学び!とESD

2026.04.20 <Vol.76>

「ユネスコ教育勧告」のエッセンス(その5) 「ジェンダー」

永田 佳之(ながた・よしゆき)

「ユネスコ教育勧告」のエッセンス(その5) 「ジェンダー」

ジェンダーって世間が考える「男らしさ」「女らしさ」のこと。男は強く、たくましく、女はやさしく、つつましくって、最初から男は主役、女は脇役、って決まっているみたい。
でも、いったいだれがいつ、どうやって、決めたの?そんな決まりに、産まれたときから運命みたいにしばられるなんて、ヘン。そんな決まりにワタシやボクが従わなければならない理由なんてどこにもない。
それにそんな決まりだって、産まれたときや住んでいるところやまわりの環境によってどんどん変わる。ワタシはワタシ、ボクはボク。人生の主役になって、「自分らしく」生きたらいい。

上野千鶴子
やまざきひろし他(2021)
『答えのない道徳の問題: どう解く? 正解のない時代を生きるキミへ』 ポプラ社, p.77.

図1 図2
出典:聖心女子大学グローバル共生研究所(https://kyosei.u-sacred-heart.ac.jp/unesco2023/

ジェンダーとは

 このシリーズも5回目となりました。今回のテーマは「ジェンダー」です。紙上でも使われるようになった「ジェンダー」ですが、一般的には生物学的性差(sex)とは異なる社会的性差(gender)として用いられます。近ごろは、単に性別を指すのに「ジェンダー」を用いることもあるようですが、このカードでは社会・文化的性差を問題にしています。
 カード表面のエッセンスの文章として「教育にジェンダー平等を それは女子・女性を 勇気づけることの鍵」と書かれています。これは、私たちの社会には男女の差異によって差別がまかり通っていて、特に女子・女性がその被害を被っており、その解決にはなによりもまして教育が重要であるというメッセージの「超訳」です。「勇気づける」は裏面にある原文の「エンパワー」を訳した表現です。
 このカードにも3つの問いが添えられています。

ジェンダーを理由に、辛い思いをしたことがありますか?あるいはそのような苦労をした人を知っていますか?
日本は世界的にみてジェンダー平等が達成されていないと評価されていますが、なぜだと思いますか?学びの場で改善できることはありますか?
学びの場で性的マイノリティの子どもたちも暮らしやすくするには、どのような工夫が必要だと思いますか?

 カード型教材を用いたワークショップでは①の質問をめぐり、次のような体験が共有されていました。「女の子は料理できるようにならないとね、とお父さんに言われたことがある。」「女子なんだからおしとやかにしないと、と母に言われた。」「女子生徒は理系には向いていない、と聞いたことがある。」……等々。こうしたジェンダーバイアス(性別をめぐる思い込み)の例は多くの人が苦なく挙げられるのではないでしょうか。
 一方、「男のくせにくよくよするな!」と言われ、辛かったという参加者もいました。こうした意見を踏まえて、教材作成時にカード表面の「女子・女性」を変えるべきか否かという検討もしましたが、勧告の原文に則り、そのままにすることに決めたという経緯があります。
 ②はカード裏面に情報源がある「ジェンダー・ギャップ指数」での日本の低さに由来する質問です。2025年の日本のジェンダーギャップ指数は148ヵ国中118位でした。これは先進国では非常に低い順位で、G7では最下位です。この総合指標を分野別に見ると、教育や健康は中位(50〜60位台)であるにもかかわらず、政治や経済の分野では100位台にとどまっています。この背景には女性の政治参加の低さや企業等における管理職の少なさがあります。また研究者の女性比率もOECD(経済協力開発機構)諸国の中で最低クラスです。ワークショップでは、育児や家事の負担を女性が担いがちな現状をめぐって、家父長制などの課題が議論されたり、女性の議員や管理職の比率を高めるために北欧諸国などで導入されてきた「クオーター制度」を例に社会制度的な課題が議論されたりしていました。(カードの裏面に掲載の二次元コード情報「ジェンダー・ギャップ指数」も参照してみてください。)
 ③の質問の背景には、性自認や性的指向などが多数派とは異なる人々、例えば、トランスジェンダーやバイセクシャル、ノンバイナリーなどの人々への理解や配慮が、特に学校では不十分であるという現状があります。性的マイノリティの子どもにとってストレスの原因となり得る制服の強制や更衣室の問題に対して、スラックスやスカートなどの選択制や更衣室として多目的ルームを活用する例が挙げられていました。

