地球規模課題とSEL(3) 気候変動詩の試み~その3~

 電通総研が日本人を対象に実施した「エコ不安」に関するウェブアンケートが今年3月に公表され、16〜25歳の1,000人のうち7割以上が気候変動に「不安」を感じていることが分かりました(図1参照)。また「気候変動に対する感情は私の日常生活にネガティブな影響を与えている」かどうかを尋ねた質問には半数近くが「はい」と回答。「子どもを持つことをためらう」かどうかについては、14%強が「はい」を選んでいます。
 「気候変動に対する感情は、私の日常生活(食事、集中力、仕事、学業、睡眠、自然の中で過ごすこと、遊ぶこと、楽しむこと、恋愛のうち少なくとも1つ)にネガティブな影響を与えている」と答えた人の割合は、日本で49.1%となり、11か国中5番目に高い割合になりました。

図1 出典:電通総研(2023)

若者たちの切実な危機感

 上記のように、気候変動に対して不安を抱いている若者は決して少なくないにもかかわらず、教育実践ではどれだけこのような「エコ不安」が考慮されてきたのかは恐らく検討の余地があるのでしょう。
 こうした実際に対して、「学び!とESD」のシリーズの一環として、これまでに「地球規模課題とSEL」(SEL: Social and Emotional Learning)の特集を組み、大学の授業で共有されてきた「気候変動詩」を2度にわたり紹介してきました(「学び!とESD」Vol.42 & Vol.43)。
 上記のような不安が若者たちに浸透する世界的な傾向を反映しているのか、学生たちの詩には、確かにひしひしと忍び寄るような気候危機に対する切実さが伝わるものが少なくありません。ここで紹介するのは、地球を「わたし」として描き、「悲しみの涙」を降らしても、その悲痛な声に気づかない人類に対して厳しい問いかけをしている作品です。

地球の代弁者として

 興味深いことに、気候変動をテーマにした学生たちの詩を読んでいると、山や川など自然の、もしくは鳥や白熊など動物たちの、さらには一惑星である地球の代弁者となって現在の危機的な状況を訴えている作品が少なくないことに気づきます。
 学生たちの中には言葉で詩作をするだけでなく、背景や絵を添えて気候変動の時代に生きる情動を表現する学生も珍しくありません。一例として、次の作品を紹介します。

 こちらも「私の声はもう届かない」という悲痛なまでの地球の叫びを伝えています。人類が犯した罪の重さと代償への自覚を読者に促すような手厳しさすら感じ取れる作品です。
 ただ、ここで紹介した「代弁の詩」には双方ともに最後には希望につながる想いが込められていることは注目に値すると言えましょう。「あなたの声には人、国、世界を動かす力がある」のであり、地球崩壊の前に「力強い声を聴かせて」と結ばれています。また、「大丈夫 聞こえているよ」と呼びかけられ、「大丈夫 今から歩けばまだ間に合う」、「大丈夫 私も一緒に歩くから」、「踏み出す一歩が怖いなら それでいい」、「一緒に歩けば それでいい」という調子で「大丈夫」が4回も繰り返され、読む者は断罪されるどころか、受容されていく結びとなっています。気候ストライキに参加するグレタさんの真剣な眼差しも若者からのメッセージであれば、こうした詩に象徴される包容的な眼差しも若者からのメッセージなのです。
 本特集である「社会・情動的学習」の「社会」の部分も「情動」と同様に重視していますので、気候変動詩をつくっている社会学の教室では自作の詩を隣のクラスメートと読み合う時間も大切にしています。詩に息吹が注がれるせいでしょうか、声に出して読むことは殊の外、大きな効果があるようです。「大丈夫」と詩の作者から繰り返し語りかけられる学生はカラゲンキとは次元の異なる内発的なエンパワーメントを感じ取るのだと思います。

【参考文献】

  • 電通総研(2023)「気候不安に関する意識調査(電通総研コンパス Vol.9)」(国際比較版:2023年3月22日) https://institute.dentsu.com/articles/2823/
  • 朝日新聞「エコ不安:環境問題に悩み気持ちが沈む:若者らに広がる」(2023年7月4日(夕刊))
  • 「学び!とESD」Vol.42 (地球規模課題とSEL(1) 気候変動詩の試み~その1~)
  • 「学び!とESD」Vol.43 (地球規模課題とSEL(2) 気候変動詩の試み~その2~)

ESDと気候変動教育(その18) 包括的な気候変動教育へ

 昨年11月に採択された「ユネスコ教育勧告」(「学び!とESD」Vol.50 & Vol.51参照)には、気候変動教育は「気候危機の影響を理解し、対処し、気候正義を促進し、学習者が変革の主体として行動するために必要な知識、スキル、価値観、態度を身につけるために、カリキュラムに組み込まれ、教科の枠を超えて行われる。」と明記されています。前回は、この気候変動教育の方法を示した『カリキュラムのグリーン化ガイド』(*1)の概要を紹介しました。今回も引き続き、このガイドで説明されている気候変動教育を進めていくためのポイントについて解説します。

気候変動教育の包括的なアプローチの全体像

 182ページにわたるガイドですが、ポイントは以下の図に端的に示されています。まず注目すべきは、「環境的領域」のみならず「社会的領域」と「経済的領域」の必要性も強調されている点です。日本では、この3つの領域がバランスよくカリキュラムに取り込まれているでしょうか。環境省がまとめた「学びの地図」(*2)を見ると、「生命・自然」「経済・産業」と比較して「社会・文化」の学習内容や実践が少ないことがわかります。
 『カリキュラムのグリーン化ガイド』の「社会領域」を見てみると、その重要概念として「気候倫理」と「レジリエンス構築」が挙げられています。特に「気候倫理」は日本ではあまりなじみのない学習項目ではないでしょうか。
 「気候倫理」とは、気候危機の根底にある社会的、政治的、経済的原因について学び、社会的に弱い立場にある人々は特に気候危機によるリスクが高いという状況をつくり出している構造的な抑圧や差別をどう変えていくか、という課題に取り組むことです。国内を見ても、気候危機による農作物の不作や不漁で第一次産業が打撃を受け、それに伴う物価高騰は特に貧困層の人々へ大きな影響を与えています。このような気候危機における不平等は世界規模で起きていますが、この問題について教える機会はあまり持たれていないのが現状でしょう。

図1 気候変動教育の包括的なアプローチ
出典:UNESCO (2024) Greening curriculum guidance: Teaching and learning for climate action. p.43. 訳:筆者.

