Webマガジンまなびと:「学び!とPBL」Vol.77

Webマガジン:「学び!とPBL」Vol.77 “PBLで得た力①――リーダー像の転換”を追加しました。

PBLで得た力①――リーダー像の転換

 今回から数回に分けて、実際のPBLで身につけた力は何だったのかを、リアルタイムの生徒ではなく、数年後大人として現在活躍している人たちへのインタビューを通して、考えていきたいと思います。
 今回の本多美久さんは、今年福島大学を卒業し福島市役所で働く社会人です。中学2年から9年間、福島市や国際的なプロジェクトで活躍してくれました。

1.9年間のプロジェクトの遍歴

図1 プロジェクトの遍歴三浦:本多さんとのつきあいはOECD東北スクールの翌年からということになりますが、これまでどんなプロジェクトに関わってきましたか。
本多:中学2年生のときに「地方創生イノベーションスクール2030」(本連載 Vol.15〜30 参照)のプロジェクトに参加し、福島市チームとしての取り組みを始めました。自分たちで作った福島市の観光プランを内閣府の「地方創生☆政策アイディアコンテスト」に応募したところ、高校生以下の部で大臣賞を取り、これがその後の大きな励みになりました(本連載 Vol.17 参照)。そのまま「生徒国際イノベーションフォーラム2017」に参加(本連載 Vol.28〜30 参照)し、高校生になったときに「福島市を創る高校生ネットワーク(FCN)」(本連載 Vol.38〜44 参照)を作り、高校生フェスティバルを毎年開催し、台湾とも交流を続けました(本連載 Vol.31〜38 参照)。大学生になってからは、高校生プロジェクトのサポートを続けてきました。OECDのプロジェクトにもずっと関わってきました。
図2 生徒国際イノベーションフォーラム2017
三浦:たくさんのプロジェクトに関わってきましたが、自分の中で一貫したものはあったのですか。
本多:中学生の頃は先生に言われるがまま、という感じでした。台湾との交流の始まりのタイミングはちょうど高校受験と重なったために休止しており、エンジンがかかったのは後からのことです。「福島市高校生フェスティバル」のときに、本当に自分たちの考えで、自分たちの力でやれるんだと、その後につながる一貫した軸ができたような気がします。
図3 福島市高校生フェスティバル
三浦:あのときは、大人がやってもらいたいことと、生徒がやりたいことがぴったり重なったと思いました。
本多:高校の部活動は競争の世界で、強いところしかステージに立つことができません。高校生の本音は、勝つことだけでなく、自分たちのキラキラしているところをみんなに見てもらいたいんです。この高校生フェスティバルなら点数はないし、自分たちで決めて、やりたいことをやりたいようにできるので、多くの友達に喜んでもらうことができました。高校の生徒会を福島市サイズに拡張したようなものでした。
図4 高校生フェスティバルの準備
三浦:それらは今の自分にどのようにプラスになっているのですか。
本多:大学では防災サークルを作って活動していました。目的を決めて、何をやるか考えて、これをやるにはこんな人が必要、じゃあ誰がその人に声をかけるか、といった段取りは高校生フェスティバルの経験が生きていると思います。自分の力はたいしたことはないので、人の力を借りる、引き出すことが得意なのかな、と思います。
三浦:名前に出てこなかった「きょうそうさんかくたんけんねっと」(KSTN)はどうだったのですか。OECDと連携した国際プロジェクトだったと思いますが。
本多:KSTNのキックオフとなった「あれから。これから、」のイベントを大学1年生のときに手がけました。ここでも高校生フェスティバルの経験が生きましたが、コロナ禍でほとんどの作業をオンラインで回さざるを得ませんでした。オンラインは元々慣れていたのですが、運営は難しかったです。
図5 大学生とプロジェクトの総括
三浦:具体的にどの辺りに難しさを感じましたか。
本多:関わってきたどのプロジェクトも、「大人と子どもの協働」が根幹になるくらい重要だったと思いますが、実際は子どもと大人がバラバラになってしまいます。両者間で話が通じないことが多く、次第に参加者が少なくなってしまいました。国際プロジェクトとしてのOECDの提案が日本の大人には受け入れにくいところもあったと思います。
三浦:日本の学校や行政の文化からすれば、OECDの提案は無茶振りに受け止められることはよくありますね、一皮剥けるチャンスでもあるのですが。自分が身についた力についてもう少し話してもらえますか。
本多:一番大きなものはリーダーシップだと思います。それまでリーダーというのは、人の話を上手にまとめて、正解を知っていて、全体を仕切ることができる人、というイメージでした。だから「高校生ネットワーク」でリーダーを引き受けたとき、自分よりリーダーシップのある人はたくさんいるのに、と思いました。
図6 台湾の高校で福島のブース出展
 実際にリーダーをやってみて、周りには自分の意見を言い出せない人がたくさんいることに気がつきました。1対1だと話せるのに、みんなの前だとダメという人がいます。自分の役割はそうした声を拾うことだと思いました。些細な声を大切にし、整理しないで曖昧なまま伝えることが大切だと気づきました。あと何分以内に意見をまとめて、という状況では意見は出にくいです。心にゆとりがないといいアイディアは生まれてきません。FCNのロゴをみんなで考えていたとき、三浦先生が「何も考えないで手を動かしているといいアイディアが生まれてくることもある」と言っていたことに通じると思います。
三浦:特に大学生になると、大人と子どもの中間の立場で、大人と子どものそれぞれのコミュニティをつなぐ重要な役割があります。大学生はOECD東北スクール以来、その辺りを重要な使命としてこなしてくれました。世代には世代の役割があるのですね。リーダーは部活動のランニングを例にすると、前から構成員を引っ張る役割と、後ろから全体を把握する役割があると思います。本多さんは後者のリーダー像に近いと思います。私は、リーダーの最も重要な役割は、構成員の一人ひとりをよく理解することで、それを踏まえて何をするのか、できるのかを判断することだと思います。リーダーシップは、構成員つまりフォロアーとの関係なしに成り立ちません。

