PBLで得た力②――教育と社会の間で

 今回も前回に引き続き、今年福島大学を卒業し福島市役所で働く社会人の本多美久さんのインタビューを紹介します。

1.学校教育から離れて

図1 シンポジウムで(奥から2番目)三浦:本多さんは社会科学系の学部を出て市役所に就職していますが、もともと教師を目指していた本多さんがどうして進路を変えたのですか。
本多:小さいときから教師に親しみを感じ、憧れを抱いていました。けれども、中学校から高校にかけてプロジェクトを通して地域活動をしていたら、将来も地域のことをやっていきたいと考えるようになりました。地域の中で困っている人のために何かできないか、学校の外でやりたいと思うようになりました。
三浦:学校の教師でもできないことではないと思いますが。
本多:確かに一部の先生は学校の外でもプロジェクト等の活動をやってくれましたが、多くの先生が同じようなことをするのは難しいと思います。私は特に高校の時は、まだ探究活動が始まる前だったので、私が学校の外の活動に参加していることを否定的に捉えられていました。やっぱり、先生は教育の中心は学校にあると思っていて、そこから考えが変わることはないと感じました。
 私は、実は自分が学校に向いていないと思っています。みんなと足並みを揃えることが苦手で、かといってみんなと別なことをやって目立つのも苦手です。みんなの後に教室に入ってみんなに見られるのが嫌なので、いつも誰よりも先に教室に入っていました。自分は孤立しやすいというか、集団が苦手なんだと思います。
三浦:意外ですね。集団を引っ張っているように感じることが多かったですが。大学で社会教育の研究を始めたのはどうしてですか。

2.学校教育と社会教育

図2 台湾の高校で記念品の贈呈本多:大学で学ぶ中で、学校教育ではなく、社会の中でまちづくりや若者の居場所づくりのようなことを考えてみたいと思うようになり、それが社会教育ということになります。当時の学校から見れば「はみ出しもの」だった私たちの活動が、社会教育の中でちゃんと市民権を持っていたことに救われたような思いでした。私としては、高校時代のプロジェクトのように社会教育と学校教育の接続のようなことをやりたかったのですが、社会教育の概念を十分に理解してからでないと学校教育の延長になってしまうと言われ、そこまではできませんでした。
三浦:社会教育は社会教育で独自の領域があり、学校教育は学校教育で独自の領域はあるのですが、そもそも教育とは何かという大きな哲学というか考え方で、いろいろな教育に横串を通しておかないと、ますますバラバラになってしまうのでは、とは思いますが。福島市高校生フェスティバルは社会教育であることを意識してやっていましたが、学校現場とつなげないと、そもそもプロジェクトを進めることはできません。
図3 全国の高校生と意見交換本多:学校は教育の最後に先生が評価しますが、高校生フェスティバルなどはほぼ自己評価でルーブリックを使って到達度を見ます。社会教育も個々の満足度で測るので、とても似ていると思いました。社会教育では住民同士で話し合うことの大切さや市民権の意義、生きがいを形成することなどを学びました。
三浦:教育を大別すると「定形教育」と「不定形教育」があり、前者は学校教育が主で、メンバーが固定していて教育課程がありその到達度で評価します。後者は社会教育が該当し、メンバーはいつも入れ替わり固定したカリキュラムはなく学校のような評価のしかたはしません。私の恩師は生涯、学校教育を研究してきた方ですが、震災後に会ったときに「今は社会教育の方が可能性がある」と言っていたことを覚えています。

3.自分たちの周りにはいいものがたくさんある

図4 東京でワークショップを運営三浦:本多さんはこれからどんなことをやりたいと思っているのですか。
本多:今の仕事も楽しいですが、視野が狭くならないうちに社会教育の仕事ができたらいいなと思っています。住民の方と話して、地域にはどんな方がいるのか、何を望んでいるのか知りたいと思います。先日、子ども・若者と行政が話し合う機会があり、私はファシリテーターをやらせてもらいました。このような、行政が若い人たちの言葉をすくい取ることはとても大切だと思っています。
三浦:ただ、満遍なく聞くということではなく、本当に大切な言葉に気づくことができるかどうかが勝負所だと思います。大人は若者たちの言葉を聞いて、それに反応する責任(responsibility) があります。子どもたちの言葉を飾りに使ってはいけません。
 本多さんは社会のあり方について考えることはありますか?
本多:このままではいけない、と思うことがたくさんあります。本来自分で、あるいは自分たちでやらなければならないところを、行政に過剰に頼る傾向、一般的なサービスを過剰に求めている風潮が気になっています。どこか他人任せで、自分で何とかしようとしないまま、自分で学んだり解決したりする姿勢がないと、VUCA社会に負けて(?)しまうのではないかと思います。地域の結びつきが弱くなると、地域でやっていたことが消費活動に置き換わっていきます。地域の問題を他人事ではなく自分事として考え、行動することが大切だと思います。
三浦:若者に対して何かありますか。
図5 高校生フェスティバルで熟議
本多:先日高校生と話していたときに、自分は結婚したいし、子どもも持ちたいと思っている、しかし子どもを育てる自信がない、子どもが不登校になったり、いじめられたりしたら怖い、という人がいました。そういう問題をどのように解決しようとしているのか聞くと、インターネットで調べる、というのでビックリしました。自分の子どもをインターネットの情報で育てようとする、「子育てチャート」のようなものがあればいい、とも言いました。私とそんなに世代の違いはないのですが、地域の中で子育ての経験のある方とか、自分の母とか頼れるものがたくさんあるはずで、地域の中にはもっと、いいものがたくさんあることに気づいてもらいたいです。都会的な豊かさではない、地域の人や自然などのもっと身近な豊かさにも気がついて欲しいし、それを伝えられるような人になりたいなとも思います。
三浦:高校生フェスティバルをやったときに、アンケートで地域のことを考えている高校生が予想以上にたくさんいることに驚きました。でもそれは、潜在的にいるというよりも、アンケートを取ってその結果を活動につなげることで意識化され形になったのだと思います。活動を通して意識を引き出すことが大切だと思います。

PBLで得た力①――リーダー像の転換

 今回から数回に分けて、実際のPBLで身につけた力は何だったのかを、リアルタイムの生徒ではなく、数年後大人として現在活躍している人たちへのインタビューを通して、考えていきたいと思います。
 今回の本多美久さんは、今年福島大学を卒業し福島市役所で働く社会人です。中学2年から9年間、福島市や国際的なプロジェクトで活躍してくれました。

1.9年間のプロジェクトの遍歴

図1 プロジェクトの遍歴三浦:本多さんとのつきあいはOECD東北スクールの翌年からということになりますが、これまでどんなプロジェクトに関わってきましたか。
本多:中学2年生のときに「地方創生イノベーションスクール2030」(本連載 Vol.15〜30 参照)のプロジェクトに参加し、福島市チームとしての取り組みを始めました。自分たちで作った福島市の観光プランを内閣府の「地方創生☆政策アイディアコンテスト」に応募したところ、高校生以下の部で大臣賞を取り、これがその後の大きな励みになりました(本連載 Vol.17 参照)。そのまま「生徒国際イノベーションフォーラム2017」に参加(本連載 Vol.28〜30 参照)し、高校生になったときに「福島市を創る高校生ネットワーク(FCN)」(本連載 Vol.38〜44 参照)を作り、高校生フェスティバルを毎年開催し、台湾とも交流を続けました(本連載 Vol.31〜38 参照)。大学生になってからは、高校生プロジェクトのサポートを続けてきました。OECDのプロジェクトにもずっと関わってきました。
図2 生徒国際イノベーションフォーラム2017
三浦:たくさんのプロジェクトに関わってきましたが、自分の中で一貫したものはあったのですか。
本多:中学生の頃は先生に言われるがまま、という感じでした。台湾との交流の始まりのタイミングはちょうど高校受験と重なったために休止しており、エンジンがかかったのは後からのことです。「福島市高校生フェスティバル」のときに、本当に自分たちの考えで、自分たちの力でやれるんだと、その後につながる一貫した軸ができたような気がします。
図3 福島市高校生フェスティバル
三浦:あのときは、大人がやってもらいたいことと、生徒がやりたいことがぴったり重なったと思いました。
本多:高校の部活動は競争の世界で、強いところしかステージに立つことができません。高校生の本音は、勝つことだけでなく、自分たちのキラキラしているところをみんなに見てもらいたいんです。この高校生フェスティバルなら点数はないし、自分たちで決めて、やりたいことをやりたいようにできるので、多くの友達に喜んでもらうことができました。高校の生徒会を福島市サイズに拡張したようなものでした。
図4 高校生フェスティバルの準備
三浦:それらは今の自分にどのようにプラスになっているのですか。
本多:大学では防災サークルを作って活動していました。目的を決めて、何をやるか考えて、これをやるにはこんな人が必要、じゃあ誰がその人に声をかけるか、といった段取りは高校生フェスティバルの経験が生きていると思います。自分の力はたいしたことはないので、人の力を借りる、引き出すことが得意なのかな、と思います。
三浦:名前に出てこなかった「きょうそうさんかくたんけんねっと」(KSTN)はどうだったのですか。OECDと連携した国際プロジェクトだったと思いますが。
本多:KSTNのキックオフとなった「あれから。これから、」のイベントを大学1年生のときに手がけました。ここでも高校生フェスティバルの経験が生きましたが、コロナ禍でほとんどの作業をオンラインで回さざるを得ませんでした。オンラインは元々慣れていたのですが、運営は難しかったです。
図5 大学生とプロジェクトの総括
三浦:具体的にどの辺りに難しさを感じましたか。
本多:関わってきたどのプロジェクトも、「大人と子どもの協働」が根幹になるくらい重要だったと思いますが、実際は子どもと大人がバラバラになってしまいます。両者間で話が通じないことが多く、次第に参加者が少なくなってしまいました。国際プロジェクトとしてのOECDの提案が日本の大人には受け入れにくいところもあったと思います。
三浦:日本の学校や行政の文化からすれば、OECDの提案は無茶振りに受け止められることはよくありますね、一皮剥けるチャンスでもあるのですが。自分が身についた力についてもう少し話してもらえますか。
本多:一番大きなものはリーダーシップだと思います。それまでリーダーというのは、人の話を上手にまとめて、正解を知っていて、全体を仕切ることができる人、というイメージでした。だから「高校生ネットワーク」でリーダーを引き受けたとき、自分よりリーダーシップのある人はたくさんいるのに、と思いました。
図6 台湾の高校で福島のブース出展
 実際にリーダーをやってみて、周りには自分の意見を言い出せない人がたくさんいることに気がつきました。1対1だと話せるのに、みんなの前だとダメという人がいます。自分の役割はそうした声を拾うことだと思いました。些細な声を大切にし、整理しないで曖昧なまま伝えることが大切だと気づきました。あと何分以内に意見をまとめて、という状況では意見は出にくいです。心にゆとりがないといいアイディアは生まれてきません。FCNのロゴをみんなで考えていたとき、三浦先生が「何も考えないで手を動かしているといいアイディアが生まれてくることもある」と言っていたことに通じると思います。
三浦:特に大学生になると、大人と子どもの中間の立場で、大人と子どものそれぞれのコミュニティをつなぐ重要な役割があります。大学生はOECD東北スクール以来、その辺りを重要な使命としてこなしてくれました。世代には世代の役割があるのですね。リーダーは部活動のランニングを例にすると、前から構成員を引っ張る役割と、後ろから全体を把握する役割があると思います。本多さんは後者のリーダー像に近いと思います。私は、リーダーの最も重要な役割は、構成員の一人ひとりをよく理解することで、それを踏まえて何をするのか、できるのかを判断することだと思います。リーダーシップは、構成員つまりフォロアーとの関係なしに成り立ちません。

