世界中で深刻化する教員不足の現状とこれから 〜ユネスコの報告書から考える〜

 2015年の国連総会において「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択されてから、今年(2024年)で9年が経過しました。持続可能な社会を目指し「SDGs(持続可能な開発目標)」という共通の目標の達成期限である2030年はもうすぐそこまで近づいています。今回紹介するユネスコの報告書の中でも、SDGsの目標4(SDG4)である「質の高い教育をみんなに」を達成するためには、教員は中心的な役割を担うことが期待されています。一方、現在、日本だけでなく世界的に教員不足の問題は深刻化しています。そこで今月は、2024年2月にユネスコから発刊された『教員に関するグローバル・レポート(Global Report on Teachers)』(*1)についてご紹介します。

図1 「教員に関するグローバル・レポート」(表紙)
出典:UNESCO Digital Library

 この報告書には「教員不足への対応と専門性の変容」という副題が付けられており、世界的に広がる教員不足の現状やその対応について187ページにわたり論じられています。ユネスコは、SDG4の達成の重要なアプローチとして、有資格の教員を大幅に増加させることを挙げています。しかし、発展途上国においても先進国においても教員不足は深刻化しており、このような現状に対してユネスコは本報告書の中でも警鐘を鳴らしています。例えば、サハラ以南のアフリカではSDG4を達成するために新たに求められる教員数は1500万人であると予測されています。また、フランス、オランダ、イギリスなどのヨーロッパ諸国、日本、アメリカなどの先進国においても、離職する教員数を補充することができていない状況が報告されています。しかし、今回取り上げる報告書が刊行されるまでは、教員に関して、多様な地域や国のデータや政策、国際的なイニシアチブを体系的に捉えて提示したような専門的なレポートは存在していませんでした。こうした事態を受けて、ユネスコは教員に関する国際的な報告書を2年ごとに刊行することしました。その第一弾にあたる報告書が今回取り上げた『教員に関するグローバル・レポート』です。なお、この報告書は2015年5月に韓国・仁川で開催された世界教育フォーラムの成果文書である「2030年に向けた教育:包括的かつ公平な質の高い教育及び万人のための生涯学習に向けて(仁川宣言)」で表明された公約の進捗状況のモニタリングと公約達成を支援することが目的とされています。
 以下、同報告書の概要版(*2)に記された8つのキーメッセージを紹介します。

  1. 「2030年までにすべての人が質の高い教育を受けられるようにする」というSDG4を達成するためには、世界全体で4400万人の初等・中等教育段階の教員の増員が必要である。教員不足は先進国と発展途上国の両方に影響を及ぼしている。これらの教員の大半(10人中7人)は中等教育レベルで必要とされており、必要な教員の半数以上は、離職する既存の教員の代替として求められている。
  2. 教員不足の課題は複雑で、モチベーション、採用、定着、研修、労働条件、社会的地位などの要因が相互に影響し合っている。この課題に効果的に取り組むためには、全体的かつ体系的なアプローチが必要である。
  3. 教員不足は、教員の仕事量の増加や幸福感の低下、将来の教育者の意欲低下、教育格差の継続、教育制度への財政負担の増大など、広範囲に及ぶ結果をもたらす。
  4. 2015年から2022年にかけて、初等教育における教員の離職率は4.6%から9%へと世界中で倍増している。国の所得水準や報酬にかかわらず、教員は働き始めてから5年以内に退職している(*3、*4)
  5. 教員不足を解消するためには、採用の増加、魅力の向上、定着に取り組む戦略が必要である。専門能力開発への公平なアクセスを備えた魅力的なキャリアパスは、教員を確保し、職業生活を通じてモチベーションを維持するために不可欠である。
  6. 教職における男女平等を促進し、特定の教科、レベル、指導的役割における女性の割合の低さに対処するとともに、男性が教職に就いたり、教職に留まったりすることを奨励する包括的な政策が必要である。教員は、その地域社会の多様性を反映した人材であるべきであり、それによって教職の魅力が増し、学習経験が豊かになる。
  7. 教員の労働条件を改善することは、質の高い教員の確保を強化する鍵であり、これには、意思決定に教員を参加させ、相互支援を特徴とする協力的な校風を提供することが含まれる。
  8. 教育への十分な国内支出は、教育財政、特に一定の水準以上の教員給与を保証するために重要な役割を果たす。新任教員への投資は、教員の減少に対処するための費用対効果の点でも有効な長期戦略となりうる。

 日本においても、教員不足の現状に対しては文科省が、その実態や対応について各都道府県や各政令指定都市の教育委員会に向けて調査を実施してきました。また、質の高い教員の確保に向けた総合的な方策を講じるなど、解決に向けた様々な対応が検討され試みられています。一筋縄では解決が難しい課題ですが、持続可能な社会に向けて示された「質の高い教育をみんなに」という目標(SDG4)に向けて、教育現場の声に傾聴する姿勢を保ちつつ、継続的に対策を講じていくことが望まれます。

*1:ユネスコ(2024)『教員に関するグローバル・レポート:教員不足への対応と専門性の変容』(英文)
UNESCO(2024)Global Report on Teachers: Addressing teacher shortages
and transforming the profession.

https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000388832
*2:ユネスコ(2023)『教員に関するグローバル・レポート:教員不足への対応 概要版』(英文)
UNESCO(2023)Global report on teachers: addressing teacher shortages; highlights.
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000387400
*3:本報告書の中では、「特に男性教員と新任教員の離職率が高く、着任後5年以内に離職する割合が多い」「カナダ、香港(中国)、英国、米国では、新任教員の40%が勤務開始後5年以内に退職する」といった先行研究のデータ(Gallant and Riley 2014など)を取り上げながら、新任教員と離職の関係性について考察している(UNESCO 2024: 20, 60, 78, 147)。
*4:Gallant, A. and Riley, P. 2014. Early career teacher attrition: new thoughts on an intractable problem. Teacher Development 18(4), pp. 562–580. doi: 10.1080/13664530.2014.945129.

