失敗の連続

 「失敗ばかりしています」という話をすると、決まって「ご謙遜でしょう」と言われます。いや、事実そうなのです。学生達には申し訳ないのですが、今でも授業がうまくいくのは年に二、三回です。でも、「それでいい」と思っています。なぜ? それが今回の話です。

1.三割成功

 本連載Vol.06で書いた二十代の頃、自分の出身小学校の同窓会が行われました。恩師もたくさん来ていたので「生徒とうまくいっていません」と相談しました。恩師は「子供が全員付いて来てくれるって思ってない? 三割で成功だよ。五割も慕ってくれれば大成功だ。」と答えました(※1)。「三割で成功」という考え方に驚きました。でも、少し考えれば世の中はそんなものです。全員同じ方向を向くはずがありません。相手は人間、そもそも生き方も違うし、相性もあります。「そうか、三割でいいんだ」そう思いました。それから「何が何でも」という無理をしなくなりました。そっぽを向いている子にも笑顔で接することができるようになりました。心にゆとりが生まれたのかもしれません。

2.二割の法則

 平成6年頃から何らかのメーリング・リストに参加しています。50人だったり、400人だったりですが、発言する人はその二割だなと感じています。残りは聞きっぱなしの、いわゆるサイレント・マジョリティです。でも、その八割がいなければ、二割は発言しないだろうと思っています。全員勤勉そうに見える働き蟻も、実際に働いているのは二割だそうです。働いている二割を集めると、やはりその八割は働かないとか。この「二割が推進する、八割が傍観している」を勝手に「二割の法則」と呼んで、会議や組織などいろいろな観点に応用しています。
 言いたいのは、それが普通の姿だということです。二割が発言すれば十分、三割発言したら成功です、五割も発言したら大変なことになるかもしれません。残りの人々も、発言者からしっかり学んでいます。日々の授業をそうとらえてみてはどうでしょうか。

3.子供達は別なところで学んでいる

 若い頃、ベテランの先生がうらやましくてしょうがありませんでした。保護者の信頼はある。授業はうまい。子供達も落ち着いている。「明日、目が覚めたらいきなり20歳くらい年をとってないかな」とも思いました。でも、ベテランと言われる年になると、そうでもないことがわかりました。子供達と微妙な距離が生まれるのです。確かに授業はうまくなっています。保護者とのやり取りも慌てません。しかし、若い頃の自分にかなわない感じがするのです。周りをみると若い先生達がまさにそうです。授業は下手で、学級経営はうまくいかず、悩んでいます。でもそれを克服しようと必死にがんばっています。その一点で、子供達とつながっています(※2)。一年後には、しっかり成果も出しています。きっと子供達は、教育的な技術や、表面的な成功とは別なところで学んでいるのだろうと考えています。

 私たちは多数決とか世論調査などで「大勢同じじゃないといけない」と思い込んでいます。でも、二割で十分、三割成功、五割は大成功です(※3)。子供達には申し訳ないけど、毎日うまくいくわけではありません。もちろん、手を抜けばすぐしっぺ返しをうけます。一生懸命に、情熱を忘れずに、ああでもない、こうでもないと努力します。たまに成功すると、それが何より嬉しい、だからそれを目指して頑張ります(※4)。それが、先生という仕事のような気がします。図画工作や美術の授業も、そんなところから考えてみませんか。

 

※1:研修会や発表会では、うまく解決する方法しか語ってくれない。
※2:今でも連絡をくれるのは若い頃受け持った子供達だ。子供達は情熱を食べてくれる生き物なのかもしれない。
※3:平均や統計、到達度などとは別な話である。算数のテストが全員2割では困る。
※4:私は慣れが生まれると情熱をなくす方なので、常に新しい方法に取り組むようにしている。もちろん逆にコツコツと同じことを続けながら改善していくタイプもあるだろう。

よくある質問~「製作」と「制作」

 「小学校図画工作はなぜ『制作』ではないのですか?」。よくある質問です(※1)。本稿ではなぜ小学校図画工作が「製作」で、中学校美術では「制作」が用いられているのか検討してみましょう。

視点1.言葉の性質

 言葉は本来「何かがあって、それを名付けた」というよりも、「言葉によって何かの概念が生まれる」という性質を持ちます。有名なのが「狸」です。犬の仲間ですが、日本人の誰もが犬とは思っていません。月を見れば腹鼓を打ち、変身して人を化かすような存在としてとらえています。「狸」は言葉によって犬から切り離され、生物の系統性や狸自身の意向にかまわず、文化的につくりだされた特別な動物なのです。
 また、言葉の解釈は時代や社会状況で変わります。最近の「子ども」と「子供」がそうでしょう(※2)。「お供やお供えものなど従属的な意味だから使うべきでない」という説もありますが、一方で以前から「『子供』を差別的な表現だというのはおかしい」「『供』は複数形だ」という人がいました。「言葉を変な思想性で変えてはいけない。言葉は人間の思想より大きなものだ」という指摘もあります(※3)。これから「子供」が増えるとすれば、それはそれで社会的な変化を表すことになるでしょう。
 言葉は生き物です。絶対的な正解があるというよりも、それを用いることによって、その社会や文化に何らかの概念を生み出したり、状況を変えたりする性質を持っています(※4) 。

視点2.辞書的な解釈(※5)

