学び!と美術
学び!と美術

図工力(※1)を発揮して活動している(と編集部が感じた)企業などを訪問し、働く方々のお話を聞きながら、図画工作や美術を学ぶ意義を捉え直すシリーズの第3回目。
今回の「図工な企業」は、株式会社いかす 。有機栽培で野菜を育てる「いかす平塚農場」を運営し、野菜の販売・宅配サービス、農業研修などを行う、食と農の会社です。代表取締役の白土卓志さんをはじめ、ここで働く人の多くはもともと他業種で働いていたとのこと。白土さんは「土の中にたくさんの命が生きている有機栽培ではおいしい野菜が育つ。会社もそう。個性ある人が集まったことがうちの強み」と言います。
◎お話を聞いた図工な人
白土 卓志さん (株式会社いかす代表取締役)
「大地に立つと体に帯電されていたものがアースされて、めっちゃ元気になるんです。おいしくて栄養価も高い野菜も食べているから、風邪もひかない、じゃなくて“ひけない”(笑)」
勝ち続けることが幸せなのか、分かんなくなっちゃった
――会社勤めをやめて、なぜ農業を始めたのですか?
そんなとき、大学時代に書いていた「未来日記」を見ていたら、「31歳 農業大作戦」って書いてあったんです。31歳になる年にそれを見たから、「あ、オレ、農業やらなきゃ」って。そこからのスタートです。
――大学生のときにもう農業を志していたんですか?
それで、当時農業をやっていた友だちに「オレ、農業やるっぽいんだけど」ってメールしたら炭素循環農法のことを教えてくれて、それがめっちゃ面白くて。
炭素循環農法をものすごくざっくり説明すると、ぼくら生き物って、水を除くとほとんど炭素でできている。命のサイクルって炭素のサイクルなんですよ。農業って水や窒素のことはすごく言われるけど、炭素のことはだれも注目していない。でも、命の循環そのものをやっているのに炭素を考えてないのは違うよねっていうので、炭素をたくさん畑に入れてやるというのが炭素循環農法です。
さらに別の友だちに相談したら、炭素循環農法を実践している農家の方に出会えた。その方に弟子入りして、しばらくはそれまでの仕事をしつつ、農業のことを学んでいました。そこからどんどんのめりこんで、いかしあう食と農の会社をつくりたくて「いかす」を設立しました。
会社のビジョンとして掲げている ”be organic” は、有機農業を指向していたこともあるのですが、organicの語源をひもとくと「大元のつながり」みたいな意味合いだと知ったときに「そうそうそう!」って思ったんです。
競争って、要は自分がやっているわけなんだけど、そこに振り回されているとしんどくなっちゃう。でも
「畑に育っているソルゴー(緑肥植物の一種)を土にすきこみ、たくさんの微生物のエサになります。その結果、甘いダイコンができます」
☞ 「自分がある」を大切に。そうすれば無理をしない生き方ができる。
「いいところ」「できているところ」を答えだと思っていない
――農業には天候リスクがつきものです。思いどおりにいかないことも多いのでは?
そこではいちばん大切なこととして「自然が先生」と言っています。えてして人を先生にしがちだけど、農業においては全く同じことが起こることはほぼないので、その人の言っていることは仮説に過ぎないんですよ。「全てが仮説」、これは2番目に大切なこと。そして「出したものが返ってくる」が3番目に大切なこと。
要は
「いいところ」あるいは「できている」ということをベースにしていると、できなかったときとの落差がしんどいから心のゆらぎが起きるのだと思います。ぼくらは
もちろん期待値はあるから、「あれ、どうしてこうなったんだろう?」って思うこともあります。
「農業を学びたい人には、プロセスの中に答えがあるよと繰り返し伝えます」
――甘いトマトをつくりたいと思ったけど、酸っぱいトマトができた。それはそれで答えなんだよってことですか?