ノンヒューマンをデザインする ~ヒューマンとノンヒューマン~(その3)

<出典:「Medium」ホームページ>
“Tools for environment-centered designers: Actant Mapping Canvas”より
https://uxdesign.cc/tools-for-environment-centered-designers-actant-mapping-canvas-a495df19750e

デザイン学におけるノンヒューマン

 人間以外の「アクター」(全体にとって不可欠な役割を担う人やモノのこと)を「ノンヒューマン」として捉え、それらも含めた大きな関係性の中で社会や環境を捉え直そうとする動きが「デザイン」という分野においても大きな潮流となっていることは、前号の学び!とESD <Vol.52>で紹介したとおりです。一見、人間の生活をより良くすることを目的として展開されてきたデザインが「人間中心主義」であることは当然ではないかと思えます。しかし、私たち人間がモノをつくるということは、同時に私たちが(つくった)モノによってつくられていることを意味し、「人間とモノ」の間に関係性が構築されます。こうした存在そのものの根拠について規定する見方は「存在論」(*1)と呼ばれるもので、「世界がどのようにできているか」ということを考える手段となります。ひいては、ノンヒューマンも含めたアクターを同列化した「脱人間中心主義デザイン」を目指すことを可能にしてくれます。
 日本の「ACTANT FOREST」というデザイン・リサーチ・コレクティブのチームが、モニカ・シュネルというポーランド人デザイン人類学者がつくった「アクタント・マッピング・キャンバス(Actant Mapping Canvas)」というデザイン・ツールを紹介しています(*2)。一般的なビジネス型のステークホルダーマップ(*3)があくまで人間のみを利害関係者として終わらせてしまう一方、環境中心設計(ECD)のために改良した「アクタント・マッピング・キャンバス」では、ノンヒューマンも利害関係者の立場に据え、彼らに共感するためのデザイン・ステップを踏みます。

ステップ
  1. 課題や問題から始める
  2. それらから直接的に影響を受けるアクタントをマッピングする
  3. 次はあまり目立たない間接的な影響を受けるアクタントをマッピングする
  4. 最後に、人間とノンヒューマンのさまざまなアクタントの因果関係を示す

<出典:「Medium」ホームページ>
“Tools for environment-centered designers: Actant Mapping Canvas”より
https://uxdesign.cc/tools-for-environment-centered-designers-actant-mapping-canvas-a495df19750e

 このプロセスを経ることで、人間とノンヒューマンというアクタント同士の「相互関連性」と、それらがデザインの目的(プロジェクト/製品/サービスなど)に与える影響に私たちが気づくことができます。また、図の左側には「ライフサイクル」や「プラネット・アース」、「サーキュラー・エコノミー」などの基本概念が示されており、ルールとして「みんなのことを考える」ことが推奨されています。「みんな(人間とノンヒューマン)」が対等な関係を持つバランスの中でプランを導きだすマッピングの方法です。
 人間が自分たちだけを世界の中心やピラミッドの頂点に置き、何かを構想したりデザインしたりするこれまでの状態を続けていては、何も変えることができません。ここまで悪化してしまった環境問題を本気で解決するには、このデザイン・ステップのように、目に見えないものや普段考えることもない対象の存在に気づき、それらとの関係性を認め、思いやることが重要なのではないでしょうか。いつまでも私たち人間の目的達成のための「資源」として自然を道具化・対象化するのではなく、それを超えた犬のジェイクや空気のようなノンヒューマンの声に耳を傾けることができれば、私たち人間が自分たちのエゴを超えて社会をデザインできるようになるのではないかということを示唆してくれます。

世界中の大人がノンヒューマンの声を聴くとき

 前号で紹介した『空気はだれのもの?』には姉妹本があと2冊あり、3部作のシリーズになっています。『ジェイクと海のなかまたち』と『森が海をつくる』という絵本でも、犬のジェイクがウミガメやイルカといった海のなかまたちの声や、川や森の声を読み手である私たち人間に伝えてくれます。

作・絵:葉 祥明 英訳:リッキー ニノミヤ 出版社:自由国民社

 2017年、ニュージーランド政府は、「川は生きた存在である」という原住民マオリ族の主張を認めて法制化しました。また、世界的ベストセラー本となった『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』では、森(木)は互いにつながり合って会話する「インターネット」であり、菌類がつくる「巨大な脳」であると紹介されています。川や森がまるで生きている人間のように人格(人権)をもつという考えは、決して受け入れがたいものではなくなってきていると言えます。
 子どもの頃と比べ、人は大人になると、どうしても目に見えるものしか信じなくなりがちです。こうした「ノンヒューマンの声」を聴かせてくれる絵本は、そうした私たち大人たちにこそ、何かの気づきを与えてくれるのかもしれません。人間とノンヒューマンが共に持続可能な未来をデザインしていくためには、「声を聴くセンス」がキーワードになっているのです。

*1:『存在論』とはもともと哲学用語で、現実、もしくは世界がどのようにできているかを指す概念
*2:「アクタント(ACTANT)」はブルーノ・ラトゥールの「アクターネットワーク理論(ANT)」で紹介された用語。「アクター」が人間のみを意味してしまうことを避けるため、「アクタント」としている。
ACTANT FOREST「人間中心のデザインでいいんでしたっけ?01:アクタント マッピング キャンバス
https://note.com/actant_forest/n/n0f11dbd80f03
*3:事業やプロジェクトを取り巻く人や組織とその関係性を図式化したもの

【紹介した絵本】

  • 葉 祥明(1997年)『森が海をつくる―ジェイクのメッセージ』自由国民社
  • 葉 祥明(1998年)『ジェイクと海のなかまたち―ジェイクのメッセージ』自由国民社

【参考文献】

  • アルトゥーロ・エスコバル(2024年)『多元世界に向けたデザイン ラディカルな相互依存性、自治と自律、そして複数の世界をつくること』ビー・エヌ・エヌ
  • スザンヌ・シマード(2023年)『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』ダイヤモンド社
  • ブリュノ・ラトゥール(2019年)『社会的なものを組み直す: アクターネットワーク理論入門』法政大学出版局
  • 「マオリの聖なる流れ」(2020年)『ナショナル ジオグラフィック日本版 2020年3月号』日経ナショナルジオグラフィック社
  • THE SUSTAINABLE UXホームページ:https://thesustainableux.com/
  • ACTANT FORESTホームページ:https://forest.actant.jp/
  • The Mediumホームページ:https://medium.com/
  • Actant Mapping Canvasのダウンロード先(フリー素材):
    https://drive.google.com/drive/folders/1tygZrD7GVb_sek-K5rIxcnzsn3lmweFz

見えないものの声を聴く ~ヒューマンとノンヒューマン~(その2)

ノンヒューマンの声

 今回は、ポスト・コロナ社会のESDにおいても新たな課題とされている「人間と人間ならざるもの(ノンヒューマン)」たちとの関係性を考える絵本シリーズの第2弾です。「その1(学び!とESD<Vol.49>)」の「ノンヒューマン」の対象は動物たちでしたが、今回のそれは「空気」です。ご紹介したい絵本のタイトルは、『空気はだれのもの? ジェイクのメッセージ』。作者の淡く優しい絵と文章が、空気と一匹の犬の声を通じて本を読む子どもたちに大切なメッセージを届けてくれます。
 物語の冒頭、犬のジェイクは空気と出会い、そこで空気からあることを頼まれます。空気の世界に案内するから一緒に来てくれないかと。空気と犬のジェイクの旅が始まります。風の風船に乗ったジェイクは、空気に案内されるまま高く高く空を上昇しますが、その道中で下から漂う汚れた臭いを感じます。臭いの正体は、人間たちが出した煙や化学物質でした。
 空気と一匹の犬の旅はさらに宇宙にまで達します。青く輝く地球を目にしたジェイクはその美しさにとても感動しますが、空気はそんな綺麗な地球が毛布のように「汚れ」に包まれることで地球の温度が高くなってしまうことを教えてくれます。そしてその結果氷山や氷河が溶けて海水が増え、小さな島や海岸が海に沈んでしまい、そこにいた植物や動物が困ってしまうということも。空気はジェイクに頼みます。「人間たちに伝えて、これ以上空気を汚さないで」と。そしてジェイクもそれに同意し、地球や空気は誰のものでもない、人間も含めて「お互いのため」に存在していることを思い出してほしいと人間たちに伝えることを空気に約束します。
 この絵本は、大気汚染、気候変動、脱炭素社会などという難しい用語を使わずとも、読み手となる子どもたちにたくさんのことを教えてくれます。単純に「空気の声を聴く」という手段を通じてです。私たちが普段気にも留めない、改めて考えることもない、でも必要不可欠な空気という存在に目を向けてその声を聴くことで、問題そのものだけではなく、他のものごとの見方も変わってくるかもしれません。