Webマガジンまなびと:「学び!とESD」Vol.56

Webマガジン:「学び!とESD」Vol.56 “ESDと気候変動教育(その18) 包括的な気候変動教育へ”を追加しました。

ESDと気候変動教育(その18) 包括的な気候変動教育へ

 昨年11月に採択された「ユネスコ教育勧告」(「学び!とESD」Vol.50 & Vol.51参照)には、気候変動教育は「気候危機の影響を理解し、対処し、気候正義を促進し、学習者が変革の主体として行動するために必要な知識、スキル、価値観、態度を身につけるために、カリキュラムに組み込まれ、教科の枠を超えて行われる。」と明記されています。前回は、この気候変動教育の方法を示した『カリキュラムのグリーン化ガイド』(*1)の概要を紹介しました。今回も引き続き、このガイドで説明されている気候変動教育を進めていくためのポイントについて解説します。

気候変動教育の包括的なアプローチの全体像

 182ページにわたるガイドですが、ポイントは以下の図に端的に示されています。まず注目すべきは、「環境的領域」のみならず「社会的領域」と「経済的領域」の必要性も強調されている点です。日本では、この3つの領域がバランスよくカリキュラムに取り込まれているでしょうか。環境省がまとめた「学びの地図」(*2)を見ると、「生命・自然」「経済・産業」と比較して「社会・文化」の学習内容や実践が少ないことがわかります。
 『カリキュラムのグリーン化ガイド』の「社会領域」を見てみると、その重要概念として「気候倫理」と「レジリエンス構築」が挙げられています。特に「気候倫理」は日本ではあまりなじみのない学習項目ではないでしょうか。
 「気候倫理」とは、気候危機の根底にある社会的、政治的、経済的原因について学び、社会的に弱い立場にある人々は特に気候危機によるリスクが高いという状況をつくり出している構造的な抑圧や差別をどう変えていくか、という課題に取り組むことです。国内を見ても、気候危機による農作物の不作や不漁で第一次産業が打撃を受け、それに伴う物価高騰は特に貧困層の人々へ大きな影響を与えています。このような気候危機における不平等は世界規模で起きていますが、この問題について教える機会はあまり持たれていないのが現状でしょう。

図1 気候変動教育の包括的なアプローチ
出典:UNESCO (2024) Greening curriculum guidance: Teaching and learning for climate action. p.43. 訳:筆者.

