「センス・オブ・ワンダー」でひらくノンヒューマンの世界 ~ヒューマンとノンヒューマン~(その6)

嵐というノンヒューマン

 人間と「ノンヒューマン」たちとの関係性をESDの視点から考える絵本シリーズの第6弾は、「ある嵐の日のおはなし」から始めましょう。絵本『あらしとわたし しぜんのなかでいきる』は、嵐という自然現象を、私たちの暮らしのすぐそばにある当たり前のものとして描いています。雷鳴に続いてやってくる嵐は、決して「悪者」ではありません。避けて通ることのできないそれは、むしろ日々の暮らしの中に当然のように現れ、そっと寄り添う存在として、この絵本の中では静かに受けとめられています。

『あらしとわたし しぜんの なかで いきる』評論社、2022年
ジェイン・ヨーレン・ハイジ E.Y. ステンプル(作)、まつかわ まゆみ(訳)、
クリスチャン&ケビン・ハウデッシェル(絵)

“しぜんは ちからづよくて、いきいきしている。
でも、わたしも ちからづよくて、いきいきしている。” (*1)

 他にもこの絵本には、竜巻や吹雪、山火事といった自然の脅威が描かれています。そうした出来事にさらされながらも、「わたし」と家族は日常を手放すことなく、静かに暮らしを紡いでいきます。停電の夜には、家族そろって地下に身を寄せ、懐中電灯のほのかな明かりのもとで本を読んだり、ゲームを楽しんだりして時間を過ごします。雪や氷が吹き荒れる日には暖炉に火をともし、その温かさに包まれながらホットドッグを焼き、家族でマシュマロを楽しみます。外の脅威とは対照的に、家の中では人々のぬくもりとつながりが息づいています。
 自然をおそれながらも、目の前の暮らしを丁寧に続けようとする人間の静かな強さが、この物語のテーマです。抗うのではなく、身近にあるものとして自然に寄り添いながら共に生きていこうとする営みの中で、与えられた環境の中で生きる意味を「わたし」は受け入れていきます。その根底にあるのは、自然を「対象」ではなく、私たちと共に生きる「存在」として受けとめる感覚です。つまり、人間以外のものである〈ノンヒューマン〉を感じ取るセンスです。そこには、あのレイチェル・カーソンが語った「センス・オブ・ワンダー」と響き合うような、自然への深い感動と畏敬の念が宿っています。

自然と人間―その境界を見つめてきた文学の力

 環境文学や自然詩といった「エコクリティシズム(ecocriticism)」(*2)の視点は、環境教育が重視してきた自然保護や自然体験といった啓発的アプローチでは残念ながら届かなかった領域に深く切り込み、より根源的な問いを社会に投げかけてきました。カーソンの『沈黙の春』や石牟礼道子の『苦海浄土』は、自然破壊や公害問題への鋭い警告として、多くの人々に差し迫った危機の現実を突きつけ、その意識に揺さぶりをかけました。これらの作品が訴えかけたのは、知識や情報ではなく「感じる力」です。おそれや敬いのまなざしを失えば、人間は世界の深い秩序を見失い、破局へと向かうのではないかという本質的な問いが刻まれています。カーソンの『沈黙の春』は化学物質の危険性を訴える書として広く知られますが、その本質は科学を超えています。綿密な調査に裏打ちされながらも、全体に流れるのは、命あるものすべてへの静かな敬意と、知識だけでは捉えきれない世界に向き合うための「感じる力」を取り戻すことへの緊急性を訴える深い警鐘です。
 こうした感性の必要性は、カーソンのもう一つの名著『センス・オブ・ワンダー』に最も端的に表れています。この本は自然の美しさを称えるだけでなく、人間の力ではどうにもできない世界の存在に気づき、〈いのち〉に深く触れる感性を子どもと共に育むための書です。大人にとっても、自然への感受性を回復する「解毒剤」として切実な意味を持ちます。カーソンの二つの名著に共通するのは、「人間にはどうすることもできない世界がある」という事実への畏敬です。それを無視して突き進めば、私たちを待つのは崩壊の未来です。彼女は限られた命のなかで、この認識を〈いのちのセンス〉として未来を生きる者たちに手渡そうとしました(*3)

“感じること”から始まるESD

 教育の現場では、つい「行動変容」や「意識啓発」といった分かりやすい目標や成果に目を向けがちです。しかし、人間中心主義を相対化する「ノンヒューマンの視点」や、世界と自分が深くつながっている感覚が育まれなければ、いくら知識を詰め込んでも根本的な変容には至らないでしょう。ESDに今求められているのは、こうした〈いのちのセンス〉に根ざした学びのあり方です。絵本『あらしとわたし』は、その第一歩を示しています。自然を対象ではなく存在として受け入れる瞬間、私たちは自然や他者、自分と世界とのつながりをひらくことができるのです。
 この〈いのちのセンス〉を未来へつなぐことは、カーソンの強い願いです。私たちはその願いを、物語や詩が持つ溶け合った文学的なまなざしのように、学びの場にも息づかせていく必要があります。彼女が「知ることは、感じることの半分も重要ではない」と語ったのは、自然の美しさに出会い、知識を学ぶだけでは不十分だからです。そこからさらに、人間の力ではどうすることもできない自然の脅威に直面し、あらゆる〈いのち〉に包み込まれるような感性を育まなければなりません。私たちは、そうした「感じるESD」のアプローチを、もっと追求できるのではないでしょうか。

*1:評論社ホームページの紹介より
https://www.hyoronsha.co.jp/search/9784566080867/
*2:人間と環境との関係をめぐる文学研究。学び!とESD<Vol.60>も参照。
https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/esd/esd060/
*3:『センス・オブ・ワンダー』を執筆した時期は、自身の癌との闘病中であった。

【参考文献】

  • レイチェル・カーソン作、森田 真生作・訳(2024)『センス・オブ・ワンダー』筑摩書房
  • 上遠 恵子監修、レイチェル・カーソン日本協会編(2021)『13歳からのレイチェル・カーソン』かもがわ出版
  • 結城 正美著(2023)『文学は地球を想像する エコクリティシズムの挑戦』岩波新書
  • 若松 英輔著(2022)『いのちの秘義 レイチェル・カーソン『センス・オブ・ワンダー』の教え』亜紀書房

「ユネスコ教育勧告」の誕生(その4) ユネスコ教育勧告と教員/スタッフ研修

 前号では、「ユネスコ教育勧告」(正式名称「平和と人権、国際理解、協力、基本的自由、グローバル・シチズンシップ、持続可能な開発のための教育に関する勧告」)のエッセンスを知り、学びを深めるためのカード型教材を紹介しました。今号では、「ユネスコ教育勧告」を活かすために欠かせない研修について記します。カード型教材を用いて行われた学校での教職員研修や、NPO職員や地域の活動家、教育委員会職員、保護者らを対象にした研修を紹介しながら、その重要性について書いてみたいと思います。
 カリキュラムや教材など、多様な教育課題について言及がある「ユネスコ教育勧告」では、研修についても次のように書かれています(*1)

加盟国は、「平和と人権、国際理解、協力、基本的自由、グローバル・シティズンシップおよび持続可能な開発のための教育に関する勧告」の目的にかなう教育活動が、さまざまな段階や種類の教育や知識、修養、学習、研修といったカリキュラムにおいて配置され、首尾一貫して統合的になされるように取り組むべきである。(第19項)
(加盟国は)本勧告に示されているスキルを教員が身につけるため、対面での研修やオンライン、遠隔、ハイブリッド方式を含め、継続的な専門的力量形成の機会を奨励し、促進すること。(第42項)

