ESDと気候変動教育(その7) COP26と若者

COP26は「失敗」であり、「グリーンウォッシュのお祭りごと」だ
そう評したのは、スウェーデンの環境活動家であるグレタ・トゥンベリさんら若者たちです。

 英国グラスゴーにて開催された「第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)」は会期を1日延長し、成果文書「Glasgow Climate Pact(グラスゴー気候合意)」が採択され、14日間の会議は閉幕しました。産業革命以降の気温上昇を1.5度に抑える目標を定め、合意されたことに対しての評価はあるものの、石炭火力の「段階的に廃止」が「段階的に削減」という表現にとどまったことは、1.5度目標の実現につながる内容が得られていないとの批判もあり、最も気候変動の影響で被害を受けやすい小島嶼国などの脆弱な国や野心的な目標を掲げていた国からは落胆の声があがりました。

COP26の開会式の様子(UNFCCCのホームページより)

若者とグテーレス国連事務総長
(UNFCCCのホームページより)
 一般的な国際会議では、先進国や新興国、途上国など各国の異なる立場から公平で公正な議論が注目される傾向が強いなか、COP26ではプレイベントなども含め、世代間の公平性・公正性についても取り上げられる場面が多く見られました(*1)。COP26の会期中には、グレタ・トゥンベリさんら若者たちはアントニオ・グテーレス国連事務総長に、気候危機に対しても新型コロナウィルスと同様の緊急権限を行使するための「システム全体の気候非常事態」を宣言するよう求める請願書を提出しました。
 近年では、政府や国際組織に若者たちが積極的に働きかける動きが特に欧州で目立って見られるようになりました。今回は、若者たちの気候変動に関する教育に向けての取り組みの一例を紹介します。

若者による未来世代のための取り組み―‘Teach the Future’(未来を教える)

 スコットランド、イングランド、ウェールズに拠点を置く‘Teach the Future’は、気候の非常事態と生態系の危機の回避に向けて教育システム全体を緊急に再構築するために設立された若者主導による運動です。各支部は1つまたは2つの学生団体からなり、‘Teach the Future’ の運動にはこれらの組織から約40名を超える若者が参加しています。他の学生団体の組織と大きく異なる点は、専門家や教員、政策立案者、起業家など多様な専門分野を兼ね備えた大人たちがアドバイザーとして若者を支援している点です。
 ‘Teach the Future’ の運動の特徴は、気候の非常事態と生態系の危機の備えとして、教育システムそのものに問題があることを英国全土の調査結果をもとに分析し、政府に対して法や制度の制定など社会システムそのものの変容を促す働きかけを行っていることです。
 COP26の会期中に刊行されたユネスコの報告書によると、調査対象100カ国のうちそれぞれの国の「ナショナル・カリキュラム(学習指導要領)」において、約半数(47%)は気候変動について言及しておらず、気候変動のコミュニケーションや教育などの取り組みが初等中等教育段階に集中していることが分かりました(UNESCO, 2021)。‘Teach the Future’はこれらの課題を補完するように、独自の英国全土の調査結果に基づき、中等教育および高等教育段階に属する若者ら自身の声で建設的な要請を政府に届けています(*2)
 ESDにおいても優先行動分野の1つにユース(若者)への支援が掲げられていますが、日本におけるユースへの支援はプログラムや学びの機会の提供や交流にとどまっていると言えるのではないでしょうか。‘Teach the Future’に見出せるような若者支援、つまり、若者自身の疑問や社会の変革を推進する若者にいかに大人世代が支援していくのか、その手立てのあり方も民主主義のあり方が問われるなかで課題となってくるでしょう。
 本年5月にベルリンで開催された「持続可能な開発のための教育(ESD)に関するユネスコ世界会議」(‘ESD for 2030’)(学び!とESD<vol.18>)の成果文書であるベルリン宣言(*3)においても「政治的行動」という表現が盛り込まれていますが、今回紹介した‘Teach the Future’の若者たちはまさに社会全体の仕組みを変える政治的行動を体現していると言えましょう。

*1:例えば、COP開催前のプレイベント(9月28-30日開催)では ‘Youth4climate: Driving ambition’という若者のイベントが開催されました。若者の参加を促進するための本イベントには、世界186カ国から約400人の若者の気候リーダーが参加し、若者の声はCOP26にて各国の閣僚たちのスピーチでも言及されるほどの影響力がありました。Youth4climateの詳細については次のURLよりご覧ください(https://youth4climate.live/)。
※2:要請文など詳細は【参考文献】永田研究室運営のホームページよりご覧ください。
※3:2021年5月19日に採択された「持続可能な開発のための教育(ESD)に関するベルリン宣言」の英語原文:https://en.unesco.org/sites/default/files/esdfor2030-berlin-declaration-en.pdf、和文仮訳:https://www.mext.go.jp/unesco/004/mext_01485.html

【参考文献】

ESDと気候変動教育(その6) 幼児とともに気候アクションを!

COP26開幕!日本は化石賞…

 イギリス・グラスゴーで、第26回 国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)が開幕し、およそ120カ国の首脳らが集い、世界の平均気温の上昇を産業革命前と比べて1.5度以内に抑えることを目指し、さまざまな角度から議論が行われています。岸田首相も首脳級会合に出席し、気候変動対策について日本の取り組みをスピーチしました。しかし、残念ながら日本は、国際NGO「気候行動ネットワーク(Climate Action Network:CAN)」が発表する化石賞を、前回に引き続き受賞してしまいました。この化石賞は、気候変動対策に後ろ向きな国に対して贈られます。今回のCOP26では、温暖化をはじめとする気候変動の最大の原因とも言われる石炭火力発電の廃止の動きが加速する中、日本は新たな技術革新を盛り込みながらも、いまだ石炭火力発電を続ける方針を示していることが批判されています。
 一方で、COP26開催地のグラスゴーなど各地で大規模なデモが行われており、各国の首脳らが掲げる目標やスピーチには、具体的な行動が伴っておらず、空っぽのスローガンであると批判する声もあがっています。COP26では、各国の教育大臣や関係者が集い「気候変動と教育」についても活発な議論が行われていますが、残念ながら日本のメディアではそこまで報道されていません。

広がる気候変動への危機意識~ドイツ~

 そこで今回は、気候変動と教育をテーマに、幼児期の子どもたちとどのようなアクションが生まれているか、ドイツの様子をご紹介したいと思います。ドイツは「ESD for 2030ベルリン大会」(学び!とESD<Vol.18>)の開催国でもありますが、学校教育だけでなくさまざまな教育の場でESDを実践していくことや、学校や地域全体で持続可能性を実現していくことを目指して、学習指導要領等の改訂や教員等に向けた研修の充実が図られています。
 ESDや気候変動教育については、幼児期が大きな鍵となることが、ユネスコの報告書でも何度も主張されてきました(UNESCO 2006.2019.)。しかし、残念ながら日本ではまだその重要性の認識が低いように思われます。ドイツ国内では、幼い子どもたちに向けてESDの理念や実践をまとめた報告書が数多く発表されるとともに、全国規模で保育者向けのESDや気候について学び合う場が充実しています。今回は、そのうちの一つ「気候こども園ネットワーク(Klima-Kita-Netzwerk)」の取り組みについて少し紹介したいと思います。