社会情動的な学びの必要性

 図の中でも認知的、社会情動的、行動的という3つの学習効果が横断的に書かれていますが、特に「気候倫理」といった課題を扱う場合は、社会情動的な学び(SEL)がカギになります。上述のような気候変動における不平等について、知らなければ改善に向かうことはなく、知識は不可欠です。しかし行動変容につなげるには、様々な立場の人々(さらには他の生物や自然など)(*3)への想像力も求められます。ある研究者は、「人や自然の搾取により建てられた『近代化の家』で守られている特権階級の人々は、家の外にいる周辺化されている人々よりも気候変動を実感しにくく、影響も受けにくい」と例えて説明しています(*4)。『近代化で建てられた家』の外の出来事も自分事として共感するために、社会情動的な学びを促す教育活動が大きな意味を持ちます。これまで紹介してきたSEL実践(「学び!とESD」Vol.04Vol.42Vol.43Vol.44Vol.45)もぜひ参考にしてみてください。

現在の実践を、未来志向に

 「社会的領域」や社会情動的な学びの重要性はわかっても、新たな学習内容を追加する余裕はない、というのが本音かもしれません。確かに簡単なことではありませんが、このガイドの一番初めに記載されている「まとめ」には、このように書かれています。

このガイドは、今実施されている実践を見直し、より活動重視で、包括的で、科学的に正しく、社会的正義を原動力とした、生涯を通した継続的なものにしていくことを目的としている。

 まったく新しいことを始めるのではなく、現在の実践の中で「気候倫理」や「レジリエンス構築」について考えてみる、詩や絵といった感性を大切にした活動を取り入れてみるなど、少しの工夫からカリキュラムのグリーン化は始まります。それにより、「気候変動の原因と必要なアクション」といった教訓的な気候変動教育から、より深みのある内発的な学びに発展させることができるのではないでしょうか。

*1:『カリキュラムのグリーン化ガイド』(英文)
UNESCO. (2024). Greening curriculum guidance: Teaching and learning for climate action.
https://www.unesco.org/en/articles/greening-curriculum-guidance-teaching-and-learning-climate-action
*2:環境省「学びの地図」 環境教育の実践例を、発達段階や単元ごとに紹介しています。
http://eco.env.go.jp/lib/env/cn_education/manabi_no_chizu.html
*3:人間と人間ならざるもの(ノンヒューマン)たちとの関係性は、ESDにおいて近年新たな課題として注目されています。「学び!とESD」Vol.49Vol.52Vol.53をご参照ください。
*4:Stein, S., Andreotti, V., Suša, R., Ahenakew, C. & Čajková, T. (2024). From “education for sustainable development” to “education for the end of the world as we know it” in H. Pedersen, S. Windsor, B. Knutsson, D. Sanders, A. Wals, & O. Frank (Eds.), Education for sustainable development in the ‘capitalocene’ Routledge.

ESDと気候変動教育(その17) いかに気候変動教育をカリキュラムに取り入れるか

 「学び!とESD」(Vol.50 & Vol.51)でも紹介した 「ユネスコ教育勧告」では、気候変動教育がESDの一環として位置づけられ、加盟国でさらなる推進が求められるに至りました。気候変動教育の最新情報については、これまでも重ねて説明してきましたが(*1)、本号ではユネスコが体系的かつ具体的にまとめた文書『カリキュラムのグリーン化ガイド』(*2)の概要を紹介します。

『カリキュラムのグリーン化ガイド』誕生の経緯

 この文書は、2022年の「教育変革サミット(Transforming Education Summit)」で生まれた「Greening Education Partnership(以下、GEPと略記)」の4つの柱のうち、「カリキュラムのグリーン化」の成果物として2024年6月に発行されました(「学び!とESD」Vol.47参照)。GEPは、理科や地理の教科内で教えられることが一般的だった環境教育にESDの要素を取り入れ、知識だけでなく技能や価値観も包括的に学び、行動を起こすことのできる学習者の育成を目的としています。この新しい包括的な気候変動教育(Greening Education、以下GEと略記)は、2021年のPre-COP youth eventや2022年のユネスコ報告書『質の高い気候教育を求める若者たち』(「学び!とESD」Vol.36Vol.37参照)などで若者から主張された、教育への要望に対する応答として捉えることもできます。

ガイドの概要と構成

 GEの推進に向けて、GEPでは「世界各国の90%以上のナショナル・カリキュラムに、気候変動が含まれること」を目標として掲げました。その目的を達成するために、国、学校や教員等の教育実践者が現在行っている取り組みを、より活動重視で、包括的で、科学的に正しく、社会的正義を原動力とした、生涯を通した継続的なものにしていくために作成されたのが『カリキュラムのグリーン化ガイド』です。このガイドには長年にわたって培われてきたESDの貢献が随所に見られる内容となっています。章立ては以下のとおりです。

章立て

内容

《第1章》はじめに

背景、目的、GEの主導原則

《第2章》GEのストラテジー

●何を学ぶべきか

  • 認知的、社会的、情動的で、行動を起こすことを促す学び
  • 状況に応じた学び

●どのように学ぶべきか

  • 学習者中心、経験的、省察的に学ぶ
  • 教科の枠を超えて、気候変動の様々な側面を学ぶ
  • 学習者の成長は包括的に評価する

●どこで学ぶべきか

  • 学校等の教育機関における学びは重要であり、若者の意見が意思決定に反映させられるべきであること
  • 地域と共に、または地域の中でのGEは、意義深く、変革をもたらす学びとなること

《第3章》重要概念・トピック・学習目標

●3つの領域―環境・社会・経済
●教育段階ごとの学習目標
●6つの重要概念ごとの各教育段階における認知的、社会情動的、行動的学習目標の一覧

《第4章》カリキュラムのグリーン化の実践

GEを実践するための10ステップ

GEの3つの領域と6つの重要概念

 まず重要概念として、環境的領域(気候・生態系と生物多様性)だけでなく、社会的領域(気候正義・レジリエンス)および経済的領域(脱炭素社会・持続可能なライフスタイル)を包括的に提示しているという点が挙げられます。また、知識だけでなく社会情動的な学びや行動を起こすことも目的に含まれており、知識伝達型の教育からの脱却が期待されていると言えるでしょう。

 では具体的にどのようにカリキュラムに取り入れることができるのでしょうか。それについては第3章で、重要項目ごとのトピックと、学習者の年齢で分類された学習目標が表形式で説明されています。参照してみると、今の実践を未来志向へとシフトしていくヒントが見つかるかもしれません。

 このガイドには、気候変動教育を伝統的な手法に絡め取られることなく、持続可能な未来へといざなう導き手となる知見が散見されます。次号ではそのいくつかを紹介します。

*1:次の16回にわたるシリーズをご参照ください。
Vol.14Vol.19Vol.20Vol.21Vol.22Vol.23Vol.24Vol.25Vol.26Vol.27Vol.36Vol.37Vol.38Vol.46Vol.47Vol.48
*2:『カリキュラムのグリーン化ガイド』(英文)
UNESCO. (2024). Greening curriculum guidance: Teaching and learning for climate action.
https://www.unesco.org/en/articles/greening-curriculum-guidance-teaching-and-learning-climate-action

