不登校と共生社会

1.はじめに

 最近の新聞に、「不登校児に退学届要求 フリースクール通い、学籍残せるはずが… 目黒区教委、就学義務違反と誤解」という見出しで、次のような内容の記事が掲載されていました(*1)

 東京都目黒区の公立小学校で不登校になった男子児童が2023年、フリースクールに通うと決めた際に、区教育委員会から「退学届」を提出するよう保護者に求めがあったということです。不登校が理由の場合については、学籍を残したままフリースクールに通えることになっていますが、区教委が「就学義務違反」になると誤った解釈をしていたためでした。この解釈が誤りであり、区教委は不適切な対応と認め陳謝しというものです。

 記事からは、インターナショナルスクールが多い目黒区ならではの事情があると読み取れますが、不登校に対する認識がまだまだ教育行政に携わる人々にも浸透していないということを背景にあるようにも思われました。
 不登校が社会で大きな問題となって久しいですが、不登校に対応している機関でもこのような「誤解」が生まれるという現実は、不登校についての社会の理解がまだ不十分であることを示しているとも言えます。
 他方、国では不登校を社会の問題としてとらえ、その対応に力を入れていることもあり、さまざまな工夫をしている自治体も出てきています。
 そこで、本稿では、共生社会の実現という観点から不登校に関する最近の動向を整理しておくことにしました。

2.不登校の実態

(1)不登校の定義

 文部科学省の「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査-用語の解説」によると、不登校は次のように定義されています(*2)

○「不登校」には,何らかの心理的,情緒的,身体的,あるいは社会的要因・背景により,児童生徒が登校しないあるいはしたくともできない状況にある者(ただし,「病気」や「経済的理由」,「新型コロナウイルスの感染回避」による者を除く。)。
※「不登校」の具体例

  • 友人関係又は教職員との関係に課題を抱えているため登校しない(できない)。
  • 遊ぶためや非行グループに入っていることなどのため登校しない。
  • 無気力で何となく登校しない。迎えに行ったり強く催促したりすると登校するが長続きしない。
  • 登校の意志はあるが身体の不調を訴え登校できない。漠然とした不安を訴え登校しないなど,不安を理由に登校しない(できない)。

 この定義から、不登校は児童生徒本人の問題だけではなく、学校や家庭などの環境も大きく影響していることがわかります。

(2)不登校の現況

 文部科学省が実施した不登校に関する調査で、昨年10月に公表された「令和4年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果について」(*3)によると、令和4(2022)年度における小・中学校における長期欠席者のうち、不登校児童生徒数は299,048人で、児童生徒1,000人当たりの不登校児童生徒数は31.7人(前年度25.7人)となっています。前年度は244,940人でした。1年で2割強も増えているということになります。
 不登校児童生徒数の推移についてグラフに示しましたが、10年連続で増加し、過去最多となっていることがわかります(グラフ1)。また、文部科学省の調査から、不登校は学齢が上がるにつれて増え、中学校では数値上では1クラスに二人程度存在しているという状況にあるということになります。

不登校の推移(文部科学省のデータを基に筆者が作成)

 この調査を受けて、文部科学省では、初等中等教育局児童生徒課長名で「令和4年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果及びこれを踏まえた緊急対策等について」という通知を発出しています(*4)
 この中でも「周囲の大人が子供たちのSOSを受け止め、組織的対応を行い、外部の関係機関等とも積極的に連携して対処するなど、きめ細かな対応」が必要だということが強調され、国や自治体としての対応策が示されています。
 この通知では、次のようなことも強調されています。

 教育機会確保法の基本的な考え方が学校の教職員等に十分に伝わっていない現状を踏まえ、国において作成した教育機会確保法の理念についてまとめたパンフレット等を活用しつつ、改めて学校及び児童生徒や保護者等と直接対応する教師等にも周知したり、保護者への情報提供方法を工夫する等、不登校は、取り巻く環境によっては、どの児童生徒にも起こり得るものとして捉え、不登校というだけで問題行動であると受け取られないような配慮が必要なことや、支援に当たっては、不登校児童生徒や保護者の意思を十分に尊重しつつ行う必要があることなど、法の正しい理解の促進に努め、その取組の促進を図ること。

 この記述からも、不登校については教育の分野だけなく社会全体で考えていかなければならないということが再認識させられます。

(3)不登校の要因

 文部科学省は、不登校に至った要因についても調査しています(*3)。その要因はさまざまですが、調査では、本人の問題に起因する場合、学校生活に起因する場合、家庭生活に起因する場合の3つの要因に大別しています。その結果は表に示したとおりです。本人や家庭生活に起因するケースが少なくなく、こうした面からも不登校が学校教育だけの課題ではないことが理解できます。

本人の問題に起因
(病気・その他本人に関わる問題等)

「学校生活に起因」
友人関係や教師との関係・学業不振等

「家庭生活に起因」
親子問題・家庭内不和等

小学校

63.5%

16.8%

14.7%

中学校

62.9%

23.3%

8.8%

高等学校

55.9%

29.6%

6.4%

不登校の要因(文部科学省「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」(*3)より作成)

3.令和5年の総務省調査

 また、総務省でも令和5年度に不登校・ひきこもりのこども支援に関するアンケート調査を実施しています(*5)。これは「不登校児童生徒への支援がどの程度効果を発揮しているかを把握するため、児童生徒やその保護者が学校やその他の関係機関などから受けた支援に対して、感じたことを把握する。」ことを目的として実施されたもので、調査対象は児童生徒及びその保護者各490人となっています。
 そこでは、学校は不登校児童生徒やその保護者への支援として、相談体制の整備や公的支援情報の提供などを行っているものの、児童生徒やその保護者からは「相談しづらい」、「民間施設の支援情報も欲しい」といった意見が出ていることが示されていました。とくに児童生徒からの評価は厳しく、その理由として、児童生徒には「自分の気持ちをどう表現すればよいか分からない」、「言っても分かってもらえない」、「相談内容が漏れないか不安」という思いがあること等が示されていました。
 学校に通えなくなってからの過ごし方については、普段から支援の情報が欲しいという保護者が8割を超えていました。そして、学校や教育支援センター、フリースクール等で過ごす機会を通じて、悩みや要望を相談できる頼れる人が表れていること、また、希望に沿った過ごし方ができるようになっていることも示されていました。
 こうした結果も不登校については、学校だけでなく社会全体で対応することが不可欠であることを示していると言えます。

4.地域ぐるみでの「不登校」への対応

 こうした中で地域ぐるみで「不登校」サポートしようとする動きが各地にあらわれています。NTT経済研究所のレポート「第5回 こどもが安心していきいきと暮らせる地域共生社会づくりに向けて」には、宮崎県三股町社会福祉協議会における取り組み事例がまとめられています(*6)
 この記事によると、三股町社協では、「一人ひとりの課題を地域で解決する」取り組みを進めていますが、こども支援の一つとして、「森の子学習塾」という子どもたちの学びを応援する取り組みを進めているということです。経済的に厳しい一人の中学生の学習を支援することから始まった取り組みだということですが、同じような状況の子どもが後から参加することができる場となっていて、日頃から築いている地域ネットワークを活用し、地域との協力によって全体で個々の課題に対応する体制を整えているそうです。
 不登校児童生徒についても、三股町社会福祉協議会以外の人々の力も借りて、楽しみながらキャンプやボルダリング体験などのアウトドア活動を実施しているという報告がありました。アウトドア事業者との協働により、「外に出るきっかけ」をつくることができ、また不登校支援団体も協働することで個別支援に入るきっかけやつながりをもつことに至り、継続的な支援を行うことで関わった児童が復学するなど、不登校状態の改善が図られているということです。

5.まとめ

 本稿では、まず不登校児童生徒が増加していること、その要因も多様であることを再確認しました。その上で、増加に対応してさまざまな取り組みが展開されており、その事例として三股町の取り組みを示しました。地域のさまざまな人々のネットワークを生かして、不登校についても支援できる体制を築けるということが確認できました。インクルーシブ社会の実現という観点からも、不登校を学校だけでなく分野横断的に対応していくことが重要であることが再認識させられました。
 すでに国の制度としても、2020年に改正された社会福祉法によって「重層的支援体制整備事業」が創設されています。これは、一つの支援機関だけでは解決に導くことが難しいような複雑な、複合的な課題を持つ方(家族)をサポートするための体制をつくる事業のことで、改正された社会福祉法第106条の4に規定されています(令和3年4月1日施行)(*7)
 地域住民のさまざまな支援ニーズには、不登校も含まれます。総務省の調査からも、学校外からの不登校児童生徒に寄り添った支援が有効であることが示されています。こうした地域における分野横断的な支援体制の構築が進んでいくことによって、根本的解決には至らないかもしれませんが、不登校に関する諸課題の改善が計られる方向に向かうことは確かです。それによって、目黒区で生じたような不登校への誤解の解消が進んでいくことも期待したいと思います。

*1:毎日新聞東京朝刊7/18(水)13:00配信
https://mainichi.jp/articles/20240718/ddm/041/040/083000c
https://mainichi.jp/articles/20240716/k00/00m/040/039000c?inb=ys
*2:文部科学省「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査-用語の解説」
https://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa01/shidou/yougo/1267642.htm
*3:文部科学省「令和4年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1302902.htm
*4:文部科学省「令和4年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果及びこれを踏まえた緊急対策等について(通知)」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1422178_00004.htm
*5:総務省「不登校・ひきこもりのこども支援に関するアンケート調査結果」(令和5年7月)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000892979.pdf
*6:大野孝司「第5回 こどもが安⼼していきいきと暮らせる地域共⽣社会づくりに向けて」(NTTデータ経営研究所経営研レポート)

https://www.nttdata-strategy.com/knowledge/reports/2024/240329/
*7:厚生労働省:重層的支援体制整備事業について

https://www.mhlw.go.jp/kyouseisyakaiportal/jigyou/

滋賀県立美術館のニュースに触発されて アール・ブリュットと図工・美術教育を考える

はじめに

 滋賀県立美術館は、2016年に日本の公立美術館として初めてアール・ブリュットの作品を収蔵することを掲げました。昨年には、日本財団からアール・ブリュットのコレクションも受贈されています。それらの作品を披露する機会として、「滋賀県立美術館開館40周年記念 つくる冒険 日本のアール・ブリュット45人―たとえば、「も」を何百回と書く。」がこの6月23日(日)まで開催されていました。マスコミやWeb上などでも頻回に取り上げられ、アール・ブリュットの認知が進んできているように思われます。そこで今回は、共生社会を志向とする学校教育への展望という観点からアール・ブリュットについて考えてみたいと思います。

1.アール・ブリュットとは

 アール・ブリュットについて、滋賀県立美術館のホームページでは、次のように説明されています(*1)

日本語では「生(なま)の芸術」とも訳されるアール・ブリュットは、1940年代にフランスの画家、ジャン・デュビュッフェ(1901-1985)が提唱した概念です。主にパリで活動したデュビュッフェは、自身が同時代の芸術家や文化人らと交流を深める中で、既存の文化の影響を受けずに独特の制作を行う、精神障害者や独学の作り手などの作品に心を惹かれ、それらを「アール・ブリュット」と呼び、調査や収集を行いました。

 デュビュッフェの概念が厳格だったために、英語圏では「アウトサイダー・アート」という言葉が、わが国では「エイブルアート」という言葉も生み出されているようですが、筆者は、近年、「アール・ブリュット」という言葉にネット等で触れる機会も多くなってきており、用い方に気を付けなければいけないものの、市民権を得てきているように感じています。
 気を付けなければいけないのは、デュビュッフェが提唱した概念とかけ離れた用い方をしないようにすることです。例えば、特別支援学校や特別支援学級の生徒の作品展覧会を、特殊教育時代の形態と大きく変わってないにもかかわらず、「アール・ブリュット展」と銘打っている場合などです。アール・ブリュット=障害児者の作品と、短絡的にとらえてしまう誤解を生じさせかねません。
 「アール・ブリュット」については関連する書籍がたくさん発行されていますので、それらを参照して適切に用いていただきたいと思います(*2)

2.滋賀県立美術館での「アール・ブリュット」への取り組み

 美術館は、長い間、文化財の保護を最優先としてきました。一般社団法人全国美術館会議は、美術館の原則と美術館関係者の行動指針を示していますが、1番目の原則として次のように記されています(*3)
 「美術を中心にした文化の価値を継承・発展、さらに創造することに努め、公益性・公共性を重視して人間と社会に貢献する。」
 この原則だけを読むと、保存や研究、教育を目的とする従来型の美術館像がどうしてもイメージされてしまいます。しかし、美術館の役割をそれにとどめることなく、2番目として「美術館は、人類共通の財産である美術の作品・資料及びそれに関わる環境の持つ多様な価値を尊重する。」という原則が示されています。
 また、下位にはなりますが、「8.美術館は、展示公開や教育普及などを通じ、広く人々とともに新たな価値を創造する。」、「10.美術館は、地域や関連機関と協力連携して、総合的な力を高め、社会への還元を図る。」といった原則も示されています。
 このことは、とりもなおさず、美術館は多様な芸術作品に出合える場所でもあるということを示しています。
 プロの芸術家という範疇に入っていない人の作品であるアール・ブリュットと言われている作品も多様な芸術作品に入ると思われるのですが、これまで、アール・ブリュットと言われている作品を一般の美術館が収集するということはありませんでした。
 2016年になって、滋賀県立美術館がアール・ブリュットの作品を収蔵することを宣言しました。これは、日本の公立美術館として初めてのことになります。
 昨年には、日本財団から国内の作品550点が滋賀県立美術館に寄贈され、さらに所蔵作品が充実してきました。

滋賀県立美術館全景 撮影:筆者

 この記念として、寄贈された作品のうちの450点を集めた滋賀県立美術館開館40周年記念展覧会『つくる冒険 日本のアール・ブリュット45人 ―たとえば、「も」を何百回と書く。』がこの6月23日まで開催されていました。オープンの式典で、保坂健二朗館長が「日本のアール・ブリュットは世界中の美術館やコレクターなどから注目されている。これだけの規模の展覧会を開くことができてうれしい」と挨拶したことがニュースで報じられていました(*4)
 滋賀県立美術館は、アール・ブリュットの作品を自館として所蔵し、その理解、普及に大きな役割を果たしているといえます。