PBLを進めるための教師の資質③――一教師と生徒の相互触発

 前回に引き続き、S中学校の中島史弥先生との対談形式で進めます。S中学校は、福島県の山間地に位置する人口約5000人の町にある唯一の中学校です。生徒数は約100人で、町内に高校はないため卒業後は町外に出てしまいます。町の中には海外からも観光客が訪れる名所があり、主要な財源となっています。
 今回は中学校での前回とは別のグループの実践について話してもらいました。

1.「交流施設をつくりたい」

三浦:マスコミにも取り上げられた、もう一つの実践について教えて下さい。
中島:前回の実践と同時並行して行っていた別のグループによるものです。廃校になった校舎を自分たちの交流スペースにつくり替えようとした実践です。私たちの町には本屋さんがないので、本好きで本屋をやりたいという生徒たちと観光客と交流できる場所がほしいという生徒たちが合同で10人ぐらいのグループになって、廃校になった分校に本屋カフェをつくろうと考えました。
図1 交渉のしかたを教える
三浦:どうして分校を使う発想になったのですか?
中島:最初は、地域おこし協力隊の人たちのアドバイスで廃屋を利用する案もありました。たまたまなのですが、学生時代にアルバイトでお世話になった方が地元の分校を使って幼児教育の拠点をつくる活動をしていて、中学校での実践を話したところ、是非つながろうということになったのです。学校でそのことを生徒たちに話すと、諸手を挙げて賛同してくれました。実際に本屋カフェを開こうとすると、本をどう集めるか、インテリアや道具をどうするか、また飲食を伴うとなると保健所対応はどうするのか、たくさんの問題が出てきました。
三浦:生徒たちは、くじけずに取り組んでくれたのですか?
中島:結構面白い発想も出てきました。本を集めるのに、町の防災無線を使わせてもらおうということになり、実際に町当局と交渉をしました。これも結果的には前回同様使わせてもらえることはできなかったのですが、この実践に関心を示した町議会議員の方も現れました。本の収集は校内で生徒に呼びかけることになり、その収集には親たちも手伝ってくれました。町の物産館から、農家の規格外の野菜を売っていいということにもなりました。
三浦:親御さんや地域の人たちが実践を手伝ってくれるということはとても重要なポイントだと思います。実践は教師と生徒でやればいいというものではなく、特にPBLとなれば使えるものは何でも使う、社会実践に限りなく近づいていくことになるので。

2.自分たちでイベントを企画する

中島:11月にはグループがその分校を使ってイベントを開くことになりました。いろいろと呼びかけたのですが、空振りに終わってしまい、グループは何がまずかったのか考え、2週間後にもう一度イベントをすることになり、そのための準備を始めました。物産館や近くの牧場から野菜やヨーグルトを出品してもらうこともできました。2回目では20~30人が集まり、工夫したこともあり、準備したゲームで会を盛り上げました。本当に小さなイベントでしたが、生徒たちは「ここまでできるとは思っていなかった」と大満足でした。やればできるという実感をつかんだようです。



図2 本屋カフェのために集まる物品

三浦:それらは周りからはどう見えていたのですか?
中島:校長先生は何がどうなるのかわからないため最初は慎重姿勢で、説得に苦労した部分もありました。しかし、見通しがついてくると教育委員会につないでくれたり、後半はいろいろと力になってくれたりしました。地域おこし協力隊の人たちも、さっきの物産館の人たちやマスコミとつないでくれたりしました。
図3 町当局と交渉
三浦:中島先生はたいへんではなかったのですか?
中島:外部と交渉したり、中身をつくったりするのがとても忙しかったのですが、たいへんだとは感じませんでした。生徒たちが考えた突飛なことをやろうとすると跳ね返されてしまうので、そこをクリアするためにどうすればいいのか、いつも考えていました。
三浦:他の先生方はどうでしたか?
中島:自分は副担任の立場で探究活動を指導しましたが、自分よりも年下の担任の先生も必ず参加してくれました。最初は距離を感じていたようですが、実際に生徒たちが動くようになったのを見て、いろいろと手伝ってくれるようになりました。探究活動は難しいものと決め込んでいたようでしたが、その距離はとても縮まったようです。
三浦:生徒の活動に大人が触発されてアイディアが生まれ、またそれを見た生徒が触発されるという、相互触発モデルというのをOECD東北スクールの時に議論したことがあります。相互に影響を与え合うことになりましたね。



図4 着々と進むイベントの準備

中島:3年生で受験を控えていたので、最初から11月で終わりということにしていました。中途半端になってしまったことは残念なのですが、長い人生の課題解決のスタートは切れたかなと思っています。現在高校生の彼らは、今でも時々集まって作戦を立てているようです。

3.インタビューを終えて

 3回にわたって話を聞かせてもらいました。中島先生の勤めている学校が私の初任の中学校ということもあって、とても感慨深く聞かせていただきました。私の時代は学校が荒れていたこともあり、教育実践はほとんどゲリラ戦のようで、予め計画を立ててそれをこなすといったものではありませんでした。中島先生は私の影響も受けているので、そういった、実践のダイナミズムを知りつつも、学校や教育委員会との手続きで苦労している様子がよくわかります。
 私はちょうど40年前に学校の教師になり、その頃も学校の窮屈さに辟易していて、これから20年や30年先の未来の学校は、教師も生徒も欧米並みの自由な体質に変わっていくと信じて疑いませんでした。しかし現在の学校は40年前よりもはるかに窮屈になってしまっています。学校が過剰に責任を負っており、個人情報の管理とかコンプライアンスなどが強化され、社会的寛容性がどんどん失われていることに大きく起因していると思います。教師も生徒も、試行錯誤する時間と空間があって初めて自分の頭で考えられるようになるのだと思います。教師自身が「解のない問い」にどれだけ取り組んでいるのか、それ以前に「解のない問い」をもっているのかどうか、学校のあり方を問う重要なポイントです。
 中島先生は自分の学校以外にもつきあいの幅が広く、自分の学校や生徒を客観的に見る視点をもっています。学生時代から変わらず、周りを巻き込んで変えていこうとするエネルギーを感じました。

PBLを進めるための教師の資質②――一人ひとりの変化を見る

 前回に引き続き、S中学校の中島史弥先生との対談形式で進めます。S中学校は、福島県の山間地に位置する人口約5000人の町にある唯一の中学校です。生徒数は約100人で、町内に高校はないため卒業後は町外に出てしまいます。町の中には海外からも観光客が訪れる名所があり、主要な財源となっています。
 今回は中学校での実践について話してもらいました。

1.「町は好き、でも外に出たい」

図1 地域に学ぶ
中島:町に一つの中学校なので地域と密接な関係にあるのかと思っていたら、以前勤めていた街場の中学校よりも希薄だったので驚きました。地域と学校が切り離されている、という感じでした。それで、1年目には、探究活動で「地域をよくするために何ができるか」を考えさせるため、町のバスで学校の外に出て地域を知る学習を展開しました。生徒たちは外で活動できるので喜んでいましたが、事後にアンケートを取ってみると「町は好き、でも将来は住まないと思う」「町の外に出たい」という意見が大半でした。
三浦:生徒たちはどのように町を捉えていたのですか。
中島:町のいいところとして「自然が多い」ことが一番多く挙がりましたが、その次は「特にない」でした。また、生徒たちが共通して挙げたのは「若者が少ない」という点です。
三浦:地方の山間部の若者たちによく見られる傾向ですね。地域の中の具体的な活動がないと、地域の中で育っているというアイデンティティを形成することができません。
図2 探究活動の授業風景
中島:1年目を反省し、地域や人と関わりがなく、自分一人でやっていたことに気づきました。学校でできることには限界があるので、この枠組みの中だけでやると、生徒たちのアイディアに蓋をしてしまいがちです。生徒たちの学びにブレーキをかけているのは学校なんじゃないかと考えるようになりました。
三浦:実践を通して、学校を突き放してみる、ということはとても大切なことです。多くの場合、学校の日常が見えなくなり、突き放すことすらできなくなります。

