「造形遊び」への想い~第4回:教師の関わり方と在り方

 先日、造形遊びの授業に「補助者」として入ることがありました。久しぶりに小学生の授業に入ったので焦るし、滑るし……。その顛末から、改めて見えてきたのは、教師の関わり方と在り方でした。

1.題材について

 題材は、校内の暗い場所で、懐中電灯を「何か」に当てることから始まる高学年の造形遊びです(※1)
 学習指導要領的にいえば、「場所の特徴を生かした光と影の動き、奥行きなどの造形的な特徴を理解」しながら「造形的な活動を思い付いたり、周囲の様子を考え合わせて空間を構成したりする」内容です。「友人とイメージを調整しながら共有したり、新しいイメージをつくりだしたりする」など〔共通事項〕の視点も大切なポイントです。
 しかし、授業が終わってから、このようにもっともらしく学習内容を書くのは「楽」ですね……。子どもたちは、確かにそれを実践していたのですが、「補助者」である筆者の頭の中からは、そんなことは消え去っていました。目の前の状況に対応するだけで精一杯……ええ、教師なんてそんなもんです(居直り)。

2.授業の実際

前半「いくら提案しても役に立たない」

 まず、子どもたちは、扇風機にライトを当て、その影に歓声をあげたり(写真1)、作品棚を照らして壁に模様を写して楽しんだりしていました(写真2)。

写真1写真2

 筆者は、そんな活動をしている子どもたちのそばに近づいて「こんな方法もあるんじゃない?」と話しかけたり、子どもたちがやったことに、もう一つ要素を加えたりします。
 例えば、扇風機に光源を加えて影を多重にしてみせたり、ホワイトボードを二枚組み合わせて映る影を変化させてみたり……(※2)。でも、後ろを振り返ると、子どもはもうそこにはいないのです。
 「あれ?……」
 子どもたちは、すぐに場所や部屋を変えるのです。何かに光を当てるのもほんの数分で、「補助者」の提案や助言は、ほとんど空振りです。
 子どもたちから相手にされない寂しさを感じつつ、「やばい……このまま終わるんじゃないか」と不安になりました。光を何かに当ててその影を楽しむだけなら、それは低学年の学習内容だからです。

中盤「子どもが助言を取り入れ始める」

写真3 しかし、心配は無用でした。40分を過ぎたあたりから、子どもの活動が少しずつ変化します。一か所にとどまって、光と影の具合を調整し始めるのです。例えば、作品棚を組み合わせてより複雑な影をつくろうとしたり、ガラス瓶がつくる影の不思議さをじっくり味わったりします(写真3)。それは、自分たちの感じたよさにこだわって活動を工夫する様子で、中学年によく見られる姿です。
 筆者は、「どうせ相手にしてもらえないだろう」と思いつつも、「光を上下に動かしてごらん」と言ってみます。すると、子どもはその助言を取り入れてくれるではないですか!「左右はどう……?」。これも、やってくれます。
 そうです、そうです。思い出しました。提案というのは、「子どものやっていることを後押しするような感じ」がいいのです。子どもたちは「自分のやっていること」を理解した上での助言は「聞き入れて」くれます。このあたりから、鈍っていた「授業勘(感)」が戻ってきたような感じがしました。

後半「活動が高度に展開する」

 その後、活動はより複雑になっていきます。
 ガラス瓶の複雑な影に興味を持った子どもは「小さいものに光を当てて、大きな異空間をつくりたい」と話しかけてきました。単に光を当てているのではなく、空間という意識を持って活動しているようです。それは光と影、空間の関係をとらえた高学年らしい概念だといえるでしょう。
 そして、図書室にいってブックスタンドに光を当て始めます。筆者もブックスタンドを本棚から次々と引き抜いて、その子に提供します。ブックスタンドの影は、光を当てると動いて街のように見えたり、花のようになったりするなど、本当に異空間が生まれたようでした(写真4、5)。

写真4写真5

 その様子を見て改めて思い出したのは、造形遊びでは、あらかじめ「材料がある」わけではなく、子どもが「材料にする」のです。あらかじめ「場所がある」のではなく、学習活動の中で「場所になる」のです(※3)。「光と影の動き、奥行きなどなどの造形的な特徴」、「友人とイメージを調整しながら新しいイメージをつくりだす」などは、子どもの活動から成立する学習内容なのです。
 このあたりから、筆者は、ようやく自分が学習の一部になってきた感じがしてきました。それは、何かを指導するというよりも、子どもと同調しているような感覚です。子どもと顔を見合わせたり、話をしたりするなど、一緒に遊んでいる気持ちもします。そういえば、孫と遊ぶ時もこんな感じだなあ……。
 最終的に子どもたちの活動は、撮影用のタブレットに空間をつくりだしたり(写真6)、体育館のロープを使って動く光の柱を生み出したりするなど(写真7)、大人たちが予想もしなかった学習活動を展開していきます。この段階になると、「補助者」の仕事も「凄~い!」「不思議!」など称賛ばかりになります。

写真6写真7

3.関わり方と在り方

 授業を終えてみると、学習は図のように、前半は試行、中盤は工夫、後半は爆発という三つのステージで構成されていました(図)。子どもたちの活動が活性化し始めたのは、授業の2/3程度の位置で、それは経験的にも納得できます。また、子どもたちは常に「4時までだよね」「あと10分だよ!」「分かった!」など言い合っており、時間のマネジメントもしていました。時間も活動の資源として働いていたようです。
 このような子どもたちの活動に対して、筆者の関わり方は、第1ステージは「打ちっ放し(※4)」、第2ステージは「後押し」、第3ステージでは「補助と称賛」です。もちろん最初からそう意識していたというよりも、あくまで振り返ってみたらそうだったという「後付け」的な話です。
 当初、どこか傍観者的で焦っていた自分も、次第に子どもたちの役に立つようになって、最後には子どもと一緒に「つくりだす喜び(※5)」という美味しい果物を味わうことができました。造形遊びにおける教師の関わり方は、子どもたちの学習に同化していくことが大事なのかもしれません。喩えれば、ライブで観客と演奏者が一体になっていくような感覚です。この感覚を一度味わうと教師という仕事が辞められなくなるんですよねぇ……。

 教師は手立てや補助などを「無かった」かのように語る傾向があります。あたかも子どもだけが学力を発揮して作品がつくられたように説明するのです。子どものすばらしさを伝えたいからなのか、子どもの能力を評価するのが仕事だから、あるいは今回のように同化しすぎて自分の存在が自覚できないからなのか、原因はよく分かりません。
 でも、一つの学習には、教師が様々な手立てを講じている姿や、学習と同化して子どもと喜び合っている姿などが含まれています。それは、うまくいこうが、そうでなかろうが、教師の正直な在り方であり、人々が織りなす縁起的な学びの一つの貴重な側面だろうと思います。今回、久々に授業に入ってみてそのことを実感した次第です。

※1:日本文教出版『図画工作5・6上 見つめて 広げて』pp.44-45(2019)「光と場所のハーモニー」の発展的な内容です。
※2:言い訳~日頃「知識や技法の提案をおそれる必要はありません。大事なのは提案するかどうかではなく、子どもたちが主体的になっているかどうかです。」と、偉そうに助言している立場としては、当然の行為かなと。
※3:造形遊びでは、時折、教師が指定した場所をビニルシートやテープなどでつくりかえるという「絵や立体」のような展開が見られます。
※4:「打ちっ放し」という表現は、押し付けないという意味でもあります。採用してくれるかどうかは子ども次第ですから、無駄玉でもたくさん打つことは必要でしょう(※3参照)。また、子どもたちもこの時点ではいろいろ試してみることが活動の中心で、追求することが明確になっていない段階なので「後押し」も成立しにくいです。
※5:学習指導要領教科目標

ルンビニこども園の学び

写真1 今、「芸術統合型学習」の研究をしています(※1)。「芸術統合型学習」というのは私たち研究グループが用いている名称で、美術を中心に多様な取り組みを行う学習を意味します。コロナ禍のため、中々、調査できなかったのですが、最近ようやく全国の学校等を訪問できるようになりました。
 今回は、その一つ、舞鶴市のルンビニこども園(社会福祉法人 瑞光福祉会)を紹介します。それは、私たちの研究テーマへ疑問を突き付けられるような訪問となりました。

1 イジメがない、クレームがない、怪我がない、離職がない

 ルンビニこども園は、以前は設定保育や一斉保育などを多く取り入れていたようですが、10年以上前に遊びを中心にした保育に切り替えました。
写真2 訪れたときは落葉の季節、園庭は落ち葉やどんぐりでいっぱい(写真2)でした。「そのままにしています」と園長先生が話してくれました。そこから子どもたちの遊びが立ち上がるからです。確かに、子どもたちの遊びを見ると、どんぐりや落ち葉、葉っぱが使われています。どんぐりをおろし金で粉々にしている子どももいました。う~んすごい……(写真3)。
写真3 興味深かったのは、遊びを中心に転換し始めると、それまで多かったことが、めっきりと減ってきたという話でした。それは「子どものいじめ」「保護者からのクレーム」「大きな怪我」そして「保育士の離職」だそうです。
 いじめやクレームがないということは、子どもも保護者も今の状態に満足しているからでしょう。怪我がないのは、園長先生によると園庭の木々を増やし、タイヤやビールケースなどが置いてあって、様々な遊び場があるからだそうです。子どもたちは穴をほったり、木登りしたりしながら遊んでいますが、それは怪我にはつながらず、むしろ運動場がある方が怪我になると言います。なるほど……。
 離職率は驚きです。厚生労働省の調査によると保育士の離職率は10.3%、私営だと12.0%、1年間に一割以上は辞めていく感じです。でもルンビニこども園は10数年で離職者は結婚に伴う転勤等のやむを得ぬ事情の2名(!)だけ。きっと保育士さんも自分たちの保育に充実感を感じているのだと思います(※2)

2 作品は「遊びの跡」

写真4 以前から、園内作品展の作品に、蕎麦、工具箱、美容室セット(写真4)など「え、そんなのが題材になるの?」という感じの作品が並ぶことは知っていました。「子どもが自分の好きなものをつくれるなんていいなあ」「活動のねらいとか方法とか、しっかり考えているのだろうなあ」と思いました。それを、保育士さんに聞くと、どうにも困った顔をするのです。
 「作品って言っても……遊びの跡ですから……」
 「あ……そうですね。」
 反省でした。私は、小学校の考え方で尋ねてしまったのです。
 ルンビニこども園では、「子どもがそのとき夢中になった跡」が、たまたま「作品」になるのであって、「作品づくり」を目指しているわけではないのです。保育士さんにとって、それは当たり前のことで、何も特別ではありません。子どもの遊びを大事にはしているけれども、作品製作のねらいや方法を共有しているというわけではないのです。その年、その年の子どもたちの「遊びの跡」が作品になるので、結果的に多様になるというだけのことでした。

写真5写真6

 園には、漁港に遊びに行った後のカジキマグロ(写真5)や、恐竜好きの子のリアルな恐竜(写真6)などがありました。展示していたというよりも無造作に「そこに置いてあった」感じで、それは「つくりたかったからつくった」という「遊びの跡」でした。毎日、「すごいケーキ」を作っている女の子に園長先生が思わず「作品展までもつかな」と言ったら、子どもは「なんで?毎日作品展や!」と返したというエピソードもあるそうです。子どもたちも分かっているのですね……。
 小学校の造形遊びでよく「作品にならなくて不安です」という声を聞きます。そこには「作品がゴールである」という考え方や、大人が子どもの「作品」を要求するという制度的な側面が隠れています。「作品」が子どもの「遊びの跡」だという言葉は、子どものつくったものを誰が「作品」とするのか、果たして子どもはそう思っているのかなど、造形遊びにも通じる問い直しの視点だろうと思います。

