学び!と社会2

2026.04.28 <Vol.04>

『富士山理論』との出合い ~なぜ「社会科の道」を選んだのか?~

安野 功(やすの・いさお)

『富士山理論』との出合い ~なぜ「社会科の道」を選んだのか?~

 社会科の教科調査官時代、次のようなご質問を度々いただいた。
 小学校ではすべての教科を受けもっている。中学校ならいざ知らず、小学校で特定の教科(私の場合は社会科)に絞って研究すると、ほかの教科が手薄になるのではないか。
 実は私も小学校の教員を17年ほど経験したが、若いころ同じような悩みを抱えていた。社会科の専門性を磨きたいがほかの教科も疎かにはできない。それどころか明日の授業も覚束ない。それが私のありのままの姿である。
 ところが…である。
 教員経験8年。2校目の学校で『富士山理論』に出合い、私の考えは大きく変化する。
 浦和市(現さいたま市)立大久保小学校から高砂小学校に異動。その学校で大先輩(元校長)から「高砂小パート研修の歴史と伝統」について講話をいただいた。そのときに『富士山理論』という耳慣れないこの言葉に出合ったのである。
 目から鱗が落ちる思いであった。
 高砂小では国語、社会、算数、理科、音楽、図工のいずれかの部会(パート)に所属し、授業研究を中核に据えた教育課程の研究を進めている。毎年2月に1年間の集大成として研究成果を子どもの姿(研究授業)で世に問う自主発表を継続して行っていた。私の所属はもちろん社会科パートである。
 この研究スタイルでは、高砂小に勤務している限り研究するのは社会科だけ。他の教科は授業を見て学ぶだけである。しかしこのままで大丈夫か。社会科以外の教科の指導力は身につくのだろうか。この素朴な問いが頭をよぎり、次第に大きくなっていった。そんな矢先に出合ったのが『富士山理論』である。その理論とは…こうだ。

 教科を通して人を育てる。それが教科教育の本質であり、学習塾との違いでもある。こうした実践的指導力を高めるには1つの研究教科を定め、実践的指導力を極めることが大切である。それはなぜか。
 平らな床に広げた布の一点をつまみ持ち上げたときの様子を思い浮かべてほしい。富士山のような姿が現れ、つまんだその一点が高くなればなるほど裾野は美しく広がり、結果的には撮んだその一点だけでなく相対的に高まるのである。これを小学校教員に求められている実践的指導力の研究・研修に置き替えてみよう。撮んだその一点が社会科であれば、社会科の実践的指導力を極めることが、その裾野となる他の教科の実践的指導力をも高めることにつながっていくのである。

 ところで、なぜ私が「社会科の道」を選び、それを極めることができたのか。いま改めてふり返ると小学校時代から教員時代まで、数々のエピソードが蘇ってくる。

◇中山道の一里塚と東海道五十三次
 私が生まれ育った埼玉県鴻巣市は中山道の宿場町。
 子どものころから探検と称し、まちを貫く旧中山道沿いの勝願寺(仁王門や伊奈忠次・忠治の墓など)やまちはずれの一里塚を訪れ、それらを歴史図鑑で調べるなど歴史にまつわる史跡や旧跡を巡るのが大好きだった。
 それがきっかけで歌川広重の東海道五十三次カード(ふりかけのおまけ)集めに凝り、日本橋から京都まですべての宿場を空で言えるようになっていた。

◇吉見の百穴(ひゃくあな)と行田の稲荷山古墳
 小学校時代には歴史クラブに所属し、探検は次第にエスカレートしていった。
 隣町の吉見にある百穴や行田の埼玉(さきたま)古墳などを仲間とともに巡検した。そのとき、偶然にも稲荷山古墳の発掘現場を目の当たりにする。ここで出土した鉄剣に刻まれた文字が後々歴史的な大発見となり脚光を浴びるのだが、それは後の話である。

◇大久保古墳と郷土学習室づくり
 初任校の大久保小で再び運命的な出合いが私を待ち受けていた。大久保古墳群との出合いである。
 家庭訪問の際、ある子どもの一言に思わず驚きの声を上げてしまった。
 「先生、うちの庭にあるお山は古墳だよ」
 それが大久保古墳群との出合いである。
 大久保古墳群とはさいたま市桜区大久保・白鍬地区の鴨川沿いに分布する5世紀後半から6世紀ころの遺跡である。
 これを機に土曜の午後など時間を見つけては学区内を巡検した。すると古墳だけでなく条里遺構や鎌倉街道など歴史学習の手掛かりとなる地域素材を発見した。さらには、農家の蔵の中に昔のくらしを知る手掛かりとなる農具や民具が眠っていることも発見した。それらを集めて郷土学習室づくりに着手し、足掛け3年で完成にまでこぎつけた。
 このとき集めた遺物や素材を教材として活用し、実物に触れる、現場に立ち想像を膨らませるなど “諸感覚を働かせリアルに学ぶ授業” を行ったことは言うまでもない。

 さて、3つのエピソードを紹介したが、いずれにも共通しているのは『もの(遺物や遺跡、文化財など)』との出合いや歴史の現場に立ち諸感覚を働かせてリアルに学ぶ体験的な学びである。
 多感な小学校時代にこそ必要不可欠なこの体験的な学びが年々失われつつある。本当にそれでいいのか。
 タブレット端末の活用を否定するわけではないが、長い人生の将来をも左右する小学校時代の学校教育に何が必要なのかをいま一度立ち止まりじっくりと考えてほしい。
それが将来の教育を担う若い先生方への切なる願いである。