滋賀県立美術館開館40周年記念展の展示風景
撮影:麥生田兵吾氏(滋賀県立美術館提供)

 また、民間においても、全国各地にアール・ブリュット作品を所蔵・展示している施設があります(*5)。東京都では、東京都歴史文化財団に属する「渋谷公園通りギャラリー」がその役割を果たしています(*6)

3.美術教育とインクルーシブ教育

 通常の学校においても、インクルーシブ教育が進展する中で、同じ教室で障害があるものもないものも共に学ぶ機会が増えつつあります。また、共生社会の実現に向けた社会の動きも進展してきています。
 このような状況下で、包摂性や多様性といった観点から学校教育における図画工作科や美術科などの教科でアール・ブリュットを扱う意義は強まってきているようにと思われます。
 幸いなことに、本Webマガジンの「学び!と美術」で連載されていた奥村高明先生が、アール・ブリュットへの取り組みについて執筆されています。通常の学校での実践を検討されている、あるいは実践されている方々には大変有用な内容になっています。
 「学び!と美術 <Vol.44>(2016.04.11)」では、「アール・ブリュットの鑑賞実践報告」というタイトルの記事が掲載されています。「社会福祉法人愛成会」の依頼で、奥村先生が鑑賞体験ナビゲーターとして実施されたものですが、一般的な鑑賞活動と異なるものではなかったこと、難しい話にもならず、むしろ作家に対してリスペクトに近い感情が生まれていたことが報告されていました。「大切なもの」というテーマで鑑賞を進められたということですが、ナビゲーターの働きが重要であることが示唆されていたように思います(*7)
 また、「学び!と美術 <Vol.68>(2018.04.11)」では、「「問い」から考える「主体的・対話的で深い学び」として、滋賀県立膳所高等学校の山崎仁嗣先生が実践したアール・ブリュットの学習が検討されました(*8)。生徒たちの「問い」が、「アール・ブリュットとは何を意味しているか?」(事実的な知識の問い)⇒「アール・ブリュットは障害のある人の作品か?」(概念的な理解の問い)⇒「アール・ブリュットという枠組みは私たちにとって必要か?」(教科の本質に関わる問い)へと発展していったことから、本学習が将来、彼ら自身が文化や社会をつくりだす可能性を期待させる学びとして成立しているとまとめられています。私も「アール・ブリュット」が共生社会への架け橋になっているところに心強さを感じました。
 「学び!と美術 <Vol.69>(2018.05.10)」には、「アール・ブリュットにどう向かう?~「全部はみえない展」」の記事があります(*9)。この記事はワークショップの紹介ですが、小学1年生から大人までの、障害のある人たち、子どもたち、現役の現代美術作家など約25名の作品をキャプション、作品名、作家名なしで展示して、その作品を鑑賞する中で美術教育や障がいのあるなし、年齢やキャリアを超えて「魅力的な作品とはなんなのか」という普遍的な問いを鑑賞者自身が再考する場になることをねらった取り組みの報告になります。奥村先生によれば、「『境界』のない『場』をつくりたい、そこから何か生みだしたい」という、主催者のねらいは成功していたということで、「私たちはどのようにアール・ブリュットや美術に向かうべきなのか」のその時の到達点として、(1)大人である以上「問い続ける」、(2)鑑賞を通して「子どもに戻る」ということを挙げられていました。
 いずれの記事も簡潔に要約することには無理がありますので、是非とも本編をご覧いただきたいと思います。

4.教科書について

令和7年度版中学校教科書『美術 2・3下』p.50
「多様性と共同制作」より
 教科書での取り扱いについても確認しておきたいと思います。日本文教出版が発行する、平成7年度から使用となる検定済教科書「美術 2・3下」に、学びを支える資料として、「多様性と共同制作」の項があり、その中でアール・ブリュットの定義と画像が掲載されています。画像は、①作品画像(阿山隆之『黒牛とフラミンゴと四葉のクローバー』)、②施設画像(『ボーダレスアートミュージアムNOーMA』)③展示風景画像(『ボーダレスの証明 はたよしこという衝動』2021 )の3枚です。
 このように、教科書でもしっかり扱うようになってきているアール・ブリュットですが、学校現場で教科書がどのように扱われ、どのような授業が展開されているのか大いに興味があるところです。

5.まとめ

 もう一度、アール・ブリュットについて確認しておきたいと思います。
 滋賀県立美術館館長の保坂健二朗さんは、日本のアール・ブリュット研究の第一人者のお一人ですが、読売新聞の記事の中で次のように説明されています(*10)

「既存の芸術的文化の影響を受けていない人によって、心の奥底から作られた、評価を求めていない作品」です。では、「既存の芸術的文化の影響を受けていない」とはどんな状態なのでしょう。「正規の美術教育を受けていない」と紹介されることがありますが、美術教育を受けていないプロの作家もいますから、正確とは言えません。何を芸術と呼ぶかの基準も、実際には主観的です。アール・ブリュットは、非常にあいまいな概念なのです。

 保坂氏が言うようにアール・ブリュットは単純なものではないのですが、アール・ブリュットは、アートが特別な人による特別な人のためのものではないことを気づかせてくれました。アートを考えるうえで様々な問いも発してくれています。それは、口先だけの共生社会を目指そうとする動きとは相いれないものです。
 特別支援学校や特別支援学級の生徒の作品展覧会に「アール・ブリュット展」と冠をつけている事例が見受けられます。アール・ブリュットと称することを認めるとしても、従来の「分離型教育」の枠組みを保持したまま、当事者や関係者の閉じた空間で開催されるものであれば、「アール・ブリュット」と冠を被せることには疑問が残ります。
 共生社会の実現という観点からアール・ブリュットの意味を問い直し、新たな共生に向けた社会観の構築に向かう取り組みが盛んになっていくことが期待されます。

*1:滋賀県立美術館「アール・ブリュットについて」
https://www.shigamuseum.jp/about-the-collection/artbrut/
*2:例えば、保坂健二朗 (監修), アサダワタル (編)『アール・ブリュット アート 日本』平凡社 (2013)、ミシェル・テヴォー (著), 杉村昌昭 (訳)『アール・ブリュット』人文書院(2017)など。
*3:一般社団法人全国美術館会議「美術館の原則と美術館関係者の行動指針」
https://www.zenbi.jp/data_list.php?g=4&d=3
*4:NHKニュース
https://www3.nhk.or.jp/lnews/otsu/20240419/2060015722.html
*5:日本全国のおすすめアール・ブリュット(アウトサイダー・アート)美術館7選
https://spice.eplus.jp/articles/69308
*6:渋谷公園通りギャラリー

https://inclusion-art.jp/
*7:「学び!と美術」<Vol.44>(2016.04.11)「アール・ブリュットの鑑賞実践報告」

https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/art/art044/
*8:「学び!と美術」<Vol.68>(2018.04.11)「「問い」から考える「主体的・対話的で深い学び」」

https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/art/art068/
*9:「学び!と美術」<Vol.69>(2018.05.10)「アール・ブリュットにどう向かう?~「全部はみえない展」」

https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/art/art069/
*10:[美術人ナビ]アール・ブリュット 創作への本能 @滋賀県立美術館…滋賀県立美術館館長・保坂健二朗×やまなみ工房施設長・山下完和

https://www.yomiuri.co.jp/culture/20240429-OYT1T50089/

新タイプのユニバーサルデザイン絵本『まんじゅうこわい』誕生

1.はじめに

 ユニバーサルデザイン絵本という点字と凸図のついた書籍をご存じでしょうか。「点字付き絵本」と称されている場合もあります。この4月に新しいタイプのユニバーサルデザイン絵本が出版されました。この本の企画・制作には筆者も関わりましたので、今回は、その話題を取り上げてみたいと思います。
 このユニバーサルデザイン絵本は、落語家春風亭昇吉師匠の「多くの人に落語を楽しんでもらいたい」という深い思いが込められています。東京大学の落語研究会に所属し、進路として落語家の道を歩んでいくか迷っていた時期に、その背中を押してくれたのが盲学校の子どもたちだったということもあり、昇吉師匠はいつか「落語の点字絵本を作りたい」と思い続けていたそうです。
 昇吉師匠がこの思いを共用品推進機構の星川専務理事に伝えたところ、具体的な動きとなって展開されることになりました。そして、昇吉師匠を中心に立ち上げた一般社団法人落語ユニバーサルデザイン化推進協会によって制作が進められ、多屋光孫さんのイラストによる『てんじつき さわるえほん たのしいらくご① まんじゅうこわい』というタイトルの絵本が、この4月に出版されたのです(*1)
 この絵本には、従来のユニバーサルデザイン絵本に留まらない工夫がされています。UV絵本の概要も含めて、『まんじゅうこわい』誕生のいきさつと本書の特色について、以下に紹介していきたいと思います。

2.ユニバーサルデザイン絵本とは

 ユニバーサルデザイン絵本の特徴としては、点字が併記されていることと、それだけでなく触ってわかる凸線や凸点で図や絵などが掲載されているところにあります。近年は、紫外線硬化樹脂インク(UVインク)などの盛り上がるインクを用いた技法によって、凸状の印刷が施されています。こうした形態の本をここではUV絵本ということにします。
 こうしたUV絵本出版の先駆けとなったのは、1999年に岩崎書店から刊行された『バリアえほんシリーズ』ではないかと思います(*2)。私はこのシリーズの監修者として制作に協力しました。2002年には、NPO法人ユニバーサルデザイン絵本センターが発足しました(*3)。ユニバーサルデザイン絵本センターでは、これまでに21冊のUV絵本を発行しています。筆者は、このNPO法人にも設立時から理事として参画してきました。製作した絵本の中には、小学校の教科書で紹介されたものもあります。また、法人発足から2023年まで、毎年UV絵本の形式でカレンダーを製作し、全国の盲学校に寄贈するという活動も展開してきました。

 いくつかの出版社からも点字付き絵本は発行されていましたが、同じく2002年には、出版社、印刷会社、書店などで構成される「点字つき絵本の出版と普及を考える会」も発足しました。以後、会員である出版社からもUVインクを用いた技法による絵本が「てんじつきさわるえほん」として出版されるようになってきました(*4)
 こうしたUV絵本は、視覚活用に制約のある子どもも楽しめる本として開発が始まったのですが、ユニバーサルデザインの視点が盛り込まれていることから、視覚障害がある子どもだけでなく幼児やさまざまな障害がある子どもたちにも喜ばれるようになってきました。言葉どおり誰もが楽しめる絵本として認められるようになってきているといえます。ただし、特殊な印刷技法を用いていたり、製本に工夫が必要だったりするために、製作にコストがかかり、それが本体の価格に影響して普及の妨げになっているところは大きな課題だといえます。

3.ユニバーサルデザイン絵本『まんじゅうこわい』について

 昇吉師匠によるUV絵本の着想については、赤塚不二夫さんの存在も大きかったということです。赤塚不二夫さんは、視覚活用に制約がある人にも楽しんでもらうと『赤塚不二夫のさわる絵本 よ~いどん!』と『赤塚不二夫のさわる絵本 ニャロメをさがせ!』という2冊のUV絵本を出版されています(*5)
 昇吉師匠と星川さんからお話を伺い、私もこの企画に関わらせていただくことになったのですが、その時に私の脳裏によみがえったのは、赤塚不二夫さんのUV絵本を読んだ読者が「赤塚先生すみません。赤塚先生の熱意はとてもうれしいのですが、絵本の凸図が読み取れないのが悲しいです。」という思いを吐露されていたことでした。
 凸図があることはとても意義深いという大前提を踏まえてのことですが、視覚で認知できる画像をそのまま2次元の凸図に表しても、それを触認知するのは大変難しい場合があります。もともと3次元で表されている内容を、2次元的な凸図で読み取ってもらおうとするところに無理があるからです。したがって、視覚活用に制約がある人にとっては、点字付き絵本の凸図の理解は「わかったつもり」の段階にとどまらざるを得ないものが少なくないということになります。昇吉師匠のお話を伺って、絵本を視覚に制約のある人により楽しんでもらうためには、これまでのUV絵本を超える工夫が必要だと強く思いました。
 そこで、絵本に「3D造形物」を加味することを提案させていただきました。点字と触図だけでなく、立体造形物に触ることも加味されると、より直感的によりイメージ豊かに絵本を楽しむことが可能となると思ったのです。岩手県に「手でみる博物館」を開設された桜井政太郎先生は、「視覚に障害がある人にとっては、世の中に形で存在するものは、形として確認することがもっともわかりやすい」と主張されていました(*6)。私もそのとおりだと理解しているのですが、実際にそれを実現する術がなく、大きな壁が立ちはだかっていました。

 しかし、近年3Dプリンターが急速に普及してきています。私は、これまで視覚障害分野での3Dプリンティングの活用について取り組んできましたが、近年の3Dプリンターの低価格化と品質の向上には目覚ましいものがあります。この技術が新しい道を切り開いてくれるのではと、その可能性に希望を持っていました。そこで、今回のUV絵本に3Dデータを加えて提供することを提案したのです。絵本自体に付録として3D造形物をつけることが望ましいのですが、コスト面からもかさ高さからも現実的ではありません。3Dプリンターが普及してきている昨今、データがあれば、身近なところで出力することが可能です。この提案を前向きに受け止めていただくことができ、今回の絵本に反映されることになりました。立体にする事物を昇吉師匠にピックアップしてもらい、私とともに、海城中学高等学校の模型部の皆さんにも協力いただいて3Dデータを準備しました。この絵本には、点字や凸凹を付けたイラスト「触図」とともに、この絵本に描かれているムカデ、アリ、ヘビ等の生き物や長屋の模型等の3Dデータが収蔵されているサイトにアクセスできるQRコードがついています。ダウンロードできる模型は全部で26種類。それらを3Dプリンターで印刷すれば、触図の内容を3D模型で確かめながら、絵本を読み進めることができます。
 本書の発行に関する詳しい経緯については、NTTクラルティ株式会社の広報誌「CRARTE」11号に紹介されています(*7)。この記事は、NTTクラルティの社員でもあり、ブラインドサッカーの日本代表選手としても活躍している田中章仁さんと昇吉師匠の対談をまとめたものです。