3 発達という鳥かご

写真7 「年中さんが会議をする」という事実にも驚きました。そのはじまりは、ある時、園庭に「手押しポンプ」を設置したことがきっかけでした。そこから川や池の遊びが広がり、一人の子どもが「池がほしい!」と言ったそうです。そこで、園庭に池をつくったのですが、遊べば池は汚れます。園長先生は思わず「池の掃除やってよ」と言ったそうです。
 その言葉をきっかけに始まったのが年長さんの「会議」でした。「会議」は、司会者も発表者もいる立派な会議で、「はい○○くん」「ぼく木曜日できる」「じゃ、○○くんと○○くんは、火曜と木曜」など、きちんと話し合って、子どもたちで順番を決めるのだそうです。それが広がって、今では、何かあると年中さんも「会議」をするようになりました。確かに、司会者がしっかりと発言者を当てています(写真7)。園長先生が近づくと「今から会議やから、あっち行ってて」と言われるそうで、自分たちでやりたいという気持ちもしっかりあるようです。
 小学校では、よく「1・2年生は二人、3・4年生は4人、5・6年生は6人、それが話し合いの妥当な人数」といわれます。でも、幼児でもちゃんと話し合いはできるのです。そういえば、国が違えば「生後11か月で、鉈を使って果物を割る」という報告もありました(※3)。発達は、あくまでその状況下での発達なのでしょう。
 私たちは子どもたちを学年や年齢で区分けし、同じ学年の中で発達する学校制度をつくりました。それはそれで成果はあったのですが、一方で、それは子どもを発達という鳥かごに閉じ込めているのかもしれないと、改めて感じた次第です。

4 地域社会というお役所言葉

 園庭には、タイヤや雨どいなどがあって、それを使って子どもたちが遊んでいます(写真8・9)。タイヤはトンネルになったり、雨樋はソーメン流しになったり、子どもたちの遊びに応じて、いろいろ形を変えるそうです。園長先生は、「これは近所の○○屋さんが……これは保護者の○○さんが……」と説明してくれます。漁協長に招待されて、子どもたちと魚河岸にいって大きなカジキマグロを見た様子なども見せてくれました(写真10)。

写真8写真9写真10

 私は思わず「地域社会と連携しているのですね!」と言ってしまいました。
 すると園長先生は「地域……ん~……」と言葉を詰まらせて、「そうじゃない感」満載の顔をしました。園長先生にとっては、いろいろな材料をもってきてくれたり、仕事場に招待してくれたりするのは、「近所のおっちゃん」や「近くの会社」ではあるけれども、「地域社会」と呼ぶような「何か」ではなかったからです(写真11)。
写真11 そうなのです。「地域社会」とは、あらかじめ学校と地域社会を分断した上で、接続しようとする「お役所言葉」に他なりません。
 ルンビニこども園から見れば、子どもも、保護者も、大人も、近所の会社も、すべて子どもの保育に必要なことで特別なことではありません。それが連続的につながり合って、展開しながら保育が続いています。それは、縁起を大切にした教育なのだろうと思います。その縁起は、題材や行事などの短いスパンだけではないようです。設定保育から遊び中心の保育へと園自体が変化し続けている10年以上の歩みそのものが、ルンビニこども園の縁起なのでしょう。

 本稿のはじめに私たちが「芸術統合型学習」の研究をしていると書きました。ルンビニこども園の姿をもとにすると、「芸術統合型学習」という言い方は教育を教科や単元などにあえてバラバラにした上で、それを連携させようという妙な話なのかもしれません。園長先生の「そうじゃない感」、保育士さんの「遊びの跡ですから……」から、もう一度、研究を見直さないといけないなと思った訪問でした。

※1:2020―2024年度「芸術統合型学習を通じた美術教育の再定義~横断的実践調査及び質問紙法による学力分析」(基盤研究(B)・20H01685)研究代表者
※2:平成27年に厚生労働省が発表した「保育士等に関する関係資料」によると、平成25年の保育士の離職率は10.3%
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11901000-Koyoukintoujidoukateikyoku-Soumuka/s.1_3.pdf
※3:バーバラ ロゴフ著、當眞 千賀子 訳『文化的営みとしての発達―個人、世代、コミュニティ』2006新曜社

「造形遊び」への想い~第3回:造形遊びという縁起

 造形遊びは、友だちや先生、材料や用具、場所など様々な資源によって成り立ちます。そのため教師の手立てとして「造形遊びでは『資源』を広くとらえる必要があります」「生態系のような視点で、材料や場所などの『資源』を準備することが大事です」と言ってきました。でも、その説明だけではちょっと危険だと思います。本稿では、そのことについてお話します。

「立てて、立てて…」

 写真は、以前実施した中学年の造形遊び「立てて、立てて…」の一場面です(※1)。「低学年では『並べる』だから、中学年なら『立てる』だよね」という感じで計画した題材でした。
 例によって、立てる材料も、立てる場所も「自分たちで考えてね~」という乱暴な導入でしたが、子どもたちは、自分たちなりに問題を解決していきます。教師は安全性や妥当性を見守りながら、「すごいね~」「こんな風になったんだ!」と認め、励ましていくという仕事に専念します。
 結果として、子どもたちは、園芸用の支柱を排水溝の蓋に突っ込んだり(写真1)、校庭の樹木にパイプを立てたり(写真2)、孔雀の羽を発泡セメントに立たせて通路に並べたり(写真3)様々な活動を行いました。

写真1写真2写真3

 中には、ペンや消しゴムなどを天井からぶら下げる子どもたちもいました(写真4)。
 「立ててって言ったじゃない」
 そう突っ込むと、
 「先生、逆立ちしてごらん」
と言い返されました。確かに、逆さから見れば、天井からいろんな材料が立っています(写真5)。う~ん、やられた…。

写真4写真5

資源を揃えても造形遊びにはならない

写真6 この造形遊びの資源には何があるでしょう。園芸用の支柱や紙パイプ、文房具などの材料(写真6)、校舎裏の土置き場、通路、庭の樹木、天井などの場所、さらには一緒に活動する友だち、この学習を計画した教師と学習指導案など様々です。
 では、同じ資源を揃えれば、同じような造形遊びになるのでしょうか?「そうじゃない」というのが現場的な実感です。
 まず、資源が同じなら、同じ学習になるという保証はどこにもありません。同じ先生、同じ単元や題材なのに「昨年はうまくいったけど、今年はダメだった」ということはよくありますし、その逆も起こります。「授業は生もの」「学習は生き物」という言い方もするほどです。学習は、何か資源が一つ欠けたり、タイミングが異なったりするだけで大きく変化するのです。
 また、「造形遊びの資源を揃えたら、造形遊びになる」という言い方も、同じ言葉を繰り返しているようで、何か妙です。
 「でも、学習指導案はそうやって書くんじゃないの?」
 ええ、指導案は「このような資源を並べる」ので「このような学習になる」という風に、目標と結果が一致するように記述します。授業を進める資源としては欠かせないものです。ただ、あくまで「計画表」であり、その通りに進める「きまり」ではありません。以前、本連載(※2)で紹介した阿部慶賀先生(2021)は、「これとこれが満たされれば創造的ですよ」のような言い方は「禅問答のようなもの」だと指摘しています(※3)。指導案がお約束的な同義語反復であることには留意した方がよいでしょう。
 それに、指導案だけで実践が完全にコントロールできるわけではありません。「指導案に書いたように学習が進まなかった」とがっかりすることは日常茶飯事で、誰もが経験していることだと思います。教師が資源を揃えただけで造形遊びが成立するというのは少々都合のよい話だと思います。

造形遊びは「因果」よりも「縁起」

 ではどのように取り組めばよいのでしょうか。
 横浜国立大学の有元典文先生(2021)は、教育は「因果」だけでなく「縁起」という視点が大切だと指摘しています。「因果」とは、原因と結果を意味する言葉で、「種を植えたら、花が咲く」「知識技能を学べば、活用できる」のような話です。全くその通りなのですが、物事はそう単純ではありません。

数多くある種のひとつが、たまたま日当たりの良い場所に運ばれて、天候に恵まれ、雨に流されず、鳥についばまれず、人に踏まれず、土壌からの水分と栄養をたっぷり得たので、今ここに花は咲き、育っている(有元2022)(※4)

 種から花という「因果」が成立するためには、様々な出会いや出来事という縁の連鎖、つまり「縁起」が必要です。「資源を揃えたら、造形遊びができる」という言い方は、まさに因果的な言い方であり、そこに欠けているのは「縁起」なのです。
 造形遊びでは、この「縁起」の在りようを子どもたち自身が見事に見せてくれます。「立てて、立てて…」のAさんを追ってみましょう。
 まず、Aさんは、軍手に木を差し込んだら「立つ!」ということを思い付きます(写真7)。「先生~」と持ってきたので、「それいいね~!どこに立てる?」と言うと、Aさんは、校舎裏の土置き場に立てました(写真8)。おそらく土砂なので立てやすかったのでしょう。ブロックに合わせて横に一列、入口の部分に合わせて2本と、土置き場の形に合わせて構成されています。

写真7写真8

 Aさんは、しばらくそれを見つめていたのですが(写真9)、次に枯れたプランターに立て始めます(写真10)。ここも土ですし、枯れた植物の並び立つ形に誘われたのかもしれません。

写真9写真10

 さらに、何を思ったのか、正面玄関に場所を移して、花がきれいに咲いている植木鉢に、ひとつひとつ立てていきました(写真11)。
 「やばい…研究公開日のために並べた花が…」
 教師は少々焦ります。ただ、よく見ると花の色とゴム手袋の色が重なっています。A子さんは、活動のどこかで、手袋を花だという発想に切り替えたのでしょう。
 そして、最後は、前庭の植木に「手袋の花」を咲かせてくれました(写真12)。

写真11写真12

 「えっ、それは、さすがに…」
 教師は関係各所のお詫びに追われた次第です。用務員さんごめんなさい。
 でも、「手袋の花」の後ろで、同じポーズをとるA子さんの表情は、今も忘れられません。それは、縁の連鎖が結実した喜びでしょう。材料と場所などの資源という「因」だけでなく、様々な出来事や資源同士が関わり合う「縁起」を経て、はじめてA子さんは「果」という実(み)を味わったのだろうと思います。
 有元先生(2021)は、前述に続けます。

種があるから芽が出るという因果律はその通りだが、因果が成立するには非常に多くの要素が関わっている。教育は因果律だけで計画するものではない。学んだことがより良い出会いのご縁の中で花ひらくように、因果律だけでなくいわば縁起律にしたがって進めるものだろう(※5)

 この指摘は、造形遊びに取り組む教師であれば、実感的に分かることだと思います。造形遊びにおいて、教師は子どもたちの学習過程を想像しながら、多様な資源に目を配りつつ、指導計画を作成します。でも、いざ授業が始まったらその子の「縁」に注目しながら、子どもの状況をその都度判断し、臨機応変に材料を提案したり、活動を支援したりします。教師が授業中に実際に行っているのは「縁起律」なのです。
 たぶん「資源」という言い方がよくないのでしょう。それは造形遊びが資源だけで成り立っているような誤解を生むように思います。実際は、資源を配置するだけではなく、見守ったり、手助けしたり、時にはダメ出しをしたり、縁がよりふくらむように子どもたちの造形活動を支えているのが教師です。それは、造形遊びだけでなく、図画工作、さらには学校教育全体を支えている姿だと思います。

※1:奥村高明 宮崎大学教育文化学部附属小学校 研究公開授業より(1999.1)
※2:奥村高明「学び!と美術 <Vol.103> 「ひらめき」が生まれる授業」
https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/art/art103/
※3:阿部慶賀 第1章座談会「禅問答みたいな話になっちゃいますが、「創造性ってこうです」って定義した瞬間に、創造的じゃなくなってしまいますね。例えば「これとこれが満たされれば創造的ですよ」っていうと、筋道が決まっちゃうわけです。すると「創造性のための方略」や「創造性のマニュアル」ができてしまいます。でも、それはおかしなことでしょう。」奥村⾼明、有本典文、阿部慶賀編著『ひらめきがうまれる授業』日本文教出版(2022)【近刊】
※4:有元典文 第3章「ひらめく場づくりとしての教室」前掲註3
※5:前掲註4

「造形遊び」への想い~第2回:造形遊びと〔共通事項〕

 以前から「造形遊び」は「新聞紙と遊んでどうなるの?」「何が育っているのかよく分からない」など理解が難しく、実施をためらう声がありました。その原因の一つは、前号でみたように「造形遊び」が「絵や立体、工作」「鑑賞」と並ぶ内容の一つであると同時に、図画工作全体の基盤的な概念にもなっていることの分かりにくさでした。この実施上の問題と、基盤的な性質をどう解決するか……それが、2008年小学校学習指導要領の改訂で〔共通事項〕を提案する背景の一つとなりました(※1)。このことについてお話しします。

〔共通事項〕とは何か

 図画工作・美術以外の読者のために、〔共通事項〕について簡単に解説します。
 まず、〔共通事項〕は図画工作のすべての内容に「共通」する学習内容です。そして「造形遊び」や「絵や立体、工作」「鑑賞」などの内容とは別に示しています。以下のような二項目で、けっこうシンプルです。

第1学年及び第2学年
〔共通事項〕
(1)「A表現」及び「B鑑賞」の指導を通して,次の事項を身に付けることができるよう指導する。
  ア 自分の感覚や行為を通して,形や色などに気付くこと。
  イ 形や色などを基に,自分のイメージをもつこと

形や色などって……
国語の漢字、算数の数、音楽の音符みたいなもの?