社会情動的な学びの必要性

 図の中でも認知的、社会情動的、行動的という3つの学習効果が横断的に書かれていますが、特に「気候倫理」といった課題を扱う場合は、社会情動的な学び(SEL)がカギになります。上述のような気候変動における不平等について、知らなければ改善に向かうことはなく、知識は不可欠です。しかし行動変容につなげるには、様々な立場の人々(さらには他の生物や自然など)(*3)への想像力も求められます。ある研究者は、「人や自然の搾取により建てられた『近代化の家』で守られている特権階級の人々は、家の外にいる周辺化されている人々よりも気候変動を実感しにくく、影響も受けにくい」と例えて説明しています(*4)。『近代化で建てられた家』の外の出来事も自分事として共感するために、社会情動的な学びを促す教育活動が大きな意味を持ちます。これまで紹介してきたSEL実践(「学び!とESD」Vol.04Vol.42Vol.43Vol.44Vol.45)もぜひ参考にしてみてください。

現在の実践を、未来志向に

 「社会的領域」や社会情動的な学びの重要性はわかっても、新たな学習内容を追加する余裕はない、というのが本音かもしれません。確かに簡単なことではありませんが、このガイドの一番初めに記載されている「まとめ」には、このように書かれています。

このガイドは、今実施されている実践を見直し、より活動重視で、包括的で、科学的に正しく、社会的正義を原動力とした、生涯を通した継続的なものにしていくことを目的としている。

 まったく新しいことを始めるのではなく、現在の実践の中で「気候倫理」や「レジリエンス構築」について考えてみる、詩や絵といった感性を大切にした活動を取り入れてみるなど、少しの工夫からカリキュラムのグリーン化は始まります。それにより、「気候変動の原因と必要なアクション」といった教訓的な気候変動教育から、より深みのある内発的な学びに発展させることができるのではないでしょうか。

*1:『カリキュラムのグリーン化ガイド』(英文)
UNESCO. (2024). Greening curriculum guidance: Teaching and learning for climate action.
https://www.unesco.org/en/articles/greening-curriculum-guidance-teaching-and-learning-climate-action
*2:環境省「学びの地図」 環境教育の実践例を、発達段階や単元ごとに紹介しています。
http://eco.env.go.jp/lib/env/cn_education/manabi_no_chizu.html
*3:人間と人間ならざるもの(ノンヒューマン)たちとの関係性は、ESDにおいて近年新たな課題として注目されています。「学び!とESD」Vol.49Vol.52Vol.53をご参照ください。
*4:Stein, S., Andreotti, V., Suša, R., Ahenakew, C. & Čajková, T. (2024). From “education for sustainable development” to “education for the end of the world as we know it” in H. Pedersen, S. Windsor, B. Knutsson, D. Sanders, A. Wals, & O. Frank (Eds.), Education for sustainable development in the ‘capitalocene’ Routledge.

Webマガジンまなびと:「学び!と美術」Vol.144

Webマガジン:「学び!と美術」Vol.144 “【studio COOCA】「自分を生かす、社会で生きる」を考えられる居場所 ~突撃! 図工な企業(第2回)~” を追加しました。

【studio COOCA】「自分を生かす、社会で生きる」を考えられる居場所 ~突撃! 図工な企業(第2回)~

図工力(※1)を発揮して活動している(と編集部が感じた)企業などを訪問し、働く方々のお話を聞きながら、図画工作や美術を学ぶ意義を捉え直すシリーズの第2回目。

今回の「図工な企業」は、株式会社愉快(ゆかい)。生活介護・就労継続支援(B型)施設、studio COOCA(スタジオ クーカ)を運営している企業です。「どうやって食うか?」を旗印に、創作活動を前面に出し、ギャラリーでの積極的な発表・販売や企業とのライセンス契約を行ったりしながら就労支援を提供しつつ、さまざまな障がいを抱える方々が「自分を生かすこと、社会で生きること」を考える場所となっています。施設長の関根祥平さんに、studio COOCAの活動と株式会社愉快が目指すものについて聞きました。

◎お話を聞いた図工な人々

  • 関根 祥平さん(株式会社愉快 代表取締役、studio COOCA 施設長)

課題は「新しい可能性」と捉える

関根:studio COOCAのいちばんの特徴は、ここで何をするのか先に決めず、まず利用者の方と面談をして、その方が何をしたいかというところから始めることです。利用する曜日は決まっていますが、本人のペースで活動を始めて、本人のペースで終わっていい。

――「何をするか」を決めていくときに、関根さんが意識していることはありますか?

