学び!とシネマ

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ガンジスに還る
2018.10.25
学び!とシネマ <Vol.151>
ガンジスに還る
二井 康雄(ふたい・やすお)

©Red Carpet Moving Pictures

 人は、いつか死ぬ。そして誰しもが願う。悔いのないよう、最後の時を迎えたい、と。インド映画「ガンジスに還る」(ビターズ・エンド配給)は、死期を感じた老人が、付き添う息子とともに、ガンジス河の流れる聖地バラナシに向かい、死を受け入れようとするいきさつを、静謐に、淡々と描いていく。
 「死期の訪れを感じている」と、老人ダヤ(ラリット・ベヘル)は言う。そして、「ガンジス河のあるバラナシへ行く」と。
 仕事一筋の息子ラジーヴ(アディル・フセイン)、妻のラタ(ギータンジャリ・クルカルニ)、娘のスニタ(パロミ・ゴーシュ)は、ダヤの言葉に驚くが、ダヤは本気である。仕事を休んだラジーヴは、渋々、父に付き添うことになる。
 バラナシでは、死を迎える人たちが滞在する「解脱の家」に宿泊することになる。ここは、原則として15日しか滞在できないが、名前を書き直すなどで、もう18年も滞在している老女もいる。
 滞在者たちは、施設の掃除をし、神の名を記したり、河岸でヨガをしたり、身を清めるべく、河に入ったりする。

©Red Carpet Moving Pictures

 施設では、自炊である。食事の最中でも、ラジーヴは、携帯電話で仕事の話をしている。「食事中くらい、切れ」とダヤ。父子のぎくしゃくした関係は、ずっと続いたままである。
 ダヤが熱を出す。ラジーヴはガンジス河の水を汲み、ダヤに飲ませる。ラジーヴは、バラナシに来るよう、妻に電話をしたり、「解脱の家」の施設長、ミシュラ(アニル・ラストーギー)に、葬儀の相談をする。
 ベッドのダヤは、介抱するラジーヴに言う。「わしは才能を伸ばしてやれなかった。どうか父さんを許せ」と。父子は、抱き合う。
 ダヤが滞在して12日目。ラタとスニタがやってくる。大麻の入ったラッシーを飲んだラタとスニタは、上機嫌だ。河岸で、華やかな祭礼が始まる。祈りを捧げる人がおおぜいいる。
 父と子の確執だけでなく、異なる世代の価値観の相違が、きめ細かく描かれる。さらに、スニタの結婚話など、家族の抱えるさまざまな問題が出てくる。そんななかで、果たして、ダヤはどのような死を迎えるのだろうか。
 インド映画だからといって、突然、踊りだしたり、唄ったりはしない。死を迎える老人の話だからといって、決して、深刻な表現ばかりではない。ごくごく、普通の家族の、普通のやりとりである。あちこちにユーモアをたたえて、微笑ましくもある。

©Red Carpet Moving Pictures

 輪廻転生とはいえ、来世はまた人間とは限らない。カンガルーであっても、ゾウであっても構わない。
 連日、ガンジス河のほとりに、オレンジの美しい布に包まれた死者が運ばれ、荼毘にふされる。火がつき、煙があがる。
 沢木耕太郎の「深夜特急」の第二便「ペルシャの風」のなかに「死の匂い」という一節がある。
 「…いま新たに持ち込まれた死体は、金糸銀糸の刺繍も美しいきらびやかな布に包まれている。近親者のひとりが、突然、その布を剥ぐと、白く粉を吹いたような黄土色の老人の顔が現れる。近親者はその顔をガンジスの水で何度も洗ってやるのだ。この老人は、このような歳まで生き、このような美しい布に包まれて死んでいかれる。…」
 まだ若いうちは、自らの死について深く考えることは少ないだろう。だが、人は、必ずいつか死ぬ。どのように死ぬかは、どのように生きるかでもある。悔いのないよう、日々を生きよう、そんな思いを伝えてくれた監督は、脚本も執筆、まだ20代のシバシシュ・ブティアニ。2016年、ヴェネチア国際映画祭のビエンナーレ・カレッジ・シネマ部門で、エンリコ・フルキニョーニ賞を受けている。映画大国インドならではの、若いけれど、才能豊かな監督と思われる。

10月27日(土)より、岩波ホールico_linkほか全国順次ロードショー

『ガンジスに還る』公式Webサイトico_link

監督・脚本:シュバシシュ・ブティアニ
出演:アディル・フセイン、ラリット・ベヘル、ギータンジャリ・クルカルニ、バロミ・ゴーシュ
2016年/インド/99分/シネスコ/英題:HOTEL SALVATION
配給:ビターズ・エンド
協力:エア インディア

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