、学外の保健機関や医療機関と連携して必要に応じて支援が受けられることなどです。これらの点は、ようやく「通級による指導」が開始された段階にある日本の高等学校の場合とは大きく異なっているといえます。
 ただし、イタリアでは厳格な出口主義がとられているために、所定の単位を取得し卒業試験をクリアしなければ高等学校の卒業資格を得ることはできません。卒業資格については日本以上に厳しいといえます。したがって、障害認定されていても、卒業資格を得るためには特別な配慮はありません。以前ほどではなくなってきているようですが、卒業できない生徒は少なくなくありません。しかし、日本ほどの「学歴信仰」はないため、卒業資格が得られないことで人生の烙印が押されるといったマイナスイメージを持つことも少ないようです。なお、卒業資格が得られなくても在籍証明が発行されることになっています。
 イタリアの取り組みからは、「適格者主義」への対応についてヒントが得られそうです。

5.まとめと今後の展望

 ネットのニュースで、「定員内不合格」で検索していると、全国各地で「定員内不合格」となった人たちが、入学許可を求めて提訴しているという記事に出会います。
 インクルーシブ教育体制の構築が進展している義務教育段階を経てきた生徒が増えてきているわけですから、義務教育終了後も高等学校で学びたいという希望を持つ生徒が増えてくるのは、当然の帰結だといえます。それは、共生社会の実現をめざしたインクルーシブ教育システムの構築を進めてきたことの証左であるととらえることもできます。
 しかしながら、高等学校は、小・中学校とは異なる側面が多々ありますし、義務教育段階ほど手厚い対応がなされているわけでありません。適格者主義が薄れてきているとはいえ、「入学した生徒を所定の教育課程で履修させて卒業させる」ことが学校に求められます。中退をさせれば、それは学校の責任だという批判にさらされることにもつながります。そのため、「高校教育課程で履修できる見込みがない」、「入学させたらからには卒業させなければならない」といった理由で、「入学させることは適当でない」といった判断が学校長や学校でなされるのだろうと想像するに難くありません。「受け入れたくても受け入れられない」という苦渋の選択がそこにはあるように思われます。
 また、文部科学省の調査から「定員内不合格」への対応に地域差があることが明らかになったことからは、「意識」の問題だけではなく環境の整備や人員の配置など財政面での影響も大いにあるのだろうと考えられます。
 このように見てくると、「定員内不合格」は、個別の問題としてではなく、学校教育システム全体の問題であるととらえる視点を持つことが大事なことになってくるのではないかと思われます。すでにそうした観点から動き出している自治体もあります。例えば、報道によると東京都では、障害の有無にかかわらず一緒に学ぶ「インクルーシブ教育」をめぐり、都立高校と都立特別支援学校の一体的な運営を検討する方針を明らかにしています(*7)。今後の進展が期待されます。
 また、文部科学省でも中央教育審議会にワーキンググループを設け、これからの高等学校教育の在り方を検討しています。令和5年8月にその中間まとめが公表されています(*8)。この中間まとめには、「通級による指導」に関する記載はありましたが、「インクルーシブ教育システムの構築」という観点からの記載は見当たりませんでした。こちらの進展も気になるところです。

*1:例えば朝日新聞社説「定員内不合格 子のため 第一に判断を」
https://www.asahi.com/articles/DA3S16107766.html
*2:「課題の整理と検討の視点(案)」(平成24年7月12日)中央教育審議会初等中等教育分科会高等学校教育部会配布資料(資料3‐2)
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/attach/1325908.htm
*3:文部科学省「高等学校入学者選抜等における配慮等について(通知)」
https://www.mext.go.jp/content/202400625-mxt_koukou01-000026790_01.pdf
*4:朝日新聞「定員内不合格25回の男性との出会い 舩後靖彦議員、質問重ねたわけ」
https://www.asahi.com/articles/ASS955G4TS95UTIL02LM.html
*5:文部科学省「令和5年度 高等学校入学者選抜の改善等に関する状況調査 (公立高等学校)」
https://www.mext.go.jp/content/20231219-mxt_koukou01-000026790_1.pdf
*6:学び!と共生社会<Vol.38>「イタリアにおける逆統合型の学校とインクルーシブ教育」
https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/inclusive/inclusive038/
*7:朝日新聞「都立高校と特別支援学校、一体化へ 都教委『インクルーシブ教育を』
https://www.asahi.com/articles/ASRDF61TQRDFOXIE00C.html
*8:中央教育審議会「高等学校教育の在り方ワーキンググループ 中間まとめ」(令和5年8月31日 初等中等教育分科会 個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実に 向けた学校教育の在り方に関する特別部会 高等学校教育の在り方ワーキンググループ)
https://www.mext.go.jp/content/20230901-mxt_koukou01-000031697_1.pdf
https://www.mext.go.jp/content/20240410-mxt_00004-000035136_3.pdf

聴覚障害とインクルージョン ―東京2025デフリンピックをきっかけとして

はじめに

 2024年10月29日から11月3日まで、有楽町駅近くにある東京国際フォーラムを会場に「クリエイティブ・ウェルビーイング・トーキョー『だれもが文化でつながる国際会議2024』」が開催されました(*1)
 「だれもが文化でつながる国際会議2024」は、国内外のさまざまな視点から文化と居場所について考え議論するカンファレンスで、東京都の芸術文化政策の下で事業を展開している「アーツカウンシル東京」によって実施されたものです。
 多様化・複雑化する現代社会では、私たちの誰もが「居場所」を必要としていて、「安心していられる居場所」があることを「ウェルビーイング」のひとつのあり方ととらえて「文化と居場所―アートが開く新たな未来」というテーマで開催されました。国内外のアーティストの作品展示、ワークショップやトーク、参加者・来場者の交流、コミュニケーションのあり方の探求という4つの柱で構成されていました。
 筆者も展示の一部に関わっていたのですが(*2)、来年、「東京2025デフリンピック」が開催されることから、このイベントでも「ろう文化」に焦点が当てられていました。
 そこで、今回は「ろう文化」とくにその言語に焦点を当ててインクルーシブ教育を取り上げることとしました。

デフリンピックについて

 東京2025デフリンピックは日本で初めての開催となります。2025年11月15日~26日に開催されることになっています。
 本題に先立って、デフリンピックについて、その概要を日本ろうあ連盟のホームページ(*3)を参考に整理しておきます。

デフリンピック(Deaflympics)
  • 身体障害者のオリンピック「パラリンピック」に対して、きこえない・きこえにくい人のオリンピックとして、夏季大会が1924年(フランス)で、冬季大会が1949年(オーストリア)で初めて開催された。
  • 障害当事者であるろう者自身が運営する、きこえない・きこえにくい人のための国際的なスポーツ大会で、また参加者が国際手話によるコミュニケーションで友好を深められるところに大きな特徴がある。
  • 国際ろう者スポーツ委員会(International Committee of Sports for the Deaf)によって運営され、104の国が加盟国している。
デフリンピックとパラリンピック
  • 国際ろう者スポーツ委員会は、国際パラリンピック委員会(International Paralympic Committee)の発足当初(1989年)は、同委員会に加盟していた。
  • デフリンピックの独創性を追求するために、1995年に組織を離れた。現在は、ろう者はパラリンピックに参加していない。
  • デフリンピックの独創性は、コミュニケーション全てが国際手話によって行われること、競技のスタート音や審判の声による合図を視覚的に工夫すること。
  • それ以外は、オリンピックと同じルールで運営されている。
  • パラリンピックがリハビリテーション重視の考えで始まったのに対し、デフリンピックはろう者仲間での記録重視の考えで始まったという点で異なっている。
  • 現在は、両方とも障害の存在を認めた上で競技における「卓越性」を追求する考えに転換している。