 以上のように、「ユネスコ教育勧告」ではその目的、すなわち平和や持続可能な社会、さらにはこのシリーズの「その1」(Vol.51)と「その2」(Vol.52)で示したような「インクルーシブ」や「グローバル・シティズンシップ」等の理念を実現するために多様な取り組みが奨励されており、研修も重視されています。
 前号で紹介したカード型教材も勧告の「目的にかなう教育活動」のためにつくられましたが、それを生かすには研修を通した「継続的な専門的力量形成の機会」が不可欠です。試験的ではありますが、カード型教材とセットで研修も継続的に実施されてきましたので、その骨子をお伝えします(*2)

研修の概要

 研修プログラムの基本的な構成は次のとおりです。

「ユネスコ教育勧告」が改定された背景、その特徴や意義、「14の主導原則」に関する講義(20分程度)
5人前後から成るグループごとのカードを用いたワークショップ(30〜40分程度)
グループ内での話し合いの要点をシェアする全体会(20分程度)
まとめとアンケート(10分程度)

 上記の研修プログラムで中心となるのは②のグループごとの活動です。表紙を含めて15枚から成るカードを自由に手に取り、感想を伝え合うところから始めます。カードの中から1枚を選んで(またはファシリテーターが指定をして)、そのカードに書かれている意訳を読み上げ、3つの質問に皆で答えることを通して主導原則のエッセンスを学んでいきます。研修では一般に「えんたくん」と呼ばれる丸型の段ボールを5人ほどの研修生が膝に乗せて話し合うことが多かったのですが、机の場合もありました。いずれにせよ複数枚のカードを広げて見るスペースが必要です。
 これで30分ほどかかりますが、時間のある場合は、2枚目のカードを選んで同様の学び合いの時間を持つこともできます。このほか、カードの使用についての解説はデジタル版からダウンロードできます(参考文献1.参照)。

研修の感想

 次に、カードを用いた研修に参加した教職員や地域の人々の実際の声を共有したいと思います。
 まず、ユネスコという国連機関の決議した勧告は難解に捉えられがちですが、抽象的なトピックも実は学校や地域の現場と関わっているということが実感できたり、研修が自身の悩みの解決の糸口となったりする効果がもたらされることがわかりました。(強調=下線は筆者)

「おそらく非常に難しい内容が英語で書かれているものをわかりやすく噛み砕いて訳して下さっていて、とても頭に入ってきやすかった。人間としてあたり前に持っているはずの道徳心を自分の言葉にして表すことは良い経験になると思いました。」(高校教員)

「ユネスコ教育勧告」は少し難しそうに感じてしまうかもしれませんが、14の課題のどれもが現場と直結する内容であると思いました。グループで選択したのは『コンヴィヴィアル』と『エシックス・オブ・テクノロジー』だったのですが、まさに常々どうしたらよいか?と考えてしまう事柄の上位を占める内容です。今日お話しできたことで困りごとの整理も少しできたのかな?と思います。」(街づくり協議会/地域活動家)

 たとえユネスコスクールに認定されていても、日々の生活の中で視野を世界に広げたり、世界的に課題となっている教育のフロンティアに意識を向けることは、忙しい生活の中では決して容易ではないでしょう。しかし、次に示すように2時間ほどの研修を設けることで、世界とつながり、視野が広がることもあるようです。

「本校がユネスコスクールに認定されていることは知っていたが、ここまで詳しく勧告文を読んだことがなかった。今日の教育において重要にすべき視点を改めて認識することができた。」(高校教員)

「私は以前、国際バカロレアの調査・研究に関わり、以来、一方通行な授業への疑問、知識のみを、しかも(単語で)問うテストへの懐疑を持ってきました。そうだよね、世界はその方向にやはり進んでいる、と思いました。」(高校教員)

世界に目を向ける機会を与えていただき、ありがとうございました。」(教育委員会職員)

 また、教員にとって多忙な日々の中でも取り組む実践が、主導原則のような抽象的なキーワードを通して改めて意義づけられることは、教員人生の中でも重要な体験となると言えるでしょう。カード型教材を用いた研修はそうした機会を提供する時間でもあったようです。

「新しい取り組みをしなければならないというより、私達が行っていることがユネスコスクールの取り組みにつながっており、それを深めていくことが世界平和や人権問題の改善にもつながっていくことを認識することができた。」(中学校教員)

「教育現場だけでなく、家庭教育にも活かせそうなテーマが多かったので、自分の子供達とも話してみたいです。私がなんとなくこうかな??と思っていた事が言語化されたようで嬉しかったです。」(中学校職員)

自分の選択はまちがっていなかったんだと思えたひとときでした。」(保護者)

 これらのほか、以下のように今後への期待や課題などについても述べられています。

「PTAでもやっていけたらいいなと思いました。」(PTA会長)

「子供向けのもの(小・中・高・大とそれぞれのレベルに合わせたもの)もあっても面白いと思いました。」(中学校職員)

「学校での成績評価、入試、テスト等があるために創り出す余裕・時間が現実的にないため理想と現実のギャップを感じた。」(学年等無記載)

「教育に関わるすべての人、枠組みが協力して変わっていくことが必要だと感じた。日本で言えば、中高の教育のゴールが『大学受験』になっていることで、理想とする教育と現実との差が激しいと感じる。そもそもの受験の仕組み・意識を、もしかしたら社会全体でどうにかしていかなければならないのではないか。」(ユネスコスクール教員、学年等無記載)

 以上の課題は、今後のさらなる可能性を拓くコメントとして受け止めているところです。これからは、「14の主導原則」のみならず、勧告の他の項目にも注目してその普及に努めていく必要があるでしょう。また、カード型教材は教員などの大人を学習者として想定してつくられた教材ですが、いくつかのアンケート回答に書かれていたのは、中高生、場合によっては小学生にも「ユネスコ教育勧告」を学んでほしいという声であり、子どもや若者を対象にした教材づくりも今後の課題と言えます。なお、このシリーズは、少し間を空けることになりますが、「その2」で紹介した「14の主導原則」の1つひとつについて解説をしていく予定です。その間、皆さんもカード型教材をダウンロードしたり、プリントしたりして、ぜひ試してみて下さい。

*1:ここで用いる邦訳は参考文献2.の暫定訳からのものである。
*2:一連の研修は、文部科学省による「令和6年度ユネスコ活動費補助金」による「『ユネスコ教育勧告』普及のための教材開発及び教員研修モデルの構築」事業の一環として実施された。

「ユネスコ教育勧告」の誕生(その3) これからの教育になにが大切かを考える教材づくりの第一歩

 今号では「学びとESD!」Vol.50Vol.51で紹介した「ユネスコ教育勧告」(正式名称「平和と人権、国際理解、協力、基本的自由、グローバル・シチズンシップ、持続可能な開発のための教育に関する勧告」)の「その後」の一端をお伝えします。「ユネスコ教育勧告」は2023年11月に採択されましたが、その後は欧州やアジア等の地域レベルで、そして国レベルで推進していく方向へとシフトしつつあります。アジア太平洋地域でも同勧告に明記された理念を各加盟国が実現していくためのロードマップができるなど(*1)、世界各地で取り組みが徐々に始まっています。そして、日本でも具体的な活動が見られるようになりました。その1つが教材開発や教員研修にフォーカスを当てた事業です(*2)

「ユネスコ教育勧告」と教材

 教材について、「ユネスコ教育勧告」には「加盟国は、すべての教員および学習者が、本勧告に規定された主導原則が盛り込まれた、マルチメディア・コンテンツを含む質の高い教授と学習の教材・リソースにアクセスできるよう取り組むべきである。 / これらの実物およびデジタルフォーマットの教材へのアクセスは、オープンな教育リソースの共有をすすめることや実際のおよび / またはデジタルのリソース・センターを設置することによって促進される。」(第35項)と記載されおり、各国で「ユネスコ教育勧告」を広めるための教材開発が期待されています。ここで紹介する教材開発はこうした勧告文の要請に応えようとする試みであり、国連のメッセージと学校内外の教育現場とを架橋するための事業でもあります。このシリーズの「その1」(Vol.50)及び「その2」(Vol.51)で述べたように、この勧告の標題にESDが明記されていますので、自然環境のみならず、人権など社会的な側面にもフォーカスを当てたこの教材はESDに対する見方にバランスをもたらす効果も期待できるでしょう。