4.UV絵本『まんじゅうこわい』に触れる-NHKニュースから-

 NHKのニュースで、この絵本が紹介されました(*8)
 ニュースでは、川崎市に住む小学6年生の片山優茉さんと家族がこの絵本を楽しんでいる様子が紹介されていました。優茉さんは、幼いときから目がほとんど見えず、今では全く見えないそうです。優茉さんの趣味は、点字の本を読むことだそうですが、凸凹が付いたイラストを指で触れて読み取る「触図」の本については、指で触って絵を想像することは難しく、「本に絵はいらない」と考えているということです。優茉さんの率直な主張には、我が意を得たりと思いました。そして、番組では、出力した3D造形物とともに、優茉さんとご家族が、この絵本を夢中で楽しんでいる様子が紹介されていました。この映像を通して、改めて「形あるものは形で示すこと」の意義を確信することができました。
 ニュースには、触図で団子にアリが群がっていることを確かめ、3D模型でアリの姿を確かめている様子も流れていました。模型があることで、「わかったつもり」で片付けてしまうことなく、概念を形成しながら内容に深入りすることが可能になると実感しました。優茉さんは、「模型があることで、絵を理解することの大切さに気がつくことができました。そして、この本を一緒に囲めばみんな楽しいし、私の障害のことをもっと知ってもらえると思いました。こういう本がもっとたくさんできればいいと思います」と語っていました。一ケースではありますが、このように思ってもらえたことを感慨深く受け止めました。このことばに安堵するとともに、当事者が本音を吐露しにくい状況がまだまだ残っていることを自戒してユニバーサルデザインを考えていく必要があることを実感しました。まさに、それが「共に生きる」ということにつながっているのだと思います。
 この番組は、NHKのアーカイブスから視聴していただくことができます。

5.まとめ

 「共生社会」の実現という観点から、ユニバーサルデザインの理念が広く普及するようになってきています。しかし、共に生きるということは、単に「善意」を施すことではありません。ユニバーサルデザインを施したとしても、当事者が納得できる形になっていなければ、善意の押し売りに終わってしまいかねません。これまでUV絵本の取り組みに努力されてきた皆さんの尽力に敬意を表しつつも、今回の昇吉師匠の思いがこもったUV絵本「まんじゅうこわい」では、これまで見逃していたところに少し手が届いたのではないかと受け止めています。また、NHKのニュースの一コマに家族中でこのUV絵本を楽しんでいる様子が認められました。こうした工夫は、視覚障害がない人にとっても有効だということを示しているといえるでしょう。
 昇吉師匠は、NHKニュースの中で「社会を変えたいとか、大それたことは考えていません。でも、この本は『目が見えないからあんたはこっち』、『見えるからあんたはこっち』って分けるんじゃなくて、みんなでこの本を囲んでほしい。お互いを認め合うきっかけになってほしいんです」と語っていました。
 3D造形については、まだまだ不備が多く改善の余地があるのですが、障害のあるなしにかかわらず楽しんでもらおうと企画された絵本『まんじゅうこわい』は、UV絵本=点字と触図つき絵本という思い込みにとらわれない新しい方向を示したように思います。これをきっかけにこれまでのUV絵本の課題に向き合った本づくりがどのように展開していくか、今後の動向に注目していきたいと思います。

*1:『てんじつき さわるえほん たのしいらくご① まんじゅうこわい』
一般社団法人落語ユニバーサルデザイン化推進協会・著、多屋光孫・絵、合同出版・刊
https://www.godo-shuppan.co.jp/book/b638370.html
*2:バリアフリーえほん(全3)
中塚 裕美子 作・絵 岩崎書店刊
https://www.iwasakishoten.co.jp/book/b193700.html
*3:ユニバーサルデザイン絵本センター
https://www.ud-ehon.com/
*4:点字つき絵本の出版と普及を考える会
https://tenji.shogakukan.co.jp/index.html
*5:赤塚不二夫保存会/フジオNo.1『赤塚不二夫のさわる絵本』シリーズ
https://blog.goo.ne.jp/220-number1/e/96b4477b3436cd561ee8347fbf2668d7
*6:桜井記念視覚障がい者のための手でみる博物館
https://tedemil-hakubutukan.asablo.jp/blog/
*7:CLARTE vol.11『誰もが平等にアクセスできる社会づくりのためにできること』

https://www.ntt-claruty.co.jp/assets/pdf/clarte_vol11.pdf
*8:NHK NEWS WEB
『新たな仕掛けでみんなに笑顔を “まんじゅうこわい”が絵本に(2024年5月17日 19時43分 )』
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240517/k10014452821000.html

インクルーシブ教育の充実と地方自治体の動き(続)

1.はじめに

 前回、インクルーシブ教育に関する地方都市の動向を巡って、国立市のインクルーシブ教育への取り組みを紹介しました。インクルーシブ教育への対応については、文部科学省としては特別支援教育のシステムを維持しつつ、引き続きインクルーシブ教育システムの推進に努めるという姿勢を堅持していますが、国連の委員会の勧告に沿った形でインクルーシブ教育を進めようとしている地方自治体が出てきていることの一端として取り上げたものです。
 全国を俯瞰すると、こうした方向に舵を切る、あるいは舵を切ろうとしている自治体が他にもあります。前回の続編として今回も、そうした自治体の中から神奈川県海老名市、北海道根室市の動きを取り上げてみたいと思います。

2.神奈川県海老名市の取り組み

 この3月22日に、神奈川県海老名市教育委員会(伊藤文康教育長)と神奈川県教育委員会(花田忠雄教育長)がインクルーシブ教育の推進に向けて連携する協定を結びました(*1)
 海老名市は、インクルーシブ教育に積極的に取り組んでいます。市が策定した教育大綱には、「しあわせをはぐくむ教育」のまち海老名として、5つの柱のもと、次のような文言が記されています(*2)

私たちは「ひびきあう教育」の理念のもとに

  • こどもたちひとりひとりの
  • 家庭・学校・地域の「しあわせ」のために

「誰ひとり取り残さない教育」をめざします

 5つの柱のうちの一つには、「包摂性の高い教育的・社会的支援の推進」という文言が掲げられています。その中で、インクルーシブ教育の推進として、「個別の教育支援計画の作成等を通じた教育的ニーズの適切な把握のもとに、すべての子どもたちひとりひとりの多様性に対応した、学びやすい環境、わかりやすい授業、安全で安心できる居場所を目指します。」と記されています。
 他方、神奈川県は、県として以前からインクルーシブ教育の推進に力を入れ、公立高校での「インクルーシブ教育実践推進校」の取り組みなどを進めてきています(*3)。「インクルーシブ教育実践推進校」というのは、「誰もが大切にされ、いきいきと暮らせる『共生社会』をめざして、知的障がいのある生徒が高校で学ぶ機会をひろげながら、みんなで一緒に過ごすなかで、お互いのことをわかりあって成長していくことを目標にしている高校」ということです。神奈川県では、「知的障がい」のある生徒の進路を特別支援学校に限定することなく、インクルーシブ教育のレールに載せていこうとしていることが伝わってきます。
 背景にこうしたそれぞれの取り組みがあることを知ると、海老名市と神奈川県が連携を深めて、今回の協定締結に至ったということがよく理解できます。
 県と市は今後、協定書に基づいて、海老名市内でのインクルーシブ教育の実現に向けた研究・企画、実践や普及・啓発などで連携を深め、本年度中に推進会議(仮称)を立ち上げ、インクルーシブ教育に関する情報交換や具体的な実施事項などについて協議し、決定していくということです。
 また、神奈川県の黒岩知事の考えも新聞等で報道されています(*4)

 「なぜ神奈川県はインクルーシブ教育に積極的なのか?」「自閉症や発達障害といった脳神経の多様性を個性として積極的にとらえる『ニューロダイバーシティ』の考え方に関心を持たれているのはどうしてですか?」という問いに対して、黒岩知事は次のように答えています。

 神奈川県は「当事者目線の障害福祉」を掲げ、憲章や条例を策定しています。「ともに生きる社会かながわ憲章」と「神奈川県当事者目線の障害福祉推進条例 ~ともに生きる社会を目指して~」です。
 これらが制定されたきっかけは、今から8年前、2016年7月に起きた県立の障害者支援施設「津久井やまゆり園」で起きた痛ましい事件です。19人の命が奪われた。それも元職員によって。理由は「意思疎通が図れない人間は生きている意味がないから」という理解し難いものでした。私にとって大変ショックな出来事で、「障害者とともに生きる社会の実現」を県政の最優先事項にしたのです。

 また、「日本の教育は均質な人を作ることに専念してきた」という側面がありますが、それに対して、「均質的な普通を目指すことが標準、という考え方は、非常に危ういと私は思います。なぜなら、そこに普通と、普通ではない、の分断があるからです。その延長線上に、悲惨な津久井やまゆり園事件があったのかもしれない。」とも述べています。

 やまゆり園の惨事を深く洞察し、「普通と、普通ではない」を切り分けてきたことの反省に立って、インクルーシブ教育を推進する方向が導き出されていることが伝わってきます。
 海老名市の伊藤文康教育長も、「『すべての子どもたちが、住んでいる地域の学校で学び成長することはあたり前のことであり普通のこと』との認識をした。その上で、『そんなあたり前の、ふつうの地域づくり・学校づくりを、子どもたちや保護者、教職員や地域の方々、市民の皆さまの声を聞き、話し合いを重ね、市全体で取り組みを推進したい』とコメント」しています(*5)。これからの海老名市の動向を注視していきたいと思います。

3.北海道根室市の取組

 根室市の教育委員会も、より踏み込んだ形で、障害がある児童を分けずに教育する「インクルーシブ教育」を市立花咲港小学校で実施していることを知りました。
 「市独自の取組として、障がいのみならず、人種の別や男女差、性についての指向性、社会的地位や背景の違いなど、あらゆる差別を乗り越えて、一人ひとりの個性と価値観を認め、自分らしく在るための選択や決定を尊重するインクルーシブ教育の実現に向け取組を進めてきた」(*6)ということで、花咲港小学校をモデル校として位置づけて取り組みが進められてきています。

 花咲港小学校の取組には以下のような特徴があります。

  • ドイツ発祥でオランダで広がった「イエナプラン」(*7)を参考に、障害がある児童には専門的支援を行いつつ、一般の学級の中で学ぶことを基本とする取り組みを進めていること。
  • 学級は幅広い年齢で構成し、一律の時間割を撤廃して、児童一人ひとりの発達に合った進度別の時間割を取り入れ、そのことで、障害の有無にかかわらず学ぶ環境をつくっていること。
  • 教師が一方的に進める授業形態はとらないこと。

 学年や障害の有無を取り払った学級編成とするところは、まさしく「フルインクルージョン」だといえるのですが、それがいわゆる「ダンピング」に陥らないためには、個に応じた学習活動が保障される必要があります。花咲港小学校では、一律の時間割を廃し、それぞれの進度に合った時間割を取り入れるというところまで踏み込んで、その課題に対応しています。これにより障害がある児童が授業についていけないといった問題も起きにくくなります。また、画一的で一方的に教え込む授業でなくなることから、障害がない児童も意欲や主体性に学習に取り組むようになるというメリットも生まれてきます。
 花咲港小学校は小規模校で、児童数10人ということもあり、こうしたシステムが導入しやすかったのではないかと思われます。また、小規模校であることは、他の小学校に統合される可能性もあったわけで、特別支援学校がない根室市内におけるインクルーシブ教育の拠点として存続を図ったことは地域にとってもよい選択だったといえそうです。
 北海道内では障害がある児童が普通学級の中で学ぶことを原則としている公立学校はなく、根室市教育委員会の波岸克泰教育長も市議会で「インクルーシブ教育は、障害のみならず、人種や男女差、性の指向性、社会的地位や背景の違いなど、ひとりひとりの個性と価値を認め、自分らしくあるための選択や決定を尊重する教育で、これからの学校教育に求められる姿だ」(*8)と語っていて、道内や市内からの視察が絶えないということです(*9)。こちらもこれからの展開に目が離せません。

まとめ

 日本の障害児教育は、特別支援学校や特別支援学級などを設定し、流動性を担保しながらも障害がある児童と無い児童を分けて教育することが原則になっています。前回と今回、こうした枠組みにとらわれずに、独自のインクルーシブ教育を展開している、あるいは展開しようとしている地方自治体の取り組みについて紹介してきました。
 標準的な集団への画一的な教育を前提としていたこれまでの学校教育の枠組みを変えることなく、インクルーシブ教育に移行することは、現場や当事者の負担を増加させてしまうことにつながります。
 現状でも「手厚い支援」が受けられるからと特別支援学校を選択するケースも少なくないのですが、それは裏を返せば、今の体制のままでは通常の学校では十分な支援が受けられないという実態を察知しているからにほかなりません。
 障害があるなしにかかわらず、すべての児童生徒に歓迎されるインクルーシブ教育を展開していくためには、学級定数、教員の配置、指導方法・内容の工夫、指導体制の改善、環境整備、他機関との有機的な連携などが求められます。フルインクルージョン体制を維持しているイタリアではこの仕組みを50年に渡って築いてきました。
 地方自治体の弾力的な運用が奨励されているとはいえ、令和4年4月に文部科学省から「特別支援学級及び通級による指導の適切な運用について」という通知(*10)が発出されたように、国として示してきた枠組みに沿っていないととらえられると規制がかかってくる可能性もあります。
 海老名市、根室市、そして前回取り上げた国立市は、こうした制約がある中で、どのような工夫をして国連の障害者権利条約で示されている「インクルーシブ教育」に踏み込み、それを持続的に展開していくのか、そして、何よりも地域や保護者、児童生徒に歓迎されるように進めていくのか、しっかりと見守っていく必要があるといえます。