我が国での聴覚障害教育と「ろう文化」

 ヘレン・ケラーは、「目が見えなければ物事から切り離され、耳が聞こえなければ人々から切り離される…耳が聞こえなくなるということは、まさに孤立するということ。」(*4)と記していますが、デフリンピックとパラリンピックの関係が示すように、聴覚障害のインクルーシブ教育については、その「障害特性」に配慮して丁寧に進めていく必要があることがわかります。
 日本の学校教育システムは、インクルーシブ教育を志向しつつも、特別支援教育が必要だという立て付けになっていますので、学校教育においては、障害の特性に応じた対応を重視しているということになります。
 しかしながら、聴覚障害教育について深掘りすると、「障害の特性」に配慮するという観点からすると、「ろう文化」の基盤とされる「手話」の使用が長い間制限されてきたという歴史があります。
 大正時代末期以降、口話法によるろう教育が主流となり、特に1933年(昭和8年)の全国聾学校校長会で、当時の文部大臣鳩山一郎が「各校は口話教育に奮励努力せよ」と訓示したあと、その傾向は顕著になりました。
 そうした流れの支えとなったものの一つに、川本宇之介の手話否定論があります。川本宇之介は、『聾唖教育学精説』の中で、以下のような手話批判論を展開しています(ほぼ原文のまま引用)(*5)

  1. 手話語は自然表出運動に基づき、人類の言語としては最も初歩的で、幼稚なるものである。
  2. 手話語は多義であり変化し易い。随(したが)って意義が曖昧になる惧(おそ)れが多い。
  3. 手話語は直観的であり思想を直截簡明に、絵画的に表現することは容易であるが、抽象概念を表現することは困難である。
  4. 手話語は思考を論理的になすことを困難ならしめ、随(したが)って文を論理的になすことを困難ならしめ、論理的表現を完全ならしめない。
  5. 手話語はそれ自身には、一の語法があるかも知れぬが、その語法は如何なる国語とも一致することはない。
  6. 手話語は殊に時間空間、原因、結果等の事物の関係、物の属性殊に人間の関係を明瞭に表現すること困難である為、甚だしきは、その文は文をなさず、語法の紛更を来し、屡々単語の羅列となることがある。故に聾唖児の思考力を発達させることに貢献することが少い。
  7. 斯くの如くであるから、手話語は各国の国語とは、全くその体系を異にする。異種の体系語と結合して教授しても聾児の使用する国語は、恰(あたか)も木に竹をついだ様になる傾向が甚だ強い。随(したが)って自ら、聾児に文の理解力を盛にし、読書力を発達させることを、甚だ困難ならしめる。

 こうしたとらえ方もあって、口話法を中核にすえた聾教育の方針は戦後も貫かれてきました。「聾学校には『健聴者の社会に生きていくためには音声言語によるコミュニケーションは必要であり、音声言語の獲得が聴覚障害児の社会参加や健聴者社会での自立の可能性を広げることにつながる』という発想もある」(*6)と指摘されているように、聴覚障害児を健聴児に近づけるための教育的営みが重視されていたことの表れだったと言えるのかもしれません。しかし、時を経て、児童生徒の実態や社会情勢の変化に対応して、少しずつ手話を含めて他の手法も利用されるようになってきました。
 そして、1993年文部省専門家会議報告書において、手話に関する見解が公に示されるに至りました。それまでの60年の長きにわたり学校現場で手話使用は公然とは認められていなかったということになります。
 なお、聴覚障害児のコミュニケーション手段に関する調査研究協力者会議の報告には、次のように記されています(*7)

 聴覚障害児が社会参加・自立したのちのコミュニケーション手段については,国語(話し言葉と書き言葉)と手話や指文字等による補助及び併用を行うこと,場面や相手等に応じたコミュニケーション手段の使い分けを行うことが必要になるであろう。

そして、1996年には、木村らによってろう文化宣言が発せられます(*8)

「ろう者とは、日本手話という、日本語とは異なる言語を話す、言語的少数者である」
―これが、私たちの「ろう者」の定義である。

 こうした経緯を経て、現在の聴覚障害教育では、口話一辺倒ではなく、手話も含め手話、指文字などのさまざまなコミュニケーション手段が導入されるようになってきています(*9)
 また、上農(*10)は、近年の盲学校の実情を次のように整理しています。

従来通り口話法を堅持している聾学校(一部の私立聾学校や公立聾学校)
口話法と対応手話を併用している聾学校(大部分の公立聾学校)
日本手話と初期日本語のバイリンガル教育を実施している聾学校(私立明晴学園)

 なお、文部科学省からは、聴覚障害教育における「言語指導」について解説した「聴覚障害教育の手引─言語に関する指導の充実を目指して─」(以下「手引」)が発行されています(*11)
 また、手話には、日本手話、日本語対応手話などさまざまな形態があるのですが、本稿ではそこまで言及できませんでした。このことについては、「手引」に記載されている内容に対する日本ろうあ連盟の意見を参照してください(*12)

フルインクルージョン体制における聴覚障害への対応

 フルインクルージョン体制をとっている国では、聴覚障害児の言語について、どのように対応しているのでしょうか。筆者は、これまで、イタリアのインクルーシブ教育について調べてきていますが、聾学校がなくなったイタリアでは、聴覚障害児者の教育という面では、さまざまな課題に直面しながら現在に至っていると受け止めています。
 口話法が国際的に採択されたのは、1880年にミラノで開催された聾教育者会議においてでした。圧倒的多数で口話法が採択され,その後の各国の教育方針に多大な影響を与えたということですが、当然、イタリアでも口話法が採用されるようになりました。
 しかし、1970年代になって、イタリアの教育はフルインクルージョン体制にシフトしました。原則として聴覚障害がある子どもも通常の学校で学ぶようになり、状況が一変しました。聴覚障害のない保護者は通常の学校への入学を希望したものの、インクルージョンへ転換後しばらくは、聴覚障害を保障する環境は不十分な状態にありました。
 また聴覚障害のある保護者は、聾学校での教育を強く希望し、学校や教育行政機関が苦慮するという事態も少なくなかったようです。実際、2000年代初頭に筆者がボローニャの関係機関やモデナの学校を訪問した際、そうした対応に取り組んでいる場面に出会ったことがありました。
 こうした混乱期を経て、いくつかの聾学校は健常の児童生徒も受け入れる「逆」統合型の学校として認可を受け、聴覚障害がある子どもに配慮のある教育を行うようになってきました。それらの教育機関では、コミュニケーションツールとして手話の有用性が評価され、広く使用されるようになっています。授業がイタリア語と手話の二つの言語で行われている学校もあるようです(*13)
 また、通常の学校の中で、バイリンガルモデルを取り入れる地域も出てきています。ピエモント州のコサットという地域では、聴覚障害がある子どもの教育を通常の学校で保障するために、聴覚障害のない子どもも第2外国語として手話を学ぶというプロジェクトに取り組んでいます。このプロジェクトは1994年に保育園から開始され、その後、小学校、中学校に継続され、近年では、高等学校において数十人の聴覚障害がある生徒が、このプロジェクトの恩恵を受けているということです(*14)
 さらに、Raffaella Carchioの論文(*13)からは、ミラノでも2008年に総合学校(保育園、小・中学校)で同様のプロジェクトが開始されていることがわかりました。このプロジェクトはさらに進化して、同じクラスに複数のろう児を在籍させて、通常の学校でのインクルージョンを促進しようとしているところに特徴があります。イタリア語と手話のバイリンガルな環境の下で、ほぼ全時間にわたってコミュニケーションアシスタントが教室に存在するともに、聴覚障害担当教師が専門的に指導にあたっています。また、聴覚障害担当教師は、ろう児と直接関わるだけでなくクラスの子どもたちや教師にも手話を教えているということです。

