学び!と共生社会

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ヨーロッパの学校における多様性とインクルージョンの促進(2) ―2023年Eurydiceのレポートから―
2025.05.27
学び!と共生社会 <Vol.64>
ヨーロッパの学校における多様性とインクルージョンの促進(2) ―2023年Eurydiceのレポートから―
大内 進(おおうち・すすむ)

1.はじめに

 前回、EUの機関の一つである「Eurydice」の報告書(以下、本報告書)から「ヨーロッパの学校における多様性と包摂性の促進」の状況について記しました(*1)。今回はその続編として、本報告書の第4章にまとめられている「学校へのアクセスと参加の促進」について、その内容を詳しく紹介することにします。EU圏でのインクルーシブ教育は、通常の学校での対応が第一義になっていますので、この章からは、直近の通常の学校でのインクルーシブ教育への対応状況が把握できると思われます。

2.第4章「学校へのアクセスと参加の促進」について

 通常の学校教育へのアクセスと参加は、EU各国の国内法および国際法で保障された普遍的な権利(および義務)になっています。しかしながら、この権利の恩恵を受ける上で課題に直面している児童生徒も存在します。
 本報告書の第4章は、こうしたバリアに直面する可能性の高い児童生徒の通常の学校教育へのアクセスと参加の促進を目的とした、EU各国の教育システムの主要な政策と措置について分析するとともに、圏内の国々の特色ある取り組みを紹介しています。
 これらの取り組みは、①特別な教育ニーズのある児童生徒の主流教育へのアクセスの容易化と物理的なアクセスの改善、②経済的および社会的支援、③ブレンド型学習の機会、④行政上の障壁への対処と除去、⑤保護者や家族との協力という5つの政策の枠組みで整理されています。図1には、EU圏におけるこれらの取り組みの状況が示されています

図1 児童生徒の就学と参加を促進する主要な政策・施策(2022/2023年)
出典:Promoting diversity and inclusion in schools in Europe

3.第4章「学校へのアクセスと参加の促進」の概要

(1)特別な教育ニーズのある児童生徒の主流教育へのアクセスの容易化と物理的なアクセスの改善

①特別な教育ニーズのある児童生徒の主流教育へのアクセスの容易化
 通常教育へのアクセスと参加を促進するための最も広く報告されている政策は、特別な教育的ニーズまたは障害のある児童生徒のアクセス向上に関連しているものでした。これには、物理的なアクセシビリティ対応、インフラの整備、支援技術の改善も含まれます。
 国連の障害者権利条約第24条(*2)に明記されている「すべての子どもの教育を受ける権利」には、障害のある子どもも含まれています。本報告書にも、EU圏の多くの国の教育制度において、特別な教育的ニーズがある児童生徒にとっても通常の教育が第一の選択肢であるべきという規則が設けられていることが示されています。この方針に基づいて通常の学校でのインクルーシブ性を高め、特別支援学校の児童生徒数を減少していくという教育施策が進められているのですが、障害者権利条約の条文がこうした施策の明確な推進力になっているといえます。
 しかし、European Agency for Special Needs and Inclusive Education(EASNIE:インクルーシブ教育と特別支援欧州機構)のデータによると、その対応は国によって大きく異なっています。2019/2020学年度のデータによると、特別な教育ニーズがあると正式に決定された児童生徒の一般教育への就学率は、初等教育レベルで43.07%から99.05%の範囲、前期中等教育レベルで22.55%から100.00%の範囲、後期中等教育レベルで0.74%から100.00%の範囲となっていました(*3)
 このデータから、「差別的な慣行は依然として根強く残っている可能性があることがわかる」として、本報告書では、特別な教育的ニーズのある児童生徒が通常の学校教育に参加でき、通常の学校が適切な支援を行うために必要な手段と資源を確保できるよう、より断固たる措置をとっていく必要があると記されています。十分な資金が確保されず、また、特別支援学校が存在し続けるのであれば、ほとんどの国ではインクルーシブ教育という大きな志の実現に困難を強いられることになるという危機感が当事者組織などから示されたということも記されていました。