 まあ、漢字や数、音符などと同じ指導事項なので、そうだと言えばそうなのですが、性質がちょっと違います。
 漢字や数、音符などは誰にとっても同じです。また、その規則を教えることも大切です。しかし〔共通事項〕の場合、形や色には「自分の感覚や行為を通して」と前置きがあります。イメージには「自分の」がついています。〔共通事項〕は、自らの感覚や行為などをもとに、学習活動の中で成立する性質が強いのです。

〔共通事項〕は「遊び道具」

 この性質について、ある学会で「〔共通事項〕は造形遊びである」と断言した先生がいます。立教大学の大嶋彰先生です。大嶋先生は〔共通事項〕を以下のように解釈し、「造形遊び」だと指摘しています。

 「自分の感覚や活動を通して」が最初にあって、「形や色」「組み合わせ」「動きや奥行」「造形的な特徴」、そして最後に「自分のイメージ」となっています。すでにある客観的なイメージではなく「自分のイメージ」です。この順番が何を示しているかということですが、「シニフィエ(意味内容)」は、「シニフィアン(意味作用)」の差異化・分節化作用によって事後的に生まれるということを共通事項は示している訳です(※2)

 言語学の専門用語があって難解だと思うので、少々乱暴ですが、分かりやすく言い換えてみましょう。

決まった形や色、イメージがあって、それを僕が一方的に受け入れるわけじゃないよ。僕の感覚や行為があって、形や色が成り立つの! その先に僕のイメージが生まれるわけ。それが〔共通事項〕だよ。

 まあ、子どもがこんなことを言うとは思えませんが……。でも、大嶋先生の言う通り「造形遊び」と〔共通事項〕はよく似ているのです。学習指導要領の解説を比較してみましょう。

「造形遊び」
 児童は,材料に働きかけ,自分の感覚や行為などを通して形や色などを捉え,そこから生まれる自分なりのイメージを基に,思いのままに発想や構想を繰り返し,手や体全体の感覚などを働かせながら技能などを発揮していく。これは遊びのもつ能動的で創造的な性格を学習として取り入れた材料などを基にした活動で,この内容を「造形遊びをする」とし「A表現」の(1)ア及び(2)アで取り扱うこととした(※3)

〔共通事項〕
 児童は,幼いころから,身近なものを見たり,手にしたりするなど,自ら身の回りの世界に進んで働きかけ,様々な形や色などと出会っている。それはやがて,形や色などを手掛かりにして,選んだり,使ったりするなど,思いを形や色などに託し表現するようになる。また,ものに触れて心の中に様々なイメージを思い描くとともに,ものをいろいろな表現に使うことからイメージを広げている。
 ここで発揮していることが,〔共通事項〕の内容である(※4)

 どちらも、自分の感覚や行為があって、次に形や色、そしてイメージと展開します。大嶋先生の指摘する順番です。また、どちらにも遊びの性質が見えるのも大事なことです。〔共通事項〕で示した形や色、イメージなどは、教えてから使うというよりも、自分たちが遊ぶように学習する子どもたちのプロセスではじめて成り立ちます。言い換えれば、〔共通事項〕は、子どもたちにとって、自分たちの学習活動の「遊び道具」のようなものなのです。
 そうであれば〔共通事項〕を導入することによって、「造形遊び」が大事にしている「自分の感覚や行為を通して、形や色などを成立させること」、あるいは「自分なりのイメージを基に、思いのままに発想や構想を繰り返すこと」などは「絵や立体、工作」や「鑑賞」においても重視されるようになるでしょう。〔共通事項〕という「遊び道具」が、「造形遊び」の基盤的な概念を拡張し、実質的に「造形遊び」を実施することに役立ってくれるはずです。それは〔共通事項〕導入時に明確に意識したことでした。

〔共通事項〕は「指導事項」

 一方、学習指導としては、小学校学習指導要領に〔共通事項〕を取り入れることよって、学習指導の何が変わるのでしょう。特に期待したのは以下のような点です。
 まず、図画工作の授業はなかなか予定通りには進みません。子どもたちは学習活動の中で、材料や用具、友達や先生などと交流し、様々な出来事が起きて、振り返ってみたらこの作品になったということが多くあります。前号で、傘を天井に吊るし、それを寝転んで味わい合った姿などその典型でしょう。たった一枚の絵であっても、それは単純な因果でできたわけではなく、その中に様々な「縁」の連鎖が含まれているわけです(※5)
 でも、それをとらえて、指導や評価につなげるのは、けっこう大変です。そんな時、〔共通事項〕が役立つはずです。
 例えば、「新聞紙を用いた造形遊び」で、子どもたちは「新聞紙」と遊んでいるのではありません。〔共通事項〕の視点からすれば「ねじれば変化する新聞紙の形」「その時の音」「しわくちゃになった手触り」、あるいは「紙の強さや破れる性質」などと遊んでいるのです(※6)
 「体に新聞紙を巻き付けている子ども」は、単に「新聞紙を服にした」から、「新聞紙の形が変化する性質を生かして、服のような造形を行った」となります。子どもにかける言葉は「服つくったんだね」から「新聞紙って、体を包めるよね!」とその子の気づきを認めた形に変わるでしょう。
 「新聞紙をびりびりと細かくやぶっている子どもたち」はどうでしょうか。ただ「やぶるのをワイワイと面白がっている」だけともとらえられます。でも、「新聞紙の音や感触を楽しみながら、協働的に造形活動を展開している」と評価することも可能でしょう。そのようにとらえれば、その後に「雪のように新聞紙を降らせる行為」を何度も繰り返したことは、自分たちの「ひらめき」の縁を、「つくりだす喜び」として味わっている姿として学習評価できるでしょう。
 このように、〔共通事項〕を用いれば、先生たちが、子どもたちをより具体的にとらえ、その姿に寄り添うことができるはずです。〔共通事項〕は、その意味で、「指導事項」という先生たちの「指導の道具」なのです。

「造形遊び」から〔共通事項〕を読み解く

 〔共通事項〕は、「造形遊び」の実施上の問題を解決するとともに、基盤的な概念を拡張するために導入されました。同時に、遊びのように見える子どもの学習を理解し、具体的に学習指導を行うための指導事項でした。
 心理学者のヴィゴツキーは、「遊び」について、以下のように述べ、その重要性を指摘しています。

 遊びは、子供が自分の未来に最も近づけるゾーン(発達の最近接領域:ゾーン・オブ・プロキシマル・デベロップメント)を作り出す。遊びでは、子供は常にその年齢に平均的な日常行動を超えて行動する。それはあたかも頭一つ分、背が伸びたようなものだ(ア・ヘッド・トーラー)。遊びは、虫眼鏡の焦点のように凝縮した形で、すべての発達の特徴を含み、それ自体が発達の主要な発生源である(※7)

 「遊び」は「それ自体が発達の主要な発生源」であり、子どもたちに「頭一つ分」の背伸びを可能にします。それは、図画工作に限らず、小学校の学習に欠かせない要素の一つでしょう。〔共通事項〕も、この遊びの性質から、つまり「造形遊び」の視点から読み解くことが大切だと思います(※8)

※1:〔共通事項〕提案の背景については「基礎的基本的事項」の明確化の要求もありました。
学び!と美術<Vol.97>〔共通事項〕が目指した「私」
https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/art/art097/
※2:コーディネーター:梅沢啓一、パネリスト:大嶋彰、奥村高明、苅宿俊文「共同討議 アートの力と美術教育~よりよく生きるために~」『日本美術教育学会学術研究大会東京大会』青山学院大学青山キャンパス(2019.8.19)、「アートの力と美術教育~よりよく生きるために~」『日本美術教育学会誌美術教育』(2020) pp.102-113
※3:文部科学省『小学校学習指導要領解説 図画工作編』(2017) p.21
※4:文部科学省『小学校学習指導要領解説 図画工作編』(2017) p.32
※5:【近刊】『ひらめきをうむ授業』2022(日本文教出版、奥村高明、有元典文、阿部慶賀 編著)より
※6:おそらく、指導案にも役立つでしょう。授業を計画するのは先生です。指導案を書くためには、様々な資源を想定します。材料や用具、発想や構想、技能などです。これに加え、形や色、イメージなどを用いれば、指導計画はより具体的に立案できるようになるだろうと考えました。
※7:L. S. Vygotsky″Play and its role in the mental development of the child“International Research in Early Childhood Education 3 Vol. 7, No. 2, 2016,First publication: Vygotsky, L. (1966). Igra i ee rol v umstvennom razvitii rebenka, Voprosy psihologii [Problems of psychology], 12(6), 62–76.Translated in 2015 by Nikolai Veresov (Australia) and Myra Barrs (United Kingdom)、有元典文「10章 教育におけるパフォーマンスの意味」香川秀太・有元典文・茂呂雄二 編『パフォーマンス心理学入門—共生と発達のアート』新曜社(2019)
※8:〔共通事項〕は小学校図画工作と中学校美術科で、やや異なる取り扱いになっています。それは発達段階の特徴に応じたものです。中学生ともなれば、文化的な色や、既存のイメージなども活用できるようになります。自分のイメージを外化して、客観的に取り扱うことも可能です。そのため〔共通事項〕は全て「知識」として取り扱っています。一方、小学生にとって、色の意味は自由であり、大人の概念を押し付けることは不適切です。また、自分のイメージを「知識」として取り出すことは難しく、発想や構想と厳密に分けることはできません。そのため〔共通事項〕の形や色などは「知識」、イメージは「思考・判断・表現」として取り扱っています。

「造形遊び」への想い~第1回:造形遊びの二つの側面

 図画工作に「造形遊び」という内容があります(※1)。筆者は、その実際や考え方はコロナ後の教育や美術にとって重要な視点を与えるだろうと考えています。そこで「造形遊び」の特徴や学習指導要領作成の裏話などについて複数回連載しようと思います。
 「造形遊び」は、図画工作科全学年に設定された学習内容の一つです。一方、絵や工作、鑑賞など他の領域も含めて図画工作全体の基盤的な概念という側面もあります。何より筆者の教育研究や考え方などの拠り所にもなっています。本稿ではそのことについてお話します。

「造形遊び」とは?