 辞書的には「製作」と「制作」の何が違うのでしょう。
 「製」は製図、製造、製鉄、製品、複製、木製など「こしらえる」「つくる」という意味を持っています。それに「作」を加えたのが「製作」です。「家具を製作する」「記録映画を製作する」「作品を製作する」など広く「つくる」という意味で用いられています。
 一方、「制」は基本的には制定、制度、法制など「整える」という意味があります。規制・制圧・自制などのように「おさえつける」「コントロールする」というニュアンスもあります。それに「作」を加えたのが「制作」です。そこには「自分の思うとおりに作り上げる」という意味が含まれます。「肖像画を制作する」「政令を制作する」「番組を制作する」など、かなり明確な意思があって作る場合に用いられます。美術や芸術の世界で「制作」が使われるのも、そこからでしょう。ただ、「映画製作」「制作スタッフ」のように様々な分野で慣習的な用い方がされており、「製作=実用」、「制作=芸術」といえるほど厳密な規定はできません。
 このようなことから、おおむね「製作」は幅広く、「制作」は芸術的な場面で用いられるということができるでしょう。

視点3.学習指導要領の歴史

 学習指導要領では、どのように「製作」と「制作」が使われてきたのでしょうか。
 第二次世界大戦後、それまでの「図画」と「工作」は合体し新しい教科「図画工作」が生まれます。小学校も、中学校も、高等学校もすべて「図画工作」です。学習指導要領では「製作」が用いられます。
 ところが、昭和33年の改訂で、中学校と高等学校は「美術」と「技術」に分かれます。小学校は「図画工作」のままですから、当然「製作」を用い続けます。そもそも変更する理由が生じていないのです。「制作」にするとなれば「工作も制作か」「砂遊びや、新聞紙で遊ぶ姿を芸術と呼ぶか」「明確な意図や自我が小学生で成立するか」など様々な問題が生まれたことでしょう。
 では、中高美術は「美術」になったから、すぐ「制作」に変わったのでしょうか。いいえ、昭和の間はずっと「製作」でした。「制作」を使い始めるようになったのは平成元年改訂からです。当時は時数減もあって「美術科とは何か」「教育課程に必要か」などの問いに答える必要がありました。そこに「制作」への変更を検討する理由が生まれたのでしょう。指導要領作成の協力者会議では「美術は芸術だから『制作』がふさわしい」「いや、意味が限定されるので『製作』のままでよい」などの議論が行われたようです(※6)。そして結果的に小学校図画工作は「製作」、中学校美術は「制作」という状況が生まれ、それが現在まで続くことになります。

 まとめてみましょう。「製作」は広い意味の「つくる」を示しています。造形遊びや工作など小学生の幅広い造形活動に適用するのは適切でしょう。一方「制作」には明確な目的意識や主題、芸術的な意味などが含まれます。芸術文化を理解し、自我も確立する中学生にはふさわしい用語だと思います。また、教科の歴史という観点から、小学校図画工作が一貫して「製作」で、中学校美術が途中で「制作」に変更になったことも十分理解できます。総合的に勘案すれば、どちらも社会状況を踏まえた妥当な結果だと思います。
 ただ、言葉の性質からすれば、小学校図画工作が「製作」、中学校美術が「制作」と言えるのも現行制度上の話です。社会や文化の変容にともなって言葉は変化します。6・3・3制や教育課程が変われば、それにそった概念や言葉の変更があるかもしれません。どのような未来が待っているのか、そのときどのような言葉が用いられているのか、それもまた興味深いことの一つです。

 

※1:この質問は「小学校ではない先生」からがほとんどで、小学校の先生や保護者から発せられることは少ない。時々「小学校も『制作』であるべきだ」という意見があり、その美術的な前提や固定観念には辟易することがある。
※2:文化庁:よくある「ことば」の質問(現在ページが存在しません)
※3:横浜国立大学の有元教授の話から。
※4:大学1年生のころ、大学4年生から「製作」じゃない「制作」だとよく書き直された。単純に語句の訂正というよりも、「芸術」という概念や、先輩と後輩の関係を成立させるためだったように思う。言葉の使用はある種の権力関係も含むのだろう。
※5:文化庁編「言葉に関する問答集」や大辞泉などから。
※6:議論は52年改訂時からあった。(協力者であった京都教育大学名誉教授竹内博先生の話)

子どもをとらえる方法と手掛かり~視線

 前回「図画工作・美術では、子どもと先生の間に作品があるので、子どもを具体的に認めたり、ほめたりしやすい」と書きました。本稿では、これを少し進めて、図画工作・美術で子どもをとらえるための方法や手掛かりについて考えます。

「子どもをとらえる方法」

 私たちは、普段からいろいろな手掛かりをもとに「見えない」相手の心中をとらえています(※1)。
 例えば、相手の足が細かく動き始め、時計を気にし始めたとしましょう。その様子から「ああ、話を終わりたがっているな」「次に何か用事が控えているのかな」と判断します。そして「じゃ、そろそろ」「…っていうところですかね」など、話を終わりに方向付ける発言をします。それに相手が乗ってくれば、先ほどの判断は正しかったというわけです(※2)。
 このような能力は生まれてすぐから発達します。赤ちゃんが、お母さんの向く方を向く、口を開けると口を開けるという動作をすることをご存じでしょう。これは、真似ながら相手をとらえようとする行為で原初的なやり取りです。乳飲み子ですら、お母さんの動きや声などから機嫌をはかります。人は人と交渉しながら生きていく生き物です。私たちは表情、動き、言葉など様々な手掛かりをもとに相手の感情や考えをとらえ、相手とやり取りしながら、概ね妥当に生活しているのです。
 図画工作・美術で子どもをとらえるのも同じ方法です。姿勢や動きなど手掛かりをもとに、子どもが何を感じ、何を考えているのか推し量ります。

