学び!と美術

学び!と美術

街の機能や関係性を復元する図画工作・美術
2013.04.10
学び!と美術 <Vol.08>
街の機能や関係性を復元する図画工作・美術
奥村 高明(おくむら・たかあき)

 今回は、図画工作・美術と街の関係について考えます。

 まず、一見美術と関係のない話からはじめましょう。私の義母は、戦前から商店街で酒屋をやっていました。酒屋に来るお客さんとよく語り合う人でした。自分が買い物するときにもお店の人と必ず話していました。商店街の歴史や人間関係にも詳しくて「あそこは以前お菓子屋で、その娘は銀行員と結婚して、、、」という具合です。

 義母の姿は、商業が物を売っているだけではないことを示しています。まず、お客さんと挨拶する、商品に情報を付け加える、景気を語るなど、お店は対話を提供しています。毎朝、店の前を掃除するので街はきれいになりますし、開店によって街の安全は保たれます。買い物のマナーを教えることもありますし、店と店、店と公共施設など地域のコミュニティをつないでいます。実に様々な役割を果たしているのです。

 このように考えると、商業だけでなく街に対する見方も変わります。例えば、街を劇場として見ることができるでしょう。私は、昔、帰り道でよく畳屋さんの前に座って、その見事な手さばきに見とれていました(※1)。店から流れてくる音楽に夢中になったことも多々あります。同じように、街全体を美術館と考えることができるでしょう(※2)。美術館ができる以前、美術品はどこかの家にありました。街全体で美術品を保有していたわけです。

 そこで私は、美術館で学芸員をしていたときに、子どもたち自身が美術品を認定する「街角美術館」という実践を、NPOと一緒に行ってみました。子どもたちと街を歩きながら、子どもが美術品だと思うものの前でギャラリートークをするという実践です。街の中にある絵や彫刻だけでなく、紳士服職人の技や歩道のタイルなどが立派なアートになりました。

 文科省に行ってから、この話をいろいろな場所でしました。「街が美術館、街が劇場、、、学校で描かれる一枚の絵は、それを取り囲む甍の波、地域との関係から生まれます」。すると埼玉県の加須小学校の校長先生が「よし、子どもの絵を商店街で展示する」と言い出しました。子どもがアポなしで「私の絵を飾ってください」と商店に飛び込むという実践です。

 当初、協力したのは、1店舗だけでした。ところが、そのうち展示に反対していた商店主が「なぜうちでやらないんだ」と言い始めました。理由は義母の話につながるものです。「今、人は無言で買い物をする。挨拶もしない。ところが子どもの絵を飾ったとたんそれらが復活した」、子どもの一枚の絵から、商業の持つ対話の機能が復活したというわけです。

 口コミは広がって、3年目には加須市の全商店街、99店舗が子どもの絵を飾るようになりました。ある店では駐車場が子どもの絵をかけたイーゼル(※3)でいっぱいになっていました。思わず「商売の邪魔になりませんか?」と尋ねたら、店主さんは「客の車よりも、子どもの絵の方がよっぽどいいや!」と威勢よく言って笑いました。絵は商店街からあふれて、街の板塀にも展示され、その賑わいに加須市長や埼玉県知事も駆けつけました。

写真1

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 その後、加須小学校の子どもたちは「街角美術館」にも取り組みました。子どもたちが美術品だと認定した中には、マンホールのふた、銭湯の煙突、酒屋の古い樽、ショーウインドーの菓子細工、などがありました。子どもたちが手作りした認定証は今も商店に飾られています(写真1)。学校と地域もすっかり仲良くなって、商店主さんたちと子どもたちに日常的な交流が生まれるようになりました。

 これらの例は、どこでも同じようにいくというわけではないでしょう。ただ図画工作や美術が街の機能や関係性を復元させたことは確かだと思います。それは、おそらく他教科よりも容易でしょう。これも図画工作や美術ができることの一つだと思います(※4)。


※1:この視点は平成10年の指導要領第4学年のB鑑賞イ「親しみのある美術作品や製作の過程などのよさや面白さなどについて、感じたことや思ったことを話し合うなどしながら見ること(傍線筆者)」に反映された。
※2:このアイデアは北海道立帯広美術館の学芸課長から示唆を受けた。
※3:イーゼルは加須小学校のPTA活動の一環で親子で手作りしたもの。
※4:私自身は地元を離れたが、義母の酒屋と「街角美術館」が続いていたら、子どもたちが義母の酒屋の何かを認定してくれたかなと思う。ただ、当時の思いが実現したこともある。中央商店街の活性化プロジェクトに関わっていたときに、私は「街が学校や美術館なんだから、その関係性をつなぐ施設をつくるべきだ」と強く主張した。友人たちはその思いを引き継いで地域NPOと市が協同で運営する「宮崎アートセンター」をつくってくれた。


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