台湾社会を救ったオードリー・タン

 ユネスコ教育勧告のキーワードの1つは「変容的教育」です。この用語について勧告では次のように説明しています。

変容的教育は教育の場における学習者の尊厳と多様性を認め、尊重する。学習に対するあらゆる障壁を取り除き、学習者がクリティカルに省察し、変化をもたらす主体(agents of change)となる。自らの未来の主人公(protagonists of their own future)となるように動機づけ、エンパワーし、個人、コミュニティ、地域、国家、地域圏、グローバル、それぞれのレベルで十分な情報にもとづいた意思決定と行動を可能にさせる。(日本国際理解教育学会暫定訳(第3版))

 上記の引用文の「自らの未来の主人公」になるという表現に注目したいと思います。このくだりは「人生の主役になって、『自分らしく』生きたらいい。」という冒頭に引いた上野千鶴子の言葉と重なります。「主人公」の原文はプロタゴニスト(protagonist)。「protos(最初)」+「agonistes(戦う者)」から成るギリシャ語で「最初に戦う者」から「主役」という意味になった言葉です。
 カード型教材は勧告の原文に則り、「女子・女性」を取り上げていますが、前述のとおり、男性はもちろんのこと、それら以外の性を自認しているマイノリティの人々も社会の中で平等に「主人公」となる権利があることはいうまでもありません。ここで簡単にではありますが、教育によってその権利が守られ、ひいては社会全体にも恩恵をもたらした人物を取り上げることにします。
 皆さんは台湾初のデジタル担当大臣、オードリー・タンはご存知でしょうか。タンはまさに「変革の担い手となり、自らの未来の主体として行動」した人物です。台湾史上初のトランスジェンダーの大臣として日本でも話題になりましたが、コロナ禍においてITを駆使してマスクが全ての人々に行き渡るように「マスクマップ」のシステムを構築したことで世界的に注目されました。
 ただ、学校時代のタンは、当時の管理的でかたくなな台湾の公教育制度および性に関する偏見に非常に辛い思いをしたようです。そんな状況において独自の自主学習を続け、天才プログラマーとして活躍するほどにITの知識や技能を身に付け、コロナ禍では台湾全域の人々を守った救世主となったのでした。こうした活躍を可能にしたのは、心優しい先生との出会いやオルタナティブな教育であったことは母親の手記などを読むとよく分かります(参考文献2.および3.を参照)。性にまつわる偏見に悩まされた若者が自分のニーズに合った教育を通して「自らの未来の主人公」となり、その恩を社会全般に返したという話は、ジェンダーへの配慮がいかに社会全体にとっても重要なのかを示唆しているといえましょう。
 なお、「ジェンダー」に関するカード型教材をさらに発展させて学ぶ方法として、具体的な人物の調べ学習もおすすめです。特に、環境や平和の問題に取り組み成果を挙げてきた多くの活動家は女性です。2004年のノーベル平和賞を受賞したワンガリ・マータイ、環境活動家のグレタ・トゥーンベリ、自然保護活動家でチンパンジー研究の世界的権威のジェーン・グドール、エコ・フェミニストであるヴァンダナ・シヴァ等々、枚挙にいとまがありません。これらの「変革の担い手となり、自らの未来の主体として行動」した人物についての学びは、きっと次世代をエンパワーすることにつながるでしょう。

「ジェンダー」イラスト解説

このカードのイラストは「虹」が
テーマとなっています。

この世界にはたくさんの色があり、様々な色の中で私たちは
「生きている」ということ。
そして、風を感じながら
「生きる」ということ。

そのような想いを巡らせる中で、
虹色のリボンが風にたなびく
イメージに辿り着きました。

©Kei Ikeda

【参考文献】

  1. やまざきひろし他(2021)『答えのない道徳の問題:どう解く? 正解のない時代を生きるキミへ』ポプラ社
  2. 近藤弥生子(2021)『オードリー・タンの思考 IQよりも大切なこと』ブックマン社
  3. 李雅卿・朱佳仁・唐宗浩(2025)(近藤弥生子訳)『オードリー・タンの母が語る「自主学習のすすめ」』集英社新書
  4. 加藤秀一(2017)『はじめてのジェンダー論』有斐閣
  5. 開発教育とジェンダー研究会(2024)『すべての人が生きやすい社会へ:教育をジェンダー視点で見直すヒント集』開発教育協会(DEAR)
  6. 「わたしたちがつくる平和・人権・持続可能な開発:日本のエデュケーターのための14のエッセンスと42の問いかけ(ユネスコ教育勧告カード型教材)」聖心女子大学グローバル共生研究所/日本国際理解教育学会
    https://kyosei.u-sacred-heart.ac.jp/unesco2023/