「視線という手掛かり」

 手掛かりにはいろいろありますが、今回は視線を取り上げましょう。
 視線はいろいろなことを教えてくれます。例えば視線が隣の子の作品に止まれば「アイデアや色などを気にしている」と考えられるでしょう。子どもの視線が宙を泳げば「何か考えている」のかもしれません。さらに、視線を他の動きや作品と関係づけると、もう少し具体的なことまで分かってきます。
 例えば、写真を見て下さい。習字の筆や墨を使って模造紙大の和紙に何か描いています。「思いのままに筆を動かそう」とか「筆が動いて生まれた形」などの提案が行われたのでしょう。
 まず、真ん中の女の子は、ぐるりと画面全体を見渡します(図1)。

図1

図1

 その直後、画面上部に筆を「ドン!」と落とします(図2)。

図2

図2

 次に画面下部に目を移します(図3)

図3

図3

 そして、画面下部に向かって筆を「ピッ、ピッ」と振ります(図4)。

図4

図4

 10秒程度の出来事です。でも、そのわずかな時間の出来事から、この子が6年生らしい画面構成をしていることが分かります。
 まず、全体を見渡した後に、画面上部に大きく墨を落としたのは、そこに強い形が必要だと思ったからでしょう。次に、画面下部を見て、軽く筆を振ったのは、そこに小さな点が必要だと判断したからでしょう。つまり、この子は全体のバランスを考えながら筆を動かしているのです。それは高学年児童ならではの能力です。そのことが、この子の視線と、それに連動する手の動き、その結果としての作品などから分かるというわけです。
 一方、このような場面であっても、子どもの作品だけを見て評価する大人がいます。その場合、「書道と美術の融合で面白い」とか「大胆な作品だ」などのような「上から目線の評価」になりがちです。子どものすべてを作品からとらえることはできません。せっかく子どもが目の前で活動しているのですから、その姿から分かることを大事にしたいものです。
 視線は雄弁です。視線と手の動き、作品などを関連させることで、より具体的に子どもが何を感じ考えているかとらえられます。まずは、明日、誰か一人の子どもの視線に注目してください。ほんの数秒でよいと思います。そこでわかったことをもとに、子どもを認めたり、ほめたりしてみましょう。

※1:「見えない」というよりも、そもそもお互いに「見えるようにしている」というほうが適当だろう。環境との相互行為で自分をかたちづくるのが人間だ。
※2:必ず人は終わるためのやり取りを行う。


ほめて育てる?

 「ほめて育てる」というのが流行っているそうです。その話を聞いて「危ないなぁ」と思いました。むやみにほめるのはよくないですし、ほめる際に配慮すべきこともあります。このことについて学級担任での失敗や図画工作・美術で学んだことなどから考えてみましょう。

1.ほめるは危ない

 ある時に学級崩壊のようなクラスを受け持ちました。席につかない、うろうろする、私語が止まらない、そんな感じです。
 私はすぐに徹底してほめました。例えば教室に入ったときに、誰か席に着いていれば「わぁ、うれしいな。待っていてくれたんだ」、話を聞いていれば「先生を見て話を聞いてくれると話しやすいなぁ」などです。もちろん一方的にほめたわけではありません(※1)。あくまでも子どもの特定の状態を取り上げ、その事実に対して自分の感情を正確に伝えただけです。でも、子どもたちは先生が何を望んでいるのかをすぐに理解しました。「僕もそうだよ」「私もちゃんとしているよ」と言わんばかりに、争うように席につき、先生の方を向いて話を聞くようになり、二週間で崩壊状態は消えました(※2)。
 でも、その三ヶ月後、ある保護者から思わぬ指摘を受けました。「先生、うちの子、チック症が出ています」「えっ?」。見ると確かにそうでした。その子は「みんなしっかり話を聞いてるね」などほめるたびに、背筋をピンと伸ばしながら、片方の目尻をピクピクと痙攣させていたのです。元気な子で、昨年度まで、ある意味のびのび過ごしていたのでしょう。賢い子だったので頭では分かっても心がついていけなかったのでしょう。「クラスが落ち着いた」といい気になっていた私は冷水を浴びた気分になりました(※3)。
 単純にほめるのは危険です。ほめるという行為は、どんなにうまくやっても外的な基準であり、内発的な動機にはなりません(※4)。一種のプレッシャーであり、それ以外のことは許さない雰囲気が生まれます。上から目線になりがちで、しかもほめている当人がそれに気づかないことがあります。「ほめて育てる」は耳触りがいい言葉ですが、そこには様々な問題点が潜んでいるのです。

2.図画工作や美術でほめる

 一方、図画工作や美術は子どもたちをほめやすい教科です。それは図画工作を研究して、学力が伸びたという校長先生の言葉によく表れています。「先生、図画工作を研究したら、先生たちが子どもをほめるようになりました。それが国語や算数にも広がったんですよ」。「ほめ合うから、子ども同士が仲良くなるんですよねえ」これらの言葉は事実であり、正直な実感だと思います。
 ただし、単純にほめたわけではないでしょう。なぜなら図画工作・美術では、目の前に作品があります。根拠がはっきりしているので、「上手だね」ではなく「ここが、いいね」のように具体的にほめられます。よく分からないときは「ここは?」と聞いて「なるほど」と頷いたことでしょう(※5)。子どもにとっては、それだけでうれしいものです。そして、何より「その子らしくできた」ことが大切にされたはずです。
 ある伝統工芸士に認定されたおばあちゃんがこう言っています。「母ちゃんはね、私が見よう見まねで何か作ると『よくできたなぁ』って、必ずほめてくれる人だった。どんなに下手でも絶対に怒らないでほめてくれた。だから、喜んで、いろんなもの作ったの。今、こんなに幸せなのは、母ちゃんのおかげだわね、だから感謝しているのよ。」おばあちゃんは、ずっと「お母さん」から「できたな」と認められ続けてきたことが支えになったのでしょう。
 両方のケースに共通するのは、人と人の間に作品があることです。作品はもう一人の「私」です。作品があると具体的にほめたり、「その子らしさ」を認めたりすることが容易になります。校長先生やおばあちゃんの言葉は、それが効果的に働いた様子を物語っていることを示しています。