カード型教材の概要

 条約や勧告などの国連文書を教える際、通例は、抽象度が高く形式ばった文章に解説を加えて伝えることが少なくありませんでした。そうしたやり方も重要かもしれませんが、実際に教育を変えていく効力をもたらすには、より広く理解してもらえるような工夫が求められると言えます。
 そこで上記の事業では、伝統的な教材とは異なる、複数の問いを用いて対話を重ねるカード型教材の作成に挑みました。「学びとESD!」Vol.51で述べた「14の主導原則」の1つ1つに焦点を当て、カードの(おもて)面では簡潔な意訳(導入文)を載せ、そこからこぼれ落ちてしまう知見や視点を補完したり、他者との対話を通して理解を深められたりするように、1枚のカードにつき3つずつの問いを付置しています。さらに裏面では原文(英文)の該当箇所を、その日本語訳とともに掲載し、必要に応じてさらなる関連の情報を二次元コードで加えています。さらに、「ユネスコ教育勧告」に親しみをもってもらえるようにイラストも加えてデザインし、計42の問いを含めた15枚(表紙も含む)のカードができました。
 一例を挙げてみましょう。14の主導原則の1つ1つのキーワードについては「学び!とESD」Vol.51を参照していただくことにし、ここではその中の1つである「ライツホルダー」を取り上げます。「ユネスコ教育勧告」におけるその文章は次のとおりです(*3)

人種、皮膚の色、世系、ジェンダー、年齢、言語、宗教、政治的意見、 民族的、種族的 (ethnic) および社会的出身、出生に関わる経済的・社会的条件、障害、その他いかなる背景にかかわらず、国際人権法で規定されているように、 教育において、また教育を通じて、差別されないこと、インクルーシブであること、公正であることを確保し、同時に学習者を権利をもつ者 (rights-holders) としてエンパワーする。

 このままでは理解は容易ではないので、この教材では次のように意訳をしています。「どんな違いがあろうとも / だれもが差別されない権利をもっている / 学びによってすべての人を『権利をもつもの』として力づける」。
 人種や皮膚の色など個々の用語についてはいっさい省き、条件抜きで差別は許されないという気骨なメッセージをシンプルに伝えるように意訳されています。形式的なステートメントを親しみやすいものにする効果を狙った導入部分です(図1参照)。
 さらに、勧告文のエッセンスを理解するための3つの問い、すなわち「何気なく偏見をもったり差別したりしていた自分に気づいたことはありますか?」という身近な問い、「なぜ偏見や差別は生まれるのでしょうか?」という根本的な問い、さらに「学習者の誰もが、自分が「権利をもつもの」なんだと自覚できるようになるためには、どうずればよいのでしょうか?」という行動を促すような問いが載っています。
 これらを4〜5人ほどのグループで各質問に答えながら対話を重ね、1つ1つの原則に対する理解を深めていくという構成です。ちなみに、上記のカードには裏面に追加情報として、国内外の政策に関連する情報、すなわち「子どもの権利条約の考え方」に関するURLと、「こども基本法」に関するURLにアクセスできるようにしています。

図1 カード型教材(表面)図2 カード型教材(裏面)

 これらの教材を使用して試験的に行ったユネスコスクールでの教職員研修では、次のような声が聞かれました。

  • 世界で求められている教育の方向性がどのようなものであるのかを知ることができた貴重な機会でした。それをただ知識として学ぶだけでなく、話し合いの中で体験的に学んだのも意義があったと思います。
  • やはり問いの形は大切だなと感じました。今回の議論は生徒たちとの話し合いや授業の中でも活用できそうです。
  • 14のエッセンスについて自分のグループで話し合わなかったものについて、他グループの発表を聞けて、少しでも理解を深められたことはよかったです。

 さらなるカード型教材の詳細については、参考文献の1.にアクセスしてみて下さい。解説文と共に実際のカードをダウンロード及び印刷できるようになっています。次号では、こうした教材と教員や職員等を対象にした研修の課題を含めてお伝えしたいと思います。

*1:詳細は次の英文サイトを参照のこと。
https://articles.unesco.org/sites/default/files/medias/fichiers/2024/09/Road%20Map%20for%20Asia-Pacific%20of%20the%20UNESCO%20Recommendation%20for%20Peace_Human%20Rights%20and%20Sustainable%20Development_0.pdf
*2:文部科学省による「令和6年度ユネスコ活動費補助金」によって実施された「『ユネスコ教育勧告』普及のための教材開発及び教員研修モデルの構築」事業(聖心女子大学及び日本国際理解教育学会(協力団体))として実施された。
*3:ここで用いる邦訳は参考文献2.の暫定訳からのものである。

ESDと気候変動教育(その19)

 気候変動教育については、このシリーズでもユネスコの文書(Vol.36, Vol.37, Vol.38, Vol.46, Vol.55, Vol.56)やイギリスの若者の活動の例(Vol.47, Vol.48)など度々紹介してきましたが、日本の教育現場での実践例は、本連載のVol.25で紹介しているとはいえ、まだあまり研究されたり広められていないのが現状です。

 気候変動教育はそのアプローチに、多くの要素が必要とされます。まず、その学びのプロセスは探求的であるべきで、学習者自身が環境・社会・経済の側面から持続可能性を考える必要があります。理科や地理、生物など単一の教科だけでなく、教科横断的にいろいろな科目で学ぶことが理想であり、知識の習得だけでなく、社会情動的なスキルの育成や、行動変容を育むことが目的とされています。社会を変容させる学びとなるために、システム思考や批判的思考、コミュニケーションなどのコンピテンシーを重視し、その実践の場として生徒が学校施設のインフラを考え直したり、地域連携や企業連携などもを活用したりすることが望ましいことから、学校全体(ホール・スクール)(Vol.14, Vol.20参照)で取り組むことが理想とされています。(ユネスコ、2024)(*1)

 ざっとこれだけ書いていても実践するのはとても難しそうですが、持続可能な社会づくりに資する教育を実現するには、どれもとても大切な要素です。

 実際に、学習指導要領でも明確に示されていない「気候変動教育」を授業で展開するには、一体どこから着手すればよいのでしょうか。多忙な現場の教員の多くは、このような問題意識や困難を抱えていることが想像できます。

 そこでご紹介したいのが、全国地球温暖化防止活動推進センター(JCCCA)が環境省の支援で始めた「気候変動教育研究会(*2)です。

 この取り組みは、小・中学校及び高等学校において気候変動教育を展開していくための学習プログラムの事例を紹介し、気候変動に関する授業が、単なる知識の習得ではなく、学校や周辺を巻き込んだ具体的な取り組みに展開されていくよう学びと実践を融合させていくことを目的としています。特に、気候変動教育と市民教育を融合させるESDの視点をもった実践的な取り組みを生み出すことを狙いとしています。

 ここで挙げられている事例は、全国にある地球温暖化防止活動推進センターまたはESD活動支援センターからの推薦によって集められています。また、毎月の研究会で学校教員や専門家に授業を紹介してもらいながら、その輪を広げています。

 このサイトでは、4月1日時点で17件の事例が紹介されており、その形態は理科や地理などの教科での実践や、総合的な学習の時間での展開などさまざまです。そのいずれも、取り組み事例の内容、児童の変化、参考資料が詳しく共有され、参考にしやすいように書かれています。