世界中で深刻化する教員不足の現状とこれから 〜ユネスコの報告書から考える〜

 2015年の国連総会において「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択されてから、今年(2024年)で9年が経過しました。持続可能な社会を目指し「SDGs(持続可能な開発目標)」という共通の目標の達成期限である2030年はもうすぐそこまで近づいています。今回紹介するユネスコの報告書の中でも、SDGsの目標4(SDG4)である「質の高い教育をみんなに」を達成するためには、教員は中心的な役割を担うことが期待されています。一方、現在、日本だけでなく世界的に教員不足の問題は深刻化しています。そこで今月は、2024年2月にユネスコから発刊された『教員に関するグローバル・レポート(Global Report on Teachers)』(*1)についてご紹介します。

図1 「教員に関するグローバル・レポート」(表紙)
出典:UNESCO Digital Library

 この報告書には「教員不足への対応と専門性の変容」という副題が付けられており、世界的に広がる教員不足の現状やその対応について187ページにわたり論じられています。ユネスコは、SDG4の達成の重要なアプローチとして、有資格の教員を大幅に増加させることを挙げています。しかし、発展途上国においても先進国においても教員不足は深刻化しており、このような現状に対してユネスコは本報告書の中でも警鐘を鳴らしています。例えば、サハラ以南のアフリカではSDG4を達成するために新たに求められる教員数は1500万人であると予測されています。また、フランス、オランダ、イギリスなどのヨーロッパ諸国、日本、アメリカなどの先進国においても、離職する教員数を補充することができていない状況が報告されています。しかし、今回取り上げる報告書が刊行されるまでは、教員に関して、多様な地域や国のデータや政策、国際的なイニシアチブを体系的に捉えて提示したような専門的なレポートは存在していませんでした。こうした事態を受けて、ユネスコは教員に関する国際的な報告書を2年ごとに刊行することしました。その第一弾にあたる報告書が今回取り上げた『教員に関するグローバル・レポート』です。なお、この報告書は2015年5月に韓国・仁川で開催された世界教育フォーラムの成果文書である「2030年に向けた教育:包括的かつ公平な質の高い教育及び万人のための生涯学習に向けて(仁川宣言)」で表明された公約の進捗状況のモニタリングと公約達成を支援することが目的とされています。
 以下、同報告書の概要版(*2)に記された8つのキーメッセージを紹介します。

  1. 「2030年までにすべての人が質の高い教育を受けられるようにする」というSDG4を達成するためには、世界全体で4400万人の初等・中等教育段階の教員の増員が必要である。教員不足は先進国と発展途上国の両方に影響を及ぼしている。これらの教員の大半(10人中7人)は中等教育レベルで必要とされており、必要な教員の半数以上は、離職する既存の教員の代替として求められている。
  2. 教員不足の課題は複雑で、モチベーション、採用、定着、研修、労働条件、社会的地位などの要因が相互に影響し合っている。この課題に効果的に取り組むためには、全体的かつ体系的なアプローチが必要である。
  3. 教員不足は、教員の仕事量の増加や幸福感の低下、将来の教育者の意欲低下、教育格差の継続、教育制度への財政負担の増大など、広範囲に及ぶ結果をもたらす。
  4. 2015年から2022年にかけて、初等教育における教員の離職率は4.6%から9%へと世界中で倍増している。国の所得水準や報酬にかかわらず、教員は働き始めてから5年以内に退職している(*3、*4)
  5. 教員不足を解消するためには、採用の増加、魅力の向上、定着に取り組む戦略が必要である。専門能力開発への公平なアクセスを備えた魅力的なキャリアパスは、教員を確保し、職業生活を通じてモチベーションを維持するために不可欠である。
  6. 教職における男女平等を促進し、特定の教科、レベル、指導的役割における女性の割合の低さに対処するとともに、男性が教職に就いたり、教職に留まったりすることを奨励する包括的な政策が必要である。教員は、その地域社会の多様性を反映した人材であるべきであり、それによって教職の魅力が増し、学習経験が豊かになる。
  7. 教員の労働条件を改善することは、質の高い教員の確保を強化する鍵であり、これには、意思決定に教員を参加させ、相互支援を特徴とする協力的な校風を提供することが含まれる。
  8. 教育への十分な国内支出は、教育財政、特に一定の水準以上の教員給与を保証するために重要な役割を果たす。新任教員への投資は、教員の減少に対処するための費用対効果の点でも有効な長期戦略となりうる。

 日本においても、教員不足の現状に対しては文科省が、その実態や対応について各都道府県や各政令指定都市の教育委員会に向けて調査を実施してきました。また、質の高い教員の確保に向けた総合的な方策を講じるなど、解決に向けた様々な対応が検討され試みられています。一筋縄では解決が難しい課題ですが、持続可能な社会に向けて示された「質の高い教育をみんなに」という目標(SDG4)に向けて、教育現場の声に傾聴する姿勢を保ちつつ、継続的に対策を講じていくことが望まれます。

*1:ユネスコ(2024)『教員に関するグローバル・レポート:教員不足への対応と専門性の変容』(英文)
UNESCO(2024)Global Report on Teachers: Addressing teacher shortages
and transforming the profession.

https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000388832
*2:ユネスコ(2023)『教員に関するグローバル・レポート:教員不足への対応 概要版』(英文)
UNESCO(2023)Global report on teachers: addressing teacher shortages; highlights.
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000387400
*3:本報告書の中では、「特に男性教員と新任教員の離職率が高く、着任後5年以内に離職する割合が多い」「カナダ、香港(中国)、英国、米国では、新任教員の40%が勤務開始後5年以内に退職する」といった先行研究のデータ(Gallant and Riley 2014など)を取り上げながら、新任教員と離職の関係性について考察している(UNESCO 2024: 20, 60, 78, 147)。
*4:Gallant, A. and Riley, P. 2014. Early career teacher attrition: new thoughts on an intractable problem. Teacher Development 18(4), pp. 562–580. doi: 10.1080/13664530.2014.945129.