②物理的なアクセスの改善
 学校施設のアクセシビリティ向上を通じて、特別な教育的ニーズのある児童生徒や障害のある児童生徒のインクルージョンを促進することは、EU加盟国が設定した共通の優先事項および目標の一つになっています(*4)。それを踏まえて物理的なアクセシビリティと適応のためのインフラ整備に関する政策も、多くの欧州各国の課題となっていることがわかりました。一般的に、多くの国で学校(およびその他の公共の建物)へのアクセシブルな建築の提供が法律で規定されてようになってきていますが、新しく建物を建築する場合、あるいは要件を満たしていない既存の校舎の改修が必要な場合に、どのようにアクセシビリティ向上を図り、どのように資金を調達するかということが大きな問題になっているようです。
 学校のアクセシビリティ向上に必要な資金は一義的には国の予算で賄われるのですが、欧州地域開発基金などのEUの資金によって補完されることもあるようです。また、インフラの整備には期限を設けて対応している国もありました。必要とする児童生徒のニーズに応えるためには合理的な期間内に対応することは極めて大切なことだからです。
 「ユニバーサルデザイン」は、障害の有無にかかわらず、可能な限り多くの人々が施設の一般的な機能を利用できるように設計または物理的条件を調整することを意味していますが、「合理的配慮」という観点から事業体に過度の負担を課す設計または調整には適用されないということを規定してユニバーサルデザインの普及を図ろうとしている国の例(ノルウェー)、差別禁止法を強化し、すべての学校を対象にアクセシビリティの欠如は差別であると見なして対応している国の例(スウェーデン)なども紹介されていました。こうした取り組みからは、合理的配慮に留意しながら通常の学校でのインクルーシブ教育を推進していこうとする本気度が感じられます。

(2)経済的および社会的支援の提供

①経済的支援の提供
 EU圏では、公立学校における義務教育は一般的に無償で提供されています。学校関連費用は多岐にわたっています。すべての児童生徒のアクセスと参加を促進するための政策の一環として、EU各国の半数以上では、特定の学校関連費用への財政支援が実施されています。これには、教科書や教材への財政支援、交通費の無償化または補助、食事の無償または補助による提供などがあります。本報告書には、各国の対応が例示されていました。
 特別な教育ニーズのある児童生徒への的を絞った経済的支援に関しては、EASNIEが「資金を診断や分類された障害に結び付けると、学校が追加資金を得るために障害や特別な教育ニーズを過剰に特定してしまうリスクがある」ということを指摘しているという記述もありました。日本では、経済的支援の観点から、就学援助制度(*5)や特別支援教育就学奨励制度(*6)が用意されています。EASNIEの指摘は「インクルーシブ教育システムの構築」を目指している日本の取り組みでも気を付けて行かなければならないことだといえます。

②社会支援の提供
 本報告書によると、社会支援の提供は、学校におけるすべての児童生徒の平等なアクセスと参加を促進するためのもう一つの手段ということになります。この支援には、金銭的なもの、支援スタッフ配置の追加といったものがあります。主に社会経済的な制約が背景にある児童生徒、教育上の不利な立場にある児童生徒、少数民族の児童生徒、移民の児童生徒が対象となっていて、EUの3分の1以上の国々でこの取り組みが進められているということです。
 通常の学校が、児童生徒に対して専任スタッフを通じて医療、心理、社会の面での支援を提供したり、学校内または学校と連携したサービスを通じて相談(ガイダンス)やカウンセリングを提供したりすることが一般的だということです。もちろん、社会支援は学校への介入にとどまらず、他の多くの社会サービスとの協力も必要となります。

(3)ブレンド型学習の機会

 本報告書によると、2021年にEU教育大臣が、質の高いインクルーシブな初等中等教育のためのブレンド型学習のアプローチに関する理事会の勧告を採択したということです。ブレンド型学習についてわが国ではまだ定まった定義がないようですが、本報告書の中では、学校外で学習できる環境を整え、学校(対面)での学習、訪問(オンサイト)での学習、インターネットを活用したオンラインによる学習などを組み合わせた学習活動と説明されていました。義務教育段階でブレンド型学習が導入されると、これまで学校に通学することが叶わなかった児童生徒に対して個別に学習の機会を提供することが可能となります。EUの多くの国では、自宅、病院、社会福祉施設などに留まらざるを得ない児童生徒が遠隔学習を継続できるよう、デジタルツールを活用したブレンド型学習の活用に関する政策に力を入れてきているということです。

(4)行政上の障壁への対処と除去

 欧州全域で、一般的な学校入学方針として平等かつ普遍的なアクセスと差別(特に隔離)の禁止を規定しています。しかし、実際には、その設計や特定のメカニズムが依然として不平等につながっていることが否定できません。「Eurydice報告書(欧州委員会/EACEA/Eurydice、2020年)」(*7)には、学校選択および入学方針における学校タイプの差別化が、公平性のレベル低下に寄与しているという記述があるということです。例えば、一部の学校に社会経済的にハンディのある児童生徒が集中しているのが、居住地の隔離の結果である場合などです。ハンガリーとフィンランドでは、児童生徒の実態を考慮して、学区を変更したり学校の構成を変えたりすることによって、より社会的に多様な学校にすることを目指しているということでした。こうした取り組みは、かつて東京都の学校群制度などでも見られましたが、インクルーシブ教育の推進という観点からこのように取り組んでいる国があることを確認しておきたいと思います。

