学び!とESD

2026.05.15 <Vol.77>

「ユネスコ教育勧告」のエッセンス(その6) 「インクルーシブ」

永田 佳之(ながた・よしゆき)

「ユネスコ教育勧告」のエッセンス(その6) 「インクルーシブ」

インクルーシブな学校の根幹となる
原則によれば、
可能な限り、どのような困難や
違いがあったとしても、
すべての子どもは
共に学ぶべきである。

「サラマンカ声明」
‘The Salamanca Statement and Framework for Action on Special Needs Education’
筆者訳

図1 図2
出典:聖心女子大学グローバル共生研究所(https://kyosei.u-sacred-heart.ac.jp/unesco2023/

ダイバーシティとインクルーシブ

 今号で取り上げるキーワードは「インクルーシブ」です。辞書を引くと「包括的な」「包摂的な」「排他的ではない」「あらゆる人々を受け入れた」などと書かれています。最近、紙上で取り上げられる機会は増えているものの、いまだ十分に市民権を得ているとは言い難い用語であるといえるでしょう。
 実は、カード型教材をつくり始めていた当初は、「ダイバーシティ」が選ばれていました。勧告の該当箇所の原文には「文化の多様性」がことさら強調されているからです。ところが、マイノリティが排除されるような現状が続く日本の教育制度を考えると、「インクルーシブ」こそ、これからの学校や地域で考えてほしい概念であるという結論になり、「多様性」は表面(図1参照)に記載の問いの1つに「格下げ」されたという経緯があります。
 主題の「超訳」は次のとおりです。

一人ひとりが 多様性をもつ
かけがえのない存在
誰も排除せず その人が大切にしている
歴史・文化・言語を守るのが教育

 裏面(図2参照)に掲載の原文にはユネスコの「文化的多様性に関する世界宣言」が引用されており、多様性とインクルーシブとの関係性にも触れられています。多様性は色々あってよいのだからといって、人権侵害を受けている少数派の人々の人権問題をほうっておいてはならないのです。多様性は違いが存在している状態ですが、インクルーシブはその違いが尊重され、活かされる状態であるといえます。料理に例えるなら、食材は多様であっても、個々の食材の特性を活かしながら調和させて料理するプロセスがなくてはならないのです。多様性は違いがあることであり、インクルーシブは違いを共に生きることともいえます。
 さて、このカードにも3つの問いが用意されており、次のとおりです。

あなたのまわりの人々がもつ多様性には、どのようなものがありますか?
人々が大切にしている歴史・文化・言語がないがしろにされていると感じたことはありますか?それはどんな時ですか?
誰もがもつ多様性を排除しないインクルーシブな社会を創るには、どうしたらよいと思いますか?

 このカードでも一連の質問は、身の回りの課題に気づくことから徐々に社会的な課題へ、さらに行動へと関心を広げていく構造になっています。
 カードを作成する過程において「インクルーシブ」を障害者や障害のある子どもに限って検討していることに気づき、もっと裾野を広げてこの概念を捉え直すべきであるという議論がありました。たしかに、冒頭で触れたとおり、「インクルーシブ」は最近、紙上で取り上げられるものの、「障害のある子どもと、ない子どもがともに学ぶ」というような紹介が多いようです(*1)。しかし、社会的に排除されている人々は、前号で取り上げた性的マイノリティもそうですし、カードに明記されている「歴史・文化・言語」に関する少数派もそうです。①の問いが設けられた背景には、こうした問題意識があります。実際のワークショップでは「留学生と出会って、お肉を食べない人がいることを初めて知った」とか、「性的マイノリティの人が日本では10人に1人ほどいると聞いて驚いた」という意見が挙げられていました。
 ②の問いでは「アイヌのバンドの曲を聴いてから、アイヌの人々が経てきた排除の歴史に初めて興味を持った」と語る人や「植民地統治下の朝鮮半島で当時の韓国の人々に創氏改名を強要し、文化的アイデンティティを傷つけたことを学んだ」と述べる参加者がいました。
 また、カード型教材が学校で試験的に使われた際、日本に来たばかりの英語の先生が日本語カードを読めずに不自由を感じさせてしまったということも経験しました。そうした声のおかげで、現在では英語版カード教材も作成されています(*2)
 社会全体に視野を広げた③の問いは、学校での道徳の授業の可能性や国際理解教育の重要性、法整備による制度的な保障などが話し合われていました。ワークショップでは、包摂を意味するインクルーシブは、意志に反して括られてしまうような感覚につながり、複雑な気持ちにもなるという意見も聞かれた一方で、やはりマイノリティの人々の抱えてきたしんどさを考えると、不可欠なキーワードであるという意見もありました。
 なお、カードの裏面に記載の二次元コードからは日本学術会議での提言「すべての人に無償の普通教育を多様な市民の教育システムへの包摂に向けて」にアクセスできます。そこでは「不登校の子ども」「外国籍の子ども」「障害のある子ども」「貧困家庭の子ども」「被差別部落の子ども」「周辺化される目立たない子ども」をめぐる教育課題が取り上げられ、国・自治体・各学校への提言がなされています。