脱人間中心主義の動向

 人間だけではなく、それ以外のアクター(行為者、関係者)を「ノンヒューマン」として捉え、ヒューマンとノンヒューマンとの関係性から社会や環境を捉え直そうとする動きは、昨今の大きな潮流です。アクターを動植物といった「自然」のみに限定せず、テクノロジーも含めた「モノ」にも目を向け、しかも人間もアクターの一つと捉えてアクター相互の関係性を重視しようとする態度(*1)は、人類学のみならず、アート、文学、環境哲学などの様々な領域に広がっています。いかに人間のエゴ(Ego-centric)を見直し、生態系中心(Eco-centric)にものごとを考えることができるか、という「eGoからeCo」へのパラダイム転換の試みです。

<出典:「Medium」ホームページ>
“Anthro VS Eco: The Battle of the Prefixes”より
https://medium.com/@rnb96/anthro-vs-eco-the-battle-of-the-prefixes-20d257111013

 それは、人間のより良き生活のための問題解決として展開されてきたデザインという分野においてでさえも同様です。現代社会に起因する環境に関わる喫緊の課題に直面している今、これまでの「人間中心設計」(Human-Centered Design:HCD)に対する批判的アプローチとして、「ノンヒューマン」という観点が注目されています。デザインを再定義するという大きな問い直しです。
 つまり、従来どおりに人間のみをステークホルダー(利害関係者)とし、そのニーズと嗜好に応え、開発や発展のみをゴールに置いた人間中心設計に対し、すべての対象者をアクターとして捉え、環境、社会、経済を持続可能なものにするための「環境中心設計」(Environment-Centered Design:ECD)というデザイン思想です。このアクターは、ブルーノ・ラトゥールの「アクター・ネットワーク理論(ANT)」(*2)に由来しています。

<出典:「THE SUSTAINABLE UX」ホームページ>
“What is Environment Centered Design vs Human Centered Design”より
https://thesustainableux.com/what-is-environment-centered-design-vs-human-centered-design/

 上記2つの図を見て、読者の皆さんは何を感じるでしょうか。両図の左側のHCDが「人間を世界の中心やトップに据えているなかで、右側のECDは「人間も世界の数あるうちのアクターの1つでしかない」としており、人間とノンヒューマンのどこまでもフラットな関係性に気づかせてくれます。
 そこで次号では、ポーランド人デザイン人類学者モニカ・シュネル氏がつくった「アクタント・マッピング・キャンバス(Actant Mapping Canvas)」というデザイン・ツールを紹介したいと思います。ノンヒューマンを意識したデザインの再定義という大きな試みを通じて、私たちはどのような視点をもつことができるようになり、それがどうESDに結び付くのかを考えたいと思います。

*1:ヒト以外の生命(動植物や微生物など)のみならず、生命の定義には入ってこないウィルス、さらには大地・水・太陽・大気といった循環を支えている非生命までを含む広い概念。前田幸男『「人新世」の惑星政治学:ヒトだけを見れば済む時代の終焉』(2023年)青土社
*2:人間と非人間を等価なアクターと見なして、互いの関わり合いから社会を捉え直すための理論

【参考文献】

  • 葉 祥明(2008年)『空気さんありがとう!―ジェイクのメッセージ』自由国民社
  • アルトゥーロ・エスコバル(2024年)『多元世界に向けたデザイン ラディカルな相互依存性、自治と自律、そして複数の世界をつくること』ビー・エヌ・エヌ
  • ブリュノ・ラトゥール(2019年)『社会的なものを組み直す: アクターネットワーク理論入門』法政大学出版局
  • The Mediumホームページ:https://medium.com/
  • THE SUSTAINABLE UXホームページ:https://thesustainableux.com/

「ユネスコ教育勧告」の誕生(その2)

 前号でお伝えしたとおり、昨年11月に開かれた第42回ユネスコ総会で「平和と人権、国際理解、協力、基本的自由、グローバル・シチズンシップ、持続可能な開発のための教育勧告」が採択されました。半世紀もの時を経て改定された、世界共通とも言える教育の目標や方向性を示した国際文書です。長い正式名称ですので、最近ユネスコは「平和・人権・持続可能な開発のための教育に関する勧告」という略称を用いていますが、ここでは便宜上「ユネスコ教育勧告」と表すことにします。
 ウクライナやガザなどで戦争が止まない現在の世界情勢を考えると、平和や人権の実現を目指したこの勧告が194ヵ国による全会一致で採択されたことの意義は計り知れません。ユネスコ教育勧告は、上記のタイトルに示された諸々の理想を私たちが手繰り寄せられるのか否か、その本気度が試される試金石であると言えるでしょう。
 ユネスコ教育勧告の目玉は「14の主導原則」です。誰もがライツホルダー、すなわち諸々の権利をもって社会をより良い方向へと変えていける学習者としてエンパワーされるように、「人権」や「多様性」など、世界中の学習者に保障されるべき項目が明記されており、いかなる原則にのっとって平和で持続可能な未来を実現するべきかが示されています。
 またそうした未来を創造していく上で欠かせない「学習成果」としては「分析的・批判的思考」や「未来を予測するスキル」「意思決定スキル」など、12点が掲げられています。以下の表1に原則と成果のキーワードを双方ともに記します。

表1 ユネスコ教育勧告に示された主導原則と学習成果のキーワード

主導原則

学習成果

公共善/共有財としての教育
人権、反差別・偏見
ケアと連帯の倫理
ジェンダー平等
文化の多様性
安全・健康・ウェルビーイング
ホリスティックでヒューマニスティックな変容志向
知の共同創造者としての学習者
信仰・宗教・表現の自由と、暴力・憎悪の擁護に対する禁止
テクノロジーを含めた問題解決志向
ローカルとグローバルのつながり
文化間・世代間のつながり
グローバルな市民倫理(プラネタリー・バウンダリー)

分析的・批判的思考
未来を予想するスキル
多様性への尊重
自己意識
共通かつ多様性に富む人類と地球への繋がりの感覚(人間以外の命の尊重)
エンパワメント、エージェンシー、レジリエンス
意思決定スキル
協働スキル
適応的・創造的スキル
市民性スキル
平和的紛争解決・変容スキル
メディア・情報リテラシー、コミュニケーション・デジタル・スキル