気候こども園ネットワーク

 気候こども園ネットワークは、2021年3月にボンで、環境の専門家チームや自然保護団体らが連携して構築されました。ドイツ全土のおよそ730の保育施設や保育者養成校等がつながり、気候変動や持続可能性といったテーマを幼い子どもたちの日常生活でどのように実践していけるか、このネットワークを通じて多くのアイディアや方法が開発・収集されています。園を持続可能性の観点から改装したり、電気や水などの資源を使うときや食事のメニューや食料調達の際に地球環境に配慮したりするなど、具体的な取り組みを進める園が増えているようです。園で実践されてきたアイディアは子どもたち自身から生まれたものも多く、子どもたちが自分たちで何かができるという体験をすることの重要性も主張されています。持続可能な未来の創り手は自分たちであるという自覚は、幼児期から育まれることを忘れてはならないでしょう。

気候アクション週間~持続可能なクリスマスに向けて~

クリスマス・シーズンのドイツの様子(筆者撮影) 今月末から、このネットワークの気候アクションが、「クリスマスのお菓子の代わりにクリスマスの奇跡を~持続可能なクリスマス・シーズン~」というテーマで始まります。2021年11月27日から12月24日までを「気候アクション週間」として、クリスマスに向けた持続可能な取り組みを各園に呼びかけています。ちょうど11月27日は、世界60カ国以上で広がっている「何も買わない日(Buy Nothing Day)」とも重なっています。園生活の中には、おもちゃ、クリスマスの飾り、買い物など、子どもたちと一緒に持続可能性について考え行動するきっかけがあふれています。ドイツでは、クリスマス・シーズンになると、園内でもクリスマス・ツリーや星などを飾ったり、アドベント・カレンダーを用意したり、たくさんの物を購入する場面が増えます。しかし、これまでと同じような消費スタイルは、持続可能なクリスマスと言えるでしょうか。クリスマスのイルミネーションの電気は、どこからくるのでしょうか。アドベント・カレンダーのたくさんの小さなプレゼントの代わりになるようなものは何かないでしょうか。
 このように気候アクション週間では、子どもたちと一緒に探求しながら持続可能なアイディアを発見する旅に出かけようと呼びかけが行われています。すでに園生活の中で行われているさまざまな場面を、持続可能性の観点から変革していくプロセスは、ESDや気候変動教育で重視されているホールスクール・アプローチ(学び!とESD<Vol.14>)に支えられています。上述したように、COP26では世界中の若者たちを中心に「おしゃべりはもういい!行動しよう!」という声があがっています。
 日本のみなさん。私たちはどのようなことを子どもたちと一緒に探求しましょうか。まずは、身近なところから一緒に行動していきませんか。

【引用・参考文献】

ESDと気候変動教育(その5) 気候変動教育の評価

 前号まで「ESDと気候変動教育」について4回にわたって取り上げきましたが、すでに実践を試みておられる学校の先生から評価について質問をお受けするようになりました。今回は、ESDの知見に基づく気候変動教育の評価について述べてみたいと思います。
 ESD for 2030(「学びとESD!」Vol.08)の公式文書にも明記されているとおり、ESDでは「自律的な学校運営」が求められています。それと同様に、気候変動教育の実践も自律的に自らの実践をよりよくしていく営みを作ることが求められます。
 具体的にそのための工夫を見てみましょう。以下の表はユネスコが気候変動教育を学校全体(ホールスクール)で取り組むための重要な要素をあげ、自らの実践を客観的に捉えることができるようにした表です。「学校運営」「教育と学習」「施設と運用」「地域パートナーシップ」という大項目は一部の訳出を変えていますが、以前に紹介した気候変動教育のホールスクール・アプローチの項目に対応しています(「学びとESD!」Vol.14参照)。

ガイドライン

できて
いない

改善の
余地あり

できて
いる

学校運営

 1.気候アクション・チームを立ち上げる

教育と学習

 2.持続可能な開発と気候変動を全教科で教える

 3.批判的・創造的・未来志向の思考法を教える

 4.行動を起こすように生徒をエンパワーする

施設と運用

 5.学校を気候アクションのモデルにする

地域パートナーシップ

 6.学習と教育のための協力体制を地域と築く

出典)UNESCO (2016) GETTING CLIMATE-READY A Guide for schools on Climate Action.
https://www.unesco.de/sites/default/files/2019-03/Getting_Climate-Ready-Guide_Schools.pdf

 一見、分かりづらいかもしれない、いくつかの項目について補足的に説明をします。例えば、「教育と学習」の「2.持続可能な開発と気候変動を全教科で教える」という項目について、「うちの学校では理科と総合的学習の時間で気候変動を扱っているから気候変動教育をしている」という校長先生のお話を聞いたことがありますが、ESDの観点、特にホールスクールの観点からすれば、それでは不十分であり、「改善の余地あり」にチェック印を記載することになります。一方、国語から音楽や体育に至るまで全ての教科で1学期に一定の時間、気候変動をテーマに授業を行っている場合は学校全体での取り組みと見なされ、「できている」となります(各教科で何ができるのかについては「学びとESD!」Vol.20を参照)。
 また「5.学校を気候アクションのモデルにしている」については、例えば、校舎の一部で使うエネルギーを自然エネルギーにしたり、ゴーヤカーテンを設置したりするだけでは「改善の余地あり」となります。気候に合った服装を推奨して冷暖房を控えめに使用したり、給食で出す野菜を地元農家の有機野菜にしたり、校内のプラスチックに関する指針を共有したりする、つまり校内の衣食住すべてにおいて気候に優しい(クライメート・フレンドリー)実践に取り組んでいる場合は「できている」にチェックできることになります。
 以上2つの例を取り上げましたが、要は「学びとESD!」Vol.14で紹介したホールスクール・アプローチ(学校まるごとESD)、つまり、学校のどの場面を切り取っても気候変動への配慮や対応が見いだせるかどうかなのです。ただ、それは目指す姿であって、「改善の余地あり」と言っても、すでに大きな意義のある一歩を踏み出していると評価されてしかるべきです。
 特に最近、環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんの影響もあって重視されるようになったのは、「4.行動を起こすように生徒をエンパワーする」ことです。ユネスコは、気候変動教育はアクション志向の教育であると捉えており、第1に気候変動を緩和したり、それに自らの生活を適応させたりするための「アクションに関する学び」、第2に生徒みずからがアクションを計画し実際に行動に移していく「アクションを通した学び」、第3に生徒が学んだことをふり返り、次のチャレンジを構想する「アクションからの学び」という流れを重視しています。未来世代の若者にとって学校のキャンパスは、安心してアクションを試みることのできる格好の場であることを忘れてはならないでしょう。
 また「地域パートナーシップ」について、ユネスコは次のように述べています。「地域社会の人々を学校に招き、持続可能性に関連する実践を見てもらうツアーを催したり、地域の人々に環境に関するインタビューをしたり、地元の生物多様性について評価したり、地域のためのプロジェクトを設計して実施したりするなど、生徒の家族や地域の人々を巻き込んで生徒主導でできることは枚挙に暇がない。」この通り、学校にとっても地域にとっても切実な共通問題である気候変動は両者の垣根を低くするチャンスでもあります。
 なお、永田研究室では、気候変動教育の枠を広げ、ESDの概念を生かして「自然・経済・社会・文化」という観点から作成した、40項目から成る自己評価表を開発しています。(『気候変動の時代を生きる』pp.156-57)。これらは自分たちの実践を客観的に見る「手鏡」として活用することができるでしょう。また、これらを用いて、校内研修など、ワークショップ形式の対話の時間を先生同士で、または生徒や保護者と一緒に設けることもお薦めです。

【参考文献】

  • UNESCO (2016) Getting Climate-Ready: A Guide for Schools on Climate Action.
  • 永田佳之(2019)『気候変動の時代を生きる:持続可能な未来へ導く教育フロンティア』山川出版社.

