読み物プラス
2026.09.17 <Vol.35>
平面の絵が立体的に見える錯視デザイン教材「三面視」
1.平面から立体へ―教材開発のきっかけ
見る位置によって形の印象が変化する「錯視(イリュージョン)」は、視覚の原理や構成の工夫について考える興味深い題材になります。
私はこうした錯視の中でも、街頭や駅構内などで見られる大型ディスプレイ広告に着目しました。平面上に映し出された映像であるにもかかわらず、特定の位置から見ると、まるで物体が画面から飛び出しているかのように立体的に感じられるものがあります。
こうした表現では、見る位置を想定して映像を意図的にゆがませることで、仮想的な奥行きや空間がつくられています。これは、限られた情報から空間を捉え直すという人間の視覚が持つ性質を利用したものです。そして、この性質は造形教育にも応用できるのではないかと考えました。
そこで、錯視の視覚原理を基礎造形教育に取り入れることを目的として開発したのが、錯視デザイン教材「三面視(さんめんし)」です。
2.「三面視」はどのような教材か
「三面視」は、三つの面に描かれた図柄を特定の位置から同時に見ることで、それぞれの面に描かれた平面的な形がつながり、一つの立体や空間のように感じられる視覚効果を体験する教材です。制作するときに重要なのは、完成したときに自然な形に見えるよう、展開図の段階ではあえて形をゆがませて描くことです。
例えば立方体や直方体のような形を表現する場合でも、それぞれの面に同じ形をそのまま描くわけではありません。組み立て後に見る位置を想定しながら、形の位置や角度、大きさなどを調整します。平面上では一見不自然に見える形が、組み立てて特定の位置から見ることで立体的につながって見えてきます。
この「ゆがませて描く」活動を支援するため、教材のフォーマットには独自のグリッド(目安線)を設けています。グリッドを手掛かりとして三つの面の位置関係や線の方向を考えることで、初めての人でも空間を意識しながら制作できます。
完成形を想像しながら平面上の形を変形し、それを実際に組み立てて確かめる。この「描く→組み立てる→見る→確かめる」という過程そのものが、「三面視」の特徴です。
3.授業で実践してみる
会津大学短期大学部の1年生を対象として、「三面視」を用いた授業を実践しました。多くの学生にとって、完成したときの見え方を想像しながら、あえて形をゆがませて描くことは初めての経験となりました。
制作当初は、平面上では不自然に見える形を描くことに戸惑ったり、立体感を表現するための位置や角度の調整に苦戦したりする様子も見られました。しかし、制作を進め、実際に展開図を組み立てて作品を確認することで、徐々に「なぜ形をゆがませて描く必要があるのか」を理解していきました。
授業後のアンケートでは、学生から「完成すると立体的に見えて驚いた」「平面が立体に見える仕組みが理解できた」といった反応が見られました。また、「グリッドを目安にすると位置関係が分かりやすかった」「グリッドがなければ描くことが難しかった」といった記述もあり、グリッドが面同士のつながりや奥行きを考える手掛かりになっていたことがうかがえました。
同じフォーマットを使用していても、モチーフの選び方や形のゆがませ方、色彩、空間の捉え方によって、完成作品にはさまざまな表現が生まれます。制作の途中では難しさを感じながらも、最後に作品を組み立て、平面上に描いていた形が立体的に見えた瞬間は、この教材ならではの体験になったのではないかと考えています。
4.「三面視」のこれから
「三面視」は、写実的に上手く描くことを目的とした教材ではありません。教材フォーマットのグリッドを利用すれば、絵を描くことに苦手意識を持つ学習者でも、積み木やブロックのような単純な形から表現を考えることができます。
また、単純な幾何形体から始めて、動物や建築物、文字、キャラクター、仮想的な空間などへとモチーフを発展させることも考えられます。表現の難易度を段階的に設定することで、学習者の経験に応じた展開も可能になると考えています。
何より「三面視」で大切にしたいのは、完成した作品を見て「立体的に見えて面白い」と感じることだけではありません。
- なぜ平面に描かれた形が立体的に見えるのか。
- 見る位置を変えると、なぜ見え方が変わるのか。
- 立体的に見せるためには、平面上の形をどのように変えればよいのか。
こうした問いを、実際に手を動かしながら考えるところに、この教材の意義があると考えています。
平面に描くことから始まり、形をゆがませ、組み立て、見る位置を探し、再び平面上の構成を考える。「三面視」を、平面と立体、そして「描くこと」と「見ること」をつなぐ造形教材として、今後さらに発展させていきたいと考えています。
【参考文献】
- 高橋延昌「基礎造形教材『三面視』の開発と試み:錯視を活用した基礎造形教育の報告」、基礎造形034論文集、日本基礎造形学会、pp.9-12、2026年。
- 高橋延昌「グリッドを活かした『三面視』表現の基礎研究」、基礎造形034作品集、日本基礎造形学会、pp.130-131、2026年。
高橋延昌(たかはし・のぶまさ)
公立大学法人会津大学短期大学部 産業情報学科 デザイン情報コース 教授
宮城県生まれ、宮城教育大学で社会と美術の教諭免許を取得、筑波大学大学院芸術研究科デザイン専攻修了。専門はグラフィックデザイン、基礎造形、色彩教育。国立大学法人福島大学 人間発達文化学類 非常勤講師。
研究室HP https://takahainfo.com/






