学び!と美術

学び!と美術

教科書と図画工作
2019.06.10
学び!と美術 <Vol.82>
教科書と図画工作
奥村 高明(おくむら・たかあき)

教科書とは

 教科書(※1)は、子どもたちが用いる中心的な学習教材です(※2)。義務教育無償の精神を実現するために、国が購入し、子どもたちに無償で給与されています(※3)
 教科書は学習指導要領や学習指導要領解説などをもとに作成されます。学習指導要領に込められた願いや目指すべき姿、学習の方法や評価などが具体的な形で実現されています。教科書をもとに授業をすれば学習指導要領を外れることはありません(※4)。どの教科の、どの出版社の教科書も、安心して使用できます。そのうえで、先生たちは適切に教材を活用しながら学習指導を進めています(※5)。日本において、全国的な教育水準の維持向上と教育の機会均等が図られている理由の一つには、良質な教科書があるからではないでしょうか。

教科書と教材

 教科書には様々な教材が掲載されています。教材とは内容的な素材のことで、長い間、様々な検討や批判を経て、現在の内容にたどりついています(※6)
 時代とともに次々と生まれますが、消えたものもあれば、何度も繰り返されるものもあります。国語の「ごんぎつね」や「大造じいさんとガン」などは今も多くの教科書で用いられています。これらの教材が日本の子どもたちの感じ方や考え方に与えた影響は大きいでしょう。
 図画工作も同様です。図画工作の時間に、粘土や木、絵の具など多様な材料・用具を用いた経験は、多くの人々が共有しています。それは日本人のモノづくりに対する感性の形成に役立っているのではないでしょうか。
 教材を通して、子どもの感じ方や考え方、日本人の感性などが育てられているとすれば、教材の塊である教科書は、単に水準の維持や機会均等以上の意味があるように思います。

教科書と題材

 教材は、それだけでは学習になりません。目標や方法、学習計画や評価などと一緒に「単元」という「学習活動のまとまり」になって、はじめて教材として成立します。
 図画工作では「単元」を題材と呼んでいます(※7)。教科書を開いたときに飛び込んでくる見開き2ページを題材だと考えてよいでしょう(※8)。そこには、子どもの作品だけでなく、学習へ案内してくれる題材名、育む力を示す「三つのめあて」、子どもの姿を見せる活動の写真、作品へのコメントや子どもの言葉、材料や用具、学習後の評価のポイントなど様々な要素が組み込まれています。
 そのため、教科書を開いたらすぐに「ああ、この題材は、このような目標で、このようにスタートして、このように終わるのだな」「こんな作品ができて、こんな力がつくのだな」など、学習の全体が分かります。子どもだけでなく先生にも分かりやすい構成になっている教科は他になく、図画工作・美術教育がたどり着いた一つの安定形だと思います。

■日本文教出版 2020年度版教科書『図画工作』 内容解説動画
「主体的な学びを支える『学習のめあて』」
北海道教育大学岩見沢校教授 阿部宏行先生

題材の豊かさ

 仕事柄、工夫して開発された「すばらしい題材」に数多く出会います。ただ、誰がやってもうまくいくかというと必ずしもそうではありません。実践してみると子どもが動けなかったり、現代的で新しいのに子どもがついてこなかったりします。題材は、案外、教師の個性や児童生徒、学校や地域の実態に頼る部分が大きいのです。
 一方、教科書に掲載されている題材は、おおむね誰もが安心して取り組めます。極端に言えば、ページを開いただけで子どもが動き出しそうな感じです。それはなぜでしょう。
 教科書は、教育現場の実践に詳しい研究者や先生などが協力して編集します。まず、何年も教育現場で実践され、鍛えられたものの中から、題材が選ばれます。次に、学習指導要領との関連が十分に検討されます。絶対に変わってはいけない不易の部分を大切にしながら、一方で時代や子どもたちの状況に応じて変化しなければならない部分を確かめます。目標、材料、用具、評価、何より子どもたちが流れるように学習できるのか、、、様々な点から妥当性が検討されます。その精錬の結果が、一つの題材となるのです。
 誰もが取り組めるけど、豊かな学習活動が展開する。それが教科書に掲載されるべき題材であり、教科書の生命線でしょう。その研究と実践の歴史が一冊の教科書になっているといっても過言ではないと思います。

■日本文教出版 2020年度版教科書『図画工作』 内容解説動画
「題材ページを授業で活用しよう」
鳴門教育大学教授 山田芳明先生

教科書と写真

 図画工作科の教科書の大きな特徴が、子どもの活動を撮影した写真です。昔の教科書では作品だけが羅列されていたものですが、今は作品とともに3~10枚程度の子どもの写真が掲載されています。その理由は、現在「作品を通して資質や能力を育成すること」が重視されているからでしょう。
 教科書に掲載されている写真を見てください(画像1)。作品と一緒に笑うだけの「記念写真」は、ほとんどありません。一枚一枚が、今まさに、その子が感じ考えている「意味ある写真」です。

