学び!と美術

学び!と美術

題材名は縁起のはじまり
2022.05.10
学び!と美術 <Vol.117>
題材名は縁起のはじまり
奥村 高明(おくむら・たかあき)

 題材名は導入時に提示され、子どもの学習を開く役割を果たします。同時に、若い先生や学生が指導案作成で悩むポイントのようです。Q&A形式で、題材名について考えてみましょう。

Q なぜ図画工作は他の教科みたいに「単元名」と呼ばないのですか?

A 「学習のまとまり」が比較的少ない時間だから。

 「題材」は、「単元(※1)」同様、児童の学習過程における学習活動の一連の「まとまり」です(※2)。そこには目標や計画、用いる材料や用具、学習活動などが含まれます。単元は小単元が複数組み合わされ、様々な教材などを用いながら長い時間をかけて実施されますが、図画工作や音楽などでは、比較的少ない時間で実施されることが多く、単元と言わず題材と呼んでいます(※3)。この「題材」を子どもたちに提示する際の名前が「題材名」となります。
 歴史的な背景からこうなっていますが、将来、教科等連携の実践や「単元」的な実践などが行われるようになると題材名の位置づけも変わってくるかもしれません。

Q 「題材名」はどのように設定すればよいですか?

A 子どもの心が動き出すように設定しましょう。

 まず、子どもが進んで取り組める題材を考えます。それができたら、その題材に子どもをいざなうような気持ちで題材名を考えます。

 題材は、前項で述べたように、児童一人ひとりが進んで表現の主題やテーマを見付けたり、それによって創造活動を展開する学習活動のまとまりであり、それを表す「題材名」は、望ましい創造活動や提案の意味をもつものである。―中略―
 なお、「題材名」には、児童にさわやかな創造活動への案内的な意味と、「このような活動はどうですか」というような発想をふくらませるような提案の意味などを多く含む方が望ましい(※4)

文部省『小学校図画工作指導資料 指導計画の作成と学習指導』日本文教出版、1991、11p 写真は「空にはしごをかけたら…」 図画工作の題材名は学習活動への案内や提案の役割を果たします。同時に、そこから様々な学習が展開されることを保証します。題材名を提案したとたんに、子どもがこわばったら台無しです。子どもの心や体が柔らかになるように、意欲がわくように、同時に、子どもが色や形、イメージなどの学習活動の手掛かりがつかめるように設定することが望ましいでしょう。

Q 「から…」「して…」「たら…」など、なぜ図画工作の題材名は途中で言葉を止めた感じが多いのですか?

A それから先は、子どもが考えることだから。

 「から…」「して…」「たら…」が多いのは、「きっかけ」だけを提示し、それから先は「子どもに任せた!」という意味です。「きっかけ」は、造形的な行為や出会う材料、発想の手掛かり、技能のポイントなどです。例えば、「空にはしごをかけたら…(※5)」の場合、「空に梯子を掛ける」のが発想のきっかけで、「掛けたら」以降は、子どもが想像を膨らませることになります。「一枚の板から…」「粘土を立ち上げて…」「紙を破ってみたら…」なども同様でしょう。
 「一枚の板から生活に役立つ工作をつくろう」のように、きっかけの先まで言わないことがコツかもしれません。導入時に先生が長々と説明していたら、子どもが「先生もういい、ぼく考えることなくなっちゃうよ」と言ったという話もあります。学習の主人公は子どもたち、活動の中心となる行為や発想などを端的に伝えることが題材名では求められるでしょう。

Q 図画工作の題材名には「夢」「不思議」「世界」「魔法」などの言葉が多いのはなぜですか?

