学び!と美術

学び!と美術

ラウンド・スケッチ~人気の鑑賞アクティビティ
2019.02.12
学び!と美術 <Vol.78>
ラウンド・スケッチ~人気の鑑賞アクティビティ
奥村 高明(おくむら・たかあき)

 仕事柄、学校教育、企業等、様々な場所で講演をしますが、40~50名程度の研修会では少人数を生かして、できるだけアクティビティを取り入れることにしています。本稿では参加者に好評なアクティビティ「ラウンド・スケッチ」を紹介しましょう。

テート美術館「美術館活用術~鑑賞教育の手引き」との出会い(※1)

 ラウンド・スケッチを知ったきっかけはテート美術館の「美術館活用術~鑑賞教育の手引き(※2)」です。2007年に酒井敦子(※3)さんから原書を紹介されました。日本にはなかった本で、混沌としていた鑑賞教育に役立つ本だと思いました。さっそくテート美術館から版権を取得し、2012年出版に至ります(※4)
 「美術館活用術~鑑賞教育の手引き」は学校の先生が教育目的で美術館を活用するためのハンドブックです。美術史、美術館の歴史、鑑賞活動の理論(※5)、アクティビティなどが章ごとに分かりやすくまとめられています。
 アクティビティは例えば火、水、土、空気などの言葉と相性のいい作品を選ぶ「言葉の相性」、お互いに見ていない作品を説明し合う「解釈コミュニケーション」、作品そのものではなく取り囲んでいる空間に着目してスケッチする「周りの空間」などが紹介されています。どのアクティビティも当時日本で行われていない新鮮なものでした(※6)

ラウンド・スケッチの方法

 実際に活用して評判がよいのがラウンド・スケッチです。「美術館活用術~鑑賞教育の手引き」ではドローイング・アクティビティ(※7)の一つ「視点の違い/見方の違い」として紹介されています。

「床の上に、彫刻を取り囲むように紙を置きます。子どもたちは一つの場所から絵を描きます。それから他の場所に移動して絵を描きます。そして最後にそれらの絵を比較します。これは、グループ活動として行うこともできます。子どもたちはローテーションで次の人の絵に行って描き加え、最後に共同制作の感想を述べ合います(※8)

 これを筆者がラウンド・スケッチとして名付け、実施しやすい方法に整理したのが以下です。

(1)彫刻版ラウンド・スケッチ
~彫刻など立体作品の周りを回りながらスケッチする方法
国立美術館「美術館を活用した鑑賞教育の充実のための指導者研修」2018国立西洋美術館。詳細は http://www2.artmuseums.go.jp/sdk2018/ ①彫刻を取り囲むように、人数分の画用紙を置きます(※9)
②最初の1分間は、自分が選んだ一つの場所から絵を描きます。
③1分たったら描くことを中断し、隣の参加者がいた位置に移動します。
④そこにある画用紙を手に取り、描き加えます。
⑤これを繰り返し、最終的に自分の場所に戻ったら終了です。
⑥まとめ~自分の絵を描き加えて完成させる、気付いたことや考えたことについてディスカッションするなどが考えられます。

(2)アートカード版ラウンド・スケッチ
~アートカードを用いてスケッチする方法(※10)
研修会での活用の様子。『ビジネスパーソンもアートを学んだ方が良いですか?』主催(共催)3×3Labfutureアート倶楽部一般社団法人企業間フューチャーセンター(写真・企画協力 阿佐ヶ谷学園TERAPRO) ①アートカードの中から、作品(カード)を一枚選びます(※11)
②最初の1分は、自分の選んだ作品を画用紙に描きます。
③1分たったら描くことを中断し、隣の参加者に作品と画用紙を渡します。
④自分の目の前に来た作品と画用紙を手に取り、描き加えます。
⑤最終的に作品と画用紙が戻ってきたら終了です。
⑥まとめ~彫刻版に同じです。作品を選ぶときにテーマを設けた場合は、それについて話し合うのもよいでしょう。