まとめ

 「東京2025デフリンピック」の開催を契機に、今回は聴覚障害とインクルージョンの話題についてトピック的に取り上げました。
 「パラリンピック」と「デフリンピック」が別々に開催されている現状からは、融合を求めながらも、聴覚障害の特性に合わせた現実的な対応の難しさが浮き彫りになってきました。しかしながら、それはインクルージョンの限界を示すものではありません。インクルーシブ教育は、すべての児童生徒にとって、有益であることをゴールとして目指すものであって、そのプロセスが重要な意味を持っています。障害特性に合わせた配慮をしながら、個別最適な環境をどう整えていくかということがとても重要になってきます。
 近年になって「ろう文化」の理解が進み、手話が聴覚障害教育の分野だけでなく社会でも市民権を得るようになってきています。インクルーシブ教育を充実させていくためには、このことをさらに推し進めていく必要があります。インクルーシブ教育は、「同じ場」で、「共に過ごす」ことだけを求めているものではありません。聴覚障害を含めてさまざまな障害特性を超えて、すべての児童生徒にとって「個別最適な学び」と「協働的な学び」を充実させていくことが目指されなくてはなりません。そのためには、通常の学級や社会の側が発想の転換を図っていくことが不可欠です。それにどれだけ柔軟に対応できるか、イタリアでの展開は、そのための一つの処方箋を示してくれているように思います。

*1:だれもが文化でつながる国際会議2024「文化と居場所 アートが開く新たな未来」
https://www.creativewell-conference.jp/
*2:<ふれてみる>ってどういうこと?
https://www.creativewell-conference.jp/attendees/#communicationlabo_02
*3:日本ろうあ連盟
https://www.jfd.or.jp/sc/deaflympics/games-about
*4:Christie J. Helen Keller. In: Gallaudet Encyclopedia of Deaf People and Deafness. Vol 2. New York: McGraw-Hill; 1987:125.
*5:川本宇之介(1940)『聾教育学精説』、信楽会、p.492-493
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1440192
*6:我妻敏博「聾学校における手話の使用と障害認識」
https://www.nise.go.jp/josa/kankobutsu/pub_b/b-181/b-181_03_01.pdf
*7:文部省 聴覚障害児のコミュニケーション手段に関する調査研究協力者会議
「聴覚障害児のコミュニケーション手段について(報告)」 平成5年3月22日
https://www.nise.go.jp/blog/2000/05/b2_h050322_01.html
*8:木村晴美・市田泰弘(1996)「ろう文化宣言 言語的少数者としてのろう者」、現代思想,24(5)、青士社、p.8-17
*9:我妻敏博「聾学校における手話の仕様と障害認識」
https://www.nise.go.jp/josa/kankobutsu/pub_b/b-181/b-181_03_01.pdf
*10:上農正剛(2020)「総説 聾教育における手話と書記日本語の問題 現実の中で議論するために」手話学研究,29-2、p.74-93
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jasl/29/2/29_74/_pdf/-char/ja
*11:文部科学省「聴覚障害教育の手引─言語に関する指導の充実を目指して─」令和2年3月
https://www.mext.go.jp/content/20230228-mxt_tokubetu01-000027851_01.pdf
*12:「手話の捉え方」について
https://www.mext.go.jp/content/20230228-mxt_tokubetu01-000027851_02.pdf
*13:Raffaella Carchio Storia dell’educazione dei sordi(聴覚障害者教育の歴史)
https://psicologiadellasordita.weebly.com/uploads/1/6/9/9/1699542/01-storia_dei_sordi.pdf
*14:Informagiovani Cossato
https://www.informagiovanicossato.it/settori-informativi/salute-e-benessere/sordita/

チーム担任制とインクルーシブ教育

はじめに

 長い間、学級運営については、「学級王国」という言葉に象徴されるように、一つの学級を一人の教員が責任を持って対応する担任というスタイルがスタンダードになっていました。
 近年、「チーム担任制」「複数担任制」「学年担任制」など形態は異なるものの、学級担任を一人に固定しないで、複数の教員で担ったり、学級担任という枠組みを外して学年全体を複数の教員で対応したりするといった仕組みを導入する地域や学校が少しずつ増えてきています。
 こうした動きは、教員不足や働き方改革が喫緊の課題となる中、業務分散による負担軽減を図るとともに、複数の目で子どもを見守るという狙いもあるといわれています。
 「複数の目で子どもを見守る」という視点は、現状の喫緊課題への緊急対応というだけでなく、すべての人が質の高い教育を受けることができるように環境を整えるというインクルーシブ教育の理念にもつながるところがあります。
 そこで今回は、複数の教員による複数の学級へのチームでの対応の動向についてインクルーシブ教育を視野に入れながら追ってみることにしました。

我が国における「チーム担任制」の状況

 「チーム担任制」あるいは「複数担任制」とは、学級担任を一人に固定せず、複数の教員で学級運営を分担するやり方です。学年全体を複数の教員で対応する場合は学年担任制とも呼ばれています(以下、これらの担任制を「チーム担任制」でまとめて表記します)。
 文部科学省では、教科担任制は主導していますが、「チーム担任制」については、学校における働き方改革の事例として紹介しているものの特段具体的な方針等は示していないようです(*1)。自治体や学校の判断で、それぞれの状況に合わせてその導入が進められている段階にあるといえます。
 現時点では全国的な規模での「チーム担任制」の導入校数などについてのデータは収集されていないようですが、最近、「チーム担任制」に関する報道に接することが多くなってきました。
 「チーム担任制」をキーワードに、インターネットでニュース検索すると全国各地で取り組みが進められていることがわかります。そこで、最近のニュースから、いくつかの事例をピックアップしてみました。詳細については、各記事を参照してください。

自治体・学校

報道内容

出典

千葉県流山市立長崎小学校

2024年度から「チーム担任制」を導入。

(*2)

京都市

2022年度に市立小学校1校が「チーム担任制」を導入し、2023年度は20校、2024年度は27校に拡大。

(*3)

東京都杉並区

2023年度は1校、2024年度は4校が導入。教員同士の情報共有不足などの課題を見つめながら、教育環境の改善を目指している。

(*4)

富山県南砺市

2020年度以降、市立小中学校全17校(当時)で「チーム担任制」を導入。

(*5)