ESDと気候変動教育(その4) いざ、気候アクションへ!

大人に失望する若者たち

 持続可能な未来の基盤をつくるESDには、言うまでもなく世代間の理解や対話が欠かせません。ところが、近年、世界中で学校を休んでまで気候ストライキに参加する若者が急増し、次世代の多くが大人たちに失望していることも伝えられるに至りました。理由は、気候危機を自ら招きながら目先の利益ばかり追求して問題解決に本気で取り組もうとしないからです。
 そうした大人社会を批判する急先鋒とも言えるスウェーデンの環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんの次の言葉は一考に値します。彼女は、2019年9月に開催された国連での気候変動対策サミットにて各国の首脳に向けて次のように語りました。

私が伝えたいことは、私たちはあなた方を見ているということです。そもそも、すべてが間違っているのです。私はここにいるべきではありません。私は海の反対側で、学校に通っているべきなのです。あなた方は、私たち若者に希望を見いだそうと集まっています。よく、そんなことが言えますね。あなた方は、その空虚な言葉で私の子ども時代の夢を奪いました。(中略)あなた方は私たちを裏切っています。しかし、若者たちはあなた方の裏切りに気づき始めています。未来の世代の目は、あなた方に向けられています。もしあなた方が私たちを裏切ることを選ぶなら、私は言います、「あなたたちを絶対に許さない」と。

 各国の首脳が参加していたサミットで16歳(当時)の少女がこのように怒りをあらわにしたのは記憶に新しい人も多いでしょう。ただ、考えようによっては、気候変動という地球規模課題は大人にとって信頼回復のチャンスであると言えましょう。
 では、学校で大人たちは未来世代への「本気度」をどのように伝えることができるのでしょう。国際社会では、この問いに対する答えが本連載で繰り返し主張しているホールスクール・アプローチです。体系的に学校全体(まるごと)で持続可能性を実装していくことが未来世代の要望(潜在的な声も含めて)に私たちが誠実に応えていくこの上ない手立てとなるのです。

学校を気候アクションのモデルにする

 SDGsに関して「教室で教えることを校内から実践しよう!」…学校でできるアクションは明快です。「ESDと気候変動教育」の「その1」及び「その2」でいくつかの切り口と手立てを示しましたが、今回はテーマごとのアクションについて共有したいと思います。筆者が関わってきたユネスコの会議や事業の成果として、ユネスコはアクションの具体例を気候変動に関連するテーマごとに示しています。

表1 気候アクションのテーマと具体例

テーマ

気候アクションの具体例

生物多様性と自然

◆土着の花や低木、フルーツや野菜を植える
◆遊び場や野外の学び場、校舎に日陰を作る木々を植える

エネルギー

◆使っていない時には電気やコンピューター等の電気製品を消す
◆効果的に作動しているかどうかを確かめるために定期的に器具を点検する

責任を負う消費

◆地元の物を買う
◆責任を伴った労働や健康や安全に配慮されて作られた農園・農場・工場の製品を購入する

健康と幸福

◆校内カフェテリアで健康的かつ有機で地元産、さらに最低限の包装での食品提供を行う
◆定期的な手洗いを勧められるように流しと蛇口の維持管理をする

ゴミと屑

◆ゴミを出さないお弁当をもってくるように生徒と職員に促す
◆生徒と職員に対して正しい場所でのゴミ捨てを促すために要所にリサイクル用と堆肥用と容器用のゴミ入れを設置する

交通

◆生徒や学校職員に持続可能な交通を利用するように促す
◆新しい校舎を建てる場合は公共交通機関により容易にアクセスできる地域に設置する

◆利用していない時には水を止める
◆舗装された道路を大嵐の雨水を溜めておけるような自然素材の舗装に替える
◆全ての化学物質が適切に処分されているか確認する(単に排水口に流すだけでなく)

理科・技術

◆気候に影響を与える自然界及び人間による影響を調べる
◆よく使用されている化学物質の社会・環境・経済的な影響について評価する

職業・技術教育

◆男女の労働者の健康及び環境を守ることを目指し、職場の安全性を評価する諸々の手段を用いる
◆社会・環境的な課題解決にむけた技術的な手段は何かを明らかにする
◆製品やデザインに関する環境・社会的責任を採り入れる

出典)‘Modeling Climate Action’. UNESCO(2016, p.15) 訳:筆者

 気候変動や地球温暖化と聞くと、時間的にも空間的にもスケールが大きすぎて、どこから着手して良いのか途方に暮れる、とよく聞きます。しかし、表1を見ると、日常の身近なところからアクションを起こせる機会に満ちていることが分かります。表に示された例は授業に限らず取り組めるアクションです。総合学習や特別活動、校外学習、遠足(修学旅行)などの参考にもなるでしょう。こうした具体的なアクションと授業での学びを有機的に結びつけるなど、子ども達は地球とのつながりについて想いを巡らし、未来への希望を自ずと持つことができるようになるのではないでしょうか。
 校内環境は気候変動教育で大切にされるべき価値観そのものを反映したものでなくてはなりません。木を植えたり、コンポストを作ったり、エネルギーを効率よく使用したり、紙などの資源を節約したり、節水したり、昔からの施設・設備を修繕したりすることは、当然ながら経済的な恩恵をもたらしますし、何よりもそうした実践に挑む管理職や教師、さらには保護者や地域の大人たちの姿勢から未来世代が何にも代えがたい価値観を学ぶことでしょう。「国連ESDの10年」の当初より強調されてきたことですが、ESDは価値志向性の強い教育であり、気候危機の時代を迎え、その性格がより強調されるようになったと言えるでしょう。
 次回は、こうしたアクションが軌道に乗り、その営み自体が持続的になるような評価について考えてみたいと思います。

【参考文献】

  • UNESCO (2016) Getting Climate-Ready: A Guide for Schools on Climate Action.
  • 永田佳之(2019)『気候変動の時代を生きる:持続可能な未来へ導く教育フロンティア』山川出版社.

ESDと気候変動教育(その3) すべての科目で気候変動を!

急展開する脱炭素社会に向けた動向

 昨秋に菅首相が2050年までに「脱炭素社会の実現を目指すことを、ここに宣言いたします」と所信表明で伝えて以来、気候変動対策等のめまぐるしい程の展開が続いています。2021年3月には地球温暖化対策の推進に関する法律の改正が閣議決定され、我が国として2050年までに脱炭素社会の実現を目指すことが法律に明記されました。
 教育行政では「気候変動問題をはじめとした地球環境問題に関する教育の充実について(通知)(*1)」が本年6月2日に出されました。文部科学省総合教育政策局長と文部科学省初等中等教育局長と環境省総合環境政策統括官の連名で、各都道府県教育委員会教育長や各指定都市教育委員会教育長、各都道府県知事などに充てて出された通知です。「国民一人一人のライフスタイルを脱炭素型へと転換していくことが重要であり、持続可能な社会の創り手となることが期待される子供たちが、地球環境問題について理解を深め、環境を守るための行動をとることができるよう、地球環境問題に関する教育(以下「環境教育」という。)を今後ますます充実していく」ことの重要性が伝えられ、ESDにも言及されています。
 「ESDと気候変動教育(その1)」で指摘したように、気候変動に取り組む際に、ESDの知見を最大限に活かすことが求められ、特に「ホールスクール・アプローチ」は国際的に共通の重要課題です。ESD for 2030(「学び!とESD」Vol.18)でも強調され、上記の通知にもこのアプローチが言及されています。
 ここでは「その1」の表1で示した「学校全体のコミュニティを気候アクションに巻き込む」チャレンジに続いて、各教科で何ができるかについて考えます。

