デジタル・ストーリーテリング──現代の「自分語り」

1.育たない当事者意識

 プロジェクト「地方創生イノベーションスクール2030」は「OECD東北スクール」のスピリットを継承するもので、生徒の一人ひとりが主体的に地域課題を発見し、その解決のために活動することが目的です。しかし、プロジェクトの展開とともに、様々な形で課題が見えてきました。最も大きいものは、生徒たちがなかなか自分たちで動き出さないということです。課題を考えさせて、そのやり方についても様々に例示するのですが、すぐに動きが止まってしまいます。
図1 テンションマップ 2016年の夏、クラスタースクールに大勢の生徒たちが集まったので、東北スクールの時と同じように、震災以降の心の動きを表現する「テンションマップ」に取り組ませました。すると、ある地域の生徒の曲線は──津波の直撃を受けた地域であるにもかかわらず──、震災直後からテンションは右上がりのままになっています。「直接の被害はなかったし、芸能人とかいろいろな人が来て、いろんなものがもらえたので学校が楽しくなった」と言います。その夜、先生方で集まって翌日以降の計画について話し合いました。
図2 大学生によるサポート 被災地の生徒たちがみな問題意識をもっている、というのは大人の勝手な思い込みで、現実の生徒はむしろ逆の傾向も示しています。確かに震災から5年以上が経過しており、当時の生徒と同じはずがないのです。「1日で終わらせる予定だったデジタル・ストーリーテリングを2日間に延ばし、じっくりと自分語りをさせませんか? 問題を自分事にするプロセスがないと、これからも宿題をこなすだけのプロジェクトになってしまう。」との私の提案に、先生方はみな同意してくれ、次に進めるステップを今回は諦め、自分自身を見つめさせることに徹することにしました。

2.デジタル・ストーリーテリング

図3 ワークショップの坂本旬教授(左から2番目) デジタル・ストーリーテリングは、1990年代半ばにアメリカ・カリフォルニアで誕生した自分語りの方法で、生徒の一人ひとりが日常生活をテーマにした身近な経験や想いを、スマートフォンやタブレット等のデジタルメディアを使って、動画で物語るものです。(小川明子『デジタル・ストーリーテリング 声なき想いに物語を』参照)現代の「生活綴り方」と呼ばれるほど優れた教育方法と考えられており、私たちのスクールではメディア論の第一人者である法政大学の坂本旬先生の指導でワークショップを行いました。
図4 アメリカ人に説明する中学生 この方法の優れている点は多々ありますが、私が注視したのは、「自分語り」という個人的な作業であるにもかかわらず、他の参加者がアドバイスしながら関わっていくという点です。個人がテーマを決め、数分のストーリーラインができたところで、参加者同士で批評し合います。これによって人に伝える中身と、伝え方がより鮮明に意識化されることになります。ある生徒は、ちょうど来ていたアメリカ人に必死で説明しています。ある生徒は、優秀であるにもかかわらず「自分語り」を嫌い逃げ回っています。大学院生が説得し、文章を綴らせることに成功しますが、書き手同士、書き手と援助者の間に緩やかな信頼関係を生みだしていく、という点に強い興味を持ちました。

3.「自分語り」から見えてくるもの

 これをもとに各自で原稿(シナリオ)を書き、自らの声でナレーションを録音し、これに関係のある写真やイラスト、映像をタイムライン上に並べ、2~3分の動画に編集します。ワークショップには中学生もいましたが、大学生がサポートしてくれたので、全員が完成させることができました。現代の若者たちはデジタルデバイスの扱いに慣れており、とてもマッチした方法だと思います。
図5 無気力だった自分が演劇との出会いで目的を見出す 最も重要なのは、これを全員で上映会を開くということです。私たちは二つのグループに分かれて、全員の作品を全員で鑑賞し合いました。時間内に収まりきれなかったものや、やや形式的にまとまってしまったものもありましたが、多くは、被災した自分がなぜ頑張るようになったのか、自分は将来何をしたいのか、自分が変わるきっかけになったのは何だったのかを、それぞれの語り口で切々と訴えてくるものばかりです。ほとんどの作品で、日常の姿とは異なる意外な一面が表現されていました。
図6 被災地の実家に数年ぶりに戻る。ふるさとのためにできることを自分の将来の目標に。 もちろんこれらの活動によって、即主体性が生まれたかと言えばそうではありませんが、大人と生徒たちの間の距離が縮まり、指導しやすくなったという点は大きな成果です。
 デジタル・ストーリーテリングは、マスメディアにかき消されている社会的弱者の「小さな声」を発信する方法として注目されました。パーソナルな語りから見えてくるのは、リアルな社会の一部分です。語り手と聞き手がともに創造する社会の一断面ということもできます。さらには、自分の語りによって自分自身が定義され、自分自身が生まれていくということでもあります。
図7 タイの同性愛者を見てかっこいいと思った。自分に素直になりたい。 この方法は、現代社会に生きる生徒たちに必須の教材だと私は考えています。学校で行う場合、それが国語の時間であろうが、美術の時間であろうが、技術の時間であろうが、そんなことは全く関係ありません。むしろ教科の枠組みばかりを気にして、本当に必要な教育がなされていないのではないか、そんなことすら考えさせられた強烈な経験となりました。

二つの国の間で現在と未来が交差する

1.ミュンヘン駅の夜

 アムステルダム・スキポール空港を発ち、ドイツ・ミュンヘン空港に着いたのは夕方でした。空港から電車でミュンヘン中央駅に移動し、さて、早くホテルに入って明日に備えようと駅を出ると、周辺は異様な光景が広がっていました。駅の内外を行き交う大勢の人、彼らのほとんどは中東の装いです。うっすらと煙が漂う駅の周辺、オレンジ色の光に照らし出された彼らこそ、シリアからトルコを経て地中海を渡り、イタリアを北上してドイツに入ってきた難民の人たちでした。ドイツ南端のミュンヘンは、イスラム過激派の迫害を逃れてきた彼らがめざしたドイツの入り口でした。
 当時、シリアを中心に活動する過激派は平穏に暮らす人々の暮らしを弾圧し、多くの難民は地中海を渡って、命からがらヨーロッパ大陸に逃れてきました。その情報は連日日本でも報道されていましたが、思いもかけず、その恐ろしい現実を目の当たりにすることになりました。下半身を失った男性が板にのって手で移動するその姿は、ブリューゲルの絵に出てきそうです。ここは、私たちの知っている42年前のオリンピック開催地ミュンヘンではなく、その凄惨さが報道されていた難民キャンプそのものでした。私たちは身の危険を強く感じ、一目散にホテルに駆け込み、その夜は一切外に出ることはありませんでした。