(5)保護者との協力

 本報告書では、さまざまな形で制約があったり差別を受けるリスクがあったりする児童生徒の教育参加を支援するために、学校と保護者とのより緊密な協力を促進する具体的な政策や措置についてもデータ収集がなされています。
 EUの半数弱の国において、保護者との協力に関する具体的な政策や措置が規定されていました。特に特別な教育的ニーズのある児童生徒に関するものが多く、具体的には、保護者が子どもの個別教育計画の策定と遵守に関与することに関してでした。社会的弱者層の親や移民出身の親を支援するための具体的な措置も報告されていて、最近ではウクライナ出身の家族も対象となっています。また、いじめなどの望ましくない行動の防止に親が積極的に関与するよう求めるケースもあるようです。
 この取り組みで、とくに目を引いたのはドイツの取り組みでした。移民出身の児童生徒など、成績の低い児童生徒への個別支援を成功させるには、教育パートナーとしての保護者との緊密な協力が中心的な役割を果たしているということで、「地区の母親」プロジェクト、保護者向けガイド、保護者向けコース(例えば、小学校での母親にドイツ語を学ぶ機会を提供)などを通じて成果をあげているということでした。

4.まとめ

 本報告書第4章には、バリアに直面する可能性が高い児童生徒の通常の学校へのアクセスと参加を促進するための政策や施策について、直近のEU各国での取り組み状況が報告されていました。これらは主に特別な教育ニーズや障害のある児童生徒を対象としていますが、社会経済的に恵まれてない児童生徒や、移民、難民、少数民族の児童生徒も対象とされていました。
 また、本報告書には、特別な教育ニーズがあると認定された児童生徒の通常の学校への就学率は欧州各国で異なり、場合によっては低い傾向もあることがありのままに記されていました。このことについて「教育システムや教育構造が児童生徒のさまざまなニーズを満たす能力、柔軟性、さらにはリソースに限界があることに起因している可能性があり、構造改革を進めていく必要がある」と分析されていました。EUとして、特別な教育ニーズや障害のある児童生徒の一般教育へのアクセスを向上させることが大きな目標になっていることがうかがわれます。また、この目標達成に向けて、児童生徒の評価と指導の方法、そして学校が人的資源、物理的環境および学習環境の整備に関する十分な資源の提供(支援技術の提供を含む)を通じて可能になるということも強調しています。わが国では、通常の学校での教育と特別支援学校や特別支援学級での教育を連続的にとらえた「インクルーシブ教育システムの構築」が目指されているわけですが、インクルーシブ教育を推進するという観点から、本報告書の第4章に記されているEUの政策の枠組みと各国の特色ある取り組みは大いに参考になるのではないかと思います。併せて、インクルーシブ教育推進は通常の学校の改革や整備に大いに影響されるということも教えてくれています。

*1:European Commission/EACEA/Eurydice, 2023. Promoting diversity and inclusion in schools in Europe. Eurydice report. Luxembourg: Publications Office of the European Union
https://op.europa.eu/en/publication-detail/-/publication/d886cc50-6719-11ee-9220-01aa75ed71a1/language-en
*2:障害者の権利に関する条約
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinken/index_shogaisha.html
*3:European Agency Statistics on Inclusive Education: 2019/2020 School Year Dataset Cross-Country Report
https://www.european-agency.org/resources/publications/EASIE-2019-2020-cross-country-report
*4:European Commission, 2022. A study on smart, effective, and inclusive investment in education infrastructure: Final report. Luxembourg: Publications Office of the European Union
https://op.europa.eu/en/publication-detail/-/publication/01ea6b48-d266-11ec-a95f-01aa75ed71a1/language-en
*5:文部科学省「就学援助制度について(就学援助ポータルサイト)」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/career/05010502/017.htm
*6:特別支援教育就学奨励費
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/hattatu_00001.htm
*7:European Commission/EACEA/Eurydice, 2020. Equity in school education in Europe: Structures, policies and student performance.
Eurydice report. Luxembourg: Publications Office of the European Union
https://op.europa.eu/en/publication-detail/-/publication/517ee2ef-4404-11eb-b59f-01aa75ed71a1/language-en