すべての科目で扱う気候変動

 「学習」は「ホールスクール」の一部と見なされるとはいえ、最も重要な気候変動教育の領域です。「学校まるごと」で臨むので、そこでは全ての科目で気候変動を扱うことが求められるのです。
 ユネスコはパリ協定の前から国際セミナー等でその重要性を訴えてきました。具体的には表1のようになります。

表1 科目ごとの気候変動教育の可能性

科目

実践例

農業/ガーデニング

◆校内菜園やコンポスト(堆肥)を設計し、維持する
◆農業に従事する地元の人(男性及び女性)をインタビューし、気候変動がいかに彼(女)らに影響を与えるのかを学ぶ

芸術(映像及びパフォーマンス)

◆気候変動の影響を示すポスターを創る
◆環境がテーマの歌やメッセージを分析する

生物

◆気候変動がいかにマラリアなどの病疫を広めるのかを調べる
◆地元の地域や校内で生物多様性に関する計測を行う

公民/シチズンシップ

◆地元の市役所職員に気候変動に取り組むアクションについてインタビューする
◆地元のビーチや公園での清掃活動を計画する

地理

◆街並みができた理由とその影響について調べるフィールド・トリップを行う
◆気候変動のせいで危機的状況にある世界の諸地域を示すマップを創る

保健・体育

◆学校周辺のトレイルをハイキングし、自然環境への敬意を示す
◆大気汚染などの環境問題を要因とする健康被害について調べる
◆アクティブ・トランスポーテーション* など、健康によい実践の環境的な利点をリストアップする

歴史

◆歴史を通していかに諸々の社会が環境課題に応え、困難を解消してきたのかを調べる
◆伝統的な生態系に関する知識を研究し、地元の持続可能な開発問題にいかに応用し得るかを考える

言語・文学

◆ローカルかつグローバルな問題について発表するのに必要なコミュニケーション技能を磨く
◆気候変動に関する写真やビデオに応答する詩や物語を書く

算数・数学

◆学校のエネルギー利用における変化を示すグラフを作成する
◆ローカル及びグローバルなレベルで見られる性差別や貧困、栄養失調に関する統計をもとに計算する

理科・技術

◆気候に影響を与える自然界及び人間による影響を調べる
◆よく使用されている化学物質の社会・環境・経済的な影響について評価する

職業・技術教育

◆男女の労働者の健康及び環境を守ることを目指し、職場の安全性を評価する諸々の手段を用いる
◆社会・環境的な課題解決にむけた技術的な手段は何かを明らかにする
◆製品やデザインに関する環境・社会的責任を採り入れる

訳注)*「アクティブ・トランスポーテーション」:健康増進にもつながる自転車通勤など、移動以外の価値も付与された移動手段。
出典)‘Teaching Climate Change in Every Subject. UNESCO(2016, p.12) 訳:筆者。

 表1はユネスコが作成した「全ての科目で気候変動を教える」の邦訳です。国際的に標準的な教科名が用いられているため、日本のカリキュラムでは馴染みのない名称がリストされているかもしれませんが、例えば日本の場合は「農業/ガーデニング」を総合的学習の時間として、「言語・文学」を国語として柔軟に捉えていただければと思います。
 表全体を見てみると、気候変動は理科や地理などで扱えば良いというわけではなく、ありとあらゆる科目で扱えるトピックであることが分かります。

 表1の実践例はあくまでも例示であり、各教科で何ができるのかについてはカリキュラム策定の担当者や現場の教師がそれぞれの現場に適した内容を自身で作成し、学年や学校全体に相応しい実践例を同僚の教職員や生徒たちと話し合って開発していくことが望ましいですし、そのプロセス自体が「ESDらしさ」だと言えます。
 来月号の「その4」では、エネルギーやゴミなどのトピックごとの気候変動アクションについて考えます。

*1:「気候変動問題をはじめとした地球環境問題に関する教育の充実について(通知)」(ESD-Jウェブサイトより)
https://www.esd-j.org/wp/wp-content/uploads/2021/06/ClimateChangeE-s.pdf

【参考文献】

  • UNESCO (2016) Getting Climate-Ready: A Guide for Schools on Climate Action.
  • 永田佳之(2019)『気候変動の時代を生きる:持続可能な未来へ導く教育フロンティア』山川出版社.
  • 『気候変動と教育に関する学際的研究:適応と緩和のためのESD教材開発と教員研修』(平成27-29年度科研費(挑戦的萌芽研究)研究課題 No.15K13239 研究代表者:永田佳之)2018年.(本稿の一部はこの報告書の記述に基づいています)

ESDと気候変動教育(その2) ‘Learning by Doing’ ― アジア学院からの示唆

 ‘ESD for 2030’ ベルリン大会(学び!とESD <Vol.18>)において喫緊の課題として繰り返し強調されていた気候危機ですが、どのような教育実践が考えられるのでしょうか。
 気候変動教育はESDの重要なテーマとして「国連ESDの10年(DESD)」の後継プログラムである「グローバル・アクション・プログラム(GAP)」のもとでも取り組まれてきました。ユネスコは国連気候変動枠組条約(UNFCCC)やユニセフなど13の国連機関との連携を通じて、気候変動教育とパブリック・アウェアネス(一般市民の意識啓発)を推進しています。
 第1弾に続き(学び!とESD <Vol.14>)、今回は2019年ユネスコ/日本ESD賞(*1)の国内公募で日本を代表するESD実践として選出された学校法人アジア学院(*2)の教育実践から気候変動教育について考えていきます。

‘Learning by Doing’(実践による学び)

 「共に生きるために ‘That We May Live Together’」をモットーに間もなく創設50周年を迎えるアジア学院は、栃木県那須塩原市に1973年に創立された農村指導者養成専門学校です。アジア・アフリカ・中南米・太平洋諸島などから集う学生は国籍や宗教などの違いを越えて、約9カ月間におよぶ有機農業による自給自足の共同生活を送りながらサーバントリーダシップや農業技術などを学んでいます。
 2021年4月に入学したアジア学院に通う学生は、これまでの学びについて「食べものがつくられる過程を体験することで、いのちをいただく意味や生命についても考えるようになった」「気候変動という概念を使わずに核心部分を学んでいる」など、入学から3カ月を経て感想を共有してくれました。これらの感想は、教育のあり方や学び方に新たな視座を与えてくれます。自然の法則に従った農業を通した ‘Learning by Doing’(実践による学び)は、これまでのESDや気候変動教育においても指摘されてきた知識偏重型の学びに代わる実践とも言えるでしょう。
 アジア学院の創設者である髙見敏弘氏は、「食べものは、自然の営みと人間の営みの結晶」であると説き、自然と人間を結ぶ絆である食べものの尊さを首唱してきました。さらに、人間中心的生活様式は人間性を奪い取る危険性を孕んでいるとし、私たちの生に備わっている情感や感覚を豊かにすることの重要性についても言及しています。
 近年、ESDおよび気候変動教育においても認知的学習と社会情動および行動的学習とのバランスが指摘されています。アジア学院の実践は、その課題を乗り越える示唆を与えてくれます。

 次に、2019年度に聖心女子大学グローバル共生研究所にて永田研究室が実施した社会情動的学習(SEL)に焦点を当てた気候変動教育の実践をもとに、気候変動教育の可能性について考えます。