神戸市

「学年(チーム)担任制」が2023年4月から始まっているが、2024年度はモデル校9校で実施。

(*6)

岡山県津山市

市立の全27小学校で、学級担任を固定せず、複数の教員がチームで授業や学級業務を担う「学年担任制」を導入。

(*7)

鹿児島県志布志市立伊崎田小学校

2024年度から学級担任制を廃止し、複数のクラスを複数の先生で受け持つ「チーム担任制」を導入。

(*8)

福岡市立城西中学校

2024年度から「チーム担任制」を導入。2年生は7クラスを2つのグループに分け、4クラスを7人、3クラスを5人の教員が担当。福岡市では東光中学校、能古小学校も「チーム担任制」を導入。

(*9)

北海道上川管内

上川管内では旭川市立旭川中が美瑛町立美瑛中に続いて2022年度から導入。

(*10)

茨城県取手市

取手市は、女子中学生のいじめ自殺で不適切な学級運営を指摘されたことを受け、2020年度から全ての市立中学校でチーム担任制を導入。

(*11)

北九州市

折尾中学校で「チーム担任制」を導入。

(*9)

静岡市

竜南小学校と東源台小学校で試験的に「チーム担任制」を導入。

(*12)

表1 ニュース等で報道された近年の「チーム担任制」の導入事例

「チーム担任制」のメリット、デメリット

 「チーム担任制」がどのように受け止められているか、紹介したニュースの記事等の内容から実施している学校から上がっている声を、メリットとデメリットの2側面から整理してみました。

メリット

●負担が軽減される

  • 子どもや保護者の対応を抱え込んで休職や退職に至る「担任不在」を防ぎ、教員不足の歯止めの一助になることも期待される。
  • 数年前、担任の先生が病欠や産休で急に不在になり、自習が続く時期もあった。チーム担任制であれば急に担任が“ゼロ”になることはない。子どもは複数の先生と信頼関係を築け、安心して学校に通わせることができる。
  • 5学級に6人、交代制や科目を分担し教員の負担が軽減される。
  • 子育て世代の時短勤務者が増えて、導入する学校もあるようだ。
  • 学級運営を一人の担任に委ね、ほかの教員が干渉しない「学級王国」からの脱却は、多くのメリットがある。

●指導の質が高まる

  • 従来、国語、算数、理科、社会と、翌日の授業を4パターン準備していたのが、1教科分考えればよくなり、作業量が軽減される。
  • 同じ授業を3クラス分3回繰り返すため、授業がうまくなる。
  • 教職員アンケートでも、授業内容の充実を実感する意見が急増した。
  • 子どもたちからも授業内容がわかりやすいと好評である。
  • 分担によって空き時間ができ、自分が納得できる教材をつくれるようになった。

●個に応じた指導や支援がしやすくなる

  • 昨年度、一人も休職者が出なかったことが成果。担任不在になると、子どもたちは荒れ、代わりの教諭も疲弊してしまう。教育環境の面でもチーム担任制は効果的。
  • 教員同士が連携する機会は自然と増え、一人で抱え込んでしまうということも起きづらい。
  • チーム担任制は、担任が学級内のトラブルを抱え込むといった従来の問題点を改善できる利点がある。
  • 教員不足や働き方改革が喫緊の課題となる中、業務分散による負担軽減を図るとともに、複数の目で子どもを見守る狙いもある。
  • 担任の入れ替えで早期にいじめを発見し、問題の解消につなげたケースもあった。
  • 面談や保護者懇談会などもチームで行うことで、子どもと教員の相性問題の解消、学年全体での改善案や反省点の共有が図れている。
  • 保護者からは「学校に相談しやすくなった」との意見があった。

●児童・生徒にとって素晴らしい教師と出会う機会が広がる

  • いろんな先生と触れ合うことで、子どもたちの気分転換を図れる。
  • 児童が新鮮な気持ちで授業を受けることができるようになった。
  • 教員、子どもたちの両方ウィンウィンの手ごたえを感じている。
  • 「担任との相性が合わない」という理由の欠席を減らしていくことにつながる。

●若手教員が働きやすくなる

  • 若手教員にとって働きやすい環境を目指すことができる。
  • 新規に採用された教員の人材育成につながることが期待できる。
デメリット

▼教員の指導力低下の心配

  • 教科等を分担することによって、教えていない教科の指導力が伸びない。

▼責任の所在が曖昧になる

  • いじめなど児童や保護者と腰を据えて取り組むべき問題に対し、責任の所在が曖昧になるとの懸念もある。

▼コミュニケーションがとりにくくなる

  • どの先生にお願いしたらよいかわからない。
  • 児童や保護者のアンケートで「ある先生にお願いしたことが、他の先生に伝わってない」「誰に話せばよいかわからなかった」などコミュニケーションの問題が指摘された。
  • 教員の側から「子どもを覚えるのに時間がかかる」といった懸念が聞かれる。

 「チーム担任制」を導入している学校からは、学級運営を一人の担任に委ねている現状からの脱却によって、業務分散による負担軽減はもちろんのこと、その他にも多くのメリットが得られていることが伝わってきます。「複数の目で子どもを見守る狙いもある」、「学校に相談しやすくなった」、「早期にいじめを発見し、問題の解消につなげたケースもあった」といった声からは、「チーム担任制」によって、多様な子どもに対してよりきめ細やかな対応ができるゆとりが生まれてきていることがわかります。このことは、一人ひとりの児童生徒の多様なニーズに対応する上で大変重要なことです。
 デメリットの声は、メリットに比べると相対的に少ないのですが、軽視できない指摘が含まれています。とくに「責任が曖昧になる」といった指摘は、多様な子どもへの対応という観点から大きな不安材料になっているといえます。

海外の取り組みから

 海外の学校における「チーム担任制」についても、「team teaching」、「co-teaching」「multiple teachers」などのキーワードで検索してみましたが、複数の学級を複数の教員で担当するという意味合いで「チーム担任制」を取り入れている事例はわずかしか見つけることができませんでした。欧米の多くの国々では、義務教育段階でのクラスサイズのスモール化、複数担任制による学級運営、他業種も含めたチームでの学級運営などが普及していることもあり、あえて複数の学級を複数の担当者で対応することによって余力を生み出す工夫をする必要がないこと、教員の労働環境がそれほど過酷でないことなどが背景にあるのではないかと思われます。
 高等学校の例になりますが、アメリカのアリゾナ州での「チーム担任制」に関するレポートを見つけることができました。参考までにこの取り組みを紹介します(*13)