2.二人の伴走者との協働

三浦:実践をしたからこそ、それに気づくことができたのですね。
図3 地域おこし協力隊の二人と
中島:その年は、担任という形では探究学習に力を入れきれないため、3年生の副担任を申し出て一年活動しました。そこで1年を通して関わってくれる人を探したところ、町の地域おこし協力隊のお二人が快く引き受けてくれました。二人とも県外の方で30代、企業に勤めていたこともあり、われわれ学校の教師とは全く異なる世界を持っていました。猟友会に入っていて獣害対策や空き家対策などを行っていました。二人には、年間を通して探究の時間に入ってもらい、生徒や私も含めて、この町に対する外からの視点、学校の外からの視点を提供してくれました。
三浦:教師、特に日本の教師は自分を万能だと思う傾向が強く、何でも自分一人でやってしまい、外に助けを求めることがとても苦手だとよく聞きます。特に教師以外の業種との協働が絶望的なくらい苦手なのではないでしょうか。どのように実践を進めたのですか。
中島:自分たちで町をよくする、といっても具体的に何をしたいのかイメージできません。そこで新しい視点から課題意識を絞り込み、「若者の居場所がない」点に取り組むことにしました。このテーマに対し、個々でもいいし、グループでもいいから、やりたいことをまとめアクションに起こすまでを課題にしました。課題を持てない生徒もいて、結果的にはグループでの取り組みが多かったと思います。
図4 伴走者による授業
三浦:全ての生徒が個々に課題を持つことは理想だと思いますが、いろんなプロジェクトを経験してきて、それは現実的ではないと思っています。複数の生徒の間でそのテーマを練り上げる必要があるわけで、グループの中で役割分担していくことも重要です。アイディアを思いつくのが得意な人もいれば、それを現実とすり合わせることが得意な人、忠実に作業を行うことが得意な人、等、いろいろなタイプの人がいていいわけですから。世の中はそのような人たちでできているのだから、協働性は大切だと思います。特徴的な生徒はいませんでしたか。

3.生徒の小さな変化に気づく

中島:由香さん(仮名)という生徒がいて、成績は中ぐらいで努力家です。「町に若者を」というテーマで、どのように発信したらいいのか、一人で悩んでいました。地域おこし協力隊からのヒントを基に、「若者たちはこの町をこう思っている」ことを形にして発信する、具体的には町の広報誌やSNSに若者のコーナーを設けてもらい、そこで若者の好きな飲食店やアンケートなどをランキング形式で掲載するというアイディアにたどり着きました。それを町当局とやりとりすると、公的な媒体に特定の企業や店を紹介することはできない、と壁にぶち当たってしまいました。
三浦:そのあたりはどうしても壁になりがちですね。少子化で、若者の確保を重視するなら、このような形で若者の出番をつくってあげてもいいんじゃないかと思いますがね。
中島:けれども町からは「自然」であればいい、という代替案が示され、これでいくことになりました。この町独特の雄大な自然やそば畑、町並みなど、写真とともに原稿をつくりました。町にはかなり手を入れられましたが、載ったことはうれしい、と由香さんは言っていました。
 しかし、掲載されたものを改めて見て、これは自分が伝えたいことではなかった、と感じるようになりました。そこで始めたのが「自分でパンフレットをつくる」ことでした。「Z世代が考えるX町」というテーマで作業に入ったのが10月頃です。11月の文化祭で発表して探究活動は節目を迎えることになっていたので、結局完成させるところまではいきませんでした。
図5 クラスの集合写真
 そもそも、このような大きなテーマは中学校の探究活動で完結することではないと思っています。人生の中で生涯をかけて追求すべきテーマだと思っているので、中学校の探究活動の中でそのスタートを切れたことが大切だと思っています。普通の生徒なら壁にぶつかると諦めたり、結果を出したところで終わってしまったりするのですが、由香さんは壁にぶつかったことで真剣に自分で考えるようになった、という点で重要な視点を与えてくれました。彼女は高校生になった今も、継続して何かやろうとしています。
三浦:大きな成果を出したわけでもないのに、この由香さんの変化を追おうとした点が優れていると思います。大きな成果ばかりにこだわると、生徒一人ひとりが見えなくなり、歯車の一つとして機能を果たしたかかどうかだけで見てしまいがちになります。中島先生は学生時代、高校生のプロジェクトにのめり込んだことが、生徒の深い理解に役立っているのでしょう。

PBLを進めるための教師の資質①

 これまで、17回にわたり、高校、小学校、中学校におけるPBLの実態について,実践を紹介しながら述べてきました。学習指導要領の改訂以来、それぞれの校種でPBLが定着してきていることを実感することができました。
 今回は、PBLを実践している教師の側に焦点を当てて展開していきたいと思います。教師の意図の深いところまで探りたいと考え、対談形式で進めます。応じてくれたのは、私のゼミ出身で、奇しくも私の出発点であるS中学校に勤務している中島史弥先生です。

1.大人も「本気で困っていた」プロジェクト

図1 生徒国際イノベーションスクール(左から2番目が中島先生)
図2 生徒国際イノベーションスクール(中央が中島先生)
三浦:中島先生は、現在福島県の僻地の中学校でPBLの実践を進めており、マスコミにも取り上げられました。まず、学生時代にどのような経験をして、今に繋がっているのかお話ししてもらえますか。
中島:私が学生時代に三浦先生と活動をするようになったタイミングは、OECD東北スクール(本連載Vol.05〜10参照)の直後で、地方創生イノベーションスクール(本連載Vol.15〜30参照)のスタッフの募集があって、仲間たちと応募したことがきっかけです。代々木のオリンピックセンターで開催された生徒国際イノベーションフォーラム(本連載Vol.28〜30参照)のサポートで、生徒ももちろん、「解のない問い」を前にして、先生ら大人も「本気で困っていたこと」がとても印象に残っています。教師になって上手に教えられるようになることしか考えていなかったので、これまで見たことのない学びの世界があることにとても衝撃を受けました。その後、福島市の高校生フェスティバル(本連載Vol.38〜44参照)で高校生のサポートチームをつくって、取り組みました。本番直前は大学の教育実習と重なっていたのですが、プロジェクト学習は教師になっても学校で必要なことだと思い、使命感を持って取り組みました。
図3 高校生プロジェクトの支援(中央が中島先生)
三浦:中島先生は社会科の教師を目指していました。学生時代から学習支援サークルをつくってチームで支援を行っていましたが、自分だけ教員資質を身につけるという発想はなかったのですか?
中島:もともと仲間の輪を広げたかったので、「自分だけ」という発想はありませんでした。地方創生イノベーションスクールでも、大人や高校生、同世代の間で輪が広がりました。

2.始めはフェードアウトしてしまった探究活動

三浦:現在、S中学校で探究活動を行い、マスコミにも取り上げられていますが、始めからスムーズにいったのですか?
中島:学生時代や前任校のこともあり、PBLについては「やるぞ!」というエネルギーはあったし、自分の使命だと思って取り組みました。けれども始めはうまくいかず、最初の年は3、4ヶ月でプロジェクトはフェードアウトしてしまいました。問題の多い学年だったということもあります。
三浦:どうしても教科指導と探究活動が対立的に捉えられてしまう傾向がありますが、そのあたりはどうなのですか?
図4 高校生プロジェクトの発表(右が中島先生)
中島:そこは大きな問題です。「学力」重視の高校入試の枠組みがありますから、どうしても学力をつけてやらなくてはなりません。生徒たちも、活動的なことや問題解決学習ばかりではついてきてくれません。問題の「解答」ばかり求めてくる傾向があります。親御さんたちも市内の進学校に進めたいと思っているので、ここの学区でも生徒の学力をとても気にしており、それがプレッシャーになっていると言えます。
三浦:地域との関係はどうなのですか?私の昔の教え子の息子が中島先生の担任クラスにいるようですが。
中島:プロジェクト自体が地域に関わるものなので、ここに赴任して今年で4年目になりますが、年々関係も太くなり、協力してもらえるようになっています。生徒の活動で保護者が来るまで送迎したり、地域の区長さんや物産館なども協力してくれたりしています。
三浦:山間部の地域で最初に溶け込むのは少しハードルが高いですが、一度受け入れられると「おらほの(自分たちの)先生」と言われ、実践を進める上でなくてはならないパートナーになります。私の時代は校内暴力でたいへんな時代でしたが、毎日学級通信を書いて、保護者たちとの関係をつくろうとしました。半年もすると、学級通信を読んだ親が「先生、困っているんなら一緒に飲んで話そう」と、誘われるようになりました。ここから親たちが学級行事を支えてくれるようになり、それが学年へ、学校全体へと広がっていったのです。