 本稿の読者には図画工作の先生以外も多いので「造形遊び」がどのような学習なのか簡単に説明しましょう。
 学習指導要領では以下のように説明されています。

身近にある自然物や人工の材料,その形や色などから思い付いた造形活動を行うものである。児童は,材料に働きかけ,自分の感覚や行為などを通して形や色などを捉え,そこから生まれる自分なりのイメージを基に,思いのままに発想や構想を繰り返し,手や体全体の感覚などを働かせながら技能などを発揮していく。これは遊びのもつ能動的で創造的な性格を学習として取り入れた材料などを基にした活動で,この内容を「造形遊びをする」とし「A表現」の(1)ア及び(2)アで取り扱うこととした(※2)。(下線筆者)

 「造形遊び」とは、身近にある材料や用具、場所や空間、その形や色、イメージなどから、子どもが「思い付いた造形活動」を行うもので、「遊びのもつ能動的で創造的な性格を学習として取り入れた」学習だというわけです。う~ん…。
 実際にどのような学習なのか、28年前に実施した低学年「ならべて、ならべて(※3)」を取り上げて説明しましょう。授業は以下のように始まりました。

 子:先生~、今日何するんですか?
 先:何か、並べようかと思って…
 子:何を並べるんですか~?
 先:それはみんなが決めて…図工室の材料置き場にある木材とか、置き忘れの傘とか、学校にたくさんあるものがいいかなあ…
 子:どこでやるんですか~?
 先:それもみんなが決めて~、でも先生たちの目の届かないところはだめだよ(※4)

 かなりアバウトな導入ですが、まず材料と場所を選ぶことから始めようとしています(※5)。「何を並べよう」と材料を見つけ、「どこに並べよう」と場所を探し、並べ始めたら「こうなった」と振り返り、「じゃあもっとこうしてみよう」と「思い付いた造形活動」を連続させていくわけです。毎年、子どもたちは木材、ハンガー、ひまわりの支柱など、いろいろな材料を並べていました。

 ここでは、置き傘を選んだ子どもたちをとりあげて活動のプロセスをたどってみましょう。置き傘のグループ(※6)は、まず中庭のステージに傘を並べることから始めました。そして中庭のステージをぐるりと傘で取り囲みます。

 このとき「だめだめ、そこ!同じ色が並んでる!」という声が聞こえました。よく見ると、同じ色の傘が連続しないように並べています。色という知識を活用していることが分かります。
 その後、傘グループは、階段、渡り廊下、その天井と次々と並べます。そこでは「同じ色が並ばないようにする」だけでなく、「傘を同じ方向を向けて並べる」「傘をぶら下げる」など、新しい発想が取り入れられています。そして、最後には、それをみんなで寝転がって見上げていました。

 このような子どもの様子そのものは、昼休みに泥んこ遊びや、砂遊びなどの姿と大きな変わりはないと思います。何かの作品が生まれるわけでもないし、ゴールも明確ではありません。協働性が発揮されているので個別の評価も難しいようで、先生が戸惑うという声もあります。
 でも、子どもたちが、場所や材料に応じて自ら学習活動を開発し、発展させ、その中で形や色や並べ方(知識・技能)、発想や構想(思考・判断・表現)、学び続ける主体性や協働性、学習を振り返る力(主体的に学ぶ態度)などを発揮していることは確かです。
 それが「遊びのもつ能動的で創造的な性格を学習として取り入れた」意味であり、自然物や人工の材料、その形や色などから思い付いた造形活動を行う「造形遊び」であるというのが現在の学習指導要領上の解釈だと言えるでしょう。

「造形遊び」を分かっているのは子ども?教師?

 このような「造形遊び」で発揮できる能力や学習の在りようを理解しているのは、実は「教師より子どもだ」という研究があります。
 森實・李(2021)は、教師と児童の両方に対して、34項目の共通項目を質問し、統計的な分析を加え、教師と子どもの認識のズレを明らかにしようとしました(※7)。その結果『教師よりも児童の方が「造形遊び」で身につく力を評価し、友達との交流を強く認識し、コミュニケーションを活発に行い、自分の存在価値を見出している』という結論に達します。
 例えば、「自分の活動のよさを知った」「自分のやりたいことを追求出来た」などについて、教師より児童の方が、有意に得点が高いそうです。場所の制約がなく、友達とたくさん相談できて、材料や用具などが満足して使えるなど「造形遊び」の特徴も理解しており、さらに「造形遊び」では学習プロセスが最も重要だと感じているそうです。
 そういえば、「造形遊び」では、「あ!いいこと考えた!」という声を聞くことができます。子ども同士で話し合いながら「あ、そうだ!思いついた!」と言っている場面を見ることもあります。その頻度が、絵や立体、工作など他の図画工作の内容よりも特に多いのです。子どもは「造形遊び」で資質や能力を獲得していること、プロセスを通して協働性や主体性などが発揮できていることなどを実感できているのかもしれません(※8)
 一方、先生はどうなのでしょう。この調査で、先生たちは「材料や用具の準備に積極的だった」「自分の活動に夢中になった」など子どもたちの取り組む姿勢は評価するものの、「形や色などの新しい活かし方ができた」「造形遊びを通して仲間が増える」など、そこで獲得されている資質・能力については、子どもたちより認識が低かったようです。
 ただ、「指導に対しては困難を感じながらも、多くの教師が造形遊びに高い意識をもって指導・評価している」という結果は得られたようです。実は、私もそのような教師の一人でしたので、この指摘には思わず共感してしまいました。
 思い起こせば、35年前に美術教師から小学校教師に異動し、その後附属学校で教育研究をすることになったのですが、図画工作の実践研究は、ほぼ「ド素人」…ひたすら子どもの姿を追い、学習の意味を確かめました。その結果、学習は効率よく教えることが重要という考えから、学習者中心で物事を考えるのが大切という方向に変わりました。それを特に分からせてくれたのが「造形遊び」だったのです。

 ようやく、冒頭の話とつながったようです。「造形遊び」は、図画工作の学習内容の一つでしかありません。でも、材料や場所の意味、子どもの資質・能力など、図画工作の鍵になる考え方を学ぶことができるわけです。そうだとすれば、「造形遊び」は、子どもの学びであると同時に、教師の学びにつながっている特異な時間であるといえるでしょう。
 でも、そのこと自体が、多くの先生にとって「造形遊び」の理解を困難にしている原因かもしれません。「造形遊び」は「教師に理解されていない」「実施をためらう教師がいる」などの指摘もあります。次回は、それを改善するために学習指導要領を改訂したお話をしましょう。

※1:現行学習指導要領では学習内容が資質能力ベースなので、資質・能力を育成するための事項として「造形遊びをする(・・・)」という記述になっています。
※2:文部科学省『小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 図画工作編』21p
※3:第2学年、90分程度の題材です。
※4:このときは3学級一体で実施し、先生たち3人がポイントとなる場所で安全確認と指導をしています。「造形遊び」では体育館とか広い教室など場所を指定することが多いのですが、チームティーチィングなどの工夫で、子どもが場所を選択できるようにするのがコツです。
※5:選ぶ時から「造形遊び」は始まっています。いろいろな材料から子どもが選ぶことが保証されていると、子どもは主体性になり、より遊び性が発揮できると考えました。同じ材料を多量に与え「これを工夫して並べなさい」では、材料選択や発想の幅が狭まり、学習が限定的になるように思います。
※6:グループといっても固定的なものではなく、参加したり、外れたり柔軟性があります。
※7:森實祐里・李知恩「児童と小学校教師の「造形遊び」についての認識のズレ」北海道教育大学紀要(教育科学編)第71巻第2号(2021)
※8:だからといって「造形遊び」が『子どもの「ひらめき」を生み出す学習だ』『他の学習や教科とは違うよさがある』と言ってしまうのは早計で対立的でしょう。いろいろな学習活動や教科があり、各教科等の全体として子供の教育は行われています。

美術鑑賞の現在地 後編(2010~) 第1回「文脈への着目」

 2010年以降の美術鑑賞の特徴をまとめます。第1回は「文脈」です。
 2000年代までに美術鑑賞は多様になりましたが、「型」的な方法論に固執したり、知識不要論が生まれたりした時期でもありました。その反動なのか、2010年代には「文脈」への注目が徐々に高まっていきます(※1)。ここでは2つの事例を取り上げて検討しましょう。

山口先生の「氷山モデル」

「美術作品の氷山モデル」山口敦士 「文脈」の説明で分かりやすいのは、甲陽学院高等学校の山口敦士先生の「氷山モデル」です(※2)。以下の3つで構成されています。

  1. 氷山の海の上に見えている部分が「造形の要素」です。形や色、質感、モチーフなど視覚的にとらえられるすべてでしょう。氷山を見ることと同じように、私たちが美術作品から最初に得られる物理的情報です。
  2. 氷山の海の中に隠れている部分が「主題」です。「何を表現しようとしたのか」「描かれたテーマは何か」など、作品から伝わってくるメッセージや概念に当たります。海の上の見える部分(造形の要素)から、見えない部分(主題)について想像したり、考えたりすることができます。
  3. 氷山をささえるのが海水で「社会的、地理的、文化的な背景」です。氷山は、海水や水温、環境など多様な資源があってはじめて成立します。美術作品にも、それが描かれた当時の社会的要素、地理的条件、政治的な問題、歴史や文化の背景などがあります。「文脈」にあたるのはこの部分です。

 山口先生は、この「氷山モデル」を学習の核となる重要なイメージとして考えており、生徒と共有したり、年間を通じて様々なシーンで活用したりしています。
 例えば、動的な作品サムネイルの集合体から、作品を選んだり、仲間分けしたりできる「デジタルアートカード(※3)」を用いた「アート界の“推しメン”発見(※4)」という鑑賞の授業では、生徒は「氷山モデル」を確認した上で学習に取り組みます。生徒は、お気に入りの作家や作品、つまり「推しメン」が決まったら、インターネットや図書などを用いてさらに詳しく調べ、最終的に「その魅力をプレゼンテーション」します。この活動の全体に「氷山モデル」という概念が流れているというわけです。
 山口先生は「文脈」が学習活動の重要なポイントになっていたことについて、次のように語っています。

 氷山モデルのポイントは、作品の造形的な要素や主題だけでなく、作品を成立させる背景(海水)も大事にすることです。生徒が記述したワークシートからは、ミレーの『晩鐘』に見られる宗教的な営みの価値と産業革命期の物質的な豊かさの関係、ベラスケスの『インノケンティウス10世像』と当時のカトリック教会の思惑、高橋由一が新年の贈り物である“新巻き鮭”を描いた『鮭』と明治維新、義務教育が6年制となった年に描かれた土田麦僊の『罰』、など作品の主題と当時の世界状況を関連付ける様子が見られました。

 高校生は、中学生までに形や色などから主題を探った経験を持ち、歴史的な知識や概念も豊富になっています。「文脈」を活用しながらより深く美術作品や作家について考えることが可能でしょう。また「氷山モデル」は、形や色、主題、歴史的背景などの要素が分断されず、氷山と海水がお互いに必要で不可分な関係が一目で分かるため、生徒にとって活用しやすい道具(※5)になっていると思います。

テート美術館「アートへの扉」

 「文脈」の大切さを分かりやすく説明しているのは、美術館を活用するためのカリキュラムやアクティビティなどを紹介するテート美術館編『美術館活用術~鑑賞教育の手引き』です。その中で学習の基盤として提案されているのが、文脈を踏まえた「アートへの扉」でした(※6)
 「アートへの扉」は探求的に美術鑑賞する視点を示したものです。「私」「対象(もの)」「主題」「文脈」の4つの扉で構成されており、扉を掛け替えたり、相互に参照したりしながら学習に活用します。それによって、美術鑑賞を単なる作品解釈に終わらせるのではなく、「私とは誰か」「私たちの世界の問題は何か」など、学習をより深めようとします。

「アートへの扉」(筆者がまとめた図を用いています)