2.ドイツとオランダのコントラスト

 EUの中でもドイツは積極的に難民を受け入れ、多くの支援をもたらしました。しかしそれはドイツ国民の税金や仕事を難民に分け与えることとなり、国民の反対運動も激しくなっていました。一方隣接するオランダは難民の受け入れを厳しく制限し、永住権を取得するにはオランダ語の習得など多くの条件を満足させる必要があります。オランダの首都・アムステルダムをモデルにしたコペンハーゲンを首都に持つデンマークも、オランダと同じ政策をとっています。
図1 エルンスト・マッハ・ギムナジウム この、オランダとドイツの難民政策のコントラストは、余りにも強烈です。私はその直前まで、人道的に難民は受け入れるべき、いや受け入れなければならないと考えていました。しかし、この光景を目の当たりにした時、決してそのような上辺だけの同情を許さない、現実の厳しさを痛感したのでした。「解のない問い」に挑戦させようとするPBLを構想するとき、教室の中だけの安易な判断に決して留まらない、現実を直視する複数の視点が必要だということを思い知らされた経験となりました。
 翌日朝のミュンヘン中央駅はゴミこそ散乱していましたが、難民の人たちをただの1人も目にすることなく、オフィスに向かう人たちだけが行き交っていました。恐ろしい夢から醒めたようでした。

3.エルンスト・マッハ・ギムナジウム

図2 中等部の英語の授業 さて、ドイツに足を踏み入れた目的は、ミュンヘン郊外のハールにあるエルンスト・マッハ・ギムナジウムと福島のふたば未来学園高校とをつなぐことでした。ふたば未来学園高校の生徒たちは既に何度かドイツを訪問し、省エネルギーの現状などを視察していますが、持続的に研究を進めるためにパートナーを固定したいというねらいがありました。
図3 世界各地と交流する同校 エルンスト・マッハ・ギムナジウムは中高一貫の中等教育学校で、他のドイツの高校と同じように海外連携が活発で、EU圏外の高校とも提携していました。持続可能な開発やグローバル及び異文化教育に力を入れており、「ヨーロッパにおける環境教育学校」で優秀賞を受賞している有名校です。学校ぐるみでフェアトレード(開発途上国の原料や製品を適正な価格で購入することにより、立場の弱い開発途上国の生産者や労働者の生活改善と自立を目指す貿易のしくみ(※1))の実践研究を行っており、ここに限らずEUの高校の問題意識の高さを強く感じました。

図4 プレゼンテーションする学生たち 私たちは中等部と高等部の授業を参観した後、訪問の目的を伝え、今後の進め方について協議しました。ふたば未来学園高校とはSkypeでつなぎ、リアルタイムで情報交換を行いました。同行した学生たちが福島の現状をプレゼンし、先方から大きな信頼を得ることとなり、帰国後、学生たちはふたば未来学園高校に入って、エルンスト・マッハ・ギムナジウムとの協働をコーディネートすることになりました。

※1:https://www.fairtrade-jp.org/ より

イエナプランとオランダの教育

1.突然のオランダ・ドイツ

 2016年3月、突然オランダとドイツを訪れる機会を得ました。一つはオランダのイエナプラン学校を視察すること、もう一つは地方創生イノベーションスクール2030プロジェクトに絡んでドイツの高校との連携の仕方を話し合うためで、いずれの国も初訪問ですが、合わせて3日しかとれず、文字通りの弾丸旅行となってしまいました。しかしそれは、結果的にとても衝撃を受けたツアーとなりました。
 イノベーションスクールに関わっている研究者と学生とでツアーを編成し、まずオランダに飛びました。オランダの歴史を調べてみると、古くから広大で農耕に不利な湿地をあらゆる時代をかけて、人力で畑作できる土地に造りかえたという、人間の技術と力の結晶のような国土を持っています。人間の可能性に対する絶大なる信頼、ここにオランダの国民性を見出すことができます。
 イエナプランはOECD教育・スキル局長のシュライヒャー氏から何度か「世界で最も成功した教育システム」といわれ、一度は見ておきたいと思っていたものでした。OECDが学校を紹介してくれるというので、それに甘える形で視察することになりました。

2.学校と職場の橋渡し

図1 現代的な建物のオランダの職業訓練校 イエナプランスクールの前にオランダの職業訓練校を視察しました。ここオランダに限らず、ヨーロッパ全体は資格社会なので日本の職業訓練校とはイメージがかなり異なります。実は以前にも、デンマークやフィンランド、アイルランドなどの職業訓練校を何度か視察したことがあったので、ほぼ共通のものを感じました。それは、社会に必要な職業を前提に訓練内容を設定していくというよりも、若者のニーズに合わせて設定しているということです。調理や木材加工、陶芸、金属加工や塗装等の他に、ファッションデザインや絵画、脚本作家、音楽、俳優、サーカス、アニメーション、ゲームクリエーターなど、若者たちにとって魅力的なメニューがたくさん準備されており、施設も明るく開放的な建物で、若者たちの活気が漲ります。日本では学校の中で閉じてしまう芸術が、こちらではしっかりと社会と個人をつなぐツールとして機能しているという点が大きな違い、ということができます。
 ヨーロッパでは1980年代に若者の雇用が悪化し、若者が荒れました。各国は責任を持って、若者が仕事に就くことができるよう、セーフティネットが築かれました。このような職業訓練校はその表れです。

3.イエナプランスクール

図2 イエナプランスクールの砂遊び さて、オランダ南部のマーストヒリト市の郊外にあるイエナプランスクールに到着しました。意外にもとても小さな建物でした。オランダでは、子どもが通う学校について、公立学校の他にフレネ、ダルトンプラン、シュタイナー、モンテッソーリ、そしてイエナプランのオプションを選択することができ(※)、入学する子どもたちはバウチャーを持ってくるので、各学校とも新入生の獲得にとても力を入れています。いずれの学校も「教育の質」を売り物にしています。
図3 異学年が集う静かな教室 イエナプランスクールは、ドイツのペーター・ペーターゼンが提唱した教育方法で、異学年の児童が混合で学びます。教師は「グループリーダー」と呼ばれ、「教師」に見られがちな「権力関係」を無力化しようとしています。ちなみにOECD東北スクールでは、教師を「ローカルリーダー」と呼んでいましたが、このイエナプランの考え方に基づいていました。