3.生徒が自分の学校を自分たちでつくれるよう

三浦:PBLを進める上で、学校内での協力関係はどうですか?
中島:同学年の先生3人でやっていました。一緒に進めていくうちに、PBLの面白さ、教育上の意義を感じてくれるようになりました。PBLを進めるためには生徒たちをどういう方向に育てないのかビジョンを共有する必要があり、それを議論しているうちに同僚性も高まりました。4年目となるので、学校としても質が充実してきたと思いますし、実践を進めるのはたいへんなのですが、それをあまり苦にする先生はいません。全体としてはうまくいっていると思います。ただ、一人ひとりの先生がそれぞれに動くかと言えばそうでもなく、「やろう」という先生がいないと、あまり動かない現状はあります。
三浦:生徒たちはどうですか?
中島:今年2年生担任していますが、学級目標は「革命」です。自分たちで学級旗をつくったり、1年間の動きを年表にまとめたりしようとしています。課題の多い学年なので、なんとかまとめ上げたいと思っています。
三浦:なんだか私が昔やった実践のように錯覚してしまいます。最近学級づくりでがんばる先生が少なくなっているように感じられますが、中島先生はそうではないのですね。
中島:私は、生徒たちに、自分たちの力で学級を楽しくできるように集団を育てたいと思っています。誰が担任になっても、自分たちで盛り上げ方を知っている、そのような学級づくりをしたいと思っています。この前の陸上競技大会にしろ、取り組みではひと味違ったことをやりたいと思います。
三浦:具体的にどんなことをやっているのですか?
中島:全校的に1日1ページの自主学習ノートの提出をやっているのですが、それをコンテストの形でやっています。他のクラスは4割とか5割、多くでも8割程度なのですが、うちのクラスは100%を目指そうと取り組み、生徒たちが本気になった結果達成できました。達成できたからどうということはないのですが、そういう「ノリ」が大切だと思います。他にも、文化祭の合唱や有志の発表、球技大会、生徒総会など、いろいろなところで少しずつ変えています。
三浦:生徒たちにとって実践というのは、一度始めると終わりのないものなのでしんどいんですよね。「始まりがあって終わりがあるもの」にすることで、生徒が意識化しやすくなるということがあります。実践を通して力をつけるというよりも、「やろうと思えばできる」自信をつけさせることが大切だと思います。
図5 高校生プロジェクトの支援(左が中島先生)
中島:生徒たちが自分たちの学校を自分たちでつくることが大切だと思いますし、本来、それが当たり前なんだと思います。私が教えている社会科の公民的分野では決まりや合意のつくり方、それらの改善の方法などが教科書に書いてあり、この辺りはとても大切なのですが、軽く飛ばされてしまうことが多いのが現状です。
三浦:後半は、それらを踏まえて探究活動の話を深掘りしていきたいと思います。

もりたSDGsプロジェクト② 子どもたちから学ぶエージェンシー(中学校でPBL⑦)

 中学校における探究活動の実践を、福井市森田中学校(以下、森田中学校)の木下慶之先生の取り組みを通して見ていきましょう。今回は、2023年度に木下先生が学年主任を務めた第3学年が取り組んだ実践です。

1.⼈と交流する修学旅⾏を実現したい!

 2023年4⽉、「もりたSDGsプロジェクト」の⽣徒たちは第3学年に進級しました。⽴志のつどいを終え、3年⽣としての気持ちの⾼まりも⾒え、⽣徒会活動や部活動においても主体性のある頼もしい姿が多く⾒られるようになってきました。
 そんな彼らは年度末から5⽉の修学旅⾏に向けて企画、準備を始めていきました。コロナ禍も収まりを⾒せ、修学旅⾏前の5⽉8⽇には「5類感染症」に移⾏することもあり、修学旅⾏は数年ぶりに県外2泊3⽇で⾏うことが確定しました。
 この修学旅⾏に向けて実⾏委員が公募され、実⾏委員と教員で企画や準備を進めていきました。そんな中「観光ではなくて、東京で⼈と交流したい。」という声が出てきました。体験したり、⾒学したりする修学旅⾏のイメージが、教員の中ではいつの間にか標準的になっているのですが、⽣徒たちは「せっかくSDGsとか、インクルーシブとかをテーマにしているのだったら、それをテーマに調査とかできませんか?」「東京にいる⼈たちのSDGsに対する考えを知りたい。」「東京の学⽣さんと交流したい。」などの意⾒がミーティングや普段の会話の中で聴こえてきました。
 そこで、かつて交流のあったかえつ有明中⾼等学校(*1)を、実⾏委員の⽣徒たちの作成した企画書をもって、修学旅行の下見を兼ねて学校を訪問することになりました。経緯や生徒たちの思いを伝えると、快く引き受けてくださり、「お互いの⽣徒たちが、この⽇までにオンラインで打ち合わせしながら企画や運営ができるといいですね。」と提案してくださいました。相⼿は⾼校3年⽣になります。
 福井に戻り、実⾏委員の⽣徒たちに伝えると、提案が実現することをとても喜び、早速、放課後にオンラインで打ち合わせを始めます。「アイスブレーキングをしたほうがいいよね。」「司会はどうする?」「グループ編成は?」「こちら(かえつ⽣)は、SDGsだけじゃなくて、⼀⼈⼀⼈がプロジェクトをしているんだけどいい?」「⼤丈夫です。きっと何かつながっていると思います。」「福井の地⽅と東京の都会での共通点や違いも知ることができたらうれしいです。」と、数回のミーティングを重ね、いよいよ当⽇を迎えます。

 森⽥中⽣は⽴志のつどいで発表した「マイプロジェクト啓発録」をミニポスターとしてテーブルのメンバーに発表しました。かえつ⽣は、実際に地域や企業と関わりながら企画を実現したり、世界とつながってプロジェクトを進めたり、⾃分の卒業後の進路にもつなげていたり、起業していたりして、彼らのプロジェクトの内容とプレゼンに森田中⽣は引き込まれていきました。わくわくしながら⽣徒も教員も交流でき、貴重な時間となりました。




 修学旅⾏後、2学年主任と相談して、2学年の校外学習でのまとめの発表会と合同で、校内ラウンドテーブルを開催しました。⼩グループになって互いの学びを交流し、これからの森⽥中学校でどんなチャレンジをしていきたいかを対話する時間が⽣まれていきました。

2.⾃分たちも地域でこれまでの学びをつなげたい!

 校区の森⽥公⺠館(*2)の館⻑と公⺠館主事から「もりたSDGsプロジェクトの会議を地域の⽅々と⼀緒に企画運営しませんか」と中学⽣に提案がきました。会議はどうしても休⽇になってしまいますが、10数名の⽣徒が参画の意思を表明しました。
 これまでのもりたSDGsプロジェクトの活動は調査したことを発表したり、広報誌などで発信したりする活動が主でした。しかし、コロナ禍も収まり、地域の⽅々との関わりを増やしていこうという気持ちが⾼まりました。公⺠館会議室でのミーティングを通して「集会所やデイサービスに参加する⾼齢者の⽅々にSDGs講座を開催しよう。」「森⽥地区のごみ拾いイベントを開催しよう。」という2つのプランが⽣まれました。
 ごみ拾いイベントは、1年⽣の時に調査した地域の企業が企画する「ピカピカプラン」というゴミ拾いイベントを参考に、みんなが参画できるイベント内容を地域の⽅々と話し合いました。「どうやって広報する?」「クリーンピックという競技形式にしよう!」「ルールはどうする?」「ゴミの分別は?」「みんなで巡回してチェックしていこう!」「軽量と点数計算は?」「回収したあとのゴミはどうする?」など、⼤⼈も子どもも⼀緒になって議論していきました。これと併⾏して、中学⽣による「SDGs講座」も地区の数箇所で開催されました。中学⽣たちがリトルティーチャーとなってSDGsを広報し、地域の⽅々と対話しながら⾃分たちの学びをつなげていきました。

公⺠館でのもりたSDGsプロジェクト会議集会所での地域の⽅に対するSDGs講座

 9⽉、数ヶ⽉に渡り準備してきた「もりたクリーンピック2023」が開催されました。実⾏委員は朝早くから集まり、会場を準備し、参加者を迎え⼊れました。スタートの合図がなされ、いよいよ各チームが分別ごとに分けられた袋をもって森⽥のまちに繰りだしていきました。制限時間が設定され、ゴミの種類ごとに計測場所も分けられ、実⾏委員が計測し点数化していきました。どのチームも、楽しみながらまちを美しくした実践を共にできたことを喜び合いました。




3.中学3年⽣冬の校外学習はどう?

