学び!とシネマ

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葡萄畑に帰ろう
2018.12.13
学び!とシネマ <Vol.153>
葡萄畑に帰ろう
二井 康雄(ふたい・やすお)

 寓意と風刺に満ち満ちたジョージアの映画「葡萄畑に帰ろう」(クレストインターナショナル、ムヴィオラ配給)は、幸福とは何かを、じんわりと考えさせてくれる。2018年の年末、この映画に出会えたこと自体が、幸福だろう。
 空から何か、落ちてくる。よく見ると、立派な椅子ではないか。ちなみに、英語のタイトルは「The Chair」(椅子)だ。
 ジョージア郵便局から、国内避難民追い出し省という役所に、大きな荷物が着く。誰も仕事はしていないようなのに、追い出し省の職員は、ローラースケートで省内を走り回っている。大臣の補佐官ダト(メラブ・ゲゲチコリ)が、荷物を開けようとするが、「補佐官の仕事じゃない」と制止する大臣のギオルギ(ニカ・タヴァゼ)。どうやら荷物は、ギオルギが発注したものらしい。
 荷物を開けると、立派な肘置きのついた椅子が出てくる。ボタンひとつで、椅子の高さが自在に変わる。椅子を高くして、満足そうなギオルギ。
 快調な出だしで始まる。権力をからかい、痛烈な風刺を思わせ、あざやかな導入部だ。
 ギオルギに首相からの命令が入る。「避難民を早急に追い出せ」と。さっそくギオルギは、避難民たちのいるところに出向き、実力行使で、避難民たちを追い払おうとする。ギオルギは、逃げまどう若い女性を救おうとして、機動隊に殴られてしまう。
 救急車で意識を取り戻したギオルギは、救った女性の名がドナラ(ケティ・アサティアニ)と分かり、その美しさにうっとりする。
 ギオルギは、妻を亡くしていて、息子ニカ(ズカ・ダルジャニア)と、義理の姉マグダ(ニネリ・チャンクヴェタゼ)、使用人の夫婦と、豪邸に住んでいる。さっそくギオルギは、ニカの英語教師として、ドナラを雇う。ところが、マグダやニカは、ドナラの存在が気にいらない。居場所のないドナラは、やがてギオルギの豪邸から姿を消す。
 万事、要領のいいダトは、ちゃんとドナラの行き先をつきとめ、ギオルギに報告する。ドナラが戻ってくる。父親の心情を察してか、ニカ もやっと、ドナラを受け入れるようになる。
 落ち着いたのも束の間、ギオルギの属する与党が、野党連合に政権を奪われる。もちろん、ギオルギは大臣職を追われる。
 ドナラとの再婚、独立している娘アナ(ナタリア・ジュゲリ)の存在、ひどい待遇でこき使っていた使用人夫妻の報復、不法取引で入手した豪邸の退去命令、仕事にかまけて無視していた母親……。ギオルギの波乱だらけの人生は、まだ始まったばかりだ。
 では、ギオルギの行くところにつきまとう「椅子」は? ギオルギの住んでいた豪邸は? そもそもギオルギのその後の人生は? ドラマは、良質のユーモアをたたえて、軽快に運ぶ。やがて、権力の座を追われたギオルギ自身が、変貌を遂げ始めるのだが……。
 映画は、権力への風刺、批判を描きながら、なおかつ、ジョージアの人たちの人間讃歌であり、幸福論でもある。日本でもヒットした「百万本のバラ」を作った、ロシアの詩人、歌手のブラート・オクジャワは、画家のピロスマニをモデルにして「ジョージアの歌」を書いた。
 「葡萄の種を熱い大地に埋めて 蔦にくちづけ その房を取ろう 心に実りの喜び響かせ それなくて何の地上の命 友よ僕の宴に集い 話しておくれ 僕が君の何かを 神も僕の罪を許してくれるだろう それなくて何の地上の命……」。
 映画「葡萄畑に帰ろう」は、ワインを愛し、歌と踊りと、人をもてなすのが好きなジョージアの人たちの優しさと敬虔さが、しっかり伝わってくる。共同で脚本を書き、監督したのは、1933年生まれのエルダル・シェンゲラヤ。ジョージア映画の傑作「放浪の画家 ピロスマニ」を撮ったギオルギ・シェンゲラヤのお兄さんだ。もとは、反骨精神が旺盛な政治家で、1983年に撮った「青い山――本当らしくない本当の話」で有名な映画監督だ。
 監督は、自身、厳しい時代を生き抜いたからこそのオマージュを、祖国ジョージアに捧げる。年末年始、必見の映画。

2018年12月15日(土)より、岩波ホール他全国順次ロードショー

『葡萄畑に帰ろう』公式Webサイト

監督:エルダル・シェンゲラヤ
出演:ニカ・タヴァゼ、ニネリ・チャンクヴェタゼ、ナタリア・ジュゲリ、ズカ・ダルジャニア
上映時間:99分
製作国:ジョージア(グルジア)
配給:クレストインターナショナル、ムヴィオラ