 アリゾナ州メサにあるウエストウッド高校の9年生、大きな教室一つに生徒135人と教師4人で取り組まれたチーム担任制の報告です。
 教師の離職率の高さと生徒数の減少に直面したウエストウッド高校の指導者たちが、アリゾナ州立大学の教員養成担当のスタッフと協力し、チームティーチングの手法を導入した取り組みが開始されました。
 物理的または学年によるクラス間の壁をなくし、教師チームは生徒一人ひとりに合わせたプログラムを話し合い、グループ指導、1対1の指導、小グループでの指導など、チームで合意したさまざまな形態で授業が展開され、時には100人以上の生徒の大きなグループ指導が行われることもあったということです。これらは、一見混沌としているように見えても、綿密に計画され実行されたものです。
 ジョンズ・ホプキンス大学の調査によると、チームで働いた教師は仕事への満足度が高くなり、同僚との共同作業がより頻繁に行われ、生徒との交流がより肯定的に捉えられるようになったということです。チームのもう一つの利点として、互いに助け合って指導を改善できることだという教師の声も紹介されていました。
 また、生徒の成績についても、チームアプローチを導入してから出席率が高くなり、単位の取得にも改善が見られるようになったということです。
 こうしたことから、「チーム担任制」が教師の士気の低下を逆転させるのに役立つ可能性があると受け止められ、この形態が学区82校のうち3分の1に拡大するに至ったということです。
 他方、この方法が誰にでも向いているわけではないことも指摘しています。教師の中には一人で働きたいと思っている人もいること、スケジュール調整が大変になること、135人の生徒の成績を4人の教師でどう評価するかなどの問題が挙げられていました。
 この記事には学生の声も紹介されていました。中学校時代、チームもなく教師も足りず、途中で教師が辞め、代用教師が次々と代わり「何をやってもうまくいかない」と思っていた学生が、多くの教師がいる今の形態になって特別な配慮を受けられ、この仕組みの良さを感じているという内容でした。また、教師が常に4人いることで常に監視されているようにも思うが、チームの良さはそれに勝るという受け止めも記されていました。
 1事例にすぎませんが、この報告からも「チーム担任制」には、教師にとっても生徒にとっても一人担任では得られない、きめ細やかに対応できる良さがあることが読み取れました。詳しくは記事を参照していただきたいと思います。

まとめ インクルーシブ教育の視点からチーム担任性を考える

 欧米各国の小中学校段階では、インクルーシブ教育を真正面に据えて、1学級の少人数化、複数担任制などの対応が進んでいます。我が国の状況は、「基本的な方向性としては、障害のある子どもと障害のない子どもが、できるだけ同じ場で共に学ぶことを目指すべきである」とされているものの、「教育的ニーズに最も的確に応える指導を提供できる、多様で柔軟な仕組みを整備することが重要」ということから、通常の学級、通級による指導、特別支援学級、特別支援学校といった、「多様な学びの場」を用意しておくことが必要であるとされています。しかしながら、現実にはさまざまな障害種や障害の程度が異なった児童生徒が小・中学校の通常の学級に在籍するようになってきています。通常の学級の指導体制や学級規模などの環境整備が進んでいるとは言い難い状況の中で、各地域や学校ではさまざまな知恵を出して努力や工夫を重ねてきています。ところが、令和4年4月27日の文部科学省通知に見られるように(*14)、現行制度に則っていないと見なされるケースについては是正が求められるという事態も発生してしまいます。
 「チーム担任制」については、義務標準法に基づいて配置された教員定数の中で、自治体や学校が現場の状況に合わせて導入することが可能です。「チーム担任制」そのものについての法的根拠はありません。
 「チーム担任制」のメリットに見られる「複数の目で子どもを見守る」という視点は、現状への緊急対応というだけでなく、インクルーシブ教育の推進という観点からも注目に値します。
 一方、「複数の目で子どもを見守る」ための取り組みについては、学級担任以外に特別支援教育支援員などさまざまなスタッフが関わるようになっていることもしっかり押さえておく必要があります。支援が必要な児童生徒への支援について責任を負っているのは、あくまでも学級担任等であり、その補助をすることが支援員等の基本的な役割です。「チーム担任制」のデメリットとして「責任の所在が曖昧になる」不安が挙げられていました。「チーム担任制」になった場合、これまで以上に「複数の目で子どもを見守る」ことが可能になるわけですが、支援が必要な児童生徒に対して誰が責任を持って対応するのか、情報共有をどのように図っていくのかなどの方策を講じておかなければならないということになります。
 多様な子どもに対して一人ひとりに適切な指導をしていくためには、根本的な教員配置のあり方についても検討されていかなければなりませんが、働き方改革の側面だけでなく、「誰一人取り残さない」という視点からも「チーム担任制」の検討を深めていっていくことが期待されます。

*1:文部科学省「全国の学校における働き方改革事例集(令和5年3月)」
https://www.mext.go.jp/content/20230320-mxt_syoto01-000028353_1.pdf
*2:AERAdot「「チーム担任制」導入の小学校 時短実現、「授業内容わかりやすい」と子どもたちからも好評の理由」
https://dot.asahi.com/articles/-/234797
*3:産経新聞「先生1人の〝学級王国〟変化 「チーム担任制」拡大、負担軽減や子供見守りに効果」
https://www.sankei.com/article/20240519-6JXV7MTTHVMRNJAMKM2QWQA64Q/
*4:東京新聞「担任の先生を複数にしたら…導入した杉並でわかったメリットは? 小中学校で広がる「チーム担任制」」
https://www.tokyo-np.co.jp/article/344021
*5:VIEW next ONLINE「市内全校に「チーム担任制」を導入 業務の分担を図り、教員が学び合う環境を築く」
https://view-next.benesse.jp/view_section/bkn-board/article13382/
*6:神戸ジャーナル「学級担任を固定しない『チーム担任制』の2024年度「モデル実施校」が決定・実施開始へ。5校が新たに追加」
https://kobe-journal.com/archives/5468629282.html
*7:岡山 NEWS WEB「津山の全小学校に「学年担任制」 クラスを複数教員が受け持つ」
https://www3.nhk.or.jp/lnews/okayama/20240408/4020019993.html
*8:MBC南日本放送「「担任の先生は4人」1クラス1人の担任制を廃止した小学校 教師の働き方改革は「チーム担任制」子どもたちの評価は」
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/mbc/1232381
*9:RKBオンライン「クラス担任は「複数の教員がチームで」 従来の「担任固定制」から移行した中学校 「勇気をもってチャレンジした」」
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/rkb/1277183
*10:北海道新聞「チーム担任制、双方に利点 1学年を複数で指導、旭川中導入2年目」
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/931529/
*11:産経WEST[先生1人の〝学級王国〟変化 「チーム担任制」拡大、負担軽減や子供見守りに効果]」
https://www.sankei.com/article/20240519-6JXV7MTTHVMRNJAMKM2QWQA64Q/
*12:SBSnews「校内に自分のことを分かってくれる大人がいるのは安心感につながる」クラスを複数教員を受け持つメリット「チーム担任制」静岡市の小学校で試行【現場から、】
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/sbs/1434970
*13:Morton, N. In 1 classroom, 4 teachers manage 135 kids — and love it. : The Hechinger Report
https://apnews.com/article/science-education-arizona-teaching-20d634aa0e8f6af162c57db6e95f5547
*14:文部科学省「特別支援学級及び通級による指導の適切な運用について(通知)」
https://www.mext.go.jp/content/20220428-mxt_tokubetu01-100002908_1.pdf

「令和5年度特別支援教育体制整備状況調査」の結果から

はじめに

 文部科学省では、特別支援教育に一層の推進を図るために、特別な支援が必要な幼児児童生徒に関する各種実態調査を定期的に実施しています。
 この9月6日には、「令和5年度特別支援教育体制整備状況調査」及び「令和4年度通級による指導実施状況調査」の結果が公表されました(*1)
 すでにその概要についてはニュース等で報告されていますが、今回は、「特別支援教育体制整備状況調査」の結果とそれに関連する事項を深掘りしてみたいと思います。

