学び!と美術

学び!と美術

失敗の連続
2013.11.11
学び!と美術 <Vol.15>
失敗の連続
奥村 高明(おくむら・たかあき)

 「失敗ばかりしています」という話をすると、決まって「ご謙遜でしょう」と言われます。いや、事実そうなのです。学生達には申し訳ないのですが、今でも授業がうまくいくのは年に二、三回です。でも、「それでいい」と思っています。なぜ? それが今回の話です。

1.三割成功

 本連載Vol.06で書いた二十代の頃、自分の出身小学校の同窓会が行われました。恩師もたくさん来ていたので「生徒とうまくいっていません」と相談しました。恩師は「子供が全員付いて来てくれるって思ってない? 三割で成功だよ。五割も慕ってくれれば大成功だ。」と答えました(※1)。「三割で成功」という考え方に驚きました。でも、少し考えれば世の中はそんなものです。全員同じ方向を向くはずがありません。相手は人間、そもそも生き方も違うし、相性もあります。「そうか、三割でいいんだ」そう思いました。それから「何が何でも」という無理をしなくなりました。そっぽを向いている子にも笑顔で接することができるようになりました。心にゆとりが生まれたのかもしれません。

2.二割の法則

 平成6年頃から何らかのメーリング・リストに参加しています。50人だったり、400人だったりですが、発言する人はその二割だなと感じています。残りは聞きっぱなしの、いわゆるサイレント・マジョリティです。でも、その八割がいなければ、二割は発言しないだろうと思っています。全員勤勉そうに見える働き蟻も、実際に働いているのは二割だそうです。働いている二割を集めると、やはりその八割は働かないとか。この「二割が推進する、八割が傍観している」を勝手に「二割の法則」と呼んで、会議や組織などいろいろな観点に応用しています。
 言いたいのは、それが普通の姿だということです。二割が発言すれば十分、三割発言したら成功です、五割も発言したら大変なことになるかもしれません。残りの人々も、発言者からしっかり学んでいます。日々の授業をそうとらえてみてはどうでしょうか。

3.子供達は別なところで学んでいる

 若い頃、ベテランの先生がうらやましくてしょうがありませんでした。保護者の信頼はある。授業はうまい。子供達も落ち着いている。「明日、目が覚めたらいきなり20歳くらい年をとってないかな」とも思いました。でも、ベテランと言われる年になると、そうでもないことがわかりました。子供達と微妙な距離が生まれるのです。確かに授業はうまくなっています。保護者とのやり取りも慌てません。しかし、若い頃の自分にかなわない感じがするのです。周りをみると若い先生達がまさにそうです。授業は下手で、学級経営はうまくいかず、悩んでいます。でもそれを克服しようと必死にがんばっています。その一点で、子供達とつながっています(※2)。一年後には、しっかり成果も出しています。きっと子供達は、教育的な技術や、表面的な成功とは別なところで学んでいるのだろうと考えています。

 私たちは多数決とか世論調査などで「大勢同じじゃないといけない」と思い込んでいます。でも、二割で十分、三割成功、五割は大成功です(※3)。子供達には申し訳ないけど、毎日うまくいくわけではありません。もちろん、手を抜けばすぐしっぺ返しをうけます。一生懸命に、情熱を忘れずに、ああでもない、こうでもないと努力します。たまに成功すると、それが何より嬉しい、だからそれを目指して頑張ります(※4)。それが、先生という仕事のような気がします。図画工作や美術の授業も、そんなところから考えてみませんか。

 

※1:研修会や発表会では、うまく解決する方法しか語ってくれない。
※2:今でも連絡をくれるのは若い頃受け持った子供達だ。子供達は情熱を食べてくれる生き物なのかもしれない。
※3:平均や統計、到達度などとは別な話である。算数のテストが全員2割では困る。
※4:私は慣れが生まれると情熱をなくす方なので、常に新しい方法に取り組むようにしている。もちろん逆にコツコツと同じことを続けながら改善していくタイプもあるだろう。

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