*1:海老名市教育委員会と「インクルーシブ教育の更なる推進に向けた連携と協力」に関する協定を締結します
https://www.pref.kanagawa.jp/documents/98679/240322.pdf
*2:海老名市教育大綱
https://www.city.ebina.kanagawa.jp/guide/kyoiku/iinkai/1003117.html
*3:インクルーシブ教育実践推進校
https://www.pref.kanagawa.jp/docs/j7d/cnt/f533456/index.html
*4:本音は特別支援学校をやめていきたい 神奈川県 黒岩知事が「ごちゃまぜを当たり前に」したい理由
https://forbesjapan.com/articles/detail/70412
*5:海老名市神奈川県 インクルーシブで連携 協定締結、協議本格化へ〈海老名市・座間市・綾瀬市〉
https://article.yahoo.co.jp/detail/609a0bdb4f9124d3e9eacdd788c21962e3b153d1
*6:1.インクルーシブ教育の推進について【教育総務課】

https://www.city.nemuro.hokkaido.jp/material/files/group/31/r5sougoukyouikukaigigizi.pdf
*7:イエナプランとは
イエナプラン教育は、ドイツで始まりオランダで広がった、一人ひとりを尊重しながら自律と共生を学ぶオープンモデルの教育。詳しくは下記サイトを参照してください。
日本イエナプラン教育協会

https://japanjenaplan.org/jenaplan/
*8:根室・花咲港小がインクルーシブ教育 幅広い年齢、時間割自由に 障害の有無取り払う

https://mamatalk.hokkaido-np.co.jp/article/225995/
*9:花咲港小のインクルーシブ教育 市内外から視察相次ぐ

https://news.yahoo.co.jp/articles/473275cc62f42209674428e5786011e721d03586
*10:特別支援学級及び通級による指導の適切な運用について(通知)

https://www.mext.go.jp/content/20220428-mxt_tokubetu01-100002908_1.pdf

インクルーシブ教育の充実と地方自治体の動き

1.はじめに

 これまでも本欄でたびたび触れてきていますが、2022年9月に国連の障害者権利委員会より、障害のある人の人権や自由を守ることを定めた「障害者権利条約」への対応に関する勧告が示されました。そこには、現在の特別支援教育の枠組みが障害のある子どもを通常の学びの場から分離しているとして、障害のある子もない子も共に学ぶ「インクルーシブ教育」の推進に向けて国の行動計画を作ることが示されました。これに対して、国の回答は「多様な学びの場で行われている特別支援教育のシステムを維持しつつ、勧告の趣旨を踏まえて引き続きインクルーシブ教育システムの推進に努めたい」というものでした(*1)
 地方分権が進む中で、インクルーシブ教育の推進についても地方自治体の動きが大きな影響をもってくると思われますが、こうした中で、さらに歩みを進めてフルインクルーシブ教育の実現をめざした取り組みを進めている自治体も出てきています。フルインクルーシブ教育への取り組みについては、大阪市、豊中市、枚方市等の実践がよく知られていますが、本稿では、フルインクルーシブ教育への対応を巡って関心を集めている国立市の動向を中心に、自治体ぐるみでの取り組みの意義について検討します。

2.文部科学省 地方教育行政の充実に向けた動き

 文部科学省は、令和5年7月19日に「令和の日本型学校教育」を推進する地方教育行政の充実に向けた調査研究協力者会議の報告を公にしています(*2)
 この会議は、「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して」(令和3年1月中央教育審議会答申)において挙げられた学校運営に係る地方教育行政の在り方に係る検討事項その他当面する課題等を踏まえ、地方教育行政の充実改善に向けた検討を行うために設けられたものです。
 この報告の中には、諸々の教育課題の一つとして次のような記述が認められます。

「学校には、特別支援教育の対象となる児童生徒や外国人児童生徒、不登校児童生徒、特定分野に特異な才能のある児童生徒等に対して適切な支援を行うことが求められている。また、いじめや児童虐待、ヤングケアラー、貧困を抱える児童生徒への対応など、子供が直面する課題に向けた対応は、多様化・複雑化している。」

 ここで示されている内容は、文部科学省が示す「インクルーシブ教育システムの構築」に大きくかかわっているものだといえます。
 本報告書は、「令和の日本型学校教育」を推進する地方教育行政を実現するための方策として、教育委員会の機能強化・活性化、教育委員会と首長との効果的な連携、学校運営の支援のために教育委員会が果たすべき役割などを提言したものです。当然のことながら、「インクルーシブ教育システムの構築」の推進にもつながるものとして受け止めていくことが期待されます。これにより「インクルーシブ教育システムの構築」がより我が事として受け止められ、地方教育行政に反映されていくことが期待されます。

3.国立市の取り組み

 最近、 インクルーシブ教育への取り組みについて、 国立市の対応が話題になっています(*3)
 国立市では、全国の自治体に先駆けて、2019年度に策定した市の教育大綱で「フルインクルーシブ教育」を目指すと明記しました。障害の有無にかかわらず、可能な限り地域の学校でともに学ぶ理念を掲げたということです。昨年5月に、市教委は東京大学大学院教育学研究科ともフルインクルーシブ教育の推進に向けた共同研究の協定を締結していて、その本気度がうかがわれます。
 こうした動きは唐突に出てきたものではありません。国連の採択以前の2005年に、国立市では当事者の陳情から障害者が当たり前に暮らすための宣言が発表され、条例が策定されています。2019年には、「国立市人権を尊重し多様性を認め合う平和なまちづくり基本条例」(*4)も制定されています。このように国立市では、障害がある人が地域で暮らすことに長年にわたって取り組んできていたのですが、教育の分野にまで十分に踏み込めていませんでした。こうした背景を知ると、「フルインクルーシブ教育」を掲げた教育大綱の策定への流れが理解できます。
 国立市の取り組みは、全ての子どもがともに学ぶ方向性を強く打ち出しており、文科省が掲げる「インクルーシブ教育システム」の枠組みに収まるものではありません。そのためにあえて「フルインクルージョンの推進」としていることです。
 国立市の方針に対して批判的な意見もあるだろうことは想像に難くありません。市が掲げるフルインクルーシブ教育のあり方や市教委が結ぶ東京大学大学院教育学研究科との協定を巡って、市議会で紛糾したということです(*5)
 しかし、市教委へのインタビュー記事には次のような記述もあります(*6)

「『個別支援はなくさないで』『特別支援学級がなくなるのが不安』という声もあり、一足飛びに推進することは適切ではないと考えています。個別支援が必要であることやその選択は尊重しつつ、通常学級の指導を充実させることで、特別支援学級を選ばなくてもいい状況をつくっていきたいです。」

 フルインクルーシブ教育を50年にわたって続けているイタリアでも、保護者や当事者には、通常の学級で生活することへの不安から特別な学校を求める声があります。そして、実際にそうした学校もわずかながら存在します。
 筆者は、この3月中旬にイタリアを訪問して、そうした機関の一つを実際に見学する機会を得ました。
 イタリアでは、すべての幼児児童生徒の通常の学級での生活を保障するために、さまざまな仕組みが整えられています。それでも、現実的な問題として、高度の医療的ケアや介護などの体制を完備することが困難なケースもあります。そうした対応を必要とする児童生徒が、整った環境を望むのは当然です。その帰結として通常の学級以外の選択も特例として認められているということです。だからといって、保護者や当事者、さらにはそうした特別な機関の関係者が、フルインクルーシブ教育を否定しているわけではありませんでした。
 引用した記事からは、国立市の場合もフルインクルーシブ教育をめざしているものの、性急な改革を進めようとしているわけではなく、丁寧に対応していこうとしていることがわかります。「フルインクルーシブ」という言葉に惑わされることなく、そのことをしっかり理解しておく必要があるのではないかと思います。

4.「インクルーシブ教育システムの構築」ということ

 文部科学省も「インクルーシブ教育システムの構築」を掲げて「同じ場でともに学ぶことを追求する」ことを明確に示しています。
 今後の進め方については、「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進」の中で、施策を短期(「障害者の権利に関する条約」批准まで)と中長期(同条約批准後の10年間程度)に整理した上で、段階的に実施していく必要があるとして、具体的に次のように示しています(*7)

 短期:就学相談・就学先決定の在り方に係る制度改革の実施、教職員の研修等の充実、当面必要な環境整備の実施。「合理的配慮」の充実のための取組。それらに必要な財源を確保して順次実施。
 中長期:短期の施策の進捗状況を踏まえ、追加的な環境整備や教職員の専門性向上のための方策を検討していく。最終的には、条約の理念が目指す共生社会の形成に向けてインクルーシブ教育システムを構築していくことを目指す。

 これまでの施策の流れは、「特別支援教育」の立場からのニーズのある児童生徒への支援という観点から組み立てられてきていました。しかし、インクルーシブ教育は、本来「通常の教育」の範疇にあるものです。「インクルーシブ教育システムの構築」が進んでいくと、その進展に伴う課題の克服をめざして「通常の教育」の枠組みに沿った施策の充実に重点が置かれるようになっていくと考えられます。
 現在、特別支援教育の対象となっている児童生徒のマジョリティは「知的障害」です。全児童生徒数が減少傾向にあるにもかかわらず、特別支援学校や特別支援学級の在籍者が増大している傾向にあります。

図1 特別支援学校在籍者数の推移(各年度5月1日現在)
出典:厚生労働省ホームページ(https://www.mhlw.go.jp/content/001076370.pdf

図2 特別支援学級在籍者数の推移(各年度5月1日現在)
出典:厚生労働省ホームページ(https://www.mhlw.go.jp/content/001076370.pdf

 合わせて、通常の学級で障害のない児童生徒とともに学ぶ知的障害児も増えてきています。しかし、通常の学級における知的障害児の教育に関する実践の報告・検討の数はまだ極めて少ない状況にあります。今後は、「知的障害教育の専門性を有する教師を中心として、通常の学級における支援システム構築が推進されていく必要がある」(*8)といえます。しかし、それだけではいずれ閉塞状態に陥ってしまうでしょう。「インクルーシブ教育システムの構築」が進展すると、「通常の学級」本体の枠組みの再検討と「通常の学級」を支える仕組みづくりも迫られていくことになると思われます。こうした仕組みづくりは、学校教育の範疇だけでは対応できません。そうした点においても、関係部局が緊密に連携しやすい自治体ぐるみでの関わりが大切になってくると思われます。

まとめ

 インクルーシブ教育の充実には、国としての姿勢だけでなく、地方自治体の取り組みも大きく影響します。制度だけではなく財政の確保といった面から、教育委員会だけでなく首長部局や市長部局の対応も重要になってくるからです(*9)。自治体全体でフルインクルーシブ教育を展開しようとしている国立市の取り組みからは、人事面や財政面での工夫や課題も明らかになってくるものと思われます。
 そうした面で、「フルインクルージョン」を掲げた国立市の取り組みは大変貴重なのですが、一つの自治体の動きがどのように受け止められていくかが今後のインクルーシブ教育の進展に大きく影響してくるように思われます。また、他の自治体の今後の動向にも注視していきたいと思います。

*1:NHK福祉情報サイト 障害者権利条約 国連勧告で問われる日本の障害者施策
記事公開日:2022年11月18日
https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/723/
*2:文部科学省 「令和の日本型学校教育」を推進する地方教育行政の充実に向けて
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/177/mext_01516.html
*3:毎日新聞記事 東京・国立市での挑戦/上 「ゴーストにしない」母の選択 手探りの「フルインクルーシブ教育」
https://mainichi.jp/articles/20231120/ddm/013/100/036000c
東京・国立市での挑戦/下 「ちゃんとさせなくてもいい」 教師の「見方」で子供たちは変わる
https://mainichi.jp/articles/20231204/ddm/013/100/020000c
*4:国立市人権を尊重し多様性を認め合う平和なまちづくり基本条例
https://www.city.kunitachi.tokyo.jp/soshiki/Dept01/Div01/Sec03/gyomu/0373/0374/1552625272645.html
*5:毎日新聞記事 国立市「フルインクルーシブ教育」 議会予算委、協定で紛糾/東京
https://mainichi.jp/articles/20240309/ddl/k13/100/003000c
*6:東洋経済 国立市が東大とタッグ、「フルインクルーシブ教育」に本気で動き始めた背景原則「すべての子どもが同じ場で学ぶ」を目指す

https://toyokeizai.net/articles/-/697724
*7:文部科学省 「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告)」

https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/attach/1321669.htm
*8:田中 亮・奥住秀之 通常の学級における知的障害児の教育に関する研究動向─インクルーシブ教育システムにおける指導・支援と教育課程編成の充実に向けて─.東京学芸大学教育実践研究 第18集 pp.143-147,2022

https://www2.u-gakugei.ac.jp/~scsc/bulletin/vol18/18_18.pdf
*9:柴垣 登 特別支援教育における都道府県間格差についての予備的考察. 立命館人間科学研究 第36号 2017. 6

https://ritsumei.repo.nii.ac.jp/record/4371/files/gl_36_shibagaki.pdf

障害がある生徒の就労と「自立」

はじめに

 前回、障害者の法定雇用率の関連で我が国の障害者雇用について記しました。特別支援教育の分野でも、高等学校段階での障害がある生徒へのキャリア教育・職業教育の推進や就労支援の充実が図られています。障害のある生徒が、生涯にわたって自立し社会に参加していくために職業的な「自立」を果たすことは重要なことですが、目先の「自立(independent, self-reliance)」に惑わされずに、「自立」の意味をしっかりとらえて、障害のある生徒一人一人に応じた「自立」と就労を含めた社会参加を考えていくことを忘れてはなりません。実際、一般就労は特別支援学校卒業者の3割程度で、他は福祉的就労となっているようです。一般就労では、離職者も少なくないようです。こうした現状を踏まえて、「自立」についてはVol.6で行政的なとらえ方について触れたのですが、改めて障害がある生徒の就労と社会参加という観点から、自律(autnomy)とも絡めて見つめなおしてみたいと思います。

1.特別支援学校高等部卒業後の実態

 改正障害者雇用促進法などの法的整備に後押しされて障害者の社会参加が進むなか、特別支援教育の教育現場でも、障害のある生徒の就職や職場定着を促進するための教育の充実に力が注がれています。

 特別支援教育における就労支援の取り組みについては、図からわかるように、近年特別支援学校の卒業生の進路として、企業等への一般就労が微増傾向にあります。これは、障害者を積極的に採用しようとする企業が増えていることの表れでもあり、最近はそうした雇用ニーズに呼応して、企業就労を目指した特別支援学校高等部での取り組みも活発になってきています。