1.「令和5年度特別支援教育体制整備状況調査」の項目

 令和5年度に実施された「特別支援教育体制整備状況調査」の調査項目は、以下のようになっています。

校内委員会の設置
発達障害を含む障害のある幼児児童生徒の実態把握
特別支援教育コーディネーターの指名
個別の指導計画の作成
個別の教育支援計画の作成
教師の特別支援教育に関する専門性

 ①~⑤については継続的に調査されてきています。今回の調査では、これらに⑥の「教師の特別支援教育に関する専門性」が加わっています。教員採用後10年までの特別支援教育の経験の有無が調査されていました。この項目は、昨年(令和4年)の3月に文部科学省の「特別支援教育を担う教師の養成の在り方等に関する検討会議」がとりまとめた報告の内容が反映されたものだと思われます。

2.「特別支援教育を担う教師の養成の在り方等に関する検討会議」の報告

 そこで、今回の調査の結果を示す前に、⑥の問いに関連して「特別支援教育を担う教師の養成の在り方等に関する検討会議」(*2)の報告について確認しておくことにします。
 その概要は、図1のようにまとめられていて、次のような現状認識と課題が示されています。

  • 特別支援教育の「個別最適な学び」と「協働的な学び」に関する知見や経験は、障害の有無にかかわらず、教育全体の質の向上に寄与。
    ⇒特別支援教育の専門性を担保しつつ、特別支援教育に携わる教師を増やしていくことが必要。
  • 特別支援教育を必要とする児童生徒数が増えている一方で、小学校で70.6%、中学校で75.4%の校長が、特別支援教育に携わる経験が無い。
    ⇒多くの学校で特別支援学級等で教職経験の無い校長が特別支援教育を含む学校経営を実施。
  • 小学校等の特別支援学級の臨時的任用教員の割合は、学級担任全体における臨時的任用教員の割合の倍以上。
    ⇒特別支援教育に関わる教師が、他の教師と比べて、長期的視野にたって計画的に育成・配置されているとは言いがたい状況。

 こうしたことから、この報告では、採用段階での工夫として、「全教員が採用後10年目までに特別支援学校や小中学校の特別支援学級を複数年経験すること、学校間の人事交流を進めること」などを求めていました。

図1 「特別支援教育を担う教師の養成の在り方等に関する検討会議」報告の概要(*2)
出典:文部科学省ホームページ(https://www.mext.go.jp/content/20220331-mxt_tokubetu01-000021707_2.pdf

3.「令和5年度特別支援教育体制整備状況調査」の結果の概要

 ①から⑤までの項目の結果については、報告の中で以下のように示されています。

令和4年度と比較し、国公私立・全学校種の合計では、全ての項目の達成率が前回値を上回っている。特に小・中学校においては、いずれの項目も9割以上の達成率である(教師の専門性に関する調査結果を除く。)

幼保連携型認定こども園や幼稚園、高等学校では、取組が十分でない項目も見られる。

 結果の詳細については、文部科学省のホームページで公開されている調査結果で確認していただきたいのですが、令和4年度と令和5年度の結果を比較しやすくするために、「特別支援教育体制整備状況調査結果」(*1)に基づいて、グラフを作成してみました。(図2から図8)。
 これらのグラフからわかるように、量的に見ると小学校や中学校での①から⑤までの各項目の取り組みは、ほぼ限界点に達しているように思われるのですが、さらにわずかですが達成率が上がってきていることがわかります。

図2 校内委員会の設置率(国公私計)

図3 実態把握の実施率

図4 特別支援教育コーディネーターの指名率

図5 個別の指導計画の作成状況(国公私立及び学校種計)

図6 個別の教育支援計画の作成状況(国公私立及び学校種計)

図7 個別の指導計画・個別の教育支援計画における合理的配慮の明記状況(国公私立別、学校種計)

図8 個別の指導計画・個別の教育支援計画における関係機関との情報共有(国公私立別、学校種計)

 この項目では、教員の特別支援教育に関する専門性の向上という観点から、採用後10年までの小中高校の正規採用教員のうち、通級指導や特別支援学級担任など特別支援教育に関する経験の有無について調査しています。文部科学省の結果の記述は以下のとおりです(*1)

小学校、中学校、高等学校において、採用後10年までの教員のうち、通級による指導、特別支援学級の学級担任、特別支援学級の教科担任、特別支援学校、特別支援教育コーディネーターのいずれかの特別支援教育に関する経験をいずれも有しない教員は、小学校で85.5%、中学校で63.6%、高等学校で92.9%(令和5年度)。

 こちらについても、詳細は文部科学省の調査結果を参照していただきたいのですが、結果の数値をグラフで示したのが下図9になります。
 なお、特別支援教育に関する経験については、「特別支援学校の教職経験」、「特別支援学級の学級担任の教職経験」、「特別支援学級の教科担任の教職経験」、「通級の指導の経験」、「特別支援教教育コーディネーターの教職経験」の5項目で調査されているのですが、経験者が多かったのは、「中学校の特別支援学級の教科担任」29.2%、小学校の「特別支援学級の学級担任」9.4%、中学校の「特別支援学級の学級担任」7.8%で、それら以外はいずれも5%にも達していませんでした。
 教師の特別支援教育に関する専門性の向上を巡っては、文部科学省は、22年3月に全ての新規採用職員がおおむね10年以内に特別支援教育を複数年経験するよう求める通知(*3)を全国の教育委員会などに出しています。「おおむね10年以内」ということですので、まだ期間は残っているのですが、今回の調査結果は目標達成には程遠いものだということがグラフから伝わってきます。

図9 採用後10年までの正規雇用の教員のうち、特別支援教育に関する経験が2年以上ある教員

 この結果を受けて、文部科学省では、同日付で、改めて各教育委員会あてに人事上の措置を求める通知を出しています(*4)

 この通知では、「教師の特別支援教育に関する専門性の向上について」の留意事項として、以下のような記述が認められます。

教員の特別支援教育に関する専門性の向上については、「特別支援教育を担う教師の養成、採用、研修等に係る方策について(通知)」(令和4年3月31日付け3文科初第2668号初等中等教育局長、総合教育政策局長通知)において、「全ての新規採用職員が概ね10年以内に特別支援教育を複数年経験することとなるよう人事上の措置を講ずるよう努める」旨を要請したところであるが、今回の調査結果では、未だ多くの新規採用教員が採用後10年以内に特別支援教育に関する経験が2年以上ないことが明らかとなっており、各教育委員会におかれてはこうした人事上の措置を速やかに講ずること。