関根:とことんポジティブにその人を見て、捉え直すことです。

うちに、段ボールの封をしている透明なテープをはがして、ひたすら三角形に折る方がいるんです。彼は、誰かが注意されていると自分事として捉えてしまったり、大きな声に反応してパニックになってしまったりして、その集団にいられなくなってしまうことが度々あったようで。以前から保護者の方がアートに可能性を感じていらして、居場所を探して最近うちに来たんです。

で、三角形がそこら中に生まれるんですね。「これ、どうする?」ってなりますよね。ぼくは、そういうのになんか燃えちゃう(笑)。できれば、そのまま、彼のこだわりのいちばん強いところを生かしたくて、つくった三角形をひたすら段ボール板に貼ってもらうことをぼくから提案しました。

三角形の段ボールを並べて作品にする試み。まだ模索中。

――その提案に対して、彼は?

関根:「うん、やる」って、意外とすんなりOKしてくれたんですよね。「え、やってくれるんだ!?」みたいな(笑)。

苦手なことを無理やりやらされるのではなく、好きなことをやって、それを受け入れられている状況では、わりとスムーズに対話できるような気がしています。頭ごなしに「それはだめ」っていうことに対するリアクションが問題行動として現れてきちゃうのかなって。

強いこだわりや問題行動に対して、その施設での共同的な営みを保つことが難しいと判断されると、その行為を禁止したり施設の利用を制限したりする方向になるケースが多いのではないかと思います。

ぼくたちは、こだわりの行為を通して出てきたものに注目して、アウトプットする中で、そこに収益性を見出すことができるということを示し続けていくことで、その人の居場所を守る。あくまで福祉施設っていう機能を最大限に生かすというか。

鉛筆を最後まで使い切らないと気が済まないとか、芯を尖らせるために削りまくっちゃうとか。こだわりっていうのは、個を表現する創作活動においては絶対に必要な要素なんです。

常に新しい課題は新しい可能性を示唆してくれるものって捉えています。積極的にはみ出す人に出会えたら「きたー! これだー!」ってなる(笑)。絶対、うちに必要な人であり、社会を変えていくヒントをくれる人だって思う。

小さくなった色鉛筆で表すことにこだわり、創作活動する方の鉛筆入れ。
(作品はこちらからご覧いただけます⇒ https://www.studio-cooca.com/reonahirai

ここが図工力!

☞ はみ出した「こだわり」を捉え直す。

作品を価値付け、その人の居場所をつくる

――障がいを抱えた方々が食べていくことと創作活動を結び付けたのは、どのような経緯からでしょうか。

関根:段ボールなどをずっとちぎっている人がいて、それは具体的な生産活動ではないけど、単純にその人の行為自体がすごくかっこいいって思って、そこに可能性を感じたっていうのが始まりです。

それは30年以上前にぼくの父が考えていたことですが、当時の就労支援はボールペンや箱を組み立てたりするというのがメインで、選択肢があまりなかった。そこで父はstudio COOCAの前身となる「工房絵(こうぼうかい)」を開き、そこにデザイン室を置きました。studio COOCAはデザイン室のメンバーが中心になり立ち上げたので、ある種アート、デザインに特化した形で始まりました。

――その当時、利用者や保護者の方の反応は?

関根:全く理解は得られていなかったそうです。保護者の方も、できれば子どもには企業に就職してほしいと思っている方がほとんどで。「そもそもアートって何?」っていう雰囲気の中で立場を勝ち取っていくために、都内で展示をするなど、積極的に発表を続けてきました。

ただ作品って、それで生計を立てていくほどには、簡単に売れないんです。日本ではそもそもアートを買って部屋に飾る、あるいはコレクションするという文化は根付いていないと思うし、どこまでいっても好き嫌いの世界なので。社会に訴えかける上で展示は有効だけど、それが生産活動、持続的に売れることにつながるっていうのは、なかなかなくて。結局、海外から来た人が買ってくみたいな。それでもまず「自分たちがつくった作品が売れるんだ」ということから本人と周囲の意識を変えていかなければ活動が認められなかった30年前の状況があります。