2019年度のアジア学院での授業風景

気候変動教育における物語の可能性

 本実践は、ストーリーテリングと詩の創作活動を通して気候変動の論点でもある気候正義に焦点を当てた内容で編成しました。2014年の国連気候サミットの開会式にて気候変動活動家でありながら詩人でもあるキャシー・ジェトニル=キージナー氏が当時7カ月の愛娘に宛てた ‘Dear Matafele-Peinam’ (*3)から着想を得ました。
 学生たちの作品には、気候変動のような地球規模で想像が及ばないと思われがちな複雑な課題を一人ひとりの心へ手繰り寄せ、自然が主語になっている作品や希望を描いた作品、気候変動を引き起こした人間による開発を問う作品、母なる大地へ向けた作品など想像力に富んだ作品の数々が生まれました(*4)
 ここでは紙幅の関係上、下記に学生の作品を一つ紹介します。

Mさんの詩「傷ついた大地へ願いごと」(筆者訳)

 上記の詩は情感や感覚を呼び起こす学びが学習者にもたらされた事例と言えるでしょう。作者自身の心の動きはもちろんですが、読者も想像を巡らせ、感情が動かされるのではないでしょうか。
 先述の髙見氏による食べものが自然と人間を結びつける役割を担っていたのと同様、ストーリーテリングや詩を用いた感性を育む学びは、自己と他者(自然も含む)との関係を結びつけ、競争や所有に対極する分かち合いの共同体を築く足掛かりとなるでしょう。

*1:ユネスコ/ESD賞については学び!とESD <Vol.10>をご覧ください。
*2:長年にわたり、公正で平和な社会づくりおよびサーバントリーダーの輩出に貢献してきたことが評価され、国内公募で選出されました。
*3:2014年国連地球サミット開会式(https://youtu.be/mc_IgE7TBSY
*4:本実践の詳細に関しては大栁ほか(2020)をご覧ください。

【参考文献】

  • 大栁由紀子・神田和可子・永田佳之(2020)「アジア学院における気候変動教育:価値観・行動・ライフスタイルの変容に向けた試み」『euodo: Journal of Rural Future Study(アジア学院紀要 nr.4』pp.12-29(英語版, pp.2-11).
  • 神田和可子(2018)「気候正義―変革を可能にする若者の力―」『気候変動と教育に関する学術的研究―適応と緩和のためのESD教材開発と教員研修』科学研究費最終報告書, 代表:永田佳之, pp.30-37.
  • 髙見敏弘(1996)『土とともに生きる―アジア学院とわたし』日本基督教団出版局.
    ―(2020)「食べものを分かち合うことはいのちを分かち合うこと―被造物としてあるべき生き方を求めて」『euodo: Journal of Rural Future Study(アジア学院紀要)nr. 4』pp.101-108. (英語版, pp.92-100)
  • 永田佳之(2020)「理論編③気候変動教育の現在 国際的な動向および国内外の理論と実践」『開発教育』編集委員会編『開発教育 67号』認定特定非営利活動法人 開発教育協会, pp.20-29.
  • UNESCO. Climate Change Education and Awareness. 〈https://en.unesco.org/themes/addressing-climate-change/climate-change-education-and-awareness〉(2021年7月1日参照)

ESD for 2030 ベルリン大会をふり返る

 2021年5月17~19日にESD史にとってランドマークとも言える一大会議である「ESDに関するユネスコ世界大会:私たちの地球のための学び、持続可能性のための行動」(以下、「ベルリン大会」と略)がオンラインで開催された。主催はユネスコであり、ドイツ政府がホストし、同国のユネスコ国内委員会が諮問役を務めた。閉会時の主催者による発表で、世界各国の教育や環境を担当する大臣・副大臣が85人、161ヶ国から2,800人以上が参加し、パブリック・ビューワーは1万人以上に及んだという。数多くのセッションが同時に催され、最終日には「ベルリン宣言」が採択された。
 この大会を、「国連ESDの10年」(2005~2014)、いやその源泉とも言える「地球サミット」(1992)以後の里程標としての一連の国際会議の系譜で鳥瞰すると、どのような特徴が見えてくるのであろう。上記の宣言の意義などについては稿を改めて述べることとし、ここではこの大会ならではの特徴について紙幅の許す範囲で述べてみたい。
 ベルリン大会は本来であれば、昨年の6月にベルリンを舞台に開催されるはずであった。筆者も「ユネスコ/日本ESD賞」の国際選考委員として招待され、参加を心待ちにしていたが、その後、ホスト国のドイツは新型コロナウイルスに翻弄され、結局オンラインのみの開催となった。
 このウイルスがこの会議の運営のあり方のみならず内容にも影響を及ぼしたのは言うまでもない。運営については実際にリアルな会場に参加者がいるかのごとく実感がもてるようにデジタル空間に会議室や各国の展示ブースを設けたり、各国の資料を入手できたり、ヨガ・インストラクターのビデオを閲覧できる休憩サロンが設けられたりするなどの工夫がなされていた(写真はエントランスの光景)。
 では、内容面ではどうであろう。ベルリン大会にはそれまでにも増して顕著に台頭した2つの特徴があると筆者は見ている。一つは気候変動であり、もう一つは若者である。両者は連動しており、その背景には従来にないほどの地球環境に対する危機感の高まりがある。

1)共有されていた気候危機

 気候変動に対する危機感は冒頭の挨拶から露わに繰り返された。「リオ+20」以後、2009年にドイツのボンで開催された「国連ESDの10年」の中間年会議等の主なESD会議に筆者も参加してきたが、ベルリン大会ほど危機感が前面に出された会議はなかったと言える。ユネスコのA. アズレー事務局長はH. G.ウェルズを引用しながら、記録的な温暖化が続く地球を前に人類は「自身との闘い」に迫られていると語った。続いて、UNFCCC(気候変動に関する国連枠組条約)事務局長のP. エスピノーサは今日ほどESD、そして気候変動教育が必要とされている時代はなく、気候変動教育(「学び!とESD」Vol. 14)が成功しないとCOP26(第26回気候変動枠組条約締約国会議)の成功もないと力説。さらに「パリ協定」の立役者であるL. ファビウス(国連気候変動会議(COP21)議長)は8割以上のフランス人が温室効果ガスについての正しい知識をもっていない統計に触れ、気候変動教育は学校で始められる必要があると主張した。
 このように冒頭の布陣と強調点からしても、また後続の会議の内容からしても、この大会が「気候変動」がテーマの会議であると言われてもおかしくないほどに温暖化問題が前面に出されていたのである。ちなみに大会期間中に主催者によって聴衆への質問がいくつかなされた。そのうちの1つ「ESDにとって最も差し迫った挑戦は何か?」という質問に対する回答は、①気候変動、②貧困、③グリーン経済、の順に多かった(主催者制作のグラフィック記録を参照)。かつて、筆者が所属していた「国連ESDの10年」のモニタリング評価専門家会合では、ESDの傘下に生物多様性や防災と並んで気候変動が地球規模課題の具体的なトピックとして位置づけられたが、いつの間にか親子が逆転している印象さえ受けた。