ノンヒューマンをデザインする ~ヒューマンとノンヒューマン~(その3)

<出典:「Medium」ホームページ>
“Tools for environment-centered designers: Actant Mapping Canvas”より
https://uxdesign.cc/tools-for-environment-centered-designers-actant-mapping-canvas-a495df19750e

デザイン学におけるノンヒューマン

 人間以外の「アクター」(全体にとって不可欠な役割を担う人やモノのこと)を「ノンヒューマン」として捉え、それらも含めた大きな関係性の中で社会や環境を捉え直そうとする動きが「デザイン」という分野においても大きな潮流となっていることは、前号の学び!とESD <Vol.52>で紹介したとおりです。一見、人間の生活をより良くすることを目的として展開されてきたデザインが「人間中心主義」であることは当然ではないかと思えます。しかし、私たち人間がモノをつくるということは、同時に私たちが(つくった)モノによってつくられていることを意味し、「人間とモノ」の間に関係性が構築されます。こうした存在そのものの根拠について規定する見方は「存在論」(*1)と呼ばれるもので、「世界がどのようにできているか」ということを考える手段となります。ひいては、ノンヒューマンも含めたアクターを同列化した「脱人間中心主義デザイン」を目指すことを可能にしてくれます。
 日本の「ACTANT FOREST」というデザイン・リサーチ・コレクティブのチームが、モニカ・シュネルというポーランド人デザイン人類学者がつくった「アクタント・マッピング・キャンバス(Actant Mapping Canvas)」というデザイン・ツールを紹介しています(*2)。一般的なビジネス型のステークホルダーマップ(*3)があくまで人間のみを利害関係者として終わらせてしまう一方、環境中心設計(ECD)のために改良した「アクタント・マッピング・キャンバス」では、ノンヒューマンも利害関係者の立場に据え、彼らに共感するためのデザイン・ステップを踏みます。

ステップ
  1. 課題や問題から始める
  2. それらから直接的に影響を受けるアクタントをマッピングする
  3. 次はあまり目立たない間接的な影響を受けるアクタントをマッピングする
  4. 最後に、人間とノンヒューマンのさまざまなアクタントの因果関係を示す

<出典:「Medium」ホームページ>
“Tools for environment-centered designers: Actant Mapping Canvas”より
https://uxdesign.cc/tools-for-environment-centered-designers-actant-mapping-canvas-a495df19750e

 このプロセスを経ることで、人間とノンヒューマンというアクタント同士の「相互関連性」と、それらがデザインの目的(プロジェクト/製品/サービスなど)に与える影響に私たちが気づくことができます。また、図の左側には「ライフサイクル」や「プラネット・アース」、「サーキュラー・エコノミー」などの基本概念が示されており、ルールとして「みんなのことを考える」ことが推奨されています。「みんな(人間とノンヒューマン)」が対等な関係を持つバランスの中でプランを導きだすマッピングの方法です。
 人間が自分たちだけを世界の中心やピラミッドの頂点に置き、何かを構想したりデザインしたりするこれまでの状態を続けていては、何も変えることができません。ここまで悪化してしまった環境問題を本気で解決するには、このデザイン・ステップのように、目に見えないものや普段考えることもない対象の存在に気づき、それらとの関係性を認め、思いやることが重要なのではないでしょうか。いつまでも私たち人間の目的達成のための「資源」として自然を道具化・対象化するのではなく、それを超えた犬のジェイクや空気のようなノンヒューマンの声に耳を傾けることができれば、私たち人間が自分たちのエゴを超えて社会をデザインできるようになるのではないかということを示唆してくれます。

世界中の大人がノンヒューマンの声を聴くとき

 前号で紹介した『空気はだれのもの?』には姉妹本があと2冊あり、3部作のシリーズになっています。『ジェイクと海のなかまたち』と『森が海をつくる』という絵本でも、犬のジェイクがウミガメやイルカといった海のなかまたちの声や、川や森の声を読み手である私たち人間に伝えてくれます。

作・絵:葉 祥明 英訳:リッキー ニノミヤ 出版社:自由国民社

 2017年、ニュージーランド政府は、「川は生きた存在である」という原住民マオリ族の主張を認めて法制化しました。また、世界的ベストセラー本となった『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』では、森(木)は互いにつながり合って会話する「インターネット」であり、菌類がつくる「巨大な脳」であると紹介されています。川や森がまるで生きている人間のように人格(人権)をもつという考えは、決して受け入れがたいものではなくなってきていると言えます。
 子どもの頃と比べ、人は大人になると、どうしても目に見えるものしか信じなくなりがちです。こうした「ノンヒューマンの声」を聴かせてくれる絵本は、そうした私たち大人たちにこそ、何かの気づきを与えてくれるのかもしれません。人間とノンヒューマンが共に持続可能な未来をデザインしていくためには、「声を聴くセンス」がキーワードになっているのです。

*1:『存在論』とはもともと哲学用語で、現実、もしくは世界がどのようにできているかを指す概念
*2:「アクタント(ACTANT)」はブルーノ・ラトゥールの「アクターネットワーク理論(ANT)」で紹介された用語。「アクター」が人間のみを意味してしまうことを避けるため、「アクタント」としている。
ACTANT FOREST「人間中心のデザインでいいんでしたっけ?01:アクタント マッピング キャンバス
https://note.com/actant_forest/n/n0f11dbd80f03
*3:事業やプロジェクトを取り巻く人や組織とその関係性を図式化したもの

【紹介した絵本】

  • 葉 祥明(1997年)『森が海をつくる―ジェイクのメッセージ』自由国民社
  • 葉 祥明(1998年)『ジェイクと海のなかまたち―ジェイクのメッセージ』自由国民社

【参考文献】

  • アルトゥーロ・エスコバル(2024年)『多元世界に向けたデザイン ラディカルな相互依存性、自治と自律、そして複数の世界をつくること』ビー・エヌ・エヌ
  • スザンヌ・シマード(2023年)『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』ダイヤモンド社
  • ブリュノ・ラトゥール(2019年)『社会的なものを組み直す: アクターネットワーク理論入門』法政大学出版局
  • 「マオリの聖なる流れ」(2020年)『ナショナル ジオグラフィック日本版 2020年3月号』日経ナショナルジオグラフィック社
  • THE SUSTAINABLE UXホームページ:https://thesustainableux.com/
  • ACTANT FORESTホームページ:https://forest.actant.jp/
  • The Mediumホームページ:https://medium.com/
  • Actant Mapping Canvasのダウンロード先(フリー素材):
    https://drive.google.com/drive/folders/1tygZrD7GVb_sek-K5rIxcnzsn3lmweFz

見えないものの声を聴く ~ヒューマンとノンヒューマン~(その2)