学校・組織

対象

教科

テーマ

富山県立富山北部高等学校

高校2年

総合的な探究の時間

流域治水

(公財)京都市環境保全活動推進協会

中学生

総合的な学習の時間

ごみ、エネルギー、水

(特活)気候ネットワーク

京都市立小学校全校4年生~6年生

ライフスタイル

鳴門市板東小学校

6年生

コウノトリ、田植え、雨水貯留、スリランカ

自由の森学園中学校・高等学校

全学年

「森の時間」や高校選択授業、自主的な活動

脱炭素、自然エネルギー、森林環境、生態系、農林業、持続可能な地域づくり

(公財)京都市環境保全活動推進協会

小5

校外学習

電気・水・ごみ

きのくに子どもの村学園きのくに子どもの村小学校

1〜6年

ひみつ基地づくりから広がるゴミ問題と地域の歴史

佐倉市立間野台小学校

小5

理科

天気の変化

北海道胆振総合振興局

伊達開来高校3年生、1年生
苫小牧工業高校2年生

学校設定科目など

ゼロカーボンに関する探究学習

大阪府

高校1年生、2年生(大阪府立高津高等学校科学部の生徒4名/大阪府立四條畷高等学校探究ラボの生徒7名)

課外活動

企業活動における環境配慮の取り組み

青森市立堤小学校東北地方ESD活動支援センター

小6(3クラス)

総合的な学習の時間

ライフスタイル

坂井市役所生活環境部環境推進課

小6

ライフスタイル

延暦寺学園比叡山高等学校

2学年

風呂敷から考える持続可能な未来

愛知教育大学大鹿研究室

小学生高学年

ライフスタイル

ストップ温暖化センターみやぎ

小学校5~6年

「SDGs環境出前講話~環境・防災編(気候変動)」

秋田県大仙市立大曲南中学校

1年(後半)~2年

技術・家庭科家庭分野、総合的な学習の時間、修学旅行、夏休み、等

エネルギーと環境~社会との関わり~

大阪府堺市立日置荘小学校

6年生

総合的な学習の時間

廃棄物、衣服、海外

 この取り組みは、気候変動教育を推進させるための最初の一歩に過ぎず、課題は山積みです。現場での授業展開は各教員の創意工夫で成り立っており、そのため現状の実践例にも正解があるわけではありません。「より幅広く学校で実施してもらうには、初歩的な導入カリキュラムが必要だ」とプロジェクトの責任者である全国地球温暖化防止活動推進センターの平田裕之事務局長は考えています。

 この事例集は、日本の気候変動教育の推進に重要な示唆を与えるものです。今後、いくつかの事例から汎用的なモデルが提示され、幅広く学校現場で展開されていくために、さらなる研究、研鑽が期待されています。

*1:UNESCO (2024) Greening curriculum guidance.
https://www.unesco.org/sites/default/files/medias/fichiers/2024/09/Greening%20curriculum%20guidance%20Teaching%20and%20learning%20for%20climate%20action.pdf
*2:全国 地球温暖化防止活動推進センター「気候変動教育」
https://www.jccca.org/climate-change-education
, 最終アクセス 2025年3月31日.

ESDにおけるアートの可能性

 近年「変容」に関するESDの実践および研究が散見されますが、その具体的実践は容易いものではありません。今回は ‘ESD for 2030’ 以降、特にその重要性について言及されてきた変容的教育について2024年に刊行された ‘Arts for transformative education: A guide for teachers from the UNESCO Associated Schools Network’(変容的教育のためのアート:ユネスコスクール(*1)による教員ガイド)」をもとに、アートという視点から紐解いていきたいと思います。アートはどのように私たちの価値観、行動、ライフスタイルを変容的な学びへと誘ってくれるのでしょうか。

変容的教育のためのアート

UNESCO (2024). Arts for transformative education: A guide for teachers from the UNESCO Associated Schools Network.
出典:UNESCO Digital Library

 このガイドブックは教員がアートを通じて学習を変革するためのガイドラインを提供することを目的として、世界39カ国のユネスコスクールの600人以上の教員から得たデータを分析して開発されました。

 ガイドブックには、
 「アートは個人および地域社会に変容をもたらす学びを豊かにし、活気づけ、推進する大きな可能性を秘めている。アート学習(*2)は、より平和で持続可能な世界を築くための生徒の能力と意欲を高め、変容的教育を促進する」
 と述べられています。

 しかし、このガイドブックではただ単にアートを教育に取り入れるだけでは不十分であり、アートが教育、ひいては地域社会にもひらかれた学習のツール(媒体)になるためには教員の役割が不可欠であると指摘しています。教員は生徒がそこから何を得るかを最適化するために、教育体験を意識的に構成し、サポートしなければならないと説明されています。

 なお、本ガイドブックによるとアートおよびアート教育は

  • 認知と非認知の両方を活性化する働きがあり、変容的教育を促進する
  • 頭、手、心を統合することができる
  • 学習とコミュニケーションのための人間らしさを呼び起こす

 といった役割があると示されています。

 また、アートを取り入れた実践を行うための枠組みとして以下の4項目が挙げられています。

  1. 学習行動(知識、技能、価値観、態度を育み、応用する機会)
  2. 学習内容(環境要因および教授法)
  3. 学習の関連性(学習者の人生における意義)
  4. 学習成果(知識、技能、価値観、態度)

 上記の4項目は互いに影響し合いながら、教員および生徒の変容的教育が促進されます。

事例紹介:俳句で世界を探究する(日本)

 本ガイドブックでは、12の実践例が取り上げられています。そのうちの一つである日本の事例(東京都江東区八名川小学校)を先に紹介した4項目に照合させながら紹介します。

1. 学習行動

読み・書き・朗読、考察・分析・発表。
俳句に取り組むことは、感情を探求し、世界におけるあり方を探る機会となる。
俳句を書道で展示する(友人、家族、地域社会の人々に見てもらう)。
俳句大会などの行事に参加する。

2. 学習内容

松尾芭蕉にゆかりある地域。
教員は生徒が美的体験や感覚体験に夢中になるよう働きかけている。
俳句コンテストを開催し、生徒に参加を促す。生徒の意欲を高める。

3. 学習の関連性

重要な人生の局面をふり返り、表現する機会を提供する。
俳句コンテストの応募、作品を出版することによって、学校や地域社会から称賛されるようになる。

4. 学習成果

俳句の伝統、地域社会、日本文化における俳句の重要性を理解することができる。また、俳句が世界の他の詩形にどのような影響を与えたかを学ぶ機会もある。
俳句を詠むことで、批判的思考力を育み、環境や生活体験、自分たちを取り巻く世界への影響について深く考えるようになる。
自分の考えを抽象的で力強い詩にする機会を与えてくれる。
自分たちの地域社会への帰属意識が向上する。
日常生活の中で俳句を詠むことへの価値や、感情を探求し表現するのに役立つ俳句の可能性を学ぶ。

UNESCO (2024). Arts for transformative education: A guide for teachers from the UNESCO Associated Schools Network. のp.50より筆者作成

 現代の学校教育で育まれている思考の多くは文字を中心に成り立っています(*3)。自己変容と社会変容の学びの重要性を謳っているESDでさえも、認知的学習が重んじられ、非認知学習が軽視されていることが指摘されています(UNESCO, 2019;2020)。
 4項目を意識しながらアートを取り入れた活動は深まりをもった内的経験を経て、身体性をともなった教育実践としての変容的教育がもたらされるのではないでしょうか。

【参考文献】

  • 佐伯胖(2014)『幼児教育へのいざない [増補改訂版] ―円熟した保育者になるために―』
    一般財団法人 東京大学出版会、189-211頁。
  • UNESCO (2019). Educational Content up close: Examining the learning dimensions of education for sustainable development and global citizenship education.
  • UNESCO (2020). Education for Sustainable Development A roadmap.
  • UNESCO (2024). Arts for transformative education: A guide for teachers from the UNESCO Associated Schools Network.