2)若者の声

 気候変動に対する応答の重要性と共に強調されたのは、冒頭の副題にも示されている「行動」につながる「学び」である。最もそれを強く主張していたのは若者(ティーンエイジャー)の参加者であった。これまで国際イベントで若者が登壇する時はどこか補完的な役回りであり、弥縫策(びほうさく)ともいえる参加が少なくなかったが、ベルリン大会では周囲の大人を圧倒するような若者による主張が見られた。その背景には、気候変動に対する運動を展開する次世代、特にグレタ・トゥーンベリの影響があることは明らかだ。
 「我々には50年もないのだ。もう同じ過ちは繰り返してはならない!」と力強く語っていたアイルランドの若者の主張は、マイボトルを持ったりリサイクルなどの3Rを実践したりという個人の行動にとどまっていたのでは間に合わないというメッセージであり、企業や政府を動かすことの重要性を訴えていた(ベルリン宣言に「政治的行動」という言葉が盛り込まれたことも注目したい)。
 若者の見解を支持する大人も目立った。ESDの論客でもあるF. ライマーは、ESDは閉鎖的な努力に終始してはならないと述べ、個々人が満足する行動変容の域を超えて、経済や政治に影響を及ぼす市民性を育成することが肝要である、と強調していた。印象深かったのは、「環境アクティビズム」が肯定的に語られていたセッションが複数あったことである。

 さて、以上のメッセージと照らし合わせると、日本の政策や実践はどうであろう。上記の2つの強調点を日本の学校内外の教育と重ね合わせると、わたしたちは国際的に共有されている課題や要請に応えようとしているのであろうか。
 少なくとも15年もの間、日本政府が大きく貢献し続けてきたESDという国際運動がグローバルな舞台を通してわが身に帰ってくるとき、自らを捉え直す好機であることは間違いない。ベルリン宣言は宣言して終わりではなく、まさに加盟国内外での対話の始まりであると言えよう。閉会の言葉でESDの論客として知られるA.ウォルスが「この3日間の討議を空虚な言葉にしてはならない」と強調していた。その通り、ここで共有された課題を共有し、それぞれの持ち場で生かしていくか否かはESDの担い手である私たちしだいなのである。

【補記】
ベルリン大会と同時期に、欧州の市民を中心に興味深い討議が2つほどあった。1つは、 Great Transition Initiative Discussion Forum ‘The Pedagogy of Transition: Educating for the Future We Want’ であり、もう1つは欧州を中心とした50ほどのネットワーク団体が開発教育やグローバル市民性教育の推進に取り組むイベントであるIMAGINE 4.7であった。これらはESD for 2030の皮相的な解釈をラディカルに捉え直す内実を含んでおり、これからの教育の行方を見据える上で参考になる。

コロナ禍の学びを考える ―持続可能な未来へのCONNECTEDkind(コネクティッド・カインド)(その2)

 前号では、パンデミックの時代に産み落とされた「学び」であるCONNECTEDkindを通して、人々が自然や他者、そして夢や希望、さらには個人や社会の「影」とつながり、持続可能な未来への感性を育むアプローチを紹介しました。
 持続可能な未来の創造というスケールの大きな目標を掲げるESDに必要なのはビジョンであると同時に、まさにCONNECTEDkindのような〈適切なアプローチ〉です(ESDにおけるアプローチの重要性については参考文献を参照)。今回は、この手法を用いた大学での授業による試みを紹介します。
 まず、学生たちの作品を紹介する前に、前号に引き続き、CONNECTEDkindの創始者であるラウラ・ベレーヴィチャさんの作品を見てみたいと思います。写真1は影が斜め下に伸びた赤い落ち葉ですが、この自然物と影からラウラさんが想像したのはベレー帽の少女でした(写真2)。写真3は同じ落ち葉ですが、影の形状が異なります。そこから想い描かれたのは気持ち良さげにシャンパンを飲む人物でした(写真4)。写真5は影が横に伸びた同じ落ち葉ですが、描かれたのは葉巻をくわえた女性です(写真6)。

写真1写真2 ベレー帽をかぶる女性
©Laura Belevica

写真3写真4 シャンパンを飲む人
©Laura Belevica

写真5写真6 葉巻をくわえる女性
©Laura Belevica

写真7 学校帰りに雪道を歩く子ども
©Laura Belevica
写真8 子犬と丘を登る女性
©Laura Belevica
写真9 ドライヤーで髪を乾かす人
©Laura Belevica

写真10 恐れをなしている犬
©Laura Belevica
写真11 裾をめくり小川に足を入れようとする女性
©Laura Belevica
写真12 魔法のマントで空を飛んで得意になっている猫
©Laura Belevica

 このように同じ自然物からでも実に多様な作品が生まれます。それぞれに個性があり、影の向きや形状が変わると想像するものも違ってくるのです。写真7~12は、ここまで紹介した作品以外のラウラさんによる作品一覧です。
 さて、コロナ禍においてCONNECTEDkindは国境をこえて若者に希望を与えています。筆者の授業でも学生たちが毎週のようにCONNECTEDkindを楽しんでいます。
 コロナ禍で筆者が催した「自主授業」では、有り難いことに「森の案内人」として知られる小西貴士さんも参加されていました。プロの写真家でもある小西さんはご自身の写真を使うことを提案して下さり、毎週、素晴らしい写真に預かることがかないました。
 写真13は、一例ですが、「綿毛」を影と共に撮影した1枚です。これをもとに、筆者の大学院のクラスでCONNECTEDkindを試してみたところ、バレリーナ(写真14)を描いた者もいれば、映画「メアリー・ポピンズ」の一場面(写真15)を想像した学生や、ソーシャル・ディスタンスを取りつつも天使によってコネクトされている恋仲の熊を描いた者もいました(写真16)。

写真13(タンポポの綿毛)写真14 バレリーナ写真15 メアリーポピンズの一場面写真16 恋仲の熊をつなぐ天使

 CONNECTEDkindは大人数の授業でも楽しめます。筆者が受け持つ社会学概論という講義は社会の「影」への想像力を養うことに重きを置いていただけに、内容的にも相応しい授業でした。ほぼ毎週、総勢50人の学生たちに授業の数日前にお題として1枚の写真を送り、それぞれに紙やスマートフォン上で作品を描くことを課題とし、毎回、オンライン授業の初めに個性あふれる作品を5人前後のグループで見せ合い、皆、繰り返し自分が想像したものと他者が想像したものとの違いを楽しみました。
 前号「その1」でも述べたように、CONNECTEDkindでは、絵を描くことの上手・下手という価値判断をすることなく、不思議と「みんなちがってみんないい」という雰囲気になります。写真17は、社会学概論のクラスでほぼ毎週、作られた作品集をPadletというソフトで公開したものです。学生たちは実に楽しんでこの活動に取り組んだことが伝わってきます。
 このレッスンが学生たちのメンタルなウェルビーイングに寄与したことは、幾人かの学生の感想からもうかがえます。ある学生は「自然のものからここまで想像して新たなものを作ることがこんなにも楽しいとは、CONNECTEDkindのおかげで初めて気づくことができました。もっと世界中の人に体験してもらいたいです。」という感想を述べています。また、「コロナ禍であるからこそ、周りの人達とのコネクションを大切にしていくことが必要であることを、CONNECTEDkindを通じて知ることができました。そして、色々と考えることがある中で、絵を描いている時間はそのことに没頭しリラックスすることができたので感謝しています!」という感想からも分かるとおり、コロナ禍であったからこそ、その効用はひときわ発揮されたようです。

写真17 50人のクラスで生まれた作品群(一部)

