学び!とESD

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触れるノンヒューマンの世界 ~ヒューマンとノンヒューマン~(その5)
2024.12.16
学び!とESD <Vol.60>
触れるノンヒューマンの世界 ~ヒューマンとノンヒューマン~(その5)
萱原 真希(永田研究室大学院生)

擬人化に陥らないノンヒューマン絵本

 今回は、1974年に初版が刊行されて以来、多くの人々に世代を超えて読み継がれてきた「石」に関する絵本をご紹介します。この絵本の主人公は「石」です。絵本の主人公は、人間よりも圧倒的に動物が多いということは前号(『学び!とESD』<Vol.59>)でお伝えしました。たしかに私たちは、動物や物がまるで人のように、人になぞらえてキャラクターとなり、意思を持って動いたり話したりする絵本に、特に違和感を覚えることはありません。これは、絵本やアニメ、さらにはそれを原作にした映画でもよく使われる「擬人化」という手法であることをご存じの方も多いでしょう。ところが、この『すべてのひとに石がひつよう』という絵本では、石は最後まで一言も言葉を発しません。この本は、私たち一人ひとりが「自分のお気に入りの石」を見つけるためのルールを教えてくれる絵本なのです。

『すべてのひとに石がひつよう』河出書房新社、2017年
バード・ベイラー(著)、ピーター・パーナル(イラスト)、北山耕平(翻訳)
(著者も翻訳者もネイティブ・アメリカンの影響を強く受けている方々です(*1)

 「友だちの石を持っていない子どもは、かわいそうだ」と、この本は語ります。たとえ自転車や金魚、自分だけの部屋を持っていたとしても、子どもには「特別な石」が必要だからです。その石とは、自分で見つけて、いつまでも大切にできるような特別なもの。そこで、この絵本は「石の見つけ方の10のルール」を紹介してくれます。これらのルールに従って、石の大きさ・形・色だけでなく、匂いや手触り、フィーリング、さらには石を探すときの心構えまでも確認しながら、自分だけの特別な石を見つけることができます。この絵本の翻訳者である北山耕平は、むしろ「あなたが来るのを待っている石に、見つけてもらってください」と語っています。誰にも相談せず、自分自身で石を見つける必要があるからこそ、この「10のルール」が大きな助けとなるのです。

人間と世界をつなげてくれる石

 「人でないものを人に擬して表現すること(擬人化)」と、「自然界のあらゆる事物が具体的な形象を持つと同時に、それぞれ固有の霊魂を持つ(アニミズム)」は、似ているようで実際には捉え方が明確に異なります。その鍵となるのが「人間中心主義」の考え方です。擬人化は人間と自然の関係性を表現する方法として古い絵画にも見られますが(たとえば「鳥獣戯画」や「きりぎりす絵巻」など)、そこに「人間の都合」が介入してしまうと、本来は理解不可能なはずの「他者」である動物やものを、人間の都合で回収するふるまいになってしまう側面も出てきます(野田 2010)。
 文学研究の分野の一つに、こうした人間と環境の関係性を文学の視点から考察する「エコクリティシズム」という研究があります。社会環境を視野に入れつつ、人種やジェンダーの問題を環境問題と結びつけるなど、多様化したアプローチをとっています。しかし、この研究が私たちに教えてくれる重要な視点のひとつが「ノンヒューマンとの関係性」です。例を挙げると、古くは人間と自然の関係を生態学的に平等なものとして捉える「土地倫理」を提唱したアルド・レオポルドが、『山の身になって考える』の中で述べた主張や、水俣病の患者やその家族の苦しみを描き、社会に訴えた石牟礼道子の『苦海浄土―わが水俣病』といった小説があります。これらの作品では、いずれも人間とノンヒューマン(レオポルドの場合は狼や山、石牟礼の場合はワカメ)との関係性が中心的に描かれているのです。
 子どもにとっては、こうした社会問題を描いた小説の中にいきなり飛び込み、人間を超えた存在との関係性を見出すことは容易ではありません。しかし、子どもたちが絵本を通じてこのような関係性を直観的に感じ取ることは、それほど難しいことではないでしょう。『すべてのひとに石がひつよう』が教えてくれる「特別な石」とは、一人ひとりの深層にある大切な何かであると同時に、何百年も前からその場所に存在していた「小さな地球」とのつながりを示しているのです。

カール・ユングと石

 子どもの頃、無意識に気に入ったものを見つけてポケットに入れてこっそり持ち帰り、それを親に叱られた経験がある人もいるかもしれません。または、親になってから、我が子が持ち帰る「ノンヒューマン」のお土産に驚かされた経験を持つ人もいるでしょう。同じように、幼い頃から石に魅了されていた有名な人物として、「ユング心理学」で知られるカール・ユングが挙げられます。ユングは幼い頃、よく石と対話をしていました。その体験は、後の彼の研究の原点になったと自伝に記されています。石の上に座ったユングは、「私はいったい石の上に座っている人なのか、それとも、私が石であり、その上に人が座っているのか」という問いにまで至り、この考えが常に彼を悩ませたそうです。ユングにとって、この経験は生涯忘れられない瞬間であったと語られています。
 石は日本文化においても、石仏や石碑のように神霊が宿る「聖なるもの」として扱われる一方、石蹴りや漬物石といった日常的で「俗的なもの」としての役割も持っています。世界に数多くある「もの(エージェント)」の一つであるという意味において、人間という存在も構成要素の一つに過ぎません。私たちがそうした普段の生活であまり意識を向けないエージェントとの間に特別な関係を築くことは、「何かに生かされている」という感覚を育む上で不可欠な経験です。この感覚は、人間が世界に対して抱く「畏敬の念」を促すものであり、特に子どもたちにとっては、大切な心の成長につながるでしょう。大人である私たちもまた、時には世界とのつながりを感じるために、石に触れるというシンプルな時間を持つことが必要かもしれません。

*1:河出書房新社ホームページの紹介より
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309256801/

【参考文献】

  • 五来重(2007年)『石の宗教』講談社学術文庫
  • 新村出(2008年)『広辞苑 第六版』岩波書店
  • 野田研一(2010年)「〈風景以前〉の発見、もしくは「人間化」と「世界化」」『水声通信 No.33 特集 エコクリティシズム』特集、p.p. 116-128
  • 結城正美(2023年)『文学は地球を想像する エコクリティシズムの挑戦』岩波新書
  • ユング、カール・グスタフ(1972年)『ユング自伝 1―思い出・夢・思想』みすず書房