 ほめることには気を付けたいものです。でも、子どもの成長にとってやはり大切です。図画工作や美術では、大人が思いもしない発想が生まれたり、様々な価値を自らつくりだしたりします。その特徴を生かして、作品を見たり、聞いたり、ときに語りかけたりしながら、「その子らしさ」を認め、ほめてあげたいと思います(※6)。

※1:「上手だね」「すごいね」など全体的にほめても子どもが喜ばないことを教育関係者は知っている。例えばピアノを弾ける子ほど上手だと言われたら嫌う。社会的な視野が成立する高学年ほど、ほめると周りを気にする。
※2:机と椅子に縛り付けたわけではない。むしろ活動的な授業をし、実験や主体的な学習に取り組んだ。
※3:私はほめるのを控え、規律を緩やかにした。夏休みも間に入ったせいか、二学期には症状は収まった。
※4:あえて分かりやすくしている。個人の内と外に動機を二分したいわけではない。横浜国立大学の有元教授は「動機は個人の属性というよりも集団的な属性」だと言っている。
※5:「聞く」は、「あなたに興味がある」というメッセージになる。返ってきた答えに頷けば、「あなたのしたことを私は認めた」というメッセージになる。
※6:個人的には「認める」が重要だと思っている。認めれば、ほめようが、叱ろうが子どもは納得する。ほめるか、叱るかは状況や指導の文脈によって異なる。


描写のできること

 図画工作や美術でつけたい力というと、よく出る話題が描写の問題です。中教審ではあまり話題になりませんが、現場では切実かもしれません(※1)。例えば、よく見るのが「アンケートをとる」→「図画工作・美術が嫌いな子がいる」→「上手く描けないからと答える」→「描き方を教える」です。でも描写はそれほど単純な問題ではありません。本稿ではこのアンケートに代表されるような描写の問題について検討します。

「描写の複雑性」

 美術系の大学や学科にいた人なら、石膏像の「手前側の目」と「向こう側の目」がなかなか上手く描けなかったことを覚えているでしょう。お化粧でも右目の眉を描いたら、左の眉を描くのが難しいようです(※2)。「部分は描ける、でも全体は…」、これは立体を平面に置き換える際に「部分を関係づけて配置する能力」が必要なことを示しています。描写は、単純に「対象を見て描く」という実践ではありません。部分を描く、バランスをとる、輪郭を抽出する、骨格や構造をとらえるなど複数の能力が必要です(※3)。描写は複雑な能力構造で成り立っているのです。
 では、どのような指導をしたらよいのでしょう。議論を分かりやすくするために、あえて算数で考えてみましょう(※4)。例えば、文章題ができないときにひたすら計算練習をさせる先生はいません(※5)。先生は文章題を「言葉から数量を取り出し」「その数量同士を関係付け」「頭の中で表や図にして」「それを整理して式にしていく」という要素に分けて考えます。そしてどこで躓いているかを明らかにした上で「等しいものは何か、AとBではどちらが大きいのかなどを確認する」「確認したことを図などに表す」などの指導を工夫します。何より、そのプロセス自体を子どもが主体的に進められるようにします。
 描写でも同じでしょう。例えば、描写の能力を分けて「部分を小さな紙に描いて、それを画用紙に配置する」「描写を数種類の要素に分けてメニュー化し、それを選んで、組み合わせて描く」などの工夫が考えられます。あるいは、ねらいを明確にして「中心をとらえるために、棒人間だけで描く」「輪郭を空間としてとらえるために、輪郭を描かずに、まず対象の周りを描き、次に空白で残った対象の中を描く(※6)」「光と影の関係を考えるために、真っ黒な画面から消しゴムで形を描き出す」などの工夫もあるでしょう。子どもが自分で問題を見付け出すプロセスを重視して、「複数の異なるデッサンを提示し、その描き方を自分で探り、その方法にもとづいて描く(※7)」という方法もあります。

「『思い』の不在」

 次に子どもの「思い」の問題があります。そもそも子どもが夢中になれない題材を提案しておきながら、描けないのを子どものせいにしてないか、ということです。
 あまりいい例ではありませんが、三十年前の私の経験です。中学校である方式の実践をしました。雑草を抜いてきて、脇において、少しずつ少しずつ描かせました。一見、全員が描写を追求し、出来栄えも上々に見えました。でも何か腑に落ちませんでした。そこで次の年、「40人の植物図鑑」と題して、「雑草でも命なんだよね、引っこ抜くってことは死ぬんだよね、だから雑草の命を写すように描いてみようよ」と言いました。結果的に、前年度以上の描写になりました。「なんだ、そういうことか。子どもは自分の思いが込められれば、よく観察するし、夢中になって描くんだ」と思いました。
art2_vol11_01 もう一つは、その30年後に出会ったある中学校の実践です(※8)。先生の提案は「私の宝物を持っておいで、それをデッサンしようよ」です。スパイク、ボール、ラケット、宝箱…いろいろな対象が画用紙に鉛筆で描かれていました。私は、あるランドセルに引きつけられました。鉛筆で何かを質感を描き出そうという思いを感じたからです。紹介文を読んでその理由が分かりました。「これは、亡くなったおじいちゃんが買ってくれたランドセルです。このランドセルは僕にとってはおじいちゃんそのものです。6年間しょい続けました。途中で肩の部分が外れて、途中から他のにしましたが、このランドセルは今でもしっかり保管しています。」そして周りを見渡したとき、どの子も自分の宝を描き出そうと懸命に表現を工夫していたことに気付きました。
 「思い」の問題については、多くの先生が言及しています。例えば「生徒が最初に出会うのは題材名だ。『風景を書こう』より『光のある風景』の方がいいと思う(※9)」「『ジャングルを描こう』ではだめだが、『ジャングルの「命」』なら描ける(※10)」「描けないのは技能がないからではなく、主題がないからだ」などです。いずれも描くという行為に子どもの「思い」が欠かせないことを語っています(※11)。