*1:ユネスコ憲章の理念や目的を学校現場で実践するために1953年に発足した国際的なネットワークです。
*2:本ガイドブックではアートを図画工作に限定しておらず、音楽や演劇、詩なども含まれているため、「アート学習」として翻訳しています。
*3:俳句は「詩的/物語的ことば」に分類され、「アート的思考」を「文字でもあらわせる形」に表現したことばに属します。例えば、俳句・詩・物語は文字的世界ではなく、絵のような情景を思い浮かべながら内的に経験し、身体感覚を呼び起こされるものです(佐伯, 2014)。

私たちはどこへ行くのか この20年をふり返り、この先を展望する(その2)

 前号では、未来学者、アーヴィン・ラズロによる警鐘を余所(よそ)に私たちの社会全般は徐々に持続不可能な方へと向かっていることを確認し、ESDは微力であったかもしれないけれど無力ではなかったという筆者の見解についてお伝えしました。「国連ESDの10年」をはじめとした持続可能な未来を実現する教育の努力が20年間にわたって国際的になされてきたにもかかわらず、なぜ人類は自らを危機的な状況へと追いやるのか。自国第一主義が闊歩する昨今、未曾有の存続危機に見舞われる危険性はますます高まるとも言われています。この人類の体たらくについて、私たちは今、立ち止まって考える必要があるのではないでしょうか。ここでは、教育を通して何ができるのかについて検討したいと思います。
 以下に取り上げるのは、これまでも「学び!とESD」シリーズで紹介したESDの論客、スティーブン・スターリンによる知見です(例えば Vol.08 及び Vol.09)。スターリンは、長年にわたりESDの理論構築に貢献してきた英国のプリマス大学名誉教授であり、「国連ESDの10年」で各国のESDの推進を促すモニタリング評価専門家会合や「ユネスコ/日本ESD賞」の国際審査委員会で専門家として活躍し、筆者も参加した同委員会では副委員長として持続可能性を実現する教育実践を国際的に評価する基準づくりに貢献した立役者です。
 スターリンは、彼の専門分野である高等教育におけるESD論において持続可能性(サスティナビリティ)を社会や教育界が受け入れる度合い(フェーズ)について論じています。それを表したのが以下の表です。

持続可能性に対する社会と教育の反応
出典:Sterling, S. (2004), p.58をもとに筆者作成.

 持続可能性が「とても弱い」段階の①では、社会全般では「めんどうだ」「時間がかかる」「金がかさむ」などの理由をもってこの概念は毛嫌いされ、否定される傾向が見られます。社会においても教育においても全く変化がないか、もしくは「やっておくに越したことはないから」という理由でせいぜいお飾り程度の対応となります。
 持続可能性が「弱い」段階の②では、社会全般では理屈としてその重要性は理解されるようになり、消極的ながらも「取って付ける程度」の反応になります。同時に、表面的な改革に着手され始めるのもこのフェーズです。ただ、本気度が欠けているので、実際の効果は見られず、「グリーン・ウォッシュ」や「SDGsウォッシュ」などと揶揄される見かけ上の行動が広まる段階でもあります。一方、教育では、持続可能性について知識で習得する必要性が強調されるようになります。
 持続可能性が「強い」段階の③では、社会全般でそのニーズが共通理解となり、本腰を入れた改革が実施されます。教育では「持続可能性のための教育」、つまり行動を伴った学習成果も期待されるようになり、プロジェクト・ベースの問題解決学習が広がりを見せます。日本の例を挙げると、社会全般でSDGsの認知度が徐々に高まり、学習指導要領の総則や前文に「持続可能な社会の創り手」が明記されるにいたるなど、その本気度の表れであるという見方もできるでしょう。
 持続可能性が「とても強い」段階の④では、社会の仕組み(システム)自体が持続可能性を前提に組まれ、教育の営みそのものもサスティナブルになります。学校教育では子ども達は好奇心をもって次々と湧いてくる問いに挑み、文字通りワクワクした時間を過ごすことになるでしょう。肩肘張らずに自然体で持続可能な未来への営みを形成する、つまり「持続可能性の文化」が浸透する段階となります。
 さて、現在の日本の教育はどのフェーズにあるのでしょう。確かに、SDGsの認知度も上がり、学習指導要領や教育振興基本計画にもESDの指針が反映されるようになり、ユネスコスクールも千校を超えました。ただ、文化としてその精神が醸成されてきたかというと課題があると言わざるを得えず、筆者には②と③のフェーズを右往左往しているように思えるのです。
 では、④の段階へのシフトを実装化するにはどうしたらよいのでしょう。以下に、教育に焦点化して、ヒントとなる考えを3点ほど共有したいと思います。
 第1に、持続可能性を社会形成の基軸とするような政策と有機的に連動した実践を定着させることです。日本の教育を例にとれば、向かうべき大きな方向性は明示されています。前述の学習指導要領に「持続可能な社会の創り手」が明記されたことの意義は大きく、この指針を受けとめて日常の実践での努力が不断に重ねられるかどうか、そして個々の努力が持続するための仕組みがあるかどうかが課題です。
 次に、社会全体の「リデザイン」には未来(将来)世代のセンスやアイデアが不可欠であるという考えのもとに、諸々の政策に彼(女)らの声が反映されるように社会の仕組みを設計することです。英国のウェールズのように、未来世代のウェルビーイングを軸に据えた持続可能な社会の実現に向けた条例等を定める地方行政のあり方は参考になるでしょう(参考文献の「未来世代のウェルビーイング条例」)。日本でも2022年に「こども基本法」が制定され、翌年には「こども家庭庁」が発足し、子ども・若者の意見聴取と政策への反映が実現されていく気運の高まりは見られます。こうした「こどもまんなか」社会の実現に向けた努力は端緒が開かれたばかりですが、今後の内実を伴った実装化に期待したいと思います。
 さらに、上記のような社会のつくり方を実感できるように、就学前教育から中等教育段階まで、子ども・若者たちに自分たちの声が尊重され、共同体の形成に反映されるという実体験をもってもらうことです。不都合や不満があってもきちんと伝えれば解決に向かい、世の中はより素敵になるんだという実感を未来世代がもてるような環境を整えることが大人の務めなのです。次世代の声を先生や地域の人々が本気で受けとめて学校や地域社会の仕組みや制度を変えていく大人と若者の世代間のコラボレーションは「学び!とESD」Vol.47Vol.48 で紹介してきたイギリスの若者による気候アクションでも見て取れます。社会は働きかければよりよい方向に変えていくことができるんだという大小の成功体験を子ども時代から積み重ねていくことは「持続可能な教育」への優先課題であると言えましょう。「学び!とESD」Vol.50Vol.51 で取り上げた「ユネスコ教育勧告」はまさにこうした努力の支えになる国際的なメッセージなのです。

【参考文献】

私たちはどこへ行くのか この20年をふり返り、この先を展望する(その1)

 「学び!とESD」の連載も5年間続けさせていただき、60回を超えました。2025年という新たな年を迎えたこの節目の回に、私たちの社会は持続可能な未来へ向かっているのか否かについて、立ち止まって考えてみたいと思います。
 ここに1つの図があります。2005年3月26日に一ツ橋町記念講堂で文部科学省及び国立教育政策研究所の主催によって開催された平成16年度教育改革国際シンポジウム「持続可能な開発と21世紀の教育」の基調講演「タイムリー・ウィズダムを育む―現代教育の最重要課題―」で示された図です。このイベントは、まさに日本政府による「国連ESDの10年」のこけら落しとして開催された第一歩であり(*1)、その基調講演者として抜擢(ばってき)されたのはハンガリー生まれで、世界賢人会議「ブダペストクラブ」の創設者として知られるアーヴィン・ラズロでした。ラズロは壮大な歴史と宇宙空間から地球の現在を捉え直し、私たちに示唆を与えてくれる未来学者でもありました。

図1 人類存続に関わる2つのシナリオ(1990年代以後)
出典:E.ラズロ「タイムリー・ウィズダム(いまこそ必要な知恵)を育む:現代教育の最重要課題」p.19.