図1 特別支援学校高等部(本科)卒業後の状況

2.キャリア教育・職業教育の推進

 文部科学省においても、障害者の社会参加が進んでいる現状を踏まえ、障害者の就労支援に向けたキャリア教育・職業教育の充実に取り組んでいます。平成31年2月に告示された特別支援学校高等部学習指導要領(*1)では、キャリア教育・職業教育の充実を目指して、次の点が示されています。

  • 学校においては,キャリア教育及び職業教育を推進するために,生徒の障害の状態や特性及び心身の発達の段階等,学校や地域の実態等を考慮し,地域及び産業界や労働等の業務を行う関係機関との連携を図り,産業現場等における長期間の実習を取り入れるなどの就業体験活動の機会を積極的に設ける。
  • 地域や産業界や労働等の業務を行う関係機関の人々の協力を積極的に得るよう配慮する。

3.就労後の定着率

 「職業教育」「キャリア教育」「就労支援」の推進に伴って、特別支援高等学校の中には、「一般就労率100%」を掲げる学校も出てきています。職業教育に重点化した教育課程を編成して、あいさつや身だしなみなどの日常生活への対応や社会人としてのマナー、場に応じた適切なコミュニケーションなど就労に向けた指導が徹底的になされています。また、就労支援に関しても、職場開拓、進路指導、現場実習先の選定に力が入れられています。こうした成果として高い一般就労率を達成して、それを誇っている学校が人気を博すという傾向も認められます。

 こうした流れが加速してきている一方で、特別支援学校高等部卒業生の就労状況を見ると課題も浮かび上がってきます。榊・今林(2022)の研究報告によると、早期離職の問題が次のように指摘されています(*2)

 特別支援学校高等部を卒業した知的障害者の就職率は,ゆるやかな上昇傾向にあり,全国平均で34.9%となっている。一方で若者の早期離職が社会問題化しており,新規高卒就職者の就職後3年以内の離職率は39.5%となっている。この職場定着の問題は,独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センターの先行研究などから知的障害者にも同様のことがいえる。それによると,知的障害者における就職後3か月時点での定着率は85.3%,就職後1年時点での定着率は68%である。また,就職している知的障害者の平均勤続年数は7年5か月となっている。

 知的障害の分野に限ってのデータではありますが、特別支援学校を卒業して就労した者のうち3割が何らかの理由で、1年で離職しているということになります。これは、一般の高校卒業者の離職率に比べると低いようですが、1年で3割の離職者が出ているということは、その後も増えている可能性があります。見逃すことができない課題だと言えそうです。卒業時に就職率100%を達成したということで満足することなく、離職の背景を丁寧に分析し、適切な対応をしていくことが課せられていると言えます。
 生活する期間は学校よりも地域社会の方が圧倒的に長いので、当座の職業的「自立」を目指して特訓を受けたとしても、それが長続きしないということは昨今の風潮に警笛を発しているとも受け取れます。そこで気を付けなければならないのが、この「自立」のとらえ方です。

4.特別支援教育で重視される「自立」とそのとらえ方

 特別支援学校学習指導要領(*3)には、その目標が次のように掲げられています。

個々の児童又は生徒が自立を目指し,障害による学習上又は生活上の困難を主体的に改善・克服するために必要な知識,技能,態度及び習慣を養い,もって心身の調和的発達の基盤を培う。

 これについて、特別支援学校学習指導要領解説自立活動編(*4)には、次のようにとらえ説明されています。

  • 自立活動の目標は,学校の教育活動全体を通して,児童生徒が障害による学習上又は生活上の困難を主体的に改善・克服するために必要とされる知識,技能,態度及び習慣を養い,心身の調和的発達の基盤を培うことによって,自立を目指すことを示したもの
  • 「自立」とは,児童生徒がそれぞれの障害の状態や発達の段階等に応じて,主体的に自己の力を可能な限り発揮し,よりよく生きていこうとすること
  • 「障害による学習上又は生活上の困難を主体的に改善・克服する」とは,児童生徒の実態に応じ,日常生活や学習場面等の諸活動において,その障害によって生ずるつまずきや困難を軽減しようとしたり,また,障害があることを受容したり,つまずきや困難の解消のために努めたりすることを明記したもの。「改善・克服」については,改善から克服へといった順序性を示しているものではない
  • 「調和的発達の基盤を培う」とは,一人一人の児童生徒の発達の遅れや不均衡を改善したり,発達の進んでいる側面を更に伸ばすことによって遅れている側面の発達を促すようにしたりして,全人的な発達を促進すること

 「自立」というと「経済的自立」や「社会的自立」を想起しますが、「自立活動」の「自立」は狭義の意味での「自立」を示しているものではありません。「自立」と「就労」を短絡的に結び付けることのないよう気を付けたいものです。

5.「自立」と社会参加

 「自立」と混同して用いられる言葉に「自律」があります。これは、自分を律して行動するという意味ですが、教育基本法及び学校教育法には「自律の精神を養うこと」が明記されています。

<教育基本法>(*5)
第二条 二 個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。

<学校教育法>(*6)
第二十一条 義務教育として行われる普通教育は、教育基本法第五条第二項に既定する目的を実現するため、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。

 学校内外における社会的活動を促進し、自主、自律及び協同の精神、規範意識、公正な判断力並びに公共の精神に基づき主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。

 子どもの成長にとっては、自律も大切です。幼稚園、小学校、中学校の学習指導要領には、しっかりと上記の法に則って「自律の精神を養う」ことが反映されています。一方、特別支援学校学習指導要領の本文中には「自律」の文言が見当たりません。しかしながら、「自律」があってこそ「自立」は成立するのです。特別支援学校の教育は幼稚園、小学校、中学校の教育目標の達成に努めなければならないことになっていますので、当然「自律」への対応も含まれていると言えます。このようにとらえることによって、特別支援教育学習指導要領における「自立」は、児童生徒自身が「学習上又は生活上の困難を主体的に改善・克服」するということだけでなく、自主的で目的的に他者と関わっていくという意味合いも含めた幅広の解釈が可能となっていきます。

 また、文部科学省が高校生向けに発行しているキャリア形成支援教材「私のライフプラニング」(*7)の「自立と共生社会」という節には、「自立」が一人ではなし得ないこと、他者に支えられながら、他者を支える関係の中で暮らしていることが記述されています(図2)。共生社会の実現という視点からは、「自立」をこのようにとらえていくことも大切なのではないでしょうか。

図2 「私のライフプラニング」第1章第3節「自立と共生社会」
出典:文部科学省ホームページ(https://www.mext.go.jp/

 また、脳性まひの障害がある熊谷晋一郎さんも、ご自身の経験を踏まえて、「自立は、依存先を増やすこと」と次のように主張されています(*8)

 一般的に「自立」の反対語は「依存」だと勘違いされていますが、人間は物であったり人であったり、さまざまなものに依存しないと生きていけないんですよ。

 東日本大震災のとき、私は職場である5階の研究室から逃げ遅れてしまいました。なぜかというと簡単で、エレベーターが止まってしまったからです。そのとき、逃げるということを可能にする“依存先”が、自分には少なかったことを知りました。エレベーターが止まっても、他の人は階段やはしごで逃げられます。5階から逃げるという行為に対して三つも依存先があります。ところが私にはエレベーターしかなかった。

 これが障害の本質だと思うんです。つまり、“障害者”というのは、「依存先が限られてしまっている人たち」のこと。健常者は何にも頼らずに自立していて、障害者はいろいろなものに頼らないと生きていけない人だと勘違いされている。けれども真実は逆で、健常者はさまざまなものに依存できていて、障害者は限られたものにしか依存できていない。依存先を増やして、一つひとつへの依存度を浅くすると、何にも依存してないかのように錯覚できます。“健常者である”というのはまさにそういうことなのです。世の中のほとんどのものが健常者向けにデザインされていて、その便利さに依存していることを忘れているわけです。

 実は膨大なものに依存しているのに、「私は何にも依存していない」と感じられる状態こそが、“自立”といわれる状態なのだろうと思います。だから、自立を目指すなら、むしろ依存先を増やさないといけない。障害者の多くは親か施設しか頼るものがなく、依存先が集中している状態です。だから、障害者の自立生活運動は「依存先を親や施設以外に広げる運動」だと言い換えることができると思います。

まとめ

 現在の特別支援学校の就労への取り組みで、熊谷さんが示したような「他者に支えられながら、他者を支える関係」としての「自立」のとらえ方がどれほど反映されているのでしょうか。「学習上又は生活上の困難を主体的に改善・克服」することに励んで、就労を実現させたにもかかわらず、そのうちの3割は1年で離職し、平均勤続年数が7年余りという現実。こうした事実は、学校での就労に向けた指導や受け入れ側の人的物的環境、広く言えば社会の側の問題に起因するところも大いにあるのではないかとも思われます。学校卒業後の長い人生を共に豊かに生きていくために、「自立」を本人だけの問題として片付けるのではなく、併せて社会の意識改革が進んでいくことが不可欠ではないでしょうか。

*1:特別支援学校高等部学習指導要領
https://www.mext.go.jp/content/20200619-mxt_tokubetu01-100002983_1.pdf
*2:榊 慶太郎・今林俊一 特別支援学校(知的障害者)における就労支援に関する研究(8)-卒業生への追跡調査から-
鹿児島大学教育学部教育実践研究紀要 第31巻(2022)
https://ir.kagoshima-u.ac.jp/record/16003/files/2435113X_v31_p104-113.pdf
*3:特別支援学校幼稚部教育要領 小学部・中学部学習指導要領
https://www.mext.go.jp/content/20200407-mxt_tokubetu01-100002983_1.pdf
*4:特別支援学校学習指導要領解説自立活動編
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2009/06/18/1278525.pdf
*5:教育基本法
https://www.mext.go.jp/b_menu/kihon/about/mext_00003.html
*6:学校教育法
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=322AC0000000026
*7:文部科学省高校生のキャリア形成支援教材「私のライフプラニング」
高校生のキャリア形成支援教材「私のライフプラニング」
https://www.mext.go.jp/a_menu/ikusei/kyoudou/detail/1411247.htm
*8:熊谷晋一郎「自立は、依存先を増やすこと希望は、絶望を分かち合うこと」

https://www.tokyo-jinken.or.jp/site/tokyojinken/tj-56-interview.html

障害者の雇用の促進と共生社会

 新年早々不幸な出来事が起きてしまいました。事故や災害に見舞われた方々に心よりお見舞い申し上げます。
 能登半島地震では、障害がある人や高齢者等の避難所生活の問題などが報じられています。共生社会の実現という観点からは大きな問題ですが、大災害のたびに報道されていることでもあり、この問題については改めて取り上げたいと思っています。

 今回は共生社会の実現に向けた障害者の就労について考えます。共生社会の実現をめざした障害者の就労に関しては、障害者の雇用の促進等に関する法律(障害者雇用促進法)に基づいた対応がなされています。その法律の施行規則等の改正により、2024年4月から障害者の法定雇用率が段階的に引き上げられることになっています(*1)。そこで、このテーマをとりあげることにしました。
 障害者の就労は、障害者だけの問題ではありませんし、障害者を雇用すれば片付くというものでもありません。したがって、これは障害当事者だけの問題ではありません。そうした観点から学校教育の段階も含めて障害者雇用をどのようにとらえていったらよいか考えてみたいと思います。

障害者雇用の仕組みと現状

 障害者の雇用については、障害に関係なく、希望や能力に応じて、誰もが職業を通じて社会参加のできる「共生社会」実現の理念の下に、以前から取り組みが進められています。
表1は、厚生労働省障害者白書令和5年版をベースにして、障害者の雇用に関する法律の変容を整理したものです(*2)

1960(昭和30)年

「身体障害者雇用促進法」制定される。雇用努力義務が課せられる。

1976(昭和51)年

「身体障害者雇用促進法」改正。法定雇用率以上の雇用を義務化。

1987(昭和62)年

名称が「障害者の雇用の促進等に関する法律」に変更される。対象がすべての障害者に拡大。

1997(平成9)年

知的障害者についても雇用義務化となる。

2005(平成17)年

精神障がい者雇用が実雇用率の算定対象に加えられる。

2013(平成25)年

「雇用差別の禁止」と「合理的配慮の提供」を規定。

2015(平成27)年

「障害者に対する差別の禁止に関する指針」及び「雇用の分野における障害者と障害者でない者との均等な機会の確保等に関する指針」の策定。

2022(令和4)年

「障害者の雇用の促進等に関する法律」の改正。雇用の質の向上の推進や多様な就労ニーズへの対応が図られる。2023年から法定雇用率の見直しが盛り込まれる。

2024(令和6)年

4月、法定雇用率を0.2%引き上げて一般事業主は2.5%に、公務部門(教育委員会を除く。)は2.8%に。

2026(令和8)年

7月、更に0.2%引き上げて一般事業主は2.7%に、公務部門(教育委員会を除く。)は3.0%に、段階的に引き上げる見込み。

表1 障害者雇用に関する施策の変遷

 この表に「法定雇用率」という用語がありますが、これは、「障害者の雇用の促進等に関する法律」に定められていて、すべての事業主に全従業員のうち一定の割合で障害のある人を雇用することを定めた割合のことです。わが国では、「法定雇用率」以上の割合で障害者を雇用する義務を課すという仕組みで、障害者雇用の拡大を図ってきているのです。法定雇用率を達成できていない企業はペナルティとして給付金を納めることになっていて、それが達成できている企業へ助成金として用いられることになっているのです。
 また、この法律では、障害のある人への差別の禁止、合理的配慮を提供することなども義務付けられています。その結果、データの上では、一定の割合で障害者雇用が果たされているといえます(図1)。

図1 白書令和4年版 図表3-2-1 民間企業における障害者雇用の状況の推移
出典:厚生労働省ホームページ(https://www.mhlw.go.jp/

近年の動向

 記述のように「障害者の雇用の促進等に関する法律」の施行規則等が改正され、2024年4月から障害者の法定雇用率が引き上げられます(*1)
 企業などへの負担を考慮して、段階的な障害者の法定雇用率の引き上げが示されています。現行は、民間企業での障害者の法定雇用率2.3%ですが、2024年4月より2.5%に、2026年7月からはさらに2.7%へと引き上げられるということです。
 また、障害者を1人雇用しなければならない事業主の範囲が、2024年4月より「従業員40人以上」、2026年7月より「従業員37.5人以上」へ広がることも決まっています。