 もちろん、描写の問題はこれだけではありません。例えば視点や時間を固定して対象を描く方法は歴史的な産物で、その文化に属する人の固有の見方です(※12)。子どもたちはその文化とせめぎ合っている過程にあります。また、「私の見たもの」を「誰が見てもそっくりに描く」ためには、私・対象・他者という意識がはっきりと成立する必要があります。メタ認知や発達の問題が絡んでいます。その他にも描画材料との関係、教科の歴史、学力観の変化など、様々な要素が入り込んでいます。
 それなのに、子どもが「真っ白い画用紙に何か対象を描く題材」だけしか思い浮かべられない状況で、「描けない」という選択肢を用意し、その回答をもとに「描けない→技能が大切」というのは、あまりに予定調和ではないでしょうか。誘導的なアンケートや、アンケートによる大人の概念の刷り込みは勘弁してほしいものです。
 描写は面白いほど深い問題です。今、求められているのは「様々な情報の中から適切に必要な情報を選び出し、それを組み合わせて妥当な解答を、主体的に作り出す能力」です。この視点からは描写が内包する複雑な構造は、むしろ描写に関する題材の可能性、つまり描写のできることの豊かさを示しているように思います(※13)。

※1:中教審では教科の必要性や学力などの根本的な問題が話し合われるので描写は中心的な検討事項になりにくい。
※2:そういえば、かつて右の眉を抜いて、同じように左の眉を抜くと、ちょっと形が違って、また右の眉を抜いて…眉がなくなってしまったという中学生がいた(^^;)。
※3:デッサン力といっても、彫刻家のそれと画家のそれは、かなり違っている。
※4:以前も述べたが、算数・数学と図画工作・美術は似ている。様々な情報や学習経験の中から自分が使えるものを見付けて組み合わせ、妥当な解答を出す。それが唯一同じ解になるか、それぞれ個人の解になるかしか違わない。
※5:同様に「同じテーマ、同じ書き方」で作文を書かせる先生も少ない。
※6:テート美術館編集 奥村高明・長田謙一監訳「美術館活用術~鑑賞教育の手引き~」美術出版社(2012)105pより。
※7:例えば、藤江充の紹介する米国のNAEP(National Assessment of Educational Progress)が行ったエゴン=シーレとケーテ・コルヴィッツを提示し、その方法を分析させ解答させる調査(2008)。
※8:函館市立銭亀沢中学校木村伸仁の実践(2010)。
※9:文部科学省調査官東良雅人の講演から。
※10:品川区立第三日野小学校図画工作専科教諭の内野務の授業から(2010)。
※11:全員に縦笛や靴を描かせる理由が、もし「出来栄え」や「デッサン力」だけなら再考した方がいいと思う。子どもの「思い」が不在だと、その子にとって意味の薄いドリルになりかねない。
※12:例えば、今も、世界的に見れば透視図法を用いない文化、透視図法が立体に見えない人々は多い。「戦前まで日本もそうだった」という指摘もある。
※13:私自身は「知識や技能は上手に使う」という立場だ。ある学年からは、子どもが図法や技法など文化的な教育資源を主体的に選び、用いることは効果的だと思う。しかし、自分たちの前提を問い直さないまま「描けないから技法を教える」のは、自分の実践を棚に上げて子どもだけに責任を押しつけているようで、何だか子どもがかわいそうな気がする。


自らの発見をもとに展開する

 前回、学習活動の始まりや子どもの浸る能力について書いたので、今回はその後の展開を追ってみましょう。子どもは「いいこと考えた」、「こうするとどうなるだろう」と自らの「発見」をもとに展開する力を持っているという話になると思います。

art2_vol10_01 三歳児が描く様子について、それを見ていたお父さんの記録と絵から再現してみましょう(※1)。
 この子は、まず赤いクレヨンを持ちます。そして真っ白い画用紙に向かって手を動かします。すると真っ赤な短い線が一つ生まれます(読者は、絵から赤い線だけ残してその他を全てなくして見てください。それが「この子」の「この時」の眼前に広がる世界です)。
 次に、この子は赤を置いて、水色のクレヨンを持ちます。それを、さっきの線の隣に持っていって、もう一度、同じように手を動かします。すると、赤と青の同じ長さの線がほぼ並行に並びます。おそらく、このとき何か思いついたのでしょう。今度は、茶色のクレヨンを持つと、先ほどの線の真ん中に交差するように線を引きました。
 このとき、この子は「赤トンボにするわ」とつぶやきます。そして黒を取り出して、並行な二本の線の先に丸く目をいれるのです。三本の線と二つの丸だけで、生まれたトンボ。確かに、トンボを最もシンプルな形にデザインしたら、こうなるかもしれません。しかし、省略の表現や再現ではありません。この子が「線の交差する形」をトンボだと意味づけたのです。そして「トンボにする」と宣言して、黒い目を入れたのです。
 クレヨンを持って(※2)、画用紙と対話をしていく過程で生まれた「発見」。この「発見」は次の展開をつくりだします。「青トンボ」「オレンジトンボ」「黄色トンボ」「紫トンボ」。よく見ると、最初のトンボと同じではありません。縦の二本の線は同じ色になっていますし、横棒が二本のものもあります。おそらく、単に繰り返したのではなく、細かな試しや確かめがあるのでしょう。そうやって「完成」したのが、この絵です。

 始まりは一本のクレヨンを画用紙の上で動かすという「自ら働きかける行為」でした。そこから意味あるトンボが一つ生まれ、その経験が次なるトンボにつながりました。それは、自分の「発見」を根拠に、思考や判断を繰り返し、自ら活動を展開していく姿だといえるでしょう。
 子どもは同じ様に、道端で、広場で、教室で、ささやかな行為と発見を繰り返しています。絵は、その一つにすぎません。でも、この絵の背景に、描くことに浸る環境や時間の保証、何より子どもを見守る温かなまなざしがあることを考えたとき、図画工作や美術の役割が分かるような気がするのです。「子どもの発見と展開を確かにする時間」そう言ったら言い過ぎでしょうか?