 9⽉、中学3年⽣にとって「学校祭が終わったら受験モード」というのが⼀般的です。そんな中、福井ラウンドテーブルに参加してきた⾦津中学校、丸岡⾼校と「学びをつなげる」ことについて、実践交流しながら⼀緒に考える会を企画してみようという案が⽣まれました。きっかけは⽣徒ポスター発表での⽣徒同⼠の交流からでした。教員同⼠もそこでつながり、連絡を取り合うようになりました。
 そして12⽉15⽇、あわら市のあわら市中央公⺠館において、「夢と探究を語るラウンドテーブル」を開催しました。3校の⽣徒がこれまで取り組んできた「探究を通した学び」を互いに実践報告し合いました。
 最初に、3校の生徒の代表が各校の実践についてプレゼンテーションを⾏いました。森⽥中学校はSDGsプロジェクト実⾏委員の⽣徒がこれまでの「もりたSDGsプロジェクトの3年間の取組」を発表しました。⾦津中学校は「あわら考古学」「個⼈探究での取組」を、丸岡⾼校は「みらい共創」や「地域協働探究」など⾼校での探究を紹介しました。
 これをもとに、丸岡⾼校の⼭内校⻑、森⽥中学校の髙間校⻑からご講評やご助⾔をいただき、グループごとのラウンドテーブルへと移っていきました。テーブルは全43、ファシリテーターは丸岡⾼校2年⽣がしてくださいました。森⽥中3年⽣は「My story」という森⽥中学校での⾃分の実践や探究の学び、将来の夢をポスターにまとめ、グループのメンバーに紹介しました。
 「森⽥中学校、⾦津中学校、丸岡⾼校がこうやってつながることで、また新しいことが⽣まれると感じた。」
 「中学⽣でもしっかりと探究に取り組んでいて、⾼校での探究もさらにいいものにしたいと刺激を受けた。」
 「⾦津中学校は⼀⼈⼀⼈がしっかりとテーマを設定して、探究に取り組んでいてすごかった。」
 「森⽥中学校は探究と⾃分のこれからの⽣き⽅についてもつなげて考えていたのがすばらしかった。」
 「森⽥中学校は地域だけでなく、ASEANやOECDなど世界とつながろうとしているのに驚いた。」など互いに感動したこと、学んだことを交流し合っていました。

 最後に福井⼤学教職⼤学院の⻄川先⽣から「中学校から⾃分でテーマを設定して、探究し、学んだことを語れることに感動しました。このような経験は将来につながる⼤切な⼒になる。また⾼校⽣活や社会でも、探究での学びを活かしてください。」とメッセージをいただきました。




 福井県内の⾼校はどの学校も「探究」をキーワードにこの数年で⾰新が進み、魅⼒ある学校⽂化やカリキュラムを構築してきています。どの学校に進学しても、そこで⽣徒⼀⼈⼀⼈が⾃分の才能を⾼め表現しようとする主体性(エージェンシー)を発揮し、仲間(⽣徒だけでなく教員、地域の⽅々、保護者、ステークホルダーなど)とつながりながら学校づくり、地域づくり、未来づくりを共に取り組み(コ・エージェンー)、⽣きていく喜びを実感していってほしいと願います。

*1:かえつ有明中・⾼等学校
https://www.ariake.kaetsu.ac.jp/
*2:森⽥ 公⺠館 SDGs通信
https://morita.cf0.jp/files/SDGs通信②%20(最終完成版).pdf

森田中学校の取り組みは、森田中学校の「学校ブログ」で紹介されています。
https://morita-jhs.edumap.jp/school-blog

もりたSDGsプロジェクト(中学校でPBL⑥)

 中学校における探究活動の実践を、前回に引き続き、福井市森田中学校(以下、森田中学校)の木下慶之先生の取り組みを通して見ていきましょう。今回は、2022年度に木下先生が学年主任を務めた第2学年が取り組んだ、公⺠館と共同プロジェクト「もりたSDGsプロジェクト」の実践です。

1.「SDGsとwell-being」に取り組む

 2022年3⽉に「森⽥推し隊プロジェクト」の⽣徒たちが卒業し、赴任4年⽬となる4⽉からは再び第2学年の学年主任を務めることになりました。
 この学年では、昨年度から公⺠館と共同プロジェクトとして「もりたSDGsプロジェクト」に総合的な学習の時間を中⼼に取り組んでいました。
 4⽉最初の学年会では、学年メンバーに昨年度の取り組みについて説明してもらう時間を設け、今年度はどのような実践をデザインしていこうかみんなで構想を練り合いました。本校では5⽉に校外学習が計画されており、早速4⽉最初の職員会議で計画書を出さなければなりませんが、そう簡単に年間の計画が⽴てられるものではありません。「そもそも何のための校外学習なのか。」「もりたSDGsプロジェクトをどう展開していきたいのか。」「⽣徒たちの様⼦や思いは?」最初の学年会は波乱のミーティングでした。
 そんなとき最年少担任の先生は「福井県SDGsパートナー企業リストの企業を訪問してはどうか」と提案しました。さらに、議論を重ねる中で県内にある4つの⼤学を訪問し、「そもそも探究とは何か」を学びに⾏こうというアイデアも⽣まれました。
 早速、福井県⽴⼤学や福井⼤学などの研究室を教員チームで訪問し相談に⾏きました。その中で「well-beingの⾒⽅や考え⽅」を学びました。そして、「SDGsとwell-being」を今年度の教育実践のキーワードにしていこうとなっていきました。

5⽉校外学習のしおり 新学期が始まり、⽣徒たちの実⾏委員が結成されました。⼤きな構想については教員から提案しますが、実際の内容は⽣徒たちと⼀緒に考えてつくっていきました。まず実⾏委員の⽣徒たちが⽴てた校外学習のテーマは、「MISSION CHANGE THE MORITA 〜深めよう愛郷⼼〜」でした。「1年⽣の頃は、世界や⾝近なSDGsを調べました。2年⽣では、さらに深く学ぶために⼤学や会社、⼯場などでヒントをもらい、この森⽥地区を変えようという気持ちでこのスローガンを⽴てました」という実⾏委員⻑の⽂がしおりに添えられました。
 校外学習当⽇を迎えました。前半は「探究」の仕⽅を学ぼうというテーマで⼤学訪問です。福井県⽴⼤学の⾼野翔准教授からは「well-being」、福井⼯業⼤学の坂崎貴彦教授、船越達也准教授からは「スポーツとまちづくり」、仁愛⼥⼦短期⼤学の澤崎敏⽂教授からは「国際的な視点からのまちづくり」、福井⼤学の⽊村優教授からは「well-beingとOECDの BLI(betterLifeindex)の視点」、同じく福井⼤学⼯学部の桃井良尚准教授、⻄本雅⼈講師からは「建築からみたwell-being」などを、講義やワークショップを通して⽣徒たちは学びました。研究者の取り組みや視点を学び、新しい発想や考え⽅に気づく機会になりました。⽣徒からは「⼤学に初めて来た。大学に行くことを考えてみようかなあ。」というつぶやきも聞こえてきました。

⼤学訪問ポスター福井⼤学でのOECD BLI ワークショップ

SDGsパートナー企業訪問 そして、その後は各グループに分かれて公共交通機関を使って県内のSDGs企業を訪問しました。どの企業もあたたかく迎えてくださり、地球環境や地域活性化や貢献活動について各企業の取り組みを教えてくださいました。
 学校へ戻り、それらをCANVAにまとめて、学んだことを学年内でプレゼンテーションし合い共有していきました。さらに、9⽉の学校祭における⽂化祭で学校全体や保護者に発信していこうと企画されていきました。

2.⽂化祭でまちづくりワークショップ

 ただ調べたことを発表するのではなく、参加者に何か体験してほしいという実⾏委員の声が出てきました。各教室で「SDGsの視点からまちづくりについて考える」体験型のワークショップを開催することになりました。
 実⾏委員たちがみんなにとったアンケートや学級での話し合いの内容をもとに、5つのテーマが設定されました。
⽂化祭での教室デザインワークショップ はじめのチームは「新しい学校づくり」です。森⽥中学校は令和8年度から九頭⻯中学校という新しい学校に変わります。新校舎建築に携わる⽊下設計の⽅々とのコラボレーションで、「新しい教室」を参加者とデザインするワークショップを企画しました。
 別のチームは「障害者スポーツでまちづくり」、さらに別のチームは「⽜乳パックでSDGsかるたづくり」に取り組んでいきました。当⽇は1年⽣や3年⽣、保護者の⽅に体験を通して、SDGsやwell-beingの視点からまちづくりについて考えてもらう場をつくることができました。
 その後の10⽉に⾏った職場体験では、校区の森⽥⼩学校で⽣徒たちはリトルティーチャーとして、「SDGsについて」の授業を⾏いました。中には将来教員を⽬指している⽣徒もおり、指導案やワークシート、スライドなどを作成し、児童が楽しく参加できる45分間の授業を成功させました。学習活動の中には⽂化祭で作成した「⽜乳パックSDGsかるた」も活⽤されました。

3.福井ふるさとの学び特別賞の受賞

 その後3年⽣への進級を控えた⽣徒たちは、「⽴志のつどい(⽴志式)」を2⽉に実施する準備に⼊っていきました。早速実⾏委員が結成されました。今回は「学年の歌」をつくってみようという案が提案されました。⾃分たちで0から歌詞をつくり合唱曲を校内で発表しようというものです。⾳楽科の先生や地元の作曲家⾕⼝薫さんの⽀援をいただきながら、3ヶ⽉かけて作成していきました。これまでの探究での学びや仲間との⽣活を振り返り、未来に向けたオリジナルの学年の歌「陽のさす未来(あした)へ」が完成しました。この合唱曲は福井市の連合⾳楽会でも発表し、他校の⽣徒にも⾃分たちの学びを発信する経験にもなりました。

YouTube動画 福井市連合⾳楽会
福井市森⽥中学校「陽のさす未来へ」
https://youtu.be/0VBsVGfJ00s

マイプロジェクト啓発録の発表 ⽴志のつどいでは、学年訓「尊敬される⼈になる」が発表され、またこれまでの「もりた SDGsプロジェクト」の実践報告が⾏われました。その後は各教室に分散して、もりた未来フォーラムが開催されました。⽣徒⼀⼈⼀⼈が⽴てた⽬標や展望を「マイプロジェクト啓発録」にまとめ、ラウンドテーブル形式で少⼈数グループの中で語り合い、読み合いました。
 この活動には、「森⽥推し隊」学年でもお世話になった⼀般社団法⼈BEAUの⽥川裕⼤さんがアドバイザーとして実⾏委員の活動をサポートしてくださいました。⽣徒たちはファシリテーションや聴き合うこと、対話することの⼤切さを学んでいきました。また、当⽇は各グループに1⼈ずつ地域の⼤⼈の⽅や学⽣の⽅々が⼊ってくださり、⽣徒たちの活動をあたたかく⾒守り、アドバイスしてくださいました。
 このような活動をもっと発信しようと、野球部の⽣徒たちが「ふるさとCMコンテスト」に応募しました。公⺠館とのもりたSDGsプロジェクトの活動を中⼼にしたCM「ホームラブ」を作成しました。