出典)ユネスコ教育勧告(英文版)をもとに筆者作成

 表1に掲げられた原則や学習成果には、国によってはすでに目指していたり実現していたりする項目もあります。原則に示されている「ローカルとグローバルのつながり」はESDや開発教育などでも長年にわたり強調されてきた概念です。他にも「批判的思考」など、「国連ESDの10年」(2005〜2014年)の当初から主張されてきたものもあり、決して目新しい概念ではありません。
 しかしESDが国連の旗艦事業(フラグシップ・プログラム)としてスタートしてから20年近く経って生まれたユネスコ教育勧告は、当初は刷新的であった概念も現在では馴染みのあるものとなり、最終的には194ヵ国もの加盟国が大切にすべきものであるという認識にたどり着いたという点は意義深いことです。
 また、表1には国によっては重点的に取り組むべき項目も見られると言えましょう。コロナ禍を経て教育格差が開いてしまった国では「公共善/共有財」としての教育が、社会的弱者に対する教育保障が不十分な国では「ジェンダー平等」や「人権、反差別・偏見」が、長きにわたり紛争が続いていた地域では「平和的紛争解決スキル」が重視されるべき原則となるはずです。
 日本の場合はどうでしょう。一例ですが、「知の共同創造者としての学習者」は知っているものが知らないものに一方的に教えるという一斉授業のスタイルが根強い日本などの国々で不確実性の時代に相応しい授業スタイル、すなわち教師も生徒も共に正答のない問いに挑むような共同学習のあり方へとシフトしていく契機となり得る原則です。そしてこうした学習において期待される思考やスキルは何なのかについても表1の学習成果のリストをもとに対話を重ねることは有効であると言えましょう。
 なお、上記の表には示されていなくても、主導原則には「共生的/快活(コンヴィヴィアル)な関係や隣人意識、連帯感」や「共感(コンパッション)」など、重要なキーワードが少なくないので、全文を一読されることをお勧めします。
 さらに強調されるべきは、現状改善のヒントのみならず未来志向の教育の方向性も勧告に見出せるということです。未来志向の教育と言えば、勧告が採択されたユネスコ総会から2年前の総会で公表された画期的な報告書『私たちの未来を再想像する―教育のための新たな社会契約―』が想起されます(「学び!とESD」<Vol.31>)。この報告書には、表1にも示されている「地球/惑星の限界(プラネタリー・バウンダリー)」や「地球/惑星意識(プラネタリー・コンシャスネス)」という概念が強調されており、地球を制御や搾取の対象としてではなく、慈しみをもって捉えるマインドの醸成が提唱されています。ユネスコ教育勧告にも「健康な地球(ヘルシー・プラネット)」という表現が使われており、唯一無二の惑星として地球を捉え慈しむことが世界標準となる時代の幕開けとして見なすこともできるでしょう。
 また、『私たちの未来を再想像する』で強調されている「人間ならざるもの(ノンヒューマンズ)」という用語は見られないものの、次のように「他の生命と自然そのもののニーズや権利を尊重」することが世界共通の教育目標として明記されたことも注目に値します(「ノンヒューマンズ」については「学び!とESD」<Vol.49>を参照)。

共通かつ多様な人類と惑星に対する繋がりや帰属の意識:
健康な地球に対する責任、そして人間相互と他の生命と自然そのもののニーズや権利を尊重すべきという責任を分かち合っているグローバルな共同体として人類を理解すること。

 ユネスコ教育勧告は人間以外の生命に対して世界中の国々が尊重することを求めた希少な合意文書です。これまであまりにも人間中心主義だった教育の目標に、「他の生命」という表現が用いられ、それが勧告では期待されるべき学習成果の1つとして明記されているのです。たしかに、「地球/惑星意識」は旧勧告が生まれた1970年代にも強調されたことがありましたが、194ヵ国が全会一致で合意するまでには至っていませんでした。このシフトを、遅まきながらの人類の意識変容の兆しと捉えることはあながち誤りではないように思えるのです。

※本稿で用いた勧告の邦訳は筆者の責任のもとによって訳出されたものであり、公式な訳ではありません。なお、ユネスコ教育勧告の全訳は日本国際理解教育学会の有志によって進められており、2024年7月までに同学会のホームページで公開される予定です。

【参考文献】

「ユネスコ教育勧告」の誕生(その1)

 世界中で目指されるべき学習の目標や向かうべき教育の方向性が示された勧告、いわばお墨付きの「提言集」があることをご存じでしょうか。ユネスコが1974年に採択した通称「国際教育勧告」もしくは「1974年勧告」(正式名称「国際理解、国際協力及び国際平和のための教育並びに人権及び基本的自由についての教育に関する勧告」)はそのように呼べる希少な国際文書でした。
 昨年11月、第42回ユネスコ総会での総意としてこの勧告が半世紀ぶりに改定され、「平和と人権、国際理解、協力、基本的自由、グローバル・シチズンシップ、持続可能な開発のための教育に関する勧告」(以下、「ユネスコ教育勧告」と略)という新たな名称のもとに生まれ変わりました(*1)
 50年前に採択された「国際教育勧告」はユネスコ加盟国に共通する教育の課題や目指すべき目標となり、自国の教育を見直すチャンスを提供してきましたが、日本をはじめ、各国ではその真意を十全に活かすことは残念ながらままなりませんでした(*2)。それだけに新しい勧告に寄せられる期待は少なくないと言えます。
 上記のタイトルを見ると、「グローバル・シチズンシップ」等のほか、「持続可能な開発のための教育」、つまりESDが新たに加えられていることが分かります。これらが挑む課題は50年前は現代ほど深刻ではありませんでしたが、現在では全てのユネスコ加盟国が優先的に重んじるべき教育領域になったと言えます。また、新たな勧告には「学び!とESD」Vol.31Vol.35で紹介した「教育の未来報告書」(2021年)と「教育変革サミット」(2022年)の知見を活かすように期待されていたことは特記に値するでしょう。
 なぜ50年もの時を経て改定されたのでしょう。その主たる理由は、現代社会特有の地球規模の課題である環境・気候変動問題、生物多様性の消失、感染症の蔓延、レイシズムやヘイトスピーチなどの暴力、格差、持続不可能な消費社会、AIに代表されるテクノロジーの急速な進展など、半世紀前には問題視されていなかった問題に対応するためです。たしかに、気候変動など、近年は誰もが意識するようになった地球規模の課題は半世紀前にはさほど問題視されておらず、「国際教育勧告」では環境問題はわずかな言及にとどまり、人権が前面に出されていました。
 「持続可能な開発」が略称のタイトルにまで含まれたことは、ESDが国連のフラグシップ事業となり、その後も10年間ほど普及の努力を途絶えさせなかった成果であると言えましょう。また、長年にわたり参照される勧告なので、しばらくの間、ESDは世界的な教育課題に挑んでいく立場の教育として位置づけられたとも言えます。
 最後になりますが、「ユネスコ教育勧告」の構成を見てみたいと思います。主な構成は次のとおりです。