 この基調講演でラズロは人類の歴史をたどり、2005年当時の人間社会がいかに重要な分岐点に立たされていたのかについて詳述しています。ここでいう分岐点とは、持続可能性に向けて歩むブレークスルー(局面打開)か、人類を破局へと追いやるブレークダウン(崩壊)かという、まさに人類存続に関わる分かれ目を指しています。
 図中の「初期条件」とは、人口増加や貧困、格差、宗教的不寛容など、当時の国際社会が直面していたグローバルな課題を指し、その先、つまり、上記のシンポジウムが開催された2005年である「国連ESDの10年」初年以後には、2つのシナリオを描くことができると述べています。1つは、対立が対話となり、平和・環境運動が拡大し、持続可能な未来に向けた地球規模の制度変化が起こり、平和・協調的なライフスタイルが生まれ、そして持続可能性が達成されるという希望へのシナリオです。もう一方は、対立が対決となり、経済・政治・文化的領域における分極化が進み、暴力がエスカレートし、持続不可能な無秩序の状態となるという破局へのシナリオです。
 さて、この図が描かれてから20年後の新年を迎えた私たちは前者と後者のどちらのシナリオを歩んできたのでしょう。今世紀に入った頃から深刻化した格差や社会的な不寛容、世界中で常態化した気候危機、この数年で起きたウクライナやガザでの戦争などを勘案すると、残念ながら後者のシナリオを歩んできたと回答する人は少なくないのではないでしょうか。ちなみに、ラズロ(2006)は「軍事力を背景にグローバルな経済・政治目標を達成しようとするアメリカの明らかな覇権主義的野心」の台頭についても述べていますが、まさに自国第一主義を掲げるトランプ政権の誕生を未来学者は予見していたかのようです。
 分岐点でいわば「救世主」として期待されたのがESDであり、上記のシンポジウムは「国連ESDの10年」がスタートするにあたり、その気運を高めるために日本で開催された最初の大がかりなイベントでした。ESDを通してタイムリー・ウィズダム、つまり「新しい持続可能な文明にふさわしい倫理」を人々が身に付け、前者のシナリオに沿った変化を起こしていくことが望まれていたのです。
 ところが、20年を経た現在、これまでを振り返り見ると、そうはならなかったと言わざるを得ません。日本を含めた各国が傾注してきたESDは失敗であったのでしょうか。
 確かにそれは微力であり、大きな流れを変えることはできなかったのかもしれませんが、無力ではなかったと筆者は捉えています。もし「国連ESDの10年」のような努力がなければ、持続不可能性の方へと疑いもなく突き進んでいたかもしれません。学習指導要領の前文や総則に「持続可能な社会の創り手」が明記された日本などが好例ですが、国際的なESDという教育運動は各国内においてある程度の抑制力として機能してきたという見方もできるでしょう。
 ただし、昨今の気候危機など、その力は不十分であったと言わざるを得ない現状は直視しなくてはなりません。持続可能な未来へのシナリオへと舵を切らずにこの20年と同様の社会システムやライフスタイルを継承するのであれば、無秩序へのシナリオに示されている諸問題はより切実さをもって私たちの日常に迫ってくるでしょう。ではどうすればよいのでしょうか。
 ラズロは、この危機的状況に対して「宇宙船地球号の倫理」を提唱しました。つまり、地球を運命共同体としての宇宙船に見立てて、次の3点が重要であると指摘したのです。

  1. 他の乗組員が生活し働くことができるように行動すること
  2. 宇宙船がうまく機能する状態が維持されるように行動すること
  3. 全てのシステムが持続可能な発展を続けられるように行動すること

 しかし、上記の3点のいずれも否定されたかのような体たらくをこの20年間の歩みは示しています。宇宙船地球号の乗組員同士は争いを続け、気候危機や急速な生物多様性の消失によって宇宙船そのものの存続が危ぶまれています。SDGsの達成度の低迷は目を見張るばかりであり、制度や社会の仕組みは十分に持続可能な未来に向けてシフトしていません。20年前に明示された未来学者の警鐘をどれだけ真剣に受け止めて歩んできたのか、ふたたび今、立ち止まって考える必要があると言えましょう。
 次号では、人類共通の問題に対する解決の示唆を得るために、この連載でも何度か登場したESDの論客であるS・スターリンの主張を紹介し、アポリアの解決に向けた糸口にしたいと思います。

*1:当時、筆者は国際シンポジウムの事務局を務め、基調講演者の選出から報告書作成までを担いました。この報告書(和文・英文)は国立教育政策研究所のウェブサイトからダウンロードできます。
https://www.nier.go.jp/symposium/jouhou20050326/j.pdf
また、ラズロをはじめとした登壇者の講演や討議については参考文献『持続可能な教育社会をつくる:環境・開発・スピリチュアリティ』を参照されたい。

【参考文献】

  • アーヴィン・ラズロ(2006)「タイムリー・ウィズダム(いまこそ必要な知恵)を育む:現代教育の最重要課題」(日本ホリスティック教育協会(吉田敦彦・永田佳之・菊地栄治)編『持続可能な教育社会をつくる:環境・開発・スピリチュアリティ』せせらぎ出版)10-31頁).
  • 国立教育政策研究所(2005)『教育改革国際シンポジウム報告書「持続可能な開発」と21世紀の教育:未来の子ども達のために今、私たちにできること―教育のパラダイム変換―』.

触れるノンヒューマンの世界 ~ヒューマンとノンヒューマン~(その5)

擬人化に陥らないノンヒューマン絵本

 今回は、1974年に初版が刊行されて以来、多くの人々に世代を超えて読み継がれてきた「石」に関する絵本をご紹介します。この絵本の主人公は「石」です。絵本の主人公は、人間よりも圧倒的に動物が多いということは前号(『学び!とESD』<Vol.59>)でお伝えしました。たしかに私たちは、動物や物がまるで人のように、人になぞらえてキャラクターとなり、意思を持って動いたり話したりする絵本に、特に違和感を覚えることはありません。これは、絵本やアニメ、さらにはそれを原作にした映画でもよく使われる「擬人化」という手法であることをご存じの方も多いでしょう。ところが、この『すべてのひとに石がひつよう』という絵本では、石は最後まで一言も言葉を発しません。この本は、私たち一人ひとりが「自分のお気に入りの石」を見つけるためのルールを教えてくれる絵本なのです。

『すべてのひとに石がひつよう』河出書房新社、2017年
バード・ベイラー(著)、ピーター・パーナル(イラスト)、北山耕平(翻訳)
(著者も翻訳者もネイティブ・アメリカンの影響を強く受けている方々です(*1)

 「友だちの石を持っていない子どもは、かわいそうだ」と、この本は語ります。たとえ自転車や金魚、自分だけの部屋を持っていたとしても、子どもには「特別な石」が必要だからです。その石とは、自分で見つけて、いつまでも大切にできるような特別なもの。そこで、この絵本は「石の見つけ方の10のルール」を紹介してくれます。これらのルールに従って、石の大きさ・形・色だけでなく、匂いや手触り、フィーリング、さらには石を探すときの心構えまでも確認しながら、自分だけの特別な石を見つけることができます。この絵本の翻訳者である北山耕平は、むしろ「あなたが来るのを待っている石に、見つけてもらってください」と語っています。誰にも相談せず、自分自身で石を見つける必要があるからこそ、この「10のルール」が大きな助けとなるのです。