  1. 「私からのアプローチ」~美術鑑賞は、他ならぬ私から始まります。しかし、それは友達や作品、学習活動などを通して拡張し、変化します。ここでの「私」は、探求的な学習共同体の中で尊重され、かつ「生まれ変わっていく私」という意味合いで用いられています。美術鑑賞は「私」自身の在り方を問い直す活動なのです。
  2. 「対象(もの)の扉」~氷山モデルの海上部分と同じです。形や色、線や明暗、色調、構図、大きさ、空間、量感、材料、設置場所の特徴、時間、制作プロセスなど認識できる「対象(もの)」で、「私」の身体と深く関係しながら、視覚や聴覚、空間感覚など様々な感覚を活性化して美術作品をとらえる視点です。「対象(もの)」を注意深く観察したり、特性や関連性を探ったりすることは美術鑑賞に不可欠な活動でしょう。
  3. 「主題の扉」~氷山モデルの海中部分と同じです。作品のタイトルや内容、作品が投げかけるメッセージ、作品に込められた概念など一般的に「主題」として取り扱われるものです。作品が何を語っているかについて考えることは、鑑賞学習で最も重要な部分でしょう。例えば、その作品は美術の制度を批判しているかもしれません。あるいは、私たちの見方や考え方に疑問を提示しているのかもしれません。
  4. 「文脈の扉」~「文脈」は「対象(もの)」のように作品から直接確認はできません。「主題」のような作品が語るメッセージでもありません。作品に関連する歴史、学問、社会問題などであり、作家自身が気づいていない場合もあります。「文脈」をふまえれば、作品はより広い世界と関連付くことになり、私たちは美術鑑賞を通して新たな問題に立ち向かう力を獲得することができるでしょう。例えば「名画」の現代社会における役割や働きを考えたり、科学や哲学、数学や生態学など創造性に関わる他の領域と関連付けて考えたりすることで、鑑賞学習は、より深く、より多様に展開できるでしょう。

 本書で「アートへの扉」を知った当時、多くの鑑賞学習は作品解釈に拘泥し、「対象」と「主題」の往還に終始していた記憶があります。「アートへの扉」の「文脈」に切り込む視点や、鑑賞を通して「私」や「世界」が変化するという考え方は新鮮でした。美術作品を美術科だけでなく教育課程全体で活用する可能性も感じました。日本にこのような本は見られず、美術出版サービスセンター(現美術出版エデュケーショナル)にお願いして、2012年に翻訳・出版した次第です。
 今では、美術鑑賞で知識を否定するようなことはなくなり、「文脈」も様々な場面で活用されるようになりました。近年、カリキュラムマネジメントやSTEAM、国際バカロレアなど、教育課程全体で子どもたちを育てようとする教育の流れもあります。美術作品をより拡張的に活用していくために、「文脈」はますます重要な概念となっていくでしょう(※7)

※1:学び!と美術<Vol.33>『これからの美術鑑賞~「文脈」と鑑賞教育』
https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/art/art033/
※2:山口先生に、どのように氷山モデルにたどり着いたのかと尋ねたところ、自分なりに考えていたことをまとめたときに、精神分析学者のフロイトの氷山モデル(意識は氷山の一角とする考え方)に出会い、それをヒントに考えを整理したそうです。
※3:本教材の監修や作品選定に関わりました。動的な作品サムネイルの集合体から、気になる作品を選んだり、仲間分けをしたりできます。『デジタルアートカード』
https://www.nichibun-g.co.jp/digital_artcard/
※4:デジタルアートカード指導のアイデアより。『アート界の“推しメン”発見』
https://www.nichibun-g.co.jp/digital_artcard/idea.html
※5:認知的道具の意味です。加藤浩、有元典文 編著『認知的道具のデザイン』金子書房(2001)
※6:ヘレン・チャーマン、キャサリン・ローズ、ギリアン・ウィルソン 編、奥村高明、長田謙一 監訳、酒井敦子、品川知子 訳『美術館活用術 鑑賞教育の手引き』ロンドン・テートギャラリー編、美術出版社(2012)。原著は2006年、森美術館の酒井敦子エデュケーター(現:国立西洋美術館学芸課研究員)から紹介されたのが2007年、首都大学東京の長田謙一教授(現:名古屋芸術大学教授、東京都立大学客員教授)の協力を得て、さっそく出版の準備に入りました。なお、あくまでも当時のテートの普及活動部が考えた理論であり、現在はテートで用いられていないようです。
※7:最も先端的な事例は台湾の北師美術館の実践でしょう。学び!と美術<Vol.81>『美術館を開く~台湾、北師美術館の挑戦~』
https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/art/art081/

バードウォッチングと図画工作・美術

写真1「ケリ」 アクリルガッシュ、F0キャンバス180×140mm
写真2「アオジ」 Johan Scherft
https://jscherft.wixsite.com/website-johan-3/papercraft
 バードウォッチングを始めてしまいました。理由は「イラストの仕事でよく鳥の絵を描いていたこと(写真1)」「緊急事態宣言中に鳥の工作にいそしんでいたこと(写真2)」「空を飛べたらいいなと思う子どもだったこと」などだろうと思います。
 始めてみると、まあ深い、深い。熟達者には当たり前のことかもしれませんが、私にはいろいろ新鮮で、図画工作や美術に役立つかもしれない風景が見えてきました。

道具が変わると「世界」が広がる

 バードウォッチングを始めたのは2020年の6月ぐらいです。最初はコロナ禍の運動不足解消が目的でしたから、「公園に出かけたら、鳥に会えるかな」という程度でした。運よく、カワセミを見つけたりするのですが、当然効率は悪いわけです。
 そのうち「野鳥の森」や「バードサンクチュアリ(※1)」を持つ公園などに足を運ぶようになります。そこには観察小屋が設置されていることが多く、野鳥に遭遇する効率は格段に上がりました。
 ただ、そこに集まる人々はバズーカ砲のような望遠レンズ付のカメラや双眼鏡を持っています。まるで身だしなみコードのように…。そこで試しに双眼鏡を購入してみることにしました。最初は拡大率10倍、重さ170g、21mm対物レンズのオペラグラスでした。するとカワセミが「そこ!」にいるように見えるではないですか! すぐに物足りなくなって、12倍、600g、42mm対物レンズの双眼鏡に買い替えます。レンズが大きくなると入ってくる光量が増えます。色収差(※2)も起きない仕組みになっているので、格段に鳥が美しく見えます。ストラップにはブランド名が光り輝き…気分は上がります。
 これをきっかけに、東京23区内の野鳥が観察できる公園を探して、そこを訪れるようになりました。オオタカ、モズ、アオジ…新しい鳥を見るたびに大喜びです。道具を入手することで、見える世界が一気に広がったというわけです。
 これを図画工作・美術に置き換えてみましょう。おそらく、子どもにとっても、道具は自分の行動が変わる「世界の扉」やその「広がり」でしょう。私たちは「筆でこのような表現ができる」「金槌は手の巧緻性を高める」など、道具の効果や有用性などで語りがちです。しかし、道具の使用は、意欲や喜びのある世界の拡張であり、学習調整力や知識の獲得など、もっと多面的に考えることが大切だと思います(※3)

コミュニティに参加すると「情報」が変わる

 観察小屋に集まる熟達者は、初心者には怖い存在です。難しい顔をして、じっと鳥を待っていますし、お互い顔見知りのようで「一見さんお断り」の雰囲気も漂わせています。定年退職者が多いので年齢層も高く、かなり話しかけにくいのですが、少しずつ、声を交わすようになりました。
 すると、どんどん情報が入ってくるようになります。「〇〇公園にレンジャクがいる」「朝の5時には〇〇が現れる」など、彼らの情報は次の訪問場所や時間を決めるのに大変役立ちます。また、多くの人々はブログ、ツイッターなどを駆使するICT強者でした(※4)。それによって観察小屋のコミュニティは自分たちの活動域を広げているわけです。彼らがアップする情報は、ほとんど匿名化されていますが(※5)、彼らと交流し、情報を分析することで、新しい鳥に会う確率は飛躍的に高まりました。
 同時に鳥の生態にも詳しくなっていきます。鳥の名前すら分からず「きれいな鳥が見られればいい」という程度だったのが、次第に「夏鳥、冬鳥など時期によって観察できる鳥は異なる」「地面、木々の間など生息する高さが鳥によって違う」「朝は活発に活動し、昼おとなしくなり、夕方また活動する」など、鳥の生活が見えるようになってきました。
 コミュニティという観点からは、図画工作・美術の授業も同じでしょう。他の授業のように全員黒板の方を向いた机と椅子に座っているわけではありません。情報はすぐに周りの友達から取得できるようになっており、これを交換し合いながら学習しています。授業づくりにおいては、常に共同性が発揮され、情報の交流を活性化できるようにデザインすることが大事でしょう。

撮影すると「見え方」が変わる

 そのうち写真や文章の「見え方」が変わるようになります。
 例えば、三つの写真を比べてみましょう。どれも「枝に止まっている鳥」が写っています。それ以上でも以下でもありませんし、私もそのようにしか見ていませんでした。

「キビタキ」「アオバズク」「オオルリ」

 しかし、カメラを持って撮影するようになると(※6)、写真の周りが分かるようになります。キビタキは明るい林の中ほどの小枝、アオバズクは開けた神社や公園にある木の枝、オオルリは遠く高い木の先端です。同様に、野鳥雑誌などに掲載される写真の見え方も変わります。写っていない部分が見えるようになりますし、気温や湿度も感じられるようになります。また、さえずりや位置などの記述、例えば「ピッコロのような明るい鳴き声」「沢のある林縁部」なども理解できるようになります。
 さらに、自分の行動も変わります。当初は他のカメラマンを目印にしながら、まだ見ていない鳥を「追っかけ」ていましたが、次第に「マイ・フィールド」を決めて、抱卵や子育て、巣立ちなどの生活史を見るようになっていきました。まとめれば図のようになるでしょうか。

 この話を美術鑑賞に例えれば、図中の前半と後半のように、珍しい作品を追っかけるときもあれば、お気に入りの美術館の常設展に通ったりすることもあるわけです。参加者の状況や場、知識や技術などによっても美術鑑賞の内容は変化します。様々な局面があるのですから、一律に〇〇型がよいというわけではなく、多様な美術鑑賞が行われるのが望ましいと思います。
 子どもの作品評価にも結び付きます。一枚の写真には、経緯や技術、時間、人々、季節など様々な資源が含まれています。少なくとも、自分の撮影した写真については、たった一枚であっても、そこから前後左右、数多くの話ができます。子どもたちの作品も同じでしょう。子どもは自分の絵について、たくさんの話ができるはずです。それを引き出しつつ、画用紙の枠の中だけで評価することなく、多くの観点から検討したいものです。

 一方、バードウォッチングは環境を変化させる側面も持ち合わせています。例えば、多くのカメラマンが撮影することは、親鳥がストレスから巣を放棄したり(※7)、幼鳥がカラスに襲われたりすることにつながります(※8)
 一人の視点から見れば、確かに道具が世界を広げ、共同性によって情報の質が変わり、物事を多方向からとらえられるようになるのですが、同時に、その一人ひとりがアクティブな資源となって鳥の生態系や環境の変化に加担していることを忘れてはいけません。
 教育も同じです。先生や子どもたちは、常に行為者として、教育の生態系に関わっています。少なくとも教師は、超越的な立場にいるのではなく、自分自身が学びの世界を変える資源であるという自覚を持って、目前の教育に携わっていくことが必要なのだろうと思います。

※1:人が立ち入れないようにして野鳥を保護している場所です。観察小屋や観察用の壁に設けられた小さな観察窓から観察することができます。
※2:レンズから入ってくる光は色によって屈折率が異なるため、焦点の位置がずれてにじみを起こす現象です。
※3:子どもの技能は高まっているのに、いつも同じ道具だったり、擦り切れた筆を使わせていたりしていないかも検討する必要があるでしょう。
※4:高齢者だからICTに弱いというのは思い込みだと思います。
※5:人が集まり過ぎて野鳥に悪影響を与えることを避けるためと思われます。
※6:カメラの選定や使い方等については熊本の西尾隆一先生(「学び!と美術<Vol.37>」カワセミの写真の撮影者)の指導を受けています。
※7:服の色彩を抑えたり、望遠レンズを迷彩色にしたりするなど一定の配慮はするのですが、鳥側から見れば自分に向いているカメラの対物レンズは光っており、それがストレスになるようです。
※8:カラスは、遠方からカメラマンを観察し、カメラの方向から巣の位置を確認すると言われています。