※1:堺市の小学校、藤永泰成先生の実践報告から。
※2:クレヨンと一体化といった方が適切だろう。


行為に浸り、私を実感する図画工作・美術

 これまで学力や地域、先生などの視点から図画工作・美術の役割について考えてきました。今回から、もう少し子どもによせて図画工作・美術ができることについて検討してみましょう。

 今、教室に一人の子どもがいます。目の前に、土粘土があります。触れると、ひんやり冷たく、表面はなめらかで、しっとりとした水分が感じられます。持ちあげるとズシッとした重みがあり、それを支える手に力が入ります。
 次に、子どもは粘土を机の上に置いて、自分の掌でぐっと押します。粘土は掌の形にへこみます。自分の体の動きが粘土の形となって現れるのです。このとき粘土もしっかり自分を押し返してきます(※1)。子どもはそれをはっきりと感じています。

01

 今度は指先を、ぐっと粘土に押し込みます。指を抜くと、予想したような、でもそうともいえない穴が目の前に出現します。のっぺりとした全体に、そこだけ暗くなった穴が粘土に表情を加えます。子どもは指先の抵抗感、指を入れる動き、穴の形などが「面白いな」と思います。そこで、もう一つ穴をあけます。また心地よい感覚がして、粘土の表情が変わります。そしてもう一つ、またもう一つ、、、。
 材料と出会い、そこに働きかけ、材料が応える。さらに働きかけると、材料はもっと変化する。このとき子どもは何かを感じる、何かを思いつく、、、おそらくこの後に何か発想が生まれ、それが次第に展開し、作品となっていくのでしょう。
 図画工作・美術の学習活動の始まりは、基本的に、このような原初的な行為、そこで味わえる感覚や感情などです。それが展開してまとまった結果を、私たちは絵だとか工作だとか、造形遊びだと呼んでいます。そこで働いた性質や力作用を、感性や創造性、造形的な表現力などと言っています。でも、名付けるのは大人側の問題で(※2)、当事者の子どもにはほとんど関係のないことです。おそらく、粘土に触れたり、穴を開けたりしている子ども自身は、これは感性だとか、工作だとかは考えていないのです(※3)。
 働きかけることと応えることが一つになった運動の中で「材料が『意味ある材料』になって、私が『何事かが実行できる有能な私』になる」、それは、図画工作・美術の中で実に大切な要素です(※4)。そのことに浸り、そこで自分を実感する、、、そのような実践を保証する教科、それが図画工作・美術だと言い換えてもいいでしょう。

 教育課程のほとんどは「あらかじめ教える内容があって、それを学ぶ私がいて」という前提で構成されています。もちろんそれは大切なことで、図画工作・美術にも存在しています。ただ、現在の教育課程の中で、子どもが何事かに浸る中で自分自身を見つける時間は結構少ないように思います(※5)。今の図画工作・美術ができることの一つではないでしょうか。

※1:学習指導要領で言っている「体全体の感覚」は、例えばこういうことだ。
※2:しかもいろいろな立場で言い方は変わる。
※3:子どもが夢中になっている行為や実践と、その「名前」は別のものだと考えた方がいい。
※4:同時に先生が見逃しがちなことだ。
※5:他教科にも子どもが浸る時間はある。要は教育課程全体のバランスの問題だろう。


街の機能や関係性を復元する図画工作・美術

 今回は、図画工作・美術と街の関係について考えます。

 まず、一見美術と関係のない話からはじめましょう。私の義母は、戦前から商店街で酒屋をやっていました。酒屋に来るお客さんとよく語り合う人でした。自分が買い物するときにもお店の人と必ず話していました。商店街の歴史や人間関係にも詳しくて「あそこは以前お菓子屋で、その娘は銀行員と結婚して、、、」という具合です。

 義母の姿は、商業が物を売っているだけではないことを示しています。まず、お客さんと挨拶する、商品に情報を付け加える、景気を語るなど、お店は対話を提供しています。毎朝、店の前を掃除するので街はきれいになりますし、開店によって街の安全は保たれます。買い物のマナーを教えることもありますし、店と店、店と公共施設など地域のコミュニティをつないでいます。実に様々な役割を果たしているのです。

 このように考えると、商業だけでなく街に対する見方も変わります。例えば、街を劇場として見ることができるでしょう。私は、昔、帰り道でよく畳屋さんの前に座って、その見事な手さばきに見とれていました(※1)。店から流れてくる音楽に夢中になったことも多々あります。同じように、街全体を美術館と考えることができるでしょう(※2)。美術館ができる以前、美術品はどこかの家にありました。街全体で美術品を保有していたわけです。

 そこで私は、美術館で学芸員をしていたときに、子どもたち自身が美術品を認定する「街角美術館」という実践を、NPOと一緒に行ってみました。子どもたちと街を歩きながら、子どもが美術品だと思うものの前でギャラリートークをするという実践です。街の中にある絵や彫刻だけでなく、紳士服職人の技や歩道のタイルなどが立派なアートになりました。