図2 障害者の法定雇用率と支援策の強化について
出典:厚生労働省ホームページ(https://www.mhlw.go.jp/

日本の障害者雇用の制度の特徴と課題

特徴

 日本での障害者雇用については、「障害者の雇用の促進等に関する法律」によって定められており、共生社会の実現の理念の下、障害のある方が安定して働き続けることをめざしています。
 雇用を促進するための方策として「法定雇用率」を定めています。それは一定の効果を上げているように思われますが、それを達成できないと企業名が公表されたり給付金を収めたりしなければならないというペナルティが課せられることになっています。そのため、そうしたことを回避するために企業は様々な努力をしています。しかし、それらが「共生社会の実現の理念の下、障害のある方が安定して働き続けることをめざす」ものになっているかが問われてきているように思います。

課題

 企業の「法定雇用率」達成に向けた対応策の一つとして、「特定子会社」という制度があります。これは厚生労働省の資料において次のように説明されています(*3)

 障害者雇用率制度においては、障害者の雇用機会の確保(法定雇用率)は個々の事業主(企業)ごとに義務づけられている。
 一方、障害者の雇用の促進及び安定を図るため、事業主が障害者の雇用に特別の配慮をした子会社を設立し、一定の要件を満たす場合には、特例としてその子会社に雇用されている労働者を親会社に雇用されているものと見なして、実雇用率を算定できることとしている。
 また、特例子会社を持つ親会社については、関係する子会社も含め、企業グループによる実雇用率算定を可能としている。

 これは、学校教育の制度になぞれば、通常の学級と、特別支援学級、特別支援学校と、学びの場は異なっても、「学校」というところに在籍していることには相違ないというとらえ方に似ています。特定子会社の場合も、子会社で働いていても同じ企業に雇用されていることには変わりません。障害者の雇用を確保するという現実的な視点に立てば、特定子会社が一定の役割を果たしていることは確かなことではあります。就労の場として特別支援学校から期待されていることなどからもそのことはうかがわれます。しかし、長期的に「共生社会の実現」という観点から見ると、「共生社会の実現の理念の下、障害のある方が安定して働き続けること」をめざしているとは言い難い側面があるように思われます。そこには、障害がある人とない人が共に生活するという視点が不足しています。「共生社会の実現に向かう」一つのプロセスとして、雇用を確保することを最優先した便宜的なものだという位置付けであれば、それも理解できないわけではありませんが、こうした仕組みがこれからどのように進展していくのか、しっかり見守っていく必要があるように思います。
 また、近年、障害者雇用の代行ビジネスも増えています。例えば、農園を企業に有料で貸し出し、企業に雇用され農園で働く障害者の採用や業務管理を代行するといった形態です。障害者は企業に雇用されているので、企業の法定雇用率にカウントされます。企業は自前で対応することなく法定雇用率を達成できるということになります。「特定子会社」を運営する余力がなく、障害者雇用に困っていた企業にとっては救世主となっているようです。
 改正障害者基本法第3条には、次のような記述があります。

 全て障害者は、社会を構成する一員として社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動に参加する機会が確保されること。 二 全て障害者は、可能な限り、どこで誰と生活するかについての選択の機会が確保され、地域社会において他の人々と共生することを妨げられないこと。

 現状の法定雇用率に基づく政策の下では一定の役割を果たしているようですが、こうした代行ビジネスについても、障害者雇用の理念や共生社会の実現という長期的視点から注視していく必要があるように思います(*4)

 2018年には公務員の障害者雇用の「水増し」事件も発生しています。これは、国や地方自治体等の公的機関において、障害者雇用促進法に定められた法定雇用率(2.5%)を数字の上で満たすために、障害者に該当しない者を障害者として計上して障害者の雇用率を水増ししていたという問題です。
 障害者の確認が適切に実施されていない疑いが生じたことから、厚生労働省が国や地方公共団体の機関の障害者雇用の2017年6月1日現在の状況を再点検することになりました。その結果、国の行政機関全体の障害者の実雇用率は1.18%で、当初公表された数値と比べて1.31%低い数値であることが判明したのです。つまり、この割合が水増しされていたわけです。是正措置がとられ、2019年12月末時点ですべての公的機関の法定雇用率を満たしたと発表されていますが、これも障害者雇用を、本来の理念ではなく「法定雇用率」に矮小化してとらえていたことにも起因しているように思われます(*5)

障害者雇用の考え方

 以上みてきたように、障害者雇用は広がってきているようですが、「法定雇用率」という仕組みには、罠も潜んでいるように思えてきます。
 障害者雇用の考え方は、国によって異なっています。日本は、「法定雇用率」、つまり全従業員の一定の割合で障害者の雇用を義務付け、その雇用率が達成できない場合は、制裁措置を取るという形態で雇用率を高めようとしているのですが、文献によれば、これはドイツの制度を参考にしたということです。フランス、韓国、などがこうした対応をしているようです。
 他方、法定雇用率での対応は、差別につながる可能性があるととらえている国もあります。そうした国では、こうした形態ではなく、障害者差別を禁止する法律によって障害者雇用に推進しています。アメリカ、イギリス、スウェーデン、デンマークなどです(*6)

おわりに

 この4月から「法定雇用率」が引き上げられるということから、日本の障害者雇用の現状と課題について見てきました。
 日本の障害者雇用が「法定雇用率」という尺度によって評価されているということ、そしてこの量を尺度とした障害者雇用の拡充は、一面的には目的を果たしているようですが、その弊害も現れてきているということが言えるように思います。
 こうした現状から「障害者雇用」を安定させていくためには、「法定雇用率」だけに頼るのではなく、社会の包摂化という質への対応も不可欠なように受け止めました。「法的雇用率」採用しなかった国々に学ぶところがあるかもしれません。
 企業は、経済的な存在であるとともに社会的な存在でもあります。共生社会の実現をめざすという観点からは、経済効率を追求するとともに誰もが働きやすい職場の追求も不可欠だと思われます。
 海外の日本企業の駐在員で、現地で障害者となった方にインタビューをしたことがあります。その方は会社に復帰後、日本人スタッフのチームに戻ったそうですが、効率最優先の環境に大きなストレスを感じざるを得なかったそうです。そこで、現地の人たちのチームに転属させてもらったところ、そうしたストレスは減少し、そこで働き続けることが可能になったということでした。現地のスタッフは、インクルージョンが当たり前という学校教育を受けてきた人ばかりでした。
 このエピソードは、効率は大事であるものの効率追求だけでは職場は豊かにならないということ、社会の包摂化という観点から、改めて、学校教育における「インクルーシブ教育」の役割も重要だということを教えてくれています。

*1:厚生労働省リーフレット「障害者の法定雇用率引上げと支援策の強化について」
https://www.mhlw.go.jp/content/001064502.pdf
*2:令和5年版厚生労働白書(第2部第3章第2節) 「障害者雇用対策の沿革」
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/22/dl/zentai.pdf
*3:厚生労働省「「特例子会社」制度の概要」
https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/000523775.pdf
*4:てをつなぐ(2022.11)「売り買いされる雇用率」
https://www.mhlw.go.jp/content/11704000/001038049.pdf
*5:厚生労働省「公務部門における障害者雇用に係る不適切計上の事案に関する経緯」(平成30年)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000144972_00020.html
*6:障害者職業総合センター『諸外国における障害者雇用対策』

https://www.nivr.jeed.go.jp/research/report/shiryou/shiryou24.html

ローマのカピトリーノ美術館と「永遠の都ローマ展」 ―共生社会の実現と美術館の取り組みを考える―

はじめに

 今年の9月11日から12月10日まで、東京上野の東京都美術館で「永遠の都ローマ展」が開催されていました(*1)。この展覧会は、1月から福岡市立美術館でも開催されることになっています(*2)
 筆者は、たまたま、この展覧会の開催期間中10月末から11月初旬にかけてローマに滞在し、現在イタリアに滞在中で、イタリアのフルインクルーシブ教育について実地調査に取り組んでいる大内紀彦さんのサポートを受けて、カピトリーノ美術館を訪問する機会を得ました。「永遠の都ローマ展」では、カピトリーノ美術館の所蔵作品が数多く展示されています。
 そこで今回は、美術館の共生社会に向けた展示という観点から、カピトリーノ美術館のユニバーサル対応と東京都美術館「永遠のローマ展」での対応について紹介することにしました。

カピトリーノ美術館でのユニバーサル対応

 ローマの遺跡フォロ・ロマーノに隣接したカピトリーノ丘の上のカンピドリオ広場には、コの字型に三つの建物があります。奥正面はローマ市庁舎になっていて、右側にパラッツォ・デイ・コンセルヴァトーリ(コンセルヴァトーリ宮殿)、左側にパラッツォ・ヌオーヴォ(新宮殿)が建っています。両側の二つの建物がカピトリーノ美術館です。

カピトリーノ美術館全景

(1)基本的なポリシー

 イタリアでは、美術館のユニバーサルな対応が進んでいますが、その中でもカピトリーノ美術館は、早い時期からユニバーサル化に取り組んだ先駆的な存在です。しかしながら、美術館のエントランスから展示室へ移動する空間からは、障害がある人等に特段の配慮をしているという雰囲気を感じることはできませんでした。
 ところが、障害者への対応について係員に尋ねると思ってもいない答えが返ってきました。視覚に障害がある人の場合には、来館した時に視覚に障害があることを受付に伝えると、手で触れて鑑賞できるように手袋が提供され、その手袋を装着することにより、同伴者のサポートを受けながら館内の彫刻作品を自由に触ってよいことになっているというのです。
 筆者はこれまで、イタリア各地(ローマ、フィレンツェ、ミラノ、トリノなど)の美術館のユニバーサルな対応について調べてきましたが、ここまで自由度の高い対応は初めてでした。このことについては、さらに精査していかなければならないのですが、入館した直後に感じた「配慮のなさ」は、障害があるなしで分けた対応はしないというこの美術館のポリシーだったのだということに気が付きました。

(2)「手で触れてわかる」ことへの対応

 さらに館内の展示を確認し続けていくと、「触る」ことに配慮しなければならないところでは丁寧な対応がなされていることがわかりました。

・映像と音声による総合的なガイド
 入り口付近に大きなディスプレイが置かれていて、応答式に館内の館内と展示品の確認ができるようになっていました。一般向けでもあるのですが、字幕及び音声付きのユニバーサルな案内になっていました。

・触図と点字による解説
 代表的な彫刻作品には、その展示場所の近くに触図が置かれていました。サイズの大きな作品は全体を触って確認することができないのですが、触図を参照することによって全体像をイメージすることが可能となります。
 『カピトリーノのヴィーナス』(*3)は、通常「ヴィーナスの間」という八角形の部屋に展示されているのですが、当然のこととして日本に貸し出し中のため、ここには別の作品が展示されていました。しかし、視覚障害がある人ための触図解説板はそのまま展示されていました。
 残念ながら、「永遠の都ローマ展」の展示では、こうした配慮はなされていませんでした。東京での展示にもこうした配慮が導入されていたらユニバーサルな展示になったと思うのですが、「ヴィーナスの間」に取り残されていたのは残念なことでした

・絵画作品のレリーフ化
 カピトリーノ美術館は彫刻だけでなく、絵画も所蔵しています。絵画については、主要な作品に限られていたのですが、カラヴァッジョの『女占い師』(*4)、『洗礼者ヨハネ』(*5)やガロファロの『受胎告知』(*6)には、手で触れて画像がイメージできるように絵画を半立体的に翻案したレリーフが原作品の近くに展示されていました。
 筆者は、イタリアの一般の美術館での絵画をレリーフに翻案するという視覚障害者対応が広まってきていることをこれまで調査で確認してきているのですが、カピトリーノ美術館は早くからその対応を行っていました。

・触察できる模型の展示
 触って確かめることができる美術館の建物の模型も展示されていました。残念なことに展示されていたのは出口に近い展示室だったのですが、精巧な縮尺模型で点字の解説も添えられていました。
 視覚障害があると空間の理解に制約が生じやすいのですが、こうした立体的で認知しやすい模型や地図はそうした制約を補ってくれます。また、こうした模型や地図は、障害がある人のためだけでなく、すべての来館者が空間を理解するうえで大いに役立つものでもあります。

東京都美術館「永遠の都ローマ展」でのユニバーサル対応

 筆者は11月末に「永遠の都ローマ展」を訪れました。展示会場では、カピトリーノ美術館で実施されているようなユニバーサル対応はなされていませんでした。視覚に障害がある方が訪れた場合は、見える人とのコミュニケーションを通して、言葉で展示作品のイメージを膨らませるという方法を取らざるを得ないと思いました。
 しかし、全く対応がなされていたわけではありません。2023年10月10日(火)に「障害のある方のための特別鑑賞会」が開催されたということを後日確認しました。その概要については、ネット上にその報告が掲載されています(*7)
 「障害のある方がより安心して鑑賞できるよう、特別展の休室日」に開催されたということで、参加された方々は、それぞれのペースでじっくり鑑賞することができたようです。意義のある取り組みだったといえます。ただし、事前申込・定員制のためこうした機会に恵まれた人は限られていたということになります。この「障害のある方のための特別鑑賞会」は、東京都美術館の企画として実施されているようで、東京都美術館では特別展ごとに1回ずつ開催しているということです(*8)