  • 世界の共通課題
  • 国境を越えた「定義」の共有
  • 14の主導原則
  • 12の学習目標
  • 多岐にわたる行動領域
  • フォローアップ

 「世界の共通課題」は先に述べた地球規模の諸課題と重なり、人類存続の危機が意識されています。また、勧告の冒頭には重要な教育課題のキーワードの定義が明記されています。「教育」とは「奪うことのできない人権」であると明記され、さらに「平和」「国際理解」「平和の文化」「人権」「持続可能な開発のための教育」などが定義されています。ちなみにESDは「教育への変容的アプローチ」であり、「文化の多様性を尊重しつつ、現在及び将来世代にとって環境が生き生きとし、経済が活性化し、社会が公正になることを目指し、十分な情報に基づいた意思決定を行い、責任ある行動をとれるように学習者をエンパワーする」というESD for 2030(「学び!とESD」Vol.7, Vol.8, Vol.9)からの表現が定義として用いられています。
 「ユネスコ教育勧告」の採択から2か月が経ち、そのメッセージを広く届けるための冊子(図1)もユネスコから刊行されました(*3)。そこでは勧告の包摂性、つまり保育・幼児教育段階から高等教育、さらには生涯学習まで全ての教育・学習段階に適合されるべき提言であること、また学校教師や地域の活動家から政策策定者に至るまであらゆる教育関係者に関わる課題であることが具体的に描かれています。こうした資料に基づいて、次回は 勧告の「目玉」とも言える主導原則(ガイディング・プリンシプル)など、注目すべき特徴について説明したいと思います。

図1:「ユネスコ教育勧告」概説の冊子(表紙)
出典:UNESCO Digital Library

*1:採択された文書は次からダウンロードできます。
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000386924?posInSet=1&queryId=88262d97-74b6-4100-bd33-8cc96a779989
*2:こうした見解を共有してきた研究は少なくありません(例えば次を参照)。市民社会及び政府の課題であると言えましょう。日本国際理解教育学会 研究・実践委員会『特定課題研究 21世紀の社会変容と国際理解教育(報告書)』2022年11月.
https://kokusairikai.com/wp-content/uploads/2022/12/f4520f9a00e78b7055cc62b121ad188e-1.pdf
*3:UNESCO (2024) The UNESCO Recommendation on Education for Peace, Human Rights and Sustainable Development: An Explainer.
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000388330

ポストコロナ時代におけるESDの課題 〜ヒューマンとノンヒューマン〜(その1)

ESDの新たな課題

 2023年はそれまでにないほどにクマと人間の境界が問題視された年でした。同年12月1日のデータでは全国の18都道府県で被害者数は212人、死亡者数は6人となり、過去最悪の数字となっています(*1)
 クマと人間の衝突は双方にとって不幸であることは間違いありません。できることなら出会わない方がよい両者ですが、出会ってしまう背景には気候変動によるクマの生息域の食料不足や人間の生活圏の拡大など、さまざまな理由があるようです。
 クマなどの動物のみならずウイルスも含めた、人間と人間ならざるもの(ノンヒューマン)たちとの接近性(プロキシミティ)は、ポスト・コロナ社会の喫緊の課題であり、ESDは今、脱人間中心主義という新たな課題、すなわち、あまりに人間中心すぎた社会のあり方を捉え直すという課題を負っていると言えましょう。
 人間ならざるものや「人間以上(モア・ザン・ヒューマン)の世界(人間を超えた世界)」との関係性をどう築き直すのかは、「学び!とESD <Vol.31>」で紹介したユネスコの最新報告書『私たちの未来を共に再想像する―教育のための新たな社会契約―』でも強調されている課題です。こうした課題に応答するために、この新年号から絵本や児童書の紹介を通してヒューマンとノンヒューマンとの関係性を問い直すシリーズを始めます。
 第1弾で取り上げるのは『森のおくから むかし、カナダであった ほんとうのはなし』(レベッカ・ボンド作、原題:Out of the Woods)です(*2)。この絵本は、副題に表されているように実話、つまり作者の祖父が実際に体験したことを孫に語った話がもとになっています。絵本の帯には「きっと、ずっとわすれない。人間と動物をへだてていたものがなくなった、あの日のこと――」と絵本で描かれる出来事がほのめかされています。作者は、自分の子どもたちは祖父に会うことはできないけれど、祖父が子ども時代に実際にオンタリオ州で体験した「このおどろくべきできごと」を伝えたい、と「あとがき」で語っています。

ある夏の日の出来事

 「できごと」は、1914年の夏、カナダの森の中の小さな町で起きました。主人公は5歳のアントニオ君。親が当地でホテルを営んでいたアントニオ君は近くに友人もいないので、ホテル内で料理や掃除、薪割りなど、忙しそうに働く大人たちの仕事ぶりを見ながら暮らす日々でした。ホテル内の生活で一番のお気に入りの場所は3階の大部屋。そこには各地から集まったいろいろな大人たちがフランス語、英語、ネイティブ・アメリカンのことばを話し、トランプをし、楽器をかなで、旅の手柄話に花を咲かせていました。
 日中、アントニオ君はホテルの周りの森を散歩することもありました。深い森の中に入っていくと目にするのは、どこかに居るはずの動物たちの痕跡。木の幹に引っかかっている獣の毛や地面に残された動物の寝た跡はさまざまな動物たちがその場にいた証ですが、姿を見ることはまずありませんでした。
 夏のある日のことです。3階の客が「森から煙が出ている!」と大声で叫びました。山火事です!ホテルの住人たちはアントニオ君と一緒に一目散に森を通り抜けて近くの湖に逃げ、腰や肩まで水に浸りながら、真っ赤に燃えていく森を見つめていました。
 しばらくすると、避難していた人々は思いもよらない光景を目にしたのです。
 炎と煙の向こうからリスやウサギ、キツネ、オオカミ、アライグマ、ヤマネコ、フクロネズミ、ヘラジカなどの動物たちが湖に向かって逃げてくるではありませんか!木から降りたり、茂みから出てきたり、気づけば、湖は人間と動物たちが共生する一時避難所になっていました。普段は距離をとっていた両者ですが、この時ばかりは急接近。動物の体からは湯気が立ち上り、強い匂いがし、熱い息づかいさえ感じ取れる距離でした。
 しばらくして山火事は消失しました。人間はホテルへ、動物たちはどこかの棲家へと帰っていったのです。

関係性を問い直す

 以上が物語ですが、その後、10年間、ホテルで暮らしたアントニオ君は、「人間と動物をへだてていたものが、あのあいだだけは、なくなっていた」という「できごと」を決して忘れることはなかったそうです。
 実は近くにいたのに、距離を保つことで維持されてきた人間と動物との関係性…。災害に遭遇した結果、思わず出会ったしまった両者ですが、冒頭にふれたクマからの襲撃のように殺されたり殺したりという悲劇が起こらなかったのは何故でしょう。
 この「できごと」はESDへの深い問いかけであると言えます。「持続可能な開発のための教育」は、誰のための「持続可能」や「開発」なのか…。人間中心主義を改めて問い直すべき時代に私たちは生きているのです。