ラウンド・スケッチの効果

 彫刻版では、彫刻やインスタレーションならではの動勢や空間を多方向から確かめることができます。アートカード版では作品が変わるので、その都度、新たな見方が要求されるとともに、「細部を見る人」「大胆に動きをとらえる人」など個々の特徴があらわになります(※12)
 どちらにも共通しているのは、「作品と他者の視点を見比べる」という行為です。スケッチに描かれているのは、他者の視点です。大きさ、動き、質感など見方には多様な視点があります。ときには強調や省略が行われたり、思わぬ部分が描かれていたりするなど、実に様々です。その視点を目の前の作品と比べながら確かめる行為が、5人で行えば5回繰り返されるわけです。
 また、自分の絵に戻ったときに味わえるのは「自分から始められた絵」が変容している姿でしょう。そこにある絵は、確かに自分の痕跡を残しつつも、自分だけでは気付かなかった他者の視点が取り入れられています。複数の人々が描いているのに、なぜか不思議と調和し、うまく融合しています。
 個人の思いについてはどうでしょう。あらかじめテーマを決めて共同制作する場合、「協力」が強要されたり、一部を担当するだけの「分担作業」になったりして、個が喪失してしまうことがあります。一方、ラウンド・スケッチでは、まず「私の視点」が立ち上がり、そこから発展するので、参加者が喪失感や埋没感を感じることはないようです。
 美術教育では個人性が強調されすぎることがあります。でも実際は個人の制作であっても、個に閉じ込められているわけではなく、友達や先生など多様な視点が取り入れられています。
 ラウンド・スケッチは、自分をきっかけとしつつも協働的に発展する実践を味わうにはよい活動でしょう。
 ラウンド・スケッチを企業で行う場合は、「自分らしい仕事は決して単独で行われるものではなく、多様な見方や考え方、実践などが重なり合う中で高められ、完成することを体験できる」と説明しています。
 今年は国立美術館研修のグループワークや(株)アフラックの人事部研修などに取り入れてみました。参加者は「気付かないことに気付けた」「自分の視野が広がった」「思わぬ作品になったが、やはり自分の作品だった」などあります。みなさんもぜひチャレンジしてみませんか。

※1:出自を明らかにすることは、自分の意見や考えの成立にどのような人々が関わっているかを明らかにすることになるので重要です。本連載においても註が多いのはそういう理由です。
※2:ヘレン・チャーマン、キャサリン・ローズ、ギリアン・ウィルソン著 ロンドン・テートギャラリー編、奥村高明、長田謙一監訳、酒井敦子、品川知子訳『美術館活用術 鑑賞教育の手引き』2012美術出版社(現在絶版)。翻訳にあたってテート側の条件は「本の装丁やページごとのデザインを変えない」というものでした。デザインにこだわりのある美しい本です。
※3:当時、国立西洋美術館の学芸課研究補佐員をしていました。現在は研究員です。
※4:出版許諾は『基盤研究(B)「対話による意味生成的な美術鑑賞教育の地域カリキュラム開発」 研究代表者:上野行一(帝京科学大学)、研究分担者:奥村高明(国立教育政策研究所)、一條彰子(東京国立近代美術館)、三澤一美(武蔵野美術大学)の成果でもあります。テート美術館での通訳は直江俊雄(筑波大学)先生の協力をいただきました。出版にあたっては発行人である美術出版サービスセンターの大下正悟社長の英断と広隆社の水越弘さんの尽力が不可欠でした。
※5:現在、テート美術館では用いられていないようですが、鑑賞者である「私」を基盤に「対象への扉」「主題への扉」「文脈への扉」という三つの扉から鑑賞するという理論枠組みは鑑賞活動の分析に役に立ちました。
※6:「背中合わせ鑑賞」「作品にインタビュー」など多くの美術館で取り入られている鑑賞活動もあります。
※7:他に、彫刻そのものではなく彫刻が取り囲む空間をスケッチする「周りの空間」、ファインダーを使って彫刻や絵画の小さな一部分を描く「ディテール」などが紹介されています。
※8:前掲1 103p
※9:円のように画用紙を置いてもいいですし、距離や角度が変わる位置においてもよいでしょう。対象とする彫刻やインスタレーションの作品に応じて工夫します。
※10:アートカードについては、学びと美術<Vol.60>「アート・ゲーム再考」2017を参照。研修会場によっては彫刻作品がないことも多いのでよくアートカードを用います。当初テーブルの上にアートカードを一枚おいて、参加者が回る方法でスケッチしていました。あるとき参加者が画用紙を回したので、その方が効率的だと思い現在の方法に改善しています。
※11:作品の選び方は、ランダムでもよいですし、「自分の好きな作品」「描きたくない作品」「春を感じる作品」などテーマを設けてラウンド・スケッチ後にディスカッションするのもいいでしょう。
※12:そのためやや学習活動としては高度になります。中学生以上が適切でしょう。

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