人間と世界をつなげてくれる石

 「人でないものを人に擬して表現すること(擬人化)」と、「自然界のあらゆる事物が具体的な形象を持つと同時に、それぞれ固有の霊魂を持つ(アニミズム)」は、似ているようで実際には捉え方が明確に異なります。その鍵となるのが「人間中心主義」の考え方です。擬人化は人間と自然の関係性を表現する方法として古い絵画にも見られますが(たとえば「鳥獣戯画」や「きりぎりす絵巻」など)、そこに「人間の都合」が介入してしまうと、本来は理解不可能なはずの「他者」である動物やものを、人間の都合で回収するふるまいになってしまう側面も出てきます(野田 2010)。
 文学研究の分野の一つに、こうした人間と環境の関係性を文学の視点から考察する「エコクリティシズム」という研究があります。社会環境を視野に入れつつ、人種やジェンダーの問題を環境問題と結びつけるなど、多様化したアプローチをとっています。しかし、この研究が私たちに教えてくれる重要な視点のひとつが「ノンヒューマンとの関係性」です。例を挙げると、古くは人間と自然の関係を生態学的に平等なものとして捉える「土地倫理」を提唱したアルド・レオポルドが、『山の身になって考える』の中で述べた主張や、水俣病の患者やその家族の苦しみを描き、社会に訴えた石牟礼道子の『苦海浄土―わが水俣病』といった小説があります。これらの作品では、いずれも人間とノンヒューマン(レオポルドの場合は狼や山、石牟礼の場合はワカメ)との関係性が中心的に描かれているのです。
 子どもにとっては、こうした社会問題を描いた小説の中にいきなり飛び込み、人間を超えた存在との関係性を見出すことは容易ではありません。しかし、子どもたちが絵本を通じてこのような関係性を直観的に感じ取ることは、それほど難しいことではないでしょう。『すべてのひとに石がひつよう』が教えてくれる「特別な石」とは、一人ひとりの深層にある大切な何かであると同時に、何百年も前からその場所に存在していた「小さな地球」とのつながりを示しているのです。

カール・ユングと石

 子どもの頃、無意識に気に入ったものを見つけてポケットに入れてこっそり持ち帰り、それを親に叱られた経験がある人もいるかもしれません。または、親になってから、我が子が持ち帰る「ノンヒューマン」のお土産に驚かされた経験を持つ人もいるでしょう。同じように、幼い頃から石に魅了されていた有名な人物として、「ユング心理学」で知られるカール・ユングが挙げられます。ユングは幼い頃、よく石と対話をしていました。その体験は、後の彼の研究の原点になったと自伝に記されています。石の上に座ったユングは、「私はいったい石の上に座っている人なのか、それとも、私が石であり、その上に人が座っているのか」という問いにまで至り、この考えが常に彼を悩ませたそうです。ユングにとって、この経験は生涯忘れられない瞬間であったと語られています。
 石は日本文化においても、石仏や石碑のように神霊が宿る「聖なるもの」として扱われる一方、石蹴りや漬物石といった日常的で「俗的なもの」としての役割も持っています。世界に数多くある「もの(エージェント)」の一つであるという意味において、人間という存在も構成要素の一つに過ぎません。私たちがそうした普段の生活であまり意識を向けないエージェントとの間に特別な関係を築くことは、「何かに生かされている」という感覚を育む上で不可欠な経験です。この感覚は、人間が世界に対して抱く「畏敬の念」を促すものであり、特に子どもたちにとっては、大切な心の成長につながるでしょう。大人である私たちもまた、時には世界とのつながりを感じるために、石に触れるというシンプルな時間を持つことが必要かもしれません。

*1:河出書房新社ホームページの紹介より
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309256801/

【参考文献】

  • 五来重(2007年)『石の宗教』講談社学術文庫
  • 新村出(2008年)『広辞苑 第六版』岩波書店
  • 野田研一(2010年)「〈風景以前〉の発見、もしくは「人間化」と「世界化」」『水声通信 No.33 特集 エコクリティシズム』特集、p.p. 116-128
  • 結城正美(2023年)『文学は地球を想像する エコクリティシズムの挑戦』岩波新書
  • ユング、カール・グスタフ(1972年)『ユング自伝 1―思い出・夢・思想』みすず書房

ノンヒューマンの目で見る世界 ~ヒューマンとノンヒューマン~(その4)

絵本で出会う動物という「他者」

 「接近性(学び!とESD<Vol.49>)」「声を聴く(<Vol.52>)」「デザインする(<Vol.53>)」に続き、人間と「ノンヒューマン」たちとの関係性を考える絵本シリーズの第4弾は、「目で見ること」がテーマです。実は絵本の主人公は、人間よりも圧倒的に動物が多いといわれています。絵本を読む子どもたちは、そのことに何の疑問を抱くこともなく、人間と動物を親密なものとして理解し、受け入れています。教育学者の矢野智司は、子どもが動物とのかかわりを必要とする意味を、他者(動物)と出会うことによって「人間になること」と同時に、「人間を超えた存在になる」ことだと説明しています(矢野 2011)。これは、動物が人間の特性を「鏡」のように映し出し、人間という存在をより明確に可視化する役割を果たすことを意味しています。さらに、子どもは人間の境界を越えて動物のように世界と連続的に生きることで、「人間を超えた存在」になることができるのです。

動物の目で見る世界を教えてくれる絵本

 言語学者で、社会・環境評論家でもある鈴木孝夫は、「人類の未曽有の繁栄」がもたらす「地球環境の破壊的な影響」の深刻さを危惧し、「世界を人間の目、人間の立場から見るのはもう止めよう」という提案をしています(鈴木 2019)。もちろんこれは、「学び!とESD」のノンヒューマンシリーズで論じてきた、脱人間中心主義の考え方です。しかし、そうしたものの見方に一気にシフトすることが困難であるとき、最新の科学が私たちの想像力を非科学的にかき立ててくれる役割を果たすこともあります。今回の絵本『仕掛絵本図鑑 動物の見ている世界』はそんな科学的な研究結果に基づき、動物や昆虫の目に映る世界を私たちに紹介してくれる、フランス発の画期的な視覚絵本です(*1)

『仕掛絵本図鑑 動物の見ている世界』創元社、2014年
ギヨーム・デュプラ(著)、渡辺滋人(翻訳)

 この本に登場する主人公のノンヒューマンたちは、チンパンジー、犬、猫、ウサギ、ネズミ、などの≪哺乳類≫、ワシ、フクロウ、ハト、などの≪鳥類≫、カエル、ミミズ、カタツムリ、などの≪爬虫類、両生類、環形動物、腹足類≫、そしてミツバチ、ハエ、などの≪昆虫≫、と盛りだくさん。絵本にある「彼らの目」の部分をめくると、そこには「彼らが見る世界」が広がっています。生き物の生態を科学的な知識で得る図鑑のような絵本は数あれど、動物の視覚にフォーカスし、そこから見える世界を描いているこの絵本は、大人の私たちの想像力さえも掻き立ててくれます。例えば、私たちが可愛いと思いながら撫でている猫は、こちらを同じ視野レベルでは見ていません。彼らは酷い近眼だからです。逆にワシは1キロ先のウサギを獲物としてくっきりはっきり捉えています。これだけ多岐にわたるノンヒューマンの目をとおして見る世界を知るだけで、大人にとっては、普段自分が見ている世界が絶対的であるという確信を疑う機会となり、子どもにとっては、「動物の世界に行き、そこからもどるレッスン」(矢野 2011)の機会となるのです。

「他者」の目でものを見ること

 人間にとって「他者」というノンヒューマンの存在がいかに大切かと気づくためには、絵本を閉じた先に形成される私たちの想像力が必要不可欠です。もしも人間がノンヒューマンの存在を無視し、世界を独占して生きる道を選択するならば、そこに待つのは「単色で人間のモノローグだけが虚ろに響く酷く寂しく貧しい世界」(矢野 2011)になってしまいます。それは決して持続可能な未来とはいえません。ノンヒューマンの存在や目線を感じることは、「人間の目」だけで見る世界を脱し、色鮮やかで多様な生態が共存する未来を描く一歩となります。人間が人間以外の目で見る世界は、普段私たちが見ている人間だけの世界とは違って見えるはずですし、ひいては「最高の自己客観化」(鈴木 2019)になるのです。
 本稿ではこれまでのシリーズの一環で、「ノンヒューマンの目で見る世界」を想像することの意義をお伝えしました。絵本の世界にはまだまだノンヒューマンが溢れています。次号では「触れるノンヒューマン」の世界を描いた絵本をご紹介したいと思います。