まとめ

 「特別支援教育体制整備状況調査」は、特別支援教育を実施するために各学校において必要な体制の整備状況や取り組みの状況について把握し、特別支援教育を推進するための今後の施策の参考とすることを目的と実施されています。
 今回取り上げた「特別支援教育を複数年経験すること」については、調査結果からその道のりは険しいということが示されました。このことに関連するニュースなどによると、その意義を認める声がある一方で、教員の絶対数が不足している現状のままでは、現場の負担が重くなり、教員増員などの配慮がないと対応は難しいという声も聞かれます(*5)
 たしかに、「特別支援教育 意見書」等のキーワードで検索すると、多くの地方議会から特別支援学校や特別支援学級の教職員等の適切な配置を求める意見書が出されており、教員等の不足が大きな課題になっていることがわかります。
 こうした状況の中で、前述の「特別支援教育体制整備状況調査」の調査項目①~⑤の調査結果からは、小学校、中学校に限ると全国の学校でほぼ達成されている状況にあることが読み取れます。このことは、学校現場では最大限の努力が払われていることを示しているとも言えます。
 また、この調査では、達成状況を量的な側面から数値化して示しています。しかし、達成率で目標達成に近づいていたとしても、それは必ずしも質を示すものではありません。質を客観的に評価することは容易ではありませんが、少なくとも達成率だけでなく他の側面から検討も必要です。そのことによってこそ、本質的な意味での課題解決が計られていくことになります。
 「教師の特別支援教育に関する専門性の向上について」も、達成率だけを追い続けると、学校現場の負担をますます増大させることにつながっていきかねません。多角的に検討が進められても良いのではないかと思われます。

*1:文部科学省 特別支援教育に関する調査について(特別支援教育体制整備状況調査、通級による指導実施状況調査)
https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/mext_01418.html
*2:文部科学省 特別支援教育を担う教師の養成の在り方等に関する検討会議報告
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/173/mext_00031.html
*3:文部科学省 特別支援教育を担う教師の養成、採用、研修等に係る方策について(通知)
https://www.mext.go.jp/content/20220331-mxt_tokubetu01-000021707_5.pdf
*4:文部科学省 「特別支援教育体制整備状況調査」及び「通級による指導実施状況調査」の結果について(周知)」
https://www.mext.go.jp/content/20240912mxt_tokubetu02-000037897-2.pdf
*5:例えば 東京新聞2022年5月7日 06時00分 「若手教員全員に特別支援教育の経験を 対象生徒増えて教員配置追い付かず 文科省検討会議」
https://www.tokyo-np.co.jp/article/175811

外国人児童生徒への日本語指導と教科書バリアフリー法の改正

1.はじめに

 小・中学校等に在籍する外国人児童生徒(日本語指導が必要な外国籍・日本国籍の児童生徒)が増大しています。外国人児童生徒への対応については、将来にわたって我が国に居住し、共生社会の一員として今後の日本を形成する存在であることを前提に制度設計を行うことが必要であるとされていますが、外国人児童生徒の学校での対応については、かねてから大きな問題になっていました。このことについては、「学び!と共生社会」(Vol.46)『多文化共生と学校教育』(2023.11.27)でも取り上げました。そこでは、自治体によっては、特別支援学級に在籍させて対応するというケースがあることを示しました。
 この背景には、学校教育で教科書の使用に困難を抱えているという現状があったのですが、2024年6月に『障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等に関する法律 (通称:教科書バリアフリー法)の 一部を改正する法律』(*1)が成立しました。
 これまでの「教科書バリアフリー法」では、障害のある児童生徒の学習の用に供するための教科用特定図書等を発行する場合に教科書デジタルデータを提供することができることとされていたのですが、日本語に通じない児童生徒の学習の用に供するための教科用特定図書等を発行する場合にも教科書デジタルデータを提供することができることになったのです。
 かねてから文部科学省では検討者会議を立ち上げるなど、外国人児童生徒への対応について検討してきていて、その報告書には「教科書使用に係る外国人児童生徒等の困難を軽減し、学びを充実させるために、ICT 教材を活用することは、幅広い観点から効果的であると期待され、その活用を推進していくべきものと考えられる。」(*2)と記されていました。
 今回の法改正は、それが法としてしっかり位置付けられたものであり、「共生社会の一員として今後の日本を形成する存在である」外国人児童生徒への対応について、一歩前進したという印象を与えるものでした。そこで、今回はこのことについて、詳しく見ていきたいと思います。

2.外国人児童生徒の処遇の実態の確認(令和5年調査結果から)

 まず、文部科学省が令和5年に実施した調査の結果(*3)から外国人児童生徒の受け入れ状況について確認しておくことにします。
 日本語での日常会話が十分にできなかったり、日常会話はできても学習への参加に支障が出ていたりするなど、日本語指導が必要な児童生徒の状況を全国の教育委員会に尋ねたものです。
 それによると、日本語指導が必要な児童生徒数は、全国で69,123人に上っていることがわかりました。前回の令和3年度調査(*4)では、57,718人(外国籍の者が40,755人で、日本国籍の者は11,405人)でした。2年間で1万人以上増加していることになります。この数値はこれまでで最多だったということです。

公立学校における日本語指導が必要な児童生徒数の推移
出典:文部科学省ホームページ(https://www.mext.go.jp/content/20240808-mxt_kyokoku-000037366_02.pdf

 また、日本語指導の必要な児童生徒が在籍している公立学校は11,123校(日本語指導が必要な外国籍の児童生徒が在籍する学校は9,932校、日本国籍の児童生徒が在籍する学校は4,006校)で、校種別で見ると、どちらも小学校が最も多くなっているということです。
 日本語指導が必要な外国籍児童生徒で、学校で特別な配慮に基づいた指導を受けているのは52,176人(90.4%、前回調査時より8,844人増)で、日本国籍の児童・生徒は9,878人(86.6%、459人増)ということでした。このうち、「特別の教育課程」による指導を受けている外国人児童・生徒の数は、義務教育段階で37,500人、日本国籍の生徒は6,809人でした。
 令和5年度からは、高校、中等教育学校後期課程、特別支援学校高等部でも特別の教育課程の編成・実施が可能になり、外国籍生徒215人、日本国籍生徒30人が指導を受けていたことも明らかにされています。
 また、文科省が本年の8月に公表した「外国人の子供の就学状況等調査」(*5)では、令和5年5月1日時点で学齢相当の8,601人の子どもが就学していない可能性があることも示されています。令和4年度より418人増ということになります。

3.「教科書バリアフリー法」について

 改正前の「障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等に関する法律」(通称:教科書バリアフリー法)は、2008(平成20)年6月に成立しています。この法律は、通常の検定教科書を利用することに制約がある弱視児童生徒への対応という観点から制定への動きが始まったものです。
 視覚活用が困難な児童生徒のためには点字教科書が作製されていましたが、弱視児童生徒のための拡大教科書については、公的な対応がなされていませんでした。ボランティア等による「拡大写本」の活動や教科書発行者による独自の取り組み等に頼っていて、公的な対応がなされていなかったのです。こうしたことから、「教科書バリアフリー法」が制定されることになったのです。「教科書バリアフリー法」の目的と「教科用特定図書等」の定義は、本法に次のように示されています。

「教科書バリアフリー法」の目的(第1条)

教育の機会均等の趣旨にのっとり、障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等を図る
児童生徒が障害その他の特性の有無にかかわらず、十分な教育が受けられる学校教育の推進に資する

「教科用特定図書等」の定義(第2条)

視覚障害のある児童生徒の学習の用に供するため、文字、図形等を拡大して検定教科書を複製した図書(拡大教科書)
点字により検定教科書を複製した図書(点字教科書)
その他障害のある児童生徒の学習の用に供するため、作成した教材であって検定教科書に代えて使用し得るもの(音声教材)