ノンヒューマンの声

 今回は、ポスト・コロナ社会のESDにおいても新たな課題とされている「人間と人間ならざるもの(ノンヒューマン)」たちとの関係性を考える絵本シリーズの第2弾です。「その1(学び!とESD<Vol.49>)」の「ノンヒューマン」の対象は動物たちでしたが、今回のそれは「空気」です。ご紹介したい絵本のタイトルは、『空気はだれのもの? ジェイクのメッセージ』。作者の淡く優しい絵と文章が、空気と一匹の犬の声を通じて本を読む子どもたちに大切なメッセージを届けてくれます。
 物語の冒頭、犬のジェイクは空気と出会い、そこで空気からあることを頼まれます。空気の世界に案内するから一緒に来てくれないかと。空気と犬のジェイクの旅が始まります。風の風船に乗ったジェイクは、空気に案内されるまま高く高く空を上昇しますが、その道中で下から漂う汚れた臭いを感じます。臭いの正体は、人間たちが出した煙や化学物質でした。
 空気と一匹の犬の旅はさらに宇宙にまで達します。青く輝く地球を目にしたジェイクはその美しさにとても感動しますが、空気はそんな綺麗な地球が毛布のように「汚れ」に包まれることで地球の温度が高くなってしまうことを教えてくれます。そしてその結果氷山や氷河が溶けて海水が増え、小さな島や海岸が海に沈んでしまい、そこにいた植物や動物が困ってしまうということも。空気はジェイクに頼みます。「人間たちに伝えて、これ以上空気を汚さないで」と。そしてジェイクもそれに同意し、地球や空気は誰のものでもない、人間も含めて「お互いのため」に存在していることを思い出してほしいと人間たちに伝えることを空気に約束します。
 この絵本は、大気汚染、気候変動、脱炭素社会などという難しい用語を使わずとも、読み手となる子どもたちにたくさんのことを教えてくれます。単純に「空気の声を聴く」という手段を通じてです。私たちが普段気にも留めない、改めて考えることもない、でも必要不可欠な空気という存在に目を向けてその声を聴くことで、問題そのものだけではなく、他のものごとの見方も変わってくるかもしれません。

脱人間中心主義の動向

 人間だけではなく、それ以外のアクター(行為者、関係者)を「ノンヒューマン」として捉え、ヒューマンとノンヒューマンとの関係性から社会や環境を捉え直そうとする動きは、昨今の大きな潮流です。アクターを動植物といった「自然」のみに限定せず、テクノロジーも含めた「モノ」にも目を向け、しかも人間もアクターの一つと捉えてアクター相互の関係性を重視しようとする態度(*1)は、人類学のみならず、アート、文学、環境哲学などの様々な領域に広がっています。いかに人間のエゴ(Ego-centric)を見直し、生態系中心(Eco-centric)にものごとを考えることができるか、という「eGoからeCo」へのパラダイム転換の試みです。

<出典:「Medium」ホームページ>
“Anthro VS Eco: The Battle of the Prefixes”より
https://medium.com/@rnb96/anthro-vs-eco-the-battle-of-the-prefixes-20d257111013

 それは、人間のより良き生活のための問題解決として展開されてきたデザインという分野においてでさえも同様です。現代社会に起因する環境に関わる喫緊の課題に直面している今、これまでの「人間中心設計」(Human-Centered Design:HCD)に対する批判的アプローチとして、「ノンヒューマン」という観点が注目されています。デザインを再定義するという大きな問い直しです。
 つまり、従来どおりに人間のみをステークホルダー(利害関係者)とし、そのニーズと嗜好に応え、開発や発展のみをゴールに置いた人間中心設計に対し、すべての対象者をアクターとして捉え、環境、社会、経済を持続可能なものにするための「環境中心設計」(Environment-Centered Design:ECD)というデザイン思想です。このアクターは、ブルーノ・ラトゥールの「アクター・ネットワーク理論(ANT)」(*2)に由来しています。

<出典:「THE SUSTAINABLE UX」ホームページ>
“What is Environment Centered Design vs Human Centered Design”より
https://thesustainableux.com/what-is-environment-centered-design-vs-human-centered-design/

 上記2つの図を見て、読者の皆さんは何を感じるでしょうか。両図の左側のHCDが「人間を世界の中心やトップに据えているなかで、右側のECDは「人間も世界の数あるうちのアクターの1つでしかない」としており、人間とノンヒューマンのどこまでもフラットな関係性に気づかせてくれます。
 そこで次号では、ポーランド人デザイン人類学者モニカ・シュネル氏がつくった「アクタント・マッピング・キャンバス(Actant Mapping Canvas)」というデザイン・ツールを紹介したいと思います。ノンヒューマンを意識したデザインの再定義という大きな試みを通じて、私たちはどのような視点をもつことができるようになり、それがどうESDに結び付くのかを考えたいと思います。

*1:ヒト以外の生命(動植物や微生物など)のみならず、生命の定義には入ってこないウィルス、さらには大地・水・太陽・大気といった循環を支えている非生命までを含む広い概念。前田幸男『「人新世」の惑星政治学:ヒトだけを見れば済む時代の終焉』(2023年)青土社
*2:人間と非人間を等価なアクターと見なして、互いの関わり合いから社会を捉え直すための理論

【参考文献】

  • 葉 祥明(2008年)『空気さんありがとう!―ジェイクのメッセージ』自由国民社
  • アルトゥーロ・エスコバル(2024年)『多元世界に向けたデザイン ラディカルな相互依存性、自治と自律、そして複数の世界をつくること』ビー・エヌ・エヌ
  • ブリュノ・ラトゥール(2019年)『社会的なものを組み直す: アクターネットワーク理論入門』法政大学出版局
  • The Mediumホームページ:https://medium.com/
  • THE SUSTAINABLE UXホームページ:https://thesustainableux.com/

「ユネスコ教育勧告」の誕生(その2)

 前号でお伝えしたとおり、昨年11月に開かれた第42回ユネスコ総会で「平和と人権、国際理解、協力、基本的自由、グローバル・シチズンシップ、持続可能な開発のための教育勧告」が採択されました。半世紀もの時を経て改定された、世界共通とも言える教育の目標や方向性を示した国際文書です。長い正式名称ですので、最近ユネスコは「平和・人権・持続可能な開発のための教育に関する勧告」という略称を用いていますが、ここでは便宜上「ユネスコ教育勧告」と表すことにします。
 ウクライナやガザなどで戦争が止まない現在の世界情勢を考えると、平和や人権の実現を目指したこの勧告が194ヵ国による全会一致で採択されたことの意義は計り知れません。ユネスコ教育勧告は、上記のタイトルに示された諸々の理想を私たちが手繰り寄せられるのか否か、その本気度が試される試金石であると言えるでしょう。
 ユネスコ教育勧告の目玉は「14の主導原則」です。誰もがライツホルダー、すなわち諸々の権利をもって社会をより良い方向へと変えていける学習者としてエンパワーされるように、「人権」や「多様性」など、世界中の学習者に保障されるべき項目が明記されており、いかなる原則にのっとって平和で持続可能な未来を実現するべきかが示されています。
 またそうした未来を創造していく上で欠かせない「学習成果」としては「分析的・批判的思考」や「未来を予測するスキル」「意思決定スキル」など、12点が掲げられています。以下の表1に原則と成果のキーワードを双方ともに記します。

表1 ユネスコ教育勧告に示された主導原則と学習成果のキーワード

主導原則

学習成果

公共善/共有財としての教育
人権、反差別・偏見
ケアと連帯の倫理
ジェンダー平等
文化の多様性
安全・健康・ウェルビーイング
ホリスティックでヒューマニスティックな変容志向
知の共同創造者としての学習者
信仰・宗教・表現の自由と、暴力・憎悪の擁護に対する禁止
テクノロジーを含めた問題解決志向
ローカルとグローバルのつながり
文化間・世代間のつながり
グローバルな市民倫理(プラネタリー・バウンダリー)