A 学習の主人公は子どもだから。

昭和36年図画工作科教科書の目次 上 2年生 下 5年生 日本文教出版株式会社 「夢」「不思議」「世界」「魔法」などの言葉は、平成に入った頃から、増えてきました。それ以前は「物語の絵」「木はん画」「つるすかざり」など大人のジャンルをそのまま題材名に提示していました。当時は、絵を描くこと、木版画や飾りなどを作成すること自体に文化的な意味や子どもの意欲などが含まれていましたが、物が溢れる現代においては難しいでしょう。
 題材名を提示したとたん、「ああ、わたしはこれをやるのか」「風景画を描くんだな」とがっかりさせたくないですよね。でも、夢、不思議などは子ども自身のものです。学習の主人公は子どもであることをはっきりさせている言葉だといえるでしょう。子ども同士の夢や不思議が響き合いながら、多様な展開になることも期待できます。

子供たちは、どの子も夢を描くような素敵な思いをもち、子供らしい想像力を働かせて、自分の表現製作の方法で、思いのままに表したいと願っている(※6)

 これは文部省の指導資料に記された30年前の言葉です。同じことが今の子どもたちにも言えるはずです。子どもの思いや願いを大切にしたときに、夢や不思議、世界などの言葉が題材名に入るのは妥当なことではないでしょうか。
 ただし、題材名に「夢、不思議などという言葉を入れればいい」というわけではありません。
文部省『小学校図画工作指導資料 指導計画の作成と学習指導』日本文教出版、1991、173p 例えば「夢の箱をつくろう」という題材名はどうでしょうか? 「え…夢の箱…」。漠然過ぎて、子どもは戸惑ったり、不安に思ったりするのではないでしょうか。同書には「夢を箱に」という題材が紹介されています。自分の夢を入れる箱の形も、その中身も考えるという題材です。「夢の箱をつくろう」と「夢を箱に」、ほんのちょっと言葉が違うだけで方向性が生まれ、学習内容が明確になります。前後の言葉を考慮して、子ども自身が夢を広げたり、不思議をふくらませたりできる題材を考えたいものです。

Q 先輩の先生から「○○をつくろうとか、○○を遊ぼうというのはよくないよ」と言われました。なぜですか?

A 呼びかけのふりをした命令だから。

 「○○をつくろう」は、一見呼びかけのようにありますが、結局、「○○」を「作品化しなさい」という先生の命令です。子どもは「はい」としか言いようがありません。「○○を遊ぼう」も、先生の提示した遊びを強要しているように思えます。遊びは本来的には、子ども自らが、ルールや方法などを開発していくものです。「遊びなさい」「自由にしなさい」というのは、少し矛盾した感じもします。おそらく、先輩がそう言ったのは、先生の決めた「○○」を学習するという「強要」になってはいけないというアドバイスだと思います。

Q 同じ先輩から「ドキドキ、ワクワクもやめようね」と言われたのですが…。

A 発達や学習内容との関わりで判断しましょう。

 子どもの心が動けば「ワクワク」してきますから、わざわざ題材名で期待感を表す言葉を使う必要はないという意味でしょう。聞きようによっては、「ワクワクしなさい!」「ドキドキしましょう!」という強制に聞こえるかもしれませんね。題材名は「ワクワク」「ドキドキ」なのに、中身は先生の指示通りだと、子どもの思いや願いと矛盾することも考えられます。まあ、題材名にNGワードがあるわけではないので、前後に含まれている言葉や発達段階、学習活動などとの関わりで適切に判断すればいいと思います。

Q 鑑賞の題材名に「よさ」や「美しさ」などの言葉をいれて、鑑賞の視点を明確にしたいのですが?

A よさや美しさを決めるのは子どもです。

 子どもが見つけた結果を「よさや美しさ」としてまとめることは重要だと思いますが、学習が始まる前から決まっていることではありません。鑑賞の場合、その対象から、何が見つかるか分からないから面白いわけです。「子どもが探検するような活動」を鑑賞活動としてとらえれば、鑑賞活動では子どもたちが「何を見付けるのか」「何を探し出すのか」という視点が重要でしょう(※7)。視点を明確にすることは大切ですが、活動の幅を狭めることには慎重でありたいものです。それに、案外子どもは怖いものやグロテスクなものも大好きだったりするので、子どもが感じている実際と、大人の目標や期待のズレには注意したいですね。
 ただし高学年や中学生にもなれば、文化的に定義された「美しさ」や「美」などから学習を始めることは可能になってきます。私たちが思うよさや美しさなどを押し付けないように配慮しつつも、発達を考慮して、子どもたち自身が視点をつくりだす力を伸ばすことが大切です。

Q 「題材名」は必ず必要なのですか?