図4 家庭のリビングのような教室の一角 私たちが校長先生からこの学校についてガイダンスを受けている間、その傍らで児童が数人でテーブルに向かって一生懸命勉強をしています。決してこちらのガイダンスに気をとられることはありません。イエナプランは異学年がいっしょに学ぶということから、とても元気で賑やかな教室という先入観を持っていましたが、実際は全く逆で、教室の子どもたちはいずれもとても静かで、それぞれに自分のペースで一生懸命勉強をしています。子どもたちは5,6人の同学年生で一つのテーブルを囲み、静かにワークブックの作業をしています。教師、つまりグループリーダーはそのテーブルに入って、グループの子どもたちに問題を投げかけたり、解説したりします。他のグループの邪魔にならないように声のトーンは抑えられており、他のグループの子どもたちもそれぞれが集中力を乱されることもありません。これらはイエナプラン教育の重要な柱の一つです。
図5 ワールドオリエンテーションの成果物 教室─イエナプランでは教室はリビングルームと呼ばれる─はどこかの私宅のリビングのように家庭的で、子どもたちの創造性をかきたてるようなオブジェが自然に配置され、ミニ図書館やソファもあります。片隅にはグループには入れない特別な支援を必要とする子どものための席も準備されています。
図6 サークルディスカッション イエナプランのカリキュラムは、ワールド・オリエンテーションと呼ばれる総合学習の時間が中心に位置づけられています。私たちが参観した授業のテーマは「たまご」で、卵から連想したオブジェや、卵にまつわる物語、卵の持っている自然科学上の性質など、多くの視点から捉えようとしています。教室の壁に下げられているスクラップブックをのぞくと、「エボラ出血熱」の連日の記事がのり付けされており、社会とのつながりを重視されていることがわかります。授業の最後には必ず、サークルディスカッションが始まり、全員が一つの環になって、この時間に学んだことを発表したり質問したりします。オランダ語なので何を言っているのかよくわかりませんでしたが、話がよく絡んでおり、言いっぱなしではないことはわかりました。
 リビングルームで集中して勉強する子どもたちの姿を見て、自分たちが育てなければならない子どもたちはこういう子どもたちなんだ、と痛感しました。

 翌日は、飛行機までの空き時間にフェルメールの生家などを訪ね、街全体の静謐な空気を堪能することができました。その夕方、私たちはドイツの南端、ミュンヘンに飛びました。そこで、衝撃的な光景を目にすることになったのです。

※これらの5つの教育は、オランダではオルタナティブ(刷新的な)教育と呼ばれており、独立した学校もあれば、教育の一部を採り入れた公立校もあり、様々です。イエナプラン以外の教育を簡単に説明します。(参考:リヒテルズ直子『オランダの教育』)
・フレネ教育は、フランスのセレスタン・フレネが始めた教育方法で、労働者のための教育と言われており、自由作文が中心で、これをもとに自分たちで新聞を作ったり、批評し合ったりします。
・ダルトンプラン教育は、米国のヘレン・バークハーストが開発した教育方法で、子どもたちは自分で学習計画を立てて、それを教師が一人ひとりチェックする形をとっています。クラス内での責任を明確にし、こうした関係を学習の基礎に据えています。
・シュタイナー教育は、ドイツのルドルフ・シュタイナーが進めた教育方法で、「心」で感じたり、それを「手」で表現したりすることを重視し、絵画や音楽、演劇やオイリュトミーと呼ばれる身体運動が特徴的です。
・モンテッソーリ教育は、イタリアのマリア・モンテッソーリが提唱した教育で、幾何形態などの教材を用いて子どもたちが自由に探究することを目指しており、異学年がグループになって学びます。

Education 2030と新しいコンピテンシーの定義②

1.OECDラーニング・コンパス2030

図1 OECD日本イノベーション教育ネットワークの研究会 OECDのEducation2030プロジェクトは、2019年に「OECDラーニング・コンパス(学びの羅針盤)2030」を公表しました。このラーニング・コンパスは、前回紹介したラーニング・フレームワークのコア部分に当たるもので、コンセプトノートによれば「教育の未来の向けての望ましい未来像を描いた、進化し続ける学習の枠組み」であり、「私たちの望む未来(Future We Want)、つまり個人のウェルビーイングと集団のウェルビーイングに向けた方向性を示す」としています。OECDはウェルビーイングの指標として、仕事、収入、住宅、ワーク・ライフ・バランス、教育、安全、生活満足度、健康、市民活動、環境、コミュニティ、の11に整理しています。しかし、実際のウェルビーイングは国や地域、年齢や性別、立場によって大きく変わります。そこでEducation2030プロジェクトでは、世界各国の生徒たちに「Future We Want」を語ってもらい、ビデオにして公開しています。生徒の中には私たちの地方創生イノベーションスクール2030で活躍した生徒たちも含まれています。(https://www.oecd.org/education/2030-project/teaching-and-learning/learning/well-being/
図2 OECDラーニング・コンパス2030 このラーニング・コンパスは評価の枠組みやカリキュラムの枠組みを示しているのではなく、示しているのは学習の枠組みだとしています。シュライヒャー氏によれば、同じラーニング・コンパスを「2030年に向けて、生徒たちがどのようなコンピテンシー(資質・能力)を身に付け、どのようなステークホルダーと協働しながら何を目指すのか、を描いた世界基準のコンセプトマップ」としており、「人々にインスピレーションを与えたり、生徒をより深く知ったりするためのツール」だとしています。だから、これに従うのではなく、これから始めることややってきたことを参照させ、その価値や方向性を確認するために活用してほしいと述べています。(リクルート『キャリアガイダンス』2019年10月)

2.生徒エージェンシーと共同エージェンシー

図3 OECDベター・ライフ・インデックス ラーニング・コンパスの各部分は、ラーニング・フレームワークと共通しているので省略しますが、その中核に位置するのが生徒エージェンシーです。これは「変革を起こすために目標を設定し、ふり返りながら責任ある行動をとる能力」と定義されています。わが国で、似たような意味で「主体性」という言葉を使うとき、それは「自分で考えて、判断し、責任を持って行動できる能力や態度」を指しますが、多くの場合それは個人の能力を指し、「主体性がある/ない」で判断されます。しかし生徒エージェンシーは周囲との関係を重視しており、社会を理解し、自分がやるべきことに気づき、世界に影響を与えることまでをも含んでいる大きな概念です。
図4 OECD日本イノベーション教育ネットワーク研究会 この生徒エージェンシーに伴走するのが、仲間、教師、家族、コミュニティなどの共同エージェンシーです。これらはいずれもがそれぞれにエージェンシーを持っており、生徒エージェンシーに影響を与えると同時に、生徒エージェンシーに影響を与えられる、つまり相互に学習し合う関係を共同エージェンシーと言っていいと思います。生徒にとって学びの場は学校に限られたものではなく、あらゆる場が学習環境になり得ますから、あらゆるステークホルダーがそれぞれに自分のエージェンシーを育てるべきであることは言うまでもありません。

3.教師エージェンシーと太陽モデル

 しかし、その中でも最も重要なのは教師エージェンシーでしょう。生徒エージェンシーを育てるためのきっかけを与えたり、育てたり、継続的に伸長させたりすることが可能な立場にいるからです。しかし伝統的な教師の仕事は、固定化された知識を一方的に伝達したり、社会に適応するための訓練を行ったりすることが中心で、生徒エージェンシーを受け止めないばかりか、教師自身のエージェンシーを意識にのぼらせることもきわめて困難です。教師エージェンシーは、教育行政や学校内の環境も大きく影響するところとなり、指導主事や管理職のエージェンシーも重要ということになります。いわば生徒エージェンシーを取り囲むエージェンシーの連鎖こそが、最も理想的な学習環境ということです。
図5 共同エージェンシーの太陽モデル Education2030プロジェクトの生徒フォーカスグループの生徒たちが、「共同エージェンシーの太陽モデル」をつくったので、これを紹介します。この元になったのはロジャー・ハートが1992年に開発した「参画の梯子」モデルで、私自身「子どもの権利条約」の学習で、当時この梯子モデルに触れていたので懐かしい思いがしました。
 なお、教師エージェンシーについては、Education2030でこれから本格的な議論が開始されます。