分析的・批判的思考
未来を予想するスキル
多様性への尊重
自己意識
共通かつ多様性に富む人類と地球への繋がりの感覚(人間以外の命の尊重)
エンパワメント、エージェンシー、レジリエンス
意思決定スキル
協働スキル
適応的・創造的スキル
市民性スキル
平和的紛争解決・変容スキル
メディア・情報リテラシー、コミュニケーション・デジタル・スキル

出典)ユネスコ教育勧告(英文版)をもとに筆者作成

 表1に掲げられた原則や学習成果には、国によってはすでに目指していたり実現していたりする項目もあります。原則に示されている「ローカルとグローバルのつながり」はESDや開発教育などでも長年にわたり強調されてきた概念です。他にも「批判的思考」など、「国連ESDの10年」(2005〜2014年)の当初から主張されてきたものもあり、決して目新しい概念ではありません。
 しかしESDが国連の旗艦事業(フラグシップ・プログラム)としてスタートしてから20年近く経って生まれたユネスコ教育勧告は、当初は刷新的であった概念も現在では馴染みのあるものとなり、最終的には194ヵ国もの加盟国が大切にすべきものであるという認識にたどり着いたという点は意義深いことです。
 また、表1には国によっては重点的に取り組むべき項目も見られると言えましょう。コロナ禍を経て教育格差が開いてしまった国では「公共善/共有財」としての教育が、社会的弱者に対する教育保障が不十分な国では「ジェンダー平等」や「人権、反差別・偏見」が、長きにわたり紛争が続いていた地域では「平和的紛争解決スキル」が重視されるべき原則となるはずです。
 日本の場合はどうでしょう。一例ですが、「知の共同創造者としての学習者」は知っているものが知らないものに一方的に教えるという一斉授業のスタイルが根強い日本などの国々で不確実性の時代に相応しい授業スタイル、すなわち教師も生徒も共に正答のない問いに挑むような共同学習のあり方へとシフトしていく契機となり得る原則です。そしてこうした学習において期待される思考やスキルは何なのかについても表1の学習成果のリストをもとに対話を重ねることは有効であると言えましょう。
 なお、上記の表には示されていなくても、主導原則には「共生的/快活(コンヴィヴィアル)な関係や隣人意識、連帯感」や「共感(コンパッション)」など、重要なキーワードが少なくないので、全文を一読されることをお勧めします。
 さらに強調されるべきは、現状改善のヒントのみならず未来志向の教育の方向性も勧告に見出せるということです。未来志向の教育と言えば、勧告が採択されたユネスコ総会から2年前の総会で公表された画期的な報告書『私たちの未来を再想像する―教育のための新たな社会契約―』が想起されます(「学び!とESD」<Vol.31>)。この報告書には、表1にも示されている「地球/惑星の限界(プラネタリー・バウンダリー)」や「地球/惑星意識(プラネタリー・コンシャスネス)」という概念が強調されており、地球を制御や搾取の対象としてではなく、慈しみをもって捉えるマインドの醸成が提唱されています。ユネスコ教育勧告にも「健康な地球(ヘルシー・プラネット)」という表現が使われており、唯一無二の惑星として地球を捉え慈しむことが世界標準となる時代の幕開けとして見なすこともできるでしょう。
 また、『私たちの未来を再想像する』で強調されている「人間ならざるもの(ノンヒューマンズ)」という用語は見られないものの、次のように「他の生命と自然そのもののニーズや権利を尊重」することが世界共通の教育目標として明記されたことも注目に値します(「ノンヒューマンズ」については「学び!とESD」<Vol.49>を参照)。

共通かつ多様な人類と惑星に対する繋がりや帰属の意識:
健康な地球に対する責任、そして人間相互と他の生命と自然そのもののニーズや権利を尊重すべきという責任を分かち合っているグローバルな共同体として人類を理解すること。

 ユネスコ教育勧告は人間以外の生命に対して世界中の国々が尊重することを求めた希少な合意文書です。これまであまりにも人間中心主義だった教育の目標に、「他の生命」という表現が用いられ、それが勧告では期待されるべき学習成果の1つとして明記されているのです。たしかに、「地球/惑星意識」は旧勧告が生まれた1970年代にも強調されたことがありましたが、194ヵ国が全会一致で合意するまでには至っていませんでした。このシフトを、遅まきながらの人類の意識変容の兆しと捉えることはあながち誤りではないように思えるのです。

※本稿で用いた勧告の邦訳は筆者の責任のもとによって訳出されたものであり、公式な訳ではありません。なお、ユネスコ教育勧告の全訳は日本国際理解教育学会の有志によって進められており、2024年7月までに同学会のホームページで公開される予定です。

【参考文献】

「ユネスコ教育勧告」の誕生(その1)

 世界中で目指されるべき学習の目標や向かうべき教育の方向性が示された勧告、いわばお墨付きの「提言集」があることをご存じでしょうか。ユネスコが1974年に採択した通称「国際教育勧告」もしくは「1974年勧告」(正式名称「国際理解、国際協力及び国際平和のための教育並びに人権及び基本的自由についての教育に関する勧告」)はそのように呼べる希少な国際文書でした。
 昨年11月、第42回ユネスコ総会での総意としてこの勧告が半世紀ぶりに改定され、「平和と人権、国際理解、協力、基本的自由、グローバル・シチズンシップ、持続可能な開発のための教育に関する勧告」(以下、「ユネスコ教育勧告」と略)という新たな名称のもとに生まれ変わりました(*1)
 50年前に採択された「国際教育勧告」はユネスコ加盟国に共通する教育の課題や目指すべき目標となり、自国の教育を見直すチャンスを提供してきましたが、日本をはじめ、各国ではその真意を十全に活かすことは残念ながらままなりませんでした(*2)。それだけに新しい勧告に寄せられる期待は少なくないと言えます。
 上記のタイトルを見ると、「グローバル・シチズンシップ」等のほか、「持続可能な開発のための教育」、つまりESDが新たに加えられていることが分かります。これらが挑む課題は50年前は現代ほど深刻ではありませんでしたが、現在では全てのユネスコ加盟国が優先的に重んじるべき教育領域になったと言えます。また、新たな勧告には「学び!とESD」Vol.31Vol.35で紹介した「教育の未来報告書」(2021年)と「教育変革サミット」(2022年)の知見を活かすように期待されていたことは特記に値するでしょう。
 なぜ50年もの時を経て改定されたのでしょう。その主たる理由は、現代社会特有の地球規模の課題である環境・気候変動問題、生物多様性の消失、感染症の蔓延、レイシズムやヘイトスピーチなどの暴力、格差、持続不可能な消費社会、AIに代表されるテクノロジーの急速な進展など、半世紀前には問題視されていなかった問題に対応するためです。たしかに、気候変動など、近年は誰もが意識するようになった地球規模の課題は半世紀前にはさほど問題視されておらず、「国際教育勧告」では環境問題はわずかな言及にとどまり、人権が前面に出されていました。
 「持続可能な開発」が略称のタイトルにまで含まれたことは、ESDが国連のフラグシップ事業となり、その後も10年間ほど普及の努力を途絶えさせなかった成果であると言えましょう。また、長年にわたり参照される勧告なので、しばらくの間、ESDは世界的な教育課題に挑んでいく立場の教育として位置づけられたとも言えます。
 最後になりますが、「ユネスコ教育勧告」の構成を見てみたいと思います。主な構成は次のとおりです。