「揚げパン」の「ひらめき」

 美術鑑賞の話題が続いていたので、造形活動の話に戻りましょう。「学び!と美術」3月号「ひらめきが生まれる授業」の続きを考えてみました。用いるのはNHK「チコちゃんに叱られる」で取り上げられたエピソード「なぜ給食に揚げパンが出るようになったのか」(2020年10月23日放映)です。

なぜ給食に揚げパンが出るようになったのか

 「揚げパン」は、子どもたちに大人気のメニューですが、その発祥については長く知られていませんでした。それが分かったのは、2000年を過ぎてから。NHKはその「揚げパン」が生まれた場面を番組として取り上げます。

 きっかけは「なつかしの給食 献立表(※1)」という本です。いろいろな給食の出自やレシピ、思い出などを掲載した本です。「カレーシチュー」や「鯨の立田揚げ」に並ぶ三大人気メニューの一つとして紹介されたのは「揚げパン」です。ただ、それはお詫びから始まっていました。

「揚げパンのルーツ」
 まず、最初に読者にはお詫びをしなければならない。揚げパンがいつどこで、どのようにして生まれたかは、ついにわからなかった。昭和20年後半の学校給食メニューで揚げパンが登場するのは確認できた。
 文部省にも聞いてみた。全国パン協同組合にもきいた。山崎パンにも電話した。しかし、ついにタイムオーバー。もし、揚げパンの考案者を知っていたら、ぜひ本誌に知らせてほしい。

 この本をたまたま読んだのが、元小学校教師のMさん(当時66歳)でした。Mさんは、学校の調理師をしていた父が『美味しいものが出来た』といって、揚げパンを持って帰ってきた日のことを思い出します。
 Mさんは事実を確かめるために、当時お父さんと一緒に給食の仕事をしていた養護教諭の家を訪ねます(※2)。本人は高齢で語ることはできなかったのですが、娘さん(Iさん、当時56歳)から「揚げパンを考えたのはあなたのお父さんですよ、私、見てましたから」と言われます。それは次のような経緯でした。
 昭和27年、大田区嶺町小学校、この冬は、流行性の風邪によって欠席者が次々出て、給食が多量に余っていました。昔は余った給食を、よく近所の子が放課後持っていったものです。
 ただ、この頃のコッペパンは時間がたつと固くパサパサになり、美味しく食べられるものではありませんでした。そこで、この日は、養護教諭や調理師が給食室に集まって、コッペパンを少しでも美味しくできないかと考えていたそうです。
 その時、一人の調理師が「揚げてみようか……」と言い出します。パンは、次々と揚げられ、砂糖がまぶされ、わら半紙に包まれていきました。Iさんは、当時、この小学校の3年生、養護教諭のお母さんと一緒に、この場面に居合わせていたのです。
 この調理師がMさんのお父さんです。Mさんは、お父さんが揚げパンを持って帰ってきた日のことと、Iさんから聞いた話などを手紙にまとめ、出版社に送ります(※3)。その後、栄養士会の調査も行われ、揚げパンは東京大田区嶺町小学校で生まれたことが確定されます。
 番組では、風邪が癒えて学校に登校できるようになった子どもたちが「おいしいパンを食べた」と友達に言ったこと、それが評判になって学校中に、そして全国へと広がっていったことを、温かいエピソードとして紹介していました。

「揚げパン」と図画工作

 この「揚げパン」がなぜ図画工作の「ひらめき」の話になるのでしょう。それは以下のような理由からです。
 まず「揚げパン」の「ひらめき」は、いくつもの資源が絡んだ状況的で共同的な出来事です。当時、食べ物はまだ貴重で、休んだ子に友達が給食を届けることのできる時代でした。この日は、風邪で大勢の子どもたちが休み、残菜となったパンが山ほどありました。それをなんとか美味しくしようと、調理師や養護教諭などが頭を突き合わせて、給食室で考え合ったのです。それは、何ら特殊な出来事ではなく、目の前の問題を解決するために、日々いたるところで、繰り返されている当たり前の行為でしょう。
 次に「揚げパン」は全国を席巻しますが、それは「揚げパン」が「大発明」だったからではありません。Mさんのお父さんは元西洋料理のコックでした。おそらく、乾燥したものを油で揚げれば甘くしっとりとなることを知っていたでしょう。ピロシキやドーナツなど、パンやパン生地を揚げる食物もすでにありました。パンを揚げること自体が市中で行われていた可能性もあります。揚げパンを「独創的な発明」とすることはできません。
 しかし、この頃は給食がようやく全国に広がった時期(※4)、食材の調達もままならぬ時代です。給食メニューに幅はありませんでした。その頃に、甘い「揚げパン」は、子どもたちにとって格別だったようです。また「揚げパン」は残菜率も低く、栄養士さんにとっても都合の良いメニューでした(※5)
 結果的に「揚げパン」は全国に広がりますが、給食という限定的な状況で、いわば後から、有名になったわけで、その考案の瞬間から「大発明」だったというわけではないのです。
 このエピソードは「揚げパン」の向こう側に、無数の日常的な「ひらめき」があることを意味します。「揚げパン」ほど広く認められはしなかったけれども、「美味しいものを食べさせたい」という素朴な思いと、少しでも良いものを提供しようとして生まれる「ひらめき」は、今も、全国の給食室で起こり続けているはずです。給食室は「ひらめき」の最前線なのです。
 図画工作の時間も、同じようにとらえることができると思います。後に、何かが特別な「ひらめき」になったり、あるいは、誰かが世間に役立つアイデアを思いついたりするかもしれません。でも、今、起きているのは「楽しいものをつくりたい」という素朴な思いと、複数の資源をもとに問題を解決しようとする共同的な出来事です。
 筆者には、給食室の「美味しいものを食べさせたい → パンを揚げてみようか… → 美味しいものが出来た!」は、図工室の「面白い絵を描きたい → 絵の具を混ぜてみようか… → いい色になった!」と、同じように思えます。そうだとすれば、給食室と同じように図工室も無数の「ひらめき」に満ち溢れた現場だとはいえないでしょうか。

 私たちの前には「ひらめき」が日々生まれている図工室があります。今日も、図工室で「いいこと考えた!」という子どもの声が聞こえているはずです。それは、実にありふれた風景です。でも、それこそが、かけがえのないことだろうと思います。
 図画工作や美術では、個人的な創造性を強調したり、独創的な「ひらめき」を賞賛したりすることが行われがちです。しかし、それ以前に、図工室や美術室が、そして、私たちのいる場所そのものが、名もない無数の「ひらめき」に満ち溢れているのです。
 あのアインシュタインの「ひらめき」だって、私たちの無数の「ひらめき」と無関係ではなく、世界の中で連続して存在しているはずです。何より、無数の「ひらめき」を大切にすることは、すなわち、私たち自身の存在を大切にすることに他なりません(※6)
 そんなことを「チコちゃんに叱られた」が教えてくれたような気がするのです。
 「ボーッと生きてんじゃねえよ~!」。はい、頑張ります(^^;)。

※1:アスペクト編集部・編「なつかしの給食 献立表」アスペクト(1998)
※2:元小学校教師でもあったMさんは、養護教諭が給食と深くかかわっていること(献立チェックや給食委員会担当など)を知っていたのでしょう。
※3:番組資料によると1999年12月です。
※4:ようやく全国的に給食を実施することが可能となった時代です。まだ、学校給食法も成立していません(昭和29年公布)。
※5:昭和50年代に行われた調査では、普通の食パンやコッペパンに比べると揚げパンの残食率は約半分まで下がります(前掲書46p)。
※6:本稿は横浜国立大学有元典文先生や、和光大学阿部慶賀先生とのメールのやり取りから生まれています。

美術鑑賞の現在地~中編(2000~2010)

 前回に引き続き、筆者の見えた風景を振り返りながらまとめます。今回は2005年に文部科学省初等中等教育局教育課程課の教科調査官(※1)として学習指導要領の作成に携わった時期のエピソードを二つ紹介したいと思います。

 教科調査官というのは、簡単にいえば教科の専門的な知見をもとに学習指導要領の作成や解説、指導助言などを担当する仕事です(※2)。教育現場の人間が、いきなり行政に関わることになり戸惑いはありましたが、頼もしい同期採用も大勢おり、村上尚徳教科調査官(※3)という心強い旧知もいて、すぐになじむことができました。
 文部科学省内の図画工作・美術ファンを広げようと、教育課程課の課長以下、大勢で東京国立博物館の「北斎展」に押しかけて、勝手に鑑賞会をしたり(※4)、省内で「美術倶楽部」をつくって鑑賞法の解説や絵の描き方などを体験する活動をしたりするなど(※5)、学芸員や美術教諭の経験を生かした活動も行いました。

富嶽三十六景 凱風快晴 ギメ美術館富嶽三十六景 凱風快晴 東京国立博物館

 上の「初摺(しょずり)」は浅い色合いですが、下の「後摺(あとずり)」はかなり強くまるで夕焼けに見えます。木版の欠けや潰れもみられます。朝焼けという解釈や、快晴の下で富士山の茶色い山肌を表現したなどの意見は「初摺(しょずり)」で確認できます。

学習指導要領や指導主事を起点にした鑑賞教育の動き

 2005年は、まだ「鑑賞って何ですか?」「鑑賞の授業したことありません」という声が聞かれた時期です。平成10年(1998年)の学習指導要領改訂で「鑑賞の独立」と「美術館の連携」が示されたこともあり、年に2回ほど行われる全国指導主事会(※6)でも、鑑賞教育に不安に感じている指導主事の先生が多くいました。
 全国指導主事会では、各自のレポートをもとにしたグループ協議や学習指導要領の解説などが行われます。解説では、対話的な美術鑑賞やアートカードの他、全国から収集した「美術品を時代劇の配役に喩える実践」「複数の器の中から唐津焼を選び出す実践」「美術品の前でアーティストになりきる実践」など様々な鑑賞教育の実践や、その学習効果などを説明しました。
「どれが100円?」佐賀大学教育学部附属小学校杉原世紀先生(現:唐津市立外町小学校校長) 指導主事の先生たちはこれを持ち帰って各都道府県の指導や実践に生かしたはずです。それは、各都道府県のレポートが、年々豊かになっていったことからも分かりました。散発的だった鑑賞教育の実践は、全国指導主事会を通して面のように広がったのだろうと思います。
 このような行政的な取組みは、教育実践や研究の陰に隠れがちですが、鑑賞教育の普及に果たした役割は大きいと考えています。
 私たちの仕事で特に重要だったのは、学習指導要領の解釈と解説です。当時、村上調査官と毎日のように次期改訂の方向について話し合っていました。鑑賞教育に関しては、この時、定義の更新が行われています。それは、村上調査官の「鑑賞教育は創造活動と解釈できる」という指摘からです。
 平成10年版の学習指導要領の教科目標は以下です。

図画工作
 表現及び鑑賞の活動を通して、つくりだす喜びを味わうようにするとともに造形的な創造活動の基礎的な能力を育て、豊かな情操を養う。
美術
 表現及び鑑賞の幅広い活動を通して、美術の創造活動の喜びを味わい美術を愛好する心情を育てるとともに、感性を豊かにし、美術の基礎的能力を伸ばし、豊かな情操を養う。