表1 太陽モデルの各レベルの説明

0

沈黙

若者が貢献できると若者も大人も信じておらず、大人がすべてを主導し、すべての意思決定を行うのに対して若者は沈黙を通す。

1

操り

主張を正当化するために大人が若者を利用し、まるで若者が主導しているかのように見せる。

2

お飾り

主張を助ける、あるいは勢いづけるために大人が若者を利用する。

3

形式主義・形だけの平等

大人は若者に選択肢を与えているように見せるが、その内容あるいは参加のしかたに若者が選択する余地は少ない、あるいは皆無である。

4

若者に特定の役割が与えられ、伝えられるだけ

若者には特定の役割が与えられ、若者が参加する理由や参加の方法は伝えられているが、若者はプロジェクトの主導や意思決定、プロジェクトにおける自分たちの役割に関する判断には関わらない。

5

若者からの意見を基に大人が導く

大人はプロジェクトの設計に関して若者の意見を求め、その結果について報告をするが、大人がプロジェクトに関する意思決定を行い、プロジェクトを主導する。

6

意思決定を大人・若者で共有しながら、大人が導く

大人が開始し、進めるプロジェクトの意思決定に、若者も参画する。

7

若者が開始し、方向性を定める

大人の支援を借りて若者がプロジェクトを開始し、方向性を定める。若者は大人の意見を聞いたり、若者が意思決定しやすいように指針やアドバイスを与えたりするが、最終的にすべての意思決定は若者が行う。

8

若者が開始し、大人とともに意思決定を共有する。

若者がプロジェクトを開始し、意思決定は若者と大人の協働で行われる。プロジェクトの主導権や運営権は若者と大人の対等な立場の上で共有される。

Education 2030と新しいコンピテンシーの定義①

1.OECD東北スクールとOECDキーコンピテンシー

 OECD東北スクールの成功は、国内においては学習指導要領の改訂などに影響を与えることになりますが、国際的にもその成果は影響を与えることになります。OECD教育スキル局は、1997年にはじめたDeSeCoプロジェクトによるキーコンピテンシーの定義を、社会の変化に合わせて再定義するプロジェクトを東北スクールの終了直後の2015年に開始しました。それがEducation 2030です(本連載の第11回第15回で簡単に触れています)。
 一般的にOECDキーコンピテンシーと呼ばれる能力は

  1. 相互作用的に道具を用いる/1A.言語、シンボル、テキストを相互作用的に用いる能力/1B.知識や情報を相互作用的に用いる能力/1C.技術を相互作用的に用いる能力
  2. 異質な集団で交流する/2A.他人といい関係を作る能力/2B.協力する。チームで働く能力/2C.争いを処理し、解決する能力
  3. 自律的に活動する/3A.大きな展望の中で活動する能力/3B.人生計画や個人的プロジェクトを設計し実行する能力/3C.自らの権利、利害、限界やニーズを表明する能力

の三つに分類されており、これらは、DeSeCoと補完関係にあるPISAによって評価されます。
 OECD東北スクールのスタート時では、プロジェクトによってこのOECDキーコンピテンシーがどのように伸びるかが大きな意味を持っていました。しかしプロジェクトの進展とともに、違和感が増し別の評価指標をつくったことは既に述べました(連載第7回)。

2.PISAが求めているもの

 シュライヒャー氏によれば、PISAを提案したのは5人であとはみんな敵だった、というほど、プロジェクトは困難を極めたとしています。現在もなお、PISAが国際間で学力競争を煽っているとして、各国の知識人を中心に反対意見が途切れることはありません。実際、フィンランドでは、PISAの高スコアを維持するために移民の受け入れを渋ったり、PISAのためのドリルのようなものが出てきたりしたという話を、同国の研究者から聞いたことがあります。また、わが国においても2003年の調査で、読解力や数学的応用力が低下しているとされ、これが「PISAショック」となって「ゆとり教育」の排除につながったのは記憶に新しいところです。
 しかし、このような対応はPISAの趣旨からすれば誤っているといわざるを得ません。PISAを行う趣旨は、そうした子どもたちの学力レベルや構造が、どのような教育制度、社会的インフラ、文化状況によってもたらされるのかを国際比較によって明らかにすることであり、子どもたちの背景を無視して、付け焼き刃のように学力を高めても何の意味もありません。何よりも教育の目的が、学力の向上ではなく、well-being(よりよいあり方)に置いている点は重視すべきだと思います。2019年末、PISA2018で再びわが国の読解力が低下したことがあちこちで取り上げられていますが、またあの「ショック」が再来するのでしょうか。

3.Education 2030

図1 2015年時点でのコンピテンシーの概念図(OECDジャパンセミナー) さて、Education 2030は、現在の子どもたちが大人になる2030年ごろには、どのような能力が必要となって、それはどのような教育によってもたらされるのか、という問いからスタートしました。これらを明らかにするために、世界各国の教育研究機関と連携するのみならず、日本を含む世界の教育省や教育行政、そして何より教育の当事者である教員や生徒たちの幅広い声を正面から受け止めて議論を進めていくという、オープンな方式をとりました。私たちの地方創生イノベーションスクール2030も、その「声」を届けることが目的の一つでした。
 OECDといえば約40カ国からなる経済先進国からなる組織ですが、非加盟国も含め、かつ教育の最終目標を「経済発展」ではなく「個人や社会のwell-being」に置いています。

図2 2016年12月の概念図(OECDジャパンセミナー)

図3 2017年3月の概念図(OECDジャパンセミナー) 世界の多様な価値観を前提にしつつも、VUCAと呼ばれる、気まぐれで、不確実で、複雑で、曖昧な社会で生き、その社会を変えるイノベーションを起こすために必要な知識やスキル、態度、価値観とは何かを協働的に探っていくことが中心です。
 毎年開催されるOECDジャパンセミナーでは、地方創生イノベーションスクール2030の実践が報告されると同時に、Education 2030の進捗状況が毎回報告されました。コンピテンシーを示す概念図は毎回変わり、再定義の難しさと同時に、様々な声を拾い集めながらつくり出していく真摯さを強く感じました。むしろ、このプロセスに強い魅力を感じるくらいです。

4.OECDラーニングフレームワーク

 本節は生徒国際イノベーションフォーラム2017の準備を進めていた2017年ごろを述べているつもりですが、上記のEducation 2030は現時点で一定の結論を出しているので、現在の状況を述べさせていただきます。