分離教育をこえて

 冒頭に述べたように、多様性(ダイバーシティ)と包摂(インクルーシブ)という、いわば表裏一体の課題は昨今、ますます重要性を帯びているように思われます。特別支援教育を受ける児童・生徒の数はこの10年で倍増しています(参考文献4.参照)。これはユネスコ教育勧告のみならず、国連の障害者権利条約をはじめ、子どもの権利や人権に関わる条約や規約に逆行する傾向であるといえます(*3)
 日本では「日本型インクルーシブ教育」のもと、特別支援学校・学級が合理的に配慮され、分離される傾向が顕著になっており、こうした分け隔ての方向性は国連が示す普通学級で共に学ぶという方針と乖(かい)離している現実であり、国連の障害者権利委員会による審査で差別的な問題性が指摘されています(2022年9月)(*4)。インクルーシブ教育の先進国といわれるイタリアなどから学ぶ点は少なくないでしょう(*5)
 最後に、デザインの役割の重要性に言及して本稿の結びとしたいと思います。私たちはマイノリティの問題を語るとき、とかく心や意識の問題として話しがちですが、それと同時に、学校などの空間や環境のデザインという課題もないがしろにしてはなりません。私たちの周囲を見回すと、誰であろうと公平に簡単に使えるものは意外と少ないのではないでしょうか。皆さんの学校やキャンパス、教室や職場である「足元」をインクルーシブの視点で生徒や学生と一緒に見直してみると、色々な課題に気づくでしょう。(参考文献7.参照)

「インクルーシブ」イラスト解説

エッセンスの言葉と向き合う中で、小さな花を両手で包み込むイメージが浮かびました。

いくつかの花の色にはそれぞれの背景を、また花そのものには一人一人の命を重ねました。

全ての人が大切にされ、安心して生きられる社会を思い願いながら描いた一枚です。

©Kei Ikeda

*1:一例ですが、「3月にパラリンピックが開催されたイタリアでは、障害のある子どもと、ない子どもがともに学ぶ『インクルーシブ教育』が実践されている。」(朝日新聞, 2026年4月29日朝刊)という記事が挙げられます。
*2:英語版カード型教材は次から閲覧できます。なお、作成の過程でユネスコの担当職員にも相談をした結果、国際的にも使用されることも考慮し、キーワードなどは一部変更されています。ユネスコ教育勧告の指針に基づき、日本語版では日本の現状や文脈と照らし合わせて重要であると思われるキーワードを選んでいるためです。
https://kyosei.u-sacred-heart.ac.jp/unesco2023/cards/
*3:日本の分離教育の動向と問題点については橋田(2025)を参照して下さい。
*4:DPI日本会議「障害者権利委員会から日本政府へ勧告(総括所見)が出されました! 〜90項目以上改善するよう勧告されてます〜」
https://www.dpi-japan.org/blog/workinggroup/crpd/recommendations-for-japan/(2026年5月1日閲覧)
*5:イタリアのインクルーシブ教育の詳細については参考文献6や、弊社Webマガジン「学び!と共生社会」Vol.384761657174などが参考になります。

【参考文献】

  1. 「学校は『社会のミニチュア』」(2026年4月29日、朝日新聞朝刊)
  2. 「サラマンカ声明(宣言)」
    https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000098427(英文)
  3. 平野智之・菊地栄治 編著(2023)『みんなでつくるインクルーシブ教育』アドバンテージサーバー
  4. 文部科学省「特別支援教育の充実について」
    https://www.mhlw.go.jp/content/001231516.pdf(2025年5月1日閲覧)
  5. 橋田慈子(2025)「優生思想をほぐすための教育学:競争原理と排他主義を超えて」『現代思想』青土社, 104-116頁.
  6. 大内紀彦(2025)『フルインクルーシブ教育見聞録:イタリアの現場を訪ねて』現代書館.
  7. ジュリア・カセム(平井康之監修/ホートン・秋穂訳)(2014)『「インクルーシブデザイン」という発想:排除しないプロセスのデザイン』フィルムアート社.
  8. 「わたしたちがつくる平和・人権・持続可能な開発:日本のエデュケーターのための14のエッセンスと42の問いかけ(ユネスコ教育勧告カード型教材)」聖心女子大学グローバル共生研究所
    https://kyosei.u-sacred-heart.ac.jp/unesco2023/