学び!と美術

学び!と美術

これからの美術鑑賞
2015.02.10
学び!と美術 <Vol.30>
これからの美術鑑賞
奥村 高明(おくむら・たかあき)

 先日ある人と鑑賞教育について話していました。私はおおむねこんな話をしました。
 「この20年、美術鑑賞をめぐる環境はずいぶん変わりましたね。美術館との連携は特別なことではなくなり、アートゲームや対話によるギャラリートーク、○○型鑑賞、VTSなど、様々な学習方法が話題になりました。特にこの10年は『ずいぶん変化したなあ』という実感があります(※1)。現実的には、いろいろ問題もあるのですが、鑑賞教育は結果的に充実してきたと思います」
 そのとき、「では先生、これからどうなるのでしょう?」と質問されました。私は、「ハイブリッドかな…」と答えました。とっさに出た言葉なのですが、本稿ではこのことについて考えてみたいと思います。
 ハイブリッドとは、これまでの資源をもとに新しい方法を加えながら複合的に発展するという意味で使った言葉です。まず、これまでの資源、つまり代表的な学習は続きます。国語で考えれば分かりやすいかもしれません。国語の物語文の読解、あるいは作文などは、今も教育現場で実践や研究が続けられています。これからもなくなることはないでしょう。同じように、アートゲームや対話をもとにしたギャラリートークなどは、代表的な方法、いわゆる定番として、これからも実践や研究が行われていくでしょう。
 ただ、国語では「物語文だけを読み込むだけ」「説明文だけ」という学習は少数派です。読解したことを新聞にしたり、同じ分野の本を読んだり、様々な指導法を組み合わせるのが一般的になりました。美術も同じとすれば、「一つの作品だけを読み込む」「アートカードだけ」という学習は、少数派になっていくでしょう。それぞれの特徴を生かして、複数の方法を組み合わせた学習が当たり前になってくるかもしれません。そこに、さらに新しく開発された教育方法が加えられていくのではないでしょうか。
 その参考になる例を紹介しましょう。東京国立近代美術館の一條学芸員を中心としたグループは、海外の先進的な事例を調査しています(※2)。そこで経験したのは、テーマをもとに学習する方法でした。「アイデンティティ」「ジェンダー」など、テーマやトピックなどを明確にして、それに基づいて作品を選択し、その上で対話や解説、ディスカッションなどを複合させながら進行する方法です。館によっては、その中に簡単な材料を用いて何かつくったり、ゲームをしたりする活動もありました。「テーマ・ベース」「トピック・ファースト」など呼び方はいろいろでしたが、育てたい力を明確にし、テーマにそって最も効果的な手法を組み合わせる鑑賞でした。
 美術館自体も美術愛好者だけを対象とするだけでなく、より多層な人々の多様な活動に貢献していこうとしていました。ビジネスマン向けの有料セッションや、アルツハイマーに対するプロジェクトが行われていました。教員の研修がポイント制になっていて、美術館で学習するとそのポイントが得られるというシステムもありました。鑑賞によって子どもの問題解決能力を向上させる研究も行われていました(※3)。日本でも、スポーツ博物館、科学博物館と垣根を越えた実践が広がっていますし、私個人も美術鑑賞の方法論を生かした科学博物館の理科の研究に参加しています(※4)。鑑賞教育は、その方法も、場も、対象も、より「ハイブリッド」になっていくのでしょう。
 ここまで読まれて、「あれ?以前からそうではなかったっけ?」と思われる方もいるでしょう。その通りです。美術館は、訳せばMUSEUM、それは博物館、動物園等を含み、法律的に、組織的に、幅広い概念です。昔から多様な層を相手に、様々な鑑賞方法に取り組んできました。企業や学校を対象にした研修会を実施し、ゲーム的な方法を取り入れた子ども向けの美術展が各地で行われています。学校教育でも、昔からいろいろな鑑賞教育に取り組んできました。学校における対話による鑑賞は昭和40年代からありますし(※5)、私自身、昭和50年代に「気候や風土と絵の関係」というテーマ・ベースで日本と西洋の絵を比較鑑賞しています。
 おそらく、今回の文章は「何をいまさら」でしょう。でも「美術鑑賞が盛んになってきたがゆえに、本来多様であったものが固定的に見えてしまう」という危惧があるのも事実です。何かの方法だけがベスト、そういうわけではないと思うのです。もっと柔らかに考えて、肩の力を抜けば、今までも、これからも、ずっと鑑賞はハイブリットだと思います。

 

※1:私自身が、美術館と学校の連携、アートカードの普及、対話によるギャラリートークの推進などに関わっていたので、現場の実践が毎年変化していく様子を肌で感じていた。
※2:科学研究費助成事業基盤(B)「美術館の所蔵作品を活用した鑑賞教育プログラムの開発」(平成24~26年度、研究代表者:一條彰子(東京国立近代美術館)筆者は研究分担者として加わっている。
※3:グッゲンハイム美術館の「Learning Through Art」プログラム
※4:科学研究費助成事業挑戦的萌芽研究「ミュージアム展示を科学的思考力育成の場に変える発問群による教育実践モデルの開発」研究代表者:中山迅(宮崎大学)テート美術館「美術館活用術」の「アートへの扉」を用いた科学博物館における理科学習における発問の構築
※5:上野行一(帝京大学)の調査より