  • 世界の共通課題
  • 国境を越えた「定義」の共有
  • 14の主導原則
  • 12の学習目標
  • 多岐にわたる行動領域
  • フォローアップ

 「世界の共通課題」は先に述べた地球規模の諸課題と重なり、人類存続の危機が意識されています。また、勧告の冒頭には重要な教育課題のキーワードの定義が明記されています。「教育」とは「奪うことのできない人権」であると明記され、さらに「平和」「国際理解」「平和の文化」「人権」「持続可能な開発のための教育」などが定義されています。ちなみにESDは「教育への変容的アプローチ」であり、「文化の多様性を尊重しつつ、現在及び将来世代にとって環境が生き生きとし、経済が活性化し、社会が公正になることを目指し、十分な情報に基づいた意思決定を行い、責任ある行動をとれるように学習者をエンパワーする」というESD for 2030(「学び!とESD」Vol.7, Vol.8, Vol.9)からの表現が定義として用いられています。
 「ユネスコ教育勧告」の採択から2か月が経ち、そのメッセージを広く届けるための冊子(図1)もユネスコから刊行されました(*3)。そこでは勧告の包摂性、つまり保育・幼児教育段階から高等教育、さらには生涯学習まで全ての教育・学習段階に適合されるべき提言であること、また学校教師や地域の活動家から政策策定者に至るまであらゆる教育関係者に関わる課題であることが具体的に描かれています。こうした資料に基づいて、次回は 勧告の「目玉」とも言える主導原則(ガイディング・プリンシプル)など、注目すべき特徴について説明したいと思います。

図1:「ユネスコ教育勧告」概説の冊子(表紙)
出典:UNESCO Digital Library

*1:採択された文書は次からダウンロードできます。
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000386924?posInSet=1&queryId=88262d97-74b6-4100-bd33-8cc96a779989
*2:こうした見解を共有してきた研究は少なくありません(例えば次を参照)。市民社会及び政府の課題であると言えましょう。日本国際理解教育学会 研究・実践委員会『特定課題研究 21世紀の社会変容と国際理解教育(報告書)』2022年11月.
https://kokusairikai.com/wp-content/uploads/2022/12/f4520f9a00e78b7055cc62b121ad188e-1.pdf
*3:UNESCO (2024) The UNESCO Recommendation on Education for Peace, Human Rights and Sustainable Development: An Explainer.
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000388330

ポストコロナ時代におけるESDの課題 〜ヒューマンとノンヒューマン〜(その1)

ESDの新たな課題

 2023年はそれまでにないほどにクマと人間の境界が問題視された年でした。同年12月1日のデータでは全国の18都道府県で被害者数は212人、死亡者数は6人となり、過去最悪の数字となっています(*1)
 クマと人間の衝突は双方にとって不幸であることは間違いありません。できることなら出会わない方がよい両者ですが、出会ってしまう背景には気候変動によるクマの生息域の食料不足や人間の生活圏の拡大など、さまざまな理由があるようです。
 クマなどの動物のみならずウイルスも含めた、人間と人間ならざるもの(ノンヒューマン)たちとの接近性(プロキシミティ)は、ポスト・コロナ社会の喫緊の課題であり、ESDは今、脱人間中心主義という新たな課題、すなわち、あまりに人間中心すぎた社会のあり方を捉え直すという課題を負っていると言えましょう。
 人間ならざるものや「人間以上(モア・ザン・ヒューマン)の世界(人間を超えた世界)」との関係性をどう築き直すのかは、「学び!とESD <Vol.31>」で紹介したユネスコの最新報告書『私たちの未来を共に再想像する―教育のための新たな社会契約―』でも強調されている課題です。こうした課題に応答するために、この新年号から絵本や児童書の紹介を通してヒューマンとノンヒューマンとの関係性を問い直すシリーズを始めます。
 第1弾で取り上げるのは『森のおくから むかし、カナダであった ほんとうのはなし』(レベッカ・ボンド作、原題:Out of the Woods)です(*2)。この絵本は、副題に表されているように実話、つまり作者の祖父が実際に体験したことを孫に語った話がもとになっています。絵本の帯には「きっと、ずっとわすれない。人間と動物をへだてていたものがなくなった、あの日のこと――」と絵本で描かれる出来事がほのめかされています。作者は、自分の子どもたちは祖父に会うことはできないけれど、祖父が子ども時代に実際にオンタリオ州で体験した「このおどろくべきできごと」を伝えたい、と「あとがき」で語っています。

ある夏の日の出来事

 「できごと」は、1914年の夏、カナダの森の中の小さな町で起きました。主人公は5歳のアントニオ君。親が当地でホテルを営んでいたアントニオ君は近くに友人もいないので、ホテル内で料理や掃除、薪割りなど、忙しそうに働く大人たちの仕事ぶりを見ながら暮らす日々でした。ホテル内の生活で一番のお気に入りの場所は3階の大部屋。そこには各地から集まったいろいろな大人たちがフランス語、英語、ネイティブ・アメリカンのことばを話し、トランプをし、楽器をかなで、旅の手柄話に花を咲かせていました。
 日中、アントニオ君はホテルの周りの森を散歩することもありました。深い森の中に入っていくと目にするのは、どこかに居るはずの動物たちの痕跡。木の幹に引っかかっている獣の毛や地面に残された動物の寝た跡はさまざまな動物たちがその場にいた証ですが、姿を見ることはまずありませんでした。
 夏のある日のことです。3階の客が「森から煙が出ている!」と大声で叫びました。山火事です!ホテルの住人たちはアントニオ君と一緒に一目散に森を通り抜けて近くの湖に逃げ、腰や肩まで水に浸りながら、真っ赤に燃えていく森を見つめていました。
 しばらくすると、避難していた人々は思いもよらない光景を目にしたのです。
 炎と煙の向こうからリスやウサギ、キツネ、オオカミ、アライグマ、ヤマネコ、フクロネズミ、ヘラジカなどの動物たちが湖に向かって逃げてくるではありませんか!木から降りたり、茂みから出てきたり、気づけば、湖は人間と動物たちが共生する一時避難所になっていました。普段は距離をとっていた両者ですが、この時ばかりは急接近。動物の体からは湯気が立ち上り、強い匂いがし、熱い息づかいさえ感じ取れる距離でした。
 しばらくして山火事は消失しました。人間はホテルへ、動物たちはどこかの棲家へと帰っていったのです。