図4 OECDラーニングフレームワーク2030

 図4に示すのが、OECDラーニングフレームワーク2030と呼ばれる概念図で、次回に示そうと考えているラーニングコンパス2019の前身となるものです。
 左の方を見ると、知識(Knowledge)やスキル(Skills)、態度や価値観(Attitudes and Values)のそれぞれの内容が示されるとともに、その三つが一つになってコンピテンシー(Competencies)を構成する様子が表現されています。右側の円の中には生徒(Students)がいて、読み書き(Literacy)、データ(Data)、デジタル(Digital)、算数(Numeracy)等の認知的な(Cognitive)基礎能力や健康(Health)、社会的および情動的(Social & Emotional)な能力が基礎となり、その周りに「新たな価値を創造する力(Creating new value)」「対立やジレンマに対処する力(Reconciling tensions & dilemmas)」「責任ある行動をとる力(Taking responsibility)」の三つの能力があり、これらがよりよい未来の創造に向けた変革を起こす力に必要な要素としています。その外側には、この力を伸ばしていくための、見通し(Anticipation)、行動(Action)、振り返り(Reflection)を繰り返すAARサイクルが示されています。これらは全体として個人と社会の(Individual & Social)Well-Beingに向かうものとなっています。
 さらには、これらがたんに個人に内蔵された能力と発達していくのではなく、親(Parents)、教師(Teachers)、仲間(Peers)、コミュニティ(Communities)との間で育まれているという点が重要です。能力というのはレゴブロックのように実態のある「モノ」ではなく、生き物のように生態系(Ecosystem)の中で生まれ育まれるものだからです。

生徒たちがつくる国際会議

1.国際会議でプロジェクトの方向付けを

 地方創生イノベーションスクール2030のプロジェクトは、様々な困難を抱えていました。このプロジェクトは、地域の課題を高校生自身が見つけそれに取り組む実践部分と、そこから生まれてくる様々なエビデンスを分析する研究部分に分かれていました。「実践」の解釈のしかたが極めて多様で全体を貫くものは何なのかが見えにくい、研究もまた同様で、こうしたプロジェクト型学習の研究母体が日本の場合、きわめて層が薄いというのも課題となっていました。このプロジェクトの最終ゴールを「国際会議」にしようと考えたのは、成果の共有が一番の目的でありましたが、こうした課題を踏まえてプロジェクト全体の方向付けを行うという意味も含まれていました。もちろん、プロジェクトの目的であるグローバルコンピテンシーを伸長させることも当然重要な柱でした。
 実は早い段階から国際会議を開催するイメージはあったのですが、ボード会議に初めて国際会議で話題にしたのは、プロジェクトがスタートした翌年の8月で、開催しようと考えていた年のちょうど1年前のことでした。通常、国際会議となれば――規模や内容にもよりますが――、1年前にはほぼ枠組みが決まっていて、あとは内容を詰めていくだけ、というのが当たり前です。「東北復幸祭〈環WA〉in PARIS」でも2年半かかりました。それに対し、この国際会議は1年前に開催を議論し始め、開催を決断したのが10ヶ月前、実行委員会が動き出したのは8ヶ月前の12月のことでした。

2.プロジェクト学習としての国際会議

図1 他の高校生国際会議を視察する しかも課題は山積みです。東北スクールの経験があるとは言え、今回はプロジェクトへの参加校が全国に散っており、どのように実行委員会を結成したらいいのかもわかりません。最も難しいのは、生徒のアイディアで国際会議を組み立てるという点です。国際会議に参加した経験のある生徒は、数地域の数名のみで、生徒の多くは国際会議のイメージすらほとんどありません。その生徒たちで、仕事を分担する→アイディアを出す→全体に諮る→決定する→準備をする→実行する、のプロセスをどうつくるか、見当もつきませんでした。さらに日本はホスト国を務めますが、国際会議は海外の生徒も立派な構成員です。日本の会議に海外の生徒が参加するのではなく、海外の生徒たちも同じように国際会議をつくるメンバーとしての参加を求めるべきということになります。
図2 ESDの国際会議主催者に学ぶ つまり、国際会議の取り組みはこれまでの実践の集大成などではなく、これをつくり上げること自体が生徒たちのプロジェクト学習となったのです。会議をつくり上げる上で生徒たちは無数の困難と直面することになる、それをどのようなチームで、どのような大人たちに協力を求めて壁を乗り越えていくのか、ということなのです。生徒が参加する国際会議は数多くあります。その多くは、あらかじめ大人がテーマや枠組み、スケジュールを決め、あらかじめ生徒は英語によるプレゼンテーションを練習して披露し、いざディスカッションとなると凍り付いてしまう、というのが日本の平均的な高校生の姿です。語学力がすべてを決めてしまうということがいいことなのかどうなのかも議論となります。実際、いくつかの生徒による国際会議を見てきましたが、多くの会議の進行役を預かっている高校生は帰国子女で、彼らの多くは日本を外側からは見られますが、内側からは見ることができません。
図3 実際の国際会議の会場を視察する 国際会議前年の12月に初めて、実行委員の生徒たちが顔合わせをし、大人主導ではなく生徒中心の会議をつくっていくことが確認されました。福島市、ふたば未来学園高校、和歌山県、福井県、広島市などの中・高校生が顔を揃え、ぎこちない感じで自己紹介しました。しかしこの場ですら、自分たちの意見が通らないのではないか、と不満がもれ聞こえていました。今思えば、高校生主体で行うと取り決めたものの、大人の関わり方についてはほとんど議論されておらず、そのために地域によって高校生に丸投げになってしまったり、高校生を使って大人の意見を代弁することになったりと、認識のズレは歴然としており、いつの間にか実行委員長になってしまった私は、その運営の難しさを痛感することになります。

3.生徒による共同宣言を!

 国際会議のコンセプトは三つでした。一つは文化交流。異国の生徒同士が自由に交流し、友達になることが目的です。形式的な国際会議ではここまで実現することができないと考え、まさに生徒自らが企画する私たちの国際会議ならではの特徴ということができます。二つ目が実践交流。海外も含めた各地域の生徒たちが、それぞれの学校や地域でこれまで取り組んできた実践を、ブース形式で披露します。三つ目は教育のイノベーション。異国の生徒同士が議論しあい、問題解決を目的とした21世紀の教育のあり方を考えるという、とてもハードルの高い内容です。これらを各地域の高校生や先生方が役割分担し、8ヶ月で準備を進めていくことになります。
図4 国際会議の具体例を話してもらう しかしこれだけでは、国際会議の「顔」になるような、集大成となるものが足りないことにすぐに気がつきます。この会議が1回限りで終わってしまうのならまだしも、次の会議に結びつける「何か」がほしいと考え、その何かを「生徒共同宣言」にしてはどうかということになりました。「共同宣言」の類いは事務局があらかじめ準備し、当日満場の拍手で採択されるものですが、これを生徒たちでつくる、しかも海外の生徒も含めてつくってしまおう、ということになります。ハードルはどんどん高くなっていき、現在の大人たちで本当にこれを指導しきれるのか、不安だらけとなりました。
 国際会議の名前が決まりました。「生徒国際イノベーションフォーラム2017」です。

地域に根づくグローバル力 ――和歌山クラスター

1.独力で国際フォーラムを開催する公立高校!