*1:環境省(2023)「クマ類による人身被害について[速報値]」
https://www.env.go.jp/nature/choju/effort/effort12/injury-qe.pdf(2023年12月31日参照)
*2:レベッカ・ボンド作、もりうち すみこ訳(2017)『森のおくから むかし、カナダであった ほんとうのはなし』ゴブリン書房
https://www.goblin-shobo.co.jp/books/book034.html

ESDと気候変動教育(その16) 若者の力が実を結ぶ時 ―英国‘Teach the Future’から学べること

Climate Education Bill
(出典:英国議会ホームページより)

Climate Education Billの始動

 前号の学び!とESD <Vol.47>で「若者の力」の例として再び紹介した英国のボランティア組織である‘Teach the Future’(未来を教える)の活動が、いよいよ花を開かせようとしています。’Climate Education Bill’(気候教育法案)の誕生です。彼らが英国議会で最年少の現職議員である労働党のNadia Whittome(ナディア・ウィトーム)と共同で作成したこの法案は、2021-22年会期での成立は見送られるも、2022-23年会期はウィトーム議員が所属する労働党の政策プログラムの草案に盛り込まれ、2023年10月に再び成立を目指して歩き始めています。
 しかしながら、彼らの活動は法案の作成に止まりません。法案の成立を目指して、彼らはさらなる政治へのプレッシャーをかける活動を続けています。それは署名活動だけではなく、彼らの求めるカリキュラム改革を次の国政総選挙で「労働党のマニュフェストに盛り込む」という、社会にインパクトを与えようとするものです。直接国会議員にメールを送るテンプレートを提供するなど、具体的なアクションをおこなっています。

出典:Teach the Futureホームページ プレスリリースより

困難な時でも

 そんな彼らの活動ですが、組織設立からのこの4年間は、決して順調とは言えませんでした。2020年の年明けに始まった新型コロナウィルス蔓延による世界的なパンデミックにより、彼らは自分たちの活動拠点である「学校」という場所を失ってしまったのです。
 2020年3月、活動開始たった5ヶ月でその動きを止めなければならなくなった彼らのブログには、「今は政府に影響を与える時ではないが、その時はすぐにやってくる」という決意表明が載せられました。そしてその活動休止期間においても、組織の再編成をおこない、時間を有効に活用するとした目標を立てています。
 実際に彼らは、パンデミックと共に歩んだ2020年の1年間だけでも多くの足跡を残しました。すでにコロナ禍直前に100人の国会議員を招いたレセプションにおいて、史上初の子どもによる法案‘English Climate Emergency Education’(英国気候緊急教育法)を発表していましたが、彼らはその後すぐに英国全土で教育のためのグリーン・リカバリー・キャンペーンを展開し、実現のために専門家から適格なアドバイスを受けるためのアダルト・アドバイザリー・ボードを設立して毎月会合を開きました。こうした年間を通じたロビー活動や政治参加だけではなく、国際的な連携を求めたワーキンググループの活動を推進し、グレタ・トゥーンベリさんが発端となって開始された’Fridays For Future‘(未来のための金曜日)のヨーロッパ気候教育フォーラム活動のステーク・ホルダーとしての活動もおこなっています。とてもあの未曽有のパンデミック下における活動内容とは思えない程、目を見張る動きでした。

周囲の反応

 果たして彼らの活動に対する周囲の反応とは、どういうものなのでしょうか。彼らは実際に周囲からよく受ける反応や質問を「問答集」という形でまとめています。

「費用がかかりすぎる」
「時間がかかりすぎる」
「気候に関する教育はもうすでにおこなわれている」
「それほど(気候変動は)悪いことではない」
「実際の脱炭素化に資金を投入すべきではないのか」
「傷口に絆創膏を貼るようなものだろう」
「気候変動は現実ではない」
「子どもを脅す気か!!」
「気候変動教育に関心がないし、若者は投票に行かないだろう」
「教師は、通常の責任に加えてこのようなことを学ぶ時間はない」
「生活や経済危機の中で、優先事項ではない」
「(気候変動教育は)親の役目であり、教師の仕事ではない」

 これらはほぼ間違いなく「大人たち」からの反応でしょう。それに対して彼らは「端的・知的に答えます」と一つ一つに適切に回答しています。ですが、「気候変動は現実ではない」とした質問に対しては、「バーイ!(説得不可能な人たちに対して使うエネルギーはもったいないです)」と門前払いです。本来でしたら、彼ら子どもの立場から言いたい本音がもっとあるのかもしれません。

未来は誰のものか

 「どうやって直すのかわからないものを、こわしつづけるのはもうやめてください」-1992年「子どもが環境サミットに行くなんて」という大人たちの反対にもめげず、仲間たちと遥々ブラジルを訪れて世界に訴えた少女の不満と、‘Teach the Future’の若者たちがもっているそれは、30年以上経った今もまったく変わっていません。むしろ環境的な状況は悪化し、若者がもつエコ不安は増大してしまいました。
 「現在を生きている世代は、未来を生きる世代の生存可能性に対して責任がある」という世代間倫理は、環境倫理学における重要なテーマです。ですが、そのような難題の解決以前に必要なことは、「私たちは彼ら若者が今発している声に、同等な立場から真剣に耳を傾けることができるのか」という態度ではないでしょうか。
 本法案のステータスは、現在‘First Reading’(第一読会)(*1)を経ており、その状態は英国議会ホームページで閲覧することも可能です(*2)。審議の進捗を表すボタンが進み、「Royal Assent」(国王裁可)(*3)にチェックが付く日を心待ちにしながら、それを確実にするための活動を継続している若者たちがいます。この先法案がステージをどんどんクリアし、若者の力が実を結ぶ時-そこにあるのは「冷やかしの声」などではなく、「称賛の声」であって欲しいと願っています。

*1:英国議会における立法手続過程の一段階目
*2:英国議会ホームページ
https://bills.parliament.uk/bills/3405
*3:議会を通過した法案に対する国王の形式的裁可

【参考文献】

ESDと気候変動教育(その15) ナショナル・カリキュラムと若者の力 ―英国・気候変動教育キャンペーン‘Teach the Future’

若者の力

 読者の皆さんは「若者の力(The Power of Youth)」という言葉を聞いて、誰を連想しますか。近年で言えば、2019年にタイム誌「パーソン・オブ・ザ・イヤー(今年の話題の人)」に選出されたグレタ・トゥーンベリさん、または史上最年少で2014年のノーベル平和賞を受賞した女性教育活動家のマララ・ユスフザイさんが強いインパクトを残したかもしれません。さらには今から30年も前の1992年、リオデジャネイロで開催された環境サミットに子どもの環境団体の代表として参加し、「伝説のスピーチ」をおこなったセヴァン・カリス=スズキさんは、「若者の力」の先駆け的存在であったと言えるでしょう。
 彼(女)らのような強い意志と社会に対する危機感をもって立ち上がった若者たちの組織の一つに、以前、「学び!とESD<Vol.24>」で紹介した‘Teach the Future’(未来を教える)があります。持続可能な未来のために私たちが直面している気候変動・気候危機問題を解決すべく立ち上がった、10代の若者が主導する英国のボランティア組織です。
 彼らの主たる目的は、持続可能性と気候変動についてのカリキュラムの抜本的な改革を自分たち若者が主導でおこなうことでした。2022年9月に完成したレポート、Curriculum for a Changing Climate:a track changes review of the national curriculum for England(気候変動のためのカリキュラム:英国カリキュラムの軌道修正レビュー)は、英国のナショナル・カリキュラムの見直しを求めて、初等教育から主要な中等教育の「すべての教科」に対し、持続可能性を求めた気候変動と生態系の危機に対応する教育的要素を導入することを提言しています。