これを図のように解釈することができると言ったわけです。

 それまで、表現活動を中心とする図画工作・美術において「つくりだす喜び」や「創造活動の喜び」は、描いたりつくったりする喜びとほぼ同義でした。また観点別評価の位置づけも、鑑賞は「知識・理解」事項でした(※7)。しかし、教科目標の理解として「鑑賞教育は創造活動」という解釈は妥当ですし、何より宮崎県立美術館で出会った子どもたちの姿とも一致します。確かに彼らは創造的に鑑賞を行っていました。
 それまでにも「鑑賞は鑑賞者の創造的な行為だ」とする指摘はありましたが(※8)、学習指導要領の解釈としては行われたのはこの時が初めてでしょう。その結果、少なくとも指導主事の先生たちの間では「鑑賞は思考や判断などを含む創造活動」とされ、児童・生徒の能力を伸ばすために必要不可欠な学習活動だという共通理解が形成されたのです。
 この考え方については教育以外でも認める声がありました。例えば、筆者の新聞インタビューを読んだ映画監督の羽仁進氏は、著書の中で以下のように述べています(※9)

 帰ってきたら、新聞に「小中学校、美術館と連携強化」という興味深い記事が出ているのをみつけた。
 単に美術館の見学をするのではなく、そこから生徒たちが新しいものをみつけ出す行為を、双方が力をあわせて探りだそうということらしい。
 お役人であるだろう国立教育政策研究所の調査官の方も、「見ることはつくることと一つ」という素敵な談話をよせている。
 「鑑賞は自分を発見する行為であり、作品の創造ともつながっている」。子どもたちの姿の中に「すっと作品に身を重ねて、自分の世界から鑑賞する」姿を見た、と言う。
 これはなかなかの急所だ、と僕は思う。

 今では、当たり前のように思われている「鑑賞は創造活動」について、当時このような経緯があったことは、鑑賞教育が現在に至るまでの一つの側面でしょう。

国立美術館を起点にした動き

 2005年は美術館の民営化も議論されていた時期でした(※10)。簡単にいえば「美術館はお金がかかるから指定管理者に任せたら」という意見です。
 国立美術館の民営化は、東京藝大平山郁夫学長や河合隼雄文化庁長官(いずれも当時)など関係者の尽力もあって避けることができたようです。ただ「国立」としての役割をもっと果たすべきではないかという声もあり、専門者会議として「国立美術館の教育普及事業等に関する委員会」が立ち上がります。私は突然その座長を担うことになり(※11)、短期間でメンバーを集めて提言をまとめることになりました(※12)
 提言の一つは、鑑賞教育活性化のために鑑賞教材の開発・普及を行うことでした。当時の教材カタログを開けば分かりますが、鑑賞用の教材は掲示用作品や画集しか掲載されていません。教師の能力は、単独で成立するものではなく、教科書や教材など様々な資源から成り立っています。その意味で、鑑賞教材の不足は鑑賞教育を豊かにする方向に働いていませんでした。
 提言の後、委員会は「国立美術館アートカード」を作成します。国立美術館5館の名品が13枚ずつセットになった65枚の鑑賞教材です(※13)。アートカードにした理由は、アートカードが様々な鑑賞法をすぐに実践できる汎用性を持っていたからです。
 他に教材として「鑑賞の理論を構築し、それをテキストという形で提供する」という意見もあったのですが、それは「実践や知見が十分ではなく時期尚早」ということで断念します(※14)
 今、美術館の収蔵品にそった様々なアートカード・セットが各地で作成され、民間でも販売されています(※15)。当時、アートカードを活用していた美術館は数館程度でしたから「国立美術館アートカード」は、鑑賞方法の多様化に貢献したのではないかと考えています(※16)
 提言のもう一つは、国立美術館は地方の実践をつなぐ結節点やハブとして機能すべきというものでした(※17)。当時の鑑賞教育の状況は、優れた実践が地方で個人的、局所的に起こっていました。委員会では「何か理想的なモデルをつくって現場に示すよりも、優れた実践をつなぎ合わせることが大事だ」「指導者を育成することが必要だ」という意見が大勢でした。
 それを具現化したのが「美術館を活用した鑑賞教育の充実のための指導者研修(※18)」です。全国の都道府県・政令指定都市から指導主事、教諭、学芸員などが集まって、お互いに実践を発表し合ったり、対話的な美術鑑賞やアートカードなどを体験したり、講演を聞いたりする研修会です。結果的に、参加者がそこで得た成果を各地に広げてくれるのではないか、というわけです。
 手探りで始まった研修会は、少しずつ手ごたえを感じられるようになります。報告される実践の内容は毎年充実し、研修会をきっかけとして参加者同士のネットワークも形成されました。研修会に参加できるまで数年の予約待ちという先生もいるほどの都道府県も生まれます。当初、10年程度で役割を終える予定だった「指導者研修会」は、国立美術館内での事業評価も高く、今も継続されています。
 当時の状況をまとめた簡単な報告を書いているので再掲したいと思います。

「今だからこそ言えるが、当事者として、この研修がどのような成果を生むか半信半疑だった。(中略)しかし、年を経るごとに徐々に「自分の地域ではこのような実践を行っている」「鑑賞教育はこの点が大事ではないか」という意見が聞かれるようになった。(中略)参加者が各地で発表をしたり、実践を広げたりしているという方向も相当見聞きした。先日はその現場を調査してきた。当時の参加者が鑑賞教育の熟達者として研修会をリードしていた。(中略)学校と美術館の制度や立場の違いを理解し合って協力するという姿勢も見られる。何より「子どもを育てるために学校や美術館は何かできるはずだ」という考え方が形成されつつあると思う。」(※19)

 2000年から2010年は、鑑賞教育がいわばブームのようになった時代です。対話を用いた鑑賞方法は「対話型鑑賞」と呼ばれ盛んに実践されるようになりました。鑑賞に関する研究会(※20)や研修会も様々な場で行われます(※21)。海外の高名なエデュケーターを招聘して講演会を開催したり、教育普及の展覧会を企画したりすることも行われました(※22)
 海外から実践を積んで帰国し活躍している研究者や学芸員、編集者なども次々と現れます。作家サイドの動きも活発になり、例えば国画会では、作家自身が自分の作品の前でギャラリートークをする「トークイン」を2007年から全部門に広げ、毎年国立新美術館で実施しています(※23)
 このような流れの中で、保守的な性格のある教育現場に対して、文部科学省や指導主事、国立美術館等が、鑑賞教育の実践を後押ししたり、考え方を整理したりしたのは一つの事実でしょう。

 後編は、2010年から2020年にかけて見えた風景についてまとめ、美術鑑賞の現在地にたどり着きたいと思います。

※1:専任は国立教育政策研究所の教育課程センター教科課程調査官であり、文部科学省初等中等局の教科調査官はあくまで併任となります。
※2:ほぼ10年ごとの学習指導要領改訂にあわせて、全国から指導主事や研究者など担当者が集められます。
※3:現:環太平洋大学副学長。平成10年版図画工作指導要領や解説書の作成で一緒に仕事をしました。
※4:「北斎展」は世界中から北斎の浮世絵を500点以上集めた大回顧展。初摺は海外に保有されていることが多く、国内で後摺との比較ができる貴重な展覧会でした。しかし、大勢で来館し、勝手にギャラリートークをしていくのですから、今思えば冷や汗ものです。平成館 特別展示室 2005年10月25日(火)~2005年12月4日(日)
https://www.tnm.jp/modules/r_calender/index.php?date=2005-11-20
※5:宮崎大学附属小時代に知り合い、同学年ということで親しかった教育課程課の吉冨芳正課長補佐(現:明星大学教授)のアイデアで始まりました。対話型鑑賞のワークショップ、国立新美術館開館記念「大回顧展モネ 印象派の巨匠、その遺産」の作品解説、5秒で描ける年賀状イラストなどその時々で内容を工夫して半期2~3回程度実施しました。
※6:俗称です。時期によって「新教育課程説明会(中央説明会)」「各教科等担当指導主事連絡協議会」など内容や名称が異なります。
※7:観点別学習状況の評価では音楽や図画工作・美術の「鑑賞の能力」は「知識・理解」に位置づけられていました。〔共通事項〕を設定したことから扱いがやや変更されますが、正式に「思考・判断・表現」として評価されるようになるのは平成29年の改訂からです。
※8:例えば、1957年にマルセル・デュシャンは講演で鑑賞者の創造的行為に言及しています。「要するに、芸術家は一人では創造行為を遂行しない。鑑賞者は作品を外部世界に接触させて、その作品を作品たらしめている奥深いものを解読し解釈するのであり、そのことにより鑑賞者固有の仕方で創造過程に参与するのである」マルセル・デュシャン著 ミシェル・サヌイエ編 北山研二訳『マルセル・デュシャン全著作』未知谷 1995
※9:羽仁進「僕がいちばん願うこと エピクロス的生活実践」岩波書店 2007 pp.96-97
※10:当時の状況は http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/gakujutu/siryo.pdf などに詳しい。
※11:当時の国立美術館理事長は初等中等教育局長だった辻村哲夫氏、全国の指導主事先生の結節点でもある教科調査官が有効だと思われたのだろうと推測します。
※12:「国立美術館の教育普及事業等に関する委員会」第1回目2005年12月22日開催。その後、1月19日、2月4日、2月14日と立て続けに委員会を開き、3月3日付けで「座長提言」を取りまとめ、指導者研修の大枠が決定されました。
※13:鑑賞教材「国立美術館アートカード・セット」
http://www.artmuseums.go.jp/kensyu/art_card.html
※14:個人的な心残りから出版したのが、ロンドン・テートギャラリー編 奥村高明・長田謙一監訳 酒井敦子 品川知子訳『美術館活用術 鑑賞教育の手引き 』美術出版社 2012です。美術鑑賞の理論や、様々な鑑賞活動が紹介されています。

※15:美術出版サービスセンターの教材SCOPE
https://www.bijutsu.biz/bss_bsc/scope/
日本文教出版の指導書付録にも含まれており学校現場で活用されています。
※16:学び!と美術<Vol.60>「アート・ゲーム再考」2017.08.10
https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/art/art060/
※17:当時千葉大学教授の長田謙一委員が理論的な支柱でした。
※18:国立美術館「美術館を活用した鑑賞教育の充実のための指導者研修」
http://www2.artmuseums.go.jp/sdk2018/
※19:奥村高明「5年間の指導者研修を振り返って」『平成22年度 美術館を活用した鑑賞教育の充実のための指導者研修』独立行政法人国立美術館 2011 140p
※20:例えば、美術科教育学会第7回西地区研究会〈シンポジウムin〉京都概要集「これからの鑑賞教育—美術を身近なものにするために、学校と美術館がいま、できること—」平成15-17年度科学研究費補助金(基盤C)鑑賞教育研究プロジェクト(代表者:石川誠)2004
※21:例えば、京都造形芸術大学福のり子教授が中心となって実施しているアートコミュニケーション研究センター「ACOP」。
https://www.acop.jp/
※22:例えば、岡山県立美術館。
https://okayama-kenbi.info/ 2005年度-館ニュース(69-72)/
※23:第13回国展トークイン
https://kokuten.com/32885

美術鑑賞の現在地~前編(1980~2000)

 美術鑑賞の現在地を確認するために、1980年以降の美術鑑賞について振り返りたいと思います。正確な教育史的位置づけは、多くの方が著書や研究等で発表されていますので、ここでは筆者の見えた風景を振り返りながらまとめます。なお、個人的な取り組みが含まれるので雑感めいた話になることをお許しください。

1980年代~美術鑑賞の授業

ギュスターヴ・クールベ『嵐の後のエトルタの断崖』1870年 オルセー美術館蔵 1982年、私は中学校美術教員として採用されました。ひたすら、ポスターや絵画など「A表現」の授業に取り組んでいました。初めて鑑賞の授業をしたのは1983年1月、学校訪問の日にクールベの風景画(※1)と浮世絵を比較鑑賞する授業でした(※2)。進行は教師、空の色の違いなどから気候や湿度、風土や文化などを観点に生徒の意見をまとめる教師主導型の学習でした。
 記憶として残っているのは、最後まで怖い顔で指導主事の先生が座って参観していたことと、あまりうまくいかず「前のクラスではうまくいったのになあ……」という残念な思いの二つです。その後、人前で鑑賞の授業を行うことはありませんでした。