図1 アジア高校生フォーラムの報告をする日高高校の生徒たち 2014年10月、東北復幸祭〈環WA〉in PARISが終わったあと、和歌山県立日高高校から東北スクールに対して「招待状」が舞い込みました。同高校が開催する「アジア高校生フォーラム」に参加して報告してほしいというものでした。
 日高高校は生徒のグローバル力の伸長に力を入れており、この「アジア高校生フォーラム」は同校の独力で、17もの国から50名以上もの高校生・教員を招待し、アジアの環境、防災、文化、観光についてディスカッションするというものです。海外との交渉もすべて教員がやるということを後に聞き、その実力とご苦労に敬服しました。パリの高校生と交流するだけで右往左往していた私たちにとって、驚愕以外の言葉が思い当たりません。私たちは同校に、地方創生イノベーションスクール2030への参加をお願いし、快諾をいただきました。
 2015年4月のキックオフシンポジウムにも参加し、同年7月には和歌山県内4校の先生方にはるばる福島大学までお出でいただき、イノベーションスクールの進め方について意見交換をすることができました。地域課題の捕まえ方や生徒の活動の進め方、先生の介入のしかたなどについて議論し、先生方の熱心さに脱帽する思いでした。

2.福島で「化けた」和歌山の高校生

図2 福島に来てくれた和歌山の生徒たち 同年8月に開催した「東北クラスタースクール」にも日高高校の先生と高校生に参加していただき、4日間地元の中高生と学習に取り組みました。一緒に野外炊飯でカレーを食べ、東北スクールの先輩たちからの話を聞き、地域課題について考え、プレゼンし合いました。和歌山と東北は人口減少、少子高齢化という点で共通課題を抱えていますが、彼女たちは地元東北の中高生とは着眼点が異なり「老人に優しいまちづくり」というプランを考え、1日でまとめて発表し、地元の生徒たちに大きな刺激を与えることとなります。最終日、参加していた女子高生は朝から涙を流し、ここで一緒に学べたことに感謝し、別れを惜しみました。
図3 まちづくりのコンセプト図 あまり目立つ方ではなかったという彼女は、和歌山に戻り「福島は本気だ、負けていられない!」と一念発起し、地元で高校生プロジェクトを開始し、リーダーとしての頭角を現しました。指導されていた田中一也先生はいつも、彼女は「福島に行って化けた」といいます。わずか3泊4日の学習会の参加で、彼女は大きく成長したというのです。正直なところ貧弱な学習会で、せっかく遠方からご参加いただいたのにかえって勉強させてもらって申し訳ない、と思っていたのですが、この話をお聞きし、東北スクールで得た「異質との接触によって生徒は成長する」という最大の教訓が実証された思いでした。地域内の活動を地域内で進めていても、新しい考え方は生まれません。日高高校がグローバルに力を入れているのも同じで、外側の視点から地元を見つめることで地元を外側に開いていくというビジョンによるものだと思います。その後も、彼女や彼女の後輩たちは「クラスタースクール」の度に参加して、私たちに新鮮な風をもたらしてくれました。
図4 和歌山クラスターの高校生たち さらに重要なのは、組織同士のつながりは、ここでは福島と和歌山という二つの地域ですが、人間同士の信頼関係に裏打ちされていないと進まないということです。ネットワークという言葉を皮肉って、フィンランドの教育学者エンゲストロームは「ノットワーク」と言い直しました。つまりノット(結び目)がないと物事は動かない、人間と人間の人間的なつながりによってこそ、物事は進むという意味です。度重なるお付き合いで、和歌山にどれだけ助けられたか知れません。

3.世界の現実に触れる和歌山クラスター

 和歌山の高校生たちは、人口減少・少子高齢化問題に向き合い、「ただの傍観者ではなく、世界の創造者になるべきだ!」と宣言し活動を開始します。5つの高校がクラスターを構成し、共通課題と様々な独自課題に取り組みます。
 1890年に和歌山県沖でオスマン帝国の軍艦エルトゥールル号が台風で沈没し、島民が数十名の命を救ったことがきっかけで日本とトルコは親密な関係になり、OECDの紹介もあり和歌山クラスターはドイツの他にトルコとも交流することになりました。
 しかし、2011年頃から隣国シリアが内戦状態となり、大量の難民がトルコに押し寄せて混乱をもたらし、さらに2016年にはエルドアン政権に対するクーデター未遂事件が起き、戒厳令が敷かれ、トルコ側のパートナーの活動は政府の監視下に置かれ、普通のSkypeも地下活動のように車の中でつなぐことになります。さらに「難民」という言葉を使うとテロのターゲットになる可能性があるので、「移民」と言い換えました。
 田中先生は、生徒たちとドイツの高校とも交流していますが、そこにもISから逃れた難民がいて、彼にどうしてドイツに来たのか?と尋ねると、大きな声で「自由のため!」と叫んだことが忘れられないと何度も言います。
図5 国際フォーラムで「移民」について説明するトルコの高校生 後にまた述べることになると思いますが、2017年に開催した「生徒国際イノベーションフォーラム」に困難を乗り越えて参加したトルコの高校生は、英語ができずおどおどする日本の高校生に対して「言葉なんて通じなくたっていい、勇気を持って話そうよ!」と呼びかけました。
 私たちはこのプロジェクトを通して、世界で最も困難を抱える人々とも出会うことができ、これらはプロジェクトの本当の意味に気づくことのできた貴重なエピソードです。

ふたば未来学園──未来を取り戻すための学校②

1.アクティブラーニング「未来創造探究」

 ふたば未来学園高校のカリキュラムの特徴は、「未来創造探究」に集約されています。東日本大震災と、それに伴う東京電力福島第一原子力発電所事故によって大きく傷ついた自分たちの地域を、高校のカリキュラムの中で高校生自らの手によって再生していくことを目的とした、類を見ない授業です。
図1 授業の様子 同校が編集した「未来創造探究ノート」の冒頭には次のような文が掲げられています。
 「震災と原発事故という、人類が体験したことのないような災害を経験した私たちには、これまでの価値観、社会のあり方を根本から見直し、新しい生き方、新しい社会の建設をめざし、変革を起こしていくことが求められており、それは、未来から課せられた使命ということもできる。
 私たち人間は、理想とする未来の姿を思い描きながら、いま、ここにある現実を、少しずつ、少しずつ変えることができる存在である。それは未来を創造することにほかならない。
 ふたば未来学園高等学校は、まさに、未来への挑戦である。この学校は、双葉郡の方々の「ふたばの教育の灯火を絶やすことなくともし続けたい」という強い願いと、復興を実現し、先進的な新しい教育を創造しようとする国など関係機関の熱い想い、そして何より、震災後、子どもたちの中に芽生えた、復興を成し遂げようとする強固な意志、夢を実現しようとする意欲、新しい価値観、創造性、高い志として、誕生した。……(後略)」
 まさに、「熱い想い」がそのまま伝わってくるようです。「未来創造探究」では、様々なアクティブラーニングの方法が紹介されており、また、地域の現状や全体の計画がていねいに記述されています。カリキュラム全体の構成は以下に示すとおりです。