10の原則

 このレポートでは、その柱となる考え方が「10の原則」として示されています。それらの諸原則は「リンキング・シンキング(思考をリンクさせる)」、「建設的な未来へ向けて」、「変容的学習」の3つのテーマに分類されています。

リンキング・シンキング(思考をリンクさせる)
原則1:社会的な不正義と生態学的危機の相互関連性、そしてそれらが気候変動とどのように関連しているかについての認識を深める機会が必要である。環境正義の問題は社会正義の問題でもあり、可能な限りこれを強調するような改正がなされるべきである。
原則2:システム思考は、子どもたちがバイオームの生物的要素と非生物的要素の相互関係を理解するために不可欠であり、人間世界そのものを含めて、時間と空間における複雑で非線形な相互作用も考慮する必要がある。
原則3:持続可能性は価値観を伴う道徳的な問題であるため、政治的かつ多元的となる。改正においては、持続可能性には必ずしも統一的な定義やその適用があるわけではないことを認め、様々な重要事項を明らかにして批判的に評価する機会を提供すべきである。
原則4:持続可能性とは学際的かつ横断的な問題であり、子どもたちは教科ごとに異なる解釈でこの言葉に接することになる。他の学問領域、特に文系・理系間の関連性を見極め、持続可能性の問題をより深く理解するために、多角的な視点がどのように役立つかを子どもたちが学べるよう教師は努めなければならない。

建設的な未来に向けて
原則5:エコ不安に対する認識は非常に重要である。それを理解し、学習やウェルビーイングに悪影響を及ぼす可能性があることを認識し、(アートなどを通じて)不安を明確にしてその声を聞くための機会や手段を提供するべきである。
原則6:私たちのカリキュラムは、自然と人間の独創性の両方に畏怖と驚嘆の念を抱かせるものでなければならない。子どもたちは、科学者、技術者、社会科学者を巻き込んで、人間が自然とともに、また自然を通して複雑な問題を解決し、適応していく方法について学ぶ機会を持つべきである。それにより、不安に直面したときのレジリエンスを養うことができる。
原則7:学習の目的は、子どもたちが行動するための能力と気質を養うことである。これは教科によって異なるが、他者との協働による学習を含むべきである。また多くの場合、社会における地域的・世界的な問題に対して、子どもたちが主導で行動を起こしたり、より広いシステムレベルの変革に取り組んだりすることが必要となる。そのためには、彼らが単純な問題解決と、気候変動のような複雑な問題への取り組みとの違いを理解しなければならない。

変容的学習
原則8:体系的、創造的、批判的思考を育むとともに、不確実な未来や解決できない可能性のある問題を理解し、それに対処する心構えを可能な限り重視すべきである(原則5を念頭におく必要がある)。
原則9:持続可能性の「中で」、「ために」、あるいはそれを「通して」学ぶことは、変容をもたらす可能性はあるが、多くの場合はささやかで漸進的なものである。そのような観点から、できる限りさまざまな種類や目的の野外学習の機会を設けるべきである。そうすることで、レジリエンスを養い、行動力の基礎を築くことができる。
原則10:学校外の地域社会や子どもたち自身の疑問から生まれる予期せぬ学びを推奨し、受け入れる機会を設けるべきである。地域社会との関わりや子どもたち主導の討論の場が奨励される必要がある。

 「教育制度は、気候危機を全ての教科の中心に据える必要がある」というのが、Teach the Futureの理念です。そうすることで未来に向けて子どもたちが気候変動の影響へ高い意識を持ち、冷静に対処する準備をすることができるとしています。環境教育を徹底的に強化したり、SDGsのように目標を立てようとしたりする動きとは異なり、「気候危機をあらゆる教科の中心に置く」、つまり包括的にホリスティックにすることに意味があると主張しているのです。

3・5パーセントルール

 ハーバード大学ケネディ行政大学院教授のエリカ・チェノウェスが『市民的抵抗』という著書で主張する、「3・5%ルール」というものがあります。「ある国の人口の3・5%が非暴力で立ち上がれば、社会は変わる」というものです。グレタさん、マララさんのようにアイコン的存在となるパワーはもちろん重要ですが、このTeach the Futureの組織的パワーも負けてはいません。彼らの国家に対する影響力は決して小さくなく、全教科における国家レベルのカリキュラム(つまり英国国民が共通で学習する内容・目標・教授法・評価法)の改革へ向けた請願活動は、今まさに前進中です。改革が実現し、新しいカリキュラムを通じた教育を受ける子どもたちが、近い将来「3・5%(それ以上の割合)」として社会を変える巨大なパワーとなることを期待せずにはいられません。

 次号では、まさに今、この「若者の力」がどのように政治に影響を与えようとしているのかを詳しくお届けしたいと思います。

【参考文献】

ESDと気候変動教育(その14) 地球規模課題への教育的アプローチ

 これまでESDと気候変動教育に関連するトピックを紹介してきました(*1)。今回は、2022年にニューヨークの国連本部で開催された「教育変革サミット(Transforming Education Summit)」で誕生した新たなプログラムUNESCO「Greening Education Partnership(以下、GEPと略記)」(「学び!とESD」Vol.35 を参照)の最新情報も交えながら、国際機関における議論の進め方について考えます。

出典:UNESCOのホームページ

GEPの誕生

 2021年5月17-19日にドイツのベルリンで開催された「持続可能な開発のための教育(ESD)に関するユネスコ世界会議」の成果文書としてベルリン宣言が採択されました。本宣言には「教育システムのあらゆる段階において、ESDが環境及び気候行動をカリキュラムの中核要素として備えたその基本要素であることを保証する」(*2)と明記されており、この概念は2021年9月のイタリアのミラノで開催された若者のイベント(Pre-COP youth event)や同年11月にイギリスのグラスゴーで開催されたCOP26の閣僚会議でさらに強調され、政治に積極的に働きかけることについても言及されました。
 このような背景から2022年9月に開催された「教育変革サミット」にて、GEPが立ち上げられるに至ります。

出典:GEPの誕生までの変遷(GEPの各ワーキング・グループ主催のウェビナーより筆者作成)