そういう当時の状況を越えて、この活動をさらに広げていくためにオリジナルグッズの販売を福祉施設のバザーの範囲だけでなく、雑貨屋や有名デパートへの卸なども含めて、studio COOCA開設当初(15年前)から行ってきました。あとは企業の商品デザインに使ってもらって、デザイン使用料を工賃に還元していくといった取り組みを続けています。

studio COOCA内のギャラリー兼ショップ

福祉の中でも「福祉×アート」っていうジャンルができつつある気がしていて、グッズをどう販売していくかなどの道筋は何となく見えてきてはいます。ただ、福祉があんまりアート化して、プロダクト化していくのは、それはそれで危惧しているところです。一つのルートができちゃうと、そこに従事できない人の受け皿はどうなるんだろうって。「福祉とは何か?」という視点に立って考えないといけないと思います。

――創作活動が収益に結び付くことを、作者ご本人はうれしいと受け止められていますか。

関根:人それぞれです。つくったあとに作品がどうなるか興味ない人もいれば、お金が入ったときに「欲しいものが買える!」といって初めて喜ぶ人もいる。

どちらかというと、本人のためには、周囲(社会)の偏見をまず取り払っていかなきゃいけなくて、そっちにアプローチしているんです。いちばんそばで支えてくれている人たちの眼差しを変えていくというか。「この人、すごいじゃん!」って思ってもらえたらなって。

――他者が価値を認めて、初めて我が子の作品や行為を認められる?

関根:全員がそういうわけではないですが、やっぱりうれしいと思うはずです。銀座などで展示して海外の人とか作品を買ってくれて、保護者の方も「あー、捨てるようなものじゃなかったんだ」って思えるようになる。「この作品、すごいですよ」って言ってくれる人が必要です。

言葉で素晴らしいって言われることも大事で、その先には、やっぱり作品を買ってくれるとか、商品デザインに採用されるとか、言葉以上に認められている感があるというか、社会にその人が存在しているっていうのを視覚的にも認識できるのがすごく大きいんじゃないかと思っています。

だから「絵を入れる額からつくる」など見せ方にこだわり、「素晴らしい!」って思ってもらえる状況をつくって、創作物に価値を見出し、価値を付けていくという活動でもあります。

作品をよりよく見せるために、スタッフが工夫して展示に向けて準備している。
(作品はこちらからご覧いただけます⇒ https://www.studio-cooca.com/kentarooomi

ここが図工力!

☞ 「こだわり」から生まれた価値が他者に認められて、その人の思いが生きてくる。そのための工夫は惜しまない。

ただ、創作物を「売ること」だけに寄ってしまうと冷たい世界になっちゃう。そういう意味では施設での活動は絵画表現だけじゃないという視点をもつというのも大切だと思っています。一方向に寄ると、結局、そこに寄れない人を排除してしまうことになるのではないか。うちでは音楽やヨガをやったり、晴れた日に畑に足を運んだり、手をとめて休む時間もあるし、物思いに耽る、創作に向き合う時間もある。そういう幅が必要だと思っています。

「立ち止まって、考えて、自分で選ぶ」という豊かな時間

関根:何かしらの生産活動を通して収入を得て食うことにつなげるのは重要だと思っていますが、ぼくがいちばん大切だと思っているのは「考える」ということです。

「どうやって食うか」って考えられるっていうのは、ものすごく豊かなこと。

studio COOCAの名前の由来は、「どうやって食うか」からきています。現代社会の生活の中で「どうやって食うか」って立ち止まって考えることは難しい。仕事を休むなり、あるいは進路を変えるなりでもしないと、日々の忙しさの中で忘れてしまう。家賃や生活費を稼ぎだすのでほとんど精一杯。

障がいを抱えて育つ人の多くは、特別支援学校などを出てすぐに社会に出なきゃいけないんです。大学進学や専門学校、生活訓練施設という選択肢もあるけど、場所も限られているし、金銭面の条件とかいろいろ出てきて、大半の人が18歳で社会に出ざるを得ない。そこで不適応を起こして、うつ病とか適応障がいと判断されたり、引きこもってしまったりすることもある。

ぼくは大学時代に自分の生きる道とか全然分かってなくて、ある種のモラトリアム期間というか、社会に出る前にいろんなアルバイトをしながら、経験を通して考える時間があった。モラトリアム期が用意されていない人に、うちは福祉施設として、そういう機能をもたせることができるんじゃないかと思っています。

――ちょっと立ち止まるっていう時間って、全ての人の人生にあったら有意義ですね。

関根:そうだと思います。

どうやって食うかっていうのを、ここで立ち止まって考える。ここでの経験を通して、自分で選んでいく。ここは通過点でもいいし、生涯の居場所になってもいい。

大げさな話、20年のモラトリアム期があってもいいと思うんです。成長するスピードはみんな違う。スローペースな人だっていると思う。じっくり、その人のペースで人生を探っていくっていうのもありなんじゃないでしょうか。だから、そういう人たちのために「どうやって食うか」を考える場所として存在している。そこを大切にしたい。

ここが図工力!