 これにより、拡大教科書について教科書発行者には自社版拡大教科書を発行する努力義務が課せられることになりました。教科書発行者が取り組みを強化したことで、現在は、ほぼすべての教科書で拡大教科書が発行されるに至っています(*6)
 また、第2条の定義からわかるように、教科書バリアフリー法では、視覚障害以外の障害のある児童生徒でも教科用特定図書等が使えるようになっているのですが、第7条には次のように記されています。

「国は、発達障害その他の障害のある児童及び生徒であって検定教科用図書等において一般的に使用される文字、図形等を認識することが困難なものが使用する教科用特定図書等の整備及び充実を図るため、必要な調査研究等を推進する」

 現在は、教科書バリアフリー法の第5条に基づいて、図(*7)に示したようにデータ管理機関が教科用特定図書等の発行をする者に対して、発行されている検定教科書のデジタルデータ(PDFとテキストデータ)の提供を行い、「拡大教科書」や「音声教材」(*8)が製作され、それらが視覚に障害がある児童生徒や読み書きが困難な児童生徒等に無償で提供されるようになっています。

拡大教科書や音声教材製作までの仕組み

 音声教材は、パソコンやタブレット等の機器で活用することができます。本文等テキストを肉声及び合成音声で確認することができたり、ハイライト機能で音声表示部分が示されたりする機能があるため、読み書き等に困難がある児童生徒に内容理解がしやすくなります。

4.「教科書バリアフリー法」改正と外国人児童生徒への対応

 以上見てきたように、教科書の内容を音声化した音声教材は、使用者が随意に教科書の音声情報を入手できる機能を持つこと等から、外国人児童生徒等の抱える困難を軽減させるためにも有効なことがわかります。
 しかし、改正前の「教科書バリアフリー法」では、音声教材が提供される対象は「障害のある児童生徒」とされていて、外国人児童生徒等が音声教材を使用して学習することができませんでした。そこで、外国人児童生徒等が音声教材を使用して学習することができることとなるよう、必要な改正が行われるようになったものです。

 「教科書バリアフリー法」改正の概要については、文部科学省から発出された通知に次のように記されています(*9)

1.日本語に通じない児童生徒の学習の用に供するための特例規定の新設
当分の間、文部科学大臣等は、音声教材等の教科用特定図書等を発行する者が障害のある児童生徒及び日本語に通じない児童生徒の両者の学習の用に供するために教科用特定図書等を発行する場合にも、教科書デジタルデータ(※1)を提供することができることとする(※2)。

1 音声教材等の教科用特定図書等を作成する際に用いられる教科書のデータであり、教科書会社はこのデータを文部科学大臣等に提供することが義務付けられている。
2 現在は、障害のある児童生徒のみの学習の用に供するために発行する場合に提供されている。

2.著作権法の関連規定の整備
1.のデータの提供を受け障害のある児童生徒及び日本語に通じない児童生徒の両者の学習の用に供するために発行された教科用特定図書等に掲載された著作物について、これらの児童生徒の学習の用に供するために増製、インターネットを用いた提供(公衆送信)などをすることを著作権者の許諾なくできるよう、特例を設けるもの。

 外国人児童生徒等が、音声教材を活用することの意義について、検討者会議の報告書(*2)では、初期の基礎的内容を学習する段階から、学年相当の教科学習への参加に必要な文章を理解するための学習段階まで言語学習の支援ができるとして、次のような諸点を挙げています。

①発音、イントネーション、アクセント
来日直後の、生活に必要な日本語を学んでいる段階において、分からない箇所を何度も繰り返したり、読み上げ速度を調節したりしながら日本語の読み上げ音声を聞くことによって、発音、イントネーション、アクセントも含めて学ぶことができる。
②音と文字の対応
文字の認識とその文字を音声化するプロセスに困難を抱える児童生徒であれば、読み上げ音声を教科書と照らし合わせながら、文字との対応関係を学ぶことができるようになる。
③漢字の読み
漢字の読み方が確認でき、意味を調べることもできる。
④音声化による文章の意味の理解
単語や文節の切れ目が分からない場合にも、読み上げ音声を聞くことで、それらを認識し、単語や文章の意味の理解につなげることができる。また、会話する力がある児童生徒は、音で聞けば理解できることも多く、音声化により内容が分かる場合もある。

 日本語の読み書きが不十分であっても、児童生徒が自分で音声情報を得ることができれば、自学・自習が可能になります。また、ICT 教材が利用できる環境が整っていれば、家庭でも音声教材を利用して予習や復習ができます。保護者が日本語に通じていない場合でも音声教材は利用できます。個々人の実態に応じて、それぞれの進度でそれぞれの都合の良い時間を利用して日本語学習を進めることができるところにも、ICT 教材活用の利便性があります。

5.まとめ

 外国人児童生徒は増え続けていますが、これまで、日本語活用の制約から外国人児童生徒の教科書を用いた学習の困難性が大きな課題となっていました。これまで、そうした課題への対応は、それぞれの教育現場が苦労して対応していたところが大きいのですが、「教科書バリアフリー法」の改正によって、「日本語に通じない児童生徒の学習の用に供するための教科用特定図書等を発行する場合にも教科書デジタルデータを提供することができる」ことになったことは大変意義深いといえます。
 障害児のための教材の中には、通常の教育でも有効であるものが少なくないのですが、こうした教材は、障害の有無ではなく、ニーズの有無によって、効果的に活用していくことが望ましいといえます。文部科学省の調査からは、日本語指導の充実を図ってきているものの、まだ指導が行き届かない外国人児童生徒も少なくありません。今回の法改正によって、外国人児童生徒への日本語指導における教育現場での苦労が軽減され、また、教育の効果が改善されていくことが期待されます。
 なお、「教科書バリアフリー法」とも関連する「読書バリアフリー法」についても「学び!と共生社会」(Vol.43)『学校図書館と「読書バリアフリー」』(2023.08.28)でとりあげていますので、参照していただけると幸いです。

*1:『障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等に関する法律 (教科書バリアフリー法)の 一部を改正する法律』
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/1378183.htm
*2:外国人児童生徒等における教科用図書の使用上の困難の軽減に関する検討会議報告書
https://www.mext.go.jp/content/20200330-kyokasyo01-000006303_1.pdf
*3:「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査」令和5年度調査結果
https://www.mext.go.jp/content/20240808-mxt_kyokoku-000037366_02.pdf
*4:文部科学省総合教育政策局国際教育課「外国人児童生徒等教育の現状と課題」令和3年5月
https://www.mext.go.jp/content/20210526-mxt_kyokoku-000015284_03.pdf
*5:「外国人の子供の就学状況等調査」 令和5年度調査結果
https://www.mext.go.jp/content/20240808-mxt_kyokoku-000037364_02.pdf
*6:一般社団法人教科書協会「拡大教科書のご案内」

https://www.textbook.or.jp/textbook/kakudai.html
*7:拡大教科書や音声教材製作までの仕組み

https://www.mext.go.jp/a_menu/hyouka/kekka/1289690.htm
*8:文部科学省初等中等教育局教科書課「音声教材の普及促進について」

https://www.mext.go.jp/content/20200925-mxt_kyokasyo01-000010135_001.pdf
*9:文部科学省初等中等教育局「障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等に関する法律等の施行について(通知)」

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/kakudai/houritsu/08100610.htm