2024年はトマトの収穫量が前年の3分の2くらいになりました。同じ面積でつくっているのに。それはこの年は35℃以上の日が多くて、花芽が落ちまくって木が疲れて早くダメになっちゃったんですよね。そういう理由が分かるので、「じゃあ、もうちょっと前から植えようか」とか「後ろにずらそうか」という議論になる。目の前の状況から、次どうしようかっていう話になる。
☞ 決められた答えはない。プロセスの中に答えがある。
畑も人も、多様であれば強くなれる
――「いかす」では、いろいろな経歴の方が農業に携わっておられます。考え方も違うと思いますが、話し合ったりするときの難しさなどはありませんか。
ブルーベリーのことをみんなで話していても、ぼくは「農園にコガネムシが来て、カラスが来た。カラスが来るようになったのはミミズがいなくなったからで、それはなんでかっていうと……」って、そういうシステムというか仕組みを自分で見付けるとすごくうれしくて、自分はその話ばかりしている。でも農業のリーダーはブルーベリーの木そのものを見て話している。
――見ているものが違うからこそ組織として成り立っている?
だから、
大切なのは、考え方とか性格とかが同質であることではありません。それよりも「農業をうまくなりたい」「命の循環を知りたい」と向かっている方向が決まっているかどうか。だから、いろんな経歴の人が集まっていても、難しさっていうのはあんまりないです。
あとは気合と根性が足りないとか農業に対する甘さがありすぎるとかだと、農業研修生であっても絶対に入れないようにしています。たいへんなんです、農業って。希望をもって入ってきて、3年後に辞めましたっていうのは、本人にとってもつらい。だから最初に「厳しいよ!厳しいよ! 本当にやれる?」と聞きまくって。それでも来る人がここにいます。
☞ 個性や好みの違いはあって当たり前。違うからこそ補い合える。
「有機栽培の畑の場合、てのひらに載せた土には何万種類もの微生物がいるって大学の先生が言っていました。そしてうちの微生物たちは美しいらしいです。土壌診断に出すと顕微鏡とかで形がはっきり見えるらしくて。それはいいことらしくて。美しいものはなんでも強いですよね、感覚的に」
気付くこと、そこから変わっていくこと、それこそが人生
ものづくりということにすごく価値があると思っています。今後、いろいろな仕事がAIに取って代わられる。最後に残るのが実はトマトの収穫とかクラフトワーク的な作業。機械ではできない、手でつくるということ。そう考えると、図工はものづくりの原点ですよね。
――でも、絵は画像生成AIでかけるっていう人もいます。
でも、「自分でかく」って全然意味が違うじゃないですか。ぼくは農家なのにニンジンとダイコンをかき分けられない。で、なんでかけないかを考えたときに「観察力がなさすぎるから」っていうことに気付くわけですよね。
――それって大切なことですか?
「全然観察できてなかった」って気付いて興味関心がある人は見るわけですよね。これ、行動が変わるってことですよね。生きるってそういうことじゃないの?
――気付くことから始まる行動の変化を繰り返すことが生きること?
あと、気付きってびっくりするくらい人によって違うんです。
ぼくは本当に絵が下手だから、めちゃめちゃ図工は嫌だったんですよ。「見てないんだ」という気付きはあったけど、よく見ようとも思わなかったし、絵がうまくなりたいとも思わなかった。個々ではなくて、何人かでいる中で起こっている様が好きなんです。ぼくはシステムが好きなんですよ、人を含めたシステムが。それはぼくの個性。
☞ 「自分でつくる」ことから気付きが生まれ、行動が変化する。
出会った瞬間から白土さんには「自然体」という印象を受けました。「ただ、あるがまま」を実践されているのだと思います。ブルーベリー畑で1時間ほど白土さんとおしゃべりをし、わたしもすっかりアースされたのか、取材した夜はぐっすりと眠りにつくことができました。
※1:本シリーズでの
株式会社いかす代表取締役、湘南オーガニック協議会 会長、NPO法人有機農業参入促進協議会 理事、一般社団法人次代の農と食をつくる会 理事など。未来の地球と子どもたちのために、つくる人、たべる人、社会、地球。みんなにとってbe organicな農と食が広まるよう活動中。まずは、湘南がオーガニックなサステナブルな街になるよう地産地消がつながる活動をしている。東京大学工学部卒業後、株式会社インテリジェンスにて300名だった社員が4000名になるところを経験。その後、仲間と人材サービスの会社を起業。31歳のときに、農業大作戦スタート。2015年に株式会社いかすを創業。現在にいたる。東京大学農学部や東京農業大学、帝京平成大学薬学部、湘南学園などでの講演実績多数あり。