☞ 実体験を通して、自分で考える、自分で選ぶ。そのための場所と時間を保障することが大切。

多様性は、自分自身を受け入れることから始まる

――最後に、関根さんにとって「多様性を認め合う」とはどういうことかお聞かせください。

関根:それは他人に求めることじゃなくて、自分の中にいろんな自分がいることをまず認めることかなって思います。

例えば、ぼくは「大人である」「男性である」「施設の管理者である」とかそういう外枠の肩書があって、でも実は頑張れる日と頑張れない日があって、苦手なこと得意なこと、好きなこと嫌いなこともある。まずは自分の中にあるいろいろな要素を受け入れないと、人を受け入れるのは無理。

ぼくも含め、自分自身を知るのはそんな簡単なことではないと思います。客観的に俯瞰的に自分を見つめるって難しいですよね。鏡を見ているときだって、かっこつけてますよ、絶対。不意に撮られた自分の写真を見ると、「え、こんな顔だったっけ?」ってなるし(笑)。性格とかもそう。自分ができないことを認めるのってけっこうしんどいけど、それをまずは気づいて、受け入れようって思うことが大切。

――苦手なことを受け入れるのは難しいことですよね。

関根:順番としては、苦手を受け入れる前に「自分のここは誰にも負けない」とか「自分はこれが好きだ」とか、自分の得意な部分を受け入れること(気づくこと)が先かもしれない。

大好きなマカロンを紙粘土でつくったり、すごろくをつくったり。

段ボールや紙の端材で動物園をつくったり、電車のスタンプをつくって訪問者が塗り絵を楽しめるようにしたり。

自分の好きなことを思う存分やっていい時間が1週間のうちに1時間でもあれば、そしてそのことを受け入れてくれる人が自分の周りに一人でもいてくれれば、人生がだいぶ楽になると思います。

もちろんその人が置かれている状況でやむを得ないことは多々ありますが、「自分の好き」やこだわりが問題行動と捉えられて制限されるのか、個性と捉えて「まずはとことんやってみよう」って言ってもらえるのかで、全然違うと思う。それが受け入れられたら、苦手なこととかはどっちでもよくなるのかもしれない。

だから、大切なのは環境ですよ。家になければ学校、学校になければ他の第三の場所とか、そういう関わりの支援や理解が社会に必要だと思います。

取材後記

studio COOCAに入った途端、利用者の方々が楽しげに迎え入れ、作品のことを聞くとうれしそうに語ってくださいました。関根さんのお話を聞いて、自分の好きを生かし生かされる環境は人を豊かにすることを学ぶと同時に、自分自身との向き合い方について考えさせられる取材でした。

※1:本シリーズでの図工力とは、図画工作や美術など造形活動を通して培われる「自ら考える力 決める力 やり抜く力」「多様な他者と協働する力」「よりよい未来を創造する力」です。図工力は「もの」をつくるときだけに発揮されるのではなく、社会の潤滑油となって楽しさや希望をつくりだせる原動力になるものだと信じています。そんな図工力を備えた人がいて、図工マインドが垣間見える活動をしている企業(組織)をここでは「図工な企業」と呼びます。

関根 祥平(せきね・しょうへい)

1987年神奈川県藤沢市で出生。愛知県立芸術大学 美術学科彫刻専攻修了。在学時に中・高教員免許取得。卒業後、神奈川県内の養護学校(現・特別支援学校)で非常勤講師、臨時任用教諭として勤務。アーティストとして海外進出を目指しジュエリーの専門学校に通い講師の資格を取得。語学留学で渡米。車で各地を放浪しARTの世界共通性を体感する。現在、株式会社 愉快 代表取締役 兼studio COOCA施設長。