 文科省に行ってから、この話をいろいろな場所でしました。「街が美術館、街が劇場、、、学校で描かれる一枚の絵は、それを取り囲む甍の波、地域との関係から生まれます」。すると埼玉県の加須小学校の校長先生が「よし、子どもの絵を商店街で展示する」と言い出しました。子どもがアポなしで「私の絵を飾ってください」と商店に飛び込むという実践です。

 当初、協力したのは、1店舗だけでした。ところが、そのうち展示に反対していた商店主が「なぜうちでやらないんだ」と言い始めました。理由は義母の話につながるものです。「今、人は無言で買い物をする。挨拶もしない。ところが子どもの絵を飾ったとたんそれらが復活した」、子どもの一枚の絵から、商業の持つ対話の機能が復活したというわけです。

 口コミは広がって、3年目には加須市の全商店街、99店舗が子どもの絵を飾るようになりました。ある店では駐車場が子どもの絵をかけたイーゼル(※3)でいっぱいになっていました。思わず「商売の邪魔になりませんか?」と尋ねたら、店主さんは「客の車よりも、子どもの絵の方がよっぽどいいや!」と威勢よく言って笑いました。絵は商店街からあふれて、街の板塀にも展示され、その賑わいに加須市長や埼玉県知事も駆けつけました。

写真1

写真1

 その後、加須小学校の子どもたちは「街角美術館」にも取り組みました。子どもたちが美術品だと認定した中には、マンホールのふた、銭湯の煙突、酒屋の古い樽、ショーウインドーの菓子細工、などがありました。子どもたちが手作りした認定証は今も商店に飾られています(写真1)。学校と地域もすっかり仲良くなって、商店主さんたちと子どもたちに日常的な交流が生まれるようになりました。

 これらの例は、どこでも同じようにいくというわけではないでしょう。ただ図画工作や美術が街の機能や関係性を復元させたことは確かだと思います。それは、おそらく他教科よりも容易でしょう。これも図画工作や美術ができることの一つだと思います(※4)。

※1:この視点は平成10年の指導要領第4学年のB鑑賞イ「親しみのある美術作品や製作の過程などのよさや面白さなどについて、感じたことや思ったことを話し合うなどしながら見ること(傍線筆者)」に反映された。
※2:このアイデアは北海道立帯広美術館の学芸課長から示唆を受けた。
※3:イーゼルは加須小学校のPTA活動の一環で親子で手作りしたもの。
※4:私自身は地元を離れたが、義母の酒屋と「街角美術館」が続いていたら、子どもたちが義母の酒屋の何かを認定してくれたかなと思う。ただ、当時の思いが実現したこともある。中央商店街の活性化プロジェクトに関わっていたときに、私は「街が学校や美術館なんだから、その関係性をつなぐ施設をつくるべきだ」と強く主張した。友人たちはその思いを引き継いで地域NPOと市が協同で運営する「宮崎アートセンター」をつくってくれた。


大人と子どものずれが分かる図画工作・美術

 図画工作・美術に携わっていると、大人と子どもの「ずれ」を感じることが多々あります。今回は、その一例を挙げてみましょう。そこから図画工作・美術の役割を考えてみましょう。

 ある年、低学年のクラスに極端に寡黙な子どもがいました。話す友だちはクラスに一人だけ。声を聞くことすらまれでした。当時、校内研究のテーマは「学び合い」でした。私はこの児童を「学び合い」のできないおとなしい子ととらえていました。

art2_vol7_01

図1

art2_vol7_02

図2

 その見方が、「シャボン玉に乗って」という題材で変わったのです。題材は、まずシャボン玉遊びをして、その後に「本当にシャボン玉に乗ることができたらどうなるかな?」という提案で始まりました。多くの子は、すぐに画用紙に丸を描いて、その中にケーキや怪獣などを描き入れました。おしゃべりをしたり、友だちの絵を覗き込んだりしながら、どんどん表現を広げていました。でも、この児童は顔を上げず、周りを見ることも話すこともなく、、ただ一人で黙々とシャボン玉だけを描き続けていました。シャボン玉には何も乗っていません(図1)。それを見て、私は「やっぱり、この子に『学び合い』は無理だな」と思いました。ところが、しばらくすると児童の絵に、怪獣やケーキなどが表れ始めました(図2)。よく見ると、その子の絵が変わるのは「先生!ロボット描いた」「私、お花」など友だちの声が聞こえてきたときでした。児童は、周りの声を聞き逃さず、それを資源に絵を描いていたのです。
 私は、「この児童は友だちと話をしながら絵を描いている。豊かに学び合っており、一人ぼっちではない。」と思いました。そして「大人や学校制度の枠組みから寡黙な子どもに見えるだけで、本人にとってはそうではないのではないか」「私たちは子どもたちをいろいろ評価するけれども、それは本当に妥当なのだろうか」と思いました。