関係性を問い直す

 以上が物語ですが、その後、10年間、ホテルで暮らしたアントニオ君は、「人間と動物をへだてていたものが、あのあいだだけは、なくなっていた」という「できごと」を決して忘れることはなかったそうです。
 実は近くにいたのに、距離を保つことで維持されてきた人間と動物との関係性…。災害に遭遇した結果、思わず出会ったしまった両者ですが、冒頭にふれたクマからの襲撃のように殺されたり殺したりという悲劇が起こらなかったのは何故でしょう。
 この「できごと」はESDへの深い問いかけであると言えます。「持続可能な開発のための教育」は、誰のための「持続可能」や「開発」なのか…。人間中心主義を改めて問い直すべき時代に私たちは生きているのです。

*1:環境省(2023)「クマ類による人身被害について[速報値]」
https://www.env.go.jp/nature/choju/effort/effort12/injury-qe.pdf(2023年12月31日参照)
*2:レベッカ・ボンド作、もりうち すみこ訳(2017)『森のおくから むかし、カナダであった ほんとうのはなし』ゴブリン書房
https://www.goblin-shobo.co.jp/books/book034.html

ESDと気候変動教育(その16) 若者の力が実を結ぶ時 ―英国‘Teach the Future’から学べること

Climate Education Bill
(出典:英国議会ホームページより)

Climate Education Billの始動

 前号の学び!とESD <Vol.47>で「若者の力」の例として再び紹介した英国のボランティア組織である‘Teach the Future’(未来を教える)の活動が、いよいよ花を開かせようとしています。’Climate Education Bill’(気候教育法案)の誕生です。彼らが英国議会で最年少の現職議員である労働党のNadia Whittome(ナディア・ウィトーム)と共同で作成したこの法案は、2021-22年会期での成立は見送られるも、2022-23年会期はウィトーム議員が所属する労働党の政策プログラムの草案に盛り込まれ、2023年10月に再び成立を目指して歩き始めています。
 しかしながら、彼らの活動は法案の作成に止まりません。法案の成立を目指して、彼らはさらなる政治へのプレッシャーをかける活動を続けています。それは署名活動だけではなく、彼らの求めるカリキュラム改革を次の国政総選挙で「労働党のマニュフェストに盛り込む」という、社会にインパクトを与えようとするものです。直接国会議員にメールを送るテンプレートを提供するなど、具体的なアクションをおこなっています。

出典:Teach the Futureホームページ プレスリリースより

困難な時でも

 そんな彼らの活動ですが、組織設立からのこの4年間は、決して順調とは言えませんでした。2020年の年明けに始まった新型コロナウィルス蔓延による世界的なパンデミックにより、彼らは自分たちの活動拠点である「学校」という場所を失ってしまったのです。
 2020年3月、活動開始たった5ヶ月でその動きを止めなければならなくなった彼らのブログには、「今は政府に影響を与える時ではないが、その時はすぐにやってくる」という決意表明が載せられました。そしてその活動休止期間においても、組織の再編成をおこない、時間を有効に活用するとした目標を立てています。
 実際に彼らは、パンデミックと共に歩んだ2020年の1年間だけでも多くの足跡を残しました。すでにコロナ禍直前に100人の国会議員を招いたレセプションにおいて、史上初の子どもによる法案‘English Climate Emergency Education’(英国気候緊急教育法)を発表していましたが、彼らはその後すぐに英国全土で教育のためのグリーン・リカバリー・キャンペーンを展開し、実現のために専門家から適格なアドバイスを受けるためのアダルト・アドバイザリー・ボードを設立して毎月会合を開きました。こうした年間を通じたロビー活動や政治参加だけではなく、国際的な連携を求めたワーキンググループの活動を推進し、グレタ・トゥーンベリさんが発端となって開始された’Fridays For Future‘(未来のための金曜日)のヨーロッパ気候教育フォーラム活動のステーク・ホルダーとしての活動もおこなっています。とてもあの未曽有のパンデミック下における活動内容とは思えない程、目を見張る動きでした。

周囲の反応

 果たして彼らの活動に対する周囲の反応とは、どういうものなのでしょうか。彼らは実際に周囲からよく受ける反応や質問を「問答集」という形でまとめています。

「費用がかかりすぎる」
「時間がかかりすぎる」
「気候に関する教育はもうすでにおこなわれている」
「それほど(気候変動は)悪いことではない」
「実際の脱炭素化に資金を投入すべきではないのか」
「傷口に絆創膏を貼るようなものだろう」
「気候変動は現実ではない」
「子どもを脅す気か!!」
「気候変動教育に関心がないし、若者は投票に行かないだろう」
「教師は、通常の責任に加えてこのようなことを学ぶ時間はない」
「生活や経済危機の中で、優先事項ではない」
「(気候変動教育は)親の役目であり、教師の仕事ではない」

 これらはほぼ間違いなく「大人たち」からの反応でしょう。それに対して彼らは「端的・知的に答えます」と一つ一つに適切に回答しています。ですが、「気候変動は現実ではない」とした質問に対しては、「バーイ!(説得不可能な人たちに対して使うエネルギーはもったいないです)」と門前払いです。本来でしたら、彼ら子どもの立場から言いたい本音がもっとあるのかもしれません。

未来は誰のものか

 「どうやって直すのかわからないものを、こわしつづけるのはもうやめてください」-1992年「子どもが環境サミットに行くなんて」という大人たちの反対にもめげず、仲間たちと遥々ブラジルを訪れて世界に訴えた少女の不満と、‘Teach the Future’の若者たちがもっているそれは、30年以上経った今もまったく変わっていません。むしろ環境的な状況は悪化し、若者がもつエコ不安は増大してしまいました。
 「現在を生きている世代は、未来を生きる世代の生存可能性に対して責任がある」という世代間倫理は、環境倫理学における重要なテーマです。ですが、そのような難題の解決以前に必要なことは、「私たちは彼ら若者が今発している声に、同等な立場から真剣に耳を傾けることができるのか」という態度ではないでしょうか。
 本法案のステータスは、現在‘First Reading’(第一読会)(*1)を経ており、その状態は英国議会ホームページで閲覧することも可能です(*2)。審議の進捗を表すボタンが進み、「Royal Assent」(国王裁可)(*3)にチェックが付く日を心待ちにしながら、それを確実にするための活動を継続している若者たちがいます。この先法案がステージをどんどんクリアし、若者の力が実を結ぶ時-そこにあるのは「冷やかしの声」などではなく、「称賛の声」であって欲しいと願っています。

*1:英国議会における立法手続過程の一段階目
*2:英国議会ホームページ
https://bills.parliament.uk/bills/3405
*3:議会を通過した法案に対する国王の形式的裁可

【参考文献】