まとめ

 カピトリーノ美術館の肖像品が数多く展示されているということで、カピトリーノ美術館と東京都美術館「永遠の都ローマ展」でのユニバーサル対応について紹介しました。
 筆者のこれまでの調査から、イタリアの多くの美術館では、日本の美術館と比べるとユニバーサル化への対応が積極的に推進されています。特にカピトリーノ美術館はその先駆けともいえます。本稿では概略しか紹介しかできなかったのですが、常設の展示物を自由に触れたり、絵画の鑑賞を支援したりするための工夫がなされていることが理解してもらえたのではないかと思います。
 「永遠の都ローマ展」では、筆者が観察した限りですが、展示会場において特段のユニバーサル対応はなされていなかったように感じています。たしかに「特別展は来館者も多く、会場が混雑するため障害がある人がその中に混じって鑑賞することは制約がさらに増してしまう」という問題はあります。そうした点に配慮しつつも、可能な範囲でユニバーサルな対応を示していくことは、「Museum for all」という観点から一般の来場者の気づきを促すことにもつながり、意義あることではないかと思います。
 「永遠の都ローマ展」は、ローマの歴史と芸術そして日本との関係を知ることができるしばらしい展覧会です。これまで門外不出だった作品もきています。障害の有無にかかわらず展示に向き合うことは大変意義深いことだと言えます。
 前提が全く異なりますので、カピトリーノ美術館と「永遠の都ローマ展」の取り組みを比較することはできません。事実として、ローマではすべての来館者がより主体的、能動的に作品と向き合うことができる可能性が高かったのに、日本ではそれが叶い難くなっていたのではないか、気になるところです。

付記

 「永遠の都ローマ展」では、コンスタンティヌス帝巨像のパーツが展示されていました。
筆者は、今年の2月にミラノの美術館調査の一環で、プラダ財団美術館を訪問しました(*9)
 ちょうどその時にこの美術館でコンスタンティヌス帝巨像を再現した展示がなされていました(*10)。パーツだけを見てもその巨大さが想像できるのですが、実際にこれらのパーツを実際に組み合わせた巨象が展示されていました。狭い意味でのユニバーサル対応とは言えないかもしれませんが、こうした対応も様々な人々の鑑賞を支援するという点で意味あることと思いますので、関連して最後に紹介させていただきました。

*1:東京都美術館ホームページ 展覧会案内『永遠の都ローマ展』
https://www.tobikan.jp/exhibition/2023_rome.html
*2:『永遠の都ローマ展』ホームページ
https://roma2023-24.jp/
*3:『カピトリーノのヴィーナス(Statua della Venere Capitolina)』
https://www.museicapitolini.org/it/collezioni/percorsi_per_sale/palazzo_nuovo/gabinetto_della_venere/statua_della_venere_capitolina
*4:『女占い師(La Buona Ventura)』

https://www.museicapitolini.org/it/opera/la-buona-ventura
*5:『洗礼者ヨハネ(San Giovanni Battista)』

https://www.museicapitolini.org/it/opera/san-giovanni-battista
*6:『受胎告知(Annunciazione)』

https://www.museicapitolini.org/it/opera/annunciazione
*7:とびらプロジェクト【開催報告】障害のある方のための特別鑑賞会:「永遠の都ローマ展」

https://tobira-project.info/blog/231010_accessprogram2023_2_roma_.html
*8:東京都美術館「障害のある方のための特別鑑賞会」

https://www.tobikan.jp/learn/accessprogram.html
*9:プラダ財団美術館 Recycling-Beauty

https://www.fondazioneprada.org/project/recycling-beauty/
*10:Reimpiegare l’antico. La mostra alla Fondazione Prada di Milano

https://www.artribune.com/arti-visive/archeologia-arte-antica/2023/01/reimpiegare-antico-mostra-fondazione-prada-milano/

多文化共生と学校教育

1.はじめに

 今回は、外国人児童生徒の教育との関連で学校教育における多文化共生について考えてみたいと思います。近年、外国人児童生徒が増加傾向にあり、学校教育における多文化共生のあり方が問われています。国や文部科学省ではさまざまな施策を打ち出して外国人児童生徒の日本語教育や多文化共生の理解促進に努めています。しかしながら、共生社会の実現という観点からすると様々な課題も浮かび上がっています。
 特に、現実的な対応については、国としての外国人児童生徒の教育に関するガイドライン(*1)が示されているものの、それを実行する自治体の考え方や財政状況によって対応が異なっているという問題があります。予算や人的措置等の制約がある状況において、共生社会の実現という観点から学校を少しでも多文化共生の場としていくためには、教育分野内だけの閉じた空間での取り組みに留めることなく、広く専門的な蓄積のある関係機関等と連携して対応していくことも大切なことだといえます。
 国際協力機構(JICA)では、本務である国際協力を通じて得た知見を生かして「多文化共生・日本社会を考える」など多文化共生の理解啓発活動や学校における国際理解教育/開発教育を支援する様々な事業を行っています。2021年度からは「多文化共生の文化」 共創プログラムとして講演およびフィールドワーク、ワークショップを開催しています。2022年度は、国際理解教育/開発教育に関する授業実践や多文化共生に関するプログラムが実施され、その報告書が公表されています。この報告書には、学校が多文化共生に取り組む上で極めて有用な考え方が示されていて、実践事例や関連情報も満載です。
 そこで、今回は、外国人児童生徒への対応の現状を把握した上で、この報告書の概要を整理しておきたいと思います。

2.外国人児童生徒の増加

 平成2年6月に「出入国管理及び難民認定法」の改正が施行されたことなどにより日系人を含む外国人の滞日が増加するようになりました。それに伴って、外国人に同伴される子どもが増加し、学校教育においても多文化共生や日本語教育が大きな課題となっていることは周知のとおりです(*2)

 文部科学省では、こうしたことを契機に、平成3年度から「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査」調査を実施しています。平成11年度までは隔年、同年度から平成20年度までは毎年度実施、平成20年度以降は隔年度(偶数年度)実施となっています。直近の調査は、令和3年度に実施されています。その結果によると、公立学校における日本語指導が必要な児童生徒数は総数で58,307人(約10年間で1.8倍増)、うち日本語指導が必要な外国人児童生徒は47,619人(約10年間で1.8倍増)、日本語指導が必要な日本国籍児童生徒は10,688人(約10年間で1.7倍増)となっており、外国人児童生徒への対応が大きな課題になっていることがわかります(*3)

図1 公立学校における日本語指導が必要な児童生徒数の推移(小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、義務教育学校、特別支援学校
*2:『外国人児童生徒等教育の現状と課題』令和4年度文化庁日本語教育大会(WEB大会)より引用

3.外国人児童生徒等への教育の現状

(1)外国⼈児童⽣徒等への教育の現状と課題

 文部科学省では、外国⼈児童⽣徒等への教育の現状と課題を次のように示しています(*2)

⼊国・就学前
 約1万⼈が不就学の可能性があり、就学状況の把握、就学の促進が課題となっている。

義務教育段階
 ⽇本語指導が必要な児童⽣徒は約5.8万⼈。うち、特別な指導を受けられていない児童⽣徒が約1割存在している。指導体制の確保・充実、⽇本語指導担当教師等の指導⼒の向上や⽀援環境の改善、異⽂化理解、⺟語・⺟⽂化を尊重した取り組みの推進が課題となっている。

⾼等学校段階
 年間で6.7%が中退しており、⼤学等進学率は51.8%。中学⽣・⾼校⽣の進学・キャリア⽀援の充実が課題となっている。

(2)外国人児童生徒等教育等に関する主な施策

 こうした状況を踏まえて、文部科学省では、「外国⼈の⼦供たちが将来にわたって我が国に居住し、共⽣社会の⼀員として今後の⽇本を形成する存在であることを前提に、学校等において⽇本語指導を含めたきめ細かな指導を⾏うなど、適切な教育の機会が提供されるようにする」ために様々な施策を展開しています。詳細は文部科学省の資料をご覧いただきたいのですが、主なものとしては、以下のような施策が展開されています(*2)

就学状況の把握、就学の促進
⇒外国⼈の⼦供の就学促進事業(H27年度〜)
指導体制の確保・充実
⽇本語指導担当教師等の指導⼒の向上、⽀援環境の改善
異⽂化理解、⺟語・⺟⽂化を尊重した取組の推進
中学⽣・⾼校⽣の進学・キャリア⽀援の充実
⇒帰国・外国⼈児童⽣徒等に対するきめ細かな⽀援事業(H25年度〜)

 上記のほかに、⽇本語指導が必要な児童⽣徒等の教育⽀援基盤整備事業、帰国・外国⼈児童⽣徒教育等に係る研究協議会等の開催、児童⽣徒の⽇本語能⼒把握の充実に向けた調査研究なども含めて、体制整備や指導内容構築が勧められています。

(3)外国人児童生徒の特別支援学級在籍について

 以上見てきたように、外国人児童生徒の増大に伴って、国としても様々な施策を持って対応してきていることがわかります。しかし、施策で掲げている目的を達成するためには時間がかかります。
 近年の報道によると外国人児童生徒が特別支援学級対象として対応されるケースも少なくないという報道がなされています。2022年2月28日配信の日本経済新聞の記事には、「外国生まれなどで日本語が不得意な小中学生のうち5.1%が、本来は障害のある子らを対象とする特別支援学級に在籍していることが25日、文部科学省による初の全国調査で分かり」、「小中学生全体の割合(3.6%)の1.4倍で、日本語の指導体制が整わないため少人数の支援学級で学ぶケースも多いとみられ」と記されています(*4)。そうした具体的事例についても紹介されています(*5)
 特別支援学級への在籍は、「障害」があることを前提としており、外国人児童生徒の特別支援学級在籍率が全体の1.4倍になっているというのは不自然です。この記事が指摘しているように、指導体制の整備の遅れなどから、外国籍の子らが多く支援学級で学んでいるととらえるのが順当だと思われます。
 なお、この記事では、「文科省は21年6月、特別支援学級に入る基準を定める手引に『障害がないのに日本語指導のために支援学級に入れるのは不適切』と明記した。」と文部科学省の対応も紹介しています。
 こうした事態が生じている背景には、公立小中学校で日本語を教える体制が十分に整っていない事情があることだけでしょうか。筆者は「多文化共生」の文化が十分に学校に醸成されていないということも影響しているように感じています。令和3年1月の中教審の答申に「社会の多様化が進み,画一的・同調主義的な学校文化が顕在化しやすくなった面もある」(*6)という記述が認められるように、外国人児童生徒についても画一的な対応が困難なことからこれまでの学校文化に即して通常の学級ではなく特別支援学級での対応が望ましいという判断がなされたとしても不思議ではありません。
 学習指導要領には、「個人差に留意して指導し,それぞれの児童(生徒)の個性や能力をできるだけ伸ばすようにすること」(昭和33(1958)年学習指導要領)、「個性を生かす教育の充実」(平成元(1989)年学習指導要領等)等の規定がなされており(*4)、また、インクルーシブ教育システムの構築、さらには「多文化共生」の醸成という観点からも、「障害」のない外国人児童生徒についても通常の学級で学ぶという選択が自然のように思われます。
 「多文化共生」という課題に対応していくためには、これまでの学校文化を乗り越える戦略が必要かもしれません。そのためには、教育分野という閉じた空間内だけの対応では限界があるように思います。「多文化共生の文化」を構築していくためには、学校外の専門家や関係機関等とも連携していく姿勢が重要になってくるのではないでしょうか。

4.「多文化共生の文化」 共創とJICAの取り組みから

 こうした「多文化共生」という課題を支援する機関の一つとして国際協力機構(JICA)があります(*7)。ここでは、2023年にJICAが発行した「誰もが自分を発揮できる学校づくり~多文化共生アイディアBOOK 2022~」と題する報告書(以下、「アイディアBOOK」)から紹介します(*8)
 JICAは、日本の政府開発援助(ODA)を一元的に行う実施機関ですが、現在約150の国・地域で国際協力を展開しており、こうした国際協力を通じて得た知見を生かして「多文化共生・日本社会を考える」など多文化共生の理解啓発活動や学校における国際理解教育/開発教育を支援する様々な事業を行っています。2021年度からは「多文化共生の文化」共創プログラムとして、専門家による講演およびフィールドワーク、参加者間のワークショップを開催し、学校教育をサポートしています。2022年度の活動では、国際理解教育/開発教育に関する授業実践や多文化共生に関する取り組み等を行っている全国の教員や教育委員会担当者が参加したプログラムが実施され、「アイディアBOOK」にまとめられています。
 「アイディアBOOK」には、学校が多文化共生に取り組む上で極めて有用な内容が参加者間で共有されています。例えば、学校において、多文化共生を推進するために大切だと思う項目については、参加者間で以下のような内容が共有されています。

  • 管理職との対話や他の教員との対話が大切。
  • 心理的安全が教員間にも必要。
  • 特別支援教育に関する研修によって、理解は深まってきた。その一方で、外国につながる生徒や多文化共生に関する研修はあまりない。教師が自分のスキルを磨くことだけでは限界がある。
  • 外部との連携が必要。学校だけで完結しようとせず、どこかに助けを求めることが大切。
  • 人間関係がとても大事。
  • 教員が余裕・余力を持つことが必要。

 また、参加者全員で「多文化共生の文化をつくる」というのはどのようなことか、キーワードを共有し3つのカテゴリにまとめ、そこに出てきた言葉から、共通認識を深め、次のようにまとめられています。

参加者が考える「多文化共生の文化づくり」

  • 「知る」という言葉には「知らせる」という意味もあると思う。では、「知らせる」場とはどこか。授業でも図書室でも、可能性はあるのではないか。
  • 多文化共生の取り組みにおける入口、そして出口を考えているが、出口から入る活動があってもいい。
  • 「多文化」というのが【当たり前化】する、つまり、【無意識に受入れられている状態】になっていること、習慣化されていることが「文化」ではないか。
  • 「平等」と「公平」の意味を認識すること。
  • 誰に対しても与えられる機会の平等だけではなく、結果の平等も考えること。

「文化」をつくるためにそれぞれが考える必要な視点・取り組み

  • 実生活において、考え方や行動にまで浸透していくことが大切。
  • 地域全体を考えると、小学校では実践が行われているのに中学校に入ったら何も機会がなかったということがないように、継続して学び続けられる仕組みを作る必要がある。
  • 学校によって「多文化共生」の目標が変わってくるということを忘れてはいけないと感じた。多文化=外国人などと一括りにはできないし、それぞれの文脈や課題も異なってくる。外部連携においてもその点を認識した上で、学校・教員がどう関わって連携していくかを考える必要がある。→外部機関に対し、学校が具体的なオーダーを行っていく必要がある。
  • 「多文化共生」についての取り組みは、同じ地域だとしても学校によって取り組まれ方が異なる。地域全体で将来を見据えて取り組んでいきたい。