*1:創元社Webサイトの紹介より
https://www.sogensha.co.jp/productlist/detail?id=1412

【参考文献】

地球規模課題とSEL(4) エコポエトリーの挑戦

地球規模課題と「適切さ」

 前号でも紹介した、電通総研が日本人を対象に実施した「エコ不安」に関するアンケートには、図1のようなデータも示されています(*1)
 「地球規模課題とSEL」のシリーズ(「学び!とESD」Vol. 42 , 43 , 57)でも取り上げてきた若者による気候ストライキに象徴されるように、気候変動については世界中で心配している若者が少なくないと言えますが、日本の若者の特徴は「極度に心配」と「とても心配」が国際的に見て少なく、「ほどほどに心配」と「少し心配」「心配していない」が比較的に多いところに見出せるのです。こうした傾向にはいくつかの解釈が可能ですが、海外の若者と比べて日本の若者には危機感が少ないという見方もできるかもしれません。
 ただ、危機意識を強く持つように導く指導がよいかというと、そこは慎重であるべきだと思います。「気候危機などいずこに?」という平然とした態度をとるのと同様に、過度に心配をしてパニックを起こしてしまうのも問題だと言えましょう。やはり地球規模の課題には、適切に気に掛けて無理なくアクションを続けるという日常的な態度の形成が重要なのでしょう。

出典:電通総研(2023)

 上記の「適切さ」をもたらす学習方法としてSEL(社会情動的学習)が有効であるという実感を、筆者は自らの実践を通してこの10年ほど抱いてきました。その実践例については「地球規模課題とSEL」のシリーズでお伝えしてきたとおりです。
 SELを推進するにあたり、アートに基づいた手法(art-based approach)はこの上ない可能性を開きます。次にお伝えするように、数多くある芸術活動においても、さしたる道具も必要とせずに取り組める詩作はだれもが日常で試みることのできる気候アクションでもあるのです。

海外で広がる気候変動詩の輪

 興味深いことに、詩作を通して気候危機の時代を乗り越えようとする試みは同時多発的に世界各地で見られるようです。地球規模で気候変動に対する危機感が広がった結果であるとも言えるでしょう。
 注目されている試みの1つは、英国のグロスターシャー大学の創作芸術学部で始まった「エコポエトリー」と呼ばれるムーブメントです。世の環境問題も社会問題も「根っこ」は同じであるという問題意識に基づき、「エコポエティコン」(*2)という情報プラットフォームが創られ、現代の環境問題と社会問題の双方を意識してつくられた詩が世界中から寄せられて公開されています。
 この試みが重視しているのは次の4点です。

  • 国境を越えて国際的に協働すること
  • グローバル・ノースとグローバル・サウス双方の詩人が連帯すること
  • ヨーロッパ中心主義と西洋文学の規範を超えること
  • エコポエトリーを通して生態系の緊急事態に対する意識をグローバルに高めること

 これらの目的意識のもとに究極的には人間を超えた世界の捉え方に変容をもたらすことが目指されているようです。
 「エコポエティコン」では、世界中の詩の発信地が「環境詩人の地図(エコポエット・マップ)」に示され、クリックすると個々の詩はもちろんのこと、詩人や翻訳者のプロフィールや各地域の具体的な環境問題や社会問題も読むことができます。2024年9月末の現時点において日本からは未投稿ですが、イギリス、インド、中国、ナイジェリア、パプアニューギニア、フィリピン、ペルー、ボツワナ、など各国からの作品を楽しめます。
 テーマ別のページもあり、「海洋」「土/農業」「汚染/ごみ」「先住民/ルーツ」「リジェネレーション」「自然とのつながり」「美」「将来世代」「緩やかな環境破壊/絶滅」「非自然的な天候(アンナチュラル・ウェザー)/災害」「砂漠」「木/森林」「宇宙/空間」「正義/抵抗」「グローバル・ノース」「グローバル・サウス」等々、寄せられた詩が多様なテーマごとに分類されています。またアフリカの受賞作家も含めた詩人たちの紹介文が写真と共に掲載されており、各々の詩を身近に感じられる工夫がなされています。

日本でも広がる「気候変動詩」

 アートを駆使して気候危機に挑むプロジェクトが日本でも生まれています。公募を通して集められた気候変動の詩を野外で公開し、一般の人々が気候危機の時代のメッセージに気づくような場づくりとも言えるイベントです。建築やデザイン、映像などのさまざまな専門家や学生たちが協働する試みは、2023年10月の3連休に「気候アクションSUMIDA~川辺から、詩と映像によるメッセージ」(企画統括:特定非営利活動法人 アート&ソサイエティ研究センター)として結実し、持続可能な未来へとつながる作品群が東京の墨田区の川辺で披露されました(*3)
 東京スカイツリーを見上げる川辺で、「気候変動を、見て・聴いて・考える3日間」と題したイベント会場には、大規模水害時の水かさを人々が実感できるように、地上3mほどの高さの空中に「浮舟/憂き舟」と名付けられた「うかぶボート」が展示されていました。会場に足を運んでみると、「浮舟」と並んで気候変動をテーマに公募で集められた詩が横幅1m近くの垂れ幕にプリントされ、秋空のもとを行き交う人々に気候危機を街の風景として伝えていた「適切さ」が絶妙でした。学び!とESD Vol.43「地球規模課題とSEL(2) 気候変動詩の試み~その2~」で紹介した詩「歩く」も採用され、風景の一部として歩行者の気を惹きつけていたようです。

写真:「気候アクションSUMIDA」の光景(筆者撮影)

 このプロジェクトは、詩作をした若者たちをはじめ、100人以上のデザインや建築、映像の専門家と学生の参画を得て半年の準備を経て実現したそうです。夜には、シンガーソングライターの女性がライトアップされた「浮舟」の下で気候変動詩を朗読するというライブ・パフォーマンスも行われ(*4)、まさに多様な表現方法を通して人々に寄り添う企画であったと言えましょう。
 ある来場者が「身近な問題であり、自分自身も原因の要素であることを、これまで以上に認識し、なにかをはじめなければ」(*5)と語っているように、参画した人々の努力は大切な気づきにつながり、人々の意識や行動の変容に一役買ったにちがいありません。

*1:電通総研(2023)「気候不安に関する意識調査(電通総研コンパス Vol.9)」(国際比較版:2023年3月22日)
https://institute.dentsu.com/articles/2823/
*2:「エコポエティコン」ウェブサイト
https://ecopoetikon.org
*3:NPO法人アート&ソサイエティ研究センター「気候アクションSUMIDA特設サイト」
https://www.art-society.com/project/climateactionsumida.html
*4:詩の朗読は次から聞くことができます。
https://soundcloud.com/admin-990798785/sets/sumida/s-RVpeCxwz44k?si=4040122fa98b4489b033360088861c47&utm_source=clipboard&utm_medium=text&utm_campaign=social_sharing
*5:気候アクションSUMIDA 特設サイト「来場者からのメッセージ」
https://climateactionsumida.notion.site/SUMIDA-bbdea245c98d4ae78857f6059b9280e9

【関連図書・ウェブサイト】

  • 『気候アクションSUMIDA 詩集 +プロジェクト・レポート』(秋葉美知子、清水裕子編) Art & Society Research Center.
  • 「詩と川辺空間を結び『気候変動』を考えるプロジェクト〈気候アクションSUMIDA〉」秋葉美知子、清水裕子、『Biocity』No. 99, ブックエンド. 2024年, pp.118-125.
  • NPO法人アート&ソサイエティ研究センター
    https://www.art-society.com/about
  • SEAリサーチ・ラボ
    http://searesearchlab.org