Youtube動画
福井市森⽥中学校「ホームラブ」
https://youtu.be/1mBJK67GZmw

 2年間の地域と連携した活動が認められ、令和4年度福井県「ふるさとの学び特別賞」を受賞することになりました。
 また、2⽉に開催された福井⼤学での福井ラウンドテーブルの⽣徒ポスターセッションにも⽣徒たちは参加し、エジプトから来⽇している研修⽣の⽅々にパンフレットを使って活動を紹介していました。

ふるさとの学び特別賞 表彰式福井ラウンドテーブルでのポスター発表
https://www.pref.fukui.lg.jp/doc/gimu/furusato-tokubetushou/furusato-tokubetushou_d/fil/morita-chu.pdf

 公⺠館と⼀緒に今年度の活動を冊⼦にまとめて森⽥地区全⼾に配布し、SDGsの啓発や「もりたSDGsプロジェクト」の探究のストーリーを発信していきました。活動誌を作成することを通して、⾃分たちの学びを省察し、これからの実践の展望を⾒出すことができました。これは⽣徒たちだけでなく、教員、保護者にとっても成⻑や学びを実感するものになっていきました。

もりたSDGs通信

「Grow Up」学年、学びの集大成(中学校でPBL⑤)

 中学校における探究活動の実践を、前回に引き続き、福井市森田中学校(以下、森田中学校)の木下慶之先生の取り組みを通して見ていきましょう。今回は、2020年度に探究活動に取り組んだ2年生の学年の終わりから3年生に進級して以降の実践です。

1.探究を活動誌にまとめよう

 2021年2月、これまでの探究のプロセスを活動誌にまとめようと、活動誌実行委員会が結成されました。橋本教諭が彼らの活動を支援していきました。これまでのプロジェクトのストーリーや、そこで学んだこと、未来に向けての夢について、学年の生徒たちから原稿を集め、オンライン上のアプリ「Canva」(*1)を使って編集し、冊子を作成しました。3月、全12ページの活動誌「MORITA OSHITAI!」(*2)が完成しました。

森田推し隊プロジェクト 活動誌

 お世話になった地域の公民館などの施設や飲食店などに配布され、翌年の5月の修学旅行先でも子どもたちによって配布されました。これまでのプロジェクトのプロセスだけでなく、実行委員の作成したアンケートの質問と回答も掲載されました。「学んだこと、できるようになったこと」「私たちの描く未来」「森田のためにこんな人になりたい」の3つについてまとめられ、生徒にとってどのような学びがあり、何に気づいたのかを私たちもこの活動誌を読んで改めて実感することができました。

 この図は、これまでの探究のストーリーと、今後の展望をつなげたカリキュラム図です。一つひとつの活動はすべてつながっています。筋書き通りにはなかなかうまくいきませんが、今自分が取り組めることに徹底的に取り組み、ちょっと何かに挑戦してみる、その積み重ねが繰り上がりを生み出し、成長となります。

 こうして3月、「Grow Up」学年の彼らは第2学年を修了し、第3学年へと進級しました。進路決定と最終学年としての活動、修学旅行や学校祭など、大きなプロジェクトが待っていますが、さらに新学年での生活でも発展させてほしいと願いました。
 3月末、早速5月に予定している修学旅行に向けて、生徒たちと教員たちとの挑戦が始まりました。

2.学びがつながる修学旅行

 コロナ禍により、修学旅行についても従来の形式では実施は不可能となり、「Grow Up」学年の生徒たちも修学旅行先の検討が必要になりました。
 3月福井市教育委員会からの指示事項で「1泊2日の県内」という条件が提示され、これに基づいて「県内修学旅行」を検討することになります。教師側で「そもそも修学旅行とは何なのか」を考えました。なぜ、私たちは修学旅行を企画するのか、そこでどんな経験を生徒たちにさせたいのか、なぜディズニーランドに行っていたのか、わざわざ県外で自然体験活動をする意義は何か、など根本から修学旅行について考えました。
 「県内案は確かに活動範囲が限定されていていいかもしれない。しかし、これまで生徒たちに企画させていたのに、教員だけで決めてしまっていいのか」、「生徒たちは自分たちで考える修学旅行にしたいのではないか」、「もう一度シャルソン(学び!とPBL <Vol.69> 参照)とかができたらいい」、「せっかくなら、生徒たちがわくわくできることを」など、議論がなされました。
 学年集会が開かれ、直接生徒たちの声を聴くことになりました。それぞれの案のメリットやデメリットなどを、資料を提示して生徒たちに考えさせ、全体の場で採決をとります。その結果、「芦原温泉に宿泊して、三国、あわら地区でシャルソンをしよう」という案に決まり、早速教員と一緒に企画に参画する実行委員の募集が始まりました。

修学旅行 三国あわらシャルソン 各チームの旗

 実行委員の生徒たちは「しおり」「イベント」「シャルソン企画」など各チームに分かれます。テーマは「We love 福井 フラミンゴ(福井ラブみんなでGoの略)」。森田シャルソンや森田推し隊プロジェクトでの活動をつなげ、生徒たちなりに修学旅行先であるあわら市や三国の地域を探り、調査したことを発信させようと考えました。訪問先で「森田推し隊の活動誌」を配布しようという提案もなされます。PR動画を作成し、修学旅行から戻ってきたらそれらを編集し、発表し合おうというアイデアも生まれました。宿泊先は芦原温泉の清風荘、ここを最終的なゴールにすることにしました。「森田シャルソン」のように、生徒たちはチームの旗を募集し、旗をもってシャルソンを実行することになりました。ただどうしても公共交通機関の本数や時間帯には限界があるので、旅行会社の方と相談し、臨時のシャトルバスを周航してもらうことにしました。ここでも「森田シャルソン」での経験が生かされました。
 iPadで動画や資料を撮影、編集し、ツアービデオクリップを作成しながら活動し、それらは、修学旅行後にも編集され、後日、成果発表会が行われました。シャルソンでの訪問先の1つである農場の方から、生徒たちへのあたたかい応援のお手紙(*3)をいただきました。「やってよかった。」と感動を共有することができた瞬間でした。修学旅行とはそもそも何か、生徒たちにどのような経験をさせ、学びと成長を実感させ、仲間たちとの思い出をつくる場であるべきか、問い直すことのできた学習活動でした。

3.みんなで支える環境をつくる学ぶ力UPプロジェクト

 学校祭が終わると否応なしに受験体制へ突入していきます。受験に向けて意識を高める子もいれば、テストが苦手な生徒など、なかなか意欲が湧かず悩んだり不安になったりする子もいるのが現実です。「受験は団体戦だ」と唱えるものの、みんなが同質同様に進路について考え、受験に取り組むのは難しいことです。同僚間での意識の共有も重要になります。
 学習担当の先生と10月から質問会(いわゆる補充的な学習会)の企画をすることになりました。質問会の日程や内容を検討していると、同僚が「このような学習についても、生徒たちと一緒に何かできませんかね」と提案してきました。教師だけで企画するのではなく、生徒たちの声を聞いて、彼らにも参画してもらってはどうかというのです。生徒たちは「廊下とかに勉強を教え合うスペースをつくってはどうか」「プリントを解くだけではなく、お互いに質問し合う場もほしい」「復習プリントコーナーをつくってほしい」など、自分だけでなく、学年全体の雰囲気や環境を向上させる提案をしてきました。
 早速、学年会の中で同僚たちと思いを共有し、生徒による学習実行委員会が結成されました。学習担当教師と実行委員は不定期ではあるが、昼休みに都度ミーティングをしながらプロジェクトを企画、実践していきました。「みんなの質問ボックス」「復習ポスター掲示板」「ホワイトボードコーナー」「歴史年表階段コーナー」「カウントダウンカレンダー」「クラス対抗学習時間コンクール」など、さまざまな活動を通して、みんなでお互いを支え励ましていこうとしました。進路説明会では、その取り組みを保護者も含めてみんなで共有しました。
 そのような甲斐もあってか、受験前の面接練習では、生徒たちがお互いに面接を練習し合う姿や、模擬面接官の横に座り、仲間に質問したり、練習後に評価し合ったりする姿が見られました。「建築家になろうとおっしゃいましたが、植林についてはどう考えていますか?」と生徒面接官が鋭い質問をし、「ありがとう、その視点はなかった。」「そういうことも考えなければいけないね。」と、真摯にその指摘を受け止めて新たな視点を取り入れようとしました。また、面接練習の中で、生徒たちは「森田推し隊プロジェクト」を通して、自分たちが学んだことや気づいたことを語っていました。
 そして、入試も終わり、いよいよ卒業式です。卒業式の前々日である3月9日には「森田39(サンキュー)シャルソン」というテーマで、各クラスが4コースに分かれて森田地区のゴミ拾いをしながら、自分たちの生まれ育ったまちに感謝を伝えるまち歩きイベントを企画しました。コロナ禍の中、「森田推し隊プロジェクト」を実践した「Grow Up」学年は森田中学校を巣立ち、それぞれの進路へ歩み出していきました。
 学年主任として、教師の学びも共有したいと、総合を担当した廣澤教諭にインタビューをしました(一部のみ掲載)。