 ラウラさんはCONNECTEDkindの一つひとつの作品を「雫」(DROPLET)と名付けています。その理由を尋ねてみると、「1年前、自分が暮らす米国ロスアンジェルスでもコロナ感染者が急増すると同時に、アジア系の人々への差別も広がり、瞬く間に不寛容な社会になりました。この惨状を目の当たりにした時、CONNECTEDkindの小さな雫のような作品がkindness(親切さ)と共に広がり、やがては親切心に満ちた大海(社会)となることを願ったのです。」という返答でした。
 CONNECTEDkindの基底には、平和への切なる願いがあるのです。皆さんも、ぜひ試してみてはいかがでしょう。

【補記】
ラウラさんはラトビアの民話をもとにした物語の絵本も描いています(『春までぐっすり』 文:三木卓、絵:ラウラ・ベレーヴィチャ、かまくら春秋社)
https://kamashun.shop-pro.jp/?pid=156300161

【参考文献】

  • 永田佳之「ESDの実践へと導く4つのアプローチ」(日本国際理解教育学会編『国際理解教育 Vol.18』所収、44-51頁、明石書店、2012年
  • 小西貴士『チキュウニウマレテキタ(子どもとSDGsをひらくシリーズ)』風鳴舎、2020年

コロナ禍の学びを考える ―持続可能な未来へのCONNECTEDkind(コネクティッド・カインド)(その1)

 ESD for 2030の特集(Vol.)でもふれた通り、ESDの優先課題のひとつは持続可能な未来をつくる市民性の育成です。その市民性を育む上で問われるのは、持続可能な未来に向けた自然との、そして人間同士の「つながり」をいかに再構築していくのかです。こうした関係性を新たに創造していくためのキーワードは「想像力」であると筆者は考えています。ただ、この想像力の涵養は狭義の美術教育に収斂されてはなりません。ここでは、そのための学びとしてCONNECTEDkind(コネクティッドカインド)という、コロナ禍で誕生したアクティビティを紹介したいと思います。

コロナ禍から生まれた新たな学び

 2020年春先、多くの大学は1ヶ月ほど授業開始を遅らせることを学生に通知しました。新型コロナウイルスによる急速な感染症拡大という前代未聞の事態に直面し、唐突にステイホームと言われ、新学期を目前にしていた学生たちは戸惑いを隠せませんでした。そこで筆者は「オンライン自主ゼミ」を本来の授業開始日から行う、と伝えてみました。単位取得にならない授業ですが、結果、履修した学生ばかりか、聞きつけた他大の学生や社会人など、3カ国から10人あまりの大学院生や社会人が集う学習グループが生まれました。
 非公式なので学生のニーズに合わせて自由に授業づくりができました。当初はサティシュ・クマールやバンダナ・シバによる新型コロナウイルスに関する論考を読んでいましたが、コロナ禍がもたらした不安や緊張を解くことはある程度はできたものの、学生たちは知識のレベルとは異なる、深い次元で安寧を欲していると感じました。
 そこで皆で心を寄せ合えるCONNECTEDkindというアクティビティを試みてみました。このアクティビティの創始者は、ラトビアのラウラ・ベレーヴィチャさんですが、筆者にそのことを教えてくれたのはフィンランド在住のイギリス人のESD研究者でした。彼は、新型コロナウイルスの感染で世界中の子どもたちが学校で学ぶ機会を失っているが、CONNECTEDkindという素晴らしいESDの実践と出会ったのでぜひ日本の学生たちとやってみてはどうか、とメールをしてきました。昨年4月初旬のことです。
 CONNECTEDkindの合言葉は “Stay home, but stay connected!”(お家にいよう、でもつながりながら!)」です。何とコネクトするかというと、人と自然、そして夢、さらには後述する「影」とです。その手法は次のようにいたってシンプルです。

  1. 自宅近くをスマートフォンかカメラを持って散歩する。(できるだけ晴れた日を選ぶ)
  2. 森や公園や道端に落ちている自然物、つまり葉っぱや枝や小石や花弁などを見つけて、その物の影と一緒に写真を撮る。何枚撮ってもOK。
  3. 自宅に戻ってお気に入りの1枚を選ぶ。
  4. 撮った写真を紙にプリントするかスマートフォン上で見られるようにし、自然物と影の形から想像したものをペンなどで描く。
  5. 家族や友人と対面かオンラインで作品を見せ合い、自分の作品の説明や他者の作品の印象を分かち合う。

「みんなちがってみんないい」という感性を育む

 公園に落ちていた1枚の葉っぱとその影を見て、猫を想う人もいれば、船を想う人もいます。道端にある石とその影を見て、人の顔を想像する人もいれば、山を想像する人もいます。絵の得手不得手は関係ありません。誰もがもつ想像力を楽しみながら育むのです。始めは不慣れでも、想像力は鍛えられ、上達します。実際、創始者であるラウラさんも回を重ねるごとに想像したものをより上手に描くことができるようになったと言います。

写真1

 彼女の作品例を見てみましょう。写真1は、ロスアンジェルスのラウラさん宅近くに落ちていた葉っぱとその影の写真です。皆さんは、この1枚の写真を見て、何を想像するでしょうか……。葉っぱと影を色々な向きに変えつつ、ラウラさんの想像から生まれたのは、バレリーナであり、キツネであり、空飛ぶ絨毯に乗る王子様です(写真2&3&4)。

写真2
©Laura Belevica
写真3
©Laura Belevica
写真4
©Laura Belevica

 多くの人は、このアクティビティを体験してみると驚きます。というのは、つい誰もが自分と同じものを描くであろうと思いますが、上記の5.で実際に見せ合うと、他者はまったく異なる「何か」を描くことが多いからです。例えば、葉っぱが魚に見えた人は、帽子を描いている他者の絵を見て新鮮な驚きを覚えます。逆に、自分と同じものを他者も描いていることを知った時は喜びを分かち合うことができます。
 自分の作品と他者の作品を比べるのは、優劣ではなく個性の違いなので、意外性を楽しむことができます。その結果、他者の価値観や世界観を素直に受容するようになり、「みんなちがってみんないい」という感覚が自ずと身に付きます。新型コロナウイルスと同時に世界には不寛容も蔓延し、各地で差別や暴力行為が見られるようになりました。自分と異なる他者への想像力が問われている時代にCONNECTEDkindは格好の学習アプローチなのではないでしょうか。

「影」を受容する

 先に、CONNECTEDkindでつながるのは上記の3つの要素であると述べましたが、実は「影」とのつながりがこのアクティビティの要なのです。写真を撮る時、自然物と共に影も撮影することがルールなので天気に左右されることは避けられません。晴れた日を選んで写真を蓄えておくとよいです。コロナ禍の1年間、このアクティビティをセミナーや授業で続けてみて実感できたのは、想像力を駆使して想いを込めた作品を描く人々は、作品にとって「影」が不可欠な要素であるということを感覚的に把握しているということです。誰もがもつ負の側面を否定せずに受容し、慈しむ態度は大切で、また作品を組織や地域社会と重ねれば、影で支えている人々や我々の暮らしの礎となっている自然への想像力も重要なのです。このシンプルな学びの背景には、古代中国の陰陽思想にも通じる何かがあるかもしれない、などと思いを巡らしてしまいます。
 先のラウラさんの作品はいわばプロの作品であるので見事という他ありません。しかし、授業で同様に試してみると、どの作品も微笑ましいものばかりです。次回は学生たちの作品を紹介し、CONNECTEDkindの深い世界をさらに探求してみたいと思います。

ドイツの森の幼稚園:新しい学びや育ちの捉え方・評価の在り方を求めて

乳幼児期からはじめるESD

 ユネスコの文書では、「ESDは、就学前から始める必要があり、一生涯にわたって意味のあるものでなければならない」とされています(UNESCO 2006)。そこで今回は、乳幼児期に焦点を当てたESDについてドイツの森の幼稚園の事例を取り上げながら考えていきたいと思います。ドイツは自然に親しむ人々が多く、環境に対する意識の高さが人々のライフスタイルや社会のさまざまな分野の政策にも反映されています。そのような社会的な背景のなかで、保護者や地域のニーズを受けて「森の幼稚園」が全国各地に広がり、その数はおよそ1,500園にのぼると言われています(Miklitz 2015)。

森には持続可能性がいっぱい!