art2_vol7_03

図3

 そのような視点で図1を見ると、光、大小、重なりなど実に立体的にシャボン玉が描いてあります。絵の後半には、シャボン玉自体が生き物のようになっている形もあります(図3)。それはシャボン玉そのものへのこだわりにも思えます。児童はシャボン玉だけを描きたかったのかもしれません。周りや先生に合わせてロボットやケーキを描き入れたのかもしれません。「一見寡黙だけれども周りの様子を取り入れながら学び合う子ども」が、「シャボン玉を丹念に描きたかった」にもかかわらず、「友達や先生の声から」状況を判断して「『シャボン玉に乗って』という児童画」に変更した。そうだとすると、これは「シャボン玉に乗って」を描かせたかった大人の思いと、子どもの思いの「ずれ」だともいえます。
 そういえば、、私自身も似たような思いを味わった憶えがあります。幼稚園の年長のときです。「展覧会に出す絵を描こう」という内容でした。周りの友だちは山に行ったことや、海に行った思い出などを楽しそうに描いていました。私はそれが不思議で「なんで見ていないものが描けるんだ」と思いました。そして「隣のクラスに花があったから、あれを描きたい」と先生に頼み、私は花瓶にさしてあった一輪の菊とカーネーションを描きました。特に菊は花びら一つ一つまで丁寧に描きました。相当よく出来た絵になったと思い、展覧会は楽しみでした。でも、自分の絵は赤い色紙(銅賞)が貼ってありました。あの「夏、海で泳いだよ」という友だちの絵には金の色紙(金賞)が貼ってありました。その友だちの名前や展覧会の情景を思い出すくらい鮮明な記憶で、何か納得できず、哀しい気持ちがしました。
art2_vol7_04 それから45年後、その絵が私の実家から発見されました。今の自分が選ぶとすれば、やはり銅賞だろうと思います。なぜなら画用紙に花が二つ描かれているだけなのです。一枚一枚描いたはずの菊の花びらは結果的に塗り込められ、ただの丸い花になっていました。よく描けたという思いとはうらはらに、動きはなく平板で、児童画としては全く面白みのない絵だったのです。当時の私の思い、表現力、展覧会の思い、児童画らしさなどが見事に「ずれ」ていたのです。

 私たちは本当に子どもの描きたいものを描かせているのでしょうか。そもそも児童画って何なのでしょうか。そこには大人と子どもの「ずれ」が数多く存在しているように思います。私自身、まだ答えを見出すことができません。ただ、今回紹介した事例のように、子どもたちの姿は、常に大人の見方や制度などを問い続けてくれます。それだけでも、図画工作・美術は教育課程に必要だろうと思うのです。


「その子らしさ」の図画工作・美術

ライトテーブルの上に黒い色砂を乗せてお絵かき

ライトテーブルの上に黒い色砂を乗せてお絵かき

 私は「図画工作・美術は多くの子が『その子らしく』なれる時間だ。その意味で教育課程上、必要だ」と思っています。そう思うようになったきっかけは、私の若いころの失敗にあります(※1)。

 新採用として赴任した中学校でのことです。私は、中学校1年生の学級担任を受け持ちました。でも、生徒とうまくいきませんでした。今思えば「自分は先生だ」という意識が過剰だったのでしょう。思春期の敏感な生徒たちはそれを見透かしていたのです。クラスの中でいろいろな問題が起きましたが、解決できないことがほとんどでした。教育現場はテレビドラマではありません。武田鉄矢のように生徒に話をしただけで収まるはずはないのです。後から聞かされたのですが、当時、親から「担任を変えてほしい」と学校長に申し入れがあったそうです。いやはや、相当ひどかったのでしょう。
 2年目もそういう状態が続いていました。そんなときのことです。ある日、職員室にいると、後ろから先輩の先生が本をそっと差し出してくれました。「奥村先生、これ読んでご覧」。題名を見ると、「先生と生徒の人間関係」(※2)。正直「う~ん、うさんくさい題名だな」と思いました。でも開いてみると、人と人の対話の意味を心理学的な視点から真面目に解説している本でした。
 例えば、「まず『ふ~ん』と頷きましょう。次に相手の言った言葉をオウム返ししなさい。それは相手を認めることになるのです」、あるいは「人は『全体』を褒めてもうれしくないが、『部分』は喜ぶ」などのようなことが書いてありました。
 何か腑に落ちたような気がしました。なぜなら、私はそれまで常に自分の主張を生徒に伝えることばかり考えていたし、常に「全体」から「個」を見ていたような気がしたからです。
 そこで、これを美術の時間に応用してみることにしました。生徒が絵を持ってきます。全体的な評価や「もっと塗り重ねなさい」などの言葉を飲み込みました。そして「部分」を指さして「ここは?」と聞いてみました。
 生徒「ここは、こう塗って…」
 先生「ふ~ん、こう塗ったんだ」
 生徒「それで、こうして…」
 先生「なるほどねぇ」
 生徒「うまくはいかなかったけど、こういう感じを出したくて…」
 反抗盛りの中学生が面白いように話してくれました。まるで魔法のようでした。そして、この出来事をきっかけに、私と生徒の人間関係は著しく改善していきました。3年目、「担任を変えてほしい」と言っていた親が、卒業式の時「あなたが先生でよかった」と言ってくれました。
 今思えば「その子の気持ちや考えを受け入れ、そこから指導を考える」という学校教育では当たり前のことです。ただ、私の場合、それを初めて実感できたのが子どもの作品との対話だったのです。
 「自分の評価はいったん脇に置く。子どもの作品から、その子が何を感じ、何を考えているかをとらえる。その子が表した何かを認める。それは先生と子どもの人間関係も構築する。」そう思いました。

 この出来事が私の美術教育の原点です。それ以来「子どもの作品には、その子の思いや考えがつまっている。形や色、表し方などに『その子らしさ』が現れている」と考えるようになりました。そうであれば、子どもの作品を「指導したことができたか、できないか」という視線だけで見てはいけないでしょう。少しでも、「その子らしさ」が現れる授業をした方がいいでしょう。でも「言うは易く行うは難し」。今も四苦八苦、反省ばかりの毎日です。次回はもう少し、失敗談を続けてみたいと思います。

※1:「昔話や昔の名前で生きるのはやめよう」と思っているですが、ご容赦下さい。
※2:ハイム・G・ギノットの「先生と生徒の人間関係~先生と親に自信を与える本」(サイマル出版、1983年)