Q:教師としてどのようなことを大切にしてこられましたか?学べたことは何ですか?
A:森田推し隊の活動に関して、優先してきたことは、生徒自身の思いです。自分たちの地区に対する愛着や思いの上に成り立つ推し隊の活動であるから、生徒がやってみたいといった活動を教員は支える姿勢を心掛けました。活動が成り立つのか不安な面もありましたが、うまくいかなかった時には、その反省を次に活かせるよう話し合って考える生徒の姿が見られました。このことから、生徒主体の活動の意味を再認識し、教員がアドバイザーとして支える姿勢を意識することが、上記のような生徒の成長につながると学ぶことができました。

 彼らとの日々は教師たちにとっても学びや気づきが多く、生徒たちの活動に寄り添ってきたからこそ、気づくことができた視点、学ぶことができた成長の様相があったのでした。
 彼らの卒業した後も、「森田推し隊プロジェクト」という実践は、後輩たちの実践の1つのモデルになっていきました。

*1:Canva https://www.canva.com/ja_jp/
*2:森田推し隊プロジェクト活動誌「MORITA OSHITAI!」 PDF版
*3:三国あわらシャルソンでの訪問先の1つである農場(田嶋牧場)からは、次のような、生徒たちへのあたたかい応援のお手紙をいただいた。

 (略)先日は、修学旅行の折に我が「田嶋牧場のソフトクリーム屋」に立ち寄って下さりありがとうございました。「おいしい!」と言っていただき、皆さんの若くお元気な姿に接することができ、とてもうれしかったです。
 その時にいただいた“MORITA OSHITAI!”という活動誌を読ませてもらい思わずひとりパチパチと拍手していました。
 町づくりは役所や一部の人に任せるのではなく、住民のひとりひとりが考えていかなくては、中々成果があがらないなあ、子どもの頃から自分の町を良くしたいという気持ちをもってくれるといいなあと思うことが度々ありましたので森田中学の生徒さんの取り組みは本当に感心致しました。
 御苦労も多々あったここと思いますが、最後のおひとりおひとりの言葉を拝読し、成長されたんだなあと、またまた拍手を送りたくなりました。
 森田の住民ではありませんが、「ありがとう」と言いたいです。
 森田から福井、日本、世界へと、そして地球のことも考えていって下さい。地球人ひとりひとりが考えていくべきことですが…。(略) 御礼と感想を伝えさせていただきました。皆さんお元気で!

学校の中と外で対話の場を作る(中学校でPBL④)

 中学校における探究活動の実践を、前回に引き続き、福井市森田中学校(以下、森田中学校)の木下慶之先生の取り組みを通して見ていきましょう。今回は、コロナ禍の2年目から3年目の実践です。

1.学年の立志式をみんなで創る

 11月になり、2年生の生徒たちは来年2月の立志式の企画を始めました。
写真1 実行委員ミーティングと彼らに寄り添い支える担当の三井教諭(写真奥) 例年、森田中の立志式では、福井の幕末の志士、橋本左内の『啓発録』(*1)とその信念を学び、生徒各自が「私の啓発録」を作成し、学年として学年訓を作成してきました。当日はそれらを保護者の前で唱和したり、個人の目標を宣言したりしていました。しかし、コロナ禍で唱和をしたり、合唱したりすることが制限されています。教師は、何とか生徒の未来につながるセレモニーとその準備を経験させたいと思案した結果、生徒たちによって立志式実行委員会が結成され、三井教諭と田村教諭が彼らの活動を支援することになりました。

写真2 立志式実行委員ミーティングの記録の一例

 生徒は「未来」をテーマに、これからの森田中学校をどうデザインしていくか、後輩の1年生たちとラウンドテーブル形式で対話する会を企画しました。「対話の場をどうつくりだすか」という課題で、彼らは当日に向けて、テーマやファシリテーションの探究がはじまりました。参加者の話をつなぎ、場をつくるファシリテーターを生徒が担うことは難しいのではないか、また教師もうまく教えることができるか、いずれも不安でした。担当の三井教諭と田村教諭は、「ファシリテーションについて生徒も教師も一緒に学びましょう。」と発案しました。
写真3 実行委員たちによる模擬ラウンドテーブルとそれをアドバイスする田川氏 そこで、地域の大学生起業家(一般社団法人BEAUの田川裕大さん)(*2)にアドバイスをもらい、教師間でラウンドテーブルをやってみました。生徒たちも仮テーマでラウンドテーブルを行ったところ、「テーマが難しい。テーマ次第だ。」「喋らない人にどう振ったらいいかわからない。」「話がもたない。」「当日は1年生も入ったら、話が噛み合わないのでは。」などの課題が生まれます。その後もテーマを変えながら総合の時間にラウンドテーブルを積み重ねていきました。「テーマ」「巻き込み方」「対話」がキーワードになりました。

2.学年訓「自律する」

写真4 立志式 学年訓「自律する」 学年訓は実行委員がアンケート(学年の生徒全員に実施)をもとに各学級での話し合いや学年全体の話を通して設定していくことにしました。「最終学年に向けて、また進路選択に向けてもっと成長していきたい。」という声をもとに、いろいろな学年訓の案が出されました。最終的に設定された学年訓が「自律する」で、これは「自分の気ままを抑え、自分で立てた規範に従って、自分のことは自分で行い、自分で考え判断し主体的に行動する」という意味が込められていました。さらに、これを軸に、「弱い自分に勝つ」「何事にも積極的に」「礼儀正しく」「優気をもつ(*3)」の四つの訓も設定されました。
 体育館の立志式を終え、次に各教室に移動し、「ラウンドテーブル」となります。1年生4人と2年生3人でグループになり、ファシリテーターがその場を運営していきます。まずは自己紹介やアイスブレーキングをし、各自の「啓発録」をグループ内で発表しました。当日実行委員の生徒たちが設定したテーマは「これからの森田中学校をどんな学校にしていきたいか。」自分たちだったら「こんな学校にしていきたい」、「こうなったらいいな」という思いを共有していきました。
写真5 立志式後のラウンドテーブル「森田未来フォーラム」保護者は横で参観 「うまく進行できなかった。」と悔しい思いをしていた生徒もいましたが、教師も保護者もその姿を見て、彼らの挑戦と成長の姿を見取ることができた貴重な場となりました。
 ファシリテーターを務めた生徒の一人は、「正直、いろいろな人に「どう思う?」と聞くのは難しいことでした。でも、積極的に聞くことで、自分たちの会話が広がるということを実感でき、本当に楽しかったです。」と答えていました。別の生徒は、「1年生はあまり発言をしない子が多かったので、場を和ませるようにするのが難しかったです。意見を言い合うときに、その理由などを聞いたとき、あまり追究できなかったので改善したいです。」と振り返っていました。これらは、学年だよりに編集され、学年の生徒や保護者、教師と共有されました。

3.赴任3年目 みんなが集まるスケートボードパークをつくりたい

 森田推し隊プロジェクトで、森田地区の公園について調査してきた生徒たちは「スケートボードパークを森田地区につくりたい」と考えるようになりました。アイデアをもとに、市のスポーツ課や公園課などに取材しながら企画書を作成していきます。地域内でスケートボードをするところはあまりなく、「スケートボードは不良がする」というイメージをなくしたいという思いをもっていました。保護者も応援し、調査活動にも協力してくれました。地区内の公園にパークをつくるのはなかなか難しいことがわかってきましたが、諦めることができませんでした。
 そんな時、県が企画する「福井発!ビジネスプランコンテスト2020」(*4)に出場してはどうかという案が生まれました。生徒と教師で企画書を作成し、出品したところ、何と予選を通過し、2月の最終選考会に出場することになったではありませんか。

写真6 高原さんの事務所にて、プレゼンテーションのレクチャーを受ける生徒写真7 熱心にメモを取り、プレゼンテーションのスライドを改良していく生徒たち

 5分間のプレゼンについて先の大学生起業家・田川さんにアドバイスを受けたところ、生徒たちは自分たちの作成してきたプレゼンをもう一度つくり直したいと言い出します。せっかくつくったプレゼンを大胆に削り、その後2ヶ月にわたって熱心にプレゼンの指導を受けました。さらに、もう1人彼らの探究を支援指導してくださったのは、特定非営利活動法人アントレセンターの高原裕一さん(*5)でした。高原さんはご自身の事務所において、休日の朝、数回にわたり、彼らと対話しながら相手に思いを伝えるプレゼンテーションとは何かを熱心に教え伝えてくださいました。彼らもまたそのアドバイスを熱心にメモ帳に記録をとりながら質問し、自分たちのプレゼンテーションに納得がいくまで練り上げていました。「スケボー少年=不良」ではないことを、まさに彼ら自身がその努力の姿で証明していきました。
 発表前、彼らは次のように語っています。
 「みんなに、スケートボードというスポーツの良さを知ってもらうために、3人で努力してきました。学年代表、学校代表として、全力で「森田推し隊」の活動のことや今まで努力してきたことをこのコンテストにぶつけて、「愛と感動のプレゼンテーション」ができるようにがんばってきたいと思います。」「本番では、自分たちが考えたことをしっかり説明して、スケートパークをつくれるように、全力でプレゼンテーションをしていきたいと思います。」
 そして、いよいよコンテスト本番がやってきました。

 プレゼンテーションの様子は、YouTubeで公開されています。ご覧ください。
 https://youtu.be/mRWzrUdkQTM?t=787

 大学生や高校生、一般に交じって、2ヶ月間かけて練り上げてきたプランを5分間で来場者にプレゼンテーションし、最後に3つの目標を述べました。「スケートボードの印象を良くして、みんなに楽しんでほしい」「世界有数のスケートパークをつくる」「福井をより活気のある街にする」。結果、奨励賞とスポンサー賞を受賞しました。