図2 3年間の探究活動の全体像

2.廃炉に向けた議論を高校生から

 いくつかの例を具体的に紹介しましょう。
図3 クラスタースクールに参加していた頃の生徒たち 原子力防災研究班の一人の生徒は、自宅が原発から3kmの距離にあり原発事故後しばらくの間自宅に帰ることも許されませんでした。2年後に初めて目にした自宅は、雑草に覆われた変わり果てた姿でした。彼は、このような悲劇を繰り返してはならないと強い志を持って原子炉の廃炉について探究を始めます。しかし、事故から3年もたつと原発事故に対する発言は地域の分断を深めるものとされ、次第に一部の特定者の発言だけに限定されるようになっていきます。地域の人たちと話していくうちに、原発事故の被災者ですら原発問題から関心が薄らいでいく事実が鮮明になりつつありました。
 彼はJSTの「サイエンスアゴラ」などのイベントに参加し、「科学と社会の間の距離は、どちらか一方からのアプローチだけでは埋まらない」ということを実感します。そして、「非専門家である一般市民が原発事故処理の技術的に難解な問題についてどう理解を深め、意思決定に参画すべきか」というテーマで社会的探究を始めます。
 様々な活動を積み重ね、最終的には「高校生と考える廃炉座談会~日常に潜む廃炉に関連した問題、あなたはどう思っている?~」を企画し、あらゆる世代の地域の方々との対話を進めます。意見交換の中で重要と感じたのは、「知ることを相手に任せっきりにしないこと」が大切と述べています。そして、廃炉に向けて「住民が主体的に判断を下すこと」という結論を得るに至ります。

3.ArtとWorkが交差する高校

図4 FMふたばプロジェクト 次のような生徒もいます。アグリビジネス探究の生徒です。
 彼はどこにでもいる野球好きの高校生でした。2016年の夏に参加した渡米プログラムで、彼はロサンゼルスのファーマーズ・マーケットに出会いました。そこはまるでマーケットが生活の一部のようで、農家の生産者と子どもから年配の方までが楽しく交流している様子を目にして、彼はとても大きな衝撃を受けました。「これを地元でも開催したい!」そう思ったのがそもそものきっかけでした。
 日本に戻った彼は、自分で交渉して農家から畑を借り、自分たちのグループ「FMふたば」を立ち上げ、マニュアルやインターネットに頼らずに自分で土をいじりながら野菜作りの研究を進めます。実際に開催したファーマーズ・マーケットは大雨にたたられてしまいましたが、それでも参加した農家からは様々な意見をもらい、話題を集めました。自分で農業に取り組むことで、農業のイメージを「野菜を買いに行く」ではなく「農家の○○さんに会いに行く」という流れを作りたいと考えています。彼は、大学入学後も、アパート近くに畑を借り、野菜を作っています。
図5 演劇の授業の一場面 彼らはいずれも、地方創生イノベーションスクール2030に参加し、大学に進学した今もプロジェクトをサポートしてくれています。
 ふたば未来学園高校にはさまざまな分野の著名人が応援団を組織して協力してもらっています。授業では1回切りのゲストスピーカーではなく、学校や生徒の実情をすり合わせた「編集授業」をめざしています。中でも演出家の平田オリザ氏は一貫して、同校に演劇の授業を提供しています。生徒たちは原発事故の被災者や東京電力職員から様々なエピソードを聞き取り、それを読み解きながら脚本を作り、加害者であると同時に被害者でもあるなどの事実に触れさせ、原発事故の持っている複雑さを単純化せず、ありのままに表現し、観客に考えさせようとします。実際生徒たちの演じる演劇は、言葉の一つ一つがとてもリアルで、原発事故経験の有無にかかわらず心に突き刺さってくる言葉ばかりです。
 「ArtとWorkがコンセプトの学校になればいい」という夢想が、いつの間にやら本当に実現されていました。
図6 ふたば未来学園の生徒たち

ふたば未来学園──未来を取り戻すための学校①

1.福島県双葉郡に教育を取り戻す

図1 開校当時のふたば未来学園高校 2015年4月、地方創生イノベーションスクール2030と同時にスタートしたのが、同プロジェクトにも参加している福島県立ふたば未来学園高等学校でした。
 東京電力福島第一原子力発電所事故で被災した双葉郡内の高校は、県内8箇所のサテライト校に分散して授業をすることを余儀なくされ、おおよそ通常の高校生活とはかけ離れた生活を強いられていました。それでなくとも悲惨な避難生活を送っている生徒たちは、1時間も2時間もかけて登校し、別高校の体育館や空き教室などを使った臨時の教室に詰め込まれ、ビデオで授業を受けるなどの劣悪な状況となっており、一刻も速い救済が望まれていました。
 しかしながら、町や村の復興という大命題の重大さから教育の復興は脇に置かれてしまいがちで、とりあえずは通える高校があれば当面しのげると受け止められていました。実際、劣悪なのは高校のみならず、双葉郡の各小学校や中学校もいわき市をはじめ他の自治体の学校を間借りしてなんとかやっていましたが、施設の不足やカリキュラムの実施不能、いじめ問題、そして限界を超えた教員の健康状態……と、あらゆる面で問題が噴出していました。

2.OECD東北スクールとふたば未来学園高校

 双葉郡8町村の教育長たちは協働して、この状況を改善し、今の子どもたちがふるさとを復興する人材となるように育てるための教育復興に向けた「双葉郡教育復興ビジョン」をとりまとめる作業を始めました。地域の復興の鍵は教育にあるという信念を持って、既存の高校に代わって新設校を郡内に建造することを一つのゴールに位置づけました。避難先などに、散り散りになっている高校生や中学生、小学生を集め、どんな高校にすればいいのか子どもたち自身が考えるという前代未聞の「双葉郡子供未来会議」が3回開催され、とりまとめられたアイディアは高校生から教育長に手渡されました。
図2 双葉子供未来会議の様子 高校新設の一連の作業を進めるために奔走したのは、文部科学省生涯学習政策局の南郷市兵氏でした。南郷氏は東日本大震災発災直後から、教育に関わる被災状況を東北中から集め、単なる復旧に留まらない「創造的復興教育」を提唱し、被災地と文科省を毎日のように往復していました。「OECD東北スクール」も「創造的復興教育」の一つとして、南郷氏が文科省側の窓口となっていました。2012年から2014年にかけて「OECD東北スクール」と「ふたば未来学園高等学校」の準備作業は同時並行して進められ、その内容も含めて、両者は震災後に同時に育まれた「双子」だったのです。
図3 子どもたちが考えた新しい学校の概念 「双葉郡教育復興ビジョン」の作業はスピードが求められていました。それは一つに、現在の子どもたちを一日も早く安心できる学校で教育しなければならないこと、もう一つは、被災地の状況は常に変化しており、ビジョンを実行するチャンスを逸してしまう恐れがあったことです。高校を新設する方針が固まった後でも「以前の高校の復活希望」「高校の立地場所の不公平感」「そもそも原発被災地に高校を新設する是非」など、きわめて困難な課題は途切れることはありませんでした。しかしこれらの重い課題を乗り越えたのは、他でもない8町村の教育長たちの「子どもたちに未来を取り戻させる」情熱以外の何ものでもありませんでした。