画像1:日本文教出版 2020年度版教科書『図画工作 3・4上』p.22-23

 そのため、子どもがどのような資質や能力を発揮しているのか、写真を見ればとらえることができます。吹き出しやコメントも参考にしながら「このような場面を授業中に大切にすればいいのか」「この様子を評価すればいいのだな」などが分かります。
 授業の前に、作品をチェックするだけでなく、写真からどのような資質や能力が発揮されるのか考えるのは授業の準備として有効でしょう。

■日本文教出版 2020年度版教科書『図画工作』 内容解説動画
「子どもの心を動かす写真」
群馬大学教授 林耕史先生

教科書と〔共通事項〕

 前回の改訂で、図画工作・美術の内容には〔共通事項〕が加わりました。どんな場面でも共通に働いている資質や能力であると同時に、先生たちの学習指導の手掛かりとして示されました。
 今回の改訂で、〔共通事項〕は三つの柱にそってより明確に整理されました。小学校では、形や色などの造形的な特徴に関する「知識」と、「思考力、判断力、表現力等」にかかわる自分なりのイメージの二つに整理されました。中学校では、形や色彩などの性質のみならず、自他のイメージも知識として扱えるようになる発達の特性を踏まえて「知識」として整理されました(※9)。ただ、〔共通事項〕を文字として理解することは難しい面もあります。

画像2:日本文教出版 2020年度版教科書『図画工作 5・6下』p.10

 教科書から、〔共通事項〕を理解するという方法もあります。例えば、「三つのめあて」に「墨と水のつくる形や色のとくちょう」と示されている題材があります(画像2)。教科書を見ると、墨と水で生まれるにじみ、墨が垂れる独特の動き、筆先の使い方を工夫したギザギザの線など、子どもが自らの感覚や行為を通して生みだした造形的な特徴が紹介されています。それによって、この題材で取り扱う知識が、視覚的にとらえられます。あるいは、「さわる」「ならべる」「組み合わせる」など、子どもたちが自らの感覚や行為を通して形や色などを理解するページもあります(画像3)。

画像3:日本文教出版 2020年度版教科書『図画工作 3・4下』p.34-35

 「学習指導要領の内容を、ビジュアルに展開された教科書から理解する」それも教科書活用の方法の一つでしょう。

■日本文教出版 2020年度版教科書『図画工作』 内容解説動画
「発想が広がる『ひらめきポケット』」
横浜国立大学准教授 大泉義一先生

 学習指導要領は20年、30年後の未来を見つめて作成されています。20年、30年後に活躍し、未来の社会を創り出しているのは、今の小・中学生だからです。教科書も同じでしょう。教育こそが未来を創る、その願いを共有して教科書を活用したいものです。

※1:正式には「教科用図書」
※2:「教科書は教育活動の中心的な教材として、子供たちの教育に重要な役割を担っています。我が国の教科書制度は、検定制度と無償給与制度を柱として運用されており、関係者の努力によって、毎年質の高い教科書が安定して供給されています」
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/main3_a2.htm
※3:教科書無償給与制度
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/gaiyou/04060901/1235098.htm
※4:「我が国の学校教育においては,各学校が編成する教育課程の基準として文部科学省が学習指導要領を定めており,教科書は,この学習指導要領に示された教科・科目等に応じて作成されています。」
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/010301.htm
※5:前掲註5
※6:粘土や画用紙、道具、標本、栽培用植物、資料、副読本、ドリル、物語や音楽など、学習に用いられるすべての材料が教材といえます。本稿では教材という言葉を単元や題材などと区別して用いています。
※7:単元と題材の違いについては、学び!と美術<Vol.47>「図画工作の授業(2)~指導案の書き方」
※8:複数ページや1ページなどの場合もあります。
※9:もちろん、ここでいう「知識」は、「色の三属性を暗記する」ような「事実的な知識」ではありません。答申では、各教科等で習得する知識は「個別の事実的な知識のみを指すものではなく、それらが相互に関連付けられ、さらに社会の中で生きて働く知識となるものを含む」(『幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)』平成28年12月21日、中央教育審議会28-29p)と示されています。言い換えれば「ネットワーク化した構造的な知識」「意味理解を伴った知識」「転移性の高い知識」としてとらえることが求められているのでしょう。今回の学習指導要領が示す「知識」は、年号を「イイクニ鎌倉」と覚えた世代の知識観とは異なることがポイントです。旧来型の知識観を振りかざした「知識アレルギー」にならないことが肝要かもしれません。