学び!とPBL

学び!とPBL

PBLのはじまり①
2018.05.21
学び!とPBL <Vol.02>
PBLのはじまり①
三浦 浩喜(みうら・ひろき)

1.PBLの「必要感」

 プロジェクト学習というと、規模が大きく、複雑で、今の学校の現状から遠く離れていると考える先生が多いのではないでしょうか。実際、現場の先生と話しても「そのようなことは学んでこなかった」「経験がない」「今やっている授業で目一杯」という声が聞こえてきます。生徒も先生も必要感を持たず、形式的に進めてもおそらく成果が現れることはないでしょう。
 プロジェクト学習にとって「必要感」は最小の必要条件です。既存の授業ベースで考えればその「必要感」はなかなか生まれてこないかも知れませんが、遠足や学習発表会など学校行事を成功させたいとか、生徒達の雰囲気を変えたいとか、地域学習をして教師自身のフィールドを広げたいとか、少し視野を広げれば様々な「願い」があり、それが洗練されて「必要感」に発展していくことと思います。

2.荒れた学校の中で

図1 壁画の強度実験

 私はもともと中学校の美術の教員でした。私が教員になった1980年代は日本全国が校内暴力で荒れに荒れた時代でした。赴任した中学校も例に漏れず、私は1年間というものほとんど授業らしい授業ができない状態が続きました。学生時代に身に付けた知識や技術は全く役に立たず、授業をエスケープする生徒や遠慮なしに殴りかかってくる生徒に身も心もズタズタになり、何度教員を辞めようと思ったか知れません。しかし、初任者ながらに「この学校をなんとかしたい」、それが私のプロジェクト型実践(プロジェクト学習とは程遠いものでした)の「必要感」でした。
 それから3年後、学校は相変わらず荒れていましたが、私も少しずつではありますが、実践の足がかりをつかみ始めました。あるとき、このバラバラな全校生で1枚の壁画をつくらせたいと思いつきました。「そんなことうちの学校でできるわけがない」と先生方には反対されましたが、生徒達と話し合って実験を行い、職員会議で実行の許可が下りました。

3.集団の中で変わっていった生徒達

図2 壁画をつなぎ合わせる生徒達

図3 生徒達に守られて完成した壁画

 1枚の原画を全校生分360枚に切り分け、一人ひとりがそれをB0版大に拡大してピースを描き、それを360枚つなぎ合わせると校舎を覆うような大きさの壁画が完成し、360分の1の責任と360倍の力を体験することができる、そうなる予定でした。想定外のハイスピードで360枚のピースがそろい、ブロックごとにつなぎ合わせ、後は披露する文化祭当日を待つばかりとなりました。

 当日は朝から小雨交じりで風も吹いています。あきらめようと思いかけたときに雨が上がり風も止み、「今だ!」とばかりに屋上から壁画を下ろし始めました。半分ほど下ろしたところで突然強風が壁画を襲います。もはや失敗かと思ったときに、見守っていた1人の生徒が校舎の中に駆けていき、二階の窓から身を乗り出して、風にはためく壁画をつかんだではありませんか。それを見ていた数十人の生徒が同じように校舎の中に駆け込み、同じように絵をつかみます。さらに数十人の生徒が絵の下をつかみ、風から壁画を守りました。最初に駆け込んだ生徒は当時のヤンキーのボスでした。2番目に駆けていったのはその手下でした。生徒達が必死で絵を守るその姿は、薄っぺらの絵を何倍も厚みをもたらすことになります。当時絵を守った1人の生徒は「自分がそこにいたことを誇りに思う、うちの学校じゃないとこんなことできない」と感想を述べてくれました。

 これ以降、校内で暴力事件は影を潜め、後からふり返るとこの「事件」が学校を大きく変えるきっかけになります。「これが美術教育か?」といった批判もずいぶんいただきましたが、生徒や学校が変わったという事実は事実です。

4.現実から出発して現実を変える学び

 さて、べつに昔話をしようと思って述べたのではありません。1970年代から80年代にかけて学校が荒れていた時代、その荒れを乗り越える数多くの実践が生まれました。それらは校内暴力の対症療法としてではなく、「人」を育てる本質的なエッセンスが染み込んでいると思われてなりません。混乱のなかで、危機的状況のなかで、問題を自分事として考え、失敗を繰り返しながら実践していくこと。歴史の形成過程の中で無数に繰り返されてきたこの実践こそが教育の本質だと思っています。PBLで育てる力とは、まさに現実から出発して現実を変えていく実践なのだと思います。

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