動物と子どもたち ドイツの森の幼稚園では、日常生活や遊びの中にある身近な自然現象や生き物をテーマに持続可能性へとつながるさまざまな活動が展開されています。どの活動でも、自然の中で子どもたちが、生き物や自然の現象について五感をフルに使って探索することが大切にされています。さらに、園での体験や学びが子どもたちの家庭生活や地域社会と連関することで、地球にやさしい価値観がおのずと子どもたちの中に培われます。同時に、家庭や地域においても持続可能なライフスタイルが広がり、大人たちの価値観の変容も促されます。森の幼稚園の実践は、テーマ、規模、活動期間などの違いはありますが、そこから共通して見えてくる特徴は以下のようにまとめられます。

出典:「ESDの国際実施計画のための枠組み」(UNESCO 2006)で示されているESDのキーワードをもとに筆者作成

子どもの学びや育ちの捉え方~新しい評価の在り方を求めて~

 次に、これらのESDの特徴を踏まえて、さらに子どもの学びや育ちをどのように捉えていくかという評価の点についても考えていきたいと思います。自然体験を通して、私たち大人が子どもたちに願っているのはどのようなことでしょうか。生き物や自然現象について知識を習得することでしょうか。あるいは、社会的なスキルを獲得することでしょうか。もちろん、活動の中でそうした知識やスキルが結果的に身につくことはあるでしょう。しかし、子どもの学びや育ちは、どれだけ知識を習得したか、どれだけスキルを獲得したかという点だけでは測りえない性格のものなのではないでしょうか。
 本連載の第13号では、イギリスの公立学校であるアシュレイ小学校(Ashley Primary School)の事例が取り上げられています。そのなかで、子どもたちの学習成果は保護者や地域の人々と共有され、持続可能な未来の創り手である子どもたちは公的な場で「祝福」されることが紹介されています。これは小学校の事例ですが、就学前教育においてもESDの実践を深めていく際にはこのような評価の考え方がとても重要になります。言い換えるならば、ESDでは、望ましい子どもの姿を事前に想定して、それに照らし合わせるような方法で子どもの学びや育ちを捉える、という従来の視点とは異なる評価の在り方が求められているのではないでしょうか。すなわち、大人が事前に設定した基準をクリアしたかどうかで子どもを評価するのではなく、共に身近な問題に向き合い足元から持続可能な生活の営みを考え実践していくなかで得た学びを共に喜び合い味わうという、そうした評価の在り方が求められているともいえるでしょう。このような評価については、目標準拠型の評価とは異なる視点をもつ「鑑識眼に基づく評価」(松下2002、佐伯2019)の考え方も一つのヒントとなるでしょう。

子どもと大人の関係性

 上に述べた新たな評価の在り方を考えるにあたって重要になるのが、子どもの周りにいる大人の在り方や、大人が子どもをどのような存在として捉えるかという点です。教育や保育の現場においてはさまざまな評価の場面が存在していますが、そのなかでも「大人は評価する立場(教える側)であり、子どもは評価を受ける立場(教わる側)である」といった考え方が今も根強く残っているのではないでしょうか。しかし、ドイツのユネスコ国内委員会の文書(Deutsche UNESCO-Kommission e.V. 2014)では「子どもは、生まれながらにして有能で主体的な存在であり、大人とともに持続可能な社会を構築していく存在」であると記されています。また、保育者には「子ども時代を尊重し、子どもに寄り添い共に歩む存在」であることが望まれています。さらにESDでは、子どもが世界と関わり、世界を発見し、世界を自分の中に取り込んでいくことを保障することこそ「子どもの権利」であると位置付けられています。つまり、「評価する側(教える側)・評価される側(教わる側)」といった固定された関係性を超えて、新たな学びや育ちの捉え方が求められているのではないでしょうか。

森の幼稚園から学ぶ

お祭りの様子 ドイツの森の幼稚園における日々の生活や活動では、身近な動植物の生態学的なつながりや自然との共生について、子どもたちは体験を通して認識していきます。自然とともにある生活の中にはさまざまな持続可能性につながるテーマが存在しており、生命の循環や存在の意味など根源的な問いに触れる場面も少なくありません。また、森の幼稚園の生活の場となる自然の中には、既成のおもちゃも最新の情報機器もなければ、水道やトイレなどの設備が整っているわけでもありません。しかし、子どもたちはファンタジーを働かせ創造的に遊びを生み出し、現代社会でもはや見えなくなってしまったさまざまなプロセスを身をもって経験します。不自由さやシンプルさのなかにある豊かさに目が向けられています。大人が設定した学びや育ちのプロセスや評価の基準を、今日あらためて問い直すプロセスが求められているのではないでしょうか。
 2021年現在、感染症や気候変動、貧困や紛争など地球規模の問題が山積しています。そうした時代のなかで、私たちがこれからも持続していきたい社会や目指していきたい未来では、いったいどのような教育や文化が必要とされているでしょうか。これまでの当たり前を疑い、大人はいったん立ち止まって考えていく必要がありそうです。

*ドイツでは、自然と森の幼稚園(Natur-und Waldkindergarten)などさまざまな名称で広まっていますが、ここではそれらの総称として「森の幼稚園」を使います。

**写真はすべてドイツ・プレーツ市の森の幼稚園(Naturkindergarten. Die Wühlmäuse e.V.)代表ヴィル氏より提供を受けたものです。掲載については、子どもたちの保護者からも許可を得ています。

【引用・参考文献】

  • Deutsche UNESCO-Kommission e.V. (2014) Bildung für eine nachhaltige Entwicklung im Elementarbereich – Kitas setzen Impulse für den gesellschaftlichen Wandel. Deutsche UNESCO-Kommission e.V.
  • I.Miklitz(2015)Der Waldkindergarten:Dimensionen eines pädagogischen Ansatzes, Cornelsen.
  • UNESCO (2006) Framework for the UNDESD International Implementation Scheme. UNESCO.
  • 木戸啓絵(2019)「ドイツの〈森の幼稚園〉における気候変動教育:その理念等をめぐって」及び「Colum 9  気候変動教育に関わる森の幼稚園での取り組み~ブルーベリープロジェクト~」永田佳之編著『気候変動の時代を生きる: 持続可能な未来へ導く教育フロンティア』山川出版社
  • 木戸啓絵(2021)「持続可能な社会を生きる―ドイツの森の幼稚園」『子どもと自然保育Bookしあわせみつけた 自然と共に生きよう~素敵な発見、出逢いから~』上田女子短期大学
  • 佐伯胖(2019)「「教える」ということの意味」汐見稔幸・奈須正裕(監修)佐久間亜紀・佐伯胖(編著)『現代の教師論』ミネルヴァ書房
  • 松下良平「教育的鑑識眼研究序説―自律的な学びのために」(2002年)天野正輝(編)『教育評価論の歴史と現代的課題』晃洋書房
  • リチャード・ダン著,永田佳之(監修・監訳)(2020年)『ハーモニーの教育―ポスト・コロナ時代における世界の新たな見方と学び方』山川出版社