「多文化共生の文化」をつくる上で外してはいけない視点

  • 平等→公正の視点への変容
  • 「多文化」は外国につながる人だけではなく、個々が持つ特性も含めた視点を持つこと。
  • 「多文化」を受入れるだけでなく、受入れられていることやその考え・行動が当たり前のように定着していること。

 また、参加者の学校や機関による「多文化共生の文化をつくるための活動アイディア」も掲載されていて、「多文化共生の文化」醸成の活動のヒントとなる情報を得ることができます。このアイディア集については次のような説明が付されています。

どのような取り組みをしていくことが「多文化共生の文化」の醸成に寄与していくのか、そのアイディアをまとめたものです。ユネスコの「ハッピースクール」の視点、そして外部連携という視点を踏まえ、授業だけではなく、学校全体として「多文化共生の文化」を実現するための様々なアイディアを考えていきました。その中には、既に実施している取り組みから効果的な内容を発展させたもの、本プログラムで得たインプットから、学校の現状を踏まえて今後進められそうなアイディアが含まれています。それぞれが目指す学校や地域像をもとに、学校が全体的に変容していくためにできる一歩は何かを考えたアイディアの中に、読者の皆様にとって参考になるものがあれば幸いです。

 さらに、巻末の「多文化共生のための参考文献・教材・資料リスト」が掲載されています、72点の文献等が紹介されていて、「多文化共生」をより深く知り、今後の活動を展開していくために役立ちそうです。

5.まとめ

 本稿では、外国人児童生徒が増加傾向にあり、学校教育における「多文化共生」の課題について取り上げました。令和3年1月の中教審の答申では、副題に「~全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現~」とある(*6)ように、学校教育の質と多様性、包摂性を高め、教育の機会均等を実現することを示しています。学習指導要領も「個性を生かす教育の充実」へと舵を切っています。しかしながら、外国人児童生徒への対応については、特別支援学級在籍率が全児童生徒の比率を大幅に上回っているなど、苦渋の選択かもしれませんが、個の尊重よりも画一性を重視した対応がなされている実態もあることがわかりました。
 「多文化共生」については、国や文部科学省も様々な施策を打ち出して対応していますが、従前の学校文化では想定していなかった「多文化共生」を学校に根付かせるための環境整備には時間がかかります。また、「多文化共生」だけでなく、「インクルーシブ教育システムの構築」にも関わることですが、「公平」の要素を取り入れていくことで状況は変わってくることが期待できます。しかしながら、通常の学級ではまだまだ「平等」が優先されているように思います。
 今回紹介したJICAの取り組みは学校にさまざまな知見を提供し、こうした学校の弱みを見直す役割を担ってくれています。JICAだけではなく地域で活動しているNPO法人や支援団体など関係機関等とのパイプを太くして、それらの知見を活かしていくことが、学校における「多文化共生の文化」醸成の近道であるように思われました。

*1:『外国人児童生徒受入れの手引き』~外国人児童生徒の体系的かつ総合的な受入れのガイドライン~
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/clarinet/002/1304668.htm
*2:文部科学省総合教育政策局国際教育課「外国人児童生徒等教育の現状と課題」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/kokugo_nihongo/kyoiku/taikai/r04/pdf/93855301_06.pdf
*3:日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/clarinet/genjyou/1295897.htm
*4:NHK Web特集「日本人と外国人に“2倍”の差 いったい何が?」
2022年2月28日 17:00配信
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220228/k10013490711000.html
*5:日本経済新聞「日本語苦手な子の5%が支援学級に 全小中生の1.4倍」
2022年3月25日 17:00配信
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE2384T0T20C22A3000000/
*6:中央教育審議会「令和の日本型学校教育」の構築を目指して ~全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと, 協働的な学びの実現~(答申)

https://www.mext.go.jp/content/20210126-mxt_syoto02-000012321_2-4.pdf
*7:JICAについて

https://www.jica.go.jp/about/
*8:独立行政法人 国際協力機構 (JICA)「誰もが自分を発揮できる学校づくり ~多文化共生アイディアBOOK 2022~」

https://j-gift.org/wp-content/uploads/2023/06/jica_tabunka_ideabook2023.pdf

ハンセン病と瀬戸内市

はじめに

 この9月、香川県高松市に所用があり、その帰途に途中下車して岡山県瀬戸内市立美術館を訪問しました。瀬戸内市には、二つの国立のハンセン病療養所があります。筆者は、機会をとらえては、ハンセン病の療養所を訪問してきました。ところが、新型コロナウイルス感染拡大によって、療養所を直接訪問することが叶わなくなっていました。直接療養所を訪問することはできなくても、二つの療養所がある瀬戸内市内で何か情報が得られるのではないかと調べたところ、瀬戸内市立美術館で「木下晋展-生への祈り-」が開催中で、美術館のギャラリーでは、「ハンセン病問題啓発パネル展~長島の記憶を受け継ぐ~」が開催されていることを知りました。そこで、岡山駅から赤穂線とバスを乗り継いで、瀬戸内市立美術館に立ち寄ることにしたのでした。
 木下晋の作品は、「共生社会」とつながるテーマになっている作品が多く、「ハンセン病問題啓発パネル展」は、「ハンセン病問題と歴史を正しく理解し普及啓発し、ハンセン病回復者の真の名誉回復と偏見・差別のない社会になることを目指した取り組み」ということでした。そこで、今回は、美術館とギャラリーの展示から、ハンセン病と共生社会について考えてみることにしました。

美術館建物の写真 筆者撮影

瀬戸内市長島にある二つのハンセン病療養所

 岡山県瀬戸内市は、全国で唯一、二つの国立ハンセン病療養所を擁する自治体です。長島愛生園は1930(昭和5)年に日本初の国立ハンセン病療養所として、現在の瀬戸内市邑久町虫明の長島に開設されました。邑久光明園は、室戸台風により大きな被害を受けた大阪市内の第3区連合府県立外島保養院が再興される形で、1938(昭和13)年に、長島愛生園と同じ長島に開設され、今日に至っています。長島両園の入所者数は、ピーク時は3,000名にまで膨らみましたが、現在は約240名となり平均年齢は85歳を超えているということです(*1)
 ハンセン病によって神経障害や眼組織が侵襲されることはまれではありません。そのことによってさまざまな眼病変が引き起こされ、失明に至った人も少なくありませんでした。そうした状況から、多くの療養所には盲人会が組織され、視覚に障害がある人の福利厚生や点字の普及に取り組まれていました。一般に点字は両手の人差し指を使って触読しますが、指先の皮膚や神経が冒されていると指先を使うことができません。指を使って点字を触読するのが難しい人の中には、唇や舌を使って点字を読む技能(舌読)を習得している人もいました。唇や舌も指先と並んで敏感な部位なのです。
 ハンセン病で視覚活用が困難になった人の点字習得については、立花(2008)などの研究にまとめられているのですが(*2)、私も視覚障害教育に関する実際的な研究に取り組んでいたことから強い関心を持っていました。とくに、舌読を含めて点字を使える方は、高齢化に伴って少なくなりつつありましたので、自身でしっかり確認し、後世に伝えていく必要があると思っていました。そうした思いからいくつかの療養所を訪問してきたのですが、2015年5月に、長島にある二つの療養所を訪問することができました。舌読をされていた方に、直接お話を伺うこともできました。点字を読んだり書いたりするための様々な補助具も開発されていて療養所内に展示されていました。多くのことを学びました。

「木下晋展-生への祈り-」

 この特別展について、美術館の案内に次のように記されています。
 「1947年、富山県に生まれた木下晋氏は、鉛筆画家の第一人者といわれています。10Hから10Bまでの22段階の鉛筆を駆使して描くのは、ハンセン病回復者で詩人の桜井哲夫、「最後の瞽女(ごぜ)」と呼ばれた小林ハル、パーキンソン病に苦しむ妻など。病気や老い、孤独といった人間の内面世界を精密に鉛筆画で表現しています。今回は氏の代表作である合掌図の作品をはじめとして、強い祈りや希望、深い愛を感じることができる作品を多数ご紹介いたします。」(*3)
 桜井哲夫をモデルにした作品は、木下晋の画文集(*4)で見たことがありますが、原画に触れたのは初めてでした。
 桜井哲夫の姿は、「生」の意味を否応なく私たちに問いかけてきます。木下晋氏と桜井哲夫氏の出会いについては、「桜井哲夫について」という記事をお読みいただきたいのですが(*5)、木下の作品は、ハンセン病に対する、医学的、社会的、文化的対応の過誤から目をそらすことを決して許容しません。
 ハンセン病については、昭和6年(1931年)「癩予防法」が制定され、全国の療養所への隔離、強制収容が進められてきたこと、昭和28年(1953年)、「癩予防法」は「らい予防法」に改正されたものの、治療薬が普及しているにもかかわらず強制隔離を続け、退所規定が設けられなかったこと、そのため、ひとたび療養所に入所したら一生そこから出ることができない制度が引き続き堅持されてしまったこと、平成8年(1996年)に至って、ようやく「らい予防法」が廃止され、ハンセン病患者の隔離政策が終わったこと、などを私たちは知識として知っています(*6)
 しかし、「らい予防法」が廃止された平成8年に、ハンセン病に関する正しい知識の普及による差別や偏見の解消に努めることが、厚生事務次官通知などによって示されていたにもかかわらず、平成15年になってもハンセン病療養所の入所者がホテルの宿泊を拒否されるという事例が発生しました。一度社会に巣くってしまった誤った固定観念を払拭するのは容易ではありませんが、木下晋の「桜井哲夫」像は私たちの内面に入り込んで、改めてハンセン病に対する差別や偏見は決して過去のものではなく、共生社会の実現を目指している私たち一人一人にとって、現在の問題でもあるということを問いかけてきます。
 なお、展示会場には、日本文教出版発行の教科書2点が展示されていました。1点は『高校美術3』で、木下の制作風景と作品が掲載されています。もう1点は中学道徳『あすを生きる①』で、合掌図『鎮魂の祈り』が掲載されています。また、『中学社会公民的分野』でも、人権との関わりでハンセン病が取り上げられています。

ハンセン病問題啓発パネル展~長島の記憶を受け継ぐ~

 ハンセン病問題啓発パネル展は、6月22日の「らい予防法による被害者の名誉回復及び追悼の日」に重ねるなどして、全国各地でも開催されています。
 今回の瀬戸内市のハンセン病問題啓発パネル展は、「木下晋氏の絵画作品の展覧会に合わせて、ハンセン病回復者とその背景にある偏見・差別の歴史を回想させ、来場者のハンセン病問題に対する興味・関心の高まりをそのまま啓発の入口とし、広く市民がハンセン病問題を知るきっかけづくりをする」(*7)ということと、「出張カフェや関連図書及び資料の設置、ハンセン病問題に関する動画などの放映をするとともに、期間中にSNSを活用した情報発信イベントを実施し、長島への誘客促進によるハンセン病問題の啓発に寄与すること」(*7)を目的とするとされていました。
 国による患者隔離政策など法制度の変遷やハンセン病問題に関するパネル、国立療養所・邑久光明園と長島愛生園両園での暮らしぶりを紹介するパネルの展示、入所者の生活用具等の展示、ハンセン病に関する動画の放映及び関連書籍の貸出しなどは、各地で行われているパネル展と同様にハンセン病問題について理解を深める展示でした。
 しかし、二つの療養所と共にある瀬戸内市立美術館の展示は、それだけではなく、パネル展の目的の後半に「長島への誘客促進によるハンセン病問題の啓発に寄与する」とあるように、二つの療養所のある長島の将来像を問いかける未来志向的な要素も含んだ展示になっていました。

ハンセン病問題啓発パネル展チラシ
※クリック or タップでPDFが開きます。

まとめ

 瀬戸内市長が会長を務める「ハンセン病療養所の将来構想をすすめる会・岡山」は、2011(平成23)年3月に二つの療養所それぞれの将来構想を策定し、2018(平成30)年1月に「世界遺産登録へ向けての取り組み」を含む4つの施策を将来構想に追加記載しています(*8)。同月、NPO法人ハンセン病療養所世界遺産登録推進協議会が設立されてその実働組織として活動を開始しているということです(*9)
 この3年間で、長島愛生園歴史館には海外の方々が約150名来館されていることを知りました。長島2園の歴史だけでは、地域の歴史や2園との関係の変化、入所者の思い、人権が尊重される共生社会の実現などについて、日本国内のみならず、海外の方々に知ってもらい、共に考えることは大きな意味を持ちます。
 「木下晋展-生への祈り-」と「ハンセン病問題啓発パネル展~長島の記憶を受け継ぐ~」の二つの展示から、ハンセン病患者隔離の歴史を「人権」の問題としてだけではなく、二つの療養所と共に未来志向で偏見・差別のない共生社会を構築していこうとする瀬戸内市の強い意思が感じられました。

*1:瀬戸内市 長島愛生園・邑久光明園の将来構想と将来構想をすすめる会・岡山
https://www.city.setouchi.lg.jp/uploaded/attachment/100774.pdf
*2:立花明彦 長島愛生園におけるハンセン病視覚障害者と点字習得
静岡県立大学短期大学部研究紀要 第22号 2008 年
https://oshika.u-shizuoka-ken.ac.jp/media/20090428185145674427682.pdf
*3:瀬戸内市立美術館展示予定(2023年度)「木下晋展 生への祈り」
https://www.city.setouchi.lg.jp/site/museum/123167.html#kinoshita
*4:木下晋『木下晋 画文集祈りの心』 求龍堂,2013
*5:People / ハンセン病に向き合う人びと 木下晋
https://leprosy.jp/people/kinoshita/
*6:厚生労働省 ハンセン病に関する情報ページ

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/hansen/index.html
*7:瀬戸内市 お知らせ「令和5年度法務省委託事業 ハンセン病問題啓発パネル展~長島の記憶を受け継ぐ~を開催します」

https://www.city.setouchi.lg.jp/uploaded/attachment/116693.pdf
*8:瀬戸内市 ハンセン病療養所の将来構想(平成30年1月一部改正)

https://www.city.setouchi.lg.jp/soshiki/75/1544.html
*9:NPO法人ハンセン病療養所世界遺産登録推進協議会

https://www.hansen-wh.jp/