A 提示しないこともアリです。

 私自身の話で恐縮ですが、図画工作の授業で、題材名を提示しないことはしょっちゅうでした。
 「今日はいろんなものを立ててみようと思うんだけど…」
 「ねえねえ、体が小さくなって、シャボン玉に乗ってみたらどうなるかな…」
 導入時は案内や提案ができればいいわけですから、必ずしも「これが今度の題材名です」と明示する必要はないと思います。ただ、週案や時間割、記録などには必要ですから、授業をした後に子どもたちに、「ねえ、来週の時間割にのせなきゃいけないんだ、なんて書いたらいいかな?」とよく聞いていました。すると、「版の国から」「風をつかまえて」など素敵な題材名を子どもたちは考えてくれました。ということは、題材名は、時間割、指導案、解説書、教科書のような「書」に必要なものといえるかもしれませんね。

Q 中学校美術では主題が明確になるように題材名を工夫することが大事だと言われました。小学校でも同じですか?

A 小学校では学習活動の中で主題が生まれます。

 中学校で、例えば「風景画」という題材名を、「光のある風景」とするだけで、それを聞いた生徒は「光のある風景?」「なんだろう」「どこだろう」「あそこかな」「あ、あの時だ」などと様々に思いを巡らすでしょう。同時に、生徒一人ひとりの主体性や多様性も保障されます。中学生にとって主題は重要な要素であり(※8)、題材名を提示した時点で主題が明確になれば、その題材は半ば成功したと言えるかもしれません。
 一方、小学校は、ひたすら板を彫ってみたり、紙を切ったりするなど、自分の造形的な行為から主題を見付ける傾向があります。作品が出来上がってから、これが主題だったと気づくこともあります。発達の特性を考えれば、まず、子どもたちが造形活動に没頭できるようにすることを優先し、成長の実態に応じて主題性を反映していけばよいのではないでしょうか(※9)

 題材名は、学習という縁起が始まるきっかけです。多くの資源が立ち上がるような題材名、子どもが新しい自分に出会えるような題材名、先生も子どもも一緒になって豊かな縁起が展開するような題材名を考えたいものです。
 教科書の歴史や変遷を調べている中村先生は、以下のように述べています。

題材名は、子どもたちの心を動かす大切な要素です。題材名は時代を追うに連れて、活動そのものから、活動のイメージや感覚を大切にするようになってきました(※10)

 題材名も昭和から平成へと徐々に変化してきました。令和にはどのような題材名が生まれるのでしょうか。楽しみです。

※1:文部科学省「今、求められる力を高める総合的な学習の時間の展開(小学校編)」第3章、86p
※2:文部省『小学校図画工作指導資料 指導計画の作成と学習指導』日本文教出版、1991、82p
※3:「単元を大単元、小単元に分ける場合のほか、図画工作科のような表現教科では比較的小単元中心となるのが多く、単元と言わず題材と呼ぶ場合が多い」文部省「図画工作指導資料」開隆堂、1980、60p
※4:前掲書2、83p
※5:前掲書2、103p
※6:前掲書2、11p
※7:表現の場合でも、子どもがいろいろやっていたら「あ、これ面白い!」「ここはきれいだ」と気付く側面があるので、同様の配慮は必要です。
※8:日本文教出版『中学校学習指導要領(平成29年告示)解説美術編』2017、7pなど
※9:高学年くらいからは、中学校との接続も考慮に入れるとよいでしょう。
※10:東京藝術大学専門研究員・宝塚大学講師・国士舘中学校・高等学校講師 中村儒纏