写真8 当日のコンテストの様子写真9 生徒たちが作成したコンテスト用ポスターといただいた奨励賞(増田喜賞)

 当日は保護者だけでなく、同級生、校長や担任、学年の担任も応援に駆けつけました。生徒たちには、自らの新しいチャレンジによって、今までになかった視点や人との関わりが生まれたことが、また、教師たちには彼らの成長や見出せていなかった才能を発見できたことが、大きな価値として残りました。

*1:橋本左内「啓発録」 福井県教育総合研究所 教育博物館資料
https://www.fukui-educate.jp/museum/information/archives/113
*2:一般社団法人BEAU
高校生を対象に、プロジェクト型探究学習やリベラルアーツ教育などを通して地域社会に密接に関わりながら主体的に学んでいく学習環境を提供する教育機関
https://www.beauproject.net/
*3:「優気」は、優しい気持ちと勇気をもって行動するという実行委員たちが作成した造語。
*4:福井発!ビジネスプランコンテスト
地域経済の活性化につながる新事業発掘をめざすビジネスプランコンテスト
https://www.facebook.com/fukuibpc
*5:特定非営利活動法人アントレセンター
起業家を志す者に対して、起業のための研修会や勉強会などの教育事業、研究開発などに取り組むNPO法人
https://www.yalossa.jp/entre/

コロナ禍!それでも動き出す生徒たち、同僚たち(中学校でPBL③)

 中学校における探究活動の実践を、前回に引き続き、福井市森田中学校(以下、森田中学校)の木下慶之先生の取り組みを通して見ていきましょう。木下先生は、森田中学校2年目にして、コロナ禍に見舞われてしまいます。

1.休校中でもみんなのためにできること

図1 福井ラウンドテーブル Zone D 授業研究のフォーラム中高分科会 2020/2/15 2020年2月に福井大学で開催された福井ラウンドテーブル(*1)では、森田中学校の教育実践研究を研究主任や同僚たちと発信し、参加者との交流を通して、これからの新たな実践の展望を見出す機会を得ることができました。
 ところが、コロナ禍が始まります。コロナ禍で学校は2020年3月から一斉臨時休校となり、教師と生徒たちの探究は止まってしまいました。インターネットを通じて様々なコロナ対策や制限下の先進的な取り組み、創造的な発想を見聞きすることはできても、自分の学校では実践できず、何もできないもどかしさと、何とも言い表せない無力感ばかり感じていました。2020年4月から、初めての学年主任(第2学年)になります。
 あるとき、研究推進委員のメンバーや管理職と相談し、学習支援ホームページ(Google siteを活用)を作成することにしました。「オンライン森田中学校 森田未来プロジェクト」と名付け、教師からの自宅学習用の教材紹介や、実践の記録、交流のページまで発想はふくらみました(学校祭の映像などもパスワード付きで視聴可)。
図2 オンライン森田中学校のHP(現在はedumapのHPに移行)(*2) 一方向ではなく、少しでも生徒たちの声を聴こうと、アンケート付きの通信の配付を試み、課題とともに回収しました。すると、生徒たちの学びに対する意欲や問題意識を知ることができ、これによって「こんな状況であっても、何かできることがあるのでは?」という思いが、教師たちに沸き起こりました。

2.「森田推し隊プロジェクト」の発意

 5月になっても学校はまだ休校のままでしたが、生徒たちから「休校中だけど、みんなで何かに挑戦したい」という声がアンケートを通して学校に届いていました。
 総合的な学習の時間を担当する教師が、「自宅にいながらできる程度で、自分たちが住む場所の近くの施設やお店、公園などを調べて、その魅力を発信する活動を生徒たちにさせてみませんか?」と、「森田推し隊プロジェクト」というプロジェクト型学習の企画を提案してきました。
 他の担任教師たちも、「よし、やってみよう!」と、すぐに活動オリエンテーション動画を撮影し、学校ホームページを通して生徒たちに「森田推し隊プロジェクト」を提案しました。

図3 総合的な学習の時間「森田推し隊プロジェクト」のオンラインオリエンテーション図4 マイリサーチ・ユアリサーチの学級内での報告会

 6月になってようやく学校が再開しました。生徒たちは休校中に調査してきた内容をポスターにまとめ、まずは学級内で「マイリサーチ・ユアリサーチ」活動として、調査報告や交流をしていきました。
 さらに7月には地区ごとにチームを編成し直し、小グループごとに夏休み期間を利用して校外調査活動に取り組むことになりました。

図5 夏休み中のフィールドワーク

 生徒による実行委員会も結成され、合計20数名の委員が休み時間などを利用し、打ち合わせを重ね活動を運営しました。教師たちは彼らの活動を丁寧に見ながら、サポートやアドバイスをすることにしました。実行委員長たちは8月に開催されたISIF2020(生徒国際イノベーションフォーラム)(*3)にオンライン参加し、他校でのプロジェクト型学習の取り組みを学びました。

図6 生徒たちによる森田推し隊プロジェクト実行委員の会議図7 ISIF2020(生徒国際イノベーションフォーラム)にオンライン参加

 実行委員は、学年のみんなが参画できるように、表現方法も動画やものづくり、ダンスなど、多様な方法を提案しました。
 文化祭では、体育館ステージで全校生徒に対して、これまでのプロジェクトのプロセスを劇形式で報告し、その後教室8教室に分かれて、分科会形式でプロジェクト報告会を行いました。

図8 学年掲示板に作成された森田推し隊マップ図9 森田推し隊のロゴも生徒たちによってつくられ、掲示物や資料などに使用されました

 この報告を通して、さらなる探究への思いが生徒の中に生まれました。「もっと地域のことを知りたい。まだ知らないことや実際に体験していないことばかりだ。」そのようなときに、彼らに新たなチャンスが訪れます。



図10 文化祭での全体ステージ発表とその後の分科会発表

3.「もりたシャルソン」を中学生版で復活

 森田地区の地域の方から、「中学生版もりたシャルソンをやってみませんか?」と連絡が入りました。「シャルソン」とは、タイムを競うマラソンではなく、経験を競い合う「ソーシャルマラソン」の略称です(*4)。今年度はコロナ禍により中止になっていましたが、中学生が地域に関する探究活動を行っていることが地域で話題になり、「中学生で、もりたシャルソンを復活させては」と、生徒たちに誘いが来たのです。

 実行委員の生徒たちに伝えると、「やりましょう!」と即答しました。

図11 子どもたちが作成したシャルソン旗図12 もりたシャルソンGUIDE MAP

 こうして、「もりたシャルソン」と「森田推し隊プロジェクト」のコラボ企画が始まりました。生徒たちは、文化祭の発表で作成した店舗や施設を紹介したリーフレットをもとに、もりたシャルソンのツアーマップを作成しました。活動計画表をチームごと(全24チーム)に作成し、当日を迎えました。
図13 「もりたシャルソン2020×森田推し隊プロジェクト」の発表の様子
 移動手段は、徒歩と地域コミュティバスです。当日はあいにくの雨天でしたが、生徒たちは約6時間のもりたシャルソンを成功させました。

 タブレット端末で飲食店の様子や風景、インタビューなどを撮影し、ゴール後には短編動画や自分たちの経験をまとめたポスターを作成しました。実行委員は1週間かけてそれらに目を通して、後日各チームに賞状を授与し、全員でその成果を視聴し合い、認め合いました。テレビ局や新聞社の取材も受け、彼らの活動が地域に発信されるチャンスにもなりました。
 様々な方に携わってもらえることによって、当初は思ってもみなかった活動へと発展したのです。

図14 もりたシャルソン2020の様子

図15 もりたシャルソン2020 各グループのツアーポスター

図16 もりたシャルソンの様子と生徒玄関でのゴールシーン 実行委員の生徒たちは表彰式を企画し、「よいタイムを出したチームとか、たくさんポイントをとったチームだけでなく、すべてのチームに賞をつけましょう!」と提案がなされました。教師は「どれだけ地域の名所や店舗を訪問したか」、「公共交通機関をうまく活用できたか」などで数値化し、上位数チームを表彰しようかと考えていたのですが、生徒たちは撮影した写真や動画、さらに活動報告ポスターなど、チームごとにそれぞれの良さを評価し、賞を与えたいと考えるようになりました。単純な指標だけで「数チームだけを評価するのではもったいない」とのことでした。実行委員と彼らをサポートする教師らは、昼休みなどを利用し、ポスターや動画などを審査し、「インスタ映え賞」や「たくさん歩いたで賞」などの賞を設定しました。1週間後の総合的な学習の時間に体育館に学年全員が集い、各クラス代表の動画を視聴後、実行委員からすべての班に賞状が授与されました。
 森田推し隊実行委員長の生徒は次のように振り返りました。
図17 生徒たちが企画した「もりたシャルソン」表彰式 「今回のもりたシャルソンを通して、森田の良さについて知ることができました。一つ目は人の良さです。あいさつしたら返してくださるし、質問したら丁寧に答えてくださいました。すごく良い気分で過ごすことができました。二つ目はお店の良さです。お菓子屋さんや、飲食店の方の対応が良く、優しい方ばかりで、安心して食事をすることができました。このように、森田の良いところを発見できて、2年生にとってとても良い経験になりました。」

*1:福井大学連合教職大学院と実践研究福井ラウンドテーブル
https://www.fu-edu.net/
*2:edumapホームページ
https://morita-jhs.edumap.jp/
*3:ISIF(生徒国際イノベーションフォーラム)2020 学び!とPBL <Vol.54>
https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/pbl/pbl054/
*4:もりたシャルソン
https://www.facebook.com/MoritaCialthon