学び!と共生社会

学び!と共生社会

海外におけるインクルーシブ教育の動向―EU諸国―
2021.11.25
学び!と共生社会 <Vol.22>
海外におけるインクルーシブ教育の動向―EU諸国―
大内 進(おおうち・すすむ)

 前回、SDGsの動きとインクルーシブ教育の関係について記しました。この二つに共通するのは、どちらも唯一の正しい方法があるわけではなく、明確なゴールを目指したそのプロセスこそが重要な意味を持っているということです。
 これまで本連載では、共生社会の実現を目指したインクルーシブ教育の取組について国内の話題を中心に取り上げてきました。共生社会の実現を目指したインクルーシブ教育のプロセスを追究するためには、国外の取り組み状況を知ることも大いに参考になるのではないでしょうか。そこで海外の状況についても紹介していくことにしました。
 今回はEU圏の状況を探ってみます。EU諸国のインクルーシブ教育への取り組みについては、European Agencyという組織がデータを収集・分析してその結果を公表しています。直近では2020年にこれまでの調査をまとめた報告が示されています。

European Agencyとインクルーシブ教育に関する欧州機関統計(EASIE)

 European Agencyは、EU加盟国の教育省が連携協力するためのプラットフォームとして機能している独立組織です。この機関の使命は、加盟国がインクルーシブ教育の政策とその取り組みを改善していくことを手助けするところにあります。その業務は、教育における公平性、機会均等、権利をすべての児童生徒に実現するという国連の障害者権利条約第24条やEUの政策イニシアチブに沿っています。
 European Agencyでは、インクルーシブ教育に関する統計(EASIE;European Agency Statistics on Inclusive Education)をとりまとめています。EASIEは、加盟国におけるインクルーシブ教育へのアクセスに関連するデータを収集、集計し、それらを比較検討したもので、各国の取組状況が把握できます。現在31の機関加盟国がEASIEに参加しています。

これまでのEASIEの統計調査から得られた知見

 2020年の報告(*1)によると、これまでの統計調査から次のような状況が明らかにされています。

  • データは、インクルーシブ教育がすべての加盟国の政策ビジョンになっていて、SEN(特別な教育的ニーズ)を公的に認定しインクルーシブ教育の機会を提供していることを示している。
  • SENの認定基準や児童生徒の割合は加盟国によって異なっている。障害者権利条約で定義されている障害のある児童生徒だけでなく、他の教育ニーズを持つ児童生徒を含めている国もある。
  • すべての対象児童生徒が、100%通常の学級に在籍する完全なインクルーシブシステムを取っている国はない。すべての国で、学校、学級、ユニットなどのさまざまな形態が取り入れられている。
  • 通常の学級外(日本の特別支援学校、特別支援学級、通級による指導など)に在籍する児童生徒の割合は、国ごとに異なっている。
  • すべての国で、SENが認定されている男子の数は女子の約2倍になっている。
  • 初等教育と中等教育での割合は国によって異なっている。各国がさまざまな方法で対応していることを示している。
  • さまざまな理由や状況で学校を休んでいる(正式に在籍しているが登校していない、またはどこにも在籍していない)児童生徒の実態は、すべての国で明らかになっていない。
  • データは、SENに認定された児童生徒の割合が全体的に変化していないことを示している。ただし、一部の国では、その割合が明確に増加している。
  • データは、完全な分離教育環境(特別支援学校、特別支援学級)で学ぶ児童生徒の割合がわずかであるが減少していることを示している。

2018クロスカントリーレポートの主な結果

 グラフは、2018年の調査結果(*2)を基に筆者が作成したものです。各国における初等教育と中等教育の義務教育段階でSENが公的に認定された児童生徒の割合について、インクルーシブ教育を受けている児童生徒とインクルーシブ教育を受けていない児童生徒について分けて示しています。SENが公的に認定された児童生徒の割合は、平均4.75%(31か国)でした。そのうち、インクルーシブ教育を受けていない者の割合は、23か国の平均で1.55%でした。
 このグラフから、EU圏では、国によって支援を必要とする児童生徒の割合が大きく異なっており、それぞれの国情に応じて対応していることがわかります。また、いくつかの国を除いて多くの国では特別支援学校など特別な場に分離されて学んでいる児童生徒数の割合が低くなっており、インクルーシブ教育の理念が浸透していることに気づかされるのではないでしょうか。

図1 EU各国における義務教育段階でSENが認定されている児童生徒でインクルーシブ教育を受けている者と受けていない者の割合