当時の指導案恥ずかしい内容ですが、採用1年目ということでご容赦ください

 1980年代、学校で行われていた鑑賞教育は、おおむねこのようなものだったと思います。教育研究会で美術鑑賞が話題になることもなく、私の目標も「平面構成」「風景画」「ポスター」などで立派な作品を完成させることでした。

1990年代~鑑賞教育との再会

 その後、1990年、僻地の小学校教員を経て、附属小学校に異動します。実習校ですから、教育実習中は、毎日学生に国語や社会、算数などの授業を見せていました。授業研究会では図工部でしたが、研究授業では、毎回、他教科からの容赦ない指摘が飛んできました。ずいぶん授業技術を鍛えられたように思います。
 ただ鑑賞の授業は行いませんでした。興味があったのは、「新しい学力観」と「造形遊び」で、その実現を目指した表現活動です。その成果を調べるために自己流で始めたビデオ分析が、「相互行為分析」や「状況論」として学問的に確立していたことを知ったのも、この頃でした(※3)
 1990年代中頃あたりから、美術教育の学会に参加し始めます。鑑賞教育の研究が増えていることを知り、愛知教育大の藤江充先生からアートゲームを教えてもらったり、美術作品鑑賞の研究発表を聞いたりしました。「小学校の普通の国語や社会の授業と変わらないのに、研究する意味があるのか」と失礼な発言をして、ずいぶん叱られた記憶もあります。
 でも、「鑑賞学習で求められる教師のスキルは、学校の授業と同じ」という考えは今も変わりません。例えば「意見を認める」「意見をつなぐ」「参加者の言葉でまとめる」などはどちらも大事で、基盤の部分は共通していると思います。
 1998年、学習指導要領の作成協力者に加わります(※4)。鑑賞の議論をしたときに「視覚だけでは鑑賞しない。子どもは身体全体を働かせている」と鑑賞の身体性を主張しました。当時月刊誌の編集を担当していましたが(※5)、佐賀県の先生に陶芸の名人の制作風景を鑑賞する授業をしてもらって「ろくろを回している時に、粘土が伸びると自分の首を伸ばす子ども」の姿を確認した思い出があります(※6)
 それが反映されて、平成元年学習指導要領「第2 各学年の目標及び内容」のB鑑賞に鑑賞の対象として「親しみのある美術作品や製作の過程など」と「製作の過程」が入りました。学習指導要領解説書には「器などをつくる人の様子を見る児童の姿は、体全体の感覚を働かせて見入ると言われる」と記述されました(※7)
 1990年代は、じわじわと鑑賞教育の研究や実践が増えていった時代でしょう。学習指導要領にも、「第3 指導計画の作成と各学年にわたる内容の取扱い」に、鑑賞学習を「必要がある場合には、独立して行うようにする」と入り、博物館活用の視点から「地域の美術館などを利用すること」という文言も加えられました。

2000年代~鑑賞教育の実践

 2000年に中学校美術教諭に戻ります。この頃から、依頼されて対話型の鑑賞授業を行ったり、関連図書を購入し勉強したりしました。ただ「見様見真似」のレベルに過ぎず、本腰を入れたのは2003年宮崎県立美術館の学芸員になってからです。ギャラリートーク、アートゲーム、地域との関連という視点から振り返ってみます。

対話的なギャラリートーク

 当時、宮崎県立美術館では学芸員が当番でギャラリートークをしていました。しかし、一方的な解説型だったので、会議で「もっと対話を取り入れるべきだ」と意見をしました。当初、懐疑的だった先輩学芸員も、解説の間に参加者の意見を尋ねるようになり「けっこうおもしろいね」と言ってくれるようになりました。「ギャラリートークは何か正解があるわけではなく、その人なりの方法でよい」と思いました。
 自分が当番の日は、ひたすらオープンエンドなトークを進めていました。その方法は、小学校教員時代に培った授業技術です。主な留意点は

  • まず教材研究をすること
  • 参加者の意見は表面的なもので、本当に言いたいことはその奥にあること
  • それを引き出すように話し合いを深めていくこと

などです。対話型鑑賞の全国的な研修会に参加し、考え方や技法を整理できたのもこの時期です。
 美術館でのギャラリートークは、毎回のように発見があって楽しみでした。例えば同じ日本人が描いた絵でも、洋画と日本画では、参加者の話題が変わります。洋画だと描かれた人物の個性や人物史に話が進むのですが(※8)、日本画だと描かれた植物や着物の柄など季節や風物の話に進みます(※9)。トークの主題は、鑑賞者の経験や文化を背景に生まれるのです。
 また、鑑賞者の言葉に「はっ」とすることも多く経験しました。例えば、点描で描かれた2mほどの瑛九の絶筆「つばさ(※10)」の前でおばあさんがしばらくたたずんで「吸い込まれるようだね……」とつぶやくのです。確かに瑛九はその絵を描いて空に昇ったのです。
 トルッビアーニの抽象彫刻作品の主題を、小学2年生が言い当てたこともありました。「どうしてそう思ったのと!」と尋ねると、形から分かることを組み合わせと教えてくれました(※11)。子どもは、いつも先入観なしに作品を味わい、探索的に見ます。それが美術鑑賞に有効に働いて、主題にたどり着くのでしょう。そのような姿は子どもや高齢の女性に多く見られました。

アートカードをはじめとした様々な鑑賞法

宮崎県立美術館で用いた手作りのアートカード 学会で藤江先生にそんな話をしていたら「奥村君、対話だけじゃないよね?」と言われて、アートゲームにも取り組みました。収蔵作品の絵ハガキを集め、手作りのアートカードセットをつくり、出前授業や研修会などで活用しました。名古屋市美術館や滋賀県立美術館の実践を参考にしました(※12)
 展示室に入ってきた子どもが、ある絵を指さして「あ、俺の!」と叫んだ声は、今も耳に残っています。それは、出前授業で自分が遊んだアートカードの絵でした。「いや、君のじゃないから……」と心の中で突っ込みつつ、おそらく「自分の手に持った」ことが、作品を「自分」のように感じた理由でしょう。手に持つことによって作品と一体化するのがアートカードの効果だと思います。
 夏休みになると、宮崎県立美術館は「たんけんミュージアム(※13)」という教育普及的な展覧会を開催していました。学芸員全員で知恵を出し合って、作品ごとに鑑賞法を工夫し、仕掛けや資料などを作成します。高いところに登って作品を見たり、作品の前で手作りの楽器を鳴らしたり、展覧会場はにぎやかになるのですが、親子の幸せそうな姿が見られる大好きな展覧会でした。この展覧会を通して、いろいろな鑑賞方法を学びました。
 鑑賞者の動きを定点観測したのもこの頃です。その結果、「遠足のついでに来た小学生」の動線と、「アートカードなどで出前授業を経験した小学生」の動線が異なることが分かりました(※14)。気づかせてくれたのは、展示室に座っている「監視さん」の言葉です。「今日の子どもたちは、作品の前に立っているねえ」と教えてくれたのです。彼女らは、来館者を常に観察し、様々な情報を蓄積しており「頼りになる存在」でした。美術館の貴重な鑑賞資源として成立していたと思います。

「遠足のついでに来た小学生」の動線「出前授業を経験した小学生」の動線、
作品の前で止まっていることが分かる

地域と美術館

 北海道出張で、ある美術館の学芸課長が語った「かつて美術品は地域の中にありました。地域全体を美術館と考えてはどうでしょうか?(※15)」という言葉は今も忘れられません。
 美術館の中にだけ美術品があるわけではないのです。学校ができると「勉強」や「しつけ」など教育のほとんどが学校に吸い込まれますが、同様に、美術館ができると「保存のノウハウ」「売買ネットワーク」「鑑賞方法」なども美術館に吸い込まれます。美術館は地域の結節点としてとらえ、それを開いていく仕組みや組織などが必要だと思いました。
 ちょうど、街づくりの活動に参加していたので、個人的な実践に取り組みました。「みやざき子ども文化センター」(※16)の事業に参加し、商店街に設置されている彫刻や、仕立て屋さんの服をつくる「動き」などが「街の美術品だ」と定義し、それを鑑賞する「街角美術館」を実施したのです。子どもたちが街角の美術品を認定する「認定・街角美術館」まで行いたかったのですが、それは実現しませんでした(※17)

 2000年代前半は、学校で鑑賞を独立して取り扱えるようになったこと、美術館と学校の連携の視点が加わったこと、美術館の経営に伴う普及活動への着目など、学校と美術館の両方で美術鑑賞に対する関心が高まっていった時代でしょう。美術鑑賞の雑誌も発行されていました(※18)し、自分自身の実践も一気に充実していくことになります。
 その後、2005年に文部科学省の教科調査官として直接学習指導要領の作成に携わることになり鑑賞教育により深く関わっていくようになります(以下次号)。

※1:ギュスターヴ・クールベ『嵐の後のエトルタの断崖』1870年 オルセー美術館蔵
※2:授業前後のアンケート調査

※3:宮崎大学教育学部の上山先生(当時、現:三重大学)から『現代思想 1991年6月号 特集 教育に何ができるか 状況論アプロ―チ』共立出版を紹介してもらいました。
※4:平成10年小学校学習指導要領解説図画工作編作成協力者
※5:小学館が発行する「月刊教育技術」には巻末に授業実践が掲載されていたが、その高学年担当で、いろいろな先生に実践をお願いしていました。
※6:板良敷敏・奥村高明 編 東脊振村立東脊振小学校(現:吉野ヶ里町立東脊振小学校) 樋口和美(現:福岡女子短期大学)著「図画工作科 粘土に生命(いのち)がふきこまれたよ!!」『小六教育技術9月号』小学館(1998)
※7:文部科学省『小学校学習指導要領解説 図画工作編』日本文教出版(1999)
※8:鱸利彦『厨房の伊太利娘』
http://www.miyazaki-archive.jp/d-museum/details/view/945
※9:丸田省吾『おしろい花』
http://www.miyazaki-archive.jp/d-museum/details/view/700
※10:みやざきデジタルミュージアム
http://www.miyazaki-archive.jp/d-museum/details/view/1077
※11:トルッビアーニの彫刻のお話は、図工のみかた<06号>「学習指導要領 思考力、判断力、表現力ってなんだ?②」でも触れています。
https://www.nichibun-g.co.jp/data/education/zuko-mikata/zuko-mikata06/
※12:アートカードの経緯は以下論文が詳しい。深澤悠里亜『アートカードを使用した鑑賞法の研究―アートカードの分析と使用法の考察―』大学美術教育学会「美術教育学研究」第49号(2017) pp.337–344
https://www.jstage.jst.go.jp/article/uaesj/49/1/49_337/_pdf/-char/ja
※13:以下に詳しい。「特集 こうあるべきだのミュージアム像から、少し離れて1 宮崎県立美術館の10年「たんけんミュージアム」の冒険は続く!?」「特集 こうあるべきだのミュージアム像から、少し離れて3 作品も観客も仕掛けも、すべてが等しい教育資源 宮崎県立美術館/ユニークな鑑賞研究」『ミュージアムマガジン・ドーム 79』日本文教出版(2005)
※14:奥村高明「状況的実践としての鑑賞―美術館における子どもの鑑賞活動の分析-」美術科教育学会『美術教育学第26号』(2005)
※15:その優れた実践の一つが台湾にあります。学び!と美術<Vol.81>「美術館を開く~台湾、北師美術館の挑戦~」
https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/art/art081/
※16:NPO法人「みやざき子ども文化センター」代表 片野坂 千鶴子
「まちで学び、まちで遊ぶ」。宮崎市の橘通にある熊本洋服店、日高本店前モニュメントなどをギャラリートークしながら子供たちと見て回わりました。

※17:2007年に埼玉県加須市立加須小学校(校長:坂田英昭)の栗城敦志先生が中心となって「まちかど美術館」を実現してくれます。
※18:前掲書13 『ミュージアムマガジン・ドーム』日本文教出版