ESDに根差した気候変動教育とは

 日本の政府とNGOが提案し、UNESCOが主導機関となり牽引してきた国際教育運動である「持続可能な開発のための教育(ESD)」は、現在日本社会で浸透しているSDGs(持続可能な開発目標)の10年以上前から教育の在り方を問い続けてきました。また、ESDは世界的にもその喫緊性が共有されている気候変動に対し、“ESD for 2030”(持続可能な開発のための教育:SDGs実現に向けて)と呼ばれる新たな世界的枠組みを通じて、あらゆる年代の学習者が気候変動に対応できるようになることを目指しています。
 GEPで特徴的なのは、ESDの知見を活かした気候変動教育の実践および研究です。「学び!とESD:ESDと気候変動教育(その1)」(Vol.14)でも紹介した「ホールスクール・アプローチ」という手法は、4領域(教授と学習、学校ガバナンス、地域連携、施設と運営)から成る組織全体としてのアプローチです。持続可能な開発の社会的、経済的、文化的、環境的側面に関する知識と技能を促進することを目的としています。
 この「ホールスクール・アプローチ」は“ESD for 2030”のロードマップの中心に位置づいており、学習組織の変革を導く手法としても注目されています。GEPにおいても、この手法を用い、学習組織の文化の変容を促すような努力が進められています。

開かれた議論

 GEPは、相乗的かつ戦略的なプロセスで議論を重ねています。具体的には、次の2点が挙げられます。1点目はGEPで重点的に取り組んでいる4つの柱(①学校のグリーン化、②カリキュラムのグリーン化、③教員養成および教育システムの能力のグリーン化、④地域社会のグリーン化)(*3)それぞれに国連組織等の垣根を越え、異なる組織や団体が協働でコーディネーターを行っていることです。2点目は全世界の教員、研究者、政策立案者等でGEPに関心のある人は誰でも参加できるような体制が整っているところです。
 1点目は、下表のように各ワーキング・グループに2,3団体がコーディネーターとして配置されています。このように、複数の組織・団体が協働で進めていく議論のプロセスは意義深いといえるでしょう。

出典:ワーキング・グループとコーディネーター組織の配置表(GEPの各ワーキング・グループ主催のウェビナーより筆者作成、一部筆者仮訳)

 2点目の参加体制ですが、GEPに参加を希望する方は次のURL(https://secure.unesco.org/survey/index.php?sid=21736&lang=en )にアクセスし、アンケートに回答するとオンラインのミーティングの招待が届きます。関心のある方はどなたでも議論に参加することができます。
 私たち一人ひとりの意思や行動がどのように国際的な教育運動に反映されていくのか、これからの国際機関の役割についても検討できる機会になっています。ご関心のある方はぜひ参加してみませんか。

【参考・引用文献】

*1:次の13回をご参照ください。
Vol.14,
Vol.19,
Vol.20,
Vol.21,
Vol.22,
Vol.23,
Vol.24,
Vol.25,
Vol.26,
Vol.27,
Vol.36,
Vol.37,
Vol.38
*2:ベルリン宣言原文(英語)
https://en.unesco.org/sites/default/files/esdfor2030-berlin-declaration-en.pdf
および ベルリン宣言(仮訳)
https://www.mext.go.jp/unesco/004/mext_01485.html
をご参照ください。
*3:各領域の内容については「“Transforming Education Summit”(教育変革サミット)」(「学び!とESD」Vol.35)をご参照ください。②および③に関しては、Vol.35で紹介されていた名称から変更されています。

SELを通した価値変容の兆し(2) ―「ウクライナ&ロシア 子ども絵画展」による試み―

絵画の力と「いとおしさ」

 前号に続いて「ウクライナ&ロシア 子ども絵画展」(以下、「絵画展」)を通したSELの試みについてお伝えし、ESDで重視されている変容的学習の成果の一端を紹介します。絵画展に関する、大学生を対象とした調査の中で、ロシアによるウクライナへの侵攻について「恐怖」や「悲しみ」「困惑」「無力感」といった否定的な感情を抱いている学生の様子が見られましたが、絵画を鑑賞した後の調査から、学生の温かな気持ちを膨らませる結果が確認できました。

「絵画展を観て抱いた感情(n=133)」筆者作成

 鑑賞後のアンケートの中で、絵画を観て抱いた感情と感想について質問したところ、感情として最も回答が多かった項目が「いとおしさを感じた」(58名)でした。次に、「悲しくなった」(25名)、「驚きを感じた」(15名)、「無力感を感じた」(14名)が続いています。4割以上の学生が、絵画を通して「いとおしい」という感情を抱いたという結果が見受けられましたが、その感情の対象は何を指しているのでしょうか。
 下記の絵画展を観た感想の記述からうかがえます(カッコ内は調査者加筆。それ以外は原文のまま記載しました)。

「(…)子どもの絵にはどこの国でも変わらない純粋さがあるなと感じました。
豊かな自然や人々の笑顔が多く描かれていて、
子どもたちの命を守りたい、無事でいてほしい、
子どもたちの周りの自然や笑顔を戦争によって無くしてほしくない(…)」

「平和であった頃に書いた子どもたちの絵と今の状況を重ねると涙が出る。
いつの時代も、無実な子どもたちの笑顔を奪ってはならないと思った。」

 否定的な感情を抱いていた学生が、子どもという無垢な存在、いとおしいと思える存在に想いを馳せることで、より自分ごととして捉える様子が見えてきました。

平和への一歩は身近な人を思いやる気持ち

 鑑賞後のアンケートでの「あなたは平和のために何ができると思いますか?」という質問に対して、多くの学生が、自分自身の周りにいる人を大切すること、というような回答(*1)をしています。

「大きな事はまだ出来ないと思います。
したくても、何をすればいいのか分からないという気持ちです。(…)
まずは私の周りにいる人に対して優しい気持ち、
互いが生きている喜びを胸に生活して行くことが、出来ると思います。
また、そのように生活しているということを1人でも多くの人に伝え、
その考えを持つ人が増えていけば私も平和へのためになにか出来るのではないか(…)」

「(…)自分の身の回りから小さな平和を作り、その輪を広げていくこと(…)」

 平和への一歩として、周りの身近な人が次の身近な人を大切にすることで、少しずつ想いが広がり、その輪が徐々に浸透し、コミュニティ単位での平和な営みも実現できるのではないかというような考え方を学生が持っていることがわかりました。

ESDの一つの手法としてのSELの効用

 冒頭でもお伝えしましたとおり、絵画展はSELの試みでもあり、ESDの一つの目的である価値変容の兆しが見受けられましたが、今回、浮きぼりになった課題もあります。学生自身が中心となって、家族や友人への働きかけを試みることは非常に重要なことでありますが、ソーシャル・アクション、つまり、ESD for 2030(*2)でも強調されている持続可能な社会の実現へ向けた行動に関する回答が少ないことから、社会の一員として活動することへの意識づけの困難さも見える結果となりました。

*1:他にも、現実について知ること、また、お祈りや募金、反対運動、選挙での投票などの行動を起こすことというような回答が見られました。
*2:「学び!とESD」Vol.07, Vol.08, Vol.09, Vol.18