3.ふたば未来学園高校のスタート

図4 応援団の授業(箭内道彦氏) 2015年4月にスタートした福島県立ふたば未来学園高等学校は、世界の誰もが経験したことのない悲劇を乗り越え、地域を再生させるために新設された、文字通り未来を託された高校でした。2019年には中学校も併設される中高一貫校で、校舎は地元の公立中学校を借り受けました。校長には丹野純一氏が就任し、建学の精神を「変革者たれ」とし「未来創造型教育」をカリキュラムの理念としました。副校長には南郷市兵氏が就任し、OECD東北スクールで学んだ探究型のカリキュラムやルーブリックを導入し、方々から集まってきた先生方を一つにまとめようと心血を注ぎました。教務主任には、OECD東北スクールの主要メンバーだった對馬俊晴氏が着任し、探究型授業を模索しました。
図5 2019年4月に開校した新校舎 小泉進次郎氏や秋元康氏、箭内道彦氏、平田オリザ氏ら各界から20名ほどが集まり応援団も結成されました。私はふたば未来学園高校の開校にはタッチしていませんが、それでも南郷氏とは新しくできる高校のイメージを何度話したことがあり、「ArtとWorkがコンセプトの学校になればいい」などと無責任に夢を描きましたが、この応援団は、その夢を現実にする力を持っていました。
 ふたば未来学園は地域に開かれたカリキュラムを標榜し、被災地の抱える課題を学校として、生徒として受け止め、現実と格闘する、世界中のどこにもない唯一無二の学校です。2019年4月には待望の新校舎が完成し、中学生も入学してきました。同校は、地方創生イノベーションスクール2030のシンボルの一つでもありました。

地域課題に挑む生徒たち②

1.地方創生イノベーションスクール2030で育てたい力

 地方創生イノベーションスクール2030では、OECD東北スクールと同様に、参加した教師や研究者、企業でルーブリックを作りました。プロジェクトの独自性だけでなく、学校教育との親和性を考慮した結果、評価指標が「知識」「スキル」「価値観」の3つの領域、18項目にもなってしまい、これでは多すぎて評価に手間取ると思われましたが、絞り込む時間もなく、結局現在も含めてそのまま使っています。

図1 福島クラスタールーブリック(クリックでPDFが開きます)

図2 テーマトークゲーム 毎年夏、冬、春に実施する「クラスタースクール」では、20分ほどの時間を取って、このルーブリックにもとづいて説明しながら自己評価させます。項目が多いばかりか、用語も難しく、これでは肝心の生徒たちがわからないのではないかと考え、解説書も作りました。しかし実際のところこのようなものを読んでくれることもないので、いっそカードゲームにしたらどうかと考え、後にテーマトークゲームのカードにしたところ、生徒たちはもちろん、先生方もテーマトークに没頭します。面白い事件でした。

2.自分たちの足で歩み出す中学生たち

図3 農家への訪問 さて、夏のクラスタースクールで十分な結果を出せなかった福島市チームは、地域をよくしようとしても肝心の地域を何も知らないということに気づき、残りの夏休み期間中、地元の梨農家を訪問して農家の問題をインタビューしたり、市役所の観光担当の方から福島市の観光客の実態を教えていただいたりしました。原発事故の風評被害で観光客の足は遠のいていた上に、「福島市は魅力がない、外からの人を案内するところがない」という同級生たちの声が彼らを突き動かしました。内閣府の地域経済分析システムRESASを用いて、福島市の農産物の出荷状況や人口の変化、他地域との比較などを行いました。
図4 RESASを使った地域分析 福島市チームは、農業と観光を結びつけた観光プランを作ったらどうかということになり、いっそこれを内閣府の主催する「地方創生☆政策アイディアコンテスト2015」に応募することになりました。チームの生徒たちは学校のパソコン室に集まり、RESASを使ってさらに分析を進め、それを企画案としてプレゼンテーションにまとめていきます。
図5 地方創生担当大臣賞を受賞した生徒たち 実はこの福島市チームを率いていたのは、OECD東北スクールの伊達市チームを指導した教員で、東北スクールのノウハウが随所に活かされていました。最も重視したのは、地元の中学生たちのそのままの思いだけでなく、その思いを客観的に、かつ実践的に組み立て直すかということでした。
 まとめられた福島市チームのアイディア「中学生の視点から地域の魅力を再発見し、観光プランを作る」は書類審査を通り、年末に東京大学・福武ホールで開催する最終審査のプレゼンテーションを行うことになりました。するとこのアイディアが、高校生以下の部で最高賞を獲得したではありませんか。
図6 知事への報告 「福島市に笑顔を取り戻す」と言ってはみたものの、その先に進めなかった福島市チームが、「たんにデータの分析に留まらず、自分たちの足で地域を歩き、データにない情報を集めた点が評価された」として、地方創生担当大臣賞を受賞したのです。この「事件」は、中学生たちでもやればできるという自信を獲得したばかりではなく、福島県知事が年末の会見でこの中学生の活躍を冒頭で述べたり、旅行会社が連携を求めてきたりするなど彼らを取り囲む環境も大きく変えることにつながっていきます。

3.「自分たちの力で」

図7 観光ツアーで案内する中学生たち 年末に近づいても、彼らの歩みは止まりませんでした。彼らが歩いて面白いと感じた福島市近郊の温泉地のツアーを、実際に大人や学生たちと実施します。温泉内の名所や自分たちが発見した観光スポットを中学生が説明します。参加した大学生や大人は、中学生が考えることだからと思って参加したが、本当に興味深いツアーとなった、新しい発見があった、と感想を述べていました。
 そして翌年の夏には、旅行会社を通して1泊2日の「地元の中学生が企画・案内するバスツアー 夏の福島体験プログラム」として販売されました。ツアーには17人の一般の方々が参加し、お客様から好評を得ることとなりました。
図8 生徒の企画する「夏の福島体験プログラム」 24人のチームメンバーは「映像班」「PR班」「観光案内班」の三つのグループに分かれて活動し、市のマスコットキャラクターの使用権を得るために市と交渉したり、何度も観光地を訪問して予行演習を行ったりしました。新聞社の取材を受けたり、地元のラジオ番組にも出演したりしました。本番のツアー中ゲリラ豪雨にも遭遇し、一部取りやめざるを得ない部分もありましたが、生徒たちがへこたれることはありませんでした。中学生であっても、わずか17人であっても、努力してアイディアを実現しようとがんばれば、本当にできる、という何事にも替えられない「成功体験」となったのです。